現代の日本語において副詞﹁一体﹂は、﹁向こうに見え るのは一体何だ﹂、﹁犯行の動機は一体何だったのだろうか﹂ などのように、疑問を導く働きを持つものとされる。しか し、近世文学、近代文学にある﹁一体﹂には次のような例 がある︵傍線は筆者が施す。以下同︶。 ・廿糾おいらァ吉原で育たから、深川へゆくと水あたり が す る ヨ 。 ︵ 山 東 京 伝 ﹃ 繁 千 話 ﹄ ︶ •五小供に大金を持たして夜中に出すといふが不心得 だ ︵ 坪 内 逍 蓬 ﹃ 細 君 ﹂ 四 ︶ •履貴方はあんまり研究家だから駄目ね。 ︵ 夏 目 漱 石 ﹃ 明 暗 ﹄ 十 一 ︶ これらの﹁一体﹂は疑問を導いていない。現代の日常的 な用法ではないため消えてしまったといえる。では、近世 文学、近代文学の﹁一体﹂とは如何なるもので、また如何 なる経緯で疑問を導く副詞として定着したのか。本稿では、 近世文学、近代文学から採取した用例に基づいて、副詞﹁一
一
、
序
論
副詞
﹁ 一体 ﹂
の歴史的変遷
二、疑問を導かない副詞﹁一体﹂の出現状況
体﹂の歴史的変遷を論じるものである。 近世文学、近代文学から採取した副詞﹁一体﹂の用例数を、 疑問を導く例︵以後﹁一体・・・疑問﹂︶と疑問を導かな い例︵﹁一体・・・非疑問﹂︶とに分け、その数を表ーに示 す。尚、備考には﹁一体﹂に助詞が下接している例を記す。 使用した資料は次の通りである。 ﹃ 噺 本 大 系 ﹂ ︵ 東 京 堂 出 版 ︶ 、 ﹁ 新 編 西 鶴 全 集 ﹄ ︵ 勉 誠 社 ︶ 、 ﹃近松浄瑠璃集上﹄﹃近松浄瑠璃集下﹂﹁竹田出雲並 木宗輔浄瑠璃集﹄﹃繁野話曲亭伝裔花欽児催馬楽奇 談鳥辺山調綾﹄﹃近松半二江戸作者浄瑠璃集﹂﹃修紫 田舎源氏上﹄﹃修紫田舎源氏下﹄︵以上、岩波書店﹁新 日本古典文学大系﹂︶、﹃恨名草子集浮世草子集﹄﹁英草 子西山物語雨月物語春雨物語﹄﹃洒落本滑稽本人情 本﹄︵以上、小学館﹁日本古典文学全集﹂︶、﹃黄表紙洒稲
田
奈
緒
美
落 本 集 ﹂ ﹃ 浮 世 風 呂 ﹄ ﹃ 東 海 道 中 膝 栗 毛 ﹄ ﹁ 春 色 梅 児 暑 美 ﹂ ︵以上、岩波書店﹁日本古典文学大系﹂︶、﹁校注仮名手 本 忠 臣 蔵 ﹄ ︵ 笠 間 書 院 ︶ 、 ﹁ 東 海 道 四 谷 怪 談 ﹂ ︵ 新 潮 社 ﹁ 新 潮日本古典集成﹂︶、﹁脚本集下﹂﹁花暦八笑人滑稽和 合人妙竹林話七偏人﹂︵以上、友朋堂文庫︶、﹃河竹黙 阿弥集﹂﹁樋ロ一葉集﹄﹃坪内逍遥二葉亭四迷集﹂﹃泉 鏡花集﹄︵以上、岩波書店﹁新日本古典文学大系明治 編 ﹂ ︶ 、 ﹃ 明 治 開 化 期 文 學 集 ( -) ﹄ ﹃ 尾 崎 紅 葉 集 ﹄ ﹁ 森 鴎 外 集 ﹄ ︵ 以 上 、 筑 摩 書 房 ﹁ 明 治 文 學 全 集 ﹂ ︶ 、 ﹃ 漱 石 全 集 ﹄ ︵ 岩 波 書 店 ︶ 、 ﹃ 田 舎 教 師 ﹄ ︵ 岩 波 文 庫 ︶ 、 ﹃ 芥 川 龍 之 介 全 集 ﹄ ︵ 岩 波 書 店 ︶ 、 ﹃ 太 宰 治 全 集 ﹄ ︵ 筑 摩 書 房 ︶ 表1 に よ れ ば 、 近 世 文 学 の 洒 落 本 ・ 黄 表 紙 ・ 滑 稽 本 な ど に お け る 副 詞 「 一 体 」 は 、 ほ ぽ 「 一 体 ・ ・ ・ 非 疑 問 」 形 式 で あ る こ と が わ か る 。 そ れ が 江 戸 時 代 末 期 か ら 明 治 期 の 作 品 で は 「 一 体 ・ ・ ・ 非 疑 問 」 形 式 と 「 一 体 ・ ・ ・ 疑 問 」 形 式 と の ゆ れ が 見 ら れ 、 そ の後徐々に「一体・・・疑問」形式 の 割 合 が 「 一 体 ・ ・ ・ 非 疑 問 」 形 式の割合を上回るようになっ て い る 。 や が て 大 正 期 に は 全 体 量 の う ち 殆 ど が 「 一 体 : ・ 疑 問 」 形 式 に 傾 き 、 そ の 流 れ で 現 在 ま で に 定 着 し た も の と 考 え ら れ る 。 表1「一体・・非擬問」の出現敷 入販千議本 黄表紙 1785 たけくらペ 小説 1895 0 0 作品名 分類 年代 疑問封隣 繕勤艶 備考 江戸牛艶呵檸棒 黄表紙 1785 金 小説 1897 5 2 箪 謂配file 仮名草子 1624 莫切自根u木 黄表紙 1785 ■金色夜叉 小説 1898 3 4 57% 田大功m 仮名草子 1637以後 通言纏霞 洒落本 1787 ●々金色夜叉 小説 1899・1901 0 1 100% 浮世物語 仮名草子 1665 文武∼道万石通 黄表紙 1788 高野聖 小説 1900 l l 50% llill• 孜 浄瑠璃 1683 孔了縞丁町藍染 黄表紙 1789 祈讀△巳氏叉 小説 1903 1 D 虚 好色虚衰記 浮世葦子 1688 心学旱染紳 黄表紙 1790 我璽は猫である 小説 1905 23 7 23% 日本永代蔵 浮世草子 1688 繁千話 洒落本 1790 0 3 10096 坊ちゃん 小説 1906 3 • 67~ 世間胸算用 浮世草子 1692 傾城買四十八手 洒藩本 1790 0 l 10096 草枕 小説 1906 3 0 0% 曹根嶋心中 浄瑠璃 1703 饒之裏 洒落本 1791 0 0 ー百十日 小説 1906 0 1 100% 丹波与作待夜の,,,.. 浄瑠璃 1707 戴 討 応 英 黄表紙 1795 0 0 野分 小説 1907 1 2 67% 目ら石人ヒ対寸儀 浄瑠璃 1710 傾 胃 ― 筋 道 黄表紙 1798 D l l碑 虞美人草 小説 1007 5 2 四% 碁鑢太平記 浄瑠璃 1710 東渦過中膝票毛 滑柵本 1802-09 3 0
"
"
=四郎 小説 1908 4 0 虚『嘴に』 今宮の心中 浄瑠璃 1711 酪町気賃 滑糧本 1806 0 l l碑 半日 小説 1909 1 3 75% 大職冠 浄瑠璃 1711 春雨袖函 誘本 1808 0 0 それから 小説 1909 6 0°"'
• に』 天神記 浄瑠璃 1714 浮世風呂 滑糧本 1809-13 0 10 l匹 『一体のJ田と辿' 小説 1009 4 2 33% 迅'lillll渾 清瑠璃 1721 浮世床 滑糧本 1813-14 0 9 10096 門 小説 1910 5 0 0% 関八州繋馬 浄瑠璃 1724 花暦八笑人 滑糧本 1820-49 0 9 100% 食童 小説 1910 4 1 碑 挟,.儡暑刷l朔 浄瑠璃 1739 滑糧和合人 滑稽本 1823-44 0 2 l碑 徊岸,.花 小説 1912 7 0"
"
新うすゆき物語 浄瑠璃 1741 亨"'"'""° 仕巴 脚本 1825 0 2 l匹 行人 小説 1912-13 11 3 21% 義経千本桜 浄藩璃 1747 億紫田舎濠氏 合巻 1829 0 5 100% こころ 小説 1914 5 0 o,; 仮名手本忠臣蔵 浄瑠璃 1748 春色悔児●美 人情本 1832 0 l l四 道草 小説 1915 11 1 8% 繁野話 読 1766 春色辰巳薗 人情本 1833 l 0"
"
明障 小説 1916 49 12碑 遊子方言 洒落本 1770 輿話情呵t慣懺 臓本 1853 5 2 29% 芋駕 小説 1916 l l 碑 辰巳之置l 洒落本 1770 妙 I)林区七傭人 滑槽 1857-63 0 1 1009' 懺盗 小説 1917 1 0 0% 金々先生榮花夢 費表紙 1775 西洋道中膝栗毛 小説 1870-76 2 6 7躙『ボに」 地獄変 小説 1918 2 0 096 高11齊行脚日記 貿表紙 1776 牛1>囁'""鳳稟饂 小説 1871 -72 0 1 100% 蜘 の 糸 小説 1918 1 0"
"
雨月物語 読本 1776 奇笑新聞 小説 1875 1 D"
"
邪宗門 小説 1918 4 0"
"
伊賀競阿国戯憑 浄爛璃 1779 蕃雨文庫 小貌 1876-82 0 1 1009' 社子響 小貌 1920 1 0"
"
見徳一炊夢 賞表紙 1781 人間万事金世中 戯曲 1879 1 0 0% 薮の中 小説 1922 1 1'
"
"
道中粋語録 洒落本 1781 島衝月白波 戯曲 1881 l l 函 河童 小説 1927 1 1 50% 伽 蘭 貴 物 黄表紙 1782 浮雲 小説 1887-89 0 0 銅 陽 小説 1947 5 0 虚 伊 過 中 双 六 浄珊璃 1783 「一騎を グッドバイ 小翫 1948 1 0"
"
卯帥皇奮 洒落本 1783 細君 小説 1889 1 4 紐 言へば』 計 185 110ここでは、疑問を導かない副詞﹁一体﹂をどのように位 置づけるかについて述べる。 ①しかし御新造さんはわかったお方さ。廿釦 h お慈悲深い から勤る者の仕合さ(『浮世風呂』―――•上) ②贔西洋の翰にやア風流な澁いところがありやア仕ね へ ︵ ﹃ 西 洋 道 中 膝 栗 毛 ﹄ 一 五 ・ 下 ︶ ③廿依禅とか仏とか云つて騒ぎ立てる連中程あやしいの は な い ぜ ︵ ﹃ 吾 輩 は 猫 で あ る ﹄ 九 ︶ これらの例の﹁一体﹂以下に述べられている、①︵御新 造さんが︶慈悲深いから勤める者が仕合せである、②西洋 の綸には風流で澁いところがない、③禅とか仏とか云って 騒ぎ立てる連中程あやしいのはない、という内容はいずれ も話者自身の判断によるものである。﹁一体﹂はそれらの 文頭、または文頭付近に位置し、以下が話者の判断、主張 であることを表明する立場にあるといえる。また、﹁一体﹂ を省いても文意には影響しないところからすると、﹁一体﹂ は伝達上のものであることが分かる。これらを踏まえて、 本稿では疑問を導かない副詞﹁一体﹂は﹁話者の判断や主 張を強調するものである﹂と定める。 1
-、疑問を導かない副詞﹁一体﹂の位置づけ
名 詞 ﹁ 一 体 ﹂ 今回の用例調壺で副詞﹁一体﹂を採取できたのは﹃繁千 話﹄以降の作品であったが、それより前の作品では名詞と しての﹁一体﹂のみが見られた。明治書院﹃日本語文法大 辞典﹄によると、副詞﹁一体﹂は﹁名詞﹃一体(︱つのか らだ︶﹄から転じた副詞﹂︵山口明穂執筆四九頁︶とされて いるため、ここでは名詞﹁一体﹂について触れておきたい。 辞書に記載される名詞﹁一体﹂は次のようなものである︵﹃日 本国語大辞典﹄第二版より︶。 ①全体が一っのものになっていること。︱つにまとまっ ていて、分離できないもの。 ④︱つの身体。同一体。 @︱つの関係。分離しがたい関係。同類。 ②(﹁体﹂は助数詞︶仏像、彫刻などの︱つ。仏や神そ のものにも用いる。 ③︱つの風体。︱つの風趣。︱つの様式。 ④︵助詞﹁に﹂を伴って副詞のように用いられることも ある︶全体。全般。一般。おしなべて。 これをみると、﹁︱つのまとまり﹂の意や、物を数える 際の言い方など、意味としてあまり確定的なものでないこa
四 、
副
詞
﹁
一
体
﹂
の歴史的変遷
b と が 分 か る 。 しかし、今回採取した用例のなかには次のようなものが あ る 。 ④おまへは︵、折/\毒性なこといはんすけれど、
T
衛の性根は直なお方ぢやナ。︵﹃浮世風呂﹄四・中︶⑤かういふ訳でかうだからワタクシも悪いけれど、→釦~
を言へばアナタもまたアンマリな事があります ︵ ﹃ 細 君 ﹄ 四 ︶ 助 詞 ︵ ﹁ の ﹂ ﹁ を ﹂ ︶ を 伴 う ④ 、 ⑤ の ﹁ 一 体 ﹂ は 名 詞 で あ る が 、 先に挙げたような辞書的意味は適合しない。それぞれの文 は、④﹁あなたは時折意地悪なことをお言いだが、もとの 性根は真っ直ぐなお方だな﹂、⑤﹁こういう訳でこうだか ら私も悪いけれど、もとを言えばあなたにもあんまりなこ とがあります﹂と解釈するのが自然であるため、これらの ﹁一体﹂自体には﹁もと﹂などの物事の根源を表す意味が あると考えられる。これが副詞に転じる前段階のものでは な い だ ろ う か 。 ﹁一体・・・非疑問﹂形式の変遷 近世文学、近代文学から採取した用例を並べてみると、 ﹁一体・・・非疑問﹂形式同士でも、述べる内容に対する 話者の主観の入り具合に差が見られた。これは﹁一体﹂を 含む文全体を捉えて判断するものであるが、今回その違い を大きく三つに分類した。すると、歴史的に話者の主観に よらない内容から話者の主観のみに頼った内容へと、段階 的に変化する様子が窺える。 ⑥贔ねぎまつるといふ事は、御げんのふしをおねがひ ま う し て ゐ る と い う 事 さ ︵ ﹃ 浮 世 床 ﹄ 初 ・ 中 ︶ ⑦いったい忠臣蔵五番目と申しまするは、ヱ、まづかひ つまんでお話し申しますが、さるお屋敷の浪人に、定 九郎と申すわるものがござりまして、⋮後略 ︵ ﹃ 花 暦 八 笑 人 ﹂ 四 ・ 下 ︶ ⑥は、受け取った手紙の中に書かれている﹁ねぎまつる﹂ について、説明している文である。手紙には﹁いづれちか きに御げんのふし︵お目にかかるとき︶をねぎまつるにな ん﹂と書かれており、この場合の﹁ねぎまつる﹂が用例中 の﹁御げんのふしをおねがひまうしてゐる﹂の意であるこ とは、この話者でなくとも読み取れることである。⑦は、 茶番狂言で忠臣蔵を演じることになった男の言菓で、後略 以下も﹁忠臣蔵五番目﹂の梗概が語られている。以上の一︱ 例は、記録のある事実的なものを述べているだけで話者の 主観などは表れていない。このような話者の主観によらな い事柄を述べたものを︿ I 類 ︾ と す る 。 一方、次例では根拠を提示した上で話者の判断、主張が-43-な さ れ て い る 。 ⑧祉おいらァ吉原で育たから、深川へゆくと水あたり ︵ ﹃ 繁 千 話 ﹄ ︶ /.’~J‘,.,`‘‘‘‘,<,'’ が す る ヨ 。 ⑨凪この海ハ青錫なんぞから思ふと北にあたってゐる
といふことだからがゾだア御ジハ心文丘匂花なんハ>~
サ が 増 ス や う だ ぜ ︵ ﹃ 西 洋 道 中 膝 栗 毛 ﹄ 八 ・ 下 ︶ 1 0 一体、うぬが身を定ねへほどの奴だから、性根がすは らず、魂が迷つてゐるゆゑ、為程の事がしつくりと落 着 か ぬ も の よ 。 ︵ ﹃ 浮 世 床 l 初 ・ 下 ︶ 以上三例には話者自身の判断、主張がなされているが︵波 線部︶、それを根拠付けるような内容が先に提示され、大 枠で﹁一体00
だから □ 口だ﹂という形にある。根拠が提 示されるということは、話者の判断、主張の全てが自身の 主観のみによらないことを思わせる。⑧の話者は、自身が 吉原育ちであることを根拠として﹁深川へゆくと水あたり がする︵体に合わない︶﹂と主張する。⑨は、航海中の場 所が青錫から考えると北に位置するという伝聞の情報を根 拠に﹁少しは怜しいはずだが、だんだん暑さが増すようだ﹂ ヽ~ と言っている。 1 0 は話題に上った人物の性質について、自 分の身を定めないような人間だから﹁性根がすわらず﹂、 魂が迷っているため﹁することがしつくり落ち着かないの だ﹂と判断している。しかしこの 1 0 の場合、提示した根 拠が人間の性質であるため、それ自体が話者自身の主観に よっているともいえる。以上のように、根拠を提示した上 で話者の判断がなされているものを︿ I I 類 ︾ と す る 。 そして次例では根拠にあたる部分が無く、﹁一体﹂以下 に直に話者の主観による判断がなされている。 ︶ 1 1 乃公の身分に係はる恥だ、実に怪しからん非常な不埒 だ、一鉢手前が生意気だ⋮︵後略︶︵﹃細君﹄四︶ 1 2 嘗然さ!貴方は一罷水臭いんだ日︵﹃績々金色夜叉﹄︶ ︵ ‘ ‘ , / 1 3 一てえ人間程ふてえ奴は世の中に居ねへぜ゜ ︵ ︵ ﹃ 吾 輩 は 猫 で あ る ﹄ 一 ︶ ‘ ‘ , I 1 1 は無断で金策をした妻に対して、﹁生意気だ﹂と怒りを ぶつける夫の台詞、 1 2 は、口論になり相手の性質について 罵っている場面、そして 1 3 は、捕えた鼠を人間に取りあげ られたとして、機嫌を損ねている猫の台詞である。いずれ も、話者の主観による判断、主張のみの内容である。この ようなものを︿皿類︾とする。 以上の三類の比率と変化の様子をグラフ化した。尚、時 代の区分は、今回採取できた﹁一体⋮非疑問﹂形式の例、 計 ︱1
0
例を量的におよそ均等になるように分けたもので あ る 。 ︵ 噂 \ 碑 ︶ ・ ﹃ 繁 千 話 ﹄ ﹃ 傾 城 買 四 十 八 手 ﹄ ﹃ 傾 城 買 ︱ 一 筋 道 ﹂ ﹃ 酪酎気質﹄﹃浮世風呂﹂﹃浮世床﹄﹃花暦八笑人﹄﹃滑 稽和合人﹂﹃東海道四谷怪談﹄﹃修紫田舎源氏﹄﹃春 色 梅 児 春 美 ﹄ ︵ 計 四 十 四 例 ︶ 函ー暉︶・﹃輿話情浮名横櫛﹄﹃妙竹林話七偏人﹂﹃西洋道 中膝栗毛﹂﹃牛店雑談安愚楽鍋﹄﹃春雨文庫﹄﹃島衡 月白浪﹂﹃細君﹄﹃金色夜叉﹄﹃績金色夜叉﹄﹃績々金 色 夜 叉 ﹂ ﹃ 高 野 聖 ﹄ ﹃ 吾 輩 は 猫 で あ る ﹄ ︵ 計 三 十 二 例 ︶ ︵暉函︶・﹃坊ちゃん﹄﹃二百十日﹄﹃野分﹄﹁虞美人草﹄﹃半 日 ﹄ ﹃ 田 舎 教 師 ﹄ ﹁ 食 堂 ﹄ ﹃ 行 人 ﹄ ﹃ 道 草 ﹄ ﹃ 明 暗 ﹄ ﹃ 芋 粥 ﹄ ﹃ 河 童 ﹄ ︵ 計 三 十 四 例 ︶ このグラフによると、 ( 7 9 0 i 8 4 4 ) l l 期の作品では三類ともに出現して いたが、その後徐々に︿
I I I
類﹀の 比率が高くなり、︵暉i
岡︶期では 全体の八割を越えている。用例実 数が少ないため、具体的な数字の 正確性には乏しいが、結果的には、 歴史の流れとともに﹁一体⋮非疑 問﹂形式の文が、話者の主観によ らない内容から、話者の主観的判 断のみの内容へと段階的に変化し ていく様子が窺えるのではないか。一 [ 。 `
4 5 7 4 0 2 8 9 9 l l 905306 171819 4一
0 60 80□
J1類■
III類I
﹁一体⋮非疑問﹂形式から﹁一体⋮疑問﹂形式へ では何故﹁一体⋮非疑問﹂形式から﹁一体⋮疑問﹂形 式へと交替したのか。近世文学の副詞﹁一体﹂が殆ど疑問 を導かない例であることは前出の表ーに示した通りである が、﹃東海道中膝栗毛﹄には﹁一体⋮疑問﹂形式の例が三 例 あ っ た 。 ヽ ` ' ’ 1 4 いったいおまいは、どこを尋ねさんすのじゃいな。参 ︵ 宮 じ や あ ろ が 、 お ひ と り か 。 ︵ 五 編 ・ 追 加 ︶ 1 5 い っ た い き さ ま は 、 何 病 ひ じ や ︵ 五 編 ・ 追 加 ︶0 6
よふおとがいならすわろじゃな。いったいわりや、ど こ の も ん じ ゃ い ︵ 六 編 ・ 下 ︶ この期の作品で採取できた﹁一体⋮疑問﹂形式は上記の 三例だけだが、少なくともこの時代の副詞﹁一体﹂には、 疑問を導くもの・導かないものという機能上の明確な使い 分けの意識は無かったのではないかと考える。すなわち、 副詞﹁一体﹂は話者の判断、主張を強調することも、疑問 を導くことも可能としていたことになる。それが後者に傾 いていった要因として考えられるのは、他の副詞との関係 である。話者の判断、主張を強調する副詞なら、﹁一体﹂ の 他 に も 、 ‘.~ 1 7 ホンニあきれらア、 ︵ を見るやうに、c
ぐわんをきかねへてる/\ぽうづ よくねてばつかり居るぜ-45-ここで﹁全体﹂、﹁惣体︵総体︶﹂という漢語副詞にも注 目したい。これらの副詞も近世文学、近代文学では頻繁に 出現していたため、﹁一体﹂の調査範囲に限って採取して おいた。特に﹁全体﹂の方は、これまで述べてきた﹁一体﹂ と同様のタイプ分けが出来、変遷の様子もよく似ているよ う で あ る 。 ‘ ‘ , ' / 2 0 おめヘン所の肝右ェ門さんなんざァ、全困益盆叩が能か ( ら鞘だ。おらン所の氣位とは雲泥万里の違よ
五 、
﹁
一
体
﹂
と
﹁
全
体
﹂
﹁
惣
体
﹂
︵ ﹃ 傾 城 買 四 十 八 手 ﹄ や す ひ 手 ︶ 即粂さんに聞たが、圏は手のあるほどのい、女だといふ こ ッ た 。 ︵ ﹃ 春 告 鳥 ﹄ 五 ・ 十 ︶ 1 9 折角洋航して世界有名の談禄のピラミドを見物しねヘ のが遺憾ダヨこりやあ全d
北さんのおかげだネ (『西洋道中膝栗毛』十一•上) など、数多くあったのに対し、疑問を導く副詞というもの は多くなかったのではないだろうか。つまり、﹁一体⋮非疑 問﹂形式から﹁一体⋮疑問﹂形式に変化したのではなく、﹁話 者の判断、主張を強調する機能﹂を他の副詞に任せ、自身は 疑問を導く副詞としての立場をとったということである。 ︵ ﹁ 浮 世 風 呂 ﹄ ︱ ︱ ・ 下 ︶ 2 1 ぜんてへおめへがいぢがきたねへからこんな事になり 、 , ' し 、 J r ヽ ー ‘ し 、 J ー ゆくのだ口はわざハひのもとダ ︵ ﹃ 西 洋 道 中 膝 栗 毛 ﹂ 四 ・ 上 ︶ 2 2 全体山の上でヴィオリンを弾かうなんて、ハイカラを やるから、おどかされるんだ︵﹃吾輩は猫である﹄十一︶ 、ヽ~) 以 上 2 0 i 2 2 では、根拠にあたる事柄を提示した後で、話 ︵ ︵ 者の判断や主張がなされている。﹁一体﹂で分類したとこ ろの︿I I
類︾に相当する。⑳は、会話相手の夫︵肝右ェ門︶ の性質について述べている。氣前がいいという話者なりの ヽ~ 根拠を挙げ、﹁静だ﹂と判断している。 2 1 は、弥次郎兵衛 ︵ と一緒に畑で盗み食いをしたのが土地主に見つかり、散々 懲らしめられた後の北八の台詞である。この災難を﹁おめ へ︵弥次郎兵衛︶がいぢがきたねへから﹂と根拠付けてい 、ヽ~ る 。 2 2 は、夜の山でバイオリンを弾こうと出掛けたが、途 ︵ 中で得体の知れない叫び声がしたのに驚いて、そのまま弾 かずに帰ってしまった、という友人の話を聞いての一言で ある。山の上でバイオリンを弾こうなんてハイカラをやる から、と根拠を提示した上で﹁おどかされるんだ﹂と述べ て い る 。 一方、次例では、話者の主観のみに頼って、判断や主張 がなされている。⑬姐んでべ、おめへさんにやア、 く 似 合 ま す 。 ‘ . , ' ‘ 2 4 左 様 サ 、 ︵
(
2
5
)
てがらよりしのぶがよ ︵ ﹃ 錦 之 裏 ﹄ ︶ ぜんてへ茶番に忠臣蔵もあんまり古いネヱ ︵ ﹃ 花 暦 八 笑 人 ﹄ 四 ・ 下 ︶あの車圏⑪制ざ心は気に食はん副ね〗
︵ ﹃ 吾 輩 は 猫 で あ る ﹄ 三 ︶ ‘ . , / 9 ) 以 上 2 3 ¥ 2 5 は話者の判断、主張のみの内容であり、﹁一体﹂ ︵ ︵ 、 、 ’ ノ で言えば︽皿類﹀に相当する。 2 3 は髪結い屋から遊女に向 ︵ けた言葉である。﹁あなたには手柄儒より忍儒がよく似合 `‘~ い ま す ﹂ 。 2 4 は、茶番狂言で忠臣蔵五段目を演じることに ︵ 物足りなさを感じている男が、会話の中で漏らした台詞で ある。﹁茶番狂言で忠臣蔵を演じるのもあまりに古いね﹂。 ( 2 5 ) は、近所の住人に自宅を覗かれていたと知り、不快 に思った話者が発した一言である。上記三例はいずれも、 話者の主観的な判断、主張のみがなされている。 ‘ ‘ , ' / ) 勿論﹁全体﹂にも次例 2 6 、 2 7 のように疑問を導く例がある。 ︵ ︵痴
匂
刈
寸
7
是はどふいふ訳か、さつぱりわからねへ。 ︵ ﹃ 東 海 道 中 膝 栗 毛 ﹄ 登 端 ︶ ‘ ‘ , ' ‘ 2 7 あなたの所へ水島寒月といふ男が度々上がるさうです ‘ ヽ ’ ¥ が、あの人は令衛どんな風な人なんでせう ︵ ﹃ 吾 輩 は 猫 で あ る ﹄ 三 ︶ これまでに挙げてきた﹁全体﹂の例はほんの一部だが、﹁全 体﹂のみに絞って綿密な用例調究を行えば、﹁一体﹂と同 じような変遷の様子が見られるものと考えられる。 一方、﹁惣体﹂は次のような例である。 2 8 惣鉢観音といふものは跡かまはぬで尻くらい。 ︵ ﹃ 新 う す ゆ き 物 語 ﹄ 中 ︶ 2 9 酔ッていふぢやァねへけれど、惣体胸ッくそのわりい 家 台 骨 だ 。 ︵ ﹃ 酪 酎 気 質 ﹄ 上 あ く た い 上 戸 ︶ 3 0 そうたいいまのわかい藝者しゅうハふざけてゐるハネ ちつとおきやくにからかハれるとなきだしたりざしき をもらツて帰るのヤレあのお座敷ヘハでられないのと サ ︵ ﹃ 安 愚 楽 鍋 ﹄ ニ ・ 下 歌 妓 の 坐 敷 話 ︶ 2 8 ﹁跡かまはぬで尻くらい﹂とは、新日本古典文学大系 ﹃竹田出雲並木宗輔浄瑠璃集﹄の脚注に﹁あとは知らん顔、 の意﹂とある。観音が﹁跡かまはぬ尻くらい﹂であるとい うことは、その当時言われていたことかもしれないが、客 観的な事柄ではない。 2 9 の話者は酒に酔って自分の家に対 して﹁胸くそ悪い屋台骨だ﹂と悪態をついている。 3 0 は 、 年増の芸者が若い芸者衆について不満を漏らしている。﹁今 の若い芸者衆はふざけている﹂というのも話者の主観のみ に任せた発言である。今回採取できた﹁惣体﹂の文は殆ど がこのような話者の主観的判断のみの内容︵﹁一体﹂の場 合の︽皿類︾︶であり、﹁一体﹂や﹁全体﹂程の段階は見られ表2r惣体」 r全体」「一体」0)出 現 状 況 疑問 非疑問 作 品 名 年 代 惣体 全体 1一体) 惣体 全体 (一体) 新 う す ゆ き 物 語 1741 l 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 1748 2 遊 子 方 言 1770 2 伊 達 競 阿 国 戯 場 1783 l l 通 言 纏 籠 1787 2 繁 千 話 1790 3 3 傾 城 買 四 十 八 手 1790 1 錦 之 裏 1791 l 傾 城 買 二 筋 道 1798 1 l l 東海道中膝栗毛 1802-09 , 14 2 3 2 6 酪訂気質 1806 l l l 浮世風呂 1809-13 5 6 10 浮世床 1813~14 l 4 8 花 暦 八 笑 人 1820-34 49 5
,
滑 稽 和 合 人 1823-41・44 2 2 東海道四谷怪淡 1825 2 修 紫 田 舎 源 氏 1829 5 尋 色 梅 児 ● 美 1832 3 l 暮 色 辰 巳 之 園 1833 l l 春告鳥 1836 4 輿 話111浮 名 慣 櫛 1853 5 2 妙 竹 林 話 七 偏 人 1857-63,
l 西洋道中膝票毛 1870-76 2 2 13 6 牛 店 雑 談 安 愚 楽 鍋 1871-72 l 3 l 奇 笑 新 聞 1875 1 轡雨文層 1876 2 1 人間万事金世中 1879 l 島衝月白浪 1881 l 1 浮 雲 1887-89 4 4 細 君 1889 l 5 たけくらペ 1895 2 金 色 夜 叉 1897 5 2 績 金 色 夜 叉 1898 3 4 蠣 々 金 色 夜 叉 1889-1901 1 高野聖 1990 1 l 新 績 金 色 夜 叉 1903 l 吾輩は猫である 1905 15 23 4 7 坊っちゃん 1906 1 3 6 草 枕 1906 2 2 二百十日 1906 7 l 野分 1907 3 l l 2 虞 美 人 草 1907,
5 2 2 三四郎 1908 2 4 l 半日 1909 l 3 それから 1909 3 6 田舎教師 1909 4 2 門 1910 l 5 食堂 1910 4 1 彼岸過迄 1912 3 7 行 人 1912~13 6 11 3 こころ 1914 5 道 草 1915 11 1 明 障 1916 2 49 12 芋 粥 1916 l l 楡盗 1917 l 地 獄 変 1918 2 蜘 蛛 の 糸 1918 l 邪宗門 1918 4 杜 子 春 1920 l 藪の中 1922 1 l 河童 1927 1 l 斜 陽 1947 5 グッド・パイ 1948 1 計゜
54 185 16 90 110 ず、また﹁惣体⋮疑問﹂形式の例も見られなかった。 以上のような﹁全体﹂﹁惣体﹂の出現状況を表 2 に 纏 め た 。 資料は﹁惣体﹂、﹁全体﹂、﹁一体﹂のうち、いずれかが出現 しているもののみを挙げている。 表 2 を見ると、今回の調査範囲で最初に出現したのは﹁惣 体 ﹂ ︵ ﹃ 新 う す ゆ き 物 語 ﹄ 閻 ︶ で 、 次 に ﹁ 全 体 ﹂ ︵ ﹃ 遊 子 方 言 ﹄ ⑰ 、 最後に﹁一体﹂︵﹃繁千話﹄暉︶であり、また廃れていく順序 も﹁惣体﹂が一番早く、次いで﹁全体﹂であることが分かる。 ﹁惣体﹂が早期に消滅した理由については、 二つのこと が考えられる。 ︱つは、この語の語彙的意味に関すること である。﹁惣体﹂の語彙的意味は﹃日本国語大辞典﹂第一︱ 版によれば、﹁ある物事の全体。物事のすべて﹂であるが、 これは﹁全体﹂の語彙的意味と重複しているといえよう。 また、もう︱つは機能に関することである。﹁一体﹂や﹁全 体﹂には話者の主観的判断、主張を強調する機能と、疑問 を導く機能の両方があったのに対し、﹁惣体﹂には疑問を 導く機能が︵少なくとも、今回の調査では︶見られない。 以上のことを踏まえると、﹁惣体﹂には﹁一体﹂や﹁全体﹂ とは異なる独自の要素が欠けており、そのことが早い段階1 疑問を導かない副詞﹁一体﹂には、話者の判断、 を強調する機能がある。 2 ﹁一体⋮非疑問﹂形式の文の内容は、話者の主観によ らないもの(︿ I 類﹀︶から判断、主張が全て話者の主
六 、
結論
で消滅するのに繋がったと考えられる。 更に、﹁全体﹂と﹁一体﹂のうち何故﹁一体﹂が現在ま で残ることになったのかということに関しても、それぞれ の語彙的意味が関係していると考える。﹁一体﹂の語彙的 意味は前述した通り、数を数える時の言い方など、あまり 確定的でない。それに対し﹁全体﹂は﹁身体の全ての部分﹂、 ﹁物・事柄の全部﹂、﹁機構・組織など、ひとまとまりのも の 残 ら ず 全 部 ﹂ ( ﹃H
本国語大辞典﹂第一一版︶と、意味とし て固定されている。これが両者の違いであるが、疑問を導 く機能として記号的に用いられるのにどちらが適していた かといえば、文の内容に支障を来さない方、つまり語とし ての意味が確定的でない﹁一体﹂の方だといえる。よって﹁全 体﹂は、副詞的機能を﹁一体﹂に任せ、自身は名詞として の立場をとることになったのだろう。これにより、﹁一体﹂ は疑問を導く副詞として定着してきたのだと考えられる。 主張 ( ︿ I I I 類 ﹀ ︶ 観によるもの 子 が 窺 え る 。 3 副詞﹁一体﹂には本来、話者の判断、主張を強調する 機能と、疑問を導く機能の両者があったと考えられる。 それが現代までに疑問を導く機能のみが定着した要因 として、他の副詞との関係が挙げられる。話者の判断、 主張を強調する機能を持つ副詞は﹁ホンニ﹂、﹁塞に﹂、 ﹁全く﹂など数多くあったために、﹁一体﹂は専ら疑問 を導く機能を持つに至った。 参考文献 ・﹃日本国語大辞典﹄第二版小学館 ・﹃日本語文法大辞典﹄明治書院 •新日本古典文学大系『竹田出雲並木宗輔浄瑠璃集』岩波書店 ・橋本進吉函︶﹃國文法憫系論﹂岩波書店 ・村田美穂子編︵蜘︶﹃文法の時間﹄至文堂•森岡健二(細)「要説日本文法体系論」明治書院
•森田良行(加)『日本語文法の発想』ひつじ書房
•森本順子函)『話し手の主観を表す副詞について』くろしお出版
古文引用︵用例のルビなどは適宜省略した︶ ・日本古典文学全集﹃洒落本滑稽本人情本﹂小学館 ・日本古典文学大系﹃浮世風呂﹄﹃東海道中膝栗毛﹄岩波書店 へと段階的に変化していく様・日本古典文学大系﹃黄表紙洒落本集﹄岩波書店
・有朋堂文庫﹃花暦八笑人滑稽和合人妙竹林話七偏人﹄
•明治文學全集「明治開化期文學集(-)』『尾崎紅葉集』筑摩書房
•新日本古典文学大系明治篇『坪内逍遥――葉亭四迷集』岩波書店