JAIST Repository
https://dspace.jaist.ac.jp/
Title
日本の政策と日本企業連合の国際的孤立化 : 「All
Japan」でよいのか?
Author(s)
新井, 聖子
Citation
年次学術大会講演要旨集, 31: 718-723
Issue Date
2016-11-05
Type
Conference Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/10119/13996
Rights
本著作物は研究・イノベーション学会の許可のもとに
掲載するものです。This material is posted here
with permission of the Japan Society for Research
Policy and Innovation Management.
○ 年代に入り、半導体製造装置企業の重要性が増すようになる。 ○ 年、米国が半導体技術ロードマップ(1756)を作り、外国企業も入る(1756は 年国際に国際的な半導体技 術ロードマップ(,750)に変わる。)。 ○- 年が日本の技術の世界的なリードのピーク時であり、その後は下降傾向になる。たとえば、ー 年に、 日本の '5$0 特許数は米国の数より多くなり、日本の '5$0 特許の被引用数の割合もピークだった(/HH <RRQ)。 (図表2、図表3) ○ 年、,QWHUQDWLRQDOPP,QLWLDWLYH,,のコンソーシアムが米国で作られ、欧、韓、台が参加して、国際 的企業連合組織となり日本包囲網ができた。一方翌年 年に日本は通産省のもと、日本企業 社が参加するコンソー シアムの VHOHWH が始まった。 ○ 年以降、日本の '5$0 特許数は米国の数を下回り、日本の '5$0 特許の被引用数の割合も大きく下がり始めた(/HH <RRQ)(被引用数の割合の低下は日本の '5$0 特許が世界的に軽視され始めた証拠といえる)。 ○ 年、米国の 6(0$7(&+ が改変され、米国企業以外も入れた ,QWHUQDWLRQDO6(0$7(&+ となり、,, を抱合すること になった。 ○ 年、韓国のサムソンが提案した ''5 標準が、一般の予想に反して、半導体部品の分野で規格の標準化を行ってい る業界団体の -RLQW(OHFWURQ'HYLFH(QJLQHHULQJ&RXQFLO(-('(&)で採択される。(-('(& は 年に米国で設立され、 現在は (,$(米国電子工業会)の下部組織として活動している。) ○ 年、韓国企業の '5$0 の新世代の開発が、日本企業を追い抜いて先行するようになった(学会発表時点を基準とす る)(吉岡、)。 ○ 年頃以降、韓国企業が徐々に基礎研究の面でも世界の最先端を走り始めるようになった(韓国は、 年代まで は日本や米国の基礎研究に頼っていたが、 年頃以降韓国の半導体の国際学会での学術論文採択数が急増したのは、 韓国の基礎研究が徐々に世界最先端(VWDWHRIDUW)レベルになってきた証拠といえる)。 3.日本の '5$0 技術の転換要因 日本の '5$0 技術は世界的にリードしていたが、その転換の要因は何であったのか?バブルの崩壊や円高などのマクロ経 済の問題、韓国企業の追い上げによる日本企業の利益の大幅減少など色々な理由があったが、本研究では技術的に日本企 業が決定的に不利になった要因は、 年の2つのコンソーシアム施策であったと考える。それは ,QWHUQDWLRQDOPP ,QLWLDWLYH,,と、日本のVHOHWH であるが、 つを比較すると、次のとおりである。日本の VHOHWH のほうが、規模 (人員、予算)の面で倍以上であるが、やはり日本 国と、米国・欧州・韓国・台湾の連合ではどちらが有利であるか一 目瞭然ではないだろうか。 年に韓国のサムソンが提案した ''5 標準が、一般の予想に反して -('(& で採用され、そ の後の競争を有利にしたことから見ても、「技術力」と言うのは、単に技術そのもののレベルので高さだけではなく、そ れが国際標準など色々な要素で決まる。日本が国際的に孤立して先端技術を開発しても、いわゆるガラパゴスの技術にな って、日本以外では通用しなくなってしまう。 ,,: • メンバー企業:米 社、欧 社、韓国 社、台湾 社 • 場所:米国オースチン(6(0$7(&+ 内) • 設立年: 年 月 • 予算:PLOOLRQ米ドル • 人員: 人 • テストすること:ユニット・プロセス • 技術開発のガイダンス:間接的 6HOHWH • メンバー企業:日本 社 • 場所:日本横浜(日立製作所内) • 設立年: 年 月 • 予算:PLOOLRQ米ドル( 億円) • 人員: 人 • テストすること:ショート・ループ • 技術開発のガイダンス:直接的 4.'5$0 とフラット・パネル・ディスプレイ()3')の共通パターン 半導体の '5$0 に続き、)3' でも東アジア企業間で熾烈な競争となるが、'5$0 と )3' の攻防の経緯を振り返ると、次の同 じパターンが見えてくる。 ○外国からの技術供与や自国政府の支援を受けた韓国企業(そして台湾企業)の参入後、価格が急速に大きく上下するサ イクルに陥る('5$0 のシリコン・サイクル、)3' のクリスタル・サイクル)。 ○サイクルの下降期(GRZQWXUQ)の時に、新規参入企業(QHZHQWUDQWV)が入りやすくなり、ますます競争激化し、コス ト競争、価格競争が熾烈になる。
+
日本の政策と日本企業連合の国際的孤立化 -「$OO-DSDQ」でよいのか?
新井聖子(ウプサラ大学・政策研究大学院大学)
1.背景と目的 日本企業が一時期は世界最先端の技術でリードしていた半導体の '5$0、フラット・パネル・ディスプレイ()3')らの産 業が衰退した要因については、すでに様々なことが指摘されている。特に '5$0 に関しては、政府の支援もあり、日本の 技術力は 年の末から約 年間に渡り世界をリードしたが、 年代の半ばを境として下降傾向になり、 年に は韓国企業が日本より '5$0 の新世代の開発を先行するようになった。国際的な日本の技術競争力がこのように急速に落 ち始めた要因は何だったのか。この問いについて、半導体産業のビジネス・モデルの変化やマクロ的経済要因らもあった が、本研究では特に技術に注目し、国際的な観点から、政策の役割、日本を取り巻く諸外国の戦略などを振り返り、どの ような日本の敗因があったかについて考察することとする。 本研究は半導体産業(特に '5$0)を主に取り上げるが、この産業はフラット・パネル・ディスプレイ()3')、太陽光発 電セルと、シリコンに関する技術面で密接に関連している(+XQJDWDO)。このため、ある企業が半導体技術を習 得し、優位に立てば、フラット・パネル・ディスプレイ()3')や太陽光発電セルでの競争も比較的容易になる。このこ とは、日本が半導体で国際競争に負ければ、フラット・パネル・ディスプレイ()3')や太陽光発電セルでも同じ相手に 負けるという連鎖反応の可能性が高いことを意味する。東アジアのこれらの産業での熾烈な競争と、日本の連続する敗退 は、技術面からは起こるべくして起こったと言える。そこで、以下では、日本の連続する敗退の最初の事例である '5$0 の国際競争について、主に分析することとする。 2.'5$0 の国際競争の事例 本セクションでは、最初に市場の変化について各国・地域別の市場シェアを紹介し、その後技術の動向について各国の動 きを説明する。図表 は 年代以降のメモリー市場の各国・地域別の市場シェアの推移と各国の動向について表す。 (1)市場の変化 メモリー市場についてはもともと 年代米国の主に宇宙や軍事産業に使用されていたが、 年代末にようやくコン ピュータ産業などの民間需要が上回った。 年以降日本企業の追い上げで米国の市場シェアが落ち始め、 年代末 日本は '5$0 の . のタイプの市場シェアで米国を追い抜いた。以後日本の市場シェアが急増して、米国のシェアが急減 し、 年代初めには . のタイプで日本が米国に圧勝した(. の市場占有率は、日本が %、米国が %)。こ れらがきっかけとなり、米国政府の様々な日本対抗策が決まり、 年の日米半導体協定、国際的な日本包囲網作戦へ とつながった。やがて 年から日本の市場シェアは頭打ちになり、 年まで約 %で推移したが、その一方 年にサムソンら韓国企業が '5$0 産業に進出し、猛追が始まり、 年以降日本のシェアが急速に落ち始めた。 (2)技術の変化 ○ 年、日本は半導体産業の競争力を高めるため、当時の通商産業省(今の経済産業省)のもと日本企業が集まり 9/6, 9HU\/DUJH6FDOH,QWHJUDWHG&LUFXLWのコンソーシアムを作り共同で研究開発をスタートさせた。この結果、 年の終わりには日本の技術力は米国の技術を追い抜いたと言われている(吉岡、S)。 ○ 年代前半、米国政府は主に日本への対抗策として、プロ・パテント政策を掲げ、法律の改正を行う( 年の &$)&、 年の 6&3$)。また、- 年には日米半導体協定が締結され、日本の半導体の輸出制限などが決められ、さらに 年には米国の半導体コンソーシアムの 6(0$7(&+ が米国企業 社で結成された。 ○ 年代初め、韓国企業が半導体への進出を狙うようになり、日米企業からの多くヘッド・ハンティングも始める。 年代前半、日本との競争に負けた多くの米国企業が、韓国企業 社に技術供与し、米国企業は '5$0 から撤退した。 同時期に韓国企業はシリコン・バレーに 5 ' センターを設け、海外から積極的に技術を吸収した。また日本に多くの韓国 人留学生がきて技術を吸収し、韓国企業で働いた(日本の工学分野の韓国人留学生数は 年は 人だったが、 年は 人と 倍近く増加)。さらに韓国政府も日本に倣い (OHFWURQLFVDQG7HOHFRPPXQLFDWLRQV5HVHDUFK,QVWLWXWH ((75,)のもと、9/6, のコンソーシアムを作り、韓国企業 社と 大学を集めて共同研究開発を行った。 ○ 年代前半、台湾も '5$0 に進出するための研究開発を、政府の研究機関である ,QGXVWULDO7HFKQRORJ\5HVHDUFK ,QVWLWXWH(,75,)のもと行うが、結局あまり成功せず、最終的には韓国企業とのコスト競争に苦しんだ日本企業から技 術供与を受けて、 年に '5$0 産業に進出した。ただ、台湾の場合は、 年代後半から、いわゆるファウンドリ ーという製造業のみを他社から請け負って行うビジネスが始まり、 年 760& が設立されるなどした。○ 年代に入り、半導体製造装置企業の重要性が増すようになる。 ○ 年、米国が半導体技術ロードマップ(1756)を作り、外国企業も入る(1756は 年国際に国際的な半導体技 術ロードマップ(,750)に変わる。)。 ○- 年が日本の技術の世界的なリードのピーク時であり、その後は下降傾向になる。たとえば、ー 年に、 日本の '5$0 特許数は米国の数より多くなり、日本の '5$0 特許の被引用数の割合もピークだった(/HH <RRQ)。 (図表2、図表3) ○ 年、,QWHUQDWLRQDOPP,QLWLDWLYH,,のコンソーシアムが米国で作られ、欧、韓、台が参加して、国際 的企業連合組織となり日本包囲網ができた。一方翌年 年に日本は通産省のもと、日本企業 社が参加するコンソー シアムの VHOHWH が始まった。 ○ 年以降、日本の '5$0 特許数は米国の数を下回り、日本の '5$0 特許の被引用数の割合も大きく下がり始めた(/HH <RRQ)(被引用数の割合の低下は日本の '5$0 特許が世界的に軽視され始めた証拠といえる)。 ○ 年、米国の 6(0$7(&+ が改変され、米国企業以外も入れた ,QWHUQDWLRQDO6(0$7(&+ となり、,, を抱合すること になった。 ○ 年、韓国のサムソンが提案した ''5 標準が、一般の予想に反して、半導体部品の分野で規格の標準化を行ってい る業界団体の -RLQW(OHFWURQ'HYLFH(QJLQHHULQJ&RXQFLO(-('(&)で採択される。(-('(& は 年に米国で設立され、 現在は (,$(米国電子工業会)の下部組織として活動している。) ○ 年、韓国企業の '5$0 の新世代の開発が、日本企業を追い抜いて先行するようになった(学会発表時点を基準とす る)(吉岡、)。 ○ 年頃以降、韓国企業が徐々に基礎研究の面でも世界の最先端を走り始めるようになった(韓国は、 年代まで は日本や米国の基礎研究に頼っていたが、 年頃以降韓国の半導体の国際学会での学術論文採択数が急増したのは、 韓国の基礎研究が徐々に世界最先端(VWDWHRIDUW)レベルになってきた証拠といえる)。 3.日本の '5$0 技術の転換要因 日本の '5$0 技術は世界的にリードしていたが、その転換の要因は何であったのか?バブルの崩壊や円高などのマクロ経 済の問題、韓国企業の追い上げによる日本企業の利益の大幅減少など色々な理由があったが、本研究では技術的に日本企 業が決定的に不利になった要因は、 年の2つのコンソーシアム施策であったと考える。それは ,QWHUQDWLRQDOPP ,QLWLDWLYH,,と、日本のVHOHWH であるが、 つを比較すると、次のとおりである。日本の VHOHWH のほうが、規模 (人員、予算)の面で倍以上であるが、やはり日本 国と、米国・欧州・韓国・台湾の連合ではどちらが有利であるか一 目瞭然ではないだろうか。 年に韓国のサムソンが提案した ''5 標準が、一般の予想に反して -('(& で採用され、そ の後の競争を有利にしたことから見ても、「技術力」と言うのは、単に技術そのもののレベルので高さだけではなく、そ れが国際標準など色々な要素で決まる。日本が国際的に孤立して先端技術を開発しても、いわゆるガラパゴスの技術にな って、日本以外では通用しなくなってしまう。 ,,: • メンバー企業:米 社、欧 社、韓国 社、台湾 社 • 場所:米国オースチン(6(0$7(&+ 内) • 設立年: 年 月 • 予算:PLOOLRQ米ドル • 人員: 人 • テストすること:ユニット・プロセス • 技術開発のガイダンス:間接的 6HOHWH • メンバー企業:日本 社 • 場所:日本横浜(日立製作所内) • 設立年: 年 月 • 予算:PLOOLRQ米ドル( 億円) • 人員: 人 • テストすること:ショート・ループ • 技術開発のガイダンス:直接的 4.'5$0 とフラット・パネル・ディスプレイ()3')の共通パターン 半導体の '5$0 に続き、)3' でも東アジア企業間で熾烈な競争となるが、'5$0 と )3' の攻防の経緯を振り返ると、次の同 じパターンが見えてくる。 ○外国からの技術供与や自国政府の支援を受けた韓国企業(そして台湾企業)の参入後、価格が急速に大きく上下するサ イクルに陥る('5$0 のシリコン・サイクル、)3' のクリスタル・サイクル)。 ○サイクルの下降期(GRZQWXUQ)の時に、新規参入企業(QHZHQWUDQWV)が入りやすくなり、ますます競争激化し、コス ト競争、価格競争が熾烈になる。
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日本の政策と日本企業連合の国際的孤立化 -「$OO-DSDQ」でよいのか?
新井聖子(ウプサラ大学・政策研究大学院大学)
1.背景と目的 日本企業が一時期は世界最先端の技術でリードしていた半導体の '5$0、フラット・パネル・ディスプレイ()3')らの産 業が衰退した要因については、すでに様々なことが指摘されている。特に '5$0 に関しては、政府の支援もあり、日本の 技術力は 年の末から約 年間に渡り世界をリードしたが、 年代の半ばを境として下降傾向になり、 年に は韓国企業が日本より '5$0 の新世代の開発を先行するようになった。国際的な日本の技術競争力がこのように急速に落 ち始めた要因は何だったのか。この問いについて、半導体産業のビジネス・モデルの変化やマクロ的経済要因らもあった が、本研究では特に技術に注目し、国際的な観点から、政策の役割、日本を取り巻く諸外国の戦略などを振り返り、どの ような日本の敗因があったかについて考察することとする。 本研究は半導体産業(特に '5$0)を主に取り上げるが、この産業はフラット・パネル・ディスプレイ()3')、太陽光発 電セルと、シリコンに関する技術面で密接に関連している(+XQJDWDO)。このため、ある企業が半導体技術を習 得し、優位に立てば、フラット・パネル・ディスプレイ()3')や太陽光発電セルでの競争も比較的容易になる。このこ とは、日本が半導体で国際競争に負ければ、フラット・パネル・ディスプレイ()3')や太陽光発電セルでも同じ相手に 負けるという連鎖反応の可能性が高いことを意味する。東アジアのこれらの産業での熾烈な競争と、日本の連続する敗退 は、技術面からは起こるべくして起こったと言える。そこで、以下では、日本の連続する敗退の最初の事例である '5$0 の国際競争について、主に分析することとする。 2.'5$0 の国際競争の事例 本セクションでは、最初に市場の変化について各国・地域別の市場シェアを紹介し、その後技術の動向について各国の動 きを説明する。図表 は 年代以降のメモリー市場の各国・地域別の市場シェアの推移と各国の動向について表す。 (1)市場の変化 メモリー市場についてはもともと 年代米国の主に宇宙や軍事産業に使用されていたが、 年代末にようやくコン ピュータ産業などの民間需要が上回った。 年以降日本企業の追い上げで米国の市場シェアが落ち始め、 年代末 日本は '5$0 の . のタイプの市場シェアで米国を追い抜いた。以後日本の市場シェアが急増して、米国のシェアが急減 し、 年代初めには . のタイプで日本が米国に圧勝した(. の市場占有率は、日本が %、米国が %)。こ れらがきっかけとなり、米国政府の様々な日本対抗策が決まり、 年の日米半導体協定、国際的な日本包囲網作戦へ とつながった。やがて 年から日本の市場シェアは頭打ちになり、 年まで約 %で推移したが、その一方 年にサムソンら韓国企業が '5$0 産業に進出し、猛追が始まり、 年以降日本のシェアが急速に落ち始めた。 (2)技術の変化 ○ 年、日本は半導体産業の競争力を高めるため、当時の通商産業省(今の経済産業省)のもと日本企業が集まり 9/6, 9HU\/DUJH6FDOH,QWHJUDWHG&LUFXLWのコンソーシアムを作り共同で研究開発をスタートさせた。この結果、 年の終わりには日本の技術力は米国の技術を追い抜いたと言われている(吉岡、S)。 ○ 年代前半、米国政府は主に日本への対抗策として、プロ・パテント政策を掲げ、法律の改正を行う( 年の &$)&、 年の 6&3$)。また、- 年には日米半導体協定が締結され、日本の半導体の輸出制限などが決められ、さらに 年には米国の半導体コンソーシアムの 6(0$7(&+ が米国企業 社で結成された。 ○ 年代初め、韓国企業が半導体への進出を狙うようになり、日米企業からの多くヘッド・ハンティングも始める。 年代前半、日本との競争に負けた多くの米国企業が、韓国企業 社に技術供与し、米国企業は '5$0 から撤退した。 同時期に韓国企業はシリコン・バレーに 5 ' センターを設け、海外から積極的に技術を吸収した。また日本に多くの韓国 人留学生がきて技術を吸収し、韓国企業で働いた(日本の工学分野の韓国人留学生数は 年は 人だったが、 年は 人と 倍近く増加)。さらに韓国政府も日本に倣い (OHFWURQLFVDQG7HOHFRPPXQLFDWLRQV5HVHDUFK,QVWLWXWH ((75,)のもと、9/6, のコンソーシアムを作り、韓国企業 社と 大学を集めて共同研究開発を行った。 ○ 年代前半、台湾も '5$0 に進出するための研究開発を、政府の研究機関である ,QGXVWULDO7HFKQRORJ\5HVHDUFK ,QVWLWXWH(,75,)のもと行うが、結局あまり成功せず、最終的には韓国企業とのコスト競争に苦しんだ日本企業から技 術供与を受けて、 年に '5$0 産業に進出した。ただ、台湾の場合は、 年代後半から、いわゆるファウンドリ ーという製造業のみを他社から請け負って行うビジネスが始まり、 年 760& が設立されるなどした。にもつながっていない。図の左側にある大きな研究者群は米国のハーバード大学、ウィスコンシン大学らが中心となるネ ットワークである。このような状況では、日本と米国のどちらのネットワークが長期的に優位に立つかあきらかなのでは ないだろうか。別の例として、ナノテク論文の欧州の著者のネットワークをみても、日本はチェコと共著しているだけで、 欧州で日本は中国や韓国よりも弱いネットワークを持っていることを示している(図表5)(1HZPDQ)。図表6から わかるように、 年代に入り、日本のナノテク論文数の伸びは、欧米や中国に比べては小さいが、国際著者関係から 海外からの知識の流れも少ないようなので、日本のナノテクのレベルが下がってきていることを示唆する。基礎研究にお いては、「$OO-DSDQ」ではなく、できるだけ海外からの知識の VSLOORYHU がなければ発達しない。もちろん競争も重要で あるが、基礎研究においては基本的には協力のほうに重きがある。 なお、大学や公的研究機関の基礎研究と、企業の開発ではどのように外部と協力するかについての戦略の方向やロジック が異なる。基礎研究ではできるだけ組織や国境の壁を低くし、オープンにして、知識の VSLOORYHU が大きくなるようにす ることが重要であるとみなされる。そして基本的に基礎研究から得られる知識は公的なものとして公開され、万人に共有 されるべきであると考えられており、L36 細胞の成果を日本の産業振興のみ役立てるとするような発言は国際的に嫌われ る。一方、企業の開発については、競争力を保つため、ある一定段階以降の開発については組織や国境の壁を高くし、情 報の流出、VSLOORYHU を防がなければならない。ただし、本研究で示したように、企業としてはあくまで競争と協力の両 方の戦略を勘案しながら、どうするべきか考えなければならないだろう。 5.参考資料 日本開発銀行「調査」第 号 吉岡「韓国の工業化と半導体産業世界市場におけるサムスン電子の発展」
Hung et al. (2012) “Analysis of the Development Strategy of Lateentrants in Taiwan and Korea’s TFT/&' Industry”, TechnoloJ\LQ6RFLHW\SS
Lee & Yoon (2010) “International, IntraQDWLRQDODQGLQWHUILUPNQRZOHGJHGLIIXVLRQDQGWHFKQRORJLFDOFDWFKup”, 7HFKQRORJ\$QDO\VLV 6WUDWHJLF0DQDJHPHQWSS
0DFKHU0RZHU\DQG+RGJHV(1998) “Reversal of Fortune? Recovery of the U.S. Semiconductor Industry”, California 0DQDJHPHQW5HYLHZ9RO1RSS
1HZPDQet al. (2009) “Report on Benchmarking Global Nanotechnology Scientific Research: 19982007”'LVFXVVLRQ 3DSHU0(5,70DDVWULFKW8QLYHUVLW\ 6FRWW&KULVWRSKHU7-HQQLIHU0F&RUPLFN0LQG\'H5RXHQ -DVRQ2ZHQ6PLWK'HPRFUDF\'HULYHG1HZ 7UDMHFWRULHVLQ3OXULSRWHQW6WHP&HOO5HVHDUFK&HOOSS 図表1:世界のメモリー市場と各国の動向 競争の激化による技術の急速な進歩から、日本企業の設備は急速に陳腐化する(後発企業が得をする)。 ○日本企業は、設備の陳腐化、価格競争の激化から、台湾企業へ技術供与して生産を委託する。 ○国際的に韓国、台湾は漁夫の利を得る。(韓国は米国の日本への対抗から、台湾は日本の韓国への対抗措置から、それ ぞれ韓国、台湾に技術供与を行う。) ○日本は何をしても真似をされ、大量生産になると負けるので、利益が縮小し、研究開発費がまかなくなり、技術的にも 後塵を拝するようになる。 ○ただし、日本の製造装置産業のPDQXIDFWXULQJHTXLSPHQWILUPVや材料メーカーらは、日本企業でエコ・システムの 最上位のアッセンブラーである社が弱体化しても、海外のアッセンブラー企業とビジネスができるので、しばらく生き残 ることはできるが、長期的にどうなるかわからない。 '5$0、)3' らの過去のパターンからわかることは、日本が欧米に大きく勝って敵を作ると、欧米は(たとえば日本のライ バルである韓国、中国、台湾と連携して)日本が国際的に孤立するような戦略に出る。日本から東アジアへの技術や知識 の VSLOORYHU が大きいため、東アジア諸国は得意な製品分野が似ていることから、日本と東アジア企業との間で熾烈な争 いになり、急速に値段が下がり、コスト競争に弱い日本が大変不利になる。自分より技術的に弱い企業(例えば台湾企業) と組んでコスト競争に勝とうとしても、結局重要なコアの技術がやがて台湾に流れていき、台湾がの漁夫の利を得て最終 的に日本企業を負かすようになるか、あるいは日本企業から得た技術やノウハウを生かして、やがて日本のライバル会社 とも組んでビジネスを行うようになる。これら過去のパターンの教訓から、日本はこの負のパターンを脱却するため、国 際的な競争や協力のあり方を見直す必要があると考えられる。 5.まとめ 日本の '5$0 産業の技術力は 年代半ばから急速に国際競争力を失い始めたが、振り返れば、そもそも日本が国際戦略 に失敗し、国際的孤立化を招いたことが重要な敗因の一つである。日本株式会社を弱体化させるため、米国は国際的な競 争や協力戦略を巧みに使って、日本を孤立させた。韓国企業の急速な '5$0 市場での日本追い上げを支援したのは米国で あったが、米国自身はやがて '5$0 を捨て、 年代末から他のロジックORJLFGHYLFHVやマイクロプロセッサ038V などへ方向転換し、その分野でも国際的な競争・協力戦略を巧みに使っている。一般に欧米の政府や企業は競争力を強め るために、国際戦略として競争と協力を大変うまく使い分けているが、今だ日本はそれが苦手なようである。 今日、日本の政策などで頻繁に「$OO-DSDQ」というスローガンが見かけられるが、このようなスローガンは日本企業の 国際的な孤立化を招き、かえって日本企業に不利になる。グローバルな戦いでは海外の企業との競争と協力を使い分ける 戦略が必須であるが、日本の「$OO-DSDQ」というスローガンは、外国から見ると、かつて日本が欧米への怒涛のような 輸出でバッシングされた 年代のように、日本が団結して攻めることを彷彿とさせ、嫌悪感や危機感を抱かせてしま う。バブル崩壊後から一向に日本企業の国際競争力が復活する見通しが立たず、「失われた 年」から、今や「失われた 半世紀」になろうとしている。それは過去の経験が生かされていないためではないだろうか。 それでは、過去の経験を生かし、今後の日本の企業の戦略や政策としてはどうすればよいのか? ○日本は、「$OO-DSDQ」のスローガンをおろして、グローバルな競争と協力の戦略を推進するべきである。東アジア諸国 は研究開発知識の VSLOORYHU が大きいため技術で競合するが、日本は技術の競合するアジア企業より、むしろ得意な技術 が異なり、補完性があり、国際戦略の上手な欧米の企業と協力して、グローバル市場で勝つ戦略がベターであるというこ とも大変多い。日本企業の台湾志向やアジア志向は、シリコン産業の例のように、やがて上(欧米)と下(アジア)の挟 み撃ちにあい、長期的には危険である。 ○日本企業の国際的な競争力を高めるため、その弱みを補完するための国際戦略を考える必要がある。日本では「戦略に 勝つには、モノづくりや擦り合わせ技術などの自分の強みを生かして」とよく言うが、自分の弱いところをよく知り、そ れを補完する企業(国)と組む戦略についてはさほど言わない。日本はモノづくりは強い(あるいは強かった)かもしれ ないが、弱いところもたくさんあり、それを自国内で補完するだけでは、国際競争に勝てない。ドイツの ,QGXVWULH の政策は自分の製造業の強さはわかっているうえで、自分の弱み(,7)を率直に認め、是正するためのスローガンであり、 また海外に対して、ドイツがモノづくりだけが強いわけではないことをアピールするメッセージでもある。 ○日本企業は常に日本より技術的に対等か上位の市場で成功するための戦略を立てて実行し、政策もそれをプッシュする 必要がある。そうしなければ、グローバルな戦いには勝てなくなってしまう。日本は米国にはそれなりに行くが、これま で欧州への進出はほとんど大企業に限られていて、中小企業は技術力がそれなりにあってもあまり進出していない。この 意味で、現在の多くの日本企業のアジア市場への傾倒は将来大変危険である。アジアが技術的に下位の市場で、日本企業 が地の利や日本ブランドを生かせるため、アジア市場傾倒は短期的には日本企業の利益になるが、長期的にはもっと競争 力のある欧米らがアジア市場を理解し、進出して成功するようになる。そうなればやがて必ず日本企業のシェアを取られ る。世界で自由貿易協定の締結がさらに進めば、各分野でグローバルに - 位以内の企業でなければ生き残れなくなる 時代がいずれくると言われている。日本企業は先送りせず、体力がある今のうちに日本やアジア市場だけではなく、欧米 市場にも力を入れて、彼らから競争と協力の戦略を学び、将来グローバル競争に勝てる力を養う必要があろう。 補足であるが、日本では基礎研究においても、「$OO-DSDQ」の危険サインが点滅していることがあるようである。図表4 は L36 細胞の論文の共著者のネットワークである(6FRWWHWDO)。その中の人物 は L36 細胞の生みの親である山 中伸弥であるが、その共著者 人のうち 人が日本人であり、この 人のネットワークが、世界のどの共著ネットワーク
にもつながっていない。図の左側にある大きな研究者群は米国のハーバード大学、ウィスコンシン大学らが中心となるネ ットワークである。このような状況では、日本と米国のどちらのネットワークが長期的に優位に立つかあきらかなのでは ないだろうか。別の例として、ナノテク論文の欧州の著者のネットワークをみても、日本はチェコと共著しているだけで、 欧州で日本は中国や韓国よりも弱いネットワークを持っていることを示している(図表5)(1HZPDQ)。図表6から わかるように、 年代に入り、日本のナノテク論文数の伸びは、欧米や中国に比べては小さいが、国際著者関係から 海外からの知識の流れも少ないようなので、日本のナノテクのレベルが下がってきていることを示唆する。基礎研究にお いては、「$OO-DSDQ」ではなく、できるだけ海外からの知識の VSLOORYHU がなければ発達しない。もちろん競争も重要で あるが、基礎研究においては基本的には協力のほうに重きがある。 なお、大学や公的研究機関の基礎研究と、企業の開発ではどのように外部と協力するかについての戦略の方向やロジック が異なる。基礎研究ではできるだけ組織や国境の壁を低くし、オープンにして、知識の VSLOORYHU が大きくなるようにす ることが重要であるとみなされる。そして基本的に基礎研究から得られる知識は公的なものとして公開され、万人に共有 されるべきであると考えられており、L36 細胞の成果を日本の産業振興のみ役立てるとするような発言は国際的に嫌われ る。一方、企業の開発については、競争力を保つため、ある一定段階以降の開発については組織や国境の壁を高くし、情 報の流出、VSLOORYHU を防がなければならない。ただし、本研究で示したように、企業としてはあくまで競争と協力の両 方の戦略を勘案しながら、どうするべきか考えなければならないだろう。 5.参考資料 日本開発銀行「調査」第 号 吉岡「韓国の工業化と半導体産業世界市場におけるサムスン電子の発展」
Hung et al. (2012) “Analysis of the Development Strategy of Lateentrants in Taiwan and Korea’s TFT/&' Industry”, TechnoloJ\LQ6RFLHW\SS
Lee & Yoon (2010) “International, IntraQDWLRQDODQGLQWHUILUPNQRZOHGJHGLIIXVLRQDQGWHFKQRORJLFDOFDWFKup”, 7HFKQRORJ\$QDO\VLV 6WUDWHJLF0DQDJHPHQWSS
0DFKHU0RZHU\DQG+RGJHV(1998) “Reversal of Fortune? Recovery of the U.S. Semiconductor Industry”, California 0DQDJHPHQW5HYLHZ9RO1RSS
1HZPDQet al. (2009) “Report on Benchmarking Global Nanotechnology Scientific Research: 19982007”'LVFXVVLRQ 3DSHU0(5,70DDVWULFKW8QLYHUVLW\ 6FRWW&KULVWRSKHU7-HQQLIHU0F&RUPLFN0LQG\'H5RXHQ -DVRQ2ZHQ6PLWK'HPRFUDF\'HULYHG1HZ 7UDMHFWRULHVLQ3OXULSRWHQW6WHP&HOO5HVHDUFK&HOOSS 図表1:世界のメモリー市場と各国の動向 競争の激化による技術の急速な進歩から、日本企業の設備は急速に陳腐化する(後発企業が得をする)。 ○日本企業は、設備の陳腐化、価格競争の激化から、台湾企業へ技術供与して生産を委託する。 ○国際的に韓国、台湾は漁夫の利を得る。(韓国は米国の日本への対抗から、台湾は日本の韓国への対抗措置から、それ ぞれ韓国、台湾に技術供与を行う。) ○日本は何をしても真似をされ、大量生産になると負けるので、利益が縮小し、研究開発費がまかなくなり、技術的にも 後塵を拝するようになる。 ○ただし、日本の製造装置産業のPDQXIDFWXULQJHTXLSPHQWILUPVや材料メーカーらは、日本企業でエコ・システムの 最上位のアッセンブラーである社が弱体化しても、海外のアッセンブラー企業とビジネスができるので、しばらく生き残 ることはできるが、長期的にどうなるかわからない。 '5$0、)3' らの過去のパターンからわかることは、日本が欧米に大きく勝って敵を作ると、欧米は(たとえば日本のライ バルである韓国、中国、台湾と連携して)日本が国際的に孤立するような戦略に出る。日本から東アジアへの技術や知識 の VSLOORYHU が大きいため、東アジア諸国は得意な製品分野が似ていることから、日本と東アジア企業との間で熾烈な争 いになり、急速に値段が下がり、コスト競争に弱い日本が大変不利になる。自分より技術的に弱い企業(例えば台湾企業) と組んでコスト競争に勝とうとしても、結局重要なコアの技術がやがて台湾に流れていき、台湾がの漁夫の利を得て最終 的に日本企業を負かすようになるか、あるいは日本企業から得た技術やノウハウを生かして、やがて日本のライバル会社 とも組んでビジネスを行うようになる。これら過去のパターンの教訓から、日本はこの負のパターンを脱却するため、国 際的な競争や協力のあり方を見直す必要があると考えられる。 5.まとめ 日本の '5$0 産業の技術力は 年代半ばから急速に国際競争力を失い始めたが、振り返れば、そもそも日本が国際戦略 に失敗し、国際的孤立化を招いたことが重要な敗因の一つである。日本株式会社を弱体化させるため、米国は国際的な競 争や協力戦略を巧みに使って、日本を孤立させた。韓国企業の急速な '5$0 市場での日本追い上げを支援したのは米国で あったが、米国自身はやがて '5$0 を捨て、 年代末から他のロジックORJLFGHYLFHVやマイクロプロセッサ038V などへ方向転換し、その分野でも国際的な競争・協力戦略を巧みに使っている。一般に欧米の政府や企業は競争力を強め るために、国際戦略として競争と協力を大変うまく使い分けているが、今だ日本はそれが苦手なようである。 今日、日本の政策などで頻繁に「$OO-DSDQ」というスローガンが見かけられるが、このようなスローガンは日本企業の 国際的な孤立化を招き、かえって日本企業に不利になる。グローバルな戦いでは海外の企業との競争と協力を使い分ける 戦略が必須であるが、日本の「$OO-DSDQ」というスローガンは、外国から見ると、かつて日本が欧米への怒涛のような 輸出でバッシングされた 年代のように、日本が団結して攻めることを彷彿とさせ、嫌悪感や危機感を抱かせてしま う。バブル崩壊後から一向に日本企業の国際競争力が復活する見通しが立たず、「失われた 年」から、今や「失われた 半世紀」になろうとしている。それは過去の経験が生かされていないためではないだろうか。 それでは、過去の経験を生かし、今後の日本の企業の戦略や政策としてはどうすればよいのか? ○日本は、「$OO-DSDQ」のスローガンをおろして、グローバルな競争と協力の戦略を推進するべきである。東アジア諸国 は研究開発知識の VSLOORYHU が大きいため技術で競合するが、日本は技術の競合するアジア企業より、むしろ得意な技術 が異なり、補完性があり、国際戦略の上手な欧米の企業と協力して、グローバル市場で勝つ戦略がベターであるというこ とも大変多い。日本企業の台湾志向やアジア志向は、シリコン産業の例のように、やがて上(欧米)と下(アジア)の挟 み撃ちにあい、長期的には危険である。 ○日本企業の国際的な競争力を高めるため、その弱みを補完するための国際戦略を考える必要がある。日本では「戦略に 勝つには、モノづくりや擦り合わせ技術などの自分の強みを生かして」とよく言うが、自分の弱いところをよく知り、そ れを補完する企業(国)と組む戦略についてはさほど言わない。日本はモノづくりは強い(あるいは強かった)かもしれ ないが、弱いところもたくさんあり、それを自国内で補完するだけでは、国際競争に勝てない。ドイツの ,QGXVWULH の政策は自分の製造業の強さはわかっているうえで、自分の弱み(,7)を率直に認め、是正するためのスローガンであり、 また海外に対して、ドイツがモノづくりだけが強いわけではないことをアピールするメッセージでもある。 ○日本企業は常に日本より技術的に対等か上位の市場で成功するための戦略を立てて実行し、政策もそれをプッシュする 必要がある。そうしなければ、グローバルな戦いには勝てなくなってしまう。日本は米国にはそれなりに行くが、これま で欧州への進出はほとんど大企業に限られていて、中小企業は技術力がそれなりにあってもあまり進出していない。この 意味で、現在の多くの日本企業のアジア市場への傾倒は将来大変危険である。アジアが技術的に下位の市場で、日本企業 が地の利や日本ブランドを生かせるため、アジア市場傾倒は短期的には日本企業の利益になるが、長期的にはもっと競争 力のある欧米らがアジア市場を理解し、進出して成功するようになる。そうなればやがて必ず日本企業のシェアを取られ る。世界で自由貿易協定の締結がさらに進めば、各分野でグローバルに - 位以内の企業でなければ生き残れなくなる 時代がいずれくると言われている。日本企業は先送りせず、体力がある今のうちに日本やアジア市場だけではなく、欧米 市場にも力を入れて、彼らから競争と協力の戦略を学び、将来グローバル競争に勝てる力を養う必要があろう。 補足であるが、日本では基礎研究においても、「$OO-DSDQ」の危険サインが点滅していることがあるようである。図表4 は L36 細胞の論文の共著者のネットワークである(6FRWWHWDO)。その中の人物 は L36 細胞の生みの親である山 中伸弥であるが、その共著者 人のうち 人が日本人であり、この 人のネットワークが、世界のどの共著ネットワーク
図表5:ナノテクの欧州論文の国際ネットワーク 出典:
Newman et al. (2009)
図表6:ナノテクの学術論文数の各国比較 出典:Newman et al. (2009)
図表2:各国のDRAM 特許数の推移出典:Lee & Yoon (2010)
図表3:各国のDRAM 特許の被引用数の推移
出典:Lee & Yoon (2010)
図表4:iPS 細胞の論文の共著者のネットワーク
図表5:ナノテクの欧州論文の国際ネットワーク 出典:
Newman et al. (2009)
図表6:ナノテクの学術論文数の各国比較 出典:Newman et al. (2009)
図表2:各国のDRAM 特許数の推移出典:Lee & Yoon (2010)
図表3:各国のDRAM 特許の被引用数の推移
出典:Lee & Yoon (2010)
図表4:iPS 細胞の論文の共著者のネットワーク