Summary
Lipids in foods play important roles in the improvement of their palatability as well as the supply of nutrition for energy. Lipids improve the food property which is decided by lots of factors such as taste, aroma, texture and so on involved in food palatability. In the case of taste, lipids enhance the intensity of sweetness and umami taste of foods, while they suppress their bitterness. Lipids also affect the food palatability related to aroma through the lipid oxidation in foods or the precursor of the aroma compounds such as linoleic acid and linolenic acid. In the case of texture, lipids in foods make them more tender and juicier. Recently, lipids were found to hold aroma compounds in foods and enhance the complexity, mouthfulness, and lingeringness in Koku attributes. Aroma compounds in foods are released from their lipids during chewing foods in oral cavity, and they enhance Koku attributes.
キーワード:食品のおいしさ、脂質の役割、香気成分の保持効果、香りの持続性、コク増 強効果
Key words: Food palatability, Effects of lipids, Binding effect for aroma compounds, Lingeringness of retronasal aroma, Enhancement effect of Koku attributes
<総説>
食品のおいしさに寄与する脂質の役割
-香りの保持効果とコク増強効果-
西村敏英
Effect of lipids on food palatability: holding effect for aroma
compounds and enhancement effect of Koku attributes
Toshihide Nishimura
所属機関: 女子栄養大学 栄養学部
住 所: 〒 350-0288 埼玉県坂戸市千代田 3-9-21
電話 & Fax:049-282-3712 E-mail アドレス:[email protected]
1.はじめに 近年の健康志向から、脂質が多く含ま れている食品を食べると健康に良くないと 判断し、これらを避ける傾向にある。しか し、脂質が多く含まれている食品は、嗜 好性が高くなる傾向があり、カレー、シチ ュー、天ぷら、黒毛和牛肉、ケーキ、チ ョコレートなどは、おいしいと感じる人が 多い。脂質があるとなぜおいしいのだろう か。これまでの研究から、食品中の脂質 が、食品のおいしさに寄与することが知ら れている。また、最近の研究から、脂質 は香気成分を保持し、食品を食べた時の
香りの持続性に関わっていることがわかっ てきた。さらに、脂質は、食品のおいしさ に寄与するコクの増強に関わっていること も明らかとなってきた。本稿では、脂質が 食品のおいしさにどのように関わっている か、あるいはコクの発現との関連性を解 説する。 2.脂質の種類と栄養的意義 食品の中に含まれる脂質は、中性脂肪、 リン脂質並びにコレステロールエステルで あり、その中で最も多いのは、中性脂肪(ト リアシルグリセロール)である。中性脂肪 は、グリセロール骨格に 3 つの脂肪酸が 結合したエステル化合物であり、生体で は、重要なエネルギー源となっている。ま た、中性脂肪を構成する脂肪酸の内、n-3 系と n-6 系の脂肪酸は、必須脂肪酸であり、 生体内では生理活性物質であるエイコサ ノイドの前駆体となり、生体内の恒常性の 維持に重要な役割を果たしている。リン 脂質は、生体膜の構成成分として利用さ れ、コレステロールエステルも生体内では、 ビタミンD、コルチコイド、ステロイドホ ルモンなどの前駆体として重要な栄養素 となっている。 これらの脂質は、栄養素としてだけで なく、食品のおいしさにも重要な役割を果 たしている。 3.脂質のおいしさへの寄与 食品に含まれている脂質は、栄養素と して重要であるが、食べる時の嗜好性に も大きな影響を与えている。特に、味、香り、 食感に関して、食べた人においしさをもた らしている。 (1)食品のおいしさ 食品のおいしさは、多くの要因によって 決まる(Fig. 1)1)。この内、味、香り、食 感等の感覚は、食品に含まれる物質やそ の構造など、食品素材から受ける刺激に よってもたらされている。我々は、同じ食 ・甘味、苦味、酸味 塩味、うま味 (味覚) (嗅覚) 食味性 (味わい) ・口中香 (体性感覚) 色・艶 形 咀嚼音 香り;鼻先香 風味 食感、温度 味 香り (視聴嗅覚) コク ・複雑さ ・持続性 ・広がり 食品 素材に 起因 する要因 食品から生体への刺激
おいしさの判断
個人によって異なる (生体側に起因する要因) 食習慣(文化的要因)、体調(生理学的 要因)、外部環境、情報・価値観など品を食べたら、食べた人全員が、同じ刺 激を受けるが、同じ食品を食べても、おい しさの評価はヒトによって異なることがあ る。これは、おいしさの最終的な評価が、 食品の素材から受ける客観的な刺激以外 に、食べる人の食習慣(文化的要因)、体 調(生理学的要因)、情報・価値観等、生 体側の要因の影響を受け、脳で総合的に 判断されているからである。これらの生体 側の要因は、ヒトによって必ずしも同じで ないことから、同じ食品を食べて同じ刺激 を受けても、最終的なおいしさの判断は個 人によって異なってくる。例えば、甘味の ある同じお饅頭を食べても、甘味が強す ぎると感じるヒトは、「甘過ぎる」、「濃す ぎる」等の評価をする。また、甘味が弱 いと「物足りない」、「あっさりしている」 と評価し、決しておいしいとは言わない。 自分にとって好ましいと判断される甘味の 強さを感じた時にだけ「おいしい」と評価 しているのである。 (2)脂質の味への寄与 脂質が添加されていない食品と添加さ れている食品では、基本 5 味への感じ方 が変わることが知られている。一般的には、 脂質が存在すると、ヒトにとって好ましい 味は、増強されるが、好ましくない味は抑 制されることが知られている。魚油がマグ ロエキスに及ぼす影響を調べた研究では、 魚油の添加により、マグロエキスの甘味は 増強されるが、苦味と酸味は抑制される と報告されている2)。また、マグロエキス の先味(食べ物を口に入れた瞬間に感じ る味や香り)を抑制し、後味を強めること も示されている。先味の抑制は、酸味の 抑制に相当する。後味の増強については、 不明であるが、後述する脂質の香気成分 保持効果と関わっているかもしれない。 脂質が添加されている食品では、脂質 が分離しないようにエマルションを形成さ せて製造されているものが多く、O/W エ マルションが形成されている。甘味、塩味、 酸味、うま味の呈味物質の多くは水に溶 けるため、味覚受容体との結合に影響を 与えないために、味の感じ方は変わらず、 むしろ脂質の添加により、水溶液部分の 呈味物質の濃度が高くなるため、強く感じ られると推察される。一方、苦味物質は、 脂溶性のものが多いため、脂質部分に溶 け込み、苦味の味覚受容体との結合頻度 が減少し、弱く感じると考えられる。苦味 受容体を発現している培養細胞を用いて、 O/W エマルションを形成した苦味溶液へ の応答を調べると、脂質の添加された苦 味水溶液の方が、培養細胞への応答が有 意に低下することが明らかとなっており、 脂質が苦味の感じ方を抑制する機構が示 された3)。 (3)脂質の香りへの寄与 脂質は、香気成分の前駆体としての寄 与がある。特に、脂肪酸の酵素的あるいは、 非酵素的反応により、香気成分が生成さ れることが知られている4)。 酵素的反応では、動植物の生体内での 物質代謝過程での反応あるいは、細胞の 損傷による生体外での反応により香気成 分が生成される。キュウリなどの青臭い匂 いは、細胞膜中に存在する不飽和脂肪酸
が、リポキシゲナーゼやリアーゼ等の作用 を受けて生成される。例えば、α-リノレ ン酸からは、青葉アルコールと呼ばれる 3-ヘキセノール、青葉アルデヒドと呼ばれる 2- ヘキセナールが生成される。また、脂 質ではないが、非香性の物質である配糖 体やアミノ酸誘導体は、酵素の作用で香 気物質に変換される。例えば、茶葉には、 香気成分をアグリコンとする配糖体が存 在しており、ウーロン茶や紅茶などの発酵 茶の製造工程において、茶葉が磨砕され ると内因性のβ- グリコシダーゼが作用し、 発酵茶独特の香気に関わっているゲラニ オール、リナロールなどが生成される。ま た、ネギ属には、システイン結合型の香気 成分の前駆体としてアリインやプロペニル システインスルホキシドが存在している。 これらの物質に、内因性酵素である C-S リアーゼが作用すると、アリルスルフェン 酸やプロペニルスルフェン酸が生じ、そ の後の分子間縮合により、ニンニク臭の代 表的なアリシンやタマネギの特異臭である ジ -、トリ - スルフィドが生成される。 非酵素的反応では、食品成分間反応が 重要である。特に、アミノカルボニル反 応と脂質の自動酸化反応は食品の加工や 加熱調理時に起こり、食品の特徴を表わ す多種類の香気成分が生じ、食品の品質 改善に重要な役割を果たしている。また、 保存中にも脂質の酸化が生じるので、食 品の品質劣化に影響を与える。アミノカル ボニル反応に関しては、成書をご参考に して頂き、ここでは脂質の酸化が香気に 及ぼす影響を解説する。 脂質の中では、それぞれを構成する脂 肪酸が酸化に関わっている。特に、不飽 和脂肪酸は、自動酸化が起こりやすい。 不飽和脂肪酸は、酸化を受けると、ヒド ロペルオキシドが生じる。これは非常に不 安定なので、容易に分解し、アルデヒド類、 アルケン類、アルカン類、アルコール類が 生成される。例えば、オレイン酸の酸化で は、2-Undecenal、Decanal、2-Decenal、 Nonanal、 Octanal などが生じる。これら は、少量であれば、それぞれの食品の特 徴を示す重要な成分となるが、生成量が 多くなると不快臭として感じられるように なり、食品のおいしさを台無しにしてしま う。また、アルデヒドなどのカルボニル化 合物は、加熱調理中のアミノカルボニル反 応に関わっている可能性が高いことも言わ れている。 このように、脂質は、酵素的並びに非 酵素的反応により、食品の食味性に大きく 影響を与えることが分かっている。しかし、 多くの食品において、未だに食品のおいし さに関わっている脂質由来の化合物が特 定できているわけではない。食肉の中でも、 特に美味な黒毛和牛肉では、加熱調理し た後の香りで、モモやココナッツ様のラク トン類が生成されている。これは、脂質が 関与すると推察されているが、その生成 機構に関して完全には解明されていない。 (4)脂質の食感への寄与 脂質は、食品を食べている時の食感に も影響を与えている。1つ目は、肉の硬さ に大きく影響する。肉は、加熱すると肉タ ンパク質が加熱変性を起こし、凝縮する ため、肉を噛み切れなくて硬く感じる。一
方、黒毛和牛肉のように、脂肪交雑(さし) が十分に入った肉だと、しっかり焼いたと しても軟らかく感じられる。これは噛んだ 時に、脂肪の所で噛み切れるので、軟ら かく感じられるのである。A5 の黒毛和牛 肉は、通常、焼いても非常に軟らかいので、 2噛みか3噛みすれば、簡単に飲み込め る。このような高級肉を、2噛みか3噛み して、飲み込んでしまうのは、タレの味わ いしか味わっておらず、随分もったいない 食べ方をしているといえる。 脂質は、液状だと舌上を滑らかに動く ので、しっとりとした舌触りになり、より おいしく感じる。また、肉の脂肪でも、黒 毛和牛肉のように、融点が 20℃前後だと、 噛んだ時に脂肪細胞から液状の油が舌上 を広がるので、液状脂質のように舌触りが 良くて、ジューシーに感じる。このような 脂質の食感も、食品のおいしさに重要な 役割を果たしている。 (5)脂質による香気成分の保持効果 私が、脂質が含まれている食品がおい しいと感じたのは、子供の時である。わが 家では、すき焼きをする時に、すき焼き鍋 に最初に敷くキューブの牛脂は、最後まで 残していた。すき焼きが終了した時に、出 汁で茶色くなった牛脂がやけにおいしそう に見えて、食べてみた。出汁の浸み込ん だ牛脂は本当においしかった。このおいし さが忘れられず、卒研生の時に、すき焼 きで残った牛脂を研究室に持ち込み、ク ロロホルムメタノールと水の混合物を加え て、脂肪を抽出した。この脂肪層から溶 媒を留去した後の脂質は、無味無臭であ ったことをよく覚えている。最近まで、脂 肪のおいしさの理由を十分に調べること ができなかったが、ある研究を通して、脂 質には、香気成分と結合し、香りを保持 する効果を明らかにすることができた。純 粋な脂質は、一般的には、無味無臭であ るが、調理することにより、香気成分を保 持し、その食品を美味しくしている可能性 が明らかとなった。 タマネギ搾汁液の加熱濃縮物の香気成 分保持効果を調べた時に、少量のタマネギ の加熱濃縮物をコンソメスープに添加する と、味わいの持続性が延びることが分か った。この現象が、タマネギ濃縮物のどの ような成分に寄与しているかを調べた結 果、タマネギ搾汁液に含まれているβ - シ トステロールとスティグマステロールの植 物ステロールであることが分かった5)。純 粋な植物ステロールを用いて、種々の香 気成分に対する保持効果を検証した。こ れらの植物ステロールは、メチルプロピル ジスルフィドやヘキサナールに対して、保 持効果を示したが、フルフラールや 2,6- ジ メチルピラジンには、保持効果を示さなか った。このことから、疎水性の香気成分に 対する保持効果があると推察された。そ こで、植物ステロールの有効利用を考え、 市販のコンソメスープに最終濃度 0.05%の β-シトステロールを添加し、2 時間加熱後、 無添加のコンソメスープと官能評価で、味 わいの違いを調べた。その結果、β-シト ステロールを添加した方は、うま味、濃厚 さ、複雑さ、持続性(後残り)、香りの強 さなどが有意に高く評価された(Fig. 2)6)。 以上の結果から、植物ステロールのような
脂質は、少量でも香りを保持し、食品の おいしさに寄与していると推察された。 様々な食品の成分を調べてみると、マ グロのトロ、黒毛和牛肉7)、ソーセージ、 卵黄、ゴーダチーズ、ミルクチョコレート などは、脂質含量が 30%前後で、脂肪が 多く含まれている食品である。これらの食 品が美味しく感じられる理由の1つは、脂 質が香りを保持していることによると考え られる。ラーメンスープの表面に浮いてい る油の玉にも、そのラーメンを美味しく感 じさせる香気成分が溶け込んでいるので ある。 4.脂質によるコクの増強効果 最近、多くの食品で、コクの表示がみ られる。このコクが何を指しているか理解 されているのであろうか。私たちは、日常 生活で、「コク」と「おいしさ」を同義語 として使っていることが多い。しかし、こ れらは同義語ではない。なぜなら、コクが あっておいしい食品は多いが、コクがある 食品をおいしいと思わないヒトがいるから である。筆者らは、数年前にコクを定義し た。その中で、脂質がコクを増強する物 質であることが明らかとなった。本項では、 コクの定義と 3 要素、並びにコクの増強に 脂質がどのように関わっているかを解説す る。 1)コクの定義 食品の中で、果物、野菜、刺身など生 鮮食品はコクがあるとは言わない。一方、 カレーライスやシチューのように多くの食 材を長時間煮込んで調理したもの、また、 チーズや生ハムように長時間熟成した食 品、味噌や醤油のように発酵処理で製造 されたもの、さらに、豚骨ラーメンのよう に脂質がある程度たっぷり含まれているも のを食べた時にコクが使われる場合が多 い。 筆者らは、これまでの様々な知見から、 「コクは、味、香り、食感による多くの刺
Figure 2: Effect of addition of 0.05% b-sitosterol on the sensory characteristics of Chinese soup 強 い と 選択 し た 人数 ( 人 ) *:p<0.05 コントロール 添加スープ 口に 残る 複雑 さ スパイシ ー スパ イシー( 香り) 後残 り(香 り) 濃厚 さ うま味 塩味 * * * * * * 8 7 6 5 4 3 2 1 0
激(複雑さ(深み))のバランスで形成さ れるものであり、それらの刺激に広がりや 持続性が感じられる味わいである」と定 義した(Fig. 3)1, 6, 8, 9)。 このように、食品の「コク」は、食品に 含まれる物質やその構造など、食品の素 材から感じる刺激によってもたらされるこ とから、味、香り、テクスチャー等と同様に、 食品のおいしさを決定する要因の1つであ り、客観的評価が可能であると言える。 2)コクの3要素 味に、甘味、酸味、苦味、塩味、うま 味の5つの基本味があるように、コクの要 素を、「複雑さ」、「広がり」、「持続性」の 3つとした(Fig. 4)。これらを「基本コク」 と呼ぶこととした。この3つの要素には、 味、香り、食感、色などと同じように、感 じ方に強さがある。例えば、豚骨ラーメン のように、こってりした味わいが長く残り、 強い持続性がある。一方、あっさりした醤 油ラーメンだと味わいが長く続かない。こ のようにコクの中の持続性には、客観的な 強弱がある。 コクの形成には、加熱、熟成、発酵な どの処理をすることにより、味、香り、食 感の刺激をもたらす物質が増えることが 不可欠である。また、これらの刺激をよ り強く感じさせる広がりやそれを長く感じ させる持続性を強くする物質として、うま 味物質10-12)、脂質6)、コク味物質13-15)、フ タライド16)、メイラードペプチド17, 18)、ア リイン19, 20)などが知られている。コクの 3 つの要素の形成・増強に関して解説する。 ①複雑さ(深み) 野菜や果物のような生鮮食品の多くは、 食品を口に入れた時、呈味成分や香気成 分による刺激の種類が少なく、単純であり、 コクの複雑さは感じられない。一方、食
Figure 3: Formation and enhancement of Koku in foods
<コクの形成に不可欠な要素>
味刺激 香り刺激 食感刺激 コクの増強持続性
(刺激が持続する)広がり
(刺激が強くなり、口腔 内に広がる。) 増強物質 (うま味物質、 油脂など) 食品のベースとなる部分 ・複雑な刺激(刺激の数が多い) ・食べ物の特徴を表す香り、 味、食感⇒食べ物の同定 うま味物質油脂 コク味物質 フタライドなど (存在量によって 強さが変わる。) 熟成、発酵、加熱などで形成 される。(呈味成分や香気成 分の増加)⇒時間が長くなる と強くなる。複雑さ
【コクに寄与する3つの要素】
増強 物質品やその素材を加熱処理した場合、ある いは熟成や発酵過程を経て作られたもの では、それぞれの過程で多種多様な呈味 物質や香気物質が生成され、食品の複雑 さ(深み)を感じることができる。これら の食品では、食品素材の内在性酵素や物 質間の化学反応、あるいは微生物の作用 により、多種多様な呈味物質や香気物質 が生成される。複雑さの強さは、生成さ れる物質の種類や量に依存して決定され ると考えられるので、加熱処理、あるいは 熟成や発酵処理の時間の長さにより制御 できると考えられる。それぞれの処理時 間が長ければ、複雑さの強いコクのある 食品ができるのである。コクのある食品の 複雑さ(深み)は、食品の特徴に繋がり、 食品の味わいのベースとなる。 ②広がり 広がりは、食品や素材を加熱、発酵、 熟成することにより生成された複雑な刺激 が、口の中で広がる感覚を指しており、味 わいの強さと考えてよい。コクのある食品 を口の中に入れた時、食品から放出される 多くの刺激が口腔内に広がると味わいをよ り強く感じることができる。この広がりは、 味による刺激であるか、あるいは香りの刺 激であるかに関する科学的なエビデンス は得られていないが、香りによるものが大 きいと考えられる。コクのある食品で、広 がりがあまり無いと、複雑さだけの刺激で 広がりの弱いコクとなるため、味わい自身 も弱く感じられる。 ③持続性 持続性は、口に入れた食品の複雑な刺 激が口腔内に長く残る感覚を指している。 持続性に関しては、味、香り、テクスチャ ーのいずれの刺激によっても生じるが、あ まり刺激が長く残ると、「くどい」や「し つこい」と評価され、おいしさを損なうこ とになる。適切な持続性の強さが、コク のある食品をおいしくする。持続性は、口 腔内に残る刺激の時間を計測することで、 客観的な評価が可能となる。
Figure 4: Elements of basic tastes and basic Koku attributes
味
コク
〈要因〉
〈構成要素〉 甘
味
塩
味
苦
味
酸
味
う
ま
味
複
雑
さ
広
が
り
持
続
性
基本味
基本コク
3)脂質によるコクの増強効果 脂質は、香気成分の保持効果を有する ことが明らかとなった。この現象は、コク の持続性の増強効果に寄与している。こ れまでに、解明されている植物ステロール とソーセージの添加脂肪が香気成分を保 持し、コクの持続性の増強に寄与してい ることを解説する。 ①植物ステロールのスープへの添加効果 既に、紹介したが、植物ステロール(β - シトステロール)は、香気成分の保持効 果を有している。Fig. 2 に示したように、 植物ステロール(β- シトステロール)を 市販の中華スープに添加し、2 時間加熱 した後、二点識別法で官能評価を行った。 β- シトステロール添加の中華スープは、 「スパイシーな香り」と「後残りの香り」 の強さが、無添加のものと比べて、有意 に増強された。また、味わい全体での「う ま味」、「濃厚さ」、「口に残る」、「複雑さ」 も、添加スープのものが、無添加のものに 比べて、有意に増強され、コクの要素で ある複雑さや持続性が増強されたことか ら、植物ステロールは、コクの増強効果を 有することが明らかとなった6)。 ②脂肪含量の異なるソーセージの食味性 通常量脂肪量添加の製品、通常の 1/2 量脂肪添加の製品並びに、脂肪無添加の 製品を調製し、スパイシーな香りの強さ、 うま味強度、塩味強度、風味の広がり、 風味の持続性の 5 項目に関する官能評価 を行った。その結果を Fig. 5 にまとめた。 スパイシーな香りの強さは、脂肪の添 加量の違いで有意な差は認められなかっ た。うま味の強さは、脂肪の添加量に応 じて、有意にうま味が強くなることが判明 した。塩味強度に関しては、無添加製品
Figure 5: Difference in sensory quality among three kinds of pork sausages containing different amounts of fats (n=15)
-1.00 -0.50 0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 スパイシーな香り うま味 塩味 風味の広がり 風味の持続性 ** ** ** ** **;p<0.01 ;無添加 、 ;1/2量添加、 ;通常添加量
と通常量添加製品との間で、有意差が認 められ、脂肪含量が多いほど、塩味が強 くなることが明らかとなった。風味の広が り並びに持続性に関しても、添加する脂 肪含量が多くなるにつれて、強くなること が明らかとなった。しかし、脂肪添加量 が通常量の半分では、風味の広がりや持 続性が強くなるものの、有意な差は認めら れなかった。添加脂肪量が通常量である と、ソーセージの味わいが有意に広がり、 持続性が強くなることが判明した。ポーク ソーセージでは、添加する脂肪含量を適 量とすることで、うま味や塩味を増強する だけでなく、風味の広がりや持続性を強 め、コクを増強することが明らかとなった 21, 22)。 ③ 脂肪含量の異なるソーセージにおける 香気成分の特定とそれらの量的な違い 脂肪含量が多いソーセージほど、風味 の広がりや持続性が強いことが明らかとな った。そこで、ソーセージの香気成分量 が、添加された脂肪含量で異なるか否か について検討した。脂肪無添加製品と通 常量添加製品から放出された香気成分量 を測定した結果、検出された成分は、 β -pinene、3-carene、D-limonene、octanal、 nonanal、caryophyllene、methyleugenol であった。また、脂肪が添加されたソーセ ージから放出された香気成分量は、無添 加のものより少ないことが明らかとなった (Fig. 6)。また、β-Pinene と 3-Carene の
放出量は、脂肪添加量に応じて、比例 的に減少していた。一方、D-Limonene、 Octanal、Nonanal、Caryophyllene、 Methyl eugenol は、脂肪が添加されると 急激に放出量が減少することが明ら かとなった。このことは、 β-Pinene と 3-Carene は、脂肪と比較的弱い結合をし ているが、それ以外の成分は脂肪と比較 的強い結合をしており、60℃の加熱により、 放出されにくかったと推察された21, 22)。 以上の結果から、ポークソーセージの 製造で添加されている脂肪は、ポークソ ーセージに特徴的な複数の香気成分を保 持していることが明らかとなった。脂肪 に保持されている香気成分は、喫食時に 口腔内に徐々に香気成分を放出するため、 ソーセージの味わいの持続性を強め、コ クを増強していると推察された。また、脂 肪の添加含量の違いは、喫食時の味わい の違いをもたらしている可能性が考えられ る。 5.まとめ 食品に含まれる脂質は、栄養素の供給 源として重要な働きをしているだけでな く、食品のおいしさの向上にも関わってい る。食品のおいしさを決定する要因は沢 山あるが、その中で、味、香り、食感など に影響を及ぼしている。味に関しては、脂 質の存在は人が好む甘味やうま味の強度 を高め、苦味を抑制する働きがある。香 りに関しては、脂質が香りの前駆体として の役割や脂質の酸化が食べ物の嗜好性に 大きく関わっている。食感に関しては、食 品を軟らかくする、ジューシーな感覚を高 めることがわかっている。また、最近、脂 質が香りを保持することがわかってきた。
脂質によるこの効果は、食品のコクの増強 にも関わっていることが明らかにされてい る。特に、食品中の脂質が香気成分と結 合することで、香りを保持し、食品を口腔 内に入れて咀嚼することにより、脂質に結 合した香気成分が放出され、香りの持続 性を高め、コクを増強するメカニズムが明 らかとなっている。 140000 130000 120000 110000 100000 90000 80000 70000 60000 50000 40000 30000 20000 10000 6.00 時間 アバンダンス 8.00 10.00 12.00 14.00 16.00 18.00 20.00 22.00 検出強度 保持時間(分) 140000 130000 120000 110000 100000 90000 80000 70000 60000 50000 40000 30000 20000 10000 6.00 時間 アバンダンス 8.00 10.00 12.00 14.00 16.00 18.00 20.00 22.00 検出強度 保持時間(分)
Figure 6: GC-chromatogram of aroma compounds extracted from non-smoked pork sausages containing non-fat(A)and regular-content fat(B)
Detected compounds : A ; β-Pinene, B ; 3-Carene, C ; D-Limonene, D ; Octanal, E ; Nonanal, F ; Caryophyllene, G ; Methyleugenol
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