《資 料≫
実験的メセナの実施報告
菅 家 正 瑞
(長 崎大学経 済 学部 「企 業 メセ ナ研 究会 」代表 )
1.はじめに
本研究会 は平成18年 9月8日 (金) か ら10日 (日) にかけて,実験的 に
「メセナ」(mecenat)(1)を実施 した。「企業 メセナ」の研究 にあた って,そ の実体 ・内容を模擬体験す ることは今後の研究 に有意義であろうと考 えたか らである。結果 については,いろいろな評価 がある と思われるが,少な くと もメセナ活動の一端 にその内部 か ら触れることが出来たのは貴重な体験であ った し,少 しは企業 メセナの理解 に役立 った と考 えている。資金は我が研究 会への寄付金(2)を充てたので,寄付者へのアカウン タビ リテ ィーを果たすた めにも,我 々が行 った 「メセナ」活動 について簡単 に報告 したい(3)0
注
(1)メセナ とは芸術文化支援 を意味す るフランス語であ るO古代 ローマ帝国の初代皇帝 「ア ウグス トゥス」の右腕 と言 われた 「マエケナス」(Maecenas)が芸術や文化 を手厚 く擁 護 した こ とか ら,その名 を とって 「芸術文化 を擁護 ,支援 す るこ と」 を メセナ と言 うよ
うになった。
(社)企業 メセナ協議会 (編)『メセナマネ ジ メン ト』 ダイヤモン ド社,2003年,245頁 参照。
(2)本研究のために著者は18年度の 「科学研究費」 に応募 したが,残念なが ら不採用 とな っ た。 しか し,研究組織 は既 に作 り上 げていた し,本研究は著者の研究生活 を締め くくる 最後 の研究 と位置 づけていたので,研究 を続 け るべ く多 くの方 々に寄付 を仰 いだ。 はば 200万 円の研究資金が確保 で きたので,予定通 り研究を始め ることが出来た。 この場 を借
りて寄付 して頂 いた方 々に深 く感謝 申 し上 げる。
(3)「企業 メセナ」 と 「企業管理」 との関連 については,拙著 『環境管理の成立』千倉書房, 2006年,特に第 1章 環境管理の成立,第6章 環境志向の市民化管理,を参照 されたい。
2.経 緯
(1)実施決定までのいきさつ
は じめに今回 「メセナ」の実施 に至 った経緯 について簡単 に述べる。 きっ かけは ドイツで修行 中の著者の知 り合いであるピアニス ト (大室晃子氏,以 下 「大室」 とい う)(I)の メールであった (5月29日)。その内容は,某チ ェリ ス トが大室の伴奏で大分でコンサー トをするので長崎で もで きないか, とい うものであった。結局,この提案は実現で きなかったが,これを きっかけに, 著者はこれを 「企業 メセナ」 として長崎で大室 によるコンサー トがで きない か と考 えた。理 由は 「は じめに」で述べた とお りである。 この企画は著者 に とって意 図せざるものであった し (つま り綿密な 「計画」の不在), メセナ 活動は初めての経験であったので,その経緯は試行錯誤の連続であった。幸 い筆者は35年前 に2つのコンサー トのマネジメン トを手がけてお り,学生時 代 には音楽サークルの演奏会の責任者で もあったので,その時の経験が役 に 立 った。
注
(1)大室の略歴は以下の通 り。
東京生 まれ。幼少の頃 よ りピアノをは じめ,東京蛮術大学音楽学部付属音楽高等学校, 東京垂術大学,同大学院を経て2002年渡独,フライブル ク音楽大学 を最優秀で卒業。現 在シ ュ トゥッ トゥガル ト音楽大学大学院に在学中の傍 ら,同大学 にて教鞭 を とる。 また クラ リネ ッ ト科の伴奏助手 も務めている。 ドイツを拠点 としなが らヨー ロッパで活躍す る将来有望な若手 ピアニス ト。
ウエスカ市 国際 ピア ノコン クール (スペ イン),モ ノポ リー賞国際 ピアノコソ クー)I/ (イタ リア),イジ ドール ・バジ ック賞国際 ピアノコンクール (セルビア)な どで,上位 入賞,デ ィプロマをは じめ,国内外のコンクールで数 々の賞を受賞。2006年 よ りバーデ
ソブ ユルテンベル ク州立銀行 よ り奨学金 を授与 されている。 ドイツのBadischeZeitung 紙上 において,「卓越 した技術を持ち,コンサー トを成功 に導 くソ リス ト」 と絶賛 され, ZDF局*で も演奏が放映される。 ミュンヘン ・ヘ ラクレスザール,ベル リン ・コンチ ェル トハ ウスな ど ドイツ国内主要ホールでの演奏 はほ もとよ り, ヨー ロ ッパ を拠点 にソ リス トとして,グソデル フ インゲン室 内オーケス トラな どのオーケス トラ との共演,新人作 曲家の新 曲の紹介 も務め,また,室内楽奏者 として も著名な音楽家 か らの信頼 を得てお り,イタ リア,フランス,チ ェコ,ハンガ リー,オー ス トリアな どの各国で演奏 してい る。
岡崎悦子,植田克己,浜 口奈 々,御木本澄子,VitaliBerzon,WolfgangBloserの各氏 に師事。
*ZDF局は3Sat局の誤 り。誤 った経歴 をチラシに載せた ことをお詫び致 します.
は じめは,当然なが らこの企画を地元企業 による 「企業 メセナ」 として実 施で きないか, と考 えい くつかの長崎の地元企業あ るいは事業所 に持ちかけ たが,結局引 き受け手は見つか らなかった。その理 由は様 々であるが,交渉 の際に感 じた大 きな理 由 としては,①長崎経済が依然 として停滞気味である こと,②企業や事業所 に とっては今年度の予算外の事業であること,③本企 画が各企業の支援理念に必ず しも合致 しなかった こと,④ 「企業 メセナ」に 関 してまだ十分な理解や必要性が広 まっていない こと(2),な どが考 え られる。
(2)この点 については後で簡単 に触れ るが,筆者の講義 (「経営管理論」昼夜開講,受講生 は昼夜各80名程度)において 「企業 メセナ」について尋ねた ところ,「企業 メセナ」につ いてその名称 を知 っている者は皆無であった。
以上の ことか ら,この企画を 「企業 メセナ」として実施することは断念 し, 研究の基礎知識 と体験を得 るための 「メセナ」活動 と位置づげ,本研究会が 主催者 として実施す ることとした。いわば 「アカデ ミック ・メセナ」の実施
ともいえる.(図2‑1参照)
図2‑I:本研究会が作成 したチラシ
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(2)実施 内容の決定 (か テーマの決定
メセナ活動 にはそれな りの理 由あ るいは動機や 目的があ るし,なければな らない。 目的がなければ何 のための 「メセナ」であ るかその意義が問われ る し, 目的があ って こそ合 目的的方法が探求 され うる。大童は長崎 とい う衝 に 惹 かれ,以前 よ り長崎での コンサー トの実現 を希望 していた(3)。そ こで,演 奏者の意 向を尊重 し,テーマを 「大好 きな長崎へ音楽のプ レゼン ト」 と設定 した。 もちろん,その趣 旨か らコンサー トは無料 とする。 また,大童は長崎 におけるコンサー トは初めて とい う新人であ り,長崎を愛す るピアニス トの 紹介を も兼ね,長崎を活動拠点の一つにしたい と願 っている意思実現の第一 歩 とす るこ ととした。
(3)大室は 自分 自身で述べているように 「遠藤周作」の大ファンであ り,特 に 『沈黙』の舞 台 とな った長崎 (外海地 区)に強 く惹かれていた。なお,外海地区には 「遠藤周作文学 館」が2000年 に設立 されている。
② コンサー トの設定
1)外海地区黒崎東小学校の 「アウ トリーチ ・コンサート」 (4)
次 に, このテーマに沿 ったコンサー トをどの ように設定するか,が問題 と なる。まず,演奏者の意向を汲んで 『沈黙』の舞台 となった 「外海地区」が 候補 となった。始めは教会 コンサー トを企画 しこの地区の 2つの教会に打診 したが,引 き受けて もらえなかった ことやピアノの持ち込みがネ ック となっ て, これは断念 した。貯余曲折の末,結局,長崎市教育委員会のご厚意 によ り外海地区にある 「黒崎東小学校」で 「アウ トリーチ ・コンサー ト」を実施 す ることとなった。
本物の生の音楽に触れる機会が少ない子供達 に, この ような機会を提供す ることは とて も有意義 な ことであ る。「音楽の力」 (5)は我 々の想像以上 に大 きい ことを認識 しなければな らない。 このコンサー トの実現 に関 しては長崎 市役所の 「さる く博」 (6)担当者であ り長崎大学大学院経済学研究科第 1期生 である片岡研之氏に大変 ご努力頂いた。 ここに感謝の念を表 したい。
(4)「アウ トリーチ」 (outreach)とは,一般の人 々に芸術 に対する潜在的なニーズや関心 を 喚起す ることで,芸術文化 に関わ る人 々の 「関係者の枠」 を出て, 日頃あ ま り芸術 に触 れる機会がない人や,関心がない人 々に対 して,なん らかの働 きかけを行 うことである.
(社)企業 メセナ協議会編 『上掲書』,239頁参照。
(5)た とえば,菅家 ・佐藤 「『企業 メセナ』 と 『アプ レウ博士』」『経営 と経済』第86巻第2 号,長崎大学経済学会,2006年,103頁以下参照。
(6)「長崎さる く博'06」は, 日本では じめてのまち歩 き博覧会 として,平成18年4月1日か ら同年10月29日までの212日間にわたって長崎市で開催 された。
この博覧会の特徴 は,特定の会場 に定置型のパ ビ リオンを設 け る とい う従来の博覧会 とは異な り,市域全体を会場 とし市内42地区をパ ビ リオン と見立てて,430有余年 の長 き にわた って蓄積 されて きたまちの記憶 を紹介する とい う形態 を採 ってい る。 また,計画 か ら実施 まで市民が主体 とな り,まちに残 る既存資産 を活用す ることで,将来 にわた っ て持続可能なシステム としたことにも大 きな特徴がある。
特 に,「長崎通 さる く」 と呼ばれるボランテ ィアガイ ドとのまち歩 きは,観光客 と市民 とのふれあいのなかで長崎 とい うまちの知 られざる魅力を体験す るこ とがで き,今後 の
新 しい観光資源 としての発展が期待 されている ところである,‑
なお,「さる く」 とい う言葉は 「その辺をぶ らりぶ らりと歩 く」 ことを意味する長崎弁 である。
2)長崎大学医学部 ・歯学部付属病院の 「ロビー ・コンサー ト」
本研究会は長崎大学の教員 を中心 として組織 されてお り, この一連の コン サー トも長崎大学の後援 を頂 いているこ とか ら,長崎大学 に関連す るコン サー トを実施す るのが礼儀 とい うものであろう。 そ こで,大学の付属病院で
「ロビー ・コンサー ト」を企画 した。幸い,病院 には 「患者サービス課」が 設置 されているので, このコンサー トは学長および病院長の承認の下 に全面 的に患者サービス課 に担 当 して頂 いた。入院患者の中には比較的元気や時間 的 に余裕のある人たちや,コンサー トを聴 くことが可能な患者 もいる。その ような患者 さんに,生の音楽を聴いて もらうことは 「音楽療法」 とい う言葉 があ るように,病気やケガの回復 に役立 つ こ とがで きる といわれてい る。
「音楽の力」は思った以上 に大 きいのである。
3)長崎県美術館の 「ロビー ・コンサー ト」
平成17年(2005年)に開館 した県美術館は,新設 された長崎歴史文化博物館 と並んで,文化 ・芸術の東京一極集中化 ともいえる中で,長崎 らしさを具現 化 した本格的な美術館(7)と博物館であ る。本県は, これ らの施設 によってや っと本来の文化 ・芸術の拠点を持ち得た と言 えるかも知れない。それはさて おき,本美術館では催 し物の一環 として以前か ら一定 レベルの演奏者 にエン トランス ・ロビーを開放 して 「ロビー ・コンサー ト」を実施 している。そ こ で,大室の長崎デビューには最適であ ると判断 し,美術館館長 に申し入れた ところ問題な く承認 された。 コンサー トの運営はほ とん ど美術館側で行 って 頂 いた。 これは,翌 日の本格的なピアノ ・リサイタルの序奏 となるものであ る。大室の担 当者であ った館員の建石久美子氏に深 く感謝 したい。(図2‑2参 照)
(7)本美術館は (秩) 日本設計 隈研吾氏 の設計になるもので平成17年4月に開館 し,館全 体をガラス張 りとしたユニークな建物である。今回,「須磨 コレクシ ョン」の展示や調査 研究活動等 について,スペ イン政府他により組織する団体 「カーサ アシア」 よ りスペ イ ン文化の普及 に大 きな功績 をした と認め られ 平成18年 「カーサ アシア賞」を受賞 した。
図2‑2:美術館が用意 したプ ログラム
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鎖 に 白き 現 が‑鼓 な <'さめ は げ ま し 長 崎 の
あ ゝ 焚 崎 の蛾 が 鳴 る 3 つ ぶ や く附 の ミ リ‑の 音
た た え る皿 の 神 の 敏 怖 く 胸 の 十 字 架に は ゝえ む紙戸の 雲 の 色 な ぐ さめ rj:げ ま し 長崎 の
あ ゝ 長崎 の鏑 が鳴 る
4 こ こ ろの 罪 を うちあ けて 文王け 行 く夜 の 月 す み め
踏 しき家 の 棟 に も 気 高 く白き マ リア樺 な ぐ さめ は げ ま し 艮 略 の
あ ゝ 長崎 の地 が 鳴 る
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4)旧上海香港銀行長崎支店跡記念館(8)の リサイタル
これは,以上の一連のコンサー トを締め くくる,①長崎への音楽のプ レゼ ン ト, と②長崎へ新人演奏家の紹介 と育成, とい う本企画の 2つの 目的を一 本化 し,収赦 させた本企画のメイン ・イベン トと位置づけ られるものである。
したがって,プログラム も練 りに練 って もらい,大童 も本 リサイタルに向か って一連の コンサー トの流れに乗 って きたはずである。いろいろなメデ ィア やチラシ も, この リサ イタルに焦点を合わせて活用 させて頂 いた(9)。 したが って,一連の本企画が成功するか否 かは,本 リサイタルに懸 かっていると言 って も過言ではない。(図2‑3参照)
(8)旧上海香港銀行長崎支店跡記念館 とは,その名称か ら推測で きるように長崎が明治以来 中国貿易の拠点であ った ことか ら設置 された同銀行支店跡の建物である。建設 以来長 い 年月が経過 し古 くな った ことか ら取 り壊 しの計画が立て られたが,石造 りの由緒あ る建 物 であることか ら反対運動が市民か ら湧 き上が り,修理 して残す ことになった。現在で
は,手頃なコンサー トや集会な どに廉 く利用 されている。
(9)利用 させて頂 いたメデ ィアは,長崎新聞,NBC長崎放送,長崎ケーブル メデ ィアな ど である。下は長崎新聞に掲載 された記事(9月9日付け)0
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ピアニスト大童 晃 子
大好きな街へ土日楽の贈ノ物
図2‑3:本 リサ イタルのため に作成 した プ ログラム.
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3,コンサー トの実施
それでは,本企画は実際は どの ように行われ,いかなる結果 となったので あろうか。
1′)黒崎東小学校
同校の樽美寛校長は,長崎市教育研究会音楽部部長および長崎県教育研究 会音楽部小学校部会長 を兼ねる,体育を専門 とする先生であ る。今回の コン サー トの実施に当たっては熱心に取 り組.んで頂 いた。結果は以下の通 り。
主 催 :黒崎東小学校。
日 時 :9月8日 (金),13:40‑14:400 会 場 :同校体育館。
聴 衆 :同小学校生55名,黒崎中学校生87名,地域住民35名,教職員 22名,計179名。
プログラム :子犬のワルツ (シ ョパン),主 よ人の望みの喜び よ (バ ッハ), エ リーゼのために (ベー トーベン),エチ ュー ド ;牧童 ・黒 鍵 ・別れの曲 ・革命 (シ ョパン),愛の夢第 3番 (リス ト)0 同校では,我 々が作 ったチラシを拡大 し校舎正門に掲示 したほか,独 自に プログ ラムを用意 していた (図3‑1参照)。 コンサー トの最後 にアニ メ映画
「とな りの トトロ」で歌われている 「さんば」を合唱 し,演奏者へのお礼 と して小学校 の生徒 か ら 「ふ るさ と」の合唱があ り,同校 「校歌」(1)の合唱で コンサー トは終了 した。なお, この模様は 「長崎ケーブル メデ ィア」で同 日
3回放映された。
演奏者の コメン ト :大勢の小中学生を前 に,「お話」 を入れて演奏す るのは 初めての経験で したが,ピア ノを ぐるっ と囲んで座 っていた子供たち の純粋で興味に満ち溢れた視線は本当に印象的で した。 もっ とゆ っ く
り話せば よかった,あの曲を演奏すれば よかった,な ど反省 もあ りま すが,演奏終了後の子供たちの笑顔を見て,喜んで もらえた様子なの でほっ とし, とて も嬉 しく思いま した。
主催者のコメン ト :本校は音楽教育に取 り組んでお り,今回のコンサー トは とて も有意義な ものであ り,児童生徒は もちろん地域 ・保護者 ・教職 員 ともこの 日を楽 しみにしていた。当 日は残暑の中,体育館での演奏 で演奏者の大童 さんは大変だ ったろうと思いますが、私たちは感動 と 喜びの中に時間を過 ごす ことが出来 ました。本物の生の音楽 に触れる ことが出来た ことを感謝 いた します。 また、大童 さんの優 しい人柄 に 触れることがで き,子 ども達 も大変、喜んでいま した。機会 があ りま した ら子 ども達 にまた、演奏 を聴かせてあげて ください。菅家先生 ,大 室 さんに素晴 らしい時間を頂いた こと,本当にあ りが とうございまし た。 (樽美校長)
図3‑1:当 日用意 されたプ ログラム (表紙のみ)
自己評価 :滑 り出しとしてはそれな りの成果が得 られた と思われる。大室 も 最初の演奏会なので幾分緊張気味であ ったが,小学生 も中学生 も目を キラキラ と輝 かせて演奏に聴 き入 っていた。演奏会終了後,サ インを せがまれた り記念写真を取 り合 った りと,生徒達 との交流はほほえま
しいものであ った。
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(1)本小学校の校歌は奇縁か ら 「中田書直」 によって作曲され,その こともあ り同校は音楽 活動 に熱心である。「ふるさ と」は生徒か ら来客者へのお礼 としていつ も歌われている歌 であ り, とて も給麗な合唱であった。
2)大学病院 ロビー ・コンサー ト
長崎大学の研究会が実施するメセナであるので,可能であれば後援者の一 つである長崎大学で も演奏を行 うべ きであろう。そ こで,筆者 も時 々お世話 にな り現在 もお世話 になっている同大学付属病院でロビー ・コンサー トを行 った。結果は以下の通 り。
主 催 :長崎大学医学部 ・歯学部付属病院,協賛 :財団法人 輔仁会。
日 時 :9月 9日 (土),ll:00‑ll:30 0
会 場 :大学病院本館外来 ロビー。
聴 衆 :入院患者約90名,職員10名,計約100名。
プログラム :エチ ュー ド ;牧童 ・黒鍵 (シ ョパン),ノクターン (シ ョパ ン),主 よ人の望み よ喜び よ (バ ッハ),愛の夢第3番 (リス
ト)0
最後 に,医学部ゆか りの被爆教授であ り多 くの原爆被害 に関する著書 を残 した 「永井博士」 のベ ス トセ ラー 『長崎の鐘』 (2)をモチ ーフに作 られた曲
「長崎の鐘」を全員で合唱 してコンサー トは終了 した。患者サービス課 は, 3種類のチラシ ・ポスター (図3‑2参照)を用意するほ どにこのコンサー トの 実現に熱心に取 り組んで頂いた。 ここで溝上課長を始め このコンサー トの実
図3‑2;本 コンサー トのために用意 された3つのチラシ。
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チラシ3 (表)
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施 に関わ った職員に深 く感謝す る。なお, この模様は同 日夕刻のNBCのニ ュース番組 で放映された。
(2)「長崎の鐘」はサ トウハチロー作詞,古関裕而作 曲になる名曲であ り,著者の故郷で あ る福 島市 には この故郷が生んだ偉大な作 曲家を記念 した古関祐而記念館 が設立 されて いる。
演奏者のコメン ト :音楽に癒 しの力があることは,私 自身の経験か らも実感 する ところで したが,演奏後 にた くさんの患者 さんか ら感謝の言葉 を いただ き,私 も演奏家冥利 につ きる体験で した。「長崎の鐘」は,永 井博士の本を読 んだ後 には涙 な しには歌 えない ような,長崎の方 々に とっては心の歌であることと思 うのですが,その歌 を最後 に合唱で き た ことも本当に良かった と思います。
主催者のコメン ト :患者 さんが静かに耳を傾けてお られ る姿を見て,さすが に生の演奏は人の心を引 きつけるものだなあ と感 じました。楽 しみの 少ない患者 さんに とって一服の清涼剤 になった ことは間違 いあ りませ ん。あ りが とうございました。大室 さんの今後益 々のご活躍をお祈 り 致 します。 (溝上課長)
自己評価 :入院生活は患者の症状 によるが,時間をもてあました り,病気が 改善 して音楽を聴 ける人たち も結構多い。 しかし,当然なが ら入院生 活 はいわば 自由が制限された拘束的な側面を持ち,精神的にも不安定 にな りがちであ る。筆者は何回か長期の入院生活を経験 しているので, その ような心理状態はよ く理解で きる。 この ような状態の時に,本物 で生の音楽 に接することは,患者 に とって大 きな癒 Lになるに違 いな い。 また,聴 くだけでな く自分たち も共 に歌を歌 うことはス トレスの 解消 に一役買 うのではなかろうか。演奏会終了後の多 くの患者の笑顔 に接 し得た ことは, このコンサー トの成功を表 している と思われ る。
3.)県美術館 ロビー .コンサー ト
美術館におけるロビー ・コンサー トは, これか らの美術館 における新 しい 試みの一つになるであろう。特 に,同じ芸術同士が‑箇所で融合することは, 音楽家 に とって も来館者 に とって も大 きな刺激 になるに違 いない。美の追究
に垣根 はい らない。美術を愛する人 々か らの観点で,音楽を聴いて頂けるの は音楽家に新 しい視点を模索 させるのではないか。大室 もこのコンサー トで 何 らかの成果を得たのではなかろうか。本館における結果は以下の通 り。
主 催 :長崎大学経済学部 「企業 メセナ研究会」,共催 :長崎県美術 館。
日 時 :9月9日 (土),15:30‑16:000 会 場 :長崎県美術館エン トランス ・ロビー。
聴 衆 :着席者約60名,立見者約40名,合計約100名。
プログラム :エチ ュー ド ;牧童 ・黒鍵 (シ ョパン), ノクターン (シ ョパ ン),主 よ人の望み よ喜び よ (バ ッハ),愛の夢第3番 (リス
ト)0
演奏者のコメン ト :響 きの良いエン トランスホール と素晴 らしいグラン ドピ アノに恵まれ,本当に気持ち よ く演奏することがで きました。遠 くは 神戸か らもい らして くださった方 もあ り,また今回初めての 「一般公 開」であった ことか ら知人の顔 も見 え,コンサー トの喜び,楽 しさを かみ しめま した占美術館でのコンサー トは美術 と音楽 とい う二大芸術 の融合だ と思います。 日本には素晴 らしい美術館がた くさんあるので すか ら, こうい う機会が増 えるといいな, と思います。
共催者 コメン ト :菅家先生の実施する 「企業 メセナ」活動 に賛同 し,今回美 術館でコンサー トを開催 していただ きましたが,無料で開催するには 惜 しいほ どの充実 した コンサー トで した。美術館のコンサー トの方針 として 「質の高い音楽 を提供す る‑発信
」
「若 き音楽家を育 てる‑教 育」として,2つの面か ら運営を行 っていますが,今回はまさに 「質の高い音楽 を提供する‑発信」を多 くのお客様 に伝 えられたのではな いで しょうか。今回はロビーコンサー トと言 うことで,一般の来館者 もい らっしゃることを考 えて,プログラムは比較的耳にな じみのある 曲を選択頂 き,その結果多 くのお客様 か らとて も好評 を待 ました。ま た翌 日の本格的なプログラムの リサ イタルにも行 きたい とい うコメン
トも頂 きま した。
多 くの我 が国の音楽家が志を高 く持 って留学を してお りますが,悼 国 してか らの音楽活動は困難であるのが実情です。その中で も意欲的 に音楽活動 を行 ってい こうとい う若 き音楽家のためにも 「演奏する場 所」を確保 し,またお客様 が 「音楽 を聴ける場所」を身近に感 じられ る 「空間」 を作 ってい くことは意義のあることで,かつ, この ような
「メセナ」活動が本当に増 えることを期待 して止みません。
今回,人柄 が現れる素敵な演奏を して頂いた大室さん,主催者の菅 家先生,そ してご来館 くださった多 くのお客様 に感謝 しています。あ
りが とうございました。
アンケー ト調査の結果 と分析 :美術館では,簡単なアンケー トを取 っていた ので,その結果を簡単に紹介 したい。 (回答数約100名中44件)
認 知 度 :この ような開放型のコンサー トは, 目的客 と偶然の来館 者 と2分 され,内容や演奏者 によっては,偶然の来館者の方が多 い ときもあ ります。 しかし,今回のコンサー トは偶然の来館者は 17%, 目的客が83%と圧倒的に大室 さんのピアノを 目的 としたお 客様が多かった ことが特徴的ですOその中で も,身内や知 り合い か らを除いて,一般的な広報 (HP2%,チラシ9%,新聞36%) か らコンサー トを知 った方が47%と半数近 くを占め,大室 さんを 知 らなかった人で本人への関心の高 さを示 した ことが良 くわか り
ます。
属性 ・居住地 :大室 さんの知人が多 く来 られていたためだろうと思わ
れますが,県外 のお客様 が 目立ちま した。 また,偶然来館 された県外 のお客様 か らも嬉 しいサプライズ との声 が多 く, これ らがいつ もの コ ンサー ト違 う点で した。 (担 当者 :建石館員)
自己評価 :本 コンサー トは,美の中心であ る美術館 での コンサー トであ り, それな りの審美観を持 った聴衆が予想 され,また,翌 日の本格的 リサ イタルの前奏 曲 と位置づけ られ るものであ る。 したがって,大童 も大 分緊張 した と思われるが,予行演習的な コンサー トも 2回行 っている ので,普段の実力が発揮で きた もの と思われ る。知人が遠方 よ り駆 け つけて くれたの も,緊張をほ ぐしリラ ックス して演奏で きた要 因の一 つにな ったのではなかろ うか。聴衆 も予備の イスを急速用意す るな ど, 多 くの人 々が このために来館 して頂 いた ようであ る。
4)旧上海香港銀行長崎支店跡記念館 リサイタル
本 コンサー トは一連 の演奏会の最後 を締め くくる,本格的な リサ イタルで ある。本 メセナの実験 が成功す るか否 かは これに懸かっている と言 って も過 言ではないであろう。 リサ イタル形式 も通常 の方式であ り,大室の長崎での 評価 もこれで決 まる と言 っていいか しもしれない。
大室の衣装を見ただけで本人 自身 もそれを 自覚 していたのがわかった し, 主催者 として も ドキ ドキ ものであ った。
日 時 :9月10日 (日),18:30‑20:30 0
会 場 :旧上海香港銀行長崎支店跡記念館一階。
プ ログ ラム :2つの ソナ タ(ス カル ラ ッテ ィ), ソナ タ ・ハ単調 Kv.457 (モー ツ ァル ト), イゾルデ 愛 の死 楽劇 「トリス タン トと イゾル デ」 (ワーグナー) よ り (リス ト), エステ荘 の噴水
(リス ト), ダランテラ (シ ョパン),エチ ュー ド ;牧童 ・別 れの曲 ・革命 ・舟歌。
聴 衆 :100人程度 (100台の椅子を用意 していたがはば満杯 にな り,
立ち見者 も10数名いた)0
演奏者の コメン ト :レ トロな雰囲気の この記念館で本格的な リサ イタルを開 かせていただけることが とて も嬉 し くて,やは り今回のメイン イベン ト, とい う気持ちで臨みました。曲 目は何度 も練 り直 して, 自分が得 意な曲,今回の趣 旨にあった曲,初めての人にも馴染みやすい曲 とい うような観点か ら選びま した。菅家先生 ご一家のみなさまにお手伝 い 頂 き,中村 さんによるすぼ らしいピアノの調律のおかげさま もあ り, 本当に理想的な状況での リサイタルで,お客様 にもた くさん入 ってい ただいて,素晴 らしい夕べ とな りま した。新聞の記事を読んで,ある いはケーブル放送を見てい らして くださった方,そ して前 日の美術館 で聴いた方がた くさんい らして下 さった ようで,今回のシ リーズのハ イライ トとな ったのではないか, と自負 しています。
アンケー ト調査の結果 :本 リサ イタル に際 して,「メセナ」 に関す る簡単な アンケー ト調査 を実施 したので,その結果の概略 と簡単な分析結果を 照会 したい。 (約100名中34枚回収,複数回答あ り,40代以降の回答者 が30名, しか も女性が2/3で圧倒的に多かった)
i)「企業 メセナ」とい う言葉 の認知度 :知 っていたのは7名のみで 26名 (76%)は知 っていなかった。
ii)企業の関与 について :企業は積極的に 「企業 メセナ」を社会的貢 献 として実施すべ きである とい う回答は33名 (97%)と圧倒的に多 かった。、
iii)芸術活動の維持 ・発展の主体について :「政府」が13名 (38%), 企業が12名 (35%)で括抗 しているが,民間団体の役割を強調する の も10名 (29%)と多かった。
iv)長崎県における 「企業 メセナ」 について :何 らかの形で行 ってい る と認識 している者が33名 (97%)であった。なお,全 く行 ってい ない とするのが2名あ った。
Ⅴ)残 りの2つの回答項 目は,この 「企業 メセナ」の試み とこの リサ イタルに関する感想を聞 くものなので,今回はそれぞれ様 々な意見 があったが極めて好意的意見が多かった ことのみを報告す るに止め る。
分析 :i)「企業 メセナ」 とい う言葉 をほ とん ど知 らない人が圧倒的 に多い が,長崎において も企業が文化芸術 に何 らかの貢献 をしている, と い う認識は広 まっているようである。
ii)企業がメセナ活動をすべ きである とい う意見 も圧倒的に多いが, 政府や民間団体が芸術文化向上の主体 となるべ きである とい う意見 も多 く,はば 3分 されている。 これは,市民のバ ランス感覚が働 い た とも考 えることが出来 る。
iii)著者の感覚では,長崎県における企業 メセナ活動は決 して少ない とは言 えず,む しろ良 くやっている方ではないか と思われる。 しか し,市民への認知度や浸透度 は浅・い ようで,「企業 メセナ」とい う 言葉は ともか く,企業は市民に強 くアピールす る効果的で特徴的な
メセナ活動 を真剣 に検討すべ きではないか, と感 じた。
自己評価 :席が満杯 とな り聴衆の確保 については一応合格 と言 っていいだろ う. 1)2) 3)の一連の コンサー トを聴 いた人たち も来ていた よう であるし,メデ ィアによって知 った人 も多かった ようである。演奏 内容 も気迫 に満ち,圧倒 されるような熱演であ った。最後の大童の 挨拶 を聴いて主催者 として感に堪 えず,不覚にも戻 して しまった。
今までの苦労が報われた瞬間であった。 (主催者のコメン ト)
4一おわ りに (総括)
この ような 「メセナ」活動 は初めての体験 だったので,は じめに述べた理 由な どもあ りその過程 は迷路を歩 き回るような試行錯誤の連続であった。 し