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21 日 は 日 中 練 習 ができなかったので ストックホルムまで 観 光 に 行 きました 今 回 訪 れた 高 校 には 日 本 語 のコースがあり 日 本 に 興 味 のある 高 校 生 が 僕 たちの 練 習 を 見 に 来 て いて 休 憩 時 間 に 交 流 をすることができました そ

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Academic year: 2021

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海外遠征 2年 村越 幸史 今回の遠征には、援助をして下さった東北大OB・OGの先輩方、自分を代表にしてく れたチームメイトのおかげで参加することができました。海外遠征の2週間は本当に刺激 的な時間で、貴重な体験をさせていただいたことをとても感謝しています。今回の遠征の 体験を、簡単にですが報告していきたいと思います。 3月17、18日 壮行会、出発 東京大学で壮行会をしていただきました。初めて会う人もいましたが、半分以上が七大 戦や全国国公立合宿で知っていため、安心した気持で遠征に臨むことができました。壮行 会では、OBの戸田さんを含む全国国公立卓球連盟の方々に激励の言葉をいただいたり、 遠征メンバーと会食をしたりしてリラックスすることができました。空港近くのホテルに 泊まり、18日の朝の便で出発しました。海外に行くのは初めてだったので、空港での手 続きには緊張しました。飛行機には12時間以上乗っていましたが、メンバーと会話をし たりして楽しく過ごすことができました。 3月19~22日 スェーデン スェーデンでは、ショーピングという街の高校に練習に行きました。最初の2日間は、 現地の高校生と混じって練習や試合をしました。中国人の選手や、女子の選手とも練習し、 いろんな卓球があるのだということを痛感しました。話には聞いていましたが、ヨーロッ パの選手のバックの技術は高く、練習もバックを組み込んだものが多くペンの自分にはつ いていくのが大変でした。また、言葉の大切さも感じました。スェーデンでは英語が公用 語なので、相手の会話は一応理解することができましたが、こちらの考えを相手に伝える ことに苦労しました。それでも、卓球を通して外国の人と交流することができたのは、と ても新鮮な体験で、卓球の新しい楽しさを発見できました。 写真1:ショーピングの練習場

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21日は日中練習ができなかったので、ストックホルムまで観光に行きました。今回訪 れた高校には日本語のコースがあり、日本に興味のある高校生が僕たちの練習を見に来て いて、休憩時間に交流をすることができました。そこで仲良くなった二人が僕たちにスト ックホルムを案内してくれました。そのおかげで、戸惑うことも少なく観光することがで きました。ストックホルムの街並はとても綺麗で、歩いているだけでも楽しむことができ ました。観光地としては、王宮、ノーベル博物館、大聖堂の3つに行きました。見るもの 全部が珍しくて、圧巻されてしまいました。街の中で日本人留学生と出会って話したりも しました。ストックホルムを満喫した後に、夜9時から練習をしました。この日は日本人 だけでしたが、日が変わるまで練習しました。みんなで卓球について話しながら練習でき て、貴重な時間だったと思います。 写真2:王宮の近く 写真3:ストックホルム集合写真 22日は大会に参加しました。僕は予選リーグで、日大に入るという中国人の女子選手、 地元の人、大阪大の人と当たりました。中国人の選手は女子と思えない強さで、1-3で 負けてしまいました。2試合目は大阪大の人と試合でした。彼には今まで勝ったことがな かったのですが、3-1で勝利することができました。これは、僕の中では大きな収穫で した。しかし、3試合目で相手のサーブに苦戦し、セットオール9本で負けてしまい、予 選落ちという悔しい結果に終わってしまいました。その大会では、攻撃の選手は早く負け てしまいましたが、遠征メンバーのカットマン2人が1位と3位になりました。スェーデ ンではカットマンがいないので、あっちの人はカット打ちが苦手なようでした。その日も 試合後、夜遅くまで練習しました。練習場がいつまででも使えて、目一杯練習することが できたのは良かったです。

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写真4:大会の表彰式 写真5:案内してくれた高校生

スェーデンでは、練習が基本的にフリーだったのは少し残念でした。また、物価の高さ や、食事と水には苦労しました。しかし、良い環境でたくさん練習できたことや、英語を 使ってコミュニケーションをとる体験ができたことはとても良かったです。

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3月23日~28日 ドイツ ドイツでは、デュッセルドルフという街のクラブに行きました。このクラブは、T.ボ ルの所属するクラブで、水谷、岸川、松下などの日本の有名な選手も所属していたことの ある場所でした。僕達が行った時には、梅村選手や、高木和選手がいました。練習場とホ テルが繋がっている施設で、練習には最高の環境でした。また、食堂で食事をしていると、 ボル、オフチャロフ、ズース、ガオニンといった世界のトップ選手を見ることができまし た。練習場は別でしたが、トップ選手の練習を見学することもでき、凄い刺激になりまし た。 写真7:デュッセルドルフ 写真8:ズース選手と 僕達の練習は、日本人同士で打つことがメインでしたが、コーチが2人ついてくれて、 日本でしたことのないような練習やゲームを紹介してくれました。まず、ウォーミングア ップは準備体操をするのではなく、ランニングをした後、ゲーム的な運動をしました。風 船を空中に保ったり、フリスビーをしたり、平均台をしたり、いろいろできて楽しかった です。練習では、実戦的な練習が多いと感じました。日本では、練習する側と受けて側が 区別されがちなのに比べて、どっちの練習にもなるメニューが多かったです。ドイツでは、 単純にブロックをするのではなく、少し上回転をかけるのがセオリーな感じで、実戦する のが難しかったです。しかし、この技術は実戦に役立つと思ったので、日本でも練習して いきたいと思いました。また、フットワークをずっと続けないというのも印象的でした。 やっている動きは同じでも、途中で別のコースに打ってフリーというのが基本でした。シ ステム練習でもランダムな要素が多かったです。全体的にヨーロッパでの練習は実戦に近 い形で、これは見習わなければいけないと思いました。

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写真9:巨大卓球台 写真10:サッカー 練習の一環なのかはわかりませんが、左手での試合や、ラージボール、大きな卓球台で の試合等の遊びもたくさんしました。試合もなんらかの条件をつけたりして、まんねり化 しない工夫がされていました。日本人は、根性論的なところがあったり、反復練習を好む のに比べて、ヨーロッパの人達は卓球を楽しんでいると感じました。また、クラブも開放 的で、トップ選手がいる一方で、学生から社会人までいろんなレベルの人が卓球を楽しん でいていい場所だと思いました。日本人の方がいて話を聞くことができたりもしました。 写真11:デュッセルドルフの集合写真

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ドイツでは、練習時間が決められていて観光にはいけませんでしたが、3日目の晩にみ んなで飲みに行きました。ドイツビールはおいしいと聞いていましたが、僕としては日本 のものとそんなに変わりませんでした。ドイツの街並は、ヨーロッパの造りではあるもの の、どこか日本に似ていると感じました。たぶん、真面目な人柄が日本に似ていると感じ た理由だと思います。夜終電のある駅を探して寒い中みんなで歩いたのは、今になって思 えば笑い話ですが、次の日体調不良者が出てしまったのは残念でした。最後の晩にも部屋 で飲み会をしました。最後だったので、みんな盛り上がりました。途中から、高木和が参 加してくれて、普通は聞けない話を聞けたりもして、本当に良い思い出になりました。 写真12:ドイツビール 写真13:ドイツの街並 今回の遠征では、全国から選ばれたメンバーや外国の選手と練習することができて、卓 球への考え方が変わりました。また、外国というものを肌で体験することができて、言葉 の大切さや、文化の違いを感じることができました。来年からは僕達の学年が部をひっぱ っていくので、今回の経験を生かし、全国公、七大戦、リーグ戦を勝っていきたいと思い ます。また、今回の体験は、これからの自分の人生のいろんな場面で生きてくると思いま す。今回の遠征を企画して下さった方々、援助をして下さったОB.ОGの方々には本当 に感謝しています。これからも頑張っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いし ます。

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