2,000
0
サンフランシスコへの出国数
2 月
サンフランシスコからの帰国数 1,100
<論 説>
移民サイクル再考
―国際学会報告 “The Migration Effects of Chinese Returnees on Emigration in the Late 19th Century as Compared to European Migration”
について―藤 村 是 清
はじめに
2016年7月6〜8日,バンクーバー(カナダ)近郊において華僑・華人にかんする国際学会 The 9thInternational Conference of the International Society for the Study of Chinese Overseas
(第9回世界海外華人研究学会学術会議)が開かれた。この会議は華僑華人についての国際学術 団体 International Society for the Study of Chinese Overseas (ISSCO)が3年に一度開催する 世界大会で,3日間に50のパネル(司会各1人)に分かれて研究者3〜4人ずつが発表を行った。
筆者は2日目(7月7日)のパネル18(移民・類型・中国人アイデンティティ)に参加した が,筆者を含めて発表者は3人,司会はAlison Marshall教授(Brandon University)であった。
発表では,筆者が収集・整理した中国人移民 全 体 の 年 次 統 計(1855〜1940年)と 月 次 統 計
(1855〜1895年)に依拠した移動趨勢グラフ・数表を示し,とくに香港・サンフランシスコ間の 月次統計に表れた周期1年の自律的な規則性の意味を中心的に論じた。
提示した4つの数表と16のグラフは後に付した筆者の英文フルペーパーに含まれているので,
ここでは規則性の端的なグラフのみを下に挙げる。
このグラフは1855〜1895年の41年間,中国人移民が香港とサンフランシスコ間を往還した出 入国数の月別平均である。上半分は香港からサンフランシスコへの出国数,下半分はサンフラン シスコから香港への帰国数を示す。■は2月,□は各月の出国・帰国数を表している。
サインカーブをひっくり返したような点対称のパターンからは,2月前の4ヶ月間に帰国者が 激増し,2月後の4ヶ月間に出国数が激増していたことが分かる。なお歴年の帰国激増・出国激 増という順序の41年間にわたる繰り返しは,後に付した英文フルペーパー図4(Chart4)に俯 瞰されたい。
このパターンが出国増→帰国増という順序ではなく,逆に帰国増→出国増という時間的な順序 を示している点に注意されたい。帰国から出国という先後関係は,上述のように後掲フルペー パー図4の歴年俯瞰にも確認できるが,通常の移民イメージが出国から帰国への順序を想定して いるのに対し,それとは逆のこの時間的先後関係を,筆者は移民の帰国が出国を引き起こす因果 関係としてとらえ,月別移民サイクルと呼んだ。
移民サイクルはもちろん故郷の農産物の出来・不出来や国外雇用の大小,旅客運賃の高低や伝 染病検疫や移民政策による入国制限などさまざまな要因の影響を受けて縮小・拡大して多少の変 形をみせるけれども,各年の帰国・出国という基本的な先後パターンが頑固に続いていたこと を,フルペーパーの歴年趨勢図で確認できる。
さまざまな中国人コミュニティ(同郷団体あるいは共同体)の親族を中心とする国境を越えた 信用関係,すなわち帰国中国人がもたらす雇用情報・持ち帰り金・リーダーシップなどが,移民 の故郷からの新規移民や再移民を引き起こしていた諸側面は,従来から移民の定性的研究や フィールド調査で収集された事例をもとに,呼び寄せ(連鎖)移民やディアスポラ(離散共同 体)として特徴づけられてきたが,それが月次統計に基づく単純なモデルとして初めて明らかに なったのである。
移民サイクルの提示を中心とする報告は,前もって書面で Abstract (要約)と full paper
(フルペーパー)を提出し,発表の認可を得たうえで The Migration Effects of Chinese Return- ees on Emigration in the Late 19th Century as Compared to European Migration (19世 紀 後 半 における出移民に対する中国人帰国者の移民効果――ヨーロッパ移民との比較)と題して約15 分間の英語による口頭プレゼンテーションを行った。
ただフルペーパーは,上記のように16個のグラフと4つの数表と盛り沢山で,それをもとに した約15分間の短い口頭報告は,筆者の英語力不足のために説明が舌足らずで,今から思えば 不十分きわまりなかった。本稿で英語報告の説明不足を補い,また位置づけについても,チェー ン・マイグレーション論,ディアスポラ論との関連・区別を明確にし,今後の考察への出発点と したい。
なお国際学会の全体としての進行は1日目に準備的会合,2日目にレセプション・夕食会,3 日目に映画やワン・ガンウ教授によるレクチャと学会の選挙が行われた。筆者は2日目の夕食会
で同席のカナダ在住台湾系のご夫婦との会話(つたない英語であったが)を楽しむことができた が,所用のため3日目の7月8日午前中に帰国せざるをえなかった。
上述の国際学術団体(ISSCO)に提出した筆者の full paper については,学会発表直後,
日本へ帰国後の2016年7月11日にJournal of International Relations and Diplomacy誌等から英 語による掲載の申し出があった。しかし筆者は出版社の由来や著作権・費用に疎く,返事を送ら ないまま逡巡している間に日時が過ぎてしまい,英語フルペーパーは未公刊のままであったとこ ろ,山本通先生より本退職記念号への投稿を誘われ,この機会に full paper を Abstract と ともに,英語原文のまま本稿に付して公刊することにした(山本通先生と佐藤睦朗先生に改めて 感謝したい)。
移民・難民問題は,21世紀世界の最も重要な政治・経済・社会問題に数えられることになろ う。現代を理解するためにも,近代移民の実態を統計的に把握し直すことが従来にもまして必要 になっている。この点でビッグデータに依拠した筆者の月別移民サイクルモデルは,近代中国人 移民にとどまらず,他の移民との比較による理解を促進するのに多少なりとも役立つと思う。付 されたフルペーパーを通じて,より高いレベルでの移民の位置づけにかんする対話(反論を含め て)の広がりを期待する。
なお本稿の構成は,「Ⅰ」章で国際学会発表前後の経緯を振り返り,「Ⅱ」章でチェーン・マイ グレーション論,ディアスポラ論との関連を論じ,「Ⅲ」章にフルペーパーを付したうえで,「お わりに」でイングランド人移民における出国の規則性に簡単に論及し,今後の国際比較の出発点 としたい。
まず国際学会報告にいたる経緯を簡単にまとめておきたい。
Ⅰ 国際学会発表前後の経緯(1995〜2017 年)
1.華僑送出港データ収集の開始(1995 年〜)
中国人移民の主要な送出港は中国東南部の厦門(アモイ)・汕頭(スワトウ)・瓊州(日本語読 みでけいしゅう)の3港と香港である。このうち前3港の移民出国帰国は各港の中国海関が,香 港からの移民出国帰国は香港政庁が統計をとっていた。わたくしのデータ収集は中国海関3港統 計数値の収集に始まるが,それに香港政庁(港務局)統計の抄録を加えたものを,重複分を除く という手法で1995年の2論考に発表したが[藤村1995a;1995b],この段階では,得ていた香 港統計が抄録にすぎず,香港の移民先別の詳細数値を得ていなかったために中国海関統計の移民 先別数値との個別的合算ができず,したがって移民先の現地統計による検証ができなかったので ある。この時期の筆者は,重複分を除く合算という手法が理論的には正しいと思う反面,内心,
検証ができないために強い確信をもつことができず,不安だったことを白状しておく。
2.移民先別データの合算(2008 年〜)
その後10年以上を経た2008年頃と思うが,筆者は香港大学がインターネット上に膨大な香港 政庁公式資料(1855―1940年)を公開していることを知った(この資料の存在を知らなかったこ とはうかつと言えばうかつであった)。
筆者は,この86年間のぼう大な公式資料に埋もれていた毎年の香港政庁港務局作成の移民出 入データを,かなりの時日を要して全て特定することができた。そこから得られた香港データを すでに算出していた他3港の中国海関データに合算すれば,移民送出4港とほぼすべての移民先
(海峡植民地・タイ・マニラ・仏印・蘭印・北米西海岸)との往還数を個別に合計できる。
合算作業は,2009年の論文タイトル「厦門・汕頭・瓊州と香港の出入国者数の個別的合計
(1855―1939年)――海峡植民地・タイ・マニラ・仏印,帰国率,季節変動,女性子供構成比」,
2010年の論文タイトル「厦門・汕頭・瓊州と香港の出入国者数の個別的合計(1855―1940年)
――蘭印・北米西海岸,検証,帰国率,太平洋移民運航,隔地季節変動」というように,2009〜
2010年に「個別的合計」と銘打って行った[藤村2009;2010]。
「個別的合計」とのタイトルは無味乾燥と見えるかもしれないが,既述のように,この合計こ そが筆者の手法を検証することを可能とする。手法の正しさを実証によって検証することが定量 的研究者にとっていかに心躍る体験であるか,ご理解いただけると思う(改めて貴重な資料をイ ンターネット上に公開した香港大学図書館に感謝したい。同図書館の当該資料検索は full pa-
per の Reference 末尾を参照されたい)。
3.シンガポール現地統計の収集と検証(2010 年〜)
検証すべき個別移民先としては中国人移民を最も多く受け入れていたシンガポール(海峡植民 地)の入移民統計が適当と思われたが,日本で入手できる同地の入移民統計はわずかであった。
そこに幸いにも2010年9月に神奈川大学の研究プロジェクト「植民地近代性の国際比較」(永野 善子教授)の援助により国立シンガポール大学中央図書館で調査する機会を得,同図書館でシン ガポールへの中国人入移民統計の多くを収集することができたのである。
検証過程は筆者にとっては不安と期待が入り混じっていたが,結果は幸いにも,筆者合計数値 が現地入移民合計数値の97% でほぼ一致し,中国移民送出各港からの数値も概ね一致したので ある。中国人移民のシンガポールへの渡航期間を考慮すれば,中国4港の送り出し数とシンガ ポールの受け入れ数との一致は,中国4送出港統計の重複を除く合算という筆者の手法が検証に 耐えたことを意味する。
成果の多くは日本の学会誌『華僑華人研究』に「華僑送出4港の旅客統計分析に基づく中国人 移民サイクルの再検討――メンカリーニ的データ限界を超えて」前後編(研究ノート)として続 けて掲出した[藤村2012;2013](ただし国際学会報告に含めた行き先別の詳細数表は除かれて いる)。
4.月次統計(サンフランシスコ)の収集(2009 年〜)
上の経緯は年次データについてであり,月次統計には触れてこなかった。しかし年次統計に依 拠した歴年趨勢は帰国数が出国数の約8割で連動的に推移し,上部の出国趨勢と下部の帰国趨勢 とが線対称を示していることから,その正比例的連動の理由を探るためには,帰国と出国との連 関を調べる必要がある。年次統計には浮かび上がらない連関を探るには,さらに月次統計データ が必要と思われたのである。
筆者による月次統計の収集は,まず2009年の香港統計の月別20年表(1888年〜1907年)の 分析に始まり,翌2010年に1876年から1878年の香港とサンフランシスコ間の月別中国人往還 数を調べたが,この両年(2009年・2010年)の2論考は,統計に表れた出入国数増減の季節性
(春節前の帰国増加と春節後の出国増加)を現象的に指摘したにすぎなかった[藤村2009;
2010]。
この季節性は表層的には「呼び寄せ移民」や「チェーン・マイグレーション」と似ているが,
「帰国が出国の結果であるというよりは,出国が帰国に誘導された」という連鎖をはじめて指摘 したのは「華僑の移動と春節――香港移民統計[1855〜68年]を中心に」においてである[藤 村2011:83]。
この視点はその後,期間を香港・サンフランシスコ間の41年間へと拡大して,上述の学会誌
『華僑華人研究』にも「華僑送出4港の旅客統計分析に基づく中国人移民サイクルの再検討――
メンカリーニ的データ限界を超えて」前後編にも含めた[藤村2012;2013]。なお移民サイクル と交通革命との関連については,「太平洋郵船外輪船中国人ステアリッジ船客の統計的再検討
(1867―1871年)」で論じたが,なお不十分である[藤村2015]。
5.国際学会発表と国際比較の開始(2016 年〜)
上述の学会誌に発表した研究ノート中のグラフと検証表などに,詳細な総合数表を加えたもの が2016年7月の国際学会に発表したフルペーパーである。
国際比較については,準備不足のため学会に提出したペーパーには含められず,口頭報告でイ タリア移民について軽く触れたにすぎなかったが,帰国後の2017年3月,『神奈川大学アジア・
レビュー』第4号に「19世紀後半中国南部・イギリス諸島移民統計に見る出入国パターン」と 題して統計(ボードオブトレード・ジャーナル:イギリス商務省)に依拠しながらイングラン ド・ウェールズ,スコットランド,アイルランド移民の月別出国パターンを提示した。
6.事典への収録(2017 年)
続く2017年11月に出版された『華僑華人の事典』(丸善出版)の第1章(歴史)には,2016 年の国際学会報告に含まれていた筆者の4つの主要グラフが4頁にわたり掲載された。手前みそ ながら,この4グラフは,1995年以来,筆者が同心円的に,時には行ったり来たりと重複しな
がら拡充してきたデータに基づき到達した現時点での筆者の認識を簡潔に表現している[藤村 2017b:22―25]。
また事典の付録には,筆者が作成した移民航路図や移民運航ダイヤなどとともに,国際学会の
full paper に含めた数表も9頁を割いて収録された[藤村2017b:518―528]。これまで筆者が
提示してきた数値は,後の full paper の数表を見ても分かるが,しばしば錯綜して小さな数 字で見づらかったのだが,事典付録に収録された数表は,それらを整理して見やすく分かりやす くなっており,コンパクトで便利なデータになっている。
華僑研究の厚い蓄積にもかかわらず,従来の研究では送出4港をすべてカバーした長期の出入 統計は筆者の知る限り存在しない。このデータは近代中国人移民研究の基礎となると思う。研究 者の視点は異なろうが,全体的あるいは個別的な歴年時系列趨勢やクロスセクションなどさまざ まな活用や考察ができるし,アジア移民・ヨーロッパ移民の比較も統計的に可能となろう。
Ⅱ チェーン・マイグレーション論とディアスポラ論
各年の中国人移民の出入国者数の増減をみても,人の移動・移民の理由を,移民の故郷におけ る逆境的状況(プッシュ要因)や国外における雇用や豊かさ(プル要因)に求め,あるいは鉄道 や海運の発達(共通要因)に求めることはけっして誤りではない。
とはいえ,初期条件がさまざまで偶然的であったとしても,一定規模以上の移動が長期にわた り繰り返され存続する場合には,上記のプッシュ・プル的な外的要因と並んで,親族を中心とす る共同体の絆が国境を越えて認められるようになる。この内的連関の存続はプッシュ・プル・共 通要因では説明がつかず,その代わり,移民の特定の故郷と外国の特定の移民受容地との関係が 長年にわたり存続し続け,その外側に広がりをもたないことが知られている。
このような親族を中心とする移民の共同体的連携の長期にわたる存続の代表的な説明として,
ここではチェーン・マイグレーション論とディアスポラ論を挙げ,以下,中国人移民サイクルと の関連で簡単に論及しておきたい。
1.チェーン・マイグレーション(連鎖移民/呼び寄せ移民)論
チェーン・マイグレーションは,先に移動した移民が故郷の家族・親族・同郷団体の成員に対 して移動を誘い,しばしば移動のための運賃をも支払って呼び寄せる現象を意味し,このルート で移民が連鎖的に発生するので,連鎖移民ともいう。
このチェーン・マイグレーションは中国人移民の場合にもみられ,信局(移民送金・情報の中 国人宅配機関)を通じる送金や移民の持ち帰り金の多さに示されている。香港・サンフランシス コ間の例を挙げれば,1872年8月にサンフランシスコから香港に向かう途中の外輪船アメリカ 号が横浜港で火事になったときの海難審判における中国人の証言その他によれば,3〜4年の外 地居住で中国人移民は概ね1000〜2000ドルを貯めて持ち帰っていたのである。
2.ディアスポラ(離散共同体)論
「ディアスポラ」という用語は,元々はパレスティナ地方に住むユダヤ人が外敵の侵入によっ て世界中に移動したものの,移住先に溶け込まず,自分たちの宗教や伝統を保持し続けたことを 指していたが,ユダヤ人でない他の集団の離散についても,独自の伝統を維持していれば,ディ アスポラの語が用いられるようになった。ユダヤ人に限らず,宗教や信条を共有する集団の存続 をディアスポラと呼ぶことは,ヨーロッパ経済史においても一般的であったと思われる。たとえ ばヴェーバーは1920年の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で,「カルヴィニス トのディアスポラ(散住)を『資本主義経済の育成所』と[他の論者が]よんでいるのも正し い」というように,ディアスポラを散住という一般的な意味で用いている[ヴェーバー1989
(1920):31]。アジア人についても,たとえばジャパニーズ・ディアスポラやチャイニーズ・
ディアスポラというように特定の移民集団が独自の文化を保持している場合にも広く用いられて きた[カーティン2002:9―23(山影進);家島2006:7―9]。このように,ディアスポラ論はエス ニック集団(中国人の場合は同一方言集団あるいは同郷組織や同姓団体)が遠隔地に離散して も,共同体の宗教・習慣を保持し続けることを重視する。
香港・サンフランシスコ間の例でいえば,1875年2月に香港からサンフランシスコに着いた 外輪船アラスカ号のステアリッジ船客(格安の3等大部屋で移民がほとんどを占める)名簿は ちょうど800人であったが,そのうち6人以上の同郷者は47グループで682人と85% と圧倒的 であった[藤村2013:68―69]。つまり移動は同郷グループ(共同体)単位で行われていたので ある。
以上のように,チェーン・マイグレーション(連鎖移民/呼び寄せ移民)論やディアスポラ
(離散共同体)論は,中国人の移民サイクルを説明するうえで,有効な視点を提供していると思 われる。
Ⅲ 国際学会報告(要約・フルペーパーとも提出原文のまま)
The Migration Effects of Chinese Returnees on Emigration in the Late 19th Century as Compared to European Migration
FUJIMURA Korekiyo
(Abstract)
By analyzing the passenger traffic statistics of four exit ports―Amoy, Swatow, Kiungchow, and Hong Kong ― from 1855 to 1940, this report presents a new perspective on Chinese migration along China’s coast in the late 19 th century. Mencarini’s statistical study of three Chinese treaty ports from 1876-1898 has not been carefully examined for over a century. By including statistical data from Hong Kong, which Mencarini did not use, this study presents detailed flow diagrams to highlight the movement of migrants between China and nearly all regions in Southeast Asia and part of North America.
Up until 1928, statistical figures on migration between Chinese coastal cities and Southeast Asian countries or San Francisco in the United States all showed long-term upward trends, except for during World War I when these figures temporarily dropped. The annual return rate to China remained, and the rate was approximately 80 percent, except for between 1931 and 1933. The per- centage of women and children leaving China rose to over 50 percent around 1937. The monthly distribution of the number of Chinese entries and departures to and from San Francisco in the three months before and after the Lunar New Year was four and eight times higher than the other months.
This report also discusses why most trends simply show an increase in the number of emi- grants in direct proportion to that of immigrants for almost every year. The analytical approaches of previous studies failed to point out the link between the departures and entries of Chinese mi- grants. This drawback is attributed to the method used, which involves determining the factors af- fecting migration rates based solely on yearly statistics. The key to explaining the simultaneous annual rise in the number of exiting and entering Chinese migrants is the micro migration cycle, which is most clearly recognized in the monthly movements of Chinese to and from San Fran- cisco.
Each year, former emigrants tended to return to China before February, and new emigrants left for the same destinations after the Chinese Spring Festival. The money and knowledge that these returnees brought back to their local communities in South China attracted others to join the collective emigration to San Francisco. The returnees and settlers from the United States and Southeast Asia were instrumental in bringing Chinese newcomers from their own groups, and up-
ward trends were generally observed. This cycle was the fundamental base of Chinese mass mi- gration.
Lastly, this study statistically compares the migration effects of Chinese returnees on emigra- tion with European returnees’influence on their respective outflow to the United States. Italian mi- gration cycles between Italy and New York will provide an interesting example from the viewpoint of the Chinese return migration cycle.
(full paper)
The Migration Effects of Chinese Returnees on Emigration in the Late 19th Century as Compared to European Migration
Korekiyo Fujimura
CONTENTS INTRODUCTION
I. Passenger Traffic Statistics of the Four Chinese Exit Ports
(
1
)Departures and Arrivals to and from Outside China
(
2
)Singapore Statistics, Prepared and Verified II. Return Rates
(
1
)Total Return Rates
(
2
)Monthly Return Rates
(San Francisco
)III. Migration Cycle
CONCLUSION
Introduction
By analyzing the passenger traffic statistics of four exit ports―Amoy, Swatow, Kiungchow, and Hong Kong ― from 1855 to 1940, this paper presents a new perspective on Chinese migration along China’s coast in the late 19 th century.
1875 1898
1931 - 40
1873 1928
1931 - 40
1868 1928
1931 - 40
1876 1928
1855
1939
1876 1898
1876 1898
Amoy Swatow Kiungchow Hong Kong
Amoy Swatow Kiungchow Hong Kong
Fujimura[2009, 2010]
Mencarini[1901]
Chart 1 Coverage of the Period of Chinese Migration Source : Fujimura[2012 : 97, 101]
Mencarini’s statistical study of three Chinese treaty ports from 1876-1898 has not been carefully examined for over a century. By including statistical data from Hong Kong, which Mencarini did not use, this study presents detailed flow diagrams in order to highlight the movement of mi- grants between China, nearly all regions in Southeast Asia, and part of North America.
I. Passenger Traffic Statistics of the Four Chinese Exit Ports
(1)Departures and Arrivals to and from Outside China
Chart 2, below, showing annual departures to and arrivals from each destination outside of China,1855-1940, uncovers the following points. Up until 1928, statistical totals on migration be- tween Chinese coastal cities and Southeast Asian countries or the U. S. A. and Canada showed long-term upward trends, except for during World War I when these figures temporarily dropped.
The annual return rate to China remained steady at approximately 80%, except for the period be- tween 1931 and 1933.
500,000250,0000500,000250,0000
A rrivals from Each Destination
Departures to Each Destination
19401939193819371936193519341933193219311930192919281927192619251924192319221921192019191918191719161915191419131912191119101909190819071906190519041903190219011900189918981897189618951894189318921891189018891888188718861885188418831882188118801879187818771876187518741873187218711870186918681867186618651864186318621861186018591858185718561855
Others Canada U. S. A.
French Indochina Philippines Dutch East-Indies Thailand Singapore
Chart 2 Annual Departures to and Arrivals from Each Destination(1855-1940) Source : Table 2, below.
Table 1.Departures from and Arrivals to Each Exit Port(1855-1940)
Year From
Total(A) To
Total(B) B/A
Hong Kong Amoy Swatow Kiungchow Hong Kong Amoy Swatow Kiungchow
1855 13,324
Since Jan. 1873
Since Jan. 1868
Since Apr. 1876
13,324 Since Sep. 1861
Since Jan. 1873
Since Jan. 1868
Since Apr. 1876
―
―
1856 14,466 14,466
1857 25,980 25,980
1858 15,810 15,810
1859 10,217 10,217
1860 15,183 15,183
1861 12,840 12,840 2,167 2,167
1862 10,421 10,421 7,398 7,398
1863 7,809 7,809 7,193 7,193
1864 6,607 6,607 6,778 6,778
1865 6,849 6,849 6,026 6,026
1866 5,115 5,115 9,253 9,253
1867 4,283 4,283 9,866 9,866
1868 8,704 3,262 11,966 10,752 0 10,752
1869 18,285 20,675 38,960 16,208 2,605 18,813
1870 12,992 22,280 35,272 16,618 3,210 19,828
1871 9,501 21,132 30,633 19,754 3,175 22,929
1872 27,721 37,013 64,734 23,773 2,211 25,984
1873 28,768 25,963 15,091 69,822 25,355 8,580 1,678 35,613
1874 31,866 17,710 16,914 66,490 32,319 8,328 725 41,372
1875 48,152 18,990 21,184 88,326 38,502 8,878 1,311 48,691
1876 46,350 23,422 25,758 8 95,538 42,390 10,651 434 756 54,231 ―
1877 39,741 22,871 21,431 49 84,092 48,746 13,597 237 9 62,589 0.74
1878 38,653 25,723 22,161 50 86,587 47,882 14,875 264 41 63,062 0.73
1879 33,529 17,925 17,276 31 68,761 50,542 14,818 375 44 65,779 0.96
1880 50,325 18,677 16,913 13 85,928 51,011 20,157 168 15 71,351 0.83
1881 70,625 31,180 28,904 29 130,738 52,983 19,288 113 385 72,769 0.56
1882 78,864 41,223 50,585 93 170,765 61,905 21,140 338 887 84,270 0.49
1883 57,438 36,148 56,802 187 150,575 74,722 35,095 24 2,900 112,741 0.75
1884 51,247 47,370 49,698 0 148,315 73,767 29,345 3,771 3,084 109,967 0.74
1885 57,517 37,626 44,082 2,234 141,459 80,773 31,884 3,597 3,580 119,834 0.85
1886 64,522 51,210 54,409 4,470 174,611 88,704 30,313 330 3,900 123,247 0.71
1887 82,897 33,651 55,832 5,458 177,838 92,375 53,578 103 5,051 151,107 0.85
1888 96,195 61,638 49,017 8,586 215,436 98,800 35,518 8,130 4,864 147,312 0.68
1889 47,849 56,351 57,622 11,454 173,276 99,315 33,117 250 8,589 141,271 0.82
1890 42,066 54,282 51,985 11,096 159,429 101,147 35,972 424 6,800 144,343 0.91
1891 45,162 57,760 40,819 9,195 152,936 105,199 34,338 340 5,224 145,101 0.95
1892 52,143 56,343 44,582 6,864 159,932 97,971 30,625 97 4,421 133,114 0.83
1893 82,336 56,951 72,177 11,551 223,015 108,644 46,379 57 5,625 160,705 0.72
1894 49,023 61,295 60,153 13,877 184,348 96,095 27,277 3,003 3,743 130,118 0.71
1895 73,138 81,080 74,507 14,588 243,313 112,685 19,006 1,948 3,866 137,505 0.57
1896 66,822 58,284 75,293 11,273 211,672 119,468 31,716 6,742 8,019 165,945 0.78
1897 62,831 42,706 50,202 9,975 165,714 115,207 27,725 10,655 4,383 157,970 0.95
1898 60,432 57,634 55,964 14,423 188,453 105,441 26,435 9,831 5,179 146,886 0.78
1899 61,075 66,276 69,234 17,162 213,747 110,448 28,646 10,721 5,292 155,107 0.73
1900 83,643 90,358 71,660 10,604 256,265 121,322 26,225 9,705 3,805 161,057 0.63
1901 69,774 79,399 70,825 12,639 232,637 129,030 34,769 11,885 5,175 180,859 0.78
1902 71,711 85,673 88,053 21,934 267,371 129,812 27,015 13,479 9,620 179,926 0.67
1903 83,384 78,231 114,592 19,052 295,259 140,551 28,786 22,878 9,814 202,029 0.68
1904 76,304 75,629 89,957 20,785 262,675 149,195 29,803 15,035 10,041 204,074 0.78
1905 64,341 59,178 81,435 17,771 222,725 140,483 20,243 17,308 11,500 189,534 0.85
1906 76,725 72,340 99,919 18,868 267,852 134,912 16,840 31,508 9,910 193,170 0.72
1907 105,967 76,632 131,836 35,002 349,437 145,822 21,509 42,945 10,467 220,743 0.63
1908 71,081 52,121 99,414 21,686 244,302 157,809 19,217 35,347 10,885 223,258 0.91
1909 77,430 46,336 98,080 23,887 245,733 144,821 25,713 40,964 10,854 222,352 0.90
1910 111,058 80,071 113,302 40,531 344,962 149,564 14,587 46,458 15,081 225,690 0.65
1911 135,565 86,840 111,131 42,195 375,731 149,894 11,204 50,051 19,645 230,794 0.61
1912 122,657 97,572 124,671 34,250 379,150 163,248 15,169 42,316 17,686 238,419 0.63
1913 142,759 72,200 117,149 28,111 360,219 166,921 44,767 38,730 11,157 261,575 0.73
1914 76,296 56,674 86,796 18,393 238,159 168,827 56,302 39,503 11,348 275,980 1.16
1915 68,275 41,012 79,330 16,260 204,877 109,753 34,181 36,491 8,634 189,059 0.92
1916 117,653 72,839 82,396 16,213 289,101 72,405 33,050 29,257 4,803 139,515 0.48
1917 96,298 52,820 69,474 9,640 228,232 98,232 24,097 20,480 7,300 150,109 0.66
1918 43,830 36,123 57,389 5,620 142,962 74,109 12,097 32,065 4,643 122,914 0.86
1919 59,969 46,058 63,322 10,046 179,395 136,020 29,023 25,598 6,328 196,969 1.10
1920 105,258 62,405 81,181 10,429 259,273 122,438 37,678 29,265 8,814 198,195 0.76
1921 156,011 78,656 99,710 11,003 345,380 159,064 45,307 36,546 12,613 253,530 0.73
1922 98,393 57,084 106,127 16,639 278,243 143,547 49,453 61,641 12,144 266,785 0.96
1923 120,224 69,271 113,258 18,862 321,615 121,102 34,432 63,391 14,771 233,696 0.73
1924 129,859 76,578 119,604 28,070 354,111 130,194 46,549 81,171 16,725 274,639 0.78
1925 140,534 86,154 102,997 41,779 371,464 91,622 87,181 65,606 18,206 262,615 0.71
1926 216,527 222,949 77,187 35,339 552,002 128,661 78,796 84,000 30,866 322,323 0.58
1927 285,593 94,546 189,458 35,561 605,158 181,100 114,160 111,357 30,862 437,479 0.72
1928 257,162 93,037 173,153 24,037 547,389 187,847 82,092 87,887 33,189 391,015 0.71
1929 227,523 101,841 125,321 27,123 481,808 185,390
No Record for 1929-30. 185,390 ―
1930 188,900 No Record for 1930. 188,900 223,136 223,136 ―
1931 100,869 37,686 80,700 20,979 240,234 283,890 80,555 101,784 34,210 500,439 2.08
1932 55,639 36,121 36,657 7,182 135,599 232,396 74,238 83,819 24,722 415,175 3.06
1933 57,515 26,973 33,741 11,131 129,360 141,133 44,585 39,007 14,746 239,471 1.85
1934 131,984 35,604 53,661 18,215 239,464 113,694 37,509 37,388 10,361 198,952 0.83
1935 149,515 40,037 73,149 21,878 284,579 112,420 39,293 47,431 15,299 214,443 0.75
1936 153,170 50,682 64,367 33,283 301,502 120,641 43,652 45,772 16,214 226,279 0.75
1937 232,325 73,007 68,661 44,238 418,231 101,629 33,287 47,363 13,589 195,868 0.47
1938 110,887 33,929 59,095 29,084 232,995 83,620 14,290 22,658 16,460 137,028 0.59
1939 71,285 17,900 21,091 688 110,964 62,655 9,295 16,729 3,639 92,318 0.83
1940 n. a. 18,126 10,370 No Record 28,496 n. a. 25,679 0 No Record 25,679 ―
Total 6,489,566 3,830,981 4,843,176 1,011,673 16,175,396 7,877,091 2,199,909 1,741,685 612,783 12,431,468 0.77 Source:Fujimura[2010:130;2017, in Yoshihara(ed.), forthcoming].