『ガンゴーットリー国縁起譚』第1章和訳 (川崎信
定教授退任記念号)
著者名(日)
沼田 一郎
雑誌名
東洋学論叢
号
31
ページ
130-110
発行年
2006-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003229/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja巾 )
『ガ ンゴー ツトリ ー 国 縁 起 譚 』 第1 章 和 訳
は じ め に
沼
田
一
郎
ガ ンガ ー は 北 イ ン ド ・ ウ ッ タ ラ ー ン チ ャ ル 州 に そ の 源 流 を 発 し て い る 。 ガ ル ワ ール ヒ マ ー ラ ヤ に 属 す る レ くギ ー ラ テ ィ ー (Bhagirathi)連 山] 。(1) 「 シ ヴ ァ リ ン ガ (Sivaliiiga) 峰 」の 麓 な る 氷 河 の 舌 端 で あ る 「 ゴ ー ム ク (Gomukh )] か ら 発 す る ガ ン ガ ー は 、そ の10 数km 下 流 で 北 行 し て い る が、 そ れ が 「 ガ ン ゴ ー ツト リ ー (Ganga ^uttarT)」 な る地 名 の 由 来 で あ る 。 筆 者 は 別 稿 で ガ ン ゴ ー ツト リ ー (以 下G ) につ い て の 簡 単 な 紹 介 と 、 当 地 で 入 手 し た 『 ガ ン ゴ ー ツト リ ー 国 縁 起 譚 (Gahgotiariksetramahatmya 岫1 (以 下GM ) 第1 章 の 試 訳 を 部 分 的 に公 表 し た が 、 本 稿 で 改 め て 邦 訳 を 公 表 す る 。G に つ い て は 、 す で に 別 稿 で 紹 介し た が 、 そ の 要 点 は以 下 の ご と く で あ る 。G は バ ギ ー ラ テ ィ ー 王 の 苦 行 の 結 果 、 ガ ンガ ー が 天 上 か ら 下 降 し た と い う 伝 説 に 伝 え ら れ る ま さ に そ の場 所 とし て 信 仰 を 集 め、 シ ヴ ア神 信 仰 の セ ン タ ー と し て 、 数 多 く の 在 家 の 巡 礼 や 出 家 遊 行 者 の 訪 れ る 地 で あ る 。 今 日 の 源 流 は 上 述 の よ う に 更 に 上 流 のGomukh で あ る が 、 以 前 に は 氷 河 の 舌 端 が こ の地 ま で 達 し て い た の で あ る とい わ れ て い る 。G に 存 在 す るGangottariMandir はGaiiga 女 神 を 本 尊 と し 、 そ の 境 内 に は 諸 神 格 を 祀 る祠 が 並 び 立 つ 。 バ ラモ ン た ち は 、 こ れ ら 諸 神 格 を 供 養 す る 朝 夕 の勤 行 をけ じ め と す る 日 々 の ス ケ ジ ュ ー ル をこ な す 一 方 、 参 拝 者 に 対 す る 祈 祷 り 笙頂 の 諸 儀 礼 を 執 り 行 うoテ キ ス ト に つ い て
本 稿で 紹 介す るGM の テ キ スト は、G 寺 院 近 く の 書 店 に お い て 冊 子 体で 販 売 さ れて い た も ので あ る。 この 小 冊子 に ぱGangotttri-gomukh(72) mahatmauryatragahgastotra 四、sahasranamsahit" な る 表 題 の も と に 、 以 下 の よ う な資料(い ず れもサ ン ス クリットで 書か れ て い る ) が 収 録 さ れ て い る。1.SriGahgottariksetramahatmyam2.SriGomukhiyatra3.SriGangastotram4.SriGa ≒gasahasramamastotram ま た 、 ウッタラー カ ン ド 地 方 に あ る4 大 聖 地(Gaiigottri,Yamnottri,Kedarnath,Badrinath) 、 並びにそ の周 辺 の ポ イ ン ト に つ い て の ヒ ン デ ィ ー 語 に よ る 解 説 を 巻 末 に 掲 扶し てい る。 今回取 りあげ る1のGM は全2章か らなり、 韻律 は全文Slokaが 用いら れ ている。 なお テキ スト はに誤 植や 脱字 、あ るい は 代用 アヌス ヅ アーラ が しばし ば 見られるが 、こ れらについ てはい ちい ち 断らず に正 規形に修 正 した。 和 訳 srigafigottariksetramahatmyam 神 聖 な る ガ ン ゴ ー ツト リ ー 地 方 の 縁 起 譚 prathamahkhandah ● ●●I 第1 部 naradauvaca/ brahmalokemahagosthyambrahmanacanyadaivataih/ munibhihsanakadyaiscamanditayammahatmabhih//!// 梵 天とその他 の諸 神格、 偉大 な 精神を持つ サナ カなど の仙 人の集 まる 梵 天世 界の 大い なる 集会におい て。 gayangaya 聯camahatmyamgaiigottaryahsusobhanam/ajagamaikadakasmaddevarsirnaradomunih//2// 129
(73) ガンゴー ツト リーの 素晴 らしい縁 起譚を 歌い なが ら、あ る時 どこから と もな く、 神仙 ナーラ ダがやっ て来たっ vipancisusvaraistasyamahatmyamkirtayanmuhuh/ bhaktitahsamunisresthahprananamacaturmukham//3// 丿I ● 噛I ヴ ィ パ ン チ ー の 妙 な る 音 色 と と も に、そ の[ 地 の ]縁 起 譚 を 徐 に 歌 い つ つ 、 そ の ムニ の 最 上 な る 者(ナ ー ラ ダ)は 、 仰 の 故 に4 面 の 者 ( 梵 天 ) に 敬 礼 し た。 brahmovaca kimkimkathayabhadramtaasyatamatravaimune/ drstho'sibahukalenakutrakutratitamtvaya//4// ・●● ● ● 梵 天 は言 っ た。 さて 、 め で た きこ と を 語 ら れ よ。ムニ よ、 こ こ に 座 ら れ よ。 汝 は 長い 問 知 ら れ て い た。汝 は ど こ を経 巡 っ て い た の か。 naradauvaca/ lokesutatratatraahamparyatannantatoabhyagam/
gaiigottar㈲himagirerhaimamastakasa 甲sthitam//5// ナ ー ラ ダは言っ た。 諾 世 界の あ ち らこ ち ら を経巡 っ て 、つ い に私は やっ て来 た の で あ る。 雪山 の 黄 金 に して、 永遠に 存在す る ガ ンゴーツト リーヘ と。 divyavrksavanacchannamdivyapuspavisobhitam/ divyanadaii"vihamgana 甲sarvatomukharikrtara//6// 神聖 なる 本 々 と 森 と を 衣 と し 神 聖 な る 花 に 飾 ら れ た 、 鳥た ち の 神 聖 な る 歌 声 が あ ちこ ち に こ だ ま す る と こ ろ。 a]TO!visnupadisaksadavatirnadyulokatah//aditoyatramartyanamaksigocaratamgata//7// あ あ 、 ガ ン ジ ス が 目 の 前 で 、天界より下降 し た のであ る。 そ の 時 に 、 は じ め て 人 問 た ち がそ の目で見る こ と と なった の で あ る。
口4 ) bhagirathasilapunyavikhyatayatrarajate/ yasyamsthitvanrpasresthastapascakreslldal‘”卵9)//8// そこ にはよく知 られた、め でた き「バギ ーラ タの 石」が輝い てい る。 そこに立って、 最高の王は恐ろ しい苫 行を実行し たのである。 gahgay帥ltatravaisnatvasam 面jyacasaridvaram/bhaktyanamasahasrenatustavacapunahpunah//9// そこで、その ガンガーで 沫浴して、 最高の河に 供養して、 信仰に よっ て、 その 名を1000回唱 えるこ とによっ て、 繰り返 し繰り 返し 喜ばせたのであ る、つ garigottaratsamutthavagayannevamuhurmuhuh/ mahatmya 甲tirthavaryasyasamprapabhavadantikam//10// ガ ンゴ ー ツト リ ー か ら出 発 し て 、 繰 り 返 し 歌 い つ つ 、 素 哺 ら し い 聖 地 の 縁 起 譚 を。私 はあ な た の も と へ と や っ て 来 まし た。 brahmovaca dhanyo'sikrtakrtyo'sidhanyodhanyahpunahpunah/ yattvayasevitamtirthapunyagangottarammune//W// 梵 天は言っ た。 あ なた は素晴 らしい、あ な たはなすべ きこ とをなし 終えてい てい る、素 晴 らしい 、素晴らしい 、全く。 あ なた はめでた き聖 地ガ ンゴ ー ツト リーに仕 えている、 ムニ よ。 bhagiratatapahsthanamtrisulokesuvisrutam/ idambhulokavaikunthamityjanihinarada//12// バ ギ ー ラ タの 苫 行 の場 所 は 、三界 に お い て 知 ら れ て い る。 こ れを こ の 世 の ヅ イシ ュ ヌ と知 れ 、 ナ ー ラ ダ よ。 bhuktimuktipradamksetramanyannastidrsambhuvi/ kalidosavimuktamyatsaksadgagaviharabuh//Vi/ 127
享 受 と 解 脱 を も た ら す よ う な 、 こ の よ う な 土 地 はこ の世 に は 他 に なt, カリ 紀 の 欠 点 か ら 解 放 さ れ 、 実 に ガ ン ジ ス川 の 遊 び の地 で あ る 。 け5 ) anekasatasa 甲khyakaistatratatrograliiigakaih/anyayaiscavividhairdevagrahaihsamprapuritam//14// あ ち ら こ ち ら が 数 百 も の 凄 まじ い リ ン ガ に よっ て 、ま た 、そ の ほ か の 様 々 な る 神 々 の 分 身 に よっ て 充 ち 満 ち てい る。 ahobhagyodayastesarnyejanahparyupasate/ mahapunyamidamtirthamsuddhasattvagunodayam//15// あ あ 、 崇 拝 す る 人 々 の 幸 福 が 増す の で あ る 。 こ の 大 い な る 福 徳 を 持 つ 、 清 浄 に し て 純 粋 な る 性 質 をい や 増 す 聖 地 を 。 napapamnaduracarahkautilyamkutkarmaca/ nadharmadhvajitayatranavaduhkhammahadbhutam//16// そ こ には 罪 な く 、 悪 し さ 慣 習 な く 、 奸 計 な く 、 悪 し さ 行 い な く 、 ダ ルマ を 損 な う も の も な く、 あ る い は 大 い な る 未 知 の 苦 し み も ない 。 tapasanamtapahsthanammuninammananalayah/ bhakatnamviraktanamavasohrdayapriyah//17// 苦 行者に とっ ては苦 行の場 所であ り、修 行者に とっ て は冥想の場 所であ る。 欲望 のない 信仰 者にとって は心楽し むべき住処であ る。 phalamalasamaddhamyadguhagahvara §obhitam/prasamtaikantagambhlramahobrahmasamadhibhuh// \Z// 花や 根 に 満 ち て お り 、 洞 窟 や 本立に 飾 ら れ 静 寂 で、 全 く 深 い。あ あ 、 清 浄 な る 三 昧 に 柚 芯し い 地 で あ る。 naradauvaca gaiigottarasyavaisistyamkimkasmadahvayastatha/ samvrttastasyakalyanastanmebruhyatmajanmanah//19//
(76) ナーラダは言っ た。 ガンゴー ツト リ ーは素晴 らしい。その素晴 らしい 名前 は何 に因んで のこ とか、それを 私に語ら れよ。 tanicasesatobrahmansrotumicchamitemukhat/ tvadanyansarvametadvaikovavettiviseaatah//21// そ れ を 余 す と こ ろ な く 、梵 天 よ。私は あ な た の 口 か ら 聞 き たい の で あ る。 あ な た の 他 に、 誰 が そ の 全 て を 余 す と こ ろ な く知 っ て い る と い う の か。 brahmovaca sadhusadhutvayaprstamsrnumevacanammune/ ●●● ● ●● ●samksepatahpravaksyamiyatprstamgopyamuttamam//22// 梵天は言っ た。 善 哉善哉 、汝は問う た。私 の言 葉を聞くが よい 、 ムニ よ。 簡潔 に私 は述べ よう。問 われた最高の 秘密 を。 garigottarasyamahatmyamadbhutamromaharsanam/ gopaniyamprayatnenadaivata 心mcadurlabham//23// ガ ン ゴ ー ツト リ ー の 縁 起 譚 は 、 髪 も逆 立つ ほ ど 未 曾 有 の も の で あ る 。 努 め て 守 る べ き も の で あ り 、 神 々 に とっ て も 得 が た い も の であ る 。 rajan0vadavavaisyahstriyascabiihavoantyajah/ kaivalyamkamitarthamscalebhire'syanisevanat//24// 王 た ち、 バ ラ モ ン た ち 、 ヴ ァ イ シ ヤた ち 、 女 た ち 、 そ し て 多 く の 下 等 な 生 ま れの 者 た ち は 、解 脱 と 欲望 の達 成 を 得 た の で あ る 、そ の [ ガ ン ゴ ー ツ ト リ ー] へ の 崇 拝 の故 に。 gagopasevanamnanyadbhuktimuktiprasiddhaye/ kaleyakaletaddosadusitalasacetasam//25// 享受 と 解 脱 の 達 成 の た め に は 、 ガ ン ガ ーへ の奉 仕 以 外 に 道 は なV カリ 紀 にお い て 、 そ の 悪 の 除 去 を 怠 け る 心 の 持 ち 主 に と っ て は 。 -125 −
(77)
gahgayadarsanampunyamgangayamavagahanam/ garigatlranivasascagaiiganamajaparcanam//26//
ガ ン ガ ーを 見 る こ とは め で た い こ と で あ る 。 ガ ン ガ ー で 沫 浴 す る こ と も 。 ガ ンガ ーの 岸辺 に 住 す る こ と も。 力゛ンガ ー の 名 を 唱 え 拝 む こ と も。
g 面 翁 甲bhov 砂uSa 印Spaljen 卯ip 卸 的pra 如ddhyati/ 峠 面nh 吊papamok 舛yakamaSiddhyaicakaminam//27// ガ ン ガ ー の 水 、 風 に 触 れ る だ け で 悪 は 清 め ら れ る の で あ る 。 悪 人 に と つ て は 悪 か ら の arttanamarttana §ayamoksasiddhyaietadarthinam/sarvesamsarvasiddhyaicagangaivasaranamkalau//28// 苦 悩 す る も の に と っ て は 苦 悩 の 消 滅 の た め に。解 脱 を 求 め る 者 に と っ て は 解 脱 の 成 就 の た め に。一一切 の 者 に とっ て は一一切 の 成 就 の た め に。 ガ ン ガ ー は カリ 紀 に お け る 避 難 所 で あ る。 brahmaivaparamamsaksaddravarupenadhavati/ pumarthakaranarthaklgaiigetisubhasamjnaya//29// 実 に 最 高ブ ラ フ マ ン は 、 眼 前 を 河 の 流 れ と な っ て 疾 走 す る。 人間 の 目的 を 達 成 す るこ と を 目 的 とし て。if シガ ー と い う めで た い 名 前で 。 urddhvamurddhva 甲visnupadyamahatmyamatiricyate/tasmaduparyevayavacchakya 印sevetajahnavim//30// さ ら に さ ら に 、 ガ ンガ ー の 縁 起 譚 は 優 れ て い る の で あ る。 そ れ故 に 、 可 能 な 限 り ガ ン ガ ー に 仕 え よ。 uttarakhandamurddhayatsaksadgaiigodayalayah/ vaiSislyarnksetravaryasyatasyavaktavyamastikim//31// ウッ タラ ーカ ンド の最 高地点、 まさにそこ から ガンガーが 流れ出 るとこ ろ、その素 晴らしい 土地 がい かに卓越 してい るかが 語ら れるべ きである というのか。
(78) 面 面atahitatogaiigetyabhidhananibabhuvaha/sagangabhumigoccandakhandascaryagatikrama//32// そこ か ら素早 い 流 れ が始 まっ てい る ので、 ガ ン ガ ーと 呼ば れ る よう に なったの であ る。 かのガ ンガー は、大 地に到達 し 素早 く、一つ の もの となる とい う素晴 らしい順序 を持つ。 uttarabhimukhiyatraksetrevahativaisnav 丿tatastatksetramakhyatamgangottaramitiksitau//33// ガ ン ガ ー は そ の地 にお い て 北(uttara ) を向 い て 流 れ る ので 、 そ れ 故 に そ の 地 は 地 上 で は ガ ン ゴ ー ツト リ ー(Ganga'^uttari)と 呼 ば れ て い る の で あ る 。 laksikrtyahiyatksetra甲svargaiigasvargalokatah/uttratyantariksadintasmadvatattathocyate//34// あ るいは また、そ の地を 目指し て、天の 世界か ら天 界を流 れるガ ンガー が空界な どを流 れ落ちて きた、 と言う ので、そ れはそ の ように言 われる のであ る。 uttramsastugangayayadvayatravirajate/ tasmannaradatatksetramgangottramitismrtam//35// あ る い は ま た 、 そ こ にお い て ガ ン ガ ー の 上 流 部 加 わ き出 て い る 、 そ れ ゆ え に ナ ー ラ ダ、 そ の 地 はG と 伝 え ら れ てい る の で あ る 。 yatragangamahabhagananyahparamadevatam/ tadvagagottaramnamapunyadhamaprakirtyate//36/ そ こ で は 幸 多 き ガ ン ガ ー が 最 高 の 神 格 で あ り 、 他 の も の は そ う で は な か っ た 。 そ れで そ こ がG とい う 名 の 、め で た き聖 地 と し て 称 え ら れ て い る の で あ る 。 vi§esenatuyatksetregangottaranasadhanam/bhavambudhestatovaetatksetramgangottaramsmrtam//37// −123 −
(79) しか るに、 とり わけ その地 におい て、 ガ ンガ ーが輪 廻の 海を渡り きるの である。 それ ゆえにまた、 その地がG として伝え られているの であ る。 sthananyapicamukhyanisevitavyanimanavai/ ^rnuputramahaksetretatratvamsraddhayanvitah//38// また 、 人 に よっ て 崇 拝 さ れ る べ き 重 要 な 場 所 が あ る の だ。 息 子 よ、 聞け 。 こ の大 い な る 国に お い て 汝 は 信 仰 を 具 え た もの で あ れ 。 bhagirata砥layatutvayadrs州casevita/gangottaryamtutatsthanamsarvasmaduttamottamam/39// 汝が 見て供 養した「 バギーラ タの 石」。G において は、 それが 何ものより も優れた場所 であ る。 心 = ● へz  ̄●pancavarsasahasranipancavarsasatanica/atratepetapastjvramjirnaparnasanonrpah//40//5500 年 もの 問、 そこ で枯 れ葉 を食べる王 が、恐ろ しい苦 行 を修め たので ある。 tatraevamsucira吊kalamtapyamanasyabhupateh /siimadvarsmanivalmlkamsajatammahadadbhutam//41//l ● ・ ● そこ でそ のよう に長い 問苦行 する王の、 神聖 なる 肉体 の上 に、 こ れまで 見たことのない 大 きな美しい 蟻があっ た。 pracandatapasatasyasa 甲tusto'hamtadagratah/pratyaksibhuyabhupayavaramcatraivadattavan//42// 彼 の 凄 ま じ い 苦 行 に 、 そ の 前 で 私 は 満 足 し 、 眼前 に 姿 を 現 じ そ し て そ こ で 王 に 恩 典 を 与 え た の であ る 。 kal ㈲dakanyayasarddhamtatrasrijahnavisada//nivasatyatravaig 面gapujyatecayathavidhi//43//
(80) ヤムナー河 ととも に、その ときか ら聖なる ガンガ ーが 永遠にそ こに存 在 するのであ る。そし て、ガ ンガーは規定に 従っ て供 養さ れる。 garigacayamunacaivakanyayugmamsubhasuram/ nanalamkarasayuktammuktamanivibushitam//44// ガ ンガ ー と ヤ ム ナ ー は 美 し く輝 く 姉 妹 で あ り 、 そ れぞ れ の 飾 り を よ く ま と い 、 宝 珠 に よ っ て 飾 ら れて い た 。 sitasitasubhanigascacalatkundalasobhitam// am稽umatputraputrasyababhuvaadhyaksagocaram//45// [ガ ンガーと ヤ ムナ ーの 姉妹 はそ れぞ れ] 白と黒 の 美しい 肢体 を持 って 流 れ、耳 飾り に飾ら れて、 アンジュマ ット の孫 ( バギー ラ タ) の見る と ころとなった。 yathapurvamtathadyapisarvadapimahatmanam/ tatpadapa 甲kajananyabhaktananibhaktacetakam//46// [そ の 姉 妹 は ] か つ て そ う であ っ た よ う に 今 日 で も 常 に 、 大 い な る 心 を 持 つ 者 に と っ て 、 そ の 足 と 蓮 の ご と き腰 に 専一・な る 信 仰 を 向 け る 者 に と っ て の 、 信 仰 の 奴 隷 で あ る。 dadatidarsanamtatrapunyadhamninasam §ayah/drsyatevicaradrupamdevadaruvanantare//47// [ そ の姉 妹 が ]こ こ 、め で た い 聖 地 に お い て 姿 を 現 す の で あ る 。 疑 い な く。Devadaru (松 の 一 種 ) の 森 の 中 で 、 動 く 姿 が 見 ら れ る 。 karnalambitatatamkakvanatkamcigunanvita/ susmitapadmapatraksisvarnasimhasanesthita//48// 耳 に は 耳 飾 り を 着け 、 上 質 の腰 帯 を 鳴 ら し つ つ 、 美 し く ほ ほ え み 、蓮 の 葉 の よ う な 眼 を 持 つ女 が 黄 金 の 獅 子 座 に立 っ てい た。 anekastriparivrtasvetacchatropasobhita/ indradibhirlokapalairvijyamanasucamaraih//49// -121
多 く の 女 に取 り 囲 ま れ 、 白 い 傘 に 飾 ら れて 、 イン ド ラ な ど の 世 界 の 守 護 者 に 囲 ま れ 、 美 し い 払子 を 持 ち 。 (81) trailokyajananisaksattrailokyasyapidurlabha/ arkaputryasamamgamganityamatravirajate//50// 実に三 界に生 きる 者の母にし て、三 界に生 きる者 にとっ てさえ 得がたい ものであ る。 ガ ンガーはヤ ムナー河と共 にここ で常 に輝くのであ る。 ahogangottantiirthasyasyamahatmyamadbhutam/ jahnavisadmanahsaksadbhagiratthatapobhuvah//^X// あ あ 、 こ の 聖 地 ガ ン ゴ ー ツト リ ー の 縁 起 譚 は 未 曾有 であ る 。 ガ ン ガ ー の 地 が 目 の 前 に あ るっバ ギー ラ タの 苫 行 の 場 所 も。 atrasnatvatugamgayamarcayitvacajahnujam/ sarvapapatpramuktovaimartyo'martyapada 甲vrajet//52// そこ で ガ ン ガ ーで 沫 浴 し て 、 ガ ン ガ ー の 水 で 口 を 漱 ぎ 、 一切 の 罪 か ら 解 放 さ れ て 、 人 は 不 死 の境 地 を 行 く の であ る。
pitrbhyahpindadanadikriyay 押munisattama !/tatsthanam 艇)bhanambhumausarvebhyascavisisyate//53// 祖霊 へ の ピ ン ダ の 献 供 等 を 執 行 す る に 当 た っ て は 、 ム ニ の 最 上 者 よ。 そ の 場 所 は 素 晴 ら し い。地 上 で の一切 の も の よ り優 れ て い る。 nakalaniyamastatrapindadanadikarmasu/ divavayadivaratraukriyamkurvitamanavah//54// そ の 際 ピ ン ダ の 献 供 等 を 執 行 す る に 当 た っ て は 時 間 的 な 規 定 は は な い 。[] 中 に 、 あ る い は 夜 で あ っ て も、 人 は 祭 祀 を 執 行 す べ き であ る 。 namagotramsamuccaryayodadyatsradhamatravai/ svargamgacchantipitarastasyapatakino'piva//55// 名 前 と ゴ ート ラ を 言 っ て 、 そ こ に シ ュ ラ ー ツ ダ を猷 げ る 者 は 、 彼 が 罪 人で あ っ た とし て も 、 そ の 祖 霊 は 天 界 へ 至 る の で あ る 。
(82) havirdanancadevebhyoyadatrakurutenarah/ visistaphaladamviddhitatcadevamunesrnu//56// 人 は 神 々 に対 し てhavis を 捧 げ る べ きで あ る と い う こ と 、 そ れ は優 れ た 果 報 を もた ら す とい う こ と 、そ れ を 知 れ、聞 け 、天 的 な ム ニ よ 。 suvarnamkaladhautancagamannamprthivimtatha/ viprebhyoyatprayacc]lantitadatraasuphaladam//57// 黄 金、金銀、 そして ウ シ、 食物、 また大地 をバ ラモ ンに捧げ るこ と、そ れはここ で速や かに果報を もたらす。 varanasigayagarigadvaradibhyo'pikotisah/ phalamtatradhikamvindeddanadinamnasamsayah//58// ● ¶ ● ● ● 人 は ヅ ア ー ラ ー ナ シー 、 ガ ヤ ー 、 ハ リ ド ワ ー ル な ど よ り も、 遥 か に 優 れ た 果 報 を こ こ で 見 い だ す で あ ろ う。布 施 な ど に は 疑 い が ない 。
kutragaiigottaritirtha甲kutrakasigayadaya ノpracandadyumaneragrekhadyotahkimprakasate//59//
ガ ンゴ ー ツト リ ーの 聖 地 は とこ に あ る の か。カ ー シ ー、ガ ヤ ー な ど は どこ か。 鋭 い 太 陽 光 線 の 前 で 、 蛍 は 光 る こ と が で きる であ ろ う か。 kasyadlnimahatirthanyatmasuddhyaibhajantihi/ murtimantimahaksetramdivaratramidammune//60// 姿 を 現 し た カ ー シ ー な ど の 大 い なる 聖 地 は 、 白 身 の 清 浄 の た め に 。 こ の 偉 大 な る 地 に 日 夜 仕 え る の であ る。、 gaurikundammahatrithamtatsilayastuprsthatah/ devagamyammaharamyamdarsanatpapanasanam//61// そ の [ バ ギ ー ラ タ の] 石 の 後 ろ に は 、ガ ウ リ ー ク ン ダ と い う 聖地 が あ る。 神 々に 近 く 、お お い な る 歓 び に 満 ち 、 見 る だ け で 罪 が 消 減 す る の で あ る。 kedaragaiigakedarasailasriigadvinihs 陽/yatrasrijahnusantatyasamgatapunyadayinl//62// −119 −
(83 ) ケーダー ル[ナート] の山 の頂か ら、二つ なから に流れ出 るケ ーダー ル ガンガ ーは 、幸 を も た らす 者であ り、聖 な るJahnu の子 孫 (ガ ン ガー) と出 会っ たのである sudarsanamtatragaiigapathahprapatanammune/ gabhlraninadamnityammahascaryamvidhayakam//63// そ こ に は 素 晴 ら し い ガ ン ガ ー の流 れ が 落 ちた の で あ る 、 ム ニ よ。 妙 な る 音 が 常 に 響 き、 全 く 驚 くべ き 様 子 で あ る。 gaurisaksanmahesanisamvrtahisakhijanaih/ tatrasamkridaletasmadgarikundamnigadyate//64// ガウリーとは実 にパー ルヴァティー(MahesanI) で あ り、友 人 に囲 まれて い る。 彼女は そこ で遊ぶっそ れゆにガウリ ー クン ダと呼ば れている ので あ る。 gaurikantascavisvesahsaiikarahpramathadhipah svasyabhutaganairyuktastatranityamvirajate//65// ガ ウリ ー の 夫 は一切 の 主 で あ り 、 シャン カ ラ で 、 最 高 の王で あ る。 彼は 自 ら の 脊 唱 を 従 え て 、 そ こ で 常 に 君 臨 し て い る。 setutarpanametasminpunyatirthevidhiyate// tadvidhimsampravaksyamisrnumesraddhayanvitah//66// ● ● ● ・ ● ● そ の め で た い 聖 地 に お い て 提 の 供 養 が 規 定 さ れ た。 そ の 規 定 を 私 は 述 べ よ う。聞 け 、 信 仰 篤 き 者 よ。 narikelatanivavalukahsetubandhanat/ abhyarcyavidhivattatrarudripathadinamune//67// 堤から砂が ココナ ッツの木を 運ぶ。 そこで規定 通りに 供養して。RudripatThaなどと ともに ムニ よ kundetatrasamarpyatesraddhayatapasottamaih/ setutarpanametadvaimahapunyaphaladam//68//
(84) この[ ガウリ ー] ク ン ダにおい て、 信仰に より苦行 者の 最上 者によって 参拝さ れる。こ の提 の供養は実 に大い なるめ でた き果 報を もたらす。 yathoktavidhinatatayahkuryatsetutarpanam/ niskamascetpunarjanmatasyanasyannasamsayaH//69// 以上 に述べた ような 規定に よっ て提 の供養 をなすであ ろ う者 は、 もし 欲 望を持 たないの であ れば、彼は 再 び生 まれる ことは ない。疑 いけ ないで あろう。 sakamascetsadyaivavacchitarthamavapnuyat/ dhanyaudhanyahsamartyoyahsetumtarpayatidrsam//70// も し 欲 望 を 持 つ な ら ば 、 直 ち に 欲せ ら れ た 対 象 を 獲 得 す る で あ ろ う。 こ の よ う な 提 を 供 養 す る 人 は 豊 か と な る 。 anyatcakathayisyamisrnumearaddhavamune/ gaiigottaryascayogangatoyamaniyanarada//71// 私 は 他 の こ とを 語 ろ う 。 私 に 聞 け 、 信 仰 を もっ て 。 ムニ よ。 ガ ン ゴ ー ツト リ ー か ら ガ ン ガ ー の 水 を引 い て。ナ ー ラ ダ よ。 bahirantah 弓ucirnilyamsraddhavailsamsitavratah/padacarlsadacariprthvisayitathalpabhuk//72// 内 も外 も常 に清 浄で、 信仰篤く 、行い堅 固に して、歩 く者で あり、 正し く行う者であり 、大 地に横 た わり、そ してすこし 享受する。 ramesvaremahaksetreramacandrenayatpura/ sthapitamsivaligamvaipujitamsarvadevataih//1%// 大 い な る 国 、 ラ ー メ シ ユ ヅ アラ に お い て、 ラ ー マ チ ャ ンド ラ に よっ て、 かつ て 現 出 せ し め ら れ た シ ヴ ァリ ン ガ は 一 切 の 神 に よ っ て 供 養 さ れ た。 abhisekenatalligamabhyarcayatimanavah/ vidhivatsaphalamtasj'asivasayujyamrcchati//74// -117
(85) 混頂に よっ てそ のリ ンガを 供養する 人は、規定 通り に、 その 果報と して のシヴ アとの合 一を得る のであるっ yajnabhuhpanduputranamumakundasyaprsthatah/ pavanipurupunyadhyadarsanadduhkhanasini//75// ウマ ー(=ガウ リー) クン ダの後ろ に、パ ーンド ゥの息子 たち の祭祀の 場があ る。清浄 にして 、多 くの幸 に満 ちてい る。見るだけ で苦 が誠する のである。 gotrahalyasamutpannapapasantyaitupandavah/ dvaipayanajnayabhijnahprapustripathagottaram//76// 圓 一] ゴ ート ラの 殺害が 生じ たとい う 罪を 鎮める ため に パー ンド ゥ の 息子 た ちはド ゥヅ ア イパーヤ ナの 教 えを 思い 出 して 、ガ ンゴー ツト リ ーヘやっ て来 た。 tatragatvadaivayajnascatranirvartitomailan/ yathavidhanamastikyabuddhyadvijasahayakaih//11// そこ に きて 、 正 し い 信 仰 心 に よっ て 、 バ ラ モ ン を 助 け と す る 者 に よ っ て 規 定 通 り に 神 へ の 人 規 模 な 祭 祀 が 執 行 さ れた。 ahoramyamida 叩sthanavisalamanupadravam/mrtkskautanmakhocchistambhasmacadyapidrsyate//78// ● ● ●● ● ● あ あ,こ の場所 は喜ば しい,広大にし て障 りがない。土の 巾に その祭の 残りの灰を 今なお目に するこ とができる, ekadasanamrudanarmavasoccasiloccayat/ nipatanti甲pasyagahgarudrapurvamsamipatah//79//H の ルド ラの 住処があ る高い 岩の 固まりの すぐ近 くに、 ルド ラ を先 とす る ガンガーを見 よ。 visayasangicittaipvaikathamunnatimapnuyat/ alpistavartmanamandanirohativadhirohanim//80/
(86) 対 象 に 浸 っ て し ま っ た 心 は 、い か に し て 上 昇 を 得 る の か 。 あ た か も 最 小 の行 為 に よっ て ゆ っ く り と 階段 を 上 る よ う に。 itisancintyatirthanamdaivatancakalpanam/ tatratatrakrtamlokagurubhistattvadarsibhih//81// と考え て、諸 々の聖 地の 神 々へ のkalpanaが、 そここ こ にお い て真 理を 知る世師たち によって なされたのであ る。 asevitanividhivatsarvanietanitaihsvayam/ josayadbhiraholokamllokasamgrahakaribhih//82// そ の 全 て が 、 儀 軌 通 り に 彼 ら 自 身 に よ っ て 供 養 さ れ た。 agnikarmasunastesLinastecatapasiksitau/
kathamvadurbalomarty 的preyah 台reyascasadhayet//83//
火への諸 々の 祭祀が 消え、地 上に苦 行がな くなっ たな ら、 弱 き者人間は いかにし て愛 と栄光 を成就する とい うのか。 niskamasevayadevyahsamjatapunyasamhatih/ nibarhayativaipapa甲bahujanmasusa 甲citam//84// 女神 ガン ガーへの 欲望 な き奉 仕に よっ て幸 の集 まりが生 じ、 それは多 く の生 におい て蓄え られた罪 を滅 するのであ る。 ragadicittadosascaksiyantetadanantaram/ dosaksayecabhagavadbhaktirjfianamcajayate//85// そ の直 後 に 貪 欲な ど の 心 の悪 が 滅 す る 。 そ し て悪 が 滅 す る と き、 神 へ の 信 仰 と 知 が 生 じ る の で あ る 。 anayasenamartyanamanarh ㈲ancanarada/lsabhaktiacamuktiscaksipramevaprasidhyati//86// 相 応し く ない 人 間 に 乱 容 易 に 、 ナ ー ラ ダ よ、 神 へ の 信 仰 と 解 脱 が 直 ち に 達 成 さ れ る 115
(87) sarvatirthatapoyogasvadhyayarcanakirtanaih/ nihsreyasaphalammukhyamanyadapatikamphalam//87// 一 切 の聖地、 苦 行へ のヨ ー ガ、 ヅ エー ダの学 習、 供養、 讃 歌に よっ て、 至福が第一の 果報であ る。他の随時 現れる果報 も[生じ る]。 gudajihvikayanunambalavanmandabuddhayah/ tattatphalaihpravartyantetattatuttamakarmasu//88// 「砂 糖 の 舌 」 の 喩 の 通 り 、 幼 児 の よう に 愚 か な 者 た ち は 、 あ れ こ れ の 果 報 に よっ て 、 あ れ こ れ の 最 高 の 行 為 を 行 う。 sarvamapatamadhuramahos 町lsarikaniphalam/anityamduhkhasambhinnamsubuddhibhirakamkistam//89// 輪 廻 の果 報 は 、 全 て そ の 場 限 り の も の で あ り、 甘 く ない も の で あ る。 無 常 にし て 苦 に 引 き 裂 か れて い る。正 し い 理 性 を 持 つ も の は 求 め ない 。 tirthatanadisakalamkrcchrasadhyamsukarmayat/ kahkuryatksanikarthanamkrtemudhajanetarah//90// よ き 行い とい う の は 、 聖 地 巡 礼 な ど 、 ど れ も 為 し が たい 。 蹟 罪 に よっ て 成 就 す る 、一切 の よ き行 い lsvarapritirevatrapunyakarmapha]amnrnam/ nanyadbhavatubhavyanambhavasamkatamocani//91// 神 の愛 こ そ が 、 人 間 に とっ て 、 め で た い 行為 の 結 果 であ る 。 よ き 人 に と っ て は 生 存 の 海 か ら 救 い 出 す 者 であ れ 、 そ の ほ か で は な く 。 isvaralisarvajagatobhagavanbhaktavatsalah/ sevyo'hamnanusamsanjivastadupasevakah//92// 一切 世界の主 にして 偉大 なる者、 信じる 者を愛す る者は 供養 されるべ き であ る。 何 とな れば、 私は 輪廻す る者であ り、生 きてい る。そ れを信仰 する もの である。
(88 ) itidvailadhiyasamyagLipakramyaasevanam/ sarvamisaitiprajnamnirdvatamsadhayetbudh 油//93// と い う 疑 い の あ る 想 い を 伴 っ て 、 正 し く 主 へ のsevana に 到 り 、 智 者 は一一 切 が 主 で あ る と い う 疑 い の な い 智 慧 を 成 就 す る の で あ る。 sarvambrahmetivijnanamsaksanmoksaekasadhanam/ hantahantehajantuna甲sahasakasyasiclhyati//94// 一切 のものがbrahman であると 知るこ とで、 その まま解 脱を成就 させる のであ る。 見よ、見 よ。ここ に人々にとって 何か起こ るという のか。 sarvambrahmetiakhandadhiryavannodetikutracit/ idambrahmetibuddhiryasakhandasavidhiyate//95// ● ●● 一切 がbrahman であ る、とい う完全 な知が どこに も現 れない 限りは、こ れがbrahman である、 という不完 全なbuddhiが 規定さ れてい る。 =f=ミ ● 甲yatkincasacaracaram/bahujanmakrtabhyasadityesa●へ =lsavasyamidamsarva 丿ayatematih//96// こ の世 界の一 切 は動 く者 も動かぬ 者 も、主 に遍 く満た さ れてい る。多 く の生を通じて なさ れたabhyaasaの ゆえに。 とい う、こ の よう な考え が生 じるのである。 dhunimvagravamurtivasthulamnopasitumksamah/ suksmatsuksmataramtattvamaisvaramvasmaretkatham//97// 河、巨 大な石 の姿を拝 むこ とはない。 微細な上に もさらに微細 なる神の真 理を念じるの は何故 か。
prakrtyasundara甲sthanamvastucavarjaka 甲prabh 的/darsanarhanacintasu 台resthamalambanammatam//98//
本質的に美しい 場所 とものは、主の 慰めである。
主 を見、崇拝 し、思 考するならば。
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(89) nanavisayaviksiptamdustacittammanagapi/ ● ● ・ ・●4isvarabhimukha 甲kuryadititirthadikalpana//99// 異 な る も の を 対 象 と す る 混 乱 し た 悪 し き 心 は 少 し で あ っ て も 、 イ ー シ ュ ヴ ァ ラ を 第一一と す る も の と す る べ きで あ る 、 とい う の が 聖 地 を 初 め と す る 規 定 で あ る。 sakaramIsarupamyatparoksamitidurgraham/ atimandadhiyamkificitpratlkatvenakalpayate//100// 美し い(姿 を 持った)主宰神の形 は知ら れ ない、 知りが た い の であ る。 愚 か な 知 にお い て 、 何 か が 象 徴によっ て 思念され る の で あ る。 yenakenaprakarenavisvaggarnidrdhamcalam/ cittamekatrasamrundhyadanuksanavikalpakam//101// あ れこ れ の や り か た で あ ちこ ち 行 く、 堅 固 に 、 ふ ら ふ ら と。 心 は一所 に asadvrttipararncittanikuryatsadvrttiyatnatah/ tatonivrttikamkuryadititattvagatikram 約//102// 珀varovettivi§vatmasarvamsarvasyabhavanam/yadrsibhavanatadrkphalaficapipraycchati//103// 一切 のア ートマ ンた る主宰 神は 、一切 の ものの一 切 のbhavanaを 知る の である。bhavana と同様な 果報をも また与えるのであ る。 tirthasevanal油kecidramakrsnadiyupasaya/japenatapasacanyeprarthanakirtanadibhih//104 或 も の は 聖 地 へ の く よ う に よっ て 、ラ ー マ や クリ シ ュ ナ へ の 崇 拝 に よっ て。 低唱 に よ っ て 、ま た 苦 行 に よ っ て す る も の もあ り 、 信者の 讃 歌 な どに よ る svadhyayabhyasatahkecicchastracintakramenaca/ pranayamenacapyanyedhyanayogenacapare//105//
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或 ものはveda学 習 への 専心 に よ り、 また或 もの は論 書 から 知 ら れる知 の 次 第に よっ て、 ま た或 も のは 制息 に よっ て、 また別 の もの は 禅 定に よっ て。
karmanusthanatahkeciddanasevadibhihpare/
ittham 稽varamaradhyaniskamah 乱)dhayantihrt//106//
或 者 た ち は 祭式 の 執 行 に よっ て 、ま た 他 の も の は 布 施 や 奉 仕 な ど に よっ て。 こ の よ う に 主 宰 神 を 肢 っ て 、 欲 望 無 き 者 た ち は 心 を 浄 化 す る の で あ る 。 vikalpasataviksiptamasuddha 甲citamanjasa/nirvikalpapadopantamgantumarhetkathamprabhoh//l'dl//100 も の 念 想 に 満 ち て 混 乱 し た 不 浄 な る 心 は 直 ち に 念 想 な き段 階 と い う 終 わり へ 行 くこ と が 相 応 しい の で あ る。 nirmalamsuddhamekagramvicaranipunammanah/ vettisamyakparamtattvamavakmanasagocaram//108// そ の心 (manas )は汚 れな く、 清浄で、一つ とこ ろ に集中 してお り、思 慮 に長けてお り、 言葉 や心 の対象 とはなら ない ような最 高の真 理を も正 し く知 るのである。 註 巾 北 面 か ら は ま さ に シ ヅ ア 神 の「リ ン ガ」を 連 想 さ せ る 姿 で あ る が 、 南 面 か ら は 双 頭 状 の 全 く 毀 な っ た 山 容 を 見 せ る。現 地 の ガ イ ド 等 に よ る と 登 っ て は な ら ない 山 と さ れ て い る が 、1974 年 に 登 頂 さ れ て い る。cf.http;//yama-tabi.net/sekailOOym, (2 ) 沼 田 一 郎 「 イ ン ド の 川 司体 社 会 と 個 人の 宗 教 信 仰 に つ い て の 実 地 調 査 」( 束 洋 人 学 東 洋 学 研 究 所 プ ロ ジ ェ クト『束 洋 思 想 に お け る 個 と 共 同 体 の 関 係 の 探 求 (イ七表 者 ・ 竹 村 牧 男 )]報 告 書) (3 ) 午 前6 時 のutthapanna に は じ ま り、 午 後9 時 のsayanaratiに 至 る ま で 、 介 計14 種 類 の 勤 行 が 予 定 さ れ て い る。ま た、 巡 礼 者・ 参 拝 者 に 対 し て は 諸 種 の −111 −
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abhiseka やGagasahasranama 、Vedapatha な ど 、多 数 の 儀 礼 が 用 意 さ れ て おり 、 そ れぞ れ に 料 金 が 定 め ら れて い る。(4) 境 内 に は ま さ に こ の 石 を 祀 っ た と さ れ る 祠 があ る。(5) こ の バ ギ ー ラ タ 王 の 苦 行 の 結 果 、 ガ ン ガ ー は 地 上 に 下 降 し た と さ れ て い る 。(6) 注(3) 参 照。(7)G の 威 光 の 前 で は 他 の 聖 地 は 霞 んで し ま う こ と を 太 陽 光 線 と 蛍 の 光 に た と え て い る ので あ る。