1 健康文化・最終講義
死亡ゼロを達成した若年女性のがん
—予防的管理と早期治療の軌跡—
後藤 節子 絨毛がんは若年女性に発症するがんであり、1960 年代までは死亡率 80%から 90% と、とても治療成績の悪い疾患でした。私が名古屋大学医学部産婦人科教室に入局し た1970 年時は、特効薬として待ち望まれていた Actinomycin-D がようやく日本でも使 用可能となり、絨毛がん死亡率が50%に改善されつつある時代でした。その後 40 年 近くを経過した現在では、絨毛がんに対する診断・治療は飛躍的に進歩し、治療成績 は大きく改善されました。現在、名古屋大学では絨毛がんによる死亡患者をみなくな り、死亡ゼロの実績は約10 年間の記録を伸ばし続けています(表1)。 絨毛がんとは胎盤絨毛の栄養膜細胞に発生するがんです。胎盤栄養膜細胞の異常を 伴う疾患は絨毛性疾患と総称され、絨毛性疾患の中での代表的な疾患には、胞状奇胎 (非侵入胞状奇胎と侵入胞状奇胎に分類)、絨毛がん、さらに稀ではありますが胎盤 部トロホブラスト腫瘍があります(胞状奇胎と絨毛がんは発生学的に比較的に分化し た段階の栄養膜細胞に発生するのに対し、胎盤部トロホブラスト腫瘍は発生初期の未 熟な栄養膜細胞から発生します)。2 胞状奇胎は受精機転の異常により発生します。正常の受精卵は母親と父親からそれ ぞれ1 対 1 の割合で核内遺伝子を受け継ぎますが、父親由来遺伝子が母親由来の遺伝 子よりも数的に多くなった場合は、絨毛栄養膜細胞の腫瘍性増殖をきたし、絨毛の胞 状奇胎への変化(ぶどう子)として肉眼的に診断されます。胞状奇胎細胞は正常な胎 盤栄養膜細胞と同様に(時には正常栄養膜細胞以上に)細胞表面にもつ蛋白分解酵素 により子宮壁へ侵入、血管血流内へ侵入する性格を持ちます。このため、子宮壁への 侵入を始めた侵入胞状奇胎、および絨毛栄養膜細胞が絨毛構造を保てず秩序の無い無 制限な増殖を開始した絨毛がんが発症しますと、早期に全身への血行性転移を起こし ます。臨床的に治療の対象になるのは、侵入胞状奇胎と絨毛がんが多いのですが、侵 入胞状奇胎は絨毛構造を保持している栄養膜細胞の増殖ですから比較的おとなしい 良性腫瘍といえますが、絨毛がんは栄養膜細胞が自制のない増殖を示す悪性腫瘍です。 このように、絨毛がんの多くは、妊娠による胎盤絨毛に発生し、妊娠に引き続いて 発症するため、患者さんの多くは妊孕年齢にある若年女性です。最近まで若年女性が 短期間で高率に死亡するがんとして、予後改善が切望される疾患でした。その絨毛が んが、現在では殆ど治癒できる疾患となったわけです。この治療成績の向上には、絨 毛がん治療の中心をなす化学療法剤の進歩、computed tomography (CT)および magnetic resonance imaging (MRI)などの画像診断導入によるがん転移病巣の詳細な診断、腫瘍 マーカーHuman Chorionic Gonadotropin(HCG)の微量測定法の確立による病態の正確
な把握、化学療法支持療法である G-CSF の使用等が要因と考えられます。この度、 私は名古屋大学を定年退職するに際して、この誇るべき治療成績達成に参加できたこ とを、産婦人科臨床医として臨床研究者として、深く感謝いたします。次に、名古屋 大学が絨毛がん死亡ゼロを成し得た軌跡を順に紹介します。 産婦人科医として名古屋大学医学部産婦人科で、私が臨床と研究を始めた頃は、旧 西病棟4C の 42 床のベッドは、全国から集まった絨毛がん患者さんにより、その半数 近くが占められていました。その頃、絨毛がんの治療成績は50%前後でしたが、治療 効果が見られない患者さんの病気の進行は急速であり、1ヶ月から1年未満の入院経 過で死亡されました。20 代から 30 代の若年絨毛がん患者さんが、毎月一人ずつ亡く なったわけです。 名古屋大学産婦人科教室が死亡ゼロを達成する過程で、まず、努力したことは胞状 奇胎後患者さんの登録管理です。図1)のように胞状奇胎から侵入胞状奇胎を発生す
3 る患者さんが約 10-20%存在します。そして悪性腫瘍である絨毛がんへと数%の変化 (二次性変化)がみられるわけです。このため、胞状奇胎後患者さんを登録管理する ことにより、治療に反応する良性腫瘍である侵入奇胎の段階で、または絨毛がん初期 の段階で治療を開始して救命率を高めようとする管理方法です。表に示しますように 名古屋大学の治療成績は年毎に改善すると同時に、侵入奇胎の段階での診断・治療症 例が増すこととなり、絨毛がん発症数は減尐し、治療成績は向上しました。予防的管 理と早期治療の成果といえます。 2 番目には、絨毛がん患者さんを臨床的に鑑別診断して(絨毛がんを侵入奇胎とは 区別して)、悪性腫瘍としての厳密な治療を入院当初から徹底して行ったことです。 悪性腫瘍の診断は、本来は病理組織学的に行いますが、絨毛がんの臨床的診断とは、 患者さんの病歴および病状の各所見について絨毛がんである可能性をスコア化して、 そのスコア総合点から患者さんが悪性の絨毛がんか否かを決定するわけです。故石塚 教授が提唱したこの絨毛がん診断スコア表による臨床診断は、組織学的診断との一致 率は90%以上を示しました(スコア表の有用性が他施設でも証明されまして、現在は 日本産科婦人科学会の診断基準として採用されています)。この絨毛がん診断スコア の有用性は、絨毛性疾患が発生初期から全身に転移するため全身化学療法が先行する (手術標本による病理組織診断が得られずに治療を開始する)こと、絨毛がん診断ス コア表により絨毛がんであるか侵入奇胎であるかを鑑別できれば確信を持って医師 は治療に臨めること、さらに、化学療法の飛躍的な進歩によって手術をせずに化学療
4 法のみで治癒させるようにまで進歩した現在、この診断スコア表が日本に存在するこ とは日本の絨毛がん治療成績が西欧に勝る要因の一つといえます。また、鑑別診断に より子宮温存を確信をもって選択できることは、若年女性への大きな福音です。 3 番目に名古屋大学産婦人科が努力した事柄は、微量 HCG の Radioimmunoassay (RIA)測定法を開発したことです。前々友田豊教授が米国留学中に開発した HCG 測定 の感度は 20mIU/mL でした。HCG は胎盤栄養膜細胞で生成分泌されるため、妊娠の 診断薬として使われますが、腫瘍化した栄養膜細胞も引き続きHCG を生産するため、 絨毛性疾患の腫瘍マーカーとして役立つわけです。当時では、世界唯一の HCG 微量 測定系でしたから、名古屋大学のみが、腫瘍マーカーの数値に基づいた治療ができた わけです。他施設では生物学的 HCG 測定法であるフリードマン氏反応か、2000m IU/mL 感度の血球凝集反応 (半定量法) が利用されていました。私は入局した早々か らこのHCG 微量測定の係りを命ぜられました。20 人余の入院患者さんの連日の尿中 HCG の測定結果を、火曜日の教授回診に間に合わせることが仕事になりました。そ の検体数は外来患者および他施設からの依頼検体を併せますと毎週200 検体余に及び ました。さらに、自施設で開発した測定系のため、測定系を絶えず最良の状況で維持 する努力も必要でした。3 ヵ月毎の HCG [I-125]ラベリングをアイソトープ施設で行い、 抗 HCG 抗体作成のために臨床研究棟屋上の動物小屋でウサギと格闘しました。しか も教授回診での石塚教授の指摘は鋭く、測定系が乱れてくると必ず察知され、スタン ダード・カーブを点検されました。しかし、このような緊張も、患者さんの病態を HCG 腫瘍マーカーで捉えた優れた治療成績を学会で発表できること、さらに何より も絨毛がん患者さんが無事退院される姿は、臨床医として喜びでした。 化学療法の進歩、CT および MRI 画像診断による転移病巣の詳細な把握、転移巣に 対する手術療法の進歩、腫瘍マーカーHCG 超微量測定法の確立(その後の日本では、 免疫抗体固相化による 0.5mIU/mL という超微量測定系が開発され市販されるように なりました)などにより、絨毛がん患者さんの治療成績は 80%までに上昇しました。 しかし、死亡ゼロにするには、さらなる努力が必要でした。このため、名古屋大学 で治療した数十年間の患者さんの治療経過を分析し、さらに、絨毛がん細胞をin vitro 培養系で解析することを私達は始めました。その結果、化学療法剤投与が終わり次の 化学療法剤投与が開始されるまでの日数(休薬日数)が長期化した患者さんの予後は 悪いこと、つまり休薬期間が長引くと、その間に薬剤の攻撃をエスケープした癌細胞
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が増殖してしまうことが推測されました。また、in vitro 絨毛がん細胞培養系研究から、
絨毛がん細胞には epidermal growth factor(EGF)のオートクライン増殖メカニズムが存 在し、この増殖メカニズムは薬剤耐性細胞に多く見られました。一方、がん細胞表面 に存在する蛋白分解酵素量は薬剤耐性細胞が多く持っていました。このため、休薬期 間を可能な限り短縮するために、骨髄抑制に対しても G-CSF を使用したり、絨毛が ん治療後患者に対して、がん細胞膜酵素への阻害剤投与をする工夫をしました。この 結果、名古屋大学では絨毛がんによる死亡は無くなりました。 死亡ゼロ達成の成果は、1960 年台から 40 年余におよぶ名古屋大学産婦人科教室員 の努力の結果として得られました。今でも『臨床に役立つ研究をすること』という恩 師の言葉が、深く思い出されます。 参考文献
(1) Gestational Trophoblastic Disease -hydatidiform mole, invasive mole and choriocarcinoma-Naotaka Ishizuka, Yutaka Tomoda . The University of Nagoya Press September 1990
(2) 絨毛性疾患の診断と治療 友田 豊、後藤節子著 永井書店 1996 年