1.は じ め に 並列計算機技術はこれまで主として大規模複雑な科学 技術計算の高速処理を目的に研究がなされてきた。1 台 の並列機の価格は一般に数千万円から数十億円であり, 主として大規模計算センターに設置されてきた。一方, プロセッサとメモリの高速低価格化,オープンソースを 中心とした OS やミドルウェアソフトウェアの低価格化 または無償化により,並列計算機技術を低価格な小規模 システムに応用することが可能になってきている。これ により,中小規模の科学技術計算や,Web サービスや データベース処理のようなビジネス処理,および教育研 究のネットワークシステムプラットフォームなどへの応 用が期待できる。Ships1 (Shonan Institute of Technology Parallel System 1)は,これを実現する目的で開発中の中 小規模並列コンピュータである。Ships1 は本学の平成 18 年度特別研教予算を受けて 2006 年 4 月から開発開発を 行っている。本論文では,Ships1 の研究開発の狙い, アーキテクチャ,および,既に一部完成した基盤部の研 究開発に関して述べる。 2.Ships1 研究開発の狙い 並列計算技術はプロセッサ間の結合の強さによって, 密結合並列と疎結合並列の 2 つに分類される。密結合 は,地球シミュレータ1) に代表されるメモリ共有型プロ セッサ群を高速の結合ネットワークで結合したいわゆる 超並列型のマシンと,SP22) に代表される PC/WS と同等 のノードを高速なスイッチで結ぶスケーラブル型のマシ ンに分類される。高度な流体計算,シミュレーション, 予想解析,気象・宇宙計算がその主な目的である。密結 合並列機は一般に専用 OS と専用の装置群で構成されて いる。このため高価格で,小規模構成でも数千万円,超 並列機になると数十億円になる。一方の疎結合は,LAN 内に存在する PC/WS を通常の TCP/IP により接続する PC クラスタ構成と,それより更に緩い結合のグリッド結合 に分かれる。PC クラスタは PC/WS の個数が少なければ 低価格で実現可能だが,セキュリティや性能の問題があ ることが多い。グリッド結合は,インターネット内に存 在する大型コンピュータを互いに結合させ,大規模な分 散処理などを行う。グリッド技術は,技術計算だけでな く,近年になってビジネス応用に適していることが判明 している3,4) 。 以上のとおりこれまでの並列計算機は,高価な計算資 源を利用して大型計算を高速で解くことに力点が置かれ ていたといえる。一方,近年の PC 市場の大幅な拡大に
中小規模並列コンピュータ Ships1 の開発
大 谷 真 * ・松 原 裕 人 ** ・櫻 井 一 欽 ** ・加 藤 悠 **
Development of a Small-Mid Range Parallel Computer–Ships1
Makoto OYA*, Hiroto MATSUBARA**, Kazuyoshi SAKURAI** and Yu KATO**
Parallel computer technology has been mainly researched focusing on high performance computation of large scale scientific applications. On the other hand, performance of usual processors and memories has become very high and their price lower, and low price or free operating system and middleware software have become popular. Parallel com-puter technology is now applicable to low-price small-mid range computation including scientific applications, Web serv-ices, database applications, and education applications. Ships1 (Shonan Institute of Technology Parallel System 1) is a small-mid range parallel computer realizing such direction, starting its R&D since April, 2006. This paper mentions its purpose of development, its architecture, and the result of development of its base portion that has already been completed.
Vol. 41, No. 1, 2007
* 情報工学科教授
** 情報工学科
伴い,市場で普通に購入できる CPU,メモリ,ハード ディスクなどの対価格性能比が飛躍的に向上している。 また,OS を始めとするソフトウェアも,市場の拡大や オープンソース化の進展により,対価格機能比が大幅に 向 上 し て い る 。 こ れ ら の COTS( Commercial Off the Shelf;市場で普通に購入できる一般品)を組合わせるこ とにより,密結合の持つ高速性能を維持しつつ,疎結合 の持つ性能やセキュリティ問題を解決した,低価格の並 列機を開発できる可能性が生まれている。これを本論文 では半密結合と呼んでいる。Ships1 (Shonan Institute Tech-nology Parallel System1)の研究開発の狙いは,半密結合 型の低価格並列コンピュータの実現である。図 2–1 は Ships1の位置付けを図示したものである。 Ships1の開発方針は以下の 3 つである。 ・できる限り COTS を利用し,専用部品や専用ソフトの 開発は,必要最小限に抑える。 ・中小規模計算に十分使用可能な性能を確保する。 ・科学技術計算だけでなく,ビジネス応用,教育応用に 重点を置く。 図 2–2 は Ships1 の イ メ ー ジ を 示 し た も の で あ る 。 Ships1は 16 個の計算ノードの集まりである。各ノードは 一般の PC と同一構成であり,ソフトウェアを含め低価 格または無償の COTS で構成する。ノードの一部には半 密結合装置と呼ばれる新規開発の通信装置が装着されて おり,これによって,中小規模計算に十分適用可能な性 能の確保を狙う。また,Ships1 では,従来の科学技術パ ラレル応用とビジネスパラレル応用の顔の他に,学生教 育や研究実験のプラットフォーム機能である教育パラレ ル応用の顔を持たせる予定である。 以降,3 章では Ships1 の基本的なアーキテクチャを述 べ,4 章では Ships1 の基盤部の実際の開発内容を述べる。 また 5 章では教育パレラル応用の構想に触れる。 3.Ships1 のアーキテクチャ Ships1の構成をハードウェア面およびソフトウェア面 に分けて説明する。 3.1 ハードウェアアーキテクチャ 図 2–2 の基本構想を実現するために,Ships1 のハード ウェアは以下の要素で構成することとした。 (1) ノード (Node) ノードは実際の計算を行う部分である。1 つのノード はそれ自体で閉じた 1 つのコンピュータシステムをなし ている。すなわち,プロセッサとメモリだけではなく, ハードディスク,光学ドライブ,電源などを装備し 1 台 の PC と同等の機能を持つ。ノードには,計算を行う通 常のノード(a ノード)と,半密結合装置を装備し計算 の他に高速ノード間接続をつかさどるノード(b ノード) の 2 種類がある。ノードの個数は拡張可能だが,当初の Ships1は,各種実験に必要な最小数を考慮して,12 個の a ノードと 4 個の b ノードで構成させることとした。 (2) 運転制御コンピュータ (CM) 運転制御コンピュータは,Shps1 の全ノードの運転を 管理・制御するコンピュータである。各ノードの起動, シャットダウン,動作監視などを行う。運転制御だけを 考えるとノード中の 1 つに CM の機能を兼用させること も可能である。しかし,4.3 で述べるように,Ships1 では インターネットを介して遠隔から運転制御が可能にした。 このためセキュリティ面から,CM はノードとは独立し た 1 個のコンピュータとし,後述のとおりノード間接続 ネットワークとは分離されたネットワーク環境を準備す 図 2–1 Ships1の位置付け 図 2–2 Ships1のイメージ
ることとした。 (3) 内部ネットワーク ノードおよび CM は 2 種類の内部的な LAN で接続され る。1 つは主ネットワークと呼ばれる。主ネットワーク は,Ships1 内のすべてのノードを接続する高速のネット ワークであり,並列処理に伴うデータ交換のために使用 される。もう 1 つは管理ネットワークと呼ばれ,各ノー ドの制御と管理のために,ノード及び CM を接続する ネットワークである。両ネットワークとも,1Gbps の LANとし,特に性能を要求される主ネットワークは,各
ノード内の PCI Express 経由接続とした。LAN 上の通信 は,COTS が利用可能な通常の TCP/IP プロトコルで接続 することとした。なお,両ネットワークは完全に分離し たネットワークとした。たとえ CM に対してのセキュリ ティ上の侵入があっても,主ネットワークへのアクセス はできない。 (4) 半密結合ネットワーク(STC ネットワーク) b ノードには,PCI バスに新開発の半密結合装置 (STC) が装着されている。2 つの b ノード間では,半密結合装 置を用いて,より高速なデータ交換が可能である。なお, 価格および開発の複雑度を考慮し,半密結合装置間の ネットワークはポイントツーポイント(すなわち,1 つ の半密結合装置は他の 1 つの半密結合装置とだけ接続で きる)とし,スイッチ型の接続は当面行わないものとし た。 (1)(4)の要素による Ships1 全体の構成を図 3–1 と図 3–2に示す。 3.2 ソフトウェアアーキテクチャ Ships1のソフトウェアは図 3–3 に示す 3 層によって構 成される。 (1) OS(オペレーティングシステム) 最下層は OS カーネルである。開発の狙いに沿って次 の 3 つの観点から,Ships1 ではオープンソースである Linuxを OS として採用した。 ・一般に広く使われている OS であること。 ・低価格または無償であること。 ・ソースコードが入手でき利用・改変可能であること。 最後の点は,半密結合装置サポートのために OS コード を読み,場合によっては改変する必要があるとともに, 研究教育面からソースコードを通して詳細な仕様や処理 方式を理解できることが望ましいからである6)。なお, Windowsも補助的に利用可能とした。 b ノードには,半密結合装置アクセスのためのデバイ スドライバを新規開発し,組み入れるものとした。 (2) ミドルウェア ミドルウェア層は,一般ミドルウェアと並列制御のた めの並列ミドルウェアから構成される。Ships1 での主要 な一般ミドルウェアは各種のサーバ機能である。たとえ ば,DNS, NAT, SSH, DHCP, Web, FTP, LDAP,ファイル, アプリケーションサーバなどである。低価格な COTS を 利用するとの開発方針に沿って,Ships1 ではこれらのほ とんどを OSS(オープンソースソフトウェア)で構成さ せることとした。
並 列 ミ ド ル ウ ェ ア は , 一 般 ミ ド ル ウ ェ ア と 同 様 , MPICHや Globus ツールキットなどの OSS をインテグ レートする他,Ships1 の運転制御や構成運用管理にかか わるソフトウェアを新規研究開発する。これには,Ships1 システムコンソール制御用のソフトウェアおよび統合リ ポジトリ機能が含まれる。 (3) アプリケーション群 (1)と (2) が Ships1 の基盤ソフトウェアであり,この上 図 3–1 Ships1のハードウェア構成
位に今後の研究開発に応じ各種アプリケーションを動作 させる。各種最適化問題,各種技術計算,DB 応用処理, Webアプリケーション,大規模データ処理やマイニング などである。並列機の特性を利用して,1 つの処理の高 速化,および,複数の並行トランザクション処理のス ループット向上などが見込まれる。 4.Ships1 基盤部の開発 2006年 4 月から Ships1 の研究開発着手し基盤部の研 究・設計・開発を実施中である。基盤部の開発状況に関 して以下の 5 つに分類して述べる。 ・ハードウェア基盤部:半密結合装置を除くハードウェ アの設計・開発 ・ソフトウェア基盤部: OS および一般ミドルウェアの 組込みとネットワーク標準設定 ・システムコンソール機能: Ships1 全体制御のためのコ ンソール機能ソフトウェアの研究・開発 ・半密結合機構:半密結合装置の開発とデバイスドライ バの開発 ・システム統合リポジトリ: Ships1 全体管理および並列 負荷バランスのための統合リポジトリソフトウェアの 研究・開発 ハードウェア基盤部およびソフトウェア基盤部につい ては,2006 年 10 月現在でほぼ開発が完了済みである。 その他の 3 つについては,現在方式研究中であり,一部 はプロトタイプが完成している。なお,ハードウェア基 盤部およびソフトウェア基盤部での開発作業に関しては, 情報工学科学生によるチームラーニングの形で実施した ことを特記しておきたい。 4.1 ハードウェア基盤部 (1) ノードの開発 1つのノードは,3.1 で述べたように 1 つの閉じたコン ピュータシステムをなす。すなわち 1 台の PC と同じく, CPU,メインボード(チップセットを含む),メモリ, ハードディスク,光学ドライブ,電源,および,ケース によって構成される。Ships1 開発方針に沿って,通常の PCとして販売されている最新の部品の中から,広く販 売されておりかつサーバ機として比較的廉価のものを調 達した。 1 つのノードの価格は b ノードで 100 K 円, a ノードで 80 K 円を目標とした。
・ CPU :安定的提供と対価格性能比の点から,Intel Pen-tium 4 3.0 GHzを選択した。 ・メインボード:チップセットについては最新かつグラ フィック機能が内臓されている点から Intel 945 G とし た(注: Ships1 のノードはサーバであり通常運転では グラフィック機能を必要としないが研究段階および保 守のために最低限のグラフィック機能を持たせること にした)。更に,市場での販売状況および Ships1 で必 要な PCI インタフェース数と WOL (Wake on LAN) 機能 をサポートしているかの点から評価し,メインボード は,a ノードは Gygabyte 社 GA-8I945G,b ノードは MSI社 945 GNeo2-F とした。 ・メモリ:通常の処理を考え a ノードは 1G バイト,b ノードは負荷が高いことが予想されるため 2G バイト とした。 ハードディスク他についても方針に従って部品決定を 行った。表 4–1 に開発したノードの概略仕様を示す。 (2) 内部ネットワークの開発 内部ネットワーク (LAN) の論理的な構成はすでに 3.1 で述べた。実装ではスイッチングハブを組み合わせてこ れを実現することになる。現時点での 1 Gbps のスイッチ ングハブの価格は,8 ポートまでは廉価な物が多数流通 しているが,一方 17 ポート以上の高速スイッチングハ ブは高価なものしかない。そこで,Ships1 では,高性能 を要求される主ネットワークについては,16 ポートのハ ブを 2 個並列に組み合わせ,管理ネットワークについて は,8 ポートのハブを多段接続することとした。高速性 が要求される主ネットワークでは,多段階接続によるス イッチング遅延を押さえ,それに比べ高速性が要求され ない管理ネットワークについては,低価格性を追求した ためである。図 4–1 に開発したネットワーク実装構成を 示す。ただし,今後の実効性能の測定を行い,その結果 によって更に最適化する予定である。 (3) 筐体,その他 筐体は開発方針にそって特別なものとせず通常のス チール棚を組合わせ,ノードを設置し,LAN ケーブルに 表 4–1 ノード概略仕様
CPU Intel Pentium 4 (H/T) 3.0 GHz チップセット Intel 945 GICH7
メモリ a: 1 GB, b: 2 GB HDD SATA160 GB 外部バス a: PCI3,b: PCI4
主 LAN 1Gbps,オンボード (PCI Express)
管理 LAN 1Gbps,NIC (PCI)
よって結線した。テストを含め学生チームによって作業 を行った。図 4–2 は完成したハードウェアの外観である。 4.2 ソフトウェア基盤部 (1) OS 主 OS は最新の安定版リリースである Linux2.6 を採用 した。従来の Linux2.4 に比してスケジューリングアルゴ リズムなど大幅に改良されている点と開発が必要な PCI デバイスのインタフェースが整理された点がその主要な 理由である。Linux の他に,Windows も補助 OS として 組込み,今後の研究教育に役立たせることとした。両 OS は広く使われているオープンソースのブートローダであ る GRUB を使って切り替える形とした。 Linuxは,カーネルとともに多くのフリーソフトウェ アを統合した“ディストリビューション”の形で入手す る。Ships1 では,ディストリビューションの中から Fe-dora Coreを選択した。Fedora Core は無償で入手でき,他 のディストリビューションに比して市販解説書籍が多く 学生の研究教育に適していると判断したためである。な お,Debian など他にも有力なディストリビューションが あり,今後必要に応じ他のディストリビューションも取 り入れる予定である。 (2) 一般ミドルウェア ネットワークに関係する各種サーバミドルウェアが必 要である。基本的な一般ミドルウェアは,ディストリ ビューションに含まれてリリースされている。Fedora Core についても同様でサーバインストールにより,当面必要 な一般ミドルウェアを整合性を保った上で組み込むこと ができた。 (3) ネットワーク設定,その他 基本的なネットワークアドレス設定などをすべての ノードに対して行い,ソフトウェア基盤部を完成させた。 4.3 システムコンソール機能 システムコンソール機能は Ships1 全体の運転制御と監 視のための機能である(図 4–3)。 Ships1のコンソール機能は次の 3 方針を特徴として研 究開発を行っている。 ・インターネットを介した運転制御 ・起動・停止のシーケンス制御 ・ネットワーク構成の柔軟な変更制御 ここでは最初の 2 つについて以下説明する。3 番目は 教育パラレル機能のところで後述する。 (1) インターネットを介した運転制御 スーパコンピュータを始めとする大型並列機では専用 の設置場所内に運転制御卓を設けその場所でオペレータ が運用にあたる形態が普通である。一方 Ships1 は小型低 価格でありオペレータが常に設置場所内で運用にあたる ことは TCO (Total Cost of Operation) の点で現実的でない。 これを解決するために,運転制御コンピュータ (CM) はセ キュリティを考慮して Ships1 の内部に置くが,運転オペ レーションはインターネット/ Web を介して遠隔から行 えるようにした。一方,インターネットを介した場合の 問題点はセキュリティである。インターネットを介し CM 経由でノードがアタックされないように 2 段階の対策を 図 4–1 内部ネットワークの実装構成 図 4–2 ハードウェア外観 図 4–3 システムコンソール機能
行った。 図 4–4 に示すように,インターネット接続については HTTP (80)と HTTPS (433) だけを用いることにし一般の Webセキュリティが作動するようにする。さらに,これ にもかかわらず CM への侵入が起こってもノードへのア クセスができないように,管理ネットワークを介した CM とノード間の通信は SSH を使った認証/暗号化で保護す るようにした。 (2) 起動・停止のシーケンス制御 ノードの起動と停止(シャットダウン)はコンソール 機能が持つもっとも基本的かつ重要な機能である。ブラ ウザからの起動指示を受けると,CM は該当ノードに対 して管理ネットワーク経由で起動のためのマジックパ ケットを送信し,各ノードからの起動完了メッセージを 待つ。停止は,CM が各ノードに対しシャットダウンコ マンドを発行し,一定時間後に ping を送信することで停 止を確認する。このような基本的な起動・停止の実現に 加え,Ships1 のコンソール機能では,起動・停止のシー ケンス制御をサポートする。 ノードの起動には順序関係が発生する場合がある。た とえば,DHCP サーバは配下の IP アドレス自動取得ノー ドより前に起動されていなければならない。NFS サーバ はそれをマウントするノードより前に動作していなけれ ばならない。このようなノード起動の順序関係は図 4 − 5に示すように閉路を持たないペトリネットを構成する。 また,ノードの停止はこのグラフをさかのぼる順序で行 わなければならない。 Ships1のコンソール機能ではこのような起動シーケン スを事前定義しておくことで,ノードの起動と停止の順 序制御を可能としている。コンソール機能は 2006 年 10 月時点で基本部分のプロトタイプが完成している。 4.4 半密結合機構 半密結合は,ハードウェア(半密結合装置)とソフト ウェア(OS デバイスドライバ)の 2 つによって実現され る。半密結合装置は b ノードの PCI バスに接続される ボードであり,内部の FPGA 回路によって実装を行って いる。デバイスドライバは,LINUX カーネル内の動的 ローダブルモジュールとして実装を行っている。性能は アプリケーション間での実効伝送速度で 1 Gbps の LAN の 10 倍を目標としている。目標達成のため以下を設計 指針としている。
・ character 型の raw device として設計 ・ DMA(ダイレクトメモリアクセス)を使用 ・最短パスではアプリケーション内バッファから相手側 アプリケーション内バッファに直接転送 図 4–6 にハードウェアとソフトウェアを一貫したデー タ転送の様子を示す。バッファ間でのデータコピー回数 を極小化することに重点を置いている。 アプリケーションが write()システムコールを発行する とアプリケーション内バッファの内容は OS カーネルの バッファにコピーされる。デバイスドライバは半密結合 装置に対し DMA 転送を指示し,半密結合装置は装置内 のバッファにデータをコピーする。半密結合装置は相手 図 4–4 インターネットを介した運転管理 図 4–5 起動シーケンスの例 図 4–6 半密結合機構によるデータ転送
ノードの半密結合装置に対してデータを転送する。受信 側の半密結合装置は受け取ったデータを装置内のバッ ファに蓄積する。半密結合装置は受信側のデバイスドラ イバに割込み信号を送り,デバイスドライバからの指示 に基づいてカーネル内バッファに DMA を使ってデータ をコピーする。受信側アプリケーションが read()システ ムコールを出した時点で,カーネル内バッファの内容が アプリケーション内バッファにコピーされる。 上記の場合,5 回のコピーを経た後,受信側アプリ ケーションバッファに転送される。read()のタイミングの ズレと転送の遅延が発生したときにはこの最悪のケース となることは避けがたい。一方,read()が十分に前に発行 されデータの遅延が発生しない場合も多く,このケース について,1 回のデータコピーで完了させることで転送 効率を向上できる。具体的には,図 4–6 に示したように, アプリケーション内バッファとカーネル内バッファの転 送は,異なる仮想空間のアドレスを同一実メモリにマッ ピングすることで(すなわちメモリマッピングによって), 実際のコピーを回避する。また,半密結合装置は,DMA 転送と半密結合装置間転送を並行実行することで,装置 内にデータを滞留させないようにする。半密結合機構は 2006年 10 月時点でインタフェースの基本確認と制御フ ローとインタフェースの検討に着手している。 4.5 システム統合リポジトリ Ships1の制御や管理には,ハードウェア/ソフトウェ アの構成情報や実行時のノードやネットワークの稼動情 報を集める必要がある。このようなシステム情報は,一 定時間変化しない静的情報と時々刻々変化する動的情報 の 2 種類に分けられる。 ・静的情報:各ノードのハードウェア構成情報,ネット ワーク構成情報,ネットワークアドレス情報など ・動的情報:各ノードの CPU 利用率,ハードディスク利 用率,メモリ利用率など これらの情報を使って,システム監視,負荷バランサ, 戦略的ジョブ割付,システム制御などが動作する。一般 の並列機ではこれらの情報は別々に管理されることが多 い。Ships1 では,システムデザインの統一化を目的に, これらのシステム情報を単一のリポジトリで管理するこ とにした(図 4–7)。 このようなシステム統合リポジトリを設計するには, まず,入れるべき情報のモデル化が必要である。図 4–8 は UML を用いて整理したリポジトリのモデル(研究開 発中)である。四画で示されたものは情報オブジェクト のクラスである。 作成したモデルを MDA7) の手法を使って実装モデルに 変換する。これによって,リポジトリを使う側のモデ ル (PIM) とリポジトリ実装モデル (PSM) を分離でき,実装 プラットフォームの変更が使う側に非本質的変更を強い ることを防止できる。実装には,即時的な性能が要求さ れない部分はデータベース管理ソフトウェア(MySQL ま たは PostgreSQL)を用い,性能が要求される一部のクラ スについてはメモリ上にデータを持つ形とする予定であ る。このための O/R マッピングを実施中である。 5.教育パラレル機能 最後に,Ships1 で新規に取り組む教育パラレル機能の 構想を述べる。 教育パラレル機能の本質は,16 個のノードを用い様々 なインターネットおよびイントラネット環境をシミュ レートすることにある。これにより,インターネットや イントラネットでのサーバ環境構築の教育・実習のプ ラットフォームとすること,および,擬似的なインター ネット環境を用いたインターネットアプリケーションの 研究の実験プラットフォームとすることが狙いである。 図 5–1(a)(b) は,Ships1 を用いてシミュレートできる擬 似インターネット環境と擬似イントラネット環境の例を 示したものである。擬似インターネット環境では,各 ノードは擬似的なグローバル IP アドレスを与えられ,各 ノードは DNS, MTA, FTP, Web などインターネット上の 各種サーバとして動作する。擬似イントラネットの場合 図 4–7 システム情報とリポジトリ
は,各ノードは 1 つの組織体内のシステムサーバや部門 サーバを模倣する。 また,図 5–2 のようにインターネットとイントラネッ トが混在した環境のシミュレーションも考えられる。 実際の教育や実験では,目的に応じてこのような環境 を毎回設定しなおす必要がある。Ships1 の教育パラレル 機能では,図 5–3 に示すように,CM にネットワーク設 定を自動設定する機能を持たせることを検討中である。 これによりネットワーク環境の定義を入力するだけで自 動的にすべてのノードのネットワーク設定を一括して変 更可能とすることを狙っている。 本機能実現には,設定すべきネットワーク環境の範囲 をどこまでにするかなどの細部の研究が今後必要である。 6.結 論 本論文では Ships1 の構想,アーキテクチャを示し,基 本部の開発を中心に述べた。Ships1 の研究開発はまだ初 期段階にあり,基本部のハードウェア,ソフトウェア, 図 4–8 システム統合リポジトリのモデル 図 5–1(a) 擬似インターネット環境 図 5–1(b) 擬似イントラネット環境
および基本機能の一部が完成した段階にある。これまで の結果により,当初の狙いである小規模安価な並列コン ピュータ開発の可能性を実証できたといえる。今後は, 基本部の研究開発を進めるとともに,新着想の教育パラ レル機能の実現に向けて研究を推進する予定である。ま た,今後の更なる課題としては以下のものが挙げられる。 ・中小規模の並列処理に適した並列制御方式 ・グリッド機能との結合 ・実測に基づいて半密結合機能の更なる強化 ・小規模並列処理に適したアプリケーションの研究また, 動的モデル協調8,9) を利用したインターネット商取引の 研究などの実験プラットフォームとしての利用も課題 の一つである。 7.おわりに 高 速 計 算 が 主 体 の 超 高 速 ス ー パ コ ン と は 異 な り , Ships1が狙う中小規模並列処理は,並行トランザクショ ン処理やビジネス応用が主体である。今後応用分野を見 据えての研究推進が重要である。また,本開発のような 高度な知識が必要な分野でも,本学学生参加によるチー ム開発が可能であり,これにより学生に進歩を感じさせ る教育を進められることが分かったことは,本研究とは 別に一つの成果であったと考える。 謝 辞 本研究の推進にあたっては,情報工学科の渡辺教授, 三浦講師,高畠講師,坂下教授,そして天野学科長を始 めとする情報工学科メンバおよび学生からの絶大なるご 支援を受けた。感謝の意を表す。 参 考 文 献 1) 幅田伸一,横川三津男,北脇重宗,地球シミュレー タのハードウェア,情報処理学会誌,Vol. 45, No. 2, pp. 116–121, 2006
2) Hoffnagle, G., et al, Scalable Parallel Computing, IBM Systems Journal, Vol. 34, No. 2, 1995
3) 福井恵右,岸本光弘,佐川暢俊,中田登志之,森 拓也,舘村純一,ビジネスグリッド関連技術動向と 標準化活動,情報処理学会誌,Vol. 47. No. 9, pp. 970–977, 2006 4) 佐川暢俊,大谷 真,Harmonious Computing の実 現−データセンタ複雑度のマネージメント,2004 年 度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,F76, pp. 587–588, 2004
5) Foster, I., Kishimoto H., Savva, A. et al, The Open Grif Services Architecture, Version 1.0, (Jan. 29 2005).
6) 大谷 真,オープンソース事情: OSS 人材育成,
情報処理学会誌,Vol. 47, No. 10, pp. 1250–1251, 2006 7) Oya, M., “Study on Model Driven Architecture”, Ph. D.
Thesis in the Field of Systems and Information Engi-neering, Graduate School of EngiEngi-neering, Hokkaido Uni-versity, 2005
8) Oya, M. and Ito, M.: “Dynamic Model Harmonization be-tween Unknown eBusiness Systems”, IFIP I3E, Chal-lenges of Expanding Internet: E-Commerce, E-Business, and E-Government, Springer ISBN: 0-387-28753-1, pp. 389–403, 2005
9) Oya, M., Kinoshita, M. and Kakazu, Y.: “On Dynamic Generation of Business Protocols in Autonomous Web Services”, Systems and Computers in Japan, Wiley, Vol. 37, No. 2, pp. 37–45, 2006
図 5–2 2つの擬似環境の混在