般若経における六波羅蜜説
妹
尾
匡
海
問
題
の
所
在
初期大乗仏教の諸経典を検討するとき、そこにはさまざまな思想、信仰の流れがあり、ひとつの思想についても さまざまな受容と展開のあった乙とが認められる。初期大乗仏教経典に現れる六波羅蜜説も単一なものでなく、種 種のもののあったことが確かめられるが、その流れをみるとき、 (A) 六波羅蜜の各支を平等にみる立場 般若波羅蜜のみを特に重視する立場 ( 同 との二系統に分けることができると思われる。すなわち、ω
の系統に属する後漢代訳出の諸経典としては﹃阿関仏 国経﹄﹃沌真陀羅所間如来三味経﹄﹃法鏡経﹄﹃成具光明定意経﹄等を挙げることができるが、これらの経典にお いては六種の波羅蜜行が菩薩の実践道として平等にとりあげられており、六種の中のひとつの波羅蜜を選んで特に 重視するということがない。すなわち、六波羅蜜の各支が並列的に立てられ、その実践が説かれるのである。 次に倒の系統のものとしては、 ﹁般若波羅蜜﹂受持の信仰を強調し、この無自性空を内容とする般若波羅蜜を中 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 九梯教大事大事院研究紀要第八競 四 0 心軸として展開する六波羅蜜の実践を説く般若経経典群の名を挙げることができる。 ① この二系統の区分についてはすでに平川彰博士等によって指摘されている通りであるが、いずれの系統が六波羅 蜜の源流的思想かという問題についてはさまざまな説が提出されており、今日まで決着をみていないといってよい。 すなわち、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若の六種の波羅蜜の中から般若波羅蜜の優位性が認められ、然るの ちに般若経に説かれる般若波羅蜜として発展した、あるいはまず最初に般若波羅蜜が出現し、その般若波羅蜜の展 ② 聞として他の五種の波羅蜜が順次立てられていったというこつの学説が対立しているといってよいと思われる。 拙稿は、般若経における六波羅蜜説について考察することを目的としているが、乙のテ
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マ自体がすでに六波羅 蜜説の源流に関する問題を含んでいると思われる。般若経においては、般若波羅蜜を六波羅蜜の組織の根元的中心 として据えているのであるが、乙の場合、般若波羅蜜以外の五波羅蜜を肯定的方向に位置付けているのか、それと もむしろ否定的方向に位置付けているのかという問題は、六波羅蜜説の源流に関する考察にとって重要な示唆を与 えるものであるからである。般若経においてはその方向は単一なものでなく、複数の思想が混在しているといって よいであろう。したがって、基本的にはどちらの方向に向かっているかという考察がなされねばならず、その場合、 テキストの発達段階の問題が充分に考慮されねばならぬであろう。 また、従来の般若経研究においては、六波羅蜜の体系を無自性空という般若波羅蜜の立場からのみ考察する傾向 が強いと思われるが、拙稿はあくまでも実践道としての六波羅蜜が般若経においてどのように位置付けされている かという観点から、般若経そのものの発達を踏まえつ﹀、そこに現れる六波羅蜜説の変遷乃至発達を考察してゆき たい考えである。小品系の六波羅蜜説について
般若経経典群、すなわち大般若経十六会のうち雑部般若経を除いた初会から五会にいたる般若経の中で、四会及 び五会が小品系としてまとめられている D この小品系般若経には各時代の異訳があり、これらの諸異訳を比較検討してみると党本の内容自体に変化のあっ ③ たことが知られるのである。 また、八千領般若経焚本にみられる増広の形式、すなわち繰り返えしゃ法数の羅列などの形式が、大品系般若経 たる二万五千領、一万八千領党本と差異の認められない部分が出でくることから、小品系の内容を指摘する場合に はその最古訳である﹃道行般若経﹄の内容を検討する必要がある。こうした点から、般若経における六波羅蜜説を 考察する場合もこの﹃道行般若経﹄を根本的な資料として見てゆかねばならぬであろう。 現在の﹃道行般若経﹄三十品の成立については種々の説があるが、それらを総合して一応の基準を示すと、およ そ次の三期の発展段階を経て成立したものと考えられ句。 第一期 ﹁道行品﹂及び﹁難問品﹂に相当する基本的なテキストの成立。 第二期第一期テキストに、 ﹁功徳品第三﹂から﹁累教品第二十五﹂までが追加増広。 第三期 第二期までのテキストに、 ﹁不可謹品第二十六﹂から﹁嘱累品第三十﹂までが追加され、現存の﹃道行 般 若 経 ﹄ が 成 立 。 今、これを一応の基準としながら﹃道行般若経﹄に現れる六波羅蜜について検討するとき、乙の六波羅蜜の説が 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 四梯教大皐大皐院研究紀要第八挽 四 ﹃道行般若経﹄の三期の発達段階にともなって次のごとく変化していることが確認される。 すなわち、一般に﹁原始般若経﹂と呼称される基本的な般若経にその一部が相当すると見倣されている﹁道行口問 ⑤ ﹁第一期テキスト﹂として﹃道行般若経﹄の中でもっとも早く成立したものである。 第 一 ﹂ は 、 この﹁道行口問﹂を見たとき、般若波羅蜜の意義乃至功徳等が圧倒的とも言いうる多彩な表現をともなって端的に かつ鮮明に示されるのに対して、六波羅蜜の語はこれをどこにもみいだすことができないのである。初期大乗仏教 を特色づける語句の重要なものが多く盛り込まれているとされる﹁道行品﹂において、このことは注意されてよい と 考 え ら れ る 。 さ ら に 、 ﹁難問品第二﹂においても六波羅蜜の語は現れないのであり、般若経の原型を含んでいるとみられる ﹁ 道 行 品 ﹂ ﹁難問品﹂の二品は、六波羅蜜についてまったく洗黙しているのである。 六波羅蜜の語が﹃道行般若経﹄に現れてくるのは、 ﹁第二期テキスト﹂の増補部分、すなわち﹁功徳品第三﹂か ら﹁累教品第二十五﹂にいたる二十三品の段階においてであるが、この二十三品の前半部分と後半部分との間で六 波羅蜜の記述内容に変化のあることを指摘しておく必要がある。 すなわち、般若経における六波羅蜜説の際立った特徴であるところの、般若波羅蜜が他の五種の波羅蜜のすべて を摂するという表現は、この二十三品の前半部分、すなわち﹁功徳品第三﹂から﹁本無品第十四﹂の聞に特に集中 して現れるのである。 ﹃道行般若経﹄において六波羅蜜の語が最初に現れるのは、乙の前半部分の冒頭﹁功徳品第三﹂においてである が 、 そ の 内 容 は 、 般若波羅蜜を受く者は悉く六波羅蜜を受く。このごとく拘翼よ、般若波羅蜜を受く者は悉く六波羅蜜を受くと
@ 為 す 。 というものであって、六波羅蜜の内容についてはなにも説明されず、た Y 、般若波羅蜜が六波羅蜜を代表し、他の 五波羅蜜を統轄するものであるということだけが唐突に宣言されるのである。続いて六波羅蜜の各支が﹁功徳品﹂ の後半において示されるが、その内容は、 阿難、仏に白して言さく。檀波羅蜜を説く有るなく、また、戸波羅蜜を説かず、また惟逮波羅蜜を説かず、ま た禅波羅蜜を説かず、また是の名を説く有るなく、但だ共に般若波羅蜜を説く。何をもっての故に。仏、阿難 ⑦ に語りたもう。般若波羅蜜は五波羅蜜中において最尊なり、と。 というものであり、五波羅蜜の立場からいうならば、五波羅蜜は否定的な方向において示されるのである。 このような表現を見るとき、﹃道行般若経﹄が殻若波羅蜜以外の各波羅蜜を積極的な立場から説く意志のなかっ たことが窺われるのであるが、それと同時に、この表現は般若経の﹁第二期テキスト﹂成立以前に六波羅蜜説が般 若経以外の場所で一般他していたことを前提とするものであると思われる。もし、六波羅蜜が般若経の系統から説 き出され体系化された思想であるとするならば、六波羅蜜について何の説明も行なわず冒頭に否定的字句を連ねる ことはあり得ないからである。また、同じ﹁功徳品﹂において、 ず、持
。
ψ 戒 し 忍辱
し 精 進 し 一心し、諸経を分布し人に教うるとも、菩薩摩詞薩の般若波羅蜜を行ずるには及ば とも表現されており、般若経においては般若波羅蜜を強調する場合、このように般若波羅蜜以外の各波羅蜜を劣等 なものとして位置付けることによって般若波羅蜜自体を高めるという方法が多く用いられるのである。 般若波羅蜜と他の五波羅蜜との関係をもっとも端的に表現している記述としては、 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 四悌教大事大事院研究紀要第八競 四 四 般若波羅蜜は五波羅蜜中最尊なり。誓うれば極大地の如し。種はその中に散じて同時に倶に出て大株を生む。 是の如く阿難よ、般若波羅蜜は是れ地なり、五波羅蜜は是れ種にしてその中より生ず。薩芸若は般若波羅蜜よ ⑨ り成ず。是の如く阿難よ、般若波羅蜜は五波羅蜜中極大尊にして教うる所、自在なり。 を挙げることができるが、これらの記述を見るとき、般若波羅蜜が、布施、持戒、忍辱、精進、禅定の各波羅蜜中 に内在する統一原理乃至指導原理であるとされていることは明らかである。そして、﹃道行般若経﹄において 般若波羅蜜は即ち五波羅蜜の護りなり。般若波羅蜜は是れを護り、五波羅蜜の各の名字を得せしめ判。 と説かれていることは、五種の徳目を波羅蜜たらしめるものが般若波羅蜜であるということを意味し、それはすな わち波羅蜜がそのま﹀般若波羅蜜に他ならないと理解されるのである。 般若波羅蜜を六波羅蜜の中心に置く般若経の思想はこ﹀において﹁波羅蜜思想﹂として展開しており、その思想 的完成を認めることができると思われる。 ところが、二十三品の後半部分、すなわち﹁阿惟越致品第十五﹂以降に現れる六波羅蜜の記述内容を検討すると き、それが前半部分と徴妙に違ってきていることが確認されるのである。すなわち、般若波羅蜜のみを重視する前 半部分に対して、後半部分ではそれと同時に六波羅蜜自体をも積極的に説き示すという姿勢が現れてくるのである。 ﹁善知識品第十九﹂では須菩提が菩薩摩詞薩の善知識について仏に問うのであるが、これに対して仏は菩薩の善 知識として、仏・般若波羅蜜・六波羅蜜の三を挙げている。乙の六波羅蜜に関する部分を見ると、 六波羅蜜、是れ菩薩摩詞薩の善知識なり。当に是れを知るべし。六波羅蜜は是れ舎但羅なり。六波羅蜜は是れ 道なり。六波羅蜜は是れ護りなり。 ︵中略︶過去の恒薩阿喝阿羅詞三耶三仏は皆、六波羅蜜より生ず。甫当来 の但薩阿掲阿羅詞三耶三仏は皆、六波羅蜜より生ず。今現在十方阿僧祇剰の但薩阿喝阿羅詞三耶三仏は皆六波
@ 羅 蜜 よ り 生 ず 。 と説かれており、また、 ﹁累教品第二十五﹂には次のごとく説かれている。 菩薩は仏道を得んとほっすれば、当に六波羅蜜を学ぶベし。何をもっての故に。六波羅蜜は是れ菩薩摩詞薩の @ 母 な り 。 このように、二十三品の後半部分においては六波羅蜜に関する記述が肯定的な表現へと変化していることが知ら れるのである。勿論、般若波羅蜜が六波羅蜜にその位置を取ってかわられるというのではない。後半部分において も般若波羅蜜は重視されるのであり、 @ 菩薩が般若波羅蜜を学ぶ時、諸波羅蜜は皆悉く属す。 といった表現はこれを諸所にみいだす乙とができるのである。であるから般若波羅蜜の優位性はあくまでも維持さ れているわけである。しかし、それと同時に後半部分の特色として六波羅蜜そのものが菩薩道として説き示され強 調されていることもまた見逃しにできぬ事実であろう。すなわち、 ﹁第二期テキスト﹂で増補された二十三日間の前 半部分では般若波羅蜜以外の五波羅蜜が否定的な方向でのみ説かれるのに対して、後半部分ではそれらが肯定的な 立場から説かれていると言い切っると思われる。
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次に、﹃道行般若経﹄における布施、持戒、忍辱、精進、禅定の各波羅蜜のとりあげ方を検討することによって、 さきに述べた後半部分の﹁肯定﹂の内容について考察しておく必要があると思われる。 拙稿が繰り返して指摘しているごとく、 ﹃道行般若経﹄では般若波羅蜜以外の各波羅蜜についてこれを特にとり あげて説くところはほとんどないといってよいのである。しかしながら、それらに関する記述を僅かでも求めてみ 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 四 五悌教大事大事院研究組要第八挽 四 六 ると、それがこの﹁第二期テキスト﹂増補部分の後半、すなわち﹁阿惟越致品第十五﹂から﹁累教品第二十五﹂ま での間に集中していることが知られるのである。 初期大乗仏教における戒波羅蜜の内容は十善道であるが、 ﹃道行般若経﹄では﹁阿惟越致品﹂において十善道が 説かれている。しかし﹃道行般若経﹄ではこの﹁阿惟越致品﹂で十善道が示されながらも、それが戒波羅蜜の内容 であることを明示する語をみいだす乙とができないのである。戒波羅蜜が具体的に十善道を指すことを明確に述べ れ て お ら ず 、 ま た 、 るのは大品系般若経の系統においてである。小品系たる﹃道行般若経﹄では十善道と戒波羅蜜とが明確には結合さ ﹁阿惟越致口問﹂以外の個所においても戒波羅蜜の内容を示すと乙ろはないのである。 次 に 、 ﹃道行般若経﹄が布施波羅蜜及び忍辱波羅蜜について触れるのは﹁但喝優婆夷品第十六﹂においてである。 菩薩は大劇難たる虎狼中に至る時、終に畏怖なし。心に念言すべし。設え我れを峻食する者有るも、当に布施 を行じ檀波羅蜜をなして阿蒋多羅三耶三菩に近づかん。願わくば我れ後に作仏せんとする時、我が刻中に禽獣 道なからしめん。菩薩は賊中に至る時、終に怖懐なし。心に念言すベし。正に我れ賊に殺されしむ所となりて も当に我れ膜意あることなし。忍辱を具して麗提波羅蜜を行じ、阿惟三仏に近づくべし。願わくば我れ後に仏 ⑬ を得ん時、我が刻中に盗賊ある乙となからしめん。 と説かれているのがそれであるが、乙﹀で注意すべきことは、乙の﹁恒掲優婆夷品﹂が浄土教関係の面から注目さ れているごとく菩薩の誓一願について説くことを主題としていることである。 乙﹀に説かれる菩薩の誓一願は五項目から成っているが、その内容を要約すれば次のごとくである。
ω
我れ仏となりて後、我が剥中に禽獣道なからしめん。 ︵ 無 禽 獣 道 ︶ω
我れ仏となりて後、我が刻中に盗賊あることなからしめん。 ︵ 無 有 盗 賊 ︶我れ阿惟三仏を得て後、我が刻中皆水奨あらしめ、我が刻中の人悉く薩芸若八味水を得せしめん。 ︵ 八 味 浴 地 ︶
ω
我れ精進して阿惟三仏を得る時、我が刻中ついに穀の貴きことなからしめ、我が刻中の人、願う所、飲食を 求むる所、悉く前にあらしめん。︵飲食自然︶ 精進を行じ阿惟三仏を得て、我が剃中に悪歳疾疫者あることなからしめん。 ︵ 無 有 疾 疫 ︶ (5) すなわちこの誓願説において、布施波羅蜜は﹁無禽獣道﹂と対応し、忍辱波羅蜜は﹁無有盗賊﹂と対応しており、 ⑮ 精進は﹁飲食自然﹂及び﹁無有疾疫﹂と対応して示されているのである。 この誓願説については、望月信亨博士が﹁浄土教の起源及発達﹂において論じられているが、最近、この般若経 い る 。 す な わ ち 、 ﹃阿閑仏国経﹄との関連から導き出されて来たものとみる意見が提出されて ﹃阿閑仏国経﹄に説かれる菩薩の誓願と﹃道行般若経﹄に示される菩薩の誓願とは一致しており、 の誓願説が般若経自体からではなく、 これについて、両経における記述の前語関係及び﹃道行般若経﹄から﹃仏母般若経﹄に至る小品系般若経内におけ る五願の発達という観点から検討してみた結果において、小品系般若経における五つの誓願説が﹃阿関仏国経﹄の ⑮ 中から導き出されたものであるとする説がそれである。 ﹃阿閥仏国経﹄においてはとくに忍辱波羅蜜が重視されており、阿関仏自体が忍辱波羅蜜を神格化したものと見 ⑫ 倣 さ れ て い る が 、 一 方 、 ﹃道行般若経﹄が、五願について述べる個所以外に忍辱波羅蜜について述べるところがな い点からみて、またさらにこの﹃道行般若経﹄の五願の記述が﹃阿関仏国経﹄から導びき出されたものであるとす す な わ ち 、 ﹃道行般若経﹄自体としては、忍辱波羅蜜を積極的に説く意志はなかったとみなければならぬであろう。 ﹃道行般若経﹄においては、誓一願説の導入にともなって忍辱波羅蜜に関する記述も導入されたとみら る な ら ば 、 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 四 七悌教大事大皐院研究紀要第八競 四 八. れ る の で あ り 、 ﹃道行般若経﹄自体は忍辱波羅蜜について何も諮っていないに等しいと思われる。 百 凪 以上の諸点をあらためて考察すると次のごとくである。 まず、最初期の菩薩の波羅蜜行にはさまざまな流れがあり、その中で複数の思想が成長しつ﹀あったと思われる。 たとえば、説一切有部の﹃大毘婆沙論﹄に、施、戒、精進、般若の四波羅蜜が説かれているが、論ではそれに忍と ⑬ 静慮を加えた外国師の六波羅蜜説に触れ、さらに前の四波羅蜜に聞と忍を加えた別説をも招介しているのである。 また南伝系統においては三波羅蜜、十波羅蜜、三十波羅蜜等の種々の波羅蜜説が説かれているが、乙の南伝の波羅 蜜説と北伝の波羅蜜説とはその内容も修行の期間も異っており、両者の聞に関連性のなかったことは明らかである ⑬ と 思 わ れ る 。 このように波羅蜜説の系譜は混沌としていると言いうるが、そのような複数の流れのなかにおいて六波羅蜜説と 般若波羅蜜説の二説がともに有力な思想として成長していたと思われるのである。すなわち、六波羅蜜の中から般 若波羅蜜が選び出されたのでもなく、また、般若波羅蜜から他の波羅蜜が立てられ六波羅蜜としてまとめられたの でもなく、それ以前の混沌とした段階から一支流として六波羅蜜説が構想され、また、別の一支流として単立の般 若波羅蜜説が構想され、ともに成長しつ﹀あったと思われる。 般若経の﹁基本テキスト﹂に相当するとみられる﹃道行般若経﹄の﹁道行品﹂ ﹁難問品﹂が六波羅蜜について何 も述べていないのは、 ﹁基本テキスト﹂がこのような段階において構想されたことを背景とすると思われるのであ る 。 このような例は、大乗仏教の最初期に成立したといわれる﹃金剛般若経﹄にもみられるのであり、乙の経典では
般若波羅蜜と忍辱波羅蜜のみが説かれ、他の波羅蜜はまったく現れないのである。 このことについて、静谷正雄氏は、菩薩の行が六波羅蜜として一般化される以前の段階で﹃金剛般若経﹄が成立 @ した可能性を示すものと見ておられる。 ﹃道行般若経﹄の﹁基本テキスト﹂を﹃金剛般若経﹄の場合と同列に論じることはできないが、やはりそれに似 た段階の状況において﹃道行般若経﹄の﹁基本テキスト﹂は成立したものと思われるのである。 次に、﹁第二期テキスト﹂の増補段階に至って俄に、布施、持戒、忍辱、精進、禅定の五波羅蜜との対比のもと に般若波羅蜜の優位性が主張されるのであるが、それは吋道行般若経﹄の﹁基本テキスト﹂それ自体から発達した ものとは考えがたいと思われる。 ﹃道行般若経﹄の﹁第二期テキスト﹂が﹃阿閑仏国経﹄の影響を受けていることについては干潟竜祥博士 @ 等の研究によってもほ Y 明らかであるが、この﹃阿閑仏国経﹄の六波羅蜜説には般若波羅蜜のみを特に重視する思 こ の 、 想は見られず、六波羅蜜の各支は平等に説かれているのである。また、﹃阿閑仏国経﹄以外の大乗諸経典にも般若 波羅蜜を特に重視せず、六波羅蜜を平等に立て﹀説くものが多く存することから、当時、菩薩の実践道として六波 羅蜜を平等に説く思想が一般化していたであろうことが推察されるのである。 そうした点から、般若経が般若波羅蜜を説く場合、他の波羅蜜よりも般若波羅蜜が優位にあるという乙とを繰り 返し強調し、それを理論化する必要があったと考えられるのである。 さらに六波羅蜜は大乗菩薩の実践道であるという観点から、その実践内容は具体的に示されねばならぬ必要があ ったはずであり、事実、初期大乗の諸経典が六波羅蜜各支の内容について明示しているのである。一方、これに対 して﹃道行般若経﹄はすでに指摘したごとく、六波羅蜜の実践を具体的に説示する経典ではない。六波羅蜜の語は 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 四 九
梯教大事大事院研究紀要第八披 五 0 列 挙 さ れ る が 、 ﹃道行般若経﹄には六波羅蜜の実践に関する記述がまったく欠如しているのである。こうした点か らも﹃道行般若経﹄は六波羅蜜を積極的に説く意志がなかったと考えざるを得ないであろう。 次に、この﹁第二期テキスト﹂の増補部分の後半、すなわち﹁阿惟越致品第十五﹂以降の品では六波羅蜜そのも のが説示されてくるのであり、その意味において、前半部分と一線を画すものであるとみなければならない。すな わち、般若波羅蜜以外の五波羅蜜が﹁否定﹂の方向から﹁肯定﹂の方向へと転換して示されるのである。 この後半部分がどのような背景のもとに構想されたのか﹃道行般若経﹄自体からは窺いえないのであるが、た Y 、 すでに述べたごとくこの場合やはり﹃阿関仏国経﹄等に示される六波羅蜜説の影響のもとで構想されたものと思わ れ る 。
大品系の六波羅蜜説について
大口問系般若経はおよそ次のような発展段階を経て成立したものとみられている。 すなわち、般若経の根本たる﹁基本テキスト﹂が﹃阿閥仏国経﹄等の影響のもとに﹁第二期テキスト﹂へと発展 し、これにジャl
タカの﹁常時菩薩本生﹂等が取り入れられて現存の小品系たる﹃道行般若経﹄の原型が作られた のであるが、この時に大品系般若経の原型も成立したものとみられているのである。 すなわち、大品系般若経の﹁基本テキスト﹂は、般若経の﹁第二期テキスト﹂及び﹁第三期テキスト﹂すなわち 後に小品系の基本となる﹃道行般若経﹄の原型テキスト、それにその他の数種の大乗的な教義の三者の影響を受け @ て構想され、これがさらに現存の﹃放光般若経﹄として発達成立したものとみられているのである。大品系般若経は、小品系般若経を先とし、それを土台として作られていったとされるのであるが、形式の面から ⑧ は次のような相異が指摘されている。 大品類は小品類の最初の一口聞を二十数品に増大した点。 大品類は小品類の終りから第三品の前に約二十品を加えた点。 すなわち、乙の二点にのみ大品系と小品系との相異が認められるのであり、その他の部分は増広や思想の発展など は見られるにしても、説かれる主題や順序は一致しているのである。 大口問系般若経の﹁基本テキスト﹂の成立を促したのは、般若経の﹁第二期テキスト﹂であるが、乙れは﹃道行般 若経﹄では﹁功徳品第三﹂から﹁累教品第二十五﹂までの聞に相当するものである。これをさらに二分して﹁功徳 品第三﹂から﹁本無口問第十四﹂までに示される六波羅蜜と、﹁阿惟越致品第十五﹂から﹁累教口問第二十五﹂までに 示される六波羅蜜とではその説く方向が変化しており、これについては前章において考察した通りである。 一方的に般若波羅蜜のみを強調して説く前半部分に対して後半部分では、この般若波羅蜜を含む六波 羅蜜それ自体を重視する傾向を見せてくるのであるが、この﹃道行般若経﹄の﹁阿惟越致口問﹂以降﹁累教品﹂まで の六波羅蜜と、大口問系たる﹃放光般若経﹄の六波羅蜜説を対比するとその六波羅蜜の位置付けが合致していること す な わ ち 、 が 明 ら か で あ る 。 ﹁放光品第一﹂では最初に世尊が数億百千の光明を放ち、その一々の光明が千葉の金色の宝華に変じ、華々の上 @ に仏が座して六波羅蜜を説くさまが描写され、六波羅蜜の各支の相が示されている。 ﹁大乗とは何か﹂ということについて述べる﹁摩詞術品第十九﹂は大乗仏教全体からも極めて重要な品であるが ⑧ その最初に﹁六波羅蜜は是れ菩薩摩詞薩の大乗なり﹂と示して、まず六波羅蜜が菩薩の修すべき大乗であると説き、 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 五
梯教大事大事院研究紀要第八強 五 その内容を示している。すなわち、 須菩提、仏に白して言さく。何をか菩薩の檀波羅蜜と為すや。仏、告げて言さく。菩薩摩詞薩の布施は薩云若 に応じて内外の有る所を布施す。是の功徳をもって、衆生に施をつくし、衆生と共に阿蒋多羅三耶三菩を発す。 是れを菩薩摩詞薩の檀波羅蜜と為す。須菩提、仏に白して言さく。何をか戸波羅蜜と為すや。仏、言さく。菩 薩は持戒して薩云若に応ずる意を発し、自ら十善を持し他人にも十善を行ずるを教えて侍う所なし。是の為に 菩薩は不批戒にして侍う所なし。須菩提、仏に白して言さく。何をか震波羅蜜と為すや。仏、言さく。菩薩は 自ら忍地を具足し、復た他人に勧めて忍辱を行ぜしめ侍う所なし。是れを菩薩摩詞薩の震波羅蜜を行ずると為 す。須菩提、仏に白して言さく。何をか惟逮波羅蜜と為すや。仏、言さく。菩薩は薩云若に応ずる意をもって 五波羅蜜を廃せず。復た衆生を五波羅蜜に立て﹀侍う所なし。是れを菩薩の惟逮波羅蜜と為す。須菩提、仏に 白して言さく。何をか禅波羅蜜と為すや。仏、言さく、菩薩摩詞薩は薩云若の意をもって自ら沼恕拘羅をもち 諸禅に入って禅生に随わず。復た他人に教えて禅を行ぜしめ侍う所なし。是れを菩薩の禅波羅蜜と為す。須菩 提、仏に白して言さく。何をか菩薩の般若波羅蜜と為すや。仏、言さく。菩薩寧詞薩は薩云若の意をもって諸 法に入らずして諸法の性を観じ侍う所なし。復た他人に教えて諸法に入らずして諸法の性を観ぜしめ侍う所な し。是れを菩薩摩詞薩の般若波羅蜜と為向。 このように小品系では明示されることのなかった六波羅蜜の各支の相が大品系では悉く示されるのである。すな わち、戒波羅蜜の内容が十善を指し、また、精進波羅蜜が六波羅蜜を行ずるための推進的原理として把握されるこ と等は、大品系たる﹃放光般若経﹄の出現によって初めて明らかにされるのである。 とくに布施波羅蜜については、布施波羅蜜が施者も受者も施物もともに空であるという認識に立ついわゆる﹁三
輪 空 寂 ﹂ ﹁三輪請浄﹂の布施を指すことは、大品系において初めて説示されるのである。これについて﹁間観品第 二十七﹂では言葉をかえて次のごとく説明されている。 有我想、有彼想、有施想、是れを三擬と為す。是れを世俗の布施と為す。何をもっての故に世俗の布施と名づ くるや。世俗を離れる能わず亦た世俗の事を出でざるが故をもって是れを世俗の布施と為す。何をか道施と為 すや。三事の浄をもっての故に。何をか三と為すや。菩薩は布施のとき自らを見ず亦た受くる者を見ず其の報 ⑫ を望まず、是れを菩薩の三事浄と為すなり。 こ﹀では、布施は世俗施と道施とに分けられ、道施が無執着の故に﹁三事浄﹂すなわち﹁一二輪清浄﹂の布施であ ことが説かれている。空性にもとづく布施が布施波羅蜜であるという乙とは、乙﹀では波羅蜜が﹁空﹂と同義にな っていると理解されるのであり、乙﹀において般若経的布施の理解が明らかに示されているといってよいと思われ る 。 ][ 小口問系の六波羅蜜が、菩薩の誓願思想と結合されて説かれていることは前章において述べた通りである。乙の、 ﹃道行般若経﹄﹁恒掲優婆夷品﹂に示される五つの誓願は大品系に至って、三十の誓願として拡大されている。 内容自体については、すでに多方面から研究されているので、乙﹀では問題を六波羅蜜と誓一願との関係に絞って 考察を進めてゆきたいと思う。 まず﹃放光般若経﹄ ⑧ く で あ る 。 ﹁夢中行品第五十九﹂に説かれる誓願の要約を列挙し、六波羅蜜との対応を見ると次のごと (1) 資具自然
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布施波羅蜜 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 五悌教大事大串院研究紀要第八強 五 四 (3) (2) 無犯十悪
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持戒波羅蜜 慈心無害||忍辱波羅蜜 (8) (7) (6) (5) (4) 精進無怠i
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精進波羅蜜 無有乱志l
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禅定波羅蜜 無有邪見l
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般若波羅蜜 無 邪 定 取 水 無三悪趣 六波羅蜜全部ω
地平如掌 生死解脱 このように、小品系の誓願説と異り大品系では最初の六願については布施波羅蜜から般若波羅蜜までの各波羅蜜 を順次に配当させ、それ以降の願はすべて六波羅蜜全部と対応させるという極めて整然とした形式で説かれている。 (29) 因みに最初の六願について﹃放光般若経﹄は次のごとく説いている。 菩薩は檀波羅蜜を行ずる時、若し衆生に飢渇する者、衣の不蓋形にして孤貧窮厄し自ら存す能わざる者を見れ ば当に大哀願を起こすべし。我れ阿蒋多羅三耶三菩阿惟三仏を得る時、我が境界に是の輩、因苦の類有ること なからしめん。我が仏土に衣服飲食の具を所有して四天上の如く、切利天第六天王の如く飲食衣服の所有を自 然なからしめん。須菩提よ、菩薩は是の行を作して便ち檀波羅蜜を具足せん。復た次に須菩提よ、菩薩は戸波羅蜜を行じ、若し衆生有りて慈の意なく衆の命を残殺し邪見疑網にして十悪を犯す者を見、短命多病にして威 少なく、醜にして顔色なく形残一顧劣にして極めて下賎の者有るを見れば大悲の意を起乙すべし。我れ戸波羅蜜 を奉行して我れ仏を得ん時、我が境内に是の輩の有ることなからしめん。菩薩は是の如く戒を具足して疾やか に久しからずして阿惟三仏を得ん。須菩提よ、菩薩は屡波羅蜜を行ずる時、若し衆生に瞬、意の意有りて撞杖万 矛瓦石をもちて相加え、たがいに傷殺する者を見れば大願を起こして言わく。我れ当に忍を行じて仏を得るに 至るの時、我が境内に是の輩悪事の者の有ることなからしめん。我が国土中の一切の衆生をして皆同じく慈意 和志し、相視て父の如く母の如く、若しは兄、若しは弟相向いて害することなからしめん。菩薩は是の行を作 して忍を具足し疾やかに久しからずして阿惟三仏を得ん。復た次に須菩提よ、菩薩は惟逮波羅蜜を行ずる時若 し衆生の三乗法において相を起こし、棚田怠にして無精進の者を見れば復た大願を起こすべし。我れ当に自ら勉 めて精進して棚田なかるべし。我れ仏を得ん時、我が国中の衆生をして精進して三乗法を各度脱得さしめん。菩 薩は是の如く精進を具足して疾やかに久しからずして阿惟三仏を得ん。復た次に須菩提よ、菩薩は禅波羅蜜を 一に姪扶、二に撰憲、一二に睦臥、四に調戯、五に疑網を行じ、四禅を離れ四 行ずる時、若し衆生の五蓋の事、 空定を離れるを見れば大意願を起こすべし。我れ当に常に禅波羅蜜を行じ衆生を教化して仏国土を浄めん。我 れ仏を得ん時、我が国土の一切の衆生をして乱志の者なからしめん。菩薩は是の如く禅を具足して疾やかに久 しからずして阿惟三仏を得ん。復た次に須菩提よ、菩薩は般若波羅蜜を行ずる時、若し衆生に悪を犯す者、若 しは俗、若しは道の正見を離る﹀者、無道の事を行ずる者、報無しと言う者、断と言う者、衆生有りと言う者、 是れを作すを見れば大願を起こして言わく。我れ当に六波羅蜜を勤力行して仏国土を浄め、衆生を教化すべし。 我れ作仏の時、我が国土中をして是の輩の邪見の事有ることなからしめん。菩薩は是の如く般若波羅蜜を具足 般若経における六波羅蜜説 五 五
悌教大事大事院研究紀要第八競 ⑧ して疾やかに薩云然に近づかん。 五 六 こ﹀で注目されるのは、小口問般若経のものに比して大品系般若経のものは化他行において六波羅蜜を具足すると いうことが強調されるのであり、さらにこれが﹁浄仏国土﹂という言葉で表明されている点である。これはまた ﹁建立品第八十二﹂にも同様にみいだす乙とができるのであり、すなわちこ﹀では、 自ら六波羅蜜を行じ、亦た人に勧進して六度を行ぜしむ。是の功徳を持ちて衆生と共に仏国浄を求向。 と述べられ、続いて、七宝厳浄、常有天楽、常有天香、百味飲食、身体香潔、恒受快楽、不離禅定の七つの誓願が 説かれている。乙れは内容的にさきの﹁夢中行品﹂に説かれる誓願と同等のものと見倣してよいものである。 この七願の各々は六波羅蜜の各支とは対応させられていないのであるが、最初に六波羅蜜を行じて衆生と共に仏 国浄を求むと語られる点から、七願のすべてが六波羅蜜に対応させられていると理解してよいものと考えられる。 このように大品系においては、 菩薩は衆生の為の故に大誓願を起こし言わく。我れ、自ら六波羅蜜を具足し、亦た当に人に教えて六波羅蜜を ⑧ 具 足 せ し め ん 。 あ る い は ま た 、 ⑨ 我れ当に六波羅蜜を行じて衆生に教授し、仏国土を浄めん。 と説かれるように、六波羅蜜、誓願、浄仏国土の三者が緊密に結合されて示されるのである。 大品系般若経における誓願と六波羅蜜との関係について注意すると、まず誓願をおこしてその完成のために六波 羅蜜を行ずるという表現はまれであり、むしろ逆に六波羅蜜を行ずるときにそれぞれの誓願をおこすべきであると いう表現が圧倒的に多いことが確かめられる。
大口問系般若経によって創唱されるにいたった浄仏国土思想については、 ⑧ 立して浄仏国土を唱導したのではないかと考えられる。﹂とされるごとく、とくに西方浄土説を意識した新しい主 張であったと理解されるのであるが、この西方浄土説に立つ浄土系経典では、いうまでもなく、まず誓願をお乙し ⑧ てその成就のために六波羅蜜を実践するという説き方がなされるのであり、六波羅蜜と誓願との位置づけにおいて ﹁放光般若経等はむしろ他方浄土説に対 般若経と浄土系経典とではその立場が若干異っていると思われる。 いずれにしても大品系般若経においては六波羅蜜が誓願と結合したときに一一層、化他行としての立場を強める乙 とになったとみられるのであり、 ﹁浄仏国土﹂はその必然的な展開であったと理解される。 前 雌 大口問系般若経における六波羅蜜の特色として、菩薩の誓願との結合とともに、 ﹁六度相摂﹂を挙げることができ る 。 誓願説は六波羅蜜と菩薩の誓願という二つの思想が結合して成立したものであるが、六度相摂は六波羅蜜それ自 体の発展的形態として注目されるものである。 六度相摂とは、六波羅蜜中のひとつの波羅蜜を行ずることによって他の五つの波羅蜜が充足されるという思想で あり、たとえば布施波羅蜜を完成した場合、それはそのま﹀他の五つの波羅蜜のすべてを完成したことにもなると いうことを説くものである。 ところで、六波羅蜜の観点から大品系般若経における信仰形態を見ると、これを大きく三種に分類することが可 能である。すなわち
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般若波羅蜜を中心とする自利利他の両面を含む六波羅蜜の実践。 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 五 七梯殺大事大事院研究紀要第八挽 五 /¥ ﹃般若波羅蜜経﹄という経典受持の信仰。 六度相摂の思想を背景とする各波羅蜜の実践。 の 三 種 で あ る 。 (3) (2) ⑧ ま ず 、
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の六波羅蜜の実践とは常時菩薩や曇無喝菩薩の行によって示されるごとき激しい実践であり、さらにそ れは三阿僧紙劫という長大な時間的経移のもとに修されねばならぬものである。 釈迦菩薩はこれを悉く完成して成仏に到達したとされるのであるが、いわゆる善男子善女人と呼ばれるところの 在家の凡夫菩薩達においては彼等の行がいかに激しいものであってもそれは成仏にはほど遠いものである。 に 、ω
の経典受持の信仰が現れた理由があると考えられる。般若波羅蜜を書写し、経巻を持して他人にも勧めて写 経をさせ、これを読請して学び、花香理埼絵蓋幡等をもって供養すれば、その福徳は塔供養よりもはるかに大きい ⑧ ﹁功徳品第三﹂に現れている。大品系般若経においてもとの そ乙 と説かれる経典受持の信仰は、早くも﹃道行般若経﹄ 信仰は引き継がれ、﹃放光般若経﹄﹁守空品第三十三﹂ いても経典受持の功徳の大きい乙とが強調され、その信仰が勧められている。 これについては、当時盛んであった仏塔信仰に対抗する意味から経典供養が般若経徒の間に起こったものと考え られているのであ匂 o 一方、般若経自体としては、最初はおそらく般若波羅蜜の実践という乙とが中心課題であっ たはずであるが、しかし、般若波羅蜜の実践が容易でないために明呪や経典受持という平易な信仰に変っていった ⑧ ものとも理解されているのである。このことは般若経受持の菩薩達が在家の菩薩であったこととも密接な関係を持 ﹁ 供 養 品 第 三 十 四 ﹂ ﹁持品第三十五﹂等、その他の品にお っていると考えられるが、六度相摂の思想もこれと同様に、六波羅蜜のすべてを実践することの不可能な在家菩薩 の信仰と関連を持つと思われる。﹃ 放 光 般 若 経 ﹄ ﹁六度相摂品第六十九﹂に説かれる六度相摂は次のような構成になっている。 布施の時、戸波羅蜜を摂す。布施の時、層波羅蜜を摂す。布施の時、惟逮波羅蜜を摂す。布施の時、禅波羅蜜 を摂す。布施の時、般若波羅蜜を摂す。 戒に住して布施を摂取す。戒に住して麗提波羅蜜を摂取す。戒に住して惟逮波羅蜜を摂取す。戸波羅蜜に往し て般若波羅蜜を摂取す。 忍に往して檀波羅蜜を摂取す。忍に住して戸波羅蜜を摂取す。忍に住して惟逮波羅蜜を摂取す。忍に住して禅 波羅蜜を摂取す。忍に往して般若波羅蜜を摂取す。 精進に住して檀波羅蜜を摂取す。精進に住して戸波羅蜜を摂取す。精進に住して震波羅蜜を摂取す。精進に住 して禅波羅蜜を摂取す。精進に住して般若波羅蜜を摂取す。 禅に住して檀波羅蜜を摂取す。禅に住して戸波羅蜜を摂取す。禅に住して麗波羅蜜を摂取す。禅に住して惟逮 波羅蜜を摂取す。禅波羅蜜を行じて般若波羅蜜を摂取す。 般若波羅蜜に住して檀波羅蜜を摂取す。般若波羅蜜に住して戸波羅蜜を摂取す。般若波羅蜜に住して震波羅蜜 を摂取す。般若波羅蜜に住して惟逮波羅蜜を摂取す。般若波羅蜜に住して禅波羅蜜を摂取向。 この、六度相摂が完全な形で現れる﹁六度相摂品﹂は般若経の中で成立の新しい部分であるが、一二枝充恵博士は この﹃放光般若経﹄の六度相摂がさらに拡大されて﹃大般若経﹄の最後の部分、すなわち﹁第十一会・布施波羅蜜 ﹁第十六会・般若波羅蜜多分﹂に至る六会が成立したと見ておられ旬。 多 分 ﹂ か ら 、 いずれにしても六度相摂の完成は﹁六度相摂品﹂において見られるわけであるが、またこれ以前の段階において、 相摂を断片的にみいだすことができ、相摂思想の発展段階をある程度窺うことが可能である。すなわち、﹃放光般 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 五 九
悌教大事大事院研究紀要第八競 六 O 若経﹄では﹁問僧那品第十六﹂において、 菩薩の布施は薩云若に応じ、羅漢昨支仏地を求めず。是の為に菩薩は般若波羅蜜を行じ布施のとき戸波羅蜜を 習う。復た次に舎利仏よ、菩薩は布施の時、薩云若の念を作し、法に応ずる所を行ず。是れが為に屡波羅蜜を @ 習 う な り 。 と説き、乙れに続いて以下、精進、禅定、般若の各波羅蜜を布施が具足することを説いている。次に、戒波羅蜜を 行ずるときについても、布施、忍辱、精進、禅定、般若の各波羅蜜が具足される乙とが列記されている。このよう にこ﹀では布施及び戒波羅蜜について、他の波羅蜜を具足することが示されているのである。また、 ﹁ 無 形 品 第 八 十一﹂においても、布施波羅蜜について、それが忍辱、精進、禅定、般若の各波羅蜜を具足することが述べられて @ い る 。 このような相摂の断片を諸所に見るとき、相摂は最初から完全な形で説かれたものではなく、これらの断片的な ものが成長して﹁六度相摂品﹂に示される形式となったと考えられる。また、この相摂がどのような形から発展し たかという問題については、小品系たる﹃道行般若経﹄ ﹁不可童品第二十六﹂においてその基本形が現れていると ﹁不可意品﹂においては般若波羅蜜が他の波羅蜜を具足することを説いてい 拙稿は考えるものである。すなわち、 る 若し菩薩有りて仏道を得んとほっする者は、当に般若波羅蜜を行ずベし。菩薩は般若波羅蜜を行じて檀波羅蜜 を行ずと為すなり。戸波羅蜜を行ずることを具足するも亦た爾り。亦た震提波羅蜜を行ずることも爾り。亦た ⑧ 惟逮波羅蜜を行ずる乙とも爾り。亦た禅波羅蜜を行ずることも爾り。 この説の根本に予想されるのは、般若波羅蜜を他の五波羅蜜の指導原理とする般若経の中心思想である。それを
@ 端的に表明する﹁五波羅蜜は般若波羅蜜の中より生ず﹂という表現は次の段階においてた Y ちに、般若波羅蜜が他 ﹁五波羅蜜は般若波羅蜜の中より生ず﹂という 場合、般若波羅蜜は他の五波羅蜜のすべてを含むものとして把握されているからである。そして、形式面から見た の五波羅蜜を具足するという表現に発展したであろう。すなわち、 大 口 問 系 た る ﹃ 放 光 般 若 経 ﹄ で は 、 ⑧ を摂する乙とを説いている。 場合、相摂の断片がもっとも早く現れるのはこの﹁不可童品﹂の般若波羅蜜に関する記述においてである。 ﹁無情相品第七十六﹂において般若波羅蜜のみをとりあげてそれが他の波羅蜜 すなわち、これらの般若波羅蜜についての記述が﹁放光般若経﹄の﹁間僧那品﹂や﹁無形品﹂における布施波羅 蜜あるいは戒波羅蜜についての記述へと展開し、それがさらに他の波羅蜜にも拡大されて現在の﹁六度相摂品﹂に まとめられたと考えられる。般若波羅蜜の中に他の五つの波羅蜜が含まれるという乙とは、言い換えればひとつの 波羅蜜の中に他の五つの波羅蜜が含まれるということであり、これが拡大解釈されて般若波羅蜜以外の各波羅蜜に ついてもあてはめられたというのが拙稿の六度相摂成立に関する結論である。 六度相摂は、六種の各波羅蜜がいわば円環的な関係にあって緊密に一体化されたものであるが、同時に在家の菩 薩達にとっては彼等の信仰に即した新しい六波羅蜜の実践思想となったであろう。大口問系般若経における六波羅蜜 思想は六度相摂によって新たな展開をみせているといってよいと思われる。 注 ① 平 川 彰 ﹃ 六 波 羅 蜜 の 展 開 ﹄ ︵ ﹃ 印 仏 研 ﹄ 第 一 二 巻 第 二 号 ︶ ② 平 川 彰 博 士 は 、 六 波 羅 蜜 の 中 か ら 般 若 波 羅 蜜 が 選 ぴ ど ら れ ﹃ 般 若 経 ﹄ が 成 立 し た ど 見 て お ら れ る 。 平 川 彰 前 掲 書 、 及 ぴ ﹃ 般 若 経 と 六 波 羅 蜜 経 ﹄ ︵ ﹃ 印 仏 研 ﹄ 第 一 九 巻 第 二 号 ︶ 。 こ れ に 対 し て 三 枝 充 恵 博 士 ほ 般 若 波 羅 蜜 の 中 か ら 他 の 五 波 羅 蜜 が 生 み 出 さ れ 、 六 波 羅 蜜 と し て ま と め ら れ た ど 見 て お ら れ る ︵ 三 枝 充 恵 ﹃ 般 若 経 の 真 理 ﹄ 五 O 頁 ︶ 。 般 若 経 に お け る 六 波 羅 蜜 説 _L.., ノ\
悌教大事大事院研究紀要第八強 ③八千領般若党本ど漢訳諸本を比較すると、党本は十世 紀の施護訳﹃仏母般若経﹄どもつどもよく一致すること が知られ、支婁迦識訳﹃道行般若経﹄、支謙訳﹃大明度 無極経﹄などの古訳に見られない新しい要素が﹃党本﹄ に 備 わ っ て い る こ ど が 認 め ら れ る 。 ①梶芳光運博士は、﹁難問品第二﹂にはすでに発達段階 が認められるのであり、純粋な﹃原始般若経﹄に相当す るのは﹁道行品第このみと見ておられる︵梶芳光運 ﹃原始般若経の研究﹄五五五頁︶。また、梶山雄一博士 は﹁道行品﹂から﹁累教品﹂までをひとまどめにして古 形ど見ておられる︵梶山雄一﹃般若経﹄中公新書、八一 頁︶。しかし、二五品という長さのものが一時期に出現 成立したとは考えがたく、やはりこの二五品の間には数 回の発展段階があったど考えるのが自然であると思われ
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⑤梶芳光運前掲書五五三頁i
五 五 五 頁 @大正八巻四三一 b ⑦大正八巻四三四 b @大正八巻四三六 b ①大正八巻四三四 b ⑬大正八巻四四 Oc ⑮大正八巻四六二 a ⑫大正八巻四六九 a _,_司晶 ’/ .... ⑬大正八巻四六五 b ⑭大正八巻四五七 c ⑬この対応で注意すべきことは、六波羅蜜に五願が対応 させられているものでないことである。すなわち、小品 系般若経の夢訳諸本を比較するとき、五願が﹃般若経﹄ の中に取り入れられ、波羅蜜がそれに配されることによ って順次、誓願説が般若経化されていったこどが知られ るのである。これについては、岸一英氏の﹃般若経にお け る 誓 願 説 ﹄ ︵ ﹃ 仏 教 大 学 大 学 院 研 究 紀 要 ﹄ 第 五 号 ︶ を 参 照 さ れ た い 。 ⑬岸一英前掲書一六二頁i
一 九 三 頁 。 @望月信亨﹃浄土教の起源及発達﹄四四七頁。 ⑬大正二七巻八九二 ab ⑬南伝四阿含に説かれる波羅蜜は冨といE
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︶は有名である。南伝の波羅蜜説ど北伝の波 羅蜜説についてその関連をみるとき、まず、修行期聞に ついては北伝が三阿僧紙劫を説くのに対して、南伝は四 阿僧祇劫を説いている。また両者は順序内容ともに異り、 南伝の出離、諦、決定、慈、捨の五波羅蜜は北伝にはな く、一方、北伝の禅波羅蜜は南伝にほ含まれていないことが知られる。これらの点からも波羅蜜説が一定してい な か っ た こ と が 明 ら か で あ る 。 @静谷正雄﹁初期大乗仏教の成立過程﹄一九八頁。また、 中村元博士は﹃金剛般若経﹄の成立を﹁大乗﹂と﹁小 乗﹂の両観念の対立が生まれる以前とみておられる。中 村元・紀野一義訳註﹃般若心経・金剛般若経﹄一九五頁
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二 O O 頁 ︵ 岩 波 文 庫 ︶ 。 @干潟竜祥∞ミ持品ロ件。円P
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凶 印 ︷ x g o E S F d E F M 凶 口 同 三 吋 。 仏 ロ の 件 。 吋 可 開 ω g M ﹀ @この大品系般若経の成立過程については主として、干 潟竜祥前掲書斗与− 0 ・ ︿ ・ 同 出 ︻ 同 日 間 円2
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日 仲 間 山ω
凶 件 円 。 ω を 参 照 し て い る 。 @山田竜城﹃大乗仏教成立論序説﹄二 O 六頁。なお、同 書は﹃般若経﹄が﹁仏伝文学﹂の影響を受けて成立した とみている。前掲書二 O 八頁。因みに﹁仏伝文学﹂は六 波羅蜜の源流とみられているものである。これについて は、平川彰前掲書に詳しく論じられている。 @大正八巻一 b @大正八巻二二 c @大正八巻二ニ cl 二 一 ニ a @大正八巻三七 b @大正八巻九二a
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九 コτ
。なお、この要約名について は ﹃ 国 訳 一 切 経 ﹄ の 、 椎 尾 弁 匡 訳 ﹃ 般 若 部 ﹄ 一 二 、 二 五 九 般若経における六波羅蜜説 頁l
二 七 二 頁 に 脚 註 と し て 示 さ れ て い る 。 @大正八巻九二 bc @大正八巻二ニ六 a @大正八巻二 Oa @大正八巻五 b @小沢勇貫﹃仏教諭叢﹄創刊号三六頁!一二八頁。 @たとえば﹃大阿弥陀経﹄では、法蔵菩薩が世自在王仏 のもどで授記を得、誓願を立て、その成就を目指して六 波羅蜜を行じたと説かれ、また﹃阿閥仏国経﹄では阿関 菩薩が大日如来のもとで誓願を立て、六波羅蜜を行じた ことが説かれている。形式面からいえば、﹁般若経﹂で は波羅蜜行が誓願に先行する表現をとるのに対して﹁浄 土系経典﹂ばその逆となっている。このことは誓願説が ﹁浄土系経典﹂から﹁般若経﹂に取り入れられて﹁般若 経佑﹂されていることを示すものど理解される。 @﹃道行般若経﹄では﹁薩陀波倫菩醸品第二十八﹂﹁曇 無掲菩薩品第二十九﹂にその実践が示されている。 @大正八巻四三二 c @静谷正雄前掲書二八六頁、及び平川彰﹃初期大乗仏教 の研究﹄五七三頁i
五 七 六 頁 。 @平川彰﹃般若経と六波羅蜜経﹄︵﹃印仏研﹄第十九巻第 一 一 民 苛 ︶ 。 @大正八巻一 O 六 ci 一O 八 c _.r..,・ I、、併設大事大事院研究紀要第八挽 @ @ @ 大 大 三 正、正枝 八J八 充 巻 巻 恵 一 二 前 三O 掲 四 a書 c 五 I