ラテンアメリカ研究者のグローバル対応 (特集 外
国を研究すること)
著者
星野 妙子
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
216
ページ
3-4
発行年
2013-09
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003623
●私のメキシコ研究
私は一九八一年にアジア経済研 究所に入所した。以来、研究所で メキシコを担当している。特に詳 しいのはメキシコ経済、なかでも 企業家や企業の動向だ。メキシコ の低開発の問題を経済の担い手で ある企業家と企業の特質から考え るというスタンスで研究を行って きた。企業に研究の焦点を当て始 めたのは、一九八四年からメキシ コへ二年間派遣された時だ。メキ シ コ で は 地 場 の 大 手 ビ ジ ネ ス グ ル ー プ へ の 聞 き 取 り 調 査 を 行 っ た 。 メキシコ滞在中に新聞や雑誌で よく目にしたのがカルロス・スリ ムという新興企業家の名前だ。私 のビジネスグループ・リストには ない名前だった。当時は対外債務 危機の混乱期。経営不振に陥った 企業を安値で買いたたき、高値で 売って利ざやを稼ぐハゲタカ企業 家、といった書きぶりだった。そ のスリムが一九九〇年に民営化の 目 玉、 政 府 の 独 占 電 話 会 社 テ ル メックスを落札した。二〇〇〇年 代には中南米の電話会社の買収に 乗り出した。そして買収により資 産を増やすごとにフォーブス誌の 大富豪番付の順位を上げ、二〇〇 九年にはついに世界一の座に上り 詰めた。この三〇年は無名の企業 家を世界の大富豪に押し上げるほ どのメキシコ経済の大変動期に当 たる。担い手に着目する途上国研 究者にとって、メキシコは汲めど も尽きぬ思索のたねを生み出す豊 穣のフィールドだった。●
グローバル化と
ラテンアメリカ研究
メキシコ経済の大変動をもたら したのは、国境の壁を突き崩すグ ローバル化の圧倒的な力だった。 そしてこの力は研究を隔てる国境 の壁も突き崩しつつある。 一昔前、苦労して研究論文を書 いても読むのは三人ぐらい、しか もそのうち一人はレフェリーだ、 と冗談交じりでよく言われたもの だ。それでも書く理由は、いい研 究ならば残り、後世に誰かが読ん でくれるとの暗黙の前提があった からだ。研究は先人が築き上げた 知見の山に新しい何かを付け加え る営為だ。その山は、一昔前まで は 言 葉 と 国 境 の 壁 に 守 ら れ て い た。しかしインターネットが普及 し、研究情報が国境を越えて飛び 交うようになり、読者数も引用件 数という形で立ちどころに把握で きるようになると、暗黙の前提も 説得力を減じた。研究対象の企業 のみならずいまや研究者もグロー バル競争にさらされる時代となっ た。しかしそれはラテンアメリカ 研究者にとって、悪いことばかり ではないと私は思っている。 地 域 研 究 は 国 益 に 敏 感 な 学 問 だ。日本から遠いラテンアメリカ は日本の国益とも縁遠かった。そ のために日本のラテンアメリカ研 究は歴史が浅く、研究者の数も少 ない。研究蓄積も研究者の層も厚 いアジアとは雲泥の差だ。そのよ うな環境のなかで研究テーマの深 堀を続けると、だんだん対話の相 手を見つけることが難しくなる。 この辺の事情はアジア以外の地域 研究も同じかもしれない。このよ うな状況におかれた研究にとって は、グローバル化は対話の相手を 増やす効用を持つのではないかと 私はみている。●グローバル化の効用
私がそのようなグローバル化の 効用を感じたのは、ひとつにアジ ア 研 究 者 と 対 話 が で き る よ う に なった時だ。メキシコ企業の活動 がもっぱら国境の内側に限定され ていた時代は、私の関心も国境の 内側にばかり向かい、アジア研究 者との対話の必要を感じることは あまりなかった。しかしメキシコ 企業の活動が国境を越え、アジア 企業と競争するようになると、ア星
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アジ研ワールド・トレンド No.216 (2013. 9)ジア研究者と共有できる問題関心 の幅が広がり、対話するインセン ティブは格段に増した。私はアジ ア研究者との対話を通して多くの ことを学ばせてもらっている。 グローバル化のもうひとつの効 用は、外国語発信により国外の研 究者との対話の可能性が開けるこ とだ。外国語で論文を書くのは手 間暇かかり苦労するが、さすがに 世界は広く、日本にはいない同じ ようなテーマを深堀する研究者が どこかに居るものだ。彼あるいは 彼女と対話ができた時は苦労が報 われた気がする。外国語発信は時 代の趨勢とはいえ、特にラテンア メリカ研究者の場合、日本国内に 対話の相手が乏しいだけに、対話 の 相 手 を み つ け る と い う 意 味 で も、重要だと思う。