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地理学の参照基準に関する基礎的研究

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の地理教育との標準化をはかり,海外の大学との単位交 換に際しても,シラバスの形式で教育内容を明示できる ようになる. 現在,日本学術会議の大学地理教育小委員会では,地 理学の参照基準が議論されている.筆者は,その連携会 員のひとりとして,「学習方法および学習成果の評価方 法に関する基本的な考え方」をまとめる任務を受けもっ ている.最初は,参照基準がどのような内容のものなの か,全くの手探り状態であったが,幸いにして,イギリ スで既に地理学の参照基準が策定されているという情報 を得た.筆者は,1980年にイギリスのリーズ大学に留学 した経験があることから,その経験を活かし,イギリス 1.はじめに 大学の地理学科に所属する教員にとって,学生に地理 学のなにを教えればよいのかは,常に悩ましい問題であ る.自然と人文の2 分野に及び,また,各分野で細分化 が著しい現代の地理学にあって,細分化された個別的事 象を取り上げただけでは,地理学の全体像を伝えること はできない.そこで考えられるのが,地理学の参照基準 を策定することである.本稿は,地理学の主要先進国の ひとつであるイギリスにおいて策定された地理学の参照 基準を参考にしながら,地理学の参照基準の内容と在り 方を考察する.地理学の参照基準を策定することは,そ の専門教育において一定の質を担保するとともに,世界

高 阪 宏 行

This paper aims to consider various subject knowledge and understanding to draw up the reference standard of geog-raphy. First three types of essential geographical characteristics are considered. The first characteristic is an emphasis on location which is called as spatial approach. The second is geography’s emphasis on land and people relation called as ecological approach. The third characteristic of geography is regional synthesis, in which the spatial and ecological approaches are fused.

While referring Geography 2007 provided by The Quality Assurance Agency for Higher Education, subject knowl-edge and understanding in geography are summarized as seven themes. These are man-environment relations, spatial variation, place, physical world as a system, difference in society, spatial scale, and temporal scale and change.

Parallel to the development of the reference standard in geography, the contents of the standard geography textbook should be designed. The contents of textbook should be described in the relation to subject knowledge and understand-ing in geography. The textbook also should be paid attention to the joinunderstand-ing relations between educational stages such as the geography of the high school and the geography of the university. The third considerable point is a problem of the obsolescence of the article of learning contents. The last is the use of the digital geography information on making the textbook.

Keywords : geography, reference standard, QAA, subject knowledge and understanding

地理学の参照基準に関する基礎的研究

Basic Study on the Reference Standard of Geography

Hiroyuki KOHSAKA

(Accepted November 16, 2013)

Department of Geography, College of Humanities and Sciences, Nihon University, 3−25−40, Sakurajosui, Setagaya−ku, Tokyo, 156−8550 Japan 日本大学文理学部地理学科:

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の地理学参照基準の概要を,本稿でまとめることを試み た.地理学では,学習する内容が,国ごとに異なること も起きるであろう.そこで,第2 節では,イギリスの地 理学の考え方の特徴をまとめた.第3 節と第 4 節は,イ ギリス高等教育質保証機構による参照基準の骨子と詳細 を論じている.第5 節と第 6 節は,参照基準に基づいた 地理教育を実行するための教科書作成の試案を示す. 2.地理学の考え方の特徴 地理学の参照基準にとって,一番重要な側面は,地理 学で学習する知識と理解についてである.本節では,そ れらをさらに詳しく考察するまえに,イギリスの地理学 の考え方として,三つの特徴を示す(Haggett, 1995, 10-11). 地理学の考え方の第一の特徴は,位置(location)を強 調した「空間アプローチ」である.地理学は,地表面上 の自然と人文の両現象における位置的な空間変動に関心 をもっている.地理学は,現象の位置を精確に測定し, 地図上でそれらを効果的,効率的に表現し,特定の空間 パターンへと導く因子を見出すことを試みる.人文地理 学では,このアプローチは,平等的な,あるいは,効率 的な空間パターンを提示することにつながる.このよう な空間変動の研究から地理学内で開発された多くの手法 は,一般的特徴をもっており,自然と社会の両現象に対 し特殊なものではない. 地理学の考え方の第二の特徴は,特定の地域(area) の自然環境の諸側面(例えば,土地)とそれを占有ある いは改変する人間との間の関係を強調する「生態アプ ローチ」である.このタイプの分析では,地域間の空間 変動(これらは水平的結びつきとして考えられる)から, 限定された地理的地域内の人間−環境関係(man-envi-ronment relations)(垂直的結びつき)へと,地理学者は その主眼点を移している.環境と人間との関係は,人間 が環境に及ぼす影響と環境が人間に及ぼす影響の二通り があり,また,その対象となる地域は,大は地球全体か ら,小は生活している場所に至る.地理学では,環境と いう用語は,地表面上でのある地点にいる人間を取り囲 む条件の総体を意味している.これらの条件には,気候, 地形,植生,土壌などの自然環境のほかに,文化,社会, 経済などの人文環境も含まれる. 地理学の考え方の第三の特徴は,上記の空間アプロー チと生態アプローチとが融合した「地域による統合」 (regional synthesis)である.地表面を適切に区分した 空間部分は,地域(region)とよばれ,同定されるとと もに,内部形態と生態的連鎖が追跡され,外部関係も確 立される.ハーツホーンの地理学の平面では,系統地理 学から得られた地域の情報を統合することによって,地 誌学(regional geography)が成立することを示した.地 域において,系統地理学から得られた情報を取捨選択 し,適切に統合するならば,地理学者による最高形式の 研究が生み出されるであろう. 3.イギリス高等教育質保証機構による地理学の学 習方法および学習成果の評価方法 教育の水準とは,学位を得るために到達すべきレベル を表し,教育の質は,適切で効果的な教育が提供されて いるかを確認することと関わっている(大学評価・学位 授与機構, 2009 ほか).イギリスでは,高等教育機関の 教育評価担当機関であるQAA (Quality Assurance Agen-cy for Higher Education:高等教育質保証機構)が,2007 年に地理学に対し,学習方法および学習成果の評価方法 を 策 定 し た. 表1 は,その一例を示している(QAA, 2007).地理学の達成度は,(1)「知識と理解」,(2)「知 的(思考)能力」,(3)「分野固有の能力」,(4)「汎用的 な能力」の四つの側面から評価している. 「知識と理解」では,大学の地理学で学習する内容を 示している.イギリスの大学で教えられる地理学の内容 として,①人間環境内の変化の特徴,②自然環境内の変 化の特徴,③自然環境と人間環境間の相互関係,④自然 環境と人間環境間に影響する空間関係の重要性,⑤さま ざまな空間スケールでの場所(place)の多様性と相互依 存,⑥知識と理解を生み出すための人文・社会・自然の 諸科学での多様な取り組み法,⑦手順に基づく調査,が 列挙されている. 「知識と理解」の達成度は,最低水準と模範水準の二 つの水準に分けて示している.最低水準は,知識をもっ ているだけであり, 記述し例示する レベルである.模 範水準は,知識の応用段階にまで達しており, 理解を 説明する レベルである.イギリスの大学は,修了試験 の結果に応じて,所定の成績を修めた学生に優等学位 を,優等学位の水準に達していない学生に普通学位を授 与する.模範水準は,優等学位の水準に相当する. 「知的(思考)能力」では,地理学で学習した内容を議 論し,評価する能力に関わっている.この側面では,① 議論中の暫定的な知識と理解の例示,②疑問や問題の識 別,③問題解決の取り組み方,④情報の統合,⑤理路整 然とした議論,⑥議論の弱点の認識,が取り上げられる. その達成度は,同様に,最低水準と模範水準の二つの水 準を示している.最低水準は,知的(思考)能力をもっ ているだけであり,議論内容を 示す レベルである.

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表1 地理学における達成度の最低水準と模範水準の例:地理学における優等学位を修了した学生がもつべき水準 1 知識と理解 最低水準 ・人間環境内の変化の特徴を記述し例示する。 ・自然環境内の変化の特徴を記述し例示する。 ・自然環境と人間環境間の相互関係を記述し例示する。 ・自然環境と人間環境間に影響するものとして,空間関係の重要性を記述し例示する。 ・さまざまな空間スケールでの場所の多様性と相互依存を記述し例示する。 ・人文,社会,自然の諸科学の認識論の経験から導き出された知識と理解を生み出すため,多様な取り組み法を記述し例示する。 ・手順が指示された調査を実施する。 模範水準 ・人間環境内の変化の特徴について,その理解を説明する。 ・自然環境内の変化の特徴について,その理解を説明する。 ・自然環境と人間環境間の相互関係について,その理解を説明する。 ・自然環境と人間環境間に影響するものとしての空間関係の重要性について,その理解を説明する。 ・さまざまな空間スケールでの場所の多様性と相互依存について,その理解を説明する。 ・人文,社会,自然の諸科学の認識論の経験から導き出された知識と理解を生み出すための多様な取り組み法について,その 理解を説明する。 ・さまざまな状況において地理的概念の理解を応用する。 ・正確度,精度,不確実性に対しする体系的取り組み方法をもっている。 2 知的(思考)能力 最低水準 ・知識と理解が議論中の暫定的なものであるという特徴を例示する。 ・疑問や問題を識別し明確に示す。 ・問題解決の取り組み方を見出す。 ・情報を統合する。 ・理路整然とした議論を展開する。 ・他人の議論の弱点を認識し明確に表現する。 模範水準 ・知識と理解が議論中の暫定的なものであるという特徴を例示し,議論する。 ・疑問や問題を識別し明確に示すとともに,重要さを見極める。 ・問題解決の取り組み方を見出すとともに,評価する。 ・情報を統合するとともに,関連性を認識する。 ・持続性のある理路整然とした議論を展開する。 ・他人の議論の弱点を評価し,明確に表現する。 3 分野固有の能力 最低水準 ・特定の状況の野外調査において,調査の設計と実施の能力を応用するときに関わる問題点を例示する。 ・地理情報を収集(例えば,計測機器,リモートセンシング,地図測量,社会調査,観察,文書や古文書の利用)するときに関 係する各種の特殊な技法や取り組み法を例示する。 ・地理情報を分析するときに関係する,各種の特殊な技法や取り組み法(例えば,空間情報の分析に対する特殊な技法,GIS, 実験室での技法,社会情報の分析に対する定量的・定性的技法)を例示する。 ・地理的知識や情報を表現するときに関係する,各種の特殊な技法や取り組み法(例えば,GIS,地図,各種の文書による方法) を例示する。 模範水準 ・特定の状況の野外調査において,調査の設計と実施の能力を応用するときに関わる問題点を評価する。 ・地理情報を収集(例えば,計測機器,リモートセンシング,地図測量,社会調査,観察,文書や古文書の利用)するときに関 係する各種の特殊な技法や取り組み法を評価する。 ・地理情報を分析するときに関係する,各種の特殊な技法や取り組み法(例えば,空間情報の分析に対する特殊な技法,GIS, 実験室での技法,社会情報の分析に対する定量的・定性的技法)を評価する。

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模範水準は,知的(思考)能力を身に付け,価値や重要 性を判断できる段階にまで達しており,議論内容を 評 価する レベルである. 「分野固有の能力」では,大学の地理学で学習する地 理学固有の能力を示している.イギリスの大学で教えら れる地理学固有の能力としては,①野外調査の設計と実 施の能力,②地理情報を収集する特殊な技法や取り組み 法,③地理情報を分析する特殊な技法や取り組み法,④ 地理学の知識や地理情報を表現する特殊な技法や取り組 み法である.最低水準と模範水準の二つの達成度は,固 有の技法や取り組み法を例示するレベルと,固有の技法 や取り組み法の価値や重要性が判断できるレベルに分け られる. 「汎用的な能力」では,①筆記,口述,図示の手段に よる伝達,②資料の提示,③コミュニケーション力と情 報通信技術の利用,④数値と統計情報の利用,⑤基本的 な数値処理能力,⑥研究・学習能力,⑦仕事の実行と集 団討論への参画,があげられる.模範水準では,上手な 伝達,効果的な利用,適切な解釈などが求められる. 4.地理学の知識と理解について イギリスの大学では,第2 節で示した地理学の三つの 考え方に沿って,地理学を教えている.QAAによる地理 学の学習方法と学習成果の評価方法は,このような考え 方に基づいて策定された.以下では,QAAの学習方法と 学習成果の評価方法から,地理学の知識として理解すべ き七つの項目をまとめてみた. 〇自然と人間の相互関係 地理学は,環境と景観における自然的側面と人文的側 面との間の相互関係を理解する.この考え方の地理的な 意味を正しく認識するため,第一に,環境は地生態圏内 に作用する生物物理過程の結果であることを理解する. 第二に,環境と景観は,人間による改変の結果であるこ とを理解する.最後に,世界は,社会的に構築された方 法により表現・解釈されているため,その方法を理解す る. 〇空間変動 地理学では,空間変動(spatial variation)はよく知ら れた概念であり,自然現象と人文現象における空間分布 (spatial distribution)の知識と理解として示される.地 理学は,水文・地形・気候・植生・土壌などの地表面過 ・地理的知識や情報を表現するときに関係する,各種の特殊な技法や取り組み法(例えば,GIS,地図,各種の文書による方法) を評価する。 ・地理的論争点について,個人的見解を明確に示し,伝達する。 ・考えを新たな状況に応用する。 4 汎用的な能力 最低水準 ・筆記,口述,図示の手段によって,地理的な考え,原理,理論を伝達する。 ・議論を熟考させるために資料を提示する。 ・地理情報を選び,分析し,表現し,伝えるため,コミュニケーション力と情報通信技術(ICT)を利用する。 ・数値と統計情報を解釈し,利用する。 ・基本的な数値処理能力を地理情報に応用する。 ・支援的な枠組みの中で,独立して自発的に(時間管理を含め)研究・学習を行う。 ・集団の中で割り当てられた仕事を実行し,集団討論に参画する。 模範水準 ・筆記,口述,図示の手段によって,地理的な考え,原理,理論を,効果的に上手に伝達する。 ・意図する聞き手に対して,資料を適切に関連付ける。 ・地理情報を選び,分析し,表現し,伝えるため,コミュニケーション力と情報通信技術(ICT)を,効果的に適切に利用する。 ・数値と統計情報を,効果的に適切に解釈し利用する。 ・基本および高度な数値処理能力を,地理情報に効果的に適切に応用する。 ・筋道を立て,前進的,持続的に研究課題を成し遂げるため,独立して自発的に(時間管理を含め)研究・学習を行う。 ・集団の参加者およびリーダーとして,目的達成のため効果的に貢献する。 ・学習過程を反省し,自分の強さと弱さを評価する。

注:『The Quality Assurance Agency for Higher Education 2007』のGeography 2007の表1の翻訳。表内の番号1 ∼4は,理解を 容易にするため,筆者により追加した。

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定,原因と結果を正しく認識する必要がある. 5.標準的な地理教科書の作成 地理学の参照基準の策定と並行して,その内容に沿っ た標準的な地理教科書を作成することが行われる.教科 書の作成に際しては,前節で論じたような地理学の基本 的考え方に立ち返って,その考え方と関係付けながら, 教科書で取り上げる内容を記述すべきである.地理学者 にとっては,地理学の考え方をいまさら言及する必要が ないと思われるが,地理学を始めて学習する学生や他分 野の研究者にとっては,なんでそのような内容を地理学 で取り上げるのか理解できない場合がある.そのために も,標準的な地理教科書で取り上げる内容と,地理学の 基本的考え方との関係を明示する必要がある. 大学での標準的な地理教科書を作成するに当たって考 慮すべき第二の点は,中学校の社会科,高校の地理,大 学の地理学と展開する中での,学習内容の系統的進展に 関係する.各教育課程の段階で,なにが基本であるかに 立ち返り,高校の地理と大学の地理学といった段階間の 接合関係に注意を払いながら,地理教科書を作成するの である.表2 は,高等学校の地理 B の教科書に掲載され ている都市地理学関係の用語の一覧である.高等学校の 段階で,このように都市地理学の多分野にわたり数多く の用語が学習されていることから,大学の地理学ではな にを教えるかが問われることになる. 教科書を作成するに当たって第三の考慮すべき点は, 学習内容の記事の陳腐化の問題である.21 世紀の社会 は,良し悪しに関わらず,急激に変化している.専門の 紹介で,筆者が地理学を専門にしているというと, ど こでなにがとれるか というあの「物産の地理」ですか, という反応が返ってくることが多い.地理学に対し,こ のような認識が多くもたれていると同時に,それでは地 理学が「物産の地理」を正しく把握しているかというと, 必ずしもそうではない.8 月 17 日(2013 年,朝日新聞朝 刊)にロシアのサハ共和国ウダーチヌイ鉱山で採掘され るダイヤモンドの記事が,18日にダイヤモンドの流通を 一手に握っていたデビアスの独占体制崩壊の記事が掲載 されていた.大学の地理学では,「物産の地理」に限らず, 常に最新の地理(geographies)を把握している必要があ る.情報通信技術が発達した今日,地理に関わる最新情 報は,以前に増して容易に入手できるようになったこと から,地理が陳腐化しないような努力を続けるべきであ る. 程の自然界における空間変動パターンとその動態特性を 説明する. また,地理学では,空間関係(spatial relation)が,経 済・社会・政治の諸活動において固有で重要な特徴とし て捉えられている.また,空間関係は,社会関係を投影 し,再生産し,新たに作り直すものとして考えられてい る.さらに,地理学では,自然環境と人文環境に関わる 政策事項の論議で,空間次元(spatial dimension)が重 要であると捉えている. 〇場所 地理学では,特定の場所(place)の特殊性(際立った 特徴;distinctiveness)は,物理・環境・生物・社会・ 歴史・経済・文化の諸過程によって構築され,継続的に 作り直されているという方法が理解されている.また, 場所に特有の特徴は,諸過程に影響することも理解され ている.日常体験の外側にある場所やグローバルな状況 の中にある場所について,それらの特徴を学習し把握し ていることが示される. 〇自然システム 地理学では,自然界のパターン・過程・相互作用・変 化を,一連の空間スケールでシステムとして概念化す る.自然環境の人間活動への影響(例えば,自然災害), 人間活動の自然環境への影響(大気汚染,気候変動,森 林伐採,土壌侵食),そして,環境と景観の管理,をシ ステム枠に組み込む方法を理解する. 〇社会の差異 地理学では,場所・空間・時間の考えは,社会におけ る差異(difference)の特徴の理解を授ける.経済・社会・ 政治・環境における不平等の主要次元とその大きさの知 識を示し,差異や不平等の地理を形成する過程を解釈す る.差異や不平等の概念は,発展と持続可能性の基礎を 成しており,知識の統合部分となる. 〇空間スケール 空間スケールとは,ローカル,地域(リージョナル), グローバルなスケールである.自然過程,人文過程,そ れらの相互作用が,ローカル,地域,グローバルなスケー ルで作用し,特定の地理を作り出す方法を理解する.あ るスケールの相互作用が他のスケールの相互作用に影響 する方法を理解する. 〇時間スケールと変化 人文界と自然界の理解や,それらの相互作用・相互依 存の理解にとって,変化を正しく認識することは重要で ある.さまざまな時間スケールで作用する変化の過去の パターン,特に今日と近い将来の社会を形づくる点で最 も影響する過去の変化パターンを把握する.変化と安

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6.デジタル地理情報の利用 教科書を作成するに当たって第四の考慮すべき点は, デジタル地理情報の利用である.地理情報は,地理学者 の間で,意外に理解されておらず,評価も低い.「地理 情報」とは,基本要素として(x, z) の組によって定義で きる(高阪,2008).xは時空間内のある位置を示し,z はその位置と関連した一組の属性を表す.時間を捨象す ると,xは地表面上に限定される空間内の「位置」であ る.したがって,「地理情報」とは,地表面上の位置と その属性の組で成り立つ情報なのである. 21 世紀も 10 年を過ぎたころから,日本では,デジタ ルな地理情報をインターネットから無料でダウンロード できる環境が整ってきた.例えば,国土交通省国土地理 院の「基盤地図情報サイト」では,基盤地図情報縮尺レ ベル2500と25000から道路・鉄道・河川・行政界・建物 など,数値標高モデル5m メッシュと 10m メッシュから 標高データがダウンロードできる.また,国土交通省国 土政策局の「国土数値情報ダウンロードサービス」から は,国土骨格,施設,土地関連のレイヤなどが入手でき る.さらに,政府統計の総合窓口「e-Stat」では,地図で 見る統計(統計GIS)から,国勢調査小地域集計と町 丁目・字界レイヤがダウンロードできるようになった. これらのデジタルな地理情報を利用するならば,第4 節で論じたような地理学の基本的考え方を,最新のデー タに基づき,より詳細に,より深く理解させることがで きる.取り上げる課題は,今日の問題に結び付いた方が 望ましく,できるだけ分かり易く表現する工夫が必要で ある. 〇自然と人間の相互関係 最近,極端気象とよばれる異常気象が多発している. そのひとつに,集中豪雨による都市水害がある.図1は, 東京都豊島区のJR 大塚駅周辺における洪水ハザード マップを示している(高阪,2010).予測浸水深度が2m 以上の青色のメッシュは,大塚駅の東側に見られ,浸水 地区は北西から南東に連なっている.浸水地区がこのよ うに分布するのはなぜなのであろうか.図2 は,今から 121年前の明治25年の大塚駅周辺の地図である.すでに, 品川線(赤羽線,現埼京線)の板橋駅は開業しており, そこから南東に谷端川が流下していたのがわかる.図3 では,基盤地図情報からダウンロードした数値標高モデ ル5m メッシュを利用して,GIS 上に大塚駅周辺の地形 を再現するとともに,谷端川を重ね合わせてみた.旧癌 研通りと大塚三業通りは,以前は,谷端川が流れていた のである.河道を暗渠化して道路を建設したという「人 間による自然改変の結果」,今日では普段は河川の存在 は気づかない.しかし,集中豪雨により,暗渠化された 河川は溢水し,「自然は人間に影響する」のである. 「自然と人間の相互関係」に関わる事例として,この 都市水害は必ずしも好例とは思わないが,「自然と人間 の相互関係」に関するさまざまな事例を取り上げ,その 間の複雑な因果関係を記録し蓄積していくことによっ て,地理学の教科書は進化していくであろう. 表2 高等学校の地理Bの教科書に掲載されている都市地理学関係の用語 分野 関連用語       都市化 農村地域の都市化 都市人口率 スプロール現象 都心の空洞化 ドーナツ化現象   郊外化 都心回帰 反都市化 再都市化 ジェントリフィケーション 都市形態 平面形態 街路形態 コナーベーション 都市空間の立体化 垂直的都市景観 都市機能 生産都市 衛星都市 中枢管理機能 複合都市   都市立地 河港・港町 城下町 門前町     都市規模 大都市 メトロポリス メガロポリス 世界都市   都市システム 人口規模順位 首位都市 都市の階層性と配置 都市圏 大都市圏 都市内部構造 都市構造モデル 中心業務地区 小売・卸売業地区 漸移帯 工業地区   住宅地区 高級住宅地 都心 副都心 民族の住み分け   人口集中地区 昼夜間人口比 機能の地域的分化     都市問題 インナーシティ問題 スラム インフォーマルセクター ストリートチルドレン ホームレス   交通渋滞 地盤沈下 排気ガスの大気汚染 ごみ問題 地下水汚染   都市機能の麻痺 一極集中 過密問題 人口爆発   都市計画 ニュータウン 田園都市構想 グリーンベルト 再開発計画 歴史的景観保存   ウォーターフロント コンパクトシティ エッジシティ   参考資料:二宮書店『詳解地理B』平成24年1月30日初版第6刷発行;東京書籍『地理B』平成24年2月10日発行

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図1 JR大塚駅周辺における洪水ハザードマップ 資料:豊島区洪水ハザードマップ

図2 板橋駅から南東に流れる谷端川 出典:古地図史料出版『明治25年新撰東京全圖』

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〇空間変動 前節で示したように,高等学校の地理Bにおいて,人 口のドーナツ化現象や昼夜間人口比はすでに学習してい る.「空間変動」の考え方は,自然現象と人文現象にお ける空間分布を通じて理解され,人口のドーナツ化現象 を調べるためにも使われていることを示す. 政府統計の総合窓口「e-Stat」の統計GISから入手した 2010 年国勢調査小地域集計を利用するならば,東京都 区部に対し,町丁目ごとの人口密度分布図を作成するこ とができる.図4は,人口密度をヘクタール(ha:100m ×100m)当たりの町丁目ごとの人口数(夜間人口数)で 示している.人口密度200人以上(ピンク)と同250人以 上(赤)で表示される人口稠密地区を見ると,都心部を 中心に円環状に分布していることがわかる.この円環状 の稠密度帯は,東京都区部の「ドーナツ化現象」を表し ているのである.町丁目レベルでこれほど詳細に捉えら れたのは,本図が初めてではないであろうか. 東京都区部のこの人口ドーナツの分布範囲を見るた め,東京駅をはじめいくつかの駅を中心にさまざまな距 離の円バッファを生成して,分布範囲の内側と外側を画 定することを試みた.その結果,図4に見られるように, 新橋駅(■印)を中心に6キロ・バッファと10キロ・バッ ファを描いたとき,人口稠密度帯の町丁目がほぼ収まっ た.このことから,平方キロ当たりに直すと2 万人以上 の人口稠密な住宅地は,新橋駅を中心に,直線距離で6 キロから10キロにほぼ収まっていることがわかった(高 阪,2012).この人口ドーナツの中心が,東京駅になる のではと最初は考えていたが,そうではなく新橋駅で あった.なぜ新橋駅なのか不明であるが,鉄道駅発祥の 地が意味をもっているのであろうか.また,人口ドーナ ツはJR 山手線沿いに形成されているのではと考えてい たが,東部では山手線を大きく外れている.人口ドーナ ツがなぜこのような形状で形成されたのかは,今後の研 究を待たねばならないであろう.いずれにせよ,この人 口ドーナツはわが国で最も集住している地帯であり,消 費活動なども最も活発な地帯でもある. 以上から,人口密度の分布図から「空間変動」のパター ンを読み取るとうい地理学の考え方によって,「ドーナ ツ化現象」が出現していることが明らかになるのであ る. 〇空間関係 「ドーナツ化現象」の形成営力や動態特性の把握につ いては,更なる研究を進める必要があるが,その手掛か りにひとつとして,図5 は,東京都区部の昼夜間人口比 図3 5mメッシュ(標高)を利用した大塚駅周辺の地形の再現と谷端川との重ね合わせ

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図4 新橋駅を中心とした円環状の高密度帯 資料:2010年国勢調査小地域集計を利用

図5 東京都区部の昼夜間人口比の分布 資料:2010年国勢調査小地域集計を利用

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ドーナツの「空間関係」は,6キロ圏を境としで隣接して おり,「空間関係」が,経済(就業)と社会(居住)の「社 会関係」を投影し,都市の内部構造が形成されるのであ る. 謝辞 2013 年 12 月に御定年を迎えられた島方洸一先生には,ご 在職中大変お世話になりました.紙面を借りて御礼申し上げ ます. また,イギリスの高等教育質保証機構QAA の地理学に関 する資料は,日本学術会議の委員会で,名古屋大学の岡本耕 平教授からその所在をご教示いただきました.紙面を借りて 御礼申し上げます. の分布を示している.新橋駅を中心とした上記の6キロ・ バッファを重ね合わせると,「昼夜間人口比」が200%(2 倍)以上のピンク・赤・紫の暖色系で表示された町丁目 の大部分がその圏内に含まれることが読み取れる.「昼 夜間人口比」の「空間変動」のパターンから,人口ドー ナツの内側の6 キロ圏は,昼間は周辺の人口の就業地に なる都市機能が集積した都心部であることが明らかに なった. 「空間関係」には,包含,重複,隣接,分離などさま ざまな関係が知られている(倉田,2010).都心部と人口 倉田陽平 2010. 地理情報科学における位相的空間関係の研究 と今後の課題.地理情報システム学会−理論と応用, 18(2),41-51. 高阪宏行 2008. 地理学とはどんな学問だろうか. 日本大学地 理学科80周年記念会編『仕事が見える地理学』古今書院, 105-111. 高阪宏行2010. デジタル微細地誌の一つの試論:東京都豊島 区大塚を事例として.日本大学情報科学研究所年次研究 報告書,第10号,31-39. 高阪宏行 2012. 国勢調査小地域統計を利用した東京都区部に おける人口分布とその変化の考察.ESTRELA,No.214, 2-9. 参考文献 大学評価・学位授与機構『英国高等教育質保証ガイドブック: 日本語訳版』(http://www.niad.ac.jp/english/international/ briefguide_jpnver.pdf) 大学評価・学位授与機構2009 『高等教育に関する質保証関係 用語集:第2版』(http://portal.niad.ac.jp/library/niadue_ glossary_2009.pdf)

Haggett, P. 1995 The Geographer’s Art.Blackwell, Oxford. The Quality Assurance Agency for Higher Education 2007.

Ge-ography 2007.(http://www.qaa.ac.uk/Publications/ InformationAndGuidance/Documents/geography.pdf)

図 5 東京都区部の昼夜間人口比の分布 資料: 2010年国勢調査小地域集計を利用

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