Japanese Society for the Science of Design Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
仙 台
に
お け る
デザ
イ
ン
・ミ
ュー
ジ
ア 厶
開 設
に
向 け
て の
三
つ
の
動
き
Three Movements
forward
theFoundation
ofDesign
Museum
inSendai
庄 子 晃 子 東 北工業 大 学
SHOJIAkiko
Tohoku lnstitute of Technology
1
.
は じめに仙 台は
、
近 代工芸・
デ ザイン研究発祥の地である と 言 わ れ る。
昭和3
年に国立工芸 指 導 所が創 設さ れ、
我が国の近 代 産 業工 芸・
デ ザイン界を牽 引 するため の 拠点だっ た からである。
そのような歴.
史的 背 景を 持っ 仙 台で、
デザイン・
ミュー
ジアム研究 会、
工 芸試作品 展 示室、
Web
サ イ ト仙 台 デ ザ イン史博 物 館、
とい うデ ザイン・
ミュー
ジ アム開設に 向 けて 互い に協 力 しあい活 動 を続ける 三つ の動き を紹介
したい。 2.
MIDEC
せん だいデ ザ イン・
ミュー
ジアム 研究 会 の活 動平 成
15
年 (2003
年 )10
月に、
宮 城 県産業 デ ザイン 交 流 協 議 会 (
Miyagi
IndustrialDesign
Exchange
Conference、
以 下M
【DEC
と記 す )の会 員有
志(
デ ザ イ ナー、
会 社 員、教育
関 係 者、
アー
テ ィス ト、学
生 など)がせ んだいデザイン・
ミュー
ジア ム研 究 会 を結
成し、
活動を開始 した。
MIDEC
は、
平 成2
年 (1990
年 )11 月 に組 織 され、
今
日 ま で に 16 年の 歴 史 を持っ。
現 在、
アイ リス オー
ヤマ (株 )の大 山健太郎 社 長が会長
を務め る。
事 務 局 を アー
ク イ メー
ジギャ ラ リー
内に置い て い る (〒980 − 0022
仙 台 市青
葉 区一
番町 1−
12−8 S
ビ ル5
F
、TEL
O22−215−4288、
FAX
O22−238−7058、
E−
Mailmidec @midec
.
jp
、
Web
サ イ トhttp:〃www.
midec.
jp
)。
2
.
2
報 告 書の作 成
M
[DEC
せ ん だい デ ザイン・
ミュー
ジア ム研 究 会は、
半年 間かけて話し合っ てきて得た成 果を ま と め、 平
成
16
年3
月 に、『
平 成 15 年 度MIDEC
デ ザ イン・
ミュ
ー
ジ アム研 究 会 報 告書Design
Museum
Projectせん だい にデ ザイン
・
ミュー
ジア ムをつ くろ う!』を 刊 行し た (図1− 1〜
図1−4
)。
この 報 告 書の 内 容は、
MIDEC
のWeb
サ イ トで見 るこ とができる。
2
.
1MIDEC
せ んだいデ ザイン・
ミュー
ジア ム研 究 会につ いてMIDEC
せ ん だい デ ザイン・
ミュー
ジア ム研 究 会は、
(株 )乃 村工藝 社の酒 井 亨氏 が リー
ダー
と な り、 結 成 後 平 成16
年3
月 ま での6
ヶ月間、
月1
回の ペー
ス で、
構 想 を練 り(収 集・
展 示公開、
企画運営 ・
活 動、 教育
普 及、情
報 受発信、 事 業 計画
など)、
実 現に向けて の 年 次 計 画 等につ い て話し合っ た。 図1−
1 1.
は じめに一
MIDEC の研 究 活 動につ い て一
2.
せ んだい にデ ザ イン・
ミュー
ジア厶 が 必 要 な わ け 3.
機 能一
5つ の機 能が基 本的 に求め ら れ ま す一
4.
役 割一
さま ざ ま な 人たちに役立 ち たい の です一
5.
つま り 基 本 的 な方 針と して こ のよ う に 考 え ま し た 6.
具 体 的に はこんな活 動です (その 1) 7.
具 体 的にはこんな 活 動です (その2) 8.
具 体 的にはこんな 活 動です (その3) 9.
具 体 的にはこんな 活 動です (その4) 10.
でき ることから一
歩つつ進め て い き ます 11.
実はDMは もう存 在して いる の で す コラ ム 1)エ コ ミュー
ジァム と い う概 念 i2.
DMにおけ る デ ジ タル化・
ネッ トワー
ク 化も必 須 の 課 題 です 13.
そ れに してもハ コ (施設) は 欲 し い で す ね 14.
こんな 展示構 成はいかがで しょうか ? 15.
まと め コ ラ厶2)せ ん だ いデザイ ン・
ミュー
ジア ム シ ンボルマー
ク案 コ ラム3) 国立工藝 指導 所につ い て コラム4)ブルー
ノ・
タ ウ ト と工藝指導所 17,
おわり に 図1−
2● 鵡 せ ん たい のまち4 全 体 がデ ザイ ン ミュ
ー
ノア ム 鍛縫 タ入の検 謠 紺減丶
Wssc
1 誇》 驪 蹴 ひ興拝 総 野
曜
禦 ゐ 麁肇 幾 概念飄にあ る ように、
議ちを訪れ る 観 光 客 や 外 来 者 と 市 民・
生 盾者の双 方に対し、
ミュー
ジア ム 群 の 果 た す 役割 は 多種 多様で す。
デ ザ イ ン をキー
ワー
ドに連 携した ときに、
そ れらの羅ア 施 鰻 と位置づけ さ れ る の が デ ザ イ ン ミュー
ジア ムなの です。
図1−
3 縣 壕1メニa−
1[lil 毒 ノ恩蠶、
隼 蹙鉛降含学 轡の膿 囀 機 螽ジと A 貯 艶義 穆 イノター
ヘ
ノ ノ ノブ子生禽 掻 魯ワ ザ ζソ挫、
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は 伝M て残J 冷 い郷 まの文化 や知 浄が留 鬻に あ り よ 弧 了 と ら ん 鶺Lは 豊か な轗蘭牲と行勲力 が あ り3す講k方 のmatk 分 ち 今い マイノ9Pt± を
,
まか るもの と し 謀孔鑞
イペ ン トぞ 磯交 流 駕域 外 海 外自漁体&ft間企 警 地 嘱 産 翼アザイノの 娠 興 在 臼離と し i翻織 MDEC を はしめ 恥 域「
は 冬く の デザr/
雪 動が あ,) 9サ。
学 t4.
や一
般 市 民も取 り罫 ん た ノ吶
ザイ ノ弊 夷の概 交流の場 をψ う け ま凱 体 駿 を面ひttlf 霍艱で 穐
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クノ
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ブ 藷一
惣
1嚇
難
tk.
.
.
k
’ 響 tSvs 図1−
4Japanese Society for the Science of Design Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
2.32004
「せ んだい に デザ
イン・
ミュー
ジアム をつく ろう」
提
案パ ネル展の開 催前 述の 報 告 書の 内 容 をパ ネル化 し た ーで
、
展覧
会を平 成16
年5
月 28 日 か ら6H2
日 にか けて開催
し た (於 東 北工業 大 学一
番 町ロ ビー
内1
階ギャ ラ リー
、
仙 台市青葉
区一
番町1−3−1、
ニ ッセ イ仙台ビル 内
、TEL
O22−723−0538、
FAX
O22−263− 8606
、E−Mail
:しohtech.
10bby
@jasmine
.
ocn.
ne.
jp
、Web
サイ トht
しp:〃www.
tohtech.
ac.
jp
)。
この 提 案パ ネル 展の 様 子 は、MIDEC
のWeb
サ イ トで紹 介 されてい る。
展覧会 会 場に は
、
パ ネル展 示に加 えて、
工 芸指 導所 時代と産業
工芸試 験 所 時代の 東 北 支 所が試 作した18
点の 工芸 試 作 晶 (産 業技 術 総 合 研究所 東北セ ン ター
所 蔵 )が 展 示 され、
ま た工芸 指 導 所 が 技 術 開発 と指 導に 当たっ た 高 周 波 成 形 合 板 製のモ ダンなデ ザイン の椅
子 数点 (今も商
品 と して製
造販売 され てい る)が 並べ られ た。197
名の方々 に見てい た だくこと ができ た。な お、 平
成
16 年 5月 29 日(士〉に、
東 北工業大学 番 町ロ ビー
の4
階ホー
ル で意見 交換 会を開催 し た。
酒井研究 会 代 表の 司会 進 行で、
宮 城 教 育 大 学の新田 秀 樹 教 授が ミュー
ジア ム の新
しい 傾向 を、
ハー
ト and アー
ト空間 “Be −1
” 代 表の関口怜 子 さん が ドイ ツ の街並 とお もち ゃ にっ い て、
そ して筆
者が工芸 指導
所 と仙台の 工芸につ いて、
それ ぞ れ 講 演 を おこな っ た後、
参加者67
名との 意 見 交換
会と なっ た。宮
城
県 産 業 デ ザイ ン 交 流 協 議 会 が発 行 する“
MIDEc
TIMEs
vol.
7,
(平 成 16 年 9 月 )” に、 「パ ネル 展 と意見交 換 会 開催」 に関 する記 事が
載
り、
デ ザイン・
ミュー
ジアム設立に 向 けて第一
歩 を 踏み出 した と記 されてい る。
また酒 井 研 究 会 代 表か ら、
将 来へ の展 望の 足掛か り をつ く るこ とが 当年 度の課 題 であり、
特に工芸 指 導 所 関連 資 料の入 手実現 化に 向 けて行 動 する との コ メン トが寄せ ら れ てい る、
2
.
42006
「せ ん だいにデザイン・
ミュー
ジ アムをつくろう」提 案パ ネル展の開
催
平成 18 年 10月 1 日か ら8
日 まで、MIDEC
せ ん だ い デ ザイン・
ミュー
ジ アム研究会の第
2回 目の 提 案 パネル 展 を仙 台 市 ガス 局シ ョー
ルー
ムにおい て開 催 した。
「『まず 箱 もの あ り き』
では な く、
知 恵と工 夫 でデ ザイン・
ミュー
ジアム を創 り出し、
仙 台をデ ザ イン感 度の 高い街にする た めの 提言」(注1
) とい う 趣 旨で、
「せ んだいデ ザ イン・
ウィー
ク」 のオー
プニ ング行 事と して行な わ れ た。
「 せ んだい デ ザイ ン・
ウィー
ク 」 は、
仙 台お よ び 宮 城 を拠 点に活 動 する各 種 デ ザイ ン団体が 共 同 で実 施 する もの で(注2
)、
平 成16
年12
月に開始 された。 平 成18
年は3
回 目で、 10 月 1 日〜
8 目、
10 月27
日〜
29 日、 12 月8
日 〜10
日 の3
期に分けて開催 さ れ た。MIDEC
は主催 11団体の ひ とつ である。
今同の 提 案パネル 展で は
、2004
年の第1
回 展 (報 告 書 )で述べ た 「実はデ ザイン・
ミュー
ジア ムは も う存 在 してい るの です」 (図1−3
)を クロー
ズア ップ し、
仙 台 市内の有 形無 形の 資源 を 活 か しな がら、
デ ザイ ン・
ミュー
ジアム のよ り具 体 的な形を提案
し よ うと試 みた。 地下鉄の 地 下道、移
転 計画中の東 北大 学 片平キャ ン パ ス、
工芸指 導 所が建て ら れ た敷地 と隣
接 する榴岡 公 園を活 用 する提 案がな さ れた (図 2−1〜
図2−3
)。
な お 本 展
覧
会に も、
産 業 技 術 総 合 研 究 所 東 北セ ン ター
の御 好 意に よ り、
同セ ンター
所 蔵の サ イ ドボー
ドや 盛器な ど21 点の 工芸 試 作 品の展 示がな され、
会 場に華i
を添えた。
図2−
1 図2−
2図2
−
33 .
「工芸 試 作 品 展示室」の誕 生独 立 行 政法人産業 技 術 総 合 研 究 所 東 北セ ンタ
ー
(以 ド、
産 総 研 東 北セ ン ター
と表 記 )の加藤
碵一
所 長 (平 成15
年 4 月〜
18 年3
月、
現 産 業 技 術 総 合 研 究所 理事 )の計らい に よ り、
平成 16 年 7H1 日 に 「工芸 試 作 品展示室」 を産 総研東 北セ ン ター
内に 開設する こと ができたの で紹 介したい。
実は科 学 技 術の
最
先端分 野の研 究 を任 務 としてい る産 総 研 東 北セ ン ター
(仙 台 市 宮城
野 区苦 竹 )であ るが、
その 出 発点は昭和3
年 (1928
年 )に仙 台 市二 十 人 町 通 (現 仙 台 市 宮 城野 区五輪
)に創
設され た商工 省工 芸 指導
所で あ る。 初 代 所 長の 国井 喜 太 郎は、
工 芸の 科 学 化、
大 衆 化、
輸出化をモ ッ トー
に所 員 達を 導い た。 昭和 8 年 (1933
)には建 築 家で ドイツ エ作 連 盟の メ ンバー
で あっ た ブルー
ノ・
タウト (1880〜
1938 ) を招 聘し (図3−3、
図3−4
)、
その 指 導を受け て機 能 実 験 や 規 範 原 型の研 究 (量産の椅
子や 照 明具 をデ ザイン)を行なっ た。
我が国の 近 代 デ ザイン 史 に おけ る・
っ のエ ポ ック となっ た と言え よ う。
仙 台の 工芸指
導
所は、
昭 和15
年に東 京に本 所 が創 設された後、
工芸 指 導所東 北 支 所(
昭和15
年〜
)、
産 業工芸試 験所東 北支所 (昭 和27
年〜
)、
東 北工業 技術
試験 所 (昭 和42
年〜 ) 、東北工業 技術
研 究所 (平 成 5 年〜
)と改組 を 重 ね、
平 成13
年に産 総 研 東 北セ ン ター
となっ た。
筆 者は
、
工芸指導
所 研 究のた め に、
東 北工業 技 術 試験 所 時 代の昭 和52
年と53
年にA 棟
の応接室・
事 務 室と倉 庫を調べ、
東 北工業 技 術 研 究 所 時 代の平 成8
年にA
棟の応 接 室を再調査、
産 総研東北 セ ンター
時 代の 平 成 15 年に倉 庫を 再調 査した。
産総 研 東 北セ ン ター
に は、
工芸試 作 品とコ レクシ ョンが約 500 点 ほど収 蔵 され てい る こ と、
そ れ ら は 応接室 にはわず か で あっ て、
殆ど が倉 庫 内に眠っ ているこ と を知っ た 次 第である。
ま た、 そ れ ら が昭 和22
年〜41
年に 取 得された もの で あるこ とを確認 し た。加藤 碵
一
産 総研東 北セ ンター
所 長は、
平 成15
年 12 月 に、新
しい 東 北 産 学 官 連携
研究 棟(
と う ほ くOSL
棟 )が完 成 したの に伴
い、
空室と なっ たA
棟の 旧応接
室を 「工 芸 試作 品 展 示室」 とし て再活 用 する ことを提 案し て くだ さっ た。筆者
は 全面 的に協 力す ること と し、
展示計 画 を たて、
平成16
年7
月1
日 に 無 事オー
プン に漕 ぎ着け るこ と がで きた。
「工 芸 試作 品 展 示室」 (図
3−1
)につ い て説明 し よ う。
入口 の真向 かい の 壁 に沿っ て五つ のサ イ ドボー
ドを 並べ、
ま たそこ に花 瓶 や小物 容れや 宝石箱
やタ バ コ入 れ とい っ た試 作品 や こ けしの コ レク シ ョ ン (所 長がこけしコ ン クー
ル の審
査の任に 当 たっ た時 の もの な ど) を飾っ た。
そ れ らは 旧応接室 時代のレ イ ア ウトを その ま ま活かした もの である。
工芸 指 導 所員 剣 持 仁 (勇の 弟 )が 昭 和37
年にデ ザイン し たサ イ ドボー
ドが2
点 あるの で注 意して 見 てい ただき た い。
伝 統の摺り漆の技 法 で仙 台特産の欅 材の木 目の 美し さ を引 き 出した秀 作 と言 えよ う。
なお、
図3−1
の奥 (窓 側 )に 写 る馬の 置物 (図3−6
)は本 来 所 長 室に置か れてい たもの である。
昭 和15
年 10 月 12 日に所 長 室で開か れ たシ ャ ル ロ ッ ト・
ペ リア ンを招 い ての座談 会の写真にも写っ てい る (図 3−
5)。
入 口側の壁 沿いに は会 議用 平
机
を一
列 に 並べ て、
そJapanese Society for the Science of Design Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
の 上 に黒の布 地 を敷いて
、
倉 庫に保 管されていた 試作
品の 中か ら、成
型合板の技法から 生 み出された人工木 目の皿類や漆塗の 盆類を選 び出し展 示 した。 ま た 入口から見 て 左側 (窓下)に は、
倉 庫に保 管さ れて いたコ レクショ ン (仙台 堆朱
や籃胎漆 器や蒟醤
塗 な ど)を、
黒 布 地を敷い た 会 議 用 平机の上に並べ た。
窓 側と反 対の壁の前 (入 口の 扉を 開 け て
右
側)に は、
衝立 て2
種と成 型 合 板 製の小机 を 置いた。
なお部 屋の中心 に は会 議 用の平 机を
4
台並べ て大 き な平 面を作
り、 や は り黒の布 地 を敷い て、
倉 庫 内に 図3−
1 図3−
2 図3−
3 図3−
4 図3−
5 図3−
6 あっ た試 作 品 (漆 器やや き ものや 金属工芸 品 や新 素 材 によ る もの)を飾
っ た。
こ の中に は、
注目の非 円形ろ くろ (特 許 出願公告 昭37−14398
)に よ り制作され た 四 角形 や 三角形や 楕円 形の盛 器 などの試 作 品が あ る。
展 示で き た もの は ほんの
一
部だ が、
いずれ も高
い デ ザインの 質と 技術の質
を備 えた もの ばか りである。
窓口 の森 克 芳 氏 も親 切に対 応 し て下さ り、
見 学さ れ た 方々 か ら好 評であ る。 試 作品の 多く は まだ 段ボー
ル の中に保 管 中 なの で、
順 次 展 示 換え を して、
全作 品を直に見るこ との で き る チャ ン ス を作っ てい きた い と思 う。
Web
サイ ト仙 台 デ ザイ ン史 博物館の 中で、
これ らの 試作
品の リス ト と写 真 を公開し てい る。
「工芸試 作 品 展 示室」 の開 設に よ り
、
工 芸指導
所 東 北支 所 時代 と産 業工芸 試 験 所 東 北 支 所 時 代の試 作 品 やコ レクショ ンをいつ で も望 む と き に見るこ と が でき る ように なっ たこ と は、
大 変よ ろこばし い。
「工 芸 試 作 品 展 示室」につ い て は、
産 総 研 東北セン ター
の ホ
ー
ムペー
ジ (http:〃unit.
aist.
go.
jp
/tohoku )で も紹介 し て い る
。
なお
、
産 総 研 東 北セ ン ター
の 図 書 館には、
工芸 指 導 所 時 代の グ ラフ ィ ッ ク (図3−
2)や 写真 (図3−3、
3
−4
) が 少々 と、
工芸 指 導 所 およ び産 業工芸 試 験 所 時 代に発 行 さ れ た『
工藝指導』、『
工藝
ニ ュー
ス』、『
工藝研 究 』 等 が 保 管 されて い る。
ま た平 成15
年 度よ りこれらの 文献 類を ホー
ムペー
ジの 「論文・成
果集
」に て閲 覧できる ようになっ たこと で、
産 総 研 東 北セ ン ター
は、
ますます 我が国の 近代 工芸 お よ びデ ザイ ン研 究の重 要な拠点 とし て位 置づ け られる ことになっ た と言え よう。4 .
「Web
サ イ ト 仙台 デ ザイ ン史 博 物 館」 の 公開 筆 者の研 究 室で は、
仙 台のデ ザ イン史を テー
マ と したバー
チャ ル な博 物 館を 、平成
17 年1
月9
日 に 公 開し た。
仙 台が近 代工芸・
デ ザ イン研 究 発 祥の 地で あ るこ と を 広 く 般 に お 知 らせ し、
仙 台の モ ダンな 文化 的 特 性の一
一
面に触 れて いた だ き たい と 願っ た か らであ る。 長 年の調査 研 究で蓄 積 し てきた内容を、
学 部生や 大 学 院生の協 力を得てようや く実現 す るこ と ができ た。
「Web
サ イ ト仙 台 デ ザイ ン史博 物 館」(
http
:〃web.
design.
tohtech,
ac.
jp
/〜
shoji/)は、
内 容 構図4
成
は、1 .
トップ、2 .
ご案 内、3 .
展示 室、
4.
年 表、
5 .
掲 示 板、 6 .
リン ク、 7 .
サ イ トマ ップ、 8 .
お 問い合
わ せ、
と なっ て いる。
1 .
トッ プ頁は、
樹木 に囲ま れて工 芸指 導 所 跡 地 に 建つ 記 念 碑 (宮城 野 中 学 校の西 南 角にある)の 写 真 を背 景に、
表題 「仙台デ ザイ ン 史博 物 館 /SDHM
/Sendai
Design
History
Museum
」と、
「近 代工芸・
デ ザイン研 究 発 祥の 地 仙 台」の 文 字を 配 し た
(
図4 )。
この トッ プ 頁 に は、
ニ ュー
ス欄 を設 けた。
現 在は、
昭 和30
年 代に研 究 生と し て産 業工芸試験
所 東 北支 所で修業
を積ん だ 「ろくろの時 さん」 こと時 松 辰 夫 氏 と、
当 時の産 総 研 東 北セン ター
所 長加藤
碵一
氏へ の インタビュー
を載せて いる。
続いて
2 .
ご案 内で は、御挨拶
と筆者
の研 究室の 昭 和 52 年 以 来の 調査研 究の集 大 成 としてこのWeb
サ イ トが構 築 された経緯
を 記 し た。本 命の
3 ,
展 示 室は、
三部 門か らなっ てい る。第
一
部 [仙 台は 「近 代工芸 デ ザイ ン研究」発祥の 地 ?] は、
「T .
芸指導
所と は ? 」 「記 念 碑と跡 地」 「ブルー
ノ・
タウ ト」 「剣 持 勇」の4
項目 を 用意 してい る。
第 二部
[工 芸指 導 所 関 連 作 品 ]は、
産 総 研 東 北セ ン ター
の 「工芸試 作 品展 示室 」の 品々 (工芸指 導 所 東 北 支 所 と産業
工芸 試験 所 東 北 支 所 時 代の試 作 品 ) を、
「木工品」 「金工品」 「漆工品 」 「コ レクシ ョ ン 」 「そ の他」 「一
覧
表」の6
項目 に分 けて紹 介し てい る。 第三部 [仙 台の 工芸 ]で は、
筆 者が 『仙台市 史特 別編3
美 術工 芸』
(平成8
年 刊 )の編 集 と執 筆 を担 当 した折 りに取り上げ た明治以降の仙台の工 芸 を扱っ てい る。4 .
年表 は 基本 事 項で構 成した。
なお 今 後は
、
行 事の お知 らせや トピ ックス も載せ てい こ うと考
えて い る(た と えば平 成17
年の [5
月15
日創 刊の新しい雑 誌 『仙 薹文化』
]、 [6
月11
日実施の 写