はじめに
現在、「ローカル志向」(松永2015)などといわれ るように、「地域」に注目が集まっている。過疎化や 人口減少の危機の一方で、田園回帰や地方移住、そ して「ローカル」を求める観光が増えている。地域 振興の政策としては、かつては物産開発が中心で、企 業立地や産学連携のクラスター政策などが続いてき たが、近年の傾向は、これらと並んで「地域の魅力 づくり」がほとんどの地域で取り組まれている。 山﨑・鍋山編(2018)は、地域の自然、歴史、文 化、伝統、街並み等々に潜在する「プレミアム価値」 を発見・発信・創造して、付加価値として実現させ ることを「地域創生のプレミアム戦略」と呼んでい る。「プレミアム価値」と言われるだけに、一般商品 と比べると驚くほどの高価格のついた「地域商品」 が実際に登場している。地域の中で「価値がないと 思われていたものが実はプレミアムな価値を、安価 な商品・サービスが素晴らしい価値を、古いものが 新しい価値を、ローカルなものがグローバルな価値 を有している」(山﨑・鍋山編2018、p.1)という。 しかし、この価値の源泉がどこにあるのかという考 察はなされていない。「地域の魅力」なるものの正体 はいったい何であるか、曖昧なまま各地の地域づく りの実践の場に受け入れられており、経済学的に中 身を深めることはこれまでにはなかったといえよう。 現代の「ローカル志向」には2つの潮流が混ざり 合っていることに注意したい。一方では、環境や文 化、人とのつながりやお金で評価されない仕事のや りがいといった地域の「生活の質」を求める人々の 傾向がある。他方では、上述の「プレミアム価値」 に象徴されるように、地域の魅力を商品化する経済 活動が広がっている。 かつて、地域の固有性、環境、文化などの多様で 共同的な生活要素は、市場経済化を押し進める地域 開発の下で、経済的には非合理的な要素と見なされ てきた。それらを「守る」ためには、政府や市場に 対抗して声を上げる市民社会の運動や世論が不可欠 であった。それが今では、地域の個性や自立性が政 策的にも強調され、内発的発展に関しては総論賛成 の状況となっている。これは社会経済の大きな変化 であり、従来とは枠組みを変えて議論しなければな らないことを示唆している。山﨑・鍋山は「地域の 稼ぐ力」を実現する手段として「地域のプレミアム 化」を無批判に肯定しているが、それは地域を持続 可能にするものであろうか。「ローカル」ブームの下 で、内発的発展や地域政策の枠組みをどのように考 えればよいか。 こうした論点は、かつて由布院の事例に基づいて、 「内発的発展の第2段階」として端緒的に提起されて いた(中谷ほか2001)。由布院では1970年代には 「緑と、空間と、そして静けさ」を地域資源と認識し て散策観光運動を始め、他の温泉街とは異質な「そ の土地の生活そのものが観光」という、今日でいう オルタナティブ・ツーリズムをいち早く確立した(中 谷2001)。ところが、由布院ブランドの成功ゆえに、 リゾートマンションや観光ツアー等の地域外資本が 集まった結果、観光客数は400万人近くに増加し、農 村の原風景的空間が喧噪にさらされる危機に直面し た。 内発的発展の第1段階は、外来型の画一的な近代 化モデルに対して、地域の環境や文化を守る対抗軸 を打ち出そうとする過程であったのに対して、第2 段階は、地域資源が資本蓄積の過程に取り込まれて くることに対応して、対抗軸を再構築する過程であ る。この段階においては、地域の内発性や固有性を 重視するという意味での単純な「内発的発展」は、資 本にとっての利潤の源泉の1つとして取り込まれつ つあり、もはやそれだけでは対抗軸にならなくなっ ている。 本稿では、地域振興の資源となる「地域の価値」 企画特集(4)「地域の価値」の地域政策論試論
「地域の価値」の地域政策論試論
佐無田 光
(金沢大学)を地域経済学的に考察し、現代の地域政策(内発的 発展の第2段階)における論点を明らかにしたい。地 域の魅力には、消費される「価値」があり、地域振 興の資源となりうる。それは、観光だけでなく、人々 の興味・関心を引く要素であり、「商品化」されれば 新たな経済循環を生む可能性がある。他方で、「地域 の価値」が資本蓄積の手段として利用されることで、 地域のサステイナビリティを脅かす矛盾を孕む。グ ローバル化の下で所得形成の機会を減らしている地 域の側からすると、「地域の価値」が資本主義的に取 り込まれてくる動きに対して、これに「対抗」しな がら「利用」するための地域的な制度をどう形成す るかということが、今日の政策的論点となってくる。 日本経済の場合、こうした葛藤が、垂直的国土構造 の再構築になるのか、それを乗り越える方向に進む のかとも関わってくる。 このことを論じるために、本稿では、「地域の価 値」の経済システムをバリュー・チェーンと地域的 分業の構造から分析枠組みを提示する。その上で、 「地域の価値」を取り込むようになってきた資本主義 の「再帰性」という観点から、日本における地域政 策の歴史を再整理し、これに対応する(第2段階の) 内発的発展の政策的論点を地域的制度の視点から考 察する。
1.「地域の価値」の経済システム
(1)「地域の価値」の源泉 「地域の価値」の経済システムを考察するにあたっ て、本稿では、現代の商品価値の背景として、認知資 本主義的な時代認識を踏まえている。詳しくは本特集 の除本論文を参照されたいが、おおよそ以下のような 認識を共有する。すなわち、大量生産体制による画一 性、硬直性に対する批判に対して、人びとは個性、差 異性、商業化されていない「真正性」(オーセンティ シティ)を希求するようになり、資本主義経済システ ムはこの批判を体制内に取り込んできたとされる (Boltanski et Chiapello 1999)。そのために、現代で は、価値生産の場が、工場や事業場に収まらない人び とのトータルな生活過程へとシフトしつつある(Hardt and Negri 2004)。生産と消費は融合し、価値は「差 異」や「意味」と結びついて主観的に構築され、人々 は「知識」や「情動」を消費するようになる。これに 対応して、経営やマーケティングの分野では「経験価値」が注目されるようになる(Pine and Gilmore 1999)。 端的にいうと、現代社会では、人びとは「感動」 を求めている。「もの」の機能は変わらなくても、そ こに意味が加わることで価値は高まる。例えば、芸 術作品は時間が経つと、機能としては劣化していて も、価値が増えていくことがある。意味が深まって、 見ている人の知識や情動が高まれば、価値も高まる。 このとき、価値はどこに生まれるかと言えば、生産 サイドではなく、意味を感じる本人自体が「学習」 や「体験」することを通じて、それまでとは異なる 理解を獲得し、意識世界が広がることによって満足 度が高まる。この私的な学習ないし体験の過程に、 少しばかり集団的な方向性を与えるのが「意味づけ」 の工程である。 古典的な経済学では、労働を投下して、新しい財 やサービスを作り出すことによってのみ、経済的価 値は生まれるとされていた。ところが、何ら新しい ものを生産しなくても、そこにあるものに「意味」 を与えるだけで、人々はストーリーを読み取って満 足を得る。このように価値の源泉がシフトすると、こ れまでのような生産に従事する社会は一変する。 成熟社会と知識経済の下で価値の源泉がシフトし てきたことによって、地域・場所・空間は非物質的 な消費の焦点となってきた。いまや地域政策の軸を 成すのは、生産ではなく、ストーリーである。地域 の歴史や場所や産品に意味づけを与えて、ストーリー を感じられるようになれば、そこに価値が生まれる。 これは客観的に計測可能な価値ではなく、人々の意 識次第で、その場所を見たり感じたりする際の満足 感は変化する。 「意味づけ」は言語によって行われるとは限らない。 1枚の写真、あるいは、アートやデザインがあるこ とで、人々はそこに意味を感じ、ストーリーを想像 できる。美的で歴史性がありコミュニティを感じら れる景観の方が、無秩序で面白みのない場所よりも 価値が高いと感じられるのは、そこに「意味」を見 出すかどうかによる。あるストーリーが普及すれば、 その場所に以前よりも多くの人が訪れたり、移住し たりすることにつながる場合がある。人が集まると、 その場所は他の場所よりも経済的価値を高める。こ うしてポスト工業化の都市再生は、生産空間から生活 空間へ、歴史の断絶(スクラップ・アンド・ビルド) から歴史の再評価(リノベーション)へ、機能主義か
らオープン・コミュニティへとシフトしてきた。 この一連の過程を本章では「地域の価値」という 言葉で表現している。「地域の価値」とは、社会的に 構築される地域・場所・空間の「差異」や「意味」 であり、非物質的な消費の対象となる地域のストー リーである。 (2)「地域の価値」のバリュー・チェーン ものづくりの生産工程に分業があったように、価 値づくりの工程にも分業がある。「地域」はいまや意 味づけ商品の1つであり、「地域の価値」のバリュー・ チェーンを考える必要がある。「地域の価値」には、 元になる「本源」的な部分と、「意味づけ」の過程と、 「商品化」の過程とがあり、地域経済学的にはこれら を区別する視点が重要である(図1)。「本源」的な 価値とは、その場所の暮らしの中で形成されてきた 人々の知恵や共感の積層であり、「地域らしさ」の源 泉となる固有の共同生活条件である。「意味づけ」は、 その「地域らしさ」を学習する過程を方向づけるプ ロセスである。さらに、その「意味」を何らか消費 可能なシンボルに体化する「商品化」の工夫がある ことで、「地域の価値」は初めて所得へと還元される 可能性を持つ。 地域の暮らしの「本源」と「意味づけ」された「地 域の価値」を区別することによって、「地域資源」と 呼ばれるものの中身を正確に理解することができる。 地域に存在する自然、人物、建物、風習、生業、産 物、活動、歴史的事件などは、「地域資源」の元とな る素材である。これらの要素は、地域の共同生活条 件を構成し、暮らしの中でこそ実感される「本源」 的な価値を含む。しかしそれはその場にいる本人が 人生経験として獲得する「豊かさ」であって、商品 として取引可能なものではない。その素材を使って 何かしらのストーリーが作られる。「意味づけ」を 伴って地域の素材は初めて経済的な資源となる。 「意味づけ」という独自の工程が入るところが、工 業製品の生産工程との大きな違いである1)。工業化 段階の地域資源は、自然の中から抽出され、物質的 に加工され、工業的生産過程に投入されるという意 味で「資源」であった。これに対して、認知資本主 義段階の地域資源は、人々に知識や情動を与える商 品の材料となる諸々の意味やストーリーである。 「意味づけ」という工程は、本来は個々人が時間を かけ、無意識的に積み上げていく「学習」や「体験」 の過程に、方向性(ディレクション)を与える行為 である。同じ事物を見ても、人それぞれが感性や理 解が違って当然であるが、適切な「意味づけ」が行 われることで、そこにある種の共通の価値観ないし 共感が生まれやすくなる。「意味づけ」は、感性、理 解、表現、演出を必要とする工程で、人文科学的な アプローチ(解釈力・表現力)あるいは芸術的セン スの能力を求められる。 例えば、ある集落の農村風景が一部切り取られて、 古い土蔵を改築したオフィスで田園環境を眺めなが ら仕事をしていたり、せせらぎに足をつけながらノー トパソコンで仕事をしていたりする情景がセットさ れたりすると、途端にその農村は、現代的なワーク・ ライフ・スタイルの最先端の場として意味づけを変 え、人々はそうした目線でその地域に憧れを抱くよ うになるかもしれない。このとき「意味づけ」され た「地域の価値」は、何らかのストーリーラインに 沿って脚色されたものになっており、本来の地域の 暮らしの中に息づく「本源」的な価値そのものでは ないことに注意が必要である。 「意味づけ」を与えられた対象は、しかし、そのこ とだけでは、人々の知識や情動を刺激するだけで、対 価を支払う対象ではない。次に「意味」を何らか消 費可能な商品に体化する工程が必要である。それは ツアー商品、宿泊業、飲食店など「観光産業」の形 態を取る場合もあれば、販売する物品に意味が込め られるケースもある。例えば、兵庫県豊岡における コウノトリ米は、「地域の価値」の商品化の一例であ る(菊地2006)。基礎にあるのは、コウノトリの野 図 1 「地域の価値」のバリュー・チェーン 出所:筆者作成。
生復帰事業であり、水田や里山などコウノトリの生 息空間の復元である。地域学習のプロセスを通じて、 地元農業者の協力で環境保全型農業を推進した結果、 高価格でも売れるコウノトリ米のブランド化に成功 した。米自体は他の商品と比べてそれほど大きな違 いはないが、消費者は自然再生が生み出すストーリー 性を消費しており、コウノトリ米はそのストーリー を喚起する媒体として売られている。 「地域の価値」を「商品化」する工程は、「意味づ け」された地域のストーリーを消費しやすいように、 より単純化する作業でもある。商品化された「地域 の価値」は、わかりやすいシンボルやブランドの形 を取り、人々のイメージを固定化させる。地域の暮 らしの本源的な部分が本来持っていた、理解に時間 のかかる複雑な要素は捨象され、単純でインパクト のある理解に置き換えられる。これによって、「地域 の価値」はよりライトで多数の消費者層を獲得する ことができる。 さらに、「地域の価値」の認知がいったん人々に普 及するならば、その「意味づけ」に追随する類似商 品が次々と市場に投入され、「地域の価値」の消費を 加速させる。追随者は、「意味づけ」の初期投資を省 略して、情報の拡散に従事するだけで、高い利益を 享受することができる。 例えば、2015年に北陸新幹線の長野〜金沢区間が 開業した際には、テレビや雑誌が次々と新幹線に乗 じて北陸特集を企画した。中央のメディアがキャン ペーンに乗じたのは、そこに消費者のニーズを汲み 取り、北陸のストーリーを商品化することが、自ら の媒体の売り上げや視聴率に寄与すると見込んだた めである。この場合、メディアは自ら「地域の価値」 を創出しておらず、情報の拡散に従事しているだけ であるが、(観光に行っても行かなくても)「地域の 価値」は遠隔地のメディア上で消費され、経済的利 益を生み出している。 このように、「地域の価値」の「本源」的な価値と、 「意味づけ」された価値と、「商品化」された価値は、 同一ではなく、それぞれの間にギャップが存在して いる。このギャップを認識することが、「地域の価 値」の経済システムを理解するための基本的な方法 となる。「地域の価値」の「本源」的な部分は、その 地域で人々が生きてきたことの積み重ねであり、資 本主義的な生産様式でつくり出すことはできない。 それは、歴史や自然や社会と一体となった人々の知 恵の結晶であり、過去からの継承こそが価値を高め る。したがって、画一化を進める市場原理の浸透か ら取り残されたり、あるいはその動きに対抗して固 有の環境や文化を守り続けたりしてきた地域ほど、地 域資源の素材は豊富である。しかし、経済的な利益 は、「地域らしさ」を守ろうとする努力には直結せず、 バリュー・チェーンの後工程に進むほど大きくなる。 したがって、このバリュー・チェーンの中で、誰が どの過程を担うのか、ということが所得分配ととも に、地域のサステイナビリティにとって重要なポイ ントである。 次に「地域の価値」の地域的な分業を検討しよう。 20世紀の日本経済は、資源を提供したり単純な組み 立てをしたりするものづくりの生産現場と、それを 管理統括する部門とを分けて、地域間分業を構築し てきた。その結果、地方は安くて単純な労働に従事 し、金融や流通などそれを統括する部門を持つ大都 市圏に高所得の仕事が集中するような、一極集中構 造が作られた。これと同じように、価値づくりの経 済においても、ストーリーの材料となる景観や生活 文化は地方にあったとしても、それに意味づけを与 えて商品化する工程やそれを統括する部門が、遠く 離れた大都市圏にあるならば、一極集中構造は形を 変えて引き継がれていく可能性がある。 メディア、広告代理店、デザイン、プロモーショ ン、旅行代理店、情報サービスといった工程は、圧 倒的に首都圏に集中している。地方都市にいくら魅 力的な地域資源があったとしても、こうした「意味 づけ」工程を地域外部に委ねているのでは、「地域の 価値」が消費されても、地域に対価は滞留しない。例 えば、地域ブランドを活かした特産品を商品開発し た場合に、デザインを頼んだり、ショッピングサイ トで手数料を取られたりして利益を吸い上げられた り、そのストーリーを利用するツアー商品を企画す る旅行会社や地域の魅力的なお店を特集する雑誌の 売上げに間接的に貢献していたりする。 これに対して、意味づけを与え、それを商品化す る工程を、いかに地域に内発的につくり出せるかが 問われてくる。現状では、ディレクションやプロモー ションなどを首都圏の企業と競争して勝てるような 企業は地方都市には決して多くはない。しかし、こ うした工程を地元で独自にできるようになっていか
なければ、「地域の価値」を活用する時代の地域経済 の自律的な発展にはつながらないであろう。 (3)「地域の価値」とオーセンティシティ 「意味づけ」された「地域の価値」はどのようにし て社会的に価値づけられるのか。無数にありうる「意 味」の中で、より高く「順位」づけられる要素は何 か。次に「意味」の「価値づけ形態」を検討する。 立見(2019)は、ボルタンスキーとエスケールを 引用して「豊穣化の経済」における価値づけ形態は 「コレクション」の中で関連づけられると述べている。 「人間と、モノや技術などの非人間からなる異質で雑 多な諸要素が、『質的規定』の過程を通じて見出され、 実態として特定され、互いに関連づけられ、能力や 性能がテストされるといった一連の過程を経て初め て、それぞれの実体物間の比較やエージェントによ る計算が可能になる」(立見2019、p.154)。このと き、一連の「コレクション」の中で「価値」の順位 づけに関わる集合的な認知を形成する「市場的装置」 のあり方が焦点となる。 感動を与える地域の「ストーリー」は人間の創造 性の限り無数にあり得るが、それが「作り物」に見 えると共感を得ることはできない。現代は意味づけ された商品が氾濫している時代であり、「作り物」や 「似た物」のストーリーは、最初は目を引いても、次 第に飽きられてくるであろう。そこで、人々から広 く共感を得るために、ストーリーにはオーセンティ シティ(真正性)が必要とされる。 本特集の内田論文によれば、オーセンティシティ には、個人的(現象学的)次元から、構造的(社会 政治学的)次元、客観的次元まで幅がある。オーセ ンティシティは「本物らしさ」であって「本物」で はないが、それが「価値ある本物」だという認識が、 個人的意識を超えて、社会的に広く共通認識になっ ていく過程が必要とされる。社会的に構築された オーセンティシティに根ざすことによって、「意味づ け」を与えられた「地域の価値」は、個人的次元か ら社会的次元に移行し、より高い価値を発揮するこ とができる。 「地域の価値」のオーセンティシティにとって重要 なのは、それが「本源」的な部分にどれだけ依拠し ているかという認知である。例えば、都会では薄れ てしまったローカルな要素――人との触れあい、近 隣で協力しあうコミュニティ、余裕のある時間や空 間、山や海など自然環境への近さ、風土に根ざした 衣食住の慣習、歴史を感じる街の風景、伝統を醸す 職人的なものづくりなど――がどれだけ「そのまま」 の姿で残っているかという評価とも関わる。他の地 域にはない「固有性」が評価されるのも、オーセン ティシティの認知の一種である。 「価値づけ研究」に着想を与えたコンヴァンシオン 経済学によれば、「認知は個人の脳に限られず、社 会・文化的環境における認知的装置に依拠する」と 考える(Eymard-Duvernay 2004)2)。この発想によ ると、評価の基準となる「質の慣行」の認知は、人 間、モノ、空間、表象などの結合と配置から構成さ れるシステムの中で実行されると理解される(立見 2019、p.54)。つまり、現代の地域づくりでは、「地 域の価値」にオーセンティックな「質的規定」を与 える社会的な装置のあり方に焦点が当たる3)。 例えば、ある地域が自然栽培農法にこだわって地 域振興を行っている場合、そうした「自然農法」こ そが「本物」であり「価値の高い」ものであるとい う「質的規定」を与え、その認知を社会的に広める 制度がなければならない。それは何らかの認証制度 かもしれないし、社会的評価の高いグループによる 集団的評価かもしれないが、そうした社会的な装置 を外部に依存するか、それとも地域内に構築できる かどうかという違いも、地域間分業に関わってくる。 (4)資本主義に包摂された「地域の価値」の両義性 「地域の価値」の商品化は、資本主義の再帰性の議 論と関わっている。発達が自己破壊に転化し、その 中で近代化の新たな段階を迎えるというのが、再帰 的近代化の考え方である(Beck et al. 1994)。地域 の置かれている文脈は時代によって変化し、同時に、 地域政策をめぐる対抗軸も移行していく。このよう な理解によって、1970年代以降に展開してきた地域 づくりの歴史(3節に詳説)を、「地域の価値」の認 知の過程からとらえ直すことができる。 地域に関わる再帰的近代化の第1段階では、20世 紀の大量生産システムへの批判として、環境やコミュ ニティや文化の多様性を求める社会運動が起こった。 この段階では、市場経済の画一化作用に対して地域 性を保全することは一種の抵抗運動であった。第2 段階で、ポスト工業化によって、生産主義的な産業
が低迷するようになると、生き残りを模索する地域 の現場から、自然、アート、食、歴史、スポーツな ど様々な地域資源を使った地域再生アプローチが登 場するようになった。第3段階になると、個性的な 地域の要素は幅広く人々に求められるようになり、今 度は資本主義的動機から「地域の価値」を商品化し て利益を得ようとする動きが全面的になってくる。 こうして破壊的な経済開発から守られてきた地域の 景観や文化が逆に経済的価値を持つようになり、や がてそれが地域経済の構造変化につながり、新たな 問題を引き起こすことになる。 観光化の進む時代にあっては、地域の人びとだけ でなく、地域を商品化しようとする旅行会社や地域 外部のメディアなども、地域に「意味」を与えよう とする。場合によっては、それは地域の人びとが求 める暮らしとは違うものになっていく可能性もある。 ジョン・アーリらが、地域外部の「まなざし」(gaze) によって地域のあり様は変容することを指摘したよ うに(Urry and Larsen 2011)、「地域の価値」の商 品化が行きすぎると、地域住民の生活文化とはかけ 離れた「地域テーマパーク」に変質してしまったり、 「観光公害」によって地域生活がおびやかされたりす る危険性もある。 「地域の価値」が資本蓄積過程に取り込まれてくる 段階において、地域の側はこれにどう対応すれば良 いか。「地域の価値」が資本主義的に取り込まれるか らこそ、地域の側はこれを利用して、所得に還元す る方策を模索することができる。国内周辺部に位置 する地域経済の多くは、グローバル化の下で所得形 成の機会を減らしている。かつての主要産業が衰退 し、新しい収入源を欲している地域にとって、「地域 の価値」を所得に還元することは必要なことだと認識 される。しかし、地域の暮らしから離れた意味づけや 商品化になると、「地域の価値」は、サステイナビリ ティやオーセンティシティを失っていくかもしれない。 この葛藤に答えを出すには、「地域の価値」を商品 化する動向に対して、「対抗」しながらこれを「利 用」していくための地域的な制度を構築していくこ とが課題となる。市場の「商品化」圧力に対して「本 源」的な部分を守るための制度、意味づけ工程を担 当可能な産業部門の創出、オーセンティシティの評 価を形成する社会的な装置、それらを含んだ地域的 な集積メカニズムの創出が課題となる。次節では、 「地域の価値」が経済的に意味を持つようになってき ているという理解に基づいて、日本の地域政策史と 関連する学説を再整理してみたい。
2.日本における地域づくりの史的展開
(1)地域主義の勃興と内発的発展論の登場 20世紀の大量生産体制は、巨大な生産設備の稼働 率を高く保つために安定した画一的な市場を求め、 全国流通システム、広告、マスメディアなどによっ て、社会的・文化的・制度的違いをできるだけ除去 し、大量消費に適合的な市場条件を作り出してきた。 経済成長重視の資本主義の下で、普遍化・画一化さ れたほうが効率的で便利になるという思想が支配的 となり、商品化されにくい環境やコミュニティなど の地域固有の共同生活条件は無視・軽視されがちで あった。 こうした普遍化作用の行き過ぎに対して、1960年 代から先進工業各国では抗議運動が活発化した。世 界的に1968年をピークにして、反戦、公民権運動、 環境保護、地域主義などの体制批判が同時多発的に 巻き起こった。日本では公害反対運動と地域開発批 判が大きな転機となり、1970年代には「地方の時 代」と呼ばれた最初の地方回帰ムーブメントが発生 した。 日本における地域性の研究としては地誌学の伝統 があるが、この時期、伝統的な地誌学は形態的、羅 列的、静態的であるとの内的な批判が起こった。上 野登は1972年に『地誌学の原点』を著して、次のよ うに「地域」の時代性を論じた。すなわち、進行す る「地域の地方化」に対する地域住民による「下か らの闘争」によって「地域」という概念が初めて浮 かび上がり、「各地域の人間社会の風土的個性的構 造・様式」を研究対象として、地誌学が「感性的で 個性的な人間の地域的実践活動の分析科学」になる とした。 同じ頃、玉野井芳郎らは、「一定地域の住民が、そ の地域の風土的個性を背景に、その地域の共同体に 対して一体感をもち、地域の行政的・経済的自立性 と文化的独立性とを追求する」という「地域主義」 を掲げ、地域的固有性を無視した物質主義的な開発 方式に対峙する形で、地域の風土的固有性を拠り所 にした代替的な価値観を提起した(玉野井1977)。 少し遅れて、地域経済学の発展に大きな影響を与えた内発的発展論が登場する。宮本(1982)は、後 発資本主義国としての日本が短期間にキャッチアッ プするために持ち込んだ他律的・成長主義的な開発 方式への批判を背景として、大分県大山町や由布院 などの農村地域や、金沢や京都などの都市を、地域 開発方式の代替的な事例として発掘し、「外来型開 発」に対する「内発的発展」として定式化した。内 発的発展論では、地域の資源を保全・利用して総合 的な価値を高める方策について、住民自身が学習と 試行錯誤を積み重ねながら共同管理能力を高めてい く過程を重視する。玉野井が物質的価値に偏った近 代的価値観への対抗軸として地域主義を打ち出した のに対して、宮本は中央集権的で従属的な地域開発 のあり方を批判し、より分権的で自治的な経済シス テムの可能性を提起した。内発的発展論の意義は、 価値観の転換だけでなく、経済システムの対抗軸を 示したところにあった。 このように、地域づくりの運動と理論は、全国画 一的な近代化や主流的な地域開発方式への対抗とし て始まったが、同時に、戦後の工業化モデルに欠け ていた環境、文化、コミュニティといった非商品的 な価値(私有されない共同の社会的条件)を取り戻 そうとする先進的取組みでもあった。その後、グロー バル化・知識経済化段階へと移行してくるにつれ、環 境や文化といった「生活の質」は、知識生産の基盤 と し て も 重 要 視 さ れ る よ う に な っ て く る。 中 村 (1989)は、ヨーロッパと日本の地域経済の国際比 較に基づいて、地域を人間の生活圏として形成しよ うとする「地域の思想」が、独自の地域的特色や魅 力を生み、それがクリエイティブな人材の集積を通 じて知的産業の高付加価値生産の源泉になっていく という「ポスト工業化」の地域発展論をいち早く打 ち出した。 ただし、日本における1980年代までの内発的発展 の事例は、必ずしも中村が言うような「ポスト工業 化」モデルには至っていなかった。日本の国民経済 システムが全体として製造業を軸に成長する枠組み を持っていた時代に、内発的に見える地場産業も国 内分業体系の一部となることで存立していた。由布 院のような観光地域の一部事例を除けば、基本的に は製造業(特に中間財・消費財)の独自の産地形成、 あるいは農林水産業の1.5次産業化といった「内発 的なものづくり」のストーリーが中心であった。 (2)日本経済の低迷と地域への目線 1985年のプラザ合意を契機に日本経済は本格的な グローバル化の段階を迎え、1990年代にバブル経済 が崩壊すると、日本の国民経済システムは、キャッ チアップ型工業化に代わるモデルを見出せずに混迷 を続けた。大企業は多国籍化して海外の生産能力を 利用するようになり、中間財・消費財産地の淘汰、工 場の撤退や流通の合理化にともなう地方営業所の廃 止が地域経済に打撃を与えた。 これに対して、地域の自然や文化的な価値に目が 向けられ始めたものの、工業化モデルによるインフ ラおよび生産性重視という従来の傾向は簡単に変わ らなかった。例えば、1987年の総合保養地域整備法 (リゾート法)では、良好な自然条件を有する地域で 国民が余暇活動をするための総合的な機能を民間事 業者活用で整備していくことが目指されたが、実際 には自然を破壊する大規模な施設整備による画一的 なリゾート開発が推進され、批判にさらされた。 農政分野では、1990年代初頭より中山間地域の 「多面的機能」が謳われるようになった。農村には自 然・国土保全機能、人格形成・教育機能、保健休養 機能などの公益的機能があるとされ、これらが生産 力面で劣る条件不利な中山間地域を支援する政策の 根拠とされた。しかし、実際の中山間地域対策は、農 地の構造改善などのハード事業で農業の生産性を上 げる政策にとどまり、中山間地域の衰退を止めるこ とはできなかった。 1990年代にはまた、日米構造協議の余波で大規模 店の規制が緩和されたことで郊外化と自動車化が加 速され、地方都市における中心市街地の衰退が深刻 となった。これに対して、「まち」としての中心市街 地の価値が認識されるようになったが、政府が推進 した中心市街地活性化基本計画(1998年〜)は、商 業振興とハードな施設整備に偏った政策で成果を上 げなかった。これらの政策の失敗に共通するのは、い ずれも非物質的な地域の価値を意識しながら、政策 手段は従来と同じく生産主義的なアプローチを採用 したことの矛盾である。 日本政府はグローバル化による国内製造業空洞化 の流れを公共事業で補う一時的な政策を措置してき たが、1997〜98年を境に新自由主義的な構造改革 路線が主流になり、国内の格差是正政策は次第にリ ストラの対象になった。生産と流通の合理化が進み、
単独事業所の数は激減し、地方圏の雇用は製造業、 建設業、運輸業、卸・小売業、飲食サービスに至る まで大きく減った。地方の中小都市では就業機会が 縮小し、若者の大都市圏への流出に拍車がかかり、農 山村部では共同体を維持することが困難になった。 1990年代以降における日本経済の混迷の過程で、 諸地域経済もその立ち位置を見失ってきたが、それ と反比例するかのように、生産主義でない多様なむ らづくり、まちづくりが注目されてきた。例えば、農 産物直売所、農家レストラン、農家民宿は農村活性 化の「三種の神器」と呼ばれるようになり、さらに 農業体験、クラインガルテン、セカンドハウスなど へと展開した。これらはいずれも農村らしい風景や 空間がサービスの一部を構成している。こうした動 向は1980年代から先進国で広く観察されており、農 村地理学では、「ポスト生産主義」段階における「農 村空間の商品化」と論じている(田林編著2013、 2015)。すなわち、農村が農産物の生産の場として だけでなく、都市住民が「農村空間」を消費する局 面が増えてきたことを意味する。 中山間地域だけでなく、自然、アート、食、歴史、 スポーツ、漫画・アニメなどを含めて、様々な地域 資源を活用した地域再生アプローチが登場してきた。 鬼太郎ロードで成功した鳥取県境港市、昭和の町づ くりで注目された大分県豊後高田市、「ないものはな い」をキャッチフレーズにした島根県海士町、これ らに共通するのは、その地域にしかないオリジナル なストーリーをアピールする工夫である。この時期、 「まちづくり」「地域づくり」の定義として、「地域の 価値」を発見し、つくりだすことだ、という説明が 与えられるようになった(田村1999;宮口1998、 2007)。 全国的な地域づくりの潮流の下で、地域を売り込 む「技法」にも注目が集まった。中小企業基盤整備 機構の『地域ブランドマニュアル』が出されたのは 2005年である。これによると、地域ブランドとは、 「地域に対する消費者からの評価」であり、地域が有 する無形資産のひとつだとされる。地域ブランドは、 「地域イメージのブランド化」と、地域の特徴を生か した商品のブランドから構成され、これら2つのブ ランドを同時に高めることにより地域活性化が実現 されると説明される。これ以降、マーケティングや ブランディングという経営学的なアプローチを地域 に当てはめて、地域活性化を「マネジメント」する という研究が盛んになった(矢吹2010)。 手詰まり感のあった政府の地域政策も、こうした 多様な「地域づくり」の動きを次第に取り込んでき た。その端緒は、小泉政権時代に構造改革特区と並 んで導入された地域再生計画である。2005年に施行 された地域再生法は、「地域が自ら考え行動し」、国 がこれを支援することを基本方針とした。かつて工 業化時代に全盛を誇った「地域開発」という表現は 後景に下がり、発展様式の再構築を含む「地域再生」 という課題認識に取って代わられた。同時に、地域 の実情に応じた固有の「地域再生」のために、地域 の主導性が必要とされる時代となってきた。 2008年に策定された国土形成計画の全国計画で は、「画一的な資源配分や地域の個性の喪失を招い た」として、戦後の国土計画の基本理念であった「国 土の均衡ある発展」という考え方を転換した。代わ りに「広域ブロックの自立的発展」を謳い、「新たな 公」による地域づくりがアピールされるなど、地域 の「自立」が一層強調されるようになった。グロー バル化の下で国の内政的負担になってきた地方に 「自立」を求める動きのなかで、地域それぞれの固有 性に根ざした地域再生政策を認める潮流が生まれて きた。ただし、権限は依然として中央集権であり、国 土の効率的再編を目指す文脈の下で、集権的な合理 化論として地域の自助努力が強調されている側面が 依然として強く残る。 (3)「地域の価値」をビジネス化する時代 2008年のリーマンショックと2011年の東日本大 震災を経て、日本の地域づくり政策は新たな段階に 入った。2011年の東日本大震災は福島第一原発事 故を引き起こして、大量の避難者と帰還困難者を生 み出し、被災者が突然奪われた「ふるさとの価値」 は被害補償を巡る裁判の争点にもなった(吉村他編 2018)。各種アンケートの結果によれば、原発震災 後、「絆」や「地域」に重きを置く人々が増えたと言 われている(内閣府経済社会総合研究所2011)。こ れらの影響と合わせて、この時期には地域に対する まなざしが社会的に深化するような現象が生じた。1 つには、「田園回帰」「ローカル志向」と言われるよ うな、地域に向かう人々のニーズがより先鋭化した ことである。もう1つには、「地方創生」と呼ばれる
政府の新たな地域政策が始まったことである。藻谷 の『里山資本主義』(2013)と増田元総務大臣の『地 方消滅』(2014)が、それぞれ地方の現状のポジティ ブ面とネガティブ面を取り上げて、ともにベストセ ラーになったのは象徴的であった。 1970年代の「地方の時代」と、1990年代のバブ ル崩壊後に起きた地方回帰の流れに次いで、リーマ ンショックから2010年代に至る時期は、戦後日本に おいては3度目の「地方回帰」ムーブメントである が、過去2回の「地方回帰」と比べると、地方圏の 転出基調は量的にはさほど緩んでいない。むしろ第 3次の「ローカル」ブームの特徴は、藤山(2015) や小田切・筒井(2016)が「田園回帰」と呼ぶよう に、中継的な地方の拠点都市よりも、都会と対極的 な「ローカル」な色合いの濃い末端の離島や山間部 を好んで移住する人の流れがあることである。 移住の動向だけでなく観光のトレンドも変化し、 2008年に民泊サービスのAirbnbが登場して「暮ら すように旅する」(travel like a human)をコンセ プトにすると、ローカルな暮らし志向の観光が瞬く 間に広がり、クラブツーリズムなどの大手旅行会社 も軒並みこの標語に追随するようになった。 こうした「ローカル志向」の背後には、資本主義 経済が新しい社会統合モデルを見出せず、人々が仕 事と生活に疲弊して、既存の生産・生活様式から離 脱することを望む人々が増えている実態がある。彼 らが向かうのは「ローカル性」を残す地方都市や農 山村部であり、地方移住を目指す先鋭的な人々だけ でなく、緩やかに「ローカル」体験を求める一般的 な消費者層も増えている。テレビやレジャーランド などの「作り物」の体験が溢れるなかで、身近に体 感されなくなった日常的地域性が「レアな経験」と して人々に求められている。 地域資源を使った多様な地域づくりが全国に広が り、安易な模倣例も増えるにしたがって、「地域の価 値」の本質を追求しようとする学問的潮流が再興し た。1990年代後半に提起され、次第に全国的な動き になってきた「地元学」や「地域学」は、地域固有 の自然や歴史、文化の多様性を積極的に再認識する 運動である。地元学やローカリズム論を提唱する結 城(2009)や内山(2010、2012)は、和辻哲郎の 風土論や三澤勝衛の風土産業論に立ち返り、地域の 成り立ちである自然や風土から地域性を説き起こす。 これらは富樫(2014)が「地誌学や地域研究の復権」 と述べたように、上野や玉野井の思想と共鳴する部 分があり、1970年代の地域主義の再燃であるように 見える。しかし、時代背景としては、資本主義の構 造変化が進み、従来の経済成長モデルが十分に機能 しなくなっている段階での、地域再生の「地域学」 である点に違いがある。「地域活性化」という人集め や稼得手段を強調する風潮に対して、「地域学」は自 然や歴史などのより「本源」的な部分に立ち戻って 地域の成り立ちを理解し、それを地域づくりの運動 につなげていこうとする。 さて、アベノミクスと呼ばれる第2次安倍政権の 経済政策は、一度民主党に政権交代した反省を踏ま えて、先鋭的な新自由主義から部分的に国内需要と 社会統合を重視するアプローチに回帰した。2014年 からアベノミクスの一環としてスタートした「地方 創生」政策の背景にあったのは、「地方」の危機とい うよりは、「国」の危機感であった。人口減少と社会 保障費の増大に対応するために、地方経済を国の「負 担」ではなく、所得を生み出す「投資先」へと変え ていかねばならないとして、「上流対策」として地方 の経済再生が課題とされた。 「地方創生」政策によって、地域資源に根ざした 様々な地域おこしが、国の旗振りで競争的に推進さ れる状況になった。政府の「地方創生」予算がつく ため、それに便乗する企業もあれば、なかにはロー カル性を活かした新しい魅力形成を手伝うために手 弁当で協力しているコンサル企業もあるが、いずれ にせよ地域活性化は一躍ビジネスの成長領域として 注目される時代がやってきた。 訪 日 外 国 人 旅 行 者 数 が2011年の622万人から 2018年の3119万人へと約5倍に急増(日本政府観 光局)したことも、この方向を後押ししている。政 府とともに地域のブランド化を積極的に推進してい るのは民間企業である。「ローカル」をPRするメ ディア、雑誌、ウェブマガジンなどが軒を並べてい る。例えば、大手広告代理店の電通は、2009年に地 域ブランドを開発するプロジェクトチーム「abic(ア ビック)」を立ち上げた。様々な人々が主体的に意味 づけしていくことで浮かび上がってくる意味の空間 を「プレイス」と呼び、「プレイス・ブランディン グ」に関するプランニングやコンサルテーションを 展開している。
こうして、大量生産体制への抵抗運動として始 まった「地域主義」の潮流は、いまや「環境」領域 や「文化」領域と並んで、資本主義経済のフロンティ アの1つへと止揚しつつある。一方では、地域社会 が紡いできた暮らしの価値が、かつてなく人々に評 価されている。地域の多様な価値を掘り起こして意 味を与え、独自性を認識して交流し、その中から分 権的でイノベーティブな社会を創出しようとする動 きがある。他方では、国の内政的負担となってきた 地域に「自立」を求める傾向があり、新たな資本蓄 積の可能性を求める企業サイドも場所や地域を意味 づけし、商品化しようとしている。両者は互いを利 用しあう関係にあるが、win-winに共存するわけで はない。後者の枠組みの下では、地域づくりの運動 は、それが対抗的な動きとして始まったとしても、資 本蓄積過程に組み込まれていくことを避けがたい。 地域政策の対抗軸は複雑化しており、単純な二元論 では解けなくなっている。このような時代認識の下 で、いかなる地域政策が課題となるか。次節では、 「地域の価値」が消費される動きに「対抗」しながら 「利用」していくための、地域的な制度について具体 的に検証していく。
3.「地域の価値」の政策論
(1)「地域の価値」に関する地域間分業の現状 まず、「地域の価値」の「意味づけ」及び「商品 化」に関わる地域間分業の構造を定量的に確認して おこう。「意味づけ」に関わるサービスを、経済セン サスの産業分類からピックアップしてその都道府県 別従業者数を見てみると(表1)4)、東京都に5割、大 阪、神奈川、愛知、福岡の4府県に全体の4分の1が 集まっており、圧倒的にヒエラルキーな大都市中心 の構造にあることがわかる。同じく、経済産業省の 「特定サービス業実態調査」から年間売上高の分布を 見てみると(表2)5)、やはり各部門とも東京都に5 割以上の売り上げが集中し、とくにウェブコンテン ツやショピングサイトなどに携わるインターネット 附随サービス業は8割以上東京都に集まっている。 表 1 「意味づけ」に関わるサービスの都道府県別従業者数 (単位:人) 東京都 大阪府 神奈川県 愛知県 福岡県 その他 うち石川県 全国 38 放送業 22,218 4,740 1,797 3,568 2,035 33,836 827 68,194 391 ソフトウェア業 437,493 77,405 90,202 42,359 26,499 181,569 5,534 855,527 40 インターネット附随サービス業 58,501 4,710 2,117 2,035 3,428 12,303 558 83,094 411 映像情報制作・配給業 41,156 3,972 1,216 2,098 1,735 10,252 371 60,429 412 音声情報制作業 5,669 357 126 45 37 416 2 6,650 413 新聞業 20,029 5,738 1,113 2,226 2,438 22,081 557 53,625 414 出版業 47,295 3,609 776 2,490 1,007 16,214 539 71,391 415 広告制作業 14,362 3,734 716 1,322 695 5,717 90 26,546 416 映像・音声・文字情報制作に附帯 するサービス業 17,428 2,107 1,049 1,139 734 9,154 154 31,611 726 デザイン業 18,337 5,540 1,749 2,391 1,320 11,226 274 40,563 72E 経営コンサルタント業 68,393 9,890 5,346 6,344 2,528 30,585 655 123,086 72H 他に分類されない専門サービス業 48,957 9,643 8,750 5,972 4,490 49,058 715 126,870 73 広告業 62,484 12,713 3,433 7,644 5,694 32,757 595 124,725 791 旅行業 30,683 9,492 3,000 6,330 4,328 37,417 755 91,250 802 興行場(別掲を除く),興行団 19,246 2,778 1,556 1,783 756 11,318 92 37,437 合 計 912,251 156,428 122,946 87,746 57,724 463,903 11,718 1,800,998 割 合 50.7% 8.7% 6.8% 4.9% 3.2% 25.8% 0.7% 100.0% 出所:総務省統計局「平成26年経済センサス基礎調査」より作成。「意味づけ」に関わるサービスの地域間分業を見る ために、少し情報は古いが2011年の東京都産業連関 表を使ってデータを抽出してみると(表3)6)、東京 都だけで9兆8,967億円生産し(全体の56%)、国内 の東京都以外の地域が残り44%を生産している。そ の他の地域から東京都地域向けにサービスを提供し ているのが6,137億円なのに対して、東京都からそ の他の地域向けにサービスを提供している金額は4 兆5,191億円と、その7倍以上ある。日本全体とし て東京の「意味づけ」サービスに頼っている構造を 見て取れる。 (2)「地域の価値」の制度的調整システム 上記で示したような「意味づけ」に関する垂直的 分業構造がある中で、いかなる地域政策が求められ るか。第2節で述べたように、「地域の価値」に根ざ した地域振興を、持続可能で内発的にするためには、 地域のオーセンティシティを守りつつ、「価値づけ」 の社会的装置を独自に構築することを通じて、地域 的分業のあり方を変えていくような地域的制度が求 められる。ここで地域的制度とは、中村(2004)の 提起する地域的政治経済システムを念頭においた分 析視角である。「地域経済を超える大きな経済圧力は 表 2 「意味づけ」に関わるサービスの都道府県別年間売上高 表 3 「意味づけ」に関わるサービスの地域間分業 (単位:百万円) 01 ソフトウェア業 03 インターネット附随サービス業 16 デザイン業 18 広告業 24 興行場,興行団 東京都 7,710,454 52.0% 1,657,865 83.8% 166,530 50.5% 5,380,367 64.7% 473,935 52.7% 大阪府 1,404,481 9.5% 45,057 2.3% 48,404 14.7% 971,509 11.7% 43,082 4.8% 神奈川県 1,825,482 12.3% 65,754 3.3% 9,486 2.9% 69,236 0.8% 26,823 3.0% 愛知県 855,944 5.8% 60,093 3.0% 20,839 6.3% 276,998 3.3% 49,752 5.5% 福岡県 457,213 3.1% 30,539 1.5% 12,272 3.7% 250,632 3.0% 42,929 4.8% その他 2,586,478 17.4% 119,870 6.1% 72,232 21.9% 1,363,616 16.4% 263,616 29.3% うち石川県 128,370 0.9% 1,318 0.1% 1,363 0.4% 23,624 0.3% 3,533 0.4% 全国計 14,840,052 1,979,178 329,763 8,312,358 900,137 出所:経済産業省「平成30年特定サービス産業実態調査」より作成。 (単位:百万円) 東京都 地域向け その他 地域向け 輸 出 (控除)輸入 生産額 東 京 都 地 域 放送 1,182,987 108,565 9 0 1,291,561 インターネット附随サービス 572,113 474,626 2,831 -1,023 1,048,547 映像・音声・文字情報制作 1,967,331 1,661,739 31,064 -55,075 3,605,059 広告 1,688,003 2,274,176 53,808 -64,497 3,951,490 合 計 5,410,434 4,519,106 87,712 -120,595 9,896,657 そ の 他 地 域 放送 411,258 1,857,980 24 0 2,269,262 インターネット附随サービス 0 855,681 2,310 -2,377 855,614 映像・音声・文字情報制作 157,447 2,504,012 13,253 -98,231 2,576,481 広告 44,962 2,221,685 28,392 -168,503 2,126,536 合 計 613,667 7,439,358 43,979 -269,111 7,827,893 注:縦軸が投入、横軸が産出方向を示す。 出所:「平成23年(2011年)東京都産業連関表」より作成。
同じでも、実際の地域経済への影響は、地域経済間 の対応の差、地域の制度的な調整力の差によって、地 域ごとに全く異なった結果として現れる」(中村2004、 p.113)。地域の制度的調整システムが発揮される背 後にあるのは、地域の社会—政治構造であり、さらに それを規定しているのは地域経済システムである。 「地域の価値」に関しても、対応する制度的調整の あり方が課題となるが、それを機能させるのは地域 の政治経済構造である。「地域の価値」に関わる地域 的制度は、バリュー・チェーンに応じて多層的であ る。「地域の価値」の源泉となる「本源」的な要素の 存在、それらを市場原理から守るための諸制度、「意 味づけ」を共有する場やネットワーク、バリュー・ チェーンの各工程を担う経済的アクターの存在、オー センティシティを付与するための「価値づけ」の社 会的な装置、そしてそれらの一体となった地域の集 積構造は、自然に存在するのではなく、地域の諸主 体の意識的・戦略的な取り組みによって形成される。 次項では、石川県金沢市を事例にして、「地域の価 値」に基づく内発的発展の政策論を考察したい。た だし誌面の関係で本格的な実証研究を展開する余裕 はないので、本稿では政策的な論点と関わる部分を 抽出して整理するにとどめる。 (3)「地域の価値」に関する地域的制度の創出 ――金沢市を事例として 金沢は北陸地方に位置する人口約45万人の中核 都市である。1968年に日本で最初の都市景観条例を 制定し、加賀藩時代の城下町の雰囲気がいまに残る 歴史文化都市として知られている。2015年に北陸新 幹線の長野-金沢間が開通し、金沢エリアの観光客 入込数は、700万人台から1000万人台へと急伸した。 経済開発による破壊から守られてきた都市景観や伝 統文化が翻って経済的な価値を持つようになり、そ れが21世紀に入って「ローカル」ブームや外国人観 光客の増加などを受けて、地域経済の「観光化」が 進行している(佐無田2020)。前節で論じた「再帰 的」な関係性を金沢にも確認することができる。前 出の表1、表2で分かるとおり、「意味づけ」に関わ るサービスに関する石川県の従業者数、売上高とも に1%にも満たず、競争力を持っているとは言いが たい。こうした状況に地域はどのように対応しよう としているか。以下、6つの側面から地域的制度を 整理してみたい。 ①「本源」的な価値の保全 「地域の価値」に関わる地域的制度の最初に求めら れるのは、他の地域と比較して特筆すべき素材が賦 存しているかどうかであるが、必ずしも珍しいもの があるのがよいわけではなく、かつて地域の暮らし の中では当たり前だったものが今でも残っているこ とは「レア」な要素である。それは偶然に(所与の ものとして)存在しているだけではなく、市場原理 の下で合理化・画一化されて消失してしまわないよ うに、保全する制度と、その制度の支持基盤となる 政治経済的な条件が必須となる。 金沢の場合は、戦災に遭わなかったために歴史的 街並みが比較的残されてきたが、それに加えて、早 くから景観保全を重視して、自治体の条例で明示的 な基準を定めてきた。地区ごとに建物の高さや緑化 等の景観形成基準が設けられ、建物以外についても、 こまちなみ保存条例(古い建物の並ぶ細街路を対象)、 用水保全条例、屋外広告物条例、斜面緑地保全条例、 寺社風景保全条例、沿道景観形成条例、夜間景観形 成条例などが整備されてきた。こうした一連の景観 条例は、強い規制力を持つわけではないが、実現す べき景観の方向性ないし基準を指し示す役割を果た す。諸案件に対して、都市景観審議会および7つの 専門部会による助言・指導・勧告が行われた場合、事 業者は、たとえ外部資本であっても、審議会の意見 を受け入れて活用する場合がほとんどであるという (佐無田2008)。景観条例には、金沢のコミュニティ が大事にする価値がおおむね盛り込まれているため、 この地域で事業を円滑に営む上で、景観に配慮し、あ る程度は自制しなければならない雰囲気が醸成され ている。この背後には、金沢の地域経済が内発的な 発展メカニズムを特徴としており、地域コミュニティ のネットワーク、および都市のアメニティと親和的 な関係を擁しているために、一般的には開発機会を 求めて近代化を擁護する側に立つと考えられがちな 企業人の少なくない人々が景観保全のために発言し 行動してきたことがある。 こうして保全されてきた都市景観は、地域住民が 大事にする文化であるだけでなく、いまや対外的に 消費の対象となっている。そのため、守るべき価値 の基準はより複雑になる。単純に歴史的外観だけを
保全するのではなく、「地域における人々の生活又は 生業及び当該地域の風土により形成された景観」(文 化庁)としての「文化的景観」が重視されるように なっている。これは、人々の暮らしの営みの要素を 含んでおり、建築に関する基準だけで保全すること は難しい。金沢市は2000年に「金沢まちづくり条 例」を制定して、市民参画によるまちづくりを「ま ちづくり協定」という手法で推進している。2019年 現在39地区で協定が結ばれており、開発事業を行う 場合や屋外広告物を設置する場合には、それぞれ指 定の地域の団体と事前協議することを求めている。 用途の制限、建築の意匠、物品販売の内容など、景 観条例ではルールづけしにくい内容を含んでおり、地 区の多様な状況に応じて、住民自身の共有できる価 値基準で「地域の価値」を守ろうとする制度になっ ている。 ②文化のクオリティ・コントロール 保全すべき「地域の価値」に、文化的景観という 暮らしの要素が入ってくると、過去の遺産だけでな く、現代生活の中に息づく文化が対象とならざるを えない。金沢の文化というと、以前は伝統文化の保 全を意味することが多かったが、1990年代以降次第 に「文化の創造」という言説が広がってきた。ある 程度基準の確立した伝統文化と違って、「文化の創 造」という文脈では、「文化の質」の評価軸を構築す ることに難しさがある。 金沢市の文化政策の転換の象徴となったのは、 2004年に市内中心部にオープンした金沢21世紀美 術館であった。金沢21世紀美術館のコンセプトの1 つは、「まちのような美術館」「美術館のようなまち」 である。2008年に21世紀美術館が主催した「金沢 アートプラットホーム」は、国内外のアーティスト が、金沢のまちのいたるところでアート作品を展示 する試みであり、市民協働型で古い住宅を修復し、 アートによる仕掛けを施す試みであった。また、金 沢21世紀美術館では、北陸の文化資源としての「工 芸」に目をつけ、工芸の現代化・国際化というテー マに力を注いできた。金沢・世界工芸トリエンナー レや「工芸未来派」展を催して、工芸を現代アート の表現メディアの1ジャンルとして意味づけしよう と試みてきた7)。 21世紀美術館は、文化活動の容器たる「都市」を、 伝統文化の保全だけでなく現代的な文化を創造する 場へと意味づけを変える象徴となってきた。美術館 それ自身が地域文化の意味づけに積極的な役割を果 たすとともに、まちの中で多様で創造的な活動を行 うことを許容する存在となり、同時に新しい文化の クオリティを測る一種の参照基準としての役割を果 たしている。 ③地域の「意味づけ」の共有化 北陸新幹線は、単に東京との移動を利便にしただ けでなく、これを「ブーム」として利用しようとす るキャンペーンを呼び起こした。石川県や金沢市が 計画的なキャンペーンを展開したことに加えて、北 陸に「商品価値」があると見定めた中央のメディア や大企業がこれに追随した。JRグループのデスティ ネーションキャンペーンが北陸3県をフィーチャー したことをはじめ、テレビや雑誌が次々と新幹線に 乗じて北陸特集を企画した。 消費者の最大公約数に焦点をあわせるマス・メ ディアの「まなざし」は、「地域の価値」をより単純 化する傾向がある。金沢の主なシンボルアイコンと なったのは、近江町のカニ(あるいは海鮮丼)と、東 山などの歴史的街並みであった。その結果、アイコ ンを消費する観光客がスポット的に大挙して押しか ける事態となった。外部の「まなざし」を理解しな ければ、「地域の価値」を適切に商品化することはで きないが、それに流されすぎると、「地域の価値」は 陳腐化しやすくもなる。 これに対して、何を価値あるものとして重視し、発 信していくか、地域主導で「地域の価値」を意味づ ける作業が求められる。これを商業的に行うのでは なく、市民自身がオーセンティシティを共有してい くプロセスは簡単ではない。地元の住民や専門家が 一緒になって「地域らしさ」を地道に学習するプロ セスが重要になってくる。感覚的に共有されてきた 地域の価値観を「言語化」する過程と言い換えるこ ともできる。 一例として金沢では、新幹線の開業するタイミン グで、「金沢らしさ」とは何かという議論が展開した。 金沢市の山出保前市長が中心となって提起するとこ ろでは、「金沢らしさ」の本質とは、①ヒューマンス ケールの親しみ、②緑と水の癒し、③ハイグレード のこだわり、④もてなしと思いやり、にあるという
(山出ほか2015)。ここに挙げられた4点は、観光に 利用できるわかりやすいアイコン的な「伝統」や「文 化」ではない。まちの個性や時代の変化にあわせて 市民が意識して磨きつづけていく「都市格」と呼ぶ べき要素であり、暮らしの「本源」的部分に立ち返 るような議論がされている。 ④「意味づけ」工程の担い手育成 現状では「意味づけ」に関するサービスのノウハ ウは圧倒的に東京に集まっているため、この構造を 克服するためには、東京から「意味づけ」のノウハ ウを移植しつつ、地域の人材・企業としてこれらの 工程を地域内に定着・集積させていかなければなら ない。 21世紀美術館の開館を境に、金沢の文化ムーブメ ントに注目して、東京から移住してくるU・Iターン のクリエイターやアーティストが増えたことは、地 域にとっては重要な基盤となっている。彼らの専門 分野は、工芸、音楽、映像、建築、コンピューター アートなど、多領域にわたり、作品づくりだけでな くまちづくりにもたずさわるネットワークが生まれ ている。彼らに共通しているのは、地域の潜在的な 資源に目を向け、それぞれ専門的な手段を駆使して、 価値あるものに変換して発信しようという活動をし ていることである。 U・Iターンの専門家と連携し、そこから学びなが ら、「意味づけ」工程を担えるような地元人材を育成 するプロセスも重要である。例えば、認定NPO法人 趣都金澤が取り組んでいる文化まちづくり活動は、文 化プロジェクトのディレクションを行う訓練機会に もなっている。このNPOには、若手経営者層に加え て、アーティスト、ギャラリスト、建築家、行政職 員など多様な市民層が参加しており、委員会方式で 提案・企画が行われる。趣都金澤が中心になって企 画・運営している「金沢21世紀工芸祭」では、普段 は一般に開放されていない町家などの場所を借りて 工芸作家の作品を演出・展示する「工芸回廊」、金沢 の食文化と工芸を組み合わせた「趣膳食彩」、会場や テーマに趣向を凝らして新しい茶の文化を提案する 「金沢みらい茶会」など、工芸という資源を他の文化 視点と組み合わせて新しい文化的価値の可能性を提 案するイベントである。 新しいアート系の工芸は、アートとして売買され るだけでなく、デザインの各方面に取り入れられて いく可能性があり、21世紀金沢工芸祭では、多様な 参加者が工芸の可能性を引き出すクリエイションを 競っている。ここで重要なのは、運営を大都市の大 企業やコンサルタントなどに依存せず、地元の事業 者やアーティスト、専門家らがあつまって実行委員 会を組織して取り組んでいることである。「金沢らし さ」の演出を、地域外部の目線に委ねるのではなく、 自分たちで地域資源の「意味づけ」を行い、「金沢の 価値」を評価するコアな消費者層を開拓しようとし ている。 ⑤「価値づけ」の社会的装置の構築 「地域の価値」と関わる「価値づけ」の社会的装置 を地方都市レベルから独自に構築していけるかどう かは、ハードルの高いテーマである。先述のように、 金沢では地域の文化資源としての工芸に着目し、こ れを「伝統的工芸品」としてではなく、現代アート のメディアとして意味づけを変えて、価値評価を高 めようと企図している。その「価値づけ」の社会的 な装置となるべく取り組まれているのが、「工芸アー トフェア金沢」である。このイベントは、国内唯一 の工芸に特化したアートフェアであり、国内外のギャ ラリーがあつまって、若手から世界的なアーティス トまで100名以上の工芸作品を展示販売している。 地元の工芸品の展示会ではなく、古今東西の先端的 な工芸作品を金沢に集めてくるのは、この分野での 「価値づけ」を地域からリードしたいという思いがあ るためである。地域の伝統・文化を重視するローカ ル志向ではなく、地方都市から直接世界につながっ ていこうとするグローバル志向のイベントであり、金 沢に来れば最先端の工芸情報を得られるという拠点 性を目指している。 金沢は、東京のように資本力や市場規模が大きく ないため、そこまで巨大な規模の文化イベントを運 営する力はない。アート・クラフトに関しては、ス イスのバーゼルをはじめとして、ヨーロッパに大き な市場があり、金沢の規模では勝負にならない。そ こで、アート・クラフト一般と異なるKogeiという ジャンルにしぼってクオリティを追求し、文化のニッ チ・トップをめざそうとする「小さな世界都市」の 文化戦略を採用している。前金沢21世紀美術館館 長の秋元雄史氏をアドバイザーに、国際的に影響力