- 156 -2008年 第16巻 第2号 156-166 2008, Vol. 16, No. 2, 156-166
感情研究の最新理論
社会的認知の観点から
Research on Affect Today: From the perspective of social cognition Hideya Kitamura
Faculty of Sociology, Toyo University
Address: 2-19-4, Eifuku, Suginami-ku, Tokyo 168-0064 東洋大学社会学部 北 村 英 哉
In this article, recent researches on affect in social cognition are introduced and discussed. First, affect has an adjustable function and the ‘Feeling as Information’ model assumes the role of affect for daily judgments. An empirical study will be presented, confirming the informative function of affective states. Second, affect has a role of regulating the continuation and persistence of performance. Affective states provide information for stop-rule. Third, the relation of affect to cognitive style and the motivational function of affective states will be discussed. Fourth, a novel technique of measuring implicit attitudes using a misattribution procedure is presented. Finally, a SAC model, an integrative model of affect and cognition, will be shown and discussed. Key words: affect, informative function, motivational function, information processing, SAC model
はじめに
社会心理学の観点からの感情理論というテー マ は 実 際 広 大 な 裾 野 を 擁 し て お り 、 PsycARTICLESで2007年11月に検索すると、 「Social Psychology & Affect」で13,261件 の研究があり、その内、この1年で1,809件の 研究が行われている。「Social Psychology & Emotion」で検索すると、8,665件あり、この 1年で981件の発刊された論文等があるという ことだ。 社会心理学の領域は多くのテキストの例に従 うと、「個人→対人→集団→集合」と、研究対 象とする構成員の人数が拡大していくように領 域が広がっている。ほとんど個人心理に近い テーマから人に対する行為を問題とする対人行 動、人と人との間に生じる対人相互作用など対 人関係上のテーマといった流れに即して感情の 研究をざっと列記しても、気分一致効果、課題 の感情効果、情動認知、表情認知、感情の理解、 共感、認知的評価理論、感情制御、感情の抑制 とリバウンド、ストレスとコーピング、自己開 示、恥、あがり、罪悪感、怒りと攻撃行動、制 裁、謝罪、信頼感、対人魅力、恋愛、友情、抑 うつ、不安、表出および非言語的コミュニケー ション、ソーシャルサポート、存在脅威管理理 論、ソシオメーター、社会的排除、集団間情動、 文化と感情など社会心理学者が関与している研 究には、実に多くの感情と関係した研究が見ら れる。 人のこころを研究することは、その必須の要 素として自ずと感情反応を含みこんでいかざる を得ないということが現在の研究の状況であろ
セミナー論文
う。また、人の主観的な経験やあいまいに見え る現象を研究対象とすることが許されている現 在の心理学研究の状況がこのように多くの感情 がらみの研究を生み出しているとも言えるだろ う。 この広大な領域をここで概観するのは筆者に は荷が勝ちすぎることであるし、紙数もないの で、それぞれのテーマを扱った良書に任せると して(Forgas, 2006;畑山,2005;高橋・谷口, 2002)、本稿でのテーマは、社会的認知の観点 からの感情のモデルを考えてみたい。現在は、 他の立場とも背景を共にするようになりつつあ るが、これらの理論の基盤は、感情を機能的に 捉え、また、進化的に適応的な価値を感情が有 しているという発想に基づいている(北村・木 村,2006;戸田,1992)。 そこで、本稿では、第1に、感情が有用な情 報であるという発想に立つ感情情報説を実証的 な知見と共に紹介し、第2に、そこから1歩進 んで人の遂行を調整する役割を果たすものとし ての感情を取り上げ、第3に、さらにその1つ のヴァリエーションとしての思考スタイルと感 情の関係の問題を取り上げ、第4に、感情の誤 帰属を利用した新たな測定を紹介し、最後に、 そのまとめとして簡単にSACモデルに触れる。 これによって、今まで見過ごされがちであっ た感情の果たしている役割について、社会的認 知の観点からどのように研究が進展してきてい るのかを紹介したい。 1.感情情報説 「認知と感情」の領域では、気分一致効果 (mood-congruent effect)が広く知られてい る。そして、気分一致効果は、Bower(1981, 1991)が呈示した感情ネットワークモデル (emotion-network theory)で説明されるこ とが多い。しかし、異なる説明やパラダイムが あることはあまり注目されていない。その1つ が感情情報説(feeling as information)であ る。 感情ネットワークモデルは、記憶表象内に感 情のノードを仮定し、感情的な出来事と感情 ノードが連結しているネットワークを想定する。 ここで、活性化拡散メカニズムが働くので、あ る感情状態にあった場合は、当該の感情ノード が活性化し、それにつらなる感情と一致した出 来事や経験が想起されやすくなる。いわば、「感 情プライミング(affective priming)」のプロ セスが働くということで、そのような仕組みで 気分一致記憶効果(mood-congruent memory effect)は語られることが多い(神谷,2002; Kuiken, 1991)。 しかし、気分一致効果には、気分一致記憶効 果 と 気 分 一 致 判 断 効 果 ( mood-congruent judgment effect)の2つがあり、認知心理学 領域では気分一致記憶効果が主として研究され てきたが、社会心理学の中での社会的認知領域 においては、気分一致判断効果が広く研究され てきた(Forgas, 1991)。 気分一致判断効果は、ポジティブな気分時に より肯定的な評価・判断がなされ、ネガティブ な気分時には否定的な評価・判断がなされやす いというものである。これを感情ネットワーク モデルの観点から説明すると、ポジティブ気分 時には判断対象についてのポジティブな考えや 反応が活性化され、ネガティブ気分時では対象 についてのネガティブな思考や反応が活性化さ れやすいので、判断が感情価に引きずられバイ アスを受けた評価がなされやすいという説明で ある(Isen, 1987;Isen, Shalker, Clark, & Karp, 1978)。 これに対して、感情情報説では異なる説明を 行う。感情情報説は Schwarz(1990)が唱えた 説であり、感情は情報的な価値を含んだ働きを するということで、さらにその情報的意味を2 つに分けると、情報的機能と動機づけ機能があ る。動機づけ機能については、後の情報処理方 略の議論の中で扱う。したがって、ここで問題 とされるのは、情報的機能としての情報的意味 である。これはすなわち、ポジティブ感情、ネ ガティブ感情という感情が判断を行うに際して その情報的基盤としての意味を有するというも
- 158 -のである。例えば、アクセサリーを購入する際、 手にとって、何となく「いい感じ」がするか「よ くない感じ」がするか、自分で自分自身の感情 反応にアクセスして、それによって好意度の評 価を決め、さらに、それが実際の購買行動につ ながるという道筋を想定するものである。この ような感情的な判断の発動は、他に重要な手が かりがないとか、逆に手がかりが莫大すぎてす べてをうまく勘案することができない、あるい は、感情的な反応こそが重要な焦点となるよう な評価である場合にとりわけ有効であると考え られている(Clore, Schwarz, & Conway, 1994)。 アクセサリーなどファッション関係の商品や 部屋に飾る絵画、趣味の雑貨、小物などの購買 においては、「いい感じ」がするかどうかこそ が購買を決める根拠として大きな役割を果たす ので、自己の感情を判断の基盤とすることがよ く行われる。この点、感情情報説の議論はきわ めて常識的で直観的にも妥当なプロセスのよう に考えられるであろう。 ただ、感情情報説の特徴として、感情が情報 的価値を有する場合に限り、このような機能が 果たされると考える点が挙げられる。つまり、 今感じられている感情を評価の元として用いる ことが不適切に感じられるような状況では、こ の感情-判断のつながりはシャットアウトされ て、評価に感情が反映されなくなるのである。 このシャットアウトのプロセスは必ずしも意識 的な自覚の元に行われるわけではない。本稿の 論点はこの点にはないので、詳細な議論は避け、 誤帰属の議論に移る(北村,2003,2004a,bを 参照)。また、感情プライミングのプロセスと 感情情報説の観点を両方取り込んだモデルとし て、Forgas(1995)の感情混入モデル(affect infusion model)がよく知られているが、双方 のプロセスを並行的に取り入れたモデルであり、 プロセス自体の詳細についてはあまり精緻な議 論がなされていない。本稿とは議論の流れがず れるので(いかにずれるかということも含めて)、 詳細は、北村(2004a,b)を参照されたい。 〈感情情報説と誤帰属〉 アクセサリーを購入する場合などで、手に 取ったアクセサリーから感じられる「感じ」を 購買の判断の元にするのは理に叶っている。し かし、参照する自分の感情がどのような由来で 発生しているのか人は必ずしも十分に理解して いるわけではない。たまたま、直前に楽しい出 来事があったことが影響するかもしれないし、 天 気 が よ い こ と が 影 響 す る か も し れ な い (Schwarz & Clore, 1983)。このように、異な る出所から現在の感情状態が主にもたらされて いて、その感情にアクセスすることで判断を行う とすれば、それは感じられている感情が判断対象 のものであると誤って認識していることになっ てしまうわけで、これを誤帰属(misattribution) と称する。 わたしたちは、日常、さまざまな原因で気分 変動を生じており、何か判断する際に、その気 分が純粋な判断を汚染するかもしれない。これ が感情によるバイアスである。そのために、感 情の源泉が間違っていても、ポジティブな気分 時に無関係な判断対象に対してもより肯定的な 判断、ネガティブな気分時により否定的な判断 を下す気分一致判断効果がもたらされるわけで ある。 このように、感情ネットワークモデルとは異 なる説明機序が見られるわけであるが、自己の 感情が判断の基盤をなしているという感情情報 説の核心に焦点をあてて直接証拠づけようとし た実証的研究は見られない。そこで、筆者は課 題促進パラダイムを用いて実験を行った(北村, 2006)。実験の目的は、判断を行う際に、本当 に自己の気分情報にアクセスしているかどうか の検討である。 〈課題促進パラダイム〉
課題促進パラダイムは、Klein & Loftus(1993) が用いた手法である。ある認知プロセスAと別 の認知プロセスBがもし共通のプロセスを有し ているならば、Bを行う直前にAを行っておく と、必要なプロセスの一部がすでに進行してい
ることになるので、Bの完了が早められるとい う原理に基づく。 実験の材料としては、予備調査で評価が比較 的ニュートラルであった絵画刺激を用いた。こ のような絵画刺激を評定する際に、感情情報説 が主張するように「よい感じ」「悪い感じ」な ど自己の「感じ」にアクセスし、これを利用し て判断が下されているならば、絵画判断を行っ た直後に、気分を尋ねる質問を行えば、素早い 回答がなされるはずである。絵画を判断する時 点で、すでに自己の感情状態にアクセスがなさ れているため、素早く気分評定が行えるわけで ある。 課題促進パラダイムとしては、この逆順、す なわち、気分評定を行った後に絵画評定する場 合も促進につながると考えられるが、感情情報 説の観点からは、異なる原因から生じた感情を 気分評定によって自覚することは、誤帰属の解 消プロセスを働かせてしまい、感情を絵画評定 に用いなくなってしまう可能性がある。した がって、感情を判断に用いる主たる効果は、絵 画評定→気分評定という組み合わせの条件にお いて最も顕著に促進効果が見られることが期待 される。 もし速さの促進効果が、感情情報説で想定す るプロセスではなく、感情ネットワークモデル に基づくものであればどうだろうか。一種の感 情プライミング効果が生じて、絵画への好意評 定はより素早いポジティブ気分評定につながる だろう。そのようなプロセスが生じているなら ば、絵画の評定でなくても、ポジティブな語句 を呈示して、それをポジティブだと評価するだ けでも、同様に感情プライミングによる促進効 果は生じるはずである。 感情価が明確で、呈示されてすぐにポジティ ブな意味の語であると判断がつく刺激であるな らば、あいまいさがないので、Clore et al.(1994) の基準から考えても、この場合には感情情報説 が想定するようなプロセスは働かない。ポジ ティブな単語を「ポジティブ」と評定するのに、 自己の感情状態にアクセスして用いる必要はな いからである。 そこで、課題としては、①ポジティブ、ある いはネガティブな語句を呈示して、そのヴェイ レンス(ポジティブかネガティブか)を回答す る課題、②絵画画像を提示して、その好ましさ を回答する課題、③自分の現在の気分状態を回 答する課題の3種の課題を用意して組み合わせ た。そして、実験参加者を画像の呈示によって、 ポジティブ気分に誘導した場合(ポジティブ気 分群)とネガティブ気分に誘導した場合(ネガ ティブ気分群)、特定の気分を誘導しないニュー トラル群の3群を用意し、それぞれにおいて絵 画評定が気分評定の時間短縮につながるかどう か検討を行った。実験はapple社のパーソナル・ コンピュータを用いて PsyScope によって実験 プログラムを用意し、反応時間の測定を行った。 実験参加者78名から得られた反応時間に対し て、3(気分状態)×3(第1課題:語句、絵画、 気分評定)×2(第2課題:絵画、気分評定)の 3要因分散分析を行った。気分状態は実験参加 者間要因、第1課題、第2課題は、実験参加者 内要因である。第1課題の主効果の他、第1課 題×第2課題の交互作用が有意であり(順に、 F(2,150)=16.71,p.001;F(2,150) =5.31,p.01)、Bonferroni による多重比較 の結果、仮説通りに、第2課題が気分評定であ る場合、第1課題が語句のときよりも、第1課 題が絵画評定のときに、有意に反応時間が短 かった(F(1,83)=20.84,p.001,Figure 1参照)。第2課題が絵画評定の場合では、第 1課題が語句評定であったときと気分評定で あったときとの間に有意差は見られていない。 これは、最初に、絵画の評定を行った後に、 気分評定を行うと、時間短縮効果があることを 示している。第1課題で、気分評定の後、第2 課題でも気分評定を行うという同じ課題を繰り 返した場合が、最も反応時間が短かったが、そ の場合と、絵画→気分評定の場合とでは同程度 であり、非常に促進効果があったことが窺える。 それは、絵画刺激を評定する際にも、自己の気 分評定を行うのと同じプロセス、すなわち、自
- 160 -己の現在の気分状態にアクセスして利用するこ とがなされているために、時間短縮効果が見ら れたということである。これによって、評定へ の気分状態の利用-感情の情報的機能をかなり 直接的な影響の検出から確証することができた と言えよう。 さらに、語句のポジティブ、ネガティブと、 実験参加者の気分を組み合わせた検討では、感 情価の一致不一致によって第2課題の気分評定 の速さに変わりはなかった。語句の評定は、そ のポジティブ、ネガティブがはっきりしている ので、記憶からの意味の検索によって回答が可 能であり、自己の気分状態を参照する必要がな い。そのため、第1課題で語句の評定を行って も、第2課題の気分評定を促進する効果は見ら れない。意味記憶の中の情報として、結果的に その語句がポジティブな意味を含有しているか、 ネガティブな意味を含有しているか認識をする ということと、現在の自己の気分状態にアクセ スして参照するということは、別のプロセスで あることが示唆される。 2.遂行調整情報としての感情 課題促進パラダイムに基づいた実験によって、 自己の気分情報を人はくみ上げて判断に利用し ていることがわかった。しかし、このような気分 情報の情報的意味は、それを利用しようとして いる文脈によって影響される。Martin, Ward, Achee, & Wyer(1993)はこの文脈効果を指 摘し、感情入力説(mood as input)を提示 した。Martin らが注目したのは、感情が果た す行動の持続に関わる情報価値である。人は楽 しいと思うことを行い続ける傾向を持つが、楽 しいことでもいつまでも続けるわけではない。
500
1000
1500
2000
2500
3000
語句
絵画
気分
第 1 課 題
第
2
課
題
の
反
応
時
間
(m
s
e
c
)
絵画評定
気分評定
Figure1 第1課題と第2課題の組み合わせによる反応時間の平均値とSD (線で示した組み合わせの間に、多重比較による有意差が見られる)䝛䜺䝔䜱䝤Ẽศ
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Figure2 ストップ・ルールとしての感情このような行動の切り替わりはいかに生じるの であろうか。行っているうちに、飽きてくると 「楽しい感じ」は失われてくる。飽きたり、疲 れたりして気分がネガティブ方向に変わってく るとその行為を終止させるだろう。このように、 感情は自己の行動を導くストップルールとして 働くことをMartinらは指摘した。「楽しい限り やり続ける。」この方法をエンジョイ・ルール (enjoy rule)と名付けた。 一方、試験勉強のような活動は、しなければ ならないという義務の気持ちで行っている。そ こでは達成すべき目標があり、目標に到達する ことで活動は終止する。しかし、目標に到達し たかどうかの基準はしばしばあいまいである。 普段の勉強で5ページ問題を解いたらやめると か、1章分勉強したらやめるなど数値的に明確 な目標があれば、終止のタイミングは明らかに なるが、実力試験の準備などではどこまでやっ たらよいのか基準はあいまいである。このよう なとき、気分的に「もう十分やった。いい感じ だ。」と思ったところで終止するという判断の仕 方があるだろう。これをイナフ・ルール(enough rule)と名付けた。 十分な感じがなかなかしなくて、「まだまだ」 という感じがあれば、まだ一生懸命準備を継続 するだろう(Figure2)。 すると、ここでポジティブ気分、ネガティブ 気分というものと、両ルールを対応づけると Table1のように考えられる。 このような構想からMartin et al.(1993)は、 教示しだいで、気分の効果が逆に現れることを 実証的に示した。 3.感情と思考スタイル このようにストップルールとしての感情の役 割を見ていくと、通常の常識のように楽しいか ら行う趣味について飽きたらやめるというわか りやすい行動を感情は導いているだけではない ことがわかる。感情的に OK サインが出ない限 り、課題を熱心に行うなど、課題へ向かう姿勢 を感情が規定しているという側面がある。この ような機能については、感情が外界のサインと し て 働 い て い る と い う 感 情 心 理 学 者 Frijda (1988)の考え方と共鳴するものである。気分 のサインの意味として、Schwarz(1990)は、 感情からもたらされる情報的価値の動機づけ機 能に着目した。 ポジティブ気分は、環境が安全であることの シグナルであり、したがって、そのとき人は、 おおまかな処理で事に対処し、拡散的思考をし やすい。それに対して、ネガティブ気分は、と りまく環境が危険や問題をはらんでいることの シグナルであるため、問題を解決するために、 より緻密な処理、収斂的思考をとりやすい。こ のように思考スタイルに感情は影響を及ぼす。 ただし、強い情動状態は緻密な処理を不可能に するので、ここで扱うネガティブ気分は情動よ りもずっと弱い気分状態であるという点は注意 が必要である。 気分の思考スタイルに対する効果について、 基 礎 的 な 課 題 で の 実 証 例 を 挙 げ る ( 北 村 , 2003)。実験参加者は、画像によってポジティブ、 ネガティブ、あるいはニュートラルな気分を導 入された後、視覚的探索課題として、白抜きの文 字や特定のアルファベットなどをパソコンディ スプレイの画面から探し、ターゲットのあるな しによって、キー反応を行う。実験は apple 社の パーソナル・コンピュータを用いて PsyScope によって行われた。 ここでのポイントは、前半24試行と後半24試 行において探すべきターゲットがスイッチする ことである。実際には、「白抜きの文字があるか」 Table1 気分とストップルールの関係 エンジョイ・ルール イナフ・ルール ポジティブ気分 楽しい(継続) 十分(ストップ) ネガティブ気分 飽きた(ストップ) まだまだ(継続)
- 162 -から「アルファベットのOがあるか」という課 題に変わる。これによって、これまで正解だっ たものが不正解となったり、不正解だったケー スが正解へとスイッチしたりするので、正しい キー押しを行うためには、より慎重で緻密な処 理が必要となる。 結果を表した Figure3を見ると、ポジティ ブ気分群は、課題が切り替わった後半に多くの エラーをするようになって正答率が下がってい ることが分かる。ネガティブ気分群ではそのよ うなことはなく、コンスタントに正解が得られ ている。このように、課題へ取り組むスタイル では、ネガティブ気分時の方がよりコントロー ルのきいた処理方略(統制的処理)が用いられ やすく、ポジティブ気分時には速いけれどもエ ラーが多いような簡易的で自動的な処理が取ら れやすいことがわかるのである。もっともある 種のエラーは避けがたく、速い処理を行う中で はなかなか意識的には修正が効かないような現 象がある。それが、感情の誤帰属であり、これ を用いた研究を次に紹介する。 4.感情の誤帰属:感情はどこから来るか 感情情報説の箇所で、感情情報が誤帰属され ることをすでに論じた。このような評価対象の 取り違えや感情の乗り移りは、素早い刺激呈示 の連続プロセスの中において顕著に生じる。2 つのスライドを連続呈示する手続きを用いて、 1枚目をプライム、2枚目をターゲットと呼ぶ と、1枚目に感情価をはらんだプライムを呈示 することによって、この感情価が2枚目のター ゲットの評価に影響する。このこと自体は、先 に示した課題促進パラダイムの実験と同じ現象 である。ターゲットが感情価としてニュートラ ルなものであっても、ポジティブ・プライムの 直後に呈示されれば、よりポジティブに評価さ れやすくなるだろう。このことを利用すれば、 逆にプライムの感情価を推測することができる。 たとえば、アフリカ系アメリカ人の顔写真をプ ライムとしてターゲットはニュートラル刺激 (アメリカ人にとっての漢字など)を用いると、 アフリカ系アメリカ人に対する偏見やネガティ ブな態度が強い人であるほど、ニュートラル刺 激をネガティブに評価するという結果が得られ る。アフリカ系アメリカ人にネガティブな態度 を有していなければ、ニュートラル刺激への評 価はネガティブにならない。 つまり、ニュートラル刺激への反応を観察す ることによって、プライムに対する態度を間接 的に特定することができる。このように測定さ れる態度を、潜在的態度と称しているが、現在 では、IAT(implicit association test)で測 定される方法がよく知られている。 IATに対して、上で述べた感情の誤帰属を利 5 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7 5.8 5.9 6 ポジ ネガ 中立 気 分 状 態 遂 行 成 績 前半 後半 Figure3 気分状態による探索課題の前後半の遂行成績(北村,2003より)
用する測定方法をAMP(affect misattribution procedure:感情誤帰属手続き)と呼んでいる (Payne, Cheng, Govorun, & Stewart, 2005)。AMPがIATと異なる点は、試行数がか なり少なくてすむこと、処理がいくぶん煩雑で ある反応時間ではなく、ニュートラル刺激に対 する単なるポジティブ・ネガティブ評価の数(ポ ジティブ反応率)というシンプルな測度によっ て態度が測定できること。IATでは、評価対象 2つを組み合わせて対をつくる必要があるが、 AMPでは、態度対象が1つであっても全く構わ ないこと。同じ実験の中で、複数の対象(3つ 以上でも)を配置して測定することも可能であ る点などさまざまな長所を有している。 また、Payneらによれば、実験参加者にあら かじめ感情の誤帰属があり得ることを説明して、 そのような影響を受けないように教示で注意を 行っても、効果が出現してしまうという意識過 程に対抗する頑健さも備えている。日本では、 及川ら(及川・青林・木村,2006;青林・木村・ 及川,2006;木村・及川・青林,2006)の成果 が見られている。 5.SACモデル 感情を何らかの情報源として受け取り、それ によって、自動的に何らかの反応傾向や行動傾 向が生じたり、コントロールを行ったりする。 このような反応の流れについて各種のモデルを 統合的に収め、情報的意味を有する感情と反応 の生成の関係をモデル化したのが、SAC モデ ル(situated strategies of automatic and controlled processing model:北村,2004a; 北村・田中,2008;田中,2006)である(Figure 4)。
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Figure4 改訂版SACモデル(田中,2006;北村・田中,2008)- 164 - 感情の情報的意味の解釈を柔軟にし、自動的 プロセスと統制的プロセスが生じるさまざまな 条件を考慮できるようにした。状況や課題の性 質によって、自動的/統制的方略が引き起こさ れる。趣味で事を行う状況では、楽しい気分が 続く限り、課題遂行は実行され、ネガティブな 気分に変動するまで継続する。それに対して、 ネガティブ気分がうまくいっていないこと、よ くない現れであると情報的意味が解釈されてい るならば、ネガティブ気分が続く限り、課題へ の取り組みが継続するだろう。それに際しては 分析的・緻密的な統制的処理モードが働く。状 況がよくて、ポジティブ気分にあるときには、 負荷の高い統制的処理モードを使わずに、デ フォルトの仕組みで対処できるような自動的処 理モードが発動される。ネガティブな気分の元 で問題解決しようと取り組んでいることがらが 功を奏して好転していけば気分も改善される。 この点、感情制御として感情自体もコントロー ルする対象として人は取り扱っているわけで、 問題解決によって感情をコントロールし、改善 する仕方もあれば、感情を発散したり、気晴ら し方略が用いられたりすることで感情が改善さ れる場合もある。注意を課題からそらすか、課 題に注意を向けるかは、課題の性質いかんに よっている。気散じに役立つような課題、おも しろい課題であれば、課題に注意を向けること で感情のコントロールをなすことができるし、 課題自体がおもしろくないものであれば、それ 以外に注意を向けることもある。さらに、ネガ ティブ気分は常に改善しようと試みられるもの ではなく、状況要因しだいで感情が維持される 場合もあることが指摘されている(Erber & Erber, 2001)。このように、ある気分状態にあ るとき、目前の課題への取り組みがどのように なるかは、ルートがいろいろあり得ても包括的 に示すことができる。 人はおおむねこの流れに沿って、感情を維持 したり、改善したりしつつ、課題遂行と向き合っ ていると考えられる。より詳細な議論は、北村・ 田中(2008)を参照されたい。 6.問題点および論点 それでは、社会的認知領域の感情研究には、 どのような論点や問題点が現在あるだろうか。 最後にこの点をいくらか指摘しておきたい。 SACモデルにおいても、自動的モードと統制 的モードの2つを挙げている。これは、現在、 広く社会心理学の領域に広がっている2つの モードから処理プロセスを考えるという二過程 モデルに則ったものである。自動性とコント ロールについては、近年研究が発展し、感情に 関わる研究についても、感情プライミングを発 展させた研究などが自動的評価の問題と絡めて 盛んに議論されている(Bargh, 2007;Glaser, 2007)。 しかし、心のプロセスが二過程として有効に 考えられモデル化できるか、議論もなされてい る。一つのプロセスの連続体であるという考え 方もできるし、もっと多くの多重的なモデルも 考えられ得る。多重的な処理を実現する方策と してコネクショニストモデルを用いる研究も見 られる(Barrett, Ochsner, & Gross, 2007)。 現実の人の反応のシミュレーションとして、有 効な説明ができれば、いずれが正解というわけ でもなく、複数の有用なモデルが並立し得るだ ろう。 次に、感情のシグナルの意味の問題がある。 感情が何らかの有用なサインになっていること を否定する者は現在いないように思われるが、 各感情において、それはいかなるサインである のかについては、とりわけ、強度の弱い気分と いうことになれば、さまざまな議論があり得る。 二過程モデルの一部は、ポジティブ気分とネガ ティブ気分のそれぞれの意味について固定的に 捉えて、ポジティブ時に必ずヒューリスティッ ク的な処理、ネガティブ時にシステマティック な処理と決めているモデルも多く見られる。 SACモデルはこの点を柔軟にしているが、他に もさまざまな感情についての意味解釈があり得 るかもしれない。これも残された問題点と言え るだろう。 また、言い古されたことでもあるが、気分の
効果ということでは、ポジティブ、ネガティブ の二価的な扱いでよいのかという点である。情 動の多様性から考えると、その弱い形態の感情 であっても、各感情の特色に応じた情報的価値 があり、それにそった認知スタイルや反応スタ イルが表れてくることは当然想像し得る。各感 情の効果を特定していくことが今後求められる。 さらに、感情の研究ではどうしても個々の感 情に焦点をあてがちであるので、独立したひと つひとつの分けられた感情が扱われることにな る。しかし、日常では、嬉しくも悲しい、嬉し いとまどい、悲しい笑い、苦しさの中の達成感 など、複雑に混じり合った感情が見られる。ま た、社会心理学の重要領域である偏見・ステレ オタイプなどにおいても、一見親近感や愛情を 向けながら、哀れみや見下しの気持ちが含まれ るような両価的感情を伴う偏見などもある。こ のように入り交じった感情の実態とその意味や 反応への効果なども今後検討を進めていくべき 領域として残されているであろう。 引 用 文 献 青林 唯・木村 晴・及川昌典(2006).AMP(感 情誤帰属手続き)による潜在過程の検討状 況的自己知識へのアクセスと潜在的感情制御 について 日本心理学会第70回大会発表論 文集,971.
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