高齢者
と
地
域
づ
く
り
Aged People and Regional Develeprnent
福島県三島町 の 五つ の運動を 通 し て 宮 崎 清 干葉大学 三橋 俊 雄 京 都 府立大 学
Miyazaki
Kiyoshi
Chiba University Mitsuhashi ToshioKyoto P「efectu 「al
・
Unive「sity1
.
地 域の顔 私た ちは、 地域づ くり に関する研 究と実 践の一
環と し て、
日本 各 地の とりわ け 農 山漁 村に出 向 き、
当 該の 地 域 が 有 す る資源 や 価 値 を 再 発 見・
再 認 識 す る た めの デ ザイ ンサー
ベ イを行なっ て い る 。 いずれの地城を訪れても、
私た ちは、
かならず、 そ れ ぞ れ にすば らしい 「地域の顔」 に出会うこと ができ る。
そ れは、
当該地域の美しい景 観とし ての 自然であ り、
その 自然に寄り添っ て 展開 されて い るさま ざまな 生 活 文 化であ り、
そし て、
そ れ ぞ れの大地に しっ かり と根をはっ て生 き る人 び との姿であ る。 す な わ ち、
地 域に は、 長い 歳 月 をか けて 風 土が培っ て きたその 地 特 有の 自然とい う顔があ り、
ま た、
その 自然を 巧 み に利 活 用し な が ら築き あ げてき た 人 び との暮ら し・
生 活 文 化 が ある。 さ らに、 その地の 自然に働 きかけ な が ら自 然と共存し、 みずからの生活の 自立 を なしとげてき た、 つ や やか で頼 もしい、
人び との生 き生きと し た顔が あ る。
と り わけ、
日本 各地の農山漁村に は、
深い 年 輪を 刻んだ 高 齢者 たちの、
健 康 的で穏 やかなす ば らし い顔 が あ る。
その よ うな 高齢 者 た ちの生 き 生 き と した 姿 に 出 会 え る地域の ひ とつ に、 私 た ちが20年来 通い 続けて い る福 島県大沼郡三島町が ある。 今日、
わ が国に おける過疎と呼ばれ る地域の 多くは、
若 者た ちの都市へ の流出 、 そ の結 果もた ら さ れる高齢 化 社会の波にさ らされ、
「金を 払っ ても赤子の 声を聞 くこ と が で きない 」 と い わ れ る ほ どの き び しい 現 実に 直 面して い る。
なか に は、
ともする と、
その 地 に生き る人 び とか ら 生 気 が 消 え か かっ てい る よ うに み え る 地 域 す ら あ る。
そ れ らの多くの地 域で は、
現在、
地城の 再 生・
活 性 化の方策と して、
これ ま で に優 先 させ てき た経 済 効果志向型の施策か ら、 た と え ば 「若 者が戻っ て こ れ る 町」 「嫁にき た く なるよ う な 町」 とい うこ と ばで表 現 され る よ う に、
総 じて、
住 民 た ちの精神的豊 齋 藤 佳 奈 子Saito
Kanako干葉大 学 大 学 院 Gradua置e School of Chlba U冂iversity
か さの 向上をめざす 地 域づ く りへ の転換を図り
、
「生 きがい の あ る 町」 「住んで よ し、 訪 れて よ しの 町 」の 実 現 に 向 け、一
生懸命に なっ て い る。
こ の よ う’
な多くの過疎地域の状況の なか で、
こ こ 三 島町にあっ ては、
な ぜ か 、 そ う した 切 実 な 過 疎 化の問 題を抱えてい る ように は 感 じ られ ない。 なぜなの で あ ろ うか。 そ れは、
三島 町においては、
高齢 者た ちの働 く姿や彼らの 日焼けした 顔、
生 き 生 き と し た 姿 を、
あ ち らこち らで 目のあた りにする こ とができ る か らであ ろ う。 節 くれだっ た 手 を腰に当てな が ら、 歳を刻 ん だ 顔 を ほころ ばせ、
胸 を 張っ て、
訪 れ た者た ち を迎えて くれる輝いた ま なざし がある。
さ ら に は、
三島町の お 年 寄りたちに は、
現 在にあっ ても、
自然に立 ち向かい な が ら な し とげて き た 生 活の 自立に 対する自負、
強く 結ば れてき た村 落共 同体の一
員と しての 自信 と誇 りが 生 き続けてい る よ う に 思 え るからで あ ろ う。
本 稿で は、
三島町 の高 齢 者た ち が ま さに中核 となっ てつ くりあ げてき た 地 域の顔、
高 齢 者 た ち が 生 き 生 き と暮らせ る地城づくりの実 態につ い て、
紹介 ・
検討 し てい くこ と に したい。
2 .
三 島 町 がつ く りあ げて きたもの奥会 津地方に位置する三島町 は
、
現在、
過 疎 地域の 指定 を 受 け、
人口約2,
700人 あ ま り、65
歳以上の 高齢 者 人口 比率 が34e
/・に もの ぼ る、
ま さ に 高 齢 化の進 行し た山村社 会である。 ま た、 三 島町は、 総面 積 約90平 方 キロメー
トル の うち88
% が 深い森 林でお お わ れ、
町の 中央 を 流れ る 只見 川 お よ び その支 流 に 沿っ て、
大 小17 の集落が点在し て い る山村である。
人 び とは、
只見川 がつ く りだした河 岸 段丘の下段で主に水田耕 作・
田仕 事を、
上 段では 主に畑 作・
畑 仕 事を、 そ し て、 周囲の 山々 に分け 入っ て は山仕事を行 ない、 1
年間の 生業と してき た。
ま た、
こ の 地の気 候は、
短い夏は高温多湿、
長い冬に は およそ2
メー
トル もの 積 雪が 町 全体を お お20 sPEclAL ISSUE oF JssD vol
.
4 No.
4 1997 デ ザ イン学 研 究 特 集 号い つ くす。
この
、
き び し く も 豊かな自然に囲 まれ た 山村は、
昭 和30
年代半 ば 以降の高度 経 済成 長の期 に 若 者 た ち が次 々 と都 市に吸 収 されてい き、
急 速に 過疎 化、
高 齢化が 進行し てい っ た。 町 は、
こ のま まで は若者の流出に拍 車がか か る一
方 で、
共 同体的社 会が根底か ら崩 壊 してい く との 危機感 を背 景に、
都市に移っ て い っ た 若者た ちを町に呼び戻 す と と も に、
地域住民 が安心 して 生 活 を 営む こ との で き る魅 力 あ る 地域づ くりをめざし、
さ ま ざ ま な 施策を 立案・
実践し てき た。
そ う した 地 域 内部か ら沸き起こ っ た 地域 再生・
地域活 性化へ の挑 戦は、1974
(昭 和49
) 年の 「ふるさと運 動」、1981
(昭和56
) 年か らの 「生 活 工芸 運動」、
1982 (昭 和57
) 年からの 「有機 農 業 運 動」、1984
(昭和59
)年の 「健康づ くり運 動」、
そ して、1985
(昭 和60
)年か らの 「地 区 プ ラ イ ド運 動」の 五つ の運 動 と して、
展開されてきた。
これ ら五 つ の 運動は、 い ずれ も 全 国の農山漁村に先 駆 けて提 唱
・
実 踐 され たもの で、
町 を挙 げての 地 城づ く り と して展 開され た。
ま た、
これ らの 地域 再生・
地 域 活性 化運動の 主役の一
翼 を 担っ てき たの が、
と り も な お さず地域の 高齢 者た ちであっ た 。この 約
30
年 間 に わ たっ て町政を担 当し てき た 佐 藤 長 雄前町長は、
次の よ うに語る。 「この町 は山 村である こと に加 えて 雪 国で、一
年 間の3
分の 1 を雪の 下で生 活せね ば な ら ない。 これは、
ど うしよ う も ない。 む し ろ、
その よ うな状 況の なか で、
往 古よ り どの よ うな山 村文 化・
雪 国 文化が育ま れ、
今日 に伝えて きてい る か を 調べ あ げ、
そ れ を掛 け替えのない財 産 し て、
これか らの 町づ くりをし てい かな け れ ば な らない と考え ま し た」 こ こ に は、 温故 知 新の哲 学 と と もに、
社会一
般が どの ような方 向 を 志 向 し よ う とも、「この地 は
、
こ の 地固有の信 念で 地域づく りを行な う」 との い わ ば 「居 直 り」 に も似た 「こだ わり」 が う か が え る。
3
.
ふ る さ と 運 動「ふ る さと 運 動 は、 山村 社 会の経 済 的疲 弊 を背景 に多くの若者が都 市型 生 活を志向し て出村し、 挙 家離 村が多くの集落で生 起し
、
過 疎化の 波が急速に 町を 襲 っ て く る な かで、 山村と都 市との 交 流を 通 して、
地域 再 生の方向を 見出して い こ う とする 運動で あっ た。
元 来、
こ の運動は、
三島町 が有し てきた美しい 山 野 と あ たたか な人情
を、
そ れ らが希 薄になりつ つ あ る都会の 生 活者に提 供 し、
町の健 康 的 な自然 や生 活 文 化 と触 れ あいなが ら、 町 内外の 人ぴとが一
丸 と なっ て新 しい 地 域づ く り を 推 進 し てい こ う とい う もの で あっ た。
山村 生活 と都 市 生 活の融和 とい うい わばユー
トピア的 な 郷 土づ く り をめざし た この運 動 は、
今日も な お、
町内外 から多 くの 賛 同者を得 なが ら、
展 開 さ れてい る。こ の運 動 を 推 進 し て き たの は と りも なおさず三 島町 の 町民ひ とり ひ と りで あ るが
、
なか で も、 町の 自然と 共 生 し な が ら三島町の 生 活 文化を築き今日 に伝 承し て き た高齢者たちは、
その 中 核 を なし てき た。
彼らの純 朴な姿、
あ た たかな 心 が、 都 会の生 活者と三島町 と を 結びつ ける重 要 な柱に なっ てきた 。 加えて、
都市との 交流を通 して、
い ま まであ まり にも日常 的すぎて町 民 みずか ら意 識 す ることの なかっ た 自然の豊かさ、
自然 素材 を 用い た もの づ くりや 郷土 料 理、
山 仕 事 や 年中行 事などの価 値を 再認識 し、
こ の地の人 び とが自然か ら 獲 得 してき た 山村に お け る 生活の知 恵・
生活文化のす ば ら し さ を都 会人 との 交流 を 通し て再 発見する 母体と なっ てき たの も、
三島町の 高齢者た ちで あっ た 。彼らは
、
山 村三島 町の生 活 文化の体現者 ならびに伝 承者と し て、
「ふる さ と運 動」 にとってなくては な ら ない存 在となっ てい る。 都 市からこ の町を訪れ る多く の人 び と は
、
こ の 町の 高齢 者の い る家庭で の ホー
ム ス テイの なか で、
高 齢 者 が伝える山村の家 庭の 味を 楽 し み、
高 齢 者 が 語 り継ぐ さ ま ざ まな山村の 伝承 に 触 れ る。 都市か らの来 訪 者 を迎 える三 島町の高 齢者とその家 族 は、
都市 生活者が 山 村生活の なかに 発 見する数々 の 知 恵 と価値に 触 れ、
あらためて、
山 深い 山 村に生 きる こ との喜び を感 受 する。
「ふ る さ と運 動」 は
、
こ うし て、
山村三 島町の人び と と都 市 生 活 者 との交 流 を 通 し、
互 い の社 会が有す る 価 値 とその 共存の大 切 さ を実感し あ う、
い わ ば 「地 域 再発見 運動」になってい る。
そ して、
その中核に あ るの が、
三 島町の高 齢 者た ちで ある。
4 .
生 活工芸運動三島町 は雪 国である。
12
月か ら4
月 ま で、
お よ そ1
年の3
分の 1以上が 雪に 埋 も れ る。
昔か ら多 くの人びデ ザ イン学 研 究 特 桑 号 sPEcIAL IssuE oF JssD vol
.
4 Ne.
4 1997 21図
1
ヒロ ロで編ん だバ ッグを手 に す る高齢者の笑 顔 と が、
こ の期 間 に、 秋 口 に採集し蓄えてきた さまざま な山野 に 自生する草 木を利 用し、
自 らの家 庭生活の な かで用い る ものづ く り を行なっ て き た。
冬季に各戸で 制 作 され た 生 活 用 具類を展示・
即売 する事 業の 「三島 町 生活工芸 品展」が1986
(昭和61
)年 よ り春ま だ 浅い3
月に毎年欠 かさず 開催 され続け て き たの は、
町 民の 生活工芸に対 する需 要 と伝 統 的工作技術を受 け 継い で き た工人た ち と が健 在で あるこ との反映である。 「生活工芸 運 動」は、
この よ うな三島町の風 土 と人 び との生 活 要求のな かで、
育ま れ伝え られてきた。
そ れ は、
山野 に 自生するヒ ロ n (ミヤマ カン ス ゲ)、
マ タタ ビ、
ヤマ ブ ドウの皮、 唐 黍の皮、
竹皮、
モ ワダ皮、
コ ク ワ蔓、
山藤の蔓、
葛 蔓、
茅、
蒲、
稲 藁、
山竹な ど の 「身 近 な 自 然素材を用い、
祖父の代から伝わる技 術 を活かし、 生活の用か ら生 ま れ、
生活の なか で使え る もの」 と して、
蓑 や籠 類、
草 履、
雪靴、 笊、 買 物 籠や バ ソグ などの生活 用 具 をつ く りだ し てい く、 き わ めて 創造的 な ものづ くり活 動で あ る。
三島町生活工芸 品 展へ の 出展状況は
、
第1
回 開催 時 の477
点 か ら 年々漸増し、1997
(平 成9
)年3
月に開 催 され た 第16回三島町生 活工芸 品展 に あっ て は、
出 展 者 数104
名、 木工、 編組 を はじ め とす る 生 活工芸 品の 出 展 総 数は1,029
点に も お よ ん でい る。
出 展 状 況を集 落 別に み ると、
三島町17
集 落の うち14の集落か ら 参 加 が み られ る。 ま た、
出 展 者 を 年 齢 別 に み る と、30
歳代8
名、50
歳 代12
名、60
歳代36
名、70
歳 代33
名、
80
歳代14
名、90
歳 代1
名で あ る。
ちな みに、
出 展の あっ た65 歳以 上の高 齢者は71名で、
全出 展者 数の68
%に のぼっ て いる。
これ は、
三島 町 在 住の65
歳 以 上の高 齢者の8
%、
高齢者の い る 世 帯の12
% に 相 当 する。 これ らの数 値 は、
三島 町の ものづ く りが、
全町的に展開され て い る ば か りか、 高齢 者を中心 とし て実 践 され ていること を如 実に示し て い る。
その一
例を挙 げて み よ う。
長 郷 千 代 喜 (67
歳 ) さん は、
ヤマ ブ ドウの蔓を用い て、
鉈入 れ、
砥袋、
背負い 籠、
買い物籠な ど を 制 作 す る。 千 代 喜さん は、1993
(平成5
)年度 福 島県 卓 越 技 能 者、1996
(平成8
)年 度 全 国 伝 統工芸 技 術 継 承 者 を は じ め、
数々の 賞 を 受 けてい る ヤ マブ ド ウ蔓 細工 の名 人である。
千代 喜 さんはい う 「ヤマブ ド ウは、
適 度に 採っ てあげ ない と、
木 を痛める 悪 さ をす る。
木 に 絡み つ い て、
木の 生 長 を 妨 げ る ば か り か、
木を殺し て しま こ とす ら あ る。 私の仕 事は 生活の なか で活 用できるも のづ く り を行なうこ とだ が、 そ れは、
山 を守る こと に 繋 がっ てい る。
この 関係を実 感で き る よ うに な り、
山 村に 生 き ることの あ りが た さ と喜びをつ くづ く感じ る よ うに なっ た」と。 久 保 田節子 (65
歳) さん は、
ものづく りの た めの町 立の施 設である 「三 島 町生活工 芸 館」 を 訪 れ る 内 外の 人 び とに、
ヒロ ロ、
唐 黍、
竹 皮、
茅、
蒲、
稲 藁 など を 素材と して、
ものづ く り細工 の 指 導 を してい る。 節子 さ んの 手 に か か る と、
そ れ らの素材が肩 掛 けや籠 やポ シ ェ ッ トに 変 身 す る。 節子 さ ん も、 ヒロ ロ細工 に よ り、
1997
(平成8
) 年 度 福 島県 卓越 技 能 者とし て表 彰 され てい る。
「家庭に は93
歳の 寝た き りの 母 を抱えて い ま す。 こ のば あ ちゃんも、
そし て、
夫 も、
私の ものづ く りを応 援し て く れていま す。
この 施 設 を 訪 れ る 多 くの 人 び とも、
私の もの づ く りに触れ て、
喜ん で くれ ま す。
あ り が たい こ と です。
手が動 く う ち は、 い くつ に なっ て も、
もの づ く り を 続 けてい くこ と が 私 自身の しあ わ せ で あ る ば か り か、
周 囲の 人 び との しあ わせ でも ある と思っ て い ま す」 と 節 子 さん はい う。
同好の志 た ちの集ま りで ある生活工芸品制 作グルー
プ 「糸偏 (い とへ ん)会」現 会長の五十 嵐文吾 (75
歳 ) さん は、
ア ケ ビ蔓 籠 やマ タ タビ笊づ く りの名 人で あ る。
文吾さんの まわ り に は、
編み 組 みの 技術を 習 得し て籠 や笊づ くりを行 な う仲間 た ちが、
多くの集落 に わ たっ て、 お よそ80
人はい る。 なかに は、87
歳に な る高齢者 もい る。
この 「糸偏 会」 では、
文吾さん を中心 に、 各 地の編み組みの技術を 生か した 産 品の見 学 会 や 勉 強 会 を重ね、
伝 統 技 術の 継 承の み な らず 新 産 品の創 作 に 果22
sPEcIAL IssuEoF JssD vQI.
4 No.
4 1997 デ ザ イ ン学研究 特 集 号敢に挑んでい る。 ま た
、
小柴八千 代 (71
歳 ) さんは、
着 古 された着 物 の生地 を裂い て緯 糸に用い、
機に よっ て布に織る 「裂 き織り」の伝統 的技術を伝え、
若い 人びと に その技術 を 伝えて い る。
生 活工芸 品 展 に 毎 年 出 品 され る 「裂き 織り」 の生活工芸 は、
小 柴 さん とその若い 仲間 た ちの もの で あ る。
八 千 代 さんは、
「こ の町で は、
どの家で も、 かつ て は機が あ り、 裂き織り を行 なって い たもの です。 着古した 布に新しい命を 与 え、
ま た、 その布が 寿 命 を 迎 えると裂 き 織り に して、
新し い命に蘇 え らせ てき ま した。 女 性の たしなみ と して行な わ れてき たの です。
いまでは、
若いお母さ ん た ち が手 習い し たい と、
集まっ て くるんです。 私の生きがい です、
こ の裂 き織 りは」 と語 る。 三島町の高 齢 者た ち は、
身近 な自然 素材 を 用い、
家 庭生活の なか で使われるさま ざ まな工芸品 づくりを行 な う。
そ れ は、
古 く か らこ の 山村の な か に 伝 え られて き た 自給 自足 時 代の産 物 とい え る が、 生 活 様 式の変 容 に対 応 し たもの づく りが行 な わ れて いる とい う点 に お いて、
彼 らは、
す ぐれ て創造 的 な 作 業に取 り組ん でい るとい える。
人び と がもの づくりに打ち込 ん でい る姿 は、
ま さ に、
嬉々 とし て山に生 きる ことの喜び を 感受 し てい る と表 現する にふさわしい。
ま た、
もの づく り 運 動の拠点であ る 「三島町生活工芸 館」 では、
高齢者 たち が、
訪 れる町内外の子 ど もやお となたちに、
もの づく りの手 を 休 めるこ とな く、
ものづ く りの 技 術 や知 恵を 伝 承 してい る。
ま さ し く、
自然との 共 生の な か で 息づ く造 形 文化の健 全 さ と確か さ を、 こ こ三 島 町の高 齢 者た ち は しっ か り と表現し てい る。 現在で は、
高 齢者た ちの もの づ く りの 姿に刺 激 され、
町の 青年や30
歳代か ら50
歳 代の 女性 た ちの 間に、 「生 活工芸運動」へ の参加 が み られ る。
「木 友 会」 に入会 し て間 も ない 五十嵐健二 (34
歳 )さん は、
次の ように 語る。
「年 配の方々 が ほとん どの こ の会の なか で、
若 輩の 自 分 は、 半 人 前 とい う 自覚か ら、
お そ る お そる仲 間 入 り をさせて も らい ま し た。
ところが、
参加 し てみ る と、
年配の 方々 が 互 いの作品 を実に真剣に批評 しあ っ てい るでは あ りま せ ん か。 そ ん な 雰囲気のな か に 入 れ ない で、 た じ ろい でい る自分の 姿、 同 時に、
若 さ と い うパ ワー
が 自 分 自身の なか に欠 如 して い るこ と を 知 図2
青 年 た ちにヤマ ブ ドウ 蔓 細工 を 教 え る高齢 者 りました。
それ につ けても、
先輩た ちの熱気の こもっ た討 論に は胸を強 く打たれました」 「ある時、 自分の 作品 も批評 し ても らお う と 決意しまし た。 い ろい ろな 指摘 を 受 けて いく なか で、
年 配の 方た ち が実に身近に 感じられる よ うになりま した。
さすが先 輩です。
教え られ るこ とが 多い の です。
年 配の 方々 か ら助 言 をい た だ け る と き に は、
もの づ く りを してきて よ かっ た とつ くづ く思いま す」 三島町 に おける生 活工芸品 づ くりの輪は、
高 齢 者 を 中心に、
若 者や お 母 さ ん た ち をも巻き 込 んで、
ますま す広 がっ て いる。5
.
健康づ く り運 動 三島町 民の健 康水準は、
平均 寿命の 伸長に象 徴され る よ うに 相 対的に 向 上 してき たが、一
方で、
高 齢者人 口の急激な 増 大 と と も に、
癌 や脳卒 中、
心臓病とい っ たいわ ゆ る成人 病 が 死 亡 原因の 大 半 を 占 め る よ うに な っ てきた。 高齢者 人口は今 後 も増加の一
途 を た ど るこ と が 予想 され、
そ れ につ れ て成人病 が増え 続 けるこ と は明 ら かであ る。 この ような 背景のなか で、
町 で は、
高齢 者保 険福祉 対策の一
環と し て、
た とえ ば、 老衰や心身 障 害など で 日常生活 を営むの に支 障がある65
歳以 上の高齢 者の い る家庭 に 対 す るホー
ムヘ ル パー
派 遣、
在 宅の 障 害 を も つ 高齢 者に送 迎用 リフ トバ ス などで 三 島町高齢 者生活 福祉セ ン ター
に来所 し てもらい各 種のサー
ビス を 提供 する デ イ サー
ビス 、 あ るい は、
寝 た き りの 高齢 者の介
護者に 代 わっ て当該の高齢 者を一
時 的 に 看 護 す るシ ョー
トス テイ や介 護サー
ビス な どの 事 業を実施して い る。
デ ザ イン学 研 究 特 集 号 sPEcIAL IssuE oF JssD vol
.
4 No.
4 1997 23同 時に、 町 は、 「元 気で働 くこ とのできる高齢 化 社 会 を築くこと が福 祉の本 来の姿」 と考え
、
「明る い 町 づ くりは、
まず、
健 康か ら」の ス ロー
ガン の もと、
保 険・
衛生・
福 祉な どの対 策を最 重 要 課題とする 「健 康 づ く り運動」を 開始した。
成人病 疾 患が多かっ た集落 を 「健康づ くりモ デル 地 区」 に指 定し、
行 政 と町 民が一
体と なっ た取り組 みが は じ め られた。
高齢 者た ちの培っ て き た 知 恵 や 技 術 を 生 業 とし ての 農林業 や 「生活工芸 運 動」 に 活か し、
高 齢 者 自身がそ の 中心と なっ て諸 活 動 を 展 開 す るこ とが でき るよう な シ ステム づく り を行なっ て、 高齢 化 社 会に対応した 生 き がい づく り を めざそ う とい うの が、
こ の 厂健 康づく り運 動」 であ る。
ま た、
こ の運 動は、
高齢 者の働く場 を創 出し、
高齢者の社 会 参加の機 会を拡大しつ つ、
生 きがいづ くり を推進 し て い こ う とい うもの である。 物を中心に人 び との 輪が 広 が り、 作 物談 義に花が咲 く。 この会の一
員で あ る 五十嵐稔 (41
歳 )青 年は、
次の よ うに語 る。
「じっ ち ゃ んやばっ ちゃ んたち か ら教え ら れなが ら、
こ こまで きた。 い まで は、
自信をもっ て有 機農法 を 実 践 で き るように なっ た。
農 作物の つ く り手 で あ る わ れ わ れ と消 費 者で あ る 町 民 とが顔の 見 え る 距 離にある か ら、
お 互 い の喜び が作 物を介 して 交 換 され る。
こ の よ うな 関 係 こそ 大 切に し てい かね ば と 思 う」 こ の地 に おい ては、
有 機 農 業の 体 現 者 た る 高 齢 者 た ちが多 数 健 在であ り、
彼 らの 手 によっ て、
自然の巡 り にあ わせ なが ら 土づ くりを第一
とする農 法・
有 機 農 業 が 進 め られてい る。 ま た、
有 機 農 業の 技 術の継承 を 通 し て、
町の 青年た ちの有機農業の輪を 広 げ、
育んで い る。
三 島町の 「有 機 農 業運 動」 は、
こうし て、
高齢 者 た ちの知 恵と経 験に支えられて い るといっ て よ い。
6 .
有 機 農 業 運 動 三島町は、
狭小な 耕地が山 間 に 散在す る 地 域の ため、
大 規模 経 営方式 を 主軸 とした 農 業の 近代化 に は 不適 合 であ る。
多くの町 が 機 械化に よ る 大 規 模 農 業 経営を 志 向する な かで、 こ の 三島町は、
こ の地の自然的・
地理 的 条件に 応 じた 山村農業の あ り方 を 模 索 し続 けてき た。
その結果とし て到 達したの が、
耕地の遊休化 対 策や農 業 従 事者の高 齢 化対 策な ど とあい まっ て、
小農経 営に み あっ た、 健 康 な食 品づ くり、
健 全 な生産方 法を 志向 す る 「有 機 農 業 運 動」 で あっ た。
こ の運 動 は、
化 学 肥 料や農 薬を使用せずに住
民の安全 な暮ら し と健康を守 りたい とい う思い に加 え、
有 機農 業に徹するこ とが豊 か な自然を その ま ま 後 世 に 伝 え るこ と に な る とい う信 念 に、
裏打 ち されてい る。
こ の町で は、
こ の よ うな 「健康づ く り運 動」 と連 動 し て、
栽培農 地 を も た ない住民 に遊 休農地を借り受け て貸 与 し、
有 機 農 法による 野菜づ く りを め ざす 「健 康 農 園制 度」 をス ター
トさせ て い る。
また、
有 機 農 法に熱き 思い を寄せる青年 た ち を 中心 に、
「有機農 業友の会」 が結 成 さ れ た。
こ の会の青年 た ちは、
毎月20
日 に農 作 物を路上に並べ て 町の人び と に販売 する 「さわやか市」を行 なっ てい る。
揃い の ハ ッ ピを着込んだ青年 た ちが元気よ く 大 声 を 掛 け あ う う ち に、一
面 に 並んだ農作 物が次々 と 売 れてい く。
農 作7 .
地 区 プライ ド運 動 「地 区プラ イ ド運 動」は、
「町づく りの基 本 は 最 小 の行 政 単位であ る 地 区・
集 落づ くりに あ り」 との 基本 的 考 え か ら、 町 民ひと りひ と りが集落 生 活 に 誇 りを も ち、
地 区住民 とし て の 自覚をもっ て、
共同し て地 区の 活 性 化・
充 実 を 図っ てい こ う との 主 旨で は じめ られ た。
その名の とお り、
「地 区 プライ ド運動」 は、
地 区・
集 落の誇り・
プ ラ イ ドを掘り起こ し、
当該の地 区に住む 人 びとの速 帯 意識 を高め、
地 区の個 性を伸ば し、
地区 の 活 性 化 を 図っ てい こ う とす る ものであ る。
た と え ば、 古 くか ら 三島 町の
11
の地区で実 施されて き たひとつ の年 中行 事 「塞 (さい)の神」の復 活 運動 は、「地 区 プ ラ イ ド運 動」 の
一
環 と してなされ た 。 こ の 「塞の神」 復活にあ たっ て、
重 要 な 役 割 を 担っ たの が、 集 落の昔からの年 中行 事 を体験 してき た 地 区の お 年寄り た ち で あっ た 。 高齢者 た ちは、
こ こ でも、
伝統 文化の継承者・
体 現者とし ての姿をしっ か り と 証 明し た。
ま た、
「地 区プラ イ ド運 動」の 関連 事 業の ひとつ と して、
昭 和61
(1986) 年から継 続 し て行 な わ れて い る 事 業に 「おばあ ち ゃ んの 味」事 業があ る。 そ れ は、
集 落の そ れ ぞ れの年中行 事に 登場 する伝統 的 な郷土料理 を 子 ど も た ち に 伝 えてい き たい とい う思い から は じ め られ た。
ま た、
っ く り手の 講師と しておばあ ちゃ ん た24 sPEclAL ISSuEoF JssD vol
,
4 No.
4 1997 デ ザ イ ン学研究 特 集 号ち を迎え
、
郷 土 料 理のつ く り方 を多くの 人 び とに教 え て も ら お う とい う企 画でも あ る。 た と え ば、
包丁の使 い方 な どの基本 的な技術か ら、
臼で蕎麦 粉を挽いたり、
そ ば 打 ち を し た り とい っ た 、 今日 で はなかなか経 験す る ことのでき ない技術を おば あ ちゃ ん先生に教え ても らお う とい う もの である。 この ような 「地区プ ラ イ ド 運 動」 の 展開を 通し て、
高齢 者と 子 どもた ち、
高齢 者 と若い母親たち との触れ あい が生 き 生 き と展 開 されて い る。8
.
高 齢 者 が元気で暮らせ る 地 域 づ く りのた めに こ こに紹介 した三島町 に お け る五つ の 運 動 「ふ る さ と運動」「生 活工芸 運 動」
「健 康づく り運 動」
「有 機 農 業 運 動」 「地 区 プ ラ イ ド運 動」 のいず れにあって も、 地域の 高 齢者た ち が 大切な役 割を担っ て い る。
停年 退 官 してか らは職 場はも ち ろん地域 社会 との有 機 的な関係を閉ざし て しまい がちな都 会の なかの高齢 者とは対照 的に
、
三島町にあっ て は、
地域の 生 活 文 化 を 担うま さに中核 的存在とし て、
高 齢者たちが健 在で あ る。
上 に み た三島町の 地域づ く り運 動は、
これか らの農 山漁村に おけ る高齢化社 会の あ り方 に 関 し、
次の よ う な 示 唆 を 与 えて くれ る。
(1
) 働 き か け 自立 し え る自然の存 在の大 切さ いず れの地域社会 にも、 と り わけ、
日本 各地の農 山 漁村に は、
目々 の生業と し て働き かけ、
生活の 自立 を 支 え る き た田や 畑、
山林が ある。
なか でも、
耕地 面積 が狭小 な山村にあっ て は、
人の手 に頼 ら ざる を えない 伝 統 的 な田畑や山の仕 事がいま だ生き続 け てい る。
三 島町の みな らず、
日本 各地の農 山 漁 村におい て、
生業 とし て働 きかける自然があ る 限 り、
た と え そ れがあ ま りに も狭 小であっ て も、
高 齢 者 た ち に とっ ての 「退 職」 はあ りえない。
そ れ どころ か、
今 日 は、
機 械化と生 産 効 率 を 最 優 先 す る 近 代 農業に抗 するもの とし て、 有 機 農 業や焼 畑 農 業な どの伝 統 的で地城固有の 農 法の価 値 が 見 直 されは じ め てい る時期で も あ る。
多くの農 山漁 村 に お け る高齢 者た ちは
、
伝統的生産 技 術 や 伝 統 的生活 文化の体 現 者・
伝承者と して、
いま や ますます、
その社 会 的役 割、
社 会 的存 在 価 値を増し てい く もの と思 われ る。 (2
)創造 的なものづく り の大切さ 三島町で展 開されてい る五つ の運動は、
総じて、
人 の 手 による 運 動 とい っ て 過 言 で は ない。
た とえ ば、
すで にみた ように、
「生活工芸 運 動」は、
人の手 に よっ て 自然 素 材 を 採集し、
人の手 に よっ て加 工・
創作し、
そして、
人の手 によっ て伝え られてい く、 す ぐれて 「人 間の手に よ る活 動」 にほ かな ら ない。
ま た、
「有 機 農 業 運 動」 や 「健 康づ く り運 動」 にあって も、
三島 町の 生 活 文化が培っ てき た 「人の手による活 動」 がその 基底になっ て い る。
五十嵐文吾さん は、
次の ように語っ てくれ た。f
マ タ タビ笊 やアケビ蔓細工な どのもの づ くりをするた め に は、1
年 も前から、
山に 入 った ときに、
格 好 な天然 素材に 目をつ けて お く。 お盆過 ぎには、
蔓がまっ す ぐ に伸びるよ うに 下草の刈 り払い もする。
こ う し て 採 取 し た素材を前に し て、
冬場、
友人た ち と囲 炉裏を囲ん で もの づく り を す るの が なによ り も 楽しい 」 三島町の多くの高 齢 者 た ち は、
自然の うち に 鍛 え あ げてき た 巧 みな手 に よっ て、
す ぐれ て創造的な ものづ く り活 動 を行 なっ てい る。 そし て、 その 活 動は、 自ら が 生 きる証とし て の 自己確認、
自己充足の た めの作 業 に なっ てい る。
(3
)共働でき る地域共 同体の存 在の大切さ 三 島町の 高齢 者たちは、
共 同体 的社 会の なかで、
自 ら を 生か し、
生かされ る有機 的関係を確固 と し て築い て い る。
そ れ は、
高 齢 者 た ちが、
生 活工芸 品や有 機農 産 物 などのつ く り手 と使い 手 との関 係 に おい て、
あ る いは、
温 故知 栽を基 本 と す る五つ の 地 域づく り運 動 に お け る伝統 的 生 活 技術・
生 活 文化の体 現 者・
伝 承者と して 、 欠かせ ない存 在になっ てい る か らである。 本 来、
人 間は、
家族、
集落、
地 城 な どの有 機 的 共同 体のなか にあっ て は じめて存 在し、
その 存在価 値が認 め られるもの である。 三 島町 の 五つ の 運動は、
いずれ も、 人び と と共 同体 的 社 会との 強いきず なを再 確 認し、
強め てい こ う とす る もの に ほ か な らない。
これ ら 五つ の運 動は、
今 後 も只見 川の流 れ に も似て、
穏やか にゆっ くりと進行し てい くにち がい ない。
そし て、
この ゆっ た り と し た流れ が続 く 限 り、
三島町 に お け る高 齢者た ちの輝 か しい顔 は、
お そ ら く、
消 え ない こ とで あろう。
デ ザイン学 研 究 特 集 号 sPECIAL lsSuE oF JssD vei