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「生殖から離れている身体」の医療人類学的考察

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Academic year: 2021

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神奈川県立保健福祉大学(Kanagawa University of Human Services) 2014年12月10日受付 2015年4月2日採用

原  著

「生殖から離れている身体」の医療人類学的考察

—子どもを産まない女性たちの身体観と生殖観に基づく

「女性の健康支援」の検討—

A medical anthropological discussion of

‘Women’s Body Not-Oriented to Reproduction’:

Study of health support focus on a new view on reproduction and

bodies of women who have a passive attitude towards bearing a child

田 辺 けい子(Keiko TANABE-NISHINO)

* 抄  録 目 的  2014年現在でも決して少なくなく,将来的にも増加が見込まれる子どもを産まない女性たちの生殖 観や身体観に着目し,これを明らかにすることによって女性の健康支援の在り様を考察することである。 対象と方法  聞き取り調査に基づく質的研究である。対象は30才から80才代までの女性29名である。ただし生殖 年齢にある30才代と40才代の16名は,本研究の主題である子どもを産まない女性たちに特徴的な側面 が色濃くでるよう,子をもうけることに消極的あるいは否定的な女性を選定した。質問内容は(1)子や 孫の人数とその人数に満足しているか否か,(2)月経歴および初経と閉経に関連する体験,(3)保健医療 行動の内容,および,(1)∼(3)に関連する経験の内容や態度の理由,周囲の人々との関係性,対象者 の生殖観,身体観に反映すると推察される経験や出来事についても可能な限り詳しく聞き取り,医療人 類学的考察を行った。 結 果  3つの語りの特徴が確認できた。 1.産まないことが自らの身体に付与されている生殖能を疎かにするかのような身体観を作っていること 2.月経には益するところがないという考え方 3.女性身体の生物学特性ことに身体的リスクに関する情報がないこと  これらの結果から,対象者は「生殖から離れている身体」といえるような位相にあることが確認でき 「生殖から離れている身体」に内在する4つの課題と2つの強みが明らかになった。 結 論  「生殖から離れている身体」に内在する4つの課題と2つの強みを踏まえた支援があれば「生殖から離

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れている身体」の健康は一定程度担保しうることが示唆された。 課題とは次の4点である。 1.自らの身体の生殖にかかわる属性の放棄 2.個人の人生の問題としてのみに閉ざされる生殖 3.育まれてこなかった生殖を肯定的にみたり,生殖可能な身体として自らの身体をケアする生活 態度 4.無性あるいは中性的な身体に価値を置くこと 強みとは次の2点である。 1.老齢期を健康に過ごさねばならないという十分な動機と欲求 2.女性の身体は自然のバランスによって健康が保たれるといった身体観や健康観 キーワード:生殖,身体,健康,女性の健康支援,健康教育 Abstract Purpose

Focusing on the views on reproduction and women's bodies of women with a passive attitude toward bearing children, whose numbers are already high as of 2014 and are expected to increase in the future, the present study aims to reveal the views of these women based on their own narratives. Then, based on our findings about their views, the method of implementation of health support for such women is discussed.

Methods

A qualitative descriptive research design based on an interview survey was employed. The subjects consisted of 29 women in their 30s to 80s. Note that 16 women in their 30s and 40s, who were in the reproductive period of their lives, were the main focus of the present study, and we intentionally selected women with a passive or negative attitude toward bearing children, so that the characteristic aspects of such women, whose numbers are expected to continue to increase in the future, could be highlighted.

The survey focused on the following items: (1) numbers of children and grandchildren desired, and their satis-faction levels with these numbers; (2) menstrual history, and a body associated with menarche and menopause; (3) health-care behaviors; (4) experiences associated with (1) to (3), reasons for the attitudes associated with (1) to (3), and relationships with people around; (5) experiences and events which may be reflected on the interviewee's view of reproduction, women's body, and health.

Results

The results of the survey confirmed the following characteristics in the subjects' narratives: 1. choice not to bear a child forms the basis for the view on women's bodies that harms and makes light of the reproductive ability of their own bodies; 2. idea that menstruation gives no benefit; and 3. there is no information available on the bio-logical features of women's bodies, especially about the physical risks.

These results revealed that the subjects' views on reproduction and women's bodies are in a phase of "women's body non-oriented to reproduction," as well as 4 challenges and 2 strengths, mentioned below, inherent in the "women's body non-oriented to reproduction."

Conclusion

The results suggested that nursing support based on the 4 challenges and 2 strengths inherent in the "wom-en's body non-oriented to reproduction" may be able to help maintain the health of the "wom"wom-en's body non-oriented to reproduction" at some level.

The challenges included: 1. abandonment of the reproduction-related qualities of their bodies; 2. closed duction that is treated exclusively in the context of personal problems; 3. lifestyle that accepts negligence of repro-duction and treats their own bodies as if they are reproductive; and 4. "women's body non-oriented to reprorepro-duction" that values bodies with no gender or neutral gender.

The strengths were: 1. sufficient motivation and desire for maintaining good health for the coming old age; and 2. holistic views on body and health, such as the view that nature's balance maintains the health of women's bodies. Keywords: reproduction, changing views on menstruation/ reproduction/ women's body, society with fewer

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Ⅰ.緒   言

 少子化社会という現象は,すなわち,子どもを産ま ない女性たちの増加を意味する。過去20年間の20歳 代後半から30歳代前半までの女性の無子割合は劇的 に上昇しており(岩澤・三田,2007, p.28),しかも将 来的な予測では1990年生まれの女性の4割近くが子ど ものいないまま50歳をむかえる(金子,2008, pp.162-164)という。この将来的な予測が現実となれば2025 年には40歳代後半の女性約400万人のうち3人に1人 以上,つまり150万人近くが子どもを産んでいない女 性たちになる(岩澤・三田,2007, p.29)。  ひるがえって,かつて多産多死といわれた時代,と りわけ戦前日本の農村社会では働き手の確保とイエの 継承のため,ことの是非は別としても女性は産む身体 として在った。それは70年ほど前,さほど昔の話で はない(関沢,2008)。だが上記に見たように,生殖を めぐる女性たちの動向は大きく変化している。  事実,結婚や家族形態の在り様,生殖行動に目を転 じれば,初婚年齢の上昇および第1子出生時の母の平 均年齢の上昇(厚生労働省大臣官房統計情報部,2014) とともに,日本において婚外子が忌避されるなか,生 涯未婚率の上昇(国立社会保障・人口問題研究所, 2012)と未婚化の進行にあって若い世代ほど高値を示 す同棲率(岩澤,2005, pp.87-95)は子どもを産むこと に,その理由はともかく,積極的ではない人々の姿が 見て取れる。さらに若年層のセックス離れにおいては 異性の交際相手を持たない未婚者が男性61.4%,女性 49.5%と報告されていたり(国立社会保障・人口問題 研究所,2010, p.21),婚姻関係にあるカップルの40.8% がセックスレス状態にあるという指摘(北村,2011, pp.1-5)があるなど,いずれも人々の生殖に関する観念 と行為が著しく変容していることを示唆している。  生殖に関する観念と行為が変容していることじたい にはなんら問題はない。だが,女性の身体が生殖と密 接に関連していることは自明であり,転じて,生殖観 が変容すればおのずと女性の身体観もまた変容してい ると類推できる。  ところで,女性の健康に対するアプローチは男女共 同参画基本計画,健康フロンティア戦略や新健康フロ ンティア戦略など様々な施策が国家レベルで展開され ている。具体的には思春期から更年期を経て老年期ま でのライフステージに着目し健康問題と健康づくりの 取り組みを提示し一定の効果を得ている。  しかしながらいずれの施策でも世代に対するまなざ しが欠けている。たとえば世代には昭和ひとケタ,戦 中派,全共闘,団塊,新人類,バブル世代,ゆとり世 代などさまざまな言い方があるが,いずれも当時の社 会情勢や流行などを反映した名づけが特徴である。こ のことはある世代の人々にはそのほかの世代の人々と は異なる生き方が特徴としてあることを意味する。ひ るがえって更年期,老年期などたとえ同じライフス テージにあっても世代が異なればおそらく生き方やそ れに付随する行為と観念は他の世代とは異なっている ことが類推される。  このように考えたとき,「更年期ステージにある女 性たち」と括られた女性たちが,現在の更年期世代の 女性たちと10年前,20年前の女性たち,あるいはこれ から更年期を迎える世代とでは健康に対する姿勢もお のずと異なることは想像に難くない。成人女性のなか には先に見たように生殖から離れている女性たちも少 なくなく,この点からも彼らの観念と行為に焦点を当 てる試みは,女性の現状に即した健康支援を検討する ために不可欠な試みと言えるだろう。  さらに,生殖を担う女性の身体は生理学的にいえば ホルモン動態や免疫機能などがその仕組みを支えてい るが,こうした極めて精緻な仕組みは一方で複雑でコ ントロールが難しいという一面を併せもつ。そのため 女性の健康を脅かす問題は,循環器疾患,婦人科疾患, 性感染症,不妊,更年期障害,骨粗鬆症,やせ,肥満, うつ,摂食障害など多岐にわたる。このように顕在化 した健康問題は性差医学に基づく医療が専門とする領 域である。だが問題として顕在化する以前には個人の 身体観に基づく健康管理がきわめて重要になる。複雑 でコントロールが難しい女性の身体の健康管理には個 人の身体観が反映されると考えたとき,個々の女性た ちの,その在り様の変容が推察される身体観や生殖観 を探る試みは女性の健康支援を考えるうえで重要かつ 有効と言えよう。  以上を踏まえ本論文では現時点でもけっして少なく なく,かつ将来的にも増加が見込まれる子どもを産ま ない女性たちの生殖観や身体観に着目し,当事者の語 りからこれを明らかにする。そのうえで女性の包括的 な健康支援の一端を考察する。

Ⅱ.方   法

 本研究では聞き取り調査に基づく質的研究法を採

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用した。調査の対象となった人々は30歳から80歳代 までの女性たち29名である。ただし生殖年齢にある 30歳代と40歳代の女性16名は,本研究の主題であり, かつ今後増加の一途をたどるであろう子どもを産まな い女性たちに特徴的な側面が色濃くでるよう,子ども をもうけることに消極的あるいは否定的な女性を意図 的に選定している。具体的には,参加者を募る際に「本 研究は子どもをもうけることに消極的あるいは否定的 である女性を対象とした研究である」ことを強調して 伝えたうえで,研究参加の希望の有無を確認した。こ のように情報提供者は妊娠や出産に対して消極的ある いは否定的であるという一点において共通の属性をも つが,それ以外の属性は年齢,婚姻歴や妊娠分娩歴, 就業の有無や家族形態など,きわめて多様な属性をも つ。これは本研究が多様な背景をもつ人々に共通して 見て取れる身体観や生殖観に着目しているからであり, 得られるデータの量ではなくその質,データの多様性 にこそ価値を置く質的研究に特異な情報提供者の選定 方法の一つである。なお,研究倫理に鑑み,不妊治療 中あるいは治療には至らずも不妊を理由に心身が不調 な人や生殖に関連する疾患の既往がある人,すなわち 調査によって「負担」が生じることが懸念される方々 を予め除外した。  調査は2010年5月から2011年3月まで断続的に行っ た。聞き取りは基本的に1回限りのSingle Interviewと し,1回の面接は60∼90分程度のことがほとんどであ ったが,情報提供者の希望により複数回の面接を行っ たり5時間を超える面接を行うこともあった。質問内 容は多岐にわたるが主に①子どもや孫の人数とその人 数に満足しているか否か,②月経歴および初経と閉経 に関連する体験,③保健医療行動の内容,および①か ら③に関連する経験の内容や態度の理由,周囲の人々 との関係性,そして情報提供者の生殖観,身体観,健 康観に反映すると推察される経験や出来事などについ ても可能な限り詳しく聞き取った。分析対象とした資 料は,調査で得られた個々の女性たちの語り,そして 語りの背景を映す生殖や女性をめぐる各種統計資料で ある。分析に際しては,語り手たちが自らの身体をど のようなものとして語るのか,自らの身体に付与され た生殖という機能についてどのように語るのかといっ た視角を用いて,得られた語りを洞察し,洞察した内 容を女性の健康支援という文脈に落とし込んでさらに 医療人類学的な考察を加えた。  医療人類学とは人間の生存における実践のなかでも とくに身体と健康を総合的に探究する学問であり,看 護学が看護を必要としている人を対象とするのに対し, この学問では看護の対象であるか否かの判断に先立ち 人間を理解しようとする(小田, 2010;道信, 2011, pp. 103-105)。本研究は特定の疾患や症状を持たない,あ るいは持病があっても重篤ではなく自己管理に任され ている女性たちを対象としており,いわば,医療の現 場には浮上しにくい女性たちを対象としており,かつ 彼らの観念と行為とは健康と切り離せない点に着目し ているところに特徴がある。この点において医療人類 学は本論文に一定の道標を与える。つまり,肉体的な ニーズに個人差はあまりないが,個々の人間が多様な 身体観を抱いたり,多様な保健医療行動をとる様相を 表1 情報提供者一覧 ID 年齢 婚姻 月経 人工妊娠中絶 生殖経験 職業 A 30 未婚 有 3回 大学院生 B 31 未婚 有 会社員 C 32 未婚 有 会社員 D 32 未婚 無月経 会社員 E 32 未婚 有 会社員 F 37 既婚 有 パート G 37 既婚 有 1人 パート H 37 未婚 有 1回 会社員 I 38 婚約中 有 会社員 J 39 既婚 有 主婦 K 41 事実婚 有 会社員 L 41 未婚 有 会社員 M 42 未婚 有 会社員 N 46 既婚 有 会社員 O 47 既婚 有 会社員 P 49 既婚 有 会社員 Q 53 事実婚 有 パート R 54 既婚 有 3人 パート S 56 未婚 閉経 保育士 T 64 既婚 閉経 看護師 U 68 既婚 閉経 1回 2人 4人 元会社員 V 70 既婚 閉経 1人 元保健師 W 73 既婚 閉経 2人 2人 主婦 X 73 未婚 閉経 2回 スナック経営 Y 74 未婚 閉経 元会社社長 Z 75 既婚 閉経 2人 2人 元自営(会計事務所) 手伝い α 76 既婚 閉経 元教員/現NPO 団体代表 β 76 既婚 閉経 1人 2人 元保健師 θ 81 既婚 閉経 2人 2人 元学習塾経営

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医療人類学は詳らかにする。したがって,子どもを産 まない女性たちの生殖観や身体観を明らかにする本研 究の目的に照らして,医療人類学的な考察は適当であ ると判断した。  なお,本研究は北里大学看護学部研究倫理委員会の 承認を受けたのちに開始しすべての研究過程において 倫理規定を遵守した。具体的には,研究者が対象とな った人々に対して本研究の趣旨および方法を書面に記 して説明し,対象となった人々は研究者の説明を踏ま え自由意思によって研究参加を決定する過程をとり, 参加の同意は文書によって交わされた。研究者が得た 情報提供者に関するすべての情報はその取り扱いにお いてプライバシーおよび匿名性,秘密の保護に努めた。

Ⅲ.結   果

 自らの身体に関する多くの語りには次のような3つ の特徴が見出された。すなわち,1. 「産まないこと」が 自らの身体に付与されている生殖能を疎かにするか のような身体観を作っている,2. 月経には何の益する ところもないという考え方,3. 女性身体の生物学特性, とりわけ身体的リスクに関する情報がないというも のである。これら3点を特徴づける語りを紹介しつつ, 以下に調査結果を示す。 1.「産まないこと」が自らの身体に付与されている生 殖能を疎かにするかのような身体観を作っている  自らの身体に関する多くの語りには次のような4つ の特徴が見出された。①男女の身体の違いは妊娠,出 産,授乳が出来るか否かにあるが,これらの営為をし ない自らの身体もまた女性の身体である,②仕事に支 障をきたさない身体であることに価値を置く,③妊孕 性に時間的制約があることを実は理解していない,④ 根拠はないが妊娠できる,あるいは妊娠できないと思 っているという内容を持った語りの特徴である。そこ で以下ではこれらの特徴を説明するうえで有効と思わ れる語りをいくつか示す。  なお,抽出された語りデータは語り手の言葉や表現 を最大限生かし前後の脈絡を考慮したうえで筆者が整 文した。一つひとつの語りの冒頭には語りの意味内容 を要約した文章を添え(ゴシック体で表記),語りの 末尾には情報提供者のIDを示すアルファベットを記 した。 自分の身体はあくまでも「自分の身体」であって「生殖力の ある身体」ではない  自分の身体を考えるときに生殖のことは全く考えない。 あくまでも「自分の身体」であって「生殖能力がある身体」 とは思っていない。だから自分の身体は自分が使いたい ように使います。ガンガン働いて,ひと昔前だったら「男 並みになる!」とか「男には負けない!」だったと思いま すが,私たちの世代はすでに「男性と同じ」が当たり前 の感覚なんですよ。だから自分の産む機能みたいのを意 識するのは生理の時くらい。…生理ねぇ面倒ですよね。 無ければいいのに。子宮もいらない。産まないんだから。 子宮と生理がなければどんなにいいか。 (A30代)他30 ~ 40代4名 妊娠・出産・授乳をしない身体も女性の身体である  妊娠できるかどうかだけが男女の違い。同性婚とか 色々出来るようになっても妊娠だけは男性には出来ない。 でもそれ以外は同じ。でも子どもを産まない私も女性。 生理があるから。でも子どもを産まないんだから生理な んていらないな。煩わしいだけ。子宮も取っちゃいたい くらい(笑)。(筆者:生理が無ければ女性ではない?)そ ういうことじゃないですよね。生理無い人もいますもん ね…うーん,生理が無くても女性だと思うけど,どうし てかな?女性は女性,生理が無くても,子ども産まな くても女性は女性ってことかな。(筆者:乳房は?)あぁ, オッパイはね,見た目にわかりますからね,簡単に要ら ないとは言えない。 (D30代)他30~50代4名 体を壊して初めて男性と女性の身体は違うと気づいた  20代の頃は無我夢中で働いて徹夜など日常的でした。 がむしゃらに働いてきましたが最近気持ちの落ち込みと 身体のだるさが激しくなって心療内科を受診したら軽い うつ状態と診断され薬が処方されました。それで気付い たのですが私たち女性は月の半分は高温期でだるい,そ れでも男性と同じように働いてきた。そういうことを男 性たちは全くわかっていないし,私たち女性自身もどこ かで見て見ぬ振りをしてきたのではないかって。  (I30代)他30 ~ 40代4名 妊娠して初めて自分の身体が妊娠する身体だと知った。学 業を優先して中絶を選んだ  生理があってセックスすれば妊娠することはわかって いましたがそのことを思い知ったのは大学生のとき妊娠 した時です。アメリカ留学が決まっていましたし子ども

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を産んで育てるなんて全然考えられなかったので中絶し ました。 (H30代) 妊孕性のタイムリミットをおよそ40代半ばと考えている  今37歳でしょ,あと5年くらい妊娠しないでいい。で, 産んでもいいかな?と思ったらその時に考える。42歳な ら平気でしょ。芸能人とか産んでるし。ま,妊娠しなか ったらそれはそれで別にいいって感じ。だから別にその 時に子ども産めるようにカラダ的にちゃんとしておこう とかいう気は一切ない。それに,もし子どもが欲しくな ったときに妊娠しなかったら不妊治療をすればいいかな と思ったりするし。 (F30代)他30代~ 40代3名 根拠はないが自分は妊娠できる身体・妊娠しない身体を持 っていると二律背反的に思っている  私,何度も性病になってるんです。(中略)子ども産め なくなるかもって聞いたけど妙な自信があって私は絶対 に妊娠できると思ってるんです。性病になっても大丈夫, みたいな。今は産みたいと思ってないから避妊してます が避妊しなければ妊娠できると思ってます。(中略)避妊 はあまりしてない。避妊しなくても妊娠しないと思って る。今までもそうだったから私は妊娠しない身体だと思 うんです。さっき言ったことと違ってますが避妊しなく ても妊娠しないとも思うし,妙な自信で妊娠しようと思 えばできるとも思ってるんです。 (G30代)  以上のような語りから,「産まないこと」が自らの身 体に付与されている生殖能を疎かにするかのような身 体観を作っている状況が見て取れる。 2.月経には何の益するところもないという考え方  前項1をさらに詳しく見てみると,身体に関する多 くの語りには次のような特徴が見出された。すなわち ①男女の身体の違いは妊娠,出産,授乳が出来るか否 かにあるが,その身体に不可欠な月経に対する負のイ メージ,②月経痛や月経過多,月経時の体調不良など, 苦痛への対処方法にみる身体観という内容を持った語 りの特徴である。 月経時の体調不良によって人生が変わってしまった  大学受験の日に生理になって実力を全然出せなくて 結局不合格。獣医になる夢は生理が重いせいでダメに なりました。閉経して本当にスッキリ。生理なんてホ ント嫌な思い出だけ。いいこと何もない。 (S50代)他30 ~ 50代4名 月経に伴う症状があっても我慢する  私は生理が重くて生理痛と頭痛はいつもだし量も多い し体調もすごく悪くなります。中学のときからずっと。 生理中は飲みに行ってもすぐ酔っちゃうし,だるいし, 気持ちは落ち込むし,いいこと何もありません。でも病 気じゃないから婦人科にはいかない。ただの生理痛だし, 量が多いだけだし,ちゃんと(生理が)きてるし。痛み 止めを飲んで終わり。 (A30代)他30 ~ 60代10名 月経はデトックス  生理はデトックス。体の毒素が血液とともに排出され る。その証拠に生理後は肌がツルツルになる。そういう 意味では生理も必要。 (I30代)他40 ~ 50代2名 厄介な月経  中学生だったか高校に入ったくらいの頃だったか…母 親から「あなたの(経血は)量が多くてナプキンを処理す るのが面倒。これからは自分で捨てて」と言われて,自 分でビニールに入れて普通ゴミと一緒に捨てるようにし ました。 (F30代) 初潮の際のお赤飯  お赤飯食べましたねぇ。母がスーパーで買ってきてく れたのを母と小学校低学年の弟と一緒に。父は単身赴任 だったので不在。わたしは自分の生理が始まったことで お赤飯なんだなと思いましたが,3人で無言でというか いつもと同じ感じで食べました。照れもあったと思いま すが普通にテレビ見ながら。(I30代)他30 ~ 50代18名 月経に振り回される経験  生理痛がひどくて生理不順。生理2日目は動けなかっ た。ベッドにしがみついて独りで痛みに耐えてる。もち ろん学校も休み,職場ではぶっ倒れ,通勤途中の駅で降 りて救護室で「ふぁ~」ってなるくらいひどかったです。 生理がいつ来るかわからないから「先に予定を入れてお くと断ることになるって思うから,約束をしない」って いう考え方が自然に身につきました。生理で人生,とく に人付き合いが狭められたのは確か。産まないのにどう してこんな経験をしなくちゃならないんだ!って怒りの ような感情すら覚えたことあります。 (P40代)  以上のような語りから,情報提供者たちの「月経に

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は何の益するところもないという考え方」を見て取れ る。 3.女性身体の生物学特性に関する情報がない  自らの身体に関する多くの語りには次のような特徴 が見出された。すなわち①スタンダードな女性の身体 とは「生殖をする身体」である,②「健康」に対する強 い欲求がある,そして③子どもを産まないことによる 身体的リスクに関する情報を持っていないこととそれ に対する不満という内容を持った語りの特徴である。 体調の変化を月経と結びつけて納得し,問題視しない  女性って生理前と後で体調変わりますよね。でも考え たら当然ですよね,低温期と高温期って体温が変化して るんですもんね。体調が変わらない方がオカシイ。でも 体調の変化をなんでも生理のせいにしているってこと, かなりありますね。 (I30代)他40代2名 産まないことによる身体的リスクに関する情報を知らない  子宮がんの検診?行ってます,ちゃんと。職場の検診 で。折角だからちゃんと見てもらおうと思って。(研究 者:子宮がんには頸がんと体がんがあるのはご存知です か)えっ!そうなんですか?子宮がんって1つじゃない んですか?(研究者:子宮がんの種類・発症リスクなど を話す)全然しらなかった。子どもを産まないことが子 宮がんのリスクの1つになるんですか!?…まぁもちろん それを知ってたからって産むことにはならなかったと思 うけど産まないことが何らかのリスクを上げるってこと は知っておきたかった。私何も知らなかった。  (K40代)他30 ~ 70代26名 避妊に関する事柄が中心だった学校性教育  私が受けてきた性教育は「避妊教育」だったんだと思 います。生理があれば妊娠が可能だけどいま妊娠したら 学校も辞めなくてはならないし将来の夢も諦めなければ ならなくなるかもしれない,これからいくらでも可能性 を広げられるはずなのに妊娠したらそれがかなわなくな る,だから妊娠しないようにって感じで具体的な避妊の 方法をやたら聞かされた覚えがあります。 (E30代)他30 ~ 40代6名 普通の年のとりかたを教えて欲しい  もうね,アンチエイジングとかどうでもいいんですよ。 シワが出来ようが肌がたるもうがそんなの当たり前。だ から普通の年のとり方を教えて欲しい。閉経って何歳く らい?いきなりパッてなくなるのかしらね。それとも 徐々に?とかね。そういうこと全く知らない。私の周 りではそんなことが話題になりますね。「知らないねぇ」 って。 (K40代)他30~40代4名 自分が選んだことによって罰を受けている気分になる  不妊症とかで子どもをあきらめざるを得ない人の場合 はとってもわかりやすいし,そういう人たちへの支援も またわかりやすい。需要があるってすぐに考えてもらえ る。だけど“自己決定”で子どもを産まない選択をした 人に対する世間の目は厳しい。子どもがいないという一 抹の喪失感を人には言えない。 (K40代)他30~40代5名 「産むも産まないもその人の勝手」  確かに私たちは産んでない。それは私たちの決定です。 ですが産まなかった人に対する情報は何もない。「女性 は産むもの」という前提で話が進められていて,それこ そ産むも産まないもその人の勝手で,勝手に産まなかっ た人は自分で責任を取りなさい,自分で何とかしなさい, というか。いやぁ孤独ですねぇ。 (K40代)他30~40代4名 女性の身体の基準は「産んでる・産む女性」の身体  女性のスタンダードな身体って産んでる人とか産む人 のカラダですよね。私たちみたいに産まない人産んでな い人は蚊帳の外って感じですね。 (K40代)他30~40代4名 自然な方法で健康を保つ  健康のためにいろいろやってます。ヨガやスイミング とか。結局は仕事が忙しくて続けられなかったのですが (笑)。食べものもなるべくオーガニックのものを選んだ り新鮮な野菜を届けてくれる通信販売で買ったりしてい ます。女性のカラダって自然でしょ。女性って自然なの が一番いい。 (I40代) 老後の面倒を見てくれる子どもがいないので,年老いたと きにも健康でいられるようにしたい  子どもがいないから老後の面倒を見てくれる人がいな い。だから子どもがいる人よりも健康でなくてはという 気持ちは強い。子どもに面倒見てもらう時代ではないけ ど,その辺は考えます。だからヨガとか整体とかに通っ

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たり,ストレスを溜めないように気を遣ってる。自分 は自分の代で終わり。死んだ後のことは気に掛けない。 元気でいて周りの人に迷惑をかけないように死にたい。  (N40代)他40代3名  以上のような語りから,情報提供者たちの「女性身 体の生物学特性に関する情報がない」という状況が見 て取れる。ここに紹介した語りは全体のほんの一部に すぎないが,これまでみてきた語りには月経を疎んじ たり,子宮や卵巣を不要,無用のものとして語り,自 らの生殖能を疎かにするような身体観が示されていた。 この意味において「生殖と密接な関連を持つ女性の身 体」という生殖観や身体観は「生殖から離れている身 体」へと変容していることが明らかになった。そして 個人の身体観は揺らいでおり,そのことによって生殖 に対する意識が希薄になり,ひるがえって女性の身体 への関心を希薄化させている様が明らかになった。重 要なことは,このように女性の身体が生殖から離れて いるにもかかわらず「生殖から離れている身体」の身 体的リスクに関しては何らの情報を持たない状況に女 性たちがさらされているという現実である。

Ⅳ.考   察

 聞き取り調査の結果から,情報提供者たちの生殖観 や身体観は「生殖から離れている身体」とでも言い得 るような位相にあることが確認できた。これを女性の 健康支援の文脈に落とし込んで考察すると「生殖から 離れている身体」に内在する4つの課題と2つの強みが 見えてきた。 1.「生殖から離れている身体」に内在する4つの課題 1 ) 自らの身体の「生殖」にかかわる属性の放棄  結果に示した語りは全体のほんの一部にすぎないが, それら語りの一つ一つをみれば,語り手たちが自らの 身体の生殖にかかわる部分ないし属性を放棄している ことは明らかである。調査対象となった女性たちは男 性的な身体観とでも言い得るような語り口で自らの身 体を語る。このことに着目すると次のことがわかる。  ひとつには,女性が生物学的な身体を使いこなせる 状況にはないことである。そして男性的な人生とでも 言い得る生き方をしているように見えることである。 男性的な人生とは社会的経済的な地位を築くことを重 要視したり,成長や加齢に伴う身体的な変化は女性の 劇的な変化に比べて相対的に平坦,緩徐な変化にとど まり,生殖をめぐっても身体に子どもを宿すような劇 的な変化はない。語弊を恐れずに表現すればシンプル で直線的な人生といえる。そうしたシンプルで直線的 な生き方があたかも自らの身体にも起きているかのよ うに「生殖から離れている身体」である人々は自らの 身体を生きているようである。  むろん本稿はこうした人生を否定するものではない。 ただし,男性的な人生を選択したところで,女性の身 体は生殖にかかわる属性を放棄できない身体であると いう自覚が女性たちに欠如しているところに健康問題 の源を見る。当然のことではあるが女性の身体は男性 の身体にはなり得ない。女性の身体は生殖を可能にす る臓器と機能から逃れられない。自らの身体の生殖に かかわる属性を放棄することは不可能なのである。そ れは男性的な人生を選択しても変わらない。すなわち, いったん生き方の問題とは切り離して,女性たちが生 物学的な女性の身体を生きるために何が必要か,それ をいま,個々の女性自身が,そして社会全体があらた めて問い直す必要があろう。つまりこの問いは単に「産 むか産まないか」というリプロダクティブヘルスの問 題にとどまらず,女性の生涯にわたる健康,つまりウ ィメンズヘルスをどのように考えるかを社会全体の問 題として考え直さねばならない時期に来ていることを 示唆している。  ところで,放棄という態度に着目すると次のことが わかる。男性的な人生を選択したのは自己決定である から,その結果に生じた出来事に対しても当然,自己 責任が付随するという考え方が女性たち自身だけでな く周囲の人たちにもある。聞き取り調査では「不妊症 とかで子どもをあきらめざるを得ない人の場合はとっ てもわかりやすいし,そういう人たちへの支援もまた わかりやすい。需要があるってすぐに考えてもらえる。 だけど 自己決定 で子どもを産まない選択をした人 に対する世間の目は厳しい。子どもがいないという一 抹の喪失感を人には言えない」という語りが確認され たが,自己決定の結果に生じる「子どもがいない」と いう一種の喪失感を彼らは周囲の人々に語れない。し かしながら産むか産まないかという選択は女性だけの 決定で為されるものではなく,周囲の人々との関係性 のなかで為された結果である。しかも,調査対象とな った女性たちが男性並みの成果を求められる社会的な 立場にあることを自覚した結果,生殖から離れていっ たという背景を考慮すれば,問われるべきことはむし

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ろ女性が生物学的な身体を生きることができない社会 状況であろう。 2 ) 個人の人生の問題としてのみに閉ざされる「生殖」  情報提供者の語りを検討すると「生殖」はあたかも 個人の人生の問題としてのみに閉ざされているかのよ うにみえる。これを彼らの生殖観とみれば,彼らはこ うした生殖観のもとで自らの身体をどのようなものと して語るのだろうか。本項では女性の生殖に対する畏 敬の念が薄らいでいるのではないかという文脈のもと で「生殖から離れている身体」に生じうる問題に言及 し考察する。  生殖が個人の人生の問題としてのみに閉ざされる生 殖観はきわめて現代的である。現代社会では女性の生 殖現象を不浄であるという考え方はまったく奇異なも のととらえられる。しかしわずか50年ほど前までは 日本でもそうした考え方は広く見出された。女性の生 殖現象を不浄と見做すことで逆説的に女性の身体に備 わっている生殖能力を際立たせ,社会全体が女性の身 体に対する畏敬の念を深く持ち,結果的に女性の身体 を保護することにつながっていた。その背後には女性 の生殖への,集団の人々全体が抱いていた大きな関心 があったからである(波平, 1985)。ところが本調査の 結果に見るように,現代においては女性がその身体の 生殖にかかわる属性を十分に発揮できない状況が個々 の女性たちの語りから明らかである。女性の生殖に対 する畏敬の念は薄らいでおり,もはや社会全体の関心 は女性の生殖にはないようにも見える。「産むも生ま ないもその人の勝手」というような社会的メッセージ が情報提供者の語りの陰に陽にあらわれており,そう して生殖は個人の人生の問題としてのみに閉ざされて いく。  情報提供者となった女性たちの語りには個人の人生 の問題としてのみに生殖が閉ざされることによって生 じているいくつもの健康課題や健康をめぐる困難が如 実に表れている。まず,「産むも産まないもその人の 勝手」という社会的メッセージによって「生殖から離 れている身体」である人々の存在はまるでないものの ように扱われていることである。「産む身体が女性の スタンダードな身体で,私たちは蚊帳の外」という語 りが示すように,たしかに彼らは特定の疾患に罹患し たり症状を有しているわけではないため医療の現場 には現れてこない。だが「無いもの」では断じてない。 2025年には150万人の女性が子どもを産まないという 予測(岩澤・三田, 2007, p.29)もあるなか,彼らの存 在に目を塞ぐことは非現実的である。  さらに,女性の身体が生殖をめぐって身近な存在で あるパートナーや母親からも,また女性自身によって も,さらには保健教育の場においても,陰に陽に生殖 から離れていくように仕向けられていることに注目し てこれらの語りを読み直してみれば次のことがわかる。 つまりこれらの語りは語り手の身体が方途を尽くして 生殖から離されているにもかかわらず,離された身体 に対するケアが一切ない現状に対する当事者たちによ る衝撃的な告発と読むことが出来よう。  「わたしが受けた性教育は 避妊教育 でした」とい う語りが示すように保健教育の場において女性の身体 は生殖から離れていくように仕向けられている。学校 教育における性教育では教育の目的が,妊娠しないこ とと性感染症にかからないことに特化されており,本 来,生殖と密接に関連する身体である少女の身体が性 的行為あるいは性そのものから離れていくように教育 されているところに矛盾が生じている。つまり性感染 症の増加という現象から「性行為をしない」という教 育が必要となり,かつ女性の人生の選択の幅が広が り自己実現の観点から「妊娠をしない」教育に重心が 置かれ,したがって生殖可能な身体から性行為と生殖 が離れていく結果になっているようだ。しかも,いざ 妊娠を考え始めたときにはすでに「卵子の老化」(NHK 取材班, 2013;河合, 2013)のように妊孕力が低下して いたりセックスレスに陥っていることも少なくない。  学校性教育に関する情報提供者の語りには子どもを 産まないことによる身体的リスクについての教育を受 けたという語りはいっさいない。むしろ「40歳代くら いなら妊娠できる」や「不妊は治療可能。子どもが欲 しくなったときに妊娠しなかったら不妊治療をすれ ばいい」,「(エストロゲン依存性疾患など)全然知らな かった,私」など,リスクをまったく知らずにいたり, 知らされなかったことに対する不満を口にする人もい た。同様に閉経に関する教育を受けたという内容の語 りもいっさいない。むしろ「閉経って何歳くらい?い きなりパッてなくなるの?そういうこと知らない」な ど,子どもを産まないことだけでなく,閉経という文 字通り「生殖から離れている身体」に関する健康教育 はまったくなされていない。  むろん学校教育においては教育の受け手が児童や生 徒といった青少年であり,閉経にはほど遠い年令にあ る。また,本稿は青少年が直面する性感染症や望まな

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い妊娠の予防が喫緊の課題として優先的に取り上げら れることに反論するものでもない。しかし子どもを産 まない女性たちが間違いなく増えていく現実,そして 生涯にわたる女性の健康を考えたとき,現行のような 性感染症予防と避妊に軸足を置く教育だけでなく,産 まないことによって起こりうる身体の変化や特性に関 する情報もまた必須の事柄として提供されるべき段階 にあると言わざるを得ない。「普通の年の取り方を教 えてほしい」と語る女性に対して,わたしたちは何を してきたのだろうか。 3 ) 育まれてこなかった「生殖」を肯定的にみたり,生 殖可能な身体として自らの身体をケアする生活態度  語り手たちが生殖を肯定的にみたり,生殖可能な身 体として自らの身体をケアする生活態度が育まれてこ なかったことは明らかである。本項ではこうした状況 の背景に焦点化し「生殖から離れている身体」におけ る健康支援の在り様を月経観の変容に着目し考察する。  月経に伴う苦痛に関する語りはほぼすべての情報提 供者の語りに確認でき,月経は単なる身体的な苦痛や 不快,あるいは日常生活を送るうえでの不便さだけで はなく,自らが期待する生き方を阻害するものとして 語られた。すなわち「生殖から離れている身体」であ る女性たちの語りには自らの人生の選択を狭めるもの として月経が語られるような月経観が見て取れる。そ して月経を否定的に語る背景には生殖そのものに対す る関心の無さを見て取ることができ,ひるがえって, こうした無関心さは月経観そのものの変容を示唆する。  月経観の変容をもっとも端的に示すものとして月経 血の取り扱いを例にとる。かつて月経血は血忌みを象 徴し,出血する身体を隔離することによって,個人が その身体の生殖能を自覚する機会としたり,社会(村 落共同体)へ披露したりしてきた(波平, 1985)。しか しながら筆者が行った聞き取り調査にそうした振る舞 いを思わせる語りはまったくなく,むしろ月経を軽視 するかのような態度が生殖年齢にある女性たちだけで なく,その母親世代の女性たちの態度にも見いだせた。 母が娘に向かって「あなたの経血は量が多くてナプキ ンを処理するのが面倒。だから自分で捨てて」と言う 態度は人々の月経観の変容を端的に示している。  生殖は生物としてのヒトという種の存続であり生命 の再生産現象である。したがって女性の身体はその生 殖能ゆえに当該社会の存続や断絶を左右する存在とし て幾重にも印づけられ規制され保護され,時には畏 れられる対象であった。とりわけ月経のある女性の身 体を不浄とみなすかつての人々の考え方の背後にはこ うした女性の身体に対する畏敬の念が込められていた (波平, 1985)。しかしこの語りが示すように,現代に おいて月経は「厄介なもの」として語られ,そこに畏 敬の念を些かも見ることはできない。身体の持つ機能 への畏敬を含む不浄観の欠如は月経ひいては生殖する 身体を軽視したり,大切に思わない態度,すなわち女 性の身体の健康を損なう生活態度を反映しているので はないか。これらは前項に見たような男性的な働き方 を続けるような態度や,次に述べるような形骸化する 初潮儀礼の在り様にも如実に表れている。  「初経祝いの赤飯」は30∼50歳代のほぼすべての情 報提供者たちが語ったエピソードである。しかし初経 祝いの場面に集う人々や赤飯の出処を詳細に聞き取る と,赤飯に象徴される初潮儀礼は本来の儀礼としての 意味を持たない単なるイベントとして成り立っている ことが明らかである。「赤飯」の意味が明らかにされな いままに食卓を囲んでいたり,その食卓に当の初経を 迎えた少女の姿はなく,母親は一人でスーパーの惣菜 コーナーで買った赤飯を食べ,その残りを冷蔵庫にし まい,その赤飯を見つけた少女は冷蔵庫から取り出し た赤飯を朝食として,たった一人で食べる。そして少 女は自らの身体に初潮が訪れたことで赤飯が用意され たことを知っているが,そのことには触れずに日常の 生活は普段と何も変わらない。いずれの場面にも少女 の身体に生じた月経を祝い,畏敬の念を込めて少女に 自らの身体を大切にするよう促すような振る舞いはま ったく見いだせない。あるのはただイベントとしての 初経祝いである。形骸化した初潮儀礼にもはや儀礼の 意義はない。むろん月経を不浄視する際の,その不浄 の内容は複雑で単純に女性の身体を畏敬視するとは言 えない。だが,これまで述べてきたような儀礼の形骸 化や喪失などに照らせば,女性の身体の生殖にかかわ る部分や属性を社会も個人も重要視せず,女性の身体 に,単なる身体や中性の身体,あるいはまた性差の無 い身体という意味しか見出していない。  さらに,月経観の変容を示すもう一つの例えとして 「生殖との関連ではない月経の語られ方」を取り上げる。 30代から50代までの女性たちが月経を語るとき「生理 は毒素が排出されるデトックス。その証拠に生理後は 肌がツルツルになる。そういう意味では生理も必要」 という内容の語りが確認されている。むろん彼らのい ずれもが子どもを産むことに消極的で曖昧な女性たち

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であることを踏まえれば月経を生殖との関連で語らな いのは理解できる。しかしそのうえで,毒素の排出や 見た目の美しさとの関連で語ったことに着目すれば, これらの語りは,月経がもはや生殖を象徴する現象で はなく,健康的な女性の身体を表象する現象ととらえ られていること,そしてその際,外見の美しさにも言 及している点には女性身体のセクシュアリティの在り 様との関連も示唆される。  このように月経観の変容は語りのそこここに見て取 ることができ,生殖を肯定的にみたり,生殖可能な身 体として自らの身体をケアする生活態度が育まれてこ なかったことがわかる。語りにあらわれていた月経観 は生殖との関連だけでは語りきれない月経観であった。 この点を考慮し女性の健康支援を考察するならば,月 経を生殖との関連でだけではなく,女性の生き方との 関連で理解し自らの身体との向き合い方を女性自身が 考えられるような支援への,視点の転換こそが有効か もしれない。月経が生殖を可能にするものとして単に 理解されるだけではなく,女性の身体に付帯する健康 を左右しかねない要因として理解されるような月経観 が育まれることが肝要であろう。 4 ) 無性あるいは中性的な身体に価値を置く「生殖か ら離れている身体」  結果に示した多くの語りには語り手たちの生殖器や 月経など,産むための臓器や機能を軽んじるかのよう な態度が表れていた。そしてそれらの語りの背後には 生殖能を備えた身体を否定したり,産まない身体に生 殖能は不要であるというような身体観を見て取れる。 と同時にそうした身体観は「女性の身体とはいかなる ものか」ということを明確に示していた。つまり,こ れまで女性の身体に刻印されてきた生殖能を剥ぎ取っ た身体もまた女性の身体とするような新たな女性身体 に対する考え方が語り手たちに浸透しているというこ とである。  たとえば子宮や卵巣はいらないけれど乳房は残して おきたいという語りがあった。ここには,他者には存 在が確認できない子宮や卵巣のような臓器を不要とす る一方で女性性を明確にアピールできる乳房を必要と する身体観を見ることが出来る。一目で女性身体であ ることをアピールする乳房が女性身体には必要なもの として語られる背景には外見的な女性性を維持し,男 性にセクシュアリティをアピールしたり,男性とセク シュアルな関係を持つことができる身体に「女性の身 体」を見出すような身体観,すなわち「産まなくても 女性の身体である」という考え方を傍証するような身 体観があるのかもしれない。  このように本研究の調査結果が示す「生殖から離れ ている身体」が表象する女性性は,生殖を目的としな いセクシュアリティに見ることができ,さらには「生 殖能以外は男性と同等の能力を備えた身体」や「無性, 中性的な身体」というアイデンティティやステイタス の所在と在り様にもみることができる。とくにうつ病 と診断されるまで働き続けたという語りは男性の身体 との差異を自らの身体経験からはまったく学んでいな いことを示している。男性的に働ける身体に価値を置 く考え方から,自らの身体が女性の身体ではなく,い わば「中性的な身体」であることに価値を置くような 身体観を派生させている。そのことによって自らの身 体特性から目を背かせるだけでなく,うつ病のように 重篤な健康問題を生起させているようだ。 2.「生殖から離れている身体」の女性たちの強み  これまで本論文では「生殖から離れている身体」で ある人々の健康を妨げる要因となりえる特徴を述べて きた。しかしながら語り手たちには「生殖から離れて いる身体」だからこそ持ち得る強みもまた備わってい た。本項では女性の健康を考えるうえで強みとなりえ る点に焦点をあて,若干の考察を加える。 1 ) 子孫がないゆえ老齢期の健康を自ら担保せねばな らないという若年のうちからの健康維持に対する強 い動機と欲求  生殖から離れていることは,すなわち,老後の面倒 を見てくれる者が不在なことを意味し,したがって自 らの健康を保つ努力を若いころから惜しまないと語る 者は少なくない。これは彼らの強みの一つである。む ろん,子どもは老後の面倒を見てもらうためにもうけ るのではなく,さらには老人介護がアウトソーシング となりつつある状況にあって,語り手たちもそうした 期待はしていない。それは「子どもに面倒見てもらう 時代ではないことは分かっている」や「老後の面倒を 見てもらうために子どもを産むのではない。自分自身 もそういうつもりで生んでもらったとは考えたくな い」という語りにも明らかである。しかしながら,子 どもが老親の面倒をみるという社会通念は健在であり, おそらく孝を貴ぶ規範が将来的に,少なくとも数年間 のうちに廃れることは考えにくい。しかも,老年期を

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迎えれば誰もが身体的な機能低下を受け入れざるを得 ず,その低下する機能の補完や低下速度の維持に努め ねばならないのである。その際,人的環境が整ってい るか否かはやはり大きな問題であり,この点を自らの 子孫に委ねることが出来ない彼らは,ひるがえって自 らの健康保持,とりわけ,老年期の健康を見据えた若 年の頃からの健康維持に対する強い動機が発生する。  ところで,これまで見てきた多くの語りに通底する 「生殖から離れている身体」である人々が置かれてい る状況は,生殖によって連綿とつながる命の連続性と いった,時空を超えた人々の関係性ではなく,「自分 の生は自分の代で終わり」というように,自らの代で 完結する生の在り様である。だからこそ自らの生を自 らの手でまっとうしたいという強い欲求が生じている ようだ。こうした独立独歩の生の在り様は諸刃の剣で はあるが,強みとしてとらえ,この強みを伸ばすよう な支援は有効であろう。ただし,情報提供者となった 女性たちのなかにはシェアハウスという形態をとって 暮らす人たちもいた。これは一つの家を複数の人と共 有して暮らすライフスタイルの一つだが,ここでは同 じ年代の女性たちが互いに情報を交換し合い生活を豊 かにするための工夫をしたり,互いの健康に気を遣い つつ自らの生活を自身の力でたてている。こうした女 性同士の身近な紐帯(Erickson, 2006, pp.293-322)も「生 殖から離れている身体」の人々の強みの一部なのかも しれない。このように「生殖から離れている身体」の 人々には子どもをもたないからこそ,老齢期の健康を 自ら担保せねばならないという若年のうちからの健康 維持に対する強い動機と欲求がある。 2 ) 生物学的な枠組みでは捉えきれない,いわば,女 性の身体は自然のバランスによって健康が保たれる といった身体観や健康観がある  情報提供者たちの保健行動にはヨガや整体,マッ サージや水泳といった代替医療や健康法を積極的かつ 能動的に取り入れ,選好する傾向があることがわかっ た。むろん職場で行われる健康診断や人間ドックにも 足を運ぶ。しかし保健行動の内容がその結果にさほど 左右されることはなく,むしろ先に挙げたような代 替医療や健康法を続けたり,そこで受けた指摘やアド バイスを積極的に取り入れて自らの健康を保っている。 こうしたことを踏まえれば,おそらく彼らは健診の結 果を単に鵜呑みにするだけでなく,自らの身体観や健 康観に基づいて自らの保健行動を選びとっているよう にも見える。その行動の内容が医学的,医療的に正し いか否かを問題にするのではなく,こうした保健行動 のとり方に彼らの強みを見出すことは可能だろう。  「食べものもオーガニックを選ぶ」「新鮮な野菜を買 う」「女性のカラダは自然」「女性は自然なのが一番い い」などに見るように,女性身体の自然性を強く意識 し,あたかも自らの身体が自然の一部であるかのよう なこの語りには,彼らの保健行動には生物医学的な枠 組みでは捉えきれない,いわば女性の身体は自然のバ ランスによって健康が保たれるといった身体観や健康 観を見て取れる。  繰り返しになるが本研究が着目した「生殖から離れ ている身体」は何らかの病いに罹患しているわけでは なく,したがって,けっして医療の現場に浮上するこ とのない人々である。疾患として顕在化する以前には 個人の身体観に基づく健康管理が重要になると考えた とき,こうした「生殖から離れている身体」である人々 の,自然のバランスに支えられているという身体観を 踏まえた健康支援の具体的内容を検討することは有効 な試みとなろう。  以上に見たように,老齢期を健康に過ごさねばなら ないという十分な動機と欲求,および女性の身体は自 然のバランスによって健康が保たれるといった身体観 や健康観に基づいた看護支援があれば,「生殖から離 れている身体」の健康は一定程度担保しうるのではな いかと考える。

Ⅴ.お わ り に

 本稿は,自らの健康を担保するために女性は子ども を産むべきであると主張するものではない。ただし, 女性が生物学的な身体機能を行使できないような社会 的状況については,女性たち自らが声を上げて改善を 要求するべきだと考える。そして,助産師であるわた したちもまた女性である。この意味で,二重の当事者 であるわたしたち助産師に期待される「生殖から離れ ている身体」の健康支援はきわめて大きいと思われる。

Ⅵ.本研究の限界と射程の範囲

 本研究の情報提供者はいずれも,東京都,神奈川県, 埼玉県に在勤,在住するいわゆる都市型の生活を送る 女性たちであり,この点で本論文の結果および考察は 限定的であることを書き添える。

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謝 辞  生殖と身体というきわめて私的な内容にもかかわら ず,快くお話しくださった皆様,分析過程において示 唆的な助言をくださった順天堂大学の髙橋眞理教授 (看護学),お茶の水女子大学の波平恵美子名誉教授 (医療人類学)に心から感謝します。本研究はJSPS科 研費(課題番号23660072)の助成を受けた。この経済 的支援に感謝する。 文 献

Erickson, B.H. (2006). Persuasion and perception: New models of network effects on gendered issues. In B. O'Neill & E. Gidengil (Eds.), Gender and social capital. (pp.293-322). London: Routledge. 岩澤美帆(2005).第3章日本における同棲の現状.毎日 新聞社人口問題調査会編集.超少子化時代の家族意 識̶第1回人口・家族・世代世論調査報告書̶(初 版).(pp.73-106),東京:毎日新聞社. 岩澤美帆,三田房美(2007).晩産化と挙児希望女性人口 の高齢化.人口問題研究,63(3),24-41. 金子隆一(2008).厚生労働科学研究費補助金 政策科学 推進研究事業 将来人口推計の手法と仮定に関する総 合的研究(課題番号H17-政策-014)平成19年度総括研 究報告書 河合蘭(2013).卵子老化の真実(初版).東京:文藝春秋. 北村邦夫(2011).「第5回男女の生活と意識に関する調査」 結果報告.現代性教育研究ジャーナル,(7),1-6. 国立社会保障・人口問題研究所(2010) http://www.ipss.go.js-doukou/j/doukou14_s/ doukou14_s.pdf〔2014.10.11〕 国立社会保障・人口問題研究所(2012) http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/ Popular2012.asp?chap=0〔2014.10.11〕 厚生労働省大臣官房統計情報部(2014).平成26年 我が 国の人口動態̶平成24年までの動向̶.(pp.2-56),東 京:厚生労働省. 道信良子(2011).看護学への医療人類学の応用.日本看 護科学会誌,31(2),103-105. 波平恵美子(1985).民俗としての性.網野善彦・坪井洋文 編集.日本民俗文化大系10 家と女性:暮しの文化 史(初版).(pp.460-533),東京:小学館. NHK取材班編(2013).産みたいのに産めない̶卵子老化 の衝撃̶(初版).東京:文藝春秋. 小田博志(2010).エスノグラフィー入門̶「現場」を質的 研究する̶.東京:春秋社. 関沢まゆみ(2008).現代「女性の一生」̶人生儀礼から読 み解く̶(初版).東京:日本放送出版協会.

参照

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