要旨 教師は,教科書に書かれている順番を大きな枠組みで解釈しながらストーリーを創る。そして児童・生徒は, 教科書から多くのメッセージを受け取る。これは教科書を一冊の塊として捉えた場合のことである。社会科 系教科書には「税」がいたるところに登場する。この所々に書かれている「税」だけを取り出して順番に並 べると,児童・生徒は「税」についてどのようなメッセージを受け止めるのだろうか。小学校の教科書を分 析した結果,「税」に関して児童は多様なメッセージを受け止めるのではないかという問題意識を持つよう になった。ここに問題点があるならば,高校の公民科の授業で「税」に関する学びの再構築が可能なのでは ないか。 キーワード:税,年貢,関税,教科書,再構築
Ⅰ.はじめに
1.教科書が発信するメッセージ 教科書の記述には,生徒に向けて発信しているメッ セージが多数含まれている。教師は,生徒の状況を分 析し,教科書の記述を理解しやすい形に変換したス トーリーを構築して授業案を創っている。 例えば高校の「公民科」の教科書を見ると,1 つひ とつの単元は独立しているように見えるかもしれない。 しかし,記述の配列には重要な意味がある。高校生は, この教科書の配列を大きなストーリーの中で理解し, メッセージを受け止める中で政治や経済の仕組みを理 解していく。このことを授業案を作成する教師の立場 からながめると,公民科教師は,教科書の小さな各単 元に関連する授業案を創る際には,全体を通したス トーリーを意識した教材作成を心がけるべきだという ことができる。 2.問題の所在 ところが,この教科書が発信するメッセージを目の 前の生徒に合わせて教材化しようとする際に課題があ る。本研究では,小学校の「社会科」教科書に書かれ ている「税」に関連する部分だけを取り出して,どの ようなストーリーを構築することができるのかを分析 してみたいと考えている。 具体的に小学校「社会科」の教科書の中から「税」 だけを抜き出して並べてみると,児童・生徒は昔の 「税」の仕組みが今日も継続して続いており,それが 現在も義務化された形で社会の役に立っているのだと 読み取ってしまう場合もあるという危機感を感じた。 教師は,小学校の教科書にバラバラに登場する「税」 を,どのように受け止めればよいのだろうかという点 に問題の所在を認識した。 そこで本稿は,小学校の教科書における税の記述を 分析することを目的として設定する。Ⅱ.研究の方法
研究の方法は,小学校「社会科」教科書から「税」 に関する記述を抜き出し,どのようなストーリー構築 が可能かを検討し,そこから発信されるメッセージは どのようなものなのかを考察する手法を用いた。小学生が学ぶ「税」の研究
-小学校の教科書に「税」は
どのように記述されているのか-
The Journal of Economic Education No.36, September, 2017“Tax” in Elementary School Education: How Do Children Learn about “Tax” in Txtbooks KANEKO, Mikio
Ⅲ.研究の経過
1.小学 6 年生「社会科」教科書 A 社の分析 (ア)A 社「社会科」教科書の税に関する記述の特徴 小学 6 年生「社会科」教科書 A 社の教科書は上下巻 に分けられており,上巻は日本のあゆみが,下巻では 公民分野が中心に記述されている。A 社の税に関する 記述の特徴をまとめると次のような点があげられる。 第一に,税に関しては「税」,「税金」,「ねんぐ」, 「関税」という用語が使い分けられている。第二に, 税を「納める」,「取り立てられる」,「かけられる」と いう用語が用いられている点があげられる。第三に 「財政」という用語が江戸時代の社会を記述する中で 用いられているということがあげられる。具体的な分 析結果は次のとおりである。 (イ)「社会科」教科書 A 社上巻における税の記述 A 社教科書の中で初めて「税」が登場するのは聖徳 太子が記述されたページで「8 世紀初めごろまでに, 土地や人々は国のものとなり,農民が国に納める税の 制度も統一されました。国の名を日本と名のるように なったのもこのころからです」1)という部分である。 ここでは,農民が税を「納める」と記述している。 2 回目の「税」の登場は,聖武天皇が大仏づくりを 進めていた頃を学習するページにあった。具体的には 「このころの農民は,国から割りあてられた土地を耕 し,税として米を地方の役所に納めていました。また, 絹・塩・鉄などの地方の特産物を都に運んで納めるこ とも税の一つでした。」2)とある。この 2 回の記述は, 農民が権力者に税を納めるという視点で記述されてい る。ところが,3 回目の記述を見ると,書きぶりに変 化があらわれる。これは,ある児童が書いた文として 「自分の思い通りに何でもできるほどの権力を得た道 長に対して,地方の豪族や役人,税を取り立てられた 農民たちには,不満はなかったのだろうかと思いまし た。」3)と書かれている。ここでは税を「取り立てられ る」と表現している点に注目したい。 次に税に関する記述が登場するのは豊臣秀吉の天下 統一の部分であった。ここでは「検地によって百姓た ちは,土地を耕す権利を認められたかわりに,決めら れたねんぐを納めることになりました。」4)と記述され ている。本文の記述では,税を「納める」という表現 を用いている。同時に「不必要な武器を持ち,ねんぐ を納めず,一揆をくわだてて武士に反抗すれば罰す る」とあり,年貢に関連した農民の反乱を「一揆」と 表現している点に注目したい5)。 続けて,江戸時代の庶民の暮らしを表現した部分に も税に関連する記述が見られた。具体的には「農村な どに住む百姓や,商人と職人からなる城下町に住む町 人たちは,おもに農業や商工業の仕事をしていました。 これらの人々は,武士に支配され,ねんぐなどを納め て武士のくらしを支える身分とされました。」6)と支配 者が被支配者に納めさせると表現している。 続けて A 社の書きぶりを追いかける。キリスト教 の禁止と鎖国の部分での記述で「家光が将軍のときに, 九州の島原(長崎県)や天草(熊本県)で,16 才の 益田時貞(天草四郎)を中心に,キリスト教信者の百 姓をふくむ約3万7000人が,一揆をおこしました(島 原・天草の一揆)。百姓たちは,厳しいねんぐの取り 立てとキリスト教の取りしまりに反対して戦いました が,幕府の約 12 万人の大軍におさえられました。」7) とあり,これに続く江戸の社会と文化のところでは 「商人と職人からなる町人は,村と同じように町役人 を選び,町を運営していました。町人にかけられる税 は,百姓に比べると軽く,経済力では大名をしのぐ大 商人もあらわれ,大名にお金を貸す者もいました。」8) と書かれている。これ以前の本文の記述では,税は納 めるという書きぶりであった。しかし,江戸幕府途中 の記述から「厳しいねんぐの取り立て」であるとか 「かけられる税」と被支配者にとって負荷となるよう なメッセージを発信していることが読み取れる。 さらに記述を追いかけると,江戸時代から明治にさ しかかろうとする頃の書きぶりは次のようになってい た。「この条約(日米修好通商条約)では,外国人が 日本で罪をおかしても,日本では処罰できないこと (治外法権)や,輸入品に自由に税金をかける権利 (関税自主権)を日本に認めないことが決められてい ました。」9)と突如として「関税」という用語が登場す るのである。よりよい社会をつくるため納める税もあ れば,政策としての税もある。様々な種類の税と出 会った児童は,租税観の枠組みをどのように構築して いくのであろうか。また「江戸時代後半,財政が苦し くなった岡山藩は,藩内に厳しい倹約を命じました。」 10)として「財政」という用語が登場する。財政学の テキストでは,「近代市場社会の形成とともに,「貨幣 による統治としての財政」が誕生する」と説明されて いる。11)しかし,歴史の学習で児童は,江戸時代の財 政という概念と出会う。このことを教師が認識した上 で,高校の授業案を作成する必要がある。さらに明治 時代の記述にうつると「政府はまず 1873 年(明治 6 年)に徴兵令を出し,20 才以上の男子に 3 年間軍隊に入ることを義務づけました。また,土地のねだんを基 準に地租という税を定め,不作や豊作に関係なく決 まった額の税金を納めさせました(地租改正)。」12)と して「税金」という用語をはじめて用いていることが わかる。 次に,同じ 6 年生が学ぶ公民分野に関する教科書下 巻の記述を分析することにする。 (ウ)「社会科」教科書 A 社下巻における税の記述 下巻ではじめて「税」が登場するのは「福祉を進め たり,道路をつくったりするお金は,人々が納める税 金でまかなわれています。」13)という部分である。教 科書上巻で日本のあゆみを学んだ児童は,税・年貢・ 関税・税金という流れで税に関するメッセージを受け 止め,その税が現在では福祉や道路のために使われて いるのだと受け止めるのだろうか。税の表現において は,上巻と下巻の間に,社会の仕組みが大きく変わっ たことを再認識し,その変化に架け橋をかけて教材を 創るということを認識する必要がある。 次に税に関する記述が登場するのは「税金は,いろ いろな方法で集められています」14)という部分である。 ここまで児童が接してきた税は,被征服者が強制的に 取られるというイメージで描かれた税が多数を占めて いた。いったい現代はどのような手法で奪い取られて いるのだろうかという問い(場合によっては恐れ)を 持つ児童がいても不思議ではない。続けて「もしも税 金がなかったら,わたしたちの生活はどうなってしま うのでしょうか。」15) と不安をあおるような展開に なっている。税を納めないで不安な社会にならないよ うにすることが大切だというメッセージを発信した後 に,その税をどのように使うのかという話にうつる。 使い方に関しては「足立区の税金の使いみちを決めて いるのは,足立区議会の議員です。」16)というように, 私たちの代表者が決めているというメッセージを発信 している。その次には「憲法では,いろいろな権利が 保障されているだけではなく,国民に対して,教育を 受けさせる義務,働く義務,税金を納める義務の三つ の義務についても定めています。」17)と憲法の学習の ところで取り上げている。国民の義務として納めた税 金の使い方を決めるのは,私たちが選挙で選んだ人々 だというストーリーを発信しているのだ。ここで,歴 史上の権力と現代の権力との質の違いは示されている が,児童が税との関連を意識して社会の仕組みを認識 しているかどうかはわからない。 A 社では,この後に「今からおよそ 240 年前,アメ リカはイギリスからの独立を宣言する文書のなかで, 国は,国民の同意がなければ権力をふるうことはでき ないという考えを打ち出しました。この考えは,その 後のフランスの人権宣言にもあらわれています。」18) と革命の前後の違いを示している。この表現と租税民 主主義19)との関連を児童には気がついてもらいたい。 2.小学 6 年生「社会科」教科書 B 社の分析 (ア)B 社「社会科」教科書の税に関する記述の特徴 教科書は学習指導要領を基盤につくられているが, その発信するメッセージ,綴られているストーリーが 同じであるとは限らない。複数の教科書を分析するこ とで租税に関する記述の真実に迫ることができる。 B 社の「社会科」教科書の記述内容の特徴は次のと おりである。第 1 に,税を納めるという表現と,税を 負担するという 2 種類の書きぶりがあるということで ある。第 2 に,安土桃山時代に,政策としての税が あったということを紹介していることがあげられる。 第 3 に,税は庶民にとってはつらいものであるという メッセージが見られるということがあげられる。第 4 に,財政という用語が歴史上の記述の中に見られるこ とがあげられる。具体的な記述分析は次のとおりであ る。 (イ)「社会科」教科書 B 社における税の記述 B 社では「8 世紀の初めには,国を治めるための法 律(律令)もできあがり,人々は,租・調・庸といっ た税を納めるとともに,役所や寺を建てたり,都や九 州を守る兵士の役を務めたりしなければならなくなり ました。」20)という部分で「税」が初めて登場する。 同ページで「各地の人々はさまざまな税や兵役などを 負担しました。」21)と,税を負担する側からの記述が 見られた。当時の支配者は,人々から集めた税と自ら の資産とを明確に区分けしていたと考えるのは難しい。 続いて「都のにぎわいを支える地方の人々の生活はと ても厳しいものでした。重い税の負担にたえかねて, 豪族や大寺院のもとへにげ出す人もありました。」22) と税を表現している。地方の人々の「重い税の負担」 という用語が児童の心に響くのではなかろうか。 次に税が登場するのは織田信長に関する記述部分で あった。ここでは「城下町では,だれでも商売ができ (楽市・楽座),市場の税や関所をなくすなど,これま でのしくみを大きく改めて,商業や工業をさかんにし ました。」23)と,政策としての税が記述されていた。 江戸時代になると「百姓は,名主(庄屋)とよばれ る有力者を中心に,自分たちで村を運営しました。幕 府や藩は,こうした村のまとまりを利用し,五人組と
いうしくみをつくらせて,収穫の半分にもなる重い年 貢(税)を納めさせたり,いろいろな役(力仕事)を させたりしました。」24)というように,「税は重いもの である」,そして「江戸時代の税とは年貢のことであ る」という 2 つのメッセージを発信している。 幕末の記述になると「九州の島原(長崎県)や天草 (熊本県)で,キリスト教の信者を中心に 3 万数千人 もの人々が重い年貢の取り立てに反対して一揆を起こ しました。」25)と重い税が要因で反乱を起こしたとい うメッセージが発信されている。反乱を一揆と表現し ている点は A 社と共通して整理が必要である。ここ で注目したい記述に「岡山藩では,財政が苦しくなっ たので,節約するよう人々に命令しました。」26)と A 社と同じ岡山藩のところで「財政」という用語を用い ている点である。2 社で共通して同じ用法が用いられ ている。この分野を教える教師は,経済学で用いる 「財政」と歴史学が用いる「財政」を整理した上で授 業案を作成することで厚みのある教材ができる。 続いて,大久保利通と明治政府の改革のところで 「国の収入を安定させるために,土地に対する税のし くみもあらためました(地租改正)。こうした改革が 進む一方で,新しい負担に苦しむ民衆の一揆も起こり ました。」27)と税に苦しむ民衆が描かれている。また, その反乱を一揆とつなげている。次は伊藤博文と自由 民権運動のところで「選挙権をもつ者は一定の税金を 納めた 25 才以上の男子だけでした(当時の国民の 1.1%)。」28)と,税を納めると選挙権を持つことができ るというメッセージを発信している。また,この部分 から「税」にかわって「税金」という用語に変わって いる。 B 社も A 社と同様に外国との条約の部分で「関税」 が登場してくる。税の枠組みを紹介する前に,税・年 貢・税金・関税と登場する展開は A 社と同じである。 この次に税が登場するのは公民分野においてであり, 「市は,住民や会社などから税金を集め,その税金を 使って多くの人が必要とする公共的な事業を行ってい ます」29)と説明している。この歴史分野と公民分野と の架け橋が児童には必要なのではないかと考える。 3.小学 6 年生「社会科」教科書 C 社の分析 (ア)C 社「社会科」教科書の税に関する記述の特徴 C 社「社会科」教科書の構成は①日本の歴史,②私 たちの暮らしと政治,③ 共に生きる地球という 3 つ のテーマで構成されている。また,日本の歴史の部分 では「税」,「年貢」という用語を用いているが,私た ちの暮らしと政治の部分では「税金」という用語を 使っている。また権力者が集める税,年貢,税金にお いて,集める側が歴史的にどのように変容したのかと いう記述が見られない。最後に,前述 2 社と同様の特 色として「関税」が記述される際に,関税記述前の税 と関税との違いがメッセージとして発信し切れていな い。具体的な記述分析は次のとおりである。 (イ)「社会科」教科書 C 社における税の記述 C 社では,税は聖徳太子の単元ではじめて登場する。 具体的には「それまで豪族が支配していた土地や人々 を,国が治めるようにして,有力な豪族が朝廷の役人 (貴族)として政治を行う仕組みがつくられました。 また,戸籍がつくられ,人々は税を納めるとともに, 朝廷のために働くことも義務づけられるようになりま した。」30)との記述であった。権力者が戸籍という一 覧表のようなものを作成して効率よく被征服者の財産 の一部を取り上げるという映像が児童に伝わるのであ ろう。C 社ではこのあと「稲を税として」31)納めると 書き,税は具体的には稲のことであるとしている。こ のような仕組みを,当時の多くの人々はどのように捉 えていたのかという視点で万葉集を引用して「それで も里長はむちを持ってやって来て,税を出せとさけん でいる。どうしようもない世の中だが,鳥ではないの で飛んで逃げるわけにもいかない。」32)と表現してい る。当時の人々にとっては,税というのは力による支 配によって強制的に取り上げられるものであり,でき ることならば税を納めることには抵抗したかったので あろうというメッセージが強く発信されている。 このように苦しめられている村の人々は「「寄り合 い」を開いて村の決まりを定めたり,一揆を結んで領 主に対抗したりしていました。」33)と一揆について触 れている。この一揆の表現は,反乱に直接つなげてい ない書き方をしている。C 社では「税」を,支配者が 力による支配者として被支配者から奪い取るというよ うなメッセージを連続して発信している。この傾向は 江戸時代の記述でも続き,「幕府や藩は,年貢を確実 に取るため,百姓の日常生活まで細かく規定しまし た。」34)とそれまで用いていた「納める」という用語 ではなく「取る」と表現している。 開国前後を記述した部分では,「関税」について記 述している。C 社も前 2 社と同様に突然「関税」とい う用語が登場するので,児童は用語を説明されても, それがどのような意味を持つのかをつかみきれないで あろう。具体的には「外国からの輸入品に自由に税金 をかける権利(関税自主権)を日本に認めない」35)と,
初めて登場する用語を説明付きで記述している その後,第二次世界大戦の前後に向けての記述に入 ることになる。この前後で,支配者と被支配者の関係 が大きく変わることになるため,税そのものの意味が 変わる。「近代国家の租税観念は,絶対王政や封建時 代の領主国家における租税観念とは根本的に異なって いる」36)のである。一般的に近代国家は税を「自分た ち市民が作り上げた社会を維持してゆくために,その 必要経費として,あるいは国家による生命と財産の保 護に対する対価として,市民みずから積極的に負担す べき」37)だと考えられている。つまり,歴史的記述か ら私たちの暮らしや税に関する記述までを一冊の中に おさめようとした場合,各単元ごとの序列にはメッ セージを込めることができたとしても,税のように ページをまたいで複数回登場するといった場合には, そのつながりを意識して記述しないと,児童の心の中 に多様な認識構造が構築されてしまう恐れがある。 C 社ではこの後の記述では,私たちが普段利用して いる市民総合センターを題材にして,その建設費用が 税金でまかなわれていることが紹介されている38)。こ の事例をもとにして,そもそも税金とは何かという問 いを投げかけ「みんなで社会を支えるために出し合う お金」39)と定義している。この出し合うことになるお 金を集めているのが税務署で,C 社ではその職員が小 学校に出前授業に来ているところを紹介している。職 員は「お年寄りが増えると,医療や介護など,お年寄 りのために使われる税金の割合が高くなります。」「1 人が納める税金を高くするか,お年寄りへのサービス を減らすかしなくてはなりません。」40)と小学生に問 題提起をしている。児童は,封建時代の支配者と税務 署の職員の果たしている役割の違いを認識しているは ずだが,社会の仕組みの枠組みの違いにまで遡っての 理解は難しいところかもしれない。税務署の話を聞い た児童は,税金はどのように使われるのだろうかとい う疑問を抱くであろう。C 社では続けて「国会の様子 をテレビで見たことがあるよ。国民が納めた税金の使 い道は,国会で決めているんじゃないかな。」41)と私 たちの代表が税について話し合いをしているというこ とを認識することになる。この記述が登場するのが約 200 ページで構成されている教科書の後半にあたる 160 ページ目である。この後半部で租税観の再構築を 求めるのは負荷としては大きいのではないか。 4.高校公民科に課された課題 ここまで,3 社の小学校の社会科教科書に書かれて いる「税」に注目し,児童がその記述からどのような メッセージを受けるのかということを考えてきた。 ここから先に進む道は 2 つあると考えている。第 1 の道は,小学校の教科書記述そのものに関することで ある。第 2 の道は,高校公民科の授業に関することで ある。第 1 の小学校の教科書記述に関しては,「税」 の記述をする際に封建社会の租税と近代国家の租税と の違いを伝えるようなメッセージを組みこむ工夫がで きないかというものである。しかし,筆者はこの課題 は教科書全体の内容も組み込んで検討しないといけな い大がかりなもので,時間を要する問題であると認識 している。一方の,高校公民科に関する道は,比較的 短時間で課題解消に向けての見通しを立てることがで きると考えている。具体的には高校の「公民科」の授 業で,小学校でどのように税を学んだのかということ をふりかえさせる実践が有効なのではないかと考える。 高校の授業では,小学校の授業のことを思い出させる という実践は少ない。そもそも高校の公民科の教師が 小学校の教科書を手にする機会も少ない。一方の高校 生は,同じ社会の仕組みについて,小学校 3 年生から 学び続けている。そして,経験してきた授業を通して 自らの社会認識の構造を書き換えているのである。そ のような時に,小学生の時の学習内容を振り替えさせ ることは,新たな社会像を書き換えようとする際に有 効だと考える。公民科の授業において,高校生が学ぶ 社会というのは「世界がまずあって,それが言葉で表 現されるのではなく,言葉が先にあって,その言葉が 指し示すような形で世界が経験される」42)ものである。 小学校での学習にはどのような意味があったのかを踏 まえて,高校公民科の租税の単元に入ることで義務教 育と高校の授業が果たす役割が完結するのではないか と考える。この構想を可視化した計画として,次のよ うな展開(表【指導計画】)を考えた。
Ⅳ.研究の成果
本稿のささやかな成果をまとめると次のようになる。 教科書の記述の配列は,児童生徒に向けてメッセージ を発信している。しかし,その中に「税」のように複 数登場する用語だけを拾い上げると,そのメッセージ 性がゆがんでしまう恐れがあることを指摘した。 小学生が読む教科書には「税」,「年貢」,「税金」, 「関税」と様々な税が登場する。基本的には「納める」 という用語が用いられている中「取る」という表現を 用いた書きぶりがみられた。この書きぶりの影響をそのまま残して多くの児童は現代社会の納税の義務を学 ぶ可能性があるのではないかという問題を提起した。 また,児童が税金と関税との枠組みをどのように受け 止めているのだろうか,財政という用語をどのように 受け止めるのかということ43)にも触れた。 これらの問題は,決して小学校の教科書記述の問題 点をあぶり出そうとすることが目的ではない。このよ うな誤解を避けるために,本稿の主張をまとめるなら ば,本研究では高校の公民科の教師が,小学校の教科 書に税がどのように書かれているのかを認識すること に大きな意義があるということを主張したいと考えて いる。発達段階にごとに書かれる教科書の記述には, 説明する内容にも限界がある。児童・生徒は社会の仕 組みを 10 年近くかけて学ぶのだが,この学びの最終 段階に近い高校の果たす役割は大きい。税とはどのよ うなものであり,税を納めるとはどういうことなのか。 一人ひとりの高校教師は目の前の生徒が小学校でどの ような学習をしてきたのかを整理した上で授業案を創 るべきだということを主張したい。
Ⅴ.おわりに
本研究は,小学生が学ぶ税に関するものであった。 この研究は中学生及び高校生がどのように税を学ぶの かという分析と合わせることで研究としての厚みを増 す。高校の教室にいる生徒の一部は選挙に行き,自ら 政策を選択している。税についてのより一層深い教材 研究が高校教師には課せられていると考える。以上で 本稿を閉じる。 註 1) A 社『小学社会 6 年上』p.25 2) A 社前掲書 p.29 3) A 社前掲書 p.33 4) A 社前掲書 p.70 5) 一揆については,久留島典子『一揆の世界と法』山川出 版 2011 年では,「中世の一揆は江戸時代の百姓一揆とは 異な」り,「一揆とは,日常性を越えた問題を解決するた めに,特定の作法・儀礼によって一味し結ばれた非日常 的な集団である」(pp.2-5)と説明している。 6) A 社前掲書 p.76 7) A 社前掲書 p.78 8) A 社前掲書 p.88 9) A 社前掲書 p.103 10) A 社前掲書 p.104 11) 神野直彦『財政学〔改訂版〕』有斐閣 2002 年 p.6 12) A 社前掲書 p.108 13) A 社『小学社会 6 年下』p.12 14) A 社『小学社会 6 年下』p.12 15) A 社『小学社会 6 年下』p.13 16) A 社『小学社会 6 年下』p.14 17) A 社『小学社会 6 年下』p.27 18) A 社『小学社会 6 年下』p.40 19) 佐藤雅彦 竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会 議』日本経済新聞社 2000 年 p.75 では「税金の徴収の仕方 とその使いみちについて「民主的」にルールを決め実行 していく制度」と説明されている。 20) B 社『新編新しい社会 6 上』p.31 21) B 社前掲書 p.31 22) B 社前掲書 p.32 23) B 社前掲書 p.70 24) B 社前掲書 p.83 25) B 社前掲書 pp.84-85 26) B 社前掲書 p.97 27) B 社前掲書 p.107 表 【指導計画】 指示・説明・発問 生徒の反応(予想) 問題の明確化 ・ 小学校の時に税について学んだことを覚えています か? ・ 歴史の授業に出てきた人々が納めた税と現在私たちが 納めている税は同じ性格を持ったものなのか? ・ 私たちが納めている所得税や消費税と関税の目的は同 じものか? ・覚えている。年貢のこと?一揆?関税自主権? ・覚えていない。 ・同じ性格を持ったものである。(違うものである) ・年貢も現在の税も性格は変わらない。(違うものである) ・ 歴史の授業中の支配者は選挙で選ばれた権力者ではな い。 問題解決に向けた創案 ・ 絶対王政,封建時代の税と近代国家の税は何が違うの か? ・ 絶対王政の時の権力者の私財と社会のために使う財の 出所を問う。 ・ 近代国家における税は権力者が自由に使っていいもの なのか? ・近代国家では政府は生産要素を所有しない。 ・ 社会に必要なサービスを提供資金はどのように調達す るのか? ・税を納めるのに抵抗があるという人がいる ・ 小学校で学習した封建時代の支配者の課す税と現代の 税金との整理をしよう。 ・ 絶対王政の時には,権力者の財産は私財も国家予算も 混在したものであった。そのため,権力者が浪費する と国家予算も不足してしまうのではないか? ・ 現代の社会は苦難の歴史を乗り越えて自分たちで作り 出したものである。 ・ 市民が負担する。しかし,その負担する額や,使い道 は市民の同意を得なければならない。 ・権力を持つ者の選ばれ方が異なるのだ。28) B 社前掲書 p.111 29) B 社『新編新しい社会 6 下』p.19 30) C 社『社会 6』p.33 31) C 社前掲書 p.35 32) C 社前掲書 p.35 33) C 社前掲書 p.62 34) C 社前掲書 p.75 35) C 社前掲書 p.100 36) 諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか-租税の経済思 想史-』新潮社 2013 年 p.27 37) 諸富前掲書 p.59 38) C 社前掲書 p.157 39) C 社前掲書 p.158 40) C 社前掲書 p.159 41) C 社前掲書 p.160 42) 野口祐二『物語としてのケア-ナラティブ・アプローチ の世界へ-』2002 年医学書院 p.17 43) 神野直彦『財政学〔改訂版〕』有斐閣 2002 年では,「1869 (明治 2)年に福沢諭吉が『財政論』を著すまでは,財政 という言葉はなかった」として「明治以前の日本には, 「財政」という現象そのものが存在しなかった」と説明し ている。財政という言葉はいつから使われはじめたのか については「近代市場社会が成立すると,「家産国家」が 「無産国家」に転換」し,「「無残国家」が,「国民の同意 を得て,強制徴収する貨幣」が租税」となり「貨幣を調 達することによってしか統治することのできない「租税 国家」」の誕生につながり,財政が誕生したとつなげてい る。 参考文献 [1] 本稿において分析した教科書 A 社・B 社・C 社は次のと おりである。 A 社 ・・・ 日本文教出版『小学社会 6 年上』,『小学社会 6 年下』2016 年 B 社 ・・・ 東京書籍『新編新しい社会 6 上』,『新編新しい 社会 6 下』2016 年 C 社 ・・・ 光村図書『社会 6』2016 年