著者 村田 慶
雑誌名 静岡大学経済研究
巻 21
号 3
ページ 1‑9
発行年 2017‑01‑31
出版者 静岡大学人文社会科学部
URL http://doi.org/10.14945/00009999
論 説
効用関数と人的資本蓄積に関する一考察
村 田 慶
Ⅰ
.はじめに本稿では,各個人の効用関数が人的資本蓄積および経済成長に及ぼす影響について,世代間重 複モデルによる一考察を行う.世代間重複モデルによる人的資本と経済成長に関する先行研究で は,利他性を持つ効用関数が設定されており,各個人の生涯効用の決定要素について,人的資本 蓄積と直接関連するものとして,次世代への教育支出が組み込まれている.例えば,Glomm and Ravikumar(1992)では,2期間の世代間重複モデルにより,生涯効用は第1期における余暇時 間,第2期における消費および次世代への教育支出,Cardak(2004a)では,同じく2期間の世 代間重複モデルにより,各個人の生涯効用は第2期における消費および次世代への教育支出によっ て決定付けられるという設定になっている.また,人的資本蓄積について,Glomm and Ravikumar
(1992)では,学習時間,親世代による教育支出,および親世代の人的資本水準,Cardak(2004a, b)では,親世代による教育支出および親世代の人的資本水準によって決定付けられるとしてい る.ただし,これらの先行研究では,各個人は第2期において人的資本を獲得するという点が共 通している.
本稿では,上記の先行研究について,若干の拡張・修正を試み,先行研究との比較検討を行う.
上述の世代間重複モデルによる人的資本と経済成長に関する先行研究においては,各個人の生涯 効用の決定要素について,人的資本蓄積と直接関連するものとして,次世代への教育支出を組み 入れることによって,利他性を考慮した効用関数が設定されている.しかしながら,現実的に,
大部分の家計では,教育に関して言えば,親は子どもにどれだけ教育支出を行ったかではなく,
子どもがどれほどの水準の人的資本を獲得したかによって効用が得られるはずである.上述のよ うに,Glomm and Ravikumar(1992)やCardak(2004a, b)では,人的資本蓄積が教育支出によ る影響を受けるため,次世代への教育支出から効用を得ることが結果として,次世代が獲得する 人的資本水準から効用を得ることにつながるが,直接的な分析になっているとは言えない部分が ある.以上の問題意識を踏まえ,本稿では,効用関数について,Cardak(2004a)と同様,生涯 効用が自身の消費と次世代への教育支出によって決定付けられるケースに加え,生涯効用が自身
の消費と次世代が獲得する人的資本水準によって決定付けられるケースを新たに設定し,それぞ れのケースについて人的資本関数および定常状態均衡の導出を行う.その上で,どちらのケース の方が人的資本蓄積および一国全体の経済成長にとって望ましいかについての比較検討を行う.
ただし,人的資本関数については,分析をクリアなものにするため,本稿モデルでは,先行研究 とは異なり,人的資本蓄積は親世代による教育支出のみによって決定付けられるとする.
本稿における構成として,まずⅡ節において,生涯効用が自身の消費と次世代への教育支出に よって決定付けられるケース,自身の消費と次世代が獲得する人的資本水準によって決定付けら れるケース,それぞれについて,各個人の効用最大化に関する基本モデルを概観する.その上で,
Ⅲ節において,人的資本関数および定常状態均衡の導出を行い,人的資本蓄積と一国全体の経済 成長との関係から,両ケースの比較検討を行う.
Ⅱ.モデル設定
各個人の経済活動は2期間にわたって行われるとする.本稿では,2期について,t 期とt +1 期を基準とし,各期に生まれた個人をそれぞれ,t 世代,t +1世代の個人と呼ぶこととする.各 世代の子供は第2期に誕生するとする.また,各世代の人口規模は一定であり,1で基準化され るとする.
Ⅱ
.1.人的資本形成各世代の個人は,第2期において自身の人的資本を形成するものとする.本稿モデルでは,人 的資本の蓄積方程式を⑴のように,教育支出に関する凹関数で設定する.
( )
,; ( ) 0 , 1 , 0
1
,t+
= θ
it γγ ∈ θ >
i
e
h
⑴⑴において,i は個人のタイプ,
γ
は教育支出の人的資本蓄積に対する影響力パラメータ,ei,tは t 世代の個人i がt 期においてt -1世代から受け取る教育支出,hi,t +1はt 世代の個人i がt +1期にお いて獲得する人的資本水準である.Glomm and Ravikumar(1992)およびCardak(2004a, b)に 倣い,t +1 期における一国全体の効率的労働力Ht +1は人的資本水準についての確率密度関数に よって定義されるものとする.( )
, 1 , 10 , 1 1
1 + +
∞
+ +
+
= ∫
it⋅
t it itt
h f h dh
H
⑵⑵において,ft +1(hi,t +1)はt +1期におけるhi,t +1についての確率密度関数である.
Ⅱ.2.効用最大化
各世代の個人は,第2期において労働を行うとする.すなわち,t 世代の個人が所得を得るのは t +1期である.本稿では,遺産贈与は考慮しないものとする.また,Glomm and Ravikumar(1992)
およびCardak(2004a)と同様,生産者の利潤最大化問題を考慮しないので,賃金率に関する議 論が存在せず,t 世代の個人i のt +1期における所得水準yi,t +1は⑶のように,獲得する人的資本水
準hi,t +1と一致するものとする.
1 , 1 ,t+
=
it+i
h
y
⑶Glomm and Ravikumar(1992)およびCardak(2004a, b)に倣い,各個人は壮年期における所 得を自身の消費と次世代への教育投資に配分するものとする.t 世代の個人i がt +1期において直 面する予算制約は⑷のようになる.
1 , 1 , 1
,t+
=
it++
it+i
c e
y
⑷⑷において,ci,t +1とei,t +1はそれぞれ,t 世代の個人i のt +1期における消費およびt +1世代へ の教育支出である.各個人は生涯効用を最大化するように行動するものとする.本稿における生 涯効用とは,2期間全体において得られる効用水準を意味する.本稿モデルでは,生涯効用につ いて,Cardak(2004a)と同様,第2期における消費水準⑴および次世代への教育支出によって決 定付けられるケース,それに加えて,第2期における消費水準および次世代が獲得する人的資本 水準によって決定付けられるケースに分類し,前者を「次世代への教育支出から効用を得る場合」,
後者を「次世代が獲得する人的資本水準から効用を得る場合」と呼ぶこととする.
Ⅱ
.3.1.次世代への教育支出から効用を得る場合t 世代の個人i の2期間全体における効用水準をVtとおくと,それは以下のように表される.
⑴ Glomm and Ravikumar(1992)およびCardak(2004a, b)では,第1期における消費は考慮されておらず,本 稿でも,同様の設定を行う.この解釈は,若年期における教育支出の中で,その中に生活に必要な消費も含まれ
( 1 ) log
, 1log
, 1; ( ) 0 , 1
, , 1 1 ,
∈ +
−
=
+ ++ +
α α
α
it itt e
c
V c e
Maximize
t i t i
1 , 1 , 1 , 1 , 1
,t+
=
it++
it+,
it+=
it+i
c e y h
y to subject
ここで,αと1-αはそれぞれ,次世代への教育支出と自身の消費に対する選好パラメータ⑵で ある.一階条件より,t 世代の個人i のt +1期における最適消費ct +1および最適教育支出et +1はそ れぞれ,⑸および⑹のように導出される⑶.
( )
, 1( )
, 11
1
+1
++
= −
it= −
itt
y h
c α α
⑸1 , 1 ,
1 + +
+
=
it=
itt
y h
e α α
⑹ところで,⑹を読み替えると,t -1世代の個人i のt 期における最適教育支出は,⑺のように求 められる.
t i t i
t
y h
e = α
,= α
, ⑺Ⅱ
.3.2.次世代が獲得する人的資本水準から効用を得る場合t 世代の個人i の2期間全体における効用水準をVtとおくと,それは以下のように表される.
( 1 ) log
, 1log
, 2; ( ) 0 , 1
, , 1 1 ,
∈ +
−
=
+ ++ +
α α
α
it itt e
c
V c h
Maximize
t i t i
( )
γθ
, 12 , 1 , 1 , 1 , 1 , 1
,t+
=
it++
it+,
it+=
it+,
it+=
it+i
c e y h h e
y to subject
ここで,hi,t +2はt +1世代の個人i がt +2期において獲得する人的資本水準である.
一階条件より,t 世代の個人i のt +1期における最適消費ct +1および最適教育支出et +1はそれぞ れ,⑻および⑼のように導出される⑷.
⑵ これは,Ⅱ.3.2節においても同様であるとする.
⑶ ⑸および⑹の導出過程については,付録1を参照せよ.
⑷ ⑻および⑼の導出過程については,付録2を参照せよ.
1 , 1
1
1
,1
+ +
+
= − +
+
= −
it itt
y h
c (1 α αγ α αγ
− α ) (1 − α )
⑻
1 , 1
1
1
,1
+
+ +
= − +
+
= −
it itt
y h
e α αγ α αγ
αγ αγ
⑼
ところで,⑼を読み替えると,t -1世代の個人i のt 期における最適教育支出は,⑽のように求 められる.
t i t
t
y
ih
e
, ,1
1 α αγ = − α + αγ +
= − αγ αγ
⑽
Ⅲ.人的資本蓄積と経済成長
本稿では,物的資本蓄積に関する議論を捨象していることから,経済成長パターンは一国全体 の効率的労働力のみによって決定付けられる.また,⑵より,一国全体の効率的労働力は各個人 の人的資本水準によって決定付けられる.すなわち,本稿モデルでは,経済成長パターンは人的 資本蓄積のみによって決定付けられる⑸.
Ⅲ
.1.次世代への教育支出から効用を得る場合まず,教育支出から効用を得る場合について,⑺を⑴に代入すると,人的資本関数は⑾のよう に求められる.
( ) α
γθ
itt
i
h
h
,+1=
, ⑾⑾より,このケースにおける人的資本水準の定常状態均衡は,⑿のように導出される.
γ γ γ
α θ
− −=
1 11 1 s*
h
⑿⑾について,
γ ∈
(0,1)であるため,hs*1は安定的な定常状態均衡である.Ⅲ
.2.次世代が獲得する人的資本水準から効用を得る場合次に,子どもが獲得する人的資本水準から効用を得る場合,⑽を⑴に代入すると,人的資本関 数は⒀のように求められる.
γ
αγ θ α
+
= −
+
1
, 1
, it
t i
h αγ h
⒀⒀より,このケースにおける人的資本水準の定常状態均衡は,⒁のように導出される.
γ γ γ
αγ θ
−α
−
+
=
1−
11 2
* s
1
h αγ
⒁⒁について,Ⅲ.1節と同様,hs*2は安定的な定常状態均衡である.
Ⅲ.3.両ケースの比較検討
Ⅲ.1節およびⅢ.2節を踏まえ,本節では,教育支出から効用を得る場合,子どもの人的資本 水準から効用を得る場合について,どちらのケースが人的資本蓄積にとって望ましいかについて の比較検討を行う.
⑿と⒁が⒂の条件を満たせば,次世代が獲得する人的資本水準から効用を得る場合よりも,次 世代への教育支出から効用を得る場合の方が人的資本蓄積および経済成長にとって望ましい.
αγ αγ α α
> +
⇒
> 1
2
* 1
* s
s
h
h −
⒂⑿と⒁が⒃の条件を満たせば,次世代への教育支出から効用を得る場合,次世代が獲得する人 的資本水準から効用を得る場合について,人的資本蓄積および経済成長への影響が無差別となる.
αγ α α
= +
⇒
=
*21
1
* s
s
h
h αγ
−
⒃⑿と⒁が⒄の条件を満たせば,次世代への教育支出から効用を得る場合よりも,次世代が獲得 する人的資本水準から効用を得る場合の方が人的資本蓄積および経済成長にとって望ましい.
αγ α α
< +
⇒
< 1
2
* 1
* s
s
h
h αγ
−
⒄以上より,次世代への教育支出から効用を得る場合よりも次世代が獲得する人的資本水準から
効用を得る場合の方が必ずしも人的資本蓄積および経済成長にとって望ましいという保証はなく,
それは消費および教育支出,それぞれの選好パラメータ,および教育支出が人的資本蓄積に与え る影響力に関するパラメータ次第であることが示された.
4.結語
本稿では,人的資本蓄積と経済成長に関する世代間重複モデルにおける利他的な効用関数につ いて,先行研究と同様,人的資本蓄積と直接関連するものとして,次世代への教育支出から効用 を得られるケースに加え,次世代が獲得する人的資本水準から効用を得られるケースを新たに設 定し,人的資本蓄積および一国全体の経済成長という観点から,両ケースの比較検討を行った.
本稿における主要な帰結として,人的資本蓄積が教育支出のみによって決まるという単純なモ デルにおいては,親世代による子ども世代の教育について,子ども世代が獲得する人的資本水準 から効用を得る方が,単に子どもへの教育支出から効用を得る場合よりも人的資本蓄積および一 国全体の経済成長にとって望ましいとは必ずしも言えず,生涯効用の決定要素である消費および 教育支出,それぞれの選好パラメータ,および教育支出が人的資本蓄積に与える影響力パラメー タ次第であることが示唆された.
最後に,本稿における分析内容について,今後の展望を述べる.本稿モデルでは,どちらのケー スの方が人的資本蓄積および経済成長にとって望ましいかについて,生涯効用の決定要素である 消費および教育支出,それぞれの選好,および教育支出が人的資本蓄積に与える影響力のパラメー タについてのシミュレーション分析を行うことが望ましい.さらに,本稿モデルでは,人的資本 蓄積の決定要素を教育支出のみとしているが,他の要素を組み入れると状況が変わるかもしれな い.これらの点については,稿を改めて論じたい.
参考文献
[1] Cardak, B. A. (2004a), “Education Choice, Endogenous Growth and Income Distribution,”
Economica, Vol.71, pp.57-81.
[2] Cardak, B. A. (2004b) “Education Choice, Neoclassical Growth and Class Structure,” Oxford Economic Papers, Vol.56, pp.643-666.
[3] Glomm, G. and B. Ravikumar (1992) “Public versus Private Investment in Human Capital:
Endogenous Growth and Income Inequality,” Journal of Political Economy, Vol.100, pp.818-834.
付録1
制約条件式を効用関数Vtにおけるci,t +1に代入すると,次のようになる.
( 1 − ) log [ ,+1 −
,+1] + log
,+1
=
it it itt
y e e
V α α
一階条件である
∂
Vt/∂
ei,t+1=0より,1 0
1 , 1 , 1 , 1 ,
=
− +
− −
∂ =
∂
+ + +
+ it it it
t i
t
e e y e
V α α
上の式を変形して整理すると,t 世代の個人i のt +1期における最適教育支出et +1は,次のよう に求められる.
1 , 1 ,
1 + +
+
=
it=
itt
y h
e α α
また,ci,t +1=hi,t +1-ei,t +1より,t 世代の個人i のt +1 期における最適消費ct +1は,次のように
求められる.
( )
, 1( )
, 11
1
+1
++
= −
it= −
itt
y h
c α α
付録2
制約条件式を効用関数Vtにおけるci,t +1に代入すると,次のようになる.
( 1 − α ) log [ ,+1−
,+1] + α log ( )
,+1 γ
=
it it itt
y e e
V
一階条件である
∂
Vt/∂
ei,t+1=0より,( ) ( ) 0
1
1 ,
1 1 , 1
, 1 , 1 ,
=
− +
− −
∂ =
∂
+
− + +
+
+ γ
αγ
γα
t i
t i t
i t i t
i t
e e e
y e
V
上の式を変形して整理すると,t 世代の個人i のt +1期における最適教育支出et +1は,次のよう に求められる.
αγ α αγ αγ α αγ
+
= − +
= −
+ ++
1 1
1 , 1
,
1 it it
t
h e y
また,ci,t +1=yi,t +1-ei,t +1より,t 世代の個人i のt +1期における最適消費ct +1は,次のように求
められる.
( ) ( )
αγ α
α αγ
α α
+
−
= − +
−
= −
+ ++
1
1 1
1
, 1 , 11 it it
t