2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-1:アクィナスの生涯と著作
4
トマス・アクィナス
4.1
生涯と著作
年 代
事 項
主 要 著 作
1244/45 ナポリ近郊のロッカセッカに生 c.1230-39 モンテ・カッシノのベネディクト修 道院 1239-44 ナポリ大学で勉学(自由学芸と哲学) 1244.4 ドミニコ会入会 1244-45 ドミニコ会入会に反対する家族ロッ カセッカに幽閉 1245秋 幽閉を解かれ、ドミニコ会に戻る 1245-48 パリ大学、哲学の勉学の継続、アル ベルトゥス・マグヌスのもとで神学 1248-52 ケルン大学(Studium generale)、ア ルベルトゥス・マグヌスの学生、助手 聖書学講師『イザヤ書注解』Expositio super Isaiam ad lit-teram
1252-56 パリ大学神学部命題集講師 『命題集注解』Scriptum super libros Senten-tiarum 『存在者と本質について』De ente et essentia 1256-59 パリ大学神学部正教授(magister regens) 『真理についての定期討論集』Quaestiones dis-putatae de veritate 『随時討論集7-11』Quaestiones de quolibet 『 ボ エ テ ィ ウ ス「 三 位 一 体 論 」注 解 』Super Boetium De Trinitate
1259-61 ナポリ? 『対異教徒大全』起筆Summa contra Gentiles
1261-65 オルヴィエトでドミニコ会修道士の 教育
『対異教徒大全』完成
『ヨブ記注解』Expositio super Iob ad litteram
『黄金連鎖』(マタイ福音書)Glossa continua super Evangelia(Catena aurea)
『神名論注解』Super librum Dionysii de divinis nominibus 1265-68 ローマ、新設の大学正教授 『神学大全』第1部 『黄金連鎖』(残り3福音書) 『能力についての定期討論集』Quaestiones dis-putatae de potentia 『魂についての定期討論』Quaestio disputata de
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-1:アクィナスの生涯と著作
『神学要綱』Compendium theologiae
『デ・アニマ注解』Sentencia Libri De Anima
1268-72 パリ大学神学部正教授 『神学大全』第2部
『マタイ福音書注解』Lectura super Matthaeum
『ヨハネ福音書注解』Lectura super Ioannem
『悪についての定期討論集』Quaestiones dispu-tatae de malo 『徳についての定期討論集』Quaestiones dispu-tatae de virtutibus 『随時討論集1-6,12』 『<感覚と感覚されるもの> 注解』Sentencia
Libri de sensu et sensato
『自然学注解』Sentencia super Physicam
『気象学注解』(2巻5章まで)Sententia super Meteora
『命題論注解』(2巻2章まで)Expositio Libri Peryermenias
『分析論後書注解』起筆Expositio Libri Poste-riorum
『倫理学注解』Sententia Libri Ethicorum
『政治学注解』(3巻6章まで)Sententia Poloti-corum
『形而上学注解』Sententia super Metaphysicam
『原因論注解』Super Librum de causis
『知性単一説論駁』De unitate intellectus con-traAverroistas
『世界の永遠性について』De aeternitate mundi
『離在実体について』De substantiis separatis
1272-73 ナポリ、新設の大学で教授 『神学大全』第3部(第90問まで)
『パウロ書簡注解』Expositio et Lectura super Epistolas Pauli Apostoli
『詩篇注解』(54篇まで)Postilla super Psalmos
『天体論注解』(3巻冒頭まで)Sententia super librum de caelo et mundo
『生成消滅論注解』(1巻5章まで)Sententia super libros de generatione et corruptione
1273.11 すべての執筆を停止する 1274.3.7 没
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-1:アクィナスの生涯と著作
参 考 文 献
[ 4.1.1 ] Sancti Thomae Aquinatis doctoris angelici Opera omnia iussu Leonis XIII. P.M. edita, cura et studio
fratrum praedicatorum, Romae,
1882-[ 4.1.2 ] トマス・アクィナス『神学大全』(高田三郎他訳) 創文社1960(第1部の全体、第2部のほぼ全体が 終了、第3部は現在進行中) [ 4.1.3 ](再掲)『中世思想原典集成14トマス・アクィナス』(上智大学中世思想研究所、山本耕平編訳・監修) 平凡社1993 (含まれているのは、『聖書の勧めとその区分』、『聖書の勧め』、『存在者と本質について』、『ボエティウス三位一 体論註解』(部分)、『ボエティウス デ・ヘブドマディブス註解』、『命題論註解』、『形而上学註解』(部分)、『知 性の単一性について−アヴェロエス主義者たちに対する論駁』、『離存的実体について(天使論)』、『使徒信条講 話』、『種々の敬虔な祈り』、『兄弟ヨハネスへの学習法に関する訓戒の手紙』) [ 4.1.4 ] 山田晶『トマス・アクィナス』(世界の名著 続5) 中央公論社1975(中公バックス版1980) (『神学大全』第1部冒頭の部分の訳で、詳細な註釈が極めて有益。) [ 4.1.5 ] 稲垣良典『トマス・アクィナス』(人類の知的遺産20) 講談社1979(講談社学術文庫版1999) (この末尾に日本語の文献表があるので、参考になる。) [ 4.1.6 ] トマス・アクィナス『神秘と学知−『ボエティウス「三位一体論」に寄せて』翻訳と研究−』(長倉久 子訳注) 創文社1996 [ 4.1.7 ] トマス・アクィナス『君主の統治について—謹んでキプロス王に捧げる』(柴田平三郎訳) 慶應義 塾大学出版会2005. [ 4.1.8 ] トマス・アクィナス『自然の諸原理について』(長倉久子/松村良祐訳注) 知泉書館2008. [ 4.1.9 ]『トマス・アクィナスの心身問題—『対異教徒大全』から』(川添信介訳注) 知泉書館2009(近刊)
[ 4.1.10 ](再掲)Torrell, Jean-Pierre, Initiation `a saint Thomas d’Aquin: Sa personne et son œuvre, Cerf, Fribourg, 1993.
English Translation, Saint Thomas Aquinas. The Person and his Work, vol.1, trans.Robert Royal, Catholic University of America Press, 1996.
[ 4.1.11 ] ´Etienne Gilson, Le thomisme: Introduction `a la philosophie de saint Thomas d’Aquin, Vrin, 19726 [ 4.1.12 ] Kretzmann, N. and Stump, E.(eds.), The Cambridge Companion to Aquinas, Cambridge University
Press, 1993.
[ 4.1.13 ] Fernand van Steenberghen, Le thomisme, (Que sais-je?, 587), Press Universitaires de France, 1983
『トマス哲学入門』(稲垣・山内訳)文庫クセジュ704白水社1990
[ 4.1.14 ] Brian Davies, The Thought of Thomas Aquinas, Clarendon Press, 1992
[ 4.1.15 ] Eleonore Stump, Aquinas(Arguments of the Philosophers), Routledge, 2003
[ 4.1.16 ] 稲垣良典『トマス・アクィナス』(思想学説全書) 勁草書房1979
[ 4.1.17 ] Miethe, T.L. and Bourke, Vernon, Thomistic Bibliography 1940-1978, Greenwood Press, 1980
[ 4.1.18 ] Richard Ingardia, Thomas Aquinas: International Bibliography 1977-1990, The Philosophy Docu-mentation Center, 1993
[ 4.1.19 ] http://www.corpusthomisticum.org/
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-2:体系の構造
4.2
体系の構造
『神学大全』全体の概略的構造
• 序論:「聖なる教え」について • 第1部:神について(De Deo) [1] 神の本質に属することがら [2] 神のペルソナの区別に関することがら(三位一体論) [3] 神からの被造物の発出に関することがら(天使、物体、人間)• 第2部:理性的被造物の神への運動について(De motu rationalis creaturae in Deum)
[1] 人間の生の究極目的
[2] それによって人間が究極目的へと至る、あるいはそれから逸れることがら
(1) 行為と情念
(2) 行為の原理(内的原理としての徳、外的原理としての法と恩寵)
• 第3部:われわれにとって神へ向かう道である、人間である限りでのキリストについて(De Christo
qui, secundum quod homo, via est nobis tendendi in Deum)
[1] 救い主について(受肉論、イエスの生涯)
[2] 秘蹟について
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-3:神と創造
4.3
神と創造
『神学大全』第
1
部第
2
問
–
第
26
問(神の存在と一なる本質)
[A]
神の存在証明 第2問[B]
神がそのようなものであるか、むしろどのようなものでないか (I) それ自体として神がどのようなものか (a) 単純性 第3問 (b) 完全性 第4問 (c) 善性 第5-6問 (d) 無限性 第7問 (e) 遍在性 第8問 (f) 不変性 第9問 (g) 永遠性 第10問 (h) 一性 第11問 (II) 神はわれわれの認識との関係でどのようなものか 第12問 (III) 神の名称 第13問[C]
神のはたらき (I) 神の知 (a) それ自体としての神の知 第14問 (b) イデア論 第15問 (c) 真理論・虚偽論 第16-17問 (d) 生命 第18問 (II) 神の意志 (a) それ自体としての意志 第19問 (b) 意志だけに属することがら 1) 神の愛 第10問 2) 神の正義とあわれみ 第21問 (c) 意志と知性の両方に関わることがら 1) 神の摂理 第22問 2) 神の予定 第23問 3) 生命の書 第24問 (III) 神の能力 第25問[D]
神の至福 第26問2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-3:神と創造
『神学大全』第
1
部第
44
問
–
第
119
問(被造物の神からの発出)
[A]
被造物の産出 (I) 万物のの第一原因 第44問 (II) 流出の様態 第45問 (III) 被造物の持続の根源 第46問[B]
被造物の区別 (I) 被造物の区別一般 第47問 (II) 善悪の区別 第48-49問 (III) 霊的・物体的被造物の区別 (a) 天使 第50-64問 (b) 物体 第65-74問 (c) 人間 第75-102問[C]
被造物の保存と統宰 (I) 一般論 第103問 (II) 統宰の結果 (a) 第一の結果である被造物の保存 第104問 (b) 第二の結果である被造物の変化 1) 神による被造物の変化 第105問 2) 被造物同士の変化 第106-119問テキスト
1
(A) Respondeo dicendum quod Deum esse quinque viis probari potest. Prima autem et manifestior via est, quae sumitur ex parte motus.
(B) Certum est enim, et sensu constat, aliqua moveri in hoc mundo.
(C) Omne autem quod movetur, ab alio movetur. (C-1) Nihil enim movetur, nisi secundum quod est in potentia ad illud ad quod movetur: movet autem aliquid secundum quod est actu. Movere enim nihil aliud est quam educere aliquid de potentia in actum: (C-2) de potentia autem non potest aliquid reduci in actum, nisi per aliquod ens in actu: sicut calidum in actu, ut ignis, facit lignum, quod est calidum in potentia, esse actu calidum, et per hoc movet et alterat ipsum. (C-3) Non autem est possibile ut idem sit simul in actu et potentia secundum idem, sed solum secundum diversa: quod enim est calidum in actu, non potest simul esse calidum in potentia, sed est simul frigidum in potentia. (C-4) Impossibile est ergo quod, secundum idem et eodem modo, aliquid sit movens et motum, vel quod moveat seipsum. (C) Omne ergo quod movetur, oportet ab alio moveri.
(D) Si ergo id a quo movetur, moveatur, oportet et ipsum ab alio moveri; et illud ab alio. Hic autem non est procedere in infinitum: quia sic non esset aliquod primum movens; et per consequens nec aliquod aliud movens, quia moventia secunda non movent nisi per hoc quod sunt mota a primo movente, sicut baculus non movet nisi per hoc quod est motus a manu.
(E) Ergo necesse est devenire ad aliquod primum movens, quod a nullo movetur: et hoc omnes intelligunt Deum.
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-3:神と創造 (A)答えて言わなければならない。神が存在するということは五つの道によって証明されうる。さて、第一 の道は[他より]より明白なものであって、運動という面から得られるものである。 (B)すなわち、この世界において何からのものが動いているということは確実であり、感覚によって確保さ れている。 (C)ところで、動いているものはすべてそれとは別のものによって動かされている。それは次の理由による。 (C-1)何ものも、それへと動いているものに対して可能態にある限りにおいてでなければ、動くことはない。 それに対して、何かが[他のものを]動かすのはそれが現実態にある限りである。実際、動かすと言うことは 何かを可能態から現実態へと引き出すこと以外の何ものでもないからである。(C-2)ところが、何かが可能態 から現実態へともたらされるのは、現実態にある何らかの存在者によってだけである。たとえば、火のような 現実態において熱いものが、可能態において熱いものである木材を現実態において熱いものとするのであり、 このことによって火は木材を動かし変化させるのである。(C-3)ところで、同じものが同じ観点で同時に現実 態にありかつ可能態にあることは不可能であり、可能なのは異なる観点のものにおいてである。実際、現実態 において熱いものが同時に可能態において熱いものであることができず、同時に可能態において冷たいものな のである。(C-4)それゆえ、同じ観点で同じ様態において、何かが動かしかつ動かされるということ、すなわ ち何かが自分自身を動かすということは不可能である。(C)それゆえ、動いているものはそれとは別のものに よって動かされているのでなければならない。 (D)それゆえ、もしそれによって動かされているものが動いているならば、それもまた別のものによって動 かされているのでなければならない。そして、その別のものもまたそれとは別のものによって動かされている のでなければならない。ところが、ここで無限に進むことはできない。なぜなら、そうだとすれば何か第一の 動者が存在しなくなり、その結果それ以外の別の動者も存在しないことになってしまうからである。というの も、たとえば杖が[何か別のものを]動かすのは、杖が手によって動かされているからでしかないように、二 次的なもろもろの動者は第一の動者によって動かされているのでないならば[他のものを]動かすことがない からである。 (E)それゆえ、何ものによっても動かされことのない何らか第一動者に達することが必然なのである。そし て、これをすべての人は神だと理解しているのである。 (『神学大全』第1部第2問第3項主文)
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-4:人間存在と認識
4.4
人間存在と認識
『神学大全』第
1
部人間論(
75
問
–102
問)の構成
[A]
人間の自然本性(natura)について (I) 魂の本質(essentia)について (a) 魂それ自体について 第75問 (b) 魂と身体の合一について 第76問 (II) 魂の能力(potentia)について (a) 能力一般について(本質と魂の関係、) 第77問 (b) 能力の間の区別と感覚的能力について 第78問 (c) 知性的能力について 第79問 (d) 欲求能力一般について 第80問 (e) 感覚的欲求能力について 第81問 (f) 意志について 第82問 (g) 自由決定力について 第83問 (III) 魂のはたらき(operatio)について (a) 身体と合一した魂のはたらきについて 1) 物体の認識について • 何を通じて認識するか 第84問 • どのように認識するか 第85問 • 何を認識するか 第86問 2) 自己の認識について 第87問 3) 非物体的なものの認識について 第88問 (b) 身体から分離した魂のはたらきについて 第89問[B]
人間の最初の産出(productio)について (I) 人間そのものの産出について (a) 魂に関して 第90問 (b) 男の産出 第91問 (c) 女の産出 第92問 (II) 産出の目的(神の像) 第93問 (III) 最初に産出された人間の状態 第94–101問 (IV) 最初の人間の産出の場所について 第102問2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-5:幸福と行為
4.5
幸福と行為
『神学大全』第
2
部の構成
I.
人間の生の究極目的
(I-II, qq.1-5)II.
究極目的にそれによって到達する(逸れる)もの
(II部の残り) • 一般的に (I-II) • 個別的に (II-II)『神学大全』第
2-1
部の構成
(I)人間の行為それ自体について (1)人間に固有の行為(意志的なことがらvoluntarium) (qq.6-21) (2)動物と共有する行為(情念passiones) (qq.22-48) (II)人間の行為の原理について (1)内在的原理 (A)習慣一般(habitus) (qq.49-54) (B)善き習慣 a)徳(virtus) (qq.55-67) b)聖霊の賜物 (q.68) c)さまざまな至福 (q.69) d)聖霊の享受 (q.70) (C)悪しき習慣=悪徳(vitium)と罪(peccatum) (qq.71-89) (2)外在的原理 (A)法(lex) a)法一般について (qq.90-92) b)永遠法(lex aeterna) (q.93) c)自然法(lex naturalis) (q.94) d)人間の(人定)法(lex humana) (qq.96-97) e)旧法 (qq.98-105) f)新法(福音の法) (qq.106-108) (B)恩寵(gratia) (qq.109-114)2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-5:幸福と行為
『神学大全』第
2-1
部 第
1
問
–
第
5
問 細目次
第1問:人間の究極目的について (a.1) 目的のために行為するということは人間に適合するか (a.2) 目的のために行為すると言うことは理性的本性に固有なことであるか (a.3) 人間の行為の種類は目的から得られるのか (a.4) 人間の生には何らかの究極目的があるのか (a.5) 一人の人間に複数の目的があり得るのか (a.6) 人間は自分が意志していることのすべてを究極目的のために意志しているのか (a.7) 万人に一つの究極目的があるのか (a.8) その[人間の]究極目的において他の被造物も合致するのか 第2問:人間の至福は何に存するのか (a.1) 人間の至福は金銭に存するのか (a.2) 人間の至福は名誉(honor)に存するのか(a.3) 人間の至福は栄誉あるいは栄光(fama seu gloria)に存するのか (a.4) 人間の至福は権力に存するのか (a.5) 人間の至福は何らかの身体的善さに存するのか (a.6) 人間の至福は快楽に存するのか (a.7) 人間の至福は魂の何らかの善さに存するのか (a.8) 人間の至福は何らかの被造的善さに存するのか 第3問:至福とは何か (a.1) 至福とは何か非被造のものであるか (a.2) 至福ははたらき(operatio)であるか (a.3) 至福は感覚的部分のはたらきであるのか、それとも知性的部分だけのはたらきであるのか (a.4) もし至福が知性的部分に属するとすると、知性のはたらきであるのか、それとも意志のはたらきである のか (a.5) 至福は観想的知性のはたらきであるのか、それとも実践的知性のはたらきであるのか (a.6) 至福は観想的諸学の考察に存するのか (a.7) 至福は分離実体すなわち天使を認識することに存するのか (a.8) 人間の至福は神の本質の直視(visio)に存するのか 第4問:至福のために必要とされることがらについて (a.1) 至福には喜び(delectatio)が必要とされるか (a.2) 至福においてより主要なのは喜びよりも直視であるか (a.3) 至福には把捉(comprehensio)が必要であるか (a.4) 至福には意志の正しさ(rectitudo)が必要であるか
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-5:幸福と行為 (a.5) 人間の至福には身体が必要であるか (a.6) 至福には身体の何らかの完全性が必要であるか (a.7) 至福には何らかの外的善が必要であるか (a.8) 至福には友人の交わり(societas)が必要であるか 第5問:至福の獲得について (a.1) 人間は至福を得ることができるのか (a.2) 或る人間が別の人間よりもより至福であることができるか (a.3) この世で至福であり得る人はいるのか (a.4) 所有されている至福を手放すことはできるのか (a.5) 人間は自分の自然本性によって至福を獲得することができるのか (a.6) 人間は何らかの上位の被造物の作用を通じて至福を得るのか (a.7) 人間が神から至福を得るためには何らかの善き業が必要とされるのか (a.8) すべての人間は至福を欲しているのか
2009年度・西洋中世哲学史講義 4節-6:哲学と神学