東京大学大学院新領域創成科学研究科� 第2回��市民講座�
生物のもつ放射線防護のしくみ�
先端生命科学専攻�� 三谷�啓志� 平成23年 5月15日�陰極線を発生させるためのクルックス管を黒 いカートン紙できちんと包んで行われていた。 同時に発生する可視光線が漏れないようにす るためである。それにもかかわらず、実験室 に置いてあった蛍光物質(シアン化白金バリウ ム)が発光したのがレントゲンの注意をひい た。1895年x線発見のきっかけである。
レントゲンにも放射線の危険性は想定外
?
「眼の網膜はエックス線を感じない。我々の経験によれば、 眼の中の媒質はエックス線に関して充分に透明であるに 違いないが、眼を放電管に近づけても何も見えない。」 「ウュルツブルク物理学医学会報、1895年第9号」� ベクレル(1896年ウランの放出する放射線(アルファ線) が写真乾板を露光させることを発見)やキュリー夫妻 (1898年にラジウムを発見)とは異なり、レントゲンは 1897年第3報を発表した前後から研究生活から身を引 き、放射線障害に苦しむことはなかった。�放射線の生物障害発見の歴史
(外部被曝)
放射線による皮膚障害(1900年代)
放射線を取り扱う職業(X線技師)に
血液障害特に白血病が多発 (1910年
代)
放射線の生物障害発見の歴史
(内部被曝による発がん)
夜光時計文字盤工場での夜光塗料(ラジウムを
含む)取扱者の骨炎・骨肉腫が多発�(1920年
代)
鉱山労働者のラドンガスによる肺ガン多発�(19
30年以降)
放射性トリウムを含むX線造影剤(トロトラスト)
による肝ガンの多発(1940年代)
原子爆弾�(1945年�広島・長崎)
X線による突然変異の研究(1946年)
ビキニ環礁水爆実験�第五福竜丸の被曝事故
(1954年)
スリーマイル島原子力発電所事故(1979年)
チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)
東海村JCO臨界事故(1999年)
放射線影響のイメージ
• 原爆症
• 発がん
• 不妊
• 先天性異常
• 治療不能
• 少量でも危険
• 大量でも無自覚
(電離)放射線は物質にエネルギーを与えて 電離を生じるものの総称 放射線 エネルギーの流れ (光子線、粒子線) 放射能 放射線を出す能力 放射性物質が放射能を持っている
同じ物理エネルギーが生体に与えられたとしても放射線の 人体影響は以下の要因で大きく異なる 放射線の実体は様々 放射線の種類と放射線のエネルギー 放射性物質の気体・液体・固体�化学形の違い� 放射線曝露条件で影響の程度が変化する 短期間で現れる影響と長期間後に現れる影響 放射線源が体外に有るか体内にあるか 全身が均一に被曝するか局所的に被曝するか 一度に被曝するか徐々に被曝するか 放射線を受ける人体の状態でも影響の程度が変化する 成人と小児と乳児と胎児 個人差
電離放射線の線量単位はなぜ多い? 放射線エネルギーの基本単位: eV 吸収線量: Gy どれだけのエネルギーが物質に吸収されたかを示す量 外部被曝モニタ−で算出 1 Gy = 1 J/Kg 線量当量: Sv(放射線防護のための単位 外部測定値から算出) 臓器・組織の平均吸収線量にもとづく 吸収線量×線質係数×修正係数。線質係数はβ線、γ線、X線を1、中性子 線はエネルギーにより5~20、α線は20 修正係数は通常は1である 実効線量: Sv(局所被曝を考慮した放射線防護のための単位) E = Σ WT Σ WR DTR WT: 部分被曝の補正係数 WR: 線質の違いの補正係数 X線やガンマ線の全身被曝では 1 Gy は約1 Sv
ベクレル: Bq�
吸収線量: Gy�
線量当量:Sv
線質係数が必要�放射線�
お金にたとえると�
実効線量: Sv
線質係数と部分被曝 の補正係数が必要�硬貨や紙幣の枚数�
金額�
円換算の金額
為替レートが必要�定価で買えるもの
価格表が必要�放射線の使用に関わる制限規制(職業人の被曝に
関して)
1928年�国際X線ラジウム防護委員会発足�
(International X−ray and Radium Protection Committee IXRP) 耐容線量:人が少しも障害を受けずに長期間にわたり耐え うるX線量 として 1/100皮膚紅斑線量/月=約720mSv/年程度)� 1934年�耐容線量の値を 1日当り0.2R(X線で約2mSv/日=720mSv/年相当)�
1950年�「国際放射線防護委員会International
Commission on Radiological Protection, ICRP」へと改 称�
最大許容線量=0.3R/週=162mSv/年�
1977年�「社会的・経済的要因を考慮にいれながら合
理的に達成できる限り低く(As Low As Reasonably
Achievable;ALARA)」
被ばく線量を制限�50mSv/年�
1990年�「死亡による時間損失」「平均余命の損失」 「死亡確率の発現年齢分布」などを放射線リスクによ る損害として考慮に�20mSv/年(生涯線量は1.0Sv)�
高線量放射線影響のしきい値について�
放射線による被曝は、障害の種類によって異な
るが、皮膚の紅斑、脱毛、不妊などの影響は、
一定の潜伏期があり、ある放射線量以下では
発症しない。
この障害が起きる境目の線量をしきい値という。
放射線の生物影響の基本的過程�(その1)
�これらの傷害は、機能を持つ細胞の元となる細
胞(幹細胞)が減少または、死滅することで組織
の機能を維持できなくなることが原因
→
特定の線量を越えなければ発症しないため
確定的影響と呼ばれる
機能細胞の元になる
細胞。 自分自身が増
える複製能力と、分
化細胞を生産する能
力を備えている。通
常組織の特定の場所
に存在して一定の早
さで分裂を繰り返す
幹細胞とは �
腸死
• 被曝線量
10∼100Gy(X線 /γ線等)
で出
現
• 急激かつ重篤な放射線宿酔症状(悪心、
嘔吐等
)
• 3∼10日以内
に死亡
• 死因・・・
小腸粘膜の剥離
による脱水死
造血
(骨髄)死
• 被曝線量
3∼8Gy
で出現
• 数日で白血球、血小板が減少(リンパ球減少
の閾値は
0.25Gy
)
→悪寒・疲労感・皮下出血・口腔内潰瘍出現
• 感染や出血が起こって
照射後
7日から60日
頃にかけて死亡
急性障害:生殖腺
男性不妊
0.15Gy以上
一時的不妊
3.5-6 Gy以上
永久不妊
女性不妊
0.65-1.5Gy以上
一時的不妊
2.5-6 Gy以上
永久不妊
急性被曝影響の程度は
幹細胞の放射線感受性
幹細胞の位置と数
幹細胞からの分化過程
組織機能不全が生体に及ぼす結果
に依存する
急性被曝影響を回避するためには、
○幹細胞が死なないようにする
○幹細胞を移植する
放射線の生物影響の本質(その2)
���
発がんや遺伝的影響
は、生存している細胞の
突然変異の頻度が上昇することで生じる
突然変異が成立することはきわめて稀で変異し
た細胞は少ないので通常問題にならないが、そ
の細胞が過剰増殖したり、生殖細胞に生じると
重篤な影響が生じる� �
確率的影響
線量が増加するにつれて、発生確率が比例
的に増加すると考える。
線量によらず症状の重篤度は変化しない。
しかし、しきい値が有る
���とする考えもある。�
影 響�?�
放影研における原爆被爆者の疫学調査から明らかになった放射 線の長期的な健康影響は、 1シーベルト(1,000ミリシーベルトあるいは100万マイクロシーベル ト)の放射線被曝により、平均してがんの確率が約1.5倍に増加 がんのリスクは被曝線量に直線的で閾値がないという考え(国際 放射線防護委員会などの考え)で計算すると、100�ミリシーベルト では約1.05倍、10ミリシーベルトでは約1.005倍と予想されます。た だし統計学的には、約150ミリシーベルト以下では、がんの頻度に おける増加は確認されていません。 放射線影響研究所のホームページより http://www.rerf.or.jp/rerfrad.pdf
がんは遺伝子の病気 がんは細胞が異常に増加することによって起きる 細胞の増加はアクセルとブレーキによって制御 発がんは突然変異から がん細胞の増殖 アクセルの踏みすぎ ブレーキが利かない がん遺伝子 がん抑制遺伝子 突然変異の積み重ねでがんが進行する→年齢とともに急増
どの程度の低線量でも発がんのリスクが増えるかを解 明することは困難 人の個人差や放射線の被曝条件でどれだけ異なるか を解明することも困難� 理由 放射線で生じたがんとその他の要因で生じたがんは区 別できない。 放射線で誘発されたがんが治りにくいとい うことはない。 急性影響のないような低線量での放射線発がんは、集 団での発症頻度の上昇として捉えるしかないが、放射 線に被曝していなくてもがんは多く発症する 免疫能の低下の関与も考えられる
DNAの構造
デオキシリボースとリン酸 エステルの骨格�
生命の進化と突然変異の発生を防ぐ仕組みの発達 ● 地球の起源(46億年前) ● 生命(遺伝情報=DNA)の誕生(40億年前) ⇒DNAを