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John Robert Seeleyの政治学講義

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(1)Robert. John. Seeleyの政治学講義 智. 発. On. Robert. John. 郎. 正-三. Lecture. Seeley's. PoliticalScience. on. By. Sh6ヱabt】ro. IIotti. (Abstra ct) Historywithout history. has. demonstrated on. The. of this. facts. no. the. right. in. belief. always. for boliiical. of. aIⅥOrlg. application. coagulated effort. of. Professor. of History. Without. Cambridge,. at. his introductory. in. lecture. his a.. Seeley's to. the. respect. Barker,. J.W.. 1869年から,. Burgess. and. treasure. vast most. pursued,. And. in. his. presented of. this. his. that. significant. H2'sioricaZ. political. science. he. science.. lectures typical. historical. based. sci早nCe. he. gave. patterns. live. examples. of. knowledge・. had. method. would. some. on. generalities I. think. this. valuable,. criticism and. studying. fully. developmeI-t. the. upon. political. it is very. But. Inductively. method. a. I cannot. theory・. in且uence. systematize. of. facts.. his. of. easy.. metho、d. science.(. is. In. to. of his. elllCidation. the value. means. historical. of. ■from. or. course. is by. a丘rm. move. scierlCe. political. of this aphorism. is the. thesis. Of. science・. of political. and. truth. the degree. either. historical. Seeley,. fruit,. science.. purpose. appreciate. the. admirab)y. political. Robert. John. ‡】o root.. ■no. has. science. political. of Seeley's. G. F,. G.. v・iew,. I refer. to. the. books. by Ernest. Catlin.. Cambridge大学の近代史教授であったSeeleyは,歴史の扱かに政治. 学の講義を行い,それは`Introduction て出版されたoそして,その序章に見られる,. to. political. science,. (以下「政治学」)とし. 「政治学を持たぬ史学は冥を持たない,史. 学を持たぬ政治学は根を持たない」という言葉は,患よそ政治学の歴史的方旗について 言及されるとき,常v=引用されるもので卦るo小稿はSeeley・のこの有名な言葉に従v,, 彼の政治学1o基本的見解のみを見るが,次の点に注目した。第一に,政治学と史学は-. ・体であるという見解oそれは上記の言葉に約言され,彼のすべての講義の基調を忽す..

(2) 発. 2. 智. 正. 三. 郎. 第二に,歴史研究の目的についての見解。彼の歴史の講義であった`Expansion. of. England'(以下「膨張論J)..にぉける,その適用。第三に,政治学の方法につV,ての見 解。特に歴史的事実に基づく帰嗣的な科学として政治学を形成しようとする試み。弟四 一. に,政治学の対象及び一般史の課題蜂共に国家と政府であるという見解. 次に,以上のSeeleyの見解について,教治学者の批判を見たいと恩ったが,筆者は 僅かに,. BarkerとBurgess,そしてCatlinの書物のうちに,それを見いだしたにす. ぎなレ、.. ‡7世紀以来,英国には偉大な政治思想家が輩出したが,政治学が独立の領域を持つ学 問として発達したのは,古いことでないo. 19世紀中葉から,この発展に寄与した学者の. 中で, SeeleyはV,かなる地位を占めるか.微力の為,諸家の見解を記すのみで結論を 示し得ず,患わりに断片的に感想を付記した。多くの問題を残し,また誤謬を犯すかと 患う。教示を願う。. 1.政治学の体系における第一の公理 Seeleyは,最初拓,歴史の教授が政治学を講義する理由を述べて,次の如くV,う。 「私の見解によれば,政治学を講義することは歴史を講義することである。こ.とには,私 が多年,歴史ゐ研究を志す学生の考慮に委ねでき尭paradoxが存在するo. ・・.・・政治学. の講義では,それが出発点である。政治学が史学と別のものでなく,・史学かち分離でき (政治学p・3)こ ないこ-とは,政治学の体系(system)に急ける第一の公理であるo」 とにも示される如く,史学と政浩挙が一体であることは,彼の恒常的な確信であって, 政治学の講義の出発点であるとともに,歴史の講義の基調でもある。まず,との基本的 見解把つIVlての彼の説明を顧みたいo. Seele立ほ,歴史という言葉は,もと広義であったが,次第に,より狭く,ある特殊の 種類の事実の記録について使用されるに至ったとして,その由来を大略次の如く叙述し, 頭在,歴史は結局政治学に帰すると結論する.もと,すべての事実は同じ仕方で,同じ 目的の為に記録されたか,皇す自然の事実は歴史から除かれ. 科学に′よって処ヨ塾される. のLが,よわ適当であるとされた。次vlで^間に関する事実の中でも,例えば心理学や病 l. 理学の処理する事実は歴史家の手を離れた。また産業と法の事実は,経済学と法律学に ょって処理され七怠り,、経済問題の充分な知識は歴史家でなく経済学者に求めねぼなら 恵vl。かくて現在,歴史は,まだ諸科学によって所有されない残余の名称であるが,更 に諸科学が速かに進歩するとき,歴史即ち一般史(general history. pure. and. simple.. historyt,. history. proper,. ^聞活動の一部門の歴史とは区別されるo)は次第にそれさ. えも失うか.歴史は文学の一部門であるから,諸科学の発達は歴史に影響しないと.Vlう 見解もあるが,しかし+この見解では,歴史の価値は小となる.、歴史家の仕事軌 の探究とそれからの概括にある。そして彼の見解は次の如で述べられち.. 事実 「私がこ:こに. 衰える-のほ,歴史即ち知意の偉大な教師,政治家に教訓を与えるも.,のである..・・・ --歴史 家の手に残る事実は,. -漸次に減少し,或は多く▲の諸科学の間に分配され▲るのでなく,_.久.

(3) Robert. John. 3. Seeleyの政政学講義. しからすして一つの科学,政治学の所有と漁るo」そして,始めに述べられたparadox. 「私の見解によれば,一つの科学が過去長期にあ舞わ摩史. の意味路次の如く約言される。. の側に成長を統軌そしてその科学は歴史と関連を持ち,その素材を歴如ゝら求めねば なら患いことが認識されるに至つ如ミ,この科学が即ち政治学である。他方・歴史のう ちに,事実の集積は一つの科学の可静陸を暗示することが・益A感じられるに至ったが,. 歴史にかくも近く存在した政治学こそ,歴史家が求めて小た科学であることが現在まで 看過されてい充o」 (同上p・ (註). 8-13). (註). Seeleyの講義を聴講したTannerによれば・教師としてのSeeleyの長所の一つほ・あ. くまで思想と表現の明際を期することであったo故に徒に美しい言葉で誤謬を隠すことほ・彼 paradoxを述べることによ. が最も練ったことであったが, seriousな見解を説明する過程で・. り聴講者を魅了することでも彼以上の人ほなかつたという.またSeeleyがしばLば「私の見. 解によればJという言琴で,自己の主張を述べるときには,自らなるdogmatismの香があつ たという. p.. (English. 508-509,. p.. Historical. Review. Vol・. 10. (1895)・ J・ R・. Tanner;. John. Robert. S占eley. 513-514)ここにもその顕著な一例を見得ると思うo. 2.歴史研究の目的について一致清華を特たぬ史学は冥を持た急いo 「歴史を,国家につV,ての帰納的科学がそれに、よって構成される事実の大群と見なす ならば,歴史家が研究の目的につV,で陵く当惑も,政治学を形成す軍人が方法に?いて (政治学p・24)ここにも示される如く・ 陥る混乱も,すべて共に消滅するであろうo」 前述の第一の公理の下に,. Seeleyが軽極的に主張することほ,二つの面を持つo歴史. 研究の目的につVlての主張と,政治学の方法についての主張oこの二つの主張Q3:・彼に. ょって,常に相伴って主張されるのであるが,患そらく,歴史家Seeleyが政治学を構 想するに至った周由は,彼の歴史研究の特質のうちにあったと思われるo次にこ、の特質 について顧みる。 Scientist. 前述した第一の公理の説明の中でも述べられて,V,如ミ,彼はまずhist9rical. と文学者の横能を区別する. (政治学p・・26-27好事論p・. 170-171). -次杵,歴史を,料 学に素材を掩供するものと考えることによっての軌歴史はserious・な研究と凝る▲と皇 張し,この考旺,事実をそれ自身の為に研究するという考に対して,歴史の有用性を確 174-175)或は, (政治学p. 4.膨張論p・ 「我ヰは歴史a?底把 信するものであるとV,ラ. a. political. scienceを見いだし,いわば,一すべての歴史研究をこの科学の指導と支配甲 (政清孝p・386)段上の見解の上に・彼が既知の寄算から-政治的進. 下に置く」という○. 化の大網を導普だすとき,虜vz=注目すべき特質妹,.第一に,彼の横棒論の示す,仏葬な 規模と卓越であ-b,第二に,歴史から政治的教訓を求める感度である(軒1)o 彼の著述の中でも「英国膨張諭」は,以上の特質を最もよく示す(註2)o. :そして. 第一の点についてo・歴史は事物を遠距離から掩括的に観察すべl一と.やう(註3,)oそ の際,彼は詳細な歴史的知識を背後に隠し,また事実q)年代記的配列を無視.するo、まず. 歴史の指導的事件を選択し;次にその事件が形成された原因を探究するoとの方法紅よ.

(4) 4. 発. 智. 正. 三. 郎. り,各事件の発展が明らかとなるとき,それは歴史の一章をなす。更にこれらの諸事件 は,綿密に吟味すると,内的因果関係によって相互に連結されることが明らかとなわ, 一団の事件は結合して歴史のよわ大きな一区分をなす。遠く離れた,一見関係なき事件 の間の因果関係が搾摘さqL,錯雑した事態は一大panora出aとして示されるととも に,それぞれの歴史的時代は,∴-の性格を持つものとして,統一が与えられる。 (1688年から1815年まで)の英国史を,新世界争奪の為の,英仏間の第二の百年戦争 として示す概括は,その貴.も有名な例である(膨張論cbap.. 18世紀. 2)。また宗教改革の諸結. 果,欧洲の拷専権の争奪,新世界の争奪という三つの運動の複雑錯綜した相互作用が指 摘され(同上p.. 96-104),或はまた,癖盤界の獲得が,英国の産業的・礎済的発展に対. して持つ影響が措摘草れる(同上p・ 笥二の点にLっいてo 「歴史娃the. school. 36, p.. 78-80).. 既に彼臥就任の演説で,教育に怠ける歴史の位置を論じて, of statesmanshipである」といい,この見地から,学生には何よ. わもまず,現代史が教授されるべしという(註4)oそして「英国膨張論」は,. 「歴史研. 究の方法は科学的であるべきことは勿論であるが,同時に実際的な目的を追及するもの でなければならない,これは私の信念とする主義である」という言葉で始まわ,その随. 所に,歴史は問題を設置し,未来を予測し,事件の起る前に人を賢明ならしめるもので なければならないという見解が示されている(膨張論p.1,. p. 163,. p.169-170). (註5)0. 「英国膨襲論」が,歴史の教訓として示す結論払「英国の政治家も歴史家も,なぁ英 本国を祖国と考え,英帝国を祖国と考えないのは,想像力の不足と不注意から生れた妄 想である」ということであった(同上p・307).周知の加く,本書は1880年代の英帝 国恩恵あ興隆紀夫きな影響を与えた(註6).ここではSeeleyが,. 「私の顧は,実際政. 治の正しい見解を与えることよわも,歴史研究の目的と方法についての正しい見解を与. えることである」としていること(同上p・307),また,彼自身が本書の名声を悦びと した理由は,その結論のみでなく,その方法が,英国民の一般的思惟に及ぼす影響を認 めたことにあったこと(政治学H.. Sidgwickによる序文p.xi)に注目したいo. この見地から見ると,本書はSeeleyの第一の公理の適用を示す。歴史と政治学の 間釘根本園係を明らかにし,両者は同じ研究の異る側面に過ぎないことを示す為には, 同時に両者に明白に属する問題を選ぶことが望ましい。. (膨張論p.. 166)英帝国の問題. はとりわ抄このような性質を持ち,そしてこの問題に患いて,政治学は歴史の中紅,磨. 史は政治学の中に設入する。即ち,一方に患いて,英帝国の将来という問題は,いかな る国内問題よ歩もはるかに重要&,一緊急の決定を要する政治問題である.この間題につ いて,単に国土の大を望み,過去の英雄的行為や国民性についての自負などの為に,英 帝国の維持を主張するのは,誇張された意見に過ぎぬ。教案論も狂信的なものを合札 過去数世紀の時の経過が,生活の必要の持つ拘束力と結合して,我々の自由を制限する ことを無視する(同上p. 293-295,. p1. 306)oしかし,. そあ探究は英国近世史の垂知歳を必要とするo」. 「それは全く歴史上の問題であり,. (同上p.. 174)かくてSeeleyは,現在. と未来を知る為紅は,過去を顧みなけれ古妻ならないとして,敦盛学を歴史に役入させるo.

(5) Robert. John. 5. Seeleyの政治学講義. 例えば,最初の英帝国の崩壊を示す米国の独立は,現在の植民地には清用でき夜い特殊 の影響力と遠境に起因したことを知るならば,それは現在の放棄諭の根拠と為し待ない. ことを知る。また一大達東国家としての米国の成功は,喪帝国のよわ強固な結合の可能 性を暗示する(同上p・155,. 18. Seeleyは歴史を政治学に役人させるo. p・160)o他B,. 世紀は,英国の歴史家によって,.平凡な時代とされてきたo彼等は・この時代の歴史は 英本国よわも北米とアジアにあったことを理解しないoしかし英帝国の運命について意 「英国近 見を形成することは,現在,政治学の緊急問題であわ-・この視点から見るとき, 世史はこの問題を提示するものとして,特にGeorge二億とGeorge三世の統治軌. この間題を解決する為の素材の宝庫として,在来の見解と異り,新しい光のうちに示さ (同上p.170)例えば,米国の独立は-,政党政治の冥際問題として・時の内閣の. れる。」. 崩壊の因となつ如ゝらごなく,最初の英帝国を崩壊軍せ,まk・欧州に先例なき大国を 生みだしたことの世界史上の意義の故に重要である(同上p・147)o更にSeeleyは遠. く未来を見通し,米国と如ンヤの有力な大国としての出現が,半世紀後に予測される主 との散に,英帝国の強固な結合は,この点からも必要であるとV,ラ(同上p・75)o英帝 国は,歴史的に,即ちそれを作わだした原因について考察さgL・そしてまた・政清的に・ 179)o 「英国膨張論」は清東ある 即ちその価値或は安定性につい七考察される(同上p1 political. (註1). Seeley:. The. of British. growth. protheroのMemoir.. (註2). doctorine8である(証7)o. addressであるとともに,堅実なhistorical Vol・. policy・. W・. Ⅰの巻頭に付された・彼の友人GI. p・申Ⅹ参照o. Seeleyの唯一の大作,. `Life. and. times. of. Stein,. or. Ge,rmany. and. Prussia. in. the. Napoleo。ic. age・にも興味ある概括論の展開が見られるoしかし本書ほ,彼の講義を出版した 書物と異り,詳細な史実の,より冷静な記述を示す,本格的な歴史書であり,その豊富な内容 からの断片的引用ほ,- さし控えぎるをえないo (註3)膨張論p.. 8なおTannerによれば,. 「彼は十年よりもー倣紀を処理するのに巧であっ. た.彼の精神の全焼向は,詳細な顕微鏡的な研究よりも・大きな現象の購読に富む論述に適し ていた。いわば,彼の方法は天文学的であって,彼ほ望遠鏡をもって,全天空を見通したoJ (∫.R. Tanner前歯書p.510) lectur占 t甲Ching of 'politici・ an inaugural (喪4) Seeley ‥ Essays and lectures・所収The at. cambridge・.. p.325二. 歴史はすべての市民にとって重要な学科であるが,未来の優漁家の. serniharである大学では,特に経済学と歴史が研究されねばならぬ.(同上p・328).耳た・速 い過去は,現在についての最著の註釈であるから意義を持つoそ-してtextほ註釈の前に置か かるべきだから,現在は過去の前に研究されねばならないといい,以下学生が直掛こ現代史を 研究する利点について大略次の如くいうo彼等の時間と精力を節約することo研究の目的を駒 ちかにしその目的への進歩を自覚させ,研究を興味挫くすることo過去ほ正しくあれ'麗し くあれ,既に解決された問題を示すが,現在はなお解決を待つ問題を提示する。そ.し.{教育に. ,. ぉける本質的なものほ問題の藻示であって,解決を与えることでないこと(同上pて?37-347)o (詫5)以上のSeeleyの歴史研究の特質につt,て諸家の批判を見ると,それは透徹し串史論・ 大胆にして独鮎勺な結論を生み,彼の歴史の講義に魅力を与えるという長所を持つとともに・.

(6) 6. 発. 智. 正. 他面危険を伴うことが指摘されている。例えば,. 三. 郎. 「教訓を求める歴史ほ,その意図においていか. に科学的であり・,またそれが示唆に富む.ものであろうとも,落し穴をもつ。最近の時代の至上. の功用性を革袋することは,今日ほ昨日の子供であ草のみでなく,あらゆる時代の相続人であ in the cenflistory and historians nineteenth る・と・t,う真理を無視する.J (G・ P・ Gooch: tury,.1952.. p.. 349). 「0ⅩfordでCambridgeよりも歴史が進歩した主な理由は,. Stubbsが. 歴史をそれ自身の為に研究することを教え, Seeleyが歴史の研究を彼の政治問題への関心に従 属させたからである。」 .Burgess. (American. 4?報告に対するH.. M.. Historical. Association.. Annualreport・. 1896・後述する. Stephensの発言から) 「英国膨張. 歴史学着から甲批判について考察することは,輩老のよくする所でない。ただ,. 論.で彼が事実を処理し,概括のもろもろの級を,英国の膨張という一点に集中し,自己ゐ結. 革を論証するとき,そこにほ,訴記事件の弁護にあたる法律家の態度を連想させるものがある。 そして,彼の結論が周知のものであっても,それほ示唆に富む道をたどって到達され,それが Seeley. Tannerによれば,. 一独創的な、ものであるときには,ともかく強い説得力を持つ。な畠,. ゐ教師としての長所ゐ第一は徹底した研究にあり,彼の通常の方珪は,. `Life. and. times. of. Stein'(註2参照)に見られる方法であって,彼の講義を凹版した書物について彼の`hasty generalisation. 'を批判するならば,完成された講義の慕に頗されている. Seeleyの労苦を誤. (∫.R.Tanner前掲書p.. 507-508) って評価するものであるとされる。 (詳6)本書の内容及び英帝国主義の消長に対してもつ意義については,既に小野塚先生の論文 「英国に於ける帝国主義とシー1). -の学説J (欧洲現代政治及学説論集,大正五年,所収)に詳述. されている。. (註7). Fortnightly. Review.. 1895.. H.A・Z・. Fisher:. Sir John. Se占Iey p・ 191-192・. 3.政治学の方法について-史学を持たぬ政治学は根を持たない. 次にSeeleyの政治学に怠ける第一の公理は,政治学即ち国家に園する帰納的科学の 方法の面で, まず,. ∼,かなる主張を伴うかを顧みたいo. Seeleyは「歴史を生起したことの記録という意味にとれば,すべての科学の癌. 論は帰節約,即ち歴史に基づく」ことを指摘する.その際彼は,. 「我々が重きる世界には. 規則正Llさが存在し,同「の原因は同一の結果を生むから,観察■したものを記録し,初. 察を比較し,観察に基づいて概括すれば,我々は一般法則を見いだL,過去の知識は我 乍を未来の知識に導くであろう」. (政治学p.6)というのみで,それ以上に諸科学の認隷. 方法の考察に立ち入らなv.0. 政治学は,他の科学と等しく,観察と帰納め道を進む。それは相伴って行われるベ1%, 二つの過程からなる。第一に,事実を集め,療証すること,第二に,恩考L推理し概括 し定義し識別すること。第一の過程を怠るならば,推理は基礎を欠き,. scholasticな,. くもの巣を織るにすぎない.第二の過程を怠るならば,重要な事実を判別する規準を欠 普,有効VZ=事実を集め侍女い(同上わ.. 27-28)。なぉ,歴史家と政治学者の間に分業は. 存在しない。歴史家は自らの仕事を政治学への素材の提倶vz:限定し,そ▲め素材からする. 科学の形成を政治学者に委ぬるべきでなく,等しく両方の機雷陀果すペきである(同上.

(7) John. Robert. 7. Seeleyの政治学講義. p.362)。一 ・政治学は化学よりもJ天 致冶学の方法に特有の困藤につ小て次の点が指摘されている。. 文学に似て,碗察しようとす主事冥を実験によつ七^為的に創造セきず,従って専ら額 察の記録としての歴史に依存せぎるを待たいoしかも政治学の処理す畠事実の確認抵特 に多大の労苦を必要とするoこの困難は,意中・`ぁらゆる痔代の観察は・科学的でも公 平でもない観察者によって提供されるものであって,全面的近は信額でき患いことに因 由する(同上p・2ト23)oそして,単なる風説・伝説・党榊勺声明と事実を混同する危. 険は,政治学に特有のものである.特に17世由英国の憲政を研究する場合,この時代 の議会論争に充満する,港的虚構やあいまい恵理論の外康から・事実そのもあを摘出す 188, p・ 190)o. ることは容易な業でなV,ことが糟摘されている(同上p・ 上記の第二の過程忙つい七, Seeleyは特に次のことに注意するo予め準博された理論. の支持を事実のうちに求あることなく・まず事実を類別することから始め,理論が自然 と事実から生ゃるのを待たねばならなV,. (同上p・. 21)。. p. また,. ^間事象の研究に伴う固有の困難は,当為と存在を混同するという抗し藤v,諺. 惑に陥わ易Vtことにあるが,政治学は厳に存在のみを考察するo癖にこの点で,彼の方 港は,. Plato.とAristotleに典型を見V,だす古き方法一何加東しきかに答えるべきで. ぁると革し,国家存在の目的を番ね・その実硯の為の港,制度・政策を研究する方法と は全く異ることが強調されてV,る(同上p・. 18)o. 政治学の方法についての以上の主張から見ても・Seeleyは,政治学者は即ちhis・ toricalscientistであると見なし_ていると患うo. 更に彼は,国家を対象とする政治学の方法は,生物学的方法であると革張し・その理由 臥,かな.斡の譲歩を伴v,つつも・国家即ち政治的有機体と自然有機体との類推蛭可能で ぁることに求拾る.この点について,彼の主張ば首尾一貫していな'いが大略次の如ぐ守. 勢るo有機的国家の紐帯は血縁と宗教と共通の福祉の三つせあるo征服によぅて生紗, (inorganic. quasi-state. 、と定. この三つの契機を欠き,力に3:-ってのみ維持される国衰義される)も歴史に多く軍産するが∴それは考察の外に置かれる(同上p・72二76)oそし て,有機的に発展する国家のうちには・古き時代の遺物も,未来の発展の腫芽も共に含、 まれるから,何れの有機的国家も三つの契機を持つが・歴史と観察が示す国家め発展を 大観すれば,国家の根は豪族と栄養のうちにあり,両者の結合して作用するカによって・ 自然有機体のそれに類似する有機的過程をたどって,国家が形成されるoそL-て以後の 発展に奉いて,両者のカは配功,政何と組織それ自身が個人にとって有用で爵ri七と が承認され共通の福祉の観念が国家の紐帯となるに至る(同上p・. 55-66)oそして,よ. .ゎ初期の国象ごほ,、・目的について語れ得るか疑問であり,高度に進歩し允国家のみが, 抽象的方法で論じ得るに過ぎ急いo国家はある範囲で,意識的な工夫の産物であるが,. その棋を人間性の本能的な無意識患部分のうちに持っている〇国家は嘩粋に・動植物の 如く,眉翻勺産物ではないが,潮分的に蛭自然的産物である(同上p・. 20-2しp・. 40)o.

(8) 8. 発. 大略,以上の如く述べることによわ,. 智. 正. 三. 郎. Seeleyは,. 「政治学暑が,国家をいわば外から,あ たかも彼の関中や感情にかかわわの患いものとして,都築し,分類し,その諸横顔と諸 機能を記述し,その発展の諸相とそれ-の柄駒な影響力を示し,その進化の理論を導く ・ことは可能である」という(同上p.19)o. すべての帰紬勺科学の,それ故にまた,政治学の,最初g)課題は,対象を分類する.こ とであるoノ「堺治学」の目的は,歴史が示す,すべてのEg家を,観察と比較によって分 類し,その分類に正確な名称を与えること,そして迷路に富む歴史の研究にいとぐちを 提供し・国家Q)変革と発展をよわ正確把簡明に叙述することを可能にすることであるo Seel'eyは,それが難事であることは,生物学に怠ける分類が蔑何学や天文学のそれよわ. もはるかに困難であって,それ白身-の分科せる科学を必撃とすることからも当然予測 されることであるといい・また,彼の意図する所は,完全な分類を撞供するよわも,分 類の科学的方法と,その適用の例を示すに過ぎないというムしかし,無限の差異も類似 に比すれぼ重要で急く・国家の種類とその発展の諸相の数は,我々が想像するよわも限 られているから,今後の努力によわ分類を完成し得るとする(同上p.40-45,. p.361,. p・381)o全体として,このような広汎な分類の試が可能であるかの巌間を残すと患う が,次に自由及び立憲国家についての考察と,それによる国家の分類に,彼の科学的方 添が・いかに適用されているかという点のみを記したいo (註). (読). Aristotle以来の分類は,歴史の限られた時期と地域のみに妥当するとして,それを補足し. 完成しようとするoそして有機的国家をその結合の三契機によって三つに分績し,次に古来の 思想家が共和約自由のみに注目した為に着通した分類とし{,. City. stateとCountry. state. の区別を述べ,後者を更に中央集権の程度により細分する.その際卜例えば,ギ.)シヤ,イタ. 1)I・ス1スにcity stateが発達したのは,山国であったことによるとされる(政治学p. 86)oまた例えば・韓国と神聖ローマ帝国を同一-の分額に入れること(岡上p.98)がどれだけ の意義を痔らか疑わしいo更に, Aristotleの統治する人の数による分析をそのまま適用して も近代国家については何等の成果も拳げ得ないとして,立専国家と専制国家の分挙を示し,そ の後に,. Afistotle以来の君主政,貴族政・民主政の区別に新しい意義を与えようとする.その. 間・分類の方港についてSeeleyの-一貫して主張する点は,倫軌勺評価は,政策的考慮と共に, 開国でないこと,理論を始めに形成し・それを事実に適用してほならないことの二点にある。. (1)自由の原理による分類 Seeleyはまず・政治学のd〇gmaticな方法がもたらす混乱の因由する所は,自由の. うち把神郎億普を見ることのみでなく,自由の言葉が乱用され,人が欲するものすべて が自 由の名称を採ることにあると主張し,次に,通常の使用に患ける自由の多義性を吟 味し,自由を,政府の領域の狭き限定と定義するo 「自由は第一義的には制限のないこ とであわ,政帝は制限と強制であるから,言葉の厳格な意味では,.目由は政府の反対概 念であるo政府由ない所に国家なく,国家のうちには完全な自由はないoしかし第二次 的忽意味で,自由は過度の制限のないことを意味し, あるo」. over-governmentの反対概念で. (政治学p・119)その際,彼の意図は,科学の為に有用な自由の語は,そのうち.

(9) John. Robert. 9. Seeleyの政治学講義. に,書き或は悪しき意味を持つものでなV,ことを主張し,自由の原理による国家の分類. 敬,自然権の問題,政潜と倫理の関係についての重商題の論議が熟する以論に可能とす ることにある。彼によれば,政府の領域の広狭は,熱の量的比較と同じ仕方で,測定し 得る(同上p.. 129-130)。そして自由は-の普遍的理想と,すべての政治的努力の唯一. の目的と想定さるべきでなく,. realであるすべてのもLのと等しく,ある還填で,ある程. 度にのみ書きものであわ(同上p.. 122),宗教的寛容きえ,政治的真理の相対性の外に参. 136-137)。寛容はその国家の強固であることを示すが,. るものでないという(岡上p・. 多薮の国家は寛容を認め得るはどに強固でなVloそれを絶対的潅則とすれぼ,歴史の大 部分は悪夢として棄て去られねばならない。そして,. Seeleyは,政府の領域に対する. 絶対的制限を抽象的原則として設定することを耕し,次の一般原則を示す。政府の領域 は,共同め行為と必要とする庄力に,即ち内外の破壊的な影響力に対する国家の防衛の な卦,. 131)o. 必要及び困難の程度に比例し,自由の程度はそれに反比例する(同上p.. この原則は,有機的国家にのみ妥当するものであわ(同上'p.130),また勿論その例外 (同上p.134). も参ることを付言しているo (註)この一節ほ,. (読). Seeleyの講義が正確な定義と明瞭な思惟を尊重したことの-一例を示すが,複. 雑錯綜した南題を単純化し,外的事実によつて説明するという彼の特質をも示す。言葉の傍用. を限定することは著者の権利であろうが,彼が自由の語を定義するとき,例えばMillの「自 `政治的'. 由論.における,放論の圧制に対する個人の権利は,政府に対するも.のでないから, 自由でないと、される(政治学p.. 108).そして政府にかかわるもののみが政治的問題とされる. から,社会生活の領域における自由の問題ほ,政治学の考察の如こ置かれる。更に彼は`政治 中央政府と地方政府との関係にかかわる. 的'意義における自由の語の使用を吟味し. liberty'と,国民代表窮余の存在にかかわる`free. ●1ocal. government'と,個人の政府に対する関. 係における聞取からの自由とは,男打のことを意味し,異る意味内容を同一の言葉で表現するこ とほ混乱を招くから,前二者はそれぞれ,地方分権,買任政府と呼ぶべきであるとする(同上 p.118).呼称の問題ほともかくとして. 「政治学」において三者はぞれそれ独立別個に, 並列的に国琴の分野の規準とされ,歴史上の国家で三者が必ずしも相伴うものでなI、ことが指 p.. 107,. 摘されるが,三者の相互閑尉ま追求されない。. ■以上の二点から,. Seeleyの政治制度の比較研. 究,殊に近代政治機構の研究は極めて平面的とならぎるを得ない。そして,政府における自由 とともに社会における自由をも考察し,近代政治機構における諸契横の関連性を充分に把挺す る為にほ,政治理論を必要とすると慮われろQ更に,. (19.47)の第一軍(The. name. and. nature. of. 琴代の政治理論甲対立の複雑錯綜した状況ほ,. Barkerの`・Re鮎ctions. Go∇er甲m紬t'. on. liberty)を想起するとき,自由の問題をめぐる Seeleyの知らない所7{あったとしても,政治. 理琴との関連なしに・-自由について考察し得るものかと感じぎるをえない. なお, Seeleyがここで示す一般原周のよき歴史的例証ほ,. `Life. and. times. of:Stein'-で,. See・・leyがブロシヤ国家の軍事的専制的性格を説明し,また英国と欧州大陸諸国の立憲的発展を 比較する時に示されている(Seeley:. 参東)o. Life. and. times. of. Stein,. Vol.Ⅰ,. p.. 168-169,. p. 357.

(10) 10. 発. 正.三. 智. 郎. (2)立憲国象と軍制国家 英国の誇とする日申,17世紀憲放論争把鼻柱るその確Jit,フランス革命以来大陸諸国 へのその拡大に?いて語るとき,自由の語は,さきの定義とは異り,琴冶方法の特殊性, 即ち国民代表議会が持つ権力牢かかわるものを意味する。そしてAristotle甲多数者に よる政嘩と-∧に与る政府の区別に相応するものとして,近代V=患いて,自由な政府と専. 融政府の対置カラ主張され,.しかもそれは光と闇を意味するものとされる(政治学p.151 republic即ちCommonwealthという名称は, -15芦)0 Rousseauの国民主権論以来, 国民全体或は議会が支配する国家に与えられ, Aristotleによって低く評価された民主 政は, self・governmentとして番実の対褒となった。他方,議会を持たない君主政は, 専制政の名称の下に,生命も運動も思想もない悪夢とされる. (同上p. 173, p.ー181)o Seeleyによれば,皇ず,これらの名称による対置は,_、単に事実を指摘するにとどまら. チ,その中に環濠についての一種の理論を包含している.即ち,命令しカに与って支配 する権威と信託された権威という,二つの型の権壊が存在し,それに相応するものとし 174. て,上からの政府と下からの政府という,二つの政府が存在するという理論(同上p. -175)。しかし歴史に理論を導入することを止め,まず歴史の示す事実を見れば,第一 に,近代に怠けるすべての君主政は,他の形式の政府と等しく,政府を支持する「団の 人々に依存し,彼等は政府を変更する権力を持つ。父が幼児に対する如く,彼自身のカ のみによって支配する専制君主と_V,う凝念は幻想である。. Louis. 14世がいかに王権神. 層義を公言しようとも,彼の政府がrealに何であったカゝは別問題であわ,彼は軍隊に 僧正連に依拠した(同上p・. 157-181)o. また,国民の中の公事に関心を持つ政治的階級. の積極的な同意と,その他の者の受動的な同意に基づき,しかし議会を特売なV,君主. 政は,しばしば腐敗したけれども,かつては健全な自然な慈意的な政府として,即ち monarchical. republicとして存在した(同上p.. 18ト186)。第二に,代議制慶はEc・. clesiaの光輝を近代国家に発展ざせる可能性を与えた一大発明でゐわ,そこにはある犠 牲をとしても成就すべき理想が存在するが,しかしそれをself-governmentLと称する. ことは虚構であるo何故なら;それが議会によ鳥銃治であると仮定しても,代表と多数 決の原則の意味する所は,全人Fjに比して極めて少数の会議体による統治に過ぎない (同上p. 159ェ167)。毒してSeeleyは,議会の本質を知る為には,英国憲政史の研究を 要すること,. 19世紀後半にお汁る英国憲政の本質ほ,なぁ理論と虚構あ仮装の下に発見. さ′れねばならなV,が,.17, p,. 18世紀Vt比すれば,より露呈されてVtることを指摘し(同上. 205),まずそれ毎探究する。そして英国憲政に怠ける議会の機能は,自ら統治するこ. とでなく,その革要な機能は,世論の変化を.反映し,下院の多数意見の変化に応じて, 政府を形成し支持し破壊する機能であるとする(註1)。そして以上の如き推理によわ,. 近代政治学の最も重要夜分類である立憲国宏と専制国家の区別は,その何れに卑窄在す る政府形成権力(governmenトmaking menトmaking -197)o. power)が,議奉即ち政府形成横国(go∇ern-. organ)として組織されてV,るか否かにあると結論される(同上p.196.

(11) John. Robert. ll. Seeleyめ政治学講義. 次に_, 17, 18世紀の憲政史を概括し,次の見解を述べるoこの時代の英国の制度は・. 不完壷恵,発展の途上にある政府形成機関を示す。即も17世紀に議会は恒常的機関と ならたが,政府痕歳権力の行使に っvlては臆病であつ葎。しかし光栄革命は,英国を立 憲国豪に移行させ海(註2)o. 18世紀には,外観上の静穏のうちに,大臣は実際VZ:ほ重. から独立し,この発展は議会をよわ明白な政府形成機関とする道を開いた(謹3)。そし. て以ヰゐ癖括の過程で,彼鐘英国憲政の発展は,主に17世紀VC属するものと,一部18 世紀に一部19世紀に属するものとの二つの別の発展として把撞されるペきであ,り,早 れを光栄革命を頂点とする唯一の発展と見なすのは,光栄革命の意義を誇張するもので ぁると主張するoまたそれは,英国に特殊な還境の所産として把撞さるべ垂セ,単に自 由の精神の必然的結果と見なすべきでないという(註4).そして政府形成機関の組織と. いう問題乱英国では,下院に重任を負う内閣という制度を生みだしたが,この制度の みを.,問題の唯一の妥当な答と見なすべきでないrtいい,米国の制定にも若干,言及す るが詳述され急い(同上p.. 2291230).. (註1)権力分立の理論が何であれ,英国議会が持つ諸機能の中で・行政掛こ対する批判と監視, 殊に下院の内閣不信任決議ほ,立法横蘭よりも重要である.法律案の作成並に誘会の洗浄案審 誘の過程をrealに見れば,執行府ほ読会よりも高い意味で,より大なる程度で立法に参与す. る.轟会は法律案の微細な点を変更することをBTlにすれば,大臣の辞転をもたらすという大き l. な困難のもとに政府塩田の重要落葉の成立に拒否権を持つに過ぎない。また,大臣を議会多数 の願望の単なる執行者と見なすことは誤である。事実を見れば,大臣は読会によって選ばれる が,しかし下院に奉仕する為でなく,. F院を支醸する為である。窮余の実質的な権能は,彼等. の僕でなくて王である大臣を形成することである(政治学p・214r221). (註2). 17億紀の闘争で窮余は二度だけ政府を破顔したが,この例外的な行為ほ全色紀にわたる. 課碗の乗認や不平の救済より・も重要である(政治学p・. 243). Puritan革命ほ政府形成権カに. 関する限り問題の提示に過ぎず,次の世代はいかなる方法によるも読会がこの権力を持つこと を否定した。・しかしRestorationの後に議会ほ政治体における恒星として確立された(同上p・ -. 252,. 、t. 254)o光栄革命の読会ほ,絶望的な事態に際会しで,王位粒承の古き規鄭こ置かに干渉し,. -あたかも.. MaryがJarn牢?. ⅠⅠを歴来するかの如くに公言し行動したに過ぎないo. しか.し事実. rきしては,極端な場合に限定される,tしても,以後議会ほ政府形成曙関であり,.政府の責任は r(-=alであるのみでなく,瀧的にその権限をもつ機関を適して追及されるに至った(同上ア,.芦41 -242)0 (註3) Ann苧女王の制度と19世紀後半の制度の差は次のことにある.後者でほ,・政府即ち大. 臣を衰持する読会の積極的な行動が必要であり,議会の支持の撤回は政府を崩壊させる。それ に如して前著でほ,政府即ち王ほ議会の受動的な支持に依拠し二政村を贋粟する為をこぼ訴会の 2q46)。この間18昏紀の憲法上'の静穏の秘密は,読 環勧6Lな行動が必要であった(政治学p.. 会によ毎壬の上に行使される由限された統励力と主によって読会の上に行使される秘密の勢力 ●との結合,両者が相互に対し七たしなみをもち,自らの権力を絶えず臆すことのうちにあった ・(同上p. 265)。読会がなお偶然の存在であったとき,. L王ほ大権によって統治したが,一読会が恒. 常的な力を得たとき,三ほ勢力によって統治する。当時の主の意図は,いわば`考臆すること.

(12) 12. 発. 智. 正. 三. 郎. なしに統治する'ことにあったといいうる.例え畔剛1iam三位の統治における,羊の拒否 権の放棄は,王権の変速のしるしと見るべきでなく,王ほ拒否権なしにも充分強さをもつ故に. それを行度しなかったと見るべきである(同上p.由7丁268).光栄革命以後,約70年間,大 臣ほ名目的にでなく実際に王の大臣であった。王が大臣選択の自由を失ったことの最初の明確 なしるしほ, 因ほ,. George二皆の統治の末,. elder-pittの登場のときであるが,この王権衰退の原 Hano陀r家の即位から,現代のそれとほ非常に異る政党政治(Whigsのみが支配し. Torie9との政権交替を考えないもの)がWalpoleリの偲過まで続き,次第に王をWhigsの後 見の下に置いたことにある(同上p・. 277-281).以後,. Ge.・orge三位により-・時王権の復活を. 見るが,大臣の王からの独立ほ急速に進み,王が大臣任命権を失ったのは1834年であり,普 たさきに杯芽をみた政党政治乃確立は1832年のReform Bi11以後である(同上p. 284, 236)o (註4)主としてMacaulayに代表される光栄革命の意義を誇張する歴史観に対するSeeleyの 批判ほ,次の如き点に見られる.彼等はRestor年tionの意義を過小に評価する為に,読会が恒. 常的機関となったという重要な事実ほ1688年でなく1660年にあることを革祝する(政治学 p・. 253). 1688年に賢明な政治家達ほ,神的権利や受動的服従に関する形而上的な論誘を避け±. `王ほ悪をなし得ず'という巧妙な工夫を案出し,その結果,既に18世紀の始めにほ王権は 理論的には縮小されないが実際は気息えんえんとしていたとされる。しかしこれほ光栄革命と いう事実に付けられた一種の伝説に過ぎない(同上p.. 272)0 1688年の革命が,王の勢力によ. る統乱王と哉会の相互抑制という,理論よりも実際上尊敬に値する解決に導いたことは,こ の革命が,抽象的原則で説明され得ず,むしろ-の革命を受けとめること,即ち新しいものを 導入するよりも,以前にあったものを確立し,強力な破壊から守ることであったことの一例証. である(同上p・. 264,. 268)0. Wil))'am三世の統治まで現在の政党政治をたどり得るとし,王. 権の衰退ほ,光柴草命の覚にJる一歩前進として,王の権力の縮小をめぎす意識的な企図の結. 果と見なすことほ誤であるo実際は・かかる党も計画も形成されず,大臣が王の大臣から窮余 の大臣となった推移は,前詳に見る如く,光栄革命に,またその直接の結果にきえよるもので ない(p・. 275,. 277)?. 41政治学の対象と一般史の課題L=ついて Seeleyの政治学の対褒は国家であり.国家の特質は政府という装置を持つことにあ るから,それはまた政府である(政治学p・. 17)。そして彼は,特に英国の琴清並に憲法. の学者が自由の問題を政治学の最初にして最後の問題としている.ことは,主題の奇妙改 すりかえであるとして,次の如く述べる。 「政治学の対象は政府,即ち個人がそれに`よ って,ある場合に圧しつぶされ,公共の善の為把犠牲にされる原則である.さて自由と は何か。自由は,それによづて政府が反抗される精神であわ,諸原則である!. -・・・国家 が国家となるのは,政府を持つことによってか,或は政府の拘束の下にあることを可能 な限り避けることによってか。. ・・-・・真に体系的な姿で対象全体を配列するならば,自由. の全問静は政治学で-の重要な場所を占めるペきであるが,第一の場所を占めるべきで ない.政府が自由の前にくるQ」. (同上p.. 101-103). ここに示されるSeeleyの見解について,次の点に注目したいo. ついての彼の考察は,前述の如く,自由の本質の究明としてでなく,. まず,自由の問題に _それを排除するこ.

(13) John. Robert. 13. Seeleyの政治学講義. とによわ,政治学の科学的方港を先験的な方法との滑比に患いて明らかVZ:することを目. 的として為されていること。しかし更に,. Seeleyの政治単の第一の公理からの当然の. 帰結として,政治学の労費についてのこの主張は,彼におtlては特に,歴史の発展をい かに把挺し,一般史の課題を何に求めるかの問題と相関達する。次にこの点について彼 の見解を顧みたい。 Seeleyは,. 「我々は事件の歴史的重要性の棲準を持たねばならない。▲そしてこの榛準. を適用することは歴史家の仕事の重要な部分である」という・(膨温海p.. 142)o単なる. 歴史的事実の年代記でなく,推理し統括し発展を示そうとするならば,特にこの規準を 必要とする。しかしこのことを抽象的に承認して奄,いかなる種類の事件が殊に重要で あるかは示されないム彼vtよれば,. rこの襟準綾,事件のpreganc少,換言すれば,その. 車件から生れる結束の大患ることのうちにあるo」 この僚準を通用するとき,. (同上p.144). Seeleyは次の如き見解を示す。まず,一般史の課題妊国家. を宅配する法則を知ることであって,人間福祉のあらゆる原因を等しく研究することで はない。国家を構成する個人や彼等q)菓蹟は,その本質的価値によってでなく,国家の 発展,組織,統一,分裂に影響を及ぼすときにのみ問題とされる(膨張論p.7,政治学 p.. 380-381)。この見解が導かれ声過程を見ると,. Seeleyはまず,歴史を文明の進歩と. して示す理論は悪しき空理の典型であるというo何故なら,そこでは,偶然的な同時生. 起性のほかに,相互に関係なき雑多な現象が,すべ七潜在する一原因,文明精神の作用 であると立証なしに断定される。そしてその際文明の言葉は明確に定義されず,ある無 限の性質を持つ至上の力が暗示されるに過ぎない(膨張論p・. 5).そして一般に研究は. その範囲を分封し更に細分することによって進歩するから,歴史の研究についても範囲 由限定が望ましいと述べ,まね国家を歴史の課題とすることは,例えばBuckleの見 解の如く新しいものでなく,過去の歴史家によっても大体無意識のうちに採られてきた もので象って,諸科学が分科した現在,歴史家払より明確な目的をも?て,. a. pOliticist. であるペしとtlう(政治学p.′24-26,′膨醸論p・6⊥7)0. 次にSeeleyは国家の発展について述J<るとき,亡ばしば英国の歴史家が議会によつ て魅了され,議会の酒動のみを追及する為に陥る讃を指摘する。これは一面,前述の如 普,歴史は事物を大観すべしという彼の主事,就中,歴史の事実から統括するときに留 意すべき第一の原則として,国家を純粋に内からのみ観察しないで外国との閑係を観察 すべしとするとと(註1)によるが,それはまた,歴史の発展をv,かに規定するかにつ. いて,彼か立憲的自由よわも国家の統一tA発展を重しとしたこ主を示す(註2)o Seeleyが政治学の対象は国家であると為し,また自由よりも政府にます注目する理由. は次の見廟に求められるo 「人類が諸国家に所属すること妊, ''そb普感性の故に,その 強度,即ち,国家は必要あれば国民にtlかなる要求壷も為し得るととの故に,また責れ から生れる結果の太いさの故に,非常に重要な事実である。国家が存在するという事実 ヽ. は,第二直そノの発展の諸相,その種々な鳥形式∴爵二にそれらの相互関係,そして更に.

(14) 発. 14. 智. 正. 三、郎. 文明という言葉で紐括されるも.ののすべてを隼みだすoここには無限中老察の領域が象 「歴史とは. (政治学p.16-17)そしてこの見解は,次の見解と表裏一体セあろう。. る。」. 何か。. ---歴史は憲法でなく,議会の塀護でなく,偉人の伝記でなく,奪して道徳哲学 でなV,。歴取は国家を処理し,その興起と発展と相互影響,その繁栄を増進し,そq)衰 (膨張論p.. 退をもたらす原因を研究する。」 (註1)政治学p.. 151). `The 133これほ彼あ基本的見解の一つである.. of the. growth. の序文でも,彼ほ次の如くいうo国際関係史と憲蕗史ほ相関関係にあるが,. British. policy'. -鮫皮ほ,独仏で. ほ,より多く前者に傾き,立案主義の祖国,英国では後者に傾く。英国人の限ほ常に議会にそ そがれ,英国史は単なる議会史に退く。 (註2)膨宗論p・. 119-121,. p・. 307-308参照... Seeleyが英国憲法学者の見解を科学的でないと批. 判する理由の一つは,彼等が実際的見地から出発し政府を有効にする問題ほ既に解決され,現 在の緊急の問題は政府の活動を制限することにあるとすることにある(政治学p.102).しかし 「膨張論」でSeeleyほ,. 「立憲的自由が完成された発展であり,研究し尽された題目であること. を見いだす時に,歴史家ほ, ・・・・,.英国の未来と過去を結合させる,一つの発展(英国の膨張)を. 主に研究すべきである.という(膨慕論p・121).歴史由死に実際的目印を導L^するという「膨 張論」の特質を示すとともに,彼ほ,立憲的自由の発展の意義を軽視しているといえると思う。 5∴. 次にSeeleyの政治学の基本的見解について,諸家の批判藍顧みたい. Seeley. Cambridge大学の政治学教授に就任する際の演説で,. Barkerは,. の「政. 治学」の序章の有名な言葉に言及しているが,この滞説もあまわに有名で参るから,吹 の言葉.oみ記すo. 「我々は政治理論が歴史の研究に負うものを進んで認めるやミ,他方歴. 史のうちに明確な基礎を持たないで,偉大にして有名な政治の理論があり得る.ことを認. めぬばならない.人間の心の性質と人間生活の目的についての一定の見廟k,あ埋と、し て想定し,こ咋らの見顛物ゝら系統的な琴論を潰緯すること,は,政治思想豪の方法であわ得 ち.」. (註1)また「政治理論は,国家がこの時爵の所で何であったか,国家はいかに発. 展したかよわもむしろ,.いかなる国家が永久普遍であるかを究めねばならないo」.(註2) Barkerは,この意味で,政治理萄は歴史の研究から独立であるのみでなく,広く歴史 の問題に専念する孜らば,政治理論の其の性格は失われるという。 (詳-1, 2) studies.. Ernest 1928.. Barker:. The. study. of. politi■cal. science. and. its. -re一ation. ・to. cognate. p. 16, p. 17.. Columbia大学のBurgessは,. American. Hi8tOricalAssociationで,政治学と歴. 史の関係について報告した際に,両者は一体であるという. Seeleyの見解に注目してい. る。そして,歴史の申■には専ら政治学のみに属するものでない事実が存在し,他方政治 学の中には厳格には歴史でない要素が存在し,この点でSeeleyの見解はゆきすぎであ. ることを糟摘するoしかし結論としてほ,政治学著と歴史家を同一人が兼ねるそとこはで きないが, 「政治学と歴史の領域娃相互に重患り合V,浸透し合うから,一明確に分離でき ず,それぞれが正しく理解される為には,政治学は歴史的に研究され歴史・ほ政治的に.

(15) John. 研究されねばならなV,」. Robert. (読)という。. 15. Seeleyの政治学講義. `基本的にはSeeleyと等しき見解の上にたち,. より正確に両春の関係を解明しようとしたものであると思う。以下Seeleypに対する批 判vc注目してBurgessの見解を略述するo. 諸科学が分科するとき,久しからずし七歴史疫政治学の所有となるというSeeley-の 見解は,誇蛮を含むとしても通常考えられるより真実に近い。何故なら政治学に属する. 史冥は普通理解されるよりも広大である。近代政治学の対象は国民国家であわ,それは 政府のみで急く主権と自由について・の事実をも包含する。そして国民主権の原則の発展 は,第⊥に,政府と自由由基本原則に関して一国民が見解の一致匹到達するという歴史 的進化,第二vt,この見解の憲法-由客観的実現という二つのものよわ以下のものでな. いょそのうち後者が政治学把属することは何人も\疑わ恵山が,前者も'またそうであるo ただ前者は役者ほど排他的に政治学のみvt属するもので孜レ。次に,市民的自由由原則 の発展は,殊に近代欧米の歴史の非常に 大きな部分を占める。そのうち政府の強制に対 す畠個^ゐ自由に関する事実は排他的に政治学に属す。他者からの健筆に対して政府に よbL保護される榛利に関する事実蛭, ∴政治学のみでなく私港,経済学,社会学にも属す. また倫理的自由に関する事実の若干は政治学によわ使用されるが,その大部分は知的倫 理的宗教的進歩の歴史妊属す。以上のBurges8Jの見解では,政治学は国家の学である. が,ーSeeleyの厳に政府のみ匠園するものよりも拡大されて潜り,その拡大された政治学 も歴史のすべてを所有する もので恋いとされていると思うo. 他方,すべての政治学が歴史であるか。 Burgessによれぼ,政治学は事実と事実から の論理的帰結より以上のもめであり,それ牲哲学的思索の要素を含む。この要素は歴史 的要素と正しい関係を保ち;それたよって規制されねばならないが,-進歩-の道を照ら 'しかし歴史から分 し,. ^間の経験と究局の理想との詞廟を媒介する唯一の要素である。. 離された政清学はIWill・o'・the・wisわとなるo (註)ーAmerican science. and. Historical history.. Associatio.n,. Annual. report. 1896,. Vol I・ J・ W・. Burgess. :. polical. p. 211.. 次にCatlinの批判を顧みたい。彼は,政治学からdogmaを排除し,政治学をあく. まで添削科学として樹立することをめぎLて,歴史にいった(註1)。この点で,-. Seeley. と等しい出発点を持つのでないかと患う。しかし科学としての政治学の方法について深 「Seeleyの往11政治学』は,科学という輝かしき棲題をか く研究したCatlin旺よれは,. かけpた記憶されるべき論説であるが,言葉の正確改憲琴で科学的であるとの要求を濁た ′すと′ほ認められず,そこに示されているものは, -の科学の理論よりも,むしろ自由や その他のことについての政治的知惑に過ぎない。」. (註2). -CatlinがSeeleyについて. 直接言及する所は,以上の言葉のみであるが,彼の批半は次の点にあると患う。政治学. が何で参れ,歴史はそれよりも広く,それと具わ,それに素材を提供するという一つの 意味でそれに補助的なものである。次に,歴史それ自身は,厳格な意味で科学でないo 我舟はまず,歴史をそれ自身の為に探究する近代歴史家のaCCurateな額察に依拠して の軌. 現業紅生起するも のの世界に進み得る.但し,歴史は科学的,即ち.accurateで.

(16) 16. 発. 智. 正. もし我々の歴史の大部 分が政治史と越される故に,歴史の研究と政治学の研究が同一であるとするならば,その systematicであるかもしれないが,. accuracyは科学でないo. how. 主張は政治学が科学でないことを示す。また,一連の事実の知識としての歴史は,. を告けpるがwhyを-告けp患い。. Rous8eauの「民約論」が歴史的経験をしばしば無視し. ながらも大きな影響力を持ったのは,. Montesquieuが事実を捷示した所で,原因を求 Montesquieuに従って,多く. めたからである。しかし我々は原因を説明するときに,. の経験とその比較研究に支持を求めねばならなV,。そのとき歴史が有用であるべきなら ば,政治学はその独自の方法をもって自らの素材を選択し,統括の可能孜限られた事物 について法則を求めねば怒らない.何故なら,科学による歴史からの概括は選択的でな ければなら患いoすべての科学の仕事は,ある単純化を含み,仮説に依拠する。科学者. が為し得ることは,ある仮説を置き,その帰結を示すこと,そして彼の仮説が硯其の状 況に一致するか否かを発見する為に,歴史に,事実に帰ることである。 政治学は経済学に似て,しかし歴史とは異って,それが通用されるときに社会的病息 の治療をもたらすような,ある確昏Eされた法則の樹立をめざすことに患いて,. -の科学. であるoかくの如ぎ実証科学であわ予言の科学である政治学の形成は,現代の最大の実 際的要求であるが,我々はその際,歴史の哲学という深遠な考察を棄てるとともに,--. の歴史の科学という望を棄てねばならないo科学としての政治学は,人間経験の限定さ れた一部分を抽象的に処理するのであり,その為にはまず,政治学自身のカ港が探求さ れねばならない(註3)0. なあCatlinは政治学の対象を国家とする想定を,次の如く批判する。近代的意味で の国家は中世に存在せず,. AristotleのPolisは国家よわも都市Commumityと称す society或はCommunityとの園係. べきであったという事実にもかかわらず,国家は<. から離れて,それ白身科学の対褒に値する特殊の組織体であるとされる。この想定はも. と,国家と相競う教会に対する論争の為に主萌された,-の大きなf)etitio. principiiで. ある。まずAristotleとともに政治をcommunityの諸活動とし,次にHegelとと もv= CommunityをStateと同視し,そし七政治を国家の活動と定義する.吏妃また, 科学は比較の可能な無数の事例の研究に基づくことを必要とするから,政治学が科学で. あるべきならば,文明の異った比較し得ない段階に怠ける60余の国家の研究で恵く, 毎日無数に反覆される政治的行為の研究に基礎を置かねばならない(証4)0 (註1)、. G・E・G・. Catlinほ彼の書物,. The. science. and. method. of. politics. (1927),の序文で次. の如くいう。万能なる国家権力の理論に対する,政治的多元主義の批判は,統治過程の事実を realisticに示すキとによっても為されたが,しかし政治的多元主義者ほ彼等自身のdogmatism. をもって,特に_Tudor絶対主義及びI9低紀ドイツと結合しているdogmaを攻撃したo彼 等の政治の研究ほ1iberal. philosophyの野点から,倫理的により優れているかもしれないが,. しかもなお倫理的哲学の視点から為された.しかし我々ほ理想を論究する前に,歴史が可能で. あると示すものを.公平に,念入りに研究しなければならない。そしでCatlinほ本妻の四分 の-を,歴史の性質と利用についての考察にあてているoその際まず歴史家の種々なる方港を,.

(17) MoralistsとArtists,. 17. Seeleyの政治学講義. Robert. John. philosophers,歴史をそれ自身の為に書く人々について考察する.そ. の後に,他の見地の価値を否定するのでないが,本書の関心は,歴史を科学に素材を提供する ものと見ること,かかるものとしての歴史の有用性を主張することにあることを示すoその際 次の如き見解を見いだす。すべての論証は,変化し,しかし繰返す経験の昏界についての我々 の知識から為されるのであって,歴史は繰返さないという格言が厳格にとられると,経験に基 づくすべての知識は無効になるであろう。或ほまた,歴史ほそれが我々の実際問題との接触が なくなるにつれて価値があるとされるなら,歴史ほ詩に近似することが暗示される。しかし詩. でなゝ:,寧史臥その実際的価値についての確信をもって処理されるべきであるoこのことば真 面目に,比例の感の下になされねばならず,最近の事件のみに関心せよとの不合理な童求を示 すのでないが。. (註2). Catlin‥前掲書p・142. (註3). Catlin:. The. historyから.なお,. science. Catlin; and. A. method. studyof. theprinciplesof. of Politics・主にPart. 1930・. I・占bap・皿・ the. p・19-20 uses. of. Catlinは次の葦で,政治学の科学化の可能性について,多くの問題点を. 考察している。筆者ほ充分に考察するカを持たないが, の研究はhuman. politics・. Catlinによれば政治学者にとって歴史. methodの研究と為ることのみ記すo政治学者の第一の仕事は人を知ること. である。その際に,自由意志論と決定論についての哲学の問題としてでなく,方法の問題として 人間の行動は先行する状弥こよって決定されるという仮説を採ること,及びJE)理学者によって 供給される結論のうちから,彼が自らの領域を明らかにする為に特に有用である如き心理学的 仮説を選択し人間性の劃一性を想定することは許される.-この主張は少くともMachiavelli やHobbesの如き過去の優れた政治学者の精神と一致する.更に政治学者ほ人のみでなく事実 を知らねばならない.その際彼の閑Jbほ,無限に変化する事件の流よりも,より恒久的な社会 的構造と,この恒久的な事実のもたらす帰結の探究にある。その為に彼ほ歴史を顧み,社会的. 構造の過去と成長を知らねはならない。哲学的に考察するならば,歴史ほ決して繰返すことの ない独得の事件に関するものとされるかもしれない.また全体としでの状況は繰返さず,この ようなものとしての歴史或は経験についての科学は存在しないo. しかし政治学がpragmatic. に同じものとして戟扱うのに充分なはどに近似している社会的状況を想定することほ許され る.そして近似的な状況をこ直面しているときに,人々は近似的な方法で対処すると想定するこ とほ許される。政治学者ほ,この繰返す方法一社余生括における形式-を語Bt]し,それを. 彼が歴史を説明する時に用いなければならないo (註4). Catlin:革掲書p・139-141・. Catlinによれば,. は,歴史から期待されるものの性質にある。. 20聴紀における歴史への関心の新しさ. Catlinほ,社会生活に生れる災厄の結果をいかに. 予言しそれに対処するかという問題の解決を求めて歴史に向い,前述の如く'その筈が&.るな らば.それほ歴史でなく政浄学のうちにあると考えた.そのとき彼ほ,国家の歴史でなく,人 間行動ゐ記録としての歴史に行き,彼の政治学ほ国家の学でなく,人間の政治的行動における 方法の科学である.彼ほ政治学の対象としでの政治の定義を求めで,. communityの生活の一. 側面,政治的面に関心する.そして-の構造^tしての社会の研究ぼ,単純な政治的行為とその 方漠の探究が為されるまで待たねばならないとしで,社会や団体からでなく,まして社会宥横 体からでなく,個人の行為から田発し,まず人間の行為一段から政治的行為をisolate■するo このCatlinの見解によれば,国家とその諸問題の重要性ほ,他の無数の社会団体のそれと伺.

(18) 18. 発、智.正. 三. 郎. -の水準に沈み,更に政治学の探究ほ,深く政治的行為の顔泉に赴かねばならない。 付. 記. Seeleyの政治学講義の目的は,何よわも自己の方法を示すことに参った。諸家の見解 のうち・. Barkerの見解については,政治思想史の学殖深いBarkerが,. PlatoとAris-. totle以来の伝統を継承して,政治学に課する課題の高さを臆測するのみであるo. Catlin. _VFついても,筆者の理解が充分でないことを危供するが,以下にSeeleyの方法に対す るCatlinの批判について顧み,次にSeeleyの政治学が持つ意義について記したいo Catlinは政治学を形成しようとしてます歴史に行く。そして歴史を政治学の素材と. 見るならば,単なる記述革は年代記としての歴史という考は棄てられねばならないとい ラ.筆者は,ここにSeeleyの見解との類似を認め,興味を覚えたoしかしCatlinは. その際・いかなる目的をもって歴史に向い,歴史からいかなる政治学を形成することが 適切であるかという重い間を発している.そしてこの序でCatlinとSeeleyは異なる 立場にたつo. Catlinは社会的病患の治療法を求め,政治学の科学化に金力を傾注する... 彼は在来の政治学が自由の如き題目についてのeSSaySと男女学の集横であるか,そう. でなければ政治史或は憲法史と混同されてきたことを指摘し,政治学を隣接諸科学と並 んで独自の法則科学とすることをめぎす。また政治学が国家と政府のみ忙関心すること は,.英国でも殊に今世紀になって, Catlinのみならす政治的多元主義によって批判され 潅が,これは周知の如く,何よわも前世紀末以来の社会状況の大変動,大衆民主政の政 治状況の発生に因由する。他方Seeleyは,歴史的知識の蓄積を持つ歴史家であった。 そしてそれを秩序に帰すペき,いかなる概括も可能でないならば,この歴史の宝庫をい かにすべきかと問い,史学と不離なる政治学の形成に向う。ここにSeeleyの特質があ ると息う.その際彼に患いては,一般史は即ち政治史であった.そして彼の政治学の対. 象についての見解を顧みると;彼の政潜撃とその根である歴史研究は,問題設定と対象. 選択という根本的&,点で,彼の国家の餅念により規定されているといえよう。因ふに, この観念は彼のすべての著作を二貫く-の観念である。また彼の政治学は厳に国家と政府 のみを対褒とし,彼の分類自勺考察も承認された政治制度に関するもので,形式的制度の下 CatlinとSe早1ey に隠されている優趨的勢力に注目するものでない。以上の点から見て, が,科学としての政治学を歴史から或は歴史のうちに形成しようとするにしても,両者 の構想には大きな差異があることにまず注目しなければならぬと患う0 科学としての政治学の方法について. ないが,潜そらく. 筆者は科学がいかなるものか充分理解してい. Catlinもいう如く,仮説に基づき,人間経験の限定された領域で法. 則を求めるものでないかと患う.そうであるなら,科学としての政治学は歴史的専業を 政治的事実ならしめる方法と仮説を探究し急ければならなvl。他方,.. Seeleyが彼の政. 治学即ち国家に関する帰轟軸勺科学の方法を説明する所を顧みると,彼の説明の申横とな っているものは,政治学に素材を提供するものとしての史学の研究方法であるといえる. と息r5-o-彼の第一の公理の下紅構想された政治学の方法として, ・こあことは当然のこと.

(19) John. R'obert. 19. Seeleyの政治学講義. であろう。そしでとの政清学か科学的で爵rる理由政,生物学との類推に求められているo 歴史現象を自然現象と同様咋法則をもって解し,歴史それ自身を単なる記述から理論把 進めること妊可能であるか。筆者は考察するカを持たない。 しかし,歴史からの概括が,厳密な科学法則たり得るか香かは,. Seeleyの主たる関心. ではなかったと患ラ。硬の主張の核心軌第一の公理に基づき,政治学を確証された史 実の堅固な基礎の上に置くことにある.この第一の公理即ちSeeleyの恒常的確信のう. ちに包含されている二面の主張は,若干顧みた如き政治学者の批判を招v,た.そして潜 そらくまた歴史学者の多くの批判を受抄たであろうoまたこの公理に基づいて政治学を -の体系として完成することは至難のことであろうoしかし′Seeleyは彼の講義で,こ 「LockeとHobbes・,そしてMontesquieu の公理の適用例を力強く,明瞭に講述した。 の如きpolitical. spectllatorsの著作に,時に示される歴史からの引証は,彼等の時代 に健全な歴史的知識がいかに乏しかったかを示す.事冥,我々が歴史と呼ぷ殆んどすべ. ての一ものは,彼尊よわ以後に生れた。現世代は科学の為紅利用し得る歴史的知識の倍額 し得る宝庫を持つ。」 (政治学p. 28-29)そして, 政治問題に適用・されたa. historical. [英国膨張論」は,. ∵彼の公理が重要忽. 更に「政治学」で彼はそれを国家. essayを示すo. の分類の試みに適用してAristotle以来の分類を批判する。その際,倫理的政策的考慮 を排除し, Aristotleの真正な国利とそれから逸脱し牢国制の区別を考慮の外に置くo 言葉・を明確に定義したり,史実を類別する為に透徹した推理を行うが,先験的急患弁把 陥ることを避けるoそして例えば自由の原理による分類についての一般原則を示し,:或 は立憲国家と専制国家の分類の基礎となる原則を英国憲政史の概括から導く。その際こ れらの原則が, 多くの例外を持ち,或は時と所に相対的なものであることも彼が指摘す. る所であった。かくてSeeleyは歴史を大観し,また勤勉に集められ慎重に確証された 史実に基づいて,概括の重要な諸典型(patterns)を示すべく努力した.この努力が政 治学に大きな意義を持つことは疑なVl。英国の政治学の発達の上にSeeleyが占める職 位もこのことにあると患う。 な患,. Barkerによれば,. Seeleyの「政治学」は,歴史的比較的方津による政治利彦. の比較研究にぉける,多少貧弱であるが先巌的な業績の一つであるとされるoそしてこ Bryceによって成就されたという(読)o の分野に潜け・る大なる成果は後にJames 知の如く,. Bryceは「Modern. Democracies」で,. 周. 「事実,あくまで事実,事実が与え. られるならば我々娃そこから推理を試み得る」と述べるが,それはまたSeeleyの方法 の核心であった。. Bryceもまた,偏見を避け,政治理論に多くの囲心を示さず,まず. 観察・された事実を記述し,自らの民主政治論を示すよわも,事実そのものをして語らし めんとする。彼は何よわもa. political. observerであわ,. かった。そしてBryceが民主政治の現実の運用を記述するとき,. a. politlcal. thinke-rでな. Seeleyのrealistic. な感度を認め得るoしかし更にBryceの次の見解に注目し舞いo周知の如くぎ彼が各 国の民主政治の比較検討により,三言頁を越える結論を導くとき,それが比較的方津に ょって科学的に為される根拠を恒久的な人間性の把額杵求める。更に鍵は,自然科学と.

(20) 20. 発. 正. 智. 三. 郎. 政治学の根本的差異は,その対象とされる事冥の性質に基づくことを述べた後に,政治 学に科学的性質を与える恒久的基礎は,人間の社会現象の申紅存在する一つの`恒久的 なもの',一つの事実上同」であるもの,即ちHuman Modern. (Bryce:. Demoeraciesi. Vol・. Ⅰ,p・. Nature∼それ自身であるという. 16-17)。その際Bryceはその人聞性の-. 嘩的傾向を歴史,即ち自感的歴史的に異る遺境のうちに生活してきた多くの人々につい ての多年にわたる観察から学ぶというoまた各国民の諸傾向は概略その^種的特質と歴 史に因由することをしばしば指摘し,或はまた政治形態としての民主政治とその下にあ. る諸国虎の知的精神的資質や幸福との関係を考察するときにも,歴史の示す所から離れ た恩弁に陥る危険を戒める。例えば以上の如き点で,. Bryce. が民主政治一般について. Seeleyに類似i・るものを認め得ると患うが,しかし人間 男緯論を導く推理のうち紅も, 嘘につVlての考察を政治学の基礎とする見解は, Seeleyにはないものと患う.因みに Catlinも政治学者の第一の仕事は人を知ることであるといい,また制度の成長を理解 L,その原ErJを発見する為には^間性の劃一陣を想定する必要を認める。その際彼は, Bryceの如く人間性が事実上同一であると想定せず,歴史を解釈する仮説としてa political. manを想定するが,ともかく彼も科学としての政治学は八街陰についての一. 定の見解を欠き得ないとしている。この点で,. Seeleyの政治学は人間を無意識的に政. 治的有機体に所属する商で把達する。またSeeleyの歴史的方法め-特質壮,政治的進 化の大綱を把達するとき,国家とその制度の発展に園心し,その発展に影響を及ぼす外 的事実に主として注目することにあると患う。. (課). Ernest. Barker:. Political. thought. in. England,. 1848. to. 1914.. p.173..

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