降雨量・融雪量の確率年に基づく斜面リスク評価に関する研究
A STUDY ON DESIGN METHOD FOR RISK ASSESSMENT OF SLOPE FAILURE BASED ON RETURN PERIOD OF RAINFALL AND SNOWMELT
土木工学専攻 26 号 新谷 勇樹
SHINYA Yuki
1. はじめに図-1 研究の概要 わが国の地形は山地と丘陵地帯が国土の
70%を占
めており,自然の斜面が多く平坦な土地は少ないとい う特徴を有している.したがって,新たに道路などの 建設計画を図ると必然的に山際や山間部のような不 安定な自然斜面や切土砂面を利用せざるを得ない.ま た,山間部の道路は斜面崩壊を防ぐために各種擁壁を 設置するが,擁壁の種類,寸法や工法に関しての指針 はあるものの,県道や市道においては担当する現場の 技術者の判断に任されるところが大きいというのが 現状である.さらに擁壁に配置される水抜き孔は擁壁 背面の水を排除する役割を持つが,水抜き孔は目詰ま りを起こすことが多く,想定以上に擁壁背面の水位が 上昇することが予想できる.元来日本に多い自然斜面 は時間による風化や,台風,地震,豪雪などの自然災 害により,人為的な理由によるものでなくとも自然に 斜面崩壊や地滑りが発生している.わが国における土 砂災害は豪雨によって発生する事が多く,土砂災害に 対する警戒・避難態勢も,連続降雨量,時間最大降雨 量などの降雨を対象として構築されている.しかしな がら,寒冷地帯では融雪に起因する土砂災害が頻繁に 発生しているにも関わらず,現行の土砂災害警戒・避 難システムに融雪の効果は考慮されていないのが現 状である.
図-1に本研究の概念図を示す.本研究では,斜面安 定のための擁壁設計手法の提案を目的とし,設計外力 をより詳細に評価するために過去に発生した擁壁崩 壊事例を対象とし,斜面崩壊の大きな原因となりうる 降雨及び融雪に伴う擁壁背面水位の上昇に着目し,降 雨・融雪量に関して確率年評価を用い,降雨量に加え て融雪量が地下水位の上昇に与える影響を考慮し,斜 面の安定性を検証した.また,評価方法として斜面崩 壊に関するリスクを損失の期待値として評価する概 念の提案を行う.
2.擁壁崩壊事例とそれをもたらした気象条件 擁壁崩壊の発生した箇所は,片側が急峻な山腹,他 方は一級河川にはさまれた山間部道路の斜面である.
のり面防護工として法面擁壁とコンクリートブロッ ク積擁壁が延長約
70m
の長さで施工されていた.擁壁 崩壊の発生の1
週間前から日平均気温が上昇し,最大で約
5℃を記録しており,それに伴い積雪深が約 40cm
減少している(図-2)ことから,この期間においては融 雪流出が生じたものと考えられる.本研究では,この 事例に着目し,地質特性や気象条件の観点からそれら
が擁壁崩壊に与えた影響を述べる.
図-2 降雪量,積雪深,日平均気温,
降水量の時系列
(1974年
1/1〜3/7,気象台観測所のデータ)
3. 融雪量の算出方法
本研究では寒冷地における斜面及び擁壁崩壊を防 ぐことを目的とし,設計外力として降雨量と併せて融 雪量も評価することを提案している.設計外力として 融雪量を評価するためには,当然のことながら正確な 融雪量の算定が必要である.設計外力を詳細に評価す
るにあたり,直接観測されていない融雪量を適切に評 価することは非常に重要である.融雪量の推定手法は 一般に,水文調査の一環として直接的に各種計測器で 得たデータに基づいて推定する手法と,アメダスデー タなどの気象データを活用して推定する手法とに大 別できる.融雪量と積算気温とには地域に特有の関係 が成立する1)ことが明らかになっており,本論文では 融雪量の推定に当該期間の有効気温を積算したもの に融雪係数をかけ求める方法を用いた.崩壊事例の地 点を対象とし,気温データは気象庁のデータを用いた.
融雪に寄与するのは
0℃以上と定義し,また融雪係数
の値に関しては,日本においては時空間的にも変化す るが,3〜7程度の値をとると言われている2).比較対 象期間は1965
年〜2005年の41
年間において,一般的 に融雪期である3
月1
日から3
月7
日までの7
日間を 対象とした.図-3 年最大斜面供給水量の確率年(K=7)
4.降雨量・融雪量の確率年評価
河川治水計画を策定する際に確率年の概念を用いて 降雨量や流量を評価することは一般的に広く行われ ている.しかしながら,融雪量に対して確率年を用い て評価した事例は少ない.これは融雪量への影響因子 として気温,日射,風速,地熱など多くの要因が挙げ られるため定量的評価が難しいからである.しかしな がら積雪地域では,融雪期に斜面・法面の崩壊が発生 し,重大な事故をもたらすことが度々ある.このよう な斜面崩壊は,降雨を伴わない天候下で発生すること が多く,融雪水が地盤内に多量に供給されることに起 因して土中の間隙水圧が増加し,有効応力が低下する ことにより発生するものと考えられている.そこで上 記のように,融雪量は積算気温で表現可能であること から,ここでは推定することが困難な外力としての融 雪量を確率年の概念を用い定量的に評価する.確率年 を評価するにあたり
Gumbel
確率紙を使いGumbel
分 布を用いて求めた.図-3 は融雪係数k=7
を与えたDegree・Day
法から求めた斜面供給水量(融雪量+降雨量)の確率年である.これより算出した
1965〜2005
年における選定期間(3月1
日〜3月7
日)での斜面 供給水量(融雪量+降雨量)が最大で550mm
であり,そのときの確率年が
100
年であることがわかった.現 在,法面保護対策において融雪に伴う地下水位の上昇 は考慮されていない.積雪の多い地域における土砂災 害などを引き起こす外力の一つとして融雪量を確率 年の概念を用い評価し,その斜面供給水量(融雪量+降雨量)に対して浸透流計算を行うことにより想定す べき地下水位を算出することが可能となり,斜面の安 定計算に作用外力として確率年の概念から決定した 融雪量・降雨量を用いることにより新しい法面保護設 計手法の構築が可能になる.
5.地下水位が斜面安全率に与える影響
現在までに起きた斜面・法面崩壊の大きな原因の一つ として降雨及び融雪による地下水位の上昇が挙げら れる.降雨・融雪で地下水位が上昇することにより間
図-4.1 φ=25°のときの地下水位と 図-4.2 φ=35°の時の地下水位と 図-4.3 φ=45°の時の地下水位と 安全率の関係 安全率の関係 安全率の関係
図-5 対象とする斜面の模式図 隙水圧が増加するため,単位体積あたりの水の量が増
加することにより斜面の土の滑動力が増加し,土塊の 断面に作用している全応力は有効応力と間隙水圧の 和で表されるため間隙水圧の増加に伴い土の有効応 力は低下する.ゆえに土中に水が含まれることにより 時間と共に土が膨張し粘着力などの支持力の低下を 引き起こす.本章では,地下水位の上昇が斜面の安全 率に与える影響を評価するため,過去に擁壁崩壊を生 じた斜面を対象とし,安定計算を行う.図-5に対象と する斜面を示す.すべり面に関しては一般的に用いら れている円弧すべり面を仮定した.安定計算は,土塊 とすべり面の間で発揮される土塊の滑ろうとするせ ん断力と土塊が滑るのを阻止しようとする粘着力な どの抵抗力の比率によって求める.すべり面より上の 土塊をいくつかのスライスに分割し,各スライスで発 揮されるそれぞれの力を足し合わせるBishop法を用 い,円弧すべりの中心点は仮定したすべり面における 最小安全率をもつ点を決め,等しい安全率をもつ点を 結ぶラインの中心点を円弧すべりの中心点とした.土 の単位体積重量をγt
=1.8(tf/m
3),水の単位体積重量を γ
w=1.0(tf/m
3)とした.また土の強度定数に関しては内部
摩擦角φ=25°,30°,35°,40°,45°の 5
通り,土の粘着力c=0,5,15,25(KN/m
2)の 4
通りで各地下水位に応じて安 定計算を行った.求めた結果を図-4.1〜4.3に示す.これより地下水位の上昇に伴い,斜面の安全率は低下 することがわかる.地下水位が上昇するに伴い斜面の 安全率が低くなるのは間隙水圧により土に浮力が働 き有効重量が軽減したためと言える.また,間隙水圧 の増加は土の抵抗力・支持力を低下させるため,斜面 崩壊が起こりやすくなっていることを示している.対 象とする斜面の地形特性と土の強度定数を決定する ことで,斜面安全率が
1
を下回る,つまり斜面崩壊を 引き起こす地下水位を決定することが可能となる.
6.浸透流計算から求めた設計外力と地下水位の関係 土砂災害は台風や豪雨時など,ある程度短い期間に 集中して斜面に水が供給されたときに発生すること が多い.これは地中に水が浸透し,土粒子の間隙が水 で満たされ飽和状態になると,浮力が発生し垂直応力 がその分差し引かれ,摩擦抵抗が減少するからである.
前章において斜面崩壊を引き起こす地下水位を決定 することが可能になった.本章では対象とする斜面に おいてどの程度の降雨量・融雪量が供給されれば,前 章で求めた斜面崩壊を生じさせる地下水位を超える のかを浸透流解析によって検討する.また,山間部に おいて切り土などを行い道路を建設する際,斜面が崩 壊するのを防ぐために擁壁を設置する.通常擁壁には 水抜き孔が設置され,擁壁の背面に溜まる水を排除す る役割を持つ.しかし,水抜き孔の内部で細粒土砂が 固結し,目詰まりを引き起こすなど,水抜き孔が正常
に機能しない例が数多く報告されている2).このこと を考慮し,本研究では斜面末端での境界条件は不透水 条件として斜面浸透流計算を行う.浸透流解析には,
Richardsの式に基づく二次元飽和不飽和浸透流解析を
用いる.解析対象とする斜面の概要を図-5に示す.土 層厚:17m,斜面長:24m,斜面勾配:45°の単一斜 面とする.土壌特性値は土の保水能力という観点から 有効空隙率w=0.30,0.35,0.40,0.45 とし,それぞれ に対して飽和透水係数Ks=1.0×10
-4,1.0×10-5(cm/s)と
してパラメータに幅を持たせて計算を行った.斜面に 供給される水量としては,降雨量と融雪量を想定し,1
週間における累積の降雨・融雪量が50mm〜500mm
となるようにし,日平均降雨・融雪量を各日に与えた.求めた結果を図-6に示す.これより,外力と地下水位 の関係が明らかになり,対象とする地点で各々の土壌 パラメータを決定することができれば,そのパラメー タに対応する外力と地下水位の関係を決定すること ができる.
0 200 400
0 2 4 6 8 10 12
地下水位の上昇(m)
斜面に供給された水量(1週間)
▲ :w=0.40 ks=1.0×10–5(cm/s)
▲
:w=0.30 ks=1.0×10–4(cm/s)
:w=0.40 ks=1.0×10–4(cm/s)
●
:w=0.30 ks=1.0×10–5(cm/s)
●
:w=0.35 ks=1.0×10–4(cm/s)
●
:w=0.35 ks=1.0×10–5(cm/s)
▲
▲ :w=0.45 ks=1.0×10–5(cm/s)
:w=0.45 ks=1.0×10–4(cm/s)
●
図-6 確率年に対する擁壁背面 水位上昇の時系列
7.斜面崩壊に関するリスク評価
斜面の安定性には,土の強度特性や作用外力に代表
される不確実性が含まれている.このため斜面 崩壊を完全に抑制することは出来ない.このよ うな現状の中で,新設する擁壁や既存の斜面及 び擁壁を定量的に評価するためには,その斜面 及び擁壁の持つ機能を定義し,その機能が失わ れたときにどのような損失が生じるかを考慮す る必要がある.本研究では斜面崩壊に関するリ スクを損失の期待値として定義する.つまり斜 面が崩壊する生起確率と,崩壊時に生じる損失 (被害額)の積としてリスクを評価する.被害額 の算定に関しては国土交通省監修の費用便益分 析マニュアルを参考とする.図-7 にリスク評価 に関するフローを示す.ここで斜面の崩壊率を 次のように定義する.斜面安定計算
から安全率が
1
となるような地下水 位を求め,前章の浸透流解析の結果 からその地下水位に対応する作用外 力が決定される.次に4
章で求めた 外力と再現期間の関係からその外力 が発生する確率を求める.ここで再 現期間T
は非超過確率P
を用いT=1/P
として決定されることから,超過確率は
1-P
となり,この超過確率 を決定された作用外力に対する斜面 の崩壊率と定義する.図-8に斜面崩 壊率算定の流れを示す.この崩壊率 と被害額の積が斜面崩壊に関するリ スクとなる.斜面崩壊に関するリス クを定量的に評価することにより,対象とする斜面・擁壁の保全や管理に関して投資対効 果の観点から最適な斜面補強を実施することが可能 となる.これにより,対象斜面において,斜面安定計 算および浸透流解析を行うことで,土壌パラメータ,
あるいは土の強度定数といった物理的観点に立脚し た評価が可能となる.
図-7 リスク評価に向けたフローチャート
図-8 斜面崩壊率の算定の流れ
8.まとめ
本論文は,寒冷地における融雪を考慮した法面保護 設計手法の構築を目的とし,斜面供給水量として融雪 量・降雨量を確率年の概念を用いて評価を行い,求め た斜面供給水量に対して浸透流計算を行い,斜面内で の水位の上昇,水位上昇に伴う斜面安全率の検討とい った一連の流れを示した.
これまでの斜面災害のリスク評価は、被害が発生す
る頻度とその際の損失のレベルとを掛け合わせた期 待値として定義されるのが一般的であり,三木3)によ ってリスクカーブの算定フローも提案されている.擁 壁の設計に関して,設計外力に伴い発生する被害との 因果関係を明らかにし,リスク低減効果の評価を今後 の課題とする.
参考文献
1) 松浦純生:積雪地帯における降水の到達過程と地 下水及び地すべりの挙動(その1)−冬期間にお ける降水と地表面到達水量の動態−,地すべり技 術,Vol.30,No,1(88号),2003
2) 太田岳史:水文・水資源ハンドブック,水文水資 源学会編集,pp.54-55,1997
3) 三木博史:道路斜面のリスク評価,リスク工学の 基礎理論と実務の応用に関する講習会テキスト,
地盤工学会,pp.31-44