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志布志市原田古墳第3次発掘調査速報

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Academic year: 2021

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(1)

大西智和!)・鐘ヶ江賢二l) 。相美伊久雄2)

l)891‑0197鹿児島市坂之上8‑34‑l鹿児島国際大学

2)899‑7192志布志市志布志町志布志2‑1‑l志布志市教育委員会

墳丘は盛土の下部に地山に由来するアカホヤやロームを 含む土が用いられ、その上には. しまりの度合いの異な る黒色土を積んで,崩落に耐えうるように土の特性を活 かした橘築方法が採られていたと考えられる

初期須恵器の範聯で捉えられる須恵器片の出土から,古 墳の築造が5世紀の前半代と推定することができる. な お. この時期には志布志湾沿岸地域に,大崎町横瀬古墳 のような大型の前方後円墳をはじめとする古墳が盛んに 造られた.

墳頂部やトレンチ内にやや大型の石材が確認できたこと から.石材を用いた埋葬施設力輔築されていたと考えら れる

墳頂部からは古代のものと考えられる土師器が一定量出 土しており,後の時代にも何らかの形で利用されたこと が考えられる.

1 . はじめに

原田古墳は志布志市有明町原田に所在する大型の円墳で ある(図1). これまでに2回の測量調査と2回の発掘調 査を実施し,墳丘の規模や形態周濠や埴輪・葺石の有無.

埋葬施設の状況などの確認を行ってきた(大西・鐘ヶ江ほ か2012・2013.志布志市教育委員会2014). また.近隣の 小学生や一般住民などに向けたの遺跡の現地説明会なども 実施し、地域の歴史を物語る文化財としての意義を伝える ことで,教育普及活動にもつとめているところである(図 2). これまでの調査の結果を簡単にまとめると以下のとお

りである.

直径が40mを超える円墳で,その規模は鹿児島県内の 円墳では最大である.

埴輪や葺石は. これまでの調査で確認されていないこと から.用いられていなかったと考えられる

墳丘には,喜界カルデラ由来のアカホヤが確認できた.

本来,地表面よりも下位に見られるアカホヤが地表上で 見られることは.旧地表面が周囲よりも高かったことを 示しており,墳丘はその自然の高まりを利用し,上方に 盛り土を行って構築されている.

しかし.測量調査時にテラスと考えた部位のあたりで.

アカホヤがカツ1、されており. これが築造時に人為的に行 われたものであれば.その解釈として, ここが墳丘の端部 に相当するという可能性が生じた.その場合,墳丘の規模 に若干の変更が生じることになる墳頂部の調査も.掘

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図1原田古墳の現況写真 図2近隣の小学生に向けた遺跡現地説明会

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1 トレンチ

図3原田古墳トレンチ配置図(1/300)

5〜9トレンチは概略

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図57トレンチ 図44トレンチ

図79トレンチ

図68トレンチ

どは明らかにできていない(図4) 須恵器1点が出土した

7トレンチ

7トレンチは4トレンチの東側に設定し,規模は約2m Xllnである. 7トレンチの墳裾よりの地点でアカホヤの 段落ちを確認した(図5)

須恵器1点が出土した.

8トレンチ

8トレンチは墳丘の北側に設定し,その規模は約3mx 2Inである.大部分がすでに削平を受けていると考えられ,

アカホヤの段落ちは確認できなかった(図6) 須恵器1点が出土した

9トレンチ

9トレンチは墳丘の西側に設けたもので.規模は約2.2 m×1.5mである. このトレンからはアカホヤの段落ちを 確認できたが,後世に削平を受けている可能性も考えられ,

古墳築造時のものかどうかは判断できなかった(図7).

り下げがわずかであったため,埋葬施設の種類や構造など についての手がかりを得ることはできていない状況であっ た.そこで, 3次調査ではこれらの問題を解決する手がか

りを得ることを目的とした.

2. 3次調査の概要

3次調査は志布志市教育委員会が主体となり, 2015年2 月16日から25日まで発掘作業を行った墳裾部の状況を 明らかにするために,既設の4トレンチの一部を拡張する とともに新たに7.8.9トレンチを設定した墳頂部で は,既設の3トレンチを掘り下げるとともに,新たに5.

6トレンチを設定し調査を進めた(図3).

2.1 墳裾部の調査 4トレンチ拡張部

4トレンチの北端部ではすでにアカホヤの段落ちを確認 していた.今回その部分を北方向に約2m拡張したところ,

段落ちが墳丘の外方向に屈曲してトレンチの外へと続くこ とがわかった. さらなる拡張は行わなかったため.範囲な

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図83トレンチ

図93トレンチの石材

た部分を先行して掘り下げたため,一部が深くなったがそ の部分から石材が確認された(図l2)

5トレンチからは須恵器1点とガラス玉1点が. 6トレ ンチからは須恵器10点.土師器14点が出土した.

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図105トレンチ 3. まとめ

出土遺物は墳頂部のトレンチを中心に須恵器や土師器 鉄片.滑石製品ガラス玉が出土した

須恵器は外面には平行タタキや格子目のタタキ痕が見ら れるものがあるが内面は当て具の痕跡を摩り消したもの がほとんどで. この特徴はこれまで出土したものと同様で あるまた.壷の口縁部と考えられる盗料が出土している が. 口唇部や口縁部外方の突帯は非常にシャープである 初期須恵器の段階で捉えられるものであろう.

土師器は墳頂部のトレンチから出土しているいずれも 小破片で全体の形を知ることができるものはほとんどない が,明らかに時期が下るものも含まれているようである

滑石製品は長さ1.7cm,IIRl.5cn'ほどの隅丸方形で小さな 穿孔が2ヶ所見られる.

墳裾部の調査では. 4.7トレンチで古墳築造時と考え てよいと思われるアカホヤのカットを確認できた. 8.9 トレンチでは判断できなかったが. この部分では.墳丘裾 部がもう少し外方に位置するのかもしれない.

今回の調査では.墳丘の正確な形態や規模を確定する ことはできなかったため. 4トレンチで確認したアカホヤ カットのラインが外方に延びることも含めさらに確認の 2.2墳頂部の調査

3トレンチ

3トレンチを復元して上面を観察したところ.大部分は 撹乱であると判断できたため,撹乱埋土の除去を目指した 最も深い部分で2m近く掘り下げたが, まだ撹乱部分の完 掘はできていない(図8).深い部分からは石材がいくつ かまとまってか出てきており.埋葬施設に伴うものと思わ れる(図9).

3トレンチからは須恵器17点.土師器12点.鉄片2点.

滑石製品1点が出土している.

5.6トレンチ

5.6トレンチは3トレンチに直交して設定した3トレ ンチの西側に位置するのが5トレンチで.長さ約4m幅 1 1nである(図10). 3トレンチの東側に位置する6トレ ンチは長さ約7.5m.幅1mである(図1 l).

6トレンチでは3トレンチと同じ撹乱のラインが確認で き5トレンチでもおそらく同じ撹乱だと思われるライン は確認できたしかし.墓城のラインは. まだ、いずれの トレンチからも確認できていない. 61、レンチは攪乱され

(5)

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4.出刃函回

4 食灰

図126トレンチ内の石材 図11 6トレンチ

参考文献

大西智和・鐘ケ江賢二・松崎大嗣2012「志布志市有明町原 田古墳の測量調査」『鹿児島考古』第42号

大西智和・鐘ケ江賢二・松崎大嗣2013「志布志市有明町原 田古墳の発掘調査(速報)」 『鹿児島考古」43号 志布志市教育委員会2014「志布志市有明町原田古墳の発掘 ための調査が必要である.

墳頂部の調査は,撹乱埋土の除去がまだ完了していない こともあり,埋葬施設の種類や規模残存状況に関する手 がかりは依然としてほとんど得られていない状況である.

今回の調査で. トレンチの下方から.埋葬施設に関連する と推測される石材を検出することができたが詳細につい

調査(2次調査速報)」『鹿児島考古』第44号 てはさらなる調査の継続が必要である

参照

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れる。完掘した

 3次にわたる発掘調査で、周濠と周堤の存在を最初に確認したのは、この後円部第2トレンチであ

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4m ,柱はいず れも南方向へ抜き取られていた。柱掘形は,前

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