Title
日本の選挙に関する一考察−与野党相乗り選挙を中心と
して−
Author(s)
照屋, 寛之
Citation
沖大法学 = Okidai Hōgaku(17): 79-103
Issue Date
1996-03-15
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6609
「序 今ほどわが国の政治にその主体性が問われている時期はないであろう。政党がその主役を演ずべき選挙をとりまく環 (1) (2) 境は、大きく変容してきている。とりわけ、一一世議員の異常ともいえる大量進出、中央官僚の地方知事への天下り、与 野党相乗りによる選挙は、日本の政治における特異な現象として特筆されるべきことである。このような選挙に対して 有権者は参政権の放棄、あるいはどの政党も支持しないという「新・無党派層」の誕生というように、日本の選挙に大
日本の選挙に関する一考察
l与野党相乗り選挙を中心としてI
一一、 一一一、 四、 五、 、 序 与野党相乗り・総与党化の背景と要因 首長選挙と与野党相乗り選挙の現状 与野党相乗り選挙・総与党化の問題点 あとがき 日本の選挙に関する一考察 目次照屋寛之
七九きなインパクトを与えつつある。選挙は政党が仕切るという常識さえ通用しなくなりつつあるといえよう。 本稿では特に「与野党の相乗り選挙」とその結果として生ずる「総与党化現象」を中心に論じてみたい。争点や対立 軸の喪失は今や国政レベルでも顕著になったが、実は地方レベルではかなり以前から進行しており、相乗り選挙や総与 党化現象として顕在化してきた。これが一九九五年の地方統一選挙で一層明確化し、「相乗り選挙の噴出」である。政 党本位、政策本位の選挙というのが、政治改革のスローガンであり、キャッチフレーズであったとすれば、それとは全 (3) く逆方向に事態は進んでいるといわざるを得ない。 諸外国の選挙と比較してみると、その特異性、異常性がよく理解できよう。世界的に見た場合には、やはり「与野党 相乗り選挙」は特異な現象であり、特殊日本的な選挙風土といえよう。「なぜ与党や野党が同一候補を立てられるのか、 全く理解できない」「イデオロギーの異なる政党がそれぞれの政策を掲げて選挙で有権者の支持を競うのが政党政治で あり議会制民主主義。相乗りはこれを否定するもの」(英紙記者)。「相乗りでは候補者個人の性格や政治力みたいなも のがものをいい、肝心の政策がどこかへいってしまう」(南ドイツ新聞記者)。「与党の民主自由党も野党の民主党も政 策はたいして違わないから、選挙は人物中心になりがち、しかし、相乗りだの、無投票だのということはありえない」 (「韓国日報」記者)。確かに諸外国においても、複数の政党が選挙後に連立、あるいは選挙協力すること自体はもちろ んよくある。対立している政党同士が選挙後、議会で過半数を得るために与党連合を組むことは決して珍しいことでは ない。しかし、与野党の主要勢力が、選挙段階で統一候補をかつぐという事態は、欧州だけでなく、米国でも、また第 (4) 一二界でも、一般にありえない選挙である。 本稿はその「与野党相乗り選挙」の背景と要因、地方自治体における与野党相乗り、総与党化現象の現状、相乗り選 沖大法学第十七号 八○
この相乗り選挙の背景は、一九六○年代後半以降、大都市地域を風騨した革新自治体が崩壊する過程と軌を一にして 始まった。野党に転落した社会党が新たに白公民の保守中道連合へ対決する態勢を組み直す力がなく代わりに、その一 (1) 当ごうCO 二、与野党相乗り・総与党化の背景と要因 有権者に政策や候補者に関して有効な選択肢を提示し、興味深い選挙の舞台を設定することは主要政党の基本的な責 任である。この点に着目するならば、与野党相乗り選挙は政党の最低限の責任さえも放棄してしまったということがで 挙の問題点として、議会のチェックの機能の衰退、投票率の低下を中心に考察してみたい。 注(1)一九八六年七月の第三八回総選挙結果によると、六○歳代の自民党衆院議員に占める世襲議員が二五・六恥であるに対して、 五○歳代は四四・一一%、四○歳代は五六二一一%、四○歳未満はなんと八四二|牝であった(「エコノミスト」一九八九年七月三 日号・’○六頁)。’九九○年の衆議院選挙では一一八%だった二世議員が一九九一一一年の衆議員選では一一一二%(一六一一一人)に増え た。先進諸国では、世襲議員は例外である。下院レベルでは、イギリスで一人、フランスで二人、ドイツで一人、比較的多い アメリカでも上院で一五%、下院で五%だが、そのいずれも選挙地盤をリレー継承していない。政治道徳に反する議席を私物 化した選挙地盤の世襲は、政党が認めないし、有権者も許さないからである(宮川隆義「選挙のしくみ」日本実業出版社、一 (2)一九九五年四月十一日現在で、四十七知事のうち、過半数を超える二十六人の知事が官僚からの転進・天下りである(読売 新聞一九九五年、四月十一日)。 (3)「朝日新聞」一九九五年四月二日。 (4)「読売新聞」一九九五年四月十二日。 (2)一九九五 三五-六頁)。 日本の選挙に関する一考察 八 一
沖大法学第十七号 八二 (2) 翼に加わって与党のうまみを継続的に享受しようとしたからである。「一人一区」で争う知事選や市長選の共闘パター ンは、公明党が保守中道連合へと路線転換したとされる一九七九年の統一地方選を境に、「自公民」共闘が多くなった。 それに伴い革新自治体が後退し、苦し紛れに社会党も一枚加わるようになって、保革相乗りの市長、知事が登場するよ うになり、今ではそれが地方自治体における選挙のごく普通のパターンになった。そのときの社会党の弁明は、自衛隊 や安保問題も抱えていない地方政治で、保守の側がこれまでの争点だった福祉、環境問題である程度前進した今曰、対 決する基本的な理由はないということであった。しかし、より根本的には、社会党が労組の活動力の低下などによって 地方選挙を戦う力を失い、保守中道系の首長に相乗りして、与党になる道を選択したからである。さらに最近は保革双 方が「時代の流れ」で片付け、資金難、人材不足といった事情も背景に「現実路線」と割り切られているのが実情であ 方が (3) る。 次に与野党相乗り選挙の要因を政党理念の喪失・溶解という視点から考えてみたい。理念・政策は党の命といいなが ら、どの党も自信を持って訴えられる独自の政策がない。連立時代に入り、共産党以外の政党が全て与党と野党を経験 してみると、政党間の理念や政策の差異は連立できる程度のものに過ぎないことが明らかになってしまった。平和・自 由・公正・人権などの理念は自民党も新進党も共通であり、規制緩和、行政改革で党内をまとめようとしても、すぐに 異論が出る。まして地方自治レベルで独自政策を打ち出す努力をどの党も怠ってきた。政党がそのアイデンティティー を喪失すれば、政策を地道に有権者に訴える努力に力が入らなくなる。結局、有権者の歓心を考慮した政策を網羅・羅 列して支持を集めるポピュリストにならざるを得ないのである。まして、自民党でさえ三○%の支持率しかない状態で は、どの党も単独で首長選を戦う力はない。勝とうと思えば、他党との共闘を模索するのはある意味では自然の成り行
(4) きといえよう。これは政策で社会●を変えていこうという政党ロマンの喪失ともいえよう。政策面で違いが少くなれば、 連携の範囲は広がり、相乗りが容易になるのは理の当然である。その他にも次のような要因も指摘して列挙することに よってより明確にすることが可能であろう。①「選挙区事情」、いま、自民党、新進党は政党間の対立を荒立てずに、 新制度での総選挙準備にいそしんでいる。選挙区情勢をなるべく有利に導くためにも、地元の知事や市長を敵に回した (5) くない、という両党の議員心理が知事選・市長選などの相乗、ソにつながる。対立候補者を立てて、仮に敗れれば、かな りの得票力を持つ市長を「敵」に回すことになる。ならば「相乗り」の方が得策ということになる。②「政党の地方組 織の不備」、日本の政党は中央集権的な組織構造となり、末端の地方組織は十分ではない。組織づくりもお構なしで、 まず与党の立場をしっかりと固めようという発想が消えない。実際、共産党以外の政党は、地方組織は看板だけで、日 (6) 常活動はIしていないに等しい。何かにつけ行政頼みだから、野党になるのが怖くてどうしても与党になろうとする。共 産党のようなしっかりとした組織をもっている政党は候補者の擁立も各選挙で可能であるが、さきがけのように小政党 にとってまだ地方組織も整っていない場合には、この人が適任だと思っても組織が十分でない地域では対立候補を出せ ないのが現実である。また共産党のような組織政党は別として、候補者は選挙費用を自分で準備しなければならず、そ の結果、各党とも候補者として、独自候補者を出すのがなかなか困難になり、それゆえ、時には党の理念を棚上げして でも他党と同一候補を推さざるをえないということもあろう。③「与党効果」、相乗り・総与党化がいとも簡単に政党 のアイデンティティーを溶解せしめたのは、与党の地位にいるほうが地元や支持団体のために行政上の便宜を図っても らうのが容易である。各会派は野党の地位に耐えたり、政策を訴えて新しい首長を出すという気概を喪失し、現職市 (7) 長・知事にすり寄っている。地方選挙に詳しい依田博・神戸大教授は次のように地方自治法の不備により相乗、ソが増え 日本の選挙に関する一考察 八 =  ̄
ていることを指摘する。「現行法では首長は議会解散権を持ち、予算案の提出権を独占している。その権限はあまりに 大きく、政党は議会で野党に回ると影響力をほとんど発揮できない。そこで、与党になって行政に要求をくんでもらい、 (8) 住民サービスを施す一」とで、次の議員選挙を戦いやすくする傾向がある」。}」のように、相乗りには与党の方が首長と 直接折衝ができ、支持者の要求に応えやすいという各党共通の打算もあろう。これまで挙げた要因は全て政党側の都合 である。政党の本来の使命は、その政策を実行すべく政権を目ざすのであるが、今日の政党は与党になること白体が目 的化してしまい相乗り選挙に突き進んだといえよう。 三、首長選挙と相乗り選挙の現状 現在、首長選挙ではかなりの与野党相乗り選挙になっており、さらに加速しつつある。今や共産党を除くほとんどの 政党が有力な候補者、それも多くの場合、表①にみるように、高級官僚に相乗りしている。英米において、政党政治の 出発点とされ、民主主義の学校ともされているこの地方選挙は、日本では与野党相乗りの中でほとんど死滅していると 注(1)「朝日新聞」’九九五年四月十一日。 (2)「朝日新聞」一九九五年四月四日。 (3)「毎日新聞」’九九○年六月十三日。 (4)「毎日新聞」’九九五年四月十日。 (5)(6)「朝日新聞」一九九五年四月十一日。 (7)「琉球新報」’九九三年一月一一十七日。 (8)「毎日新聞」一九九三年十月二十一日。 沖大法学第十七号 八四
今曰、与野党相乗りのその首長候補の最大( にそのうち十六知事が自治省出身である。 戦後の地方政治において、首長選挙が空洞 化した理由は明白である。三割自治と称さ れる中央官庁のもつ巨大な許認可権限と補 助金政治の下では、首長選挙の最大の争点 はつねに、誰がもっとも中央に顔が利くか ということだったからである。それは国政 選挙においても同様である。現在の保守党 の永続支配が続いている最大の理由は、保 守党候補が中央からの利益誘導をうたって いるからであり、そしてそれは保守党が高 級官僚と人的・政治的に癒着していること (1) を基盤にしているのは周知の事実である。 首長選挙は小選挙区であり、互角の力を もつ候補者が独自の政策をかかげ競って始 今曰、与野党相乗りのその首長候補の最大の予備軍は自治官僚である。現在四十七知事のうち二十六知事であり、さら の指摘は、特に一九九五年の統一地方選で改めて確証された。 日本の選挙に関する一考察 表①47知事に占める官僚出身者 ユ4厘 ヨゴ告ヨ凸ゴ員司令目角 辰ヨヨ 可「告ヨ向ロム曰自 八五 (出典)朝日新聞1995年4月11日を参照して作成 繩鵬名手城田城木馬川山川井野阜岡知都庫艮山口島岡崎本分崎島 氏名 主な経歴 主な支持政党 参乖 児 岩宮秋茨栃群神冨石福長岐静愛京兵奈岡山徳福長熊大宮鹿 増田寛也 浅野史郎 佐々木喜久治 橋本昌 渡辺文雄 小寺弘之 岡|崎洋 中沖豊 谷本正憲 栗田幸雄 吉村午良 梶原祐 石111嘉延 鈴木礼治 荒巻禎二 貝原俊民 柿本善也 長野士郎 平井龍 円藤寿穂 麻生渡 高田勇 福島譲二 平松守彦 松形祐尭 土屋佳照 建設省紛争調整官 厚生省生活衛生局企、i課長 自治省消防庁長官 自治省公営企業第1課長 農水事務次官 自治省官房企画室主査 環境事務次官 自治省消防大学校長 自治省公営企業第1課長 自治省固定資産税課長 自治省官房調査官 建設省都TI丁)団長 自治省公務員部長 自治省参事官付課長補佐 自治省消防庁総務課長 自治省固定資産税課長補佐 自治大学校長 向治事務次官 F1治省市'11J村税課長 運輸省官房審議官 特許庁長官 自治省消防庁予防課長 大蔵省官房審議官 通産省基礎産業局総務課長 林野庁長官 自治事務次官 ざ さ民 さ 民さ 民 民 新
民蹄珊
公噺
さ 日蹄鋼MM鵬払鵬眠服癖舩樒癖民民民罐鐸辨鐸舩服
●●●●●DC00 公胞社新社社進民新進社社社進社社公公公社進社進進社 進新自自自自自自社自自自自自自目日向自自自自自自自自一九九五年現在、四十七都道府県知事のうち、選挙 時に一党だけから公認、推薦、支持を受けた知事はわ ずか四人、|一党が五人、一一一党が十人、四党が十三人、 五党が四人、六党が一人、七党が三人、’一一党以上の相 乗り支持を受けた知事は全体の七割に当たる四十一人 に達した。共産党が相乗りに加わったのは沖縄県のみ。 これは沖縄県の選挙での「革新共闘会議方式」のため である。グラフ②にみるように一九七五年の調査では 政党が一党だけの知事が三十一人で、うち一一十八人が 自民党支持、七○年代を通じて、まず旧民社党が自民 党と相乗り。七九年には一党支持は十九人に減り、白 工作や調整作業を単純に非難することはできない。問題は今日の日本の地方選挙で、現状のような工作や調整が、各党 小政党が、候補者をしぼるために、政党や候補者同士が事前の調整を行うのは当然である。この限りで、政党間の連合 めて意味をもち、有権者を引き付ける磁場を設定することが可能である。したがって、有力な候補者や政党に対決する (2) の政策のすり〈ロわせもなく、常に勝ち馬に乗って選挙後与党になる方向でしか行われていない}」とである。結果的に日 本共産党以外の政党はすべて相乗りし、実質的には選挙がなくなり、無風選挙の首長選が多くなり、グラフ①にみるよ (3) うに一方で無投票当選が相変らず多い。連合ではなく「相乗り」、「談〈ロ」と椰楡されるゆえんである。 沖大法学第十七号 グラフ①無投票当選市長 恥%卯即扣、函 0 0 皿人牝 0 3 つ’ 1 八 六 当選者数 1955年59636771757983879195 (出典)「沖縄タイムス」]995年4月17日
グラフ②知事選にみる政党相乗りの推移 沙を居てZZと需菖過of動Ill0rィfi1i三’1 ク膳50505050 矢332211 を困惑させたのは「自進社」のパターンではなかろうか。
地方レベルでの相乗り選挙を考えると、中央での自民、社会、さきがけの連合政権もごく当然の帰結であり、社会と新
進、あるいは自民と新進が連合を組んでも決して篤くに値しない。日本ではすでに以前から地方レベルでは連合政治が
行われていたと言っても過一一一一口ではあるまい(表⑦⑦三④参照)。特に表④の中で留意すべきことは、東京と大阪が「なし」
つまりどの政党の支持も受けなかったのは、有権者を無視し、政党の利害・打算による相乗り選挙に対して有権者が怒
り、既成政党の支持を全く受けない「青島」「横山」を支持し、当選させたからである。
事数 日本の選挙に関する一考察 党党し 94年 91 87 83 79 1975 出典)「毎日新聞」1995年3月6日 民党と旧民社党の支持が十一一人に増加した。八三年にな ると自民党、旧民社党の二党相乗り知事は一人に減り、 代わって自公民の三党相乗り知事が十八人と相乗りの主 流になった。八十年代には社会党まで自民党との相乗り を求め出し、八三年の自社公民の四党相乗りの知事が八 人になった。さらにこれに共産党まで加わり五党相乗り 現象もみられたが、共産党が独自候補擁立傾向を強めた (4) ために八七年調査では、一ハ党相乗りはなくなった。 次に一九九五年四月に行われた十三知事選の相乗り状 況をみてみると、知事選の相乗り状況の中で最も有権者 八七表②13知事選の政党対決・協力パターン 沖大法学第十七号 (出典)「毎日新聞」1995年3月12日 表③知事選候補者の政党相乗り度 表④47知事の主な支持政党 都道府リA 選挙年月日 八八 (出典)「沖縄タイムス」1955年3月24日 (1)与野党相乗り (2)与野党ねじれ (3)、民と新進系 の激突 京川井阪取岡賀分 琴不 束神福大鳥福佐大 (自社ざ公×共×無×諸) (目進社さ公×共×諸) (自進社公×共) (向進社さ公×共×無) (自社公×共) (目進社さ公x共×無) (日進社公×共) (自進社公×共) 北海道(自さ×進社公×共×無) 三重(自社×進さ公×共×無) 島根(日進公x社さx共) 秋田(自社×共×無) 岩手(日×進公×社×共) 都道府県海 道森手城田形島城木馬玉葉京川 氏名 主な支持政党 選挙年月日 奉不 北青岩宮秋山福茨栃群埼千束神 也男也郎治雄久昌雄之彦武男洋 久佐 達守寛史喜和栄文弘義幸 村田野木橋藤本辺寺屋田島崎 々 堀木増浅佐高佐橋渡小士沼青岡 さ 公 、、 さ 新民民 さ 、 日 、、、 公 新 民、公公民社 日新、生、、、、 、 社公公、社日公新社社公進 、、、生、、、、、、、し、 進進進新自社自月自自自自な目 1995-04 1995-02 1995-04 1993-ll l995-O4 1993-O2 l992-O9 1993-O9 1992-ll l991-07 1992-O6 1993-03 1995-04 1995-04 5党相乗り型 4党相乗り型 3党相乗り型 2党相乗り型 神奈lll、大阪、福岡 東京、福井、大分、佐賀 北海道、三:竃、鳥取、島根 北海道、秋田、岩手、三重、島根
日本の選挙に関する一考察 (出典)樺鴫秀吉「地方政治が危い!」サンドケー出版局、「朝日新聞」1995年4月11日 八九 都道府県潟山川井梨野阜岡知重賀都阪庫良山取根山鳥口島川媛知岡賀崎本分崎島縄 氏名 主な支持政党 選挙f 三月日 歌 児 新富石福山長岐静愛三滋京大兵奈和鳥島岡広山徳香愛高福佐長熊大宮鹿沖 夫豊憲雄建良拓延治恭稔一ク民也良次義郎山龍穂一雪郎渡勇勇二彦尭照秀 ツ ー一 征正幸午嘉礼正禎ノ俊善志邑信士雄寿城貞大 譲守祐佳昌 山沖本田野村原川木川葉巻山原本谷尾田野田丼藤井賀本生本良島松形尾田 平中谷栗天吉梶石鈴北稲荒横貝柿仮西澄長藤平円平伊橋麻井高福平松士大 ささ民 さ民 、、、、、 ざ 民民さ 民さ 党 、、、 、、 民 新新新 新新 大 、 民 日日日 日日 社 新公 公 公 、 、、、 、、 日、 公 公公公 公公 、民、 辻〈 民、公さ民民、公、、、民 さ公、ざ公民、 、、 、公、、、、生、生生生、 生生 、、生、、、新 公、社社公公新社公新新新民公公公民民新新 社社新社社公日 、生、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、 社民新進進社社社進さ社社社公社社進公公社社公進進社進進社公 、、、、、、、、、、、、‐‐)、、、、、、、、、、、、、、、、、 目自社向同月目日向進自自な自自自自自自自自自自自社自自自自自自自社 11111111-1111111111111111-1111111999999999999999999999999999999999 999999999999999999999999999999999 22455233554454ll55232345l55455l34 一’一|’|’|’’一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一 ll000l0000000lll00ll0000l0000000l 00341018246440l0440l798l24422472l
次に一九九五年の統一地方選における市長選と東京都の区長選における政党相乗りの構図について述べてみる。表⑤ にみるように与野党相乗り型は依然として多く、全体の四割以上の五十二市長選(無投票当選・十七)に及んだ。二党 以上の共闘の見られる七十四市の七割以上の五十二市が、与野党相乗り候補に共産系または政党の支援なしの無所属候 補が挑む「相乗り型」であった。焦点の一つとなった「自民・新進対決」は十市で展開された。高松市では、自民と共 産の共闘により白・共対進・社・さの対決、八尾市でも新人が共産党を含めた五党相乗りで出馬した。共産党が相乗り に加わったことで珍しいパターンである。全体として、市長選では政党相乗り候補の強さを改めて見せつける結果であ った。県庁所在 地の市を中心に、 四党以上の支援 を受けた相乗り 候補は十七勝一 敗であった。た だ、その多くは 相乗り候補に共 産党候補が挑戦 するという図式 である。自民対 沖大法学第十七号 表⑤ 般市長選の主な対決パターン 九○ 共は一部公認。その他の政党は推薦、支持 (出典)「読売新聞」1995年4月 )灘1墓野党T網霧ID型;漉蕊砿|蕊蕊{謹蕊〈iilil (全52市。うち無投票]  ̄H1;::1繭 (i::蕊:-.:!……:淵, 6。+66凸午●ScL■の■●①4Ⅱ■B0DOO寺 7市) 自・進・社・共・公×無八尾(大阪) 自・進・社・さ・公×共甲府(111梨) 自・進・社・公×無日立(茨城)、藤 進進進進進社 進 自自自自自白 自 丼寺(大阪) 社・公×共浜松(静岡)、犬 さ さ さ 公 公 公 ×××××× × 公公公公 、、 共無共共共共 無 諸無 分(大分) 諏訪(長野) 宇都宮(栃木) 浦和(埼玉) 東大和(東京) 小樽(北海道) 、 三鷹(東京)、松 山(愛媛) 豊明(愛知)熱鍬路和松摩村慈市 に.力.父JlJlJlJ1Ⅲ山r1Jl 騒鰄兵神香東I岩栃 鐸韓庫奈川京東手水 緯…1J111京Jj 議麺姫大高多東久今 遥輝諸 無無 .」ざ、日日銃 □(タグ』・
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鱒潔捌口巳…
進党抜きのねじれ対決も一一一市で見られた。 注(1)高畠通敏「談合の原点Ⅱ官僚の中立化」「世界」一九九三年八月号、四一一一頁。 (2)「朝日新聞」’九九五年四月十一日 (3)無投票市長選は北海道と福岡県が四市で最多。次いで埼玉県、愛知県が各一一一市。北海道砂川市では現職が三回連続の無投票 当選を決めた。二回連続無投票だったのは岩手県北上市、群馬県高崎市、埼玉県秩父市、愛知県豊橋市、福岡県甘木市など計 日本の選挙に関する一考察 このように共産までが相乗りしてしまえば、 表⑥ 5区長選の対決パタ:■蝿
実質的には選挙は無風になり参政権の 九 一 =自民、進=新進、社=社会、さ=さきがけ 、合=自由連合、公=91年は公明党、95年 民=民社、連=社民連、無=主要政党の推薦 い無所属・諸派。 出典)「読売新聞」]995年4月17日 区名 95年 今回の特徴 中央 自進.社.公×共 相乗り 新宿 自公×共 相乗り 文 京 自進.公×共×無×無 相乗り 台東 自進.公×共 相乗り 墨田 自進.社.合,公×共×無 相乗り 江東 自進,社.さ合.公×共 相乗り 品)|I 自進.社.さ公 相乗り 世田谷 自進.社.共.公×無×無 共を含む相乗り 渋谷 自合.公×進.さ×共×無 ねじれ 杉並 自社.公×共×無×無 相乗り 豊島 自進.社.公×共 相乗り 北 自進.社.公×共 相乗り 板橋 自進.社.さ公 相乗り 練馬 進.公×社.さ×共×無 ねじれ 江戸lll 自社公×共 相乗り国と地方自治の間で異なった政治システムを採用したのは、国の政治は政党を基礎として行われるのに対して、地方 政治は直接住民にその基礎を置くと同時に、多数党が立法と行政の両方を完全に支配することを防止するためである。 (2) }」のシステムの方がよりよく有権者の声を直接的に地方政治に反映させることができるというメリットがある。このよ うにわが国の地方自治は、特定の政党に支配されることを制度的に防止し、それぞれ直接選挙で選ばれた首長と議会が、 四、相乗り選挙・総与党化の問題点 Ⅲ地方議会のチェック機能の形骸化 地方行政機関の長である知事、市町村長は住民の直接選挙によって選出され、議会はその選任にタッチできない。日 本の地方自治においては、行政機関の頂点に立つ政治的代表を選出するにあたっては、「二元的代表制」を採用してい る。このシステムでは議会で多数を占める政治勢力と首長を選出した政治勢力とが必ずしも同一になるとは限らない。 ’九六○年代から七○年代前半にかけて数多くみられた「革新自治体」においてもしばしば「小数与党」の自治体も珍 しくなかった。議会側の代表ルートと行政側の代表ルートとで異なった政治的意思が示されることも当然の現象である。 地方自治体における議会と行政との機関関係は、中央政府の場合と異なり、本来的に対抗・競合関係におかれるように (1) デザイン共これている。 十五市。また大阪府吹田市長選は現職に自民、新進、社会、さきがけ、共産、公明の六党が、高崎市長選は現職に自進社さ公 五党が相乗りし、無投票当選となった(「毎日新聞」、’九九五年四月十七日)。 (4)「毎日新聞」一九九五年三月六日。 沖大法学第十七号 九 一 一
互いにけん制し合いながら民主的に運営されるように期待されている。それだけに地方議会のチェック機能は健全な地 (3) 方自治を行ううえで極めて大切なものである。ところが、現状は一九九五年の統一地方選にみる限り、都道府県議会、 市議会の相乗り選挙による総与党化は日本じゅうで一層進み、首長の与党勢力が形成されつつある。これは二元的代表 制のメリットを損うものである。 具体的に相乗り選挙による総与党化あるいはそれに近い議会のチェック機能について考えてみたい。知事との間には、 |種の「馴れ合い」が生じ、「惰眠を貧る議会」と椰楡・形容され、議会の存在意識すら問われるようになった。その 悲しき現状のいくつかをみてみると次のように魂のない議会の一端を垣間見ることができた。 ①定例会で「個人情報保護条例案」が可決されたが、同案を一般質問で取り上げたのは二議員だけで、所管の総務警 察委員会では質疑もなかった(長野県)。 ②「委員会の質問時間が一時間もある。なんとかしてくれへんか」とある議員が府当局に泣きつき、府当局は議員の 質問と当局の答弁集を作成した(大阪府)。 ③県議会事務局が国勢調査速報値に基づき四増四減の定数是正案を作ったが、議会側は「春の統一地方選が混乱する (4) から」と定数是正見送りを決定(香川県)。 ④都の最高幹部会議である庁議では、幹部が知事の意向に反論する雰囲気はない。その中で「臨海副都心」や「世界 都市博」構想が次々に進められていった。都民の意向を付度してチェックする重責を任っているはずの都議会も与党で (5) いたいばかりに知事の意をそのまま迎えいれてしまったといえよう。都民は住宅や高い地価などさまざまな不満を抱い ている。ところが定例会ではそうした不満を解決するための議員発議の条例案は皆無に等しい。知事と議会は馴れ合い、 日本の選挙に関する一考察 九
有権者の不満は無視されてきた。たとえば、一九八五年から九一年までの間に都議会に提出された議員発議の条例案は 四七件であったが、そのうち可決されたのは五件、しかしその中に住宅、環境など都民生活にかかわる政策に関する条 (6) 例は一件もなかった。周知のように、「新・無党派層」によって支持された知事の誕生により、「世界都市博」の中止と いうことになった。このような前代未聞の中止という結果になったのは、これまでの相乗り選挙による議会のチェック 機能の空洞化・形骸化と無縁ではあるまい。議会が知事の施策を丸のみするのではなく、結束して提言していけば大き な圧力となり、都民のニーズを多く反映させるというように、「強い知事に強い議会」を実現するためには相乗り選挙 をやめるべきであろう(東京都)。 ⑤’九九三年の神戸市長選は、中央政界のねじれ現象とは無関係に、自民、社会、公明、民社の各党のほかに共産党 をふくめた、全国初の九党相乗り選挙であった。市議会への請願件数に総与党体制のマイナス面が窺える。九二年には わずか六件しかなかった。これは同年の京都市の一○一件、大阪市の四○件に比べて極端に少ない。請願の提出には議 員の紹介が必要であるが、市政に異を唱える請願はなかなか紹介議員が見つからないのが実情のようである。高度経済 成長期には造船、鉄鋼などに支えられた神戸市は、昭和五十年代の低成長期から住宅開発に方針を転換した。外債を導 入し、山を削り埋め立て地を造成するなどで積極的な市政運営を展開し、「地方自治のお手本」とまで言われていたが、 「長年のオール与党体制で行政、議会の間の緊張感が失われている。市民にとっては蔓一つべきことなんです」という開 (7) 発行政に反対する市民の声は議会・行政に反映されなかった。さらに阪神大震災で大きな被害のでた神戸市について次 のようなショッキングな指摘もある。一九八六年に策定された市の地域防災計画では、地下に耐震防火水槽を埋め込ん だ広域避難所を最低でも一○万㎡設定することになっていたが、実際にはこれまで予定地七カ所定めただけでそのうち 沖大法学第十七号 九四
表⑦都道府県議会における議員提案条例 党体制になったのは前市長時代からであるが、議会にもし執行部の手綱を引き締める野党勢力があったならば、開発子 開発優先の行政姿勢は「神戸株式会社」と呼ばれるほどであった。同市議会が共産党を含めた全国でも珍しいオール与 の一カ所も具体化していなかった。その半面、神戸市では人工島の造成など収益がある都市開発事業に予算をつぎ込み、 (8) 算を削ってでも災害に強い街づくりがもっと進んだかも知れない。 次に今日の地方議会のチェック機能の衰退を条例の制定の視点から
説滅御
といっても過一一一一口ではあるまい。換言すれば、地方議会は、立法機関と 日本の選挙に関する一考察 九五 区分 委員会条例 可決 否決 議員選挙区条例 可決 否決 識決不要 その他 可決 否決 計 1981年 11 4 I 2 1 19 82 9 14 7 1 8 4 43 83 22 1 2 5 30 84 6 1 1 4 12 85 10 1 1 1 13 86 12 18 7 2 2 41 87 22 2 I 5 30 88 3 1 1 5 89 12 47 59 90 5 11 2 4 6 28 計 112 53 16 3 20 76 280⑭相乗り選挙と投票率の低下 統一地方選での知事選の投票率は戦後二回目の一九五一年に各都道府県平均で八二・五%と最高を記録した。対日講 和条約調印の是非、という国政の争点がそのまま持ち込まれ、有権者の関心を呼んだためであった。しかしその後の投 票率は全国的に低下してきた。六七年に東京都に初の革新知事が誕生し、七一年には大阪でも革新知事が誕生した。保 革の対決構図が鮮明になると投票率は全国的に上がり始めた。ところが、七五年を境に革新が分裂する一方で、保守・ 中道、保守・革新の相乗りによる総与党化が着々と進み、再び投票率は転落傾向になった。九一年の統一選挙での投票 率は軒並み下がった。特に自社公民相乗りの福井は五一・七七%で二七・八ポイントのダウン、社会、共産、社民連相 属議員を除く総与党化現象が常態になり始めてからのことである。 との痛烈な指摘もある。このようなことが顕著になってきたのは、相乗り選挙の結果、地方議会で共産党と一部の無所 しての役割を全く放棄して、首長の提案する議案を承認するための「御用機関」となっているのであり「大政翼賛体制」 今や、地方自治体は地域住民の声を政策に反映すべき多くの課題をかかえている。住宅問題をはじめ、地域産業の衰 退、高齢化の加速的進行、過疎・過密の同時進行など、地方自治体を取り囲む環境は厳しい。議員、そして地方議会に はこうした地域の課題を表出・集約し、行政に反映させる政策立案能力の向上が求められている。地方行政活性化のた めにも、今曰の議会のチェック機能の空洞化を、相乗り選挙・総与党化現象の視点より照射し、チェック機能を蘇えら し、行政と議会との緊張関係を回復すべきである。「行政(知事)と議会はチェック,アンド・バランスの機関対立の 原理」を確立しなければ、議会本来の真のチェック機能の形骸化を避けることは困難である。 沖大法学第十七号 九 六
表③47都道府県の最近の知事選投票率分布 ることは間違いないといわれている。 気配はない。山梨、愛媛、愛媛、 各県知事選でも、山梨、熊本の三県が最低記録を更新する結果となった。知事選での投票率低下傾向に歯止めが掛かる 道府県、全体の六二%までが過去最低の投票率を記録している。一九九五年に行われた山梨、愛媛、青森、愛知、熊本 四十七都道府県の知事選の直近の投票率を見ると、愛知県の一一一一〒一一一八%、埼玉県の三一一〒一○%をはじめ、一一十九 乗りの福岡も五四・八七%で一八・三七ポイントも下落した。 投票率h 8000台 日本の選挙に関する一考察 30q/b合
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る。相乗りで選挙の争点がぼやけ、有権者がしらけ、投票率が下がるという基本パタ 熊本三知事選はいずれも与野党相乗り型であった。これが低投票率の一因になってい 県が最低記録を更新する結果となった。知事選での投票率低下傾向に歯止めが掛かる (9) -ンが出来上がりつつあるといえよう。表③は最近の知事選の投票率の分布 である。朝日新聞の世論調査もグラフ③に見るように、投票率低下の背景の ,旧トップに総与党化・相乗り選挙をあげている。 (出典)「毎日新聞」1995年3月6日 ト ッ プ に グラフ③投票率低下の背景 総 (複数回答)耳 100 80 0 6 自坐口体の数 40 20 九七 0 総争候政多そ 与点補治選の 党な者不他 化し難信 (出典)「朝日新聞」1994年8月22日 投票率 数 都道府県名 809b合 1 島根 7096台 7 北海道、岩手、秋田、山形、石)||、鳥取、高知 60%台 7 青森、福島、山口、佐賀、長崎、大分、沖縄 509b台 8 東京、新潟、福井、長野、岐阜、和歌山、愛媛、福岡 40%台 12 群馬、神奈川、富山、山梨、滋賀、京都大阪、岡山、広島、熊本、宮崎、鹿児島、 3006台 12 宮城、茨城、栃木、埼玉、千葉、静岡、愛知、三重、兵庫、奈良、徳島、香111表⑨は一九九五年統一地方選での市長選の投票率であるが、八六市のうち四八市で投票率の低下がみられた。平均投 票率は六○%で戦後最低となった。八六市の市長選は半分以上の市で戦後最低となった。県庁所在地の七市長選はすべ (旧〉 て前回を下回り、浦和、高松、松山、大分の四市は戦後最低であった。思うに、生活の充実を求める政策論争が展開さ れない選挙に有権者が関心を向けるはずがない。有権者は政党の幹部が考える程、政治的に未成熟ではないことをこの 投票率は示唆しているといえよ う。野党としての批判勢力であ ることの緊張感に耐えきれず、 「長い物には巻かれろ」とばかり に妥協する。有権者の間の釈然 としない空気を察知しても、「み んなで渡れば怖くない」と目を つぶる。これでは保身主義であ り、政党本来の役目が忘れられ ている。この相乗り選挙は、政 策論争をぼやけさせたばかりか、 実質的に無風選挙を各地で演出 (Ⅱ) して有権者をしらけさせた。 沖大法学第十七号 表⑨市長選投票率(数字は96,▼は戦後最低) 小樽6665流山▼51.53豊B月▼63B2 室蘭▼7049ハ千代4621鈴鹿73.12 北貝7323鎌ケ谷▼55.00向日46.01 夕張86.92平塚▼56.96池田▼57.37 椎名▼80.O2茅ケ崎▼45.64枚方48.88 芦別▼84.56大和▼48.57ハ尾▼5044 江別▼64,23武蔵野▼51.21寝屋lll49.83 三笠88.31三鷹▼43.5|藤井寺▼59.43 千歳67.10小金井▼39.26姫路65.44 伊達▼8226東村山▼5204出雲82.25 久慈8610国立▼53.06津山83.28 塩釜▼69.20束大和▼56.73備前8086 能代82.97着瀬▼60.63尾道79.61 酒田▼7281多摩▼50.44因島86.90 日立▼66.93稲城▼57.32下関▼66.58 水海道▼84.73三条79.88徳山7292 取手▼4957加茂▼83.92岩国▼7225 宇都宮56.19甲府55,420鳥門79.34 栃木▼7287富士吉田89Ⅲ高松▼6070 今市77.50諏訪▼77.61松山▼3120 安中69.48茅野▼8237田川8258 浦和▼44.07浜松▼6084唐津8420 与野▼49.68富士宮7218長崎6791 蕨51.13敦賀849O佐世保7279 日高70.95多治見▼7620人吉88.51 木更津▼6859瀬戸▼61.93大分▼34.49 佐原▼80.27半田▼7039別府▼7952 成田67,08犬山7434小林▼85.63 佐倉5610尾西▼45.29 九 八 注 日高市は91年10月に市制施行され、今回が初の市長選 (出典)「朝日新iliMl995年4月2Ⅲ
次に相乗り選挙によって急増しつつある「白票」について一九九五年の地方統一選をもとに考えてみたい。統一地方 選に表れた政党の「相乗り」批判は、選択肢のないことに対する怒りでもあった。有権者は無効票の増大という形でも 意思表示をした。知事選は政党がまずオール与党体制の継続を確認し、候補者をかつぎ出すという「枠組み先行型」が 目立った。その典型である神奈川知事選(投票率四六・一一%)では、白票投票などの無効票が二十三万四千五百五十五 票(投票総数の八・一%)に達した。過去四回の無効票の割合が三%前後であったことを考慮すると、いかに有権者が 相乗り選挙に怒っているかがわかる。白票は投票者の二十人に一人にあたり、無効票に占める割合は六五・九%と「異 例中の異例」であったといえよう。同時に実施された県議選も無効票は一一一・一一一%であり、知事選が異常に多いことがわ かる。神奈川と同様に枠組み先行型が当選した福岡知事選(投票率四四・四%)でも、八万八千百九十四票(投票総数 の五・四%)が無効票であり、うち白票が約四万五千票あった。これは前回を三倍近くも上回っている。結局、統一地 方選の十三知事中、与野党相乗りの五知事選で無効票率がアップしたことになる。同様に相乗り選挙であった大分市長 選では、投票率(三四・四九%)が半減する一方、無効票の割合は前回の一一一倍増であった。同じように相乗り現職が勝 きたと指摘されるのである。 イギリスの政治学者j・プライスはその箸『近代民主政治」で「地方自治は民主主義の最良の学校、その成功の最良 の保証人」と語っている。国政は国民に縁遠いが、地方自治は身近かな政治であり争点も問題点も分かりやすい。そこ (厄} で地方白治を通じて国民の政治的な訓練がなされた。地方自治は、いわば国民の政治教育の場なのである。しかし、特 に五五年体制崩壊後は、本来の地方政治の争点は政界再編を急ぐ中央政党の論理に覆い隠され、翻弄され、地方は地方 で長年の与党暮らしを捨てきれない。この壮大なねじれが地方自治、あるいは地方政治を形骸化させ、つまらなくして 日本の選挙に関する一考察 九九
注(1)今村都南雄他「政治学」中央大学通信教育部、一九七頁 (2)五十嵐敬喜、小川明雄「議会l官僚支配を超えてl」岩波新書、一九四頁。 (3)「琉球新報」’九九三年一月二十七日。 (4)「毎日新聞』’九九一年三月五日。 (5)「朝日新聞」一九九五年四月十三日。 (6)五十嵐・小川、前掲書、二○○頁。 (7)「毎日新聞」’九九三年十月二十一日。 (8)樺嶋秀吉「地方政治が危い!」サンドケー出版局、三五頁。
されるのはイヤ」と棄権を選択した。会の代表者は「棄権、白票は、だれも選べないという消極的な行動ではなく、
掛けた。だが九五年の道知事選、札幌市長選は「どちらも信任投票の意味合いが強い。白票が投票率を上げ信任と誤解
たことである。’九九一年統一地方選で北海道知事選、札幌市長選に白票を投じるよう宣伝カーやチラシで市民に呼び
特に注意すべきは、札幌市には白票を投じる運動をしている市民グループ「仕切り直しを求める白票の会」が誕生し
った松山市は、投票率が三一・一一%と一九九五年の地方統一選で全国最低となり、無効票の割合も前回より倍増した。
(旧) 「だれも選びたくない」という意味表示だ」と棄権、白票の意義を塞叩ろ。このように投票率の低下、白票の増加を考えるといかに「相乗り選挙」に対して有権者が怒り、選挙に大きな影響を
与えているかがわかる。このことがそのまま続くならば選挙による代表選出そのものが危機に頻すことは確かであり、
住民によって選出されたという知事、市町村長の権威は低下し、その正当性そのものにも疑問を抱かざるを得ないので
ある。 沖大法学第十七号 ○○五、あとがき 一九九五年の統一地方選挙を手掛りに地方自治体選挙での相乗り状況について調べてみたのであるが、あまりの相乗 りの多さに選挙の存在意義そのものを疑い、政党・政治家の政策・理念の喪失は一般有権者の予想以上のものであるこ とを痛感した。今や「自社進公さ」の相乗りが寄ってたかって選挙を失くしてしまおうと努力していると有権者に疑問 を抱かれても仕方がない程の相乗り選挙である。日本の地方政治では共産党が相乗りしてしまえば、選挙そのものが失 くなってしまう程に選挙が空洞化・形骸化し、有権者の参政権は細る一方である。共産党が投票による民主制度の正当 (1) 性をかろうじて守っているといえばおおげさであろうか。くう、日本では、「投票」という「民主主義確認のセレモニー」 (2) 自体が危機に瀕しているということである。選挙は民主主義にとって避けて通れない大切なプロセスであり、政党の都 (3) 〈ロによって選挙権を行使する機会を有権者から奪ってはならない。 現代は選挙を基礎に政党を中心にして政治は作動している。政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素であり、国 民の政治意思を形成する最も有力な媒体である。しかるに日本の政党・政治家の政策の貧困はつとに指摘されるところ である。今、日本の政党に求められていることは、政策の貧困、有権者ばなれを「相乗り」によって対応するのではな 〆 ̄、 ̄、 ̄、 ̄、〆 ̄、 131211109  ̄ ̄、-、-〆、.〆 日本の選挙に関する一考察 「毎日新聞」 「毎日新聞」 「毎日新聞」 「朝日新聞」 「毎日新聞」 一九九五年三月六日。 ’九九五年四月二十四日。 ’九九○年六月十三日。 ’九九五年二月七日。 ’九九五年七月五日。 一 ○  ̄
く、国民の希求する政策を立案・創造し、有権者の共鳴板をゆり動かすことによってその支持を高める方途を模索・検 討することが賢明な選択肢であり、相乗りは単なる対象療法でしかないであろう。 本論においても指摘したように、与野相乗りについての野党側の弁明としていわれたのは、安保や自衛隊という体制 的な争点を抱えていない地方選挙において、与野党を分かつ根本的な相違点はないということであった。はたしてそう であろうか。安保、自衛隊がある故に沖縄を中心に日本各地に米軍基地、自衛隊基地がある限り、地方の政治といえど も安保、自衛隊のイッシューを回避することはできない。さらに、今日の世界において、自国中心主義的な経済的繁栄 のみを追求し、強者が弱者を蹴落とす競争と差別の社会を構築してきた六十年代以降の自民党の政治文化に対決する価 値意識を構築することはできないのか。欧米の諸国に与して日本の軍事力を増強し、先進諸国中心の世界秩序維持の警 察力に加わっていこうという自民党、新進党の姿勢に対抗する理念はないのか。社会民主党や新党さきがけはもっと真 剣に政策を磨く努力をすべきであろう。増大する余暇中心志向を消費や遊びではなく、コミュニティーの建設やボラン ティア活動に吸収し、「豊かな」「生きがい」のある社会と「平和」な世界の構築をめざす方向に党の政策を創造するこ (4) とはできないのか。すでにみたように投函不率の低下は、政党の相乗りへの不満であることは確かであり、もしそれを承 知のうえで政党が今後とも相乗りに走るならば、東京、大阪の選挙にみるように、政党そのものが有権者からみはなさ れることになろう。「新・無党派層」の誕生は政党政治の危険信号であり、既成政党への警鐘である。前述したように、 相乗り選挙は世界的にもあまり例がなく、選挙、政党政治、民主主義の未熟さを証左するものであり、政治の世界にお ける国際化に日本も「地球市民」として参加するためにも他の世界から奇異に思われるような今日の「相乗り選挙」は 政党の責任において再考する必要があろう。 沖大法学第十七号 ○
注(1) (2) (3) (4) 日本の選挙に関する一考察 「アサヒグラフ」’九九一年四月十一一日号、二一一-一一一頁。 片桐薫「失望からは何も生まれない」『月刊Asahi」一九九三年八月号七一一頁 樺嶋秀吉「地方政治が危い!」サンドケー出版局 高畠通敏「談合の原点Ⅱ官僚の中立化を」「世界』一九九三年八月号、四七頁。 ○