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―宮城県多賀城市の挑戦―

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1 はじめに

 文化まちデザイン論は,「文化芸術のコンテンツや文化政策を中心に置い たまちづくり論である(志賀野 [2015]).筆者がこれまで研究してきた「カ ルチュラル・クロスポリシー(=CCP)」1)という方法論[政策手法]の延長線 上にあり,換言すれば文化芸術に視座を置いた地域政策論である.また,「ま ちづくり」の定義を確認しておくと,まちづくりは「ハードソフトの両面で

〈まち = 都市や地域社会〉を主体的につくりあげようとする永続的な営為2) である.

 わが国における現代の地方都市は,少子高齢化,都心の空洞化をはじめ多 くの困難に局面にある.また,地方の人口減少は止まず,首都圏との格差は

 東北文化学園大学総合政策学部教授

1) CCP の概念規定:「文化・芸術の持つ制作過程を含めたアートの創造力を触媒として都市や地 域の諸課題を総合的に解決していくための方法論,または自治体の既存政策に文化を融合させる 政策手法」と定義.(志賀野 [2009])その後筆者は,「文化芸術の潜在力を媒介(あるいは触媒)と したまちづくり」という言葉を使うようにし,この認識のもとで地域社会(農村地域を含む)の様々 な問題の解決に向けた文化政策を考えている.「創造都市論」も同じ文脈にあるという考えである.

2) 文化・社会・経済産業系の政策と工学・理学系のデザインなどを総合化し,ハードとソフト,

ヒューマンウエア―を加え進められる営為(織田 [2009]).

文化まちデザイン論

―宮城県多賀城市の挑戦―

志賀野桂一

The challenges of designing a city of culture: Tagajo’s story

SHIGANO Keiichi

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92 file 2 創造文化フォーラム

拡大しつつある.とりわけ2011年の震災以降は,東北の中小都市は厳しい状 況に晒されている.筆者はこれまで,そうした地方都市の様々な取り組みと,

文化経済政策と「中心市街地活性化」に焦点を当て,「まちづくりのあり方」

を考察してきた.

 今回取り上げる宮城県多賀城市は,筆者が最も注目する東北の都市である とともに,創造都市の政策に着目し,研究・実践に積極的に取り組もうとし ていることから,関わりを深くしている都市である.

 本論では,多賀城市が取り組む「地方創生3)」の実践的な試みを中心に論じ てみたい.中でも,現在進められている中心市街地活性化の事業に呼応した ソフト事業「史都から詩都へプロジェクト」4)の企画を取り上げ,プロジェク トに盛り込まれるオペラ《魔笛(多賀城版)》制作から敷衍される多様な効果 を含め,具体の事業内容を詳述するとともに,多賀城市のまちづくりの諸課 題や,その推進体制の今後にも触れてみたい.

2 多賀城市の歴史と概要

 人口6万2,452人(平成27年9月30日現在)の中小都市で,仙台市と塩釜市 に挟まれたベットタウンという性格である.産業は,商業・工業が中心で農 業も加わる構造5)となっている.

 史跡は多く,国指定文化財8,県指定5,市指定13を数える.その歴史は古く,

8世紀の初めに陸奥国が建設され国府が置かれた事に始まる.

 多賀城は神亀元年(724)に築城され,仙台平野を望む丘陵上に東北地方の 政治と軍事の要である鎮守府や,国分寺などの宗教・文化の中心的役割を果 していた.当時の文化を思わせる多賀城廃寺跡や,延喜式内社である多賀神 社や陸奥総社宮,新古今和歌集で歌枕とされた浮島(浮島神社)などが残って

3) 地方創生の基軸となる総合戦略は,人口減少に歯止めをかけ,東京一極集中を是正するため,(1)

地方における安定的な雇用創出,(2)地方への新しい人の流れをつくる,(3)若い世代の結婚・出 産・子育ての希望をかなえる,(4)時代に合った地域づくりの4つを基本目標に掲げている.本論 で後述する「地方創生先行型」(1700億円)がこのひとつである.

4) 多賀城市が実際に申請した事業名称は,世界絵本フェスタ ~「新しいまちづくり」挑戦プロ ジェクト~である.

5) 産業別就業者は約3万人,3次産業73.8%,2次産業20.1%,1時産業1.1%(分類不能4.9%)である.

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93 文化まちデザイン論

いる.朝廷の支配地域が広がるにつれ軍事的機能が胆沢城(岩手県奥州市水 沢)に移る.しかし,陸奥国中心としての象徴的な存在は変わらず,平安時代 後期に行われた前九年の合戦や,後三年の合戦では鎮守府将軍となった源頼 家,義家父子は,多賀城から軍を派遣している.

 鎌倉時代に入り朝廷の力が衰えると国府としての機能は低下し極めて象徴 的な存在となった.その後の奥州探題となった大崎氏が名生城へ居城を移す と多賀城市周辺は国府としての機能を完全に失った.

 戦国末期の多賀城市周辺は留守氏や国分氏が統治するが,大きな勢力には 成らず次第に伊達家に飲み込まれていく.

 〈多賀城市の歴史的風致の認定〉

 平成20年度に施行された「地域における歴史的風致の維持及び向上に関す る法律6)(通称,歴史まちづくり法)に基づき,市では平成21年度から計画 の策定に取り組み,文部科学省,農林水産省,国土交通省の3省に認定申請を 行い,平成23年12月6日に認定7)を受けた.

 歴史的環境は,江戸時代から保護顕彰活動が続けられ,特別史跡や歌枕な ど良好な状態で伝えられている.「壺碑8)」が土中から発見され,松尾芭蕉も ここを訪れ奥の細道で紹介している.これらと折り重なるように,塩竈街道 を舞台に繰り広げられる陸奥総社宮の祭礼,貞山運河の水運,農村集落とし ての習俗が,歴史的建造物と一体となって良好な歴史的風致を形成している.

 〈多賀城市の中心市街地の取り組み〉

 多賀城市は,新産業都市指定を受けて,ソニーなど企業立地に恵まれ,歴 史文化と産業文化の融合を目指して市政が運営されてきた.南の仙台都市圏 と隣接の塩釜市に挟まれていることから,2つのJR駅と国道を中心として

6) 市町村が「歴史的風致維持向上計画」を策定し,国の認定を受け,歴史的風致を維持及び向上さ せる施策を展開することにより,地域固有の歴史・文化を保存・活用し,良好な環境を継承発展さ せようとするものである.

7) 計画期間 平成23年度~平成32年度

8) 多賀城碑(壺碑・つぼのいしぶみ): 遺跡・文化財 歌枕 . 多賀城碑(壺碑). 那須国造碑(栃木県),

多胡碑(群馬県)とともに日本三古碑の一つに数えられる奈良時代の古碑とされるが,壺碑の真偽・

場所について諸説がある.

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94 file 2 創造文化フォーラム

都市型住宅地(ベットタウン)としての性格が強く,その独自性の発揮と中心 市街地形成が長らく重要な課題であった.

 平成10年の市街地活性化法に基づき JR 仙石線多賀城駅の立体交差と土地 区画整理事業を中心とした事業が始まった.

 しかし,その計画は一見して交通などの利便性を主にした都市機能を主軸 とした計画で,周辺地区のまちづくりについても,エリアの機能分担を現状 追認型で,マチ圏の構造分析9)に留まっている.また旧法の目玉の TMO は,

中心市街地に関する「企画・調整,推進,実施」の主体と期待され,多賀城市 の場合「(株)まち・みらい多賀城」10)を立ち上げた.ユーアイバス運行,空き 店舗対策(多賀城屋)など一定の実績をあげたものの,革新的な成果を収める までには至らなかった.

 こうした状況は,全国共通の弱点であり,実績を上げているいくつかの都 市を『文化まちデザイン論』で展開したが,誘導または牽引する強力なソフト 事業やプロジェクトがなかった地域は,同様の憂き目を見ている.他方,ま ちの歴史や記憶(いわば「都市の文化資本」)を読み取り,文化的プロジェク 図1 多賀城JR駅前地図

9) 周辺地区を,「3種隔越型マチ圏構造」として近世集落,生活・文化系,産業系に分類している.

10) 平成12年5月に設立,平成22年5月に解散.

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95 文化まちデザイン論

トを施策に内蔵させた都市は,それなりの成果を収めている.人々のまちに 対する愛着,「このまちに住み続けたくなる理由」(= シビックプライド)(伊 藤・牟田 [2008])を創りあげなくてはならないのである.

 多賀城市の場合,平成23年3月には未曾有の災害「東日本大震災」による大 きな痛手を受ける11).「震災復興計画」を立て,その期間は平成32年度までの 10年間とした.市の総合計画 はすでに出来上がっていたが,復興計画は総 合計画を補完するものとして位置づけられた.

 〈新たな図書館整備〉

 都市の中の図書館は,平田オリザが述べている通りコンビニヱンスストア と並び,どんな人にも開かれているコミュニティスペースである(あるべき)

(平田 [2013] p.45).弱者の居場所にもなる排他的でない施設という点では,

まさに社会包摂的な場所なのである.

 近年,書店や図書館を巡って新しい動きがみられる.書店においては,全 国店舗数1473店(2013年1月31日現在)を誇る TSUTAYA であり,代表的店 舗が代官山蔦屋書店である.また公共図書館で賛否があるものの,話題の渦 中にあるのが,九州佐賀県の武雄市の図書館(楽園計画 [2013])である.武雄 市長の樋渡啓祐が市立図書館の指定管理者にカルチャ・コンビニエンス・ク ラブ(以下 CCC という)を指名したからである.この話題の両者を結ぶ人物 は,TSUTAYA 書店の COE であり,CCC の代表が増田宗昭である.増田 のイニシアティブで書店の概念を変えてきた.こうしたなかで CCC が運営す る武雄市の公立図書館は,利用時間の延長や,分類法を変える12)など従来の システムを見直し,従来型の硬直的な運営に一石を投じている.

 図書館は,都市文化の心柱であり,誰もが「知の冒険」のできる拠点である.

若者の本離れが叫ばれて久しい今,書店・図書館の革新は焦眉の課題である.

増田は,現代を「提案の時代」と捉え,コンシェルジュを配置するなど,ライ フスタイル提案型の図書館像を描いている.

 多賀城市の選択は,「JR 駅周辺の中心市街地整備事業」を震災復興のシン ボルと位置づけ,長年進めてきた次世代の図書館計画13)を,CCC に託し地

11) 市域の3分の1が大津波で浸水,188名の犠牲者,住居被害は11,530件に及んだ.

12) 日本十進分類法に代わって22進分類法が採用されている.(楽園計画 [2013] p.33)

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96 file 2 創造文化フォーラム

域文化創造の拠点として再出発しようとしている.

3 まちづくりと文化芸術プロジェクト

 今日,文化芸術政策の意味が大きく変わり,文化政策のパラダイムチェン ジ が現実のものとなっている.政府もそうした文脈を踏まえ,「文化芸術に 関する基本方針14)(第4次基本方針2015年6月22日付け)においても,文化 力を意識した社会づくりが示されている.

 その前文を紹介しておくと,「本基本方針は , 文化芸術資源で未来をつくり , 以下のような『文化芸術立国』の姿を創出していくための国家戦略となるこ とを目指す.」とされ,これまでの〈文化芸術〉そのものの振興策から,「成熟 社会に適合した新たな社会モデルを構築していくことが求められているな か , 教育 , 福祉 , まちづくり , 観光・産業等幅広い分野との関連性を意識しな がら , それら周辺領域への波及効果を視野に入れた文化芸術振興施策の展開 がより一層求められる.」とし,「人口減少社会が到来し , 特に地方において は過疎化や少子高齢化等の影響 , 都市部においても単身世帯の増加等の影響 写真1 新図書館およびJR多賀城駅前開発(パース)

13) 「多賀城市立図書館基本計画(平成11年度~平成25年度)」,同後続計画(平成26年度~平成32 年度),現在,CCC 株式会社行政サービス企画カンパニー図書館事業部が準備に入り,28年3月開 館を目指している.

14) 対象期間を ,2020年度までのおおむね6年間(平成27年度~平成32年度)と定め,我が国が目指 す「文化芸術立国」の姿を明示するとともに,社会を挙げて①地方創生:文化芸術 , 町並み等を地 域資源として戦略的に活用し , 地方創生の起爆剤に ! ②2020年東京大会:全国津々浦々で,あらゆ る主体が『文化プログラム』を展開,多くの人々が参画③東日本大震災からの復興:文化芸術の魅 力で,国内や世界のモデルとなる『新しい東北』の創造④文化芸術への公的支援を,戦略的投資と 位置づけ,文化芸術振興への支援を重点化が提示されている.

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97 文化まちデザイン論

写真 2 図書館外観・同内部(パース)

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98 file 2 創造文化フォーラム

により , 地域コミュニティの衰退と文化芸術の担い手不足が指摘されている.

また , 昨今の経済情勢や , 厳しさを増す地方の財政状況などからも , 地域の 文化芸術を支える基盤の脆(ぜい)弱化に対する危機感が広がっている.文 化芸術が生み出す社会への波及効果を , こうした諸課題の改善や解決につな げることも , 求められている.」としている.

 今日,文化芸術予算の位置づけは,国にとっても地方自治体にとっても,単 なる社会的経費ではなく,「新しい国家ヴィジョン(芸術立国)や地域づくり

(「新しい東北」を創るための投資」とみなされるようになってきたのである.

 教育はもとより福祉・産業経済・人権・防災・コミュニティなど多岐にわた る「文化芸術を多用したまちづくり」の事例研究15)も進んでいる.

 今回多賀城市が挑戦する試みは,こうした文脈に沿って,新しい都心開発 というハード整備と呼応して,文化芸術的プロジェクトというソフト事業を 提案・実行しようとすることである.

 事業計画にあたって筆者は,3つの方法論の重要性を主張してきた.その 第1は「都市のアイデンティティの再編集の必要性」であり,第2は「まちの 誇りと,住民の QOL16)を高めるための目標の可視化」,第3は「見逃されてい る都市資源の活用と保全,転用,あるいは仮設」である.

 そこで多賀城市の場合,まず都市のアイデンティティをどう読むかが重要 である.都市には固有の DNA とでもいうべき物語が存在する.この解読の 上で新しいプロジェクトが企画されるべきで,政策もまたこの延長線上で考 える必要があると筆者は考えている.

 ここで,多賀城市長の言葉(ステートメント)を市のHPから引用してみよう.

「市長菊地健次郎です

多賀城市は,1200有余年の歴史のあるまちです.

その昔,西の大宰府,東の多賀城として都人から「遠の朝廷(みかど)」と 称された時代がありました.また,坂上田村麻呂(さかのうえのたむら

15) 平成26年度文化庁委託事業『社会課題の解決に貢献する文化芸術活動の事例に関する調査研究』

報告書が27年3月31日付で野村総合研究所によって出されている.

16) クオリティ・オブ・ライフ(英:quality of life,QOL)とは,一般に,ひとりひとりの人生の内容 の質や社会的にみた生活の質のことで,その土地に住み続ける居住の快適さを含む.

写真は小口側に

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99 文化まちデザイン論

まろ),大伴家持(おおとものやかもち),大野東人(おおののあずまびと),

松尾芭蕉等々,様々ないにしえ人達が過客となり,多くの足跡を残しま した.

こうした歴史的背景から,これまでは多賀城を「史都」という呼称を付け 表してきました.

しかし私は,作家の司馬遼太郎さんの「街道をゆく」の中で,「多賀城そ のものが詩である」と述べていただいたのをヒントに,これからは「詩 都」とも呼称するよう提唱いたしました.

これからはまちに美しさが求められる時代.歴史の重みと,詩都という イメージを高く持ち,多賀城を創り変えていきたいものです.」17)

 この市長の言葉はまちづくりを考えるうえで多くの示唆を含んでいる.

まちづくりにおいて《都市機能の高度集積》や《都心居住 = 集住》という機能 論的な目標ばかりではなく,この市長の言葉にみられるような地域に住む 人々の地元への「愛着心」を鼓舞するような精神の表現が必要なのである.

《詩》は歌であり韻を踏む文学の一形式というばかりではなく,様々な広がり があり,「詩都」という響きには,足立が述べるまちづくりにおける「センチ メンタル価値」(足立 [2010] p.7)が認められるのである.

4 地域創生について

 政府は,26年末から27年初にかけて地方創生に向けた政策を相次いで示 した.将来の人口展望を示す「長期ビジョン」と「まち・ひと・しごと創生総 合戦略」を決定.2014年度補正予算で地方の消費喚起などのための交付金 4200億円を計上したのに続き,2015年度予算案では関連予算として農業の支 援など7225億円を盛り込んだ.平成28年度予算編成に本格化される見通し である.

17) 多賀城市ホームページ(http://www.city.tagajo.miyagi.jp)より.

18) 地方創生先行型交付金の上乗せ交付分として政府は27年度の年央に総額300億円の交付金を出 すことを決め,全国の地方公共団体に応募を呼びかけ,多賀城市もこれに呼応してタイプⅠの申 請を行った.

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100 file 2 創造文化フォーラム

 当面の対策のとして「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」では,地方創 生に意欲的な自治体に新型交付金18)を配分するほか,都市部の高齢者に地方 移住を促す「日本版 CCRC19)」構想,官民一体で観光地と地域資源の一体的な ブランド開発を支援する「日本版 DMO」20)の形成などが柱となっている.

 基本方針では,地方経済の低迷の背景に,東京圏(千葉,埼玉,東京,神奈 川の4都県)への若者の流出による人材不足や生産性の低さがあると指摘し,

32年までに地方で30万人分の若者の雇用を創出する.

 目玉となる新型交付金は,先駆的な取り組みを実施する自治体に自由度の 高い予算配分を実施する.これまでのような「縦割り」による事業や経費の 制約を緩め,産業界,行政,大学,金融界など多様な主体が参画して複数の自 治体や官民が共同で実施する事業などを対象とする.併せて,交付金を配布 した自治体には,定期的に事業の進捗度を見直すプロセスの導入を求めた.

財源は各省庁所管の補助金を見直すことで捻出する.今回政府から出された 長期ビジョンと総合戦略には,これまでにない3つの特徴がある.

 第1は,これまでタブー視されてきた人口問題を真正面から掲げているこ とで,地域経済の再生を通じた人口減少の克服を目指す.「2060年に1億人 程度の人口を維持」,「東京への過度の集中を是正」,「地方への企業や人の移 動を促進」といった目標がそれだ.

 第2は,国として具体的な施策とその数値目標21)を掲げ,進捗についてア ウトカム指標を原則とした業績評価指標で検証し,改善する仕組みの確立だ.

つまり結果を出さなければならないというわけだ.そして,第3が地方の自 主性を重視し,国がそれを支援する基本姿勢を鮮明にしたことである.

19) CCRC(Continuing Care Retirement Community)元気なうちから終末期まで過ごせる新しい 住居形態として.2015年1月三菱総合研究所が提唱した.

20) DMO(Destination Marketing / Management Organization)地域が自らの手でマーケティン グや PR,品質管理や資源管理などのマネジメントを行う組織.海外の観光先進諸国では,観光地 で多くの DMO が存在し,地域の集客促進に重要な役割を担っている.

21) 数値目標では,例えば2020年までに東京圏から地方への転出者を4万人増やす一方,東京圏へ の転入者を6万人減らして転入・転出ともに41万人と同水準にする目標を明示.本社機能を東京 から地方に移す企業の件数をいまより7500件増やし,地方拠点での勤務者を4万人増やすことを 目指す.

22) 人口や財政力指数などを踏まえて1400億円を年度内にも自治体に一次配分.地方版戦略の策 定状況や事業提案内容などを国が精査して2015年夏に300億円を上乗せ交付していく段取りと なった.

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101 文化まちデザイン論

 さらにもう一つの特色が,新たな「財政的支援」22)に加えて「情報」「人」の 支援策を加えている点である.国は地域の経済活動の現状を知るうえで有効 なビッグデータの提供などの「情報支援」や,国家公務員の小規模自治体への 派遣などの「人的支援」23)で自治体を後押しするとしている.

 財政面に話を戻すと,2014年度補正予算で確保した4200億円の自治体向 け交付金のうち2500億円をプレミアム付き商品券などに使う「地域消費喚 起・生活支援型」と,本論で取り上げる「地方創生先行型」(1700億円を)とに 区分された.この「地方創生先行型」は,個別のひも付き補助金や,効果を検 証する仕組みを伴わない一括交付金とは異なる.自治体が自由に使える「新 交付金」の先取りという性格がある.2016年度から本格実施に向け2015年度 は,試行的な運用と考えられるのである.

 2015年度の年央で示される上乗せ分の事業分野は,①人材育成・移住分野,

②地域産業分野,③農林水産分野,④観光分野,⑤まちづくりの5分野となっ ており,多賀城市は,今回「まちづくり分野」での取り組みを行うこととなった.

5 プロジェクト企画(地方創生先行型)

 多賀城市は,28年度の下期という厳しい時間制約にもかかわらず,筆者の 提案に基づくプロジェクト企画を,政策判断のうえで申請することとなった.

以下その申請内容からの抜粋である.

5.1 事業プロジェクトの概要

 ○タイトル:多賀城市世界絵本フェスタ~史都から詩都へプロジェクト~

 ○事業分野は「まちづくり分野」

 多賀城市は,将来にわたり活力あるまちの実現のため,文化芸術が持つソ フトパワーを活かすまちづくりを進めようとしており,平成28年3月には,

図書館,書店,カフェ等が融合した施設と保育所,子育て支援施設,高齢者専 用住宅が同居する2つの施設を市の中心部である JR 仙石線多賀城駅前に新 設する.この新たな施設と,本市のアイデンティティともいえる歴史遺産の

23) 人的支援では市町村の首長の補佐役として国家公務員や大学研究者,民間の人材を派遣する「地 方創生人材支援制度」や国の職員などが相談窓口になる「地方創生コンシェルジュ」の仕組みを創設.

写真は小口側に

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102 file 2 創造文化フォーラム

数々,国内屈指の音響性能を有する音楽ホール等の文化的資源を有機的に繋 げる『新しいまちづくり』への新基軸を打ち出そうとしている.

 本事業は,そのような『新しいまちづくり』を実現させるための積極的挑戦 であり,未来への戦略的投資プロジェクトである.

 このプロジェクトでは,新図書館,子育て支援施設,音楽ホール等の事業 連携を促し,相乗効果による高い付加価値を生み出し,人口減少対策の一環 として,より良い子育て環境の実現を目指すものである.

 そのためにも,多様な層へのアプローチを可能にする絵本を切り口とし,

世界絵本展覧会と世界的歌劇を基にした多賀城版の絵本音楽劇を核に複数の 関連事業を展開することで,グローバリゼーションを意識しながら,多様な 市民や団体の参画を得ることで,ソーシャルインクルージョンをも意識した,

多様なチャンネル形成を目論むものである.

5.2 地方創生に寄与するポイント

 文化芸術の取組みを地域資源とすることで,交流人口の増加や移住に繋が り,基本目標「本市への新しい人の流れをつくる」に寄与する.

 このプロジェクトの目玉となる音楽劇は総合芸術であり,その製作過程に 子ども達を関わらせることで,問題解決能力やコミュニケーション能力,ス トレス耐性,感情表現など,様々な学びを得ることができる.また一流のアー ティストやプレイヤーと接することにより,豊かな感性の育みにも発展し,

これらが子育ての夢へとつながることで基本目標「若い世代の結婚・出産・

子育ての希望をかなえる」に寄与する.

 絵本という誰もが親しみやすい切り口での事業展開であるため,世代や地 域を問わず,また国際的な文化の交流に発展することが期待されるとともに,

絵本のトレンドを通して,社会環境の移ろいを捉えることも可能とし,これ を的確に子育て環境に活かすこができれば,基本目標「時代にあった地域を つくり,安心な暮らしを守るとともに,地域と地域を連携する」に寄与する.

5.3 ‌‌先駆的事業であることに関して(政策5原則:将来性・地域性・

直接性・新規性など)

 本事業は,本市が主体となって図書館を核に据えた東北随一の文化交流拠 写真は小口側に

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103 文化まちデザイン論

点整備によるまちづくりを推し進めようとする方策の1つとして実施するも のであり,「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第4次基本方針)(平成 27年5月22日閣議決定)」において示されている,文化芸術,町並み等を地域 資源として戦略的に活用し,地方創生の起爆剤にしていこうという方針と方 向性を同じくするものである.

 「絵本」という誰しもに親しみの持てる切り口で,文化芸術のまちというア イデンティティを創出することを志向するものであり,絵本を軸としたプロ モーションによる地域イメージの向上は,交流人口の増加に大きく貢献し,

また,将来的には,ひと・しごとの移転・創出に対して寄与するものと考えら れる.

 本事業は,シティプロモーションによる街の気風をつくり出し,さらには 単に雰囲気で終わらないよう,大きなインパクトを持ち,かつ,次年度以降 の継続性も見据えた事業の実施まで行うものである.文化芸術の街としての 図書館の開館に合わせた形での事業展開により,本市の文化・芸術に対する 気風を一層強固にするとともに,ソーシャルインクルージョンの実現にも大 きく寄与するものである.単なるイメージ戦略ではなく,市民が一流の文化 芸術や文化人に触れる機会を設けることで,地域アイデンティティが一層強 固となる.本事業は地域活性化施策の一層の効果促進を図ることができるも のである.

 以上が申請概要であるが,その基となった企画試案を紹介しておくと,

5.4 企画試案

 菊地市長の言葉に触発され「史都から詩都へ」というキーワードを基に企 画してみた.こうしたプロジェクトは,「レールのない線路を切り開き走る」

のに似て一つの企画が連鎖反応してまちづくりのダイナミズムを生み出す.

企画は計画から実施の過程で取捨選択され,残るものが残っていく.今西錦 司的な進化論(川喜多 [1989])を遂げるといってもよい.構想された企画はす べて取り込む想定はなく,可能性としての提示であったが,市担当の幹部職 員が優れた感性と,役所とは思えぬほどのスピード感で,計画が練りあげら れていったのである.以下は筆者が提案した企画試案の一部である.

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104 file 2 創造文化フォーラム

 ①目的とミッション

  ・歴史と物語の都市の新しいチャレンジ

  ・絵本アートを媒介とした広範な世代間交流と国際交流

  ・ 新たなクリエーターの創業支援に結び付くクリエイティブ・ミリュウ の場づくり.この3つ軸に,「多世代交流」,「子育て環境の革新」,「ク リエーター(イラストレーター,デザイナー,アニメーター,IT プロ グラマー,作家等)の交流・養成,販路開拓,「観光振興」,「地域振興」

につながることを期待する.

 ②企画概要 & 将来構想   ○基本コンセプトは,

   a. 絵本を基軸にプロジェクトを広げていく.

   b. 中心プロジェクトからフリンジの企画群を用意する.

   c.ボローニャ国際絵本原画展&海外ブックフェアとの連携(市口[2013])    d. 後継事業のブースターとしてのプロジェクト(一過性でないイベント).

  ○派生する効果は,

   ・図書館を中心とした子育て環境のイノベーションが起こる.

   ・ 紙ベースの絵本のほか,次世代型のデジタル絵本などの新規製品な どへのインセンティブを形成する.

   ・障害を持つ層へのアプローチ,アールブリュットとの接点となる.

   ・国際交流の促進と観光誘発効果.

   ・地域資源を基にした絵本創作などによる地域活性化の一助.

  ○キーワードは,

    絵本・こども・世界・カーニバル・フェスタ・会議 & シンポジウム・ボ ローニャ・原画・デジタル・翻訳・出版文化・デザイン・イラストレート・

アニメ・クリエーター・絵本作家・オークション・クロスメディア・ト ランスメディア・リアル & バーチャル・ブックフェア・物語・セレン ディピティ・コンペティション・児童文学・子供環境・子育て支援・

ミュージアム・文化センター・図書館・メルヘン・詩などである.

  ○事業概要

   (仮称)「多賀城市世界絵本会議 & フェスタ」

写真は小口側に

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105 文化まちデザイン論

   世界の絵本作家とクリエーターによる会議と交流事業

    ~絵本を通じて世界とつながり,絵本を通じて世界のこどもたちを幸 せにする.

   ~絵本を通じて世界のクリエーターが集まる.

  〈具体事業試案〉 

   ・世界絵本原画展

   ・絵本作家国際会議「絵本作家ショーケース」

   ・未来のクリエーター(子供)会議「子供未来サミット」

   ・絵本のデジタル化プロジェクト(3D/アニメ)

   ・国際絵本コンペティション創設準備会    ・立体絵本プロジェクト

   ・絵本作品のミュージカル化 & 子供ミュージカル公演    ・絵本と舞台芸術(音楽とダンスパフォーマンス)

   ・「オリジナル絵本作成」装丁の講習ワークショップ   ○組織 & 実行体制

   〈プロデュース組織〉

    役目としての総合プロデューサー,ディレクター,プログラムオフィ サー,ファシリテーター,実行本部組織・組織委員会

   〈協力者・プレイヤー候補〉

    省略

図 2 「史都から詩都へ」プロジェクト

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106 file 2 創造文化フォーラム

  ○協力機関・組織

    NPO法人絵本カーニバル,こども環境学会,板橋区美術館,大谷美 術館(西宮),アトリエ自遊楽校,CCC(カルチャー・コンビニエンス・

クラブ)

  ○事業の先にあるもの

 「史都から詩都へ」プロジェクトの発展系としての新図書館構想(これまで にない図書館像の提示)と,「(仮称)多賀城こども環境支援機構」の創設.こ れは,子どもの文化を通した市民活動支援のネットワーク組織であるととも に,人材育成のための恒常的な事業を継続して行くための事務局的組織を立 ち上げるなどであった.

 図2のように複合的な企画で展示系と舞台系があり,全体を貫く思想とし てのシンポジウム,そのほかのワークショップという構成となっているが,

本論では,舞台系事業を取り上げ詳述しておく.

当初考えていた子どもミュージカルはオペラ構想に展開していった.

6 多賀城版オペラの創造 6.1 舞台芸術制作の多義的意義

 いじめや,心の問題が広がる中で,全人的教育はいかにして可能か,教育 界は悩みの渦中にある.

 これからの子どもに必要なのは,「21世紀型能力」(奥村 [2015] p.78)とさ れる.つまり「基礎力」「思考力」「実践力」の3つだが,この3つをバランスよ

図 3 構想→計画→実施→次の展開 写真は小口側に

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く育てるためには教室という空間では限界がある.特に「実践力」について は,知識や思考を使って試す《場》が何よりも必要である.アクティブ・ラー ニングや,プロジェクト・ベースド・ラーニングという方法が叫ばれている.

この観点では,文化芸術の力を援用するのが有効なことは広く知られるよう になってきた .芸術活動に子どもたちを動員し,その過程に体験的学習を 施すことは,平田オリザが言うところの「身体的文化資本」24)の蓄積に役立つ.

もう少し直截に言うと,今日社会が求めている「学力よりセンス,資格より 感性,知識よりコミュニケーション能力」(平田 [2013] p.37)など能力が身に つくということである.

 オペラ創作25)の制作過程は,まさに「実践力」を養う《場》を提供する.

 その理由は,「オペラは総合芸術」26)と呼ばれるように,他の舞台芸術の中 でもひときわ難しく,かつ多分野に亘っているからである.

 ちなみに思いつくことを列挙してみると,オペラは,音楽・美術・演劇・舞 踊ダンス・文学といった舞台芸術分野の全分野を総合する.さらに,仕事を 細分化してみると,事業の構想・企画プランニング,事業管理・運営,道具・

衣装などモノの製作,映像・音響・照明などメディア制作,演出・台本(脚本)

解釈など学研的な研究,協賛などの資金調達,広報や配券など広告事業,マー ケティング,市民参加を組織するなどボランティア・マネジメント,出演者 の決定や交渉などいわゆるアートマネジメント,子どもが参加する教育事業,

舞台監督をはじめとする専門技術者による各種オペレーションといったよう に多岐にわたる.

 こうした舞台創作過程を市民に広く公開し,市民参画によるオペラ制作を 実施することは,「まちづくりのための人材育成」に極めて有効と考えるので ある.

 ちなみに全国のオペラ公演の実態は,昭和音楽大学付属オペラ研究所の調

24) ブルデューの「文化資本」を引用し,平田が名付ける舞台表現などで身につく能力を総称して

「身体的文化資本」と名付けている.

25) 舞台芸術の分野では,ミュージカルや演劇など同様の効果を持つと考えるが,ここではオペラ に特化して話を進めている.

26) 作曲家リヒャルト・ワーグナーが主張したことから「オペラは総合芸術」と使われるようになっ た.ワーグナーの主張は,従来のオペラを批判し「音楽・文学・舞踊・絵画・建築などあらゆる種 類の芸術が劇的な表現目的のために統一融合されるべきである」と説くから来ている.

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べによると,オペラ公演実績のあるホールは438に上っており,その事業規 模は1公演あたり支出ベースで18,076千円(平均予算)の経費が投じられてい (昭和音楽大学付属オペラ研究所 [2003])

6.2 『魔笛』の作品考証と翻案

 「魔法の笛」(多賀城版)を構想するに至った経緯を述べておく.〈史都から 詩都へ〉というコンセプトに沿って演目を考えていたが,M・ゾーヴァの一冊 の絵本『魔笛』27)に出遭い,「絵本のオペラ化」というコンセプトにたどり着 いた.

 そして『魔笛』という作品の持つ次の4つの要素は,今回のプロジェクトに ふさわしいと考えた結果であった.

 ① 《詩都》:モーツアルトの『魔笛』は世界で最も数多く上演されるオペラ でありながら,いまだ多くの謎を抱えメルヘン(= 詩情)を感じさせる演 目として知られる.

 ②《歴史性》:『魔笛』台本に,日本の狩衣を纏った主役が登場する.

 ③ 《震災復興》:『魔笛』の試練の場面は,大震災で蒙った災害〈水 = 大津波,

火 = 火災〉に重ね合わせられる.

 ④ 《子どもの教育》:「子育て環境の革新」というプロジェクトの目的と,こ の物語に含まれる「試練を乗り越えていく勇気」というテーマは目的に 合致している.

などを総合した結果であった.

 オペラ『魔笛』28)は,言うまでもなくモーツアルトの最晩年(1791年)に書 かれた名曲で,世界中で最も愛され上演されているジングシュピール(= 歌 芝居)である.台本は,興行師でもあったシカネーダーによって書かれたと される.また「底の見える底なし沼」とも言われる謎に満ちた作品なのであ る.ちなみにかのゲーテは「この台本を嘲弄するためよりも,その真価を理 解するための方が,より多くの知識を必要とする」29)と述べたとか.

 原台本は,フリーメーソンの秘儀劇30)として解釈され,普通に読むと難解

27) ゾーヴァ [2002]には,巨大な「図書館」が現れる(p.32 ~ 34)

28) 原作:クリストフ・マルティン・ヴィーラント,台本:エマヌエル・シカネーダー,初演1791年9 月アウフ・デア・ヴィーデン劇場

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な台本である.複雑かつ混乱し矛盾に満ちた劇は,筋が破綻しているという 見方さえある.そこで今回「魔法の笛」制作にあたっての筆者の考えは,坂口 昌明の解釈31)と同じ方向で,一貫した物語と解釈した.

 その前提で,フリーメーソン要素を脱色し,原台本にいくつかの変更を加 え翻案している.

 主な変更点をあげると,第1は,①時代と場所についての変更.

 原台本に物語の時代や場所は明記されていない.しかし,太陽神の子であ るイシスとオシリスが出てくることからも,古代エジプトであることが想定 されている.シカネーダーの原台本でタミーノ王子の衣装が何故か日本の狩 衣(かりぎぬ)32)という設定で書かれている.このことをヒントに,物語の舞 台設定を,西欧世界から東洋に移した33).全体としては無国籍でありながら,

東洋の世界感を感じさせるものとするため,タミーノ王子は,古代貴族の普 段着を纏った「多賀の王子」として登場させることにした.

 第2の変更は,②幕切れの終わり方の変更.

 物語の骨格は,太陽神を司るザラストロと闇(夜)の世界を支配する夜の女 王との闘争劇があり,その中で,人間を代表するタミーノ王子が数々の試練 を経て,パミーナ姫を救い出し結ばれるという愛の物語が主題となっている.

 夜の女王がザラストロに敗北するのではなく両者の和解で大団円を迎える 構成とした.解釈が分かれる1・2幕の筋立ての矛盾については,人の善悪は 見方を変えると反転するという点を踏まえ,謎を含んでいるが矛盾のない物 34)とした.全体として『魔笛』には,「人間の愛の物語」という主題が貫い ていると解釈した.

 第3は,ミヒャエル・ゾーヴァの絵本から導かれる変更である.

29) 『魔笛』を絶賛したゲーテもフリーメーソンに入っていたといわれる.

30) 当時フリーメーソンは,流行の思想で,この作品は,会に入るイニシエーションの秘儀を表し ているとも言われている.モーツアルトも2つのロッジ(支部)に所属していた(シャイエ [2011]).

31) 神話の解読として読み解くユニークな解釈(坂口 [2013]).

32) 原作では,日本の狩衣(かりぎぬ)を「javonischen Jagdkleide rechts(モーツアルト《魔笛》ベー レンライター版 Vocal Score P11)」と表現されており,ジャワ風と日本風が混じった言葉で,当時 の図版でも純和風とは見えないことから,東洋への理解不足によるなど諸説がある.

33) 冒頭の場面は,さしずめ「東(あずま)の国,浮島あたり・・」というところであろうか.

34) 気になる反フェミニズム的なセリフについては,当時の「導かれるべき存在としての女性」像が 色濃い時代にあったと考え,現代的に置きなおした.

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 ③登場人物の呼称の変更.

 このオペラは,不思議で美しい詩情あふれる一冊の絵本,ミヒャエル・ゾー ヴァの『魔笛』に導かれ「愛と英知と魔法,そして逆転の物語」を下敷きにつ くられる35).原画の巨大な図書館に雲がたなびく景色は,絵本『魔笛』の最も 印象的な絵の一つとなっている.特に興味深い場面は,ザラストロの神殿に 3つの大きなドアがあり「理性」「叡智」「自然」と書かれ,「理性」には本,「叡 智」には鍵,「自然」にはウサギが象徴的に置かれる.そしてこの神殿では,「人 はどう生きるべきかを教えてくれるんだ」と書かれている.「理性」の本の彫 像は,劇中に登場する沈黙の試練の伏線となっており,ミヒャエル・ゾーヴァ の「人の成長過程における苦難をいかに克服し生きていくのか」という問い かけと呼応している.こうした絵本で登場する抽象化されたモチーフを使い ながら,絵本に登場するキャラクター(主に脇役)を生かした登場人物の呼 称とする.

6.3 多賀城版の演出プラン

 演出にあたっては,この作品の主軸を「人間成長の試練」と,「様々な愛の 葛藤」に置き,モーツアルトの素晴らしい音楽に乗せて,私たちが生きる苦悩 と喜びを重層的に感じてもらえる物語にしたいと考えた.

 演出上の主なポイントは,主役「タミーノ王子とパミーナ姫」,劇構造を支 える「夜の女王とザラストロ」,そして「パパゲーノ・パパゲーナ」と配下の「3 人の侍女と,モノスタトス」についてである.

〈登場人物の性格〉

 登場人物に以下の性格付けを行い,劇のリアリティを出していくことにした.

●夜の女王

・ 月の世界を支配する女王,名前はない.星の運行や闇の世界をコント ロール出来るほどの霊力を備え人々を支配している.(卑弥呼的な存在)

・怪しいまでに美しく,妖艶な美を湛えた謎の女性である.

・夫セトスに先立たれ,愛に飢えている.

・ たった一人の愛娘「葉水奈(パミナ)」姫とは「共依存」36)の関係にあり,

35) ミヒャエル・ゾーヴァの絵本を舞台に引用することは著作権の許諾が間に合わず,実際は使わ ないこととなった.

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娘にだけは盲目の母となってしまう心根を持っている.

・ その愛娘をザラストロに誘拐され怒りと悲しみに暮れている.後にこ の悲しみが復讐心になっていく.

・ 愛娘「葉水奈(パミナ)」姫を取り戻すため,手下である3人の魔女に命 じて勇気のある若者を探させている.

・登場の際は,常に雷や雷雲を響かせあらわれる.

●沙羅修登呂(ザラストロ)

・太陽の世界に仕える叡智を備えた大王.

・父と男という両義的な心理を内包した人間.

・ 精神科医師のような立場で人間を鋭く診る力を備えているほか,「人 の成長を促すには試練を与えなければならない(啓蒙主義的思想)」と いう確固たる使命感を持って存在している.

●多賀の王子(タガーノ)

・気弱で優しい普通の若者(むしろ草食系男子)という性格の持ち主.

・本が大好きで,憧れとロマンを持った青年.

・占いを信じ,他人を信じやすい側面がある.

・ パミナ姫救出の過程で,精神が徐々に鍛えられ,3つ試練(困難)を乗り 越え男性の逞しさが出てくるなどの成長を遂げる.

●葉水奈(パミナ)姫

・母との分離不安(共依存症)に苛まれる若い女性である.

・ 母なしには喜びも楽しさも感じられない性格で,母である夜の女王に ザラストロ殺害を命じられ,逆らうことができない状況に陥る.

・本質は男嫌いの性格がある.多賀の王子の女性的性格に惹かれ愛する.

●パパゲーノ[鳥人]

・剽軽な太鼓持ち的(道化的)な性格.

・女好きで,人を楽しませることに長け,現世的な幸せを追及する.

・タミーノに性格の違いから友情を感じている.

36) 共依存症とは,自分自身の問題に向き合うよりも,身近な他人(この場合は母,娘)の問題ばか りに気を向け相手の問題だけに夢中になる.相手の取るべき責任を一生懸命に代わりにとろうと し,結果,本人が決意して解決する必要を与えず,相手の自立を妨げるなど,困った状況を自分が 引き受け続けるなどの症状,アディクション(嗜癖・依存症)の1種.

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●パパゲーナ[鳥女]

・パパゲーノを心の恋人に決めている純真な女.

●異人と呼ばれる男(モノスタトス)

・パミーナを横恋慕する男,精力的肉体派.

・ ザラストロに仕えるが,簡単に裏切る(異邦人の彼にとっては現世の 利得で動くのは常識).

●三人の魔女(3人の侍女)

・夜の女王の分身的な存在(女王と性格を同じにしている).

・夜の女王に使える侍女.

・いずれも熟女で,女王と同様に愛に飢えている.

・大蛇を槍で殺すほどの胆力を備えている.

●三人の童子(天使)

・タミーノやパミーナなどの導き手.

・いわば天使.

●鎧の男(弁士)

・物語の進行や未来を予言する賢者.

・世の中を冷静に見通し,ザラストロに助言を与えるほど老成した人物.

●フクロウ男とオウム男(甲冑の男たち)

・試練の入り口にいる門番.

●僧侶(神官)

・ザラストロのもとに仕える配下の神官たち.

 なお,2時間半を超えるオペラを,劇構造を損なうことなく短くするため,

アリアの一部と,レチタティーヴォの省略,モノスタトスや弁士役を歌い手 ではなく役者に振替え,科白劇の進行を早めることとした.

 劇の上で主役のタミーノとパミーナの歌が少なく,道化役あるいは太鼓持 ち的役回りのパパゲーノが,出番・歌ともに主役をしのいでいる.自殺など 考えるタイプでないパパゲーノのフィナーレのシーンなど,若干の省略や順 序の入れ替えをおこなった.

 夜の女王とザラストロの関係では,第1幕と2幕の善悪の人格入れ替わりと,

二者[夜 = 闇と昼 = 太陽]の権力闘争とみるのではなく,二者の異なる立場 写真は小口側に

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113 文化まちデザイン論

の《愛の対立》,つまり[母性と父性],[性愛と友愛]という対立と捉え,どち らの愛も人間の持つ本性からくる対立の姿と考えた.

 特に夜の女王の感情は,母として愛娘パミーナと共依存症とあまりの情愛 の激しさが,反転してザラストロに対する憎悪になって表れる.他方ザラス トロは,精神科医的な視点で夜の女王(母)の精神的危険性を察知し,女王の 亡き夫との約束に基づきパミーナを親から引き離すことが娘の救済だという 信念を持っている.善悪は見方を変えると反転するという真理を使った.

 また夜の女王と配下の運命について原台本では皆雷に打たれ死ぬ,または,

闇に落ちていく.となっているが,今回はタミーノとパミーナの試練を乗り 越えて成長していく若者の姿を軸に,対立する二者の愛の和解を可視化する ため夜の女王と配下は死なせない.タミーノとパミーナの姿(愛による勇気 で試練を超えた)を見て,夜の女王の内部に宿るザラストロに対する邪悪な 憎悪が浄化されていく.また母として若者たちを祝福することとなる.とか く対立と抗争の時代にあって「和解」物語は意味があると考え,大合唱のフィ ナーレで全員が揃って登場し,「大団円」で終わる構成とした.

 大胆な変更ともいえるが,「魔笛」物語に内蔵されている人間心理の断面 を切り取るとこうなっても良いのではと考えた演出であった.

7 文化力プロジェクト

 今日ほど文化の力を活かしたまちづくりが求められていることはない.ソ フトパワーを使った地域づくりは今や常態となっている.都市は,創意工夫 で独自性のある計画や施策を実施方法が問われている.

 こうした中,2015年7月に「文化プログラムの実施に向けた文化庁の基本 構想(文化力プロジェクト)」37)が文部科学省から出された.これは言うまで もなく2020年オリンピック・パラリンピックを見据え,第四次基本方針に謳 われているわが国の「文化芸術立国」を実現に向けた構想である.各自治体 は,都市間競争のなかクリエイティブな提案力が求められることになる.

37) 文化庁では,各地域の「文化力」(= 文化の持つ「人々に元気を与え地域社会を活性化」「魅力あ る社会づくりを推進」する力)を盛り上げ,社会全体を元気にしていくため,現在八つ(地域別四つ,

テーマ別四つ)を展開している.

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 国の文化力プロジェクトで示されている中身は,①リーディングプロジェ クトの検討と実施,②地方公共団体,民間とタイアップした事業の取り組み,

③文化芸術アソシエイツ(仮称)の認定と活動,の3つのポイントとなる.実 行チームとして,民間の総合プロデューサー,資金調達のプロデューサー,

文化芸術分野別のディレクターで構成し,a. 広域・分野横断型,b. 人材育成型,

c. 文化拠点創出型,などが組織イメージである.

 また,関連して「文化芸術による地域活性化・国際発信推進事業(通称・グ ローカル推進事業)」38)では,これまでの5事業に加え,新規項目39)が出てき ている.これは,端的に言えば,《地域版アーツカウンシル》の取り組みのこ とを指している.

 これらの国の新規施策の方向は,事業の継続性や,実行力や実現性を重視 し,目的よりはオペレーションレベルの創造性,「プロジェクトや計画を進 める推進体制」を課題にし始めていることを示している.

〈地域版アーツカウンシルの新イメージ〉

 アーツカウンシルは,そもそも1946年にできた英国をモデルとしている.

この機関の定義は,「芸術文化に対する助成を基軸に,政府・行政組織と一定 の距離を保ちながら,文化政策の執行を担う専門機関」(吉本 [2015] p.1)とさ れ,芸術支援をするにあたりアームズ・レングス40)という原則を重視すると ころに主な眼目があった.

 現在,国内では4つの機関41)が発足し動き出している.

 それぞれの特徴があるが,共通しているのは,その専門性と独立性(第三 者機関)であることである.また文化と経済産業との結びつきを意識してい

38) 地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ事業が27年度から「文化芸術による地域活性化・国際 発信推進事業」通称・グローカル推進事業となっている助成事業で,28年度分概算要求では,約33 億円が計上.

39) 28年度概算要求において,「専門性を有する組織を活用した文化芸術政策の企画立案・遂行,地 域の文化芸術活動への助成,調査研究を実施する体制の構築支援」という新規項目が出された.

40) アームズ・レングス原則 (arm's length principle) 複数の当事者が互いに近い距離の(経済上・

権限上の)関係を保ちつつ,それぞれ目的を異にする関係や牽制し合う関係.

41) 国内4つのアーツカウンシルは,①「アーツコミッション・ヨコハマ(2007年7月),②「沖縄アー ツカウンシル」(2012年8月),③「アーツカウンシル東京」(2012年11月),④「大阪アーツカウン シル」(2013年7月)が発足している.

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