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【通商:配信情報】  9月配信 テーマ(案)/

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1.

世界経済

共和党のトランプ候補が民主党のクリントン候補を大差で破り、次期米国大統領に決まった。トランプ

氏は大統領選挙で「米国第一」を掲げており、米国の貿易や外交政策がこれまでのような理念や原

則に基づくものよりは、自国の利益を優先する内向きになると懸念されている。

・第二次世界大戦後の世界経済は、主要国経済が戦災を受ける中で米国だけが無傷であったという状況でスタート。 第二次世界大戦後ずっと米国は世界一の経済大国であり続けたが、それは世界経済における米国経済の圧倒的優 位が徐々に失われてきた歴史でもあった。欧州諸国の復興と日本の追い上げによって米国の貿易上の優位は徐々に 失われて、金とドルの交換性を維持することができなくなり、ブレトンウッズ体制は崩壊した。ソビエト連邦が崩壊した 後は、米国が軍事的には世界唯一の超大国となったが、NIEsの躍進、そして中国などの新興国経済の発展によって 米国の経済的な優位性はさらに縮小していった。世界経済がグローバル化することで、最大の経済大国である米国 は最も多くの利益を得ることができ、米国は貿易自由化を推進してきた。しかし米国内にはグローバル化の利益を得 る人達と、グローバル化によってマイナスの影響を受ける人達ができてしまい格差は拡大した。

視点―1 足許の世界経済は持ち直し傾向

先進国は、企業部門も回復するため景気回復が持続。とりわけ 米国は、積極的な財政政策に支え

られて成長が加速。一方、日本・欧州は将来不安が 重石となり低成長が持続。米国が先駆けて金

融政策を正常化するためドル高基調に。新興国は、バラツキを伴いつつも堅調な成長が持続。内需

の拡大に加え、米国景気の回復による輸出増も寄与。一方、米金利上昇による資金流出懸念から、

一部の国では 金融緩和が困難に。ただし、豊富な外貨準備を背景に通貨危機に陥るリスクは小。

先進国・新興国ともに回復するため、世界経済の成長率は高まる方向にある。

・しかし、以下の3要因から成長加速は困難とみる。第1に、中国の牽引力低下。民間固定資産投資と所得の増勢 鈍化、家計支援策の効果 一巡により、成長率は再び減速する見通し。内製化と経済のサービス化で、財の輸入依 存度も趨勢的に低下。過剰債務・不良債権問題が深刻化すれば、景気失速のリスクも。中国依存度が高いアジア 諸国の成長に弾みがつかない原因に。第2に、先進国の労働生産性が低下。①資本集約型で労働生産性が高い 製造業が低迷し、雇用拡大が低生産性産業に集中、②投資マインドが慎重化した結果、資本装備率の低下とヴィ ンテージの上昇を通じて付加価値創出力が低下、などの構造要因。成長のためには労働投入量の拡大が不可欠 ながら、日欧では労働供給に制約。第3に、世界的な保護主義の広がり。トランプ新政権は反ダンピング関税など 様々な手段で保護主義政策を進める見込み。EU離脱への支持が広がる欧州でも、反グローバル化の動きが拡大 する懸念。国際間のサプライチェーンが構築されているなか、世界的な景気下振れ要因に。さらに、「双子の赤字」 の拡大が予想される米国では、レーガン政権時のようにドル安志向が強まる可能性も。

視点―2 世界経済における米国経済の相対的な地位の低下は、緩やかながら今後も続く。

・21世紀後半、インドは世界経済の約2割を占める最大の経済となり、中国が 16.4%を占めてこれに次ぎ、米国は 12.6%で世界第三位に後退。ユーロ圏は7%弱、日本と英国は2%を下回る規模となると予想される。人口が大きく 増加するアフリカは貧しいままだと仮定したが、アジア諸国のように経済的な離陸に成功すれば、先進諸国経済が 世界経済に占める割合は更に低いものになる。米国だけでなく欧州と日本が加わっても、中国やインドの協力無し には世界経済の安定を維持することは困難。しかし、超経済大国となる中国やインドは、一人当たりの所得で見る とそれほど豊かな国ではない。中国やインドが米国の経済規模を上回るようになる時点での一人当たり GDP は米 国の四分の一程度に過ぎない。いまだに貧しい中国やインドは、世界を安定化させるための負担を回避しようとす る可能性が高い。

世界経済の重心が米国からアジアへと移動する中で、世界経済はリーダーのいない世界に 突入し再び不安定な時代を迎える恐れがある。

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2. 米国経済

米国の実質 GDP 成長率は、7-9 月期に輸出の急増により前期比年率+2.9%と加速したが、足元

国内需要が鈍化するなど緩やかな経済成長を続けている。減税やイ ンフラ投資等の実施によって、

17 年以降の成長率が押上げられ、経済成長は加速する公算が大きい。

視点―1 実体経済の流れから見た米国経済の先行き 民需の牽引力が次第に高まる方向。企業部門では、海外景気の回復に伴い、輸出が緩やかな増加傾向をたどる見 通し。内外需要の回復と原油価格の持ち直しで、企業収益も改善へ。企業マインドの持ち直し傾向が続くなか、設備 投資に先行 する資本財受注が増加に転じており、設備投資は緩やかな持ち直しへ。家計部門でも回復が持続する 見込み。求人率が高水準で推移するほか、時間当たり賃金の上昇ペースが加速するなど、雇用・所得環境は良好。 企業部門の回復もあり、労働需要は増加傾向が続くと見込まれ、労働需給の引き締まりに伴う賃金の伸びの高まりを 背景に、個人消費は回復傾向が続く見込み。加えて、トランプ新政権発足後は、財政政策も景気を押し上げ。減税や インフラ投資などの実施により、2017年後半から個人消費や政府支出の増勢が加速へ。保護主義や排外主義が 景気下押し要因となるリスクがあるものの、今後2年程度に限れば、財政政策による景気押し上げ効果のほうが上回 ると判断。これらの結果、2017年の成長率は 2.6%、2018年の成長率は 2.8%と、回復ペースは徐々に高まっていく 見通し。 潜在成長率(1.8%程度)を上回る成長が続くため、GDPギャップも2018年初めごろには解消。原油価格の 持ち直しもあり、消費者物価は前年比+2%台半ばに向けて上昇していく見通し。 視点―2 2017年新政権発足後も、経済政策の方向感が読みにくい状況は持続する見込み。 新大統領の政策の行方により、上振れと下振れの双方のシナリオを想定。 いずれにせよ、今後明らかになる政策次 第で、米国経済のコースは大きく変わる可能性があり、トランプ新大統領の経済・通商・外交政策の行方を注視する必 要。 ・上振れシナリオとしては、大規模な財政政策の実施と保護主義の封印により、成長ペースが大幅に加速する可能性。 インフラ投資は公約の5割、法人税減税・所得税減税は公約の8割までは実現するとした場合、ドル高の進行が輸出 への下押し圧力となるものの、国 内需要の上振れが輸出減によるマイナス影響を上回り、成長率は3%台半ばにま で高まる見込み。成長ペースの加速により労働需給のひっ迫が進み、物価上昇圧力が急速に高まる結果、FRBの利 上げペースは年4回程度に加速することに。但し、財政面では赤字が広がり中長期的には経済運営の重石になる。 ・下振れシナリオとしては、自由貿易協定の見直しや関税の引き上げなど、公約通り強硬な保護主義を維持する可能 性。すでに足許で、拡張的な財政政策に対する期待からドル高が進行。トランプ氏の当選に寄与したラストベルト地帯 を中心に不満が高まり、トランプ氏は大統領就任後、国民からの支持を取り付けるために保護主義を強固に主張する 展開に。関税引き上げにより輸入は抑制されるものの、同時に輸出も減少するほか、輸入物価の上昇が引き起こされ、 景気は1%台にまで下振れへ。政策金利は据え置かれる見通し。

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3. 欧州経済

米国の次期大統領にトランプ氏が選出されたことを、欧州では 6 月の Brexit(英国の EU 離脱)決定に

続く新たな不透明要因と捉えている。欧州において注目されているのは①通商政策、②安全保障体

制に関して、トランプ大統領が選挙戦で主張してきたような抜本的な見直しに動くのか、それともより

穏健な政策に軌道修正するのかということで、また、英米で反主流派と見なされてきた勢力が勝利し

た流れが、来年にかけて主要国で選挙が相次ぐ欧州にどのような波及効果を持つかも注目される。

・英国では Brexit 実現に向けた交渉の開始が待たれているが、EU 離脱通告がメイ首相の表明した「2017 年 3 月 末」よりも遅れる可能性が出てきた。11 月初めに高等法院が離脱通告前に英国議会の承認を得るべきとの判決を 下したためである。政府の判断で通告可と主張する政府は最高裁に上告したが、判決は 2017 年初めと見込まれ、 また最高裁が高等法院の判断を追認する可能性もある。 ・英国、ユーロ圏とも 7-9 月期の GDP 成長率は堅調な伸びとなり、Brexit 懸念が景気の急速な冷え込みを招いて はいないことが確認された。ただし、ポンド安で英国の物価上昇圧力が高まっており、今後の消費減速要因になる と見込まれる。トランプ大統領誕生は米国で株高、ドル高、長期金利上昇をもたらしたが、欧州でも長期金利が上 昇に転じた。懸念されるのが、一部の国の国債とドイツ国債とのスプレッド拡大が目立つことで、中でも 12 月の国民 投票の行方が不透明なイタリアでスプレッドが拡大。金融市場が政治リスクに敏感になっていることがうかがえる。

視点―1 「米国第一」

トランプ氏が最初に取り組むのは、不法移民対策、オバマケアの見直し、雇用対策など内政に関する

政策が中心となろう。ただし、その根底にある「米国第一」という考え方は、欧州の経済や安全保障問

題にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

・米国における雇用増を目的に、不法移民の取り締まり強化に加えて、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しが言 及されているが、メキシコからの安い製品の流入阻止のため、高い輸入関税を課すとの主張が現実のものとなれ ば、メキシコに工場を置く欧州企業にも大きな打撃となる。 ・安全保障分野では、米欧は第 2 次世界大戦後、NATO の加盟国として協調行動をとってきた。 トランプ氏は米国の軍事費負担ばかりが大きいことを理由として、NATO への米国の貢献を見直すことに言及。同 時に、トランプ氏はロシアのプーチン大統領に対する強い親近感を表明している。 米国とロシアとの緊張関係が緩和に向かうこと自体は悪くはないし、ロシアとの相互の経済制裁が緩和されれば、 停滞している貿易の再活性化につながることも期待される。とはいえ、トランプ大統領の政策が、米国が欧州の安 全保障から手を引くことにつながるのであれば、ロシアと隣接する欧州にとって心穏やかではない。

視点―3 欧州が懸念している「トランプ効果」

欧州内で移民排斥、反グローバリゼーション、EU など既存の権威に対する反抗を主張する政治勢

力が勢いづくことである。

・オランダは来年3月に議会選挙を、フランスでは4月に大統領選挙、6月に議会選挙を控えている。また、9月には ドイツで議会選挙が予定されている。 その前哨戦として注目度が高まっているのが 12 月 4日のイタリアの国民 投票国民である。

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視点―3 ロシアからのガス供給問題

・EC は 2011 年以来、5 年間行って来た ロシア Gazprom の EU 競争法違反調査を打ち切り、

Gazprom と和解することとした。ポーランンド、バルト諸国がロシア産ガスの偏重を理由に反発してい

るが、これはエネルギー安全保障論ではなく自国通過ガスが減少して通過料が下がるという懸念が

あると言われる。停滞していた Nord Stream 2 は動き出すと思われ、バルト海経由のガス供給能力

は倍増する。 Gazprom から欧州へのガス供給は今後複数ルートで拡大すると見込まれる。

石油連動フォーミュラを用いるロシア産ガスは低油価の影響で欧州ハブでのガス価格より安く競争力

がある。 また、昨年のシリアでのロシア軍機撃墜事件以来対立していたトルコはロシアに謝罪し関

係修復。同時に停止していた Turk Stream 計画も復活し、政府間合意が成立。Turk Stream による

対トルコガス供給が増加し、将来的にギリシャ経由での対欧州ガス供給の増加もあり得る。対ロ強硬

路線を率いた英国の離脱で、EU 内ではロシアに強硬であったポーランドの発言力が低下。これによ

りロシアの対欧州天然ガス政策がより円滑となり、欧州のガス輸入は 2025 年までに 36%増加すると

予測。米国のトランプ新政権は対露強硬路線を否定しており、Brexit 効果と相俟って、今後ロシア産

エネルギーの供給力の増加が予想される。

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4. 中国経済

中国経済の成長率は横ばいで推移。7-9 月期の実質成長率は前年同期比 6.7%増と 3 四半期連

続で同 6.7%増となった。一方、インフレ率は原油の底打ちなどから 1-10 月期の消費 者物価は前

年同期比 2.0%上昇と昨年の同 1.4%上昇を上回った。工業生産者出荷価格も同 2.5%低下と昨年

の同 5.2%低下から下落ピッチが鈍化、デフレ圧力はやや緩和してきた。需要面の動きを見ると、消

費は中間所得層の増加傾向を背景に比較的高い伸びを維持しており、今後もその傾向は続きそうだ

が、所得の伸び鈍化やインフレ率上昇がマイナス材料となり、伸びは小幅に鈍化すると見ている。

減速に歯止めが掛からない投資は、今後も製造業の過剰設備・過剰債務の圧縮、バブル退治に伴う

住宅着工の減速、インフラ投資のスピード調整などがマイナス材料だが、中国製造 2025 に関連する

領域では積極的な投資が期待できることから、小幅な鈍化に留まると予想。また、輸出は2年連続で

前年割れとなるなど不振が長引いている。先行指標が改善したことは好材料だが、今後も輸出に大

きな期待はできない。金融政策は、景気重視から住宅バブル退治に重点が移ると見られる。これまで

景気対策としてインフラ整備を加速させてきたことや、住宅バブル膨張を黙認したことで住宅販売が

急増したため、2016 年の成長率目標である“6.5-7%”の達成はほぼ確実となった。今後は将来に大

きな禍根を残さぬように、住宅バブル退治に注力することになると見る。経済見通しとしては、2016

年の実質成長率は前年比 6.6%増、2017 年は同 6.4%増、2018 年は 同 6.4%増と、6.5%前後の

経済成長を維持すると予想。また、消費者物価は緩やかに上昇すると予想。なお、リスクの所在とし

ては、①過剰債務のデレバレッジ加速 、 ②住宅バブルの崩壊 、③米トランプ次期大統領の対中強

硬策の3点が挙げられる。

視点―1 消費、投資、輸出 ・消費は比較的高い伸びを維持している。消費の代表指標である小売売上高の動きを見ると、2016 年 1-10 月期は 前年同期比 10.3%増と、昨年通期の同 10.7%増を 0.4 ポイント下回った。内訳を見ると、自動車は小型車減税(排 気量 1.6L以下)の影響で前年同期比 9.1% 増と伸びを回復したものの、その他については概ね伸びが鈍化しており、 特に衣類や家電の鈍化が 目立っている。 今後の消費動向を考えると、中間所得層の増加傾向が引き続き追い風と なることに加えて、雇用 指標にも大きな悪化が見られないことから当面は比較的高い伸びを維持すると見る。 しかし、2017 年以降はこれまでの伸びを下回りそうである。ひとつのマイナス材料が所得の伸び鈍化で、もうひとつ のマイナス材料がインフレ率の上昇である。中国政府は過剰生産能力削減を下期に加速する方針を示したことから失 業増が懸念され、また民間投資の急減速などその他の要因で雇用不安に陥る恐れは残る。 ・今後の投資動向に関しては、過剰設備・過剰債務を抱える製造業では、安価で豊富な労働力を求めて後発新興国 へ工場を移転する企業が増えると見て、引き続き低位の伸びを予想。但し、「中国製造 2025」に関連する領域では中 国政府の支援もあって積極的な投資が期待できるため、製造業全体では前年割れを回避し、一桁台前半の伸びは維 持できるだろう。 不動産業の投資に関しては、住宅価格急騰を受けて中央政府と地方政府が一斉にバブル退治に 動き出した、2017年以降の不動産業の投資は一桁台半ばの伸びに留まると予想する。 消費サービス関連に関して は、店舗販売から電子商取引(EC)へシフトするなど潮流が大きく 変化する局面にある。インフラ関連に関しては、

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2017 年以降は引き 続き高い伸びを維持するものの 10%台半ばの伸びに留まると見ている。中国では、大気汚染 対策、水質汚染対策、土壌汚染 対策、ごみ処理能力増強など環境関連や、「新型都 市化計画(2014~2020 年)」 に伴う交通物流関 連の需要が大きいため、来年の成長率目標を下 回る恐れが出てきた場合は、長期計画を前倒し て 20%前後の高い伸びを維持する可能性もある。 ・輸出 輸出は不振が長引いている。輸出額(ドルベース)の動きを見ると、1-10 月期に前年同期比 7.7% 減と、昨 年通期の同 2.9%減に続き 2 年連続で前年割れとなっている。先行指標となる新規輸出受注(中国国家統計局)や 貿易輸出先行指数(中国税関総署)がやや上向いてきており、2016 年に関してはマイナス幅が若干縮小する可能性 がある。しかし、米国ではトランプ大統領が誕生するが、同氏は選挙キャンペーン中に、中国を「為替操作 国」に認定 し 45%の高関税を課すとの厳しい姿勢を示していた。現時点では、中国をターゲットにして、輸入全品に及ぶような広 範囲に高関税を課すような深刻な事態に至るとは見ていないものの、中国にとって米国は貿易黒字の半分近くを稼ぎ 出すドル箱だけに、対米輸出には減少圧力が掛かり、対米輸入には増加圧力が掛かることになるだろう。今後も輸出 に大きな期待はできない。

5.日本経済

2016 年 7-9 月期の実質 GDP 成長率は、前期比年率+2.2%と 3 四半期連続のプラス 成長となっ

たが、成長率の押し上げ要因となったのは外需で、個人消費、設備投資を中心として内需は弱いま

まである。サプライズとなった米国大統領選挙について、トランプ新大統領が打ち出している財政拡

大的な政策が実現されれば、短期的には米国の経済成長率を高め、 2017 年度半ば以降、日本経

済にとっては外需中心にプラス要因となる。こうした要因を 踏まえ、2016 年度の実質 GDP 成長率

は+1.0%、2017 年度は+1.1% と見込む。ただし内需の弱さから、海外要因による下振れリスクを

意識せざるを得ない状況が続く環境は変わらない。 短期的には足元の金融市場の急激な変動によ

る悪影響、中長期的には、今後の欧州 の政治動向、トランプ大統領の下での保護主義的な貿易政

策の進行等がリスクの主因と なる。こうした政治要因で金融市場や経済に混乱が起こり、輸出の下

振れが大きくなれば、日本の経済成長率もマイナス圏に陥ることになる。

視点―1 雇用所得環境と個人消費 個人消費は、実質ではプラス成長を維持したものの、名目ではマイ ナス成長となり、実勢では引き続き弱さを見せて いるが、個人の購買力を支える雇用と所得環境は改善が進んでいる。 ・雇用環境をみると、失業率が 2016 年 9 月時点で 3.0%と低位で推移すると共に、有効求人倍率、新規求人倍率 は上昇を続け、雇用者数も一貫して増加し、労働需給の 引き締まりは続いている。逼迫した労働需給の下で、個人 が受け取る所得も緩やかではあるが上昇している。名目賃金、 実質賃金共に足元ではプラス成長で推移し、GDP ベ ースでみた一人当たり雇用者報酬も名目は 一貫した上昇基調にあり、実質においても底打ちから持ち直しの動きが 見られる。 収益がピークアウトする中で、今後も企業側が積極的に名目賃金引上げを行うことは考え難いが、 労働 需給が逼迫している現状では、足元と同水準での伸び率は維持され、一人当雇用者報酬は、2016 年度+0.4%、 2017 年度+0.3%の伸びを見込む。 ・好調な所得環境にも関わらず平均消費性向が下がり続けているために、個人消費は依然として弱いが、消費者態 度指数、景気ウォッチャー調査の現状判断 DI、先行き判断 DI の何れも堅調に推移している。こうした雇用・所得環 境が着実に消費者マインドの改善につながっている現状に鑑みるに、2016 年度の終わりから、2017 年度にかけて 平均消費性向は徐々に持ち直していくであろう。雇用者報酬の伸びと平均消費性向の改善に合わせて、個人消費も 緩やかに拡大を見込む。消費者マインドの改善は緩やかであり、持続的かつより大幅な賃金上昇が消費回復に必要 なことが示唆された。また、基調としてのドル高円安は、日本において製造業を中心に企業業績を改善させる。日経新 聞の調査(11・13)によると、上場企業 1,501 社の 2016 年度上期(4~9 月) の純利益は前年同期比▲11%であっ たが、下期は改善し通期では+7%と増益確保を見込んでいる。 さらに、日経新聞の別の調査(11/18)によると、主 要上場企業 180 社の想定為替レートは 1 ドル= 101.9 円であり、既に 110 円を大きく上回る現状から多少円高 方向に振れたとしても、輸出産業を中心に業績は上方修正される可能性の方が高い。業績の改善は、来年の春闘に 向けて好材料となる。

6.アセアン

アジア新興国経済を巡ってはここ数年、長期に亘る原油安などをきっかけにしたインフレ圧力の後退

に伴い金融緩和余地が拡大するなか、内需依存度の高い国々を中心に堅調な景気拡大を続ける展

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開が続いてきた。今夏以降は域内最大の経済規模を有する中国経済の減速懸念が一服しているこ

とに加え、国際金融市場が落ち着きを取り戻していることも相俟って世界経済が底打ちしており、輸

出依存度の高い国々のなかにも外需に底打ちの兆候が出るなどの動きも出ている。米国をはじめと

する先進国経済の堅調さは世界経済の拡大を下支えするなか、アジア新興国全般で景気の底入れ

が進むとともに、このことが世界経済全体の拡大を一段と促すとの期待も高まってきた。しかし、米国

大統領選において共和党候補のドナルド・トランプ氏が勝利したことで、アジアをはじめとする新興国

を取り巻く環境は大きく変わる可能性が懸念されている。金融市場では同氏の公約である大規模減

税と巨額のインフラ投資を理由に米国経済が盛り上がる背後で財政赤字が拡大するとの見方が広

がり、米国市場では国債が売られて長期金利が上昇する一方、株式相場や米ドル相場は上昇基調

を強めるなど「リスク・オン」の様相を呈している。他方、米ドル高圧力が強まったことでアジアをはじ

めとする新興国では海外資金の流出圧力が強まり、長期金利が上昇する一方で株式相場や為替相

場は下落基調を強めている。アジアをはじめとする新興国にとって海外資金の流出圧力が強まること

は、自国通貨安を通じて輸入インフレ圧力の昂進を招くほか、資金流出自体が国内金融市場の信用

収縮に繋がることで実質的な金融引き締め効果をもたらすなか、過度な通貨安を警戒して金融引き

締めや為替介入に動くことで引き締め圧力を高めることが懸念される。

視点―1 通常、米国の景気拡大は米国経済に対する依存度の高い新興国を中心に景気押し上げに繋がり、このところの通貨 安は輸出競争力の向上を通じてその効果を向上させる。しかし、トランプ次期政権では保護主義的な通商政策が採ら れる可能性があり、仮に実現された場合、アジアをはじめとする新興国経済にとって米国の景気加速の恩恵に浴する ことが出来ない事態となる。また、米国の強硬な通商政策の矛先は最大の貿易赤字相手である中国に向かい、対立 姿勢が激化した場合、中国経済に対する依存度を高めてきたアジア新興国にとっては玉突き的に悪影響を被る事態 も懸念される。トランプ次期政権による政策運営の方向性はアジア新興国の景気動向に直接、並びに間接的に様々 な影響を与え得る上、基調としては下振れ圧力となる可能性に注意が必要。また、トランプ次期政権はTPP(環太平 洋パートナー シップ協定)からの離脱を表明しており、アジア太平洋地域でのメガFTA(自由貿易協定)戦略は中国 が主導するRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)を柱に議論が進むとみられるが、予測期間中にこれが機能 するほどのペースで合意が進むとは見通しにくい。アジア新興国のなかにも自国優先主義的な動きが広がっているこ とから対内直接投資などの流入が先細りするリスクも懸念される。こうした動きは各国の先行きにおける景気拡大の 足かせになると考えられる上、世界的な貿易拡大ペースの鈍化が世界経済の成長抑制要因となり、ひいてはアジア 新興国経済にも重石となると予想される。

(8)

7.NIES 経済の動向

‐「スロートレード」の長期化は外需依存度が高い NIES 諸国にとって景気の重石-

• 韓国:2016 年の経済成長率は前年比+2.8%、2017 年は同+2.7%、2018 年も同+2.8% といず

れも3%に満たない展開が続くと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+2.8%と前期(同+3.2%)から伸びが鈍化しており、最大の輸出相手 である中国経済の減速に一服感が出ているにも拘らず、その恩恵を受けることが出来ていない状況にある。個人 消費は底堅い動きをみせている一方、外需を巡る不透明感は企業部門の投資意欲の足かせとなるなか、製造業 を中心に雇用に下押し圧力が掛かる動きもみられるなど、先行きに対する不透明感は高まっている。足下の景気 は政府の景気刺激策の影響で政府消費が押し上げられたほか、公共投資での固定資本投資を加速させるなど公 的需要が大きな下支え役となっている。が、これは持続可能な経済成長ではない。米国によるTHAAD(高高度防 衛ミ サイル)の配備を巡る中国との関係悪化が輸出や観光客などの下押し圧力となるなど輸出依存度が高い同 国経済の重石となっている上、製造業では新型スマートフォンの販売停止措置や大手自動車メーカーで 12 年ぶり に全面ストが行われるなどマイナス材料が噴出したことで生産に急ブレーキが掛かる事態となっており、短期的に 景気の下押し圧力となることは避けられない。また、朴槿恵大統領の長年の知人女性を巡る問題をきっかけに、朴 大統領自身に職権濫用や強要に関する共謀が認定されるなど現職大統領として異例の状況となるなか、政権支持 率は1桁%という史上最低水準を記録しており、同氏の退陣を求める大規模デモが全土で展開される事態となった。 なお、同国の歴代政権は国内情勢が悪化 した場合に「反日」を旗標に国内をまとめ上げる傾向が強いことを勘案 すれば、次期政権の動きによってはわが国との政治関係が厳しい状況となる可能性には注意が必要である。

• 台湾:2016 年の経済成長率は前年比+1.4%、2017 年は同+1.7%、2018 年は同+1.9%と

徐々に加速するものの、2%に届かない極めて低い成長率に留まると予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+3.91%と前期(同+0. 23%)に大きく減速した反動も重なり2四半期 ぶりの高い伸びとなるなど、比較的底堅い経済成長が続いている。原油安の長期化などに伴いインフレ圧力が後 退し、昨年半ば以降に中銀は漸進的に利下げを実施するなど家計部門の実質購買力が押し上げられるなか、足 下では輸出に底打ち感が出ていることを受けて雇用環境に改善の動きが出ており、個人消費に底堅さがみられる。 年初の政権交代を受けた政府機能の回復は政府消費の拡大に繋がっているほか、輸出の底打ちを反映して企業 部門の間からは設備投資意欲に底入れの動きが出ており、この動きは 幅広い内需の押し上げを促しており、内・ 外需ともに経 済成長に繋がる好循環がみられる。しかしながら、先行きについては米国がトランプ次期政権の下 で強硬な通商政策を採る可能性や、その取引材料に同国の為替政策に対する圧力が高まることも予想されるなか、 外需を原動力に一段の景気回復を図ることは難しくなると見込まれる。 当面の外需については輸出受注が堅調な動きを続けていることから、この出荷が外需を促すことで景気が押し上 げられる 展開が続くと見込まれるものの、そうした景気拡大が息の長いものとなる見通しは立ちにくくなっており、 早晩調整圧力が高まることになろう。トランプ次期政権が中国本土に対する姿勢を硬化させる事態となれば、中国 本土からの輸出を通じて玉突き的に最も悪影響を受けやすいのが台湾であることを勘案すれば、同国景気にとっ ては直接及び間接的に重石となる事態も懸念される。世界的な貿易量の拡大ペース鈍化による世界経済の成長 鈍化は同国経済の足かせとなることで勢いの乏しい展開となることは避けられない。

• 香港:2016 年の経済成長率 は前年比+1.5%、2017 年は同+1.5%、2018 年は同+1.5%と勢

いに乏しい展開が続くと予想。 7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+2.5%と前期(同+6.3%)に大きく加速した反動も重なり減速したもの の、比較的底堅い景気拡大が続いている。原油安の長期化に加え、中国本土での人民元安の進展に伴い相対的 に香港ドル高圧力が強まったことで輸入インフレ圧力が後退しており、低インフレ状態が続いていることに加え、中 国本土における景気減速懸念が後退しているほか、国際金融市場が落ち着きを取り戻したことで海外資金が回帰 する動きが出ていることは雇用の底堅さに繋がっており、結果的に個人消費を中心とする内需の堅調さに繋がって いる。世界経済の底打ちを示唆する動きが広がるなかで同地域からの輸出にも底入れが進んでおり、中国本土経 済と同様に公的部門によるインフラ投資の拡充なども追い風に固定資本投資も促されるなど、内・外需がともに景 気拡大を促す好循環が生まれている。また、国際金融市場が落ち着きを取り戻すなかで、企業部門を中心に投資 を拡大させる動きがみられるなど、予想外に底堅い景気拡大を促す展開が続いている。先行きの景気については、 米国のトランプ次期政権による対中政策の方向性如何によっては、中国本土に比べて金融市場の開放度合いが 極めて高い同地域からの資金流出が大きく促されるとともに実体経済にも下押し圧力が掛かることも懸念される。 中国本土では人民元相場の緩やかな下落を目指す姿勢がうかがえるなか、米ドルとペッグ(固定)された香港ドル は人民元に対して高止まりしており、中国本土からの来訪者数の下押し圧力となるなどの悪影響が続いている。

• シンガポール:2016 年の経済成長率は前年比+1.3%、2017 年は同+ 1.6%、2018 年も

同+1.9%と徐々に加速はするものの、勢いに乏しい展開が続くと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率▲1.99%と前期(同+0.11%)から5四半期ぶり にマイナス成長に転じ ており、世界的な貿易量の伸びが鈍化するいわゆる「スロートレード」の動きが長期化するなかで外需が景気の

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足かせとなる展開が続いている。海外経済を巡る不透明感は企業の設備投資意欲の下押し圧力となるなど、固定 資本投資にも減速感が強まっている。また、足下では雇用への調整圧力が懸念される展開が続いており、原油安 の長期化に伴うインフレ圧力の後退にも拘らず個人消費も力強さに乏しいなど、内・外需ともに厳しい状況に直面し ている。分野別でも観光関連やIT関 連といった一部の分野を除けば総じてマイナス成長となる動きが広がってお り、足下の同国経済が極めて厳しい状況に直面している様子がうかがえる。中国経済を巡る減速懸念が後退して いるほか、足下ではASEAN域内における貿易が活発化する兆候はみられるものの、急速な回復が期待しにくい 状況が続いており、結果的に輸出依存度が極めて高い同国経済の重石となっている。夏場にかけて国際金融市場 が落ち着きを取り戻したことは、アジア有数の金融センターである同国金融市場に資金回帰の動きをもたらすととも に実体経済も少なからずプラスに寄与したと考えられるものの、足下では再び不透明感が高まるなかで関連産業 を中心に景気の下押し圧力となることは避けられない。昨年末に発足した「ASEAN共同体」を巡っては同国が域 内全体の金融面での中心となることが期待されているが、新興国市場を取り巻く環境が急速に悪化する懸念があ るなか、予測期間中に域内の市場統合が大きく進展する可能性は大きく後退しており、このことも景気の下振れに 繋がる可能性もある。先行きについては、政府による公共投資拡充を通じて景気が下支えされる可能性はあるが、 米国のトランプ次期政権が保護主義的な通商政策を前面に打ち出すことで世界的な貿易量の伸びが 一段と下押 しされる事態となれば、輸出依存度が突出して高い都市国家である同国経済にとっては打撃となることは必至。 ASEAN共同体についても、外資企業の誘致を巡って他国との間で競争が激化する動き がみられるものの、その ことが短期的な景気の押し上げに繋がる可能性は低く、劇的な景気回復をもたらすことはないとみている。

8.アセアン経済の動向

‐米国通商政策の不透明さ;輸出割合の高い国への影響懸念-

• インドネシア:2016 年の経済成長率は前年比+5.0%、2017 年は同+5.2%、2018 年は同+

5.3%と5%を上回る堅調な成長は可能とみているが、一時に比べると勢いに乏しい展開となること

は避けられないと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.02%と前期(同+5.19%)から減速したものの、2四半期連続で5% を上回るペースでの拡大となるなど底堅い景気拡大が続いている。原油安の長期化などに伴うインフレ圧力の後 退や金融緩和の実施などを追い風に個人消費は堅調な拡大が続いており、低迷が続いてきた企業の設備投資意 欲にも底打ち感が出るなど、旺盛な個人消費を中心とする内需が景気をけん引する展開となっている。一方、未加 工鉱石に対する禁輸措置の影響が長引いて輸出に下押し圧力が掛かる状況が続いているほか、地方政府を中心 に公共投資の進捗が遅れたことで固定資本投資の伸びが鈍化したことが景気の重石となっている。足下の景気動 向を巡っては、旺盛な個人消費が景気 拡大を促す動きは変わっていないものの、公共投資の進捗動向が全体の 浮沈を左右する展開が続くなど自律した景気回復とはなっていないことから、先行きについても公的部門の動向が 鍵を握る状況は続くと予想される。同国政府は歳入拡大を図るべく来年3月迄の時限措置として租税特赦制度を開 始しているが、 現時点においては期待したほどの税収増には繋がっていない模様であり、政府は今年についても 税収不足が発生するとの見通しを示すなど財政状況は依然として厳しい状況に直面している。様々な分野で外資 開放を進める方針を示しており、対象分野では海外からの投資が活発化する可能性はあるものの、国内産業に対 する保護を謳う姿勢がくすぶっているなか、突如方針が変更されるリスクもあるなど企業にとっては安心して投資し 得る環境とはなっていない実態も残る。表面的には同国経済を取り巻く環境は変化したとも採れるものの、そのこと が劇的な改善に繋がるかは不透明と判断出来よう。ASEAN共同体の発足は、域内最大の経済規模を有する同 国経済にとってプラスに寄与すると期待されるものの、政府は必ずしも経済統合に前向きな姿勢を示しておらずそ の恩恵が充分に届くかは不透明ななか、当初期待されていた域内分業による同国の存在感向上といったことにも 繋がりにくい可能性が高く、この姿勢が中長期的な潜在成長力の足かせとなることも懸念される。なお、今月初め には首都ジャカルタ州知事の発言を巡ってイスラム強硬派組織が同氏の辞任を求めて大規模デモを展開するなど、 国民の大半が穏健なイスラム教徒であり宗教を前面に据えた緊張状態とはほど遠いとされた同国で異例の動きが 広がった。米国のトランプ次期政権では主要閣僚に反イスラム姿勢の強い面々が配置されるとの見方もあるなか、 こうした宗教的色彩の強い動きが広がれば米国のみならず他国との関係に悪影響を与える可能性もあり、そうした 場合には景気の下押し要因となることには注意が必要と言えよう。

• タイ:2016 年の経済成長率を前年比+3.2%、 2017 年は同+3.0%、2018 年は同+3.1%と3%

程度の経済成長は可能と予想するが、極めて勢いの乏しい展開が続くと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+2.23%と前期(同+3.00%)から減速して5四半期ぶりに3%を下回る 伸びとなるなど、数四半期に亘って堅調な景気拡大が続いてきた状況に一服感が出ている。原油安の長期化など を理由にインフレ圧力は後退している上、長期間に亘って低金利環境が続いているにも拘らず個人消費は前期に 大きく拡大した反動で下押し圧力が掛かったほか、政府は景気下支えの観点から年初に公共投資を前倒し執行し たことから、足下ではその一巡に伴い政府消費に下押し圧力が掛かり、固定資本投資も鈍化するなど内需は全般 的に力強さを欠いている。また、世界経済の底打ち期待を反映して輸出には底入れの動きが出ている一方、国内

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経済の弱さや先行き不透明感は企業の設備投資意欲の足かせとなっており、低金利状態の長期化にも拘らず民 間投資が伸び悩む など景気の重石になっている。足下の同国経済は家計及び企業部門といった民間部門の活動 が依然として低迷するなか、政府による公共投資主導での景気下支え策が景気の浮沈を大きく左右する展開が続 いており、自律した景気回復とはほど遠い状況にある。先行きについてもタクシン政権下で「バラ撒き」政策を主導 したソムキット副首相が陣頭指揮を採る形でインフラをはじめとする公共投資のほか、減税措置や低所得者を対象 とした補助金政策などの拡充が図られる可能性は高く、その動きが景気の下支え要因となる展開は変わらないと 予想される。来年にも予定される国王の戴冠式に関連する一連の行事などは一時的に景気の押し上げに繋がると みられるほか、プラユット政権が来年中にも実施するとしている民政移管プロセスも政府消費の拡大を促すであろ うが、その後に誕生する政権は基本的に軍の意向を無視した政策運営が不可能な状況を勘案すれば、政治的な 不透明感が引き続き景気の足かせとなる可能性には注意が必要。また、政府による「バラ撒き」主導の経済政策は 財政リスクを増幅させる可能性も懸念されるなか、足下における国際金融市場の動揺は同国経済に対する下振れ 圧力となることも予想され、周辺国と比較して労務関連コストの上昇圧力が高まっていることも対内直接投資の足 かせになると見込まれる。ASEAN共同体を巡っては製造業の核になると目される同国ではあるが、中長期的な潜 在成長率の低下は徐々にその存在感の低下を招くことも懸念される。

• マレーシア:2016 年の経済成 長率を同+4.1%、2017 年も同+4.0%、2018 年は同+4.3%と

勢いに乏しい展開が続くことは 避けられないものと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+6.10%と前期(同+2.67%)から大きく加速して7四半期ぶりの高い伸 びとなるなど、一見すると堅調な景気拡大が続いているようにみえる。内訳をみると、 国際金融市場が落ち着きを 取り戻すなかで世界経済が底打ちしたことを反映して輸出が大きく拡大するなか、ASEAN内でも相対的に輸出依 存度が高い同国経済にとっては大幅な景気押し上げに繋がっている。その 一方、景気下支えの観点から公共投 資が前倒し執行された影響で政府消費に一服感が出ているほか、原油安の長期化などに伴いインフレ圧力は後 退しており、中銀は7年半ぶりの利下げに踏み切るなどの動きをみせたものの個人消費は弱含む展開が続いてい る。また、国内外の景気に対する不透明感は企業による設備投資の重石となっており、外需の回復にも拘らず内 需が景気の足を引っ張る状況となっている。当期については外需の大幅な加速が成長率の押し上げに繋がってい るものの、米国のトランプ次期政権が保護主義的な通商政策を志向するとみられるなか、同国も加盟するTPPから の離脱を表明したことで実質的に協定自体の締結そのものが困難になっていることは、同国の外需を取り巻く環境 が厳しくなることを意味する。また、同国はアジアでも有数の産油国であるなか、年明け以降の原油相場の底入れ はファンダメンタルズの改善に繋がると期待される一方、先行きの原油相場は引き続き上値の重い展開が続く可能 性が高まっており、改善の足踏みが懸念される。そして、同国は経済全体に占める公的部門の占める割合が高く、 公的債務残高の水準も周辺国に比べて高いなど財政状況が厳しいなか、同国金融市場は短期資金を中心に海外 資金に対する依存度が高いことから、足下における国際金融市場 の動揺は資金流出圧力を通じて実体経済に 様々な形で悪影響を与えることにも注意が必要である。

• フィリピン:2016 年の経済成長率は前年比+6.7%と年前半の景気加速が全体の押し上げに繋が

るが、2017 年は同+ 6.1%、2018 年は同+6.2%と落ち着いた推移が続くと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前期比年率+4.78%と前期(同+8.51%)に大幅に加速した反動も影響して伸びが 鈍化したものの、基調としては堅調な景気拡大が続いている。原油相場の低迷長期化に伴う中東からの移民労働 者による送金への悪影響が懸念されたものの、年明け以降の相場底入れに加え、米国経済 の堅調さを追い風に 送金の旺盛な流入が続いており、国内におけるインフレ圧力の後退も相俟って個人消費は引き続き堅調な拡大が 続いて景気のけん引役となっている。長期に亘る低金利を追い風に建設需要は依然として活発な動きが続いてお り、固定資本投資の拡大も景気を下支えしている。さらに、中国向け輸出が底打ちしたほか、世界経済の改善期待 も輸出の回復を促しており、内・外需ともに景気拡大を促す好循環が続いている。こうした状況にも拘らず成長率が 減速した背景には、過去2四半期に亘って景気押し上げを促した在庫投 資に調整圧力が掛かったことが影響して おり、そのこと自体は問題ではないと判断出来る。ドゥテルテ政権アキノは、前政権下で関係が悪化した中国などと の外交を展開し、中国から巨額の経済支援を取り付けるなどの動きもみられる。米国大統領選を経て次期大統領 にトランプ氏が就任することが決まって以降、ドゥテルテ氏は表立って米国批判を行う姿勢をみせていないが、両国 関係の行方には注意が必要である。また、トランプ次期政権が保護主義的な通商政策を志向するなか、ここ数年 同国では 英語が公用語であることを理由にBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やIT関連などを中心とす る外注ビジネスの投資を積極的に受け入れてきたが、このクライアントの太宗が米国であることを勘案すれば、米 国の通商政策がこの動きに与える影響も懸念される。先行きについては米比関係のあり様が経済成長に様々な影 響を与えることも考えられ、当面は慎重な見方が穏当と想定される。

• ベトナム:2016 年の経済成長率は前年比+6.1%、2017 年は同+6.3%、2018 年は同+6.4%と

2000 年代初旬に比べて勢いの乏しい展開になることは避けられないと予想。

7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比+6.62%と前期(同+5.56%)から加速して3四半期ぶりに6%を上回る 伸びとなるなど、年明け以降減速基調が強まった景気に底入れの動きがみられる。世界経 済の底打ち期待を反 映する形で低迷が続いてきた外需に底入れの動きが出ており、製造業を中心とする生産拡大に繋がっているほか、

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原油安の長期化などに伴うインフレ圧力の後退を受けて個人消費は堅調に推移するな か、国際金融市場が落ち 着きを取り戻したことでサービス業の生産も拡大基調を強めるなど、幅広い分野で生産拡大に繋がっている。 年明け直後には異常気 象などの影響で生産に大きく下押し圧力が掛かった農林漁業の生産も底入れが進んでお り、農村部を中心とする地方の個人消費にもプラスの効果が出ていると見込まれる。ただし、先行きの同国の外需 を取り巻く環境を巡っては、米国のトランプ次期政権が保護主義的な通商政策を志向する可能性が高いことに加え、 英国のEU(欧州連合)離脱に伴う英国及びEU経済への悪影響に伴うリスクも今後徐々に現われることが懸念され るなか、TPPについても同国は批准手続を停止するなど大きく後ろ向きの姿勢に転換しており、外資系 企業など による投資への影響が懸念される。同国はASEAN共同体とTPPの接合点として、双方による好影響を最も享受 することが可能な国と捉えられており、そのことが近年の対内直接投資の旺盛な流入を促してきただけに、市場開 放や構造改革を促すと見込まれた協定への参加が大きく後退したことは投資縮小を通じて中長期的な潜在成長率 の低下を招くことも考えられる。今年1月の共産党大会では党首脳部に比較的中国に近い面々が据えられることと なり、今後の外交及び経済政策は米中間での相対化が進むと考えられるが、そうした姿勢はわが国との関係にも 少なからず影響を及ぼすと見込まれる。

9.インド経済動向

4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比+7.1%と前期(同+7.9%)から減速して5四半期ぶりの

低い伸びに留まるなど一見すると急速に景気の減速感が強まったようにみえるものの、季節調整 値

に基づく前期比年率ベースではわずかに加速して+9%超と高い伸びが続くなど、堅調な景気拡大

が続いている。前年比ベースで大きく減速した背景には、前年にはインフラを中心とする公共投資が

大きく加速して成長率が大きく押し上げられた反動が影響しており、当期についてはより「身の丈」に

近い伸びと捉えることが出来よう。原油安の長期化に伴って低下トレンドが続いてきたインフレ率が

底打ちしたことで家計部門の実質購買力に下押し圧力が掛かることが懸念されたものの、低金利状

態の長期化が耐久財を中心とする消費の下支えとなったほか、年度初めのタイミングで公共投資が

進捗したことは固定資本投資を押し上げるなど全般的に堅調な内需が経済成長をけん引する状況

は変わっていない。低迷が続いてきた輸出にも底打ち感が出るなど外需も経済成長を下支えしてお

り、足下の経済成長は内・外需がバランス良く噛み合う展開が続いている。今年は雨季(モンスーン)

の雨量が例 年を上回り、カリフ期の主要作物の作付面積も例年を上回るなど穀物をはじめとする食

料品に起因するインフレ圧力への懸念が後退しており、足下ではインフレ率が再び低下トレンドを強

めるなど内需にとって押し上げ 材料となることが期待されている。底入れが進んだ原油相場は足下

で頭打ちしていることでインフレ圧力が後退したほか、経常赤字幅も急速に圧縮されるなど経済のフ

ァンダメンタルズ(基礎的条件)は大きく好転しており、金融市場の動揺に対する耐性は向上している。

足下の国際金融市場の動揺に際しては、以前同国が「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5ヶ国)」の一角

を占めたことも理由に海外資金の流出圧力が強まり、当局がルピー相場の安定に向けて為替介入

に踏み切る事態を招いている。2016 年の経済成長率を+7.5%、2017 年は同+7.6%、2018 年は同

+7.7%とみており、年度ベースでは 2016-17 年度は同+7.5%、2017-18 年度は同+7.6%、

2018-19 年度は同+7.8%と徐々に加速すると予想するが、政府が目指す8%成長に届く可能性は

低いと予想。

モディ政権による構造改革を巡っては長年の懸案であったGST(財・サービス税)導入に掛かる憲法改正が議会 を通過し、税率も決定するなど来年4月からの導入が期待されるなど予想外のスピードで前進してきたが、11月初 めに政権が突如「不正防止」を理由に高額紙幣の廃止を決定した影響で実体経済の下押しが懸念される事態とな り、今後の地方議会での交渉などに悪影響が出る恐れもある。なお、高額紙幣の廃止に伴い多くの国民が該当紙 幣を交換すべく銀行預金が拡大しており、結果として元々多くの国民にとって銀行との取引慣行が乏しいなかでそ の機会を拡大させたことは、先行きの同国経済にとり信用創造などの観点からプラスの効果を生む可能性はある ものの、短期的には紙 幣不足が高額消費や企業決済などに悪影響を与えることで景気に下押し圧力となることは 避けられない。

10.視点:世界経済への懸念

‐まだ不透明なトランプ新政権の政策方向‐

トランプと共和党主流派は選挙前まで激しい批判合戦を展開したので、どこでどう妥協

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するかが注目されていた。最近、目立つのは与党共和党の主流派を政権の中枢に起用

する人事が進みつつあること。政権運営の安定化に向け、「選挙モードから統治モード」

に切り替え、まずは政府・与党間の協力体制を優先する姿勢が形になりはじめた格好だ

が、まだ、完全に全容があきらかになっていないこともあり、依然として不透明感が漂う。

視点―1 共和党の内部を政治信条で大きく分けると、(1)茶会が主流の小さな政府を標榜、(2)茶会が主流 の LGBT や妊娠中絶に反対する宗教右派、(3)国際派が主流で自由と民主主義を世界に広める使命感か ら国際情勢 に積極的に関与、従って国家安全保障面ではタカ派、の3つに分けられる。 これらは大統領選挙でトランプが主張し た内容とは相違と一致の両方がある。(1)の小さな政府は、個人と法人向けの減税は一致するものの、1兆ドルの公 共投資構想は相違する。(2)の宗教右派思想 はほぼ一致する。(3)の国際情勢への関与は、トランプが主張した国 際孤立主義とは完全に相違する。 政府・与党の関係とはいえ政治信条に相違がある以上、政策に落とし込む段階で 優先順位をつけて妥協するのが政治だ。しかも(1)の小さな政府と(3)の国際情勢への関与は、世界経済への影響 の観点でベスト・シナリオとワースト・シナリオを分けるほどの重要性を持つと考えられる。世界経済へのベスト・シナリ オは、(1)公共投資の小幅な増加と小幅な減税で景気を支え結果的に やや大きな政府となる、(3)国際社会では孤 立主義とならないようこある程度の国際社会への関与を継続する、だ。(1)では共和党の茶会が妥協する一方、(3) ではトランプが妥協する組み合わせだ。 他方、ワースト・シナリオはベストシナリオと妥協点が真逆だ。(1)減税と公 共投資削減(増加で はない)で小さな政府を実現する、(3)関税の引き上げ、国際紛争への不関与、不法移民の強 制送還、 新規移民の受け入れ制限、など国際孤立主義を高めす政策だ。(1)ではトランプが妥協する一方、(3) で は共和党の国際派が妥協する組み合わせだ。 国民の最大の関心は自分の生活である。そのため内政の重要度は 外交より高い。ベストシナリオが頓挫した場合、残るはワースト・シナリオであることは注意を要する。 尚、(2)の宗教 右派について、野党となった民主党支持者が強く反発しており、大統領選挙後も反トランプのデモが頻発している。こ れに対処するため、トランプは同性婚を容認する意向を示した。また、クリントンに対し特別検察官を指名する方針を 撤回する意向も示している。これらは野党や野党支 持者に対する妥協だが、国政の安定の観点では良い方向に向 かう要因になると見られる。 視点―2 足許の米国経済 米国経済は、足許で成長ペースが加速。2016 年7~9月期の実質GDPは、前期比年率 +3.2%と力強い伸びに。 家計部門では、雇用者数の堅調な増加が続いているほか、時間当たり賃金の伸びも前年比+2%台後半まで上昇。 雇用・所得環境の改善が続くなか、個人消費は底堅く推移。悪化が続いてきた企業部門も、2四半期連続で設備 投 資が増加したほか、輸出の伸びも高まるなど、持ち直し傾向。 視点―3 政策の方向は? 「米国第一」に向けて 1)トランプ氏の経済政策の目玉は、大規模な財政出動。所得税や法人税の 減税、インフラ投資が実施されれば、米 国経済の成長率を押し上げる見込み。もっとも、トランプ氏の掲げる法人税・所得税減税やインフラ投資の大半が実施 された場合には、短期的な景気の急拡大が見込める一方、10 年後の公的債務残高が約 30%ポイント上 振れると試 算されており、中期的な米国の財政に対する信頼性が低下する恐れ。議会を支配する共和党主流派は公的債務の 大幅拡大に反対の立場であるため、トランプ氏の公約の実現度合いは、議会共和党との落とし所、妥協点を探る交渉 次第。 所得税減税は、2017 年後半から家計の可処分所得の増加を通じて個人消費の拡大に寄与する見通し。もっ とも、公約通りの実施では財政赤字の拡大が深刻化するため、減税幅は縮小される公算大。今回の予測では、手厚 い減税が見込まれている高所得者の減税幅は半減されると想定し、個人消費の増加により 17 年のGDPは+0.2%押 し上げられると予想。 一方、法人税減税は、直ちに企業行動の変化に結びつきにくいものの、中期的な投資環境 の 改善に寄与する見込み。今回の予測では、法人税減税が毎年5%ずつ下がると想定し、2018 年のGDPが+0.2%押 し上げられると予想。大規模なインフラ投資については、公共インフラの老朽化により投資拡大の必要性は広く 共有 されており、部分的な実施であればコンセンサスを得やすい。今回の予測では、規模が3分の1に縮小されて実施さ れると想定し、政府支出の拡大を通じて 17 年の GDPを+0.1%押し上げると予想。 2)金融政策は、財政支出の増加幅により大きく左右される見通しながら、メインシナリオで は、FRBは極めて緩慢な ペースで利上げを実施すると予想。背景として、①新政権発足後 も財政の拡大ペースは緩やかにとどまると予想さ れること、②インフレ率は、原油価格の持ち直しにより 2017 年にかけて上昇すると予想されるものの、FOMC参加者 は、一時的にイ ンフレ率が2%を超えても利上げペースを加速しないことを示唆していること、 ③FRBのもう一つの 金融政策目標である労働市場は回復傾向が持続しているものの、労働参加率や不本意なパートタイム従事者には改 善の余地が大きく、労働市場に依然としてスラックが残存していることを指摘可能。今回の予測では、年2回のペース で利上げが行われると予想。トランプ新政権の大幅な財政支出を起点に 需要が押し上げられ、GDPギャップの解消 が前倒しになれば、需給ひっ迫などによりインフレ圧力が急速に高まる可能性も。実際、足許では、トランプ新大統領 の財政政策により物価が押し上げられるとの見方から、インフレ期待が急速に持ち直し。さらに、新政権で中央銀行 の独立性が維持されるかどうかにも留意が必要。共和党は、政府監査院にFRBの金融政策決定を監査させることな

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どを目的としたFRB監査法案を、既に議会に提出。新政権下で、政府からFRBへの圧力が強まれば、FRBの独立性 が侵され、経済状況に応じた柔軟な金融政策が実施できなくなる可能性も。 3)トランプ新大統領の保護主義や排外主義は、短期的に米国景気を下振れさせるだけでな く、世界的な景気悪化 や、米国の中長期的な成長力低下につながる懸念大。まず、短期的に米国景気が下押しされるリスク。米国ではGD Pに占める輸出入の割合が高まっており、世界経済の影響を受けやすい構造に。関税の引き上げなどの保護 主義 的な施策は、貿易相手国による報復措置を招くことになり、①米国輸出の減少、②輸出企業の業績悪化による国内 投資の減少、③輸入品の価格上昇など、米国経済へのマイナス影響が生じる見込み。加えて、トランプ氏は、米国の 輸出拡大のためドル安を選好する可能性。米国の輸出関数 を推計すると、ドル安は輸出拡大要因ながら、インパクト はさほど大きくなく、むしろ世界の需要動向の方が米国輸出への影響が大。保護主義の広がりとドル安政策は他国 の景気悪化要因としても働くため、世界景気の下振れを通じて、ドル安効果が顕在化しない可能性も。トランプ氏の移 民抑制姿勢は、米国の人的資本の伸びを下押しするリスク。長期的にみると、米国では移民による人口の増加分が なければ、生産年齢人口は減少する見通し。米国の人的資本の増加にとって移民は重要な役割を果たしており、トラ ンプ新政権が移民排斥の動きを強めれば、米国の潜在成長率が中長期的に下押しされる恐れ。 4)大統領選の焦点となっていた所得二極化の是正は期待薄。2009 年以降のオバマ政権下で は、低所得者層の所 得が減少する一方、高所得者層ほど所得の伸びが大きく、所得格差が拡大。トランプ氏は自由貿易の拡大が二極化 の原因であると主張し、今回の選挙戦 で保護貿易を掲げた結果、中間層の支持を獲得して当選。トランプ氏が経済 政策の目玉の一つとして掲げる所得減税策は、景気の押し上げに寄与するものの、高所得者ほど減税幅が大きいた め、所得格差の拡大に作用する見込み。一方で財政赤字の大幅な悪化が見込まれるため、高所得者を中心に減税 幅が縮小される可能性が高いものの、高所得者に手厚い政策の基本的な形が変わらなければ、所得格差は拡大す る方向。米国に蔓延する不平等感は解消されず、こうした民意が今後も 様々な形で政治・経済に影響を与える公算 大。所得二極化の主因は、産業構造の変化。産業別の賃金と雇用者数の推移をみると、2009 年以降、低賃金業種の 賃金の伸び悩みが続くなか、内需主導の景気回復によりこうした業種での雇用者数が大幅に増加。中間層が多く属 する製造業でも、雇用がほとんど増えておらず、全体の雇用に占めるシェアも低下傾向。レジャー・外食などの低賃金 業種の賃金を引き上げるためには、最低賃金の引き上げなど 強制的に賃金への上昇圧力を作りだすことも一案。労 働分配率をみても、足許の水準は依然 として低水準にあり、雇用者報酬の引き上げ余地は残存。製造業の雇用を拡 大するには、保護主義ではなくグローバルに開かれた経済を維持し、他国企業が米国拠点を魅力に感じるようなビジ ネス環境を整えることが必要。

11.視点; トランプ政権の通商政策 -中国と争点になる鉄鋼価格-

世界的に鉄鋼生産が余剰となる中で割安な中国産輸入製品の急増が、世界的に鉄鋼業界の雇用に

影響を及ぼしており、米国鉄鋼業界も国内鉄鋼需要の拡大にも係わらず、国内シェアの低下を通じ

て収益悪化に見舞われている。このため、最近の雇用悪化は、中国産輸入製品の影響によるところ

大きいとみられる。米鉄鋼業界は政府に対して中国の過剰生産設備の解消や、ダンピングなどの不

公正貿易の是正について要望しているものの、目にみえる成果は挙がっておらず、民主党政権に対

する根強い不満があった。

・米鉄鋼業の平均年収(15 年)は、民間全産業平均が 5 万 3 千ドル程度に対して、製鉄業が 7 万 9 千ドル、鉄鋼製 品加工業が 6 万 3 千ドルと、平均給与を大幅に上回っているほか、製鉄業では、製造業の平均(6 万 4 千ドル)も上 回る水準となっており、鉄鋼業の給与水準は比較的高い。このため、鉄鋼業界を解雇された労働者が、比較的職 が見つけ易いサービス小売業(3 万ドル)や宿泊・外食サービス(1 万 9 千ドル)といったサービス業に転職する場合 には、給与水準の低下は避けられず、失業した場合に政府に対して不満を持ち易かったと考えられる。

トランプ氏は、選挙期間中に中国を名指しして不公正な貿易慣行を非難したほか、海外に流出した製

造業の雇用を国内に回帰させると繰り返し主張してきた。こうした主張が、これらの地域で鉄鋼業を

はじめ製造業に従事する者や、製造業に勤務していて解雇された失業者の心に響き、これまでの民

主党支持からトランプ候補支持への変更につながったとみられる。鉄鋼の過剰生産の元凶が中国で

あるとの認識が強まる中で、12 年以降はOECDの鉄鋼委員会で過剰生産能力問題への対応につい

て議論が行われている。この会合では、非加盟国の中国も議論に参加している。同委員会が 15 年に

公表した報告書では、中国を名指しこそしなかったものの、過剰生産設備積み上がりの要因として、

政府の補助金による設備投資など、政府支援の存在を指摘した。また、過剰生産の結果、鋼材価格

の下落や、鉄鋼メーカーの収益圧迫、雇用の減少が生じていることを指摘。

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視点―1|世界の鉄鋼生産・需要動向-中国の台頭と過剰生産問題 国別粗鋼生産高の推移をみると、中国の台頭が際立っている。世界の粗鋼生産高は 90 年の 742 百万トンから 15 年 にはおよそ 1,600 百万トンに 850 百万トン増加した。この間、中国の粗鋼生産は 733 百万トン増加しており、増加の大 宗を占めている。とくに、00 年以降は増加が顕著となっているが、これは中国の第 10 次 5 ヵ年計画(01~05 年)で「産 業構造の最適化とグレードアップ」を達成するための重点産業の一つとして鉄鋼業が挙げられたことが大きい。一方、 日本と米国の生産はこの間に小幅に減少した。中国の粗鋼生産急増の結果、鉄鋼メーカーの粗鋼生産ランキング (15 年)は、上位 20 社中、中国企業が 10 社を占めるまでになっている。 中国は鉄鋼生産を急増させてきた。国内需要の増加が背景にあったが、中国の成長鈍化に伴い国内の鉄鋼需要の 伸びが鈍くなる中でも生産能力の増加を図ったことから、世界的な需要ギャップ(生産能力-粗鋼需要)の拡大基調 が強まっている。00 年初には 286 百万トンであったギャップは、15 年に 872 百万トン、17 年には 912 百万トンと更なる 増加が見込まれている。その結果、粗鋼生産に関する設備稼働率は、世界全体で金融危機前の 9 割近い水準から、 足元では 7 割近い水準に低下した。ボストン・コンサルティンググループによれば、設備稼働率は 92%程度が健全と 指摘されており、足元の低い稼働率は鉄鋼業界にとって非常に厳しい状況である。さらに、中国が国内でだぶついた 鉄鋼製品を積極的に輸出した結果、中国の鉄鋼・半製品の純輸出(輸出-輸入)は、09 年の 1.6 百万トンから、15 年の 98.4 百万トンまで急激に増加した(図表 9)。とくに、14 年以降は伸びが顕著となっている。その結果、中国製品の価格 下落に伴い、世界の鋼材価格も 11 年以降に顕著に下落したことが分かる。鋼材価格は 16 年以降に上昇しているが、 これは石炭などの原料価格の上昇によるものであり、鉄鋼需給が改善した訳ではないことに注意が必要だ。

視点―2 米国鉄鋼業界の動向-中国からの輸入に押され業績が悪化。

米鉄鋼業界は、生産が伸びない中で雇用を大幅に減少させてきた。鉄鋼業界の雇用者数は、90 年に 26 万人程度で あったが、足元では 13 万人台半ばとほぼ半分になった。一方、鉄鋼 1 トンを製造するのに必要な仕上げ工程は、90 年の 4.6 人時から、15 年は 1.9 人時と 2.4 倍に改善しているほか、米国内の多くの工場では 1 人時を切る水準まで低 下しているため、雇用減少は生産性の改善による部分も大きいと考えられる。しかし、米国内の鉄鋼需要が堅調な中 で、14 年以降に輸入品が増加し、輸入浸透率(鉄鋼需要に対する輸入品の比率)は 3 割超と大幅に増加しており、米

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