理科授業則の研究 (4)
久賀谷 泉
§1 授業則研究の意義
授業はなぜ成立するか。よい人になりたい子どもがいることと,この子をよくしたい先生がい 〆
るということがまずあげられる。
一教育設計・授業設計
ところで,子どもと先生だけでは,
子ども
授業は成立しない。よくなりたい,よ
目 標 くしたいのだから,よいとは何かの具
●
体的ことが決められなくてはならない はず。この決ま・「たものが目標という
ことになろう。
・計画 ・実施
・評価 この目標へ向か^て,子どもが感じ,
統合 学習 指導 考え,表現行動することが求められる。
反応チェック このことが学習ということぽでまとめ
子ども 先生
られているし,この学習への先生の援 ●
@ 経験ノ転化
へ藷提示 助・守りが指導ということぽでまとめ 轤黷トいるととらえることができる。
受容 制御
そうすると,学習指導によって,現 実によくなりたい子どもがよくなるわ
。提示→反応チェック→制御のぐるぐるまわりの軸は論理 けであるから,この学習指導の場は,
いやおうなしに,よくなりたい子ども
。受容→統合→転化のぐるぐるまわ如の軸は経験
がよくなハてしまうものでなくてはな らないはずである。そこで,このよう に子どもが現実によくなってしまう最適の場を計画し, 実施し,評価できる具体的場が授業とい
うことになろう。
そして,この授業は,子どもがいやおうなしによくなってしまうものでなくてはならないし,
先生はいやおうなしによい授業をしてしまうものでなくてはならないはずである。
ここには,当然,よい授業にしてしまうルール,つまり,授業則があるわけで,この研究が授 業研究の本質と考えての研究である。
§2 理科授業則研究の必然性・論理性
私たちは,理科授業を行なう。この理科授業は,現実に子どもがよくならなくてはだめである。
そこで,現実に理科授業が行なわれるなら,子どもがかならずよくなってしまうきまり・パター ン・システムの発見の研究がされなくてはならないはずである。
理科授業を,こうやったら,(この理科授業のきまり・パターン・システムに従ったら)い やおうなしに子どもがよくなってしまうことをまとめて,理科授業則ということばとしている。
このし方,このやり方,この理科授業の進め方に従って,理科授業を行なうなら,子どもがよ くなろうとしなくても,よくなってしまう。わすれようとしてもわすれられない。おぼえようと しなくてもおぼえてしまう。わるいことなどしようにも,する気になれない。
というような,現実に子どもがよくなってしまうルール・パターン・システムは何か。
この発見,開発に,理科授業則の研究をする。よい理科授業をしてしまう判断・推理の決めて としての概念としての理科授業則を求める。
ああもしたい。こうもしたい。こうしなくてはといったところで,現実は,この欲望・希望と 全く逆であってはだめであろう。現実に,子どもがよくなってしまう。よい方向に進んでしまう。
このように現実によくなnてしまう。確かなたよれる論理的客観的な理科授業則をもとにしなか りたら,いつでも,夢のような希望や欲望ばかりで,欲求不満になりてしまう。
どうしようもない欲求不満の連続でなく,現実にいやおうなしに,子どもがよくなってしまう ような理科授業則の開発はむずかしい。実にわかりにくい。
しかし,むずかしいのと,できにくいのとはちがうはず。ないのとわかりにくいのとはちがう はず。むずかしけれぽ,できるまでがんぽりぬけぽよい。必然性・一般性・合理性・具体性・実 証性・普遍性を求めて,どこまでも,あるがわからないなら,わかるまで求めればよいはずであ
る。
そこに存在するなら,手段・方法さえ,科学の方法をとるなら,わかるはずである。
理科授業の研究が,ことぽの解釈や,新らしいなんとなくそれらしい流行語づくりにならない ように,現実の授業の事実から,どうしてもこういわざるを得ないもの,こういうふうにしかこ の事実は解釈できないというものを求める。ここには,現在までに,現場教師がみんなでつくり あげた,経験の則ともいえるものがある。この則に吟味と考察を加え,問題をつくり,仮説をた て,実施し,評価し,ここに理科授業則を築きあげつついかねぽというわけである。
一体どのような授業のルールに従ハて行なえぽ,子どもが現実によくなるか。どうしてもよい 理科授業といわなければならないものは何か。現場理科授業者がこれこそ大切にせねぽならぬも のは何か等々の研究が求められるはずであろう。
§3 目標と評価・教材・過程・技術・施設
子どもが学ぶべきことがらがある。 この子に教えるぺきことがある。これは教材ということぽ でまとめられている。だったら,この子が,教材を,どの程度実際に達成したかが問題にされる
はず。そしで,教師は,教科書に書いてあることや自分が教えたことを,子どもが身についてい
るかどうかテストで達成度をみることができる。しかし,もっと高度な精神的なプロセスの達成 ●
度をみることは,ほとんどやれないでしまいがちである。これら教材の達成度をみることは,評 価ということばでまとめられている。
ところで,教材や評価は,手段・方法であ・って,目標ではない。評価は,子どもがすでに十分 学んだものは何で,今後学ぶべき必要のあるものは何かの判別(形成的評価)をともなって,目 標の達成度をみる。ところで,目標は,テスト項目としてきちんとしていなくては,達成度をみ にくい。さらに,どういう項目のときは,どういうやり方で達成度を評価すれぽよいかもきちん としていなくてはならないはずである。しかも,評価結果をどう活用すれぽよいかもわかってい なくてはならないはずである。(総括的評価)
ここで,目標と教材のかかわり合いを問題にせねぽならぬ。目標は教材であるなら,全べての 子どもが,その教材が受容できなかったら,この子は敗者であり,受容できないのは,その子の 責任となったり,どうしても,その教材は受容させねぽならないものとなりたりする。
もし,目標は,教材とは別個のもので,目標を達成する手段とするなら,それぞれの子どもの 目標にとnて,有効であるような教材を選べばよいことになる。教材は子どもの魂をゆさぶり,
その個性的な追求を呼びかける。子どもの思考にはたらきかけ,考えを発展させるものが教材と
なる。
ここには,子どもの感覚・思考・表現にはたらきかけていく,いくつかの知識の体系が,教材 としてえらばれなくてはならないであろう。子どもが力の限り追究し,学んだものは有効に利用・
される価値体系がささえとなっているところの,子どもの探究のあり方,思考のあり方に基づく 教材の設定化ということになろう。
そうすると,目標とは,教師が,こうであれぽ子どものためとか,子どもはこうでなくてはな らぬはずという「何故という理由を教えることなしには学習にひきこまない」などから生れる 理念・理想・人間形成観などの象徴として,具体的概念のかたちで,提示されることになる。そ
うすると,目標は教材と統一されることになろう。
しかも,教材群は,その順序段階のとり方で過程が問題となり,実際にできるという技術・施 設とのかかわり合いを求める。だから目標到達への実施方法として教材・過程・技術・施設が考 えられ,授業という姿となろう。
§4 教育研究・授業研究の研究対象
人がよくなりたい,他人をよくしたいは自明の理である。だから,教育研究で大切なことは,
現実に人をよくしてしまう研究が求められる。そこで,1教育の研究対象は,よくなりたい人その ものの研究が求められよう。 欄
ところで,教育研究が,全べての人の教育についての研究であり,対称も全べての人となるの に対して,授業研究となると,学校における教育,学校で学ぶ人の研究となろう。
だから,授業研究では,よくなりたい人は,子ども(児童・生徒・学生)であり,よくしたい一一一
人は教師(先生)ということに限定されよう。そこで,授業研究での研究対象は,子どもという ことになり,この子どもがどのようなとき,いやおうなしによくなってしまうかの研究が求めら れる。
ここで,研究対象である子どもを丸で表わすと 子どもの体内と子どもの体外との関係は,①
②③の3ポイントが問題になってしまう。
統合 子ども
の体内
子ども 子ども
の体外①→ ② ③体外 経験
受容 統合 ● ]化
(汎化・転移)
転化 受容
(汎化・転移)
つまり,よくなるのであるから,よくなるため体外から,何かを受け容れるところの①受容と,
体内で受容したものを組み合わせるところの②統合と,体外にさらに出すところの③転化のとこ うがあるはずである。
そこで,この受容・統合・転化はいつでも受容一統合→転化という順でぐるぐるまわることに なる。そうすると,ぐるぐるまわるものが,かならずもつ,軸・中心があるはずである。これは 経験ということになろう。
この経験を軸とするぐるぐるまわりが,いやおうなしに子どもをよくしまうよう,授業を計画 し,実施し,評価すればよいことになる。
§5 必然性・論理性と授業・最適の場
ひとりの人間,・ひとりの子どもが「感じる・考える・表現行動する」という行動ぬきに,教育 をすることはできない。
このひとりの人間が,感じてしまう。考えてしまう。表現行動してしまう。このことについて,
過去・現在・未来を通じて説明ができ,このことなら未来が予測でき,未来を制御できる力をつ けるものなら,これこそ,科学する力をつけたことになろう。
ところで,授業が,ひとりの子どもが正しく感じ,考え,表現行動してしまうよう,人為的に
. つく・(た最適の場であるならば,ここには,必然性・論理性・客観性が求められるはずである。
塩酸に石灰石を入れるなら,いやおうなしに二酸化炭素がでるように,授業という場に子ども がいるならぽ,いやおうなしに,よい子になってしまうものでなくてはならない。
子どもが,授業という場で受容する 授業研究のポイント
ということは,感覚の世界であり,そ 冤
して,体内での統合は思考の世界であ
子ども り,体外への転化は,表現行動の世界 であろう。
子ども 受容 統合 転化子ども
② ③の体外一 この①受容・感覚と②統合・思考と
③転化・表現行動の3つのポイントに,
子どもがすばらしい人間形成をしてし まう必然的・論理的場の構成をすれぽ よいことになろう。
感覚 思考 表現行動
だから授業をどうするかというとき の研究の焦点は子どもであるとするな ら,子どものどこに研究のポイントを置げばよいかというと,受容と感覚・統合と思考・転化と 表現のところを具体的に研究していけばよいであろう。そして,ここから,最適の場としての授 業のルールを求めれぽよいと考え研究している。
§6 行動・学習と感覚・思考・表現
目標まで子どもがいくには,行動をせねばな・授業設計
教育設計 らぬ。この子どもの行動は,学習といnている
子ども し,教師の行動は指導といっている。
ところで,この子どもの行動・学習は,活動
目 標
● の様式からいえぽ,時間空間の制約を受け具体 物に焦点をあてる感覚のはたらきと,時間空間 をはなれ具体をはなれ抽象の世界に焦点を合わ せる思考のはたらきと,現在の制約の中ではた
・感覚
行学習・思考
動 指導 らく表現行動の世界の3つに分けられよう。
・表現 だから,学習は,感覚・思考・表現行動をは
統合 反応チェック たらかせることであり,ひとりの子どもの受容
子ども 先生
・統合・転化のぐるぐるまわりの行動で,子ど
幽ノ 叉゜ もがいやおうなしに目標に到達してしまうよう,
転化 受容 提示
@ 制御 感覚・思考・表現の3つのはたらく場を教師は 用意してやればよいであろう。
また,学習は,感覚・思考・表現行動の活動 であるともいえるし,指導は,具体物で感覚のはたらかせ方,言語や数を使っての思考のし方,
現在の時点での表現行動のし方の援助・守りをするといえよう。
目標への行動,つまり学習が,このように具体物や抽象言語・数や表現を使って,単純化・統 一し,次の学習へのエネルギーをたくわえることであるとするなら,ここで,子どもがふれる環 境としての選らぼれた物・言語・数・表現等は,教材ということぽでまとめられていよう。
しかし,この教材は,順序段階があり,このことは過程のあり方としてまとめられ,効果ある よう技術のあり方が問題となり,これらを実現させる物理的場としての施設が問題とされるとい うことになろう。
§7 子どもひとりひとりの認識成立過程
外界のものを受けて,考え,新しいも のをつくりだしていく。この流れの中で,
自已の人間形成をするいとなみが,学習 活動ともいえる。ここには,当然認識が
子どもの
体 内 成立しているかどうかが問題とされねば
子ども 1 ② 3 子ども
ならないであろう。
●
フ体外 の体外
」摩一→蒸→鞭磐
そして,認識が体外の無数の刺激から,?驍烽フだけ選別し,受容するとすれぽ,
(汎化・転移)
その子なりの,おぼろげとはいいながら,
ある目標に基づき,受け容れたはずであ ろう。そして,これをまとめ統合し,単 純化・統一し,さらに発展させ,新らし いものをつくりだす。つまり,受容し,統合し,転化しながら人間形成するわけであろう。
この受容・統合・転化のもとになる目標の決定, 「よいとはこれだ。」 と決めた,価値体系や,
知識体系に,指導者は,提示と反応チエックと制御を加えなくてはならないであろう。
そうすると,学習活動は,受容をうながす問題意識にはじまり,解決せねぽという目標によっ て,体外から体内に受け入れ,思考し,新しいものをつくりだすことによりて,解決できたとい う目標にせまる。つまり,問題解決学習ということになる。そして,探究学習といおうが,それ は同じなかまであろう。
大切なことは,人間の認識の本質・条件にせまり,いやおうなしに,よい人間としてしまう。
いやおうなしに幸せな人間にしてしまうものでなくてはならないはずである。
だから,現実に,子どもは,教師のはたらきかけとしての指導が,どのように受容し,統合し,
転化していくか。このあたりの究明が大切である。さらに,実証的心理的等々による,子どもの 認識研究が求められる。
§8 子どもの研究の3ポイントと受容条件
教育は,現実に子どもがよくならなくてはどうにもならない。そこで,現実にこの子どもを丸
のようなかりこうで記号化し,授業 の分析研究をする。そうすると,子
子ども
フ 内 どものしくみを3ポイントにおさえ 受容 統合 転化 て研究することができる。
体外 1 ② 3 体外
子どもの認識成立の研究の3ポイ
受容条件 ントをとらえることができる。
①身近A短時間 ところで,なぜいろいろある体外
③類似C逆 のものの中から,これを選ぶのだと
⑤因果 するのか。 「これがいい。」 「これ
がわるい。」と選択するものとは何 か。価値の問題であり,目標設定の 問題であるはずである。 体外のものと,何か体内にあるものとが結合し,受容し,統合し,転化
し,変容し,人間形成をしていくわけであろう。
ところが,目標が決まると,なぜ,受容するものが決まるか。
これは,取り入れられるよう工夫努力し,いやおうなしに受容できる場面を用意できるからで
あろう。
つまり,受け入れるためには,①身近にあるもの,②時間的に短くあること,③ほとんど似て いること,④極端に反対のもの ⑤因果関係的にみて例外なくおこりうることなどを,子どもの 感覚・思考・表現行動のできる場面に設定すればよいわけであろう。
しかも,教師のはたらきかけによるゆさぶりがなくてはならぬはずである。そして,教師は,
「こういうことと,こういうことは前にやっておいて,また,やがてでてくる場面も用意してお いて,今はこのことをやらせる。」という目標と,教育設計・計画をしておく。
だから,受容・統合・転化の3ポイントとこのぐるぐるまわりと受容条件の整備が求められる。
§9 教師のはたらきかけと子どもの認識則
子どもが目標に到達するためには,行動せねぽならないはず。そして,この行動は,時間空間 の制限をうけ具体を通し感覚のはたらきによる学習があろう。また,時間空聞を離れ;具体を離 れ,抽象の言語・数・式などによる思考のはたらきによる学習があろう。さらに子どもがう現在とい
う時点で,表現し動作する学習があろう。しかし,これら3つの感覚・思考・表現の行動は,い , つれも現在でしかない。
この3つの行動,つまり感覚をはたらかせる,思考をはたらかせる,表現行動するのどれか,
または,これらのぐるぐるまわりによnて目標にせまる。
この3つの行動で目標に到着するわけであろうが,このわかりていく過程(認識過程)を探究 し,逆に,この結果を教育設計・計画にとり入れる。しかも,教師のはたらきかけが・子どもの 認識過程に合うようにする。
もし,ひとりでにわかってしまう場を設定しようとするなら,どうしたって,この認識のルー ルに即さざるを得ないであろう。
子どもの認識則に基づき,計画し,実施し,評価する。ここには,子どもが,いやおうなしに 感じ,考え,表現行動し,人間形成をしてしまう。ひとりでに,教師のはたらきによる場で,わ かnてしまう。よくなつてしまう。この理想の場が,授業というものであろう。
そこで,教師は,子どものわかる過程・認識 教師のはたらきかけ 則にそりて,提示し,反応チエックし,制御
反応チェ。ク (フィードバック)していけばよいわけであろう。
教師
だから,どうしても,子どもがどのようにも
論理 のがわかり認識していくかの研究結果が求めら れるし,この研究をせねぽならないであろう。
提示
制御
(フィートレ㍉ク)
提示→反応チエック→制御のぐるぐるまわり
§10 ひとりの子どもと教師・他の子ども
ひとりの子どもが感じ,考え,表現し,わかり,認識していく。そして,人間形成をするとき,
他の子どもや教師がどうかかわり合うのか。教師は,なんとかして,ひとりひとりの子どもが,
わか(てしまう,認識してしまう前提条件をととのえ,人間形成してしまう場づくりの設計ばか りではない,実践もし,評価もする。
ところで・他の子どもはどうか。ひとりの子どもがわかるというとき,教師のはたらきかけと はちがう。ひとりの子どもが,友をなんとかよくしようと計画し,実践し,評価はしない。
そうすると,学習の個別化とか,集団化とか,このような学習形態より出発するのでなく,ひ とりの子どもが,感じ,考え,行なう中で,人間形成するルールは何かを研究し,どうしても,
集団のほうが,ひとりで人間形成や認識をしてしまうなら,それをえらべぽよいはずであろう。
また,ひとりのほうがよいという認識のルールがわかnているなら,個別化した方がよいであろ
う。
ところが,このひとりの子どもの認識のルールもわからんのに,形式的に,やれ個別化の,や れ集団のとい(て,学習形態論をいっても,授業は科学に基づくとはいえないであろう。
だから,人間形成則というもの,人間の認識則というものを,ひとつひとつたんねんに発見し,
体系化し,研究していくことこそ,私達教師の研究であろう。
教育に関することぼからことぽへの解釈や,文章表現の組みかえが,もし,教育研究,教育学 というなら,もはや,子どもが現実によくなるという教育の実際とは,かかわりないことになっ てしまうであろう。
ひとりの子どもが,どの前提のとき,真によくなるのか,この前提が,授業のルールにならな
くてはならぬはずである。 」
§11 子どもの学習と時間・空間・事実・記号
子どもの目標到達への行動が学習であるとするなら,その行動には,時間と空間と事実と記号 とが,かならずかかわってこよう。
学習において,時間空間をはなれ,言語と数などによる記号や記号の組み合わせによる思考活 動の世界があり,このあり方の教師の指導が求められる。この思考の世界でほ,事実とか具体と かということから離れ,抽象の言語や数の活動の世界であるから,この学習独特のルールが求め られるであろう。
また,具体的事実に基づき,時間空間の中で,感覚の世界の中での学習もある。ここでは,た えず,事実や記号が問題となるが,あくまでも,具体の世界であり,ここにも,感覚を通しての 学習だけのルールが求められる。
さらに,現在という時間で,この空間で,行動表現の活動としての学習もある。ここにも,こ の学習独特のルールが求められよう。
つまり,子どもがわかる法則,子どもをわからせていく法則に基づき授業をすることが求めら れるからである。子どものわかる時の感覚・思考・行動表現のルールに従って授業をせねぽなら ぬからである。
この子どもの学習を成立させている認識のルールの発見。つまり,子どもがわかる,子どもが よくある,子どもの人間形成に努力と工夫をする。このときの感覚・思考・行動表現のはたらき のルールの発見をせねばならぬ。
じりくり,たんねんに授業に即し,子どもの認識則を発見せねばならぬ。ここには,教育のル 一ルの発見があるし,教師の研究の楽しみもあろう。
そして,具体的に子どもに即し,普遍的にどこにもあてはまり,特殊でなく一般的であり,実 証的でまたやれるものを,子どものわかり方の中から求める。そして,どのような時間・空間・
事実・記号の使い方で,子どもをよくしてしまうかのルールを求めなくてはならないであろう。
§ユ2 授業研究における具体性・一般性・普遍性・実証的ことの大切さ 小学校4年・水と食塩
この水蒸気の中に 食塩はまじってい
1∬∫灘5 子ども
ノ ・食塩がまじっていると思います。
ρ 受容 転化
一 ・食塩はまじってい左いと思います。
統合
(先行経験) .わかりません。
(観察事実)
〈問題把握する〉 〈予想する〉
一一
qどもの目の前に,食塩水が蒸発皿の中で沸騰し,ゆげも出て,水蒸気がでている現象を設定 駆
オておく。
この観察事実をもとに,「この水蒸気の中に食塩はまじっていますかdと課題する。
そうすると,
「食塩がまじっていると思います。」
「食塩はまじっていないと思います。」
「わかりません。」(ほとんどない。)
というように,子どもは答える。つまり,表現行動する。ということは,食塩水の沸騰現象を感 覚のはたらきで受容し,さらに「この水蒸気の中に食塩がまじりていますか。」という先生の言 語による課題を感覚により受容したことになる。
ところで,なぜ,受容できたか。食塩水の沸騰現象の観察事実と教師のことぽの課題の2つの 体外の刺激だけが,体内のあるはたらきによって選択され,情報として受容したわけであろう。
そこで,どんな選別力が子どもの体内ではたらいたのであろうか。
感覚一一一一〉 思考 一一一一〉表現行動
子ども
・まじっている。
受容体外の環境→刺激 統合 転化 ・まじってい左い。
→情報
沸騰現象 ・わから左い。
・教師のことば ↑
(課題) この中のどれかについて 先行経験 答えざるを得ない。
子どもの体内に,ある価値がはたらき,ここから何か知的なものを求め,「まじっている。」
「まじりていない。」 「わからない。」という3つのタイプのどれかを表現行動したのであろう。
そうすると,どうしても,子どもの体内で,ある先行した経験との組み合わせ統合があり, ●
「まじnている。」とか「まじっていない。」とか, 「わからない。」というような表現行動が あハたのであろう。
「食塩がまじっているのかな?」で受容したものが,体内でなんらかの統合がはたらき,「ま じっている。」とか「まじっていない。」とか「わからない。」とか転化し,体外に表現行動し たことになる。
し uわかりません。」と表現行動する子は少ない。
「食塩がまじっていると思います。」 「食塩はまじハていないと思います。」のどちらかに分 かれる。
@
①食塩がまじっているかσ
受容
一 食塩がまじoていると思う。統合 転化
@ 食塩がまじっていないと思う。
②食塩がまじ。ていうか。 受容 統合 化
③食塩が蚕じっているか。 受容
@ \
わから左い。統合 転化
そして,①か②かに判断した子どもは,直感的思考というものであろう。「どうして,①と判 断したか。」ときくと,困nた顔をする。「たしかめてみたい。」と探究心・好奇心をもつ。た
しかめたいような場を教師炉つくハてしまうのかも知れない。
略
。もし食塩がまじっていると すれば,水蒸気を水にした
とき,し澄からいはず。
。もし食塩がまじっていない ニすれ仕,し診からくない
,qども
はず。 1 ② 3 °たしかめてみよう。
。……こうすれば 受容 統合 転化 よいはずだ。
〈矛盾の克服をしようとする。未知と既知の世界から,実証化へと進む。〉
このように,具体的に子どもの姿を0であらわしながら問題把握から,矛盾を克服し.自然認 識の深化をしていく姿をとらえ澗題9解決の姿をとらえ・子どものわか妨の論理をとらえ・
一般的・普遍的・実証可能な授業のルールをとらえるべく研究していく。そして知識の理解と科
学の方法を分離していかない。 \ ・ 1 { 1 〜
§13 授業と時間・空間の設定・分節
授業は単位時間という時間的設定がされる。また,教室という空間的設定がされる。一般に,
40分から50分単位の時間が設定され,教室という中で行なわれている。
ところで,この40分・45分・50分の単位時間はさらにどう分ければよいか。この分け曙 れたものは授業の分節といわれている。が,この各分節はどうあらねばならないか。
判断・推理・概念化が保証されなくてはならないはずである。教育が人間形成が目的であるな
脳 ,
ら,正しく判断し,正しく未来を推理し,それらのことのできる手がかりとなる概念が求められ るはずであろう。
そこで,授業の分節には,判断・推理・概念化がはたらいてしまう場が設定されていなくては ならないはずである。とするなら,この分節に「調べる」とか「探究する」とかの活動をもって
くれぽよいことになろう。つまり,問題解決の場を設定すればよいことになる。
①
〈①→②→③→④を分節とする〉
理 解 〈単時間は1 2 のぐるぐるまわ如〉
4 ● ② ・①問題→②予想→③実証→④答えのぐるく噸るまわり 認識の深まり1 ・①問題→②構想→③考察→④吟味のぐるぐるまわ参
・①問題把握→②情報の収集→③情報の処理→
④法則性の発見のぐるぐるまわ如
3 ,
〈分節は推理・判断・概念のはたらきが前提〉
もし,何かを調べるなり探究ずるなら,どうしたハて,問題を把握せねばならぬ。そして, も
し,問題をもハたとするなら,「こうではないか。」と推理し,予想なり,仮説なりが設定され るし,問題を解決するという目標に基づき,今までの経験で得た概念(先行経験)がはたらき,
「こうすれぽ正しい判断・解決が得られるはず」という実証・検証なりの行動が求められ,さら により正しい判断力と概念の深化がされよう。
そして,①問題ぐ②予想→③実証→答えのぐるぐるまわりは,まわハているものの一般として,
軸・中心となるものがあるはずであるし,この軸・中心は,理解とか認識とかいうことになろう。
しかも,理解が単なる知識をおぼえるだけ,判断や推理にかかわりないのでなく,判断や推理
の基になり,能力や態度の象徴としての知識理解の立場に立つことになる。 ■
科学の方法の基になる理解を意味し,認識の深化を意味する。
こう考えてくると,授業の分節のはじめには,問題把握の場が設定され,問題についての構想 を立てる場を設定する。そして,分節は,考察し,吟味し,問題を解決するという「問題→構想
一→l察一吟味」のまとまりとする。
だから・このまとまりは,問題解決のまとまりということになろう。また,発見学習といって もよいし,探究の学習といってもよいであろう。調べ学習ともいえよう。とにかく,基本的には,
「問題→予想→実証→答え」の連続の過程となるようにすればよいことになろう。
§14 授業研究と科学的研究方法
授業研究が,科学の方法に基づかねぽならない。そうすると,目的・目標は,子どもがよくな ることであり,教育がよくなることであるから,よいとは何かの研究がまず求められる。
人間が善くあるとは何かの教育の目的・目標等の研究は,①歴史的に ②外国などの比較の上に
③哲学的に ④実践的実証的に研究が求められる。
教育研究・授業研究
実践的実証的研究
歴史的研究 ← 授業研究 → 比較教育的研究
@ ↓
@ 哲学的研究
そして,実際に授業にたずさわる教師の研究としては,まず,授業に即し,子どもの現実によ くなる姿の考察から,実践的・実証的研究が中心となり,こう授業をすれぽ,こう教育すれば,
現実によくなるのだと説明ができ,しかも,これからのあり方についても,予測ができ,しかも これからの教育や授業に制御できるものの発見に努めなくてはならないはずであるし,これは,
教育専門家として研究できるはずである。
そうすると,教師が毎日教育を授業を通し実施しているが,ここには必然的・帰納的に説明で きる,しかも,予測・制御可能なものとして,①計画 ②評価 ③教材 ④過程 ⑤技術 ⑥施 設の6つの子どものよしあしを決める授業の要素を,まず,とりだすことができる。
しかも,この教育の計画は,子どものわかり方,教師の子どもをよくしてしまうものを計画の 中にもちこめばよいことになる。
だから,子どもをよくしてしまうには,まず子どもに何かを学ぽせ,教師は何かを教えなくて はならないから,この研究がせまられる。
つまり,教材の研究である。が,この研究は,授業の実施の上で,ひとつひとつ積み上げ,現 実に子どもの受容・統合・転化のぐるぐるまわりを可能にし,どこまでもよさを求めるエネルギ
一のもととなるものを,取り出すことになる。
この取り出されたものは,教材群としてさらに,順序段階が求められる。多数の取り出された,
これはよいという教材は,さらに子どもの発達に即し,ならべかえられ,順序の法則に従ハて研 究がせまられるとすれば,これは,過程の研究が求められるはずである。累積化の研究である。
この過程研究は,一見,教材研究の中に位置づけられるにしても,さらに別の立場から,研究 が求められる。
さらに,子どもをよくする立場からは,教材・過程が決まったにしても,これを理屈ぬきに,
実際に操作し,テクニックとして,現実に子どもをよくしてしまう,いわぽ,理論はわからない が,目標に到達してしまうものが求められる。つまり,技術研究である。
さらに,教材・過程・技術をうらづける物理的環境としての施設研究がせまられ,この教材・
過程・技術・施設の研究にうらづけられ,計画したにしても,これが実施され,実践されたもの が,真に,目標まで到達させることができたかの評価が求められるわけであるから,この評価研
?ェあるはずである。
説明・予測・制御可能な科学的方法をとるための研究ポイン ト
子ども
目 標
@●
・教材 ・評価する
。計画する 。実施する ・過程 学
↓ (実践する) 技術 ・施設 習指導
↓形成的評価
学習指導案
↑
の 総括的評価
最
↑
③教材研究 ④過程研究
適化 ↓
①計画研究 ⑤技術研究 ⑥施設研究 統合
反応チェック
相対評価・絶対評価 褐ン評価・自已評価 ウ師の評価
子ども 教師 一
経門 /論
↑②評価研究
転化 提 示
(汎化・転化)
受容 制御
(フィードバック、
§ 15 人が最も影響を受けるもの・影響を与えるものの研究
教育は,人の生の機能を発揮させ,他人の生の上に役立つものでなくてはならぬはず。善さは わからないが,どこまでも善さを求めて生きるエネルギーをたくわえるものでなくてはならぬは ずであろう。
ここには,人が最も影響を受けるもの・与えるものの研究が求められよう。そして,先生は,
子どもに最も影響を与える人であるべきはずであるし,子どもは,先生から最も影響をうけなくて はならぬはずである。
そうすると,この影響の内容・目的が問題となる。人が生きてきて,この機能の発揮をいやお うなしにし,他人の生の上にいやおうなしに役立つものでなくてはならないとすれば,道徳的自 由・人間形成観がいつでも問題となろう。
よい授業をしたいという願望・欲求だけで実際にできなくてはだめで,よい授業をいやおうな しにしてしまわなくてはならぬ。よい子にしたいではなく,よい子にしてしまうものでなくては
ならぬ。
いやおうなしによい影響を与えてしまうものでなくてはならぬ。そうすると,いやおうなしに,
このむとこのまざるとにかかわらず,そうしてしまうとすれぽ,そのような「場」が求められる はずである。
いうなら,磁石があれば,磁場ができてしまうように。地球に住めぽ,いやおうなしに引力の 場の中に住むと同じように。
この教育の場の問題は,教育の場,授業ということになろう。理想的な教育の設計をし,計画 し,それに基づき実施し,評価し,場づくりをしていく。しかも,連続的実証的にしていく。こ れが授業研究であろう。
だから,教育の場とは,授業ということばでまとめられ,最も,人が人に影響を与え,受ける
ところの研究が,授業研究であり,結果は,授業則ということでまとめられよう。 .
§16 理科授業研究の実際 第5学年 組 理科学習指導案
指導者 久賀谷 泉 単 元 もののあたたまり方
目 標 。物の暖り方を理解させる。
ア 熱は金属では伝わりやすく,水や空気では伝わりにくいこと。
イ 金属の棒を暖めると長さが変わること。
ク 水や空気が暖まるのは,体積の変化によって起こる水や空気の移動によるこ
と。
指導の計画 第1次 水・金ものと熱と温度一…一一一一…2時間(本時は第1時)
(9時間) 第2次 金ものの暖まり方一一一一一一一一一一一一一一2時間 第3次 水の暖まり方…一一一一一一一一一一一一・2時間 第4次 空気の暖まり方一一一一一一一一一一一一一2時間 第5次 温度による金物の伸び縮み一一一一一一一一4時間
関 連 。隣接学年 4年「水・水じょう気・氷」・「空気や水ののびちぢみと温度」
6年「日光によるものの暖まり方」
本時の指導
(1) 目 標 。水を熱すると,温度があがり,水蒸気等ができることを理解させる。
。水は熱を伝えにくいことを理解させる。
。金もの(アルミ板)を熱すると,熱は,伝わりやすいことを理解させる。
(2)準備・資料・鉄製スタンド・試験管・マッチ・アルコールランプ・ろう・アルミ板・もえ さし入れ・試験管立てなど,(各グループ1つづつ)
(3)展 開
ねらい 学 習 活 動 と 内 容 留 意 事 項
。水を熱する 1.試験管の中の水の上部を加熱し,水は 鉄製スタンドで試験 と,温度が 熱するとどうなるか探究する。 管に水を8割くらい あがり,水 問題・上部の水を熱したら,水はどうな 入れ,図のようにか
蒸気がでる ↓るか・ たむけ,水の上部を
ことがわか 予想・あつくなると思う。 加熱できるようにセ
る。 ・ふつとうすると思う。 ツトして置き,「こ
・あわがでると思う。 の水の上部をアルコ
・温度があがり,水蒸気がでると思 一ルランプで熱した う。・その他 ら, 水はどうなるか。」と課題を提示す 実証・水の上部を加熱してみる。 る。
↓
・子どもは「あつくなるよ。あわがでる。
答え・やつばり,温度があがり,水蒸気 ゆげがでる.」など発言する。これを
↓がでる・
教師が助言し,「水+熱一→温度・水蒸
。水は,熱を 2.上部の水が温度約100℃になり,水 気など」というようになると予想する 伝えにくい 蒸気があわになつてでているときの下部 わけですねとまとめる∩
ことがわか の水温を探究する。 ・「では,水を熱してごらん」と実験観
る。 問題・下部の水温はどうなつているか。 察させる前に「試験管の下部に手を絶
↓上部の熱鋤つたか・
対にふれないように」と命令・注意す 予想・伝わつていないかも知れない。調 る。さらに「もし,ふれてしまうと,
↓べてみなくては・
やけどをするかもしれませんdと説明 実証・ろうのとけるようすから,下部の を加える。
↓温度変化をみる・
・試験管の下部を手で示し「上部の熱 答え・やつばり熱は伝わらないようだ。 が伝わったか。」 と課題を示し,
下部を手で持ち,上部をふつとう 予想させ,下部にろうをつけさせその させてたしかめる。 様子から,上部の熱が下部にうつるか
どうか調べさせる。
。アルミ板 3.アルミ板では,上部を熱すると,下部 ・ろうがとけないことから,手でもつて
(金属)を熱 に熱が伝わるかどうか探究する。 ふつとうできるかどうか.実際にふつ すると熱は 問題・アルミ板では,上部を熱すると熱 とうさせ,やつばり,下部には,熱は 伝わりやす ↓は下講わ翻 伝わりにくいことを確かに自然認識さ いことがわ 予想・水とはちがうなかまで,下部に熱 せるようにする。
かるn ↓を慨るのではないか.
・アルミでは,水とちがつて,熱を伝え 実証・アルミ板にろうをつけ上部を熱し るのではないかと予想する。しかし,
水と比べる。 本当に,そういい切れるかというと,
・水とは違つて,熱を伝えやすい。 やつばりわからないと子どもはいう。
↓手でもつて水とアル・板を縢し
わからない,未知のことを,なんとか
て確かめる。 「こうだ」といい切つて,まちがいな いように判断したいという子どもの声 4.本時のまとめと次時について知る。 を大切にする。
好むと好まざるとにかかわらずくるもの。意識の中に,価値を高め,知的体系をつくり,人の 生の機能を高め,他人の生の上に役立てしまうものがある。
ここを問題にして授業を進める。授業にやりがいのある場をさがす。子どもが自主管理や自巳評 価をする場をつくる。問題をもってしまりて,予想が自由にいえる授業とする。反対や同意がで
覇 ォる授業とする。
前述の「水蒸気の中に食塩がまじハているか。」の課題は,子どもの予想としては,「まじっ ている。」か「まじっていない。」の2つのどちらかとなる。もっというなら, 「わからない」
があるから,3つの場合しか表現行動はしようがない。
つまり,「1か0か,粥8かπ・か,右か左かのすっきり型」の課題提示である。この提示で は,子どもの反応は,%がだしやすい。
しかし,ここに実践例としてだした「試験管の中の水の上部せ加熱したら,この熱したところ の水はどうなるか。」と課題すると,子どもは,いろいろな自由な予想・発想・構想が思いうか ぶはず。 「あつくなる。ふnとうする。あわがでる。温度があがる。水蒸気がでる。熱が下部に .
̀わる等々」と表現行動がでねばならぬはずである。拡散型提示である。
すりきり 型提示と拡散型提示
π ①サらき幻型一あたるか。あたらないか。わからない。 の3つのどれかとなる。
子ども
〜5
食塩は
ワじっ ・まじっている。
ている
@ 受容か。
統合 転化 ・まじっていない。Eわからない。
(・』孝校4年)
②拡散型一「わからない」はない。しかも,自由に思ったことが言えなくては左らぬ。
@
子ども ・あつくなる。 ・ゆげがでる。
水はど .あわがでる。 ・その他いろ
詳る粛 統合 評 o・ふ(とうする。 馳いうと表現
? 気がでる。 行動がある。
・七がつたわる。 ← 5年で学習するところ
(小学校5年)
\
そして,これは,どの答えがより正しいときめることは,前提(目標)がはっきりしないと決 まらない。つまり,学年目標として,「水は熱を伝導しにくいということを理解させる。」とい うことになると,このいろいろと表現行動(発言)したことの中から,「本当に下の方へ熱が伝
わるか。」ということで,次の学習すべきこと,検証すべきこと,行動すべきことが決まってく 邑
るはずである。
教師としては,すっきり型のタイプの提示ぽかりしていると,子どもの方は,あたるかあたら ないか,わからないということになるから,自由に発言したり,反対や同意が自由にできにくく なりやすい。だからといって,拡散型の提示ばかりしていると,まとまりにくく,重点化しにく
くなる。
そこで,すハきり型と拡散型を目標に合わせて組み合わせ,現実に子どもが感覚でとらえ,正 しく思考し,行動できるようにする研究が求められる。
§17 理科授業研究の実際と授業則
教育設計 教師は,授業にっいて計画し,授業を実施し,
計画 授業にっいて評価する。そして,授業は,計画
子ども →実施→評価のぐるぐるまわりである。だから,
評価
■
実施 ぐるぐるまわるものの一般として,軸・中心が
噸 あるわけで,この軸は,子どもということにな
//1///////9 ノ る。
@子どものために,計画し,実施し,評価する。
・子 ・
ヌ 月 子どもの体内 ここには,当然,子どもの体内のものと,子ど
ものイ受容
統合 →/]化 もの体外のものの研究と,子どもの体内のもの
体1 / (汎化・転移)外 二. /
と,体外のものがどうかかわり合いば,よいか
i自然社会・文化) の研究がせまられる。特に,授業では,子ども
の体内と体外の接点としての,受容・転化のところをどうすることが,子どもをいやおうなしに よくするかの研究がせまられる。また,体内にどのようなものを体外から入れて統合させておけ ば,次の受容・転化がうまくいくかの研究がせまられる。
そして,これらの研究は,子どもをいやおうなしによくしてしまうもの。わからせてしまうも の・よいことをしてしまうものとしてのルールとしてまとめあげなくてはならないはずである。
授業に即し,授業におけるひとりの子どもと,先生と他の子どものかかわり合い,これらをかか わり合わせる教材の価値体系・知識の体系・子どもの論理的思考のかかわり合いから,授業則を 確立せねば。
〈主 文 献〉
文部省小中高理科指導書・広島大学教授蛯谷米司著作書・教科調査官武村重和著編書 拙筆「理科授業則の研究」・その他略