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MJ148 05 論文 Strategizing Activities and Practices の現状と課題,そしてその可能性 ― 企業の周辺的活動に注目する意味とリレーションシップ・マーケティングに対する含意 ―

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Ⅰ. はじめに

 本論文の目的は,Strategizing Activities and Practices の現状と課題,そしてその可能性に ついて示すことである。1996 年に刊行された Whittington の論文「Strategy as Practice」を 嚆 矢 と し て, 欧 州 に お い て は Strategy as Practiceが経営戦略論の新しい研究アプローチ として進展してきた。いくつかの学術誌で特集 号が組まれたり,インターネット上で研究コ ミュニティを形成したりして,欧州の経営学界 ではこの新しいアプローチが浸透している現状

にある。そして近年,米国の経営学界において も,具体的にはAcademy of Management学会 において,Strategizing Activities and Practices と称して研究展開が始まりつつある。

 そこでStrategy as PracticeからStrategizing Activities and Practicesへと移行する現在まで の 過 程 に 着 目 し な が ら, 特 に Strategizing Activities and Practicesとあえて変更する必要 性 や 必 然 性 に つ い て 検 討 し,Strategizing Activities and Practicesの現状と課題,そして その可能性について示すことを目指したい。 マーケティングは,経営学と隣接する学問分野 であり,経営戦略の中でも特に市場戦略や競争

の現状と課題,そしてその可能性

― 企業の周辺的活動に注目する意味とリレーションシップ・マーケティングに対する含意 ―

要約

 本稿は,欧州で経営戦略論の新しい研究アプローチとして進展してきた Strategy as Practice (SaP)か ら,Strategizing Activities and Practices (SAP)へと移行する現在までの過程に着目し,SAP の現状と課 題を指摘し,その可能性について示す。日本では SaP の研究は少しずつ浸透しつつあるものの,SAP に ついての論考は未だ見当たらない。経営学と隣接する分野であり,市場戦略や競争戦略について研究展 開がなされてきたマーケティング分野において両者の関係性について検討しておく必要性は少なくない と考える。本稿では,プラクティス理論に基づいた SAP の観点から,特に日本企業の周辺的活動が継続 され習慣化されていく過程に着目する必要性を提示する。また研究の進展を通じて,新たな経営戦略観 ならびに組織観を示すことができるとともに,特にリレーションシップ・マーケティングに対する含意 も少なくないことを指摘する。

キーワード

実践としての経営戦略,プラクティス,周辺的活動,習慣化過程

日本大学 経済学部 教授

大森 信

近畿大学 経営学部 准教授

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戦略についての研究展開がなされてきた。経営 戦略論の分野で生じているこの新しいアプロー チの現状や課題,そして可能性をここで検討し ておくことの学術的意義は少なくないと考え る。なお日本においては,マーケティング学者 も学会員に擁する経営学のいくつかの学会で Strategy as Practice(以下,SaP)についての シンポジウムが開催されるなど,少しずつ浸透 しつつある現状にある。ただし Strategizing Activities and Practices(以下,SAP)につい ての日本語論文は未だ見当たらない。両者の関 係性についてここで先んじて検討しておくこと は,不要な議論の混乱に陥っていくことを回避 させて,今後の研究進展に対して寄与すること が期待できるとも考える。

 本論文では,以下のようにして議論を進めて いく。第Ⅱ節では,これまでのSaPについての 研究過程を整理する。すなわち SAP に至るま での研究進展に注目する。第Ⅲ節では,SAP の現状と課題について注目する。そして SAP とあえて称する必要性,必然性について検討す る。第Ⅳ節では,特に日本において SAP 研究 を展開する意義について検討する。欧州や米国 でなく,日本において SAP 研究を展開してい く必要性,必然性を提示するとともに,さらに リレーションシップ・マーケティングに対する 含意も示していくことにする。

Ⅱ. プロセス研究からStrategy as

Practiceへの転換

1. Activity-based ViewからStrategy as Practiceへの転換

 SaP の 嚆 矢 と な っ た の が, 前 述 し た

Whittington の 1996 年論文とされる(Johnson et al., 2003; Chia and MacKay, 2007; Carter et al., 2008)。この論文の中で,経営戦略をその企 業のプラクティスとして位置付けるという考え 方が示されている。より具体的には,企業内で 経営戦略が創造されていくまでに,戦略家たち が実際にどのような活動や相互交流をしている のかに注目するという,戦略化(strategize) の過程に注目するアプローチであるとして提示 されている。Whittington が提起したこのアプ ローチについては,既存の米国発の経営戦略論 との対比的な位置付けがしばしばなされている (Johnson et al., 2003; Jarzabknowski et al.,

2007)。具体的には,従来が経営戦略とは企業 が保有するものであったのに対して,戦略して いくもの(doing of strategy, do strategy)で あるという対比が示されている。

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 以上のようなSaPが研究進展することによる 学術的な貢献の可能性としては,大きく次の 2 点が示されている(Johnson et al., 2003; Chia and MacKay, 2007; Jarzabknowski et al., 2007)。第 1 は,経営戦略論の内容研究とプロ セス研究の統合の可能性である。例えば旧来の 多角化研究は,Whittington に従えば,経営戦 略の内容に注目した研究である。企業として将 来どこに行くべきかといった,企業全体の新た な方向性や経営課題を指し示したアプローチで あり,経営戦略の内容に注目してきた研究であ ると指摘する。良い戦略とは何か,良い多角化 戦略とは何かといった,経営戦略の規範や理想 を追求してきた研究とも言い換えられる。しか し個別の企業の中で,実際にどのようにして多 角化の意思決定がなされたのか,またどのよう な多角化がどのようにして進められたのかとい う過程については細やかな研究がなされてこな かった。一方のSaPでは,日々どのような活動 や相互交流をプラクティスとして積み重ねて, 最終的に多角化というプラクティスにどのよう にして至ったのかに目を向けていく。SaPの進 展によって内容研究とプロセス研究を統合でき るという貢献可能性である。

 第2は,経営戦略論のマクロ研究とミクロ研 究の統合可能性である。既存の経営戦略論では, 主に企業全体の問題ならびに企業間の競争の問 題といったマクロ的な問題に焦点を当てて研究 が展開されてきた。逆に企業の中の個人が具体 的に何をしてきたのかについては,トップマネ ジメントなど一部の意思決定者の活動にしか焦 点 が 当 て ら れ て こ な か っ た(Mintzberg, 1973)。SaP では,一部のトップマネジメント だけに限定するのでなく,戦略創造に関わる

様々な人々の様々な活動や相互交流に注目し て,戦略化の過程を明らかにしていくことに目 を向けようとしている。例えば,多角化という マクロ的なプラクティスに至るまでに,どのよ うなミクロなプラクティスの積み重ねがあった のかということである。SaPが進展することに よってマクロ研究とミクロ研究の統合ができる という貢献可能性である。

 しかしながら,こうした初期のSaPに対して は手厳しい批判が少なくない。批判を整理する と,大きくは2つの課題として挙げることがで きる。1 つは,SaP の研究コミュニティ内から 指摘される課題である。もう1つは,研究コミュ ニティ外からの指摘であって,具体的には社会 学や哲学のプラクティス理論(Schatzki, 1996; 2005)から指摘される課題である。

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る。また,たとえある特定の組織メンバーのみ に限定したとしても,そのメンバーの活動や相 互交流は非常に多種多様になる。なぜなら特に SaPでは,戦略的意思決定の場面だけに限定す るのではなく,むしろ日常的な場面にまで目を 向けることを求めているからである。したがっ て研究者にとっては調査対象とするものがやは り多様になりすぎるという同種の問題を抱える こととなる。

 組織内部の戦略化の過程に注目するSaPの研 究を進展させていくためには,多様なメンバー の多様な活動や相互交流を対象にしていくこと が必要となる。同時に,より多様なメンバーの, より多様な活動や相互交流を対象にできないと いう課題を解消することが必要になる。すなわ ち第1の課題は,研究調査の実現可能性につい ての課題である。

 一方,コミュニティ外からは,SaPの存在価 値そのものを疑問視するような批判があり, SaP に対するより根源的な課題が示されてい る。SaPの研究者たちはSaPが社会学や哲学に おけるプラクティス理論に基づいたアプローチ であるとしているものの,実際にはプラクティ ス理論に基づいていないという批判である。実 務家に対して実践的価値の高い研究であるとい う印象を与えるために,プラクティスという言 葉をシグナルのように利用しているに過ぎない という批判さえある(Geiger, 2009)。

 社会学や哲学においては,プラクティス理論 が登場する以前に,2 つの学派が主流であった (Schatzki, 1996; Reckwitz, 2002)。2 つ は, 構 造学派と解釈学派として区別されたり(Rasche and Chia, 2009),目的志向の行為の理論(合理 的選択理論)と規範志向の行為の理論として区

別されたり(Reckwitz, 2002)している。  具体的には,客観的で絶対的な知識体系が存 在していて,それに基づきながら人間が行動を していくというのが1つの考え方である。もう 一方が,認識者の主観的な産物が知識体系であ り,認識者間の集合的な価値やコンセンサスに 基づきながら,人間は行動をしているという考 え方である。これまで両者は異なるパラダイム にあるとされてきたが,プラクティス理論の観 点からすると,両者は共通して常に人間のメン タルを重要視している「メンタリズム」という パラダイムにあるとされる(Schatzki, 1996; Reckwitz, 2002)。両者ともに,人間は意識的 にそして目的志向的に行動をするということで ある。しかしながら現実の人間というのは,常 に意識的に行動をしているわけではない。むし ろ無自覚的に,また無目的に行動することが少 なくない。行動と意識を切り離して考えるのが 文化的理論であって,その1つとして登場して きたのがプラクティクス理論である1)(Reckwitz, 2002)。

 特にプラクティス理論については,1つに統 一化,体系化された理論ではなく,様々な考え 方や概念を基にした理論であるとされる。例え ば,プラクティクス理論で使用されるプラク テ ィ ス の 概 念 に つ い て は,Heidegger の “dwelling”,Bourdieu の“habitus” や

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すなわち個々人の主体的な活動ではなく,むし ろ他人や物体との間の相互作用に注目する。ま た人間の活動あるいは相互作用については,必 ずしも意識的に積み重ねられていくわけでな い。しかし全くの無秩序に集積されていくわけ でもない。本人ですらそれほど自覚的でないプ ラクティスに導かれている。つまり必ずしも意 図的でなく,時に目的が判然としないようなプ ラクティスにも注目して,人間や社会全体を理 解しようとする考え方である(Reckwitz, 2002; Schatzki, 2005)。

 プラクティス理論に基づくと,組織は人の集 まりでなく,プラクティスの集まりとしてとら えることができる(Schatzki, 2005)。プラクティ ス遂行の産物が組織であるというというとらえ 方 で あ る。 経 営 学 の 組 織 論 に お い て は, Community of Practice と呼ばれる研究が展開 さ れ て い る(Lave and Wenger, 1991)。 Community of Practice 研究では,実際に社会 的プラクティスが集積されている場として組織 をとえている(Geiger, 2009)。社会的なプラク ティスとは,特定の時間や空間を越えて共有さ れているプラクティスである。例えば,正しい フォークやナイフの使い方は社会的なプラク ティスである。社会的プラクティスを使いこな せたかどうかが,その社会に溶け込むことがで きたどうかの指標となる。したがって組織に受 容されていくための手段として,組織の中で共 有されている社会的プラクティスを使いこなし ていくのが個人になる。またスキルやノウハウ など含めた知識は,個人が保有するものでなく, 社会的なプラクティスの一種ということにな る。Community of Practice では,このプラク ティス理論のプラクティス観には依拠している

ものの,未だ個人が中心単位となった分析にと どまっていることが問題点として指摘されてい る(Geiger, 2009)。

 以上のようなプラクティス理論を理論的背景 にして,経営組織論のみならず社会科学の各分 野では,既存の理論あるいはその中で当然視さ れてきた概念についての再構成,再解釈が試み られ始めている。そしてそうした試みは,「プ ラクティス・ターン(実践的転回)」と称され ている。

 SaP は,先述した批判もある Community of Practiceと比較しても,さらにプラクティス理 論を踏まえた研究展開がほとんどなされておら ず,プラクティスを単に個人による活動や相互 交流として使用しているのみだと指摘される (Chia and MacKay, 2007; Carter et al., 2008)。

単なるプロセス研究でしかないという批判,す なわち個々人がプラクティスの主導者であり分 析の対象が社会的プラクティスそのものではな いこと,またプラクティスが行為者の行為や意 思に全て還元可能なものようになっていること が問題点として指摘されているのである。つま り第2の課題は,既存のプロセス研究から全く 脱却していないという研究パラダイムの新奇性 に関わる課題である。

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であったとも特徴づけることができる。

2.Strategy as Practiceの実践的転回

 プラクティス理論のプラクティス観に基づい たSaP研究を進展させるためには,社会的プラ クティスそのものに焦点を当てた研究に大きく 転回していくことが求められていた。具体的に は,第1に人間の合目的活動を前提とした研究 から転回する必要性である。意図的な行為では なく,行為者さえ意識していないような一貫性 のある行動や相互交流に注目していくことが求 められる。第2に,個人ではなく,個人を超越 したものに注目することへの転回である。特定 の個人の意思を超えて,長期間継続されている ものを対象とすることが必要となる。つまりプ ラクティス理論に基づいて,対象とする組織に おける,あるいはその組織が存在する社会やコ ミュニティにおける社会的プラクティスに注目 する研究,ならびにそのプラクティスによって 導かれていくものに注目する研究に転回してい く必要性である。組織の中で多くのメンバーに 共有されているプラクティスを分析の中心にし て,そのプラクティスが各メンバーをどのよう

に導いたり,プラクティスを通じてメンバー間 でどのような相互交流をしたりしているのかに 注目することによって,戦略化の過程を明示し ていくというのが本来のプラクティス理論に基 づいた SaP 研究の展開だからである。同時に, 対象組織に関連する社会的プラクティスを中心 にした分析であるから,分析対象が多種多様に なりすぎるという従来の調査研究を展開してい く上でのSaPの課題が解消される可能性も高ま る。

 そこで初期のSaP研究の課題を解消するため に,SaPの枠組みを再整備する試みがなされた (Whittington, 2006; Jarzabknowski et al.,

2007)。SaP の 嚆 矢 と な っ た 1996 年 の Whittington 論文には取り込まれていなかった ものの,プラクティス理論の中では使用されて いる枠組みならびに概念を取り込んだ試みであ る。具体的には,プラクティス理論においてし ばしば使用されることのあったプラクティス, プラクシス,実践者の3つを主要概念として位 置付けて,その3概念から企業の戦略化の過程 を明らかにしようとする枠組みの提示である (図-1参照)。なおWhittingtonの2006年の論文

図 —— 1 プラクティスとプラクシスと実践者

戦略化 プラクティス

実践者 プラクシス

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名 は,“Completing the Practice Turn in Strategy Research”であり,まさに本来のプ ラクティス理論に基づいた実践的転回の完了が 目指した題目となっている。

 その Whittington (2006)の中では,社会学 者 Reckwitz の定義に依拠して,プラクティス について「共有された振舞いのルーティン(伝 統や規範,思考や活動や“モノ”使い方の手順 を含む)」(619ページ)であると示されている。 他方のプラクシスについては,「実際の活動, 人々がプラクティスを通じて行うこと」(619 ページ)と示されている。つまりプラクティス とプラクシスは,いずれも日本語では「実践」 と訳されるものの,日常語で使用される実践と は少し意味が異なるのである。

 まず,プラクティスについては,日々の実践 されている行動の中でも,慣習的な行動に注目 することとなる。例えば,社会学の中で慣習行 動としてしばしば例示されるのが,挨拶である。 日本人はお辞儀をして挨拶をする,アメリカ人 は握手をする,さらにアメリカのダウンタウン の若者などは,日本人から見ると少し奇妙な握 手をする。しかしなぜお辞儀なのか,なぜ握手 なのか,なぜそんな奇妙な握手なのか,多くの 人はその由来を知らないままに挨拶をする。た とえ由来を知っていても,それを毎回意識しな がら挨拶することはない。また理屈や理由が判 然としないからと言って,そのコミュニティ内 で適した挨拶が全くできない人々は異端視さ れ,時にその存在が危うくなるだろう。そうし た理屈や理由を超えた伝統とも呼べるような慣 習行動がプラクティスである。

 社会学や哲学のプラクティス理論において は,例えば挨拶というプラクティスが,その挨

拶を大切にしてきた人々や社会全体をどのよう に導いてきたのかを明らかにしようとする。同 様にして,経営学のSaPでは,特に企業内の慣 習的な行動,すなわちプラクティスに注目して, そのプラクティスが戦略の創造や実行にどのよ うな影響を与えるのかを明らかにすることを目 指す。

 もう一方のプラクシスは,特定の目的と結び 付いた行為者の意図的な活動,状況固有の個別 的な行為遂行を指す。したがって,経営学の SaPでは,戦略の創造や実行に直結するような 具体的で主体的な活動がプラクシスとなる。つ

まり,プラクティスとプラクシスの両者は,“特

定の個人の意思を超えた慣習的な行動”と“特 定の個人の意思が反映された主体的な行動”と して,さらに簡潔に言い換えるならば,“手段 重視の行動”と“目的重視の行動”として区別 し て 示 す こ と が で き る。 な お Whittington (2006)は,取締役会,経営陣の退陣,コンサ

ルタントの介入,チームでの打ち合わせ,プレ ゼンテーション,プロジェクト,ちょっとした 会話などをプラクシスの具体例として幅広く示 す。またJarzabknowski et al. (2007)は,M&A のような戦略的な企業活動をプラクシスの具体 例として示す。つまり戦略の創造や実行のため に直結していくような組織内の仕事がプラクシ スであると位置付けする。

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として挙げられることを提示しているに過ぎな い。最近の研究おいても同様であり,例えば Feldman and Worline (2016)の中で,プラク ティスを単一の個人ではなく,複数の個人に よって使用されるものとして強調するものの, その具体例を明示していない。一方で,Vaara and Whittington (2012)では,戦略計画それ 自体,様々な分析手法,など非常に多岐に渡る ことを示している。つまり戦略創造の過程で鍵 となるようなプラクティス,あるいは現代企業 の中で注目すべきプラクティスの特性などにつ いては,未だ定め切れないでいる現状にあると 指摘できる。

 なおこれまでの欧州におけるSaP研究の歩み を概観した Vaara and Whittington (2012)の 中では,今後の SaP の研究方向性として次の 5 つの課題が挙げられている。1 番目が,プラク ティスの網目の中で特に核となるものの探究で あり,まさに先に指摘した課題である。2番目が, 企業を超えたよりマクロな社会的なプラクティ スに対する探究である。企業内の固有のプラク ティスのみならず,企業を超えた社会的なプラ クティスの影響力に注目する必要性である。3 番目が創発戦略の過程に対する探究である。既 存のSaP研究では,トップダウン型の計画的な 戦略の策定における過程に注目してきた。しか し戦略の創造には,Mintzberg他(1998)が指 摘するような創発的な戦略もある。SaPの観点 から,その戦略の形成過程に対する注目する必 要性である。4 番目が,物的存在に対する探究 である。人間と人間との相互交流だけでなく, 人間と物質との間の相互交流も戦略創造過程に 影響を与えることがある。例えばオフィスのレ イアウト,文書,IT 機器といった非人間的な

影響因に対する注目の必要性である。5番目が, 既存の研究が当然視してきたことに対しての批 判的探究である。既存の研究成果に基づいて, 戦略創造過程において重要となるようなプラク ティスや実践者をあらかじめ当然視するのでは なく,むしろ疑問視し,批判的に検討する必要 性である。いずれについても,「実践者」,「プ ラクティス」,「プラクシス」の3つの概念から 注目するという枠組みを提示したものの,戦略 化の過程における注目すべきプラクティスが未 だ明示するに至っていないことに起因する課題 として指摘できる。つまり研究対象とすべきプ ラクティスの曖昧さをSaP研究における大きな 課題として指摘できる。

Ⅲ. Strategy as PracticeからStrategizing

Activities and Practicesへの転換

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でも,言説的なプラクティス,物質的なプラク ティス,制度的なプラクティスといったこれま で以上に多様なプラクティスに注目し始めてい ることを挙げている。つまり戦略家の日々の戦 略創造活動に必ずしも直結していないかもしれ ないプラクティスにまでに目を向けていくため の変更である。

 また報告書では,今後の研究課題として 10 のトピックを示している。いずれも,研究コミュ ニティに属する少なくない研究者が現在関心を 抱いている新たな課題であるとしている。具体 的には,①制度,②物質,③肉体,④他のメン バー,⑤時間,⑥他の組織,⑦感情,⑧パフォー マティビティ,⑨戦略家のアイデンティティ, ⑩正当性であり,それぞれが戦略化の過程にお いてどのように影響するのかを明らかにしてい くことが目指されている。

 必ずしも戦略の創造に直結しないかもしれな い多様なプラクティスへの注目,さらに戦略創 造の過程に影響を与えそうな多様な要因への注 目,これがStrategizing Activities and Practices と称し始めた研究者たちの注目点である。しか しながら,単に今まで以上に多様なプラクティ ス,多様な影響因に注目するだけでは,初期の SaP研究が抱えていた問題,すなわち研究対象 とするものが多種多様になり過ぎて,調査研究 が困難になるという同じ問題に再び直面してい く危険性が非常に高い。

 さらに実は Strategizing Activities and Practices と新たに称し始めたものの,これま で欧州において Strategy as Practice を牽引し てきた Whittington がこの報告書の座長であっ たり,両方の研究コミュニティのウェブサイト で同じロゴが使用されたりするなど,両者にお

いて少なくない研究者が重複していて,そもそ も欧州と米国とで単に名称が使い分けされてい るに過ぎない面さえある。しかしながら全く同 じ事象を説明するために異なる概念を使用して しまえば,議論の混乱しか招かないのと同様に, 研究地の違いによって名称を変えているだけで は将来的には研究の大きな混乱や停滞を招きか ね な い。 前 節 ま で に 示 し た Strategy as Practice の 研 究 進 展 を 踏 ま え た 上 で, 特 に Strategizing Activities and Practicesと称する 必要性,必然性を求めていきたい。

2. Strategizing Activities and Practicesである 必要性,必然性

 前節で示したSaPの真の意味での実践的転回 を目指して提示された枠組み,すなわちプラク ティス,プラクシス,実践者の3概念から企業 の戦略化の過程を明らかにしようとする枠組み は,SaP研究における新たな課題を提起するこ ととなった。それが注目すべきプラクティスの 曖昧さの露呈である。プラクティスという観点 から企業やその戦略創造過程を捉え直そうとす るものの,具体的なプラクティスを明示できな いでいるという課題である。さらに SAP の報 告書で示されていたような,戦略家の日々の仕 事に必ずしも直結しないようなプラクティスに まで目を向けると,より注目すべきプラクティ スが多様になり,曖昧となっていく。戦略創造 過程で鍵となるプラクティスの具体例,あるい はプラクティスの特性を全く明示できないなら ば,初期の SaP 研究で提示された第 1 の課題で ある,研究調査の実現可能性の問題に陥ってし まうこととなる。

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消 す る こ と が, 名 称 を あ え て 変 更 し た Strategizing Activitiies and Practices研究が取 り組むべき課題となる。SAP と称する必要性, 必然性である。Sandberg and Dall’ Alba (2009) は,その課題の解消を試みた研究として挙げる ことができる。彼らは,そもそもプラクティス, プラクシス,実践者というのは事前に,別個に 存在するのではなく,事後的に,相互関係の中 で立ち現われくることを指摘する。プラクティ ス理論は,先述したように特定の研究者の特定 の概念や考え方のみを起源としているのでな く,多数の研究者の多様な考え方が集積された 理論である。プラグマティズムの哲学とともに, 「生活世界パースペクティブ」もその重要な 1

つであるとされる。生活世界パースペクティブ の中では,プラクティスは「一連の活動,人々, 知識,道具,関心などで構成され,その中で成 員が住み込む固有の世界」(1355 ページ)とし て示されている。すなわち3者を含めて様々な ものが混然一体となっているのが広義のプラク ティスであり,時間の経過とともに,次第に判 然としていくのが,狭義のプラクティスであり, さらに実践者やプラクティスであるというパー スペクティブである。

 彼らによって提示されたSaP研究における新 たな鍵概念は「連関(entwinement)」である(今 井,2015 年)。連関を通じて,徐々に引き出さ れていくのが,一連の活動,人々,知識,道具, 関心であり,これらは事前に別個に存在してい るのではないということである。戦略が創造さ れていく文脈の中で示すならば,プラクティス, プラクシス,実践者というのは予め別個に存在 するのではない。したがって事前に3者を明示 することなどできない。プラクティス,プラク

シス,実践者の3者というのは,相互に連関し ており事後的に立ち現われてくる。そこである 企業の中で,連関に着目しながら実際に立ち現 われてきたプラクティス,プラクシス,実践者 について示すこと,さらに最終的に創造された 戦略,すなわち広義のプラクティスが現れ出て くるまでの過程を示すことが研究課題となると いう見立てである。

 しかしながら実際の調査研究においては,3 者のいずれか1つについては少なくとも事前に 特定しておく必要がある。なぜなら連関の観点 から企業の戦略創造過程に注目するといって も,実際に企業のどこにまず注目したらよいの かが判然としないからである。そこである特定 の実践者たちを特定した上で,彼らがどのよう なプラクティスを通じて,どのようなプラクシ スに至ったのか。あるいはある特定のプラク ティスに注目した上で,どのような実践者が関 与したり,どのようなプラクシスが導かれたり したのか。さらにはある特定のプラクシスの背 後には,どのようなプラクティスや実践者が関 与していたのか。調査研究を展開していく上で は,いずれかに注目していくことが不可欠とな る。そして以上の3つの課題をSAPとあえて称 する研究を展開していく上での大きな研究課題 として示すことができる。

Ⅳ. Strategizing Activities and Practices

の可能性

1. 営利性の低いプラクティスに 注目することの有効性

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ら特に注目すべきプラクティス,さらにあえて 日本において研究展開する必要性や必然性を求 めていきたい。プラクティス理論に基づいたプ ラクティス観においては,社会的プラクティス という大きな中に包み込まれていて,それらに 従っているのが人間であり,組織であり,戦略 であった。経営学者も社会メンバーの一人であ り,いずれかの組織メンバーの一人であるはず である。したがって研究者だけが社会的プラク ティスを高見から観察や分析できるというのは 現実的ではない。かつて社会学が構築を試みた 一般理論の失敗や破綻も,そもそも社会学者の みが社会を俯瞰して見わたせないという当たり 前のことに大きく起因しており(佐藤,2011), 同様の滑稽な失敗や破綻をしかねない。まずは, ある特定の社会的なプラクティスに向き合い, それが人間,組織,そして戦略をどのように特 徴付けていくのかという過程について,自らも 実践者となりながら丹念な研究を進めていくこ とが現実的な研究方向性であると考える。  先述した通りに,Strategizing Activities and Practices と称する研究者の中には,企業内外 の多様なプラクティスに注目し始めている。必 ずしも戦略創造とは直結しないかもしれないプ ラクティス,すなわち営利性が低いような周辺 的なプラクティスに注目し始めている。確かに そもそもプラクティス理論が着目する社会的な プラクティスについては,仕事と全く関係のな いもの,非営利的なものの方がむしろ多いはず である。プラクティス理論に基づいたプラク ティス観から,企業の戦略創造や組織生成の過 程を探究していくためには,従来の経営学にお いて看過されがちであった戦略とは関連性が低 い活動や非営利性が高い活動にも着目していく

必要がある。

 戦略や組織を特徴付けていくようなプラク ティス,しかしながら仕事と直結していないあ るいは非営利的なプラクティスについては,海 外の企業や工場との比較をすることで着目すべ きプラクティスを顕在化できる可能性がある。 日本人や日本企業にとっては少し奇異に映るよ うな海外企業の活動や現地従業員の活動,逆に 日本企業にとっては日常的だが海外では少し違 和感が示されるような活動が該当する。例えば 少なくない日本人が驚きを示す中に,イスラム 教徒が 1 日に 5 回も礼拝をすることがある。し かもイスラム企業では,従業員が礼拝するため の時間や場所まで確保している。イスラム教と いう宗教が,実践者や組織そして戦略に様々な 影響を与えている可能性が少なくない。日本企 業においても,神棚が設置されている企業が数 多くあり,反対に海外企業や外国人にとっては 決して普通の風景ではない。

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ればならないのか,なぜ毎朝でなければならな いかは曖昧である。まさに習慣化されたような 社会的な振る舞いや慣性的行動であり,特定の 個人の意思や時空間を越えて共有されているプ ラクティスであり,社会的なプラクティスであ る。

 以上より,例えば宗教や朝礼という社会的プ ラクティスが組織や戦略をどのように特徴づけ ていくのかに着目する研究展開をする必要性を 提示できる。また宗教や朝礼以外にも,戦略創 造に直結しない活動や非営利活動にもっと注目 し,それがどのように習慣化されていくのか, 仕事に関連する活動や営利性の高い活動とどの ように結び付いていくのか,そして最終的に組 織や戦略をどのように形成していくのかに着目 した研究を展開していく必要性を指摘する。自 らが従う社会的プラクティスについては当たり 前になりすぎて自覚しにくいものの,他国や他 地域の社会的プラクティスは上述したように比 較的顕在化できる可能性が高い。また他国や他 地域との比較を通じて,逆に自らの社会的プラ クティスも顕在化できる可能性があることを指 摘する。

 なお仕事に直結しないような活動や非営利的 活動の習慣化の過程に注目することについて は,研究者にとっては研究を進展させやすいと いう利点もある。仕事に直結しないような活動 や非営利的な活動ならば,実際に実践者の1人 となって参画し易いからである。例えば本論文 で先述した事例,具体的には宗教の礼拝,朝礼 のいずれもが研究者であっても比較的に参画し 易い活動である。参画して時に実践者となり時 に観察者となることで,こうした活動とともに, その企業の経営者や従業員,組織,戦略がどの

ように変化していくのかを体得したり観察した りできる。反対に,企業の仕事活動や営利活動 そのものに多くの研究者が参画する機会を得る ことは決して容易なことではない。したがって 調査研究の実現可能性からも,特に企業におけ る仕事とは言えないようなプラクティスの習慣 化,正当化,制度化の過程に注目して研究進展 させていくことを提起する。

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の,経営学ならびに経営戦略論では看過されて 取り扱われてこなかったもの,そして日本なら ではの社会的プラクティスこそが,日本企業の 戦略創造過程において不可欠であって,さらに は戦略化の独自性形成のためにも不可欠となっ ている可能性が高いからである。つまり日本的 な社会的プラクティスに注目することで,日本 企業に固有の戦略化の過程が明らかになり,さ らに日本企業の根源的な拠り所や強さが何なの かを提示できる可能性である。

 例えば日本の中には,先述した朝礼以上に, 業種や規模の違いを超えて,古くから掃除や整 理整頓を 5S 活動と称して大切にする企業が少 なくない。日本ならびに日本企業の社会的プラ クティスとして相当する。5S とは,一般的に 整理(Seiri),整頓(Seiton),清掃(Seisou), 清潔(Seiketu),躾(Sitsuke)の5つのことを 指す。いつ,誰が言い始めたか不明な活動であ りながら,日本では企業人の多くが知っていて, しかも日本人の多くが何となく良さそうだと感 覚的に感じている不思議な活動である。  つまり掃除や整理整頓のように,戦略創造に 必ずしも直結しないプラクティスの中でも,特 に日本的な社会的プラクティスに注目して,そ のプラクティスが実践者や組織の血や肉となり 習慣化,正統化,制度化されていく過程に注目 した研究展開をする必要性を提起したい。従来 のような社会的プラクティスの中身の特殊性や あるいは戦略論が示してきた内容の模倣困難性 を求めていく研究ではない。むしろ中身として は単純なプラクティスながらも,そのプラク ティスが人や組織に習慣付けされ,正統化され, そして制度化されていく過程の特殊性や模倣困 難性こそがその企業の独自性や持続的競争優位

性を形成にしていくことに注目した研究展開と も言い換えられる。先述した挨拶の例で表すな らば,奇抜な挨拶ができることよりも,自然と 挨拶ができるようになることの方が挨拶として 難しく,また社会的価値も高いということであ る。日本的なプラクティスの習慣化に注目しな がら,戦略の内容の独自性研究から,戦略の過 程の独自性研究へ転換していくという新たな試 みとして位置付けられる。

 実際,近年の経営学においては,経営戦略の 内容の独自性や差別化の有効性について少しず つ疑問が呈され始めている。例えばPfefer and Sutton (2006)は,各社が追求する独自性の内 容や程度と利益の間には,学者が期待するほど の 相 関 は な い こ と を 明 示 し て い る。 ま た Rosenzweig (2007)は,差別化すればするほ ど利益が上がるというような説は,学者の単な る誇張であり,まさに特定の要因を過大評価し てしまう認知バイアスであるハロー効果として 評している。

(14)

に基づいて,差別化は顧客にとっての新奇性が 高くすぐに受容されないためにむしろ成功が容 易でないこと,さらに企業にとっても様々な面 でコスト高となり利益を圧迫していく危険性が あることを指摘している。

 つまり新たな SAP 研究を通じて,特に米国 企業や米国学界が求めてきた米国型の戦略観か らの脱却が試みられているとして指摘できる。 実際に,特に欧州の経営学者たちがSaPを提起 し始めた理由としてはいくつか挙げられるもの の,その一つに米国型の経営観に過度に依拠し てきたことへの反動,反省がある。米国型の経 営観が唯一なのか,それに盲目的に従うことで 自社の競争優位性が本当に高まったのか,時代 や文化,状況が異なれば新たな経営観が必要で ないのか,ある意味では当たり前の疑問や違和

感がようやく呈され始めたとも指摘できる2)

 したがって SAP では,米国など特定の国の 特定の企業を理想や規範としない。理想や規範 を追い求めるのではなく,むしろ各社の現実を 追い求める。また経営戦略の新奇性や独自性と いった戦略の内容ではなく,戦略創造の過程の 現実に特に目を向ける。まず各社内の経営戦略 の策定や形成のプロセスに目を向けて,それを 現実として受け入れた上で,さらにその現実が 切り開く可能性を求めていくというアプローチ である。つまりプラクティス理論の理論的背景 の1つされる,実践重視,現実重視の哲学であ るプラグマティズムの哲学に通じた経営学なら びに経営戦略論の新たなる転回である。

3.マーケティング研究に対する含意

 最後に,本論文が示したような SAP 研究が 進展することによる特にマーケティング分野に

おける新たな研究可能性や方向性を提示してお きたい。本論文では,まずSaPでなく特にSAP とあえて称する必然性として,プラクティス, プラクシス,実践者の3概念の連関から企業の 戦略化の過程を注目することを示した。またプ ラクティス理論に基づいた真の意味での実践的 転回を目指した SAP の研究課題として,企業 の周辺的活動が継続され習慣化されていく過程 に注目することを示してきた。さらにあえて日 本において研究展開をする必然性として,日本 企業特有の非営利性の高いあるいは仕事に直結 しないような周辺的活動の習慣化の過程ととも に,それが正統化や制度化されていく中で営利 性の高い活動あるいは戦略に直結する活動に結 び付いたり転換したりしていく過程に着目する 必要性を挙げた。

 以上のような研究を進展していくことは,必 ずしも利益や仕事に直結しない活動が意図せざ る活動の結果(沼上,2000 年)をもたらすま での過程についての探究として位置付けられ る。またリレーションシップ・マーケティング における短期のエピソード交換から長期のリ レーションシップへと昇華していく過程につい ての新たな探究になるとしても,より簡潔に言 い表せば,短期取引から長期取引へと切り替 わっていく過程についての探究の1つになると しても示すことができる。

(15)

てリレーションシップ・マーケティングは,イ ンタラクティブ・マーケティングや関係性マー ケティングなどとも称されることが少なくな い。イナクトメント型,フィットネス型,ある いはマネジリアル・マーティングなどと従来の マーケティング研究を称して,それらが哲学の 存在論を基礎として,特定企業主導の統制的な 関係性の構築に着目してきたという指摘をする (堀越,2007 年)。そしてそこから脱却して,

認識論を基礎として,企業と顧客との間の,あ るいは企業間の相互協調的な関係性の構築に着 目した研究をしていく必要性を求めている。  一方で海外では,IMP学会を中心にして,企 業と顧客の間で,あるいは企業間において長期 安定的な取引が形成されていく過程に対して新 たな説明を探究することを統一的な研究課題と した研究が進展し始めている(Håkansson and Snehota, 1999; 南,2005 年)。つまり存在論か 認識論かといった哲学思考論争,あるいは特定 企業による統制的関係性から相互協調的関係性 への転換などに伴うパラダイム間の方法論的前 提についての論争に過度に陥っていく危険性を 回避,抑制し,より実証的な研究へと向かい始 めている。具体的には,なぜ,あるいはどのよ うにして長期安定的な取引が形成されていくの か,この課題に対して「短期的取引」,「長期的 取引」,「相互の関係性」,「環境」の観点から注 目する枠組みが提示されている(滝本,2012年)。  企業間あるいは企業と顧客の間の関係性は, まず短期的取引から始まる。短期的取引が形成 されるまでの間には,企業が提供する製品,サー ビス,情報に関するエピソード交換にとどまら ず,社会的な交換,具体的には互いの組織の戦 略,組織,技術の特性,さらに組織を構成する

個人の経験や目的に関する交換までもしばしば なされる。

 短期的なエピソード交換が継続され,特に社 会的交換にまで至ると,次第に互いが長期的取 引を期待するようになる。そして長期安定的な 取引を形成するために,互いが制度化や適応を 進める。この制度化や適応がリレーションシッ プと表現される。つまり制度化や適応を分析対 象とする研究が,IMPが示しているリレーショ ンシップ・マーケティングである。

(16)

究の蓄積に未だ依存している。つまり利益や仕 事の直結するような要因に目を向けている。他 方,本論文においては,プラクティス理論に基 づいた真の意味での実践的転回を目指した SAP の研究課題として,特に企業の周辺的活 動に注目する重要性を示してきた。より具体的 は,非営利性の高いあるいは仕事に直結しない ような周辺的活動が正統化や制度化されていく 中で,営利性の高い活動あるいは戦略に直結す る活動に結び付いたり転換したりしていく過程 に着目する必要性を挙げた。

 大きな取引が新たに形成されていく過程,特 に短期的な取引から長期的な取引に切り替わっ ていく制度化や適応の過程に着目する研究の進 展には,必ずしも利益や仕事に直結しない活動 がもたらす意図せざる活動の結果にも目を向け る必要がある。新たな大きな取引ほど,また長 期継続的な取引ほど,全てのことを意図的に操 作したり形成させたりすることが容易でなく, 事前に想定していなかった実践者や周辺的なプ ラクティスとの連関がプラティスの形成に大き く寄与している可能性が高いからである。  例えば,日本企業の創発的戦略として,ホン ダのアメリカ市場進出の事例がしばしば示され る。当初ホンダの経営陣が目論んでいた大型バ イクでの成功ではなく,一部の従業員たちが大 型バイクの営業や修理に出向くために乗ってい た小型バイクであるスーパーカブが現地で注目 されたことを契機にして,そのスーパーカブを 販売し始めたところ大成功となりアメリカ市場 進出の足掛かりになった事例である(Pascale, 1996)。

 スーパーカブに乗るというプラクティスは, 本来の営業や修理の仕事そのものではない。広

大なアメリカを駆け回るために乗ったにすぎな いという,周辺的なプラクティスである。しか しスーパーカブの販売を始めると,スーパーカ ブに乗るというプラクティスは移動のためだけ のプラクティスではなくなる。実は商品の実演 広告のためのプラクティスであったことにもな る。つまり周辺的なプラクティスの意味が事前 に想定していなかったような変化をしたり付加 をされたりすることが,アメリカの消費者や販 売店との長期取引形成の過程には必要となって いたと本論文の観点からは指摘できる。また営 業や修理の従業員という当初は想定していな かった実践者が主要な実践者となっていった。  新たな大きな取引ほど,長期的な取引ほど, 事前に意図していなかった実践者の登場や利益 に直結しないような周辺的なプラクティスの関 与が不可欠になるのではないか。新たな短期的 な取引の生起,長期の安定的な大きな取引の切 り替わり,それらの契機や過程を明らかにして いく研究においても SAP 研究の進展が寄与す ることが少なくないと指摘したい。特に本論文 が提示した日本的なプラクティスの正統化や制 度化の過程とリレーションシップにおける適応 や制度化の過程との関係性の接近を求めたい。

Ⅴ. おわりに

(17)

が営利性の高い活動へと転換され制度化されて いく過程を明らかにすることが新たな戦略論の 研究課題になり,そしてその探究結果として明 らかにされた制度化の過程こそが対象企業の戦 略であるという新たな戦略観である。また組織 論の新たな研究課題としては,非営利性の高い 周辺的活動が継続され習慣化されて,新たな社 会的なプラクティスとして正統化されていく過 程を明らかにすることが示せる。プラクティス の正統化の過程が組織であるという新しい組織 観である。

社会的プラクティスについては,挨拶の先例 のように,実践者にとって重要なものほど当た り前になり過ぎているために自覚的でないもの も少なくなく,すでに社会的なプラクティスと なっているものを研究者が全て適切に顕在化し て研究対象化することが必ずしも容易でないと いう研究実施上の課題を抱える。しかしながら 非営利的な活動や仕事に直結しないような周辺 的活動については,営利組織にとっての新しい プラクティスであり,顕在化や研究対象化が比 較的容易である。そこで本論文では,そうした 周辺的なプラクティスに特に注目し,それがど のように習慣化されていくのか,戦略に関連す る活動や営利性の高い活動とどのように結び付 いていくのか,そして最終的に組織や戦略をど のように形成していくのかといった,社会的プ ラクティスとなる過程に着目する研究展開を求 めた。

 以上のような,企業の中の仕事そのものや仕 事に関わる問題に目を向けながら研究を進展さ せてきた既存の経営学からは,仕事に直結しな いことや非営利性の高い活動にまず目を向ける ことの提起は奇異に映るかもしれない。しかし

例えば,Facebook 社も現在のような規模の事 業性や成長性を必ずしも事前に明確に想定して いたわけではなく,当初は大学内の学生交流と いう趣味性が高いサービスとして開始されてい る。日常の些細な不満や問題の解決,そして仕 事でない趣味を起点にして,それが事業として 大きく展開されていくベンチャー企業も少なく ない。仕事でない活動にあえて注目して,それ が次第に営利性を帯びた仕事になったり仕事と の関連性を形成したりしながら,正統化や制度 化されていく過程に注目することは,既存企業 を対象とするのみならず,ベンチャー企業を対 象にしてその戦略や組織の形成過程を明らかに する新たな視座になり得る可能性も高いと考え る。仕事ではなかった活動が仕事へと変化する 瞬間や過程に注目する研究展開は,企業の規模, 歴史,業種を問わずに企業がさらなる成長や存 続を試みていく躍動的な過程に注目できる研究 展開となり得る。

(18)

く」パラダイムに依拠してきた。「組織は戦略 に従う」はその典型の命題である。しかし本論 文の提示は,「行動が心理を導く」という反対 のパラダイムに依拠している。「戦略や組織が 実践に従う」であり,まず社会的なプラクティ スであるような活動を実践し,その実践が様々 な感情や知識を導くというパラダイムである。 今後は,本論文で示した検討結果に基づきなが ら,丹念な調査研究を進めていくことを目指し たい。

1) Reckwitz (2002)は,他の文化的理論(Cultural Theory) と し て は Mentalism, Textualism, Intersubjectivism の 3 つを挙げている。

2) 米国の学術誌においても,米国型の経営観や戦略観 に対する疑問が呈し始められている(Boyacigiller and Adler, 1991)。

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滝本 優枝(たきもと まさえ)

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