泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 115
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと
“虚業家”
のネット・ワーク
―大正バブル期のリスク管理の弛緩を中心として―
小
川
功
はじめに 本年夏に世界同時株安を引き起こしたサブ・プライム・ローン問題の元凶は つまるところ米国住宅バブルを機にローン会社が新たに開発した低所得者向住 宅ローンの信用力評価の錯誤に由来するものと解されている。米国の借り手も 貸し手も2年間という短期間での住宅価格の上昇を冒険的に期待し,リスクの 高い不動産投機という一発勝負を行って,これが米国景気を支えたわけである。 いかに金融工学を駆使して腐り果てた原資産のリスク分散をはかり,格付け会 社と結託して高格付けを得たとしても,所詮は「エンロン事件」の場合と同様 に,難解な「ブラック・ボックス」を駆使して「ババ」を他人に引かせる一種 の詐欺的商法ではなかったかと筆者は想像する。問題はどうして欧州などの有 力銀行・金融機関の審査部門などが,かような詐欺的金融商品を「これこそリ スク分散の出来た最先端の高格付の金融商品なり」と安易に受け入れたのかと いうリスク管理上の疑問をじっくりと解明することであろう。時流に流されて, 腐り果てた原資産を高格付け金融商品に「マネー・ロンダリング」する“錬金 術”という犯罪行為に直接・間接に加担した各種の金融のプロ達のリスク管理 の弛緩と,独立不羈の専門的職業人にあるべき倫理観の欠如こそが今問われて いるのではなかろうか。J.P.モルガン証券の菅野雅昭氏はサブ・プライム・ ローン問題の本質を「金融緩和が長期間続いた場合,人々のリスク感覚が正常 に働かなくなる例がまた一つ歴史に追加されようとしている」1)と指摘するが,116 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 筆者も一見当該問題は最新の「二十一世紀型の危機」(H19.8.21日経)ではあ るが,悪知恵に長けた詐欺師が跳梁跋扈した米国ウォール街で大昔から何度も 繰り返し登場する古色蒼然たる「いかがわしい証券」の再来であるとも言える と考えている。 実は我が国でもこうしたリスク感覚が正常に働かなくなる時期が何度かあっ た。たとえば『成金物語』の著者・千原伊之吉は日露戦争後の「全く狂熱した …株界未曽有の大成金時代」(成金,p167)を「銀行会社の直接経営者の多く は新人物に替って,只管新気運に遅れん事を恐れ,新進気鋭の活気に満ちて, 世は唯だ黄金世界に酔うた。銀行は貸出の手を極端に緩めて,株券放資を勧む ると同時に,株式放資金の融通は極めて円滑を計るといふ有様」(成金,p114) で「自分の家には毎日会社の発起人になって貰ひたいとか,或は鉱山を買へと か,地所を買って貰ひたいとか…来る人々が引きも切らぬ有様」(成金,p233 ∼4)と回顧している。 こうした日露戦後の成金時代と全く同様に,大戦景気による大正バブル経済 が崩壊した大正末期から昭和初期にかけての恐慌期にも人々のリスク感覚が正 常に働かなくなり,零細な庶民多数が被害者となった,大掛かりな詐欺的不正 金融事件が続発し,深刻な社会問題となった。たとえば当時の『東京日日新聞』 は社説で「不正金融業者が現れて,経済の事情に通じない,地方農民や,都会 の小所得者に棚ぼた式の利殖方法を宣伝してその金銭の寄託を受け,結局はこ れを横領着服して不正の利得をほしいままにすることがはやってゐる」(T14. 10.23東日)と何度も警告した。 本稿は上記のようなリスク管理の弛緩現象がなぜ特定の時期に全国的(ない し近年の如く全世界的)に集中的に発生し,蔓延し,抑制防止が困難となるの 1)「十字路」平成19年8月15日『日本経済新聞』(以下日経と略)。同様に本稿では新聞・ 雑誌,頻出資料は以下の略号を用いて,本文中の括弧内に示した。(新聞・雑誌)東日… 東京日日新聞,読売…読売新聞,東朝…東京朝日新聞,大朝…大阪朝日新聞,大毎…大阪 毎日新聞,神戸…神戸新聞,福日…福岡日日新聞,九州…九州日報,法律…法律新聞,内 報…帝国興信所内報,D…ダイヤモンド,/(資料)成金…千原伊之吉『成金物語』采女 社,大正5年,事件…村山久雄編『津下事件の裏面に伏在せる薩派及政友会一味の醜怪事 実』大正10年,質問…田中万逸代議士「質問主意書」(国立公文書館蔵)
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 117 か,そのメカニズムの本格的な解明のための予備的研究の中間的な結論部分で ある2)。 !.本研究の総括 筆者は平成14年拙著『企業破綻と金融破綻−負の連鎖とリスク増幅のメカニ ズム−』(p544以下)において「虚業家」の仮説を提示し,その集団性につい ても指摘した。つづいて前著の仮説を補強すべく,平成18年刊行の拙著3)で「泡 沫会社製造屋」側の代表格として“会社魔”松島肇とそのパートナー二十数名 との連携関係の事例を取り上げた。今回本稿では筆者の近年の十数本の論文 群4)で取り上げた松島同類の連中が数多くの泡沫会社・事業等を乱造し,深刻 2)本稿は滋賀大学リスク研究センターの金融リスク等に関する共同研究の最終報告書の終 章に相当する。本誌に報告の機会を与えていただいた滋賀大学関係者各位に謝意を表した い。 3)拙著『「虚業家」による泡沫会社乱造・自己破綻と株主リスク―大正期“会社魔”松島 肇の事例を中心に―』滋賀大学経済学部研究叢書第42号,平成18年,参照 4)a.「大正期破綻銀行のリスク選好と『虚業家』(続編)―佐賀貯蓄銀行と田中猪作をめ ぐるビジネス・モデルの虚構性―」(地方金融史研究会平成19年8月夏季合宿報告)/b. 「“虚業家”による生保乗取と防衛側のリスク管理―中央生命対田中猪作の事例を中心と して―」日本保険学会昭和19年度大会自由論題報告/c.「“虚業家”による誇大妄想計画 の蹉跌―亜細亜炭礦,帝国土地開拓両社にみるハイリスク選好の顛末―」『彦根論叢』第 368号,平成19年9月/d.「“虚業家”による外地取引所・証券会社構想の瓦解―津下精一 の台湾証券交換所出資と吉川正夫仲買店買収を中心として―」『彦根論叢』第367号,平成 19年7月/e.「老舗庶民金融機関のビジネス・モデル変容と頭取の「虚業家」的性格―破 綻行・共栄貯金銀行頭取小出熊吉を中心として―」『彦根論叢』第366号,平成19年5月/f. 「大正期の泡沫会社発起とリスク管理―河野英良と彼のパートナーを中心として―」『滋 賀大学経済学部研究年報』第12巻,平成17年12月/g.「邦人向“海外不動産投資ファンド” の創始者のリスク選好―紐育土地建物社長・岡本米蔵の前半生―」『彦根論叢』第357号, 平成18年1月,「ハイリスクの海外不動産投資ファンドの内地販売戦略―大正期紐育土地 建物会社のビジネス・モデルの虚構―」『彦根論叢』第358号,平成18年2月/h.「大正期 日本積善銀行の破綻とリスク管理・ガバナンス不全」(日本金融学会2003年度秋季大会報 告),「大正バブル期における起業活動とリスク管理―高倉藤平・為三経営の日本積善銀行 破綻の背景―」『滋賀大学経済学部研究年報』第10巻,平成15年12月/i.「“虚業家”集団 『高柳王国』 の形成と崩壊―大衆資金のハイ・リスク分野への誘導と収奪―」『彦根論叢』 第351号,平成16年11月,「“虚業家”高柳淳之助による似非・企業再生ファンドの挫折― ハイ・リスクの池上電気鉄道への大衆資金誘導システムを中心に―」『滋賀大学経済学部 研究年報』第11巻,平成17年1月/j.「『虚業家』による虚偽的信用補完のビジネス・モデ ル―“鉱業投資ファンド”大北炭砿の事例を中心に―」『彦根論叢』第361号,平成18年7 月/k.「有価証券割賦販売業者のビジネス・モデルとリスク管理の欠落―日本国債㈱,日!
118 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 な社会問題となった事例研究を集大成して,現時点における一応の総括を提示 することとしたい5)。 筆者が過去の十数本の論文群で行った研究(以下本研究と略)で採用した接 近方法は次の通りである。 ①司法的取調・破綻・裁判等なんらかの形で発覚・公表された大正期の経済 事件を出発点として,②研究対象となり得ると思われる十数名のそれらしい人 物を絞り込み,③伝記・評伝・人物誌等を含む対象人物の略伝を把握した上, ④予審決定書・判決等を含む外部公表資料による迂回的接近により,⑤発起・ 出資・役員兼務等における連携・共同行動を調査し,パートナーを抽出,⑥彼 らが発起・出資・役員兼務面で関係する企業・団体等の概要を調査,⑦対象 者・パートナーを含む人的ネットワークの範囲を推測するとともに,⑧最終的 には彼らの人的ネットワーク構造の全体像を解析しようと試みた。 各段階で依拠した主な資料は,①通常の経営史研究に用いる一般的史料のほ か,短期間に消滅した泡沫会社の調査には欠かせないものとして,②官報の商 業登記等に準拠した各種の会社録,特に役員を名寄せした索引部分,③裁判の 報道や判決等を掲載した『法律新聞』・判例集,④企業の発起,内紛,信用失 墜等を調査した信用調査機関による報道,⑤対象人物自身が関与・経営するメ ディア・雑誌・出版社等の刊行物などの公開された情報をも積極的に活用し た。当然ながら当時の第一次史料・内部情報,関係者・子孫の保存文書・証言 等の接近・入手を心掛けたが,泡沫会社などでは当然ながら企業として存続す る場合が皆無に近いため,入手・利用できたものは一部分にとどまるという限 界がある。 本公債㈱,東京国債㈱のファンド運用の失敗を中心に―」『彦根論叢』第362号,平成18年 9月/l.「大正バブル期の泡沫事業への擬制“投資ファンド”とリスク管理―“印紙魔” 三等郵便局長の「虚業家」ネット・ワークを中心に―」『彦根論叢』第364号,平成19年1 月,「“虚業家”による似非ベンチャー投資ファンドとリスク管理―大正期“印紙魔”三等 郵便局長による郵政資金二百万円超の散布実態―」『滋賀大学経済学部研究年報』第14巻, 平成19年11月 5)本稿は上記注4)の論文群の総括部分に該当するため,原資料の開示は原則的に原論文 に委ねている。 !
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 119 規模の大きな銀行に関連するものほど資料は多く残されているが,本研究で は可能な限り先行研究の乏しい未開拓分野への接近を心掛けるべく,特定の金 融機関の業態に限定せず,なるべく多種多様な金融機関,ならびに各種ノンバ ンクをもカバーするように事例を選択した。この結果,本研究で取り上げた経 済事件の主要業種は貯蓄銀行3,生命保険1,証券3(取引所1,有価証券割 賦販業2),各種ファンド3,鉱業3などに幅広く分布することとなった。 本研究で取り上げた10余の経済事件にほぼ共通するスキームないし各社にほ ぼ共通するビジネス・モデルは次のように集約できると考えられる。 ①大戦景気に沸き,成金が多数輩出した所謂「大正バブル期」に,②相場・ 証券・鉱業・土地・リゾート・海外関連等のハイリスク分野で,③経済の事情 に通じない多数の庶民層から零細な資金を収奪する目的で,④信用補完のため 有力政治家・高官・著名人・有爵者等を担ぎ出し,⑤あたかも有力政治家・政 府高官等から特別の利権を与えるかのような,⑥新規・進歩・有望・豊富・権 威等を仮装する尤もらしい“舞台装置”で,⑦共謀関係にある記者・新聞・雑 誌・出版社等を利用し利殖行為を推奨,⑧誇大・虚偽の宣伝・広告・目論見書 等を多用・継続・反復し,⑨虚偽的現物出資など巧妙で複雑な操作・手法・仕 掛けを縦横に駆使し,⑩空虚な実態をあたかも濡れ手で粟を掴む一獲千金的事 業に粉飾し,⑪言葉巧に投資主体の射倖心を煽り,投機本能を極限まで昂進さ せ,⑫活動実態の乏しい看板倒れの「泡沫会社」を乱造し,空株を発行,⑬各 地多方面に亙り数多くの泡沫会社に関与,⑭投資地域は遠隔地・外地・海外に まで広範囲に,⑮時には強引に他会社の敵対的買占め・乗取りまで敢行したが, ⑯大正9年以降の株価大暴落の影響で相場の思惑が外れ巨額損失を出し,⑰多 くの関与事業の経営に失敗し,元来薄かった信用力がさらに失墜,⑱一時の弥 縫策たる各種陽動作戦,決算操作,粉飾等の虚構を重ねるも,⑲さらなる資金 固定化のために,遂には日々の資金繰りにも困窮し,⑳高利金融業者からの高 歩の資金に依存するなど,その場凌ぎを続け,!末期には実権を掌握した狡猾 な高利貸に翻弄・蹂躙・収奪され,"資金源の同系銀行・保険・信託・証券・ ノンバンクの破綻に結び付き,#最終的に償還不能・破綻・消滅・逃亡等の重
120 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 大な経済事件を惹起し,!法令違反等犯罪行為の疑いで追及あるいは司法当局 の強制捜査を受け,"広く投資家等に悲劇や怨嗟を生んだ深刻な醜聞・社会問 題となり,#事件の悪質性・魔性の故にしばしば「○○魔」などの異名で呼ば れた。$中心人物を取り巻く周囲の補佐・チェック機能,ガバナンスの不全, %同僚・役職員・株主・家族等の周囲の諫言・反対をも無視し続け,&多種多 様な多数のリスク管理能力の欠落者(「虚業家」)が,'相互に競合・扇動・共 鳴・共働・教唆・共謀・共犯等の情実関係ある,(ある種の「複雑系ネット・ ワーク」を形成していたと考えている。 こうした虚業家が無知な一般投資家の投資判断を誤まらせるような多分に欺 瞞的な各種の信用補完手法を併用・駆使したことは,大正バブル期に新設され た新興企業群に多く見られる当時の悪しき慣行であったと考えられる。要する にこれらの大正期の新興企業群の発起はリスク管理という概念が完全に欠落し た「虚構のビジネス・モデル」6)に立脚していたと言わざるを得ない。 !.各事例に共通するリスク管理上注目すべき諸点 (1)各事例間の複雑な相互関係 たとえば津下事件の場合,津下「精一を傀儡に用ひて私欲を逞ふしたる一味 徒党」,「津下精一を圍繞したる不正の徒は非常に夥しく…二十名以上に達し, 其関係は非常に錯綜」(事件,p1)し,「百鬼夜行の醜状」(事件,p1)など と表現され,大正10年9月14日祢津六也弁護士は「精一ノ背後ニ隠レテ此ノ大 罪ヲ敢行スルニ至ラシメシ所謂大奸巨猾二十二名」(質問,p4)を告発したと される。 各事例(注4の記号で表示)の間には以下のような複雑な相互関係が認めら れる。まず,a~e の5事例は l の投融資先であり,b は a の融資先,c は j(中 外証券信託)の社長,d(台湾証券交換所)と j(大北炭砿)の監査役を兼ね, dは h の大阪証券交換所の亜流,j はkの大口投資先であり,k は f(東日本炭 6)本稿は科学研究費補助金「金融ビジネス・モデルの変遷」(基盤研究 B,課題番号17330079, 代表者斎藤憲氏)の研究成果の一部である。
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 121 砿)の監査役を兼ね, a,c,e,h,l は同時期に貯蓄銀行に関与する同業者同士, b,c,f,h,i,j,l は鉱業に関与する同業者同士,k,l は有価証券割賦販売業者 同士などといった具合である。 (2)職業的な発起業者の主導 日清戦後の企業勃興期にはまだ「銀行設立発起請込処」を営業科目とする「会 社屋」という流行語はまだ定着しなかったが,日露戦後になると会社を設立し て,創業者利得として収得した発起人株(権利株)を転売して利益をあげると いう一連の発起行為を専ら生計の手段とする職業的ないし半職業的な発起業者 の存在が一般の企業家と区別して明確に認識されるようになった。こうした職 業的な発起業者のことを「会社屋」「会社製造者(屋)」「発起屋」「事業屋」な ど種々の名で呼ぶようであるが,家村五郎は「会社屋の事を発起屋とも云ふ事 がある。会社屋の屋の字句の中には,職業的即ち商売と云ふ意味があるのと同 様,発起屋も職業的発起人即ち発起業者と解釈して差支へは無いのである。又 会社屋の事を会社製造屋とも云ふ…名は何んと言はうとも…実質的には会社屋 には違ひない」7)とすべて一括している。神戸正雄は日露戦後「特ニ世上会社 製造者ナルモノアリテ特ニ鉱山熱,土地熱,工業熱ノ旺盛ナル時ニ於テ巧妙ナ ル誘惑的手段ヲ弄スルコトアリ。 最モ注意ヲ要スル所ナリ」8)と指摘している。 この時「虚業家」の一人と攻撃された当の福沢桃介は『ダイヤモンド』誌上 で「日露戦役当時経済界活躍の際,余は諸種の会社を発起したるが,爾後経済 界に反動を来し,基礎薄弱なる会社は之を解散せざるべからざる否運に遭遇せ しことあり。其際余は余の発起設立に係る一煉瓦会社を解散せしが,故森村市 左衛門翁などは深く之を非難し,余を以て虚業家となし,国家を思はざるも亦 甚しく,其の実業家の態度にあらずとして,新聞紙上に於て余を攻撃せし」(T 9.5.11D)と回顧している。森村が「実業家の態度にあらず」と非難した際に 使用した実例からみられるように,正統派の「実業家」あるいは「企業家」と 区別して,正統派から大きく逸脱した「非企業家」あるいは「似非企業家」に 7)家村五郎『投資之研究』投資研究社,昭和5年,p92 8)神戸正雄『近代放資論 完』有斐閣,明治44年,p172
122 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 対する批判のニュアンスを含んだ評語として「虚業家」などの用語が使用され てきたことが福沢の例から判明する9)。 大正6年9月ある信用調査機関はこうした用語を使用して日刊の機関紙上で 加盟会員に対して次のような「会社熱勃興に対する警告」を発した。「時局発 生以来,本邦事業界の振興は真に驚異に値するもの有之,新設会社の勃興,既 設会社の拡張等日も尚足らざるの観あるは国家の為め御同慶の至りに存候。然 るに所謂会社屋連,虚業家連の暗中飛躍も亦之を機として随所に起り,不真面 目極れる計画を樹てて之を誇大に吹聴し以て投資家を誘惑せんとする者不尠, 実に油断難相成り儀と存候」(T6.9.7内報) こうした大正バブル期に「泡沫会社製造の天才」10)といわれ,無数の「泡沫 会社」「幽霊会社」を乱造したのが前著で取り上げた松島肇とともに並び称さ れた i の高柳淳之助,f の河野英良など「例の松島某を筆頭として,数十名の 大小実業家」11)とされた。こうした著名な人物のほかにも,投資案件や鉱区等 を資産家に持込んだり,金銭の貸借・株券・鉱区の換金の仲介を行ったり,借 入金の債務名義人となったり,発起行為に関連する諸サービス面で著名な人物 の下働きを行うような「金融ブローカー」「鉱業ブローカー」的人物が周辺に 無数に存在し,共働したものと考えられる。 (3)所謂「泡沫会社」「幽霊会社」 首謀者が尤もらしい目論見を謳い上げ,名称だけでは大袈裟な印象を与え, 公称資本金では相当な規模の企業を思わせるが,ほとんどこれといった活動実 態はなく,つまるところ単なる泡沫会社・幽霊会社であった場合が多かった。 泡沫会社は水の上に浮かんでは消えるあぶくのように企業ブームにのって「雨 9)「虚業家」については拙稿「企業家と虚業家」『企業家研究』第2号,企業家研究フォー ラム,平成17年6月,同「買占め・乗取りを多用する資本家の虚像と実像―企業家と対立 する「非企業家」概念の構築のための問題提起―」『企業家研究』第4号,企業家研究フォー ラム,平成19年6月,参照 10)大浜孤舟『暗黒面の社会・百鬼横行』新興社,大正15年,p82 11)「地方人を食った事業屋」大正9年2月20日『東京経済雑誌』。なお当時の雑誌『日本一』 (6巻10号,大正9年10月,p94∼)の「泡沫会社製造屋列伝」には河野英良(f),竹村欽 次郎(k),大葉久吉(k の仲間),坂田実(j の仲間),戸水寛人(c),松島肇,鈴木久次郎, 矢崎好一(いずれも注3)の拙著で記載)を含む31名が取り上げられている。
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 123 後の筍の様に簇生した新会社の大部分は仆れた,世人之を呼んで泡沫会社とし た」12)とされるように,消滅しやすく,永続性がないような無数の新設会社群 をいう。幽霊会社は実際の事業活動を行っていない名前だけの会社をいうが, 池島民理は幽霊会社を「形式丈けは立派に出来て居るが,内実一厘の資本無き 会社である,換言すれば全資本を幽霊株にして居るもの」13)とする。 こうした虚偽的払込の会社設立を可能とした手法に,現金による出資によら ない現物出資手法の乱用があった。「鉱区権を資本化して創立した」(T10.6.5 大朝)ような「資本金は総て現物出資に依りて成立」(事件,p8)したにもか かわらず,その実現物出資のみに依拠し,企業実態が乏しく,巨額の払込資本 金の実態はほとんど架空に近い空虚な内容の,水で薄められた水割資本[wa-tered capital]にすぎなかった。たとえば j の大北炭砿はこうした「幽霊会社」 「幽霊株」の典型であるが,「類例殆んど皆無…一の仮想的企画にして…内容 …空虚」(T8.9.20内報)な「資本金一千万円の大泡沫会社」(事件,p8)と された c の亜細亜炭礦も虚業性の高い一種の「誇大妄想型」架空的泡沫企業で あったと考えられる。また g の岡本米蔵の発起した日米興業は当該「所有地所 を担保として低利の外資を輸入し,金融業を営むこと」(T6.3.22読売)をも 目的に掲げており,海外不動産投資と国際金融業を併せ営む一種の投資銀行業 を志向したものと解される。しかし誇大な社名・過大な資本金にもかかわらず, 岡本のパートナー・山本も「あまりにも架空的な事業として世間の非難攻撃が 多かったため,日米興業は創立に到らず,不幸にして中途解消するの運命に終っ た」14)と回顧している。 (4)尤もらしい“舞台装置” 発起者が最大限に創意工夫をこらしたのは投資家を強く刺激し,誘惑・吸引 する尤もらしい仕掛けである“舞台装置”であった。各事例の中には見方によっ 12)13)池島民理『株式会社の裏面』精禾堂,大正8年,p4,111。幽霊株は「或ハ引受ナ キニ引受アリタル如ク装ヒ,或ハ払込ナキニ払込ミアリタル如ク装ヒタル株式ヲ云フ…水 割株ハ多少トモ払込アル場合ヲ謂フモ幽霊株ハ全然払込ナキ場合ヲモ包含ス」(寺尾元彦 『株券法論』大正13年,p37)とされる。 14)山本慶治『感謝と思い出 創業三十年を回顧して』昭和29年,培風館,p15
124 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ては現代金融の花形・ベンチャー・キャピタル,投資信託,不動産投資信託等 の先駆形態とも呼べそうなほど,今日の多彩な各種投資ファンドを彷彿させる ような最新鋭の金融スキームの類似品が表面的に構築された例も少なくない。 こうした創意工夫部分にのみ焦点をあてて当該人物を評価すれば,一種の天才 的な才能をもった「革新者」との位置付けを与えられる場合もないわけではな い。筆者は決して「虚業家」を一方的にマイナス・イメージだけで把えていな い理由もこの点に存する。各事例に即して主な“舞台装置”は次の通り。 c(亜細亜炭礦)は「全国に散在して資金の関係等より有望なる鉱区を擁し ながら経営困難に陥れる幾多の炭業会社を買収する」(T8.9.30内報)炭礦ト ラスト結成を謳い,「支那山東,山西方面より徐々奥地の未開炭田を日支合弁 事業として開発し,将来は西比利亜に向って突進」(T8.9.30内報)し,「日, 支,英,米,仏,露の各国人を株主とすべく世界的公募」(T8.9.20内報)を 標榜した。 d(台湾証券交換所)は「近く之が実現を見るに至るべき…<台湾>取引所 設立の前駆として…新たに台湾総督府の発布したる法令に何等の抵触する所な く円満に営業を為し得るは…物議を醸したる東京証券交換所等と趣を異にす る」(T9.4.10内報)ほか,「台湾,東京,大阪に本支店を置くの外,台湾の対 岸南支那の有望地に多数の支店を設け」(T9.4.10内報)る「台湾唯一の株式 信託業機関」を標榜していた。 e(共栄貯金銀行)は元来は貯金者への利益配当制度を創始し,これを売り 物に成長してきた老舗庶民金融機関であったが,その後変質した。 f(宝永銅山)は貧鉱だった村井吉兵衛「現鉱主の事業を継続するものにて, 現在の収益は第一回払込資本に対し確実に年四割以上に相当し,有利なる既設 会社の新株と其実質を同うし居る」(T6.9.28読売)などと盛んに吹聴し,投 資家を煽り,粉飾決算を重ねた。 g(紐育土地建物)は「海外雄飛の模範的青年」が「紐育市の郊外にして, 米国主要鉄道の停車場に沿ひ,近き将来,住宅地,店舗地,又は工場地として 都会化せざる可からざる運命を有する地所」15)を非常の廉価で買収し,一口百
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 125 円で,三回に分納する分割払込制をとった投資シンジケートを組成することに より,教育界を中心に数多くの中流以下の日本人にも小口購入可能にさせた一 種の“海外不動産投資ファンド”であった。 i(池上電気鉄道)は貴族院議員・代議士等の金看板を悪用して,架空に近 いとも解される泡沫会社を十数社も捏造して,自己の主宰する利殖雑誌で推奨 した。同業の有力電鉄会社に売りつけようとの転売目的から,鉄道省から認可 取消寸前で株価が1株2円にまで惨落していた池上電気鉄道の株をタダ同然で 買い漁り,「池上電気鉄道の拡張事業資金獲得のために幽霊会社を更に設け, 空株を発行」(S9.12.28東朝)した“似非・企業再生ファンド”であった。高 柳の行為は要約すれば①得体の知れぬ泡沫企業を多数捏造し,②事情に疎い地 方の零細投資家を騙して株金を払い込ませ,③その代金を自己の利益を図る目 的で危険な事業に流用したことの3点となろう。すなわち①クローズド・エン ド型の会社型投資信託を多数設立し,第一××,第二××,第三××などと社 名を同一シリーズとして命名し,②投資家の性格等に合わせて,言葉巧みなダ イレクト・メールを多種多用に使い分け,投資信託の豊富な品揃えの中から推 奨販売し,③委任を受けた信託財産を主に,株式や不動産の売買で運用した。 とりわけ低位株,低迷株への集中投資を行い,自らが経営者として投資先に乗 り込み,企業再生に努力して,株価の高騰した時点で利食いしようとしたもの と考えられる。高柳は企業再生に投資する真意を秘していたので,零細投資家 はハイ・リスクの“企業再生ファンド”の一種に,それと知らずに投資させら れていた。 j(大北炭砿)は採掘実績の乏しい試掘坑へのハイ・リスクの“鉱業投資ファ ンド”であった。 k(日本国債)の「有価証券割賦販売法に遭ひ,該業の前途見込なきを認め, 該業を廃止し,目下は石炭鉱区を所有して其販売を営」16)んだ実質は“鉱業投 資ファンド”であった。 15)岡本米蔵著『株式会社岡本洋行趣意書』大正8年12月,培風館,巻末紐育土地建物広告 16)『大日本実業家名鑑』大正8年,p10
126 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 l 津下精一の投資“実績”は福日の報道では投資事業口数45件,貸付口数 25件,計70件196.1万円(T10.6.5福日)に達している。地方の三等郵便局長 にすぎない水準の一個人がいかに東奔西走してボロ儲けの口を必死に探索した としても,僅か数年たらずの短期間に海外を含む,これほど広範囲で多彩な投 融資先を獲得することは不可能に近いのではないかと思われる。 (5)有力政治家・政界との癒着性 大戦景気に沸いた大正バブル期を象徴するような「良くない華族や野心家の 代議士」(T10.6.5九州)連中など「虚業家」的な人物が勧誘者・仲介者・投 融資先・共同経営者・政治家等として多数登場する点が注目される。たとえば 横田千之助という弁護士出身の大物政治家は h(有隣生命,大阪証券交換所, 大阪農工銀行買占め),j(松島遊郭移転問題),l(帝国土地開拓)などでしば しば高倉家二代の黒幕的存在として登場する。先代夫人の高倉とよも養子の高 倉為三は最後の金策を「亡父が懇ろに願ってゐた関係を辿って,政友会の横田 さんに泣き付いた」(とよ談 T11.12.8大毎)と高倉家二代との因縁を証言する。 松島問題の中心人物平渡信も公判で「凡そ政党員は誰でも事業に手を染めて金 穴を見つける。自分たちも<横田のように>最も要領よく金をとらう」17),「私 は横田氏の力を信じてゐました。あの人のすることにこれまでやり損ひといふ ものがなかった。だから私は<松島遊郭>移転問題についてはあくまで横田氏 の実力に頼り,移転可能を信じ切ってゐました」18)と横田との因縁を供述して いる。 津下精一の場合も彼の女婿が「政友系の人物と薩摩系の策士等が結託して津 下から多額の金を捲上げた」(T10.8.6大毎)と発表した通り,津下の投融資 先の主唱者には後藤新平,横田千之助など政治家・政府高官に連なると誤認さ せる人物が多数登場して,津下に特別の利権を与えるかのような尤もらしい舞 台を周到に用意し,津下を盲信させている。河野英良の場合もパートナーには 政治家が多いことが挙げられる。 (6)信用補完のメカニズムと名義貸 17)18)昭和2年7月13日公判での平渡信供述(S2.7.23法律)
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 127 投資家がリスクが高いと感じるような信用度の低い案件に投資を決断するに 際し,リスク・プレミアムを反映した金利の上乗せに加え,投資を誘発する甘 味財として様々な信用補完手段が工夫されてきた。すなわち①誇大な宣伝広告, ②資本金・資産等の数量的な水増し,③事業の見込みに関する学術的な分析結 果の改竄・虚偽表示,④世間的に著名な有徳人種の名誉職への推戴,⑤科学者 等権威者の買収・共謀関係への誘導などである。 とりわけ専門知識を有しない一般投資家にこの種のハイリスク投資を勧奨し 決断させるには,大方の投資家が信頼しがちな人物の賛同・推奨,学術的鑑定, 発起人・役員等への就任などの目に見える形での信用補完が是非とも必要で あった。「不正金融業」を取り上げた『東京朝日新聞』は「イカサマものが何 か事を始めようとすると,直ぐ何々男爵とか,何子爵とかいった様に,貧乏華 族をそそのかして,之を社長にかつぎ上げたがる」19)と指摘したが,多分に欺 瞞的な各種の信用補完手法を併用・駆使したことは,大正バブル期の新設企業 群が多用した当時の慣行であった。 例えば有価証券割賦販売業界では有名人を名目的な社長に据えるものが続 出,「単に空位を占むるに過ぎざりしも,地方人士は社長の名に眩惑せられ争 ふて其勧誘に応じ債券割賦の契約を締結する者多数に上りたるより,茲に異常 の発展を来」20)す悪弊が見られ,一種のビジネス・モデル化したと考えられる。 貧乏華族などに名義株を持たせて看板だけのトップに掲げた真の実権者が無謀 にもハイリスクの鉱業投資や安易な金融多角化に走ったために,割賦販売に基 づく顧客の財産権が収奪され尽くすという悲劇を数多く招いた。たとえば日本 公債の社長に担がれた肝付兼行男爵は,「自分は社長と云ふ名義ばかりで深い 事は知らぬ」(T9.3.15読売)と告白している。東京国債でも名目的な社長を 順次推戴する辻川専務が実権を掌握した揚げ句に暴走した。また大北炭砿の影 のプロモーターの一人と目される平渡信の場合は「悪事にかけては糞度胸を 有って居る」(T15.6.15法律)札付きとの世評があり,信用希薄な自己の名を 19)東京朝日新聞編『経営百態』大正15年,p84 20)「辻川敏三氏と関係会社」T9.2.25内報号外
128 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 公然と名乗り難く,世を忍ぶが如き非公然性選好が高かったと推測される。 (7)情報媒体の最大限の活用(機関出版社,投資・利殖推奨誌) 今日から見れば情報化の遅れた社会であるのに,各事例は各種の情報媒体を 最大限度に活用している点が特色の一つである。共謀関係にある記者や自己の 影響下にある新聞・雑誌・出版社・信用調査機関等を利用して,自己に有利な 所謂提灯記事を掲載させたり,多額の広告宣伝費を投じて誇大な広告を継続・ 反復して目立つ紙面に大きく掲載するなどである。こうした記事や広告等には 実に見事なまでに刺激的な勧誘の文言が記載され,読者に利殖行為を推奨し, 投資行動に踏み切らせた。たとえば津下は地元神戸の中小信用調査機関に出資 して,同社を通じて「関西の大成金」として津下の虚像を内外各地に紹介させ た。また資金援助している文筆家の中西牛郎を参謀として自己の上海出張に随 行させ,津下を日本の大資本家が来たものと誤認したのか「上海では殿様扱ひ され…渋沢子爵よりも勢力があった」(T10.6.5神戸)などと中西の著述にな る紀行文を印刷して取引相手などに配布し,自己を権威付けた。 しかし情報媒体を最大限に活用した人物は貴族院議員・高柳淳之助であろ う。機関出版社を主宰して利殖推奨誌多数を発行,反動恐慌以降も「真に利殖 の奥義を会得したものにあっては,此時こそ将さに大に乗ず可き千載一遇の資 産増殖好機であって,斯様な時勢を逆に利用するのでなければ真の資産増殖は 出来ない」(T11.7.8読売 広告)と盛んに宣伝して,自己設立に係る日本農 工債券,日本製薬等の幽霊会社株式を推奨販売した。 また工事の大幅遅延のため鉄道省からの免許取消寸前の池上電気鉄道に目を 付けて,企業再生に乗り出し,同鉄道の拡張事業資金獲得のために架空に近い 幽霊会社を更に設立,空株を発行するなど,「日本全国幾万の民衆から零砕な 資金を欺き集めて,その肓血により,十三会社を組織し,それを片っ端しから 食ひ荒して私腹を肥やし」21)た結果,被害額300余万円,被害者も数万人にの ぼり,当時誰れ知らぬものなき空前の「貯金魔」事件を引き起こした。 また紐育土地建物社長・岡本米蔵は当時の日本人が見たこともない,おそら 21)前掲『暗黒面の社会・百鬼横行』,p115
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 129 く「月世界の土地」も同然の遠隔地の地所に投資するという思い切った決断を 可能にさせる秘策を編み出した。その天才的手法はまず教育界の緊密な人間関 係のネット・ワークを利用して,著名な教育雑誌に岡本の礼賛記事を高名な教 育者に書かせて教育者に自己を「海外雄飛の模範的青年」として積極的に売り 出すことから始められた。また機関出版社を設立して自己を美化した著書等を 連続的に出版し,自己を眩い広告塔として偶像化することにも成功した。並行 して日本各地を巡回して熱心な講演活動を行い,宣伝用冊子を盛んに配付,情 報に疎い地方在住の教育関係者を中心に顧客を獲得していった。岡本の一連の 偶像化作戦は英語を解し,紐育の立地を多少は理解していた教員,医師,専門 職等の,いわゆるインテリ・知識階級への浸透・説得には極めて有効なツール であったと考えられる。岡本は後に米国製映写機の輸入・短編映画製作にも乗 り出し,映像ビジネス界の先駆的存在でもあるなど,当時から情報媒体の価値 を見抜いていた数少ない日本人の一人でもあった。 !.各事例の結末とガバナンス不全 (1)各事例の結末 各事例の結末は判明した限りでは以下の通り,債務の償還不能・破綻・消 滅・逃亡など,関係企業ともども破滅的な最終段階を迎えた場合がほとんどで ある。彼らが役員・大株主等として深く関与して,恐らく関係企業の資金源と していた同系銀行・保険等の金融機関では取付けを招き,預金の多くが焦げ付 いた事例も確認できる。ただし彼らが多数設立した泡沫会社の結末を正確に追 跡することは至難である。銀行等の許認可業種では取付けの後の監督官庁の行 政処分として最終的な結末が判明しやすいが,信託・証券・ノンバンクを含め た一般業種では破産等の確認作業は容易でない。このため例えば大北炭砿等は 長らく会社録等に記載され続けて,あたかも長期存続したかのような外観を呈 している。しかし実態は単に正式の清算手続きをとらないだけで,事実上休眠 会社化していたものと推定されるなど,実際の活動実態の把握は極めて困難で ある。
130 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ただし彼らのすべてが関係企業の破滅とともに経済的に永久に失脚したとは かぎらず,前著の松島肇や,本研究の田中猪作のように不死鳥の如く再生し, 再び財界活動を継続したタフな事例もある。松島・田中の場合はともに司法的 な制裁をものともせず,郷里の地方新聞社を最後の牙城とした点で共通してい る。筆者が以前調査した昭和初期に岩手県の二大紙を支配していた金田一國士, 中村治兵衛の県内二大銀行家の場合22)は我が身に迫る司法的な制約のために, 地方新聞社の経営から手を引き,あるいは自らの手で廃刊に踏み切ったのと比 べ好対照をなしている。 a.山口練一は大正10年1月10日専務辞任,佐賀貯蓄銀行は大正9年12月取 付,13年11月26日破産宣告。 b.田中猪作は10年3月中央生命専務を辞任,失脚。 c.戸水寛人の亜細亜炭礦は10年5月25日解散決議,昌栄銀行は13年12月12 日破産宣告,城東木材工業は13年3月9日解散決議,代表清算人就任。 d.村上先の台湾証券交換所は11年12月定時株主総会も開かず休眠化し大正 末期に収束か。 e.小出熊吉の共栄貯金銀行は11年12月12日取付,昭和2年1月営業停止処 分,2年4月20日破産宣告。 f.河野英良は10年3月24日事業界の不振のため窮地に陥り,14年11月31日 振出の無効手形で被訴,昭和4年12月24日破産宣告。 g.岡本米蔵は14年9月東本願寺事件で取巻連の一人と報道され,岡本洋行 は10年10月不当貸付金騒ぎが起り,紛糾,紐育土地建物は昭和3年以降現地 Ridgefield町の地租滞納,4年10月同町当局は地租滞納のため物件差押。 h.高倉為三の日本積善銀行は11年11月29日休業,12年4月6日破産宣告。 i.高柳淳之助は14年8月高柳事件発覚後失脚,14年9月29日配下・河野派 の謀反で高柳金融社長解任,14年12月31日池上電気鉄道社長辞任。 j.平渡信が専務の大北炭砿は9年11月不正暴露,ほぼ全役員が辞任。 22)拙著『破綻銀行経営者の行動と責任―岩手金融恐慌を中心に―』滋賀大学経済学部研究 叢書第34号,平成13年,参照
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 131 k.竹村欽次郎の日本国債は15年6月13日営業停止命令。 l.津下精一は10年3月失脚,明治公債は10年1月20日新契約停止命令,10年 7月営業停止命令。その他の数多くの投融資先も上記のa~eを含め事業とし て成功したものはまれであったと思われる。 (2)ガバナンス不全 津下の性格に関して,親分肌の人物などとして好意的な見方に立つ地元の神 戸新聞でさえも,津下の「八方へ貸散らしたりした…点」は①「殆ど無鉄砲」, ②「多少気違ひじみた点もある」,③「其の窮極の目的が何にあるのかが判ら ず」,④「精神上に多少の欠陥がある」(T10.6.5神戸)との辛口の見方23)をも 付記したが,津下の側にいて最も津下を熟知する女婿の証言を引用したい。「義 父が余り種々の事業に手を出すので,私も再三之に反対し,無法な投資を諫め ましたのですが,良くない華族や野心家の代議士等と交際を深くしてからと云 ふものは,段々鉱山や見込の無い会社の設立や幽霊会社に出資して漸次深味に 沈み,不正の行為に陥ったらしいのです。…義父は万事締めくくりがない方な ので,其結果遂に斯う云ふ事になった者だらうと思ひます。…義父は非常に人 の苦境に同情する性質で,各地多方面に亙り証書契約書を取らずに口約束で貸 与した額も多大に上るやうで…意外の辺に貸金があるらしい」(T10.6.5九州) と悔やんでいる。女婿の言葉にある「万事締めくくりがない方」というのが, 津下の一連の行動パターンを読み解くキーワードであると思われる。筆者はこ の種の人物に共通する性向はリスク・マネジメント能力の顕著な欠落傾向では ないかと考えて来た。 津下が亜細亜炭礦に投資する際に「当時…八方から此の会社に関係するなと いふ忠告を受けた」(T10.6.5大朝)にもかかわらず,彼自身は「『ナアニ ボ ロ会社で無ければボロ儲けが出来ぬ』 といって澄ましてゐた」(T10.6.5大朝) と報じられた。この津下が10万円の収入印紙を融資した「戸水<寛人>氏は此 金策の成功を喜び,該金の内約二万円を関係者に分配した。…磯部謙三氏は創 23)現在では使用すべきでない不適切な用語を含んでいるが,性向をうかがう学術研究の必 要上当時の地元紙の報道を原文のまま引用した。
132 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 立費を分配する事の不都合を詰り,戸水氏の使者が持参した収入印紙五千円を 火鉢の中へ抛り込まんとした」(T10.6.5東日)ように,津下や戸水の周辺に も一連の行動の不都合を忠告する人物がいなかったわけではなかった。津下の 側にいて最も津下を熟知する女婿は「義父が余り種々の事業に手を出すので, 私も再三之に反対し,無法な投資を諫めましたのですが,…義父は万事締めく くりがない方なので,其結果遂に斯う云ふ事になった者だらうと思ひます」(T 10.6.5九州)と悔やんでいる。こうした投資主体自身の性向もあり,周辺の関 係者によるガバナンス機能も不完全で十分には機能しなかった。この場合,会 社組織としての株主・役職員等の企業統治はもとより,ファミリー・ガバナン スも不全であった。 たとえば高倉為三の投機的行動を制御できなかった高倉家,積善銀行等のガ バナンスを例にとると,まず高倉為三らが一族で大半を支配する非上場の積善 銀行では株主による統治の余地は極めて乏しかったと考えられる。さらに大阪 農工銀行の乗取などの行為を焚き付けた友人の扇動者が存在した。大阪一流の 米穀商で代議士でもある上田弥兵衛24)は大正中期に海外投資などハイ・リス ク投資を説き,自らも一部実践した投機家であった。一連の高倉事件ではたえ ず裏から糸を引いて「高倉の相棒となって農銀乗取に大阪の金融界を掻き回し た」(T11.12.9大毎)扇動者と非難された。また高倉家のファミリー・ガバナ ンスをみると,養母(先代未亡人)の高倉トヨは「支配人だの番頭だのと古く からゐるものが新宅<為三>の面を冒して諫めてくれなかったから」(とよ談 T11.12.8大毎)と愚痴をこぼし,「貴方<為三>は<堂島>取引所と<積善> 銀行だけを堅く守り立てた方がいいでせう」(とよ談 T11.12.9大毎)と養子の 為三をそれとなく諫めていたが,事件発覚後,「<大阪>農銀<乗取>問題が 24)上田弥兵衛は「今迄私が高倉君と総ての事を一緒にやり非常に親密にして居た関係上」 (T12.1.12大毎),「私が高倉氏と轡を列べて北浜に雄飛したなどと伝へるものもあるが全 然無根」(T11.12.1大朝),「大阪農工銀行の乗取問題だって,僕が先陣に立って高倉君を 焚き付けた次第ではない。あの場合農銀の革新意見に賛意を表せねばならぬ破目となって 行動を共にした次第」(T11.12.1大毎)と積善銀行重役としては責任回避を貫き,冷酷な 無情漢などと非難された。しかし事件後も失脚せず,堂島取引所の理事長代理などの要職 に居座り続けた。
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 133 アノ騒ぎとなって,為三の非道が始めて分った…舵取りの役をせねばならぬ私 が悪かった」(T11.12.9大毎)と反省した。高倉為三夫人も「<積善>事件に 就きましては<為三が>日頃から殆んど奥様には話してゐられぬので奥様は余 り詳しい事は御承知なく…よもや今夜収監などといふ悲しい出来事があらうと は…(女中談)」(T12.1.11大毎)という全くの情報不足の状態に置かれてい た。 むすびにかえて 大正バブル期に1千万円を超える巨額の資本金を有する泡沫会社まで多数出 現し得た背景は,これまで十分には説明されていなかったと考えられる。すな わち①泡沫会社という性格上,これほどの巨資を擁する巨大企業をそもそも想 定しにくいこと,②はたして現実に巨額の払込が可能だったのかとの疑問から である。本研究では自己の支配する機関銀行と結託した現物出資や幽霊株・空 株といった込み入った経理操作により,設立がある程度可能であったことが判 明した。しかし会社設立のためにはなお登記費用・株券印刷費・広告宣伝費等 の創業費が現金として是非とも必要であり,巨額の資本金を有する泡沫会社の 設立には少なくとも十万円単位の収入印紙を用意しなければならないという厳 しいハードルがなお存在するのである。これが創業支援のメカニズム解明が必 要な所以である。 時期は下るが昭和10年代の戦時景気下の「ボロ会社」に関しては,たとえば 「ボロ株物語」という連載記事によれば,「ボロ会社に対する金融は,ボロ会 社を食ひ物にする専門の金融業者以外から融通を受ける事は到底困難」25)であ るとして,ボロ会社専門の金融業者の存在を指摘している。すなわち「宣伝… に要する費用は,株券持参に及べば金融業者の方で喜んで融通」26),するが担 保価値は「全く株券の印刷代もない」27)1株10銭程度にしかならない上に,こ の種の金融業者は「期日経過に依る担保流れの手続きを取って,サッサと朝鮮, 満洲,台湾方面へ売却して終ふ…五万や十万の株券は宣伝範囲が広大なだけに 25)26)27)28)「ボロ株物語」『経済之日本』昭和13年8月1日∼12月1日に5回連載
134 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 忽ちの間に売却」28)できるとの興味深い指摘がなされている。 前著では大正期において創業金融を専門に行う一種の「投資銀行」的存在の 昌栄貯蓄銀行の特異な投融資の一端を具体的に明らかにしたが,本研究では銀 行と並んで特異な創業支援ファンドの存在可能性をも提示した。すなわち各事 例のほとんどは一部を除き投資・投機資金を受け入れる創業者の立場であった が,末尾の津下精一の事例は逆に投資・投機資金を提供する支援者の立場で あった。200万円以上の資金を100余口の多数の法人・個人相手に投融資した津 下の運用方針を総括すると,①会社設立の職業的プロモーター集団の重要な一 員に参画して,②ハイリスク・ハイリターン型を標榜して,③事業のごく初期, 創業段階のみに着目し,④一回の投資金額を抑制して分散投資を心掛け,⑤投 資する地域も居住地にはこだわらず,ハイリターンが見込めそうな遠隔地,海 外,植民地等にも拡大しようというものであった。大正8年4月「各種事業ノ 起業引受」などを目的とする資本金15万円の合資会社津下商店を設立して,「盛 んに如何はしい濫造会社の黒幕に加はって活動」(T10.6.5福日)し,「内地は 勿論,上海,香港,山東,朝鮮等に於ける有利な企業とさへ云へば,片端から 之に投資すると云ふ風」(T10.6.5大毎号外)であった。ベンチャー企業に理 解あるエンジェル資本家の如き津下の運用方針はハイリスク銘柄に投資しなが らも未だに投資成果があがっていない先鋭的な一種のベンチャー・ファンドに 酷似した側面があったように感じられる。津下が一部から「小岩下清周」と評 された理由も,ベンチャー・キャピタルの祖とも称される岩下清周の生き方を 彷彿させる一面をも有していたためでもあろうか。 現物出資により設立された泡沫会社は創立時に現金をほとんど保有しないた め,「創立費を収入印紙で融通しよう」との津下の申入れは大歓迎された。津 下が亜細亜炭礦に投資する際に,彼の周辺から悪評ある同社には関係するなと いう忠告を受けたにもかかわらず,彼自身は「『ナアニ ボロ会社で無ければ ボロ儲けが出来ぬ』といって澄ましてゐた」(T10.6.5大朝)と報じられた。 彼自身も「各種事業ノ起業引受」におけるハイリスク・ハイリターンの理をそ れなりに認識して,彼の提供する資金(印紙)は泡沫企業の設立時にこそ登記
泡沫会社発起の虚構ビジネス・モデルと“虚業家”のネット・ワーク 135 費用として最も効用を発揮することを十二分に理解した上で設立寸前に集中投 資していたことが判明する。 しかし炭砿,土地開墾等の一獲千金的な事業にのみに手を出した津下の投資 成果は「性格として濡れ手で粟を掴むやうな事業でないと投資せぬ関係からか, 其多くは創業費を投じてゐるのみで,実現してゐる事業は殆どない」(T10.6.5 大毎号外)とされ,現に当局が行った自宅捜査でも「発見したのは僅な有価証 券と…関係してゐる会社の無価値に近い株券位なもの」(T10.6.5大朝)と散々 な有様であった。 時代は遡るが,日露戦後の泡沫会社の発起人に名を連ねた大河内輝剛は「策 士連の本城は二三の待合に極まってゐた…何やら凝議してゐる。そこへ座り込 むと…色々な人と知合であるから,其れで便利な男だと云ふ調子で<発起人の >判を押さ」29)されたと,ある種の集団性を有する「策士連」の談合の場面を 具体的に証言している。各事例の泡沫会社等に投資して失敗した投資家の名前 は株主名簿さえあれば特定できるが,無名に近い投資家側の投資に踏み切った 心理状態まで解明できることはまれと思われる。津下の場合は事情がある程度 明らかになった希有な例ではなかろうか。恰もロールプレイング・ゲームのよ うに,「政商」「策士」「虚業家」的な人物同士がそれぞれの尤もらしい与えら れた役柄を演じるという巧みな連携プレーにより,「近年希有の一大富鉱」な どと虚構のビジネス・モデルを次から次へと捏造して「カモ」の射倖心を揺さ ぶり,一億円会社のような周到な“舞台装置”で彼の投機本能を極限まで昂進 させて,よってたかって食い物にしたというのが当該事件の実態ではなかった のかと想像される。さらにこの種の経済事件の見えない最深部には政治家の政 治資金獲得の根深い動機が潜在していたことは,後に発覚する松島遊郭移転問 題での中心人物・平渡信が「凡そ政党員は誰でも事業に手を染めて金穴を見つ ける。自分たちも最も要領よく金をとらう」(S2.7.23法律)と公判で供述し たことからも憶測できる。 29)朝比奈知泉『財界名士失敗談 上巻』明治42年,毎夕新聞社,p217