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山下丈教授のご退職にあたって

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Academic year: 2021

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山下丈教授のご退職にあたって

著者 京藤 哲久

雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji

Gakuin University Graduate Law School law review

巻 20

ページ 1‑3

発行年 2014‑03‑31

その他のタイトル Dedication

URL http://hdl.handle.net/10723/1965

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山下丈先生は,明治学院大学法科大学院に2007年4月に着任され,2013年度末の2014年3月に定年 で退職される。

この7年間,商法,保険法等の科目を担ってくださった。先生の授業は,毎回,講義でかなりの情 報量をこなしているのだが,学生に負担を感じさせることがないように配慮されている。よく整理さ れた詳細なレジュメが用意されているためでもあるが,同時に,山下先生のお人柄がにじみ出た,

飄々として人を和ませる先生の語り口も与っているだろう。日々の重圧に押しつぶされそうな学生か ら大変に好かれていた。先生の本意ではないかもしれないが,先生の授業に癒やしを感じていた学生 も多かった。法科大学院には,授業参観という制度があり,毎学期,各先生方の授業を聴講する機会 がある。この制度を利用して,私も数回,末席で先生の授業を聴講する機会があった。パソコンを活 用しての授業で先生の教え方も参考になったが,授業で話された内容も自分の役に立った。プロの話 というのは興味深いものである。

弁護士としての山下先生のお姿を見る機会はなかったが,私には,相手を徹底的にやりこめる果敢 な山下先生の姿を想像するのが難しく,冷静で落ち着いた語り口でクライアントの気持ちを和らげる お姿が思い浮かんでしまう。

法科大学院開設後に会社法が全面改正されこれにどう対応して行くかは,どの法科大学院でもそう だったと思われるが,悩ましい問題であった。頭を抱えていた時に,研究者として出発されながら弁 護士としての経験も積んでこられた山下先生に加わっていただけた。おかげで教員不足から商法関係 の科目を充実できていなかった本法科大学院のカリキュラム上の弱点も解消された。山下先生の存在 はとても心強かった。研究者でもあり実務家でもあるという山下先生のような方は法科大学院には貴 重な存在であるが,偶然が味方しない限り,探してもなかなか得られない。

山下先生のご専門は保険法であるが,保険法の専門家としての山下先生を紹介するだけでは,山下 先生を紹介したことにはならない。山下先生への献辞を用意するに際して一番困ったのは,先生のカ バーする領域があまりに広汎で,私が,まだ,そのごく一部しか知らないということであった。

日頃,教員としての山下先生に接してはいるが,それだけでは山下先生のごく一部分しか知ってい ないと確信できるほどに先生のカバー領域は広く,先生は謎に包まれている。先生の出す事例にはす てきな飲食店が素材としてよく登場する。学生は気づいていたが,それも我々の知らない山下先生の 謎の一端の表出だろう。先生方の研究室は同じ階にあり,山下先生がコピーしている姿を同じ階の印 刷室でよくお見かけした。いつもドイツ語の分厚いコンメンタール(おそらくは,保険法関係のコン メンタール)の一部をコピーされており,研究者としての先生の一端が垣間見える。先生の止むこと のない研究へのご関心とご努力は,弁護士としての山下先生しか知らない方にはなかなか知り得ない

『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第20号 2014年 1−3頁

山下丈教授のご退職にあたって

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2 『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第20号

姿だろう。大変な準備をされているのだが,見えないところで努力しているところは人に見せないよ うにされているように思われる。そんなところに,先生らしい生き方の美学を感じる。

先生は,大阪大学を卒業後,京都大学大学院では大森忠夫教授のもとで商法,保険法を研究し,

1972年に,広島大学で研究者としての歩みを始められた。同大学で,助手,講師,助教授を経,1985 年以降は教授として,教育研究に携わってこられた。この間,フンボルト財団給費研究生として2年 ほどドイツに滞在された期間がある。1997年に同大学を退官されるまでの先生の歩みは,研究者とし ての一筋の歩みであった。保険法関係の記念論文集では常連の執筆者で,北欧圏の制度に対する研究 が含まれていることにアクセントがあるが,ヨーロッパの会社法,保険法,消費者法,民法に関係す るご論文が多く,この時代は山下先生の第一期と呼べるが,研究者としての山下先生のお姿そのもの で,大学人にもわかりやすい。この前後,日本保険法学会の評議員や理事も務めておられる。

同大学を退官された年の1997年,東海大学教授に着任され,また,弁護士としての活動もはじまる。

これ以降は山下先生の第二期と呼んでよいだろう。その後,2004年には大宮法科大学院教授に着任さ れ,そして,2007年に本法科大学院教授に着任されて今日に至る。山下先生のご活動の幅は,この第 二期に著しく拡大している。この時期のご活躍は実に多彩で,異能の存在としての山下先生の存在感 は圧倒的である。ガバナンスやリスク管理に造詣の深い弁護士としての活動は知られているが,それ にとどまらず,知り得る範囲でも,このほかに,その文才と圧倒的な語学力を生かして,北欧語圏の 著作の翻訳(『裸の独裁者サダム 主治医回想録』(NHK出版)),また,大学ではドイツ語の教師もこ なし,さらに,演劇分野の評論,ノンフィクションの著作(『マリアンヌはなぜ撃ったか』(柏書房),

『ブルーブラッド』(筑摩書房))の執筆等もされており,その関心対象と活動範囲の広汎さは,多くの 人の想像の域を超えている。この第二期の生活スタイルを,実は,山下先生ご自身も気に入っていら っしゃるのではないだろうか。そんな気がする。

一人だけでこうした多彩な活動を展開しているのを想像することは,山下先生に接している人には さもありなんと思わせるが,そうでない人には想像することがなかなか難しいだろう。この一文が,

山下先生の一面しか知らない方が山下先生の多彩さに関心を向けるきっかけとでもなればうれしい。

先生のご専門の保険法は専門外の者にはなかなか手が出ない分野の一つで,また,ご専門の領域で のご論文もたいへんな量にのぼり,外国語で公表されたご論文もあるから,私には紹介する資格はな い。多方面で多くの作品を残されている先生には,是非,ご業績の全貌を知る手かがりを残してくだ さればと考え,先生にご業績の一覧を作成することをご提案したが,いかにも山下先生らしく,業績 一覧の作成,掲載を辞退なされてしまった。

業績一覧の作成は後進の役に立つとはいえ,当の先生には大きな負担をおかけしてしまう。そのう え,今後,刊行を予定して準備されている著作もあり(私は教えていただけたが,守秘義務があるよ うな気がするので,今は,明かさないでおこう。),先生のご計画のうえでは,今はまだ一区切りの時 期ではないようでもある。努力の跡をあまり見せないようにされている先生の控えめなご姿勢も,ま た,できるだけ目立たず静かに去って行かれようとするというご姿勢も,いかにも山下先生らしく,

残念ではあったが先生に重ねてお願いすることは断念せざるをえなかった。とはいえ,ご専門の分野 のご業績は貴重なものなので,本法科大学院のローレビューが刊行している間に,ご業績を掲載する 機会を持てたらと思っている。

山下先生の文才,語学の才と控えめなご姿勢に接して私が思い起こすのは,明治学院の創設者の一

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3 山下丈教授のご退職にあたって

人でもあったフルベッキである。フルベッキの伝記に目を通した折,明治の初期,フルベッキが,そ の豊かな教養と卓越した語学の才を生かして,日本の法の発展にも大きな役割を果たしていたことを 知り,深い感銘を覚えた。学校で教わる日本史で教わることはまずないが,フランス民法典や諸国の 憲法典の翻訳にフルベッキが果たしていた大きな役割は,公表を予定していなかった手紙等から裏付 けることができる。こうした顕彰さるべき活動について,フルベッキは表立って語ることはなかった。

山下先生のご姿勢は,フルベッキの自らを外に誇らない生き方とも重なり,今は深い感慨にとらわれ ている。

本法科大学院の要請に快く応じて着任してくださり,学生を大切なクライアントとしていとおしん でくださった先生に深い感謝の念を抱きながら,山下先生にこの拙い一文を捧げたい。

2014年2月

明治学院大学大学院法務職研究科長

京 藤 哲 久

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