• 検索結果がありません。

<講義>ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<講義>ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

がら2020年春から、世界規模でのパンデミックと. それに伴う生活様式の変更を余儀なくされ、勉強. 会や講演会の開催機会が奪われてしまった。こう. した事態が一刻も早く沈静化することを願い、危. 険性を伴う職業に従事されている方に有用な情報. を提供できるよう、これからも活動を継続し、地. 域との連携を深めていきたいと考える。. �.最後に. 本活動は、平成31(令和元)年度横浜国立大学地. 域連携推進機構との協賛により開催された。ま. た,企画実施において,精神分析武田こころの健. 康財団から助成を受けている。活動に際し頂いた. 関係者各位による様々なご支援に深謝する。. �.引用・参考文献. Bion, W. R (1961) Experiences in Groups and. Other Papers. London: Tavistock Publications.. (ビオン,W.R. 池田数好(訳)(1973).集団精神. 療法の基礎(現代精神分析双書 17) 岩崎学術. 出版社). 個人精神分析的視点から捉える組織と個人. −12−. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. 神奈川県立精神医療センター 板 橋 登 子. Lecture : Understanding of the Institutional and Individual Dynamics. from Psychoanalytic Perspective of Bion. 【講義】. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. Lecture : Understanding of the Institutional and Individual Dynamics. from Psychoanalytic Perspective of Bion. 板 橋 登 子 *. はじめに. 本講義は、参加者である保育園管理職の方々が、. 精神分析的な集団理論を園児や保護者の理解、職. 員集団のマネジメントに活用されることを目的に. 行われた。精神分析理論に基づいた心のしくみの. 理解についておさらいをしたのちに、その理解を. 集団力動の観察に応用することをめざし、講義の. 前半ではまず精神分析の創始者であるフロイト理. 論について概観した。次に、フロイト以降いくつ. かの学派に分かれながら発展を遂げる中で、特に. 対象関係論からクラインの理論について概要を伝. え、それを踏まえてフロイト、クラインの精神分. 析理論を継承しながら、独自の集団理論を提唱し. たビオンの理論を紹介した。. �.フロイトの精神分析理論〜“無意識”の領域〜. 精神分析学の創始者であるフロイトは精神科医. であり、こころの病の治療を行うにあたって、人. 間の心理を理解する理論および治療技法について. 提唱した。「こころとは何か?」を問い続けてき. た心理学の歴史の中での精神分析の位置づけは、. 1879年にヴントが「こころ=意識」と提唱し、心. 理学が学問として産声を上げたことに対し、20世. 紀初頭に挙げられた様々な方向からアンチテーゼ. のうちの一つとして重要である。. 精神分析学は、「こころ=無意識」、つまり、自. 分でも意識化できない無意識の領域を重視してお. り、人間の心は意識、前意識、無意識の�層から. 成り立つとされ、氷山に例えると意識できるのは. わずかな部分、大部分は水面下にある無意識に喩. えられる。さらに、人間のパーソナリティの構造. として、無意識に属するイド、一部が意識に、一. 部が無意識に属する自我および超自我という構成. 要素を想定した。この�者のバランスを保つ「自. 我」の機能が健全なパーソナリティの原点であり、. バランスが崩れることで不適応が生じると考えら. れている。パーソナリティの健全な発達のために. 「自我が機能する」ことは、しばしば「こころの馬. を乗りこなす」ことに喩えられ、その場合、衝動. や欲求というイドが馬、ルールの下で乗りこなす. 御者が自我、乗り方や道の通り方や馬のしつけ方. に関する規制が超自我に相当する。. こころの馬を乗りこなす術ともいえる自我機能. の中でも重要なものの一つには「防衛機制」があ. る。フロイトやその娘であるアンナ・フロイトが. 記述したいくつかの防衛機制は、いわゆる「成熟. した」防衛機制である。成熟した防衛機制は、基. 本的には、不安や葛藤を無意識の領域に押し込み、. 思い起こしたくないことを意識に上ってこないよ. うにする「抑圧」がベースになっており、抑圧さ. れて無意識に追いやられたエネルギーから他の防. 衛機制が生じる。例えば、葛藤に直面して子ども. 返りする「退行」、欲求や本心とは反対の態度に出. る「反動形成」(嫌いな相手に対し逆に丁重な態度. *神奈川県立精神医療センター. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −15−. 【講義】. を取るなど)、自身の失敗に何らかの理屈付けを. することによって劣等感から逃れようとする「合. 理化」、欲求や葛藤をスポーツや芸術など社会的. に認められる方向で発散していこうとする「昇華」. などが挙げられる。これらの防衛機制は、一見す. ると病的な方向を連想させがちであるが、柔軟に. 適切に用いられさえすれば、イドからくる衝動や. 欲求と超自我からくる規則や良心とで板挟みに. なっている自我を何とか機能させ、適応の助けと. なる。問題となるのは、防衛機制が偏った用いら. れ方や過剰な用いられ方をする場合であり、その. ような時には様々なこころの病の要因となりう. る。. 古典的な精神分析療法の基本は、症状や不適応. の要因を、抑圧によって無意識に閉じ込められた. 記憶や感情の作用にあると想定して、それらが意. 識に上るようにすること、そして自我がそれらを. 支配、調整しうる術を身に着ける支援をすること. である。その際に、誤解ないように留意しておき. たいポイントを三点、示しておく。. 一つ目は、「無意識が症状の要因ならば、除去す. れば症状が治るのか?」というと、決してそうで. はないということである。意識と無意識はそれぞ. れ大事な要素として共存しているため、水面下に. ある無意識という氷山を破壊したら意識も海面に. 沈み、元も子もなくなってしまうからだ。. 二つ目は、「無意識を意識化する」という治療プ. ロセスは、必ずしも患者さんの心を全部水面の上. に出すという意味ではないということである。確. かに水面下に閉じ込められた葛藤を意識の領域に. あげられるようにして、洞察に至ることを支援し. ていくプロセスは重要であるが、氷を水面に持ち. 上げたり、海水を抜いたりして暴くことを意味し. ているのではなく、治療を重ねるにつれて治療者. との関係の上に現れてくるというのがポイントと. いえる。このような現象を、精神分析では「転移」. と呼んでおり、幼少期に身近で重要な人物との関. 係で体験したこと、抱いた感情、無意識に閉じ込. めたことを、今現在の治療者との関係に向けて表. してくることを指している。. 三つ目は、「無意識を自我が支配・調整する術」. が、「こころの馬を脅して言うことを聞かせる」と. いう意味ではない、ということである。ごく当た. り前のことではあるのだが、現実に治療に携わる. 中で、患者のこころの暴れ馬が治療者との関係の. 上に現れてきた時に、治療者の心にはどうしても. 理論で割り切れない部分が出てきて、「何として. も馬を抑えねば」という気持ちに治療者自身が. なってしまうことがある。患者が治療に対して抵. 抗を示したり、治療者に転移を向けてきた際に、. 治療者も何かを感じて、患者との関係に向けて何. らかの感情を抱くことは起こりうることであり、. そのような現象を「逆転移」と呼んでいる。精神. 療法、心理療法に携わる専門家は、治療のプロセ. スで自分自身の心に生じたことに対しても目を向. けて味わっていけるように日々鍛錬する必要があ. る。. 精神分析療法では、これらのことを踏まえた上. で、防衛機制や転移の解釈、抑圧されていた葛藤. への洞察、そこにたどり着く前に生じる抵抗や、. 抵抗に対して繰り返し行われるワークスルー、と. いう概念、そして治療者の姿勢として患者さんと. の間で暖かさに満ちた信頼関係(ラポール)の確. 立、治療で起こりうる転移や逆転移を意識する中. 立的態度が重要であるが、この視点は人間理解全. 般、さらには集団や組織の理解にも応用が可能と. いえよう。. その後の精神分析の歴史的展開としては、フロ. イトの流れをくむ多くの弟子が現れ、その理論を. 継承した者、離反し独自の理論を提唱した者、一. 部を踏襲しながら新たな概念を提示した者などに. より、いくつかの学派に分かれながら発展を遂げ. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −16−. ていくことになる。特に、自我心理学、自己心理. 学、対象関係論などの発展により、それまでフロ. イトが精神分析療法の対象としていたのは転移が. 成立する成人の神経症患者が主であったところ. が、病態水準のより重篤な精神病やパーソナリ. ティ障害の患者や、年齢の幼い児童へと治療の対. 象も広がり、個人精神療法から集団精神療法へと. 治療技法も拡大されるようになった。本講義にお. いては精神分析の系譜の中から、クライン、ビオ. ンの理論について概観したい。. �.クラインの対象関係論〜原始的防衛機制、「妄. 想−分裂ポジション」と「抑うつポジション」. 〜対象関係というのは、早期幼児期の母親的人物. とどのような関係を持ち、それがどのように心の. 中に根付いてイメージされ、その内的なイメージ. と自我がどのようにかかわっているか、という意. 味合いで、「対人関係」と必ずしも同義ではない概. 念である。クラインの対象関係論では、乳幼児の. 発達の特徴を基に、早期幼児期の母親的人物とど. のような関係を持ちどのように内面にイメージさ. れ、そのイメージと自我はどのように関わるか、. ということを詳細に記述されている。そして、こ. れまでの所謂「成熟した」防衛機制に対し、乳幼. 児の水準にある「原始的防衛機制」について説明. し、乳幼児の心理的発達の記述を、それまでの階. 段上に上っていく発達のありかたではなく、状況. によってどちらかが優勢になるという構えとして. の構えとしての「態勢(ポジション)」という概念. が導入されたことが特徴である。. 原始的防衛機制は、乳幼児にみられる未熟な防. 衛機制のことをいうが、成人においても生じるこ. とがあり、境界性パーソナリティ障害などいわゆ. る「境界例水準」に自我がある場合の病理、症状. 形成にかかわるものである。先ほど説明したよう. に、いわゆる「成熟した」防衛機制においては「抑. 圧」という機制が基盤となるが、原始的防衛で基. 盤となる機制は「分裂」である。一般的に、人間. には良い所も悪い所もあるもので、成人の場合は、. 「良い部分も悪い部分も合わせて一人の人間であ. る」と、ある程度まとまりを持った人間像として. 自分や相手を理解することが可能である。しか. し、分裂という防衛機制が働くとそのような理解. のしかたは不可能であり、良い面(all good)と悪. い面(all bad)は分裂させて把握し、その一方しか. 見られなくなるため、自分や他人に対しての見方. が極端、かつ不安定になる。. そのような「分裂」を基盤とした原始的防衛機. 制のうちの一つである「原始的否認」という機制. では、自分の中にある認めたくないall badな部分. を完全に排除して見ないようにする、あるいは最. 初からそのようなものは無かったのだというよう. な振る舞いをする。「投影同一化(投影性同一視)」. という機制は、自分でこの黒い部分を抱えきれな. いために、他者にそれを投げつけた上で、その部. 分を醜いと攻撃し、相手を操作しようとするもの. である。「原始的理想化」ではall goodな部分だけ. を相手に投影し、悪い部分は完全に否認して、相. 手を大好きになったり崇めたりする。一方で all. badな部分だけを投影してこき下ろすことを「脱. 価値化」という。自我機能が未熟な場合は、一人. の相手に対して原始的理想化と脱価値化を目まぐ. るしく繰り返し、相手を振り回すことも起こりう. る。「躁的防衛」は、黒い部分から生じる罪悪感や. 抑うつ感に堪えられず、ハイになったり万能的に. なったりすることで自身を守ろうとするあり方を. いう。. 対象関係論におけるポジションは「妄想-分裂. ポジション」と「抑うつポジション」の二つであ. る。妄想−分裂ポジションでは、赤ちゃんが、対. 象である母親を「お乳の出る、欲求を100パーセ. ント満たしてくれる良いおっぱい」と、「十分にお. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −17−. 乳が出ずに、満たしてくれない悪いおっぱい」が. 別人であると感じ、悪いおっぱいを持つ悪い対象. は自分を攻撃しようとしてくる、という迫害的な. 不安を抱く。やがては、「抑うつポジション」に移. 行し、良いおっぱい=良い対象と、悪いおっぱい. =悪い対象は、どちらも同じ一人の人物、という. ことがわかるようになってくるのだが、そうする. と、「自分が悪い対象に向けていた怒りや攻撃に. よって、良い対象も破壊してしまった」という罪. 悪感や後悔など、抑うつ的な不安を感じるように. なる。ここで不安や喪失感をしっかりと抱えられ. ることによって、思いやりや共感が育つ基盤にな. るという意義を有する重要な局面であり、もしこ. こでそれらの感情が抱えられることなく、発達が. 妨げられて、抑うつ的な不安の衝撃に対応しきれ. ない場合、自我は妄想-分裂ポジションへと退行. せざるを得なくなってしまう。. これらの理論をふまえて、病態の見立てが行わ. れる。その人がどの程度現実検討を働かせること. ができるか、用いる防衛機制のパターンはどのよ. うであるか、対象関係や対人関係のあり方がどの. ようであるか、自分と人との境界は明確かどうか、. などのことを見立てて、それらを総合して、いわ. ゆる「病態水準」がどの水準にあるか、というこ. とを、精神療法では見立てていく。. 病態水準は、「神経症水準」「境界例水準」「精神. 病水準」の�つが想定されている。古典的な精神. 分析における治療対象は「神経症水準」に限られ. ていたが、その後の対象関係論などの発展により、. それよりも病態の深刻な境界例水準や精神病水準. にある患者の精神分析療法も行われるようになっ. た。神経症水準と境界例以下の水準を分ける基準. の一つとして、用いる主な防衛が抑圧ベースか、. 分裂ベースの原始的防衛であるか、という視点が. ある。. ただし、後ほど話す集団理解においては、ビオ. ンや他の多くの集団力学を記述した研究者によっ. てすでに説明されているように、集団は個人の総. 和とは異なる様相を呈するため、個々人の病態水. 準が神経症水準であっても、集団になった際に境. 界例水準より下に陥ることもありうる。つまり、. 一番病態の悪そうな人を排除したり隔離したりす. れば問題解決する、ということでもないのである。. �.ビオン理論の展開〜コンテイナー/コンテイ. ンドモデル〜. ビオンはインドに生まれ、 歳でイギリスに. 渡った精神科医である。第一次大戦の時に陸軍に. 入隊し、除隊後は教師をしていたが退職を余儀な. くされ、その後医師となり、第二次大戦の際に陸. 軍病院の訓練病棟にてリハビリに集団精神療法を. 開始したことから独自の集団理論を展開した。戦. 後はもと居たタビストック・クリニックに戻り、. クラインの分析を受けている。ビオンの功績は、. クラインの理論を独自な方法で展開したことにあ. る。早期母子関係の理論から精神病的パーソナリ. ティを詳しく述べ、「コンテイナー/コンテイン. ド」というモデルによって、早期幼児期の母子の. 関係性を基に、精神療法における患者と治療者の. 関係のありかたを理解する重要な概念を提示し、. それまで原始的で破壊的と捉えられてきた投影同. 一化の肯定的な側面を見いだした。このモデルを. 理解し、投影同一化の意味について改めて考える. ことは、一対一の母子関係や治療関係のみならず、. 集団や組織を理解する手がかりとしても重要であ. る。. ビオンの「コンテイナー/コンテインドモデル」. における、コンテイナーは「うつわ」、コンテイン. ドは「なかみ」としばしば訳される。母親と乳幼. 児の関係であれば、器は母親、中身は乳幼児もし. くは乳幼児の不安や苦痛に相当する。また、治療. 者と患者の関係であれば、器は治療者、中身は患. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −18−. 者もしくは患者の不安や苦痛に相当する。便宜上. 「不安」「苦痛」という表現を用いたが、例えば赤. ん坊にとっては、そのような名前もつかない、何. だかわからない混とんとしたもので、「ワ〜」「ギャ. 〜」としか表現できない可能性もある内容物とい. える。それを、母親が「うつわ」となって受け止. め、「どうしたのかな?お腹が空いておっぱいが. ほしいかな?それともおむつがぬれたのかな?」. と色々と物思いをしながら世話をする、それを積. み重ねることで、「お腹が空いたからおっぱいで. 満たされたかったんだ」ということを、おっぱい. をあげながら、理解可能な形に変えて赤ん坊に返. してゆく。この時の、名付けようのない混とんと. した不安や苦痛を「β(ベータ)」、母親が「どうし. たのかな?」と物思いをすることを reverie(レ. ヴェリー)、reverieによって理解可能なものに変. 換してもらったものをα「アルファ」、βをαにす. る機能をα機能、と呼んでいる。精神分析療法に. おいても、名づけようもない感情を抱えてこころ. の病を呈している患者の不安を治療者が器となっ. て受け止めて、βをαに練り上げて患者に返して. ゆく作業を、治療者と患者の共同で行っていると. もいえる。. 何だかわからない感情情緒であるβを、赤ん坊. が母親に、患者が治療者に投げ入れることは、原. 始的防衛機制の一つである投影同一化として説明. される。つまり、自身で抱えきれないネガティブ. で破壊的な部分を分裂させ、母親もしくは治療者. に投げ込み、母親や治療者をbadなものとして攻. 撃する投影同一化が行われるということである。. そのように考えていくと、攻撃される側にとって. は一見すると厄介な投影同一化ではあるが、「何. だかわからないけど怖いものを抱えている、助け. てほしい」ということを、βを投げて伝えるメッ. セージであり、SOSの機能を果たしているともい. える。乳児に特徴的な分裂-妄想ポジションは、. 成人でも精神病的な退行や病態の悪化によって陥. りうることであり、赤ん坊と表現の形は違っても、. 自分自身が受け入れられず混とんとしたままの衝. 動や感情を、治療であれば治療者に、日常であれ. ば身近な対象に向けて投げこんでしまうこともあ. りうる。. ビオンは、投影同一化がメッセージとして機能. し、かつ、それがコンテイナーとなる対象に受け. 入れられて両者が結びつき、理解可能な形に変換. して返されるのであれば、それは肯定的なプロセ. スである、ということを記述した。コンテインさ. れることで、わけのわからない不安を、わけのわ. かるものとして自分の中におさめることができる. 経験から、思慮や共感が育ち心的な成長につなが. る。一方で、それがコンテインされずにわけのわ. からないままで長く置かれてしまうと、βのまま. でありつづけ、破壊的衝動を身近な対象に投げ入. れることが続き、問題行動や症状の要因となる。. 投影同一化によって、母子関係では乳児と母親、. 治療場面では患者と治療者との間に情緒的な結び. つきが生じることを、ビオンは「連結(link)」とい. う概念で説明した。連結にはL連結(Love:理想. 化に基づく親愛の情や乳幼児的甘えのような、治. 療場面では恋愛性の転移としてあらわれやすいも. の)、H連結(Hate:嫌悪や怒りのようなもので、. 治療場面では治療者に攻撃を向けてくる形で表れ. やすいもの)そしてK連結(Knowing:お互いがお. 互いを「知ろう」、本当のことを「知ろう」とする. つながり)の�種があるとした。ビオンは、特に. 知りつつある状態を示すK連結について重視し. ており、このK連結によって情緒的にも知的にも. 生き生きとした相互作用が生まれ、心の成長をも. たらす。. K連結と区別をする必要があるものとして、見. たくない情緒に対して真実を覆い隠す浅薄な知性. 化を用いた場合に生じる「−K(マイナスK)」、無. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −19−. 知なままにして知ろうとしない「noK」という状. 態がある。治療者にとっては、患者との関係で自. 身の心にどのようなことが起こり、どのように感. じ、二者の間でどのような連結が生じているのか. いないのかを機敏に察知することが重要になる。. 先ほど説明した分裂や投影同一化によって患者. がβを投げてくる病理は、病態水準としては境界. 例水準より深刻な状態にある場合に起こりうる。. そのような成人を相手に、精神分析療法において. は今まで説明してきたような治療論を踏まえて治. 療的なアプローチをとることになる。しかし、本. 日ご参加くださった多くの方々の問題意識は、治. 療場面とは異なる日々の業務において、時には保. 護者の方々、時には同僚や部下の方々と、互いに. 大人としてかかわる文脈にて、「わ〜」「ぎゃ〜」. というような、何だかわからない感情をぶつけら. れた場合にどうすればよいか、というところにあ. ると思われる。本日の講義内容は、即効薬にはな. りづらいが、対人援助職の基本につながることで. はあるので、知識として心に留めていただくこと. で、相手が安心できる環境や関係を築き、冷静に. 話を聞きながら、相手のことを知ろう、寄り添お. うとするスタンスを持ち続ける一助になれば何よ. りである。そして、自分自身が投影同一化の受け. 手となった場合、あるいは自分の同僚や部下が保. 護者や他職員から投げられた投影同一化の受け手. となった場合などに、受け手自身の感情や、受け. 手と投げ手との関係で何が起きているか、などを. 冷静に判断することも重要である。相手が境界例. 水準や精神病水準にある場合は、自分と他人の区. 別、外界で起きていることと自分自身の心の中で. 起きていることとの区別がつきにくく、こちら側. が持っていたはずの境界まで揺らがせてくること. も稀ではないが、そのような状態であってもいく. ばくかは残っている「大人の部分」「正気の部分」. があるので、そこと手を組みながら、自分の持ち. 物(感情情緒)と、相手の持ち物(感情情緒)との区. 別が付けられるようにする、自分が相手に対して. できることとできないこととを明確にして伝え. る、本人の言い分と客観的事実との区別をつける、. などのことがポイントとなる。. 〇保育の現場において. とはいえ、「親子でもなければ治療関係にある. わけでもない他人から、こちらに非がないにも関. わらず理不尽に悪し様に言われたり攻撃されたり. するのは、正直に言うと御免こうむる」という思. いを持つのもごもっともである。このような時. に、投影同一化のメカニズムを思い出して、「相手. が投げてきたのは、私に対してではなく、その人. がその人自身に対して思っていることなのではな. いか?」という可能性を考える、つまり、「こちら. に向けて攻撃しているように見えて、実はこちら. の前に鏡を立てて、鏡に映る自分に向けている言. 葉として理解してみる」ことは、冷静さを取り戻. す助けとなる。たとえば、強い自己否定を持つ人. の自我機能が、投影同一化を作動させてしまうほ. どの水準に低下している場合は、そのような感情. を持ち続けると文字通り「生きていけない」ほど. の大きな混乱に陥るため、その感情を分裂し排除. して身近な他者に投げつける形で「お前なんか大. 嫌いだ!死んでしまえ!」とぶつけることは十分. に起こりうる。それを投げつけられた側として. も、当然「何てひどいことを言うんだ」という怒. り、あるいは「私が何か気に障るようなことをし. たのだろうか?」という罪悪感、「怒鳴られて怖い」. という恐怖感、「嫌なやつだ」という嫌悪感など、. 色々な感情情緒が沸き起こるだろう。それをその. まま「こっちだって大嫌いだ!」「お前の方こそ死. んでしまえ!」と言い返してしまうことは非建設. 的で、お互いが合わせ鏡となり平行線のまま埒が. 明かなくなる。ここで一呼吸おいて、「今、この人. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −20−. 図� 講義スライドより「投影性同一視の理解」(板橋,2020). から言われたことによって感じた怒り、罪悪感、. 恐怖感、嫌悪感は、この人がずっと抱えて来たこ. とではないだろうか?」「『お前なんか大嫌いだ!. 死んでしまえ!』というのが、『自分なんか大嫌い. だ!死んでしまえ!』だとしたら、生きているこ. とすら許されないと思う程の究極の自己嫌悪や自. 己否定を抱えているのではないだろうか」という. ことなどに、少し思いを馳せることが、相手への. 共感、自分自身と相手と双方の心的成長にもつな. がる考え方である。. また、参加者のみなさんが「大人である保護者、. 同僚、部下などを相手に、赤ちゃんの母親や、心. の病を抱えた患者を担当する治療者みたいな対応. を取る必要があるのだろうか?」という疑問や違. 和感を持つことも、ごもっともなことといえる。. 同僚、部下、という役割や関係性があるなかで、. 治療者や母親になる必要はない。あくまでも今の. ような理論を心に留めて、相手が今どのような状. 況にあるのか、自分と相手の関係で何が起きてい. るか、自分の感情にどのような変化が生じたか、. それを「知ろうとする」ことで得られる小さな納. 得感を積み重ねることに十分な意義がある。ビオ. ンの治療論で大事にしているのは、「混とん」を投. げて来た相手と自分自身、それを取り巻く世界の. 真実を知ろうとすることで生じるK連結を基に、. いったんは投げて来たものを器として受け止め、. それをα機能で「理解」に変換するつながりであ. るため、相手を幼児化させることでなく、むしろ. 相互の成長につながる営みといえる。. コンテイナー/コンテインドモデルを説明する. 際に、先ほどは母親が乳幼児に授乳する場面を例. に挙げたが、母子関係や治療関係以外の、日常生. 活での大人同士でのやりとりにあてはめてモデル. を理解しようとする場合には、バラエティ番組や. レクリエーションなどで見たことがあるであろう. 『箱の中身はなんだろう?』ゲームを思い浮かべ. るとイメージしやすいかもしれない。このゲーム. の面白さは、回答者以外の周囲は答えが見えてい. るために不安はない状態で、回答者の大袈裟な反. 応を笑ったり宥めたりできること、中身が判明し. た後には、その滑稽さを共に笑い合うことができ. る点にある。このゲームと異なるのは、相手にも. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −21−. 自分にも箱の中身がわからない、という点である。. どちらも中身がわからない不安や恐ろしさを持っ. た状態で、相手の「フワフワする〜」とか、「やだぁ、. 動いた!」とか言う感触を聞きながら、一緒に「何. だろう」と考えて、一緒に箱の中身を確認して、. それが何であるかという名前をつけて、自分の持. ち物として持ち帰れるものにしていくプロセスを. イメージしてほしい。. 健全な成人の場合、見えずに触っているだけの. 時には、チクチクしたりグニャグニャして、怖かっ. たり気持ちが悪いが、中身が明らかになり、「タワ. シだ」「なんだ蒟蒻か」とわかってしまえば、触る. ことへの躊躇は無くなり、持ち帰ることもできる。. これは、保育現場で考えると、情報提供や心理教. 育的なかかわりで回復できる見通しがありそうと. 見立てられるような事例が相当する。一方で、病. 態水準がもう少し深刻な境界例水準、あるいは、. 強いストレスなどで一時的に病態水準が低下して. いる際には、箱の中には、捨てられてボロボロに. なった子猫や、針を立てて威嚇してくるハリネズ. ミが入っているとイメージしてもらいたい。この. 場合、これらをそのまま連れ帰るのは安全ではな. く、傷付いたʻ箱の中身ʼに、栄養を与えたり洗った. り飼い方を学ぶようなプロセス、つまり、自身の. 感情を安全に抱えられるためのフォローやケアが. 必要になると考えられる。さらに病態水準が下が. ると、箱の中身は、毒蛇のように噛まれたら毒が. 回るような危険を感じたり、条約で飼育を禁止さ. れている生物のように非常にデリケートに扱う必. 要がある感情や課題であることも起こりうる。箱. を開け、中身が明らかになった時に、本人もそれ. をどのように扱っていいかわからないのはもちろ. んのこと、治療者や支援者の側もうろたえてどう. していいかわからなくなるのだが、このような場. 合はまず、日常や職場で扱える範囲を超えている、. との見立てが適切である。しかるべき専門治療が. 必要な状態であり、精神療法の場合はスーパービ. ジョンを受ける、カンファレンスでスタッフ間で. の共有や検討を行う、必要に応じてリファーとい. う選択肢を考える、などの対応が必要になる。そ. の他にも、箱を開けて中身を見てもなお、それが. 何なのか全くわからないような謎の物体、名前も. 用途もわからない、という事態も起こりうる。相. 手の誠実な自己開示に対してこちらも誠実に懸命. に話を聞くのだがさっぱり理解ができないような. 状態もあれば、言っている内容について理解はで. きるのだが現状で全く解決方法を提示できないよ. うな状態もある。その不可解さ、不可解であるこ. とによる不安に耐える力もまた重要で、ビオンは. このような力について、詩人のジョン・キーツの. 表現である「negative capability:負の力」という. 概念で説明をしている。このように、こちらも共. 感しづらかったり、扱えなかったりすることもあ. るが、そうした状況にあっても、その時になにが. できるか、ということを考えていただきたい。ま. ず、投影同一化という未熟な防衛機制を通してと. はいえ、相手が精いっぱい見せてくれた中身につ. いて思いをめぐらせること、そして「このような. ものを、見えないまま、名前もわからないまま抱. えていたのはしんどかったね」と、一緒に感じ入. ることは可能ではないだろうか。こうしたやりと. りは、痛みも伴うものではあるが、同時に、今後. の関係性の成長にもつながる有意義なものでもあ. る。. �.ビオンの集団理論. これまで説明してきたフロイトの精神分析理論. の基本、その流れを汲むクライン派の対象関係理. 論の基本、ビオンの治療論の基本をある程度把握. した上で、ビオンの集団理論を学んでいきたい。. ビオンの集団理論で特に重要な概念は、「作動. 集 団 (Work Group)」と「基 底 的 想 定 (Basic. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −22−. Assumption)」である。最初に説明したフロイト. の「意識、無意識」「イド、自我、超自我」という. 概念でいうところの、集団の「自我」に相当する. ものが「作動集団」、「無意識領域に属するイド」. に相当するものが「基底的想定」である。どのよ. うな人間にも意識と無意識(と前意識)、自我とイ. ド(と超自我)が存在するのと同様に、集団も、作. 動集団か基底的想定のどちらかひとつだけではな. く、どのような集団にも作動集団と基底的想定の. 両方が存在する。イドと自我を説明する際の馬と. 御者の喩えを用いれば、「作動集団」は、作動集団. の要素が基底的想定を上手に乗りこなし、基底的. 想定の力を活用しながら作業を行っている状態. に、「基底的想定」は、基底的想定という馬が御者. の手に余り作業が現実的に進められない状態に、. それぞれ喩えられる。. 作動集団というのは、集団のメンバーが意識に. 上っている理性に基づき、建設的にWorkを遂行. できる、集団の持つ自我がイドを統制できるよう. に「作動」できている集団である。このような時. はグループが成長発達に向かい、課題遂行のため. にエネルギーを向け、メンバーはお互いに適切な. 役割分担をしながら、課題を達成するために協力. するので、建設的に判断や作業が遂行される。. しかし、現実に則って課題や作業を進め、社会. からの要請や経営理念など超自我に相当する部分. からの規制も考慮に入れ、壁にぶつかりながらも. 作動集団として成長発達を続けていくことには、. 痛みも伴うものである。個人に無意識にしまい込. みたくなるような不安や葛藤があるのと同様に、. 集団にも無意識にしまい込みたくなるような不安. や葛藤がある。それを健全な機能が含みこんで統. 合していくことが、本当の意味での健康な集団と. しての成長であり、自我が個人の適応に不可欠で. あるのと同様、作動集団は集団が存続するために. 必要な機能である。その成長に向かうにあたっ. て、不安や葛藤に一旦は目を向けて味わう際の痛. みともいえる。. グループが作動集団として発達し課題を遂行す. る際に伴う苦痛に耐えられないときには、苦痛を. 回避するために基底的想定が優勢となり、無意識. 的で衝動的で幻想に基づく集団の状態に陥る。. 「基底的想定」というのはつまり、集団の根底に横. たわる欲求や幻想のことである。しかし「これは. あくまでも幻想であり、実際にはそんなことある. わけない」という現実的な自覚はなく、「これはま. ぎれもない事実のはずだ、決定事項のはずだ」と. いう非現実的な考えとして、確認もないままメン. バー間で共有されてしまう。. 基底的想定の活動が必要最小限で、作動集団の. 機能と協力的に結びつき、御者の統制の及ぶ範囲. にとどまれば問題ないのだが、基底的想定が優勢. でグループが基底的想定に頼るようになり、馬の. 方が暴れ出してしまうと、グループに存在する無. 意識的な欲求がメンバーに共有されて、判断や作. 業が不毛で非建設的な方向に向かい、集団の発達. や建設的な作業を促そうとするメンバーは敵対に. 遭う、という事態が生じる。このような状態に. 陥っている時は、集団全体が、クラインの理論の. 説明で挙げた「妄想分裂ポジションにあるときの. 迫害的な不安」や、「抑うつポジションにあるとき. の抑うつ的不安および罪悪感」による原始的防衛. を呈することになる。. 基底的想定には�種類があるとされ、それぞれ、. 《依存》《闘争-逃走》《つがい》の基底的想定、と. 名付けられており、作動集団という御者は、この. �種類の馬のどれか一つに乗っている。一つの集. 団、つまり一人の御者が乗れるのは一種類の馬の. みであり、一時期に優勢になる基底的想定は一種. 類であるが、馬を途中で乗り換えることは可能な. ため、基底的想定が入れ替わることは起こりうる。. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −23−. 〇基底的想定. �.依存基底的想定(basic assumption of dependence). 依存基底的想定が優勢になると、集団にリー. ダーのような存在を出現させ、そのリーダーの援. 助や保護を求めて集まっているような雰囲気を共. 有するグループとなる。リーダーが全知全能、そ. れ以外のメンバーは無力で何もできない、という. 状況の下、リーダーが欲求を満たしてくれている. 時に限っては、少なくとも表面上は優しい雰囲気. の集団になることもあるが、それぞれがリーダー. との二者関係に拘泥してリーダーを独占しようと. するのでメンバー相互のつながりは薄いことも観. 察される。また、ひとたび「リーダーが自分たち. の思うように援助や保護をしてくれない、期待に. 応えてくれない」と感じると、そのリーダーを降. ろして別のリーダーを立てようとする。. 依存基底的想定で共有されるのは、「全知全能. のリーダーが何でも願いをかなえてくれる」とい. う幻想である。但しここで求められるリーダー. は、社会人として、組織として望ましいリーダー. ではない。メンバーが求めているのは母親的な愛. 着対象から庇護、養育されるような関係であり、. 「リーダー、これはどうしたらいいでしょう」「皆. には相談したくないからリーダーにだけ言いま. す」「自分はリーダーにフォローしてもらわない. と何もできないんです」という雰囲気になりやす. い。根底には、幼児の「ママ〜、おなかすいた〜」. 「ママ〜、オシッコ〜」という欲求、さらに退行の. 度合いが進むと、乳児のように空腹であろうがオ. シッコであろうが「ギャー」と泣くような心性が. 横たわる。リーダーのフォローやアドバイスを求. めるのは、母親や愛着対象が、無力な自分の. 「ギャー」という混とんとした不安を察して、ご飯. やおむつ替えなどをしてくれることを求める状態. に近しい欲求であり、それを叶えてくれるリー. ダーに対し、メンバーは「さすが我がリーダー」. と、神様や聖母のように崇め奉る、いわゆる原始. 的理想化という防衛機制が生じる。一方、リー. ダーが何もフォローをしてくれず冷たい場合、も. しくは大人としての現実を弁えてメンバーの自立. を促そうとする場合には、メンバーの欲求を満た. さないリーダーということになるので、「あんな. リーダー使えない!」という脱価値化が生じ、欲. 求を満たしてくれる別のリーダーを探すこととな. る。. 集団が基底的想定に陥るのは現実を見ることに. よる苦痛に耐えられないからであるが、成人の集. 団でこれほどに子どものような幻想を共有しなく. てはならないほどに目を背けたい現実は何かとい. うと、「リーダーは全知全能ではない、自分の願い. を全て叶えてくれるとは限らない」ということで. ある。児童の場合ですら、保育園や学校であれば、. 「先生はあなたのお母さんではありません。ご飯. がどうしたのか、オシッコがどうしたのかちゃん. と言わないとわかりませんよ」「もう○歳なんだ. から、トイレくらい一人で行けるでしょう」と言. われるだろう。ましてや大人が業務を遂行する場. 合には、「自分の考えをきちんと話してください」. 「人に頼ってばかりいないで、自分の責任はちゃ. んと果たしてください」という注意を受けること. は当然であろう。しかし、それに耐えられない依. 存基底的想定優位の集団においては、幻想を存続. させて痛みを回避し続けるために、現実的な発想. や対応によりメンバーの自立や成長を促そうとす. る「ある程度有能なリーダー」は降ろされて、不. 可解なことに「一番無能な人をリーダーにする」. ということも起こりやすい。乳幼児の発達に「ほ. どよい母親」が必要なのと同様に、集団の発達を. 促すためにある程度メンバーの自主性を尊重し自. 立を促す「ほどよいリーダーシップ」にシフトし. ていけるかどうかが課題となる。. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −24−. �.闘争-逃走基底的想定(basic assumption of. fight/flight). 闘争-逃走基底的想定の、「闘争」と「逃走」は. 正反対ではあるが、ビオンは�枚のコインの裏表、. 同じ基底的想定の�面であるとしている。グルー. プの中、もしくは外に敵がいるという幻想が共有. され、その敵に対して攻撃しようとするか、もし. くは逃げたり避けたりしようとするか、という. 戦々恐々の雰囲気となる。集団の中にスケープ. ゴートを出現させ、その人を攻撃することで他の. 皆がまとまったり、敵をグループの外に作った場. 合は、「あの会社には負けない!」と自分たちの凝. 集性が高まったりすることも起こりうるが、「や. らなきゃやられる」という緊張感も高まる。. 闘争-逃走基底的想定では「集団の内部、あるい. は外部に敵がいる」という幻想が共有される。そ. こでは、「敵」と認定された内部メンバー、あるい. は外部の誰かが、実際にその集団に対して本当に. 敵意を持っているのか、自分たちを脅かす存在な. のかどうかは無関係である。実際に敵や脅威なの. かどうかわからないのに「敵」として攻撃しよう. としたり逃げようとしたりすることの背景には、. 「本来は自分の中にある認めたくない感情やコン. プレックスを、他の誰かに投げ込みたい」という. 欲求や幻想がある。集団の中で投影同一化が作動. している状態ともいえ、スケープゴートに向けて. いる感情や行動の正体は、メンバーのそれぞれや. グループ全体が抱えている、受け入れがたい苦痛. と考えられる。. つまり、この基底的想定にある集団が耐えられ. ない痛みというのは、「見えない敵というのは、実. は自分自身の中の一部にある」ということであり、. それを自身の中から分裂排除させて、スケープ. ゴートとした人に投影して、攻撃または忌避をす. る。冷静に状況を見極められる人がいれば、攻撃. や忌避をしている大多数のメンバーの方が非現実. 的であるという判断ができるかもしれないが、闘. 争‐逃走基底的想定が優勢な集団の場合は、むし. ろそのような冷静な判断ができる人をスケープ. ゴートにして排除しようとする力動も生じる。ス. ケープゴートになった人が集団からドロップアウ. トすると、また別のスケープゴートを作り出した. り、逸脱者を敢えて逸脱させたままその集団から. 逃げられないようにする動きをしたりすることも. 起こりうる。「見えない敵(≒実は自分自身の中に. あるbadな内容物)をやっつけなければこちらが. やられてしまう」というような迫害的な不安をど. のようにマネジメントしていくかが課題となる。. �.つがい基底的想定 (basic assumption of. pairing). つがい基底的想定では、その集団の中にカップ. ルを誕生させようとして、カップルの誕生に祝福. 的になるので、一見おめでたい雰囲気になる。. カップルはグループ内の男女�名でなくてもよ. く、グループ内の�名+外部の�名でもよい。外. 部の者というのも必ずしも特定の個人でなくとも. よく、団体、事業、情報などでもよい。実際に社. 内結婚があっておめでたく思う、社内の営業ス. タッフが取ってきた事業が大当たりで皆が喜ぶな. ど、祝福することが現実的で妥当な場合もあるが、. つがい基底的想定におけるカップル誕生やそれに. 対する祝福はそれとは異なり、現実に即していな. いということが問題となる、つがい基底的想定で. 共有されるのは、「グループ内の�名」、もしくは. 「グループ内の�名と外部の何か」が結びついて、. そこから子どもが誕生して、新しい何かがもたら. されるという幻想である。ここでいう「子どもの. 誕生」は、一般的な妊娠出産ではなく、いわゆる. 救世主の誕生や到来を待ち望むという意味であ. り、作動しやすい原始的防衛機制は躁的否認であ. る。. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −25−. たとえば、「AさんとBさんが仲良しで、みんな. もそれを応援していて雰囲気が暖かいよね」、「こ. の仕事は難しいけど、DさんとEさんのペアが有. 能だから、あの二人に任せればいい結果が出るに. 違いない」、「Eさんが営業で取ってきたF社との. 合同プロジェクトによって、ウチの会社は莫大な. 利益を出す」などの幻想から、一見祝福的、平和. 主義的なムードになるのだが、つがい基底的想定. の状態にある集団の欲求は、「本当に救世主が来. てくれて問題解決する」ことではない。彼らの欲. 求はあくまでも「救世主が来ることを今か今かと. ずっと待ち続ける」ことにある。このような基底. 的想定に陥っている時に誕生したカップルは、そ. の集団が待ち望む希望を満たしてはくれない。A. さんとBさんの仲良しは表面的なものであった. り、CさんとDさんのペアは無能であったり、E. さんが取ってきたF社との合同プロジェクトは実. は何の将来性もなかった、ということが往々にし. てある。それでも祝福し続けてしまうのはなぜか. というと、「本当の現実を直視して絶望してしま. うと、生きていられなくなるくらいの深い抑うつ. に覆われてしまう」という心性、自分自身や自分. の属する集団が仕事で有能な成果をもたらすこと. のできない絶望、もしくはそのような関係性や成. 果が失われたり損なわれたりしたことによる喪失. 体験や破壊してしまった罪悪感のようなものが集. 団に横たわっているからである。このような絶望. や罪悪感は、クラインのいう「抑うつポジション」. での罪悪感や抑うつ感に相当する。それを否認す. るために、来ることのない、そもそも居るはずも. ない救世主を待ち望み続ける。救いが来ないこと. に直面して深い絶望に襲われる、また、“救い”が. 来ることで希望を持ち続けることが終わったらそ. れもまた絶望、というパラドキシカルな状態で、. 建設的な問題解決や支援をしてくれる人がいても. それを否認したり、そのような人を排除しようと. したりすることが起こりうる。集団の呈する抑う. つ不安をどのように抱え、思いやりや共感につな. げていけるかが課題となる。. つがい基底的想定は、ほかの�種類の基底的想. 定に比べてもイメージがしづらいが、サミュエ. ル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」という戯. 曲において、�名の主人公がゴドーを待ち続ける. ストーリーが、救世主の到来を待ち続けるイメー. ジを連想する助けになるかもしれない。�本の木. しかない舞台で、浮浪者風の二人の男が、ゴドー. というものを待ち続けるが、ゴドーが誰なのか二. 人とも知らず、本当に来るのか、もし本当ならい. つ来るのか、待つ場所は本当にこの木の所なのか. も定かでなく、来たらどうなるのかもわからない、. ただ「救われる」とだけ述べる。待っている間に、. たわいないゲームや滑稽で実りのない会話をしな. がら待ち続けるが、最後までゴドーは来ず、二人. は木で首をくくって自殺を試みるが、それも失敗. して終幕、というストーリーである。. 「主人公二人が誰だかわからないゴドーを待ち. 続ける」に尽きるストーリーは、初演当初は賛否. 両論であったが、その後多くの言語に翻訳され、. 不条理劇の傑作と目されるようになった。この作. 品が最もストレートに観客に伝わった例の一つ. が、アメリカのサンカタン刑務所で上映された時. といわれ、来るはずのない希望を待ち続けるのが. どのようなことかを身を持って知る人たちの共感. を呼んだと考えられている。囚人にあらずとも、. 何かに捉われている感覚を抱いている者、将来に. 希望を持てない者、何を待てばいいかわからず救. 世主をイメージすることも困難な現代において、. より切実に響くことが出てくる可能性も指摘され. ている。つがい基底的想定が生じている際に、集. 団が抑うつや絶望感を否認して躁的防衛を用いざ. るを得ない状況が背景にあるイメージともつなが. るであろう。. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −26−. ちなみに、作者のベケットが従妹と父親を相次. いで亡くしたことをきっかけに、タビストックで. �年間ビオンの精神分析治療を受けたことがあ. る。その影響か、後に「ゴドーを待ちながら」を. ロンドンで講演する際に、役者から「ゴドー」の. 意味を尋ねられたベケットは「共生関係だよ」と. 答えたといわれている。. ビオンは、コンテイナーとコンテインドの関係. を、共在、共生、寄生の�つに分類して説明して. いる。共在はお互いがお互いを傷つけぬように依. 存する関係で、対決もない代わりに成長もない関. 係、共生は建設的な連結により特徴づけられ、相. 互に衝突もありながら、影響をし合って洞察を得. て、変化をしながら成長していく関係、寄生はク. ラインのいう「羨望」「貪欲」が特徴的で、一方が. もう一方を搾取し、結果としてお互いをダメにし. てしまう関係のことである。変化のない毎日の. 中、来るはずのない希望を待ち続ける二人が求め. ていたのは、「(K連結によって)相互に変化して. いく関係性」だったのかもしれない、とも考えら. れる。. �.集団を理解する. 集団は、�種の基底的想定と作業集団、この�. 種のどれが優位になるか絶えず揺れ動いている。. 作動集団がどの基底的想定と結びついているの. か、作動集団と基底的想定のどちらが優勢になっ. ているのかという見立てができて、その見立ての. もと、どのようにして集団を作動集団が優勢な状. 態として成長に結びつけていくか、ということが、. 組織マネジメントの手腕にもつながると考えられ. る。. 作動集団と基底的想定との関係は、対立・共謀・. 統合という�つに分類される。作動集団と基底的. 想定が対立した場合は、基底的想定が作動集団を. 妨害し、幻想が優位になって行動化される。しか. し行動化したところで欲求は満たされないため、. グループの不満は高まって、別の基底的想定に移. 行しようとする。幻想に一致しない逸脱メンバー. のことは、別の基底的想定への移行に利用できる. ので、グループは無意識にその人の活動を促進さ. せる。例えば、作動集団が《依存》基底的想定と. 対立した場合は、欲求を満たしてくれないリー. ダーを敢えて排除せずに「使えないリーダー」の. まま置いておき、リーダーをスケープゴートとし. て攻撃することで、《闘争-逃走》基底的想定に移. 行しようとする、ということが起こりうる。. ちなみに、基底的想定における「逸脱メンバー」. というのは、必ずしも客観的な意味で不適応を起. こしている者という意味ではない。《依存》基底. 的想定の場合は依存欲求を満たしてくれる力がな. いリーダーや自立を促すリーダー、《闘争-逃走》. 基底的想定であれば仮想敵や「喧嘩はダメだよ、. みんなで仲良くしようよ」と諭すメンバー、《つが. い》基底的想定であればカップルを祝福しないメ. ンバー、あるいは問題解決をしてくれる救世主、. などがそれにあたる。基底的想定の下では、むし. ろ現実が見えている人こそが逸脱メンバーに選ば. れてしまいがちなことにも注意が必要である。. 作動集団と基底的想定が共謀した場合は、両者. ともに残り二つの基底的想定を抑え込み、一つの. 基底的想定に長くとどまり続けようとするため、. 逸脱メンバーを排除しようとする介入が最も強く. 行われる。逸脱メンバーになってしまった人に. とって、この状態が一番ストレスフルになる。. 集団が作動集団として成長するために最も望ま. しいのは統合関係であり、作動集団が基底的想定. を適切に統合し、グループ全体として基底的想定. は行動化されず、作動集団としての活動が遂行さ. れる。これは特殊作動集団という機能により実現. されるものである。特殊作動集団について理解す. るための前置きとして、冒頭で挙げた精神分析療. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −27−. 法の基本の中の、誤解のないよう留意してほしい. ポイント�点を思い出しながら、それを集団に当. てはめて考えてほしい。. 一つ目は、個人の意識や無意識、自我やイドに. ついて、氷山や馬の喩えを用いて説明したが、作. 動集団と基底的想定においても同様ということで. ある。基底的想定が集団の病理ならそれを除去す. ればいいという問題ではなく、基底的想定も集団. の重要なコンポーネントの一つであることを理解. して、消すのではなく、それを観察・理解して、. 作動集団に移行できるようにすることが重要であ. る。. 二つ目は、個人が無意識という水面下に押し込. めたものに対し海水を抜いてまで意識に上らせる. やり方をするのではない、ということと同様に、. 集団の幻想や投影を取り除こうとして身も蓋も無. いやり方で現実に直面化させることも得策ではな. い、ということである。例えば《依存》基底的想. 定の場合は「私はあなたのお母さんではありませ. ん、自分のことは自分で責任をもってやりなさ. い」、《闘争-逃走》基底的想定の場合は「ずいぶん. ひどいことを言って攻撃してきますが、それ全部. あなたがた自身にそっくり当てはまることですよ. ね」、《つがい》基底的想定の場合は「救いなんて. そう簡単に来ませんよ、奇跡は起こらないから奇. 跡というのです」など、いきなり現実に向き合わ. せようとしても、集団から抵抗に遭い、幻想を共. 有できない逸脱メンバーとして、結果的に基底的. 想定に巻き込まれかねない。集団が現実に向かう. ことができるようになるためには、「基底的想定. が優勢になって幻想を共有せざるを得ないような. 不安」が十分に受け入れられ、安心してそれを理. 解できる状態になることにより、初めて現実を見. ることが可能になる。つまり、基底的想定は、一. 旦コンテインされることが必要となるのである。. 三つ目は、作動集団が基底的想定を統制できな. い、基底的想定という名の馬が暴れて手に負えな. いこともあるかもしれないが、個人をみる視点と. 同様、馬に対して、脅しや危害を加えることは根. 本的な解決にならないということである。作動集. 団が課題を遂行し成長していくためには、基底的. 想定という馬の力を貸してもらうことが必要であ. り、そのためには基底的想定を目の当たりにした. ときに自身に沸き起こる感情情緒も機敏に察知で. きることが重要である(それは馬の特性を知るこ. とにもつながる)。. 特殊作動集団は、基底的想定が作動集団の活動. を妨害しない範囲に抑えつつ、作動集団の課題遂. 行に協力してくれるように基底的想定を活かす機. 能のことをいう。つまり、馬をなだめて大事にし. て、御者を乗せ協力的に動いてくれるように働き. かけることに例えられる役割を持っている。グ. ループが作動集団になるための痛みに耐えきれ. ず、作動集団に発達することから逃げようとして. 基底的想定が優位になることを避けるために、必. 要最低限の基底的想定を担当するサブグループが. 存在することがある。それを見極めて、基底的想. 定担当のサブグループやその人たちが呈する不安. などの感情情緒をコンテインして、作動集団とし. ての作業遂行に協力してくれるような関係を築く. ことが求められる。. 〇集団における「コンテイナー」は誰?. コンテイナー/コンテインドモデルから、母子. 関係ではコンテイナーは母親、コンテインドは赤. ん坊の情動や衝動、治療者-患者の一対一関係で. はコンテイナーは治療者、コンテインドは患者か. らの投影や転移、に相当することを説明してきた。. それを集団にあてはめると、コンテイナーは集団. そのもの、およびそれを構成するメンバー一人一. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −28−. 人、ということになる。コンテインドは、メンバー. がグループに投げ入れる投影や転移であるが、集. 団においては多くの場合は匿名化されており、複. 雑に絡み合うこともあるため見極めが難しい。け. れどもそれを知ろうとすること自体に意味があ. り、知ろうとするために、例えば以下のようなこ. とに思いを馳せて見極めを行い、うつわとしての. 集団のコンテイン力やα機能を促進していくこと. が、マネジメントを行う立場のリーダーに求めら. れる資質とも考えられる。. 誰の痛みがどのような防衛機制によって誰に投. げかけられているのか?. 行動化により顕在化した投げ手も元々はほかの. 誰かから投影を受けていた可能性がないか?. 投げられたものが複数絡み合っていないか?投. げ入れる行為を通して集団に対してメッセージ. を発し集団とつながろうとしている試みがなさ. れている可能性はないか?. 投げ入れられて自分自身は何を感じたか?. 投げ入れられて集団全体に何が起きたか?. 投げ入れられたものに、どのような名前を付け. られるだろうか?. 持ち主がいるのなら、どのようにお返ししてさ. しあげるのが安全か?. それぞれの基底的想定が優勢になった状態の時. に、どのようなメッセージが集団に向けて投げか. けられているのであろうか?それぞれの基底的想. 定の特徴を思い出すと、どのような苦痛に耐えら. れず、どのような幻想や欲求を持ち、誰がコンテ. イナーの役割になりやすいか、ということが浮き. 彫りになることもある。「顕在化した投げ手も. 元々は他の誰かから投影を受けた可能性」という. ポイントを挙げたが、さらに視野を広く持つと、. 投げ入れ元が社会や文化、組織風土という可能性. もあり、その場合は、その社会や文化や組織風土. が「影に隠したい」「闇に葬りたい」と暗に抱えて. いることがたまたまメンバーの一人に投影され、. その人が行動していると解釈することも可能であ. る。そのような視点から、それぞれの基底的想定. がどのような組織風土で生じやすいか、というこ. とを検討しておくことも集団のマネジメントを進. める際の手掛かりになるかもしれない。さらに、. その基底的想定において共有されている非現実的. な欲求は満たそうとしても決して満たされること. はなく、大抵の場合、作動集団に発達していくた. めに満たされる必要のある課題は、基底的想定の. 状況下でメンバーが欲していることとは別のとこ. ろにある、ということも心に留めておくとよいと. 思われる。. 〇職場集団内で起こること. 集団が《依存》基底的想定に陥っている時には、. 「自分はあまりにも無力で無能」「愛着体験や肯定. 感が満たされておらず心もとない」、という苦痛. が投げ入れられ、幻想の下でリーダーが愛着対象. として自身を庇護して満たしてくれること、リー. ダーが何でもやってくれることで自分自身も万能. 感を得たいという欲求が背景にあると考えてほし. い。この場合は、リーダー的役割として選ばれた. 人がコンテイナーになる。このような欲求が刺激. され投影されやすい組織風土としては、リーダー. やベテランにほとんどの事が任されて、他メン. バーのチャレンジはあまり推奨されず自立を阻む. ような風土であったり、リーダーとメンバー一人. 一人の一対一関係だけで横のつながりが希薄だっ. たりする場合が考えられる。. 乳幼児が母親的存在から少しずつ自立していく. プロセスを思い浮かべ、「全部ママがやってくれ. る」という安心から、「ママが全部やってくれるの. ではなく、少しずつ自分でできるようになるのが. 嬉しい!」「失敗したから見捨てられるというこ. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −29−. とはない、大丈夫」という安心にシフトできるよ. うに、という関わりがα機能になりうる。集団の. 成長のために、「どうせ自分は無能だし、全部リー. ダーがやってくれるからお願いしちゃう」という. あり方から「自力でできるところはやってみる」. という動き、「みんなと喋るのは恥ずかしいから、. リーダーだけにこっそりお話しする」というあり. 方から「いざという時はリーダーに頼るかもしれ. ないけど、なるべく少しでも多くのメンバーから. 力を借りてみよう」という動き、と変化を促す試. みがあることが望ましい。. 集団が《闘争-逃走》基底的想定の、“この中(or. 外部)に敵がいるという幻想”は、“そのような敵意. や悪意や攻撃衝動が自身(or自身が所属する集. 団)の中にあることに耐えられない”という苦痛が. 背景にある。それを全部他の人に投げ入れて、そ. の人を攻撃しようとしたり、避けようとしたりす. る結果、スケープゴート現象となる。「ネガティ. ブな考えや感情は持つ事すら許されない」「規格. から外れるような者は排除するしかない」という. 風土では特に作動しやすいと考えられる。. ネガティブな気持ちを表出できる関係を築き、. 「自分の中にあるネガティブな感情があるのは自. 然なこと。消滅させなくても、自分が壊れること. はない」という安心感(そしてそれを自覚して持. ちこたえる力)を育てることはむしろ必要なこと. である。たとえば、“なんだかよくわからないけ. どあの人が怖い”という不安に寄り添うことから. 関わり、“よく考えたら別に怖くなかった”“べつに. 相手を殺したり逃げたりしなくても自分は死にや. しない”という感覚である。また、攻撃性をゼロ. にするというよりは、必要最小限にすることで、. 建設的(健全)な競争心として作動集団に協力でき. るような方向性も検討されたい。. 集団が《つがい》基底的想定に陥っている時の. “あのカップルが生み出す子どもが私たちを救っ. てくれるという幻想”の背景には、「何もいいこと. がなく、自分も何も成果を出せず、飲みこまれる. ほどの絶望に襲われる」「かりそめの希望でも作っ. て無理にでもテンションを上げないとやっていら. れない」「本当は自分でどうにかするしかないが、. どうにもできないなら死ぬしかない」などの不安. に対する躁的な防衛と考えてみるとよいであろ. う。何らかの喪失体験を抱えていたり、実現不可. 能で魔法や奇跡に近い成果を当たり前のように求. められたり、それに適わないと落伍者扱いで絶望. しやすい風土で生じやすいと考えられる。. その集団に、かりそめの希望を躁的に作らなく. てはならないほどの喪失感や絶望感、不自然にそ. の場を明るい平和な雰囲気にしようとしなければ. ならないほどの抑うつ感があるのかどうかの見極. めが求められる。喪失感、絶望感、抑うつ感は目. をそらすことではなく、喪の作業を共にしたり支. 援したりすることが、集団が健全な方向に向かう. ステップにつながる。そしてこの状態に陥った時. に始めようとしている仕事が果たして現実に即し. ているかどうかは冷静に判断をする必要があるの. だが、冷静に判断をしようとすればするほど、そ. れを否認したい集団から攻撃される可能性も視野. に入れ、メンバーにとって実現可能な現実的な目. 標を設定し、それを達成したことによる変化や成. 長を希望につなげることが重要になるであろう。. 抑うつに耐える力がある程度育った上で、「自分. が今すべきこと、できることを確実にやっていく. ことこそが本当の希望につながる」「希望がかな. えられなくても、そこまで破滅的な結果になるわ. けではない」「本当の希望をかなえた後に来るの. は決して終末や絶望などではなく、むしろ新たな. 希望や成長である」と思えるような関わりが望ま. れる。それができたら、救世主を待ち望むことは. もはや不要になっているはずである。. ビオンの精神分析理論から捉えた個人や組織の力動. −30−. 特に基底的想定が優勢になっている集団におい. て、このような見極めを行えるようにするために. は、集団の“観察自我”役が十分に機能できている. ことが前提となる。本日の講義にご参加くださっ. た方の多くが、集団の中で「観察自我」の役割を. 担う、もしくは、サブグループの観察自我役を担. う人に対する相談役を務めることになると思われ. る。. 観察自我という機能は、病態水準が神経症水準. にあり、自我機能が保たれている水準にある個人. であれば十分に働いて、冷静な自己観察ができる。. 一方で、病態水準が境界例より下に落ちると観察. 自我が働かなくなる。観察自我を働かせないこと. によって、自身の感情や、外的現実から生じる心. の痛みを回避する側面も有しているからである。. 精神療法では、治療の場そのものが観察自我とし. て機能することがあり、治療の場で体験した観察. 自我を患者が取り込んでゆくことも治療のプロセ. スの一つともいえる。. 集団にも自我機能というものがあり、それが神. 経症水準にある場合、各自も自分自身や集団を観. 察可能で、作動集団が基底的想定を適切に調整し. て、特殊作動集団が基底的想定をなだめて、基底. 的想定も作動集団に協力してくれている可能性が. 高い。. 一方で、集団の水準が境界例水準よりも下に落. ちると、観察自我を担当する人物が機能できなく. なるような力動が集団に生じる。基底的想定が優. 勢になって、メンバーが共有する幻想に一致しな. い人、つまり観察自我を担当する人が逸脱メン. バーになってしまうこともしばしばある。基底的. 想定が作動した時ほど観察自我を働かせる必要が. あるのに、というジレンマも生じ、現実を見る力. のある人ほど、基底的想定に陥った集団で持ち主. 不明の苦痛な情緒を投げ込まれて調子が悪くなる. こともある。このような動きがある故に、「集団. の中で問題を呈している個人は、その中で一番病. 態水準の低い人である」とは限らない、むしろ一. 番現実が見えている人という可能性もある、とい. うことにも注意が必要となる。. 以上のように、集団の場合は、誰のどのような. 苦痛かは一見するとわかりにくく、とにかく目を. そむけたくなるような感情や思考が、βとして集. 団そのものに投げ込まれる。本来コンテイナーは. 集団全体が担っているものであるが、誰か特定の. メンバーがその役割を特に大きく引き受けること. もあり、リーダーはそれを見極めてフォローする. ことを求められることもある。あるいはリーダー. 自身がコンテイナーの役割を多く引き受けること. もあるだろう。混とんとした感情的な苦痛を投げ. 込まれた時こそ、リーダーはメンバーと相互に協. 力しながら、集団全体がコンテイナーとして理解. 可能なものに変換していく力を育てる機会とな. る。基底的想定は苦痛に耐えられない状態のた. め、苦痛が投げ入れられた時に、目を背けてしま. うこと、あるいは再び集団の中に苦痛を投げ入れ. 返してしまうこともしばしばである。それでも、. 投影同一化でβが排出されているということは、. 処理できない辛さを抱えながらも何らかのメッ. セージを伝えようとしており、投げ手は集団に対. して受け入れてもらえるという望みを持って連結. を試みているということを理解しておきたい。そ. してその理解のもと、集団全体で何が起きている. かを知ろうとすることにより、連結を K. (Knowing)にしてゆきたいところである。その. ような関わりから、混とんとした苦痛を集団全体. でコンテインして、理解可能で安全なαに変換し. て、持ち主がいるならお戻ししていくというのが. コンテイナーとしての集団である。それができる. ようになった集団は、作動集団として機能し、思. 慮や共感の力も育ち、さらに成長していくものと. 思われる。. 横浜国立大学大学院 教育学研究科 教育相談・支援総合センター 研究論集 第20号 2020年. −31−. 図� 講義スライドより「集団でコンテインする」(板橋,2020). おわりに. 本日ご参加くださった、保育現場でのマネジメ. ントに携

参照

関連したドキュメント

東北大学大学院医学系研究科の運動学分野門間陽樹講師、早稲田大学の川上

Analysis of the results suggested the following: (1) In boys, there was no clear trend with regard to their like and dislike of science, whereas in girls, it was significantly

学識経験者 品川 明 (しながわ あきら) 学習院女子大学 環境教育センター 教授 学識経験者 柳井 重人 (やない しげと) 千葉大学大学院

  総合支援センター   スポーツ科学・健康科学教育プログラム室   ライティングセンター

話題提供者: 河﨑佳子 神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 話題提供者: 酒井邦嘉# 東京大学大学院 総合文化研究科 話題提供者: 武居渡 金沢大学

本稿筆頭著者の市川が前年度に引き続き JATIS2014-15の担当教員となったのは、前年度日本

Jumpei Tokito, Hiroyoshi Miwa, Kyoko Fujii, Syota Sakaguchi, Yumiko Nakano, Masahiro Ishibashi, Eiko Ota, Go Myoga, Chihiro Saeda The Research on the Collaborative Learning

山本 雅代(関西学院大学国際学部教授/手話言語研究センター長)