• 検索結果がありません。

<研究ノート>経営的組織論の補助的課題 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<研究ノート>経営的組織論の補助的課題 利用統計を見る"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

著者

斎藤 弘行

著者別名

Saito Hiroyuki

雑誌名

経営論集

4

ページ

117-131

発行年

1976-03-30

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005907/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

<研究ノート>

経営的 組織論 の補助 的課 題

は じ め に 経営的組織論にアプローチするに当 って,例えばこ うい うようなことが考 え られる。(1)経営的 組織論は他のどのような上位領域ないしは学科に帰属す るのか。(2)それともそれは独立して, しかも単独にそれだけ で存在 す る の か。(3)その際に上位領域とは どうい うものか。(4)とい うことは ,経営的組織 論が,他の領域におけ るあ る学科に よって助力されてい るのか どうか。㈲そ れはどのようにして補助され,具体的 腸は どの種類の学科が補助学科として 示されるのか。(6)学科のみに限定するのではなくて,一 般的に経営的 組織談 を 基礎づげ るものがあ るのか どうか等 々。これらの課題はい くらでも挙げる こ とができるのであって,ここではただそ のうちの見本を示したにすぎない。 このような問題性が出現する とい うのは,経営的組織論が独立した学科と してあるかどうかを 別にして,他の学科の助力や,一 般的には基礎づげ間題 なしには成立しえない とい うことを知らせるものと理解することができる。 これに関して我々のベ ースとする陳述が存在するが,それは次の如きもの である。(最近経営経済的組 織論は, 》組 織 諸 理 論《 な る上位 概念のもとに1) まとめられる一 連の研究成果に よ って豊にされている。」 とい うことと,「経 営 経済的 組 織論 なる 部分 学 科 の研究 は 経 済成果 の 作用関 係を 研 究す る こ れは 経営に おけ る 組織的 構造 と こ れ は 人 一 般的 な 組織論を 経 由し て 続的 な統 合的 構造 化を 対象 とす る のだ が 間的 活動の全 体的 社 会 領域を 含 み ,そ し て目 標方向づげ られた 現 実体系 の継 イ ン タ ー ・ デ シ プ リ ナi; ー 的 組 織論へと達するのであ る。これは ,対象関連的な,現実 理論的に基礎づけ ら れた,システ ム構造へのあらゆる影響のある複雑な実践論を獲得し よう とす2) ≒ る」ことなのであ る。 我々はこの2 つの陳述にそ のまま賛成するのではない が,我々が通常 もっ

(3)

ている組織論につい ての方向づけ の傾向を示すものとして意味がある。それ は ある意味ではい くっ かの組織論に関する疑問を集 約したものとい うことが できるであろ う。 この2 つの言明は ,前者がH. クライケバウムから ,後者,E. コジオ ー ルから引用されたものであり,以下において我々はこ れらを ベースにして語 っていくものである。そ の場合結論的になるかもしれないが,経営的組織論 が概して,組織社会学的傾向を もつ とい うこと,また ,組織的言明が経験的 に基礎づけられることだとい う方向に指針がとられていることを主な考えと す るものであ るが,その線が明確に出ないか もしれない。 組 織 理 論 と 経 営 的 組 織 論 我 々 は 先 ず , ク ラ イ ケ バ ウ ム の 論 文 か ら 出 発 し よ う 。 そ こ に お い て , す で に 言 及 し た 如 く , 組 織 理 論 と い う 語 が 経 営 経 済 的 組 織 論 の 上 位 概 念 と し て 使 用 さ れ て い る の が 我 々 の 関 心 を ひ く 。 組 織 理 論 を ど う い う 意 味 で 使 用 し て い る か の 説 明 を と く に し て い な い が , 前 後 の 関 係 か ら , 要 す る に , ( 一 般 的 な ) ▽ ,3 ) 組 織 論 と い う の が あ っ て , そ れ を 構 成 し て い る の が 組 織 理 論 で あ っ て , モ の 理 論 が 特 定 の , あ る 限 定 さ れ た 領 域 な い し は 学 科 に 適 用 さ れ る と き に , そ の 学 科 の 名 称 を 付 し た 組 織 論 , 例 え ば 経 営 に お い て は 経 営 的 組 織 論 ( あ る い は 経 営 経 済 的 組 織 論 ) が 形 成 さ れ る と み る こ と が で き る 。 そ れ で も あ る 場 合 に は 組 織 理 論 と 組 織 論 に こ で は 形 容 詞 の か ぶ ら な い ) と は 同 じ に 見 ら れ て と こ ろ も あ る よ う に 解 さ れ る の で , こ の 点 は っ き り し な い 。 我 々 の 使 用 法 に お い て は こ の 両 者 を 同 一 な も の と か な り 意 識 的 な 混 同 を す る し か し 組 織 論 が 一 般 的 組 織 論 に と ど ま っ て い る こ と が で き な い の で あ っ て , 「 単 に 組 織 理 論 」 と い っ た だ け で は ど う い う こ と な の か 分 ら な い る 。 従 っ て 組 織 理 論 と 形 容 詞 の 付 い た 組 織 論 ( こ こ で は 経 営 的 組 織 論 ) と の 関 係 は 切 断 す る こ と は で き な い の で あ る 。 そ う す る こ と に よ っ て 必 然 的 に 我 々 は 組 織 理 論 を 語 っ て い な が ら , 限 定 領 域 に つ い て の , 形 容 詞 の 付 い た 組 織 論 を 語 る か , あ る い は そ の 逆 の こ と も 起 り う る と い っ た 矛 盾 を お か す こ と に な る 。 こ の こ と は 組 織 論 を 扱 う に 際 し て 避 け る こ と の で き な い 問 題 で あ る 。 こ れ に つ い て 更 に 敷 祈 を 試 み る な ら ば こ う い う こ と に な る 。 組 織 の 研 究 は アy リ カ の み な ら ず そ の 他 の 国 で も 多 か れ 少 な か れ 行 な わ れ て い る が , ア メ

(4)

リ カが , 独立 し た学 科 へ と組織理 論を 展開 する こ とに 刺激を 与 え た ことだけ は 異論 は ない 。 こ の理論 のなか みは経 営的 組織 論 の みな ら ず 行政 組 織から の 経 験を 含 んでい るの であ って ,そ こでは もは や ,古 典 的 な 経営 的 組織論 とは4 ) 同一で は ない 。5 ) 伝統 的 組 織論 が無理に 一 般化 へ と は し る ことに つ い ての 批 判が よく持ち 摺 され るの であ る が, こ の古典的 組 織論 の 目指す一 般的 組 織論 と同一 でない と とに 対 応す るた めに ,改 めて ,組 織理論 な る上 位 概 念が 提 出 され ているこ とに気 付 くので あ る(それ故に我々が組織論と組織理論と混同するときには,前者 は古典的な一般化をいっているのでないことを断わっておかねばならない)。 ここ で伝 統的 組 織論 へ の批判 とい うのは, サイ モ ンや そ の 仲間た ちに よる6 ) ものであ る こ とはい うまで もない 。い わ ゆる 普 遍的 な 組 織 原理 の組 立が,一 般 的に 形 式 化 され てし ま って もは や 検証 され ない ぽ どに な ってし ま うか, ま た は他 の 原理 の 競 合の結 果 とし て全 く適用 領 域が 限定 さ れて しか 意 味を もた ないほ どに な っ てし ま ってい る とい うのであ る 。 もち ろ んこ の批判 があ ては ま るのは ,「処 法箇 とし て の組織的 用 具 の直接 的 な 適用 可 能 性 とい う 実 用主 義的観点 」 に立 づ と きであ る。 ニ ドイ ツ語に よる 標 準的 な 組 織論 の吟 味を す る と, と くに 英 米 の伝 統的 な組 織論 が前 提 とし てい た組 織 メン バ ーにつ い て の仮定 の不 確 実 な確 立 とは同じ で ない こ とが 分 る。 この点 に か んし て,F . ノル トジ ー ク,O.R. シ ュ ヌ ッテンハ ウス,H レ ウル リ ッヒな どの 名前 が示 さ れて い る。 更 に, 組 織内に お げ る 目標 コソ フ リ クトやレ 利 害対 立 ,人間 能力 の 限 界 ,意 思 決定 へ の注目 が 加えら れ て く るこ とが分 る。 こ の点に か んし て,E. グー テンベ ル クや ,H. アル バ ッハ,E. ハイ ネソの名 前が あげ ら れてい る 。要 す るに 前 者にお い ては,「人 間 的 前 提を よく考 慮し て 自己 の思 考 のなか に投 入し た」 論 者 で あ 呪 後 者に おい て は 「合理 性 の主 観的 限界」 に 注 目し た論 者であ る とい う こ とが で き る。 ドイ ツ語 圏 におけ るこ の傾向 は , 全 く完璧 な もの では な く て ,「ほ とん ど 経 験的に 十 分 に 保証 さ れた組 織論 の構成 要 素を 欠い てい る」 とい う の で あ る 。明らか に ア ン グロ・アメ リカ の伝統的 組 織論 の有 す る 弱点を 知 ってはい る が ,自己 の 提 出す る理 論 の実 証に は 関心 がない よ うに 思 われ る とい うのであ る。そ れは 組 織論 とい う ものが 「規 範的 性格を もつ とい う事 実, 経 験的研究

(5)

の方法論を知 ることについ ての知識不足に よる」のだ とする指摘がなされて い る。この点を考慮に入れると,伝統的な組織論を越えた現在のアングロア メリカ的研究が優位を 占めるとい うのである。ただここでもまとま りとその 領域とい うことになるとそ れぞれ の理論がたい へん不均一であることもまた 事実なのであ る。それで,このことは ,あ る学科が統一的に成立したのだと するより 乱 「組織理論が成 立した」 という表現におい て示すこ とができる。 クライケバウムはこれを,「組織理論の概念をし ってめ書き換え」 と い う表 現を もって説明してい る。かくて我々は,以下において具体的には どのよう な理論内容が(すべてでなくて)とり出されるかを 観察し ようとする。 組織理論へと組織論が書き換えられることに当って,その背後には 次のよ うな新しい発展があ ったからだと クライケバ ウムは説明している。それはほ7 ) ぼ次のような趣旨のものであ る。 バ1 ) 組織理論を助力する学科とみられるすべての学科を公平にとり入れる ことが有利だとい うこ とが分 ってきたのである。生物学から,社会学,社会 心理学を経て,数学や情報理論,コ ミュニケーシ ョン研究に至るまでのあら ゆる学科が組織理論を 援助するものとみなされる。 (2) このような異なる学科からとり入れられた異なる研究 傾向 を 調 整 し て,いくっ かの本質的なものとみなされるものに集中するような努力が大き くなうてくる。そ れと同時に ,「組織」 とい う研究対象を, 言葉の本当 の意 味におい て,理論的研究の対象とし ようとす る努力が大きくなってくる。 (3) 組織を理論的に分析し てい く うちに,やがて, 仮説を経験的に吟味し たいとい う願望が大 きくな ってくる。 このこ とは組織研究の現在及び 未来的発展傾向を示すものであって,今す ぐにこのような事実が必ず存在するといってい るのではない。それは コジ 牙 −ルが語っている次のようなこととかなりの類似 度を 持っていることに気が つ くのである。「組織研究の未来的発展は多 くの方向において行なわ れ てい るといわれる。現実接近 のための研究原理は,正確な構想と問題設定をとも な った,幅広く立案された,プy グラム的に方向をもった経験的一帰納的フ ィールド研究である。叙述的調査材料に基づいて常に現実におい て証明され るべき法則仮説が提示される。こ の法則論的 規則陸は ,抽象的一演 祥的理論

(6)

の核 を 形 成 す る 。 こ れ が 予 知 的 一 用 具 的 に , 実 践 的 な 意 思 決 定 モ デ ル に 適 用 さ れ る べ き な の で あ る 。 最 終 目 標 と し て , イ ソ タ ー デ シ プ リ ナ リ ー的 協 力 が8 ) 徐 々に 方 向 を 定 め ら れ な け れ ば な ら な い 」 と 。 こ の2 つ の 説 明 か ら , 我 々は 現 実 接 近 とい うこ とが 重 視 さ れ てい る こ とを 知 る 。 そ の た め に は あ ら ゆ る 学 科 の 取 入 れを し な く て は な ら な い の で あ り, し か 乱 本 質 的 な も のを 認 識 す る こ と に よ っ て , 組 織 論 が あ た か もそ の本 質 的 な も の と 同 一 の 如 き も の で あ る よ うに な っ て し ま う点 に ま で 展 開 さ れる こ とに な る 。 そ の ほ か に 方 法 と し て は , 仮 説 の 実 証 が 欠 く べ か ら ざ る も ので あ り ,そ の こ と に よ っ て組 織 論 が 抽 象 性 か ら 脱 し てレ 用 具 的 と な る こ とが で き る とい うの で あ る 。 無 論 こ の こ とに た い す る 批 判 は あ る が , そ れ は そ れで 一 つ の方 向 を 示 唆 し て い る も の とい え よ う。 組織社会学の・存在 さてクライヶバ ウムは ,どのような補助的学科を組 織理論のなかにとり入 れるのかを定めるに当って,すべての学科が希望通りに 同一歩調で発展して いない のだから,モの一部分を 説明の対象にすべ きであ ると言っている。 も ちろん取入れられた部分的な補助学科は,全 く純粋にそ のままあるわけでぱ なくてモれがまた「再びインター・デシプリナリーであ る」 とい うわけであ る。 彼はこの際に 次の如 <語っている。「組織理論は なか んず <, ≫組織≪ と い う研究対象の内容と方法についての,社会学的に方 向づけられた思考を強 く押し出すことに よって特色づけ られる。この組織の要素はそ うしているう ちに,独自の組織社会学の形態に制度化されてしまった」と。このとき彼は どうして社 会学的思考がとくに組織と関 連してくるか について,とりたてて 説明を 加えていないから,通常,組織の社会学的方向づけ について語られた 事実としてしか言い ようがない。 もっとも社会学を研究する者が組織の研究 を多く手がけ ていることも事実であるけ れども。 具体的には,組織社会学の出現に貢献したのはマイ ンツであると, クライ9 ) ケバ ウムは 言 う。それに よると,「組織社会学が, 記述的に, 一定の社会的 体系の諸要素間におけ る相互関係の理解を得 ようとし てい る」 とい うのであ る。無論,この場合,公式的な組 織 局 面 だげ でなくて,計画されざる非公

(7)

式的組織現象を も扱うわけ である。マイン ツが組織と呼んでい るのは,経営 をはじめ,教会,学校,病院,刑 務所,軍隊,公共体,自由意思的結社な ど である。これらに共通なものはこ うい うことだとい うのであ る。すなわち, 「これら組織はいわゆる社会形象の分割されたものであ り, 一 定 の 成 員 数 と,内部的な役割区別をと もたっていて,特定の目標設定を行ない,合理的 な構成原理を通して,そ の目標の実現をはかる」 ものな のである。 そこで繰返しになるけ れども組織社会学は目的に向け られた社会的体系と しての組織とい う広い研究 概念を相手にするのであ っ て,「 種々な組織の組 立と経過0 前提と条件」を問題にするとい うことができる。い わゆる組織論 が規範的陳述の定式化に関与するのとは反対に,「例えば, 企業 とい う全体 体系にたいして,一定 の組織的方策がど う影響するかを 把握し ようとする」10) ものであるとい う。かくて一 般的には次の如き確認が得られるとい う。「組 織社会学は組織論と同じ研究対象を持つ。しかし,この対象を より広い範囲 で,また独立の問題立場で分析する」とい うこと。 次にマインツの示す組織社会学の4 つの研究領域について言及す ることに する。それは組織の目標設定,構造,成員及び給付効果に関連するものだ と 山 い うのである。 目標設定に関して,組織論が 目標を所与のものとみなし,提示 された課題 の達成のために一定の手段組合せを 決定し ようとするのであ るが,組織社会 学は, 組織構成体(形象)の目標設定の成立, 基礎づげ 並びに組立に関らが あ るとい うのであ る。とくに社会学的関心をい だく者は , 目標がどのくらい 正確に定 義できるのか とい うことと,組織に存在する個人の活動領域との間12 ) に密接な関係かおることに 目をつけ ていることが普通である。 組織の構造につい ての説明は通常組織論の研究領域とされてい る。しかし 社会学的視点からす ると関心領域が存在する。すなわち ,組織の成員の関係 を ,あるべき姿とし て規定し てい る秩序が存在するのが当りまえであ るが, 他方には,配列ないしは指令されざる組織(経営)内的な活動を形成する要素 もまた存在する。この両者の間の相違が現在 どうな っているかを 認識するこ とが社会学的視点 であるとい うのであ る。つまり,組織論がとくに 権限の配 分あるいは分割,また職位の分 割などの間題に従事するのだ が,組織社会学

(8)

は これ に 加え て ,「 組 織 ダ ン パ ―の 配 列 さ れ ざ る す べ て の行 為 様 式 と 諸 関 係 を 叙述 す る 」 わ げ で あ る 。 そ の た め に , 組 織 構 造 は 社 会 学 的 に 独 自 の 用 具 を も って 分 析 さ れ る の で あ る 牡 そ れ は マ イ ン ツの 指 摘 す る , 役 割 構 造 , 形 式 化 と 官 僚化 の 程 度 , コ ミ ュ ニ ケ ーシ ョ ン 構 造 , 権 限 構 造 , 成 長 傾 向 な ど で13 ) あ る(組織論におト ては すでに利用 されてい るものであ るとされてい る)。 し か し 重 要 な こ とは 企 業 政 策 的 意 思 決 定 に と っ て 重 要 であ る も の が 考 慮 の対 象 と な14 ) る とい うこ と な の で あ る。 組 織 の 形 式 化 は , 高 い 程 度 の形 式 化 と , わ ず か な 程 度 の形 式 化 の 相 違 の 検 討 に 関 連 す る 。 前 者 に 際 し て , も し も 組 織 目 標 が 時 間 的 に 安 定 し てい て , 個 別 活 動 の 規 則 を 常 に 可 能 に す る な ら ば プ ラ ス の 作 用 を 持 つ 。 後 者 に 際 し て , 外 部 か ら の組 織 (企業 )に た い す る 要 求 が い つ も 変 化 し , 既 席 的 活 動 と 短 期 的 適 応 へ の 能 力 を 前 提 と す る 場 合 に は 有 利 で あ る 。 こ れ ら の 課 題 に つ い て具 体 的に は , 例え ば , 命 令 の 程 度 と 強 度 に 応 じ て , 民 主 的 , 権 威 主 義 的 , 自 由 放 任主 義 的 な 構 造 が 現 わ れ る と す る 見 方 は 組 織 構 造 の 社 会 学 的 見 地 で あ ろ う。 組 織構 造は あ る 面 で は 成 長 要 素 に よ っ て 特 色 づけ ら れ る とい う こ と が で き る 。 構 造 的 相 違 が 増 大 す る こ と と , 形 式 化 の 増 大 が そ れ であ る 。 し か し そ れ は で か ら め に 増 大 す る の で な くて , あ る 前 提 要 件 を と も な っ て い る の が 普 通 で あ る。 す な わ ち , 人 間 行 動 の 一 般 的 規定 が な く ては な ら な い こ と , 分 業 的 な 職 務 専 門 化 , 規 則 が 導 入 さ れ て そ れ が 成 員 の 行 動 に マ ッチ す る ま で の あ る 期 間 ,組 織0 職 能 化 に 当 っ て あ る つ り 合い が 必 要 で あ る こ とな ど で あ る 。 ま た 別 の見 地 に 立 て ば , 構 造 化 が 増 大 す る と い うこ とは , 機 能 的 増 大 で あ り, こ れは 新 規 の 活 動 が 発 生 す る こ と を 意 味 す る 。 も う一 つ は , 垂 直 的 な 見 方 で あ っ て, 監 督 領 域 の 拡 大 の た め に 付 加 的 な 調 整 職 務 や コ ン ト=・―ル 職 務 な ど15 ) が 必 要に な る こ と で あ る 。 組 織成 員 に 関 し て は , 組 織 へ の 加 入 並 びに 補 充 , 組 織 内 部 で の 昇 進 , 役 割 に 一 致し た 行 為 , 組 織 の 上 位 的 な , 抽 象 的 目 標 と 個 人( ないレ よ下位の成 員) と の 同一 化 , 指 揮 様 式 が 成 員 の 行 動 に ど う影 響 す る か と い う こ と , そ れ が 集16 ) 団 結 合を ど の よ うに 形 成 す る か と い うこ と な どが 示 さ れ る と い う。 組 織 の 給 付 効 果 の 問 題 と に そ の 測定 と 影 響 の問 題 は ,「 組 織 の 合 目的 性 」 と し て語 ら れ る も の で あ る 。 マ イ ン ツは こ の こ と を 組 織 社 会 学 に お げ る 重 要 あ

(9)

な局面としてい る。換言すると目標を ,組織の中に合 目的 的に移し加えるこ とができるかどうか,予測されざる過程の把握はど うして可能かなどが中心 問題である。 組織社会学が組織論に対して優位を 占め ることがで きるとすればこの点に ついて い うことができるとい うのである。長期的に安 定した給付効果の「条 件」につい て,また予 測されざる過程0 「原因の決定 」が重要なのである。 とくに後者が効果的な組織化の妨害を示すものとして ,またあるべき姿の組 織構造のくいちがい とし て確立されるのでなくて,祖 織的意思決定の合理性 のために出来る限り正確に分析されるようにし ようとい うわけである。17 ) マイン ツの直接の言葉を引用すればこ うい うことに なる。「組織社会 学 は 組織論構想の概念図(クライケバウムとコジオールにもとづO I II A-形 容 詞 つ き組 織 論 こ こ で は経 営的 組 織論 規 範的 、用 具的 方 策や 予 知 の提 出 - - - 心 = - - - - 〃 - 〃 ㎜ - 一 -B → C-一 般 的 組 織 論 . 超 全 般 的 又 は 、 超 限 定 的 C ; 四 生 ] 11 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ∼ 真 の 秤 判 こ 接 近 す る(? ) 「  ̄  ̄ ン ター デシプリナn ー 束 贈 宋 ネ イン ター デンプ リナリー 一 一 一 一 レ 組 と ii命1 一司受的 な い し 全 二 三 I い わゆ る形 容 詞つ き組 織論 分析レ記述のみの領域a )I は 伝統 的 組織論 の 思考,n は新しい( ?)組 織論 の傾 向 ,I か らH へ の構 想転換 を企 図す る こと に よっ て 他学 科の成果 を多 く取入 れ よ うと する。b ) と くに ,n におい て, 経 験科学 的 アプ ロ ーチが より 行い や す く なり. い わ ゆ る現実 科学( コ ジ オール) の特 色が で てく る。c )ICD 構 想 が古 くて 無益 のも のか ど うか は急に は答え られ ない 。 給 付 効 果 の も と に , 単 に 拡 大 さ れ た 意 味 で の 目 標 実 現 の 程 度 ま た は 生 産 性 だ け で も な く , ま た 生 産 力 , す な わ ち ア ウ ト プ ッ ト に た い す る イ ン プ ッ ト の 関 係 だ け を 理 解 し な い 。 む し ろ 種 々 な 補 助 手 段 に よ っ て 目 的 が 追 求 さ れ る 体 系 の 思 考 か ら 出 発 す る 。 そ の 場 合 , 給 付 効 果 の 程 度 は , 成 果 の 程 度 に た い す る

(10)

補 助手 段 の 関 係 を 考 慮 す べ き で あ る の み な ら ず , 同 様 に 将 来 の 給 付 のた め の 手 段が ど の 程 度 ま で 保 存 さ れ る か ( 例えば,成 員が 満足 させられて, 進んで 給付 活動を する よ うに 維持され ること)組 織 の 相 互 作 用 構 造 が 侵 害 さ れ る こ とな く, し か も機 能 能 力 を 持 ち 続 け る のは ど の程 度 か と い うこ と な の で あ る 。 当 然 の こ とな が ら , 給 付 効 果 の こ の よ うな 相 違 は 発 見 し に くい 。 と い う の は そ の 要 素 は 量 的 に は ほ と ん ど 把 握 さ れ な い こ とが 多 い か ら で あ る 」 と 。 組織論における経験的基礎づけ 我々の第2 の課題は 組織論を理論的ならしめているあ る方法につい ての説 明である。この問題は 組織論が一般のレベルに展開するか,部分的,限定的 レペルにとどまるかを 扱 うのでなくて,どのレベルにおいて もあ ては まるこ となのである。 第1 の課題が水平的レベルで論じられるのに対して,当該課 題は垂直的に語られるわけ である。 このことは コジオールの言葉によ れ ば,「組織的言 明の経験的基礎づけ」18) のことなのであ る。とくにこの「基礎づけ」とい う問題 が我々の関心を 引い ている。組織論が先のクライ ケバ ウムのい う理論のレベ ルにあ って 乱 また 形容詞の付いた(限定的)組織論(ここでは経営的組織論)のレベル に お い て も共通的に語られることな のである。19 ) コジオ ールは経営経済的組織論を考えているのであ るが,そ れは 丁現実科 学」として理解されている。そ こにおいては「理論とモ デルが経験的一 情報 的真実内容を示す」のが当然なのである。そのためには 「経 験的一帰納的研 究」が必要 とされるのである。 これは,「確実な調査資 料から, 作用関係と 依存関係におけ る法対 比につい ての,空間時間的に不変 の陳述の意味におけ る現実理論的法則仮説を発見するこ と」 を 目的とする。 その際に,「ある一 定 の組織構造武 一定 の条件のもとに,給付過程の経済的成果を もつ ような 結果」を示すことが大切なのだとい うのである。 この仮説は 現実とつ き合わされることによって妥当な ものと し て 証明 さ れ,採用されるかまたは放棄されるかを決められるのである。このような手 続は我々が科学として一般的に承認しているものとかな り類似するが,それ で も相違するところ もある。 先ず, 理論(とか仮説)が 情報内容 を も つ こ と,(表現は似ているが)本当 のととを示すのでなくては ならないとい う こ と

(11)

であ る。 現実 の組 織には 見 出丿さ れ ない 事象 ない じけ 結果 を示 す のでは いげ な い こ とに な る。ま た発 見さ れた 法則 や 仮 説 が, 組 織の 給 付過 程に プ ラスの結 果を もたち す もので な くては なら ない とい うこ とであ る。 こ のこ とは 経営 的 組 織 論に 限 った こ とでは な くて,「 同時 に , 自 然科 学 と 比較し て , あ ら ゆる 文 科 科 学又 は社 会科 学に 関 連す る基 本 的問 題を 投げ か け る」 こ とに な る。 社 会科 学 的 現象 が ノモ ロ ーギ ッシ ュな 仮定 や 説 明を 示 す こ とは不 可 能であ るこ とは 知 ら れてい る。人 間 の行 為 と か, 精 神的 現象 は 合 理的 な, と くに 数 量的 把 握を かっ か し くす る。そ こに 理 解的 な科 学形 式 の方 法 が問題 となって くるとい うのであ る。 人 は よく 自然 科 学 と文 化 科 学の 間 のこ の方 法論的 ア ンチ テ ーゼ,合 理的一 説 明的 研 究 目標 と非 合理的一 理解的 研 究 目 標 の アンチ テ ーゼを 提 出す る傾向 にあ る。そ のこ とが 正しい とす るなら ば( 今は正しいとも何とも言っているので はないが), 後 者におい ては 理論的 科 学 目標 の 放棄 につ なが る ものであ って 。 「正 確 な経 験的 組 織研究り 終焉」 を もた ら す か もし れ ない のであ る。そ れは 組 織論 が他 方 では ,「実 際行為 の解 明 なし の, 純 粋 な 叙 述 モデ ルに 自己を 限 定 す る」こ とに な るか もし れない 。 そ こ で前 に示 し た現 実科 学 とい う表 現 が生 きて くる こ とに な る。 そ れ は 「 統一 的 な対 象 領域, つ ま り経 験的 現 実性」 を 持 ってい る。 こ の経 験可能 な 世 界を 観 察す るこ とが 現実 または 経 験科学 の方 法論的 原理 とい え る。観察 は 現 実的 な 実 際関 係 内に おけ る事 実 なの であ って, そ の 結果 は,「証 明可能な 仮説的 類 型 」 とし て理 解さ れ る。◇つ ま 呪 現 実 から 離 れた 仮 説では な くて我 々の解 釈 の可 能 な領域を カバ ―し てい る も のだ とい うこ とが で きる。 そ の よ うに 考え て みる と, 組 織領域 にお け る 規 則性 を 見い 出す こ とは 困難 であ る こ と, 人 間の 行為 様式 が 相当 な 部分 , 組織 の中 で役 割を 果し てい るこ と ,全 体 的 な経 済現 象は 強い 空 間一 時 間的 変 化 可 能性を 示 すこ と な どとい う 事 実 が, 果し て自然 過 程に たい し て どれ ほ どの差 異か お るの か ど うか識 別す るこ とは 容 易 でない 。 そ れは あ る意 味で は ,「因 果 原 理を , あ ら ゆる 経 験的 科 学 に と っ て 妥 当 す る 一 般 的 な 法 則 原 理 及 び 説 明 原 理 へ と 拡 大 す る こ と! を20 ) _ ‥. ‥__ ‥ _ _ いってい るのかもし れない。この考えに従えば,個々の対象領域の種々な現 象と条件から科学的言明の種類と構造が引出される0 でなくて,問題設定の 種類と,専門学科の認識目標に合わせて方法が定めら れるという こ と に な

(12)

るO・ また社 会 科学 にお い てに 従っ て組 織論 におい て実 験は で きない もの とす る 指摘があ るが , 自然 科 学にお い て も真 の実 験がい つ もで き るとは 限 らないの であ る。 なか んず く,新 しい 理 論や モ デルが 現わ れる と きに は, 直 接的に も 間 接的 に も証明 可能 な事 実を 含 んでい る ので な くて ,直 観か ら も遠 ざかっ て い るこ と もあ る。「伝統的 な 現実 的実 験は もは や 合理 的 な 理論 的 研究 の 特 色 ではない 。」 犬 ニ コジ オ ールが 上 述 の如 きこ とを 語 るのは , な か ん ず く経 営経 済的 組織 論 に こでは経営的組織論ではない! )を 念頭 に 置い てい る か ら な の で あ る。 そ れは初 めに示 した 組織 社会 学が あ る面 ではい た ず らに 分 析 的 局面 に とどま っ ている のにた い し て,科 学とし て の要請 を 認め る こ とな の であ る。 に れにつ い て は す で に 前 に 示 し た 。)21 ) コジ オールの提唱する組織論は経 験 的 帰 納的組織研究なのであって,そ の本質はこ うい うところにある。「若し もある ノモロ―ギ ッシ ュの 仮説 を, 不変的規則性の意味で示 すことに成 功しないならば,組織現象の現実理論的 説明 乱 経 験に基 礎づけ られた予知や,用具的行為方法及び現実の意思決定 モデルも不可能である」と。 この経験的科学を一般的な名称である社会科学として考え てみると,それ は 自然科学に対 立して,無数の人間的影響のもとにおか れてい る。そこで空 間的,時間的に限定された 準仮説的言明に,先ず満足しなけ ればならないこ とが多いとい うのである。それはあらゆる,全体的 な,不明確な条件複合を よりどころとす るのでは ない。この空間的,時間的関係を具体的に明示しレ 確立してし まうことによって欠陥からまねがれようとする。 し それは社会科学が提出する情報内容を高めることなの である。一 般化が進 行し,抽象的法則化が完了すれば よいとすることは もはや自然科学でも許さ22 ) れていない。 常に反証の機会が待 っている。そ うでなくては信頼度が少なく なるからであ る。かくし て「高度の情報内容を持った,わずかな一 般性の仮 説 こ れは あ る 集団 の企業 ,企業 に おけ る部分 領 域 と部 分 過程 ,又 は組 織 を 獲 得す るこ とが 先ず 重要 であ る」 と 現象の部分構造に関連するのだが い うことになる。社会科学がこのような ミタT3の領域に とどまって,ただ内 容の豊かな情報のみを持つことに満足するのか,それを 越え て,マ クロの領

(13)

域の理論や仮説を提出することができるか,またはすべきかどうかは大そ う むずかしい問題であ る。ただ一 般的には,マクロの領域において,ストカス テ ィシ ュの言明からは論理的推論はできない とい うことであ って,それは わ ずかな情報内容と証明程度を 七つだ「 帰納的一蓋然的基礎づけ 」だげができ るとい う説明がなされている。 コジ オールは 仮説形成に当って,このほかに,経営経済の分野 に お い て は,企業家やその協働者め協力を必要とすると語っている。また,経営経済 的組織論とともに,これまで社会学的及び心理学的組織研究が分析的専門学 科 として展開されてきたことを も指摘する。そ れは,しかしどれも経 験的一 帰納的仮説形成にか んして不満足なものであったとい うのであ る。これ以上 に 教育学的組織論や人類学的 組織論が分析的学科とし て展開ざれることを コ ジオ ールは望む。 このような分析的な,補助学科を示しだからとい って,コジオールは 経営 経済的組織研究のたてまえを くず すごとは しない。 彼 は 次の如く語る。「経 営経済的組織研究は,組織構造とそ の経済的作用の間 の真の依存関係を研究 する。これに反してそれは,組織化された社会構成体 自体における人間の行 動様式を研究し,また法則仮説に よって解明する必要はない。しかし恐らく, ……人間的前提を真の前提とし て,モの仮説の条件に含めねば な ら な い」 と,従って「構造の経済的結果を解明することは 他の学科の組織研究の目標 では ない。しかし恐らくそ の法則仮 説のなかに,前提とされた構造形態,経 営職務,職位分割,ヒエ ラルヒー的管理体系 ,スタ ッフ形態,管 理 プ!==iセ ス,経済的 目標等 々につい ての陳述がそ のときそのと き取入れられるべきで あ る」としている。 コジオ ールの組織論がこのような思考にあるのは経営経済学の検討から出 発せねばならない。そ れは 明らかに背景にこの学問0 思考を示しているから である。しかし我々は今す ぐにこれについての検討と,賛否を 提出すること は できない。 終 り に 我々が組織論,ここでは 経営的組織論を追究するに当ってどのようなテコ がなくては ならないかを 考え てみた。その一部分とし て,一方では組織社会

(14)

学的思 考 があ るこ とが 明 らか であ る。 と くに 「 アノ リカ の組 織 論は ,か な り23 」 組 織社会 学 なのであ る」 とい うよ うに ,我 々は この 傾向 を無 視 す る ことは で きない 。 他方 , 従来か らの ,伝 統的 組 織論 の一般 化 とい う思 考に 代 って ,組 織 理論一 組織 論一 経営 的 組織 論 とい う系 列 への構 想 転換 が行 な わ れる べ きこ とを知 った 。そ のこ とに よって 殊に 理論 の レベル におい てイ ン タ ーデ シプ リ ナ リー的 成果 の取 入 れ が可 能に な った 。 第2 の問 題は 組 織論 を研 究 す るに当 って,あ くまで 経 験的基 礎づけ を す る こ とが必 要 であ る こ とが大 切な こ とを コジ オ ール の論 述か ら 理解 した。 もと よ り,彼 の経営 的 組識 の理 解に 異論は あ るげ れ ど 乱 組 織論研 究 の補 助とし て意義 があ るこ とは 認 め ざ るを え ない 。 なお 知 識 の不足 か らこ ち ら で勝 手に 理 解し てし ま った ところ , また 説明不足 も相当あ るこ とは 残 念で あ る。 またこ の2 つ の 課題 が うま く組 み合 わ されない こ と も欠 陥 とし て 指摘 され るべきこ とであ り,今 後 の課 題 とし て残さ れるこ とに なろ う。 我々 の立 場 と七 ては ,し か し ,経 営的 組織 のレ ペルに のみ と ど まる こと も で きない し ,(一般的)組織 論あ るい は 理論 の レベルに も満足 し え ない の であ っ て,その点を 考え る と,一 体 組 織論 とい うのは 何 であ るか 全 く分 ら な くな ってしま うのであ る。 1)H.Kreikebaura,NeuereEntwicklungstendenzenaufdemGebietderOrganisations 。theorie,Z/B.35Jg.,1965.Nr.lO.S.663 ニ2 )E.Kosiol,OrganisationDerWegindieZukunft,ZfO,42Jg.,Januar ,1973.S.3. 我 々 はと くに断 わ りc ない 限 り上 記2 つ の論文 か ら引用 を行 な う。3 ) 例え ば ,「 組織理 論を 通し て組 織論 を 実 り豊 に す るこ と」 と い う総 ま とめの 表題 を 使用し てい る6Kreikebaum,a.a.O.,S.680.4 ) こ れに 関し て, クライ ケ バ ウ ムは 次の もの をあげ てい る。J.M.Pfiffnerandp.p.Sher-wood,AdministrativeOrganization,1960. この 序文 にお い て, プ ライ ペ イト の アド ミェ ストレ ーション とパブ リッ クの アド ミニストレ ーシ ョン の間に は , はっ き りし た相 違が あ る が, 両者 の間 に は共 通し た地 盤 が存 在 する と指摘し てい る( とくに,Preface,vi ).5 ) クライ ケ バウ ムは 伝統的 組 織論 の 前提 を次の よ うに示 し てい る。 (1) 組 織 メン バ ーの 行為 と, 彼 等の モ チベイ シ ョン 化に つい て。 不 完 全で 不十 分な 仮定 があ る。 (2) 組織 内にお け る目 標 コン フ リ クト及 び行動 に決 定的 な作 用 す る利害 対立 山 まとん ど考慮 さ れない 。 (3) 情 報理 解 と情 報処 理の 人回 能 力 限界 にはほ とん ど考慮 さ れない 。 (4) 完 璧 に機 能 する用具 とし ての 労 働者 と職 員の古典 的 構想 は, 合 理性 の主 観的 限 界 と, 意 思決 定 へのそ の 影響 に は注 目し ない 。 ダ ‥(5) 理論 の 規範 的言 明 は, 何 ら経 験的 証明に さ らされ てい ない。 ま たテ ストに 合 うと消滅し てし ま う。 ・6。 ) も ちろん,H.A.Simon,AdministrativeBehavior1958.p.20ff. 及び ,J.G.MarchandH.A.Simm ,Organizations,1958p,12ff が指示 さ れてい る。 なお サイ モン のこの 指

(15)

摘 に つ い て , ウ ル リ ッ ヒ も こ う 引 用 し て い る 。「 古 典 的 組 織 理 論 は 科 学 で な く て , 多 か れ 少 な か れ 適 切 な 経 験 命 題 の 集 積 で あ る 。 サ イ モ ン に と っ て は , 新 し い 組 織 理 論 の 一 つ に は , た だ , 研 究 調 査 に よ っ て , す な わ ち , 異 論 な き 実 験 と 調 査 に よ っ て 証 明 さ れ る も の だ け が 存 立

す る 」 と 。H.Ulrich,KontrollspanneundInstanzen αufb αu,in :Organisation (hrsgs.von.E.SchnauferundK.Agthe ),1961,SS272 −273.7

) こ れ に つ い て と く に,Kreikebaum レ α。α。O.,S.666 ・8 ) と く に,Kosiol,a 。a.O.,S.3.9

) 次 の も の が 指 示 さ れ て い る √R.Mayntz ,DiesozialeOrganizationdesInd £striebe-triebes,1958dies.,DieOrganisationssoziologieundihreBeziehungenzurOrganisa-tlonslehre ,in:Organisation (a 。a.O.,);dies.,SoziologiederOrganisationunddesOrganisationsverhaltens,in:R.Konigu.H.Maus

,hrsg,:Ha 斑dbuchderempirischenSozialf ωrschung,1961. と く に 先 の2 点 が 後 の 結 果 の 事 前 的 研 究 を 示 す と い う 。 な か ん ず く マ イ ン ツ は , 第1 の 著 書 に お い て 次 の 如 く 述 べ て い る ノ「 本 書 は , 経 営 の 社 会 的 組 織 の 問 題 に 明 白 に , 社 会 学 的 観 点 か ら 取 組 む と い う こ と が 強 調 さ れ る べ き で あ る 。 成 程 , 社 会 学 は こ の 問 題 の 取 扱 い に 当 っ て , し ば し ば 経 営 経 済 的 組 織 論 と 向 い 合 う 。 が そ れ に も か か わ ら ず 本 研 究 の 目 標 に よ れ ば , 経 済 科 学 的 観 点 を , 社 会 学 的 観 点 に た い し て き ち ょ う め ん に 限 定 づ け た り ,そ の 特 色 を 明 ら か に し た り , 或 い は 説 明 の な か に と り 入 れ る 試 み は 行 わ れ て い な い 」 と 。Mayntz,DiesozialeOrganisation,a.a 。O.,VorwortV.10 ) 例 え ば 組 織 社 会 学 は こ う い う こ と を 研 究 す る と い う ( と く に ,Kreikebaum,a.a.O 丿S ・667 )。「 意 思 決 定 権 限 の 分 散 化 は ど の よ う に 実 施 的 機 関 の 給 付 に 影 響 す る か 。 ま た 経 営 ヒ^ ラ ル ヒ ー 構 造 に お け る 如 何 な る 移 動 が , こ の 給 付 変 化 に 結 び つ い て い る か 。」 `11 )Mayntz ,SoziologiederOrganisation,a.a.O ・,S.58ff で は こ の4 つ の 課 題 が 示 さ れ て い る が,Mayntz,DieOrganisationssoziologieundihreBeziehungenzurOrganisationslehrea.a 。O.,S.42ff に お い て は , 組 朧 目 標 , 組 立 組 織 並 び に 経 過 組 織 , 給 付 成 果 , そ の 他 に の な か に は 社 会 心 理 学 的 要 素 , 予 測 さ れ ざ る 過 程 。 組 織 の 源 泉 と 作 用 が 含 ま れ て い る ) が 示 さ れ て い る 。12 ) こ れ に 関 す る 具 体 的 問 題 と し て 次 の よ う な 説 明 が な さ れ て い る 。 経 営 の 指 揮 者 は 下 位 段 階 に お い て 具 体 的 指 令 を 受 入 れ て い る 者 よ り も 大 き な 判 断 余 地 を 享 受 す る 。 ト ッ プ に し ろ , 組 織 の 低 辺 に あ る 人 間 に し ろ , 彼 等 が 人 間 と し す の 自 由 を 持 つ こ と は , 企 業 の 一 般 的 目 標 に た い す る 比 較 的 高 い 忠 誠 の 程 度 を 有 す る こ と を 前 提 と し て い る 。 企 業 と 個 々 の 部 門 の 聞 の 目 標 の コ ン フ リ ク ト が 出 現 す る け れ ど 乱 そ れ が 主 目 標 の 転 換 を 生 か か も し れ な い 。 ま た , 調 整 的 活 動 が 付 加 さ れ て , 継 続 的 に 処 理 さ れ て 行 く こ と も 考 え ら れ る 。 コ ン フ リ ク ト は 組 織 の 全 体 目 標 と 成 員 の 個 別 目 標 の 間 に の み 出 現 す る の で な く て , 私 経 済 的 組 織 体 の 給 付 目 標 と 利 益 目 標 の 間 に も 現 わ れ る 。 企 業 に お い て は , そ の よ う な 二 元 論 的 目 標 構 造 は , 収 益 性 原 理 と 経 済 性 原 理 の 間 の あ の 有 名 な 対 立 を 生 み 出 す 。( と く にKreikebaum ,a.a.O ・,S.668 ). な か ん ず く 最 後 の 対 立 の 説 明 に つ い て は ,E.Gutenberg,GrundlagenderBetriebs 抑irtschaftslehreBandL ,DieProduktion,8/9Auflage1963.S.356ff の 指 示 が さ れ て い る6:3 ) 別 の と こ ろ で , マ イ ン ツ が 「 コ ミ ー。ニ ケ ー シ ョ ン 構 造 と 権 限 構 造 は 組 織 構 造 の 特 色 づ け の た め の 最 も 重 要 な 分 析 的 標 識 で あ る 」 と 語 っ て い る こ と に つ い て の 指 摘 も あ る (Kre-ikebaum,a 。α。O.,S.669 ).14 ) 「 意 思 決 定 権 限 と 責 任 領 域 の 配 分 は 出 来 る 限 り 単 純 な 方 法 で 行 な わ れ , 適 切 な 限 定 づ け に よ っ て 役 割 コ ン フ リ ク ト は 最 低 に 減 少 さ れ る べ き で あ る 」 と ク ラ イ ケ バ ウ ム は 語 る 。15 ) こ れ ら の 諸 問 題 が す べ て 組 織 社 会 学 的 固 有 の 事 柄 か ど う か は 断 言 で き な い 。 従 っ て 組 織 論 と ど こ で 区 別 す る か も 定 か で は な い 。 な お 成 長 問 題 に つ い て は ,M.Haire レBiologicalModelsandEmpiricalHistoriesoftheGrowthofOrganizations,in:M.Haire(ed ),ModernOrganizationTheory,1959.p.272ff が 指 示 さ れ て い る 。16 ) こ れ は 経 営 経 済 学 に お け る , 経 営 的 人 事 経 済 の 基 本 問 題 と 類 似 し て い る と い う 。17 )Mayntz,DieOrganisationssoziologieundihreBeziehungenzurOrganisationslehre, α。a.O,.S.47. と く に 数 量 的 研 究 に つ い て 次 の も の が 示 さ れ て い る 。B.S.GeorgopoulosandA.S.Ta:o.nenbaum,AstudyofOrganizationalEffectiveness,ASRVoL22.No.51957.18 ) と く に こ の 章 に お い て は 先 の コ ジ オ ー ル の も の か ち 引 用 を 行 な う 。 な お 彼 の 語 っ て い る も

(16)

の は経 営 経済的 組織論 の ことな ので, そ の点で は, 組織 理論 の レ ベ ル とは異 な るかもし れな い 。 し かし 方 法の問題 とし て はど ちらに も共通 し て 語 るこ とが で き る。19 ) 以 下 にお い て, とくにKosiol,a.a 。O.,SS.3 −4 か ら引用 を行 な う。20 ) と くにKosiol,a.a.0 ・,S.4. ノモロ ―ギ ッシ ュ の規 則性 を 語 るときに 自 然 科学的 な 狭 い因 果 性 原理 が考慮 さ れ るの み な らず, 例え ば 。一 定 の 組織構 造形 態 が一 定の 経済的結果 を ひ きお こ す といっ た因果 関係 を示 す規 則も考 え ら れ るこ とに つ い て, す でにM.Weber が 強 調し てい る と指摘 す る。21 ) 以 下 につい て ぱKosiol,a.a 。O.,SS.6 ―7 か ら引 用 す る。22 ) 決 定論的 仮 定 でさえ 乱 そ れが検 証 冬れう るし , ま た反 駁さ れ るに まかせ ら れていて,従 っ て一 時的に の み経 験的に 真実 で あ るとい う意 味で は,蓋 然論 的 性 格をお び てい るとい う説 明 も あ る。( とくにKosiol ,a,a.O.,S.6 )23 )Kreikebaum ,a.a.O.,S.667. こ れと共 に, 産業 社 会 学や 経 営社 会 学の影 響 も考慮に 入 れ ら れ るべ き であ る。 も っ とも, この 学科 でさえ も研 究 対象 の統 一 は 見 られてい ない とい う 指摘 も なさ れ てい るが。

参照

関連したドキュメント

いかなる使用の文脈においても「知る」が同じ意味論的値を持つことを認め、(2)によって

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

身体主義にもとづく,主格の認知意味論 69

が有意味どころか真ですらあるとすれば,この命題が言及している当の事物も

実際, クラス C の多様体については, ここでは 詳細には述べないが, 代数 reduction をはじめ類似のいくつかの方法を 組み合わせてその構造を組織的に研究することができる

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

あれば、その逸脱に対しては N400 が惹起され、 ELAN や P600 は惹起しないと 考えられる。もし、シカの認可処理に統語的処理と意味的処理の両方が関わっ

(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と