[要旨]提案とは、相手に自分の考えを明示する行為である。これは、自分の考えを押し 付けて相手の領域に踏み込むことにも繋がり、ひいては、相手の気分を害する危険性を伴 う行為にもなると考えられる。重光(2005)によると、日本人の会話スタイルは「人間関 係や意見の対立回避を優先する」「相手の話を察しながら聞く」「上下関係を重視しそれぞ れが立場をわきまえる」という日本人の文化・社会的背景の影響を大きく受けている。こ のことから、日本語で提案を行う際も同様に上記の会話スタイルから多くの影響を受けて いると考えられる。従来の研究では、提案は会議など課題解決のための会話の連鎖構造の 一部として扱われるにとどまっており、提案の場面で発話される言語表現の研究は少ない。
また、提案の際の言語表現に焦点を当てている研究でも、年齢や立場の違いがある二者間 で用いられる言語表現の分析はなされていない。本稿では、年齢や立場の違う日本語母語 話者の教師・学生が共通の目的のもとに行う相互行為における提案の場面での言語表現を、
藤井(2016)で示されている分類方法(陳述文、緩和表現を伴った陳述文、陳述形式によ る疑問文、(一般形式の)疑問文)を用いて分析し、教師・学生の言語表現の使用傾向を 明らかにした。分析の結果、教師・学生共に(一般形式の)疑問文の使用頻度が最も高い ことがわかった。また、教師・学生の各分類の使用頻度を比較すると、教師は、相手に返 答を求めている言語形式である陳述形式による疑問文と(一般形式の)疑問文の使用頻度 が学生よりも高く、一方で学生は、相手に返答を求めていない言語形式である陳述文と緩 和表現を伴った陳述文の使用頻度が教師よりも高かった。これらの結果から、提案の際の 言語選択において、教師・学生共に、課題において必要となる協力体制の構築を上下関係 以上に重要視することが明らかになった。
[キーワード]課題達成談話、提案、言語形式、待遇表現、上下関係、教師、学生
[Abstract]Suggestion is the speech act which a speaker presents his/her idea to a hearer. By imposing the thought on the hearer, the speaker has possibility to step into the hearer’s territory and offend him/her. Shigemitsu (2005) indicates that three Japanese cultural and social backgrounds, “prioritizing the avoidance of conflict caused by human relationship and remarks,” “listening other person’s story with guessing,” and
“emphasizing the hierarchical relationship and understanding each person’s position,”
have a big influence on Japanese conversation style. Thus, the style of Japanese suggestion has high possibility to get influenced by these three backgrounds. Many previous studies only treat the suggestions as the part of the interaction held at meeting and do not focus on the verbal expressions used during the suggestions.
Moreover, the study which focuses on the verbal expressions only analyzes student- student interactions, and interactions of people with different age and position are not examined. This paper attempts to clarify the tendency of the usage of verbal expressions for suggestions between two Japanese speakers with different positions, teachers and students, in task-based interaction by using the categorizations mentioned
新 家 理 沙
SHINKE Lisa
課題達成談話における提案場面での言語行為
――日本語母語話者の教師・学生のやり取りに焦点を当てて――
The Tendency of Japanese Teachers and Students’ Suggestions in Task-based Interaction
1.はじめに
日本人の会話スタイルについてはこれまで多くの研究がなされており、重光(2005)によると、
「人間関係や意見の対立回避を優先する」「相手の話を察しながら聞く」「上下関係を重視しそれ ぞれが立場をわきまえる」という日本人の文化・社会的背景が、日本人の会話スタイルに大きく 影響している。その中でも提案は、相手に対して自分の考えを明示する行為であり、場合によっ ては相手に自身の考えを押し付け相手の気分を害する危険性を伴う行為であると捉えられ、上記 の会話スタイルの在り方は、提案を行う際に多くの影響をもたらしていると考えられる。では、
課題解決や達成など共通の目的のもとに話し合いを行う際の提案の場面で、上下関係がある参与 者たちは具体的にどのような提案の言語形式を選択しているのだろうか。
本稿では、年齢や立場の違う日本語母語話者の教師・学生が共通の目的のもとに自身の母語で 行う相互行為における提案の際の言語表現に着目し、藤井(2016)の分類方法を用いて言語表現 の使用傾向を明らかにする。また、表現の使用傾向から、課題達成談話における教師・学生の場 の捉え方に関して考察を行う。
2.先行研究と研究の目的
共通の目的をもって行われる会話における提案に関する研究として、椙本(2000)・桑原(1996)
と藤井(2016)が挙げられる。椙本(2000)では、料理店での従業員のミーティングと教科書の 編集会議の会話データ3つを用いて質的分析を行い、課題解決のために行われる会話の連鎖構造 に焦点を当て、それぞれのタイプを類型化している。分析の結果、課題解決の会話の連鎖構造に は、指示タイプと提案タイプがあり、中でも提案タイプには、会話者の1人が他の会話者を指名 し検討課題に対する提案を求める「強制型」と、設定された解決すべき課題に対して、原則的に は誰もが自由に提案を述べ、それに他の会話者が同意もしくは不同意をするなどして最終的決定 を下す「自発型」があることを提示している。桑原(1996)は、椙本(2000)よりもより「提案」
in Fujii (2016) (declarative statements, declarative statements with mitigating expressions, declarative questions, and question forms). The analysis shows that both teachers and students have the highest frequency of question forms. Moreover, teachers use the expressions which induce the partner’s response, declarative questions and question forms, more than students. On the other hand, students use the expressions which do not induce the partner’s response, declarative statements and declarative statements with mitigating expressions, more than teachers. From these results, by using the correlation between the directness of the linguistic expressions and the degree of treatment, it became clear that both teachers and students emphasize the construction of cooperation more than their hierarchical relationship when they select the expressions for suggestions.
[Key Words]task-based interaction, suggestion, language form, treatment expressions, hierarchical relationship, teacher, student
の場面に焦点を当てている。この研究では、一つの課題について提案する一連の談話の展開過程 を「提案行動」と定義した上で、話し合いにおける「要請型(1)」と「自発型(2)」という提案行 動2種類の構造を「話段」を用いて分析し、各提案行動の構造がそれぞれ異なる種類の話段から なり、展開に特徴があることを示した。上記2つの研究において、提案の場面は会話の連鎖構造 の一部分として扱われているが、提案の場面で使われている言語表現そのものへの言及はなされ ていない。
藤井(2016)では、日本人、アメリカ人の学生2人が共同でストーリーを作る際の提案の表現 に焦点をあて分析・比較研究が行われている。分析の結果、日本語母語話者は、主に相手に問い かける形の疑問形式を多用し、自分の提案に対する相手からの賛成や同意、確認、あるいは不同 意などの反応を引き出しながら作業を進めていることが明らかになった。この研究では、上記で 示した椙本(2000)と桑原(1996)と異なり、提案の場面での言語表現が分析の対象とされてい る。しかし、年齢や立場の違いがない学生同士の言語表現の分析にとどまっており、年齢や立場 の違いがある二者間で用いられる言語表現の分析はなされていない。
これらの点から、本稿では年齢や立場の違いがある教師・学生が、共通の目的のもとに行う相 互行為における提案の場面での言語表現を分析し、教師・学生の使用する言語表現の傾向を明ら かにする。
3.データと分析方法
3.1 データ及び本稿の対象
本稿は、分析データとしてミスター・オー・コーパス(3)内の課題達成談話のデータを扱う。
ミスター・オー・コーパスとは、異言語・異文化比較の研究のために収集されたデータ・コーパ スであり、(1)課題達成談話行為、(2)1人語り、(3)会話の3種類で構成されている。本 稿では、この中の(1)を使用している。
このデータでは、13組の女性参与者が、図1にある15枚のカードを並べ替えてひと続きのストー リーを作る課題を行っている様子が記録されている。
参与者たちは机を前にして横並びに座っており、机の上にあるカードを見て相談しながら課題に 取り組んでいる。課題を行う前に参与者たちにはストーリーには正解がないことを伝えているた め、参与者たちが想像力を働かせ自由にストーリー展開を考えることができる。また、制限時間 を設けていないため、二人の参与者双方は納得いくまで課題に取り組むことができる。
分析対象は、日本語母語話者の初対面の教師と学生のペア13ペアである。データでは、作業の 順序に関する提案やカードの解釈に関する提案など様々な提案の場面がみられる。その中でも、
本稿では新しいストーリー展開のアイデアに関する提案の場面のみを分析の対象とし、提案の際 に用いられる表現に注目し分析を行う。
3.2 分類方法について
本稿では、データ内の提案で用いられる表現の分類方法として、藤井(2016)で示されている 分類を扱う。この研究によると、アイデアの提示の際の表現方法は、陳述文・緩和表現を伴った 陳述文・陳述形式による疑問文・(一般形式の)疑問文の4種類である。陳述文は、緩和表現な どが伴わない平叙文が分類される。以下はその例である(Rは教師、Lは学生)。
(1) R:歩いていって
L:あ、これも歩い[てます R: [怒って
(J-01: 11-13)
(2) L:で、飛べ[て R: [うん
図1 課題を行う際に使ったカードのセット
L:ひ、ひ、一人で泣いた
(J-05: 129-131)
上記の例(1)では教師、(2)では学生がストーリーの展開に関するアイデアを提案している。
どちらも平叙文を用いて提案しており、話し手が言い切る形式となっている。
緩和表現を伴った陳述文には、「みたい」「かもしれない」「とか」などの緩和表現を用いた陳 述文が該当する。以下はその例である。
(3) R:でも落ち込んでるのがあるから、何回か失敗しているかも、ね
(J-09: 79)
(4) L:これ、飛ぼうとして R:うん
L:おれ、一回落ちちゃうんですけど=
R: =なるほど、なるほ[ど
L: [もっかい這い上がって、折れ ちゃったっ[て
R: [うん、這い上がって L:怒ってるとか
(J-13: 195-201)
上記の例(3)では教師が緩和表現「かも(しれない)」、(4)では学生が緩和表現「とか」を伴っ た陳述文を用いてアイデアを提案しているため、ここに分類される。
陳述形式による疑問文は、平叙文でありながら末尾が上昇イントネーションで終わる文を指す。
以下はその例である。
(5) L:あ、これ、なんか歩いて[たら
R: [歩いていて、落とした?
(J-23: 6-7)
(6) L:で、取りに帰る R:取り[に行く
L: [棒を見つけに行きます?
(J-1: 16-18)
上記の例(5)では教師、(6)では学生が平叙文を用いてアイデアを提案しているが、どちら も末尾が上昇イントネーションで終わっているため、ここに分類されている。末尾が上昇イント ネーションになることで、(1)陳述文や(2)緩和表現を伴った陳述文とは違い、話し手が相 手の反応を引き出そうとしている。
(一般形式の)疑問文は、発話の末尾に終助詞「か」、「か」+「な」、「ね」、「(な)の」などを伴 い上昇イントネーションで発話されているものや、否定疑問文などが分類される。以下はその例 である。
(7) R:ここで怒りますか?
(J-07: 113)
(8) L:何もないとこから始まって、鉛筆って、スティックを、取る、の、かな?
(J-21: 17)
上記の例(7)では教師が終助詞「か」を用いた疑問文、(8)では学生が終助詞「か」+「な」
を用いた疑問文を用いてアイデアを提案しているため、ここに分類される。
上記4分類のうち、(1)陳述文と(2)緩和表現を伴った陳述文は話し手が言い切る形であ る一方、(3)陳述形式による疑問文と(4)(一般形式の)疑問文は(1)や(2)のように話 し手が言い切る形ではなく、話し手が相手に疑問を投げかける形である。このため、前者2分類 は話し手が一方的に提案をしており相手に返答を求めていない表現方法、後者2分類は話し手が 相手に返答を求めている表現方法であるということができる。上記をまとめると、表1のように なる。
3.3 提案数のカウント方法
教師と学生のどちらがどれだけ多くのアイデアを提示しているかを分析するにあたり、まず、
何を一つのアイデアと捉えるかを考える必要がある。話し手の発言の頻度や長さ、量によって分 析結果が左右されることを避けるために、本稿ではやり取りの文脈や、話し手がカードを動かし 次に示したいカードをとるもしくは指すなどの手の動き、またはカードをとる/指す前に次に示 そうとしているカードへの視線などの非言語要素を考慮し、「話し手が1度に提示しようとして いるアイデア」の提案の場面を1単位として提案数をカウントする。そして、その中でどのよう
表1 提案の場面で使用される言語表現の分類
言語表現の種類 使用例
(1)陳述文
緩和表現などが伴わない平叙文
歩いていって怒って
(2)緩和表現を伴った陳述文
「みたい」「かもしれない」「とか」などの 緩和表現を用いた陳述文
でも落ち込んでるのがあるから、
何回か失敗しているかも、ね
(3)陳述形式による疑問文 平叙文でありながら
末尾が上昇イントネーションで終わる文
棒を見つけに行きます?
(4)(一般形式の)疑問文
発話の末尾に終助詞「か」、「か」+「な」、
「ね」、「(な)の」などを伴い
上昇イントネーションで発話されている文、
否定疑問文
ここで怒りますか?
相手に返答を 求めていない表現方法
相手に返答を 求めている表現方法
⎩⎜⎨⎜⎧⎩⎜⎜⎜⎨⎜⎜⎜⎧
な言語表現を使っているのかを3.2で示した分類ごとに集計する。以下例(9)は、教師Rが 学生Lに対してアイデアを提案した際のやり取りである。
(9) 01R:それとも、これ一回見てて、歩いているときに 02L:はい
03R:ここらへんに、こう、入れておい[て 04L: [はい
05R:あ、こんなところに棒が、落ちて、いるぞ[、ていう 06L: [はい 07R:ことにしましょうか?
08L:はい
09R:で、こういう、こういう感じ?
(J-19: 238-246)
例(9)では、教師と学生二人がほとんどすべてのカードを並べ終えてストーリーが完成に近づ いている。しかし、残り1枚のカードをどのようにすればよいかわからず考えているところ、01 から07にかけて、教師が既に並べてあるカードを組みかえながら新たなストーリー展開に関する アイデアを学生に提案し、08の学生の応答後、09で残っていた1枚のカードの場所を示している。
この場面では、残り1枚のカードをストーリーにどのように組み込むかという教師・学生の共通 の疑問に対して、教師が解決策を提案する形でストーリー展開に関するアイデアを提示している こと、また07で教師が提案を行った直後に残り1枚のカードに手を伸ばし、空いている箇所に入 れようとしている様子が見られることから、01から09の教師の一連の発言が、教師が1度に提示 しようとしているアイデアであると考えられ、提案数の1回分に相当する。そして、表現方法に 注目すると、07までは終助詞「か」を用いた疑問文で提案を行っており、09では、緩和表現「感 じ」を伴った平叙文が上昇イントネーションで終わっている形式で提案を行っているため、(3)
陳述形式による疑問文と(4)(一般形式の)疑問文が1回の提案の中で使用されていると考え られる。分析の際には、上記2つの分類にそれぞれ1ずつカウントが加えられる。
4.データ分析
上記3.3で示した方法で全ペアのデータを分析した結果、教師は100回、学生は114回ストー リー展開に関する提案を行っていた。このことから、教師よりも学生の方が多くストーリー展開 に関する提案を行っていることがわかる。
また、3.2の分類方法を用いて分析を行うと、以下のような結果が得られた。上記例(9)
のように、1回の提案で複数の表現を使用している例もみられることから、教師・学生の各分類 の合計は提案の回数とは一致していない。
表2にみられるように、両者ともに(4)(一般形式の)疑問文の使用頻度が最も高いことがわ かる。以下例(10)(11)は、教師R・学生Lが(一般形式の)疑問文を用いてアイデアを提案 した際のやり取りである。
(10) 01R:はい、そうですね、これはなんだ 02L:なんかふーんて考えてますね 03R:考えてますね
04R:じゃあちょっとこれ、納得しちゃってるその前に[入りますか?
05L: [あ、あー、そっか、そうですね
(J-09: 46-51)
(11) 01R:あと歩いているところも、ここのところはほら 02L:んー
03R:ここまで行って、行けない、っていうことですよねー、え=
04L: =うん、え、棒を使っ
[て、行こうとして 05R:[うん、んー
06L:でも、{笑い}行けないみたいな[話ですかね?
07R: [そうですね、じゃあ最初に
(J-19: 46-52)
例(10)では、この会話の直前まで教師・学生が共にカードを並べながらストーリーを作ってい たのだが、01で教師がまだ手を付けていないカードに言及し始め、学生にカードの絵の解釈を聞 いている。学生は自身のカードの絵の解釈を展開し(02)、それに対し教師は学生の発言を繰り 返す形で同意を示した後(03)、04でそれまで作ったカードの並びの中にそのカードを入れると いうカードの並びの修正を提案することでストーリー展開の提案を行っている。提案を行う際に、
教師は終助詞「か」を用いた疑問文を使用している。一方、例(11)では、教師と学生が最初に 来るカードを決めたのちに、残りのカードの絵を見て絵の解釈から次のストーリー展開を吟味し、
学生が04と06でストーリーの展開の全体像を提案している。提案を行う際に、学生は終助詞「か」
+「ね」を用いた疑問文を使用している。
表2 日本語母語話者の教師・学生による提案の言語表現の使用頻度
言語表現の種類 教師 学生
(1)陳述文 17 (16.0%) 43 (34.7%)
(2)緩和表現を伴った陳述文 10 (9.4%) 26 (20.9%)
(3)陳述形式による疑問文 29 (27.4%) 11 (8.9%)
(4)(一般形式の)疑問文 50 (47.2%) 44 (35.5%)
合計 106 (100%) 124 (100%)
また、各分類の使用頻度を教師・学生で比較してみると、教師は(3)陳述形式による疑問文 と(4)(一般形式の)疑問文の使用頻度が学生よりも高く、反対に学生は(1)陳述文と(2)
緩和表現を伴った陳述文の使用頻度が教師よりも高い。このことから、教師は返答を求めている 言語形式を使用する傾向が高い一方で、学生は相手に返答を求めていない言語形式を使用する傾 向が高いことがわかる。
5.課題達成談話における教師・学生の表現選択の傾向と場の捉え方
前述の通り、提案は相手に自分の考えを明示する行為であるため、自身の考えを押し付けるこ とによって相手の領域に踏み込み相手の気分を害する危険性を伴う行為である。そのため、提案 の場面で使用される言語表現は、上下・親疎・立場上の関係を考慮しながら表現される待遇表現 の1つであると考えることができる。『現代日本語文法 7』によると、待遇の方法には、対人関 係や場面のあらたまり度などに気を配って慎重に待遇する上向きの待遇と、特別な気配りをせず 気楽に待遇する中立・下向きの待遇の2種類があり、これまでに野田(1998)や西尾(2003)、辻・
井上・柳村(2016)など多くの研究がなされている。
藤井(2016)では、言語形式とアイデアの提案の直接性の相関について、陳述文、緩和表現を 伴った陳述文、陳述形式による疑問文、(一般形式の)疑問文の順で直接性が高いとし、図2の ように示している。
直接的 間接的 陳述文 > 陳述文+緩和表現 > 陳述疑問文 > 疑問文
図2 アイデアの提案や意見の提示の言語形式と直接性の相関(藤井 2016)
この相関を、待遇表現の度合いと関連させて考える。『現代日本語文法 7』によると、あからさ まな直接的表現に比べて、婉曲的で間接的な表現を用いることが上向き待遇の表現とみなされる 傾向がある。このことから、図2で直接性が低い言語表現であればあるほど上向きの待遇を示し、
反対に直接性が高い言語表現であればあるほど中立・下向きの待遇を示すと考えられる。この相 関を図2に付け加えると、図3のようになる。
中立・下向きの待遇 上向きの待遇 直接的 間接的
陳述文 > 陳述文+緩和表現 > 陳述疑問文 > 疑問文 図3 アイデアの提案の言語形式の直接性と待遇度合いの相関
データは教師と学生の談話であるため、教師が上、学生が下という上下関係があると考えられる。
そのため、待遇の傾向に照らし合わせて検討すると、教師は学生に対して(1)陳述文や(2)
緩和表現を伴った陳述文の直接的かつ中立・下向きの待遇を示す表現、学生は教師に対して(3)
陳述形式による疑問文や(4)(一般形式の)疑問文の間接的かつ上向きの待遇を示す表現を使 用する傾向が高くなることが考えられる。
本稿で扱っているデータでは、教師・学生2人でひと続きのストーリーを作る課題を行ってお り、互いがコミュニケーションをとって協力することが必要となっている。そのため、上下関係 よりも課題達成を実現するための協力体制を築くことが重要視されやすい状況であり、このこと が連帯感を生み、教師・学生の提案の場面での言語表現に大きく影響を与えたと考えられる。
教師は、(4)(一般形式の)疑問文の使用頻度が最も高く、学生と比べても返答を相手に求め ている言語形式を使用する傾向が高かった。これらの結果は、図3から考えられる傾向とは正反 対のものである。教師は本来上下関係では上の立場にいるが、上下関係ではなく協力体制を構築 することを念頭に、提案が強制的にならないよう直接性の低い言語表現を用いることで学生の立 場に寄り添おうとしていると考えられる。教師が(一般形式の)疑問文で提案を行う際に使用し ている終助詞に注目をすると、終助詞「か」が全体の(一般形式の)疑問文の使用例50例中(否 定疑問文を含む)19例と最も使用頻度が高かった。神尾(1990)のなわ張り理論(4)を用いて終 助詞について論じている川岸(2020)によると、終助詞「か」は、話し手が「発信する情報が自 らに帰属(5)せず、聞き手には帰属する情報であろう」と判断して発信する場合に用いられる。
また、熊野(1999)では、終助詞「か」は、話し手が判断を放棄し聞き手に「不確定」要素を提 示することで、語用論的に聞き手に補填を要求する表現と受け取られるとしている。これらの研 究から、終助詞「か」は、話し手が情報を聞き手に帰属しているものと考え自身は判断を放棄し、
判断を相手にゆだねて補填を要求している表現であることがわかる。このことから、教師は疑問 文を用いることで提案内容について自身では判断を下さず学生に判断を委ね、学生との協力体制 を構築しようとしていることが考えられる。共通の目的のもとに行う相互行為でない会話でも、
教師が問いかけの表現を学生よりも2.3倍の頻度で用いることが、植野(2014)で指摘されている。
この研究によると、会話中の教師の問いかけ表現は、話題選択や話題展開のかじ取りを行いなが ら会話を主導するために用いられ、教師はパワーの不均衡をもって学生を支配するというよりも、
学生を理解し助けようとする姿勢を示している。本稿のデータでも学生に寄り添うような傾向が みられることから、教師の言語表現の選択は上下関係を前提とするが故に、逆に意図的に間接的 な表現が用いられていると考えられる。
その一方で学生は、教師と同様に(4)(一般形式の)疑問文の使用頻度が最も高いものの、
教師と比べると返答を求めていない言語形式を使用する傾向が高かった。(一般形式の)疑問文 の使用頻度の高さは図3から考えられる傾向と一致するものの、返答を求めていない言語形式の 使用頻度の高さは図3とは正反対のものである。このような不一致の傾向は、本来上下関係では 下の立場であるものの、「同じ課題を行う者同士」としての関係性を重んじ協力体制の構築を図っ たためだと考えられる。井出(2006)によると、このような現象は「わきまえの逸脱」と呼ばれ ている。日本人の会話には、話し手が聞き手、場面やその他さまざまな要素を瞬時に読み取り、
その瞬間に一番ふさわしい表現をその場に組み合わせて使う「わきまえのスーパーシステム」が
根底にある。この「場と言語形式のマッチング」を行うことによって、日本人は聞き手にふさわ しい表現を選択していることになるが、これがある理由を持って場面のわきまえを気にする必要 がなくなり、代わりに新しい有標の意味を想像する場合がある。本稿のデータの場合、上下関係 を重んじ表現を選択することが「わきまえ」であるものの、学生はストーリー作りを共同して行 う際に必要となる協力体制の構築を重んじたことから、図3で示した相関に反して直接性の高い 言語表現を使用したと考えられる。また(一般形式の)疑問文の使用頻度の高さは図3の相関と も教師の傾向とも一致するが、教師は終助詞「か」の使用頻度が最も高かったのに対し、学生は 終助詞「か」+終助詞「ね」が全体の(一般形式の)疑問文の使用例44例中33例(否定疑問文を 含む)と最も高かった。川岸(2020)では、終助詞「か」+終助詞「ね」は、話し手に帰属しな い情報を聞き手にも不帰属であることを共有する場合に用いられるとし、熊野(1999)では、終 助詞「か」+終助詞「ね」は、話し手が自分自身の中で判断、確認している過程を示しており、
聞き手に直接的に補填を要求しているとは受け取られないとしている。これらの研究から、終助 詞「か」+終助詞「ね」は話し手が情報を自身にも聞き手にも帰属していないものと考え、相手 に情報を共有し補填を要求しない表現であるということになる。疑問文を用いることで学生に対 して判断を委ねる教師の姿勢とは違い、学生は判断を委ねず共有にとどまっていることから、判 断をする者・受ける者という関係性を表すのではなく、お互い同じ状況にいる者であるというこ とを明確にしていると考えられる。つまり、(一般形式の)疑問文の使用の傾向からも、上下関 係よりも「同じ課題を行う者同士」としての関係性を重んじ協力体制を構築していることがわか る。
6.結論
本稿では、年齢や立場の違う日本語母語話者の教師・学生が共通の目的のもとに行う相互行為 における提案の場面での言語表現に注目し、分析・考察を行った。分析の結果、教師・学生共に
(4)(一般形式の)疑問文の使用頻度が最も高いことが分かった。また、教師・学生の各分類 の使用頻度を比較すると、教師は(3)陳述形式による疑問文と(4)(一般形式の)疑問文の 使用頻度が学生よりも高い一方で、学生は(1)陳述文と(2)緩和表現を伴った陳述文の使用 頻度が教師よりも高かった。そして、これらの分析結果をアイデアの提案の言語形式の直接性と 待遇度合いの相関と照らし合わせて考えた結果、本データの教師・学生は本来ある上下関係以上 に課題達成の上で必要となる協力体制の構築を重要視した言語表現の選択を行い、提案を行って いると考えられる。
本稿では、提案の場面での言語表現の使用傾向のみ焦点をあて分析・考察を行ったが、同じス トーリー展開に関する提案の場面でも、新しくアイデアを提示するものから修正を促すもの等 様々な提案の場面が見られ、そのような場面ごとの言語表現の使用傾向の分析までは至っていな い。今後はこのような場面ごとの言語表現の使用傾向について詳細な分析を行う必要がある。ま た、本稿で見られた結果が、教師・学生という役割に基づいたものなのか、もしくは上下関係の ある者同士によるすべての談話に見られるものなのかは、現段階では明らかになっていない。そ
のため、様々なデータを用い比較・分析を行うことで、さらに詳細に見ていく必要がある。さら に、日本語母語話者のみの分析にとどまっているため、今後英語母語話者のデータなどとの異言 語・文化間比較を行い、課題達成談話における各言語母語話者の言語表現・言語実践の特徴も明 確にしていきたい。
註
(1) 「要請型」では、初めに「話し合い」の主催者や担当者からの問題提起によって検討課題が与えられ、他の 参与者は提案を出すための情報交換や前提条件の設定を行う。その後提案が行われ、提案が行われた後は、「遂 行」されるか「却下」されるかが決定され、「却下」の場合は、提案者の対面を保つ「関係修復」がなされる。
そして最終的には、決定事項が「確認」される流れとなる。
(2) 「自発型」では、提案者が課題を述べた後、提案に有利な情報を示し、被提案者からの質問を取り入れつつ 参与者を誘導する。提案が行われてからその後の流れは、上記の注釈(1)にある通りである。
(3) 科学研究費基盤研究(B)「アジアの文化・インターアクション・言語の相互関係に関する実証的・理論的研 究」(平成15〜17年度, No. 15320054, 研究代表者 井出祥子)(日本語データ)全てのデータは録音・録画され、
文字化もされている。
(4) 神尾(1990)によると、「情報のなわ張り理論」とは、自分のものとみなす情報のことを「情報のなわ張り に属する情報」とし、このような情報のなわ張りと話し手/聞き手の関係性を表した理論である。神尾は「話 し手または聞き手と文の表す情報との間に一次元の心理的距離が成り立つものとする。この距離は〈近〉お よび〈遠〉の2つの目盛りよって測定される。」という仮定が根底にある理論としている。
(5) 川岸(2020)では、自らが既に知っていること、自ら関係すると話し手が判断することを「帰属」、反対に、
話し手自身が知らないこと、自らに関係しないと話し手が判断することを「不帰属」と定義している。
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