緒 言 ラヌーラは舌下腺あるいは口底部の小唾液腺に由 来する粘液貯留囊胞で, その多くは口底部に偏在性 の腫脹として認められる1, 2 ). しかし, ときにこの 囊胞が顎舌骨筋の後方または顎舌骨筋を貫いて顎下 部, あるいは頸部に進展し同部の腫脹を生じること があり, 顎下型ラヌーラとして知られている1 ). 本 疾患の治療は外科的治療法が第一選択とされること が多いが, 近年, 硬化療法による治療の報告2〜 9 ) も散見されている. 今回我々は本症に対して高張ブ トウ糖液を用いた硬化療法を施行し良好な結果が得 られたので, その概略を報告する. 症 例 患 者:18 歳, 男子. 初 診:2008 年 9 月×日. 主 訴:顎の下が腫れた. 家族歴・既往歴:特記事項なし. 現病歴:1 年前にも同様の症状を認めたが間もな く自然に治癒したとのことであった. 今回は, 初診 の 5 日前より同部の腫脹を認め, 症状が改善しない ため当科に来院した.
硬化療法を行った顎下型ラヌーラの1例
星 野 都 ・ 重 松 久 夫 ・ 細 川 恵 一
堀 智 一 ・ 奥 結 香
鈴 木 正 二 ・ 坂 下 英 明
Sclerotherapy for plunging ranula
Miyako HOSHINO, Hisao SHIGEMATSU, Keiich HOSOKAWA
Tomokazu HORI, Yuka OKU, Youko WATANABE
Seiji SUZUKI, Hideaki SAKASHITA
Key words: plunging ranula(顎下型ラヌーラ), sclerotherapy(硬化療法), hypertonic glucose solution(高張ブドウ糖液)
This report describes a preservative treatment of plunging ranula by sclerotherapy with a local injection of hypertonic glucose solution(HGS). An 18-year-old man was referred to our clinic with a chief complaint of swelling of the left submandibular region on September X, 2008. At the first visit, the face of the patient was asymmetrical, with diffuse, painless swelling. The overlying skin of the region was of normal color, and palpation revealed a soft mass, 6.5 × 5 cm in size, with fluctuation. Oral examination showed no particularity. T2-weight-ed MRI findings showT2-weight-ed a cystic lesion with a high signal intensity in the left submandibular space. A clinical diagnosis of plunging ranula was made, and sclerotherapy was performed on September X and X. Twenty milli-liters of viscid internal fluid was aspirated from the cystic lesion with an 18G needle under local anesthesia, and then 50% HGS(10 ml), half the volume of the internal fluid aspirated, was injected into the lesion. The post-operative course was uneventful, with no complications. Although the swelling had increased again one week after the treatment, significant regression of the lesion started one and a half months after the sclerotherapy, and the lesion disappeared almost completely in two months. There has been no evidence of recurrence in the two years and two months since the treatment. We conclude that local injection therapy with HGS is an effective and safe method for the treatment of plunging ranula.
明海大学歯学部病態診断治療学講座口腔顎顔面外科学第 2 分野(主任:坂下英明 教授)
Second Division of Oral and Maxillofacial Surgery, Department of Diagnostic and Therapeutic Sciences, Meikai University School of Dentistry
現 症: 全身所見;身長 170cm, 体重 65kg, 体格中等度, 栄養状態は良好. 局所所見;顔貌は左右非対称で, 左側顎下部から オトガイ部にかけて 6.5×5 cm 大のびまん性無痛性 腫脹を認めた. 腫脹部の境界は比較的明瞭で弾性軟, 波動を触知した. 表面皮膚は正常で発赤や圧痛は認 めなかった(写真 1). 口腔内所見としては, 舌下小 丘からの唾液の流出を認め, 左側口底に発赤や腫脹 などの異常所見は認めなかった(写真 2). 画像検査所見;初診時パノラマエックス線写真に, 唾石や静脈石など異常所見は認めなかった. また, MRI 所見としては, 顎下隙に相当する部位に T1 強 調画像で低信号, T2 強調画像で高信号を呈する境界 明瞭, 内部均質な高信号を呈する病変を認めた(写 真 3). 臨床診断:左側顎下型ラヌーラ 処置および経過:治療方法として外科的治療法と 保存的治療法について説明の上, 患者ならびに保護 者から保存的療法の希望を確認した. 保存的治療に ついては硬化療法として OK-432 注入療法と高超ブ ドウ糖液による注入療法について説明し, 患者およ び保護者と相談の結果, 高張ブドウ糖液注入療法を 行うこととなった. 9 月×日入院の上, 局麻下にて 50%高張ブトウ糖液を用いた硬化療法を行った. 顎 下部皮下より 2 %塩酸リドカイン(8 万分 1 エピネ フリン含有)にて局所麻酔し, 18 ゲージ針にて囊胞 内溶液を穿刺吸引した. 20ml の粘稠度の高い黄色の 内溶液を吸引し,(写真 4)その後, 内溶液の半量に あたる 10ml の 50%高張ブトウ糖液を囊胞内に注入 した. 翌日, 発熱や局所の熱感, 硬結などは認めら れなかった. 9 月×日, 再び顎下部より囊胞内溶液 写真1 初診時顔貌 顎下部に無痛性, 弾性軟の病変を触知. 写真 2 初診時口腔内所見 口腔底部に明らかな腫脹は認めない. 写真 3 MRI T2 強調画像 (a)水平断 (b)前額断 写真 4 内容物 きわめて粘稠度の高い淡黄色の内容液.
を 20ml 穿刺吸引し 10ml の高張ブトウ糖液を注入し, 9 月×日退院となった. 顎下部の腫脹は 1 週間後, 再度増大傾向を示したが, その後, 徐々に消退傾向 を示し, 11月中旬には急速に消退し, 11月×日, 硬 化療法後約 2 か月の時点で完全に消失した(写真 5, 6). 以後, 症状の再燃は認めておらず, 電話での聴 取で, 2 年 2 か月を経過した現在, 経過良好である. 考 察 ラヌーラは, 通常口底部に偏在性の腫脹として認 められる粘液貯留囊胞である1 ). その本態は, 多く の場合, 病理組織学的に上皮をもたない偽囊胞であ り, 発生は通常, 舌下腺由来とされる2, 7〜 9 ). 臨床 的にラヌーラは, 口底部にみられる舌下型, 口底部 から顎舌骨筋隙あるいは顎舌骨筋後縁を越えて顎下 部・オトガイ下部の両方に膨隆をきたす舌下−顎下 型, さらに顎下部領域に膨隆をきたす顎下型の 3 型 に分類する10)が. 一般に, 病巣が顎舌骨筋を超えて 顎下部, オトガイ下部, あるいは頸部に進展し, 同 部の腫脹をきたした場合には, 顎下型ラヌーラと呼 ばれる. 全ラヌーラに対する顎下型ラヌーラの占め る割合は1.9〜16.7%と比較的低く1, 11, 12), まれな病 態と言える. 好発年齢は 10〜20 歳代に最も多いと される1, 7, 9, 10, 13, 14)が, 10 歳未満が 47%を占めたと する報告11)もある. いずれにしても, 小児の症例に おける鑑別診断に当たっては, 囊胞性リンパ管腫15) をはじめとして, 側頸囊胞, 甲状舌管囊胞, 脂肪腫 など多様な疾患に注意を払わなければならない. 鑑 別は部位, 臨床経過, 視診, 触診, 症状, エックス 線や MRI などの画像診断, 内溶液の穿刺などによ り行う16). ラヌーラの治療法については, 舌下型に対して開 窓療法や囊胞摘出術が第 1 選択となるが, 顎下型ラ ヌーラに対しては開窓療法17), 舌下腺摘出術11, 18, 19), もしくは囊胞摘出術と舌下腺摘出術の併用療法20, 21) ど, 再発を抑えるためにさまざまな検討がなされて きた. 特に舌下腺摘出術については, 単独にしろ併 用療法にしろ, 予後は良好で, 舌下腺摘出術適応後 の再発はほとんどないと言われている19). しかし, 口内法21), 口外法20)を問わず, 外科的治療法の適 応は患者の肉体的, 心理的負担が少なくない8 ). こ のため外科的治療法を拒否し, 保存的治療法を希望 される患者も少なくないが, 穿刺吸引療法や圧迫療 法16, 19)などの保存的治療法の治療効果は一定せず, 予知性の高い治療法とは言い難い. こうしたなかで 近年, 保存的治療法として, 硬化療法が注目され, 治療効果とその有用性に関する報告2〜 9 )が散見さ れるようになってきた. 硬化療法は, 囊胞性リンパ管腫の治療法として報 告されたのが初めであり, 1976 年, 由良らは22), 主 として手術により十分に切除し得なかった囊胞性リ ンパ管腫に対して, ブレオマイシン局注を併用し, 効果があることを報告している. しかし, この方法 は, くり返し施行する必要があり, 総量によっては 間質性肺炎や肺線維症などの副作用4 )が懸念され た. このため, ブレオマイシンに代わる方法として OK-432 を用いた注入療法の囊胞性リンパ管腫への 応用が検討され, その有用性が報告された23). 今日, OK-432 による注入療法は囊胞性リンパ管腫に対す る第一選択になっており, 明らかな裏層上皮を有さ ない囊胞性疾患としてその病態が類似している顎下 型ラヌーラに対する検討もなされてきている. しかし, OK-432 による硬化療法については, そ 写真 5 処置直後の顔貌 左側顎下部の腫脹の残存が認められる. 写真 6 処置後 2 か月の顔貌 顎下部の腫脹は完全に消失している.
の有効性が示される一方で, 発熱や一過性の腫脹か ら嚥下・呼吸嚥下障害などの危険性も指摘されて いる9 ). 一方, 高張ブドウ糖液を用いた硬化療法は, 1989 年千葉ら24)が, 囊胞性リンパ管腫に対しての 適応について報告している. 高張ブドウ糖液を用い た硬化療法については, 高濃度, 高浸透圧であるこ とを利用して, 囊胞壁を硬化させ, 瘢痕化させるこ とにより液の分泌を阻止させるとの作用機序が考え られている. OK-432 がサイトカインを誘導活性化 することにより炎症性変化を誘発するのに対し3〜 5, 7, 25, 26), 高張ブドウ糖液による硬化療法では基本的 に炎症を誘発することはなく, 発熱や炎症性反応に よる腫脹や呼吸障害をきたすことはない. したがっ て, 高張ブドウ糖液による硬化療法は OK-432 と比 較して副作用が少ない点で有利であるが, 欠点とし ては, 感染防止に充分注意が必要である点と24), OK-432 と比較してその効果がやや劣る点が挙げら れる. 自験例においては患者ならびにその家族に対 して硬化療法開始に先立ち OK-432 と高張ブドウ糖 液の利点・欠点について説明の上, 最終的に高張ブ ドウ糖液による硬化療法を施行することとした. 本 法は, 内溶液を穿刺吸引し, 吸引した液の半量に相 当する量の高張ブドウ糖液(40〜50%)を注入する という方法であり24, 27), 手技的には大変簡便なもの である. 但し, 顎下型ラヌーラの場合, 囊胞性リン パ管腫と異なりきわめて粘稠な内容液であることか ら, 18G 以上の太い針による穿刺が必須である. 本 注入療法は, 2〜 3 回行った上で, 1 か月後に効果 判定を行うことを基本にするが24), 自験例では 1.5 か月頃より急激な減少が認められるようになり, 完 全な消退までには約 2 か月を要した. OK-432 によ る治療効果は, 4〜6 週間で, 病巣の消失ないしは 縮小固定と言われているが, 症例によっては 3 か月, 4 か月, 5 か月あるいは 1 年を要したという報告も ある3, 7, 8 ). 高張ブドウ糖液による治療効果判定時 期についてもおおむね OK-432 による硬化療法に順 ずるものと考えられ, 充分な経過観察期間が必要で あることをあらかじめ患者に説明する必要がある. 顎下型ラヌーラに対する硬化療法の再発については OK-432 による報告のなかで, 6 か月後の発症例26) が報告されている. 高張ブドウ糖液については顎下 型ラヌーラに対して適応した報告がないため, 推察 の域を出ないが, 少なくとも術後 1 年間は慎重な経 過観察が必要と考えられる. 自験例は 2 年 2 か月を 経過し, 再発の所見はないが長期的な経過観察は重 要であると考えている. 本療法は手技が簡便な上, 低侵襲で術後発熱や局所の腫脹などの副作用もなく 良好な結果が得られたことから, 将来的には顎下型 ラヌーラの治療における主要な選択肢の一つになり うると思われる. 今後も 適応症例を蓄積し, 検討 を重ねる予定である. 結 語 今回我々は, 顎下型ラヌーラに高張ブドウ糖液を 用いた硬化療法を適応し, 良好な結果が得られたの で, 概要を報告した. 引 用 文 献 1 )奥村康明, 安岡 忠, 他:顎下型ガマ腫の 1 症例と当科 におかる過去 6 年間のガマ腫の臨床的検討. 口科誌 38: 745-751 1989. 2 )木下浩二, 堀 信介, 他:OK-432 囊胞内注入療法が著効 したガマ腫の 1 例. 公立豊岡病院紀要 15: 19-22 2003. 3 )池内 忍, 加藤 伸, 他:OK-432 硬化療法が著効した小 児ラヌーラの 1 例. 小児口外 17: 47-50 2007. 4 )墨 哲郎, 大西清知:顎下型ガマ腫に OK-432 局所注入 療法が奏効した 1 例. 阪大歯学誌 45: 98-103 2001. 5 )須賀則幸, 鈴木 円, 他:顎下型ガマ腫に対する OK-432 局所注入療法. 日口診誌 18: 295-298 2005. 6 )深瀬 滋:診療所における口腔咽頭疾患への対応 高濃度 OK-432 注入法によるガマ腫の治療. 口咽科 19: 167-170 2007. 7 )足立忠文, 山崎勝己, 他:OK-432 局所注入療法により 緩徐な治癒経過を辿った顎下型ガマ腫の 1 例. 近畿大学 医学雑誌 34: 143-147 2009. 8 )宇佐見一公, 林康司, 他:OK-432 局所注入療法による 顎下型ガマ腫治療の経験. 口科誌 52: 139-142 2003. 9 )工藤典代, 小林由実, 他:OK-432 による硬化療法が著 効したがま腫の幼児 4 症例. 耳喉頭頸 74: 61-64 2002. 10)里村一人, 力丸浩一, 他:過去 10 年間のガマ腫 39 症例 の臨床的検討. 口科誌 44: 261-264 1995. 11)篠原正徳, 左坐春喜, 他:顎下型ガマ腫(Plunging ranula) の臨床的, 組織学的検索. 日口外誌 30: 222-230 1984. 12)安里 亮, 北村博之, 他:ガマ腫手術の成績と再発. 耳 鼻臨床 66: 835-838 1993. 13)高木純一郎, 宮田 勝, 他:小児ラヌーラの臨床的検討. 小児口外 18: 15-20 2008. 14)松井日出雄, 長谷川明, 他:ガマ種 45 例の臨床的観察. 歯学 58: 399-402 1970.
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Laryngol 104: 405-408 1995.
19)徳永 剛, 福田てる代, 他:11 歳男児に発生した顎下型 ガマ腫の 1 例. 小児口外 9: 36-39 1999.
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OK-432: a new sclerosing therapy for cystic hygroma in chil-dren. Br J Surg 74: 690-691 1987. 24)千葉庸夫, 安藤 正, 他:当科におかるリンパ管腫の経験 高張ブドウ糖液による治療経験例を加えて. 小児外科 21: 445-449 1989. 25)荻田修平, 常盤和明, 他:リンパ管腫に対する OK-432 局注療法の作用機序 囊腫液内細胞およびリンパ球表面 抗原の変化. 診療と新薬 31: 133-138 1994. 26)川瀬哲人, 篠原 淳, 他:がま腫への OK-432 局所注入 療法の応用. 日口診誌 17: 258-263 2004. 27)田中眞也, 重松久夫, 他:成人の顎下部に発症した囊胞 性リンパ管腫の 1 例. 日口外誌 50: 487-490 2004. 別刷り請求先: 明海大学歯学部病態診断治療学講座口腔顎顔面外科学第 2 分野 星 野 都 〒350-0283 埼玉県坂戸市けやき台 1-1