ティルプル アパレル産業の労使関係 (特集 インド
における農工連関)
著者
太田 仁志
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
212
ページ
14-18
発行年
2013-05
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003708
●はじめに
繊維・アパレル関連の産業クラ スターとして世界に知られるタミ ル・ナードゥ州(以下TN州)の コ イ ン バ ト ー ル そ ば の 地 方 都 市 ティルプルでは、一九三〇年代か ら労働組合の組織化と活発な活動 が行われており、その産業動向に 少 な か ら ぬ 影 響 を 与 え て き た。 ティルプルのアパレル産業の考察 は労使関係を抜きにはなしえない といっても過言ではない。小稿で はそのアパレル産業の労使関係に ついて、二〇一二年に労使間で署 名された賃金合意と、労使関係の 制度的担い手 、とりわけ労働組合 に関して インドで観察されてきた 「細分化」 (「インボリューション」 、 〔参考文献⑤〕 )について取り上げ る。●
アパレル産業およびインド
の労使関係の諸特性
一般にアパレル産業では必要と さ れ る 技 能 水 準 が 相 対 的 に 低 く、 また創出付加価値も小さい。国の 経済発展の初期段階で繊維・アパ レル産業が重要であることは確か だが(たとえば先進国になる前の 日 本 )、 経 済 の 発 展 に つ れ て 創 出 付加価値のより高い産業への移行 が 必 要 と な る。 こ の 低 技 能 水 準・ 低付加価値という特性は、アパレ ル産業での労働条件の向上・改善 に大きな足かせである。もっぱら 費用削減を目指し、品質や生産性 の向上、あるいは製品・サービス の高付加価値化につながら ず、ま た低賃金を特徴とする 「ロー ・ ロー ド経路」 (L o w R o a d P a t h ) が強く懸念される所以である(参 考文献③) 。 労働組合の交渉力は労働者の技 能水準に大きく依存するため、ア パレル産業の低技能水準は労働組 合の交渉力の大きな制約条件であ る。交渉力を高めるためには組合 組織率を高める必要があるが、今 日のティルプルのアパレル産業の 労 働 組 合 組 織 率 は 一 〇 % を 下 回 り、五%にも満たない可能性があ る(統計がないため実際の組織率 は 不 明 )。 ま た 労 働 組 合 の 交 渉 力 はその団結力にも依存するが、イ ンドの労働組合には伝統的に政治 政党 (または政治信条をもつ組織) の系列化が顕著にみられる。労働 組合の分裂=「細分化」はインド の労働運動の特性で (参考文献①、 ② )、 テ ィ ル プ ル の 労 働 組 合 も 例 外ではない。ティルプルでは国レ ベルで中央労働組合組織(CTU O) に認定されてい るインド労働 組合センター(CITU、インド 共 産 党〔 マ ル ク ス 主 義 〕〔 C P I ( M )〕 系 組 織 )、 全 イ ン ド 労 働 組 合会議(AITUC、インド共産 党〔 C P I 〕 系 組 織 )、 イ ン ド 国 民労働組合会議(INTUC、国 民 会 議 派 系 組 織 )、 労 働 進 歩 同 盟 ( L P F、 T N 州 を 拠 点 と す る 地 方政党のドラヴィダ進歩同盟(D MK)系組織)の四組織と、とも にTN州という地方政党の系列に ある復興労働戦線(MLF、ドラ ヴィダ復興進歩党 〔 MDMK 〕 系 組織) およびアンナ労働者戦線 (A TP、全インド ・ アンナ ・ ドラヴィ ダ進歩党 〔 AIADMK〕 系組織) の合計六組合がそれぞれ、主とし て産業別組織を結成している。こ の ほ か イ ン ド 労 働 連 盟( B M S、 民族奉仕団〔RSS〕系組織)と ヒンド労働者連盟(HMS、社会 主義系だがどの政党の系列下にも ない)が、あわせて二〇〜二五程 度の企業・工場を拠点に企業別労 働組合を組織している。次にみる 賃金合意は、労働組合側では前者 の産業レベルの六組織が主導した ものである。●二〇一二年の賃金合意
ティルプルのアパレル産業では 二〇一二年一月に、新たな賃金合 意が労使間で署名された。同産業太
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産業
の
労使関係
では一九六〇年代から一九八〇年 代前半にかけて、激しい労使の対 立を経験している。一九八四年の 一二七日におよぶストライキを経 て、一九八七年から通常三年を期 間とする産業レベルの賃金合意が 二〇〇三年の合意まで労使間で結 ばれている。ただし組合活動の活 発な企業や地域を除き、合意の履 行は産業全体でなされているとは 言い難く、実際、二〇〇三年賃金 合意の際の協議で労働組合は、ま ずは一九九六年と一九九九年の賃 金合意の履行を産業団体 (使用者 団体) に強く求めている。前回の 二〇〇六年賃金合意(履行は二〇 〇七年一月〜)ではその期間が四 年とされ、同産業最大の労働組合 であるCITUは他の理由もあっ て署名を拒否している。二〇一二 年一月の賃金合意は本来前年中に 合意されるべきものだったが、 世 界的な景気低迷の下、 産業団体の 抵 抗 も あ り 一 年 の 遅 れ と な っ た。 そ の 限 り で 労 働 者・ 労 働 組 合 に とってはマイナスからのスタート である。表 1は二〇一二年賃金合 意での職種・業務別の合意賃金水 準である。 前回二〇〇六年賃金合意では四 年 間 で の 基 本 賃 金 の 増 額 が 計 二 〇%であったのに対し、今回の二 〇 一 二 年 賃 金 合 意 で 労 働 組 合 は、 四年間で計三二%の基本賃金の増 額を勝ち取った(一年目が二〇% の増額で、二年目以降は各四%) 。 物価手当(DA)についても増額 を獲得し、通勤手当も五ルピーか ら一〇ルピーへと増額を得た。休 憩時の付加給付の増加も引き出し ている。退職準備基金(PF)や 州営従業員保険(ESI)などの 社会保障は本賃金合意はカバーし ないが、五年ほど前から州政府が 使用者に法の履行を強く求めるよ うになっているという。上記合意 賃金よりもすでに高い水準の基本 賃 金 を 支 給 す る 企 業・ 工 場 で は、 そ の 水 準 か ら 四 年 間 で 同 じ く 三 二 % を 増 額 し な け れ ば な ら な い。 一年の遅れはあるものの、労働組 合は総合的にみて、前回の賃金合 意よりも健闘している。 この労働組合の健闘についても う少しみてみよう。産業団体は二 〇一二年賃金合意について、加盟 企業の賃金水準はすでに合意賃金 を上回っているので影響はないと いう。二〇一二年八月に筆者らが 現地で実施した聞き取りでは、D AとPF等の社会保障負担分を含 む加盟企業の労働者一人当たりの 日額人件費は三五〇ルピー程度と のことであった。合意賃金よりも 高い賃金水準の背景には、ティル プルのアパレル産業がきわめて深 刻な人手不足に面しているという 状 況 が あ る。 深 刻 な 人 手 不 足 は、 汚水排出に対する二〇一〇年のマ ドラス高等裁判所の未対応染色工 場閉鎖令にともなう多くの工場の 閉鎖に関連して、いっそう拍車が かかった。ちなみに近郊農村の男 性農業労働者の日給は三五〇〜四 〇〇ルピー程度で、 先の日額人件 費に近い水準である 。いずれにし ても二〇一二年賃金合意での前回 合意以上の上乗せ分の獲得は、一 定規模以上の組織を中心に相対的 にすでに高い賃金が支払われてい たことが影響していることは間違 いない。 他方、賃金の上昇との関連で物 価上昇率についてみると、前 回 二 〇〇六年賃金合意の期間である二 〇〇七〜二〇一〇年の物価上昇率 は三七・〇%、合意が一年遅れた ことを勘案すれば、二〇〇七〜二 〇 一 一 年 の 物 価 上 昇 率 は 四 三・ 七%である。二〇一二年賃金合意 での基本賃金分の増加はすでにみ たように四年間で三二%だが、注 意したいのは本賃金合意でのDA の増額である。表 2はアパレル産 業の代表業務である裁断・縫製等 の合意賃金の推計額である。DA は実際の給付額の情報が入手でき なかったため、現地での情報等に 基づき筆者が算出した。 これが 「推 計」の理由だが、DAを含めた二 〇一二年賃金合意期間の四年間で の総増加率は五五・〇%(=三〇 表1 2012年妥結賃金(2012年1月30日からの1カ月間の日額賃金) 職務 日額基本賃金改定前 (Basic Wage) 20%増額分 物価手当 (D.A.) 通勤手当 改定後 日額賃金計 (2012年1月30日適用) Cutting, Tailoring, Iron,
Packing and Fabrication Rs. 117.35 Rs. 23.50 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 233.40
Checking Rs. 67.00 Rs. 13.40 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 172.95
Label Work Rs. 60.35 Rs. 12.10 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 165.00
Hand Folding Work Rs. 58.70 Rs. 11.75 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 163.00
Damage Checkers Rs. 46.90 Rs. 9.40 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 148.55 Bundling Assistants Rs. 33.60 Rs. 6.75 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 132.90 Local Fabrication Rs. 109.35 Rs. 21.90 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 223.80 (出所) 南インド衣類製造業者協会およびインド労働組合センター提供資料(2012年8月)。 (注)「改定後日額賃金計」は左項目の合計。
ティルプル アパレル産業の労使関係
〇・九七 ÷一九四・一八。二〇一 一年一二月〜二〇一五年一二月の 増加率は六二・九%)で、二〇一 一年までの五年間の物価上昇率よ りも大きい増加率となる。これが 本賃金合意をめぐる労働組合の健 闘と評することのできる別の理由 である。賃金合意、より広くはイ ンドの賃金協定では、DAが非常 に重要である。 問題は賃金合意が履行されるか 否かだが、合意に署名したといっ ても産業団体には加盟企業への強 制力はなく、合意文面どおりの履 行には懐疑的な見方が圧倒的であ る。筆者も懐疑的にみる一人では あるが、他方で、そもそもインド では労働法規の未遵守や、社会全 般でも契約の不完全な履行(また はまったくの不履行)は珍しくな い。組合組織率が仮に五%である としたら、残る九五%の未組織労 働者への未波及を組合の非力ゆえ の 非 と 考 え る こ と に 問 題 は な い か。アパレル産業の低技能水準と いう特性は労働組合の交渉力や規 制力を高めるのにプラスには働か ない。労働組合が現場の労働者の 利益を代表していないというよく な さ れ る 批 判 は 棚 上 げ で き な い が、本賃金合意の履行が産業全体 でみて不十分であっても、それを 労働組合の責のみに帰するのは労 働組合の評価としてフェアではな い。本合意の履行は組合活動が活 発な企業・工場や地域では見通し が明るいと考えられ、それに加え て、市場賃金に対する上昇圧力と いう間接的な市場効果が作り出さ れるだろう点も押さえるべきであ る。本賃金合意が期日から一年遅 れていること自体、賃金の上昇圧 力 の 存 在 を 示 唆 す る こ と で も あ る。組合との本合意の締結日には 主 要 産 業 団 体 で ば ら つ き が あ り、 今日の最大手であるティルプル輸 出業者協会(TEA)の合意署名 は、同じく主要団体である南イン ド衣類製造業者協会 (SIHMA) の一月三〇日から遅れること二週 間以上の二月一六日だった。加盟 企業が賃金合意をまったく意に介 さないなら、産業団体は署名を渋 る理由はない。新賃金合意の履行 の楽観視は誤りだが、かといって 本合意にまったく効果はないと考 えるのも同じく誤りである。
●繰り返される担い手の分裂
賃金協議に当たり、産業レベル の労働組合六組織は共同行動委員 会 を 結 成 し て 足 並 み を 揃 え て い る。それに対して産業団体も複数 あるものの、前項で指摘したよう に、必ずしも歩調を合わせていな い。主要産業団体で最も古い歴史 を持つのが一九五六年に結成され たSIHMAで、国内市場向け製 品の製造が主であった一九七〇年 代まで、争議行為を厭わない労働 組合に抗し、ティルプルのアパレ ル 産 業 の 労 使 関 係 を 主 導 し て い る。ティルプルでは一九六〇年代 から労働争議が多発するようにな り、労働組合の排除や争議の回避 を主要な一目的として、経営者は アパレル製造プロセスを物理的に 分断して小規模・零細の工場・作 業所を中心とする生産工程を採用 した。また同時に業務請負やアウ トソーシングが進展していく。こ の小規模ユニットを中心とする製 造ネットワークがティルプルの産 業クラスターの主要特性であり強 みと指摘されるが、SIHMAは そのような動きが広まり定着する 時期に、製造業者を代表し労使関 係を主導した最大の産業団体だっ た。 一九八〇年代になると輸出企業 が 増 え、 S I H M A の 労 働 組 合・ 労働争議に対する高圧的な態度が 輸出企業にとって問題となるよう 2010年1月(推計値) Rs. 117.35 Rs. 61.25 Rs. 5.00 Rs. 183.60 5.1% 3.0% 7.7% 2011年1月(推計値) Rs. 117.35 Rs. 66.77 Rs. 5.00 Rs. 189.12 3.0% 0.0% 6.0% 2011年12月(推計値) Rs. 117.35 Rs. 71.83 Rs. 5.00 Rs. 194.18 - - 2012年1月 Rs. 140.85 Rs. 82.55 Rs. 10.00 Rs. 233.40 20.2% 20.0% 2013年1月(推計値) Rs. 146.48 Rs. 99.21 Rs. 10.00 Rs. 255.69 9.6% 4.0% 計32% 2014年1月(推計値) Rs. 152.34 Rs. 115.87 Rs. 10.00 Rs. 278.21 8.8% 4.0% 2015年1月(推計値) Rs. 158.44 Rs. 132.53 Rs. 10.00 Rs. 300.97 8.2% 4.0% 2015年12月(推計値) Rs. 158.44 Rs. 147.80 Rs. 10.00 Rs. 316.24 - -(出所) 賃金関連の数値は表1出所資料および現地での情報等に基づき筆者算出。コインバトール物価上昇率は Statistical Hand Book of Tamil Nadu (Govt. of Tamil Nadu) より工場労働者消費者 物価指数を用いて筆者算出(基準年は2001年=100)。
(注) 1)物価上昇率:2007年〜2010年37.0%、2007年〜2011年43.7%。
になった。輸出企業には納期厳守 がとりわけ重要で、労働争議によ る生産の滞りは許容できない。S IHMAが新興する輸出企業の声 を代弁できなくなるなかで、一九 九〇年に結成されたのがTEAで ある。今日のティルプルがアパレ ル産業で注目されるのはアパレル 製品の輸出にほかならず、そ の拡 大にTEAは積極的に関わり大き く貢献している 。国内市場向けか ら輸出向け製品の製造という一九 八〇年前後からの変化を経て、産 業団体側のイニシアティブをめぐ る覇権もSIHMAからTEAに 移 行 し た( 参 考 文 献 ④ )。 輸 出 企 業(後にTEAを構成するような 製造業主)は労働争議を避けるた めに表向きには労働組合との協議 に必ずしも否定的ではない姿勢を とった。一九八七年以降のほぼ三 年おきの産業別の賃金合意の締結 にもその意味でTEAは一役買っ ている。しかし実際にはTEAが 労使関係において主導権を握るな かで、すでに指摘したように、賃 金合意署名後の一九九〇年代の合 意不履行が進んでいく。他方、輸 出を視野に入れた製造プロセスの 分 断 や ア ウ ト ソ ー シ ン グ な ど の いっそうの進展、同時に女性労働 者(や児童労働)の採用が進むこ とで労働組合は以前に比べて弱体 化している。 労働者が解雇を恐れ、 労 働 組 合 を 敬 遠 す る こ と も 大 き い。 労働争議は一九八〇年代中盤 以降、産業レベルでは散発的に発 生する程度である。 実は前回と二〇一二年の賃金合 意の間の二〇一〇年に新たな産業 団体が生まれている。ティルプル 輸 出 製 造 業 者 協 会( T E A M A ) である。TEAMAは、比較的規 模の大きな輸出業者の利害を代表 することが主となってきたTEA の取り組みに賛同できない小規模 事業主が、TEAを離脱して結成 したものである。結成からまだ三 年だが、その加盟企業数はすでに TEAおよび今も力を持つSIH MAに肩を並べている。筆者らの 現地での聞き取りでは、TEAM A、TEA両組織の応対者からと もにお互いへの対抗意識がうかが われた。二〇一〇年六月と一〇月 にTEAMAは政府の綿糸価格政 策 を め ぐ っ て 抗 議 行 動 を 実 施 し、 労働組合を含む広い支持を得てい る。TEAMAがTEAから分か れて結成される際の主要争点のひ と つ が こ の 綿 糸 価 格 政 策 で あ っ た。ティルプルは南インドの主要 な 綿 生 産 地 帯( コ ッ ト ン ベ ル ト ) そばに位置するが、かつてSIH MAが 影響力を高めるのに 一時的 ではあれ利用したのが、政府から の割当て綿糸をめぐるSIHMA 加盟企業からの代金支払い代行業 務 で あ る( 参 考 文 献 ④ )。 産 業 団 体の分裂とあいまって、影響力に 関わるという点に再び綿が論点と して上がってきているのに、筆者 は 歴史の繰り返しのようなもの を 感じている。
●結び
―「TEAMA」
で考える―
TEAMAは現在、ティルプル のアパレル産業でプレゼンスを拡 大させてはいるものの、かつての SIHMA、そしてSIHMAを 凌ぐにいたったTEAに取って代 わるほどの勢力になるかは今後の 展開を待たなければならない。最 後に小稿をまとめつつ、TEAM Aの誕生の含意を考える。 まず、二〇一二年に労使間で署 名されたティルプルのアパレル産 業の賃金合意について、一年遅れ で かつ昨今の人手不足によるとこ ろが大きいにしても 、労働組合は 前回の二〇〇六年合意よりも健闘 したといえる。それは給付の増額 獲得だけでなく、物価の観点から も評価できるものである。また本 合意の検討を通じて、インドでの 賃金体系における物価手当 (DA) の意義を再確認できた点は強調し たい。賃金合意の履行を懐疑的に みるむきは多いが、まったく効果 なしとするのも誤りである。今回 の賃金合意ではもうひとつ、前回 の二〇〇六年合意に労働組合の最 大勢力であるCITUが最終的に 背を向けたのに対して、二〇一二 年合意では他の五組合とともに署 名の席に着いた点を評価したい。 この署名状況に少なからぬ影響 を及ぼしているのが、インドの労 働 組 合 の 特 性 と し て み ら れ て き た、労使双方の細分化/分裂状況 で あ る。 労 働 組 合 側 に つ い て は、 他組織が合意するなかで一組織だ け合意から離脱すれば、労働者の 目には背信と映る。これが主因か どうかということよりも、他の競 合組織の存在が多少なりとも牽制 要因となる点を押さえたい。この 点 は 産 業 団 体 側 に つ い て も 同 様 で、今回TEAにとっては、自分 たちの発言力を脅かすTEAMA という組織が元TEAの加盟企業 から誕生し、 SIHMAの翌日の 一月三一日という TEAMAや別ティルプル アパレル産業の労使関係
こうして労働者 ・ 部 で は あ れ、 T E A 恩 恵 を 得 た こ と に な A は こ れ ま で の と こ を 歓 迎 す る だ ろ う。 し ア ピ ー ル す る こ と 条件への関心から、児童労働や強 制労働等の廃絶に積極的に取り組 むことが今日、途上国企業にも強 く求められている。実はTEAは TEAMA結成後の同年、若年未 婚女性に関する債務労働的な労務 慣 行 で あ る「 ス マ ン ガ リ 」( S u mangali)スキームの廃止 など、人権・労働条件の改善に関 わる「ティルプル・ステイクホル ダー(利害関係者) ・フォーラム」 ( T S F ) を 立 ち 上 げ、 労 働 組 合 やNGOを巻き込んだ取り組みを 開始している。純粋な善意からの みならず、事を自らの思惑通りに 進めたいという意図もあるのだろ うが、 少なくとも今日のTEAは、 このような取り組みをないがしろ にできない立場にある団体である ということである。それに対して TEAMAはまだそういった立場 にない。このように考えると、小 規模組織を代表するTEAMAは ティルプルの労働者と労働組合に とって、諸刃の剣である。こうし てティルプルのアパレル産業の労 使関係は今日、労と使という二項 対立関係だけでなく、労使がそれ ぞれのなかでお互いに牽制し合う ことから恩恵や害を受けつつ、 労 働者や原材料の綿糸というローカ ルとの結びつき、また グローバル な市場を背景にせめぎ合う構図に ある。 ( お お た ひ と し / ア ジ ア 経 済 研 究 所 南アジア研究グループ) 《参考文献》 ① 太 田 仁 志[ 二 〇 〇 九 ]「 組 織 化 趨勢でみる労働組合の代表性と 労働運動の動態―インド労働組 合 の 政 治 経 済 論 ―」 ( 近 藤 則 夫 編『インド民主主義体制のゆく え ― 挑 戦 と 変 容 ―』 、 二 〇 〇 九 年一一月一六日、研究双書 №五 八〇、日本貿易振興機構アジア 経済研究所) 、八一―一二一ペー ジ) 。 ②