これだけは押さえておきたい資産形成のポイント・連載第 1 回
1.はじめに
投資信託が銀行窓口で扱われるようになってから早 10年超が経過したが、「貯蓄から投資へ」の流れが停 滞する中、長期的な資産形成という意味で当初期待さ れたほどの成果は上がっていないのが現状である。そ の原因としては、回転売買による投資期間の短期化、トー タル・リターンよりも分配金を重視する風潮などが考えら れる。 しかしながら、長期投資そのものの重要性が低下し たわけではなく、むしろ公的年金の存続性に対する不 安や企業年金の確定 拠出年金化などが 話題になる昨 今、老後の生活資金の確保といった観点からその必要 性はますます高まっている。特に、これまで投資に関心 の薄かった若者の資産形成に対する潜在的ニーズが認 識されつつあり、フィナンシャル・プランナーのみならず 金融機関も徐々にではあるがこの年代に対する取り組み を強めているようだ。アライアンス・バーンスタイン*にお いても、退職後に貧困状態に陥る事態(リタイアメント・ プア)を社会問題として深刻に捉え、それを未然に防 ぐため各方面と連携して様々な活動を行っている。 このような若者に対して長期投資を語る際に必ずと いっていいほど言及されるのが、①「時間分散効果」、 ②「ドルコスト平均法」、そして③「複利効果」の3つで ある。これらは、それぞれ若者の資産形成をサポートす る考え方であり、私もその有用性は否定する訳ではない。 ただ、昨今はその効用が多少過大に評価されているの ではないかという意見があることも事実だ。 そこで本稿では、「時間分散効果」、「ドルコスト平均 法」、「複利効果」をひとつずつ再検証し、金融機関の 販売担当者の方がそのメリットと限界を正しく理解した 上で、個人投資家、特に若年層に対して適切なアドバイ スが可能となることを目的とする。第1回で「時間分散効 果」、第2回で「ドルコスト平均法」、第3回で「複利効果」 について論じ、そして最終回では、昨今注目を集め始 めている投資の止め方/引き出し方について米国の事例 を紹介し、日本への示唆を述べる。2.時間分散効果の盲点
長期投資ではリスクが下がるため、長期の投資期間 がある若者はリスクの高い運用を行うべき、と言われる ことが多いが、果たしてこれは正しいのだろうか? この考え方は一般的に「時間分散効果」と呼ばれて いるが、これは通常、長期にわたって投資すると「年率」 リターンの標準偏差(リスク)が下がることを意味する。 後で解説するが、ここで重要なのは「年率」という点で ある。図表1は株式をイメージして、リターンの分布が 平均5%、リスク20%(いずれも年率)の正規分布に従い、 前期のリターンと今期のリターンは独立していると想定し た場合の投資期間と年率リターンの関係を示したもので ある。 実線の年率リターンは不変であるが、点線で示した 最良の場合のリターン(上位5%)と最悪の場合のリター ン(下位5%)の差、つまりリターンのブレ幅は確かに投 資期間が長くなるほど狭まっている。 これにより時間分 散 効果は一応 確認されたものの、 長期投資において「年率」リターンの安定が本当に重要 なのかという点が問題である。やはり、投資家にとって は資産額が最終的にどうなるのか、つまり「累積」リター ンが一番気になるのではないだろうか。そこで、図表2 では投資期間と累積リターンの関係を示した。「若者はリスクを取れ!」は本当か?
アライアンス・バーンスタイン戦略ソリューション室長 兼 DC 推進室長
後藤 順一郎
1累積リターンは年率リターンとは異なり、むしろ時間 に比例してブレ幅が拡大している。長期投資によって実 はリスクが増加する(√N倍。ここでNは投資期間、以 下同様)ため、最悪の場合の累積リターン(下位5%) は大きなマイナスになり、下振れリスクが浮き彫りになる。 特にこの例では、運用開始から10年前後のマイナス幅が 最も大きく、長期運用の一つの目安とされる10年で失敗 した場合のダメージの大きさを物語っている。 下振れリスクの度合いを見るために、図表3に1年後の リターン分布と30年後のリターン分布を示した。点線で 示した30年後のリターン分布の方が明らかに左側に長く 伸びており、大きなマイナスが起こる確率が高いことを 示している。 結局、投資家にとって一番重要と思われる累積リター ンで見た場合、一般的に言われている長期投資のメリッ トは存在せず、むしろリターンが大きく下振れする可能 性が高い。 もちろん、長期投資にはメリットもある。投資期間が 長いほど、リスクの増加よりもリターンの増加の方が大き くなるため、図表4で示したように元本割れの確率は低 下していく。これは、別の意味での時間分散効果と言 える。 このように長期投資による時間分散効果にはさまざま な見方があり、年率リターンのブレ幅の減少だけで、そ の効果を訴求するのは誤解を招く恐れがある。累積リ ターンの分布や元本を下回る確率なども考慮して総合的 にその効果を説明するのが正しい姿ではないだろうか。 ちなみに、現代投資理論ではリターンと分散(リスク(標 準偏差)の2乗)で表現される効用関数を用いて最適資 産配分を決定するが、投資期間の長期化に伴うリターン の増加(N倍)と分散の増加(N倍)が等しくなることか ら式全体の関係性は変わらず、算出される最適資産配 分も変わらないという結果となる。つまり、投資期間が 長いからといってリスクの高い資産配分が最適とはなら ないということは、現代投資理論からも明らかだという ことだ。
3.自分自身を資産として考える
では、若者はリスクを取った運用をしない方が良いの だろうか? 結論から言うと、私はリスクを取るべきだと 考えているが、それは時間分散効果とは全く別の根拠 からである。その理由は、若者には自分自身の労働収 入から生じる将来貯蓄の余力が豊富にあることにある。 専門的な言い方をすると、若者には長期にわたり労働 収入から生じる貯蓄のキャッシュフローがある。自分自 身をひとつの資産とみなせば、これはインカム・ゲイン に相当し、定年退職までの期間の長期債券を保有して いることに等しい。この擬似的な長期債券のことを「人 的資本」と呼ぶが、日本では一般的に労働収入は安定 していることから将来貯蓄も安定しており、人的資本は 非常に低リスクの資産と位置づけられる。 図表5では、働き始めたばかりの若者が毎年50万円の 積立を40年間続ける場合における初年度の人的資本と 金融資産を示している。 2 3 ದ ি ദ ஶ ی ෭ ǚ ҟ Ӗ Ǔ ԏ ໓ Ყ Ċ Შこれだけは押さえておきたい資産形成のポイント・連載第 1 回 積立投資を開始した当初、この若者は金融資産こそ 少ないが、人的資本という多額の擬似長期債券を有し ている。つまり、図表6に示したように、この若者は最 初からかなり保守的なポートフォリオを有しているのであ る。従って、人的資本を含めたトータルで考えると、少 ない金融資産の中ではリスクを取れることになる。これ は、たとえ金融資産で損失を出しても、この若者は将 来の労働収入から来る貯蓄で十分にカバーできるので、 リスクを取れる状況にあるということである。 このように「若者はリスクを取れ!」という結論は同じ だが、それは一般に言われる長期投資による時間分散 効果ではなく、「人的資本」という概念に立脚するもの である。 ちなみに、図表7はアライアンス・バーンスタインが日 本人の一般的な給与モデルに基づき設計した年齢別の 資産配分である。年齢の増加に伴って擬似的な長期債 券である「人的資本」は次第に減少していくが、代わり に金融資産の中でのリアルな債券を増やし、全体のリス クを調整していることが確認できる。 つまり、一般的な時間分散効果からの示唆と同様、「人 的資本」の考え方においても、加齢に伴い徐々にリスク を低くすべきといった結論になる。したがって、若者へ のアドバイスとしては、最初にリスクを取ることだけでな く、その後のリスク調整、つまり資産配分の保守化も大 切であることを合わせて伝えることが望ましい。 一方で、退職後30年以上生きることが珍しくない現代 においては、過度の低リスク化は退職までに十分な資産 が形成できない(貯蓄不足リスク)、生存中に資金が枯 渇してしまう(長生きリスク)等の問題を引き起こす可能 性がある。この問題を回避するには、勤労世代ではリス クの高い資産配分とすること、老後もしっかり運用する ことが必要なのだが、詳細については昨年の本誌連載 「資産形成世代への投信浸透のために」(2010年2 ∼ 5 月号)の第2回「退職後資金の形成についての考え方」(10 年3月号)をご参照いただきたい。 ◇ 5 50 40 7 ൟ ೝ ໓ ݜ ڐ Ყ Ċ Შ ญ Ѥ 6
1.積立投資の王道:ドルコスト平均法
ドルコスト平均法は日本においても積立投資の王道としての 地位を確立した感があり、フィナンシャル・プランナーを中心に 多くの人がこの手法を個人投資家に勧めている。実際、大半 の金融機関が同手法による積立投資を提供しており、個人投 資家にとって身近な存在となってきた。私もその有効性は評価 しているが、第1回で論じた時間分散効果と同様、ドルコスト 平均法についても一般通念を鵜呑みにするのは問題があると 考えている。 そこで第2回では、ドルコスト平均法を様々な視点から検証 し、その真実を明らかにしたい。まず、①投資の効率性、② リターンの予測可能性、③タイミングの分散効果といった観点 から有効性を検証し、そして行動ファイナンスの観点から投資 家の心理や行動への影響を考察する。2.ドルコスト平均法と一括投資の比較
①投資の効率性(リスク当たりリターン) まず、投資効率を検証するため、1年から30年の各投資期 間についてドルコスト平均法と一括投資による最終資産額のブ レ幅を比較した(図表1)。各期間におけるドルコスト平均法 の結果を実線で表示し、各期間の総投資額を期初に一括し て投資し、それを維持した場合の結果を点線で示した。ここ では第1回と同様、株式を想定して、年率リターンの分布が平 均5%、リスク(標準偏差)20%の正規分布に従い、前期の リターンと今期のリターンは独立しているとした。また、複利の 効果も考慮した。 このグラフでは、ドルコスト平均法と一括投資のそれぞれに ついて最良の場合(上位5%)、平均、最悪の場合(下位 5%)の結果を示した。結局、(1)上位5%のケースでは一 括投資が圧倒的に優勢で、(2)平均ケースも一括投資に軍 配が上がり、(3)下位5%のケースでも最終的には一括投資 が勝っている。つまり、一括投資の方が断然良いリスク・リター ン特性を有するということである。 これは意外な結果に思えるかもしれないが、期待リターン 5%のリスク資産に最初から全額投資する場合のリターン面の 有利さを考えると、当然の結果である。そこで、平均ケース におけるドルコスト平均法と一括投資のリスク資産への配分を 等しくするため、両者の最終資産額が平均で見て等しくなるよ うに調整し、その場合の最終資産額のブレ幅を改めて比較し た(図表2)。 この場合、平均ケースにおける軌道は当然一致するが、(1) 上位5%のケースでは一貫してドルコスト平均法の資産額が一 括投資を上回る一方、(2)下位5%のケースでは逆にドルコス ト平均法の資産額が一括投資を下回った。つまり、ドルコスト 平均法の方がアップサイド・リスク、ダウンサイド・リスクともに 大きく、リスク当たりリターンで見た投資効率の観点からは不利 ということである。これはドルコスト平均法の一般的なイメージ に反するのではないだろうか。 ②リターンの予測可能性 ドルコスト平均法はリターン予測の点でも一括投資よりも分が 悪い。というのも、一括投資の場合は期初の価格と最終価格 からのみリターンが算出されるため、当該期間のリターン予測 が比較的シンプルであるのに対し、ドルコスト平均法の場合は 最終価格のみならず、そこに至るまでの価格推移の影響も受 けるため、どのようなリターンを得られるのか予測するのは極め て難しい。 この価格推移が最終資産額に及ぼす影響を説明するた め、図表3では、最終価格は同じだが価格推移が正反対の2 つの極端なケースを示した(10万円を10年間にわたり毎年1ドルコスト平均法の真実
アライアンス・バーンスタイン戦略ソリューション室長 兼 DC 推進室長
後藤 順一郎
図表 1:ドルコスト平均法と一括投資の最終資産額のブレ幅(期初=1) 図表 2:ドルコスト平均法と一括投資の最終資産額のブレ幅(調整後、期初=1)これだけは押さえておきたい資産形成のポイント・連載第 2 回 万円ずつ投資)。一括投資ではどちらの場合もリターンは等し くなるが、ドルコスト平均法ではリターンに雲泥の差が出る。ド ルコスト平均法を実践する投資家にとって最も望ましいのは、 価格が投資開始後に大きく下落し、投資期間の大半を通じ低 位(1000円)で推移した後、期末に期初の水準に戻るパター ンである。この場合、期初と期末の価格が同じにもかかわらず、 投資元本の10万円は期末で82万円となる。 一方、ドルコスト平均法の投資家にとって最悪なのは、価 格が投資開始後に急上昇し、投資期間の大半を通じ高位(2 万円)で推移した後、期末に期初の水準に戻るパターンである。 この場合、投資元本10万円が6万円と逆にマイナスの実績と なってしまう。ここでは比較のため期初と期末の価格を同じと 仮定したが、最終価格が期初より低くてもプラスのリターンとな ることがある反面、最終価格が期初より高くてもマイナスのリター ンとなる可能性もあり、実際のリターン予測はさらに難しい。 ③タイミングの分散効果 最後に、過去のドルコスト平均法のリターンを、投資タイミン グ(キャッシュフロー)の影響の有無に着目した2つの手法で 再計算し、タイミングの分散効果を検証した。つまり、「キャッシュ フローの影響も考慮できるリターン(金額加重収益率)」 が 「キャッシュフローの影響を受けないリターン(時間加重収益 率)」を上回れば、分散効果があることになる。図表4では、 1971年∼ 2010年の40年間に及ぶTOPIXのデータを使い、 毎年1回拠出するドルコスト平均法で10年間投資した場合の 両リターンの差(金額加重収益率−時間加重収益率)を比 較した。 結局、ドルコスト平均法によるタイミングの分散効果は期間 によってまちまちであり、コンスタントな分散効果は確認できな かった。ここでは記載していないがS&P500でも同様の結果と なった。つまり、ここでもドルコスト平均法を支持する結果とは ならなかった。 以上、ドルコスト平均法の有効性を投資効率、リターンの 予測可能性、タイミングの分散効果の3点から検証したが、い ずれもドルコスト平均法を強くサポートする結果ではなかった。 従って、一括投資できる資金が手元にあれば、敢えてドルコス ト平均法のように分割して投資する合理的な理由はないと言え る。一方、手元に十分な資金がないことが多い若年層とっては、 まとまった資金が貯まるまでキャッシュで保有するのはやはり非 効率であり、積立投資がベストな投資方法だと言える。
3.行動ファイナンスとドルコスト平均法
これまでの観点からはドルコスト平均法の有効性を確認でき なかったものの、冒頭で述べたように、私はドルコスト平均法 が個人投資家にとっては適切な手法だと考えているが、その 理由は投資家の心理や行動に及ぼす影響にある。ドルコスト 平均法を行動ファイナンスのフレームワークで整理すると、① 近視眼的傾向からの脱却、②自信過剰の回避、③人生をコ ントロールしている実感、④後悔リスクの最小化という点から その有効性を訴求できる。このため、ドルコスト平均法は、投 資を継続させ、適切な資産形成を促す有効なツールだと認識 している。以下に、この4つの特徴について説明する。 ①近視眼的傾向からの脱却 人間の性質上、投資家は利益が出ている時はリスク回避的 となる一方、損失が生じている局面ではリスク追求的となりが ちである。また、同額の利益と損失から生じる喜びと苦しみは 同じでなく、人間は損失からより大きな苦しみを感じる傾向が ある。これはプロスペクト理論と呼ばれ、2002年にノーベル経 済学賞を受賞したカーネマン教授らによって定式化された(図 図表 3:ドルコスト平均法の累積リターンと価格推移のイメージ 図表 4:ドルコスト平均法によるタイミングの分散効果:TOPIX 図表 5:プロスペクト理論表5)。こうした性質ゆえに投資家は、利益確定を急いだり、 目先の損失に目をつぶり一発逆転の発想でリスクを高めるなど の損失回避行動を取ることが多い。これに対し、ドルコスト平 均法はルール・ベースの投資手法であるため、そうした人間 の感情が入り込む余地がなく、近視眼的な損失回避行動を 避けることができる。 ②自信過剰の回避 人間は、自分の信念や判断に対して客観的な論拠が示す 以上に自信を抱く傾向がある。特に、市場タイミングによってリ ターンを狙う株式やFXのデイトレーダーは、自信過剰に陥りや すい。エール大学のロバート・シラー教授は1989年と2004年 に日本の機関投資家を対象として株式市場に対する自信度と その後のリターンを測定した(図表6)。 バブル絶頂期だった1989年には投資家の自信度が一番高 かったが、皮肉にも1990年の日本株のリターンはそれとは正反 対の結果となった。また、2004年は多くの投資家が市場の先 行きを悲観していたが、2005年の株式市場は大幅な上昇と なった。やはり、投資のプロでも冷静かつ客観的な判断を下 すことは難しいのである。翻ってルール・ベースの投資手法で あるドルコスト平均法には自信が反映される余地がなく、自信 過剰の罠に陥るのを回避する有効な手段と言える。 ③人生をコントロールしている実感 公的年金や企業年金の不確実性が高まる中、消費など現 時点での満足を我慢して退職後の生活資金を準備する必要 があることは、多くの人に認識されつつある。しかしながら、 若年層にとっては遠い先の将来のことであるため、頭では理 解していてもなかなか実行に移せない人が多いのではないだ ろうか。ドルコスト平均法であれば、最初こそエネルギーが必 要かもしれないが、一度始めてしまえば、あとは半ば強制的 に老後の生活資金形成が行われるため、結果的に短期的な 衝動の影響を受けずに、適切に老後資金を準備できるという メリットがある。これは、自分の人生をコントロールできていると いう満足感にもつながり、結果として投資を継続することがで きる。 ④後悔リスクの最小化 後悔は失敗したことに関与してしまったという責任が加わっ た感情であり、単なる損失よりも精神的ダメージは大きい。投 資の経験がある人であれば、何らかの理由で損失が発生し た場合、自分自身で意思決定した責任から損失以上の精神 的ダメージを感じたことがあるのではないだろうか。この後悔 から解放されるには、やはりルール・ベースのドルコスト平均法 が適している。なぜならば、たとえ投資後にリターンが下がっ たとしても、自分自身の判断ではなく、ルールに則って投資し ただけ、とある意味でルールに責任転嫁ができるからである。 一般的に、投資が長く続かない人には、損失から受けた後 悔から投資をやめてしまう場合が多いが、ドルコスト平均法で あれば後悔しなくてすむため、継続して実施できるといったメリッ トがある。 以上、行動ファイナンスの観点からドルコスト平均法につい て述べてきたように、人間固有の一連のバイアスから投資家 を守るという点では、ドルコスト平均法は極めて有効と考えられ る。また、結果としてドルコスト平均法によって、長期投資を 続けやすくなるため、老後資金のように投資期間が長い資金 の準備には最適な方法と言える。 結局、ドルコスト平均法は投資効率などの観点からはベスト な方法ではないかもしれないが、一般的な投資家、特に投資 経験が浅く十分な分析を行う時間やノウハウがない投資家に とっては、感情に左右されずに投資を続けることができ、実行 も極めて簡単なことからコアな投資手法になり得るだろう。 ◇ 図表 6:日本の機関投資家の株式相場への自信度と実際のリターン
これだけは押さえておきたい資産形成のポイント・連載第 3 回
1.リターンがリターンを生む複利効果
これまで第1回では資産運用における「時間分散効果」に ついて、第2回では「ドルコスト平均法」について一般的な 認識の問題点を指摘してきた。時間分散効果やドルコスト平 均法のメリット以外にも、販売の現場では、長期投資のもう一 つのメリットである「複利効果」が強調されることが多い。「株 式投資は複利効果が高いので、長期で大きく殖やしたい方に お勧めです」「株式は複利効果が非常に大きく、少ない元手 で目標額を達成できます」などと言われるが、これに関しても 言葉足らずの印象を受ける。 そこで第3回では、リターンがリターンを生む「複利効果」 の実態を探りたい。まず、複利効果とリスクの関係を検証し、 そして複利効果を享受するための現実的な対応や、行動ファ イナンスの観点から複利効果の有効性を考察する。2.複利効果の落とし穴
複利効果とは、元本に利息を加えた元利合計が新たな元 本となり、継続的に運用されて元本が膨らんでいく効果であり、 厳密には「複利リターンと単利リターンの差」で表される。こ の複利効果の威力を説明するグラフとしては、図表1のような ものがよく使われる。左側は100万円の元本が毎年“一定” のリターンを生んだ場合の30年間にわたる資産額の推移、右 側は30年間で3000万円を貯めるために必要な運用リターン別 の投資元本の金額を示している。 左側のグラフでは、運用リターンが高いほど、時間の経過と ともに最終資産額が指数関数的に大きくなっている。右側のグ ラフでは、運用リターンが高いほど、3000万円の資産を形成 するのに必要な投資元本は極端に少なくなっている。まさにこ れが複利の効果である。確かに、これを見る限り、複利効果 の大きいハイリターン商品への長期投資は魅力的に思えるが、 果たして本当にそうなのだろうか。 実はこれらの計算において大きなポイントは、毎年“一定” のリターンを想定していることである。つまり、これらの数字は、 リターンのボラティリティ(リスク)がゼロという現実にはあり得 ない前提に基づいているのである。では、リスクを考慮した場 合の複利効果がどのようになるかを理解するため、図表2に示 した簡単なクイズに答えていただきたい。 3年後の複利効果を計算すると、下表のとおりとなる。 資産Aの複利効果は0.8%、資産Bは0.5%、資産Cは▲2.8% となり、正解は資産A である。このことは、リスクの高い資産 ほど複利効果は小さく、場合によってはマイナスになることを示 している。まさにリターンを“一定”とした複利効 果が「絵に描いた餅」であるということだ。 クイズは限られたケースのみについての分析で あるため、複利効果とリスクの関係をより詳しく調 べるべく、モンテカルロ・シミュレーションという統 計的な分析手法を用いて擬似的な運用(投資 元本は100万円)を行った。図表3は、投資期 間を30年間とし、擬似運用の結果をリスク別に最 終資産額の分布(上位5%、上位25%、中央値、 下位25%、下位5%)を示したものである。リスク が0%の場合は当然、最終資産額はいずれのケー スでも同じで432万円となる。一方、リスクが20% と高い場合は、中央値が254万円で、上位5%の複利効果の実態
アライアンス・バーンスタイン戦略ソリューション室長 兼 DC 推進室長
後藤 順一郎
3 Ƭƶࠢ߫ A¹B¹C ƔƊǒ¹ƌƢǔNJӄ 3 ైյƶ൲جȥǺÓȮƷై໓ 5ĊươǓºƧ ƨƟ¹ࠢ߫A Ɣై 5%ƶȥǺÓȮǚিLjƶƳઓƟ¹ࠢ߫ B ư C ƳƬƌƮƷȥǺÓȮƔ ҟ֪ƶǐƎƳ௫ơǓNJƶươǓºƛǔǑƶࠢ߫Ƴࣖ100 ญѤǚேࠢƟƧषݜ¹3 ై ۼƶൖܑүƔޚપưƲǓƶƷƱǔƓÀ ȥǺÓȮ 1 ై๋ 2 ై๋ 3 ై๋ ȥǴǪ ࠢ߫A 5% 5% 5% ࠢ߫B 10% 5% 0% ࠢ߫C 20% 10% Ě15% ฤ પ A 15.8% 15.0% 0.8% B 15.5% 15.0% 0.5% C 12.2% 15.0% 2.8% 0 500 1,000 1,500 2,000 0 5 10 15 20 25 30 10% 5% 3% 1% * 1 10 20 30 0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 1% 3% 5% 10% ইഒ & фພȥǺÓȮൿƶޚࠢ߫ԜƶЃ фພȥǺÓȮൿƶ (% ైյƯ (!%%% ญѤƶ ࠢ߫ǚٺơǓƧljƳഁƲேࠢی෭ ইഒ '¾ൖܑүƳշơǓǪǟǵケースは1393万円と元本が約14倍になる半面、下位5%のケー スは46万円と元本が半分以下になり、明暗が極端に分かれる。 このように最終資産額のブレ幅はリスクに比例して大きくなる が、最も重要なのは、標準的な結果を表す中央値である。 その中央値はリスクが増加するにつれ徐々に低下しているが、 これはどのように解釈すれば良いのだろうか? 詳細をみるためにグラフの下に、中央値が実現した際の複 利効果を示したが、これもリスクに反比例して下がっており、ク イズと同じ結論となる。次に、年率化した複利リターンを見て 欲しい。この中央値の複利リターンは、ある意味でリスク考慮 後の複利リターンと解釈できる。つまり、リターンが5%でもリス クが20%の場合は、リターンが3.15%でリスクが0%の場合と同 じ複利リターンしか期待できないということである。このように、 リスクがある場合の複利効果はかなり割り引いて考える必要が ある。 簡単なクイズと擬似運用を通じて複利効果とリスクの関係を 見てきたが、さらに数学の観点からこの関係を検証してみた い。図表4は、年率リターンを5%とした場合に、複利リターン の期待値が時間の経過とともにどう変化するかをリスク別に示 したものである(連続時間でリターンが対数正規分布に従うと 仮定)。 擬似運用の結果と同様、このグラフからもリスクが高いほど 複利リターンの期待値が下がることが分かるが、このグラフか らはさらに、投資期間が長いほど同リターンの期待値が減少 することも確認できる。また、複利リターンの期待値は一定値 に収束しており、この収束値は実は中央値である。したがって、 擬似運用ではリスクがある場合の標準的な複利リターンを中央 値から逆算したが、この考え方は数学的にも正しかったことに なる。
3.複利効果を効率的に享受するための現実的な対応
リターンが5%でリスクが無い金融商品があれば苦労はない が、実際には預金金利はゼロに近く、そうした夢のような商品 は存在しない。したがって、ある程度の資産を形成するには、 リスクを取ってでも複利効果を狙っていくしかないのである。 しかしながら、複利効果を効率的に享受するには、漫然と リスク性資産に投資するだけでは不十分で、何らかの工夫が 必要になる。私はそのヒントが典型的な長期投資家である年 金基金の運営方法にあると考えており、以下では、年金基金 が実施している運営方法の中から個人投資家が応用できそう なものを2つ紹介する。 ①ダウンサイドの回避 これまでの分析が示すように、リスクが高いと複利効果は大 きく損なわれるため、リスクを極力引き下げることが大切で、そ れには分散投資の徹底が必要である。ただ、複利効果を効 率的に得るには、単純に多くの資産・商品に分散するのでは なく、ダウンサイド(下方リスク)の回避を強く意識する必要 がある。なぜならば、リスクの高い資産から複利効果を得にく いのは、そうした資産が時折大きな損失をもたらすからである。 例えば、100万円を2年間運用する場合、1年目のリターンが ▲10%、2年目のリターンが+10%であれば、最終資産額は99 万円でほぼ変わらないが、1年目が▲50%、2年目が+50%の 場合は、算術平均リターンが0%であるにもかかわらず、最終 資産額は75万円に減ってしまう。したがって、アップサイド(上 方リスク)もダウンサイドも等しく扱う標準偏差のみをリスクとし て捉えるのではなく、VaR(バリュー・アット・リスク)のような 下方リスク指標をより意識した資産配分を検討することが望ま しい。具体的には、下方リスクを限定するオプション(日経 225オプションは個人投資家でも利用可能)や、株式が大きく マイナスになる際にプラスとなる特性を持つ商品(商品先物) などの活用が有効だと思われる。 ②大幅なマイナス発生時の追加投資 大きなマイナスを被った際に、追加投資を行って投資元本 を回復させることも効果的である。大幅なマイナスが発生する とその後のリターンの回復が難しい理由の一つは、投資元本 が著しく減ることであるため、それを元に戻せばその後のリター ンが得られやすくなる、という発想である。年金基金では実際、 ইഒ (¾ȥǴǪൿƶޚࠢ߫Ԝƶൟര 0 300 600 900 1,200 1,500 0% 5% 10% 15% 20% 5% 25% 5% 25% 3.15% 3.94% 4.53% 4.88% 5.00% 3.6% 69.2% 127.4% 167.7% 182.2% 150.0% 150.0% 150.0% 150.0% 150.0% 153.6% 219.2% 277.4% 317.7% 332.2% 3.15% 3.94% 4.53% 4.88% 5.00% 3.6% 69.2% 127.4% 167.7% 182.2% 150.0% 150.0% 150.0% 150.0% 150.0% 153.6% 219.2% 277.4% 317.7% 332.2% 432 254 1,393 46 0 1 2 3 4 5 6 1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 20% 15% 10% 5% 0% 1 5 10 15 20 25 30 ইഒŏ¾ȥǴǪൿƶே֛ࠢյưൖȥǺÓȮƶ֛ગ૮ƶշٱこれだけは押さえておきたい資産形成のポイント・連載第 3 回 積立不足が一定水準以上となった場合、運用が計画通りに 進まなくなる可能性が高くなるため、軌道修正という観点から、 追加掛金を拠出し積立不足を解消することが求められる仕組 みとなっている。この運営方法は、見方を変えれば“意図的” に投資元本の変動性、つまりリスクを削減し、複利効果を高 めていると言うこともできる。したがって、年金基金と同様、 個人投資家にとっても、大きなマイナスが生じた時点で追加 投資をすることは有効だと思われる。
4.行動ファイナンスの観点から見た複利効果
ここまで読まれた読者の中には、投資信託に投資するなら、 複利効果を狙った継続投資型よりも分配金受取型の方が良い と思った方もいるかもしれない。確かに、最近流行のエマージ ング株式やエマージング債券+通貨選択のようなハイリスク・ハ イリターン型の投資信託“のみ”に投資するのであれば、複 利効果を狙わず、分配金受取型も決して間違った選択ではな いと言えるだろう。 しかしながら、私が今回伝えたいメッセージは、リターンを 一定と想定した複利効果は過大に評価されているため、リス ク性資産で運用する場合はそれを割り引いて考える必要があ るということであり、複利効果そのものを否定しているわけでは ない。そして、複利効果を効率的に得るには、個人投資家も 機関投資家に習い、ダウンサイドを抑制するための分散投資 の徹底や、大きなマイナスを被った場合の追加投資といった 工夫が必要であると考えている。 行動ファイナンスの観点からも、複利効果を得るため継続 投資型へ投資することは、適切な資産形成を促すという点で 理にかなっている。これは、主に「心の会計」「あぶく銭効果」 「決定麻痺」という3つの要素によって説明できる。 ①心の会計 「心の会計」とは、お金に色はついていないが、心の中で お金を勝手に分類し、その分類に応じて扱い方を変えるとい う行為である。最も一般的な例としては、子どもの教育資金と して学資保険に入ったり、預貯金があるのにローンを組んで自 動車を購入することなどが挙げられる。合理的な人であれば、 わざわざ学資保険という使い道の制約された商品に投資する 必要はないし、また預貯金があるのならローンをその分減らし て車を買うのが得策だろう。しかし、人間は教育資金、車の 購入資金、生活資金といった具合にお金を分類する傾向が ある。複利効果を狙うべく継続投資型の商品に投資する場 合、心の会計でいう「投資」の財布から資金が出ることはな いため、当初のリスク許容度のままで投資を継続しやすいとい うメリットがある。いったん分配金を受け取ると、「投資」の財 布から資金が出てしまい、「生活費」等の別の財布に入る可 能性が高く、それを再度投資に向かわせるには相当の労力を 要する。 ②あぶく銭効果 「あぶく銭効果」とは、人は利益を得ている状況において は通常リスク回避的になるはずだが、ギャンブルなど正当な労 働ではない行為によって得た利益に対しては、逆にリスク追求 的となることを指す。複利効果によって殖えたお金は、リター ンがリターンを生んだものであり、正当な労働による利益とはみ なされにくく、リスク性資産に向かいやすい。継続投資型は、 この点において、ともすれば預貯金のような安全資産に向い がちな資金を、適切なリスク水準の資産へ継続的に投資でき る仕組みであると言える。 ③決定麻痺 分配金受取型の場合、分配金を受け取るたびに、投資家 が消費に回すのか、それとも再投資するのかその都度適切に 判断できるのであれば、問題はない。一方で、現在の消費と 将来の消費のための貯蓄はトレードオフの関係にあるため、 分配金が入るたびに、投資家は「葛藤」を感じてしまう。そ の結果として意思決定の先送り、つまり「決定麻痺」が生じ、 現状維持から分配金はそのまま預貯金に放置されてしまう可 能性が高くなる。継続投資型であれば、投資家が葛藤を感じ ることはなく、この問題を回避できる。 このように、行動ファイナンスの観点から見ると、複利効果 の享受を狙った継続投資型の投資信託の活用は、結果的に 適正なリスク水準を保った長期投資を促進する働きをする。 結局、複利効果を過大に強調した現在のアドバイスには改善 の余地があるものの、長期の資産形成において複利効果が 重要な役割を果たすことは事実である。 ◇本連載ではこれまで3回にわたり、一般に長期投資のメ リットと言われる「時間分散効果」「ドルコスト平均法」「複 利効果」について、それぞれさまざまな角度からその真 偽を検証してきた。いずれも従来の説明では正確でなかっ たり、効用が強調されすぎたりしている点はあるものの、 人的資本や行動ファイナンスという新たな概念や視点に 立脚すると、有効であることが確認された。 ただ、第1回∼第3回(本誌2011年3月号∼ 5月号)はす べて資産形成、つまり積み立て局面を想定したもので、 昨今注目を集め始めているリタイア後の「投資のやめ方」 については触れていない。そこで、最終回となる第4回で は、リタイア後の資産の取り崩し方と、資産運用と保険 を融合した老後への備え方について述べた後、その目的 に適したターゲット・イヤー型ファンドの先進国である 米国の最新事情を紹介する。
1. リターンの出方が最終資産額を大きく左右
通常、資産運用においては平均的なリターンとリスク の関係に注意が払われるが、平均値が同じでもリターン の発生する順番(出方)によって、投資家にとって一番 大事な最終資産額が大きく変わることはあまり意識され ていない。また、この影響は積み立て局面と取り崩し局 面では大きく異なる。 図表1は、10年間の投資期間を想定し、積み立て局面と 取り崩し局面の両方について、年率平均リターンはどち らも5%で同じだが、最初と最後の年のリターンの出方が 対照的な2つのシナリオの最終資産額への影響を示したも のである。積み立て局面では当初0円から毎年50万円ずつ 積み立て、取り崩し局面では逆に当初の500万円を毎年50 万円ずつ取り崩すものとした。リターンの出方について は、1年目が+20%と好調なものの、10年目が▲20%と最 後に崩れるケース(先良後悪シナリオ)と、1年目が▲ 20%と出足でつまずくが、10年目が+20%と最後に挽回 するケース(先悪後良シナリオ)を想定した。 積み立て局面では「先悪後良シナリオ」の方が最終資 産額は大きくなり、取り崩し局面では「先良後悪シナリオ」 の方が好結果を残した。その理由はシンプルで、資産額 が大きい時に高リターンを獲得すると、資産が大きく増 えるからである。積み立てによる資産額は年齢に比例し て増加し、定年前後がピークとなるため、勤労世代にとっ てはリタイア直前のリターンが、退職後世代にとっては リタイア直後のリターンが最も大切である。保守的な言 い方をすれば、資産額が人生最大のリタイア前後の損失 をいかに抑えるかが最終資産額を大きく左右するのであ る。 リタイア前後に大きなマイナスを回避するには、取り 崩し局面に入る前に資産配分を保守化する(株式などリ スク資産の比率を減らし、国債など安全資産の比率を高 める)のが賢明で、できればターゲット・イヤー型ファ ンドのようにリタイアに向けて徐々に保守化することが 望ましい。また、大きな損失を回避するための保険とし て株式オプション等の活用も有効である。リタイア後における投資の賢いやめ方
アライアンス・バーンスタイン戦略ソリューション室長 兼 DC 推進室長
後藤 順一郎
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2. 定額引き出し vs. 定率引き出し
では次に、実際の取り崩し方法について考えてみよう。 基本的には、長年こつこつ蓄えた資産から毎年、一定額 を引き出すのか(定額引き出し)、それとも一定比率を引 き出すのか(定率引き出し)の選択になるが、結論から 言うと、それぞれに一長一短がある。定率引き出しの場 合は、老後の生活資金が毎年変動するため、老後の生活 費を調整することが困難なら、定額引き出し以外の選択 肢はないのだが、ここでは調整が可能という前提で話を 進める。図表4では、リタイア後も運用を続けると想定し、 リターンの出方については前出のシミュレーションと同 様のパターンに基づき、リタイア直後の資産額が3000万 円で毎年150万円を引き出す場合(定額引き出し)と毎年 資産額の5%を引き出す場合(定率引き出し)の資産額の 推移を示した。 定額引き出しの場合、一定の生活資金を毎年確保でき るが、資産額が増えている時は少ない比率、資産額が減っ ている時は大きな比率で引き出すことになり、引き出し の影響は運用額によって異なる。一方、定率引き出しの 場合、運用額への影響は常に一定で、リターンの出方の 影響を受けにくいため、財産の保全の観点からはより好 ましい引き出し方と言える。一方、定額引き出しは、ど のシナリオでもトータルで1500万円を引き出すことにな るが、定率引き出しでは、先良後悪シナリオでは1800万 円弱の引き出しができるのに対し、先悪後良シナリオで は1200万円強しか引き出せないため、これだけのブレ幅 を調整でない限り実施は難しい。つまり、財産の保全と 消費支出を合わせた効用を考えると、定額引き出しと定 率引き出しのどちらが有利とは一概には言えないのであ る。3. 資産運用一辺倒からの脱却: 保険の活用
ここまでは資産運用のフレームワークの中で取り崩し 局面の最適な運用や取り崩し方法について述べてきたが、 ライフサイクルに関係する様々なリスクを適切に管理し ていくには、資産運用だけでは不十分で、やはり保険な ど他の選択肢についても考える必要がある。 資産運用と保険の役割を一言でいえば、資産運用は「蓄 える」ことに適しており、保険は「備える」ことに適し ている。ただ、保険による備えは、万一そのイベントが 発生した際には生活に多大な影響を及ぼすほど多額な金 額が必要となる場合や、いつ起こるのか予測が困難なイ ベントに対応することであり、これこそが共助的要素を 持つ保険が果たすべき役割である。自分で準備できる金 額や発生時期が予測できるイベントには資産運用で「蓄 える」ことにより対応する方が効果的である。このよう な観点から、資産運用と保険が果たすべき役割を世代別 にまとめたのが、図表5である。 退職後世代にとって平均余命までの生活費を賄うには、 資産運用が依然重要であるが、想定以上に長生きする場 合(長生きリスク)のヘッジとしては保険、より具体的 には定額の終身年金(以降は終身年金)が非常に効果的 である。したがって、リタイア後の投資のやめ方として は「資産運用→取り崩し」という従来の発想から脱却し、 「資産運用→終身年金→給付」という新たな形を模索する 必要があると考えている。 終身年金は保険であるがゆえに互助的要素を持ってお り、言葉は悪いが「早く死亡した人の給付が長生きした ইഒ4¾ȥǺÓȮƶࢽධưСƕࢽƟධ ୩ԜСƕࢽƟ ୩໓СƕࢽƟ 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ඛⰋᚋᝏ䝅䝘䝸䜸 ඛᝏᚋⰋ䝅䝘䝸䜸 ฟᡤ䠖䜰䝷䜲䜰䞁䝇䡡䝞䞊䞁䝇䝍䜲䞁 1 4 7 10 ⤒㐣ᖺᩘ 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ඛⰋᚋᝏ䝅䝘䝸䜸 ඛᝏᚋⰋ䝅䝘䝸䜸 1 4 7 10 ⤒㐣ᖺᩘ ᕪ䛜Ⓨ⏕ ᭱⤊㈨⏘㢠䛿➼䛧䛔 ইഒ5¾ࠢ߫фພưඐۈƶԥ ㈨⏘㐠⏝ 䠙 䇾䛘䜛䇿 ಖ㝤 䠙 䇾ഛ䛘䜛䇿 ປୡ௦ ㏥⫋ᚋୡ௦ ㏥⫋ᚋ䛾㈨㔠䚸 ᩍ⫱㈨㔠 ᖹᆒవ䜎䛷䛾⏕ά㈝ ୡᖏ䛾✺↛䛾Ṛஸ ᖹᆒవ䜢㉸䛘䜛㛗⏕䛝 䠄㛗⏕䛝䝸䝇䜽䠅人の給付に回る」商品設計になっている。図表6では、予 定利率を3%と仮定し、平成21年の簡易生命表(男性)に 基づき、この長生きした人が追加的に得られるリターン を年齢別に示した。 終身年金の予定利率と生存による追加リターンの合計 より高いリターンを達成できるのであれば、資産運用を すべきであるが、それが難しいのであれば、終身年金を 購入する方が得策である。生存による追加リターンは50 歳から60歳までは1%弱とまだ低いが、70歳で約2%となり、 その後は急上昇して80歳では6%を超える水準になる。例 えば70歳の場合を考えると、現在の市場環境では、予定 利率の3%に2%を加えた5%のリターンを資産運用で確保 するのは難しく、一定の資産を長生きリスクのヘッジの ため終身年金にシフトするつもりであれば、70歳くらい か、遅くとも70歳代半ばまでには完了しておくべきだろ う。 ただ、終身年金もいい事尽くめではない。終身年金は 長生きリスクのヘッジとしては有効だが、①購入時点の 金利水準で給付が確定する、②インフレ・ヘッジ能力が ない、③急な資金ニーズに対応できない(流動性がない) といった難点がある。このため、リタイア時にすべての 資産を終身年金へシフトするのは賢明ではない。 ①への対処としては、一時点の金利水準の影響を受け ないように、分割して終身年金を購入するやり方がある。 ②③に対しては、資産をすべて終身年金とするのではな く、インフレ・リスクへの対応や流動性の維持などに適 した資産も同時に保有することが望ましい。③の問題は 残るが、①②に対しては変額年金も一つのソリューショ ンである。
4. ターゲット・イヤー型ファンドに関する米国の最新事情
最後に、このところ注目されているターゲット・イヤー 型ファンドの先進国である、米国の最新事情を紹介した い。米国では、老後の生活資金を賄うものとして、確定 拠出年金の割合がかなり大きい。その中でも、資産配分 が自動的にその時の年齢に適したものに変化するター ゲット・イヤー型ファンドが、2006年の年金保護法の制 定をきっかけとしてコアな商品としての位置付けを固め つつある。 米国のターゲット・イヤー型ファンドは、次第に低リ スク化していくのみならず、リタイア時のタイミング・ リスクの回避や、長生きリスクやインフレ・リスク等に 対 応 で き る よ う、 リ タ イ ア 後 も し っ か り 運 用 す る 「Through the Retirement」方式の商品が多い。日本の ターゲット・イヤー型ファンドは、リタイア時に償還も しくは短期金融資産などの保守的運用にシフトする「To the Retirement」方式が大半であり、大きな違いがある。 しかしながら、このような米国のターゲット・イヤー型 ファンドでさえ市場リスクを引き続き取るがゆえに、実 績が安定しないという欠点があった。 そこで最近開発されているのが、ターゲット・イヤー 型ファンドに終身の給付保証を付けた、さらに進化した ものだ。これは変額年金のように一定の保証がつきなが らも、流動性の確保や、保険会社を分散することによる 信用リスクの分散を図るなどの工夫がされている。運用 会社が分散されたマルチ・マネジャー型のものまで開発 されている。 このように、米国では確定拠出年金に積み立てられた 資産を単に自分で取り崩す「資産運用→取り崩し」とい う考えはもはや過去のものとなっており、終身年金を活 用した「資産運用→終身年金→給付」の議論に移っている。 そして、そのアイディアを組み込んだ商品も実用化され ている。 日本はまだ米国のレベルに達していないが、終身年金 や変額年金は金融機関の窓口を通じて購入できる身近な ものになりつつある。今後、環境の整備がさらに進み、 米国のように老後の資金設計として「資産運用→終身年 金→給付」という考えが定着することを期待したい。 ◇ ইഒ6¾ॱైؽƳƒƙǓিƳǐǓୈҦȥǺÓȮ¾ై༛ൿ ฟᡤ䠖䜰䝷䜲䜰䞁䝇䡡䝞䞊䞁䝇䝍䜲䞁 0% 4% 8% 12% 16% 20% 50 60 70 80 90 ᖺ㱋䠄ṓ䠅後藤 順一郎
アライアンス・バーンスタイン株式会社
クライアント本部 戦略ソリューション室長/ DC 推進室長
1997 年慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。2006 年一橋大学大学院国際企業戦略研究科にて MBA 取得。 1997 年‐2000 年、株式会社富士銀行(現 株式会社みずほ銀行)にて法人向け融資業務。2000 年より、みずほ 総合研究所にて、主として企業年金向けの資産運用/年金制度設計コンサルティング業務に従事。2006 年 4 月よ り、アライアンス・バーンスタイン株式会社。 日本アクチュアリー会準会員、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、国際公認投資アナリスト(CIIA)、1 級 DC プランナー。 共著書に「企業年金の資産運用ハンドブック」(日本法令 2000 年)、「年金基金の資産運用―最新の手法と課題の ガイドブック―」(東洋経済新報社 2004 年)、「The Recent Trend of Hedge Fund Strategies」(Nova Science Pub Inc, 2010 )。論文に「ヘッジファンドのスタイル分析―ファンドオブヘッジファンズの超過収益獲得能力の推計―」(日本ファ イナンス学会第 15 回大会 2007 年)、「資産形成世代への投信浸透のために」(投資信託事情、2010 年 2 月号∼ 2010 年 5 月号)