シア・バターをめぐる 協働労働と女性の地位
―― 西アフリカ・マリの女性による生産組合の現状と課題 ――
園 部 裕 子
は じ め に
西アフリカ諸国では, 年代までの干ばつや債務超過問題,それに続く 構造調整計画(Structural Ajustement Program)の導入により,国家サービスが 後退し,外部機関による支援や国内外の市民団体の役割が増した。それととも に女性による組織も増加し,経済的・社会的役割は増したものの,女性の社会 的地位が承認されたとはいえない(Bonnassieux )。
西アフリカ半乾燥地帯の中心に 位置するマリ共和国は,旧フラン ス植民地である。周囲を カ国(ア ルジェリア,モーリタニア,セネ ガル,ギニア・ビサウ,コート・
ジボワール,ブルキナ・ファソ,
ニジェール)に囲まれた内陸国 で,欧米列強によるアフリカ分割 に由来する,典型的な多民族国家 である。地理的な位置づけにも起 因する経済条件,開発の遅れ,度 重なる干ばつなどのため,世界最
貧国のひとつになっている。 写真 生産組合の敷地に生えるシアの木(筆者
撮影, 年 月 日)
年のフランスからの独立以来,マリは 年間の社会主義政策期, 年 間の独裁政権期を経てきた。 年,当時のアフリカでは唯一と言われた市 民運動による政権交代が実現した後は,選挙による政権交代が行われてきた。
年代から 年代にかけては,南アフリカ共和国のアパルトヘイト廃止 をはじめ,アフリカ各地で民主化が著しく進んだアフリカ政治の「グローバル 化期」とされる(西川・阪本 )。この民主化から 年の政変までの約 年のあいだ,マリでは安定した民主主義体制のもと,経済発展が進みつつ あったと言える
!。 年代には,とりわけ表現の自由も保障されるようになり,
多くの市民団体が誕生した(Perret )。
ここでは,この安定した「グローバル化期」にマリ各地で起こった自発的な 市民活動のなかから,農村女性による協働行動としてのシア・バター生産組合 に注目する。以下に見るように,シア
"の木は,実から幹に至るまでさまざまに 用いられる,西アフリカの住民生活に根ざした貴重な木である。特にその実 は,収穫から加工まで,すべての作業に女性だけが携わる,いわば「女性の木」
である。西アフリカ社会では,女性と男性の生活空間,担うべき労働が明確に 区別されるが,シアをめぐる作業は,とりわけそれを明示的に示すものである。
伝統的なシア・バター生産は,実の収穫から製造工程までの間のさまざまな 要因のため,農村女性の収入増にはなかなか結びついてこなかった。西アフリ カ社会では,女性には土地の所有権がなく,シアの生える農地の所有権が男性に
( ) 年以降,「アラブの春」の余波も受け,北部トゥアレグ人武装集団およびイスラ ーム過激派武装集団による北部侵攻を受け, 年 月には,それらへの政府の対応に 不満をもつ一部軍人によるクー・デタが起こった。この政変の詳しい展開については,
Perret(
)を参照。
( ) シアには二種あり,一種は東アフリカの一部に生育し,油脂は液体になる。ここでは 西アフリカに広く生育する種(学術名
Vitellaria Paradoxa,旧学術名Butyrospernu, ParkiiKotschey)を扱う。フランス語名karité,バンバラ語名 ,英語名Shea。フランス語名は,
セネガルで話されるウォロフ語名に由来する。本論では,日本で広く使われている英語 名の訳シアを使用する。旧学術名の由来は
Butyroバター,Spernum 種,Parkii ムンゴ・
パーク(Mungo Park, 〜 年に西アフリカを横断して初めてこの木についての記 録を残したスコットランド人冒険家)による。シアの生態については
Terpend, M. -N.( )を参照。
ある点が,女性のバター生産の諸条件を決定づけることになる。またバター精 製は,伝統的に伝達された方法による家内作業で行われてきたが,質が安定せ ず,市場での価格も低いなどの課題もあった。また,バターを定期市などで売っ た後の流通過程は男性が担っており,女性が携わりにくいという問題もある。
しかし女性だけが関わるという特殊な位置づけにより,シアは「女性関連産 業」として国際支援組織から注目を受けるようになり,女性生産者らのための さまざまな支援が行われつつある(Elias and Carney b)。マリでは,
万人もの女性がシアに関わって働いているとされ,この地域の女性の中心的な 労働のひとつである(Moudio )。シアの生育地では「バターの精製作業を 行わない村はない」と言われるほど,実からのバター精製は農村女性の主要な 労働の一つであり,その現金収入の 割がシア・バターによるとも言われる
!。 全人口の %が農村に集中していることを鑑みて,政府もシア関連産業の振 興を奨励している(CCI )。シア部門は,おもに「女性・子ども支援省
(Ministère de la Promotion des Femmes et de l’Enfance : PFE)」(以下,PFE 省と 略)の管轄で,生産組合の組織化や技術指導が行われている。シア・バター生 産を政策的に支援することにより,農村女性の収入増と生活改善が期待されて いるのである。
後述のようにマリは,シアの核の生産高においては,ナイジェリアに次いで 世界第二位である
"。しかしながら,世界のシア市場におけるマリのシェアは
%以下と言われ,周辺国に比してあまり高くない(CCI )。女性による シア・バター生産をめぐる研究も,ブルキナ・ファソ(Elias and Carney ,
Elias and Carney a ; b)やガーナ(Chalfin )を中心に扱い,マリ
の女性生産者の姿は見えてこない。
本論で注目するのは,マリの女性たちがシアをめぐる課題を解決するために 始めた,自発的な協働行動としての生産組合の活動である。以下でみるよう
( ) 女性・子ども支援省シア・プロジェクト責任者
Diahara THOMAS氏による(筆者によ る聞き取り, 年 月 日)。
( ) 実の収穫量は 万トン。
に, 年代以降,各地で立ち上げられた生産組合のイニシアティブにより,
「改良バター beurre amélioré 」の製造方法と技術が導入され,作業が効率化さ れた。その結果,女性たちはシア・バターの市場価格を上昇させることに成功 した。また活動への参加により,組合員女性は社会性や自尊心を養うことがで き,村落社会で発言するきっかけをえて女性の地位も向上するなど,たんにバ ター精製の効率化以上の社会的変容がもたらされている。
ここでは,以上のようなシア・バター生産と女性による協働活動,そしてそ れにともなう女性の経済的・社会的地位の変容について,具体例をもとに検討 する。以下ではまず西アフリカにおけるシアの位置づけ,現代的な注目のされ 方について先行研究から俯瞰する。次にマリ中部における現地調査をもとに,
マリのシア・バター生産組合の現状と課題を分析する。そこから,生産組合へ の参加による女性の地位の変容について考察したい。
.西アフリカにおけるシアの位置づけと調査
..生活に根ざす木
シアは世界でも,西アフリカの雨期と乾期をもつ半乾燥地帯,「スーダン気 候」の一部地域にのみ生育する樹木である。以下の地図のように,生育地域は 東西にはマリ西部からチャド,スーダンまで,南北にはコート・ジボワールや ガーナ北部からマリ中部までの範囲に,ベルト状に広がっている。生育には 年間雨量 〜 , mm の土地が適しているとされる(Hall et al. )。マ リ国内では,雨量の少ない北部地域には見られず,中南部,ほぼ主要都市セグ ー以南が生育地にあたる。主要幹線道路沿いでも,セグーから南に行くほどシ アがよく見られる。南東部の主要都市シカソ Sikasso は,マリの公用語である バンバラ語で「シアの家 」
!を意味し,シアの森に囲まれているとも言 えるほどである。
シアは,実,葉から根,幹に至るまで,食料,医療,呪術などさまざまに活
( ) 以下,アルファベット表記の単語のうち,イタリック体のものは原語がバンバラ語の
単語,それ以外はフランス語の単語である。
用され(Hall et al. , Diarassouba et al. ),歴史的に住民生活のなかに 根ざしてきた
!。実の果肉は食用になり,核(または仁,amande, sìkisε)から 精製する油脂(バター )は食用として使われるほか,灯り用の油や石鹸の材料,
"土壁の下塗りの原料にもなる(Diarassouba et al. )ほか,船の防水にも用 いられる
#。また,乳幼児のマッサージ,肌荒れ,火傷や皮膚病の治療にも用い
( ) シアのもっとも古い記述は,Park, M. ( )
.Voyage dans l’intérieur de l’Afrique, La Découverte., Caillé, R.( )
.Voyage à Tombouctou, La Découverteによる。Park は標本 も持ち帰り,これによりシアがヨーロッパに知られるようになった(Hall et al. )。
当時の隊商貿易では南からシア・バターが運ばれ,北から流通する塩などと交換されて いたことも記されている。
( ) シアの油脂は常温で半固形状になるため,「バター」(
:シア,tùlù 油)と呼ば れる。
( ) 農業省による開発プロジェクト支援団体
PAFA, Cheickna DIANKA氏による(筆者に よる聞き取り, 年 月 日)。
図 シアの木の分布(出典:Terpend )
られる(Chalfin )。幹は硬く頑丈なため,器や木彫りの材料になる。マリ の少数民族ドゴン人の伝統では,女性は出産後,シアの葉を湯煎にかけた湯で 体を洗えば,出産にともなう悪運を取り除くと言われる。
このようにシアは,日常生活でさまざまに用いられる,西アフリカの人々に とって貴重な木である。そのため農地の開墾にあたっても,ほかの木は伐採 してもシアだけは残される,いわば「保護樹」と位置づけられてきた(Ftaïta
)。野生に生えながらも,生育には人の保護を受ける,特別な位置づけの 木なのである。
..シア・バターの歴史と現在
シア・バターは近年,「自然」や「エコロジー」といった価値観を好む先進 国消費者の傾向により,THE BODY SHOP や L’OCCITANE をはじめヨーロッ パやアメリカの化粧品会社に用いられ,急速に注目を集めているようにみえる
(Elias and Carney )。しかしながらシアは歴史的に,この地域をふくむ広い 地理的範囲で取引されてきた。上記のように, 世紀初頭に西アフリカ横断 を果たしたムンゴ・パークは,シア・バターがバンバラ人にとって,隊商貿易 との取引の主要商品だったことを記している(Park )。ガーナにおけるシ ア・バター流通過程の研究からは,イギリスによる植民地支配において,土地 利用,労働力の管理から取引市場の確立まで,シアを統制することが,植民地 そのものの統治手段と見なされていたことも指摘されている(Chalfin )。
このような「女性の木」,生活に根ざした木,そして歴史的な商品としての シアの位置づけに,近年,国連女性基金 UNIFEM や国連開発計画 UNDP,開 発支援を行う欧米政府, NGO などが注目し,とくに内陸国で自然資源の少ない ブルキナ・ファソへの開発支援として,シアを通じた女性支援を行うように なっている(Elias and Carney , Greig , Elias and Carney b, François
et al. , Saussey )。こうした開発支援プロジェクトの注目とあいまっ
て,社会学研究においても,シアと女性をめぐる研究は,ブルキナ・ファソを
扱ったものが圧倒的に多い。
..調査について
以上のように西アフリカでは歴史的にも,現在でも,シアは住民にとって重 要な収入源であり,生活の資源として位置づけられてきた。しかしながら,化 粧品産業でのブームと開発支援という,現代的な方法でのシアへの注目の高ま りと,そこにおけるブルキナ・ファソへの関心の高さに比して,同じ内陸国で ある隣国マリのシアについては,あまり関心が高いとはいえない。マリのシア 産業や女性生産者の現状についての研究も,Biquard( )や Sidibé et al.
( )をのぞいてほとんど見られない。
筆者はこれまで,おもにフランスをフィールドに移住女性の相互扶助活動に ついて調査を続けるなかで(園部 ),マリ出身の移住女性が市民団体活動 の手本とする,出身国マリの女性たちが村々で組織する小グループ tòn にも注 目してきた。ここで検討したいのは,こうした小グループや生産組合のもたら す「無 形 の intangible 効 果」(Hirschman = )で あ る。Hirschman に よ
図 調査地
れば,協同組合の結成は,それ自体が大きな象徴的価値を生じさせる。とくに 自己主張の行動をつうじて人々に誇りを与えるだけではなく,長いあいだ苦し められ,虐げられてきた人々にとっては,解放の始まりとさえ感じられる行動 と言える(Hirschman = )。上記のようにシアは,マリの農村女性に とって欠かせない収入源でもある。このシア・バター生産組合の活動は,農村 女性が長いあいだ受け継いできたバター生産の経済的意義が認められただけで はなく,女性たち自身にとって「無形の効果」をもたらす例として,検討に値 する。
調査は, 年 月 日〜 月 日にかけて,マリ中部で実施した。対 象地域は,首都 Bamako を含む Koulikoro 州の Siby,および Sikasso 州 の 市
(Dioìla, Koutiala, Sikasso, Zantiébougou, Zégoua),計 市である
!。各市の生産 者団体を訪問し,組合の結成経緯,これまでの実績,政治危機前と危機後の状 況,またメンバー女性の生活状況とその変化,女性の地位の変容を問題設定と して聞き取りを行った。
訪問先団体は,①女性子ども支援省による生産者支援プロジェクト「Projet Karité」により結成された生産者組合 団体(Koulikoro 州 Dioìla,Sikasso 州
Sikasso),②開発支援 NGO・A とその支援を受ける生産者組合 団体(Koulikoro
州 Siby の生産組合 I および Sikasso 州 Zégoua の生産組合 L),③もっとも規模 が大きく,セネガルを含めマリ国内市場などで広く商品が流通している生産組 合 N(Zantiébougou),④ Sikasso 州で調査中に知己を得た Koutiala 市議会長か ら紹介された,同市の女性による生産組合連合 M,の計 団体である。
各団体では責任者に対する半構造化インタビューを行ったほか,生産組合で は,責任者の協力を得て可能であれば,組合員の女性へのグループ・インタ
( ) 調査にはマリ人の助手が同行した。また対象の 州は,民族分布が異なる。調査対象
となったのは,Koulikoro 州はマンダング系民族のバンバラ人(バンバラ語),Sikasso 州
ではセヌフォ系民族のセヌフォ語およびミニアンカ語を話す女性たちである。筆者はフ
ランス語と基礎的なバンバラ語会話を介すため,組合責任者など,フランス語を話すイ
ンフォーマントとは直接フランス語でやりとりし,必要に応じて助手がバンバラ語会話
を通訳した。Sikasso 州の組合員らとの集団面接など,それ以外の言語は,調査先団体で
フランス語を話す責任者,職員などに現地語との通訳を依頼した。
ビューを行った。また,調査は雨期に行ったため,一般的には,バター精製は あまり行われない時期にあたる。それでも作業所が稼働していた 団体(I お
よび N)では,実際の作業での参与観察と組合員への聞き取りを行った。その
ほか,②の開発支援 NGO,PFE 省のプロジェクト責任者,シアの植林プロ ジェクトを行っている政府系組織など,関係者への聞き取りを行った。
.シア・バター生産と女性労働
..シアの木の特性と収穫をめぐる課題
シアは,ゆっくりと生育する木である。 年ほどかけて初めて実を成すよ うになり, 年ほどで成熟期をむかえる(Terpend , Ftaïta )。木は硬 い表皮に覆われ, 〜 メートルの中・高木になる。成長が遅く,歴史的に 農村の女性が関わってきた木であるため植林は行われず,現在みられるシアの 木は,ほとんどが野生に生えたものである。
熟して地面に落ちた実(fruit, )は,まず果肉が取り除かれ,殻付
けん か