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雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research

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(1)

自働債権とする相殺は、当該請負契約に係る未払請 負報酬債権との関係でのみ相殺権を行使することが できるとされた事例(福岡高判平成30年9月21日金 法2117号62頁)

著者 近藤 隆司

雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research

巻 36

ページ 81‑88

発行年 2020‑07‑31

URL http://hdl.handle.net/10723/00003965

(2)

み相殺権を行使することができるとされた事例

倒産状態に陥って請負工事を完成させることができ なくなった場合に約定により発生する違約金債権を 自働債権とする相殺は、当該請負契約に係る未払請 負報酬債権との関係でのみ相殺権を行使することが できるとされた事例

(福岡高判平成30年 9 月21日金法2117号62頁)

近 藤 隆 司 第1 事実の概要

A社(土木工事業および建設業等を目的とする株式会社。請負人。後に破産)は、平成27年 9 月17日から平成28年 4 月12日までの間に、Y(福岡県。注文者。後に相殺権を行使する破産債権 者。被告・被控訴人)から順次 4 つの土木工事を請け負う旨の請負契約を締結した。請負金額は、

「本件請負契約ア」:38,523,600円、「本件請負契約イ」:135,778,680円、「本件請負契約ウ」:2,120,040 円、「本件請負契約エ」:45,563,040円であった。A社は、平成28年 6 月10日までに、本件請負契 約ウに基づく工事を完成し、Yに対し、これを引き渡した。

A社は、Yに対し、平成28年 6 月15日付けで本件請負契約エについて、同月16日付けで本件請 負契約ア・イについて、それぞれ、「経営不振のため、当該工事の続行は不能となりましたので お届けします」などと記載のある「工事続行不能届」と題する文書を交付した。この時点におい て、出来高から前払金を控除した未払報酬の額は、本件請負契約ア:16,262,360円、本件請負契 約イ:4,304,029円、本件請負契約ウ:2,120,040円であり、本件請負契約エについては、出来高よ りも前払金が多く、736,800円の前払剰余金が生じていた。なお、原判決では、認定されていな いが、本判決は、A社は同月15日までに支払不能、同月15日に支払停止と認定している。

Yは、A社に対し、平成28年 6 月17日付けで本件請負契約ア・イについて、同月20日付けで本 件請負契約エについて、それぞれ、約定の解除事由に該当することを理由として、「工事請負契 約解除通知書」と題する文書を交付し、契約を解除した。本件各請負契約には、請負者(A社)

の責めに帰すべき事由により工期を遵守することができないときは、発注者(Y)は契約を解除 することができ、この場合には、発注者は解除による損害賠償義務を負わず、他方、請負者は発 注者に対し請負報酬の 1 割の違約金を支払わなければならないとの条項が付されていた。違約金 の額は、本件請負契約ア:3,852,360円、本件請負契約イ:13,577,868円、本件請負契約エ:4,556,304 円であった。

平成28年 6 月23日、A社は福岡地方裁判所八女支部より破産手続開始決定を受け、X(原告・

控訴人)が破産管財人に選任された。その後、Xは、Yを被告として、本件請負契約ア~ウの未

(3)

イ・エの違約金債権、本件請負契約エの前払剰余金返還債権およびその利息債権(いずれも破産 債権で、計22,737,674円)を自働債権とし、本件請負契約ア~ウの未払報酬債権を受働債権として、

これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした(相殺の抗弁)。そこで、本件相殺が破産法72条 1 項 2 号または 3 号により禁止されるか否かが争点となった。

第2 原判決(福岡地判平成30年 1 月 9 日金法2117号73頁)の要旨

請求棄却(→ X 控訴)。

「Yが本件各違約金債権を取得した時期は、本件請負契約ア及び本件請負契約イについて、

平成28年 6 月17日、本件請負契約エについて同月20日であると認められる。

一方、A社は、同月15日、資金繰りの悪化によって、本件各未完成契約に基づく工事を続行 することができなくなったのであるから、同日頃には、A社は、支払不能又は支払停止に陥っ ていた可能性がある。そうすると、Yは、A社が支払不能又は支払停止に陥った後に、本件各 違約金債権を取得した可能性がある(なお、A社が支払不能又は支払停止に陥った時期につい ては、具体的な主張がない。)。

しかしながら、本件各違約金債権は、本件各未完成契約を基礎として発生するものであって、

弁論の全趣旨によれば、本件各未完成契約が締結された時点(平成27年 9 月17日から平成28年 4 月12日まで)においては、A社は、支払不能又は支払停止に陥っていなかったと認められる。

以上によれば、Yによる本件各違約金債権の取得は、仮に破産法72条 1 項 2 号又は 3 号に該 当するとしても、同条 2 項 2 号にも該当するので、本件相殺の意思表示が同条 1 項 2 号又は 3 号によって禁止されることはない。」

第3 本判決の要旨

原判決変更、請求一部認容(→上告、上告受理申立て[ X か Y かは不明])。

「法は、破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の趣旨 が没却されることのないよう、法72条 1 項 3 号において破産者に対して債務を負担する者が支 払の停止があったことを知って破産債権を取得した場合にこれを自働債権とする相殺を禁止す る一方、同条 2 項 2 号において上記債権の取得が『支払の停止があったことを破産者に対して 債務を負担する者が知った時より前に生じた原因』に基づく場合には、相殺の担保的機能に対 する債権者の期待は合理的なものであって、これを保護することとしても、上記破産手続の趣 旨に反するものではないことから、相殺を禁止しないこととしているものと解される(最高裁 昭和‥‥63年10月18日第三小法廷判決・民集42巻 8 号575頁、最高裁平成‥‥24年 5 月28日第 二小法廷判決・民集66巻 7 号3123頁、最高裁平成‥‥26年 6 月 5 日第一小法廷判決・民集68巻

5 号462頁〔ただし、民事再生事件に関するもの〕参照)。」

「本件請負契約ア、本件請負契約イ及び本件請負契約エは、それぞれの請負契約関係において、

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み相殺権を行使することができるとされた事例

当該請負契約に係る仕事の完成と当該請負契約に係る仕事の報酬債権は対価牽連関係にあり、

相互に担保的な機能を有しているところ、本件請負契約ア、本件請負契約イ及び本件請負契約 エに係る各違約金債権は、いずれも、それぞれの請負契約に係る仕事の未完成により当該請負 契約が解除された場合に損害賠償を請求することができることを前提に、その損害賠償額を予 定するものであって、当該請負契約の未完成部分に係る仕事の履行請求権が変容したものとい える。そして、ある特定の請負契約関係において、当該請負契約に係る仕事の未完成により注 文者に請負人に対する損害賠償請求権が発生し得ることは、民法の規定上も明らかであり、A 社の他の債権者にとっても予測可能な事態である。このことからすれば、本件各違約金債権は A社の支払停止をYが知った後に本件発注者解除条項に基づく解除権を行使したことにより発 生したものであるが、Yが、本件各未完成請負契約に係る違約金債権をそれぞれ取得した場合 に、それぞれ同一の請負契約関係においては、未完成部分に係る仕事の履行請求権が変容した ものといえる当該請負契約に係る違約金債権を自働債権として、これと対価牽連関係にある当 該請負契約に係る報酬債権との間で相殺することを期待することは合理的なものといえる。こ れに対し、本件請負契約ア、本件請負契約イ及び本件請負契約エは、それぞれ工事内容を異に する別個独立の契約関係にあり、他の請負契約によって生じる債権債務とは対価牽連関係にな いところ、このような対価牽連関係にない法律関係において、ある特定の請負契約に係る違約 金債権を自働債権として、これと別個の請負契約に係る報酬債権との間で相殺することを期待 することは直ちには合理的なものということができない。」

第4 若干の検討 1.本判決の意義

本判決は、倒産状態に陥って請負工事を完成させることができなくなった場合に違約金が発 生するとの約定は、損害賠償額の予定であり、当該違約金債権は、仕事の履行請求権が変容し たものといえるから、これを自働債権とする相殺は、当該請負契約に係る未払請負報酬債権と の関係では合理的な期待を認めることができるので、破産法72条 1 項 3 号に該当しても同条 2 項 2 号により例外的に相殺権を行使することができるが、同一当事者間の別個の請負契約に係 る未払請負報酬債権との関係では合理的な期待を認めることができないので、同条 1 項 3 号に 該当したら相殺権を行使することができない(同条 2 項 2 号の適用はない)、としたものである。

2.破産法「67条 1 項」→「72条 1 項 3 号」→「72条 2 項 2 号」の趣旨

⑴破産法67条 1 項[破産債権者の相殺権]の趣旨

破産法67条 1 項の趣旨については、「自働債権の債務者の資力低下がもっとも明瞭な形で 現れるのは、債務者に対して破産手続が開始されたときであり、この場合に相殺を認めない こととすると、相殺の担保的機能が損なわれるから、法は、破産債権を自働債権とし、破産

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許容する(破67Ⅰ)」(伊藤眞『破産法・民事再生法[第4版]』501頁(2018))などと説明さ れている。

⑵破産法72条 1 項 3 号[相殺の禁止(の 1 つ)]の趣旨

破産法71条・72条の趣旨については、「破産手続の基本理念の一つは債権者平等であるが、

破産債権者に相殺権を認め、反対債権である破産財団所属債権からの優先的満足を許すこと は、債権者平等原則の例外をなす。しかし、相殺権も無限定に認められるわけではなく、破 産法は債権者平等の観点から、平時実体法上の制限に加えて、71条と72条に包括的な相殺権 の制限を設けている。71条は、破産債権者が反対債権である破産財団所属債権に係る債務を 負担した時期に着目して、72条は、破産財団所属債権の債務者が破産債権を取得した時期に 着目して、相殺禁止を定めている」(竹下守夫編集代表『大コンメンタール破産法』305頁+

312頁[山本克己](2007)[ただし、一部改変あり])などと説明され、とりわけ破産法72条 1 項 3 号については、「支払停止などから破産手続開始までの危機時期においては、すでに 債務者の破綻が外部に明らかになり、債務者に対する債権の実質的価値が下落していること を考えれば、これを自働債権とし、破産者に対する債務を受働債権とする相殺を無条件に認 めることは、破産財団たるべき財産を失わせ、他の破産債権者の利益を害する。このような 考慮に基づいて法は、破産債権を取得した者が支払停止について悪意の場合に限って、相殺 を無効とした」(伊藤・前掲533頁)などと説明されている。

⑶破産法[71条 2 項 2 号・]72条 2 項 2 号[相殺禁止の例外(の 1 つ)]の趣旨

破産法71条 2 項は同項 1 項について 3 つの例外を設け、72条 2 項は同項 1 項について 4 つ の例外を設けているが、このうち71条 2 項 2 号については、「この場合に相殺が許されるのは、

相殺禁止の要件が満たされる時期以前に破産債権者が正当な相殺期待をもっていたとみなさ れることによる。したがって、ここでいう債務負担の原因にあたるとされるためには、具体 的な相殺期待を生じさせる程度に直接的なものでなければならない」(伊藤・前掲523頁)な どと説明され、72条 2 項 2 号については、「受働債権たる債務負担に関する法71条 1 項 2 号 の場合と同様に、危機について悪意となる以前に生じた相殺期待を保護するのが、この例外 の趣旨である。したがって、ここでいう原因は、債権取得を基礎づける直接の法律関係でな ければならない」(伊藤・前掲535頁)などと説明されている。そこで、判例・学説とも、71 条 2 項 2 号・72条 2 項 2 号の「原因」とは、相殺の担保的機能に対する破産債権者の合理的 な期待を認めることができるものでなければならず、そのためには、債務負担または債権取 得を直接かつ具体的に基礎づけるものでなければならないなどとされる。もっとも、最終的 には、ケースバイケースの判断が必要となる。

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み相殺権を行使することができるとされた事例

3.破産法[71条 2 項 2 号・]72条 2 項 2 号の「原因」について判断した代表的な判例

⑴破産法71条 2 項 2 号の「原因」について

【判例①】 最判昭和60年 2 月26日(金法1094号38頁)は、破産債権者(信用金庫)の自働 債権は貸金債権、破産者の受働債権は支払停止後に第三者が破産者名義の普通預 金口座に振り込んだことによる預金債権であったケースにつき、危機時期前の普 通預金契約を「原因」と認めなかった原審を支持し、破産債権者による相殺を認 めなかった。

【判例②】 最判昭和63年10月18日(民集42巻 8 号575頁)は、破産債権者(信用金庫)の 自働債権は割引手形の買戻代金請求権、破産者の受働債権は危機時期前に破産債 権者に裏書交付した取立委任手形を支払停止後に取り立てたことによる取立金引 渡請求権であったケースにつき、次のように、危機時期前の取引約定の締結およ び手形の取立委任契約を「原因」と認め、破産債権者による相殺を認めた。

 「破産債権者が、支払の停止及び破産の申立のあることを知る前に、破産者と の間で、破産者が債務の履行をしなかったときには破産債権者が占有する破産者 の手形等を取り立て又は処分してその取得金を債務の弁済に充当することができ る旨の条項を含む取引約定を締結したうえ、破産者から手形の取立を委任されて 裏書交付を受け、支払の停止又は破産の申立のあることを知ったのち破産宣告前 に右手形を取り立てた場合には、破産債権者が破産者に対して負担した取立金引 渡債務は、法104条 2 号但書〔当時〕にいう『前ニ生ジタル原因』に基づき負担 したものに当たると解するのが相当である。けだし、債務者が債権者に対して同 種の債権を有する場合には、対立する両債権は相殺ができることにより互いに担 保的機能をもち、当事者双方はこれを信頼して取引関係を持続するのであるが、

その一方が破産宣告を受けた場合にも無制限に相殺を認めるときは、債権者間の 公平・平等な満足を目的とする破産制度の趣旨が没却されることになるので、同 号は、本文において破産債権者が支払の停止又は破産の申立のあることを知って 破産者に対して債務を負担した場合に相殺を禁止するとともに、但書において相 殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護する必要がある場合に相殺 を禁止しないこととしているものと解されるところ、破産債権者が前記のような 取引約定のもとに破産者から個々の手形につき取立を委任されて裏書交付を受け た場合には、破産債権者が右手形の取立により破産者に対して負担する取立金引 渡債務を受働債権として相殺に供することができるという破産債権者の期待は、

同号但書の前記の趣旨に照らして保護に値するものというべきだからである。」

【判例③】 最判平成26年 6 月 5 日(民集68巻 5 号462頁)[ただし、民事再生のケース]は、

再生債権者(Y銀行)の自働債権は、再生債務者XがA会社の債務を保証してい たことによる保証債務履行請求権、再生債務者Xの受働債権は、XがY銀行から 購入した投資信託受益権について、支払停止後にY銀行がXに代位して信託会社

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金支払請求権であったケースにつき、次のように、危機時期前の投資信託受益権 管理等委託契約を、破産法71条 2 項 2 号に相当する民事再生法93条 2 項 2 号の「原 因」と認めず、Y銀行による相殺を認めなかった。

 「本件債務は、Xの支払の停止の前に、XがY銀行から本件受益権を購入し、本 件管理委託契約に基づきその管理をY銀行に委託したことにより、Y銀行が解約 金の交付を受けることを条件としてXに対して負担した債務であると解される が、少なくとも解約実行請求がされるまでは、Xが有していたのは投資信託委託 会社に対する本件受益権であって、これに対しては全ての再生債権者が等しくX の責任財産としての期待を有しているといえる。Xは、本件受益権につき解約実 行請求がされたことにより、Y銀行に対する本件解約金の支払請求権を取得した ものではあるが、同請求権は本件受益権と実質的には同等の価値を有するものと みることができる。その上、上記解約実行請求はY銀行がXの支払の停止を知っ た後にされたものであるから、Y銀行において同請求権を受働債権とする相殺に 対する期待があったとしても、それが合理的なものであるとはいい難い。」

⑵破産法72条 2 項 2 号の「原因」について

【判例④】 最判昭和40年11月 2 日(民集19巻 8 号1927頁)は、破産債権者(銀行)の自働 債権は割引手形について支払停止後に買戻請求権を行使したことによる手形買戻 代金請求権、破産債権者の受働債権は定期預金債権であったケースにつき、危機 時期前の手形割引契約を「原因」と認めず、破産債権者による相殺を認めなかっ た。

4.本判決の検討――「対価牽連関係」という判断基準について

① 本件では、A社とYとの間の 4 つの請負契約を基礎として、Yは、本件請負契約ア・イ・

エから生じた 3 つの違約金債権、本件請負契約エから生じた前払剰余金返還債権およびそ の利息債権を自働債権とし、本件請負契約ア~ウから生じた 3 つの未払報酬債権を受働債 権として、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

このうち 3 つの違約金債権について、原判決は、仮に破産法72条 1 項 2 号または 3 号に 該当するとしても同条 2 項 2 号により、本判決は、同条 1 項 3 号に該当するものの同条 2 項 2 号により、それぞれ、例外的に相殺権の行使をすることができるとした。

もっとも、原判決は、自働債権の総額と受働債権の総額とを対当額で相殺することを認 めたのに対し、本判決は、違約金はその発生原因となった請負契約に係る未払報酬との関 係でのみ相殺を認めた(例えば、アに係る違約金債権は、アに係る未払報酬債権と相殺す ることができるが、イ・ウに係る未払報酬債権と相殺することはできない)。

本判決は、違約金の根拠となった請負契約はそれぞれ別個に締結されていること、違約

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み相殺権を行使することができるとされた事例

金は当該請負契約が未完成のまま終了した場合にこれに伴う損害賠償額を予定する趣旨で あると解されることから、当該違約金は当該請負契約に係る未払報酬との関係でのみ「対 価牽連関係」にあるといえるので、その限度で相殺についての合理的な期待が認められる として、その限度で相殺を認めたものである。

② 従来の判例・学説においては、本件のようなケースについて言及したものは見あたらな い。もっとも、請負契約に限らず、複数の契約が存在し、かつ、そのうち 1 つまたは複数 の契約から違約金が生じているケースは、少なからずあろうし、また、本件のようなケー スについて言及したものが見あたらない状況からすると、実務においては、自働債権の総 額と受働債権の総額とを対当額で相殺しているものと推察される(なお、同一の請負契約 から生じた違約金債権と未払報酬債権との相殺が「原因」等から問題とされたケースはあ る。東京高判平成13年 1 月30日訟月48巻 6 号1439頁、東京地判平成28年 6 月 2 日金法2054 号60頁は、いずれも「原因」を認め、相殺を認めたものである)。

③ ところで、破産法71条 2 項 2 号・72条 2 項 2 号の「原因」に関するものではないが、ま た、「対価牽連関係」などという語句を用いていないが、類似の議論がある。

破産債権者は、受働債権が停止条件付債権である場合には、破産手続開始後に停止条件 が成就したときでも相殺することができるか、という問題がある。すなわち、破産債権者 は、受働債権が停止条件付債権である場合にも、相殺することができるが(破67条 2 項後 段[相殺権の拡張(の 1 つ)])、破産手続開始後に停止条件が成就したときは、「破産手続 開始後の債務負担」に該当するので、相殺することができなくなってしまうのか(破71条

1 項 1 号)、という問題である。

判例(最判平成17年 1 月17日民集59巻 1 号 1 頁)・通説は、67条 2 項後段は、停止条件 付債権を受働債権とする相殺の期待を保護するものであるし、また、この場合にも、相殺 権行使の時期に制限は設けられていないことから、破産手続開始後に停止条件が成就した ときでも相殺を認めている(71条 1 項 1 号は適用されない)。ただし、伊藤・前掲516頁は、

「これは、実質的には、たとえ停止条件が付いていても、債務の発生原因が破産手続開始 前に存在するのであれば、破産清算においては合理的な相殺期待が認められるとの判断に もとづく。もっとも、同じ停止条件付債務であっても、合理的相殺期待が認められる場合 と否定される場合とがある」とし、否定される場合の例として、「破産債権者が、別口の 債権を被担保債権とする譲渡担保権を実行した場合の清算金支払義務と、破産債権との相 殺については、合理的相殺期待が否定される。この場合にも、清算金支払義務の発生は、

譲渡担保設定者たる破産者の債務不履行にもとづく清算という、一種の停止条件にかか わっているが、破産手続開始時においては、清算義務の発生自体もまた清算金の金額も確 定しておらず、合理的な相殺期待が認められないから、法71条 1 項 1 号によって相殺を禁 止する」とされる(なお、最判昭和47年 7 月13日民集26巻 6 号1151頁は、会社整理のケー スにつき、会社整理開始後に停止条件が成就したときは相殺することができないとしたが、

このケースは、整理債権と、これとは別口の清算金支払義務との相殺が問題とされたもの である)。

(9)

された(後者は破産法の規定を参考にされた。筒井健夫=村松秀樹編『一問一答民法(債 権関係)改正』204頁(2018)参照)。この点について、シンポジウム「相殺をめぐる民法 改正と倒産手続――差押え・債権譲渡と相殺に関連して」金法2036号 6 頁[18頁・21頁の 縣俊介発言]は、同一の契約から生じた債権債務は「対価的牽連性」を有するところ、当 該契約が「原因」と認められ、相殺が許されるが、そうでない債権債務については、「原因」

が認められず、相殺は禁止されるなどと述べている(なお、そうでない債権債務でも、債 権譲渡の対抗要件具備まで、または差押えまでに、ともに発生しているなら、「原因」を 持ち出すまでもないので、相殺は許されよう)。

④ 本判決のいう「対価牽連関係」も、縣発言のいう「対価的牽連性」も、もともとは、双 務契約における当事者間の公平を図るために使われている概念である。しかし、本判決お よび縣発言では、相殺しようとする債権者以外の債権者が存在する場面で、いわば対外的 にも、相殺することができるかどうかの判断基準として使われている。また、破産法71条 1 項 2 号ないし 4 号・72条 1 項 2 号ないし 4 号について、さらに遡ると、破産法67条 1 項 についても、これまで「対価牽連関係」などという判断基準が問われたことがないのに、

本判決は、72条 2 項 2 号について、いわば何の前触れもなく、「対価的牽連関係」をもち だしている。いずれも疑問である。

かねてより、「原因」を説明する相殺の合理的期待という概念は、言葉として曖昧さをもっ ていようが、それは、相殺しようとする債権者以外の債権者が存在する場面でも(いわば 対外的にも)正当化することができる程度のものでなければならないという意味を、当然 に含んでいるものであるはずである。したがって、【判例③】のように、他の債権者との 関係で、相殺の合理的期待を認めるのが相当か否かを検討するのが相当と考える(ただし、

【判例③】の結論を支持するかどうかは、別問題である。筆者の見解については、本誌31 号307頁参照)。

請負契約に違約金条項が含まれていることは普通であるし、違約金が請負金額の 1 割と いうのも決して高額過ぎると考えられていないから、相殺により他の債権者を不当に害す ることはなかろう。

よって、本判決に反対し、原判決が相当と考える。

以上

参照

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