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楽しい授業 諸山 将梧

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Academic year: 2022

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学部を卒業して

楽しい授業

諸山 将梧

2017年3月学部卒業 私にとって大学は勉強のペースメーカーでした。普段は学校に行かずに漫画を読む こと、ネットでちょっと面白いページを探すこと、昼寝に時間を費やしていました。そ して、期末試験前になると急いで内容を半分ほど詰め込むのです。そしてその翌学期 にこれではいかんと前学期の内容を一日中勉強するというのを二科目分ほど行い、燃 え尽きて、またもとのだらけた生活に戻るというのを繰り返していました。

しかし三回生になるとそうもいかない科目が現れました。解析学演義、幾何学演 義、代数学演義です。これらは問題を黒板の前で解く科目です。また、これは前期の 科目で、後期にもある演義の内容の選択にここでの成績が関わってくるため、けっこ うな高頻度で発表をする必要がありました。しかしこの演義こそが、私の思う一番楽 しかった授業です。

システムとしては、問題が大量に配られて、各々勝手に解き、それを黒板で発表す るというものでした。解いた問題が被った場合はじゃんけんで誰が発表するか決める ということになっていました。しかしそれではせっかく時間をかけて解いた問題が発 表できないということが多発してしまうため、誰がどの問題を解いているかを共有す ることになりました。

その方法は、Googleスプレッドシートというものを使って、ネット上のエクセル のようなファイルに各々が記入していくというものでした。リアルタイムで書き換え が見えるので、多くの人数が同時に編集しているときなどじんわりとした一体感を感 じました。また、ちょっとした相談などもそこに書き込まれていて、これも便所の落 書きで会話しているのを眺めているのに似た楽しさがありました。

さらに運がいいことに、私の学年には場に合わせないムードメーカーがいたので、

少人数の授業というのも相まって笑いが生まれていました。代数学演義では、その空 気に途中で慣れたのか、尾高先生が笑いをとりにいっている光景も見ました。

これから演義を受ける学生にとっても演義が楽しい思い出になることを祈ります。

代数学演義が行われた教室 1

―66―

参照

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