Osofsky論文の批判的検討:「法学と地理学」の関
係性の視点から
著者
門脇 邦夫
著者別名
Kadowaki Kunio
雑誌名
東洋法学
巻
56
号
3
ページ
221-238
発行年
2013-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004110/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 第十二回 東洋大学公法研究会 》
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門脇 邦夫 報告者 門脇邦夫 (東洋大学大学院博士後期課程) 報告題 「Osofsky 論 文 の 批 判 的 検 討: 『法 学 と 地 理 学』 の 関係性の視点から」 日 時 平成二四年五月三〇日 十八時~二〇時 場 所 東洋大学第二号館一四階学習指導室 参 加 者 名 雪 健 二・ 宮 原 均・ 齋 藤 洋・ 川 村 仁 子 (以 上、 東 洋 大 学) 、 柴 田 憲 司 (中 央 大 学) 、 鈴 木 陽 子 (武 蔵 野 学 院 大学) 、始澤真純 (本学大学院博士後期課程) 本報告は、二〇一二年五月三〇日、東洋大学法学会公法研 究 会 に お い て「 Osofs ( 1) ky 論 文 の 批 判 的 検 討: 『法 学 と 地 理 学』の関係性の視点から」という表題の下、現在取り組んで いる研究の一部として、更に学会報告のための試論として行 なわれた。以下、本報告の概要及び質疑応答を報告する。な お、質疑応答については発言の趣旨やニュアンスを損なわな い範囲で若干の修正を行った。また、敬称は省略した。 【報告概要】 本 報 告 の 目 的 は、 「法 学 と 地 理 学」 と の 間 に ど の よ う な 関 係性があるのかを明らかにする研究の序説として、先行研究 で あ る Hari M. Osofsky, “A Law and Geography Perspective on the New Haven School, ”32 YALE J. INTʼ L L. 422, 422-452 ( 20 ( 2) 07 ) .(以 下、 オ ゾ フ ス キ ー 論 文 と 略 記) を 批 判 的 に 検 討 することである。 当 該 研 究 の 動 ( 3) 機 に は、 国 際 法 学 (と 地 理 学) の 進 化 の 必 要 性の論証とそのための方法を模索することがあった。空間秩 序を対象とする学問としての伝統的国際法学は、細分化とい う形で進化してきたのであり、それを可能にしたと言える。 しかしその反面、細分化は国際法学の溶解の危機を意味する ものでもあった。国際法学が進化するためには、この溶解を 回避するために、これらの細分化をまとめ上げる他の専門分 野 (=「要」 ) と の 結 合 が 必 要 で あ り、 更 に 新 し い 問 題 へ の 対処のためにも必要である。非国家主体や新しい空間、価値 の問題は、そのような問題の一例である。 本研究は、地理学を国際法学における「要」として実験的 に用いようとする。そこで、当該研究分野の近時における有 意義な先行研究と思われるのが、オゾフスキー論文である。 オゾフスキーは、イェール大学のマクドゥーガル等を創始者 と す る 国 際 法 学 の 学 派、 即 ち N H S ( New Haven Scho ( 4) ol ) に お け る 研 究 を、 「法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 に 関 す る 先 行 研究ととらえておよそ次のように評価している。 旧NHSは、地理的視点を導入している国際法学理論とし て位置付けられるが、地理学的視点を導入しているわけでは ない。従って、新NHSは、地理学的視点を導入する必要が あ る。 よ り 詳 し く 述 べ る な ら ば、 地 理 (学) 的 概 念 の 具 体 的 な 例 と し て の 特 に「ス ケ ー ル ( scale ) 」 概 念 に 関 し て オ ゾ フ スキーは議論を展開しており、本報告は、当該概念に関する オゾフスキーの議論を批判的に検討する内容となっている。 しかし、その前に前提となる問題について、二点指摘してお きたい。 第 一 は、 「法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 に 関 す る 研 究 な の か、 そ れ と も「国 際 法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 に 関 す る 研 究 な の か、 で あ る。 オ ゾ フ ス キ ー 論 文 は、“ A Law and Geography Perspective on the New Haven School ”という表題が付され て い る よ う に、 「国 際 法 学」 に 相 当 す る 表 現 が 見 当 た ら な い。そこには、NHS流の理解が反映されていると考えられ る。 以下では、伝統的な国際法学の枠組みで地理学との関係性 を 研 究 す る の で は な く、 N H S の 方 法 論 が 意 図 す る よ う な 「法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 に 関 す る 研 究 と し て 行 な う 必 要 が あることを明らかにする。その上で、このような用語法には どのようなイデオロギー性があり、地理学とどのように結び 付いているのかについて言及する。 NHSの特徴は、いくつかの先行研究においておよそ次の ように示されている。即ち、NHSは、現代の国際社会及び 国際法を分権的性格のものとして認識しており、無批判に国 際 法 を 普 遍 法 と 同 一 視 す る こ と を 拒 否 す る (= 現 実 認 識 的) 。 その上で、現代を世界公秩序へと向かう世界社会化の過程に あると捉えている (=目的論的) 。 そ こ で は、 伝 統 的 な 国 際 法 学 に よ る「規 則 の 体 系」 に 代 わって「価値の基準体系」が導入されることで、国家的利益 (排 他 的 利 益) と 世 界 的 利 益 (包 括 的 利 益) と の 調 整 を 行 な お うとしている。この調整を行なうにあたって、究極の目標と なる価値が「人間の尊厳」という基準である。 この基準に合致した決定が「合理的決定」であり、その決 定の過程をNHSは法として捉えている。つまり、NHSに とって法とは「公権力による実効的決定過程」であると言え る。 こ こ で 言 う 公 権 力 と は、 「定 め ら れ た 基 準 と 手 続 き を 経 て、その権限と資格の範囲で特定の事項について決定し得る と 一 般 的 に 期 待 さ れ て い る 国 家 機 関 (立 法・ 司 法・ 行 政) 」 を 意味する。 ここにいう法は、国内法も含まれる為、通常、国際法とし てみなされる条約などは、意志決定過程における多くの決定 要因のひとつ又は参考程度に過ぎない。つまり、決定に作用 する種々の素材群のひとつである。その意味では、法は、絶 えず「創造され、廃棄され、復活される公権力の政策」であ
る。 もっとも、その意思決定過程においては、究極の目標価値 である「人間の尊厳」を志向した世界的利益との合致が「一 般の期待」として求められている。即ちこれが「政策志向法 学」や “Configurative Jurisprudence ”などと呼ばれている方 法であり、法を特定の価値実現の政策手段として捉える方法 である。 このような意味で、国家間の意志決定過程において「合理 的 な 決 定」 と み な さ れ る も の が 法 な の で あ る か ら、 N H S は、事前に国際法とか国内法というような区別を行わない。 言い換えるならば、予め国際法という法部門が独立して存在 するとは考えていない。NHSが「国際法学」ではなく「法 学」として呼称するのは、法を初めから細分化して捉えてし まうことで、法学全体の結び付きが緩くなってしまうことを 懸念したためである。 このような特徴を持つNHSの方法には、一九世紀以降の 米国の国際政策の変化が影響していた。即ち、米国の対外政 策が孤立主義から国際主義へと転換していく過程の中で、こ れに対処する実践的な学問が社会から求められるようになっ たという背景があった。 N H S が 提 起 さ れ た 冷 戦 期 に は、 「共 産 主 義 の 道 具 主 義 的 な法の概念に対して、対抗的な法の理論を提供し、両陣営間 の立場の平等を確保」しなければならない事情があったので ある。しかし、第二次世界大戦後から冷戦終結を経た現代で は、それまで国際法秩序を構成してきた諸原理の変化が求め られるようになった。 こ の 変 化 へ の 対 応 に 従 事 す る 法 学 的 立 場 を と る 者 に と っ て、 「文脈とは、万事であ ( 5) る 」。実定法に限定しない、広範な 文脈に法的要素を認めるということは、万事に関心を持つこ と で あ る。 即 ち、 「法 は、 社 会、 経 済、 政 治、 そ し て 生 態 的 な仕組みの中での位置付けやそれらとの関係性でのみ適切に 理 解 さ れ 得 ( 6) る 」 こ と を 意 味 す る か ら で あ る。 「法 が 物 質、 自 然、空間、そして文化に影響を与えてい ( 7) る 」のだとすれば、 地理学的文脈もまた法の理解にとって不可欠であると言えよ う。 「法 は、 そ の 地 域 の 条 件 や 経 験 に つ い て 考 え る 余 地 を 作 らなければならない。そして、法は、その地域の文脈で機能 する法が変化していることを認識しなければならな ( 8) い 」ので ある。その上での国際法の普遍性の追究である。このことを 欠いた普遍性の追究は、問題の「解決」ではなく「処理」に 過ぎないか、予め特定の世界観を前提にした上での主張でし かないのであり、そこでの普遍性は抽象的な意味しか持たな くなる。このことは、時間の概念を軸にした時際法、つまり 法的事実は、それが発生した時点の法によって評価されるべ きであり、時代の変化と共に法にも変化が求められていると いった、個別具体的な文脈に則して考える動態的な法の考え 方があることを想起すれば、了解できるはずである。冷戦終
結を経た現代においては、新しい世界観を画定していくこと が求められているため、なおのこと重要である。即ち、国際 社会において、どのような地理的現象が生起しているかを正 確 に 捉 え て い る か 否 か は、 「合 理 的 決 定」 に 大 き な 影 響 を 与 えると思われる。 ところで、地理学とは何であろうか。地理学に対する学問 的 イ メ ー ジ を 補 強 し て お く 必 要 が あ る。 こ こ で 言 う 地 理 学 は、中学高校で学習する地理学ではない。つまり、山や川が どこにあり、何々県の特産物は何であるといった、暗記がも のをいう単なる辞書的な地誌情報ではない。あるいは、国境 画定の際に測量を行なう技術者として、主として自然科学の 成果に依存する知識を単に意味しているわけではない。地理 学 と 言 う か ら に は、 自 然 地 理 学 も 想 定 し た 上 で の 話 で あ る が、国際法学に主として導入しようとしているのは人文地理 学の知識である。 地理学の定義を行なうことは容易ではないが、わかりやす く 言 え ば、 特 定 の 空 間 の 特 性 を 系 統 的 に 記 述 し て、 (批 判 的 に) 分 析 す る 基 礎 地 理 学 の 段 階 と、 こ れ に 基 づ い て 都 市 計 画 などのように空間の改良を行なう応用地理学の段階からなる 学問である。国際法学の究極的な目的のひとつが暴力の手段 の廃絶にあるのだとすれば、現代の地理学もまた同様の目的 を有しており、それは暴力が廃絶された平等な空間の実現で あるといってよい。そうした応用段階を射程に入れながら、 空間の記述とそれに基づく空間解釈技術の向上及び空間法則 の追究を行なっているのが地理学である。 空間解釈の方法は様々である。伝統的な定義に従えば、地 理学は地表に生起する一切の現象を記述するのであるから、 その対象は人間の身体や精神を含むありとあらゆる事物・現 象が対象となる。現代では、地表から離れて、空や宇宙、地 下、サイバー空間も対象となっている。それ故、地理学の対 象となる空間は、物理的に水平的な現象から垂直的な現象や 仮想的な現象へと拡張している。 このような空間の物理的条件に加えて、空間の記述、分析 を 行 な う 際 に、 「ス ケ ー ル」 と い う 概 念 が 地 理 学 で は 重 要 と なる。どのような「スケール」が存在し、あるいは設定され るべきかという問題が水平的且つ重層的に存在している。水 平的とは、同一レベルの空間「スケール」間の関係を意味す る。神奈川県と東京都との関係は、都道府県という地方公共 団体の分類に従えば、水平的な関係であると言える。また重 層的とは、どのような種類の「スケール」を設定するかとい う 問 題 も あ る が、 大 雑 把 に い え ば グ ロ ー バ ル「ス ケ ー ル」 、 超国家「スケール」 、国家「スケール」 、国家以下の「スケー ル」 、 等 と い っ た 基 本 的 に は 異 な る レ ベ ル の「ス ケ ー ル」 間 関係を意味する。このような「スケール」概念を用いる地理 学 を「マ ル チ ス ケ ー ル」 の 地 理 学 と 呼 び、 個 々 の「ス ケ ー ル」に空間を区分することで、当該「スケール」固有の役割
や 意 味 を 明 ら か に す る こ と が 可 能 と な り、 「ス ケ ー ル」 間 の 関 係 や 指 揮 系 統 を よ り 明 確 に 捉 え る こ と が で き る よ う に な る。 他にも細かな概念が存在するが、人文地理学の何れの系統 地 理 学 (政 治 地 理 学 や 経 済 地 理 学 等) に も 見 ら れ る 空 間 解 釈 の 方法としてここでは四つ挙げておくことにする。即ち、環境 論、立地論ないし中心地論、景観論ないし場所論、領域論で あ る。 こ の 四 つ に 限 定 や 区 分 を す る こ と が 適 切 か は 別 に し て、何れも重要な空間解釈の方法である。これらの方法を何 れかの系統地理学の部門で用い、基礎地理学の段階では特定 の対象を記述して分析することが地理学である。 前提となる第二の問題は、このコラボレーションを国際法 学と地理学の双方の学問の発展のために行なうのか、それと も新しい第三の学問領域として独立する方向性を目指すため に行なうのか、である。即ち、いかなる方向性を目指すかに よって、研究の結果が異なってくるという問題である。オゾ フスキー論文の前提にはこうした問題が存在すると考えられ る。 しかし、この問題については、即座に論証が困難である。 従 っ て、 次 の よ う な 方 針 を 採 用 し た い。 即 ち、 「第 三 の 学 問 分野の創造」を念頭に置きつつ、結果として、お互いの学問 分野の利益のためになるものとして両学の結合を構想するこ とである。この構想は、個々独立した国際法学や地理学を否 定するものではないことを付言しておく。 もっとも、目標となる進化の方向性は、ひとつであるよう に思われる。即ち、国際法学にも地理学にも見い出される問 題は、両学が帝国主義的外交政策の一環として編制されてき たという事実である。現代の地理学は、この点に対する反省 がなされた結果、思想的アプローチの偏在が生じているが、 まさしく、戦前には見られなかった学問的姿勢として現われ て い る。 「法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 の 研 究 を 行 な う 場 合 に も、それがどのようなアプローチになるかは別として、転換 の姿勢が求められているといえよう。 以上、二つの前提となる問題がオゾフスキー論文あるいは 「法 学 と 地 理 学」 の 関 係 性 に 関 す る 研 究 に は 存 在 し て い る よ う に 思 わ れ る。 そ の 上 で、 オ ゾ フ ス キ ー 論 文 は、 「法 学 と 地 理学」の関係性に関する研究に四つの意義を見出しているこ とを読み取ることができる。即ち、①多元的な共同体の差異 の把握、②歴史的方法偏重の是正、③研究者同士の立脚点の 共通化への寄与、④どのような「スケール」や「スケール」 間 の 問 題 か が 明 確 に な る こ と (ス ケ ー ル 概 念 は 後 で 説 明) 、 で ある。このような意義を示しつつ、オゾフスキー論文は、旧 NHSの地理概念を取り上げ、現代地理学の諸成果の導入を 試みる新NHSの概念を検討している。 では、旧NHSによる研究は、分析の際にどのように地理 概念を用いているのか。オゾフスキーは、主に三つの重要概
念 に 焦 点 を 当 て て い る。 即 ち、 ① 世 界 共 同 体 ( world commu -nity ) 、 ②領域的単位 ( territorial units ) 、 ③制度的領域 ( consti -tutive arenas ) の 三 つ で あ る。 こ れ ら は、 地 理 学 の「場 所」 や「領域」概念に相当する。しかし、オゾフスキー論文は、 こ れ ら 概 念 の 前 提 と な る ス ケ ー ル ( sca ( 9) le ) 概 念 を 主 と し て 検討しており、従って本報告もこのスケール概念を中心に検 討を加えるものである。 例 え ば、 N H S は、 「世 界 共 同 体」 に つ い て、 共 同 体 と い う「スケール」概念を単なる地理的名称としてではなく、国 際法の形成過程に重要な役割を果たす実効的なパワーとして 捉えている。オゾフスキーが指摘しているように、共同体の 意 思 決 定 過 程 は「グ ロ ー バ ル な ス ケ ー ル を 含 む、 多 様 な ス ケールで生じており、国際法形成過程の基礎」をなすところ の、 地 理 的 側 面 を 内 包 し て い る。 し か し 旧 N H S で は、 ス ケールが何であるのかについての根本となる定義や掘り下げ が な さ れ な い ま ま に 当 該 概 念 が 用 い ら れ て い る と オ ゾ フ ス キーは指摘している。 オゾフスキーも指摘しているように、最大のスケール単位 である「地球」ないし「世界」共同体の形成過程において、 適切な方向付けがなければ、合理的な決定も、決定にあたっ て の 現 実 的 な 問 い か け も で き な い。 つ ま り、 「地 球」 な い し 「世 界」 ス ケ ー ル の 空 間 (他 の ス ケ ー ル も 同 様 に) を ど の よ う な意味や構造をもった空間として、あるいは世界観として定 義するのか、という課題が新NHSには課されている。 そこで、新NHSでは現代地理学の地理概念の導入が試み ら れ て い る。 「ス ケ ー ル」 概 念 は、 そ の 試 み の 一 つ で あ り、 オ ゾ フ ス キ ー は、 「ス ケ ー ル」 の 方 法 が 理 論 的 で あ る だ け で なく実証的であり、意思決定者は、十分に行き届いた基準を 示すことができると述べている。当該「スケール」概念につ い て は、 Neil Brenner の 議 ( 10) 論 を 取 り 上 げ て、 以 下 の よ う に 説明している。 Neil Brenner に よ る 最 近 の 著 作、 New State Spaces: Ur -ban Governance and the Rescaling of Statehood は、最近の 研 究 で 与 え ら れ て い る 様 々 な ス ケ ー ル の 定 義 を ま と め て い る。即ち、⑴「異なる規模で区切られた空間から成る入れ子 状 の 階 層」 、 ⑵「既 に 起 こ っ て い る こ と に つ い て 考 え、 行 動 し、 研 究 す る に あ た っ て、 解 決 が な さ れ る 地 理 的 平 面」 、 ⑶ 「社会的集合行為を地理的に組織化したものやその表現」 、そ し て ⑷「相 反 す る 競 争 と 協 力 の 過 程 に つ い て の 地 理 的 分 解 能」 で あ る。 「彼 は、 更 に 次 の こ と を 付 け 加 え て い る。 即 ち、彼の研究は、これらの定義に『大雑把に言えば相互に矛 盾しないもの』となっているが、とりわけ、空間を比較した 上での階層化を強調している。 」 このようなスケールの多義性は、新NHSによる分析を豊
かにし、その結果、権威的な意思決定を行なうあり方を変革 する可能性があることをオゾフスキーは示唆している。例え ば、以下のようにであ ( 11) る 。 スケールを階層的に見るべきかどうかという問いかけは、 「世 界 共 同 体」 像 を 揺 さ ぶ る こ と に な る。 世 界 ス ケ ー ル は、 最も大きいゆえに、階層的に他のスケールの最上位に位置付 けられるのか。あるいは、国民国家のスケールは、国民国家 が国際法の主な主体や客体として公式的な役割を与えられて いるから、階層的に他のスケールの上位に位置付けられるの か。もし、スケール間に全く階層性が存在しないとしたら、 相互に結び付いている共同体は、国民国家の役割を超えて多 元的な秩序を創造するのか。 あるいは、スケールの重要な役割が「社会的集団行動を地 理的に組織化したものやその表現」としての役目を果たすこ と に あ る と し た な ら ば、 ニ ュ ー ヘ ブ ン 学 派 が 提 示 す る 見 方 は、それ自体一種の社会活動なのか。スケールが秩序化され ているといった場合、そのことについてどう考えるかを選択 することが、空間を整序化する枠組みとしての役目を果たす のか。この方法で権威的な意思決定をモデル化することは、 実効的なパワーの配分にどのような影響を与えるのか。 あるいは、究極の目標価値である「人間の尊厳」や「世界 公共秩序」が何を意味するのかということの内容が深まる。 これらの概念はしばしばジェンダーや南北問題の観点から、 それらが権力者の見方に偏重し、非権力者の意図が反映され て い な い と の 批 判 が な さ れ て き た。 地 理 学 の 見 方 を 用 い る と、 「ど こ」 と い う 問 題 性 を 軸 に 多 元 的 な 世 界 観 の 詳 細 な 分 析が可能となることをオゾフスキーは示唆している。 以上のことから、オゾフスキー論文は、およそ二つの意義 をスケール概念が有することを示していたと思われる。第一 は、 「ど こ で」 ど の よ う な 価 値 や 現 象 が 生 じ て い る か に つ い ての詳細な実証データが提示できる。第二は、分析に留まら ず、特定のスケールを通じて、あるいはスケールの創造を通 じて、問題解決に影響を与えようとする参加者や研究者が実 践 的 な 役 割 を 有 す る 可 能 性 を 提 示 す る。 し か し 私 見 と し て は、オゾフスキー論文を通じて方法論に関する二つの課題が あるように思われた。 オ ゾ フ ス キ ー 論 文 で は、 次 の よ う に い う。 方 法 と し て の 「ス ケ ー ル」 は、 理 論 的 に も 実 証 的 に も 有 効 で あ る。 す な わ ち「場 所」 や「領 域」 を 規 定 す る た め に、 「常 に そ の 細 部 の 最新情報を与える、あるいは詳細な議論が必要なときに細部 がより豊かに見える理論や道具が必 ( 12) 要 」であり、またそれが 将来予測にも有効である。 しかし、そのような膨大な作業を実行する計画や具体的な 基準をどのように想定しているのか。第一の課題として、こ
の点について言及して初めて、その主張の説得性はより確か なものとなる。 この課題に対処するためのひとつの予測としては、個人単 位での枠を越えた計画が求められることである。つまり集団 研 究 が 必 然 的 に 必 要 と な る の で あ る。 ま た、 方 法 に 関 し て は、 地 理 学 の 方 法 論 に お い て、 現 在、 世 界 を 評 価 す る 方 法 は、都市スケールでの評価基準が最も普及している。即ち、 グローバル都市論を巡って、様々な研究者によって開発され ている都市評価基準である。但し、都市を重視するそのよう な見方には二つの懸念がある。第一は、その見方が、都市ス ケールを固定的なものとして捉えることに繋がらないか、繋 がるとしたらどのような問題があるかについて留意する必要 が あ る。 第 二 は、 (空 間 の) 動 態 性 を 捉 え る 手 段 を ど の よ う に確保するかという問題である。理論的には、今後の課題で あ る が、 G I S ( Geographic Information System ) と い う 技 術 が有効なのではないかと思われる。 第二の課題は、地理学的視点の導入に伴う法的安定性の動 揺と当該安定性の確保の問題をどのようにして克服するのか という課題である。つまり空間を動態的な、変化するものと して把握可能になったとして、その分析結果を法化してよい かどうかという問題である。 以上、二点につき、今後考察を深めていくことが重要であ るように思われる。 【質疑応答】 質 問 A「確 認 を さ せ て 頂 き た い と 思 い ま す。 地 理 学 と 言 え ば、山や川がどこにあるのかというイメージがあるわけです が、これがどのように法と関係するのか想像がつかない所が あります。しかし、法には必ず目的があるということを考え るならば、今日の報告では、国際法学、特にニューヘブン学 派 の 場 合、 『人 間 の 尊 厳』 を 究 極 の 価 値 目 標 に 置 い て い る。 我々、憲法の研究者の立場からすると、国際人権法という分 野もありますので、そのような目的を念頭に置いて議論をさ れているということがわかるわけです。その際、その目的を 達成するにあたって様々な紛争があると思いますが、その紛 争に対するアプローチとして、空間の区切り方ということか らアプローチすると結論が変わってくる、あるいは設定した 目 的 に よ り 近 づ く こ と が で き る 様 々 な 空 間 の 区 切 り 方 が あ る。従って、様々な空間の区切り方がある中で、そこからセ レクションしましょう、という理解でよろしいでしょうか。 」 報告者「法の目的達成に近づくことのできる様々な空間の区 切り方があり、その中から選択する。その通りであると思い ます。空間や地理と言いますと何か客観的なもののように捉 える傾向がありますが、それらは客観的な要素ではなく主観 的な要素を多く含んでいるのです。つまり、空間は個々人に よって捉え方が異なる。これは、特に『場所』論の中で議論 されるのですが、その前提として、今回報告致しました『ス
ケ ー ル』 の 議 論 を 行 う 必 要 が あ り、 『ス ケ ー ル』 区 分 が ど う な っ て い る か を 考 え る 必 要 が あ る の で は な い か と 思 う の で す。 と い う の も、 従 来 の 地 理 学 の 議 論 で は、 大 き く 三 つ の 『ス ケ ー ル』 区 分 が 指 摘 さ れ て い ま し た。 例 え ば、 P.J. テ ー ラ ー は、 政 治 地 理 学 の テ キ ス ト の 中 で、 世 界 経 済、 国 家、 ローカルという三つの、入れ子状で階層性のある空間として 規定しております。しかし、これらが重要であるにしても、 この三つだけで世界を捉え、解釈してしまってよいのだろう か、あるいは、これら三つを入れ子状や階層性の関係にある 空間として捉えてよいのかという批判がなされています。そ れらの捉え方は個々人あるいは国家等によって異なるのでは ないかということです。それは、混乱を招きませんかという 批 判 も 成 り 立 ち そ う で す が、 法 の 目 的 達 成 や 紛 争 の 解 決 に と っ て ま ず 重 要 な こ と は、 『ス ケ ー ル』 の 捉 え 方 が ど の よ う な点で異なっているのかということを丹念に突き合わせ、共 通化を行うことから始まるように思います。 」 質問A「いまの御説明によれば、必ずしも私が思い描いてい る空間的なものではないように思いました。つまり、空間の 捉え方を広く捉えるのか狭く捉えるのか。何れの見地から見 るかによって、同じ問題であってもアプローチの仕方によっ て見方が異なってくる。例えば、憲法では、条例の制定の問 題があります。淫行条例の例はいかがでしょうか。日本国の 法律にはありませんが、日本の各地域に淫行禁止の条例があ るとして、そのような条例を持っている地域と持っていない 地域というように差異があるとしましょう。憲法第一四条の 平等に関係しますが、つまり場所の違いで刑事罰が科される か否かが変わってしまう。このような問題を考える際、空間 的なものの見方からすれば、一方では日本全体から見て差異 があるということは問題ではないかという主張が成り立つか と思います。しかし、他方では地域の特性という狭い空間か ら見た場合、新宿に不良少女が家出している状況をイメージ した場合、淫行条例のようなものが必要であるという主張が 成り立ちます。ここでの問題は、淫行条例の場合、日本全国 で一律のものでなければならないということです。特に、刑 罰 を 適 用 す る と い う こ と に な っ た 場 合 に は 尚 更 で 、憲 法 第 一 四 条の観点からは、条例は一律のものである必要があるという 主張には利があると言えるのではないかということです。こ の点については、日本国憲法では、地方自治の本旨に見られ るように、差異があることを憲法は当然予定していると解釈 されてきました。しかし、空間的なものの見方をした場合、 憲法で解釈されてきたのは実は一個の観点からの解釈に過ぎ なかったのではないかと思ったのですがいかがでしょうか。 」 報告者「法地理学という分野が最近出てきており、その先駆 と言われているのがニコラス・ブロムリーの著作ですが、そ の中で彼は、全国一律適用でよいのだろうかという問いかけ をしています。つまり、空間というのはそれぞれ特性が違う
のであり、その特性に合わせた法律、この場合条例を制定し なければ、法の目的が達成されないのではないか。そのよう な見解に立つならば、私は、地域による差異は認められると いう主張も可能なのではないかと思います。確かに、刑事罰 の適用に関する不平等という問題は残りますが、人間は、条 例のある地域から条例のない地域へと移動が可能であること を考えるならば、そのような意味での地理的不平等は移動の 自由によって必ずしも不平等には当たらないということが言 えるのではないかと思うのです。しかし、私が本報告で申し 上 げ た か っ た の は、 日 本 国 全 体 や 地 方 公 共 団 体 の『ス ケ ー ル』を用いて議論を行う前に、議論の土台となっている地方 公 共 団 体 の『ス ケ ー ル』 の 意 味 や『ス ケ ー ル』 の 区 分 が 異 なっていると議論が成立しないので、その議論の土台を整備 する視点が必要なのではないかということなのです。地方公 共団体の存在を否定する議論はないかと思いますが、それが どのような意味を持つ『スケール』であるか、他にも議論に 有意義な『スケール』の区分があるのではないか、というこ とを議論する必要があるということです。 」 質問A「現実に地方公共団体がある。法地理学を用いると、 現実にある地方公共団体の区分と度々言及されているスケー ル区分はどのような関係性があるのか。 」 報告者「地方公共団体の問題が何かあったとして、その問題 をより詳細な商店街の問題の『スケール』で議論すべきなの か、それとも国家単位での『スケール』で議論すべき問題な のか、あるいは国際的な射程を持った『スケール』の議論な のか。どのような『スケール』の区分で見るかによって、ひ とつの問題が様々な側面をもって現われてくるということで す。従来の『スケール』区分の見方は、国家の『スケール』 を中心に『スケール』区分が編制され、多くの問題が分析さ れている。そのような見方で、本当に現実の問題を適切に捉 え る こ と が で き て い る の か。 先 ず は、 そ の よ う な『ス ケ ー ル』 区 分 の あ り 方 を 疑 っ て み る こ と か ら 始 め、 ど の よ う な 『ス ケ ー ル』 区 分 の あ り 方 が 可 能 か と い う こ と を 議 論 す る 必 要がある。このように考えている論者は多く、そのトレンド は、国家の『スケール』に代替して、都市の『スケール』を 取り上げ、その役割を考える方向に変化しているように思わ れます。 」 質問A「例えば、慣習法がある。民法では、強行法規に反し ない限りにおいて、慣習法が成立しているならば、慣習法を 用いて問題を解決しなさい。従来、法体系の中で、法解釈の あり方として、あるいは裁判所の紛争解決のあり方として、 こ の こ と が 言 わ れ て き た。 こ の こ と を 考 え る と、 『ス ケ ー ル』の考え方では何か新しいことが示されるのか。国家も従 来の中央集権的な考え方で支配するのではなく、地域の特性 を生かして問題を処理するという考え方が出てきている。こ れ は、 今 日 の 報 告 と 重 な る が、 新 し い 視 点 で は 必 ず し も な
い。別の色付けを行って見ているということなら理解できる が、いかがでしょうか。 」 報告者「国家以下の地域の問題を捉えるときに、単に地域の 問題として捉えるのではなく、例えば国家の『スケール』で 見た場合に、先ほどの淫行条例が経済的にどのようなメリッ トがあるのかないのかといった議論も可能かと思いますが、 グローバルな単位では国家の競争力の問題にこの問題がどの ように関わるのかという見方も可能なわけです。これは、単 に地域の問題なのではなく、国家の『スケール』の問題、あ るいは地域と国家などの『スケール』間の関係の問題である と言えます。 」 質問A「そうすると、淫行条例の問題を考える前に、経済学 や文化人類学の考え方を取り入れながらアプローチするとき の土壌を考えましょうということでよろしいですか。 」 報告者「はい。ただ、最後に述べたグローバル都市論のよう な話ですと、都市は、単なる地域的な話ではない。国境を越 えて人が移動している時代において、例えば、神奈川県は、 東京都と競争するだけでなく、中国やアメリカなどの都市と 競争することを射程に入れて、人材の獲得を計画したりする と い っ た よ う に、 『ス ケ ー ル』 を 変 え る と、 地 域 の 問 題 は、 地域の枠を越えた意味を持つようになるのであり、そのよう な 見 方 を 可 能 に す る と 言 え ま す。 『ス ケ ー ル』 の 見 方 を 導 入 す る こ と は、 自 ら が 語 っ て い る 問 題 が 地 域 の 問 題 で あ る の か、国家の問題であるのか、あるいはその他の問題であるの かを明確に意識することを可能にする。しかし、そこでの問 題 は、 『ス ケ ー ル』 が 何 種 類 あ る の か、 そ れ ら の『ス ケ ー ル』はどのような関係にあるのかということが初期の問題と して残っている。このことを確定して初めて、本来、特定の 問題の分析が可能になる。現在の人文地理学の動向から言え ば、恐らく都市の『スケール』に重きを置いて、研究がなさ れているように思われます。 」 質問A「やはりどうしても解釈論に関心が行くのですが、ま さに方法論の確立あるいは提示を目指しているということで しょうか。 」 報告者「国際的なレベルでの議論をする際、国家は一律に自 国内に法律に適用するような形で政策をとるのではなく、例 えば東京都あるいは、その一部に国家あるいは東京都が国際 的な要素を含む問題に対して法律を制定あるいは解釈する。 都市に重きを置いた地理学的議論を法学に導入する際には、 例 え ば こ の よ う な 議 論 が 出 て く る の で は な い か と 思 わ れ ま す。 」 質問B「確かに国内法では、必ずしも新しい視点ではないと い う 指 摘 も あ る か も し れ ま せ ん が、 国 際 法 学 で こ の 研 究 を 行っているのは、伝統的には空間秩序を対象とした国際法が 現在に近づくに伴って、空間秩序を飛び越えた、いわゆる国 境を越えた国際経済、移民、環境の問題が出現したので、国
内法よりも地理学の理論が生きる問題が多く存在するからで すね。先ずは、実験的に行おうとしているのではないか。更 には、報告者の場合、固定的な空間というよりも流動的な空 間を分析の中心に据えている。その場合、恐らく憲法学と地 理学、民法学と地理学という問題設定を行うよりも、国際法 学と地理学としたほうが理論構成をし易く、次第に詳細な問 題設定を行っていくことが可能なように思われる。例えば、 大学の生き残りという課題に対して、従来は日本国内でしか 考えてこなかったが、中国、韓国、ヨーロッパから学生を集 めることは、大学経営の分析手法としては有効であろうと思 います。 」 質問A「新しいものの見方を見出し、そのひとつの見方に決 定 す る と、 新 し い 情 報 が 出 て く る と い う こ と な の で し ょ う か。どうしても思考が、具体的な問題があり、具体的な問題 に対して提示されている方法論でどのような解決が可能か、 従来の解決と異なる解決が可能かといったことに向いてしま う。方法論の確立中ですので、議論が噛み合わない部分も出 てきてしまうかもしれませんが、例えばTPPに日本が加盟 するかどうかについて、米の問題にしても従来の関税を撤廃 するとなった時、国際法や国内法が係わりますが、視点とし て ど の よ う な『ス ケ ー ル』 を 選 択 す る の が 適 切 と 考 え ま す か。それとも、この問題にはいくつかの『スケール』があり ますという提示に留まるのか。解釈論の立場からすれば、い く つ か ス ケ ー ル が あ る 中 で、 こ れ こ れ の 理 由 か ら こ の『ス ケール』で勝負しましょうという理解が受け入れやすいので すが、いかがでしょうか。 」 報告者「法地理学の視点から言えば、その通りですが、ただ し、ひとつの『スケール』のみでこうしようというのがある のではなく、マルチスケールと報告で申し上げたように、こ の『スケール』ではこうするが、別の『スケール』ではこう しようというのがあって、各『スケール』の類似点や相違点 の分析を行いつつ、相違点があればどのように調整が可能か ということを考えて行くということです。 」 質問A「一定の『スケール』を選択すると、情報収集の方針 は明確に決まってくるのでしょうか。 」 報 告 者「情 報 収 集 の 方 法 が 明 確 に 決 ま っ て く る と い う よ り も、国家なら国家で、現状の法律ではこうすることならでき る と い う 枠、 役 割 関 係 の よ う な も の が あ り、 ひ と つ の『ス ケ ー ル』 で 何 か を 決 定 す る と い う よ り も、 全 て の『ス ケ ー ル』を視野に入れた上で、どの『スケール』がどのような役 割を担うかという最適解を導くのが地理学の方法であると思 うのです。しかし、今『スケール』の見方と申し上げました が、これは概念装置の外枠の部分で、本当は『スケール』の どのような側面を見るのか。つまり『場所』論的な部分を見 る の か。 『領 域』 論 的 な 部 分 を 見 る の か。 法 学 と の 関 連 で は 『領 域』 論 が 最 も 親 和 性 が あ る が、 法 を 作 る 前 提 と な る 価 値
観 が 問 題 と な る こ と を 考 え る と、 『場 所』 論 的 な 分 析 に よ っ てどのような空間特性があるのか、言い換えれば文化的な価 値が空間に込められているのか。このことを明らかにする上 で、 『場 所』 論 は、 有 益 で あ る と 考 え ま す。 一 連 の プ ロ セ ス、参考資料三[報告時の配付資料]のフローチャートです が、これはあくまでも都市地理学の資料ですが、かなり統合 戦略的な側面がある。何か問題があって、その最適解を導く ためには、一見関係ないように見える問題も含めたありとあ らゆる問題を視野に入れて、それらがどのような結び付きを 持っているかということを考えながら、分析を行うのが地理 学の方法です。 」 質問A「今、価値の問題が出ましたが、憲法学の場合、憲法 上の価値は何かということを考える。その価値を実現するた めにどのような措置をとればよいか、どのようなバランスを とればよいか、ということを考える。今のお話ですと、その 価 値 は 空 間 や 場 所 に よ っ て 可 変 的 で あ る と 聞 こ え た の で す が、 価 値 と い う の は 普 遍 的 な も の で は な い の で し ょ う か。 『ス ケ ー ル』 を 動 か す こ と に よ っ て、 価 値 が 変 わ っ て し ま う ということですと、見解が対立するように思うのですが、い かがでしょうか。 」 報 告 者「 『ス ケ ー ル』 を 変 え る こ と に よ っ て 価 値 が 変 わ る と いうよりも、何らかの価値が前提にあるから『スケール』を 変えたりするわけです。従って、普遍的な価値が何であるか ということを明らかにする上で、個々の異なる価値を見て行 く必要があるのだと思うのです。個々の価値の正否は、言明 できるものではなく、言ってみれば全て正しい。しかし、全 く共通了解が不可能かと言えばそうではなく、了解が得られ る部分もある。その共通項を見つけて行く作業が『場所』論 による分析なのです。そのようなプロセスを経て初めて普遍 的な価値が導かれる。 」 質問B「 『スケール』という概念を伺ってきましたら、 [質問 Cさん]のオートポイエティック・システム理論とかなり重 なるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。 」 質問C「いくつか質問をしようと思っていたのですが、オー ト ポ イ エ テ ィ ッ ク・ シ ス テ ム 理 論 の 場 合、 『ス ケ ー ル』 を 問 題しないように思います。機能を問題にするのです。いま国 際関係学の中では、国際社会を『スケール』では捉えきれな い状況が出てきていて、国際社会はひとつではなく、あらゆ る国際社会の束として捉えられている。例えば、国際経済社 会の場合、そこでのアクターとしては、国家、多国籍企業、 企業関連の非政府組織、個人があるというように国際経済社 会 を 捉 え る。 そ れ は、 『ス ケ ー ル』 と い う よ り も、 国 際 経 済 社会の機能として捉えており、それらの機能のコミュニケー シ ョ ン の あ る と こ ろ に 国 際 経 済 社 会 の 存 在 を 見 て い る の で す。 」 質問B「おそらく『スケール』というのは、単なる空間だけ
でなく機能的な部分も含めたものを意図しているのではない か。国際経済社会や国際スポーツ社会、それ自体を『スケー ル』として述べてきたのではないか。その場合、オートポイ エティック・システム理論は、階層性や横との繋がりという 問 題 が あ り ま す の で、 『ス ケ ー ル』 の 話 は、 そ の ま ま オ ー ト ポイエティック・システム理論ではないかと思うのですがい かがでしょうか。 」 質 問 C「 『ス ケ ー ル』 を 機 能 と し て 捉 え る な ら ば、 そ の 通 り であると思います。ただ、オートポイエティック・システム 理論は、国家自体も機能として捉えるので、国家的な視点と いうのは、先にあるのではなく、あるコミュニケーションの 中で、国家的視点が軸となった場合にそのような視点が結果 として出てくるのです。ところで、もうひとつ質問がありま す。 国 際 法 を 地 理 学 の 視 点 か ら 説 明 す る と い う こ と な の で しょうか。 」 報告者「国際法を地理学的な視点から論じるというよりも、 最終的には国際法学、即ち、 『法学』と言っていますが、 『法 学と地理学』の関係を追究していくことで、第三の学問分野 を創りたい。しかし、いきなりは無理なので、お互いの学問 分野にフィードバックするような方向性をとるのが穏当であ ろ う と 考 え て い ま す。 つ ま り 現 住 所 は 国 際 法 で す の で、 ニューヘブン学派の方法論をベースにして、そこに現代地理 学の知識というものがどのように結び付くのかということな のです。 」 質 問 C「そ の 場 合、 こ れ ま で の 研 究 と の 関 係 で、 『法 学 と 地 理学』との関係という形では論じられてきませんでしたが、 例えば、法文化論や法人類学、法体系で言いますとアフリカ 法 体 系 論 等 々、 あ る い は 地 域 国 際 法 の 話 で、 イ ス ラ ム 国 際 法、イスラム国際司法裁判所を創設しようとする話等を考え て み ま す と、 地 理 学 と し て は 意 識 さ れ て こ な か っ た け れ ど も、相当するような話があるように思われます。このような 話 と 地 理 学 が 扱 う 話 と の 違 い は ど こ に あ る の で し ょ う か。 『場 所』 論 は、 法 文 化 論 と 親 和 性 が あ る と お っ し ゃ っ て い ま したが、いかがでしょうか。 」 報 告 者「 『ス ケ ー ル』 の 議 論 に 終 始 し て し ま う と、 他 の 学 問 でも似たような議論があるという指摘もあるかと思います。 しかし、同じ問題を扱っていながら、地理学としての独自性 を 見 出 す に は『ス ケ ー ル』 だ け で は な く、 空 間 解 釈 学 と し て、そもそも『空間』とは何かといった問題や主要な理論で ある中心地論、領域論、補助概念としてボーダーライン、エ リア等々の地理概念がある。これらを定義し、これらを関係 付けながら論じていく学問は、地理学しかないように思いま すし、地理学はあらゆる系統学問を結び付けるような総合的 視点を目指しているように思います。このような企ては、地 誌的な学問であった伝統的な地理学とは異なってまだ日が浅 い。従って、国際関係論的な議論の場合、地理学は、その成
果を吸収しているが、それが国際関係論と同様の水準に達し て い る か と 言 え ば、 そ う で は な い よ う に 思 わ れ ま す。 し か し、地理学は、国際関係論にはない他の分野の知識を吸収し ていることもあり、やはり国際関係論とも違うのだと思って います。 」 質問C「もうひとつ質問があります。先ほど話題に上がりま したオートポイエティック・システム理論は、私の場合、そ れを用いて、政治思想である共和主義の概念を分析していま すが、共和主義の分析で重要になってくるのが、時間と空間 です。そこで思い出したのが、アリストテレスとキケロのあ たりから空間と統治の理論、つまりコーポレーション理論が あり、ジャン・ボダンやアルトジウスの場合には、統治空間 や必ずしも空間に拘束されない統治のバージョンを取り上げ ている。それが現在どのような形で取り上げられているのか と考えた場合、EUが挙げられる。EU、例えばベルギーの 州は六つありますが、三つは地域的な区分で、残りの三つは 言語による区分が仮想的になされており、これも含めてEU は、補完性の原則によって、まさしくどの『スケール』があ る問題について考える場合によいのかということを見ている ように思います。今回のお話は、EUの、既存の物事に対し て挑戦している現状と重なるように思いました。この点につ いてはいかがでしょうか。 」 報告者「その通りです。そのような話と重なるのが地理学の 話だと思います。もっと地理学的にドラスティックに議論す れば、仮想空間も含め、他にも地下空間や人間が活動するこ とができるような空間を視野に入れて、世界や国家等にとっ てよりよい空間の利用が可能か。現代地理学の目的は、暴力 の廃絶、あるいは平等な空間や正義の空間の実現を考える。 このことを考えながら経済や政治の空間を考えて行く。その ようなことも含んでいます。 」 質問C「地理学を媒介とした一般理論を作りたいということ でしょうか。 」 報告者「その通りです。それが地理学の科学化と言われてい ることだと思います。現代地理学においては、地理学を科学 として鍛えるために空間法則の追究を行っているのだと思い ます。 」 質 問 B「依 然 と し て、 『ス ケ ー ル』 概 念 等 が 国 際 法 学 と ダ イ レクトに結び付かないような気もしますが、例えば先ほどの オートポイエティック・システム理論がある意味で説明理論 であり、分析理論であるので、価値観が恐らく入らない。他 方で、地理学や法学は、価値観を入れる。特に、イェール学 派 は、 人 間 の 尊 厳 の よ う な 価 値 観 が 入 る。 『ス ケ ー ル』 概 念 に機能の部分も入るとすれば、オートポイエティック・シス テ ム 理 論 は、 『法 学 と 地 理 学』 の 媒 介 に な る の で は な い か。 そして、オートポイエティック・システム理論を使う立場が ニューヘブン学派という位置付けにした場合、繋がるような
気もしますがいかがでしょうか。それともそのような媒介が なくても繋がりますか。 」 報告者「繋がると思っているのですが、どうでしょうか。媒 介、自分が想像していることと違う可能性もありますが、国 際法学、ニューヘブン学派の方法論と地理学の方法論は、似 ているところがあると予測しているので…。 」 質問B「なぜ、媒介の話をしたのかと言えば、まず重要なこ とは、いまのところ『法学と地理学』を結び付ける言葉がな い と い う こ と で す。 英 語 に し て も、 Territorial Units や World Community と い う 言 葉 は あ り ま す が、 恐 ら く ネ イ ティブ・スピーカーが聞いても難解であり、問題がある。二 つの学問分野を結び付けるためには、そのための言葉、ある いは用語が必要です。オートポイエティック・システム理論 は、その言葉を固定するための理論のような気がします。こ れは、これからの話ですので、コメントです。 」 質問C「論文を作るときに自分もよく言われますが、他の分 析方法がある中で、なぜオートポイエティック・システム理 論なのか。同じように、なぜ地理学なのか。今後の課題であ るのかもしれません。 」 報告者「なぜ地理学なのか。この問いは、地理学に対してよ く問いかけられる問題でもあります。ただ、様々な議論が提 起されている以上、地理学には意義があるのだと思います。 他にも本来、地理学は歴史学と双璧をなす学問であるという 主張、つまり時間的な記述と空間的な記述は変換可能である という主張は、歴史学の評価を考えれば、地理学も評価され る可能性がある。このような予測の中で、実行されている学 問でもあると思っています。しかし、やはりご質問に真正面 から答えるのは、今後の課題だと思います。 」 質問D「自分が普段研究している内容とも重なる部分があっ たと思いました。自分の研究は比例原則、より一般的には比 較衡量です。今では一般的な考え方ですが、そうではないと 主張する論者もいる。経済や政策に固有の思考であって、法 学一般の思考ではない。比較衡量は、価値を実現する体系と 捉えており、価値の重さを比べる思考と結び付いている。報 告にありました伝統的な規則の体系の 『規則』 の原語は rule だと思いますが、ヨーロッパ、あるいはドイツの憲法学では rule と rule 以 外 の も の、 つ ま り 価 値 か ら 法 は 作 ら れ て い る という考え方があり、他方で価値を入れてはいけないという 立場がある。これは、以前この研究会で報告した内容でもあ り ま す が、 価 値 を 入 れ る 立 場 は、 例 え ば 経 済 学 を 入 れ て い る。パレート最適理論やコスト・ベネフィット分析がそうで す。 ち な み に、 報 告 に あ り ま し た『合 理 的』 の 原 語 は ra -tional で し ょ う か。 ド イ ツ 語 は、 vernünftig で す が、 ド イ ツ では討議倫理という考え方があり、それと法学を繋げようと する論者もあります。これは、衡量の過程、価値実現の過程 を考えるというものです。これらのことを想起しますと、地
理学の場合、どう繋がってくるのかと思ったりします。価値 哲学の存在を想起してみましても、法体系を価値とみなすこ とに対して、カール・シュミットが『価値による専制』とい う論文で批判もしていたりします。ドイツ憲法学では、価値 を入れる立場と入れない立場が拮抗している状況にあります が、今回の報告では価値を入れることに反対していないわけ ですね。目的実現の手段と見ているわけですね。地理学を入 れることでより視点が増え、より説得的になるということで よろしいでしょうか。 」 報告者「その通りです。地理学の視点を入れることで、主張 されている様々な価値がどこの誰のものかということが明ら かになるのではないかと思います。その上で、これらを調整 する段階に入っていくということになります。 」 質問D「人間の尊厳は、究極的なものとして専権的に決まっ ているのでしょうか。 」 報告者「そういうことになりますが、しかし、その『人間の 尊厳』の意味内容は必ずしも明確ではない。そこには、人間 以外の生物圏や物質圏の問題も入ってくると思います。 」 質 問 D「 『人 間 の 尊 厳』 は、 ド イ ツ 憲 法 で も 出 て く る 言 葉 で す し、 ド イ ツ 連 邦 憲 法 裁 判 所 も ド イ ツ 憲 法 の 体 系 と い う の は、 人 間 の 尊 厳 を 頂 点 と し た 価 値 体 系 で あ る と い う こ と を 一九四五年に述べており、一定の価値を実現しているという こ と を 主 張 し 続 け て い る。 そ れ に 対 し て、 方 法 論 を 含 め た 様々な批判があり、人間中心主義やキリスト教的世界観に対 する批判もその一例です。ニューヘブン学派の場合には、そ の人間の尊厳という価値を据えているわけですね。 」 報告者「その通りです。 」 ( 1 ) Hari M. Osofsky, Curriculum Vitae, WASH. & LEE SCH. L., http://law.wlu.edu/faculty/Links/osofskyhcv.pdf ( last visited Apr. 25, 2012 ). Hari M. Osofsky は、現在、 Washington and Lee School of Law (当 時 University of Oregon School of Law ) の Associate Professor で あ る。 ま た、 同 時 に University of Oregon の 地 理 学 の 博 士 課 程 に 所 属 し ている。 Yale College に 一 九 八 九 年 に 入 学 し、 一 九 九 三 年 に 哲 学 と 環 境 学 の 学 士 を 取 得 し た 後、 彼 女 は、 一 九 九 八 年 に Yale Law School で 法 学 博 士 を 取 得 し て い る。 彼 女 の 業 績 を 一 瞥 し て わ か る こ と で あ る が、 特 に 気候変動に関する問題に関心を持つ国際法学者である。 ( 2 ) 今 回 報 告 の 中 心 と な る オ ゾ フ ス キ ー 論 文 後 半 部 分 の 目 次 は、 以 下 の 通 り で あ る。 尚、 当 該 論 文 前 半 部 分 に 関 す る 内 容 の 検 討 は、 拙 稿 「『国 際 法 学 と 地 理 学』 と の 関 係 性: オ ゾ フ ス キ ー 論 文 の 国 際 法 学 的 検 討」 『東 洋 大 学 大 学 院 紀 要』 第 四 八 集(二 〇 一 二 年) 一 一 三 ― 一 三 八 頁をみて頂きたい。 Ⅲ.未来篇: 「新」ニューヘブン学派による地理学への接近… p.440 A.ニューヘブン学派による地理概念の分析… p.440 1 .世界共同体 World Community … p.440 2 .領域的単位 Territorial Units … p.442 3 .制度的領域 Constitutive Arenas … p.444 B.定義を明確にする必要性… p.445 1 .場所、空間、そして共同体の解釈… p.445 2 .権威的な意思決定のスケール化… p.447
C.地理を「より深く」結び付ける意義… p.448 1 .省察… p.448 2 .外部からの分析… p.450 Ⅳ.総括 CONCLUDING REFLECTION … p.452 ( 3 ) 当 時、 報 告 者 は、 法 学 部 を 経 て、 大 学 院 修 士 課 程 で は、 地 理 学 を 専 攻 し て い た。 そ こ で は、 都 市 社 会 地 理 学 や 政 治 地 理 学 に 関 係 す る 研 究 を 行 な っ て い た。 国 際 法 学 と 同 様、 地 理 学 も ま た 専 門 分 化 さ れ て お り、 そ の 分 野 は 多 岐 に わ た っ て い た。 例 え ば、 経 済 地 理 学、 歴 史 地 理 学、 文 化 地 理 学、 環 境 地 理 学、 軍 事 地 理 学、 ジ ェ ン ダ ー 地 理 学 あ る い は 音 楽 地 理 学、 宗 教 地 理 学、 文 学 地 理 学 な ど と い っ た 分 野 で あ る。 研 究の蓄積度合いに差はあるものの、そのような研究の存在があった。 と こ ろ が、 法 地 理 学 と 呼 称 で き る よ う な 研 究 の 蓄 積 は 見 出 さ れ な か っ た。 日 本 語 文 献 で は、 管 見 の 限 り、 そ の よ う な 研 究 が 存 在 す る と 一 言 触 れ ら れ た も の、 数 ペ ー ジ 言 及 さ れ た も の の み で あ っ た。 外 国 文 献 の 場 合 に も、 他 の 分 野 に 較 べ て 決 し て 多 い と は 言 え な い と 思 わ れ る 状 況 の 中 で、 地 理 学 に お け る 法 学 へ の 関 心 の 欠 如 が 看 過 で き な い 問 題 と な っ て い っ た。 逆 も ま た 然 り で あ る。 こ れ が「法 学 と 地 理 学」 の 関 係性に関する研究に関心を持つことになった学問的契機である。 も っ と も、 当 該 研 究 に 相 当 す る も の 自 体 は、 ア リ ス ト テ レ ス な ど の 「場 所 と 秩 序」 の 研 究 に 見 ら れ る 通 り、 遡 る こ と も 可 能 で あ る。 近 代 に お い て は Carl Schmitt や Manfred Langhans-Ratzeburg な ど に よ る 研 究 も 散 見 さ れ る。 し か し、 こ の よ う な 研 究 の 試 み が 実 験 的 且 つ 本 格 的 に 取 り 組 ま れ る よ う に な っ た の は、 一 九 九 〇 年 代 に 入 っ て か ら の こ と で あ る。 し か し、 そ こ で は 国 際 法 学 の 文 脈 か ら は、 行 な わ れ て こ な か っ た。 こ の よ う な 先 行 研 究 不 足 の 中 で、 報 告 者 に 示 唆 を 与 え る こ と に な っ た の が 本 報 告 で 中 心 的 に 扱 う Hari M. Osofsky 論 文( 2007 ) で あった。 ( 4 ) NHSの方法論については、 Myres S. McDougal and Associates, Studies in World Public Order, New Haven Press ( 1987 ). あ る い は H.D. ラスウェル ;M. S. マクドゥーガル「法についての理論(一) 」松 浦 好 治 訳『中 京 法 学』 第 一 二 巻 第 四 号(一 九 七 八 年) 、 H.D. ラ ス ウ ェ ル ;M. S. マ ク ド ゥ ー ガ ル「法 に つ い て の 理 論(二・ 完) 」 松 浦 好 治 訳 『中 京 法 学』 第 一 三 巻 第 一 号(一 九 七 八 年) な ど が あ り、 そ れ 以 外 で 紹 介 し た も の に は、 奥 脇 直 也「過 程 と し て の 国 際 法 ― 実 証 主 義 国 際 法 論 に お け る 法 の 変 化 と 時 間 の 制 御 ―」 『世 界 法 年 報』 第 二 二 号 (二〇〇二年)や庄司真理子「国際関係法学の方法論に関する一試論」 『敬 愛 大 学 国 際 研 究』 第 三 号(一 九 九 九 年) 、 大 内 和 臣「マ ク ド ゥ ー ガ ル の 国 際 法 方 法 論 と そ の 問 題 点」 『国 際 法 外 交 法 雑 誌』 第 七 三 巻 第 二 号(一九七四年)などがある。 ( 5 ) Jane Holder and Carolyn Harrison, Law and Geography, Oxford ( 2006 )p.3. ( 6 ) Id. ( 7 ) Id. ( 8 ) Id. at 4 ( 9 ) 適 当 な 訳 語 は、 当 て ら れ て い な い が、 「評 価 基 準 要 素」 と 訳 さ れ てよいかもしれない。 ( 10) supra note ( 2 ) ,at 447. 当 該 議 論 で 引 用 さ れ て い る 文 献 は、 NEIL BRENNER, NEW STATE SPACES: URBAN GOVERNANCE AND THE RESCALING OF STATEHOOD 9 ( 2004 )( internal quotations omitted ). ( 11) Id. at 448. ( 12) Id. at 442. (かどわき・くにお 東洋大学大学院法学研究科博士後期課程)