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現 代 日本 語 の敬 語 の機 能 と ポ ライ トネ ス

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現 代 日本 語 の敬 語 の機 能 と ポ ライ トネ ス

「 上 下 」 の素 材 敬 語 と 「距 離 」 の聞 き手 敬 語

森 山 由 紀 子

1.敬 語 研 究 とポ ラ イ トネ ス研 究 の 関 係

1.1ポ ラ イ トネ ス研 究 か らみ た 敬 語

日本 語 は 、人 間 関係 に関 わ る言 語 表 現 と して、 敬 語 とい う体 系 を 持 っ 言 語 で あ る。 一 方 で人 間 は、 使 用 言 語 の 中 に、 敬 語 の よ うな それ 独 自の 体 系 を も た な くと も、普 遍 的 に 、言 語 を用 い て、 さ ま ざ ま な方 法 で 人 間 関 係 の 調 整 を 行 い なが ら社 会 生 活 を 営 ん で い る。

日本語 研 究 で は、長 く、敬 語 分 類 の議 論 に集 約 さ れ る、 敬 語 の 意 味 ・機 能 の研 究 が な さ れ て き た1)が、1980年 台 以 降 、 後 者 の 、 言 語 普 遍 的 な対 人 的 コ ミ ュ ニ ケー シ ョ ン調 整 の 在 り方 を論 じ る、Lakoff(1975)、Leech(1983)Brown,P.

andS.Levinson(以 下、B&Lと 略 す)(1987)等 の考 え方 が 紹 介 さ れ るよ うに な っ た。 そ の 中で も、 特 に関 心 を集 めた の が 、B&L(1987)の 「ポ ラ イ トネ ス 理 論 」 で あ る。 そ こで 提 示 され た 「ポ ライ トネ ス ・ス トラテ ジー」 と は、 人 間 同 士 の相 互 行 為 に お い て発 生 す る、 相 手 の フ ェ イ ス(ポ ジ テ ィ ブ フ ェ イ ス と ネ ガ テ ィブ フェ イ ス)を 侵 害 す る行 為(FTA)を 和 らげ、 人 間 関係 を 円滑 に進 め る た め に用 い られ る様 々 な方 略 で あ る。

B&Lの 分 類 に お いて 、 日本 語 の敬 語 の 使 用 は、 ネ ガ テ ィブ ポ ライ トネ ス を伝 達 す る た め の ス トラテ ジー の5番 目 に あ た る 「敬 意 の 表 明 」、す な わ ち 、Givedef‑

erenceと い う分 類 に位 置 づ け られ 、 例 を挙 げ て説 明 さ れ て い る。

そ の ネ ガ テ ィ ブ ポ ラ イ トネ ス の ス トラ テ ジー と は、 人 間 の 「邪 魔 され た くな い」 と い う欲求(ネ ガ テ ィブ フ ェ イ ス)に 配 慮 して 用 い られ るス トラテ ジ ーで あ

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現 代 日本 語 の 敬 語 の機 能 と ポ ラ イ トネ ス

る。 ネ ガ テ ィブ ポ ラ イ トネ ス ・ス トラテ ジー と して は、 この ほ か に、 「間 接 的 に 述 べ る」 「曖 昧 に述 べ る」 「 相 手 の逃 げ道 を用 意 す る」 とい った もの が挙 げ られ て い る。 依 頼 す る時 に、 「〜 して も らえ な いか な あ」 と、否 定 疑 問 の 形 で 伝 え た り、

「10時 」 と い う待 ち合 わ せ の 時 間 の 希 望 を伝 え た あ と に、 「とか 」 と い う、 選 択 の 余 地 を 残 す言 い方 を付 け加 え た りと い っ た こ と は、 日常 頻 繁 に経 験 す る こ とで あ ろ う。 敬語 の使 用 も、 それ らの数 あ る方 略 の 一 っ と して分 類 され る とい う こ と で あ る。

ち な み に 、人 間 の持 っ も う一 っ の欲 求 と して は、 前 述 の ネ ガ テ ィ ブ フェ イ ス の 他 に 、 も う一 っ、 「承 認 され た い、 よ く思 わ れ た い 」 とい う ポ ジテ ィ ブフ ェイ ス が立 項 され て い る。 相 手 の ポ ジ テ ィ ブ フ ェイ ス に配 慮 す る ポ ライ トネ ス が、 ポ ジ テ ィ ブ ポ ライ トネ ス で あ り、 そ れ を伝 達 す る た め に は、 ポ ジテ ィ ブ ポ ライ トネ ス ・ス トラテ ジーが 用 い られ る。 ポ ジ テ ィ ブ ポ ライ トネ ス ・ス トラテ ジー に も、

数 多 くの類 型 が あ り、 相 手 へ の 関 心 や 共 感 、 仲 間 意 識 を 伝 え た り、 ジ ョー ク を 言 った り とい った例 が 挙 げ られ る。 具 体 的 に は、 髪 型 を ほ め た り、 共 感 の言 葉 を 用 い た り、 仲 間 内で 通 じるス ラ ン グを 用 い た りな ど、 様 々 に考 え られ る。

実 際 の 日本 語 の運 用 お いて 、 人 間 関 係 を調 整 す るた め に は、 当 然 、 「敬 語 の使 用 」 だ け で は全 く十分 で はな く、 ポ ジテ ィ ブ、 ネ ガ テ ィブ問 わ ず、 他 の様 々 な ス トラ テ ジー を駆 使 して 、 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンが組 み立 て られ て い る。 ポ ラ イ トネ ス理 論 の紹 介 に際 して 、 生 田(1997)が 、 次 の よ うに述 べ た通 り、 「ポ ラ イ トネ ス」 と い う概 念 の中 で 、敬 語 の 占 め る位 置 とい うの は、 非 常 に小 さ い と いえ る。

… … こ とば の ポ ライ トネ ス を考 え る に は、敬語 の用法 などの言語形式 にあ らわ れ る もの に と どま らず、 イ ン タ ラク シ ョ ンの中 で ポ ラ イ トネス を 捉 え る 必 要 が あ る。 単 に文 表 現 レベ ル で の言 語 形 式 を 丁 寧 に した り、 間 接 的 に した り と い う こ とだ け で な く、 ど の よ うに会 話(や り取 り)を 進 行 す るか とい う 点 で も、 私 達 は ポ ライ トネ ス を考 え て言 語 使 用 を 行 って い るか らで あ る。

(生 田1997・p69)

た だ 、 日本 語 に は、 敬 語 と い う形 式 が あ り、 また 、 敬語 に っ いて の 長 い研 究 史

が あ った た あ 、B&Lの 理 論 が 紹 介 さ れ た際 に、 当初 、 敬 語 の 研 究 との 混 同 が生

じた こ と、 そ の 後 、徐 々 に敬 語 研 究 と は 一 線 を画 して ポ ラ イ トネ ス ・ス トラ テ

ジー(言 葉 の ポ ライ トネ ス=配 慮 表 現)の 研 究 が 行 わ れ る よ うに な った とい う経

(3)

現代 日本語の敬語の機 能 とポ ライ トネス 緯 に つ い て は、 山 岡 ・牧 原 ・小 野(2010)に 詳 しい。

そ の後 、 次第 に確 立 して き た ポ ラ イ トネ ス研 究 にお い て 、敬 語 と い う の は次 の 記 述 に見 られ るよ うに、 そ の使 用 法 が 決 ま って い る もの と され 、 「ポ ラ イ トネ ス」

と して は取 り上 げ られ な い傾 向 もあ る。

人 に話 しか け る際 に、 相 手 が 目上 なの か 目下 な の か 、親 しい 人 か 疎 遠 な 人 か、 対 人 関係 の判 断 さえ 行 え ば 、 そ れ に従 って どの よ うな言 語 形 式 を 選 択 す る か は 自ず と決 ま って くる。 この 時 に選 択 され る表 現 群 が敬 語 表 現 の 体 系 で あ る。 話 しか け る発 話 の内 容 や 目的 は、 表 現 の 選 択 に あ ま り関与 し ない 。

(山 岡 他2010・p5) 一 方 で、 「守 られていて 当た り前だ けれ ども、 それが失 われた時にポ ライ トで な い と捉 え られ る もの」 を、 有 標 ポ ライ トネ ス に対 して無 標 ポ ライ トネ ス と と ら え、 基 本 状 態 か らの離 脱 や 回 帰 な どの 「動 き」 で 、 日本語 の敬 語 の使 用 、 非使 用 の問 題 を と りあ げ た ものが 、 宇 佐 美(2001)ほ か 、一 連 の論 考 で あ る。 この、 宇 佐 美 の 「デ ィ ス コ ー ス ・ポ ライ トネ ス」 の考 え 方 に 基 づ け ば、 敬 語 の よ う な、

「そ れが 守 られ て 当 た り前 」 の もの で あ って も、 談話 に お け る ポ ライ トネス の表 現 と して の機 能 を考 え る こ とが 可 能 にな る。 ポ ライ トネ ス研 究 の立 場 か らの 「 敬 語 」 へ の有 効 な ア プ ロ ー チで あ る。

1.2敬 語 をポ ラ イ トネ スの 表 現 装 置 で あ る とす る考 え方

で は、 敬 語 研 究 の側 か ら見 て 、ポ ライ トネ ス とい うの は ど の よ うに位 置 づ け ら れ る の で あ ろ うか。 敬 語 が ポ ライ トネス ・ス トラテ ジー の一 っ と して機 能 す る こ とが あ る と して、 逆 に、 ポ ライ トネ ス ・ス トラテ ジー は、 敬 語 の機 能 の す べ て な の だ ろ うか と い う問 題 で あ る。

敬 語 の 機 能 を 、 ポ ラ イ トネ ス ・ス トラ テ ジ ー と重 ね て 考 え た の が、 滝 浦 (2005)で あ る。 滝 浦(2005)は 、 そ の 副 題 にあ る通 り、 ポ ラ イ トネ ス理 論 を通 して 、 敬 語 と は何 か とい う こ とを論 じた もの で あ り、 敬 語 は、 次 の よ う に定 義 付 け られ て い る。

敬 語 は距 離 化 の表 現 で あ り、 距 離 化 とは 、対 象 人 物 を"遠 くに置 く こと"に よ っ て、 そ の領 域 の 侵 犯 を 回避 す る ネ ガ テ ィブ ・ポ ラ イ トネ ス の一 形 態 で あ る。 対 象 人 物 を 遠 くに 置 く とは、 そ の人 物 を"ソ ト"待 遇 す る こ と で あ り、

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現代 日本語 の敬語 の機能 とポライ トネス

定 義上 そ れ は、 そ の人 物 を脱 距 離 化 的 に"ウ チ"待 遇 す る こ と と相 反 関 係 に あ る。 そ れ ゆ え 、敬 語 使 用 の裏 面 に あ る敬 語 の不 使 用 が 、 対 象 人 物 を"遠 く に置 か な い こ と"に よ って領 域 の共 有 を表 現 す る ポ ジ テ ィ ブ ・ポ ラ イ トネス

の ス トラ テ ジー とな り得 る。(滝 浦2005・p233)

た と えば 、 丁 寧語 は 「聞 き手 との 間 に距 離 を置 いて 、 聞 き手 へ の顧 慮 を表 す 語 (同 ・p237)」 で あ り、次 の よ うな不 等 式 で表 され る とす る(p237)。

丁 寧 語 「で す ・ま す 」E(話 し手)>E(聞 き手)

※話 し手 の 、 話 し手 に対 す る共 感 度(E)が 、 聞 き手 に対 す る共 感 度 よ り も大 き い。(筆 者 注)

そ れ に対 して 、 丁 寧 語 を 用 いな いの は、敬 語 の ゼ ロ度 と呼 ば れ、 次 の よ うに用 い られ る。

敬 語 の ゼ ロ度E(話 し手)=E(聞 き手)(p238)

※話 し手 と聞 き手 の 共 感 度 の問 に差 を っ けな い。(筆 者 注)

この、 「 敬 語 の ゼ ロ度 」 の 持 つ 「 含 み」 に は二 種 類 あ り、 記 録 文 に み られ る よ うな 「 視 点 的 に 中立 」 で あ る こ と、 及 び、 「近 づ け る」 効 果 に よ る 「ポ ジテ ィ ブ ・ポ ライ トネ ス 的 な含 み 」 とが 考 え られ る と い う。

つ ま り、 こ こで は、 敬 語 の使 用(あ る い は不 使 用)は 、 ポ ライ トネ ス(不 使 用 の場 合 は、 視 点 的 な 中立 の場 合 も あ る)と して 位 置付 け られ て い る。敬 語 は ポ ラ イ トネ ス の一 部 で あ り、 敬 語 の(使 用 ・不 使 用 の)機 能 は、 ポ ライ トネ ス の 表現 で あ る とい う考 え方 で あ る。

ま ず 、 問題 に な る の は、 滝 浦(2005)で 述 べ られ る よ う に、敬 語 を 「距離 化」

の表 現 で あ る とす るの な らば、 これ は、 「敬 意 」 とい う上下 関 係 を 基 本 とす るス ケー ル に基 づ い て考 え られ て きた従 来 の敬 語 研 究 の 考 え 方 に対 す る大 きな 修 正 で あ る とい う こ とで あ る。 そ の こ とは、 「むす び」 の記 述 にお いて も、 端 的 に述 べ

られ て い る。

「敬 語 と は何 か?」 この 問 い に対 す る答 え と して 本 書 は、 「敬 語 は敬 意 の 表 現 で あ る」 に 代 わ る定 義 「 敬 語 は距離 の表 現 で あ る」 を置 き た い と思 う。

(滝浦1995・p258) 先 に本 稿 の 結 論 を 述 べ るな らば 、 この 、 「 敬 語=距 離 化 」 とす る滝 浦 の主 張 は、

聞 き手 敬 語 の 運 用 に関 して 言 え ば 、合 理 的 で あ り、 か つ 、 シ ンプ ルで あ る と考 え

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現 代 日本語 の敬語 の機能 とポ ライ トネス る。 っ ま り、 聞 き手 敬 語 の 機 能 は、 ポ ライ トネ ス で あ る と言 う こと が で き る。 し か し、 素 材 敬 語 にっ いて は、 「 敬 語=距 離 化 」 とい う主 張 は あ て は ま らな い。 素 材 敬 語 の機 能 は、B&Lが 言 う と こ ろの 、 す な わ ち、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン 場 面 に お け る、 ポ ライ トネ ス で は な い か らで あ る と い うの が、 本 稿 の 主 張 で あ る2)。

素 材 敬 語 につ いて は、 次 節 で詳 し く述 べ る こ と と して、 「聞 き手 敬 語=距 離 化 」 と い う部 分 にっ いて 、 詳 しく見 て い きた い。

まず 、 現 代 日本 語 の 大 人 の会話 で は、 聞 き手 が 目上 で あ る場 合 に限 らず、 年 下 で あ っ た り、 医 者 に と って の患者 等 、立 場 上 、話 し手 に と って 「 下 」 に位 置 づ け られ る人 物 で あ っ た り して も、 家 族 や特 に親 しい 友人 関係 で な い限 り、 聞 き手 敬 語 につ い て は、(1)で はな く、(2)の よ うな有 標 の形 式 を用 い て会 話 を す る の が 標 準 的 で あ る と い う こ とが 指 摘 で きる。

(1)今 日 は学 校 が 休 み だ か ら、電 車 が す い て い る ね え。

(2)今 日 は学 校 が 休 み で す か ら、電 車 が す い て い ます ね え。

この よ うに、 現 代 日本 語 にお け る聞 き手 敬 語 の運 用 は、 必 ず し も上 下 関係 に連 動 しな い。 こ の 現 象 にっ い て 、 敬 語 を 「敬 意 」 の 表 現 だ と す る従 来 の 説 明 で は、

「敬 意 は、 上 下 の 関 係 の み な らず、 親 疎 の 『疎 』 の 表 現 と して も用 い られ 、 この 場 合 は、 聞 き手 は 目下 で は あ る けれ ど も、 親 し くな い相 手 で あ る た め、 聞 き手 敬 語 が 用 い られ た」 と、 説 明 され る と ころ で あ る。

しか し、 「聞 き手 敬 語e距 離 化 」 と い う考 え方 をす れ ば、 た と え聞 き手 が話 し 手 か ら見 て 目下 で あ って も、話 し手 が、 聞 き手 との 「 距 離 を表 す 」 た め に、 ネ ガ テ ィ ブ ・ポ ラ イ トネ ス と して 敬語 を用 い た もの だ と シ ンプ ル に説 明 で き る。

も っ と も、 「 聞 き手 敬 語=距 離 化 」 と い う考 え方 にっ いて は、 次 の よ うな反 論 も考 え られ る。

す な わ ち、(2)の よ うな敬 語 を用 い る表 現 は、 目下 に対 して常 に用 い られ る わ けで は な い。 上 司 が 部 下 に 、 教 師 が生 徒 に話 す場 合 な ど に は、 や は り、(1) の よ う な、 敬 語 を用 い な い表 現 が 選 択 され る場 合 も数 多 くあ る。 この 場 合 、 「聞 き手 敬 語=距 離 化 」 とい う考 え方 に立 て ば、 部 下 や生 徒 は、 話 し手 で あ る上 司 や 教 師 か ら共 感 度 の高 い 「ウ チ待 遇 」 が さ れ て い る と説 明 さ れ る。 それ に対 して、

部 下 や 生 徒 が 、 上 司 や 教 師 に向 か って 、(1)の よ うな無 敬 語 の表 現 を用 い た と

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現代 日本語の敬語の機能 とポ ライ トネス

す る な らば 、 そ の結 果 は、 「ウチ待 遇」 と して共 感 度 の 高 さ を表 す と い う よ り も、

「失 礼 」 な こ とで あ る と判 断 され て しま う。 す なわ ち、 敬 語 の運 用 の ル ール に は、

そ の根 底 に、 上 下 関 係 に基 づ く非 対 称 な 関係 が存 在 す る と言 わ ざ る を得 な い。 だ とす る と、 聞 き手 敬 語 で あ って も、 「 上 下 」 の関 係 が 根 底 に あ る と は考 え られ な い のか 。

しか し、 次 の 記述 か ら、 滝 浦(2005)が 言 う、 「 敬 語=距 離 化 」 の考 え方 は、

そ れ とは異 な る観 点 に基 づ いて い る こ とが わ か る。

た しか に敬 語 は敬 意 を 表 現 す る。 しか し、敬 語 とい う シス テ ムが 直接 表 示 す る の は 〈 距 離 〉 で あ り、 距 離 が 第 一義 的 に示 す の は、 対 象 人 物 と の関 係 が

〈 視 点 〉 を介 して"ソ ト"的(疎 遠)で あ るか、"ウ チ"的(親 密)で あ るか の 対 立 で あ る。 敬 語 に お い て 表 現 され る 敬 意 と は、話 し手 が 距 離 を 置 き、

"相手 の領 域 を侵 さ な い こ と"に よ って 間 接 的 に示 さ れ る、 結 果 な い しは効 果 と して の含 み の こ と な ので あ る。(傍 線 筆者)

っ ま り、 聞 き手 が 「上 位 」 で あ る こと は、 聞 き手 敬 語 が発 動 され る 「 原 因」 と はな るけ れ ど も、 そ の結 果 示 さ れ る 「結 果 ない しは 効果 と して の含 み 」 で は な い。

聞 き手 が上 位 で あ って も下 位 で あ っ て も、 聞 き手 敬 語 を 用 い た結 果 と して表 さ れ る 「 効 果 」 は、 「 上 位 で あ る」 と い う こ とで はな く、 「距 離 化 され て い る」 「ソ ト (疎 遠)で あ る」 と い う こ とだ と い う こ とが着 目 さ れ て い る わ けで あ る。 聞 き手 敬 語 は、結 果 と して そ の人 を 「上 位 者 」 と して 表 現 す るた め に 用 い られ るの で は な く、 「遠 い 」 存 在 と して 位 置 付 け る こ とに よ って、 ネガ テ ィ ブ ・ポ ライ トネ ス を 表 現 す る た め に 用 い ら れ る。 す な わ ち 、語 用 論 的 に考 え る な らば 、 や は り、

「(聞き手)敬 語)=距 離 化 」 で あ り、 そ の結 果 示 され る効 果 は ネガ テ ィ ブ ・ポ ラ イ トネス で あ る と考 え て差 し支 え な く、 ま た、 現 状 を 良 く説 明 す る もの で あ る と 言 え る。

1.3敬 語 の 機 能 は ポ ラ イ トネ ス だ け で は な い。

た だ し、 この よ うに 、敬 語 の機 能 を 「 距 離 化 」 に一 元 化 す る と い う考 え 方 は、

あ くまで も 「ポ ライ トネ ス」 の概 念 が対 象 とす る場 面 、 す なわ ち、 対 人 的 コ ミュ

ニ ケ ー シ ョ ン場 面 に お け る敬 語 の機 能 につ い て の 話 で あ り、 敬 語 に、 対 人 的 コ

ミュ ニケ ー シ ョン以外 の 目的 で 用 い られ る機 能 が あ るか 否 か と い う こ と にっ い て 、

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現代 日本語 の敬語の機能 とポライ トネス 滝 浦(2005)で は、 踏 み込 ま れ て い な い。

「 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ン以 外 の 目的 で用 い られ る」 敬 語 とは、 所 謂 「 素 材 敬 語 」 の こ とで あ る。

B&L(1987)で は、 確 か に、 日本 語 の素 材 敬 語(ReferentHonorifics:RH) も、例 と して と りあ げ て説 明 して い るが 、 あ くまで も、 聞 き手 に対 す る ポ ライ ト ネ ス とい う観 点 か ら取 り上 げ た もの で あ る。

具 体 的 に は、 客 に対 応 して い る 日本 の 店 の セ ー ル ス マ ンが 、 店 長(彼 の 雇 用 主)に 敬 語 で 言 及 す る こ とが で き な い と い う、 社 外 の人 物 に対 して 、 社 内 の人 物 に っ い て の敬 語 抑 制 が 働 く とい う例 で あ る。 そ こで は、 下 図 に示 さ れ る通 り、 話 し手 は、 「 話 し手 一素 材(referent)」 関 係 を示 す こ と に よ って、 「話 し手 一聞 手 」 関 係 を 示 す と説 明 して い る。(P.182)

/R\

S<

レH

R=Referent(素 材) SニSpeaker(話 し 手) H=Hearer(聞 き 手)

こ の説 明 は、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 で の素 材 敬 語 の働 き を示 した も ので あ り、 対 人 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 の み を 問 題 とす る

「ポ ラ イ トネ ス」 の 立 場 か らは これ で 正 しい と い え る。 しか し、 「敬 語 」 を考 え る立 場 か らす れ ば、 尊 敬 語 ・謙 譲 語 と い っ た素 材 敬 語 の機 能 が 、 これ で す べ て で あ る と は到 底 考 え られ な い、

な ぜ な ら ば、 聞 き手 敬 語 が 、 対 人 的 コ ミs二 ケ ー シ ョ ン場 面 に参 画 す る こ とが想 定 さ れ る相 手 に 向 けて のみ 用 い られ る の に対

して 、 素 材 敬 語 は、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 に関 与 しな い、 所 謂 「第 三 者 」 に 向 けて用 い られ る場 合 もあ る3)からで あ る。 菊 地(2008)は 、 「 部 長 が い な い と き に同 僚 が 、 『部長 は き の う相 撲 を見 に行 った ん だ って 。』 と い う の を聞 い た ら ど う感 じるか 」 と い う ア ンケー トに対 して 、 「上 司 な の だ か ら、 た と え そ こ に いな くて も 『相 撲 を 見 にい ら した(行 か れ た)ん だ って 』 ぐ らい の言 い方 はす べ き だ と思 う。」 と い う回 答 が30.4%で あ っ た と い うア ン ケ ー ト4)を紹 介 して い

る。 「本 人 が い な い の だ か ら この 言 い 方 で よ い と思 う。」 と い う回 答 が64%で あ っ たの に比 べ て 、34%と い うの は、 確 か に少 な い と は い え る。 これ は、 その 場 に いな い第 三 者 へ の 敬 語 が用 い る人 の割 合 が少 な い と い う、 現 在 の動 向 を示 す 資 料 で あ る と も言 え る。 一 方 で 、34%と い う回 答 は、 日本語 の素 材 敬 語 は、 そ

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現代 日本語の敬語の機 能 とポ ライ トネス

の場 に い ない 第 三 者 に対 して も用 い られ る もの で あ り、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンを 円滑 に進 め るた め の 「ポ ラ イ トネス 」 とは、 別 の機 能 を持 っ とい うこ と を示 す 資 料 で あ る と も いえ る。

す なわ ち、 敬 語 が 、B&Lの 所 謂 「ポ ライ トネ ス」 の一 部 に過 ぎな い だ け で な く、 「ポ ラ イ トネ ス」 の 機 能 も ま た、 日本 語 の敬 語 、 わ け て も素 材 敬 語 の機 能 の うち の一 部 に過 ぎ な いの で あ る。

2.素 材 敬 語 の機 能

\ノ

2.1素 材 敬 語 を 「距 離 」 の 表 現 と考 え る 場 合 の 問題 点

で は、 これ ら、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョン と関 わ らな い場 面 で用 い られ る敬 語 の機 能 と は い っ た い何 な のか 。 果 た して それ を 、対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ン場 面 で用 い られ る聞 き手 敬 語 と同 様 、 「 距 離 化 」 の 表現 と して 一 元 化 して しま って よ い もの な のだ ろ うか 。

端 的 に言 え ば、 素 材 敬 語 の機 能 は 「距 離 」 で は な く、 「上 下 」 の 表現 で あ る。

ま ず、 「 距 離 」 で あ る と考 え る場 合 の問 題 点 につ い て 指摘 す る。

た とえ ば、 現 代 日本 語 に お い て、 交 差 点 で 出 会 った 見 知 らぬ 人 に話 を す る時 、 そ の見 知 らぬ人 に対 して は、(3)の よ うに聞 き手 敬 語 を 用 い る。

(3)(道 を聞 か れ て)「 大 学 な ら、 この 先 にあ り ます よ。 塔 の あ る建 物 が 目 印 です 。」

これ は、 滝 浦(2005)の 説 明 の通 り、 話 し手 に対 して 聞 き手 が 共 感度 の 低 い 人 物 で あ る か らだ と考 え て よ い。 滝 浦(2005)の 記 述 に 倣 え ば 、 次 の よ うに 表 記 で き るだ ろ う。

「で す」 「ます 」E(話 し手)>E(聞 き手)

※話 し手 の話 し手 に対 す る共 感 度 が、 聞 き手 に対 す る共 感 度 よ り も高 い。

しか し、 そ の こ とを家 に帰 って家 族 に話 す 時 、 「交 差 点 で 会 っ た人 」 は、 話 し 手 に と って も聞 き手 に と って も、 完 全 に 「遠 い(共 感 度 の 低 い)」 人 で あ る に も 関 わ らず 、 そ の人 物 に対 して素 材 敬 語 を用 い る こ と はな いが 、 そ の こ とが 、 滝 浦 (2005)の よ うに、 素 材 敬 語 も聞 き手 敬 語 も距 離 化 に一 元 化 す る方 法 で は説 明 で きな い の で あ る。

(4)?「 知 らな い人 が道 を教 え て と仰 っ た よ。」

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現 代 日本 語 の 敬 語 の 機 能 とtラ イ トネ ス

この例 は、 滝浦(2005)の 記 述 に倣 え ば次 の よ うに な る。

「仰 る」E(話 し手)=E(聞 き手)>E(動 作 主)

※ 話 し手 に 対 す る話 し手 の共 感 度 と 聞 き手 に対 す る共 感 度 に差 が な い。

※ 聞 き手 に対 す る共 感 度 が動 作 主 に対 す る共 感 度 よ りも大 き い。

こ こで 示 され る関 係 は、 「家族 は道 で 出会 っ た知 らな い人 よ り も共 感 度 が高 い」

とい う現 実 の 関 係 と何 ら矛 盾 を生 じて い る わ け で は な い。 に も関 わ らず(4)の 表 現 が 用 い られ な いの はな ぜ か。

また 、 上 記 の 例 は、 対 人 的 コ ミsニ ケ ー シ ョ ン外 の人 物 を対 象 に用 い られ る素 材 敬 語 の 問 題 で あ るが 、 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ン場 面 に お いて 用 い られ る素 材 敬 語 にっ いて の 説 明 に も、 問 題 が あ る5)。そ れ は、

(5)あ な た も い らっ しゃ る?

の よ う に、 聞 き手 と して の 「あ な た 」 に は敬 語 を用 い な い に もかか わ らず、 動 作 主 と して の 「あ な た」 に対 して は敬 語 を 用 い る例 の説 明 で あ る。 滝 浦(2005) で 、 こ の文 は、 次 の よ う に説 明 され て い る。(p245〜6)

尊 敬 語 使 用E(話 し手)>E(動 作主i) 丁 寧 語 不 使 用E(話 し手)=E(聞 き手i)

(iは 、 そ れ を 付 した人 物が 現 実 に は 同一 人 物 で あ る こ と を示 す 。)

→E(話 し手)=E(聞 き手i)>E(動 作 主i)

ここ で は、 動 作 主iと の間 に は距 離 を 置 くが 、 聞 き手iと の 間 に は距 離 を 置 か な い と い う関 係 の取 りよ うが 表 され て い る。 そ こか ら生 じる語 用 論 的含 意 は二 通 りあ り得 る。 一 っ は、 動 作 主 の 行 為 に は距 離 を 置 く けれ ど も聞 き手 と の 間 に は距 離 を置 か な い と い う方 略 に よ って 、 ポ ジテ ィ ブ ポ ライ トネス 的 な

"親密 さ"の 含 み を 表現 す る と い う もの で あ り

、 も う一 っ は、 そ れ な り に置 か れ るべ き距 離 を無 視 して 聞 き手 を"わ れ=わ れ"関 係 の 内 に取 り込 ん で し ま う こ とに お い て"不 敬"の 含 み を 帯 びて しま う とい う もの で あ る 。 聞 き手 が ど ち らの ニ ュア ンス に お いて 受 け取 るか は人 間 関 係 や 場面 に依 存 す る こ と で あ り、言 語 そ れ 自体 の内 に ど ち らと決 す る要 因 が あ るわ けで はな い。

っ ま り、 同一 人 物 に対 して、 聞 き手 と して は距 離 を置 か な い けれ ど も、 動 作 主 と して は距 離 を 置 くと い う こ とが 表 現 さ れ 、 そ の 語 用 論 的 な 効 果 と して 、 ① ポ ジ テ ィ ブ ポ ライ トネ ス的 な親 密 さの 含 み、 ② 置 か れ るべ き距 離 を 無 視 した不 敬

(10)

現代 日本語 の敬語 の機能 とポライ トネス

の含 み が考 え られ る とい うの で あ る。 しか し、 この含 意 の解 釈 には様 々 な疑 問 が 生 ま れ る。

ま ず 、 ① 一 方 に距 離 を 置 い て、 一 方 に距 離 を 置 か な い こ と に よ って 、 ポ ジ テ ィ ブポ ライ トネ ス 的 な親 密 さの含 みが 生 まれ る とす るな らば 、 そ れ は、 本 来 距 離 を 置 くべ き人 物 に対 して、 一 部 、 距 離 を 縮 め る表現 を 行 った とい う こ とに な る だ ろ う。、 だ とす る な らば、 こ こま で の この 二 人 の 会話 は 、 距 離 を 置 く表現 を取 る こ とが標 準 だ った と い う こ とに な る の で は ない か 。 しか し、 通 常 の 会話 で、 この 表 現 の前 後 で は、 聞 き手 敬 語 が用 い られ るの が普 通 で、 こ こだ け聞 き手 敬 語 が使 わ れ な か った と い う状 況 は考 え られ な い。 む しろ 、 聞 き手 が 動 作 主 と して登 場 し た 、 この 時点 に お い て、 初 め て 聞 き手 に対 して敬 語 が用 い られ た と考 え るの が普 通 で はな い だ ろ うか。 だ とす る と、 こ こ は、 む しろ、 距 離 を 置 くネ ガ テ ィ ブポ ラ イ トネス の表 現 に な って しま う。

ま た 、 ② の場 合 に して も、 こ うい っ た表 現 が生 ま れ るの は、 大 変 親 しい 間柄 で の こ とな の で、 そ れが 不 敬 で あ る とい う状 況 も考 え に くい 。

一 〇

2.2素 材敬 語 は 「上 下 」 の表 現 で あ る

前 節 に述 べ た よ うな 問題 点 は、 聞 き手 敬 語 は 「 距 離 」 の 表 現 で あ り、素 材 敬 語 は 「上下 」 の表 現 で あ る6)と考 え る こと に よ って解 消 す る。 よ り厳 密 に言 え ば、

「 索 材 敬 語 は、 話 し手 が、 話 し手 と素 材 との 間 に素 材 を上 位 とす る相 対 的 な上 下 の 関係 が あ る こと を表 す表 現 で あ る」 と考 え るの で あ る。

ま ず、 前 節 で 述 べ た

(4)?「 知 らな い人 が道 を教 えて と仰 った よ。」

とい う例 が普 通 用 い られ な い の は、 次 の よ うに説 明 す る こ とが で きる。 交 差 点 で会 った人 は、 距 離 の軸 で考 え れ ば、 話 し手 に と って 「 遠 い 」 間柄 で あ るけ れ ど も、 そ れ は、 素 材 敬 語 に反 映 さ れ る も ので はな い。 素 材 敬 語 は、話 し手 と素 材 と の 問 の相 対 的上 下 関 係 を反 映 す る もので あ り、(4)の 例 で は、 話 し手 と素 材 と の 問 に上 下 関 係 が 存 在 す る こ とを話 し手 が 認 め て い な い た め 、素 材 敬 語 が用 い ら れ な い と考 え られ る。

そ れ に対 して 、 次 の(6)の よ うに、 話 し手 が、 話 し手 と素 材 との 間 に相 対 的

な上 下 の 関係(こ の場 合 は、 話 し手 か ら見 て 先生 と い う関係)が 存 在 す る こ と を

(11)

現代 日本語の敬語 の機能 とポ ライ トネス 認 めて い る場 合 に は、 素 材 敬 語 を用 い る こ とが で き る。

(6)先 生 が道 を教 えて と仰 った よ。

さ らに、 前 節 で、 「 敬 語=距 離 」 と考 え る こ とで は解 決 で きな い と述 べ た 、 (5)あ な た もい らっ しゃ るの?

と い う例 に っ い て も、 話 し手 は、 聞 き手 敬 語 を 用 い な い こ とで、 距 離 の 近 さ、 す なわ ち聞 き手 との親 しさ を表 し、 同 時 に素 材 敬 語 を 用 い る こ とで、 話 し手 と素 材 (こ の場 合 は聞 き手 と共 通)と の問 に話 し手 の 認 め る上下 の軸 が存 在 し、 そ の 軸 上 で 素 材 を上 位 に位 置 づ けて い る と い う こ とを 表 明 して い る と考 え れ ば 、 明 快 に 説 明 で き る。

さ らに この文 は、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョン の場 面 で発 せ られ て い るの で 、 素 材 敬 語 に よ って も語 用 論 的 な ポ ラ イ トネ スが 表 現 され て い る と考 え て よ い。 聞 き 手 の行 為 を、 素 材 敬 語 を用 いて 上 位 に位 置 づ け る と い うの は、 ま さ に 、 ポ ジ テ ィ ブ ポ ラ イ トネ ス ・ス トラテ ジ ー に ほか な らな い。 素 材 敬語 に よ って相 手 を上 位 に 待 遇 す る こ とに よ って、 そ こで は、 話 し手 が 、 聞 き手 を上 位 に待 遇 す る、 「尊 重 」 の ス トラテ ジー と も言 うべ き方 略 が 行 使 され て い るの で あ る。(5)の よ う な、

聞 き手 敬 語 を用 い ず、 素 材 敬 語 を用 い る表 現 に よ って 、話 し手 は 、 聞 き手 に対 し て 「 脱 距 離 化 に よ る、 親 密 さ の ス トラ テ ジ ー」 と、 「上位 者扱 い に よ る尊 重 の ス トラテ ジー 」 との、 二 種 類 の ポ ジ テ ィ ブ ポ ラ イ トネ スを行 使 して い る と いえ る。

(5)の 文 を 、 滝浦(2005)に 倣 って 表 記 す る とす るな らば、E=「 共 感 度 」 の 関数 に対 し、P=相 対 的 上 下 関 係(Power)の 記 号7)を用 い て、 次 の よ うに表 す

こ とが で き る。

E(話 し手)=E(聞 き手)、P(話 し手)<P(聞 き手)

2.3聞 き 手 へ の顧 慮 に よ る素 材 敬 語 の 用 法 の 制 約 と拡 張

この よ うな 、 素 材 敬 語 が 上 下 の 関 係 を 表 す と い う考 え 方 に対 して は 、滝 浦 (2005)が 問 題 に し、 敬 語 の 機 能 を 距 離 に 一 元 化 す る こ と の 根 拠 と した(7) (8)の よ うな 、 身 内 の人 間 に対 す る素 材 敬 語 使 用 の抑 制 とい う現 象 が 、 反 例 と

して挙 げ られ る こ とが想 定 され る。

(7)「*私 の お 父 さ んが そ う仰 って い ます 。」

(8)(取 引 先 の 人 に)「*例 の書 類 う ち の課 長 にお 渡 しして お きま した 。」

=

(12)

現代 日本語 の敬語 の機能 とポ ライ トネス

距 離 に一 元 化 す る こ とで この 現象 を説 明 した滝 浦(2005)の 考 え方8)に対 して 、 素 材 敬 語 を 「上下 」 の表 現 と考 え るだ け で は、 この 例 が 不 適 切 な こ と は説 明 で き な いQ

た とえ ば 、(7)の 例 は、 聞 き手 に対 して、 「 距 離 」(遠 さ)を 表 し、 年 齢 の 高 い 自分 の父 親 に対 して 、 「 上 下 」 の軸 上 の相 対 的 な上 位 を 示 した例 と な るわ けで 、 こ の限 り にお いて、 こ こで 「仰 る」 とい う素 材 敬 語 が 使 え な い こ と は説 明 で きな い と思 わ れ るの で あ る 。

しか し、 この 問題 は 、 次 に述 べ るよ うに、 現 代 敬 語 に お い て は、 話 し手 が 認 識 す る 「話 し手 と素材 との 問 の 相 対 的 な上 下 の関 係 」 を表 明 して良 いか 否 かが 、 聞 き手 と の関 係 によ って 決 定 され る と考 え る ことで 解 決 す る。

(6)「 先 生 が 道 を教 え て と仰 った よ」 とい う例 と、(7)「 私 の お父 さ んが そ う 仰 って い ます 」 とい う例 を 比 べ て 、 何 が違 うか を 考 え れ ば 、(6)は 、 素 材 が 話

し手 に と って も聞 き手 に と って も ソ トに位 置 す る の に対 して 、(7)で は、 話 し 手 に と って は ウチ で あ り、 聞 き手 に と って は ソ トに位 置 す る と い う こと で あ る。

こ れ は、 次 の よ う に図 示 す る こ とが で き る。

(6)素 材 敬 語 ア リ

素材

(7)素 材 敬 語 ナ シ

上 → ー ← 下

話 し手 問 き手

上→11←下

素材

i

話 し手 問 き手

近 ← 一 一 一 ・遠

一二

上 記 の(6)と(7)の 素 材 は、 先 生 と父親 な の で、 ど ち ら も話 し手 と の間 に 相 対 的 な上 下 関 係 が 存 在 す る。 しか し、 聞 き手 との関 係 で考 え る と、(6)の 場 合 は、 聞 き手 に と って も同 じ立 場 で上 位 と して と らえ られ る の に対 し、(7)の 場 合 は、 聞 き手 に と って は 「関 係 の な い」 関係 な の で あ る。 す な わ ち、 話 し手 は、

素 材 を上 位 で あ る と表 明 す る に あ た って 、 自分 の有 して い る上 下 関係 が、 聞 き手

に も関 与 す る上 下 関 係 で あ るか ど うか とい う こ とを顧 慮 しな け れ ば な らな い のだ

と考 え られ る。 この 場 合 、

(13)

現代 日本語 の敬語 の機能 とポ ライ トネス

「聞 き手 に も関 与 す る」 と は、 単 に、 聞 き手 に と って も上 位 と い う こ とで は な い 。 例 え ば、

(8)(社 長 に対 して 平 社 員 が)「 課 長 が そ う仰 い ま した。」

とい う例 は、 次 の よ う に図 示 す る こ とが で きる。 この場 合 、 素 材 は、 聞 き手 に と って 下 位 に あた る けれ ど も、 話 し手(平 社 員)と 素 材(課 長)と 聞 き手

(社 長)と は、 す べ て ウチ 関係 な の で、 話 し手 は、 聞 き手 へ の配 慮 を す る こ と な く、素 材 に対 して 素 材 敬 語 を用 い る こ とが で き る。

こ うい っ た聞 き手 へ の顧 慮 と い う制 約 は 、 古典 語 の 敬 語 に は基 本 的 に見 られ な い もの で あ り、 現 代敬 語 の特 徴 で あ る と い え る。

な お 、 これ に関 連 す る議 論 と して 、 菊 地(2008)は 、 現 代 敬 語 に お い て は、

「 上 下 敬 語 性 」 が弱 化 し、 「 距 離 の表 現 」

「配慮 の 表 現 」 な ど、 「 敬 語 の多 面 化 」 が 進 ん で い る とす る9L方 、

た だ し、 敬 語(特 に 「 話 題 敬 語 」)

(8)素 材 敬 語 ア リ

下 1

聞 き手

素 材

1

話 し手

の 「 基 本 義 」 そ の もの は、 や は り、 『 上 下 』 だ と見 る必 要 が あ る こ と に も 目 を 向 けて お きた い 。

と、 「 敬 語 の基 本 義 」 は 「 上 下 」 だ と い う指 摘 を して い る。 本 稿 は、 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョン場 面 で用 い られ る聞 き手 敬 語 は 「距 離 」 を 表 す ポ ライ トネ ス表 現 で あ り、 素 材敬 語 が、 「 上 下 」 を表 す 表 現 で あ る と考 え た が 、 菊 地 の 主 張 にお い て も、 「 特 に 話題 敬 語 」 と指 摘 され て い る こ とか らも、 菊 地 の主 張 は、 本 稿 の 主 張 に通 ず る面 を持 っ。

2.4素 材 敬語 の 「 上 下 」 と他 の ダ イ ク テ ィ ッ クな 表 現 の 違 い

前 節 に お い て 、素 材 敬 語 と は 「上 下 」 の 表 現 で あ る とい う こ とを述 べ た 。 また 同 時 に、 素 材 敬 語 とは、 聞 き手 に対 して 用 い る場 合 や 、 聞 き手 へ の顧 慮 が 働 く場 合 を除 い て 、対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 にお け る関係 調 整、 す な わ ち 、 ポ ラ イ トネ ス と して機 能 す る もので はな い と い う こ と も述 べ て きた。 そ れ で は、素 材

= 二

(14)

一四

現代 日本語の敬語 の機能 とポ ライ トネス

敬 語 に お け る 「 上 下 」 の表 現 の機 能 と は何 か 。 果 た して そ れ は、 「 敬 意 」 と言 っ て よ い ものな の か 、 また 、 「敬 意 」 と は何 な の か。

極 端 な 考 え 方 と して は、 素 材 敬 語 の使 用 は、 英 語 に お け る三 単 元 のSの よ う な、 人 称 に応 じた ル ール 、 す なわ ち、 文法 的 な制 約 に過 ぎ な い と い う見 方 もあ る だ ろ う。 しか し、 た と え ば 尊 敬 語 を 適 切 に使 う と い う こ と は、 三 単 元 のSを 適 切 に 使 う こ と と は違 う。 三 単 元 のSを 用 い な い こ と は、 言 語 使 用 上 の 間 違 い で

あ る が、 敬 語 を適 切 に用 い な くて も、 そ れ は 「間違 い」 とは な らな い。

ま た、 「ここ」 や 「来 る」 と い っ た ダ イ クテ ィ ック な表 現 と同 じで あ る とい う 見 方 も想 定 で き る。 確 か に、 素 材 敬 語 の 使 用 は、素 材 と 自己 との 「関係 」 の表 明 で あ る とい う点 で、 空 間 や時 間 に関 す る ダイ クテ ィ ッ クな 表 現 と共 通 した 側面 を 持 つ。

しか し、次 の二 点 に お い て、 現 代 日本 語 の 素 材敬 語 は、 空 間 的 ・時 間 的 な ダイ クテ ィス とは異 な る とい え る。

第 一 に、空 間 的 ・時間 的 な ダイ ク テ ィスが 適 切 に用 い られ なか った 場 合 に生 じ るの は、 情報 伝 達 上 の不 都 合 で あ る の に対 して 、 素 材 敬 語 を 適 切 に用 いな か った 場 合 に は、情 報 伝 達 上 の不 都 合 だ け で な く、 人 間 関 係 維 持 の 面 で の不 都 合 も生 じ る とい う点 で あ る。

た とえ ば、 同僚 同士 の メ ー ル の や り と りのつ も りで 、 共 通 の上 司 で あ る課 長 に っ い て 、(9)の よ うに 、 上 司 に 対 す る尊 敬 語 を欠 く無 標 の表 現 を用 いて 、 そ れ が 、 誤 送 信 に よ って課 長 に 送 られ て しま つた とす る。

(9)今 日、課 長 は来 ませ ん で した。

た とえ そ れ が 、 課 長 を 聞 き手 と して発 せ られ た文 で は な い こ とが双 方 に理 解 さ れ て い た と して も、 そ れ に 気 づ いた 送 り手 、 ま た は、 受 け取 った課 長 は 「不 適 切 さ」 を感 じる。 そ して 、 そ の 「不 適 切 さ」 は、 情 報 伝 達 に関 わ る 「間違 い」 と は 異 な る10)、「失 礼(impolite)」 と表 現 され る 「不 適 切 さ」 で あ る。

第 二 に、 素 材 敬 語 は、 話 者 を 基 準 と して、 話 者 か ら見 た素 材 の位 置 付 け を表 す ばか りで な く、 素 材 を 基 準 とす る話 者 の 位 置付 け を も表 す とい う点 で、 空 間 的 、 時 間 的 な ダ イ ク テ ィ ス と異 な って い る。 「こ こ」 とか、 「明 日」 とい った表 現 は、

話 し手 の位 置 を 基 準 に あ る地 点 を指 し示 す が 、 そ れ が 同 時 に 、話 し手 の位 置 を も

規 定 す る と い う こ と は な い。 そ れ に 対 して、 素 材 敬 語 は、 そ れ を 用 い る こ と に

(15)

現代 日本語 の敬語 の機能 とポ ライ トネス よ って 、 話 者 に対 す る素 材 の位 置付 け、 素 材 に対 す る位 置 づ け の両 方 、 す な わ ち、

相 対 的 上 下 関 係 が 規 定 され る。

この こ とを 、 さ ら に敷 衍 して言 うな らば、 空 間 や 時間 の指 示 と異 な り、 素 材 敬 語 を 含 め た敬 語 の 使 用 不 使 用 は 、E.Goffman(1967)が 、 相 互 行 為 儀 礼 の要 素 と し て 「 敬 意 表 現(deference)」 に 並 ぶ 基 本 的 要 素 と して 指 摘 し た 、人 間 の

「品 行(demeanor)」 に 関与 して い る と い う こ と にな る。

ゴ フマ ンは、 相 互 行 為 儀 礼 に は、 「 敬 意 表 現 」 と 「品 行(demeanor)」 と の二 っ の 要 素 が あ る と述 べ た 。 敬意 表 現 とは、 「 相 手 に っ い て の高 い評 価 を 適 切 に当 の 相 手 に 対 して 伝 え る手 だ て に な る行 動(p57)」 で あ り、 「品 行 」 と は、 「そ の 場 に い る人 た ち に対 して 、 自分 が ま わ りか ら見 て望 ま しい性 質 を持 って い る人 間 で あ る こ と、 を 実 現 す る こ と(p77)」 で あ る と い う。

,こ の 、 「敬 意 表 現 」 と 「品 行」 に は、 重 複 す る面 が あ り、 「人 が 他 人 に敬 意 を示 した り、 示 す の を 控 え た りす る行 為 は、 そ の人 が良 い品 行 の人 あ る い は悪 い品 行 の 人 で あ る事 実 を その 当 人 が表 現 す る典 型 的 な手 だ て に な る。(p82)」 と さ れ る。

聞 き手 敬 語 を 適 切 に使 用 す る こ とは、 聞 き手 に対 す る 自 己 の 「品 行 」 を示 す こ とで あ る。 そ れ と同 様 に、 三人 称 に対 す る素 材 敬 語 の使 用 もまた 、 自 己 の 「品 行 」 を 示 す こ とで あ る と い う的 な側 面 を持 ち、 そ の点 に お いて 、 空 間 や 時 間 を指 し示 す 他 の ダ イ ク テ ィ ッ クな表 現 と一 線 を画 して い る と いえ る。 空 間 や 時 間 を指 し示 す ダ イ ク テ ィ スを 誤 って使 用 して も、 話 し手 が悪 い品 行 の 人 と され る こ と は な い けれ ど も、 素 材 敬 語 を 適切 に使 用 しな け れ ば、 話 し手 は悪 い品 行 の 人 と な る か らで あ る。

も っ と も、 品 行 に 関 与 す ると い う点 で言 え ば、 た とえ ば、 「正 しい(役 割 に応 じた)言 葉 遣 いで 話 す 」 と い った こ と もそ こ に含 まれ る11)。しか し、 素 材 敬 語 の 使 用 は、 よ り直 接 的 に 品 行 に 関 わ る。 なぜ な らば、 上 で 第 二 の 特 徴 と して 述 べ た よ う に、 素 材 敬 語 は、 話 者 に対 す る素 材 の位 置 づ け を も示 す か らで あ る。

これ はす な わ ち 、 素 材 を 媒体 とす る社 会 的 な文 脈 の中 で 自分 を 位 置 づ け る と い う こ とで あ り、 素 材 敬 語 を 「 適 切 に」 用 い な い と い う こ と は、 聞 き手 も含 め たそ の 場 に い る人 々 、 さ らに は、 暗 黙 の う ち に存 在 す る社 会 の 「規 範 」 に 対 す る、

「悪 い 品 行 」 と な る。 この よ う に、 言 語 表 現 に よ って常 に社 会 の 中 で の 自 己 の位 置 づ けを 行 う必 要 が あ るiz)とい う こ とが、 現 代 日本 語 の 特 質 で あ る とい う こ と も

一 五

(16)

= ハ

現 代 日本 語 の敬 語 の機 能 と ポ ライ トネ ス

で き る の で は な い か 。

3.ま と め

以 上 現 代 日本 語 の敬 語 の、 語 用 論 的 機 能 を 考察 した。 そ の結 果、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョン場 面 で の み用 い られ る聞 き手 敬 語 は、 滝浦(2005)が 指 摘 す る よ う に 、話 者 と聞 き手 との 「 距 離 」 の表 現 で あ り、 そ れ を使 用 した り使 用 しな か った りす る こ とに よ って、 「 距 離 化 」 「脱 距 離 化 」 によ る、 ポ ジテ ィ ブ、 あ るい は ネ ガ テ ィ ブな ポ ライ トネ ス ・ス トラ テ ジー と して 機 能 す る。 そ れ に対 して、 発 話場 面 に 登 場 しな い第 三 者 に対 して も用 い る こ との 可 能 な 素 材敬 語 は、 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョン場 面 に お け る 「(B&Lの 所 謂)ポ ライ トネ ス 」 以 外 の 機 能 を 持 っ。 そ れ は、 「話者 か ら見 た、 話 者 と素 材 と の相 対 的 上 下 関 係 の 表 現 」 で あ る。 た だ し、

そ れ が 、 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ン場 面 で用 い られ る場 合 に は、 聞 き手 へ の 顧 慮 に よ って 、 用 法 上 の制 約 や拡 張 が生 じる。

この 、 素 材敬 語 に よ って表 現 さ れ る 「 上 下 」 と は、 「(話者 か ら見 た)素 材 の 社 会 的 位 置 づ け」 を表 す もの で あ る と言 え るが 、 空 間 的 、 時 間 的 ダ イ ク テ ィ ス等 と は、 次 の 二 点 に お い て 異 な る。 第 一 に は、 そ の適 正 な 使 用 が 、 話 し手 の 「品 行 」 の 表 現 と な る点 、 第 二 に は、 そ れ が、 素 材 を位 置 づ け るだ けで な く、 素 材 を 媒 介 して 、 話 し手 の 位 置 づ け と して も働 く とい う点 に お いて で あ る。 従 って 、 素 材 敬 語 と は、 客 観 的 な 序 列 の 認 識 の表 明 に とど ま らず 、 聞 き手 敬 語 と同 様 、 人 間 関 係 を 調 整 す る機 能 と して の働 きを 持 ち、 それ は、 広 い意 味 で の 一一一一「(B&Lの 所 謂)ポ ラ イ トネス 」 と は異 な る 「 丁 寧 さ」 で あ る と い え る。

滝 浦(1995)菊 地(2008)が 指 摘 す るよ うに、 現 代 日本 語 に お け る素 材 敬 語 は、

聞 き手 敬 語 が 使 用 され る場 面 で な けれ ば、 使 用 さ れ な い こ とが多 くな りつ っ あ る。

これ は、 例 文(5)の よ うな ウチ ・ソ ト意 識 に よ る素 材 敬 語 の使 用 抑 制 の よ うな 現 象 が 見 られ る よ う に な るの は、 近 年 の こ とで あ る と い った事 実 も含 め、 日本 語 の敬 語 を歴 史 的 に見 れ ば、 素 材 敬 語 優勢 の 時代 か ら、 聞 き手 敬 語 へ の傾 斜 と い う 流 れ に沿 うもの で あ る と い う こ と は、上 記 の論 考 を は じめ、 多 く指 摘 され て い る。

そ もそ も、 奈 良 時 代 以 前 に は、 日本語 の敬 語 体 系 に は、 素 材 敬 語 しか 存 在 せ ず 、

そ の後 、 素 材 敬 語 が対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 に転 用 され13)、そ こか ら聞 き

手 敬 語 と して 素 材 敬 語 と は別 に文 法 化 して い った と考 え られ る。 そ の過 程 に お い

(17)

現 代 日本 語 の 敬 語 の機 能 と ポ ライ トネ ス

て、 聞 き手 敬 語 の 「 距 離 化 」 の機 能 、 素 材 敬 語 の 「上 下 関 係位 置 づ け 」 の 機 能 は、

ど の よ うに 変 化 、 あ る い は発 達 して 今 に 至 るの か。 ま た、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 に お け る素 材 敬 語 の運 用 に際 して の 聞 き手 の 関 与 は、 い っ ご ろ どの よ うに始 ま った の か。 こ うい っ た問 題 は、 歴 史 語 用 論 と して の、 ま た、 日本 語 の 現 代 敬 語 の在 り方 を理 解 す るた め の興 味 深 い課 題 と して 、今 後解 明 して い か な けれ ば な らな い。

1)「 言 語 生 活 」 の分 野 で は、 挨 拶 の 研 究 な ど、 よ り広 い 、 人 間 関係 に関 わ る表 現 に つ い て の研 究 も な され て き た。

2)井 出(2006)は 、 日本 語 の敬 語 に は、B&Lの よ うな 能 動 的 な要 素 ば か りで な く、 そ う あ るべ き と い う 「わ き ま え」 に基 づ い て 使 用 され る側 面 が あ る た め、B&Lの ポ ラ イ トネ ス の議 論 に はお さま らな い もの で あ る とい う こと を述 べ た。 前 に述 べ た よ うに、

B&Lの 言 う 「ポ ライ トネ ス」 が 、 対 人 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン に お け るFTAを 回 避 す る行 為 だ と い う前 提 か らす れ ば、 敬 語 は その 一 部 に過 ぎな い わ け で 、 敬 語 が持 っ 他 の 機 能 を そ こ に加 え るべ きで あ る とい う主 張 は成 り立 た な い の で あ るが 、 敬 語 と は何 か と い う観 点 か らす れ ば、 これ か ら述 べ る よ う に、B&Lの 言 う 「ポ ラ イ トネ ス ・ス トラ テ ジ ー」 は、 そ の機 能 の 一 部 に過 ぎな い。 井 出(2006)の 議 論 は、 そ の こ と を指 摘 した もの と して 捉 え 直 す こ とが で き る 。

3)も ち ろ ん 、 対 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ン場 面 の 聞 き手 が た ま た ま素 材 とな る場 合 に も用 い られ る。

4)1999年1月 実 施 「 平 成10年 度 国語 に 関 す る世 論 調 査 」(文 化 庁)よ り。

5)こ の文 にっ いて は、 「 敬 語=敬 意 」 と一 元 化 して考 え る場 合 に も、 同 様 の 矛 盾 が 生 じ る。

6)こ の、 「 上 下 」 と 「 距 離 」 とい う二 系 統 は、R.Browh,andA.Gilman(1960)が 指 摘 した 、rpower(力)」 とrsolidarity(連 帯)」 の二 系 統 に対 応 す る。

7)金 水(2010)で は、 古 代 語 に お け る敬 語 体 系 に は、 話 し手 ・聞 き手 は 直 接 関 与 しな い こ とか ら、 滝 浦 の 共 感 度 の 関 数Eと は 独 立 の 「 敬 語 的 序 列 」 を表 すH(honorifics) とい う関 数 が用 い られ て い る。 古 代 語 の 敬 語 は 素 材敬 語 中 心 で あ る た め、 こ こで い う P(power)と は極 め て近 い もの で あ り、 今 後 の検 討 を経 て 統 合 さ れ る可 能 性 もあ る と 考 え られ るが、 金 水 で は 現 代語 に っ い て は素 材 敬 語 も含 め て 「 距 離 」 と して と らえ る 滝 浦 の考 え方 に の っと っ た上 で 、 古 代 語 の敬 語 につ いて の 関 数 と して用 い られ て い る点 が 、 現代 語 も含 め て素 材 敬 語 全 般 に適 用 しよ う とす る本 稿 の立 場 と異 な るた め 、 現 段 階 で は別 の記 号 を用 い る こ と とす る。

一 七

(18)

現 代 日本語 の敬 語 の機 能 とポ ライ トネ ス

8)滝 浦(2005)で は、 「 敬 語=距 離 」 と考 え る こ と に よ って 、(6)や(7)の 例 が成 立 しな い 理 由 が説 明 され て い る。 例 え ば(6)は 、

(仰 る)E(話 し手)=E(聞 き手)>E(動 作 主)

※ 話 し手 の 話 し手 に対 す る共 感 度 と聞 き手 に対 す る共 感 度 が 同 じ。

※ 話 し手 の 聞 き手 に 対 す る共 感 度 よ り動 作 主 に対 す る共 感 度 が 大 き い。

と い う関 係 を 表 して い る こ とに な り、 それ が 、 「私 の お 父 さん に 対 す る方 が 、 家 族 外 の聞 き 手 に対 す る よ り も共 感 度 が 大 き い(距 離 が 近 い)」 と い う、 「 現 実 の 共 感 度 関 係 」 と矛 盾 を 引 き起 こす た め で あ る と され る。

9)「 敬 語 は、 … … 以 前 は強 か った 『上 下 敬語 』 性 を現 在 で は相 対 的 に 弱 め、 そ の分 、 『 配 慮 の表 現 』 「距 離 の 表 現 』 等 の 面 を 増 して 「多面 的 な敬 語 』 に な って きて い る。 『 敬 語

の多 面 化 』 とで も呼 ぶ べ き現 象 で あ る。 」(p9)

10)も ち ろ ん、 敬 語 の 使 用 に お い て も、 明 らか な 「 間 違 い」 の レベ ル は存 在 す るが 、 それ 以 外 に、 「 間 違 い 」 で は な い けれ ど も、 「不適 切 」 で あ る とい う状 況 が あ る と い うこ と

で あ る。

11)な お 、 「 お 布 団 」 「 お 茶 」 な ど の 「 美 化 語 」 と分 類 され る も のが 、 「 敬 語 」 の属 性 に含 ま れ る の は、 これ ら もま た 「 品 行 」 に直 接 的 に 関 与 す る か らで あ る。

12)井 出(2006)が 主 張 す る 「 わ き まえ」 とは 、 こ うい った、 社 会 の 規 範 に よ って規 定 さ れ る 自 己 の位 置 づ け方 に あ た る ので は な いか と考 え て い る。

13)こ の転 用 の過 程 に つ い て は、 森 山(2010)お よ び、 森 山 ・鈴 木(2011・ 予 定)で 詳 し く述 べ た。

一八

文 献

生 田 少 子(1997)「 ポ ラ イ トネ ス の理 論 」 「 月 刊 言 語26‑6』

井 出 祥 子(2006)『 わ き まえ の語 用 論 』 大 修 館 書店

宇 佐 美 ま ゆ み(2001)「 『デ ィス コー ス ・ポ ライ トネ ス 』 と い う観 点 か ら見 た敬 語 使 用 の 機 能 敬 語 使 用 の新 し い捉 え 方 が ポ ラ イ トネ ス の 談 話 理 論 に 示 唆 す る こ と 」

「 語 学 研 究 所 論 集6』 東 京 外 国 語 大 学

宇 佐 美 まゆ み(2002)「 ポ ラ イ トネ ス 理 論 展 開 一 デ ィス コ ー ス ポ ラ イ トネ ス理 論 構 想 1〜6」 「 月 刊 言 語31‑8〜31‑13』 大 修 館書 店

菊 地 康 人(2008)「 敬 語 の 現 在 敬 語 史 の 流 れ の 中 で 、 社 会 の 変 化 の 中 で」 『文 学9‑

6』 岩 波 書 店

金 水 敏(2010)「 『 敬 語 優 位 か ら人 称 性 優 位 へ 』 再 考 」 「 語 文92・93』(大 阪大 学 国 語 国 文 学 会)

ErvingCoffman(1967)"lnteractionRitual‑EssaysonFace‑to‑FaceBehaviour"

AnchorBooks,DoubledayandCompanyInc(広 瀬 英 彦/安 江 孝 司 訳2002「 儀 礼

(19)

現 代 日本 語 の 敬 語 の 機 能 と ポ ラ イ トネ ス

と し て の 相 互 行 為 対 面 行 動 の 社 会 学 』 法 政 大 学 出 版 局)

滝 浦 真 人(2005)『 日 本 の 敬 語 論 ポ ラ イ ト ネ ス 理 論 か ら の 再 検 討 』 大 修 館 書 店 森 山 由 紀 子(2010)「 『古 今 和 歌 集 』 詞 書 の 「ハ ベ リ」 の 解 釈 被 支 配 待 遇 と 丁 寧 語 の

境 界 を め ぐ っ て 」 『日 本 語 の 研 究6‑2』

森 山 由 紀 子 ・鈴 木 亮 子(2011・ 予 定)「 日 本 語 に お け る 聞 き 手 敬 語 の 起 源 素 材 敬 語 の 対 人 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 場 面 へ の 転 用 」 『歴 史 語 用 論 入 門(仮 題)』 大 修 館 書 店

Brown,P:andS,Levinson(1987)"Politeness‑Someuniversalsinlanguageusage", CambridgeUniversityPress.

Brown,RogerandAlbertGilman(1960)"ThePronounsofPower ,andSolidarity"

InThomasA.Sebeok(ed.).StyleinLanguage,253‑276.TheTechnologyPress ofMassachusettsInstituteofTechnologyandJohnWiley&Sons.

Lakoff.R.(1975)LanguageandWomen'sPlace.Harper&Row.(か っ え ・ あ き ば ・ れ い の る ず 訳1985)『 言 語 と性 一一 英 語 に お け る 女 の 立 場 』 有 信 堂 高 文 社)

Leech,G.N.(1983)PrinciplesofPragmatics.Longman.(池 上 嘉 彦 ・河 上 誓 作 訳1987

『語 用 論 』 紀 伊 国 屋 書 店)

一 九

参照

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