ラット脳挫傷モデルにおけるシロスタゾールの効果
The effect of cilostazol following traumatic braininjury in rats
日本大学大学院医学研究科博士課程 外科系脳神経外科学専攻
氏 名 田原潤一
修了年 2014 年
指導教員 片山容一
ラット脳挫傷モデルにおけるシロスタゾールの効果
The effect of cilostazol following traumatic braininjury in rats
日本大学大学院医学研究科博士課程 外科系脳神経外科学専攻
田原 潤一
2014年
目次
1.概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 3.対象と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 4.結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 5.考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 6.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
概要
[
目的
]脳挫傷の病態は、頭部へ外力が加わることで、脳組織に出血を伴う軟化
壊死変化と細胞破壊
(homogenization)による一次性脳損傷
(contusion necrosisproper)
が形成されることから始まる。その後、血管内微小血栓が形成され、虚
血性変化と血管原性浮腫
(vasogenic edema)を主体とする二次性脳損傷が、一次
性脳損傷の周辺に時間的および空間的に拡がり、最終的な脳挫傷が完成する。
この二次性脳損傷をいかに治療するかが、脳挫傷治療の要点となる。
シロスタゾールは抗血小板作用と血管拡張作用を併せ持ち、その効果から抗 血小板薬として脳梗塞の再発防止を目的に、低用量アスピリンやクロピドグレ
ルと共に広く臨床で利用されている。シロスタゾールは他の
2剤と異なり、血
管壁の保護作用を示すことが報告されている。脳挫傷においては、シロスタゾ ールの持つ抗血小板作用により脳挫傷後の微小血栓形成の軽減が期待できる一 方で、挫滅組織からの出血が増悪することが懸念される。虚血性疾患によりシ ロスタゾールを内服している人が、脳挫傷になることも高齢人口比率が上昇し ている今日では十分に考えられる。しかし、脳挫傷におけるシロスタゾールの 効果や影響は未だ十分には検討されていない。
本研究では、脳挫傷におけるシロスタゾールの効果を明らかにする目的で、
以下の仮説を立て、ラット脳挫傷モデルを用いシロスタゾールの効果を観察し
1
た。 (仮説
1)シロスタゾールの持つ抗血小板作用ないし血管拡張作用が、血管
内微小血栓の形成を抑制し、急性脳浮腫および脳虚血に対する軽減効果を発揮
できる。 (仮説
2)さらに血管内細胞保護作用が出血の拡大を抑えることで、脳
挫傷による外傷性脳損傷を軽減できる。
[
方法
]雄性
Wistar ratに
controlled cortical impact (CCI) deviceを用いてラット実
験的脳挫傷モデル(以下、脳挫傷モデル)を作製した。生理食塩水を経口投与
して脳挫傷を作製した群(
CCI単独群) 、シロスタゾールを経口投与し脳挫傷を
作製した群(シロスタゾール内服群) 、アスピリンを経口投与し脳挫傷を作製し
た群(アスピリン内服群)の
3群に分け、
1)急性期における血管透過性亢進の
評価、
2)急性期における脳挫傷周囲の血管内微小血栓形成と出血の評価、
3)脳
挫傷作製
14日後の脳挫傷体積を検討した。
[
結果
] 1)シロスタゾール内服群では急性期の血管透過性が有意に抑制された。
2) CCI
単独群と比較して急性期の血管内微小血栓の形成はシロスタゾール内服
群とアスピリン内服群で有意に減少した。しかし、アスピリン内服群において
CCI
単独群と比較し出血が著明であった。
3)シロスタゾール内服群はアスピリ
ン内服群と比較して、有意に慢性期脳挫傷体積の減少を認めた。
2
[
結語
]ラット脳挫傷モデルにおいてシロスタゾールは、抗血栓作用と血管保護
作用を認め、挫傷性脳損傷の軽減効果を示した。
3
緒言
頭部外傷について
厚生労働省による平成
20年の人口動態統計によると
1~
14歳人口の死因の第
1
位は不慮の事故であり、さらに
15~
39歳人口においても不慮の事故は第
3位
で
60~
85歳人口においても第
5位である。この不慮の事故の約半数が転倒・転
落と交通事故によるものである。そして頭部外傷は転倒・転落や交通事故の死 因の半数以上を占めている
1, 2。頭部外傷は致死的損傷を逃れたとしても、重篤
な後遺症を残す患者数は死亡数の
2~
10倍に達すると言われている。そのため
頭部外傷は外傷患者の予後不良の主因として、社会的に大きな損失と考えられ る。
頭部外傷は症状が完全に消失する脳振盪から重症頭部外傷といわれるびまん 性脳損傷や脳挫傷などさまざまな病態を呈する。脳挫傷は、頭部に外力が加わ り、限局性ないし多発性に非可逆的な脳組織および脳血管の挫滅損傷が引き起 こされた状態である。そして外力により脳組織が直接損傷され形成される一次 性脳損傷と、これに引き続き起こる二次性脳損傷から形成される。一次性脳損
傷は、出血を伴う軟化壊死組織であり、
Lindenbergはこれを挫傷性壊死中心
contusion necrosis proper
と呼んだ
3。挫傷性壊死中心は、外力により細胞膜が破
壊され、細胞形態を保てなくなるため、組織学的検討において細胞は縮小し、
4
虚血性細胞損傷のように腫大することはない。時間経過とともに、細胞の自己
融解が進み、細胞内外は
homogenizationされ、最終的には液化、空洞化する。
一方、虚血を主体とする二次性脳損傷は挫傷性壊死中心から周辺脳組織へと拡 がっていく。挫傷性壊死中心の外側の組織は、受傷早期には細胞形態は良好に 保たれているが、血管内微小血栓が進行性に形成され、時間経過とともに虚血
性の変化が明らかとなる。そして、著明な浮腫形成が起こり、約
24時間の経過
で
mass effectが明らかとなる。
脳挫傷では古くは受傷時の直達外力そのものによる一次性脳損傷が病態の中
心であると考えられていた。しかし現在では臨床症状と
CT所見の経時的観察
により、引き続き引き起こされる二次性脳損傷の挫傷性浮腫が病態の中心と考
えられている。受傷早期に会話ができるような状態の脳挫傷患者が、
24時間程
度の経過で意識障害の急激な進行を認め、昏睡に陥る病態を
talk and deteriorateと呼ぶ。このうち死に至るものを
talk and dieという。当初は一次性脳損傷の程
度が軽度であるにもかかわらず、その後に形成される二次性脳損傷の進行によ
って重篤になることがある
(Fig.1)。一次性脳損傷は基本的に治療の余地はなく、
頭部外傷の治療は受傷後に進行性に悪化する二次性脳損傷にその主眼が置かれ ている。そのため、脳挫傷の病態を詳細に理解することは、重症頭部外傷の治 療を選択する上で不可欠なことである。
5
脳挫傷治療の現状
挫傷性脳浮腫により引き起こされる
talk and deteriorateや
talk and dieには、急
激な頭蓋内圧亢進と脳ヘルニアが関与している。成人の頭蓋内圧は正常時
で
8~
12mmHgに維持され、これを超えると脳灌流圧が減少する。そのため
頭部外傷ガイドラインでは頭蓋内圧の治療閾値が
20mmHg以上とならない
ように治療を実施することが推奨されている
4。進行性の悪化を認める脳挫 傷においては、受傷後に徐々に増大する挫傷性浮腫が、頭蓋内圧亢進を引 き起こし、最終的に脳ヘルニアを引き起こす。
脳挫傷の治療はまず保存的治療を開始し、それでも治療効果が乏しいと判断 された場合には、速やかに手術治療を行う。保存的治療は、抗脳浮腫剤の使用 などの頭蓋内圧降下療法、気管内挿管による呼吸管理など全身管理が中心とな る。頭蓋内圧亢進に対する特殊な治療法としてバルビツレート療法や低体温療 法があるが、副作用も大きく治療の導入には慎重な判断が必要である。手術治 療は、頭蓋内圧亢進や脳ヘルニアの防止を目的に、保存的治療で治療困難な場
合に実施される。手術適応は
1)神経症状が進行性に悪化する場合、
2)頭蓋内圧
亢進が制御困難な場合、さらに
3)閉塞性水頭症や後頭蓋窩病変で脳室の変形・
偏位・閉塞を認める場合である。手術方法は、
1)著しい挫傷性浮腫症例に対し
ては挫傷脳の切除(内減圧術)を行い、
2)血腫を伴う場合には血腫除去術も同
6
時に行う。
3)頭蓋内圧のコントロールが不良と考えられる症例は開頭外減圧術
を行う場合もある
4-6。
二次性脳損傷の病態
我々の研究グループは、これまでに多くの基礎研究と臨床研究を実施し、脳 挫傷おける二次性脳損傷の病態を解明してきた。特に挫傷脳周辺に拡がる挫傷 性脳浮腫の形成では、以下に示す二次性脳損傷のメカニズムを明らかにし てきた
7。
我々が明らかにしてきた二次性脳損傷の病態
挫傷性浮腫は脳卒中、脳腫瘍等の他の脳疾患による脳浮腫にはみられな
い際立った特徴を有する
8。脳浮腫には血管原性浮腫
(vasogenic edema)と
細胞毒性浮腫
(cytotoxic edema)の
2つが知られている。かつて挫傷性脳浮
腫の本体は、血管構造の機械的損傷による血管透過性亢進を基にした、血 管原性浮腫の病態であると考えられてきた。しかし我々は、挫傷性脳浮腫 を血管原性浮腫ないし細胞毒性浮腫として、単に区別するだけでは病態の
把握は不十分であり、
2つの脳浮腫が時間経過ともに徐々に変化していき、
脳挫傷中心部から周辺部へと拡がることを明らかにしてきた
8。具体的には、
7
受傷早期の挫傷中心部では、損傷された脳組織は細胞の破壊により軟化壊
死変化と
homogenizationを起こし、脳組織の組織浸透圧が上昇し浮腫液を引
き込みやすい環境になる。その周囲組織は血管の挫滅が原因で虚血に陥り、
細胞毒性浮腫を引き起こす。さらにその周辺組織には血管透過性亢進によ る血管原性浮腫が取り囲み、血管外へ漏出した浮腫液の増加によって挫傷
性脳浮腫が拡大する
9, 10。このようにして挫傷性脳浮腫は受傷後
24〜
48時
間をピークに悪化する
5, 6, 9-12。
挫傷脳での血管内微小血栓の影響
挫傷性脳浮腫を増悪させる病態には、受傷後
24時間以内に形成される血
管内微小血栓が大きく影響することが知られている
9。血管内微小血栓は脳 梗塞を含む虚血性脳血管障害においても引き起こされる。しかし脳梗塞と は異なり、脳挫傷辺縁部では脳血流が維持されるため浮腫液の供給が続き、
これが挫傷性脳浮腫をさらに進行させる
(early massive edema)。
また脳挫傷により、血管内皮への多核白血球の接着に伴う血管内皮障害、さ
らには脳実質内への白血球の遊走が関与した血管内皮障害も引き起こされる
10,13
。その際に血管内微小血栓の存在により血管内からの漏出が起こるのである
14。
8
他の二次性脳損傷機序
挫傷脳の二次性脳損傷の促進機序には、多様で複雑な病態が引き起こされて いる。挫傷脳からの興奮性アミノ酸(グルタミン酸)の放出による細胞毒性
15, 16や挫傷脳周囲の糖利用率の変化(亢進後の低下)による代謝機構の変化
17-28、
iNOS
陽性細胞(誘導型一酸化窒素合成酵素陽性細胞)の発現によるミトコンド
リアの呼吸鎖の抑制や
DNA合成阻害
29-33などがある。さらにはフリーラジカル
産生
34や酸化ストレスによる神経障害
35-38、亜鉛イオンの放出や亜鉛の蓄積によ る神経細胞障害
39-42などがあげられる。
このように脳挫傷では複雑な二次性脳損傷の病態であるが故に、その治 療法の確立は困難である。
虚血性脳損傷に対する抗血小板治療について
脳卒中は日本人の死因の第
3位であり、全死亡数の約
10%を占める
1。近年
医療の進歩により死亡数は減少しているが、我が国の脳卒中患者総数は
133万
人であり、そのうち
65%が虚血性脳損傷である脳梗塞患者である。また高齢者
の増加や高血圧症、糖尿病、脂質異常症、肥満などの生活習慣病の増加により 脳卒中患者は今後増加傾向を示している
43。
脳梗塞の発症ないし、再発の予防に対する抗血小板治療の臨床効果について
9
は、既に多くのエビデンスがあり、様々な抗血小板剤が臨床で広く用いられて
いる
44, 45。一方、抗血小板剤内服中の患者に引き起こされる出血性副作用が問題
となっている
46, 47。抗血小板薬が出血を惹起、増悪させることは、基礎実験だけ でなく臨床研究からも明らかであり
48、この出血性素因により頭部外傷後に出血 が拡大すると、重篤な転帰をもたらす結果につながると危惧される
49-51。このこ とは抗血小板剤を内服している頭部外傷患者では、慎重な全身管理と出血性合 併症の管理が必要になり、診察を担当する臨床医に大きな負担を与える
52。
抗血小板薬のアスピリン、チクロピジン誘導体、シロスタゾールについて
抗血小板治療に用いられている代表的な
3つの薬剤について薬理作用機序を
説明する。抗血小板薬は血小板血栓の形成について高いリスクを持つ患者に対 しては、閉塞性血管イベントのリスクを減少させる目的に使用される。抗血小 板剤として、アスピリン、シロスタゾール、チエノピリジン誘導体(チクロピ ジン、クロピドグレル)が用いられている。アスピリンは シクロオキシゲナー
ゼ
1と
2 (cyclooxygenase1 and 2 : Cox 1 and 2)を抑制し
53, 54、シロスタゾールは
フォスフォジエステラーゼ
(phosphodiesterase : PDE)を阻害し
55、チエノピリジ
ン誘導体はアデニル酸シクラーゼ
(adenylate cyclase)を抑制することによって
抗血小板作用を発揮する
(Fig.2) 56。
10
アスピリンについて
一般名アスピリンの分子式は
C9H8O4で分子量は
180.16である
(Fig.3)。化学
名はアセチルサリチル酸
(2-acetoxybenzoic acid)である。紀元前より鎮痛作用が
あるとして用いられていたヤナギの木よりサリチル酸を抽出し、ドイツのバイ エル社により開発された。白色の結晶粒及び粉末で、匂いはなくわずかな酸味 がある。水には溶けにくく、エタノールやアセトン、水酸化ナトリウムなどに 溶ける。空気中で加水分解され、サリチル酸及び酢酸に変化する。アスピリン は中枢神経系、母乳、胎児を含む全身組織に広く分布し、血漿、肝臓、腎皮質、
心臓、肺で高濃度の分布となる。サリチル酸の蛋白結合率は血中濃度依存性で
あり、低濃度域
(<100μg/ml)では約
90%であるのに対し、高濃度域
(>400μg/ml)では約
75%である。
アスピリンは
COX-1と
COX-2を阻害することで、
cyclooxygenaseの働きを介
したアラキドン酸カスケード代謝産物の
prostaglandin G2 (PGG2)、
prostaglandinH2 (PGH2)
、
prostaglandin I2 (PGI2)および
thromboxane A2 (TXA2)の産生を抑制
する。
PGI2は血管内皮細胞で産生され、血小板凝集を抑制する。一方
TXA2は血
小板で合成され、血小板凝集を促進する。アスピリンは
COXの阻害を介して、
この相反する働きをもつ二つの系を抑制する(アスピリンジレンマ)。しかし、
低用量(成人で
81~
100mg/day)アスピリンの投与では
TXA2の減少に対して、
11
PGI2
は低用量のアスピリンならば十分に代償され、
PGI2が合成され、
PGI2/TXA2比が上昇する。そのため血栓凝集は抑制され、血小板血栓の形成を抑制する。
一方、高用量では
PGI2の代償が追いつかず、血小板凝集の抑制作用が減弱され
るため、血栓予防には用いられていない
54, 55。
シロスタゾールについて
一般名シロスタゾールは分子式
C20H27N5O2で分子量
369.47である。化学名は
641
シクロヘキシル
1Hテトラゾール
5リルブトキシ
34ジヒドロ
21Hクイノリ
ロ ン
(6-[4-(1-Cyclohexyl-1H-tetrazol-5-yl)butoxy]-3,4-dihydro-2(1H)-quinolinone)である
(Fig.4)。白色から単白色の結晶か結晶粉末で製造される。
In vitroでシ
ロスタゾールは血漿結合率が
95%という高い血漿結合能を示し
57、経口
(50mg/kg)
摂取にて血漿結合率が
95.5%である
58。
シロスタゾールは間欠性跛行に対する治療薬として用いられ始め
59, 60、その後
虚血性脳疾患の予防薬としても広く用いられるようになった
61。 薬理作用は
PDEを阻害し、特に
cyclic AMPの分解に関わる
PDE3に対して選択的に働き、
cyclicAMP
の分解を抑制することにより血小板凝集抑制と血管拡張作用を持つ
62。血
小板内では
cyclic AMPの増加により細胞内
Ca2+濃度の低下をもたらし、凝集作
用を抑制する。同時に、細胞膜リン脂質アラキドン酸の遊離を抑制し、
TXA2の
12
産生阻害を抑制する。血管平滑筋細胞は交感神経の刺激を受け、
α受容体を介し
て細胞内の
Ca2+イオン濃度を上昇させることで血管収縮を引き起こす。シロス
タゾールは血管平滑筋細胞内においても
PDEを阻害し
cyclic AMPを増加させ、
血管拡張作用を発揮する。また、シロスタゾールがジアシルグリセロールとい
う 脂 質 に よ り 直 接 的 に 活 性 化 さ れ る
transient receptor potential canonical 6(TRPC6)
チャネル活性を特異的に抑制することで血管収縮抑制作用を引き起こ
すことが近年示された
63。猫の脳虚血モデルにおける抗血栓作用や血管拡張作用
に伴う脳血流増加
64、また
cyclic AMPレベルの上昇による脳血管拡張
65といっ
た様々な薬理作用が報告されている。
シロスタゾールの薬理作用でアスピリンと大きく異なる点に、アラキドン酸
やアデノシン二リン酸
(adenosine diphosphate : ADP)、エピネフリン、コラーゲ
ン、トロンビン、ずり応力などの様々な刺激により引き起こされる血小板凝集
を、
PDE阻害による
cyclic AMP上昇を介して抑制することが挙げられる
66, 67。
さらに、ラットの中大脳動脈閉塞の再環流モデルにおいて脳梗塞
24時間後、ア
スピリンやクロピドグレルの内服群と比較し、シロスタゾール群においては明 らかに脳梗塞領域の拡大が抑制されることが報告されている
68。これはシロスタ ゾールが、他の抗血小板剤には認められない、脳虚血障害に対して神経保護作 用や血管内皮機能改善効果を併せ持つことを示している
69, 70。
13
神経保護作用の機序として
1)酸化ラジカルのスカベンジャー作用による抗
炎 症 作用 と 抗ア ポトー シ ス作 用 、
2)腫 瘍ネ ク ロー シ スフ ァクタ ー
(tumornecrosis factor-α : TNF-α)
形成の減少、
3)ポリアデノシン二リン酸リボースポリ
メラーゼ活性の抑制
71-73が報告されている。加えて、梗塞巣においてメタロチ
オネン
1、
2 (metallothionein1,2)の
mRNAを表出し、必須微量元素の恒常性維持
あるいは重金属元素の解毒の役割を果たしているメタロチオネン
1、
2生成を促
すことで脳神経保護的に働くことが報告されている
74, 75。
血管内皮機能の改善効果で、シロスタゾールが血管内皮細胞より
NOの産生
を増加させることにより、
von Willebrand factorの活性化や、アポトーシス抑制
作用を示す事が報告されている
76, 77。また接着因子である
vascular cell adhesionmolecule-1 (VCAM-1)
やサイトカインの放出を抑制することで抗炎症作用を発
揮し、内皮細胞の機能が改善されると報告されている
78, 79。
頭部外傷患者における抗血小板薬の影響を明らかにする必要性
先に述べたように、近年は高齢者の増加や高血圧症・糖尿病・脂質異常症・
肥満などの生活習慣病の増加により脳卒中患者は増加傾向と言える
43。それに伴 い基礎疾患を有した頭部外傷患者も増加しており、受傷時に抗血小板療法や抗 凝固療法を既に実施されている症例と遭遇する機会が多くなっている。特に抗
14
血小板療法は抗凝固療法と比べ、比較的出血合併が少なく管理しやすいことか ら、多くの診療科から抗血小板薬が処方されている。
脳挫傷の病態に対する抗血小板治療の負の影響(危惧される副作用)
抗血小板薬を休薬すると脳梗塞や急性冠動脈症候群の虚血性合併症の発生が 危惧されるため、近年のガイドラインでは外科治療、歯科治療を行う際には、
個々の症例で条件を考慮した上で、抗血小板薬の治療を続行して行うように推
奨されている(脳卒中治療ガイドライン
2009) 。一方、抗血小板療法と抗凝固療
法は外傷性頭蓋内出血を増悪させ、転帰を悪化させる可能性が危惧される
51, 80, 81。 このことは診療を担当する臨床医にとって大きな問題である。
アスピリンやチエノピリジン誘導体の内服による頭蓋内出血の発症リスクは
年間
0.2~
0.3%である
82。アスピリンとの比較において、シロスタゾールの方
がアスピリンよりも脳出血合併率が有意に少なかったと報告されている
83。さら
に
2010年の
Cilostazol for prevention of secondary stroke (CSPSⅡ
)では、アスピリ
ンとシロスタゾール両群間での出血性イベントについて比較検討が行われ、発
症例数はシロスタゾール群では
1337例中
23例(年間発症率
0.77%)に対しアス
ピリン群は
1335例中
57例(年間発症率
1.78%)であり、出血性イベントはシロ
スタゾール群では有意に低かった
84。また、他の報告ではシロスタゾールがアス
15
ピリンやチエノピリジン誘導体に対して有意に出血時間を延長させないという ことが報告されている
85。
ここまでは脳挫傷に対して抗血小板薬が引き起こすと考えられる負の影響
(副作用)について述べてきた。次に抗血小板薬が脳挫傷の病態に正の影響(治 療効果)を示す可能性について述べる。
脳挫傷の病態に対する抗血小板治療の正の影響(期待される治療効果)
抗血小板薬の持つ抗血栓作用(血小板凝集抑制作用)は次の
2点において、
脳挫傷に対し治療効果を示すことが期待される。すなわち抗血小板薬は、
1)脳
挫傷による二次性脳損傷で挫傷性脳浮腫の発生機序において
key roleである血
管内微小血栓の形成を抑制し、
2)その後に破綻してくる血液脳関門の透過性亢
進を軽減する、といった正の影響(治療効果)である。さらにシロスタゾール が特異的に併せ持つ神経保護効果・血管内皮機能改善効果が、脳挫傷に対して 保護的な作用を示す事が期待される。
以上のように抗血小板薬の持つ薬理作用が脳挫傷に及ぼす影響を明らかにし ていく研究は基礎的および臨床的に高い意義を持つ。特に抗血小板薬の負の影
16
響が最小限に抑えられ、正の影響が十分に発揮されることは脳挫傷の治療方法 としての抗血小板療法が期待できることを意味する。
抗血小板薬を内服している脳梗塞患者の持つ背景は多岐に亘っており、均一 な対象で抗血小板薬の影響を観察することは、実際の臨床では困難である。そ こで早急に基礎実験による、脳挫傷に及ぼす抗血小板薬の影響の検討が重要と なる。
17
対象と方法
目的
シロスタゾールの持つ抗血小板作用は、脳挫傷急性期に引き起こされる挫傷
性脳浮腫において
key roleである血管内微小血栓の形成を抑制することで、急性
脳浮腫および脳虚血に対する軽減効果を期待できる。さらにシロスタゾールは 血管内細胞保護作用を発揮することから、脳挫傷による外傷性脳損傷を軽減で きると仮説をした。そしてこの仮説を証明するために、実験的ラット脳挫傷モ
デルを作製してシロスタゾールの効果を観察した。実験は下記の
4点について
行った。
実験
A)慢性期(脳挫傷作製
14日後)での挫傷脳体積を軽減できるか、観察 する(脳挫傷経過全体にわたる効果)
実験
B)急性期(脳挫傷作製
48時間後)での挫傷性脳浮腫および外傷性出血 を観察する(挫傷性浮腫および外傷性出血を観察)
実験
C)急性期(脳挫傷作製
48時間後)での血液脳関門の透過性亢進を観察 する(血管壁損傷の観察)
実験
D)急性期(脳挫傷作製
48時間後)での血管内微小血栓の形成への効果 を観察する(抗血栓効果の観察)
18
材料と方法
使用動物
7
~
9週齢、体重
250~
330gの雄
Wistarラットを用いた。動物の取り扱いお
よび実験は、
Guidelines for the Care and Use of Mammals in Neuroscience andBehavioral Research (National Research Council, National Academy Press, Washington,
DC,2003)
と「日本大学医学部動物実験指針」を遵守し、 「日本大学医学部実験
動物取扱要領」に準じて行った。本研究は日本大学動物実験委員会の審査・承 認を得て行われた。
実験動物は日本大学医学部総合医学研究所共同利用研究部門実験医学動物系
にて、室温
22~
23℃、湿度
50~
60%に制御された実験動物飼育室で飼育した。
飼育室の明暗設定は、午前
8時~午後
8時までを明期、午後
8時~午前
8時を
暗期とした。糞尿処理は、自動流水式飼育装置にて
2時間毎に清掃し、空調は
高性能フィルター(
HEPAフィルター)を通して給気されるオートフレッシュ方
式を用いた。給餌は不断給餌とし、実験動物用固形飼料
MF(オリエンタル酵母
工業株式会社)を自由摂取させた。給水は、
25µmと
0.8μmのフィルターを通し
た水道水を自動給水装置で自由に摂取させた。給水装置の配管内適正置換は
2時間毎に行った。実験動物施設の環境条件については「最新版ガイドライン-
実験動物施設の建築および設備」 (日本建築学会、
2007年)を遵守した。
19
薬剤
シロスタゾール
(Lot number : 8D92M01)は大塚製薬株式会社より供与を受け、
アスピリン
(Lot number : 70206 )は和光純薬工業より購入した。また
Evans blueは
Sigma Aldrichより、
Carboxymethyl cellulose sodium salt (CMC)、
Hematoxylin溶液、
Eosin溶液は和光純薬工業より購入した。その他の市販薬については市販
特級品を用いた。
実験的ラット脳挫傷モデル
: CCI modelControlled cortical impact (CCI) device
は
Virginia Commonwealth Universityで開
発された動物の大脳皮質に定量的脳挫傷を作製する装置である。打撃ピストン
の先端にある
impact tip直径、速度、脳表からの変形深度を調節することで、再
現性の高い脳挫傷を作製することが可能である
86, 87。また
CCI deviceにより作
成された脳挫傷は、以前に用いられていた
weight drop法による脳挫傷と比較す
ると、二次性脳損傷の範囲が広く、脳血管損傷を惹起しにくいなどの特徴が知
られている。これらの理由から
CCIモデルは、脳挫傷の二次性脳損傷に対する
薬物効果を評価する研究に最適のモデルであると考えられる
(Fig.5-7)。
CCI
モデルを用い、当研究グループはこれまでに多くの研究を行ってきた。本
研究では、
CCIモデルの脳挫傷作製の条件を、脳損傷が皮質内に限局し、直下の
20
脳梁及び海馬に達しないように条件を選択している。
CCIを用いた研究はこれま
でに多くの報告がなされている。その中で
Dixonらは
CCI deviceのパラメータ
ーを細かく変更して、作成されるラット脳挫傷の損傷レベルを評価した
88。至近
の研究として、田戸らがラット脳挫傷モデルにおける
VEGFの研究を
2010年に
行っており、その中で
CCI deviceの条件を打撃部直径
5mmの
impactor tip、打撃
速度
6m/sec、変形深度
3mmの打撃強度で行い
CCI injuryを作成している。この
条件によって組織における挫傷性脳損傷の深度が皮質内に留まり、その後の二 次性脳挫傷の拡がりの観察に適した一次性脳損傷が得られた
89, 90。本実験では抗 血小板薬を用いており出血が増加する可能性があったため、その点を考慮し変
形深度を
2mmに設定して実験を行った。この
CCI deviceの条件下において実際
に作製した皮質下の二次性脳損傷を示す
(Fig.8)。
ラットを
3.0%イソフルレンで麻酔導入した後で、
1.5~
2.0%イソフルレン維
持下でラットの頭部を脳手術装置に固定し、さらに切開線に沿って
1% lidocainhydrochloride
による局所麻酔を施した。頭蓋骨を露出させ左頭頂骨上に、脳挫
傷の中心が
bregmaの後方
2.5mm、正中より
3.0mm外側に位置するように、
6×6mm
の骨窓を設けた
(Fig.9)。骨窓の中心に
impactor tipの中心が位置するように
device
を調節し、打撃部直径
5mmの
impactor tip、打撃速度
6m/sec、変形深度
2mmの打撃強度で片側大脳に皮質挫傷を作製した
7, 86, 91 (Fig.10)。脳挫傷作製後、硬
21
膜の損傷が無いことを確認し、十分止血をして閉創した。麻酔導入中は直腸温
度計でモニタリングしながら、
heat padを用いて
38℃に体温管理を行った。また
脳挫傷を作製せず開頭のみの操作を加えたものを
sham群とした。経過中のラッ
トの人道的エンドポイントは
10%以上の体重減少とした。
実験
A慢性期(脳挫傷作製
14日後)での挫傷脳体積を軽減できるか観察する
(脳挫傷経過全体にわたる効果)
脳挫傷に対する抗血小板薬の効果を観察するために、
CCI単独群、
sham群、
シロスタゾール内服群、アスピリン内服群をモデルとして各
10検体ずつ作製し
た。本実験において用いられた投与薬のシロスタゾール及びアスピリンは
0.5%carboxymethyl cellulose sodium salt (CMC)
を用いて撹拌させた。
CMC 2.5gに対し
脱イオン水
500mlを用いて
0.5% CMCとし、シロスタゾール、アスピリン共に
10mg/ml
になるように希釈した。
CCI単独群には薬剤を希釈せずに
0.5% CMCを投与した。シロスタゾール及びアスピリンの経口投与量として、ヒトにおけ る内服の臨床薬理学的効果をラットに置き換えて換算すると、シロスタゾール
は
30mg/kg、アスピリンは
20mg/kgが臨床薬理学的効果を示す投与量であると判
断した
72, 92-98。ラット体内の薬剤有効血中濃度が投与後
1時間で有効血中濃度に
達し、その後
1~
4時間において最大血中濃度に達することから
57、シロスタゾ
22
ール内服群、アスピリン内服群に対して
CCIモデル作成
1時間前にラット用金
属製経口ゾンデ(
Cat6204ラット用ステンレスゾンデ シナノ製作所)を用い
て内服投与を行った
(Fig.11)。
脳挫傷の体積計算方法
全ラット群において脳挫傷作製
14日後、酸素投与を行いながら、
pentobarbitalsodium (50 mg/kg)
による腹腔内麻酔を行い、
4℃以下の
4% paraformaldehydeを
用いて経心臓的に灌流固定を行い、脳検体を摘出した
(Fig.12)。続いて、検体
を
10% paraformaldehydeを用いて一晩後固定し、
25℃のアルコールによる脱水及
び
25℃キシレンによる透徹を行った。その後
60℃のパラフィンを用いてパラフィ
ン切片用
tissue mountに脳を包埋した。挫傷組織が含まれる範囲で、挫傷長軸を
5
等分した長さ
(0.8~
1.4mm)の厚みで冠状断切片に分割し、各切片から
50µmの切片を薄切し、
60℃のスライドにのせ固定した。さらに
25℃で脱パラフィン
を行い
hematoxylin and eosin (HE)染色標本を作製した。
NEUROLUCIDA® (Version 3; Micro Bright Field, USA)
を用いて、顕微鏡下での
Hematoxylin Eosin
染色における挫傷部位の面積計測を行った。組織欠損したと
考えられる領域を合わせて脳挫傷組織欠損とした。その後
NEUROLUCIDA®に
23
て計測した各切片における面積とその厚み(挫傷面の長軸)を積分し壊死組織 体積を算出し
99-102、切片の合計を体積とした
(Fig.13)。
実験
B急性期(脳挫傷作製
48時間後)での挫傷性脳浮腫および挫傷性出血を 観察する(挫傷性浮腫および挫傷性出血を観察)
脳挫傷作製
48時間後、ラットに対し
pentobarbital sodium (50 mg/kg)による腹
腔内麻酔を行い、
4% paraformaldehydeを用いて経心臓的に灌流固定を行い、脳
検体を摘出した
(Fig.14)。検体には実験
Aと同様の処置を行った。各群につき
9
検体作製した。
実験
C急性期(脳挫傷作製
48時間後)での血液脳関門
(BBB)の透過性亢進を
観察する(血管壁損傷の観察)
脳挫傷後の各群における血液脳関門の破綻による血管透過性亢進の観察は組
織内での
Evans blueの拡がりで評価をした。
Evans blueは生体内静脈内注射する
ことで生体内の血液量や血液動態を調べるため用いられてきた
103, 104。血液中で は ア ル ブ ミ ン と 高 い 親 和 性 を 持 ち こ れ と 結 合 し て い る が 、 血 液 脳 関 門
(bran-blood barrier : BBB)
の破綻により血管の透過性が亢進すると、
Evans blueの組織内漏出として観察できる。脳挫傷作製
2日後、検体摘出
1時間前に
3 %24
Evans blue
溶液
0.3mlを尾静脈より注入し灌流させた。その後約
30分後、
pentobarbital sodium (50mg/kg)
による腹腔内麻酔後にラットを開胸し、経心臓的
に
4% paraformaldehydeを灌流した後に脳を摘出し検体とした
(Fig.15)。続いて、
検体を
10% paraformaldehydeを用いて一晩後固定し、
25℃のアルコールによる脱
水及び
25℃キシレンによる透徹を行った。その後
60℃のパラフィンを用いてパラ
フィン切片用
tissue mountに脳を包埋した。挫傷組織が含まれる範囲で、挫傷長
軸を
5等分した長さ
(0.8~
1.4mm)の厚みで冠状断切片に分割し、各切片から
50µm
の切片を薄切し、
60℃のスライドにのせ固定した。
Evans blueは蛍光顕微
鏡下において発色を認めることから、 慢性期体積計測と同様に
NEUROLUCIDA®を用いて蛍光条件下
(Excitation filter 510-560nm Dichroic mirror 575nm Barrierfilter590nm)
で各スライドの脳挫傷に認められる漏出面積を計測し、その後積分
により脳挫傷部位における漏出体積を計測した。上記を各群において
9検体作
製した。
実験
D急性期(脳挫傷作製
48時間後)での血管内微小血栓の形成への効果を
観察する(抗血栓効果の観察)
脳挫傷作製
48時間後、
HE染色脳標本を作製し、
NEUROLUCIDA®を用いて血
管内微小血栓の形成数を計測した。実際の微小血栓の計測方法として、顕微鏡
25
下にてはじめに弱拡大にて
(×40)切片の輪郭を描写し、その後強拡大にて
(×100)
挫 傷 性 浮 腫 直 下 の 挫 傷 中 心 面 を 確 認 し 挫 傷 性 浮 腫 下 で の 単 位 面 積
(500µm×500µm)
あたりにおける微小血栓を
1つずつ数え検体あたりの総数と
し合計した
105。微小血栓の観察を各群
9検体にて行った。
統計学的分析
本研究の統計処理として多群比較において
Analysis of variance (ANOVA)解析
を行った。
P<0.05をもって有意差とした。
26
結果
実験
A :脳挫傷経過全体にわたる効果
慢性期における各脳挫傷モデル群での脳挫傷の肉眼的特徴
CCI injury
による片側大脳皮質に脳挫傷の組織欠損が形成されていた。この組
織欠損の長軸は
CCI単独群とシロスタゾール内服群と比べると、アスピリン内
服群では大きく形成されていた。尚
Sham群では組織の欠損は認められなかった。
組織欠損の長軸の長さは
CCI単独群では実測値
4.9±0.7mm、シロスタゾール内
服群では
5.0±0.6mmでアスピリン内服群では
6.0±0.6mmの範囲であった。横
軸方向では組織欠損の拡大は各群間での差は認めなかった
(Fig.16)。
慢性期における抗血小板薬の脳挫傷軽減効果
慢性期脳挫傷モデルにおける脳挫傷による組織欠損体積の結果を示す。
CCI単独群は
7.083±2.052mm3、アスピリン内服群は
11.093±2.585mm3、シロスタ
ゾール内服群は
5.918±1.269mm3であった。アスピリン内服群は
CCI単独群及
び シ ロ ス タ ゾ ー ル 内 服 群 と 比 較 し て 、 挫 傷 欠 損 体 積 が 有 意 に 大 き か っ た
(P<0.05)
。一方、シロスタゾール内服群は
CCI単独群との比較において、挫傷
組織欠損体積の減少傾向を認めたが有意差は認めなかった
(Fig.17)。
27
実験
B :急性期の挫傷性脳浮腫および挫傷性出血を観察する。
急性期における各脳挫傷モデル群での脳挫傷の肉眼的特徴
CCI
単独群とシロスタゾール内服群では肉眼的な差は認められなかった。一方、
ア ス ピ リ ン 内 服 群 で は 挫 傷 性 浮 腫 と 外 傷 性 出 血 が 著 し く 増 強 さ れ て い た
(Fig.18)。
実験
C :血管壁損傷の観察
(血管透過性亢進
)アスピリン内服群では
Evans blueの組織内漏出が脳挫傷周辺で広範囲に認め
られた。一方、
CCI単独群とシロスタゾール内服群では
Evans blue漏出は軽度
であった
(Fig.19)。脳挫傷作製
48時間後の
Evans blueの漏出体積を計測した。
CCI
単独群は
2.392±1.166mm3アスピリン内服群は
7.189±0.747mm3シロスタ
ゾール内服群は
1.460±0.401mm3であった。アスピリン内服群は
CCI単独群及
びシロスタゾール内服群と比べ漏出体積の増加を有意に認めた
(P<0.01)。一方、
シロスタゾール内服群では
CCI単独群と比べ漏出体積の減少傾向を認めたが有
意差は認められなかった
(Fig.20)。
28
実験
D :抗血栓効果の観察(急性期モデルにおける微小血管内血栓の比較)
急性期モデルにおける血管内微小血栓について各群間で比較検討した。微小
血栓数は
CCI単独群では
757.2±46.6/0.25mm2、アスピリン内服群は
229.7±23.8/0.25mm2
、シロスタゾール内服群は
80.1±4.8/0.25mm2であった。
CCI単独群で
はシロスタゾール内服群およびアスピリン内服群と比較して、血管内微小血栓
が有意に多く認められた
(P<0.01)。また、アスピリン内服群においては
CCI単
独群と比較し、出血範囲の拡大を認めた。アスピリン内服群とシロスタゾール 内服群の比較では、シロスタゾール内服群にて血管内微小血栓が有意に少なか
った
(P<0.01) (Fig.21)。急性期脳挫傷モデルの各群における血管内微小血栓を示
した
(Fig.22)。
29
考察
脳挫傷に対するシロスタゾールの治療効果
脳挫傷の慢性期ではシロスタゾール内服群において、
CCI単独群と比較し挫傷
体積の減少傾向を認めた。さらにアスピリン内服群と比較しても有意に減少さ れることが本研究の結果から示された。抗血小板薬であるアスピリン内服群と シロスタゾール内服群のいずれにおいても、急性期に血管内微小血栓の形成抑 制が認められた。しかしアスピリン内服群では同時に出血性変化が著しく、シ ロスタゾール内服群は出血が軽度であった。以上のことから急性期脳挫傷にお いてアスピリンでは血管内皮細胞や血液脳関門の外傷損傷による出血傾向の亢 進が加わり、血小板凝集抑制が得られても、その効果が相殺されてしまうこと
が考えられる。また、急性期に行った
Evans blueによる血管透過性の観察におい
て、アスピリン内服群では
Evans blueの漏出が最も顕著であった。一方シロスタ
ゾール内服群においては
CCI単独群と比較して、
Evans blueの漏出が抑制傾向で
あった。さらに
CCI単独群およびアスピリン内服群より血管内微小血栓の形成
が有意に少なかった。シロスタゾールはアスピリンと異なり、急性期の挫傷性 脳浮腫と出血を軽減することで脳挫傷の二次性脳損傷を軽減させ、脳挫傷に対 して保護的な効果を持ち、慢性期の差を導きだした可能性が示された。これは、
治療方法としても期待できることを示唆している。
30
その他のアスピリンとシロスタゾールの異なる薬理作用の影響について考察 アスピリンは前述したアスピリンジレンマを有するが故に、時間的、空間的
に
heterogeneityな損傷様式を持つ脳挫傷において、十分な治療効果を発揮し得
ない可能性がある。正常脳における低用量のアスピリンならば
TXA2の減少に対
して、
PGI2合成は十分に代償され、
PGI2が合成され、
PGI2/TXA2比が上昇する。
しかし外傷性脳損傷では損傷組織でのアラキドン酸代謝カスケードが亢進する
106, 107
。局所的にアラキドン酸代謝の亢進によって
PGI2/TXA2比が低下し、血小
板凝集抑制の安定性が得られない局所が混在することも考えられる。一方、シ
ロスタゾールは抗血小板作用と血管拡張作用において
cAMP濃度の上昇により
プロテインキナーゼ
A (PKA)の活性型を増加させ、血小板内では細胞内
Ca2+濃
度の低下をもたらし凝集作用を抑制する。そして平滑筋細胞内では細胞内
Ca2+濃度の低下と
TRPC6チャネル活性を特異的に抑制することで血管収縮抑制作用
を引き起こす。シロスタゾールの血小板凝集抑制はアラキドン酸代謝を介さな いため、アスピリンにみられる脳挫傷局所の環境に依存した不安定性はなく、
その効果が十分に発揮されやすいと考えられる。
シロスタゾールには抗血小板作用(血小板凝集抑制)と血管拡張作用(血管 平滑筋弛緩作用)の他に、血管内皮機能改善効果と神経保護効果を示すという 特徴がある
69, 70。シロスタゾールの血管内皮機能の改善効果としては、報告され
31
ている機序は多岐におよぶ。シロスタゾールが血管内皮細胞より一酸化窒素を
増加させることにより
von Willebrand factor、アポトーシス抑制作用
76, 77、それ
に加え接着因子である
vascular cell adhesion molecule 1やサイトカインの放出抑
制をすることで抗炎症作用を発揮し内皮機能を改善するとの報告もある
78, 79。ま
た直接的な神経保護作用があるとも考えられ、
Choiらはシロスタゾールには他
の抗血小板剤にはない脳虚血障害に対する神経保護作用があるとした
69。また
Lee
らは神経保護作用の機序として酸化ラジカルのスカベンジャー作用による
抗炎症作用と抗アポトーシス作用や
TNF-αの形成の減少、更にポリアデノシン
二リン酸リボースポリメラーゼ活性の抑制を報告している
71-73。
脳挫傷による血液脳関門の破綻に対するシロスタゾールの作用
BBB
は血液内皮細胞、
tight junction、基底膜、グリア細胞から構成される、血
管と脳の間で行われる物質交換における、機能を示す概念である。脳挫傷後に
はこの
BBBの機能および構造破綻が脳浮腫の形成に大いに関わっている事が知
られている
13。近年、
BBBの損傷について研究がなされるようになり、
BBBの
より分子レベルでの損傷機序が明らかになりつつある
108, 109。
本研究で明らかにできたのは、シロスタゾールが急性期の脳挫傷において、
挫傷性浮腫と出血は増悪せず、血管透過性の亢進を抑制できる点である。また
32
その後の経過が慢性期の二次性損傷の軽減につながった可能性がある点である。
BBB
の破綻に対して、
BBBを構成成分のどの部分にどの様にシロスタゾールが
作用したかは、未だ明らかになっていない。さらにシロスタゾールの神経保護 効果の関与も明らかにすることはできていない。よって今後、これらの点につ いて明らかにする必要がある。
33
まとめ
ラット脳挫傷モデルにおいてシロスタゾールは、脳挫傷後に引き起こされる 挫傷性浮腫を改善させた。また脳挫傷急性期モデルにおいて、シロスタゾール による微小血栓予防効果が示され、血液脳関門の破綻が軽減されたことから血 管内皮保護効果・血管内皮機能改善効果が影響を及ぼしていると考えられた。
シロスタゾールの血管内皮保護作用と機能改善効果は、脳挫傷に対する新た な治療戦略の一役を担う可能性がある。
34
謝辞
本研究の遂行におきまして、御指導を賜りました日本大学医学部脳神経外科 学系神経外科学分野主任教授 片山容一先生に深く感謝いたします。また日本 大学医学部機能形態学系生体構造医学分野教室、日本大学医学部総合医学研究 所共同利用研究部門実験医学動物系に御協力を頂きましたことを感謝いたしま す。
35
図
Fig.1Talk and deteriorate
を呈した脳挫傷患者の頭部
CTFig.2
抗血小板剤の作用機序
36
Fig.3
アスピリンの化学構造式
Fig.4
シロスタゾール化学構造式
37
Fig.5 CCI
装置
Fig.6
ラット頭部を固定した
CCI装置
38
Fig.7
ラット挫傷脳 (
HE染色)
Fig.8 CCI
装置にて作製された脳挫傷
HE染色像
39
Fig.9
ラット頭部を固定し開頭し
CCI装置にて脳挫傷を作製
Fig.10 CCI
装置によって作製されたラット挫傷脳
40
Fig.11
ラット用ステンレス経口ゾンデ
Experimental Design 1
1H before Injury Day 14
HE stain Sacrifice
CCI Groups
Placebo
Cilostazol 30mg/kg Aspirin 20mg/kg
Fig.12
慢性期ラット脳挫傷モデル作成過程
41
Fig.13
脳挫傷体積の計測
Experimental Design 2
1 H before Injury 48 H
HE stain Sacrifice
CCI Groups
Placebo
Cilostazol 30mg/kg Aspirin 20mg/kg
Fig.14
急性期ラット脳挫傷モデル作製過程
42
Experimental Design 3
1 H before Injury 48 H
HE stain Sacrifice
CCI Groups
Placebo
Cilostazol 30mg/kg Aspirin 20mg/kg
47.5 H EB injection
Fig.15
急性期ラット脳挫傷モデル作製及び血管漏出実験過程
Fig.16
脳挫傷慢性期の肉眼的特徴
43
0 2 4 6 8 10 12 14
CCI単独群 アスピリン内服群 シロスタゾール内服群
Volume (mm3 )
* NS *
Fig.17
慢性期脳挫傷モデルにおける組織欠損の体積比較
(N=10)CCI 単独群 アスピリン投与群 シロスタゾール投与群
Fig.18
脳挫傷急性期の肉眼的特徴
44
Fig.19 Evans blue
染色の組織内漏出所見
45