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スリランカ -- 知られざる国技、バレーボール (特集 途上国・新興国のスポーツ)

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Academic year: 2021

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スリランカ -- 知られざる国技、バレーボール (特

集 途上国・新興国のスポーツ)

著者

荒井 悦代

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

237

ページ

24-25

発行年

2015-06

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003186

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アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)  

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  スリランカで最も愛されている スポーツ、それはクリケットだ。 か つ て イ ギ リ ス の 植 民 地 だ っ た 国々では一般的に盛んで、スリラ ン カ も 例 外 で は な い。 青 い ユ ニ フ ォ ー ム を 着 た ス リ ラ ン カ の ナ ショナルチームのメンバーは国民 にとってヒーロー的な存在だ。ク リケット選手はCMにも引っ張り だこ、知名度を活かして政治家や ビジネスマンに転身する選手らも いる。クリケット・スリランカで グーグル検索すると三八三〇万件 ヒットした。約束の時間に遅れた スリランカ人のよくある言い訳の ひとつが、クリケットの試合をみ ていて夢中になって、だ。   ではクリケットはスリランカの 国技かというと、そうでない。法 令によって定められた国技があり、 それはバレーボールだ。しかしバ レーボールへの関心はクリケット の足下にもおよばない。検索して

 

スリランカ

バレ

荒井

  悦代

❖特集❖

途上国・新興国のスポーツ

も一〇六万件しかヒットしなかっ た。注目度や人気では圧倒的にク リケットが勝っている。   バレーボールで国際的な成績が あるわけでもない。クリケットで はワールドカップで優勝(一九九 六年)したこともあるが、バレー ボールではオリンピックも世界選 手権もワールドカップも出場した ことはない。アジア選手権の成績 も 八 位( 男 子 チ ー ム、 二 〇 一 一 年)が最高だ。   バレーボールは一九一六年にコ ロンボYMCAの体育担当だった R ・ W ・ カ マ ッ ク ( RW Camack ) によって導入され、コロンボの中 心部ペターで、後に初代スポーツ 大臣となったスガタダーサ(スガ タダーサ競技場の由来となった) が 率 い る 選 手 た ち が お 披 露 目 を 行った。   スリランカにはバレーボールに よく似たアットゥパンドゥという ゲームが古くから存在していたと いわれている。お祭りの時期に農 村の女性がバルコニーでボールを 使って遊ぶゲームだった。   似たようなゲームがあったから だろうか、導入からわずか六年後 にはコロンボには二五のチームが 活動しており、カマック自身がコ ロンボ市バレーボールリーグを創 設している。現在のバレーボール 連盟は一九五一年に、二つの前身 協会を統合して発足している。   バレーボールが一九九一年に国 技と認定される前はエッレイと呼 ばれる野球に似た伝統的な競技が 国技のように扱われていた。しか しエッレイはスリランカ以外で行 うことができないことから国技と して認定されなかった。では、な ぜクリケットでなくバレーボール なのか。バレーボールが国技にふ さわしいと提言したウィッタラー ナ( Vinnie Witharana )博士によ れば、歴史的・論理的背景があっ たこと、道具をたくさん使うこと なく、ボールとネットがあればで きる、庶民のスポーツであること、 ある程度の広さの平地があればで きること、屋内でもできること、 男性だけでなく、女性も参加でき ることがポイントらしい。確かに クリケットでは本格的に試合する となるとバットやウィケットと呼 ばれるマーカー、サポーターと広 いグラウンドが必要である(道路 や畑の隅でも投手と打者だけで遊 んでいるのをみかけるが) 。   国技であるからには、国として も様々な後押しをしていた、とも いえない。国技として認定したも のの、バレーボールをどうしたい か、という方向性はなかった。国 民の理解を増し、観客数や競技人 口を増やすとか、選手の技術レベ ルをひき上げて国際試合で勝利す るなどの目標が掲げられたわけで もなかった。   日本では、小学校の時に一通り 身体を動かすことをカリキュラム として行い、各種の競技について

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  アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7) も基本的なルールを学び、実践を 通した授業がある。中学ともなれ ば課外活動としての部活動があり、 将来プロになることなどを考えず に練習したり試合をしたりするも のだろう。   しかし、スリランカでは違う。 スリランカの教育課程にも体育は あるものの、体育専門学校でもな い限りは、体育専門の教員が十分 な数を割り当てられていないこと が多い。特に農村部では、体育教 師だけでなく通常教科の教員すら 足りないところもある。スリラン カには大学が少ないため受験競争 が厳しいので、体育は重視されて いないのである。小さい頃から身 体を動かす訓練も受けていない子 どももいる。放課後の子どもたち は塾通いに忙しい。そんななかで もクリケットは人気があるので、 大きな学校にはチームがあり、学 校対抗戦も盛んに行われているが、 バレーボールはそこまで学生を引 きつける魅力はなかった。   施設面でも不利な点があった。 いくらネットとボールさえあれば できるととはいっても、体育館な どないスリランカの学校では屋外 での活動となり、暑い。ボールも 行方不明になる。さらに適切な指 導者もいないとなっては競技人口 の増加も望めない。学校活動以外、 すなわち地域社会のクラブチーム という選択肢は元からない。そう なると競技人口の裾野を広げるこ とはますます難しく、ナショナル チームの強化といっても絵に描い た餅だろう。   ボトムアップが無理ならトップ ダウン方式で、ナショナルチーム のスター選手たちに脚光を浴びせ て、あこがれを抱かせるという手 もあったろうが、それもなかった。   バレーボールナショナルチーム でスパイカーとして二〇年(!) 活躍し、コーチを務めていたカリ カ・ワサンタプリヤ選手は嘆いて いる。二〇〇六年に、南アジア選 手権で強豪パキスタン・チームを 破った試合ではスガタダーサ・ス タジアムの最多入場者の記録を更 新した。にもかかわらず、二〇〇 八 年 に 国 民 ス ポ ー ツ 表 彰 セ レ モ ニーが行われ、一五種のスポーツ 選手らが招かれたが、バレーボー ル選手が招かれなかったことを挙 げ、バレーボールや選手に適切な 待遇が与えられていない、国技な のにこのようなひどい扱いを受け て、若い世代をどのようにやる気 を出させたらよいのかと、嘆いた。 二〇〇五年には、バレーボールの てこ入れが必要だとウィッタラー ナ博士が協会に喝を入れていたは ずなのだが、ベテランプレイヤー を満足させるような方策は採られ ていなかったようだ。   しかしバレーボールの地位は近 年向上している。二〇〇五年には、 一 九 九 九 年 以 来 開 催 さ れ て い な かった大統領杯トーナメントが復 活 し た。 復 活 の 強 力 な 後 押 し と なったのは、携帯電話会社大手の ダイアログだ。ダイアログの会長 ハンス・ウィジェスーリヤは、携 帯 電 話 は か つ て エ リ ー ト の も の だったが、庶民こそが持つべきも のという考えから、庶民がプレイ するスポーツを支援してきた。地 方予選を勝ち進んだチームが全国 大会に進むものだが、出場チーム は趣味でバレーボールを楽しむ人 たちの集まりであり、プレイの内 容や技術は緩い。それでも、選手 たちは地元の村の名前を背負った 代表としてプレイすることを誇り に思っているようだ。二〇〇五年 の復活元年には四一二チームの参 加だったのが、二〇一一年には六 〇〇〇チームが参加する大規模大 会に発展した。ここで認められた 若手らはコロンボ近郊のマハラガ マの青年センターに集められ、将 来のナショナルチームを背負って 立つ。   二〇一〇年頃、スリランカを代 表する衣類輸出企業で、従業員四 万八〇〇〇人、三〇工場を有する ブランディックスが、従業員から なるチームによる工場対抗バレー ボール大会を始めた。スリランカ の衣類輸出工場は従業員や工場の 周辺住民への配慮が手厚い。この 大会も、従業員の結束や士気を高 めることに貢献しているようだ。 バレーボールが選ばれたのも、国 技だからという理由だ。二〇一二 年から企業対抗リーグ戦も始まる な ど、 か つ て の 停 滞 を 抜 け 出 し 徐々に盛んになりつつあるようだ。 ( あ ら い   え つ よ / ア ジ ア 経 済 研 究所   動向分析研究グループ)

参照

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