「批評者」たり得る言葉の力の育成を目指した 高等学校国語科授業
槇野 滋子
本稿は,令和2年度岡山県立総社高等学校家政科1年生を対象とする「国語総合」の授業 の実践報告である。稿者は,現在の高等学校国語科の課題克服に向けた指導者の姿勢は「教 材への依存度の高さからの脱却」「生徒を真の意味で「主体的な学び」に誘う学習活動の実践」
であるとの私見を持っており,本稿では私見にもとづく姿勢で行った1年間の授業について,
その概要と教科書所収の文章を「依存から脱出」して教材文として用いた単元の内容を報告 した。コロナ禍の影響や評価の面での現場の実態との乖離,稿者の授業作りの「甘さ」等に より,成果以上に課題も多く見出せたものの,私見の方向性に間違いがないことが実感でき た。
Keywords:「批評者」たり得る言葉の力,「教材への依存度の高さ」からの脱却
Ⅰ.はじめに
1.「課題とその克服」に対する私見
現在の高等学校の国語科指導の課題は,平成 28 年12月21日公表の中央教育審議会答申(以下「答申」)
において,以下のように示されている。
教材への依存度が高く,主体的な言語活動が 軽視され,依然として講義調の伝達型授業に 偏っている傾向があり,授業改善に取り組む必 要がある。文章の内容や表現の仕方を評価し目 的に応じて適切に活用すること,多様なメディ アから読み取ったことを踏まえて自分の考えを 根拠に基づいて的確に表現すること,国語の語 彙の構造や特徴を理解すること,古典に対する 学習意欲が低いことなどが課題となっている。
新学習指導要領では,答申中の課題の解決に向け た改訂がなされ,資質・能力の三つの柱を踏まえた
「言葉による見方・考え方を働かせ,言語活動を通 して,国語を適切に理解し効果的に表現する資質・
能力」を目指す「主体的・対話的で深い学び」の実 現としての国語科指導が求められている。
こうした学びを高校現場で実現するために求めら
れる指導者の姿勢は何か。教職大学院の教員や院生 達との交流,直接的にあるいは間接的に見聞した高 校国語科の研究会,研修会等での授業実践や実践報 告の内容,さらに自身の過去の授業実践の省察を通 して,「生徒にどんな言葉の力を育てるか,それを どのように見取るのか」という発想のもと,「教材 への依存度の高さ」から脱却し,生徒を真の意味で
「主体的な学び」に誘う学習活動を構想・実践する 姿勢であると考えるに至った。
答申で「偏っている」との指摘のある「講義調の 伝達型授業」は,確かに高校現場において「依然と して」授業形式の主軸である。その一方,言語活動 が「軽視」されている状況は,現行学習指導要領で その充実が叫ばれたことや,近年のアクティブ・ラー ニング隆盛の流れに乗って,ペアワークやグループ 学習をはじめとする様々な形式の言語活動を導入し た国語の授業を取り入れた授業も増えている。形式 だけを取ると,言語活動を「重視」しているかに見 える授業が,ある程度は常態化しているといっても 過言ではない。しかし問題は,それがあくまで「形 式だけ」に止まっていることである。その活動の目 的が曖昧なもの,即ち「生徒にどんな言葉の力を育 てるため,どんな活動にどんな過程で取り組ませる
岡山大学大学院教育学研究科 教職実践講座 700−8530 岡山市北区津島中3−1−1
High School Japanese Language Class Aimed at Developing the Power of Words That Can Be “Critics”
Shigeko MAKINO
Department of Teaching and School Leadership Graduate School of Education, Okayama University, 3-1-1 Tsushima- naka, Kita-ku, Okayama 700-8530
か」が不明確なものが圧倒的に多いのだ。当然なが ら評価は,もっぱら定期考査のペーパーテストが担 い,授業における学習活動の過程は等閑視される,
「指導と評価の一体化」にはほど遠い状況なのであ る。さらに「話すこと・聞くこと」,「書くこと」を 含んだ多様な言語活動を導入してはいるものの,そ れらは結局「読むこと」の一環でしかない。しかも 教師による教材文の「正しい」読解・解釈が,単元 の始めもしくは終わりの「講義調の伝達型授業」に よってなされており,生徒達の活動は,それがいく ら活発に行われていても,「教師の示す「正解」の 確認もしくは承認」の域を出ていないことがしばし ばである。「形式だけ」という意味で,答申の「主 体的な言語活動が軽視され」ているとの指摘は,的 を射ている。
いまだにこうした指導が主流である高校の国語学 習に対する生徒達の意識は,「授業は,どんな形式 にせよ先生の指示に素直に従っていれば悪い評価を 受けることはないし,授業内のどこかで先生が教え てくれる正解を理解すればいい時間だ」,「定期考査 で正解を誤りなく再現すれば,高得点が取れて高い 評価が得られる」といったものになっている。教師 の指示通り動き,教師の授ける「正解」を受け取っ て覚える受動的な態度が「国語を勉強する」ことと 化しているのだ。
何がこうした状況をもたらすのか。稿者はその最 大の要因を,指導者の「教材への依存度の高さ」が もたらす狭小な授業観,つまり「教材文は,内容も 表現も規範となる読む価値のある文章である。国語 教師は自分が理解したその価値を,授業で生徒に理 解させなければならない」という思い込みであると 考える。
国語教育の分野では,こうした稿者の考えと軌を 一にする言及は多い。一例を挙げると『月刊国語教 育』2021 年9月号において成島甫氏は「これまで の国語科の授業では,「精読」に多くの時間が費や されていたように思う。これを支えていたのがペー パーテストであり,ペーパーテストで測れる読む力 をつけることが国語科での授業の中核となってい た」とし,その要因は,国語科教員が「中学校,高 校と進むにつれて国文学部の卒業生が多くなり,扱 う教材も文学作品が多くなってきた。ここには,教 員の専門性が重視され,多様な教材というよりは,
作品一つ一つの研究の深化へと進んでいった」こと にあると述べている。
さらに成島氏は,こうした「精読主義一辺倒から の脱却」を図り,「多様な教材の活用」による,今 求められている「読むこと」の指導を提唱している。
稿者もそれに首肯するが,高校現場では,その前に 指導する側に二つの意識改革が必要だと考える。ま ずは教材文の規範視からの脱却である。「多様な教 材の活用」に進むためにも,まずは所謂「定番教材」
を含む教科書所収の教材文を「文章の内容や表現の 仕方を評価し目的に応じて適切に活用する」素材と 見なす意識,「教材への依存度の高さ」からの脱却 が必要だ。「読む価値があるから教材化する」ので はなく,「育成を目指す言葉の力を育てる学習活動 の素材としてふさわしいから教材化する」姿勢が求 められるのだ。
指導者のそうした姿勢は,学習者の教材文への意 識を変えていく。「難しいし興味も沸かないけれど,
「いい文章」だから分からないといけない」「「正解」
が答えられないと恥ずかしいから,何も言いたくな い」から,「難しくて面白くないと感じるのはなぜか,
意見交換しながら考えよう」「この文章の○○とい う内容(表現)は,××という場合に~~のように 使える」といった具合に,教材文が「敬遠したいも の」から,「評価したり活用したりする」ものへと 変わっていくのだ。
「教材への依存度の高さ」を克服した後,次に指 導者に求められるのが「育成を目指す言葉の力は何 か」「活動が学びと直結しているか」「学びの過程を どう評価するか」を押さえた,適切な時間配分の計 画的・系統的な授業を実践しようという意識である。
限られた授業時間の中で,生徒の実態や学校のグラ ンドデザインを考慮に入れて見定めた「言葉の力」
の効果的な育成を目指す姿勢である。ここでの「言 葉の力」が,「読むこと」のみならず「話すこと・
聞くこと」,「書くこと」の3領域に亘るものである ことは言うまでもない。「教材への依存度の高さ」
から脱却することで,高校現場で依然として多い「読 むこと」の授業しか想起できない状況から,「話す こと・聞くこと」,「書くこと」の指導をバランスよ く配置しようという意識にもとづく指導へのシフト チェンジが可能となるはずである。
但し稿者は「教材への依存」を全く止めるべきと は思っていない。現状の高すぎる「教材への依存度」
からの脱却を主張しているのだ。高校の学習指導要 領の「目標」には,何度も改訂を重ねて現行に至る まで「言語文化に対する関心を深め」という小・中 学校にはない表現が示され続けてきた。それは新学 習指導要領でも「我が国の言語文化の担い手として の自覚を持ち」として受け継がれている。そこで求 められているのは,「文化的に高い価値をもつ言語」
への深い関心の喚起,「文化としての言語」,「言語 芸術」を受容し継承していく意識や態度の育成であ
るが,その達成には,文化的に高い価値を持つ教材 文を用いた学習は必須である。高校の教科書には質 量ともに多様な文学的に高い価値を持つ文章が載っ ている上に「定番教材」を中心とする文学研究の蓄 積や様々な授業実践例が存在する。個々の教師がそ れらを参考に自身の作品解釈を深めて「言語文化の 担い手としての自覚」を育てるのに適した内容・形 式の授業を行うのは,それほど難しくはない。そう した教材文の高い文化的価値の認識を目標とする学 習も組み入れつつ,目の前の学習者に求められる「言 葉の力」を見定めて,3年間で計画的・系統的に育 成することを目指すべきだと考える。
2.実践に至る経緯,指導生徒の実態と育成を目指 す「言葉の力」
令和2年度,本学と兼務で,岡山県立総社高等学 校に国語科の非常勤講師として勤務することとなっ た。それは稿者にとって,1で述べた私見,すなわ ち新学習指導要領のもとで求められる「指導者の姿 勢」を,自身の実践で示せる好機だと感じられた。
総社高校は普通科6クラスと家政科1クラスを有 する全日制の高校である。稿者の担当は,家政科の 3年生の「現代文B」と1年生の「国語総合」の現 代文分野。授業時数はいずれも週2時間であった。
家政科は全県学区で入学定員は 40 名。「衣食住,
ヒューマンサービスなどに関する生活産業を担う職 業人」育成のための,多彩な家庭科の学びを核にし たカリキュラムが組まれている。生徒達は全員女子 で,そうした「家政科の学び」を志望し総社市のみ ならず県西南部を中心とする広範囲から通学してい る。そのため専門科目に対する学習意欲は高く,と りわけ調理や被服製作,保育等の実習を伴う学びに は積極的に取り組み,その成果を意欲的に校内外で 発表したりもしている。一方,国語を含む所謂「普 通教科」の授業に対しては,真面目に取り組むもの の「おとなしく席に座って受けていればいい時間」
「先生が教えてくれる「正解」を受け取る時間」と いう意識が強いように感じられた。
年間指導計画は,クラス単位の授業,学科単位の 評価のため,稿者独自の立案が可能であった。そこ で上述した生徒の実態,学校経営計画書にある「生 徒に身に付けさせたい力」である「生活産業におけ るスペシャリストとして地域社会やグローバル社会 に貢献できる資質・能力」,稿者が主張する「指導 者の姿勢」を踏まえ,総社高校家政科の生徒達に育 成を目指す「言葉の力」を,「「批評者」たり得る言 葉の力」と位置付けた。
ここでの「批評者」は,「批評」すなわち「物事
の長短・優劣などを指摘して評価を述べる」ことが できる言葉の使い手,というほどの意味である。現 行及び新学習指導要領の各科目の指導事項中に頻出 する「評価」「批評」を,「話す・聞く」,「書く」,「読 む」活動の中で意欲的に行えて,それらを通じて自 身の批評力を見定めて主体的・意欲的にその向上を 図ろうとする生徒が「批評者」である。そうした「批 評者」たり得るには,批評対象に対して先入観を持 たず向き合い,自ら対象を観察・分析して,自分の 考え―どう思うのか,なぜそう思うのか―を形成し て,他者に伝えられなければならない。さらに他者 の考えを受け取って,考えを深化させることが求め られる。そうした一連の活動が,学習指導要領に謳 われている「国語で的確に理解し効果的に表現する 資質・能力」の育成になると考えたのである。また 実際の授業においては批評対象は概ね教材文とな る。教師が「規範」ではなく「学習の素材」として 教材文を活用する姿勢を貫くことで,生徒が先入観 を持たずに批評に取り組めて,その結果目指す言葉 の力の育成が果たせることを,授業実践で実証する ことも狙いたかった。
上記の位置付けにもとづく具体的な授業作りの基 本姿勢として,以下の①~④を据えた。
①単元毎に育成を目指す「言葉の力」を明確化する。
②言語活動による生徒の交流を主軸とする形式の授 業を実施する。
③毎時間とも,目標提示と振り返りを実施する。
④目標や発問によって,生徒自身が判断,評価する 場を設定する。
⑤「教材文」は原則として教科書所収の文章を用い る。
①は,「批評者」たり得る言葉の力が単元毎に重 層的かつ広域的に育つことを企図した。特に「国語 総合」を履修する1年生については,「話す・聞く」,
「書く」,「読む」力のバランスのよい育成を強く意 図した単元計画を立てた。②はその言語活動とそれ を通して育つ言葉の力に齟齬がないようにするこ と,その大半を生徒間の交流で占める授業を心がけ ることとし,生徒自身が「この活動は何のためか」
を自覚して取り組んでその成否を自己評価して次に 繋げるため,教師の授業省察と次の改善のため,③ を必ず行うこととした。
④は,①が「批評者」たり得る言葉の力の育成に 向いていること示すための手立てである。
⑤について。総社高校の採択教科書に採録されて いる教材文は,1年生も3年生も,所謂「定番教材」
を含む「言語文化に対する関心を深め」「言語文化 の担い手としての自覚」を育てることに主眼を置い か」が不明確なものが圧倒的に多いのだ。当然なが
ら評価は,もっぱら定期考査のペーパーテストが担 い,授業における学習活動の過程は等閑視される,
「指導と評価の一体化」にはほど遠い状況なのであ る。さらに「話すこと・聞くこと」,「書くこと」を 含んだ多様な言語活動を導入してはいるものの,そ れらは結局「読むこと」の一環でしかない。しかも 教師による教材文の「正しい」読解・解釈が,単元 の始めもしくは終わりの「講義調の伝達型授業」に よってなされており,生徒達の活動は,それがいく ら活発に行われていても,「教師の示す「正解」の 確認もしくは承認」の域を出ていないことがしばし ばである。「形式だけ」という意味で,答申の「主 体的な言語活動が軽視され」ているとの指摘は,的 を射ている。
いまだにこうした指導が主流である高校の国語学 習に対する生徒達の意識は,「授業は,どんな形式 にせよ先生の指示に素直に従っていれば悪い評価を 受けることはないし,授業内のどこかで先生が教え てくれる正解を理解すればいい時間だ」,「定期考査 で正解を誤りなく再現すれば,高得点が取れて高い 評価が得られる」といったものになっている。教師 の指示通り動き,教師の授ける「正解」を受け取っ て覚える受動的な態度が「国語を勉強する」ことと 化しているのだ。
何がこうした状況をもたらすのか。稿者はその最 大の要因を,指導者の「教材への依存度の高さ」が もたらす狭小な授業観,つまり「教材文は,内容も 表現も規範となる読む価値のある文章である。国語 教師は自分が理解したその価値を,授業で生徒に理 解させなければならない」という思い込みであると 考える。
国語教育の分野では,こうした稿者の考えと軌を 一にする言及は多い。一例を挙げると『月刊国語教 育』2021 年9月号において成島甫氏は「これまで の国語科の授業では,「精読」に多くの時間が費や されていたように思う。これを支えていたのがペー パーテストであり,ペーパーテストで測れる読む力 をつけることが国語科での授業の中核となってい た」とし,その要因は,国語科教員が「中学校,高 校と進むにつれて国文学部の卒業生が多くなり,扱 う教材も文学作品が多くなってきた。ここには,教 員の専門性が重視され,多様な教材というよりは,
作品一つ一つの研究の深化へと進んでいった」こと にあると述べている。
さらに成島氏は,こうした「精読主義一辺倒から の脱却」を図り,「多様な教材の活用」による,今 求められている「読むこと」の指導を提唱している。
稿者もそれに首肯するが,高校現場では,その前に 指導する側に二つの意識改革が必要だと考える。ま ずは教材文の規範視からの脱却である。「多様な教 材の活用」に進むためにも,まずは所謂「定番教材」
を含む教科書所収の教材文を「文章の内容や表現の 仕方を評価し目的に応じて適切に活用する」素材と 見なす意識,「教材への依存度の高さ」からの脱却 が必要だ。「読む価値があるから教材化する」ので はなく,「育成を目指す言葉の力を育てる学習活動 の素材としてふさわしいから教材化する」姿勢が求 められるのだ。
指導者のそうした姿勢は,学習者の教材文への意 識を変えていく。「難しいし興味も沸かないけれど,
「いい文章」だから分からないといけない」「「正解」
が答えられないと恥ずかしいから,何も言いたくな い」から,「難しくて面白くないと感じるのはなぜか,
意見交換しながら考えよう」「この文章の○○とい う内容(表現)は,××という場合に~~のように 使える」といった具合に,教材文が「敬遠したいも の」から,「評価したり活用したりする」ものへと 変わっていくのだ。
「教材への依存度の高さ」を克服した後,次に指 導者に求められるのが「育成を目指す言葉の力は何 か」「活動が学びと直結しているか」「学びの過程を どう評価するか」を押さえた,適切な時間配分の計 画的・系統的な授業を実践しようという意識である。
限られた授業時間の中で,生徒の実態や学校のグラ ンドデザインを考慮に入れて見定めた「言葉の力」
の効果的な育成を目指す姿勢である。ここでの「言 葉の力」が,「読むこと」のみならず「話すこと・
聞くこと」,「書くこと」の3領域に亘るものである ことは言うまでもない。「教材への依存度の高さ」
から脱却することで,高校現場で依然として多い「読 むこと」の授業しか想起できない状況から,「話す こと・聞くこと」,「書くこと」の指導をバランスよ く配置しようという意識にもとづく指導へのシフト チェンジが可能となるはずである。
但し稿者は「教材への依存」を全く止めるべきと は思っていない。現状の高すぎる「教材への依存度」
からの脱却を主張しているのだ。高校の学習指導要 領の「目標」には,何度も改訂を重ねて現行に至る まで「言語文化に対する関心を深め」という小・中 学校にはない表現が示され続けてきた。それは新学 習指導要領でも「我が国の言語文化の担い手として の自覚を持ち」として受け継がれている。そこで求 められているのは,「文化的に高い価値をもつ言語」
への深い関心の喚起,「文化としての言語」,「言語 芸術」を受容し継承していく意識や態度の育成であ
たと感じられる文章であった。それらが多くの生徒 達にとって「敬遠したい」文章に他ならないことは 容易に推察された。生徒達の興味・関心を喚起でき る自主教材の開発を主軸にすることも考えたが,「高 すぎる「教材への依存度」からの脱却」を授業実践 で示すには「教科書で教える」姿勢が求められると 思い直した。但し,単元の狙いによっては自主教材 を併用したり別の教科書に採られている教材文を活 用したりもした。
次章では,担当した2学年のうち1年生の指導の 実際を紹介する。新入生で,稿者の姿勢をそのまま
「高校の国語授業」として受け止めてくれると期待 できること,「話す・聞く」「書く」「読む」力のバ ランスのよい育成を目指した指導例が示せること,
さらに後述する「2年次の国語指導への繋がり」が その理由である。
Ⅱ.指導の実際
1.年間指導計画と実際の授業実践の概要
上記①~⑤の基本姿勢のもと,資料1の年間指導 計画を作成した。この計画のもとで指導を進めてい くつもりであったが,新年度開始直後に,新型コロ ナウイルスの感染拡大への対応措置として,昨年度 末と同様に臨時休校となった。休校は2ヶ月近く続 いたため,年間授業時数の見直しを迫られた。それ に後述するとおりの稿者自身の指導計画の「甘さ」
も加わり,指導計画の大幅な見直しを余儀なくされ た結果,基本姿勢を堅持しつつ修正を加えて実践し た。それが資料2の1~7の単元である。
以下に,稿者の狙いと学習者の反応が顕著に分か る1 2 6の単元の「授業の実際」を具体的に述べ る。さらに一連の指導をどう評価に繋げたかを,3 の単元を具体例として説明する。
2.授業の実際その1
単元1「言葉の世界を広げよう」
新年度の最初の単元である。「授業開き」では漢 字四字熟語のみを用いた自己紹介文―田中宏幸氏の 実践を模倣した―を教材文に,これからの国語授業 の目標と進め方の概要を説明した後,第2時から「批 評者」たり得る言葉の力の育成に向けた具体的な授 業をスタートさせた。
教材文は,教科書の最初に掲載されている「挑戦」
と題された,脳科学者の茂木健一郎の随想である。
「人間とは,挑戦し続ける存在である。…挑戦する ことをやめてしまったら,人間は人間以外の何もの かになってしまうことだろう。」という筆者の「挑戦」
観が,自身の縄跳びへの挑戦や作家,冒険家,科学
者,政治家等の挑戦を具体例にしながら述べられて いるが,難解な表現や語句もなく,高校入学直後の 生徒達にも,一読でほぼ「何が書いてあるか」は理 解できる文章である。というより,読まなくても「教 科書の最初に載っている『挑戦』という題名の文章」
という情報を入手するだけで,「これから始まる高 校生活で,様々なことに挑戦しよう」という読み手 へのメッセージが込められていること,そのメッ セージの発信源は,筆者というよりこの文章を最初 に載せた教科書編集者であることが推測できる。
本文は読み手を入学直後の高校1年生に設定して いるので,このメッセージは「陳腐だが良識的な内 容」と言えよう。しかし「挑戦することをやめてし まったら,人間は人間以外の何ものかになってしま うことだろう。」の一節は,読み手の年齢や立場,
状況が異なると,或いは「挑戦」の内実を本文で具 体的に語られているものに限定して考えると,「挑 戦しない(できない)人間は,存在価値がない」と 述べている危険な表現だとの解釈も可能である。本 文の出典である『挑戦する脳』では,「挑戦」は筆 者の専門分野である脳科学の研究内容に関するもの として語られており,問題の表現にも危険性は感じ られないので,高校1年生の教科書に掲載するため の省略・改変がもたらした「瑕疵」と言えるかもし れない。そこで,実際の指導においては,この「瑕 疵」を活用した学習活動を仕組むこととした。
学習目標としては,第一に教材文の意図的な配置 からメッセージの発信源及びその内容を読み取るこ と,題名から本文の内容が推測できることを理解さ せることとした。その上で「読み手」である自分
(
生 徒)
が,受け取ったメッセージや推測を評価する姿 勢や,他者の異なる評価に触れて自身の考えを深め ようとする姿勢の涵養を,二つ目の目標に設定した。まず「本時の目標」を「題名を読む」「本文を批 評的に読む」と示し,教科書の目次で教材文の位置 の確認させた後,目次を見ながらこの文章を教科書 に載せた人物とその理由,題名から推測できる本文 の内容を各自「推理」させた。席の近い者同士で互 いの「推理」について意見交換した後に「自分の答 えでも,意見交換した友達のでもいいから」として 数名に指名したところ,全員から「教科書を作った 人が,みんなに挑戦してもらいたいと思って載せ た」,「挑戦はいいことだ,挑戦しよう,みたいなこ とが書いてある」等の的確な答えが返ってきた。前 時の「授業開き」の際に「これからの国語の授業の 進め方」の説明として「誰が,誰に向けて,何を,
何のために,どんな表現で,語っているか,解釈し て,その文章を批評していくよ」と言った稿者の言
令和2年度岡山県立総社高等学校 資料1
校 長 副校長 教 頭 教務課長 教科主任( 国 語 )科 年間指導計画
学科名 コース・類型名 科 目 名 単位数 講座数 生徒数 種 別 履修形態等 指 導 者 名 (時間数)
国語総合
(現代文) 2 1 40 一斉授業 槇 野 滋 子 (2)
家 政 科
学 年 教 科 用 図 書(発行所) 教 科 書 以 外 の 教 材 (発行所)
1 年 精選国語総合新訂版(大修館書店)) ・巻頭増補版最新国語便覧(浜島書店) ・新明解国語辞典(三省堂)
科目の目標 本校家政科生徒に身に付けさせたい「生活産業におけるスペシャリストとして地域社会やグローバル社会に貢献できる資質・能力」の 基礎力の一つとして,国語を適切に表現し的確に理解する能力を育成し,伝え合う力を高めるとともに,思考力や想像力を伸ばし,心情 を豊かにし,言語感覚を磨き,言語文化に対する関心を深め,国語を尊重してその向上を図る態度を育てる。
学 単 配当 観 点 別 学 習 到 達 目 標
元 学 習 の ね ら い 学 習 材
期 名 ( 主な学習活動・言語活動 ) ※斜体は教科書以 時間 関心・意欲・態度 話す・聞く能力 書く能力 読む能力 知識・理解 外のもの
言 葉 の 世 界 ・様々な「出会い」を通して,言葉の働きや ・「導入」資料 ・提示された種々の ・文章の構成や展 ・ 言 葉 に は 認 識 を広げよう 豊かさを実感するとともに高校の国語学習へ ・「挑戦」 6 情 報 に 関 心 を 持 っ 開を確かめ,内容 や 思 考 を 支 え る
の意欲を喚起する。 ・「尋ねあい」 て,意欲的・協働的 や表現の仕方の特 働 き が あ る こ と
(・「四字熟語総高紹介」比較読み に活動に取り組み主 徴に着目して批評 を理解している。
・「題名」読み・評価読みでの意見交換 体的に読もうとして 的に読んでいる。 ・ 推 論 の 仕 方 を
1 ・「具体例」を考えて意見交換 いる。 理 解 し , 使 っ て
・図書館オリエンテーション ) いる。
「 語 り 」 に ・原典比較や作品比較を通して,作品に表れ ・「羅生門」 ・意欲的に活動に取 ・自分の考えが ・語り手を意識し ・ 言 葉 に は , 想 着 目 し な が ているものの見方,感じ方を捉え,語り手の ・『今昔物語集』 7 り組み,交流を通し 伝わるよう文の ながら表現の特色 像 や 心 情 を 豊 か 学 ら 小 説 を 解 視点に着目しながら主体的に解釈する。 巻二九第一八 て自分の解釈を深め 構成,展開や表 について評価する に す る 働 き が あ 釈しよう (・グループ学習での原典比較 ・「鏡」 ようとしている。 現の仕方を工夫 ことを通して,内 る こ と を 理 解 し
・「羅生門」と「鏡」読み比べ作文) している。 容を解釈している。 ている。
「 評 論 」 と ・評論の表現の特色に注意しながら読解する ・「水の東西」 ・「 評論」という形 ・学習した「説 ・「評論」という形 ・「 対 比 」「 具 体 出会おう ことで説得の方法を学び,自分の表現に生か ・「 ま ず は 形 か 7 態の表現の特色に関 得の方法」を用 態の表現に注意し 例」「抽象化」と
期 す。 ら」 心を持ち,意欲的に いて論理的な文 ながら読解すると い っ た 説 得 の 方
(・「なぜ評論の最初に『水の東西』を学習す 学んで自分の表現に 章 を 書 い て い ともに,高校の評 法 を 理 解 し て い るのか」の問いを考えながら読み,各自の答 生 か そ う と し て い る。 論学習における「水 る。
えを活用して論理的文章を執筆 る。 の東西」の意味を
・「まずは形から」の説得の仕方を批評) 解釈している。
お 薦 め の 本 ・目的と場に応じた内容を選び,表現や言葉 ・言語活動「お薦 ・目的と場に応じた ・目的と場に応 ・ 話 し 言 葉 の 特 を 紹 介 し よ 遣いを工夫してスピーチを行う。 めの本を紹介しよ 5 内容を選び,表現を じ た 内 容 を 選 徴 , 目 的 と 場 に
う (・「お薦めの本紹介」スピーチ大会) う」 工夫してスピーチを び,表現を工夫 応 じ た 表 現 や 言
行おうとしている。 してスピーチを 葉遣いを理解し,
行っている。・ 使っている。
「 詩 」 っ て ・自由で多彩な詩表現を解釈することを通し ・「冬眠」・「春殖」 ・詩表現に関心を持 ・自由で多彩な詩 ・ 詩 表 現 の 特 徴 何だろう て,「詩とは何か」について考えを深め,ア ・「I was born」 5 ち,意欲的・協働的 表現 に注 意しな や そ の 効 果 に つ ンソロジー作りで形象化する。 ・「甃のうへ」・「一 に活動に取り組んで がら 解釈 し,詩 い て 理 解 し て い (・グループ学習での詩の解釈・発表 つのメルヘ ン」・「自 考えを深めようとし につ いて 考えを る。
・アンソロジー作成と相互批評) 分の感受性くらい」 ている。 深めている。
2 「 自 然 を と ・自然観についての2つの評論を読み比べ ・「動的平衡として ・2つの評論の比較 ・2つの評論を読 ・「 比 喩 」,「 類 ら え る 」 を て,両者の主張や論証の仕方の異同を把握し の生物多様性」 7 読みに意欲的に取り み比べて,両者の 推 」,「 帰 納 」 と とらえよう 批評する。 ・「自然と人間の関 組み,両者の内容や 主張や論証の仕方 「 演 繹 」 と い っ (・「自然をとらえる」大比較大会) 係をとおして考え 表現について評価し の異同を把握し評 た 主 張 を 支 え る
学 る」 ようとしている。 価し,自分の考え 論 証 の 方 法 を 理
を深めている。 解している。
文 学 を 味 わ ・同じ単元に採録されている3つの小説を読 ・「城の崎にて」 ・3つの小説の読み ・目的と立場に ・読み比べによる ・ 言 葉 が 持 っ て おう み比べて批評・評価することを通して,もの ・「セメント樽の中 8 比べに意欲的に取り 応じた文体,構 批評・評価を通し い る 想 像 や 心 情 期 の見方,感じ方,考え方を深める。 の 手紙」 組み,批評・評価し 成,表現で書い て,ものの見方, を 豊 か に す る 働 (・総高版「本屋大賞」選考と総評執筆) ・「夢十夜」第一夜 ようとしている。 ている。 感じ方,考え方を き に つ い て の 理 深めている。 解を深めている。
「 現 代 を 問 ・現代社会をテーマに討論することを通して ・「贅沢を取り戻す」 ・討論に意欲的に取 ・ 自 他 の 考 え が ・2つの評論の内 ・ 討 論 会 と い う う 」 討 論 会 論理的に伝え合う力を育成するとともに,現 ・「空気を読む」 5 り組み,論理的に伝 的確に伝わり考 容を結び付けて, 目 的 に 怖 じ た 適 をしよう 代社会についての考えを深める。 ・言語活動「ミニ え合い現代社会につ えが深まるよう 新たな観点から自 切 な 表 現 や 言 葉 (・「現代を問う」討論会) 討論会をしよう」 いての考えを深めよ 討論を行ってい 分の考えを深めて 遣 い を 理 解 し ,
うとしている。 る。 いる。 使っている。
短 歌 と 俳 句 ・短歌と俳句の表現の特徴を理解した上で, 教科書 ・意欲的に活動に取 ・活動を通して短 ・ 短 歌 と 俳 句 の を 物 語 に し 作品を物語化し相互批評することでものの見 ・短歌 十五首 5 り組んで短歌・俳句 歌・俳句への理解 表 現 の 特 徴 を 理
よう 方,感じ方を深める。 ・俳句 十二句 への理解を深めよう とものの見方・感 解している。
(・短歌・俳句の物語化) としている。 じ方を深めている。
「 評 論 」 の ・言語に関する2つの評論の読解を通して, ・「言葉についての ・本文を主体的に読 ・読解を通して, ・ 言 葉 に は , 言 葉
意 義 ~ 言 葉 これまでの「常識」が覆る観点・価値観の提 新しい認識」 7 み,言葉についての 「常識」を覆し, そ の も の を 認 識 し
の 「 常 識 」 供してくれる評論の意義を理解し、併せて言 ・「「方言コスプレ」 考えを深めようと 新たな観点・価値 た り 説 明 し た り す
3 を疑う 語についての考えを深める。 現象」 している。 観を提示する評論 る こ と を 可 能 に す
(・グループ学習 ) の意義を理解して る 働 き が あ る こ と
いる。 を理解している。
学 「 国 語 辞 典 ・自分達が日常使っている中から国語辞典に ・言語活動「国語 5 ・意欲的に取り組み ・目的に応じた文 ・ 引 用 や 出 典 の 必
を作ろう」 載せたい言葉を選び、定義と解説を書くこと 辞典を作ろう」 言葉への理解を深め 体,構成,表現で 要 性 に つ い て 理 解
で言葉の意味や定義の仕方の理解を深める。 ようとしている。 書いている。 を深めている。
期 「 文 学 」 の 意 ・原爆を題材にした文学に触れることで,文 ・「友よ」 ・語られた内容を ・目的と立場に相 ・ 内容を 「自分事」と ・ 話 し 言 葉 と 書 き
義 ~ 「 戦 争 学の存在意義について考えを深める。 ・「父と暮らせば」 4 「自分事」として読 応しい文体、構成、 し て 解 釈 す る 中で 、 言葉の特徴や役割、
と平和」~ (・グループ学習 ・「観劇評」の執筆 ) 戯曲と舞台映像 もうとしている。 表 現 で 書 い て い 文 学 の 意 義 に つい て 表 現 の 特 色 を 理 解
る。 考えを深めている。 している。
批 評 を 研 ぎ ・2つの評論を批評的に読んで小論文を執筆 ・「 技 術 と し て の ・評論の批評的な読 ・「 小 論 文 」 に ・文章の構成や論 ・「小論文」にふ 澄まそう することを通して,論理的な文章の構成や展 「教養」」 8 みを参考に小論文の ふ さ わ し い 文 理の展開、表現を, さ わ し い 内 容 や 開の仕方について理解を深めるとともに自分 ・「白」 執筆に意欲的に取り 体、構成、表現 多面的・多角的に 構 造 や 展 開 を 理
の考えを深めたり広めたりする。 組もうとしている。 で書いている。 評価している。 解し用いている。
(・グループ学習 ・小論文執筆 )
総時間数 78
たと感じられる文章であった。それらが多くの生徒 達にとって「敬遠したい」文章に他ならないことは 容易に推察された。生徒達の興味・関心を喚起でき る自主教材の開発を主軸にすることも考えたが,「高 すぎる「教材への依存度」からの脱却」を授業実践 で示すには「教科書で教える」姿勢が求められると 思い直した。但し,単元の狙いによっては自主教材 を併用したり別の教科書に採られている教材文を活 用したりもした。
次章では,担当した2学年のうち1年生の指導の 実際を紹介する。新入生で,稿者の姿勢をそのまま
「高校の国語授業」として受け止めてくれると期待 できること,「話す・聞く」「書く」「読む」力のバ ランスのよい育成を目指した指導例が示せること,
さらに後述する「2年次の国語指導への繋がり」が その理由である。
Ⅱ.指導の実際
1.年間指導計画と実際の授業実践の概要
上記①~⑤の基本姿勢のもと,資料1の年間指導 計画を作成した。この計画のもとで指導を進めてい くつもりであったが,新年度開始直後に,新型コロ ナウイルスの感染拡大への対応措置として,昨年度 末と同様に臨時休校となった。休校は2ヶ月近く続 いたため,年間授業時数の見直しを迫られた。それ に後述するとおりの稿者自身の指導計画の「甘さ」
も加わり,指導計画の大幅な見直しを余儀なくされ た結果,基本姿勢を堅持しつつ修正を加えて実践し た。それが資料2の1~7の単元である。
以下に,稿者の狙いと学習者の反応が顕著に分か る1 2 6の単元の「授業の実際」を具体的に述べ る。さらに一連の指導をどう評価に繋げたかを,3 の単元を具体例として説明する。
2.授業の実際その1
単元1「言葉の世界を広げよう」
新年度の最初の単元である。「授業開き」では漢 字四字熟語のみを用いた自己紹介文―田中宏幸氏の 実践を模倣した―を教材文に,これからの国語授業 の目標と進め方の概要を説明した後,第2時から「批 評者」たり得る言葉の力の育成に向けた具体的な授 業をスタートさせた。
教材文は,教科書の最初に掲載されている「挑戦」
と題された,脳科学者の茂木健一郎の随想である。
「人間とは,挑戦し続ける存在である。…挑戦する ことをやめてしまったら,人間は人間以外の何もの かになってしまうことだろう。」という筆者の「挑戦」
観が,自身の縄跳びへの挑戦や作家,冒険家,科学
者,政治家等の挑戦を具体例にしながら述べられて いるが,難解な表現や語句もなく,高校入学直後の 生徒達にも,一読でほぼ「何が書いてあるか」は理 解できる文章である。というより,読まなくても「教 科書の最初に載っている『挑戦』という題名の文章」
という情報を入手するだけで,「これから始まる高 校生活で,様々なことに挑戦しよう」という読み手 へのメッセージが込められていること,そのメッ セージの発信源は,筆者というよりこの文章を最初 に載せた教科書編集者であることが推測できる。
本文は読み手を入学直後の高校1年生に設定して いるので,このメッセージは「陳腐だが良識的な内 容」と言えよう。しかし「挑戦することをやめてし まったら,人間は人間以外の何ものかになってしま うことだろう。」の一節は,読み手の年齢や立場,
状況が異なると,或いは「挑戦」の内実を本文で具 体的に語られているものに限定して考えると,「挑 戦しない(できない)人間は,存在価値がない」と 述べている危険な表現だとの解釈も可能である。本 文の出典である『挑戦する脳』では,「挑戦」は筆 者の専門分野である脳科学の研究内容に関するもの として語られており,問題の表現にも危険性は感じ られないので,高校1年生の教科書に掲載するため の省略・改変がもたらした「瑕疵」と言えるかもし れない。そこで,実際の指導においては,この「瑕 疵」を活用した学習活動を仕組むこととした。
学習目標としては,第一に教材文の意図的な配置 からメッセージの発信源及びその内容を読み取るこ と,題名から本文の内容が推測できることを理解さ せることとした。その上で「読み手」である自分
(
生 徒)
が,受け取ったメッセージや推測を評価する姿 勢や,他者の異なる評価に触れて自身の考えを深め ようとする姿勢の涵養を,二つ目の目標に設定した。まず「本時の目標」を「題名を読む」「本文を批 評的に読む」と示し,教科書の目次で教材文の位置 の確認させた後,目次を見ながらこの文章を教科書 に載せた人物とその理由,題名から推測できる本文 の内容を各自「推理」させた。席の近い者同士で互 いの「推理」について意見交換した後に「自分の答 えでも,意見交換した友達のでもいいから」として 数名に指名したところ,全員から「教科書を作った 人が,みんなに挑戦してもらいたいと思って載せ た」,「挑戦はいいことだ,挑戦しよう,みたいなこ とが書いてある」等の的確な答えが返ってきた。前 時の「授業開き」の際に「これからの国語の授業の 進め方」の説明として「誰が,誰に向けて,何を,
何のために,どんな表現で,語っているか,解釈し て,その文章を批評していくよ」と言った稿者の言
資料2
令和2年度岡山県立総社高等学校家政科1年1組 国語総合(現代文分野)年間指導単元一覧※採択教科書は大修館書店『精選国語総合新訂版』
※□の右が指導事項、「」内が単元名
※教材文のうち太字がこの教科書所収のもの
※①②③…が学習活動の概要
1 導入→読むこと「言葉の世界を広げよう」
教材文:茂木健一郎「挑戦」
①「高校の国語授業」への誘い:一年間の学習のあり方を理解する。
②「題名」から教科書の作り手や語り手の思いを推測する 本文を批評的に読む 2 読むこと「小説『羅生門』を解釈しよう 」
教材文:芥川龍之介「羅生門」
『今昔物語』巻第二九第一八「羅城門の上層に登りて死人を見る盗人の語」
①「羅生門」を授業で読むかどうかを考察・判断する
②原作比較を通して「小説」表現の特徴を理解しながら小説「羅生門」を解釈する。
③一文で自分の「羅生門」解釈を表現する。
3 読むこと、書くこと「評論と出会おう」
教材文:山崎正和「水の東西」
①題名読みと段落分けの検討で内容と表現の特徴を把握する。
②内容の吟味で筆者の主張と説得の仕方を理解する。
③「納得するor しない」作文執筆で筆者の主張を批評しながら「読み手を説得する具体例」の示し方を 学ぶ。
4 読むこと、書くこと「詩って何だろう」~詩の定義を考える・アンソロジー作り~
教材文:草野心平「冬眠」「春殖」 吉野弘「花と苑と死」「I was born」
三好達治「甃のうへ」 中原中也「一つのメルヘン」 茨木のり子「自分の感受性くらい」
①グループによる四編の詩の内容・表現についての協議・考察・発表を通して、各自が「詩とは何か」
の定義について考える。
②下の教科書所収の詩から選んだ一編+図書室の蔵書から選んだ一編+自由に選んだ一編によるアンソ ロジー詩集の作成と相互批評を通して、改めて「詩とは何か」についての考察を深めつつ、「編集」の仕 方について体験する。
5 話すこと・聞くこと、書くこと「お薦めの本を紹介しよう」
教材文:「言語活動 お薦めの本を紹介しよう」
①「声の表現」と「スピーチの方法」の基礎知識を知った上で、「お薦めの本」についてのスピーチ原 稿を執筆する。
②スピーチ大会での発表と相互批評を通して、「よいスピーチ」表現とは何かについての理解を深める。
③「劇的添削ビフォアーアフター」課題―自身のスピーチ原稿を、他者のスピーチや相互批評の内容を を通して見直し、書き直す課題―「よいスピーチ」内容とは何かについての理解を深める。
6 読むこと、書くこと「目指せ!「評論」読解マイスター」
教材文:内山節「自然と人間の関係を通して考える」
①題名の「不備」を指摘した上で、本文を一読してその不備を補完する。
②グループで四つの担当に分かれて本文を分析・読解する。
③「読みやすいor読みにくい」で本文を批評する。
④本文にない具体例を用いて筆者の主張を「易しく伝える」作文を執筆することで、筆者の主張につい ての理解を深めながら、「適切な根拠を用いて分かりやすく書く」方法を理解する。
7 読むこと「小説『倉庫のコンサート』を味わおう」
教材文:池澤夏樹「倉庫のコンサート」
①題名+冒頭の一文からこの小説の内容を予測する。
②グループ毎の本文朗読を聴きながら、場面毎の内容を把握し、「気になる表現」についての考察・協 議を行う。
③発表を通して、「小説」表現の特徴についての理解を深める。
④一文で自分の「倉庫のコンサート」解釈を表現するとともに、相互批評で多様な解釈を知り、「小説」
の魅力を実感する。
葉が,教材文を見ずにその内容や「語り手」の意図 を「推理」するという(恐らく)初めての体験に興 味を持って取り組むことを通して「ああ,こういう ことか」と納得できた様子が見て取れた。また指名 された生徒は,意見交換を経ているので安心して答 えられるようだった。授業という「場」には,こう した納得感と安心感の醸成が不可欠であるのを,改 めて感じた。
次に「これから私が本文を音読するので,本当に みんなが推理したような内容が書かれているかどう か確認しよう。書かれていたらその箇所に傍線を引 くこと」と指示した。さらに「私はこの文章の中で 大いに不愉快になった箇所がある。できれば,それ がどこか,なぜかも考えながら聞いてほしい」と付 け加えた。
2つめの指示に対して「えっ!」という表情で隣 同士で顔を見合わせる生徒が少なくなかった。典型 的な反応として,ある生徒の本時の振り返りの記述 を挙げる。「私は今まで文章を読んで共感しかした ことがなかったので,先生の授業を受けて,そんな 考え方もあるんだなと思った」というものである。
この「文章」は,教科書に掲載された文章だと推測 できるので,この生徒には「教科書に載っているの はいい文章なので,共感すべきだ」という素朴な価 値観が根付いていることが窺えた。しかし「批評者」
たり得る言葉の力の獲得には,こうした素朴な価値 観を覆し,目の前の文章を,自身の価値判断のフィ ルターを通して評価しようとする姿勢が不可欠であ る。そのため,ここでは上述した教材文の「瑕疵」
を活用して,教師が意図して教材文を否定的に評価 してみせることとした。それが「この文章には不愉 快な箇所がある」という投げかけである。
上述のとおり,この素朴な価値観とは異なる姿勢 は生徒達を大いに揺さぶり,改めて本文を丹念に黙 読して考える姿が見られたが,個人考察→意見交換 を経ても該当箇所の具体的な指摘には至らなかっ た。そこで上掲の「不愉快な箇所」を指摘した上で
「なぜ私が不愉快に感じたのか,その気持ちを「推理」
しよう。今度は席を離れて,自由に誰とでも意見交 換していい」と投げかけた。賑やかな意見交換の後,
指名すると「挑戦するかしないかは人それぞれでい い」「差別的な発言」といった適切な「推理」が返っ てきた。それらを肯定した上で「世の中には挑戦し たくない人やしたくでもできない人もいるのに,こ の表現はそうした人達を「人間ではない」と決めつ けているとも解釈できる。若いみんなはともかく,
私のような年齢の者には,この言い方は不愉快だ」
と続けた。この時間の振り返りには「先生の気持ち
もすごく分かる」「(教科書の文章にも)よく読むと 批評すべきところがある」「教科書に載っている内 容が,すべて正しいわけじゃない。批評することも 大切」「文章の捉え方次第で考えが違ってくる」等 の記述が見られ,「本文を批評的に読む」学習が順 調に進んだことが窺えた。
引き続いての第3時は「批評を批評しよう」の目 標のもと,稿者が示した筆者の主張への批判的な批 評への反論を試みるという学習活動を設定した。「先 生の批評に反論すること」で,教師の解釈が絶対唯 一の正解ではないこと,限られた読み手を想定した 文章があること,「挑戦」の語義の多様性に目を向 ける必要があること,以上の3点に気付くことを目 指したものである。前時の状況から目標を十分に達 成する授業実践が期待できたが,授業日直前に臨時 休校となり,再開したのは6月半ばであった。
再開後の第3時,2ヶ月前の授業内容を復習した 後に教師の解釈への反論を記述させたが,時間的な 空白は大きく,生徒の意欲を十分に高めることはで きなかった。それでも数名の生徒が「私達高校1年 生がこの文章を読むので,不愉快にはならない」「挑 戦の中身は人それぞれ」「高齢者の人が,一日でも 長く生きようとすることも立派な挑戦だ」といった 適切な反論を記述していたので,それらを紹介して この単元を終了した。
やむを得ない事情とはいえ悔いが残る終了の仕方 だったが,授業後の振り返りに「一つの言葉でいろ いろな捉え方ができる」「批評し,理由までハッキ リ言えると,もっと自分の感性が広がりそう」「自 分の意見を文として口に出し,他の人の意見も聞い て新しい考えが生まれることが分かった」等,この 単元の学びを自己評価できている者,再開された「授 業という「場」の学び」の意義に目を向けている者 を見出せたのが,救いであった。
3.授業の実際その2
単元2「小説『羅生門』を解釈しよう」
単元名どおり,高校1年生の小説教材の定番『羅 生門』を素材とした単元である。単元設定の理由,
学習目標や指導の手立て,指導計画の詳細は,資料 3の学習指導案を参照されたい。
『羅生門』を選んだ理由も資料3中の題材観に述 べている。要は原作の説話との比較という学習活動 を通して,小説解釈のための目の付け所,アプロー チの仕方を習得させるのに適した教材文であるとの 判断からである。判断の根拠は,かつて高校現場で 実践した同様の指導の手応えであった。但し当初は 資料1にあるとおり,過去の実践を改良して,三人
資料2
令和2年度岡山県立総社高等学校家政科1年1組 国語総合(現代文分野)年間指導単元一覧※採択教科書は大修館書店『精選国語総合新訂版』
※□の右が指導事項、「」内が単元名
※教材文のうち太字がこの教科書所収のもの
※①②③…が学習活動の概要
1 導入→読むこと「言葉の世界を広げよう」
教材文:茂木健一郎「挑戦」
①「高校の国語授業」への誘い:一年間の学習のあり方を理解する。
②「題名」から教科書の作り手や語り手の思いを推測する 本文を批評的に読む 2 読むこと「小説『羅生門』を解釈しよう 」
教材文:芥川龍之介「羅生門」
『今昔物語』巻第二九第一八「羅城門の上層に登りて死人を見る盗人の語」
①「羅生門」を授業で読むかどうかを考察・判断する
②原作比較を通して「小説」表現の特徴を理解しながら小説「羅生門」を解釈する。
③一文で自分の「羅生門」解釈を表現する。
3 読むこと、書くこと「評論と出会おう」
教材文:山崎正和「水の東西」
①題名読みと段落分けの検討で内容と表現の特徴を把握する。
②内容の吟味で筆者の主張と説得の仕方を理解する。
③「納得するor しない」作文執筆で筆者の主張を批評しながら「読み手を説得する具体例」の示し方を 学ぶ。
4 読むこと、書くこと「詩って何だろう」~詩の定義を考える・アンソロジー作り~
教材文:草野心平「冬眠」「春殖」 吉野弘「花と苑と死」「I was born」
三好達治「甃のうへ」 中原中也「一つのメルヘン」 茨木のり子「自分の感受性くらい」
①グループによる四編の詩の内容・表現についての協議・考察・発表を通して、各自が「詩とは何か」
の定義について考える。
②下の教科書所収の詩から選んだ一編+図書室の蔵書から選んだ一編+自由に選んだ一編によるアンソ ロジー詩集の作成と相互批評を通して、改めて「詩とは何か」についての考察を深めつつ、「編集」の仕 方について体験する。
5 話すこと・聞くこと、書くこと「お薦めの本を紹介しよう」
教材文:「言語活動 お薦めの本を紹介しよう」
①「声の表現」と「スピーチの方法」の基礎知識を知った上で、「お薦めの本」についてのスピーチ原 稿を執筆する。
②スピーチ大会での発表と相互批評を通して、「よいスピーチ」表現とは何かについての理解を深める。
③「劇的添削ビフォアーアフター」課題―自身のスピーチ原稿を、他者のスピーチや相互批評の内容を を通して見直し、書き直す課題―「よいスピーチ」内容とは何かについての理解を深める。
6 読むこと、書くこと「目指せ!「評論」読解マイスター」
教材文:内山節「自然と人間の関係を通して考える」
①題名の「不備」を指摘した上で、本文を一読してその不備を補完する。
②グループで四つの担当に分かれて本文を分析・読解する。
③「読みやすいor読みにくい」で本文を批評する。
④本文にない具体例を用いて筆者の主張を「易しく伝える」作文を執筆することで、筆者の主張につい ての理解を深めながら、「適切な根拠を用いて分かりやすく書く」方法を理解する。
7 読むこと「小説『倉庫のコンサート』を味わおう」
教材文:池澤夏樹「倉庫のコンサート」
①題名+冒頭の一文からこの小説の内容を予測する。
②グループ毎の本文朗読を聴きながら、場面毎の内容を把握し、「気になる表現」についての考察・協 議を行う。
③発表を通して、「小説」表現の特徴についての理解を深める。
④一文で自分の「倉庫のコンサート」解釈を表現するとともに、相互批評で多様な解釈を知り、「小説」
の魅力を実感する。
称の「語り手」で進む『羅生門』と,教科書で同じ
「小説(一)」単元に採録されている「語り手」が一 人称である村上春樹の『鏡』と読み比べることで,「語 り手」の視点に着目しながら小説を主体的に解釈さ せることを計画していた。そうすることで「定番教 材である『羅生門』への依存度を低める」ことがで きるとも考えていたが,Ⅱ―1に記した理由で実現 には至らなかった。
全6時間で実施したこの単元を振り返り,クライ マックスは第1時だったと感じる。「各教科とも臨 時休校中の学習課題を出す」という全校の方針に基 づいて,授業で行う予定だった「原作と比較して『羅 生門』を読む」を課題とした。そこで休校が解けて この単元に入る際「授業で『羅生門』を学習するか どうか判断しよう」と投げかけたのだ。「する」「し ない」必ずどちらかで答えるとして挙手させると,
やや「する」派が多いもののほぼ半々だった。隣同 士で意見交換させた後,「私は『羅生門』を,授業 の中でみんなで読みたいと思っているので,これか らその理由をプレゼンする。みんなはそれを聴き,
改めてどうするかを判断しよう」と声かけをして,
資料3中の題材観の内容をかみ砕いて説明した。
意見交換後「する」「しない」派に分かれて生徒 同士で討論するという流れもあったが,そうしな かったのは,高1の一学期で授業再開直後のこの時 点で,『羅生門』は稿者にとって「目標達成に向け て自信を持って指導するのに最適な教材文」であり,
万が一にも「しない」という選択肢はなかったから だ。説明終了後,改めて「授業で『羅生門』を学習 するかしないか」についての各自の意見と理由を振 り返りに記入させた。結果は40名中28名が「する」,
3名が「半々」,残りは「する」「しない」の意思表 示はないが記述は「する」を前提としたもので,明 確な「しない」はいなかった。教師の指示には素直 に従う生徒達なのでこの結果は当然であり,稿者の やり方はかなり「あざとい」ものだったが,以下の
□に掲げた振り返り記述例からは,「する」「しない」
の判断を迫られたことで「授業では自分の判断で教 材文を読まなければいけない」という意識が喚起さ れたこと,休校を経て授業という「場」の意義を強 く感じていることが窺えた。
・友達や先生の意見を聞いて,自分の意見は「やる」に変わった。
・家でやったのと,授業でするのとはまた違うような感じになると思うから,やったほうがいい。
・初めは一度読んだからもうしなくていいと思っていたけど,主題の解釈の仕方は色々あるので,授業を 通して考えたいと思いました。
・休みの期間にしたとはいえ,もっと深くまで考えることが,自分のためになるのかなと思いました。
・一度読んで終わりではなく,何度も読んだ方が違う見方ができると思った
第2時以降はほぼ指導計画どおりに進んだ。しか し2~5時は「前時の振り返り→教師の音読を聴く
→原作との違いを指摘→なぜ違うかを解釈→近隣の 生徒と意見交換」の単調な繰り返しになってしまっ た。生徒達は既に家庭学習で原文と『羅生門』の比 較を行っているのだから,例えば2~4時を簡略化 し,第5時で取り上げた「楼上の下人と老婆との対 峙」場面のみ原作との違いを確認させた後,「なぜ 下人は老婆の着物だけを剝ぎ取ったのか解釈してみ よう」と発問することで,この単元の目標を達成で きる学習活動が仕組めたのではないか。できなかっ たのは,「教材への依存」から脱却しきれず「授業 内で『羅生門』全文を読む」ありきの単元構想しか 浮かばなかった稿者の責任だと反省している。とは いえ『羅生門』は「高校で初めて読む小説」にふさ
わしい特長を持っている。それを活用しつつ今回果 たせなかった他の小説教材との比較も視野に入れ て,「『羅生門』を用いた入門期の小説を「読む」」
単元を再構想したいと考えている。
単元の結びとなる第6時では,「最終的な『羅生門』
のテーマ解釈を「××が……する話」もしくは「〇〇 が~~する話」の一文にまとめる活動」に取り組ま せた。生徒達がまとめた「一文」は,「下人が盗人 になる話」もしくは「下人が生きるために盗人にな る話」が大半を占めていた。前者は梗概の域を出て おらず,後者は「生きるため」という理由付けはあ るが「何がそうさせたか」に対する視点がない。正 直物足りなさを覚えたが,中には□のような様々な 視点での解釈が窺える「一文」もあったので,( ) 内の稿者の批評とともに全員に紹介した。