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首相公選論・と行政国家

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(1)186. 論. 社学研論集. V。l. ll 2008年3月. 文. 首相公選論・と行政国家. 岡 田 大 助* 制とは明らかに異なるものである。 第1章はじめに. また,1992. 年以来首相公選制を実施してきた,イスラエル. 小泉純一郎首相(1)が有識者を集めて設置し. が2001年に制度的限界により元の議院内閣制に. た,私的諮問機関である「首相公選制を考え. 戻ったという事実は,首相公選制固有のことが. る懇談会(2)」は2002年8月7日に報告書を提示. 要因として働いたのではなく,全国比例の一院. した[大石ほか2002:i]。. その報告書は衆議. 制議会や首相による議会の解散権の不在,臨戦. 院憲法調査会に回されたが,そこでの2005年. 国家であること,そして不文憲法という主とし. 4月15日の最終報告書には3分の2以上であ. て外部要因によるものである[池田明史2002:. る,「多数意見」に首相公選制は含まれなかっ. 139‑153][池田実2002:49‑53]cそれにも拘わ. た[読売:2005.4.. 16朝]。 首相公選制は憲法を. らず,そういった外部要因を考慮することな. 改正しなければ実現できない制度である[杉. く,首相公選制の悪弊として捉えられているこ. 原1967:193‑195][小林1995:75‑77][池田実. とが,さらに首相公選制の反対論および不要論. 2002:61‑66][大石ほか2002:160‑171]cそう. を補強したのである。. であるのに,衆議院憲法調査会の最終報告書以. 日以後の首相公選論が表舞台から去っている状. 後,憲法改正の論点から外されている。. それは. 要するに,2005年4月15. 況は,論理的検証の帰結によって不要とされた. 小泉内閣と安倍内閣という,世論調査による国. ものではない。 注目されていない今この時期で. 民の支持率が高い内閣(3)が存在したということ. あるからこそ,むしろ客観的に意義を考えるこ. によって,首相公選制をせずとも国民による首. とに価値があろう。. 相公選が事実上成しえたという錯覚による。 じ状況は55年体制崩壊後の細川護願内閣の時に もあった[百地1994:103]。. しかし,既に成立. 同. 首相公選論の論拠は概ね民主主義の観点から 扱われ,「民意による首相の選出」,「首相のリー ダーシップ」,そして「内閣機能の態化」論. した内閣あるいは今出来て欲しい内閣の世論調. に替わるもの,である[岡田2007:348‑349]c. 査と,長い間準備をし有権者が候補者の政策や. さらにその論拠を必要ならしめさせているの. 性格を知った後に投票を行うという,首相公選. は,現代国家に特有の,「行政国家」化ないし. *早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程2年(指導教員 後藤光男).

(2) 首相公選論と行政国家 「行政国家」である[池田2000:32‑34][辻村 2001:47][本2001:90‑92]。. 187. いて検討を加える。そして最後に第5章として. 従って,「行政国. 纏めをする。. 家」的観点から首相公選論を考えてみる。 そもそも首相公選制を導入するには憲法改正. 第2章首相公選論の論拠. を必要とするのであるから,現行憲法の解釈と. 首相公選論の論拠は論者によって多岐に亘. の関係を検討してみたところで,結局のところ. その噂矢とされる野村淳治博士は天皇制 る。. 衝突する部分は改正すればよいから意味はない. の下での首相国民投票制,すなわち人民主権. ということが言えるかもしれない。 しかし,首. の実現を論拠とした[加藤2002:127‑129][小. 相公選制の導入による憲法改正は最小限である. 林2001:1ト29]c次に中曽根康弘衆議院議員. べきと考えるなら,現行憲法の解釈と調和する. は「首相公選論の提唱」で派閥の弊害の除去を. 部分を最大限に考え,生かすべきではないか。. 論拠とした[中曽根1962:7‑68]。. 特に,首相公選論の論拠は,現代における「行. 林昭三教授と池田実助教授は民意の反映では. 政国家」から派生したものであるので,その根. なく「民意の統合」を論拠とした[小林2001:. 源である「行政国家」と,首相公選論との関係. 180‑181][池田実2002:45‑47]cさらに,最近. を考えることは重要である。 本稿において,特. の論者では小泉純一郎首相や鳩山由紀夫民主党. に焦点を当てたのは「内閣提出法案」である。. 幹事長が憲法改正第一弾としその見本としてみ. 「行政国家」の問題における立法と行政の関係. せるための,憲法改正のための一手段として主. において重要なのは,法律の委任に基づいてそ. 張している[読売:2001.4.28朝][鳩山1999:. れ以外の機関,とくに行政が制定する法規であ. 270‑272]。. る,「委任立法」もそうであるかもしれない。. そして,第1章先述の「首相公選制を考える. とくに首相公選制下での「委任立法」との関係. 懇談会」の最終報告書では,これまでの「内閣. での批判もあることからそれを検討することに. 総理大臣と国民との関係」をめぐって大別して. は意義がある(4)しかし,「委任立法」は法律. 2つの問題があったとして,「首相の民主的正. の委任に基づいているので,それより前の法案. 統性(5)」「首相の指導力と内閣の政策統合機能. の提出時点における,「内閣提出法案」の方が 従って,本稿では首 扱われなければならない。 相公選論と「内閣提出法案」の関係を検討する。. の問題」として2つに纏め,「本懇談会は,こ. 本稿における章立ては以下のとおりである。 第2章では首相公選論の論拠を整理する。. そして,小. うした国民の不満や関心を受け,首相選出方 法の改革を中心に自由な発想の下で首相と国 民との関係についておよそ1年をかけて検討. 第3. を重ねてきた」としている[大石ほか2002:. 章ではそもそも「行政国家」とは何であるのか,. 従って,「首相公選制を考える懇談 156‑158]。. またそこにおいて重要な役割を果たす「内閣提. 会」は,「首相の民主的正統性」と「首相の指. 出法案」を検討する。そして,第4章では「行. 導力と内閣の政策統合機能の問題」の2つを首. 政国家」とそれが要請する民主的装置である,. 相公選論の論拠としていることがわかる。. 首相公選制を導入する上での対立する部分につ. しかし,後者の「首相の指導力」と「内閣の.

(3) 188. 政策統合機能の問題」は一括として取り扱われ恩によって行政府の長であり日本のリーダーで 「首相の指導力」すなわち「首 ある,首相を選出しよう,ということである。 るべきではない。 相のリーダーシップ」は動機付けを重視した問次に,「首相のリーダーシップ」は,「民意に よる首相の選出」のちょうど裏側から見たもの 題であり,「内園の政策統合機能の問題」は「内 閣機能の強化」論に替わるものなので,敢え. 現在は首相が国民の意思から遊離して である。. て切り離す必要がある[岡田2007:349]cよっ. 選ばれているため,国民から直接支持されてい. 首相は国民から選ばれている るわけではない。 て,「民意による首相の選出」「首相のリーダー わけではないので,世論調査による即席の内閣 シップ」そして「内閣機能の強化」論に替わる 支持率や自らの存立基盤である国会の動向にも ものの,3つが抽出される。 先ず,「民意による首相の選出」については, 気を使わざるを得ない。 そのため思い切って腕 憲法 これは国民主権の原理からのものである。. を振るえない。 どの程度までの政治改革や行政. 前文第1段目には「日本国民は‑ここに主権が 改革等を行ってよいのかわからない。 国民に 国民に存することを宣言し」,第1条後半には よって選ばれることにより,その動機付けを向 上させ自信をもって政治をさせよう,というこ 「主権の存する日本国民の総意に基く」とあり, 国民は 主権が国民にあることを宣言している。. また,現在の議院内閣制では理論上 とである。. 主権者であるので,政治についての最終的決定 は何年でも務められるものの首相の任期が安定 なるほど,回民は国会議 権をもつべきである。. しないため,現代のような高度に発達した社会. 員を通して間接的には首相を選んでいる。 しか. では大局的に安定してリーダーシップを発揮で. 首相公選制を実現し,その首相にある し,国会議員は大臣職の獲得という論功行賞を きない。 目指し,それによって生じる派閥の論理,合従 程度の任期を与え,安心してリーダーシップを 連衡などにより,首相は国民の意思から遊離し 揮える環境を構築しようというわけである0 いわば「二重構造」が生じて て選ばれている。. そして,「内閣機能の強化」論に替わるもの. 確かに過去において衆議院の いるわけである。. は,これは佐藤幸治教授の「内閣機能の強化」. 「第二次大戦後の 選挙制度の改革(1994年)や政党助成法の制定 論を基礎にしたものである0 (1994年)によって,その元凶である派閥を解. 世界を特徴づけた冷戦構造の終葛と,その終葛. それは選挙方式を小選挙 消する試みもあった。. の原因でもあり結果でもあるグローバル化の展. 区制にして党内の同士討ちをなくして,さらに 開」と,国内問題では「日本の社会が高度経済 政治資金規正法の企業及び団体献金を制限する成長の最中にあるときは顕在化しなかった課 代わりに政党交付金を認めるという,資金の限 題,すなわち,異なる価値観や政策目的間の対 定により「二重構造」の元凶である派閥の解消立や矛盾を基本的な国政方針の下で的確かつ積 しかし,派閥は相変わらず を狙ったのである。. 極的に調整していくという課題がいよいよ大き. 従って,国会議員が国民の意思に 残っている。. く」なっていることが,ともに「国家の統治. 沿った首相を選出してくれるだろうという良識能力の質の向上を求めている点で共通してい そして「社会経済的困難 には期待せず,国の主権者である国民の直接意 る」とするのである。.

(4) 首相公選論と行政国家. 189. の状況,平成7年(1995年)1月に発生した阪. と質的変化,それに伴う近代国家の統治におけ. 神・淡路大震災で露わになった危機管理体制の. る執行権優越の傾向である。 これらは夜警国家. 貧弱さ等々は,従来の行政各部中心の行政(体. から職能国家への,自由放任国家から介入国. 制)戟,行政事務の各省庁による分担管理原則. 家(その内容としては重要なのは,国家の経済. に深刻な反省を迫らずにはいられなかった」と. 的介入と社会保障・社会福祉などの引き受けで. する。すなわち,日本がこの半世紀において内. ある)への,立法国家から行政国家への転換・. 外のそうした環境変化に対応しうるものではな. 変容などと呼ばれている」として,その現代に. いということが明らかになった。. それに対処す. おける共通の傾向として,立法機能の低下と対. る対策の具体的考え方として,憲法第65条の. 照的な執行権の権力的優位,政治的執行部の頂. 規定する「行政権は,内閣に属する(Executive. 点に立つ者への権力の集中化傾向,政府官僚制. powershallbevestedinthecabinet)」,というよ. の形成,地方制度の現代的変容,現代国家の政. うに「行政権」の英訳が̀executivepowerで. 策決定・履行の構造の変化,多元主義的民主. あることから,そこに行政権の積極的役割を. 政(憲法学でいうところの私人間効力)の6つ. 見出すことを主張するのである[佐藤2002:. を挙げている[田口2006:17‑21]。. 209‑241]cただ,佐藤教授のそれは現行憲法の 解釈論によって成そうするものあるが,筆者は これを他の論拠と合わせて,憲法改正による制 度的導入,すなわち首相公選制での実現を考え. 6つの現象. は行政国家における現象であるが,「行政国家」 とはいったいどういうものなのであるか。 政国家」とはどういう条件を備えたものなので あろうか。 「行政国家」について,かつては「行政に特. るのである。 そして,何故そのような論拠がでてくるか。. 殊固有の法を制定するとともに,これらの法の. 背後にあって影響与えている大きなものは何. 通用に関する裁判にあたらせるために一一行. であろうか。 その必要を生じさせているのは,. 政裁判所を設けた」国家を指していた[田中. 「行政国家」化である[池田2000:32‑34][辻. 1974:20‑22]。しかし今日においてはその意味. 村2001:47][本2001:90‑92]c. では用いられていない[手島1978:ll‑121c例 えば日本は行政裁判所を持っていないが,行政. 一第3章行政国家. 国家であることを否定する人はいないだろう。. 第1節「行政国家」. 手島孝教授は「"行政国家''とは,機能構造面. 「行政国家」は現代的な問題である[手島 1978:1]c田口富久治教授は,政治制度の相違. からする現代国家の特性把握の試みとして,本 アウトプット 来統治の出力過程(執行)の公式担い手たる行. の如何にかかわらず,「十九世紀か二十世紀初. インプット 政が同時に入力過程すなわち政治(国家基本政. 頭にかけて,近代国家は現代国家‑と大きく転. 策の形成決定)にも進出して中心的かつ決定的. 換する。 近代国家の現代的変容といいかえても. 役割を営む類の国家を意味にせしむべきであ」. よい。この転換・変容の実体的内容をなすもの. るとする[手島1978:13]。. は,国家機能,とくに国家行政機能の量的膨張. 役割である行政権が法律の定立にまで積極的に. すなわち,執行の. 「行.

(5) 190. 関わっていくといことである。 そうすると伝統. そも「行政」の定義次第でかなり振幅のあるも. 的な三権分立による「抑制と均衡」の姿とは異. のになってしまう。 「行政」の守備範囲を確定. なり,行政権が立法権に優越しているというこ. させることにより,「行政国家」が定義される. とになる。. ことになる。. そして,上述のかつての「行政国家」の定義. 「行政」の定義については,国家作用の三権. は放棄され,手島教授の「行政国家」の定義は. のうちの他の二権,すなわち司法,立法が比較. 一般的に肯定されて受け入れられているとし. 的容易く定義されているのに対して,唆味に定. て,その上で「行政国家」ならしめている固有. 義された結果,守備範囲も唆味になっている。. そ の要因を挙げるのは,杉原泰雄教授である。. これについては,消極説と積極説が対立してい. の要因とは,「現代市民憲法における社会国家・ る[有倉ほか1989:425]c消極説である控除説 福祉国家の理念の導入」と「現代市民国家に. は,絶対王政からの市民階級の台頭による立法. おける多様な危機の常駐状況」であるとする(6) 権,司法権奪取という歴史的事情に即した定義 [杉原1988:224‑227]. しかし,具体的 の方法であり,わかりやすい。. かくして,かつてのような特殊な行政法や行. にはその内容がみえてこない。. 政裁判所の文脈の「行政国家」の定義から,新. そこで,積極説がでてくる。 その代表的論者. たな定義に変わり,それが一般的になってい. である田中二郎博士は「法のもとに法の規制を. 福祉国家における行政サービスの拡充はそ る。 れを成らしめるために,財政規模と公務員数の. 受けながら,現実具体的に国家目的の積極的実. 増大を招き,それまでの政府の権能に質的変化. た継続的な形成的国家活動」としていた[田. そして,それは社会保障や教育 をもたらした。. しかし,藤井俊夫教授は「国家 中1974:5‑6]。. 等の各種分野における社会政策と同時に景気回. 作用を行うに際しての一般的・抽象的基準とし. 復策を必要としたのである。 「このような現代. ての法を設定する作用が立法であり,‑‑・その. 的状況下では,国民の福祉の向上を目的として. ような基準を適用し,あるいは,それに基づい. いるとはいえ,市民生活のさまざまな課題の解. て執行する作用が行政および司法で‑‑‑後者の. 決において,事実上,行政府が決定権を独占す. 作用の中でも,紛争を前提として,これを解決. その結果,国民大衆へ るという状況が生じた。. する作用が司法であり,それ以外の作用が行. の行政サービスの拡充に伴い,行政による管. 政」であるので,田中教授の定義は,「すでに. 理・統制社会の進行が不可避となり,福祉国家. 述べた立法および司法の定義とは観点が異なっ. を標模する各国でさえ,政府権限の行使におい. ているため,これによると本来ならば立法また. て,行政権を担う官僚機構が他の政府部門に優. は司法の領域であるものを行政の中にとり込ん. 二十世紀以降,このよ 位する現象がみられた。. だり,あるいは逆に,立法,司監行政のいず. うな状況に達した国家を『行政国家』とよぶ」 [青木2007:221‑222]。 これならば他の論者の 意見とも調和しているムしかし,これではそも. 現をめざして行われる全体として統一性をもっ. れにも属さない国家作用が生じたりするおそれ その がある,という点で問題がある」とする。 うえで「行政機関が行う国家作用を行政とする.

(6) 首相公選論と行政国家. 191. 定義づけ」である,形式的な意義の行政という. れを厳密にしようと思うならば,本来的に法律. のもあるとし,行政の定義はどのように定める. 制定の役割をもつ立法機関が予め将来起こるで. かは,その目的に応じて適宜決定すべきものと. あろうことを予測して法律を制定しておかなけ. し,『行政法(第四版)』の場合,それを採用す. ればならない。しかし,それはかなり現実的で. るとしている[藤井2005:6‑7]c当然藤井教授. はない。そこでそれを補充する主要なものと. はその著書に限定でこの定義を採用しているの. して,「委任立法」と「内閣提出法案」を挙げ. であるが,もし,この「形式的意義の行政」を. ることができる。 「委任立法」は法律を根拠と し「法律の委任に基づいて」のみできるもので. 上述の「行政国家」の定義にあてはめたら,際 限なく拡がってしまう。 また,原田尚彦教授は,「行政」について,. あるので,法律が収縮することになれば,それ. 現代の行政は「明治憲法から日本国憲法への移. ら,むしろ大切になるのは,法律が制定される. 行にともなう憲法上の基本原理の転換」と「行. 以前の,提出される法案の時点の問題である,. 政の中身の変容」とによって捉えかたが変わ. 「内閣提出法案」なのである。. り,「現代行政はそのすべてが究極的には国民. そもそも本来的に原理を考えるなら法律の制. のための公共的サービス活動であるといっても. 定,すなわち立法は,憲法第41条により立法機. に応じて同様に収縮することになる。 とするな. こ. 強弁ではない」とする[原田2005:7‑11]。. 関である国会が独占しているはずであり,その. れによっても,「国民のため」という名目であ. 提出権限は各議員にあるはずである。. れば「行政」の範囲が際限なく拡がっていく可. 現実には行政機関である内閣が主導的役割を果. 能性をもっている。. たしているのである。 主役が脇役に,脇役が主. 藤井教授や原田教授の理論は「行政」の定義. 役になっているというわけである。. が広がる可能性をもっている。. これらを先の. しかし,. 55年体制崩壊後9年間の国会すなわち1993年. 「行政国家」の定義に当てはめようとしても,. 8月召集の第127回国会から2002年7月31日終. 「行政」の範囲が明確でない以上当てはまらな. 了の第154回国会までの間の立法状況をみると,. 互換性がない。 ならばむしろ,これが「行 い。. 衆議院議員提出法案,参議院議員提出法案,そ. 政国家」の特質と考えるべきではないか。. して内閣提出法案の,それぞれの提出件数に. すな. わち,「行政国家」とは,「行政」の範囲が定ま. 占める成立件数の割合すなわち成立率は順に. らない状態で,一般的に「行政機関」とされて. 32%,15.5%,89.4%となっており,内閣捷出法. いる機関が,立法過程にまで入り込み主要な役. 案の成立率が圧倒的に高いことがわかる。. 割を果たすことなのである。. に成立件数全体における割合もそれぞれ順に,. さら. 14%,2%,84%と圧倒的に高い割合であるこ 第2節内閣提出法案. とがわかる[大山2003a:69]。. 法治国家では,行政の活動や作用は法律に. 国会(2005年9月21日から11月1日まで)から. よって拘束され法律から逸脱してはならないと. 過去5回の国会をみると,合計で251の法律が. いう「法律の留保」の原理が働く。 しかし,そ. 成立(但し,継続審議で成立した外数を除く). また,第163回.

(7) 192. しており,そのうち内閣提出法案が204とその あるし法律の成立を決定するものは国会の議決 全体の81.2%を占めている[内閣法制局ホーム であるから,実質的には国会単独立法の原則 しかし,形式的な件数は ページ2007.ll.24]。. の例外にならないと解するとしている[清宮. そうであるにしても,実際の件数はさらにもっ 1979:205]。 たとえば,2007年5月14日に成立した, と多い。. そして,宮沢俊義教授によれば,法律の発案. いわゆる「国民投票法」(正式名「日本国憲法 を立法権の一部だとするべきなら,発案権が国 の改正に関する法律」,2010年5月18日より施 会以外に与えられていることは憲法第41条の例 しかし,内閣がそれを独占している 行)は憲法改正の手続きのための法律であって 外である0 重要であるが故に,情報量及び人 重要である。. わけではなく内閣の関与がなくても法律は成立. 的資源に乏しい少数の議員のレベルでは法案化するのであるから,憲法第41条の例外として しにくく,実際には与党案と野党案がありさら みる必要もない[宮沢ほか1978:3421cすなわ しかし,形式的には議員 に修正案が出された。. ち,法案を提出することも,改変することも国. 立法となっている[井口2007:1]」. 会はできる以上,その最終的決定権は国会が. そして,憲法解釈上疑義がある「内閣提出法. そうなら,最終 もっているということである。. 案」は,内閣法第5条「内閣総理大臣は,内閣. 的決定権をもっている国会が,内閣による法案. を代表して内閣提出の法律案,予算その他の議 提出を認めても問題ない,というのである。 案を国会に提出し,一般国務及び外交関係につ また,憲法第68条1項後段で国務大臣につい いて国会に報告する」や国家行政組織法第11条て,「但し,その過半数は,国会議員の中から 「各省大臣は,主任の行政事務について,法律 選ばれなければならない」としていることか 若しくは政令の制定,改正又は廃止を必要と認 ら,結局のところ議員の立場で発案できるの めるときは,案をそなえて,内閣総理大臣に提 で問題はない,とするものもある[浦部2000: 出して,閣議を求めなければならない」の規定 526]。 しかし,そもそ 対して,消極論者としては,先ず佐々木惣一 を根拠として承認されている。 も本来的には,法案の提出権は議貞にあるので 教授が挙げられる。 佐々木教授によれば,法律 そうすると,憲法第41 あって,内閣にはない。. 案の提出は法律を制定する作用に属するもので. 条の「国会は,国権の最高機関であって,国の ある。 なぜなら,内閣がそれをできるとする 唯一の立法機関である」の後半部分から導かれならば,回会は憲法第41条の「唯一の立法機 また,もし内閣が る国会単独法の原則が,内閣による法案の提出 関」でなくなるからである。 これ を法理上許容するかどうかが問題になる。. 何からの法律の制定を必要と思うならば,憲法. について学説では積極説と消極説にわかれてい第72条の「内閣総理大臣は,内閣を代表して議 る[有倉ほか1989:361‑362]c. 案を国会に提出し,‑‑・」という規定を活用す. 先ず,積極説としては,清宮四郎教授は,法. ればよく,それは内園の権限に属する作用につ. 故に,本来内閣.は法律案の 律の発案も立法の一部とみれば形式的には国会いての議案である。 単独法の例外になるが,法案の発案権は議員も 捷出権限をもっていないので,法律制定につい.

(8) 首相公選論と行政国家. 193. て議案を提出できないのである[佐々木1958:. の方が日程上,後回し(第五共和回憲法第48条). 270‑271]。. にされている。 そのため,可決法案のうち,内. また,田畑忍教授は憲法第41条の定める国会. 閣提出法案が4分の3以上を占めている[今関. の立法専属権の規定及び第72条に違反する規. 1993:55][国庫2006:92‑94]c. 定であるとして,憲法違反であるとする[田. それに対して,大統嶺制の典型である,アメ. 畑1953:62‑64]cさらに,首相公選論反対の文. リカでは合衆国憲法第1条第1節により「立法. 脈で,中曽根議員の「首相公選論の提唱」を批. 権は,すべて連邦議会に属する」という規定に. 判し,「権力分立は,現行日本国憲法がすでに. より,大統領及び行政府には「拒否権」や「保. これを明確にしているところであって,制度的. 留拒否」はあるが,法案の提出権はない。. に改める必要はない。 ただ,政府と国会議員諸. かし,中谷義和教授は,「発議権は議員にも認. 氏が,例えば第41条の解釈を勝手に誤り,内閣. められているが,重要法案の多くは,大統嶺. 法第5条に内閣の法律提出権を設けて,権力分. の『一般教書』や『予算教書』を受けての(大. 立制度を撹乱しているのである」とする[田畑. 統領の法案勧告権,第二条三節)発議される場. 1962:156‑157]。. 合が多い」とする[中谷2006:63‑65]。. 学説は対立しているのであるが,内閣提出法. 大山礼子教授の見解と異なる。. 案は先進国の中で普遍的現象である。. ば,第2次大戦後の各国において,行政府の役. イギリス. し. これは. 大山教授によれ. は内閣提出法案(7)が,提出する全体の20%ない. 割が内政,外交と増大してかつ複雑化したた. し30%程度であるのに,成立件数全体の70%. め,議会は行政府から提供される情報に依拠せ. ないし80%を占める。. さらに議員立法の内容. ざるを得ない状況になった0. しかし,アメリカ. が簡単な内容を扱った短いものが多い[Norton. 連邦議会は行政府に対抗するには独自の情報収. 1993:55]cそのことを考えれば,重要法案の. 集・調査の能力が必要という認識にたって,ス. 殆んどは内閣提出法案ということになる[大. タッフの増員や議会の調査能力の向上に努め. 山2003b:30]。 また,ドイツは,1990‑1994年. そして,「法案はすべて,形式的には議員 た。. の調査では,内閣提出法案は提出された法案全. 提出とされているから,行政府の作成した説明. 体の51%と半分であるが,成立の割合では68%. 資料が法案とともに関係議員に送付されてくる. であるOしかも,内乱連邦議会,そして連邦. こともない」のである[大山2003a:177‑180]。. 参議院の3者の共同提案も成立した法律全体. 中谷教授と大山教授の意見は両立しないもの. の10%弱あることから,内閣提出法案の実質. であろうか。アメリカの議会と行政の関係につ. はかなりの割合ということになる[村上2006:. いて,中谷教授は「教書」による影響があると. 124‑125]cそして,フランスは,第五共和制憲. いっているのに対して,大山教授はないとして. 法施行以後国会の権限が縮小し,反対に行政権 その一端として,議員捷 の権限が強化された。 出法案には受理手続き,修正・成立要件の点で. いるのであるが,ただ「形式的には」としてい これが何を意味するのか。 形式である以 る。. さまざまな拘束がつけられ,また議員提出法案. いるということであるが,その法案の作成過程. 上,当然その法案提出自体は議員からなされて.

(9) 191. に行政が影響力を働かしているのかが問題にな. 首相は国民により選ばれたわけでもなく,議会. る。. から選ばれたわけでもなく,大命降下により天. そもそも「教書」とは何か。 「大統領が議会. 皇によって任命されていたからである。 民意と. ならば,そ に発する政治上の意見書」である。. は切り離された機関が法案を提出していたのが. れを受容するか拒否するかは議会の自由にして. そうであるので,現在におい 問題なのである0. も,聴く以上影響は少なからずあるのではない. て内閣の首長である,首相を民意により直接選. か。. 「内閣 べばその虞は軽減できるのではないか。. そうすると,三権分立が厳格とされるアメリ. 提出法案」の民主的正当性を解決できるのは,. カにおいてさえも法律の発議は立法という建前. 首相公選制である。. を堅持しながらも,実際には行政府のトップで. 本章においては,現代国家に普遍的現象であ. ある大統額の影響力が少しはあるということに. る,「行政国家」においてもっとも重要な事象. ましてや,他の国では例外であるべき政 なる。. である,「内閣捷出法案」の正当性を検討した。. 府提出法案が主たる役割を果たし,むしろ原則. 諸外国のことを考えるのであれば正当化する必. そして,日本 になっているといえるのである。. 要があるが,さらに戦前の嵯鉄から考えると,. においても厳格に「内閣提出法案」を憲法違反. 民主的正当性を獲得する必要がある。 そして,. とするならば,実際の国家運営は硬直化してし. その手段,民主的装置として首相公選制が必要. そう考えるなら,日本において まうのである。. 次章では,首相公 になるという結論に至った。. も丁内閣提出法案」が正当化されてもよいであ. 選制を導入することによって「内閣提出法案」. ろう。. の民主的正当性が解決すると考えるなら,それ. 確かに,戦前においては法案の提出権限は,. によってその他の問題が起きないのかを検討す. 旧憲法第38条「両議院ハ政府ノ提出スル法律案. る。. ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得」に 第4章首相公選論における行政国家的 より,政府が提出することが基本で議院の提 その結果,「戦 出は例外として扱われていた。 由ihl 前においては政府の提出する法案が易々諾々と. 側面の課題 第1節民主主義と人権保障. して国会が成立させていたのである[中曽根. 公選首相の内閣は直接民主主義的手続きで選. しかし,現代における「行政国家」 1962:39]」。. ばれているが故に,その誕生の原動力となりそ. 化が抗うことのできない現象でそれに対応しる. の存立を支持してくれている,マジョリティの. のは「内閣提出法案」であるのであれば,正当. ための法案やそれに有利な法案ばかりを提出す. 化されてもよいであろう。. すなわち,民主主義の究極で るのではないか。. 戦前のような暴走の虞,例えば1900年公布の. ある首相公選制下における「内閣提出法案」は,. 治安警察法や1925年公布の治安維持法,1938年. マイノリティのための人権保障の要請と両立す. 公布の国家総動員法等のような法律の提出がさ. るのかということである。. れたのは,内閣における「同輩中の主席」たる,. 樋口陽一教授によれば,議会制民主主義に.

(10) 首相公選論と行政国家. 195. おける国民はラスト・ワードをもっているわ. 型である。確かに同じような状況が起こり得る. けではなく権力の正当性の根拠がそこにある. 可能性はある。 すなわち,「内閣提出法案」に. というものであって権力の実体の所在の問題で. 関してでは,国民によって公選された首相が,. はない,というふうに概念構成されるべきであ. 国民のマジョリティによって選ばれているが故. そして現代に特徴的な法イデオロギーのひ る。. に,それに有利な法案を提出することが民主的. とつとして,超実定法的「主権」概念‑の特殊. に正当化されてしまうことも有り得るのであ. なしかたでの回帰が見られ,例えば「人民投票. る。. における多数決」である。. そしてそれは,「も. しかし,これについては,首相公選制に関し. し,『直接民主主義』‑『主権』を実定法の拘束. て,投票運動や選挙運動の方法という選出装置. から解除するまでに実定法の世界でエネルギー. をよくすれば,解決できる。. 解放することによって『国民の』復権をはかる. であるのか知らないままに集まり,いきなりあ. のだとしたら,それは容易に,大衆操作を媒介. る政策についての是非の回答をすぐ出すように. として国家権力の操作するシンボルに逆転する. 問われたのであれば,あまり両者の内容を考慮. ものでありますし,そのような危険を冒してま. せず適当に答えるか,それが嫌な人は棄権する. で『主権』を援用しようというのであれば,そ. はずである。 しかし,十分な時間のある時か. れは,端的にいって,革命にまで実定法の名を. ら,ある政策についての情報を与えられている. 用意するひとつの法学的世界観につうずるもの ではないでしょうか」とする,のである[樋口 1973:301‑303]。 さらに,そのように人民投票による多数決,. 例えば,何の目的. とするならば,熟考しているのでしっかり判断 できるのではないだろうか。. その意味で「国民. 投票法」は,少なくとも「投票方式(すなわち 個別投票方式における関連する個別事項の分け. すなわち国民投票における結果も状況によって. 方)」を確認する第三者機関の不在,「マス・メ. は尊重しないというものとして,田畑忍教授の. ディア規制」に関する投入資金の上限なしの. 憲法改正について述べた論文の中に見出すこと. 「ゼロ規制」,既成政党のみへの「投票運動の助. ができる0 すなわち,憲法を正しく改めるとい. 成」裏返せば「『国民』投票法」であるのに一. う「改正」と,悪く改めるという「改悪」を区. 般「国民」の運動‑の排除に繋がる,という点. 別し,「改悪」は主権者といえども窓意は許さ. で問題であるといえる。. れない。主権者も憲法に従うのが憲法主義また. も,それがしっかりしているかどうか,すなわ. は民主主義であるとして,その窓意を認めるな. ち候補者に平等なチャンスを与え,有権者に十. らば専制主義以外の何ものでもない,とするの. 分な情報と熟慮期間を与えることで,その政策. である[田畑1953:65‑66]c. を判断し大衆迎合する候補者,すなわちマジョ. 国民投票によると,誤ったことも民主的正当. リティのための法案ばかりを提出する候補者で. 性を獲得しまう。 国民投票によって,誤って正. あるのか,有権者は判断できると考えてよいで. 当化されることは「プレビシット(plebiscite)」. あろう。. と言われ,1934年のヒトラー総統就任がその典. それに,そもそも法案の作成過程は,官僚を. 首相公選制について.

(11) 1% 中心として審議会等から始まるわけであるが,緊張関係は伴うことになる。 その国会‑の提出を考えるのは,現在において イスラエルでは,1996年の第14期議会選挙, は「内閣提出法案」が多くを占め,主たる役割1999年の第15期議会選挙,そして2001年の首相 しかし,法律 を果たしているのは内閣である。. 単独選挙の時と,3回に亘って首相選挙を行っ. 議会選挙との同時選挙では有権者ひとり 成立の叢終的決定権をもっているのは国会であ た。 さらに,首相と国会多数 るので,抑止は働く。. が,議会と首相それぞれへの投票権をもつの. 派が同じ会派に属する者であった場合成立の可 で,一回の選挙でひとり二票を行使するという 当初想定していたのは,有権者が 能性は高まるが,それについては現状でもいえことになる。 ならば,殊更首相公選制である ることである。. 首相選挙も議会選挙も同じ支持政党の候補者に. 投票する「ストレート・チケット」塑投票行動 とマジョリティに有利な法案ばかりが提出され しかし,実際には有権者は,首相選 ることはあったとしても,成立する可能性は必であった。 ずしも高いとは言えないのである。. 挙では国政レベルのことを考えた選択をし,議 会選挙ではむしろ個人生活に密着した選択をす. 第2節所属会派の「ねじれ」. るという「スプリット・チケット」型投票行動. もし,公選された首相の所属会派と国会の多 をしたのである[池田明史2002:147‑1491c 数派の会派が異なったら,「内閣提出法案」がまた,フランスでは1958年の第五共和制発足 かなり多くの割合を占めるのであるから,前節以来,「二頭制(bicephalisme)」という大統額 当初は大 とは反対に,法案の大部分が否決されてしまうと首相の併存の状況が存在している。 理論上,一回の選挙であるなら のではないか。. 統頚制中心主義に推移していたのであるが,大. 起こらないが,どのような条件でも複数回行え統領が公選(1962年憲法改正より実施)される ば必然的にそのような可能性はある。. ようになったことから,議会の多数派から選出. そもそも首相公選制をするのであれば,その される首相と別の政党に属する可能性を内包し 候補者は国会に議席を有する,既成政党を軸にていた。 そして,1986年の総選挙でミッテラン 複数の国会議員の推薦を経て決めることにな 率いる社会党が議会選挙で保守連合に敗れた そうしないで無限定に立候補を許容するの ことにより,「コアビタシオン(cohabitation)」 る。 であれば,乱立状態になり票が割れて,本当に と呼ばれている,保革逆転現象が起こった[今 国民が支持する首相が選ばれることにならな 関1993:46‑48]。 一方,推薦人の国会議員の数のハードルを い。. 同じようなことは2007年11月現在,日本でも. 高くし過ぎると,候補者が少なくなり過ぎて国起こっている。 7月の参議院選挙の結果,参議 民の選択肢を狭めることになり,首相公選制の院で与野党逆転が生じ,37う、月間法律が一本も 乱立状態を防ぎ, 意義を失わせることになる。. 成立しなかった(8)そこで衆議院における与党. かつ首相公選制の意義を発揮するため,ある程と野党第一党が大連立を組むという構想まで持 従って,いずれに 度候補者の数は必要になる。. ち上がったのである[朝日2007.ll.3朝]。. せよ,国会における会派の割合の動向と絶えず有権者ひとりに複数票を与えている以上,こ.

(12) 首相公選論と行政国家. 197. のような「ねじれ」はいずれでも起こる可能性. その法案を再考することができるチャンスと捉. はある。これは投票日を同じにしたとしても起. えるべきである。. こる得ることをイスラエルの事例は語ってい しかし,考えてみると,法律が一本もでき る。. 第3節議会の存在意義. ないことが不都合であるにしても,それが民意. 「内閣提出法案」の民主的正当性を首相公選. の結果であるのだから,むしろそれを尊重する. 制で解決するならば,国会は何のために存在す. べきであるのではないか。 それにそういった状. るのかという問題が惹起される。. 況であったにしても,国民に絶対必要であって. 役割を考えるのであれば,立法機関が法律を作. 与党も野党もともに賛成であるなら,成立する. り行政機関が法律を執行するということなので. のではないであろうか。 例えば先述の「国民投. あるが,「行政国家」ではその法律の提出を主. 票法」については,憲法が改正されること自体. として行政機関である内閣が行う。. は第96条に予定しているので違憲ではない。 して,どこを改正するかの如何に拘わらず,各 種世論調査(9)で回民も国会議員も改正の方が多. そ. 古典的本来的. ならば,国. 会は何のために存在するのかということにな る。 小林昭三教授は「二十世紀の大衆民主政治. 数を占めているので,共産党と社民党など一部. は,いってみれば"ごった煮"みたいなもので. を除いて,各党はそれを考慮し賛成し,修正の. ある。 その容れもの,つまり鍋が,議会である。. 後,法制化されたのである。. また,例えば1997. 鍋の中には,いろいろなものが投げ込まれて,. 年7月16日に公布された臓器移植法(「臓券の. あまりにも多種多様になりすぎたために,味が. 移植に関する法律」)は議員立法であるが,国. わからなくなってしまった。 また,煮えたかど. 会審議の過程で共産党以外の各党は党議拘束を. うかもはっきりしなくなってきた。. 外し,議員個人の判断に委ねた[読売:1997.6.. に,味見したり,煮え具体を見たりする余裕が. 18朝]。人の尊厳を判断するような時は,その. なくなったのだ。 味見や煮え具合判定の役割を. ような対応が取られているのである。. どうしても議会外に期待しなければならなくな. アメリカは大統領制であり三権分立の典型と. 議会の外といっても,民主政治にあってこ る。. されているが,大統嶺と議会の所属政党が異な. の役割をはたしうるのは,国民以外にない。. ると不安定になってしまう。. そこで,確かにア. 議会自身. や煮え具合は,国民の好みに合わなければなら. メリカは政党の拘束力が相対的に弱いというこ. ないからである。 ここに,直接民主制の素地が. ともあるが,「大統領は,程度の差はあれ,超. 用意され,首相公選制のいと口がある」とする. 党派ないし提携型の政策的姿勢をとらざるを得. のである[小林2001:119]cなるほど19世紀に. ない」のである[中谷2006:63‑65]c. おいて議会はそのような「味見」の役割をもっ. 日本に首相公選制が導入され,仮にアメリカ. ていたのであるが,しかし20世紀においては機. の大統領のような対応を取らないにしても,そ. 能不全になっているというのである。. の時にもし「内閣提出法案」が出され,それが 国会との対立しているのであれば,それは一旦. 味. そして,. 「民意の反映の議会と民意の統合の首相」とい う役割分化として首相公選論を主張するのであ.

(13) 198. る[小林2001:1801c. がいなくなってしまう等の点で否定される(12). また,池田実助教授も同様のことを主張す. [高見1998:40]。. 現代の立法課題は議会ができた近代初期と る。. 共通しているのは,実際に回家運営していく. は比較にならないほど増大し,複雑になった。 のは行政府であるので,「行政権までの民主主 議会ではこれについて対応できていない。 議会. 義」を実現し,国会はその機能を補佐するとい. これについては,大石最教授が の機能を回復するた捌こはその権限を強化する うことである。 のではなく,議会の特性を生かし仕事の軽減を 議会制度をめぐる憲法問題として挙げている, 議会の特性と 軽くしてやることが大切である。. 「首相公選論は『民意』を反映するための提案. は,民意の「統合」よりも民意の「反映」に適 か,そのためにはむしろ国民発案,国民表決と 従って,首相公選制下 していることである。. いった方法の方が有益ではないか[大石2001:. では,首相による「統治」を「監督」する役. i]」という言葉が試金石になろう。. 割こそふさわしいとするのである[池田2000:. 現代は国民発案・回民表決などを国民の直接. 50‑511c. 的な意思表明を公式に認めるという,「半直接. そして,高橋和之教授は,国会はヘトロジー. そして,日 民主制」である[大石2001:50]。. ニアス(heterogenieous)な集合体であるが故 に,継続的な総合戦略や,総合調整を期待し,. 本国憲法では例外として,その国民発案・国民 表決を憲法第79条の最高裁判所裁判官の国民審. 香,第95条の地方自治特別法の住民投票,そし さらに機動的に展開するというのは難しいとす それまで,立法と行政との関係 て憲法96条の憲法改正の投票に限定している。 るのである。 しかし,最高裁判所裁判官の国民審査は「×」 を従来「決定一執行」で捉えていたのである が,現代において行政権の優位は普遍的現象で 以外は無効票として計算される制度上の不備, あることを考え,むしろそれに対応しているの 地方自治特別法の住民投票は殆んど機能してお は「統治‑コントロール」ではないかとする。 らず,憲法改正の回民投票は未だ実施されたこ さらに,モーリス・デュヴェルジェ(M;aunce. 主権者である,国民は国政選挙に関 とがない。. Duverger)教授の「直接民主制」と「媒介民主 して,議員の選出についてのみにしか関与して Capitant) 制」の峻別(10)さらにカピタン(R.. いないのである。. 教授の「人民制(ll)」から影響を受け,行政権 そう考えるなら,大石教授の指摘どおり,「囚 の担い手たる内閣が国民多数派の支持によって われの主権者」なのである[大石2001:174]c それは「国 成立する完全4、選挙区制である,イギリス型議 そこから脱出するにはどうするか。 院内閣制(ウェストミンスターモデル)に類似 した「国民内閣制」を主張するのである[高橋 1994:ii‑iv,17‑44][高橋ほか1998:13‑14]。 しかし,「国民内閣制」論は,高見勝利教授が. 会としては,何より立法部が政治的に敏感で あること(politicalresponsiveness)によってイ ニシアチブもレファレンダムも不要となるとい う指摘を思い致すべき」とするのである[大. 現にイギリスでは全国レベルで つとに批判しているとおり,得票が極端に議席 石2001:179]。 に反映されるため,ある程度の議席をもつ野党 の国民投票は1975年のEC加盟の可否について.

(14) 首相公選論と行政国家. 199. のものだけである。 これはイギリスにとってレ. 第4節小括. ファレンダムは議会制民主主義とは相容れない. 本章において,首相公選制を導入することに. ものであることを示している。. それは,レファ. よって「内閣提出法案」の民主的正当性が解決. レンダムはファシストが自らを正当化するため. すると考えるなら,それによってその他の問題. に用いるものであるという考えが根底にあるか. が起きないのかを検討した。. らである[RIDDELL2000:108]。. 保障」については,マジョリティの利益ばかり. しかし,大石教授の言葉を裏返しにすれば,. の法案を提出する,首相が選出されるのではな. もし国会が政治的に敏感になることができない. いかということであるが,選出装置さえしっか. とするならどうなるのか,ということになる。. りしていれば国民は判断できるという結論に. その時はイニシアチブもレファレンダムも必要. 至った。首相と議会多数派の「ねじれ」につい. になる。現実に現代の「行政国家」に議会は対. ては,各国の事例と日本の参議院における与野. 応できていない。 議会は複雑多岐化した意見を. 党逆転現象が参考になる。. 統合することには向いていないのである0. としても,まったく法律が成立しないというこ. そして,純粋な直接民主制は,投票運動の方. とではなく,本当に必要な法律は成立する可能. 法という選出装置を考慮してもなお,時間的空. 性が高い。しかし,「ねじれ」そのものはけっ. 間的制約等がある。 それに加え,頻繁な国民表. して悪いことではない。 そして,公選首相の内. 決は国民に過大な負担とそれ‑の関心や期待を. 閣に法案提出権を与えるとするとしたときの,. 失わせる[大石2001:178]c. 「国会の存在意義」について検討すると,「行政. そこで出てくるのは首相公選論である。. 首相. 「民主主義と人権. 「ねじれ」が生じた. 府のチェック」という役割,ということになっ. 公選論は,イニシアチブやレファレンダムの効. た。 これらは,必ずしも首相公選制は否定する. 用を含み,回数も頻繁なわけではない。. べき理由ではないことがわかる。. ただ,. 首相公選論は「民意の反映」ではなく,「民意 の統合」である。 「民意の反映」とは多元化し. 第5章まとめ. た社会の意見をそのまま映し出すことであり,. 憲法調査会での議論において首相公選制は,. 「民意の統合」とは多元化した社会の意見を一. 結最多数意見として明記されなかったため,. 元化することである。. そのまま憲法改正における議論のテーブルから. ならば,議会は何のためにあるか。. 議会は. 降ろされている。 しかし,首相公選論はけっし. 「民意の反映」をもつ。 そして,例えば,公選. てファッションではなく,原理的に導入が必要. された首相が法案を提出する。. な制度なのである。 その論拠から辿って行く. それを審査し最. 終的に決定するのは,「唯一の立法機関」であ. と,必要ということになる。. る国会である。 そう考えるなら,国会の役割は. 本稿は,首相公選論における行政国家的側. 「民意の反映」によって「行政府のチェック」. 面,特に「内閣提出法案」から検討した。. をすることになるのではないか。. なわち本稿の本旨は,「行政国家」化の‑事象 である,「内閣提出法案」の増大が避けること. す.

(15) 200. のできない趨勢でそれへの民主的正当性という そのままにしているが,筆者は因果関係を重視す るので「民主的正当性」の方が正しいと考える。 点を解決するのは首相公選制であると考えるな (6)ただし,杉原教授は,「行政国家」は現代市民 ら,それによる問題はないのであろうか,とい憲法における一つの対応に過ぎない。 そうしない そして,この文脈における問 うことであった。. と,行政府に法律の発案権や委任立法などが不可. 避とされ宿命論に陥ることになる,とする[杉原 題は批判論としてもっともらしい外観をまとい 1988:228]。 そ ながらも,解決可能であることがわかった。 (7)もっともイギリスでは「政府提出法案」という うであるので,内閣提出法案の民主的正当性を 形をとりながらも,実際には担当大臣個人が議員 の立場で提出する,という形をとる[大山2003b: 解決するためには,その装置として首相公選制 ただ,「行政国家」 の導入が必要なのである。. 511cまた,参考文献では「内閣提出法案」ではな. 当然今後課題として行く積りである。 いる。. 168回国会(2007年9月10日から11月8日現在ま. く「政府提出法案」となっていたが,前後の文脈 において問題なのは「内閣提出法案」だけでな と合わせるために「内閣提出法案」とした。 (8)第167回国会(2007年8月7から8月10日)と第 く,「委任立法」もそうであることは分かって. 〔投稿受理日2007. 24/掲載決定日2007. 29〕 ll. ll.. で)の両方共に,複数法案提出がなされているも その後,翌11月9 のの,成立は「ゼロ」である。 日に「被災者生活再建支援法改正案」が成立して. 注. いる[内閣法制局ホームページ2007.ll.9]c (1)論者の肩書については,それぞれその当時のも (9)「憲法改正」について,読売新聞の2002年の調 のを使用する。 査では国民の57%が改正に賛成し,国会議員では (2)「首相公選制を考える懇談会」は小泉純一郎首相 71%が賛成している[読売2002.3.22朝][読売 また,NHKの2002年の調査では国 の私的諮問機関であり,委員は佐々木毅座長,他 2002.4.5朝]。 10名2001年7月13日の第1回以来2002年8月7 民の58%となっており,その10年前の35%から増 なおNHKの調査は「日本人と憲法 加している。 日まで合計12回開催され,検討結果を卓終回に報. 2002」というテレビ番組で行われたものである[中 告書として取りまとめ公表し,解散した。 (3)小泉内閣と安倍内閣の発足直後の世論調査に 瀬ほか2002:102]c. よる支持率は,それぞれ読売新聞では87.1%と(10)モーリス・デュヴェルジェ(MauriceDuverger) ま は,実行に移されるべきプログラムと担当者の選 70.3%,朝日新聞は78%と63%となっている。 た,読売新聞の調査では,最近の内閣の支持率択について,国民が選挙を通じて事実上直接政策 は,細川内閣が71.9%,羽田内閣56.8%,村山内閣 意思を決定する場合を「直接民主政(democratic. 37.0%,橋本内閣56.9%,小測内閣33.1%,森内閣directe)」,国民の意思決定が代表者に媒介される. 場合を「媒介民主政(democraticmediatisee)」とし 41.9であり,それとの比較で高いことが分かる [朝日:2006.9.28朝][読売:2006.9.28朝]。 た[高橋1994:369]c (4)有倉達吉教授は,委任立法に関して,もし首相 Capiant)は,大統領が人民の意思 (ll)カピタン(R. 公選制をして首相が選ばれたとするなら,公選制 (すなわち議会)に対して従属する(sesoumettre) ということが強調されて首相府令への白紙委任の か,辞職する(sedemettre)かを峻別し,後者の. ように,「大統嶺が人民の意思に服従するのではな 違憲性が不問に付される公算が高いとする[有倉 1963:203‑211]c. く,自らのリーダーシップに基づく自己自身の政. 策をもち,人民に対して責任を負う体制を『人民 (5)「民主的立轟性」と「民主的立当性」について, 制(regimepopulaire)』」とした[高橋1994:68]。 前者は「民主主義の正しい系統がある」という意 (12)これ以外の批判として,①選挙とは政治プログ 味になり,後者は「民主主義の正当な事由がある」 「首相公選制を考える懇談会」 ラムの選択ではなく人物の選択ではないのか,② という意味になる。 の報告書では「民主的産廃性」になっているので 選挙が単一の争点で争われるのはむしろ例外であ.

(16) 首相公選論と行政国家. 201. る,(彰小選挙区制は政治プログラムの決定を重視. 佐々木惣一[1958]『改訂日本国憲法論三版』(有. した制度であり比例代表制は有権者の意見の忠実. 斐閣)0. な反映を重視した制度とは言い切れない,等の批. 佐藤幸治[2002]『日本国憲法と「法の支配」』(有斐. 判がある[高見1998:40‑51]。. 閣)0 杉原泰雄[1967]「間蔑[十二]首相公選制」清宮四. 参考文献. 郎佐藤功編『続憲法演習』(有斐閣)0. 青木‑益[2007]「第19章行政国家と官僚制2行政. [1988]「現代行政国家論・再考」和田英夫教授. 国家」堀江湛編『政治学・行政学の基礎知識<第. 古希記念論集刊行会編『戦後憲法学の展開』。. 2版>』(一重社)0 朝日新聞2006年9月28日朝刊。. 高見勝利[1998]「国民内閣制論についての覚え書き」. ‑2007年11月3日朝刊。. 田口富久治中谷義和編[2006]『比較政治制度論第. 有倉達吉[1963]「改憲問題をめぐる諸論点一内閣」 『法律時報:改憲問題の焦点』(日本評論社)0. 3版』(法律文化社)0 高橋和之[1994]『国民内閣制の理念と運用』(有斐. 有倉遮音時間弘編[1989]『条解日本国憲法改定』. ill. (三省堂)0. 高橋和之・佐藤幸治[1998]「[対談]統治構造の変. 井口秀作[2007]「『国民投票法』の制定と国民主権」. 革」『ジュリストNo. 1133』(有斐閣)。 田中二郎[1974]『行政法上<全訂第2版>』(弘文. 『法律時報No. 984. 』(日本評論社)0 池田明史[2002]「イスラエルの首相公選制」大石鼻. 『ジュリストNo.. 1145』(有斐閣)0. 堂)0. ほか編『首相公選を考える』(中公新書)0 池田実[2000]「首相公選論二〇〇〇Ⅹに向けての. 田畑忍[1953]「憲法第九十六条の解釈」『同志社. 予備的考察」憲法政治学研究会『近代憲法の洗練. ‑[1962]「首相国民投票制について」吉村正編『首. と硬直』(成険堂)0 ‑[2002]「首相公選制導入の憲法改正試案」憲法. 相公選論』(弘文堂)0 辻村みよ子棟居快行[2001]「主権論の現代的展開」. 政治学研究会『近代憲法の洗練と硬直』(成挨堂)0. 『法学セミナーNo.. 今閑源成[1993]「2章第共和制の基本的枠組み」. 手島孝[1978]『行政国家の法理<再版>』(学陽. 奥島孝康中村紘一編『フランスの政治』(早稲田. 書房)0. 大学出版部)。. 中瀬剛丸小野寺典子[2002]「変わる国民の憲法意. 浦部法穂[2000]『全訂憲法学教室』(日本評論社)0 大石真ほか編[2002]『首相公選を考える』(中公新. 識〜『日本人と憲法2002』調査から〜」NHK放送. 法学十六号』0. 553』(日本評論社)0. 書)。. 文化研究所『放送研究と調査6月号』(啓文堂)0 中曽根康弘[1962]「首相公選論の提唱』吉村正編『首. 大石異[2001]『議会法』(有斐閣)0. 相公選論』(弘文堂)0. 大山礼子[2003a]『国会学入門<第2版>』(三省. 中谷義和[2006]「アメリカ合衆国の政治制度」田口. 堂)0. 富久治中谷義和編『比較政治制度論』(法律文化. ‑[2003b]『比較議会政治論』(岩波書店)0 岡田大助[2007]「首相公選論の意義」早稲田大学大. 社)0 鳩山由紀夫[1999]「自衛隊を軍隊と認めよ」『文蛮. 学院社会科学研究科『社学研論集第九号』0. 春秋10月号』(文蛮春秋)O. 加藤孔昭[2002]「日本政治の格好の教材」大石其ほ. 原田尚彦[2005]『行政法要論(全訂第6版)』(学陽. か編『首相公選制を考える』(中央公論新社)0 清宮四郎[1979]『憲法I<第3版>』(有斐閣)0. 書房)0 樋口陽一[1973]『近代立憲主義と現代国家』(動葦. 同慶敏文[2006]「第3章フランスの政治制度」田口. 書房)0. 富久治中谷義和編『比較政治制度論』(法律文化. 藤井俊夫[2005]『行政法総論(第四版)』(成文堂)0. 社)0 小林昭三[1995]『私の「憲法」気質』(成文堂)。. 宮沢俊義著声部信喜補訂[1978]『法律学体系コン. ・[2001]『首相公選論入門改訂版』(成文堂)0. 石地章[1994]「首相公選制について」『比較憲法学. メンタール全訂日本国憲法』(E]本評論社)0.

(17) 202. 研究No.6,』(成挨堂)0 本秀紀[2001]「『首相公選論』・『国民内閣制論』・ 『内園機能の強化』‑『行政権までの民主主義』論の 再検討」『法律時報73巻10号』0 村上弘[2006]「第4章ドイツの政治制度」田口富 久治中谷義和編『比較政治制度論』(法律文化 gn 読売新聞1997年6月18日朝刊。 ‑2001年4月28日朝刊。 ‑2002年3月22日朝刊。 ‑2002年4月5日朝刊。 ‑2005年4月16日朝刊。 ‑2006年9月28日朝刊。 NORTON,PHILIP[1993]"DoesParliamentMatter? (HARVESTERWHEATSHEAF). RIDDELL,PETER[2000]ParliamentUnderBlair (Politico'sPUBLISHING). http://www. clb. jp/contents/index. html内閣法制局 go. ホームページ「貴近の法律・条約」2007年11月9 日現在及び11月24日現在。.

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