• 検索結果がありません。

「暴力批判と共同体」 : 「歴史主体論争」をめぐって

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「暴力批判と共同体」 : 「歴史主体論争」をめぐって"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)「暴 力 批 判 と共 同 体 」 「 歴史主体論争」をめ ぐって(1)                   別 所 良 美. 1  理 性 の原 一暴 力    「 暴 力 」 を批 判 す る とい う場 合 、 ポ ス トモ ダ ン的 な い しは脱 構 築 的 な発 想 に よれ ば、 理 性 こそ 暴 力 の源 泉 で あ り、理 性 の 「原 一暴 力 」 を 暴 露 す る こ とが課 題 と して設 定 され る こ とが 多 い 。 理 性 は、 あ る いは 少 な く ともモ ダ ンな 理 性 は 「全 体 性」 の 「 物 語 」 を創 り出す こ とに よ って 、 個 別 者 と して の人 間 の ユ ニ ー ク さ(唯 一 性)を 非 実 体 的 な 関 係項 に還 元 して しま うもの で あ り、個 別 者 の唯 一 性 の否 定 こそ 「暴 力 」 で あ る、 とい うの で あ る。 歴 史 の流 れ の中 で 個 別 者 が こ うむ った 理 不 尽 な 苦 悩 や 不 正 、 しか も二 十 世紀 に 生起 した個 別 者 に対 す る 「 宥 和 不 可 能 な」 不 正 の数 々に 、 現 在 とい う歴 史 的 地 点 か ら、 つ ま り現 在 達成 され た 目的 の パ ー ス ペ ク テ ィ ヴか ら全 体 の 中 で の 意 味 を 与 え る とい う 「歴 史 の物 語 」 は 、個 別 者 が こ うむ っ た苦 悩 の唯 一 性(こ 立 ち 現 わ れ るに もか か わ らず)を. こに こそ 「 意味」 が. 「 歴 史 の記 憶 」 か ら排 除 し、 そ れ に 「 偽 りの 意味 」 を押 しつ け. る。 〈多 くの無 名 の人 々 の苦 悩 と死 の上 に わ れ わ れ の 現 在 は 築 かれ て い る の で あ り、 わ れ わ れ は 感 謝 の念 を も って 無 名 の 人 々 を深 く哀 悼 しなけ れ ばな らな い 。〉 こ うい った 哀 悼 の 言 葉 さ え 、 そ の レ ト リッ クを取 り去 って しま え ば 、歴 史 の夕 暮 れ に 飛 び 立 ち 、 累 々 と した屍 の 数 を 数 え つ つ 、 「ま あ こん な もの か」 と進 歩 の帳 尻 あわ せ を す る ミネ ル バ の 桑 の 「 狡猾 さ」 とそれ ほ ど異 な る も の で は な い。 われ われ はむ しろ、 「無 名 の 人 々」 に そ の名 を取 り戻 し、 「 顔 」 を もった 個 別 者 の 苦 悩 の唯 一 性 を記 憶 し続 け なけ れ ば な ら な い。 この 「 顔 を も った記 憶 の刺 」 こそ 、 生 き延 び た 者 た ち が都 合 よ くま とめ た過 去 の 歴 史 と い う理 性 の 全 体性 を脱 構 築 し うる の で あ る。 告 発 す る他 者 の 「 顔 」 とい う刺 を 自分 に 突 きつ け 、無 限 に恥 じ入 り続 け る とい う 「鳥 肌 が 立 つ よ うな こ と」、 これ こそ が 思 想 で あ り、 哲 学 な の だ 。   この レヴ ィナ ス ー高 橋 哲 哉 的 な 議 論 の 重要 な 点 は 、理 性 そ の ものの 起 源 を 問 い 直 す こ とに よ っ て 、 手 段 一 目的 図 式 の 中 で働 く計 算能 力 とい う近 代 的 な理 性 概 念 を 克 服 して 、 他 者 性 に 開 か れ た 理 性概 念 を 探 求 し よ うとす る点 に あ る。 少 な く と も理 性 の一 つ の側 面 が 、 計 算 す る理性 ・道 具 的 理 性 で あ り、 ユ ニ ー クな個 別 存 在 を操 作 可能 な記 号 や 概 念 に還 元 し、 そ れ ら諸 概念 を一 つ の全 体 性 に統 合 す る こ とに よ って 「 世界」や 「 存 在 」 を 構 成 す る もの で あ る こ とは 不 可避 だ と して も、 他 方 で 、 理 性 は あ くまで倫 理 的 な もの で あ り、 個 別 者 の抑 圧 を 批 判 可 能 な理 性 で あ る こ とが示 さ れ な け れ ば な らな い。 理 性(Vernunft)と. は 本 来 、他 者 の 声 に 耳 を傾 け る こ と(Vernehmen)で. あ り、 他者 を傾 聴 に値 す るか け が え の な い存 在 と して 承 認 す る こ とで あ る。 理 性 とは対 話 で あ り、 対話 で あ るか ら こそ他 者 を ユ ニ ー クな存 在 と して 承 認 して い る倫 理 的理 性 な の で あ る。 理 性 は言 葉(ロ. ゴス)で あ るが 、 これ は独 白や 純 粋 な 自己 反 省 と して の 言 葉 で は な く、 自己 に は還 元 され.

(2) な い他 者 との対 話 で な け れ ば な らな い。 「理性=対 話(コ ミ ュニ ケ ー シ ョン)=他. 者 性 に 開 かれ て. い る とい う倫 理 性 」 とい う等 式 は 、 最近 の諸 論 稿 で も前 提 され て い る とい っ て よい だ ろ う(2)。   問わ れ て い る のは いか に して この 理性 の等 式 は存 立 し うる のか とい う こ とで あ る。 二 十 世紀 に お け る戦争 は文 明人 が い か に 野 蛮 さ と暴 力性 を示 し うる か暴 露 し、 また 平 和 な 文 明社 会 の 中 で も 理性 の 「 原 一暴 力 」 が 働 きづ つ け て い る とい う認識(フ. ェ ミニ ズ ム、 マ イ ノ リテ ィー論 、 オ リエ. ンタ リズ ム批 判 な ど)が 共通 の 認識 とな りつ つ ある。 この認 識 の地 点 か ら、 現 在 で も継 続 して い る非 人 間 的 で没 倫 理 的 理 性 の 支 配 と抑圧 に対 抗 す るため の方 策 が 模 索 され て い る。 た とえ ば ヴ ァ ル デ ン フ ェル スは 「 他 者der Fremde」. を 強 調 す る ことで 理 性 を 対 話 へ と促 し、 また 丸 山徳 次 は 、. 法 秩 序 とい う理 性 の構 造 的暴 力 に追 いつ め られ た個 別 者 の絶 望 的 な 対 抗 暴 力 の うち に 、理 性 を 対 話 へ と強 い る可 能 性 を 見 出 そ うと して い る のだ 、 と推 察 され る 。 これ ら の 試 み は 「理 性=対 (コ ミュニ ケ ー シ ョン)=他. 話. 者 性 に 開か れ て い る とい う倫 理 性 」 とい う等 式 を 再 生 させ る ため の. 理 論 的 営 み と して 評 価 で き よ う。. 2 . 「 鳥 肌 が 立 つ 」 思想.   確 か にそ の通 りで あ る。 しか し、少 な くと も高 橋 哲 哉 の 議論 の 中 に は ど う して も拭 え ない 違 和 感 が存 在 す る。 この違 和 感 を 臆 分 けす る こ とで 、暴 力 の 問題 を 以下 考 え て ゆ こ う と思 う。 そ こで まず 、1995年 あた りか ら行 な わ れ て い る 「加藤 典 洋 一高 橋 哲 哉 論 争」、 い わ ゆ る 「歴 史 主体 論 争 」 のな か で加 藤 が 高橋 の 思想 を 「 鳥 肌 が 立 つ」 思 想 と形容 した こ とか ら話 を始 め よ う。   加藤 は 西 谷 修 との対 談 「世 界 戦 争 の トラ ウマ と 『日本 人』」 の な か で こ う言 って い る。.     「日本 の 場 合 だ った ら、 南 京 大 虐殺 、朝 鮮 人 元慰 安 婦 、 七 三 一 部 隊 な どの 問 題 に 対 して 、そ   うい うもの の前 で無 限 に恐 縮 す る、無 限 に恥 じ入 る こ とが 大 事 だ とい う高 橋 さん の よ うな人 が   い る一 方 で 、 これ では 脈 が な い 、 これ は違 う、 これ は いや だ 。 思 想 とい うの は こん な に、 鳥 肌   が立 つ よ うな も の で あ るは ず が な い 、 とい う僕 み たい な人 間 もい る。」(加 藤 、 西 谷1995:48、   傍 点 別所).   ここで 加藤 は高 橋 の何 に 「鳥肌 を立 て て」 い る のか 。 無 用 な 誤 解 を 避 け る た め に あ らか じめ 言 って お け ば、 加 藤 は 「自由主 義 史 観 」 派 的 な愛 国 精 神 の 立場 に 立 つ わ け で は な い。 彼 は、 日本 の過 去 の過 失 を 自虐 的 に あげ つ らい、 日本 の英 霊 た ち の 名誉 を傷 つ け る 国賊 的 発 言 に 鳥 肌 を立 て 、 「明 るい」 日本 の歴 史 を描 こ う、 とい うの で は さ らさ ら な い。 彼 は 、太 平 洋 戦 争 が ま さ に 「悪 の」戦 争 で あ った とい う認 識 か ら 出発 して お り、 また被 侵略 国 の犠 牲 者 へ の哀 悼 や 謝 罪 を行 な う べ きで は ない と も言 って いな い 。 で は 、 加藤vs高 橋 の対 立 点 は何 で あ り、 加 藤 氏 は 高 橋 氏 の何 に 「鳥肌 を立 て て」 い る のか 。   そ れは 高 橋 の 「 語 り 口(tone)」 に あ る、 と加 藤 氏 は言 う。.

(3)     「高 橋 は た と えば 、そ の 第一 の批 判 で 「 国 家 国 民 は 汚 辱 を 捨 て て栄 光 を求 め て進 む 」(中 曽根   康 弘)と. い った 日本 の 国 家 主 義 者 の 言 明 を あ げ 、 これ を手 厳 し く批 判 して い るが 、語 られ て い.   る こ と こそ 対 極 的 で あれ 、 別 の 観 点 に立 て ば 、 両者 は対 立 しない 。 そ の 共通 点 は 、 両者 が と も   に共 同的 な語 り口だ とい うこ とで あ る。/わ た しは 、戦 後 、 日本 社 会 を 成 り立 た せ る こ とに   な っ た敗 戦 の 「 ね じれ 」 の 抑 圧 に起 因 す る共 同性 を 、 ど う解 体 し、 公 共 的 空 間 に変 え る こ とが   で き るか が、 先 に ブル マの ほ の め か す 日本 の"受 難"か   略)共 同 的 で は な いtone(語. ら の回 復 の 糸 口だ と考 え て い る。(中. り口 ・語 調 ・文 体)だ け が 、共 同 性 を殺 す。 この よ うな精 緻 さ が 思.   想 の基 底 にな ら なけ れ ば 、 も う先 に進 め な い と ころ ま で、 日本 の戦 後 の ゆ が み の 問題 は き て い   る の で あ る。」(加 藤 典 洋1997:251f.、 傍 点別 所).   加 藤 は い った い 何 を 言 って い るの か?高 橋 こそ あ らゆ る共 同 体 的 な物 語 に対 して 「 否」を宣 言 し、 あ らゆ る理 性 の物 語 を 脱 構 築 し よ う とす る ポ ス トモ ダ ンの 旗 手 で は な い の か。 高 橋 はヘ ー ゲ ル に お け る世 界 精 神 に よ る宥 和 の物 語 や フッ サ ール の 「理 性 へ の 意 志」 の 中 に ヨー ロッパ 中 心 主 義 の 物 語 を 暴 露 して 非 難 す るだ け で は な く、 ア レン トに も 「古 代 ギ リシ ャの ポ リス共 同体 」 へ の 幻 想 を 見 破 り、 さ らに は レヴ ィナ ス さ え も、そ して あ の 『シ ョー ア』 の監 督 ラ ンズ マ ンの 内 に さ え ユ ダ ヤ民 族 や 「イ ス ラエ ル 国 家」へ の 郷 愁 を か ぎつ け 叱責 して い る(3)。 この共 同体 物 語 に 対 す る 徹 底 した 批 判 者 で あ る高橋 の語 り 口の どこが 中 曽根康 弘 と同 じ 「 共 同 的 な語 り 口」 だ と言 うの で あ ろ うか 。 加藤 が 高橋 の 「 共 同 的 な語 り口」 と して 指 摘 して い る もの を見 てみ よ う。.    「 長 い 忘却 を経 て歴 史 の闇 の 中か ら姿 を 現 わ した 元慰 安 婦 た ち、 彼 女 た ち 一 人 一 人 の顔 と ま   な ざ しは 、 「汚 辱 を 捨 て て栄 光 を求 め て進 む 」 「国民 国家 」 の虚 偽 あ るい は 自己 欺瞞 を 、最 も痛  烈 に告 発 す る 「 他 者 」 の顔 、 「 異邦人」な い し 「 寡 婦」 の まな ざ しで は な いだ ろ うか 。(中 略)   こ の記 憶 を 保 持 し、 そ れ に恥 じ入 り続 け る こ とが、 この国 と この国 の 市 民 と して の 私 た ち に 、  決 定 的 に重 要 な あ る倫 理 的 可 能性 を 、 さ らに は政 治 的 可 能 性 を も 開 くの で は な い か 。」(高 橋   1995a:177)     「汚 辱 の記憶 を 保 持 し、 そ れ に恥 じ入 り続 け る とい うこ とは 、 あ の 戦争 が 「 侵略戦争」 だ っ  た とい う判 断 か ら帰結 す るす べ て の責 任 を 忘 却 しな い と言 うこ とを 、 つね に今 の課 題 と し て意 識 し続 け る と言 うこ とで あ る。 このす べ て の責 任 の 中 に は 、 被 侵略 者 で あ る他 国 の死 者 へ の責  任 は も と よ り、 侵略 者 で あ る 自国 の死 者 へ の 責 任 も また含 ま れ る。 侵 略 者 で あ る 自国 の 死 者 へ  の 責任 とは 、死 者 と して の死 者 へ の 必 然 的 な 哀 悼 や 弔 らい で も、 ま してや 国 際 社 会 の中 で 彼 ら  を"か ば う"こ とで もな く、 何 よ りも、 侵 略 者 と して の彼 らの法 的 ・政 治 的 ・道 義 的 責 任 を ふ   まえ て 、彼 ら と と もに また 彼 らに 代 わ って 、 被 侵略 者 へ の償 い を 、つ ま り謝 罪 や 補 償 を 実 行 す  る こ とで なけ れ ば な る ま い。」(同 上:182、. 傍 点 原 文).   これ の ど こが 「 共 同的 」 だ とい うの で あ ろ うか。 ほ とん ど レヴ ィナ ス の 口調 そ の ま ま に 、 「他.

(4) 者」 「異 邦 人」 「寡 婦 」 の 「顔」 を通 して迎 接 され る形 而 上 学 的 「 無 限 」 がわ れ わ れ に 課 す 無 限 責 任 とい うテ ーゼ を 、 日本 の戦 争 責 任 問題 に適 用 した 模 範 解 答 で あ り、 ほ とん ど文 学 的 とい って も よい ほ ど感 銘 深 い文 章 で 、 共 同 体 日本 を批 判 して い る の で は は な いだ ろ うか 。 な ぜ この 語 り口を 「共 同 的 だ」 と い い、 「鳥肌 が立 つ 」 と加藤 は 言 うの で あ ろ うか 。   加藤 は、 「 共 同 的 」 で も な く 「鳥肌 も立 」 た な い語 り口の例 と して 、ア レ ン トの 『イ ェル サ レム の ア イ ヒマ ン』 を 挙 げ て い る。 この書 の副 題 は 「悪 の凡 庸 さ につ いて の報 告(A. Report on the. Banality  of  Evil)」 とな って お り、そ こで ア レ ン トは 、ユ ダ ヤ 問題 「 最 終 解 決 」の 総 責 任 者 ア イ ヒ マ ン、600万 人 もの ユ ダ ヤ人 を絶 滅 収 容所 へ送 り込 ん だ この 極 悪 非 道 の 悪 の権 化 で あ る べ き ア イ ヒマ ンを 「どこ に で も い る小 心 な 小役 人 」 の よ うに 描 いて い る 。 加 藤 氏 に よれ ば 、 ア レ ン トは 「「ユ ダ ヤ人 虐 殺 」 とい う問題 を 「この 問題 の他 者 」 と して    鳥肌 が立 た ない 形 で一. 語 り、そ. の 「 語 り口」 ゆ えに 、 ユ ダ ヤ 人 社 会 か らの 三 年 に わ た る 集 中 砲 火 に 出 会 うの で あ る 。」(加 藤 1997:253傍. 点別 所)ア. レ ン トは、 アイ ヒマ ンを ユ ダ ヤ 民族 の 敵 と して裁 こ う とす る イ ス ラ エ ル. 国 家 に対 して も距 離 を と った 「語 り口」 を 採 用 して い る と い うの で あ る。   加 藤 典洋 が 「鳥肌 が 立 つ 語 り口」 とい う誤 解 を 招 きや す い 表 現 に よ って 言 わ ん と して い る こ と は 、 絶対 悪 を裁 こ うとす る信 条 が 陥 る新 た な 「共 同 体 物 語 」 の危 険 性 で あ る。 つ ま り高橋 は 、 レ ヴ ィナ ス風 に、 「 顔 」 の迎 接 を通 して 告 示 され る他 者 に対 す る(形 而 上学 的)無 限 責 任 の 地 点 か ら、 す な わ ち絶 対 的 な 基 準 点 か ら 日本 の国 家 犯 罪 を 糾 弾 して い る ので あ るが 、 こ こで高 橋 は 自分 が 他 者 の顔 を通 して 感 じた 無 限 責 任 を、 他 の 日本 人 も共 有 し、 共 に 無 限 責 任 を 負 う こ とを要 求 し て い るの で あ る。 高 橋 の語 り口は 、 自分 が 感 じた 責 任 を 無 媒 介 に 他 の す べ て の 日本 人 も共 有 せ よ、 と要 求 して い る の で あ り、 そ の 点 で 帰責 主 体 と して の 「日本 人 共 同 体 」 とい うもの にわ れ わ れ 一 人 一 人 を包 摂 して い る点 で 、 「 共 同的」な の で あ る 。そ して 高 橋 氏 が 何 故 そ ん な途 方 も な い要 求 を 出す こ とが で き るか と言 えば 、 彼 は 「 他 者 の 顔 」 を 通 して 「無 限 性 」 の 地 点 に到 達 して い るか ら で あ り、 この地 点 に お いて 彼 は あ らゆ る死 者 が 蒙 った 苦 悩 と不 正 を償 わ せ る とい う無 限 責 任 ・無 限 順 罪 の要 求 、 絶 対 的 な 正 義 の 要 求 を掲 げ る権 利 を 獲 得 す る。 この 全 能 の 神 を背 負 っ た高 橋 の語 り口に 、 そ の独 善 的 な 絶 対 性 に 加藤 は 「鳥 肌 が 立 った 」 の で は な い だ ろ うか。   死 者 や過 去 か ら の声 に よ って 付託 され た 要 求 の 絶 対 性 ゆ え に 、 高橋 は 批 判 し よ うと意 図 して い た 「共 同 的 な物 語 」 を 意 図 せ ず に再 び 出現 させ て い るの で は な い だ ろ うか 。侵 略 戦 争 に おけ る 日 本 軍 の蛮 行 に直 接 的 に も間 接 的 に も関 わ って い な い 戦 後 生 まれ の 日本 人 が 、 なぜ 過 去 の 日本 国 家 の 犯 罪 に対 して責 任 を 負 わ な け れ ば な らな い の か 。 この 問 い の 重 さを 高橋 は軽 視 して い る。 こ こ に 高橋vs加 藤 論 争 の主 要 な 対 立 点 が存 在 す る。   形 而上 学 的な 議 論 に お いて な ら、無 限 性 と して の 他 者 に 対 す る道徳 的 な 責任 性 を 語 る こ とは 可 能 で あ る。 しか し戦 争 責 任 の 問題 は これ だ け で は す まな い 。 こ こに は個 人 の ナ シ ョナ リテ ィ ー、 つ ま り共 同体 へ の個 人 の帰 属 性 の 問題 が 入 り込 ん で お り、 この 帰 属性 と責任 性 の関 係 が 問 題 と な らざ るを得 な いか らで あ る。   レヴ ィナ ス的 な無 限 な 他 者 に 対 す る責 任 とい うこ とで あ れ ば 、 私 は 元 従軍 慰 安 婦 の女 性 が や っ.

(5) と戦 後50年 以 上 経 って は じめ て 語 り出 す こ とが で きた こ とに 対 して 無 限 の 畏 怖 を抱 き、 無 限 に 恥 じ入 り続 け るで あ ろ うし、 そ の ほ か に何 をす る こ とが で き る で あ ろ う(4)。 しか し 問 題 は 私 が 一 人 の 「人 間 と して 」 元 従 軍 慰 安 婦 の 女性 の 「 顔 」 に ど う向 き合 うか で は な い よ うに 思 わ れ る。 も し そ の よ うな普 遍 的 な 人 間 性 の 問題 で あ れ ば 、私 は 「 挺 身 隊 対 策 協 議 会 」 の メ ンバ ー が 「人 間 と し て 」 憤 りと責 任 を 感 じるの と ま った く同等 の権 利 を持 っ て、 憤 りつ つ 責 任 を 感 じる で あ ろ う。 し か し日本 人 と して の 私 に 対 して 突 きつ け られ て い る の は、 一 人 の 「世 界 市 民」 と して の 私 が ど う い う態 度 を と るか とい う次 元 の 問題 で は な い。 む しろ私 は 無 限 の 他 者 に 対 す る有責 性 以上 の もの を 、 「日本 人 」 と して感 じる こと ・自覚 す る こ とを迫 られ て い る と思 わ れ る。   戦 争 責 任 の 問題 に 関す る 「日本 人 で あ る こ と」 の重 た さを ど うす れ ば よい の か 、 これ が問 題 な の で あ る。 と ころ が この 問題 に対 す る高 橋 の答 えは あ ま りに も常 識 的 す ぎる。 彼 は 「 多 くの 問題 は あ る」 と留 保 しな が ら も、 「そ れ で も、 日本 の戦 後 責 任 を 引 き受 け るた め に は 、 と りあ えず 、 日 本 国 家 へ の政 治 的 帰属 を肯 定 す る こ とが 前 提 だ ろ う」(高 橋1995b:249)と. い う。 これ は 日本 国. 籍 を有 して いれ ば 、 それ で十 分 だ と考 えて い る と しか 解 せ な い 。 戦 争 責 任 問 題 で 問 わ れ て い る 「日本 人 で あ る こ と」 の 問題 が社 会 制 度 的 な 国 籍 の 問 題 に解 消 さ れ て よい のだ ろ うか?例 え ば私 が 日本 国籍 を捨 て 、 ドイ ツ国 籍 を 取 得 す る こ とが で きた とす れ ば 、私 は今 や 「ドイ ツ人 と して 」 戦 後 責 任 に つ い て考 え、 そ して ア ウシ ュ ヴ ィ ッツに つ い て深 く恥 じ入 る こと を要 請 され るの で あ ろ うか 。 「日本 人 で あ る こ と」 が 国籍 とい う原 理 的 には 取 り外 し可 能 な社 会制 度 的 な 規 定 に 還 元 され る とす るな ら、 こ こに は も っ と望 ま し くな い 帰結 が 現わ れ る よ うに 思 わ れ る。 私 は 普遍 的 な 人 間 性(そ れ が レヴ ィナ ス的 な 深 い 形 而 上学 に よ って悟 られ る ので も よ い)に した が って元 従 軍 慰 安 婦 の顔 の背 後 に 拡 が る無 限 の 苦 悩 の 空 間 を垣 間 み る こと で、 無 限 の 差恥 と責任 性 を感 じ、 そ こか ら生 まれ る憤 りの 感 情 か ら、 この 苦悩 を 引 き起 こ した責 任 者 と して 日本 国家 の責 任 を追 及 す る。 日本 政 府 か らの 「心 か らの?」 謝 罪 と賠 償 を要 求 す る 闘 争 に 参 加 す る。 そ の 時 私 は 一 人 の 「人 間 」 で あ って そ れ 以 上 で もそ れ 以下 で も な い。 た また ま私 は 日本 人 で あ るが、 そ れ は私 が 日 本 国 籍 を 持 ち 、 この 政 治 的 共 同体 の利 益 ・権 利 を享 受 し、 また 義務 を 負 って い る とい う ことで あ る。 した が っ て私 が 「人 間」 と して 日本 政 府 に 要 求 す る謝 罪 と補 償 に対 して、 「日本 人 」 と して の 私 は 、 この 補償 に 付 随す る税 金 面 で の負 担 に 国 民 と して 同 意す る こ とだ け に な る。 極 論 して い え ば 、純 粋 に 「日本 人」 と して の私 の責 任 は 補 償 特 別税 法 案 に賛 成 し、 そ の税 を 喜 ん で 払 うとい う こ とに過 ぎ な くな る。   勿論 この よ うな 帰結 は どこか おか しい 。 しか しそ れ は そ もそ も 「日本 人 で あ る こ と」 を 簡 単 に 日本 国籍 所 持 で済 ま して しま った こ と、 つ ま りナ シ ョナ リテ ィー の問 題 を単 に 機 能 主 義 的 に理 解 して しま っ た こ とに原 因 が あ る のだ ろ う。 そ れ は 、戦 争 責 任 問題 で問 わ れ て い る責 任 主 体 の 「責 任 性 」 を普 遍 的 な 人間 性 の原 理 か らだ け で説 明 して し ま った こ とに 起 因 す る と思 わ れ る 。 そ して さ らに この こと の原 因 は 、 高 橋 が 理 性 を原 一暴 力 とみ な し、 あ らゆ る 「理 性 の 物 語」 を脱 構 築 す る とい う要 求 を絶 対 化 し、 あ らゆ る 「共 同 的 な もの」 を否 定 して い るか らで は な い か。   こ こ で再 び 「 暴 力」 概 念 の 考 察 に戻 りた い。 とい うの は、 ア レン トに お け る暴 力 と権 力 の 区別.

(6) の うち に は 、 非 暴 力 的 な 理性 の物 語 の可 能 性 が示 唆 され て い るか らで あ る。. 3  ア レン トに お け る暴 力 と権 力 の 区 別   ア レン トの議 論 に 入 る前 に 、 ベ ンヤ ミンの暴 力論 を瞥 見 して お きた い。 とい うの もベ ンヤ ミン の 「 暴 力 批 判 論 」 が す でに 批 判 対 象 を 理性 の制 度 的 な暴 力 に定 め て い るか らで あ る。彼 は 「 暴力 批 判 論 の課 題 は、 暴 力 と、 法 お よび 正 義 との 関 係 を え が く こ と」(ベ ンヤ ミン1969:8)と. 言 う。. 単 な る物 理 的 な力 そ の も のは まだ 暴 力 で は な い 。何 らか の 力 や 「 動 因Ursache」 が 暴 力 と な る の は 、 そ の力 が正 義 の観 念 に照 ら して 倫 理 的 関 係 に 入 れ られ る と き、す なわ ち不 正 な 力 と見 な され た と き、暴 力 とな る。 こ こま では 問 題 が な い 。 と ころ が こ こで理 性 的制 度 と して の 法 的 関 係 が 現 わ れ 、 先 の倫 理 的 関係 を取 り込 ん で し まい 、 正 義 の観 念 を独 占 す る こ とに よ って 同 時 に 暴 力 を も 独 占す る。 法 的 関 係 に よる正 義 と暴 力 の 独 占 とい う事 態 が ベ ンヤ ミンの批 判 の対 象 とな る。   法 的 関 係 の な か で正 当化 され る 目的 を 実 現 す るた め の 手段 と して の み 「力 」「暴 力」は 許 容 され る。 そ の よ うな 「力」 は もはや 「 暴 力 」 とは 呼 ば れ な い か 、 せ い ぜ い 「 正 しい暴 力 」 と呼 ば れ る に す ぎな い 。 これ に対 して法 的 関係 の外 に 置 か れ た もの は す べ て 抑 え られ るべ き 「 暴 力 」 とい う 烙 印 を 押 され る 。 法 的 関 係 に よる暴 力 の独 占 とは 、 法 的 関 係 に よ る正義 の独 占 で あ る。 この よ う な 議 論 を 展 開 す るベ ンヤ ミンの真 意 は 、 手 段 一 目的 関 係 、 つ ま り目的論 的 な関 係 と して の法 的 関 係 の 「外 部 」 に 正 義 が 発 現 し うる場 を 探 し求 め る こ とで あ った 、 と推 察 され る。 だ た しベ ン ヤ ミ ンの 場 合 に は 、 法 的 関 係 ・法 的 シ ス テ ム の外 部 に 存 立 す る現 実 的 な 批判 起 点 を確 定 で き なか った た め に 、 法 シス テ ムへ の 批判 は 、手 段 一 目的 関 係 に 包 み 込 まれ る こ とを拒 否 す る 「 純 粋 な手 段」 と して の 「暴 力 」 へ の 希 望 とい う形 態 に終 わ って い る。 正 義 の 場 、 倫理 的関 係 の場 を 確 定 し得 ず 、 な お か つ 法 的 関 係 の 外 部 の 正義 を 求め る とす れ ば 、 そ れ は結 局 テ ロ リズ ム と 同 じ論 理 に 陥 る危 険 性 を もつ の で は な い か 。 歴史 の進 歩 が 無 意 味 な 苦 悩 、 無 意 味 な 死 と して積 み 上 げ 来 た 屍 の山 か ら 目を 背 け る こ とを 拒 否 し、「歴 史 の進 歩 」 とい う未 来 へ 向か って 吹 く風(目 的 論)に 抵 抗 し続 け る 「新 し い天 使 」、この終 末 論 的 メ シ アの 視 線 が どれ ほ ど重 要 で あ る と して も、こ の視 線 は 全 能 の 神 の視 線 で あ るほ か な い 。 この神 の視 線 か ら暴 力 批 判 や 理 性批 判 を行 な うこ とは 、 か え って 批 判 者 を 絶 対 者 の 位 置 に つ け る とい う愚挙 で はな いか 。   これ に 対 して ア レン トは 、手 段 目的 関 係 に 基 づ く共 同 性 、 つ ま り制 度 的 暴 力 に よ って 維 持 され る共 同 性 以 外 に も 「別 の 」社 会 的共 同性 が 存 在 し うる、 と考 え て い る。 そ れ が 「権 力 」 で あ る。 ア レン トは 『暴 力 に つ い て』 で 、 「 権 力 」や 「暴 力」 や 「 力 」 や 「権 威 」(5)とい った 言 葉 が 政 治学 の 内部 で も区 別 な く使 わ れ る 当 時 の傾 向を 批 判 し、 そ れ らを 明 確 に 区別 す る必 要 を 説 い て い る。 と くに 「権 力 」 と 「暴 力」 の 区別 を重 視 す る。 とい うの は これ らの概 念 を 混 同 して して しま うこ とで 人 間 の 社 会 的 共 同 性 す べ て が 、支 配 や 抑 圧 と して 告 発 され 、 投 げ捨 て られ る とい う誤 りが 犯 され て い るか らで あ る。.   . 「 政 治 的 な る もの を 支 配 の 領域 に還 元 す る とい うこの 致 命 的 な誤 りを取 り去 さ る こ とで は じ.

(7)   め て 、 人 間 的 事 象 の 領 域 に根 源 的 に与 え られ て い る出 来 事 が そ の本 来 の多 様 性 に お い て見 え て   くる で あ ろ う。」(ア レン ト1973:127、. 但 し訳 文 は 引用 者).   この よ うな概 念 混 同か ら人 間 の 共 同性 を暴 力支 配 で あ り抑 圧 だ とい って しま うこ とに よっ て 、 本 来 的 な 人 間 的共 同性 で あ る 「政 治 的 な る もの」 の次 元 が見 失 わ れ て しま うとい うの で あ る 。 こ の 「 政 治 的 な る もの」 が こ こで は 「権 力 」 とい う概 念 で指 示 され て い る。   ア レン トに よる と、 た とえ ば権 力 が 危 機 に瀕 した と きに 、警 察 や 軍 隊 とい った む き出 しの 暴 力 が 現 わ れ て くる とい う現 象 は、 権 力 の 本 質 が 暴 力 で あ る こ とを証 明 して い るの で は な く、反 対 に 社 会 的 支 配 が権 力 に よ って は維 持 され な いた め に 、 そ の補 助 手 段 と して暴 力 が 全 面 に 出 る とい う こ とで あ って 、む しろ権 力 と暴 力 との 本 質 的 な 違 い を証 明 して い る の で あ る。「権 力」 とは ア レン トに と って 人 間 の 共 生 関 係一 般 の こ とで あ り、 様 々な 形 態 が あ るに せ よ理 性 的 な政 治 的 共 同 性 で あ り、 「 政 治 的 な る も の」 「 活 動 的 生」 で あ る。 「 権 力」 は 「目的 そ れ 自体 」(ア レ ン ト1973:133) で あ って 、 そ れ を 批 判 す る こ とは無 意 味 で あ り、 「 権 力」 の個 別 的 な あ り方 だ け が 批 判 され うる。 ア レン トが 言 わ ん と して い る の は 、手 段 目的関 係 か ら独 立 した 正 義 の 領域 とい うも のが 「権 力 」 とい うか た ちで 実 在 して い る とい うこ とで あ る。 古 代 ギ リシ ャ の ポ リ ス に お け る 「政 治 的 な も の」 と して理 想 化 され る 「権 力」 は 、歴 史 的 に見 れ ば確 か に 、 手 段 目的 関係 に浸 食 され て 制 度 的 暴 力 シ ス テ ムに 変 わ りつ つ あ る とは い え 、現 在 で も 「 権力」 「 政 治 的 な も の」 「 活 動 的生 」 は 目的 手 段 関 係 で あ る法 的 関 係 か ら独 立 に存 在 して い る とい うこ とで あ る。 ベ ンヤ ミンが 、非 暴 力 的 な 「純 粋 な 手段 」 と して の 「 市 民 の合 意 の技 術 」(ベ ンヤ ミン1969:23)と. 言 い つ つ も歴 史 的 現 実 の. な か に確 定 で きな か った もの を ア レン トは 「 権 力 」「政 治 的 な」次 元 と して 明 らか に し よ うと して い る。 そ れ は、 正 義 と暴 力 を 独 占す る 法 的 関 係 を批 判 す るた め の倫 理 的 ・道 徳 的 な 次 元 で あ る と も言 え よ う。   しか も決 定 的 に重 要 な こ とは 、 ア レン トに と って この倫 理 的 な空 間 は 「共 同 的 な語 りの空 間」 だ とい うこ とで あ る。 制 度 的 暴 力 に 対 す る告 発 に しろ 、死 者 の こ うむ った 理 不尽 な 苦悩 を記 憶 す る こ とに しろ 、正 義 の観 念 は 共 同 的 な 語 りの 空 間 の な か に しか 存 在 し得 な い 。 だ とす る と、 あ る 種 の批 判 的理 性 が主 張 す る こ と、 す な わ ち 理 性 の 暴 力性 こそ が 、根 源 的 な暴 力 で あ り、 この 「 原 一 暴 力」 を告 発 す る こ とが重 要 だ とい う主 張 は 、 理性 的 な共 同性 そ の も のの 否 定 、 完 全 な ア ナ ー キ ズ ムに 至 るの で は な い か。 この ア ナ ー キズ ムの 中 で 、霊 感 を受 け た特 権 的 な 個 人 が ほ とん ど神 的 な 真 理 の体 現 者 と して あ らゆ る もの を 裁 断 す る こ とに な る。. 4  高 橋 哲 哉 に よ るア レ ン ト批 判   さて ア レン トの 考 え が 、倫 理 的次 元 は 「 共 同的 な 物 語 空 間」 の 中 に こそ あ り、 そ れ こそ 希 望 だ 、 とい うも のだ とす れ ば 、 この点 こそ高 橋 に よる ア レン ト批 判 の 中 心 とな る。 高 橋 は と くに 『全 体 主義の起源』第三部での 「 忘 却 の穴 」(6)とい う考 えを ア レン トが 後 に な って放 棄 した ことを 批 判 す る。 な ぜ な ら 「忘 却 の 穴」 が原 理 的 に存 在 しな い とい うこ とは 、過 去 の あ らゆ る不 正 は 「共 同.

(8) 的 な物 語 空 間」 に結 局 何 らか の 仕 方 で もた らさ れ 、倫 理 的審 判 に かけ られ る と い う こ と で あ り、 〈不 正 は必 ず 暴 か れ る〉 とい う脳 天 気 な オ プ チ ミズ ムに他 な らな いか ら で あ る。 理 性 の 物 語 が あ らゆ る と ころ で忘 却 を 強 い る原 暴 力 で あ り、不 正 を こ うむ っ た 人 々 の苦 悩 を 切 り捨 て て し ま う可 能 性 を は らん で い る のだ とい う洞 察 を 堅 持 し続 け る こ とが 、現 在 のわ れ わ れ に と って も っ と も重 要 な こ とで あ る と考 え る高 橋 に と って 、 ア レン トの後 退 は裏 切 りに も等 しい もの とな る。   ア ウシ ュ ヴ ィッ ツの教 訓 とは 、 記 憶 の 完全 抹 殺(「 忘 却 の 穴」)が 可 能 で あ る こ と、 そ れ ゆ え物 語 の暴 力 性 が単 に別 の記 憶 、 別 の 物 語 の抹 殺 だ け で は な く、記 憶 そ の も のの 抹殺 と深 く結 び つ い て い る の で は な い か とい う疑 念 を 捨 て 去 る こ とが で きな くな った こ と に あ る 。 つ ま り、 不 正 を 被 った 個 別 者 の記 憶 、 安 易 な 和 解 の 物語 か らつ ね に逃 れ てゆ く苦 悩 の 記 憶 、 この よ うな 記憶 に批 判 的理 性 が与 す る こ とに よって の み 理性 が は らむ暴 力性 を緩 和 す る こ とが で き るの だ 、 とい う こ とで あ る。 だ とす る と 「記 憶 」 と 「物 語」 とを安 易 に等 値 す る こ とは で き な くな る。 す な わ ち 〈物 語 とは共 同体 に お い て保 持 され る記憶 で あ る〉 とか 〈記 憶 は共 同 体 に お け る物 語 と して の み 存 在 す る〉 とい った言 い方 は 、 物 語 る こ とに よっ て ま さに抹 殺 され て し ま うよ うな 記憶 の存 在 を 否 定 す る こ とな の で あ る。 記 憶 を 物 語 とは別 の次 元 の もの と して理 解 す る こ と、 あ る い は物 語 の 次 元 とは別 の次 元 と して の記 憶 の 次 元 を設 定 す る こ とが必 要 に な る。 この 次 元 が 「 物 語 る こ とが で きぬ 記 憶 」 とか 「 記 憶 され え ぬ 記憶 」 の次 元 と呼 ばれ る こ とに な る。 ア ウ シ ュヴ ィッ ツ以降 は、 物 語 に対 す る絶 対 的拒 否 の 態 度 を とる こ とが道 徳 的 に課 せ られ る とい うの で あ る。   それ な の に 、 と高橋 氏 は 考 え る、 ア レン トは 「国民 国家 」 や 「人 種 主 義」 とい う特 殊 な物 語 か ら距 離 を と り、 それ らを 批 判 す るた め に 、 ギ リシ ャ的 な 「ポ リス共 同 体」 とい う別 の物 語 を持 ち 出 し、 この物 語 りの中 に望 ま しい 記憶 の保 持 機 能 を認 め て し ま って い る。 つ ま り 「国民 国家 」 や 「人種 主 義 」 とい う物 語 と して 存 在 した 共 同体 的 な記 憶 の保 持 機 構 は 誤 りで あ った が、 ギ リシ ャ の 「ポ リス 的 な」 記 憶 保 持 機 構 は 正 しい もの で あ る と安 易 に 考 え て し まい 、 それ を 「 政治的な も の」 と して 自分 の思 想 の核 心 に お い て しま った 。 ア レン トは 「物 語」 の暴 力 性 に対 す る徹 底 的 な 批 判 とい う態 度 を放 棄 して 安 易 な 楽観 主 義 へ と後 退 して しま った の で あ る。 彼 女 の思 考 が 、 形 態 は多 少 異 な る にせ よ再 び 危 険 な ナ シ ョナ リズ ムに 陥 る危 険 性 は 十 分 に あ る。 そ して 実 際 ア レン ト の イ ス ラエ ル 「 国 家 」 に 対 す る肯 定 は 、 この こ とを 証 明 し て い る よ うだ 。 −− これ が 、 高 橋 が 『記 憶 の エ チ カ』 の第 一 章 お よび そ の補 論 に お いて ア レソ トを批 判 す る とき の骨 子 で あ る(高 橋 1996参 照)。   確 か に説 得 的 な 批 判 で あ る 。 しか し記 憶 を 抹 殺 しよ うとす る理 性 に潜 む 危 険 性 に 対 処 す るた め に、記 憶 を 物 語 と して 共有 す る 「 政 治 的 な もの」 「公 共 的 空 間」 を何 らか のか た ちで 再 生 させ よ う とい うア レ ン トの 企 て を 、「ア ウ シ ュ ヴ ィッ ツ」や 「シ ョア ー」 の後 で は裏 切 り行 為 だ と断 罪 す る ことで 、 そ の後 に 何 が 残 る の で あ ろ うか 。   「記 憶 され えぬ 記 憶」 に つ い て 「 考 え続 け る こ と」 とい う深遠 な語 り 口が 空 虚 な 繰 り言 に終 わ るべ きで な い とす るな らば 、 そ れ が何 らか の か た ち で 「共有 され る物 語 」 とな ら ざ るを え な い の では な い だ ろ うか 。 手段 目的 関 係 の みか ら記 憶 を 整 理 す る 目的合 理 的 な理 性 の物 語 が 記 憶 を抹 殺.

(9) す る と して も、 しか しす べ て の 公 共 的 な理 性 の物 語 が記 憶 を 抹 殺 す るわ け で は な い 。 この 可 能性 に か け る しか な い の で は な い か 。 記憶 が語 り継 がれ る とす れ ば 、 そ れ は 共 同 体 の 公 共 的 な物 語 の な か で しか あ り得 な い 。 そ して 公 共 的 な理 性 の物 語 が そ もそ も存 在 しな い と ころ で は 、没 理 性 的 で 身 勝 手 な 物 語 た ち が の さば る だ け で あ る。 加 藤 典 洋 が 敗 戦 後 日本 の 「ゆ が み」 と言 うの は 、 日 本 に お け る共 同 体 の物 語 の不 在 と不 可 能 性 を 指 して の こ とで あ ろ う。 そ して 日本 に とっ て共 同体 の 物語 の 可 能性 は 、 「悪 の 戦 争 を 戦 った 過 去 の 日本 人 た ち の 無 意 味 な 死 」 を い か に し て 日本 に と って の 記憶 可能 な物 語 と し うるか に か か って い る(加 藤1997:75参 照)。 伝 統 的 な共 同体 物 語 か ら考 えれ ば 不 可能 な物 語 を語 ろ うとす る こ との うち に は 、 しか し新 しい 「 共 同体 物 語 」 の 可 能 性 が ほ の見 え る、 と加 藤 は考 え る ので あ ろ う。. 5 . 「共 同体 物 語 」 と して の ナ シ ョナ リズ ム の 問題.   高 橋 は 「ネ オ ナ シ ョナ リズ ム批 判 の た め に」 とい う論 文 で加 藤 典 洋 の主 張 を 国益 主 義 的 で 「 健 全 な ナ シ ョナ リズ ム」論 で あ る と簡 単 に片 づ け 、「自 由主 義史 観」 の藤 岡 信 勝 や 西尾 幹 二 と同列 で あ る と批 判 して い る。 そ して ナ シ ョナ リズ ム は拝 外 主 義 と暴 力 に つ な が る こ とを指 摘 す る。.     「日本 の よ うに か つ て植 民 地 帝 国 と して 異 民 族 支 配 を 行[な った(中 略)]よ. うな 国 に お い て.   は 、 マ ジ ョ リテ ィの ナ シ ョナ リズ ム は もは や 「健 全」 で は あ りえ な い。 フ ラ ンス、 イ ギ リス、   ドイ ツな ど西 欧諸 国 で 明 ら か な よ うに 、 そ れ は 必 然 的 に暴 力 を は らみ、 排 外 主 義 を は らん で し   ま う」(高 橋1997:265).   と ころ が高 橋 は ナ シ ョナ リズ ム一 般 を否 定 す るか とい え ば、 意 外 に もそ うで は な い 。彼 に よれ ば、 非 抑 圧 民 族 の ナ シ ョナ リズ ムは 正 当性 を持 つ の で あ る。 な ぜ な ら、 植 民 地 支 配 に抵 抗す る被 抑 圧 民 族 の ナ シ ョナ リズ ムに は 、植 民 地 支 配 一 般 を否 定 す る可 能 性 が 含 まれ うる か ら、 とい うの で あ る(参 照 、 高 橋1997:267)。   この 言 説 を 、 高 橋 自身 が ナ シ ョナ リズ ム の肯 定 に 後 退 した と断 ず るの は 早計 で あ ろ う。 む しろ ナ シ ョナ リズ ムの 自己 否 定 の 可能 性 が被 抑 圧 民 族 のナ シ ョナ リズ ムに は 存 在 す る 、 とい う弁 証 法 的 思考 が こ こに働 い て い る と考 え な い と高 橋 に 対 して 公 正 で は な い とい え よ う。   しか しだ とす れ ば 、 高橋 自身 が ナ シ ョナ リズ ムの 自己 否 定 、 ひ い て は 「 物 語 」 の 内在 的 な 自己 否 定 の 可能 性 を認 め て い る といわ ざ るを えな い 。実 際 私 に は 、「 記 憶 しえ な い こ との 記憶 」 とい う 深 遠 な考 え を い く ら繰 り返 して も、 そ れ が ナ シ ョナ リズ ム(物 語)の 問題 の 中 に 内在 的 に取 り込 まれ な け れ ば 、単 な る深 遠 さ のそ ぶ りだ け に 終 わ るの で は な い か と危 惧 す る。   す る と問題 は 、 「記 憶 し えな い こ との記 憶 」 とい う刺 を どの よ うに ナ シ ョナ リズ ム の 中 に 組 み 込め るか とい う問題 に な ろ う。   第 一 の可 能 性 と して は、 先 に 高 橋 が 挙 げ て い た 「 植 民地 支 配 に抵 抗 す る被 抑 圧 民 族 の ナ シ ョナ リズ ム に は、 植 民 地 支 配 一 般 を 、 そ して 物 語 の 暴 力性 一 般 を否 定 す る可 能 性 が 含 まれ る」 とい う.

(10) テ ー ゼ が考 え られ る。 しか し これ は経 験 的 に い っ てそ れ ほ ど信憑 性 が あ る と も思 え な い 。   例 え ば70年 代 に 行 なわ れ た ドイ ツ とポ ー ラ ン ドとの教 科 書会 議 は ナ シ ョナ リズ ムを越 え る歴 史 教 育 を め ざす 重 要 な会 議 で あ った。 しか し この会 議 で の ポ ー ラ ン ド側 歴 史 家 の 主 張 に は 、 コペ ル ニ クス が ドイ ツ人 で は な くポ ー ラ ン ド人 で あ った とか 、 ワル シ ャ ワ蜂 起 を ポ ー ラ ン ド人 の 独立 抵 抗運 動 と して も っ と高 く評 価 せ よ、 な ど とい っ た ポ ー ラ ン ド ・ナ シ ョナ リズ ムの 確立 を 要 求 す る 点 が 目立 つ(近 藤1993特 に 第三 章 を参 照)。 ポ ー ラ ン ド側 にむ しろ、死 者 た ち の作 品 を 生 き残 った もの た ち が利 用 して新 た な民 族 の歴 史 をつ くろ うとい う傾 向 が見 られ る。 ナ シ ョナ リズ ムを越 え る力学 は 、 両 国 の歴 史 家 が 対 話 の場 に着 い た こ とに 由来 す る の で あ っ て 、 単 に 被 抑 圧 民 族 の ナ シ ョナ リズ ムに 内在 す る とは 言 え な いだ ろ う。   また韓 国 ・朝 鮮 に対 す る 日本 の侵 略 の事 実 を 教 科 書 に掲 載 す る とい う場 合 で も 、1919年3月1 日の 「三一 独 立 運 動 」 記 述 に 、朝 鮮 の一 五 歳 の少 女柳 寛 順 の物 語 を 次 の よ うに記 述 す る の は 、単 純 な ナ シ ョナ リズ ムへ の逆 行 で は な いだ ろ うか 。.     当 時 ソ ウル に い て 「独立 マ ンセ ー(万 歳)」 の声 が わ き起 こ った の を見 た彼 女 は 「 急 い で故 郷   に 帰 り、人 々に 「 独 立 を勝 ち取 るた め 、万 歳 を叫 び ま し ょ う。」 と呼 び か け た。そ のた め 、彼 女   は 日本軍 に捉 え られ 、厳 しい拷 問 を 受 け た が 、「独立 マ ンセ ー」を さけ び続 け 、若 い 命 を 日本 に   うば わ れ た。 彼 女 は今 で も朝 鮮 民 族 の 間 で 尊 敬 され て い る。」(1997年 度 『中 学 社 会   歴 史 』 教   育 出版p.230).   立 場 こそ 違 え、 藤 岡 信 勝/自 由主 義 史 観 研 究 会 『教 科 書 が 教 え な い歴 史(1∼4)』(産. 業新聞. 社)を 読 んだ とき と同 じ感情 を抱 くの は 私 だ け だ ろ うか 。   ただ し 「 従 軍 慰 安 婦」 の 問題 は 微 妙 で あ る。 「従 軍慰 安 婦 」 の 存 在 が韓 国 の 少 な か らぬ 人 々 に とっ て も 「民族 の恥 」(街 頭 で イ ンタ ビ ュー され た老 人 の言 葉)と 感 じられ て お り、容 易 に 「民族 の誇 り」 の物 語 に 書 き換 え る こ とが で き な いか らこそ 、韓 国社 会 での ナ シ ョナ リズ ム に と って も 居 心 地 の悪 い 刺 とな りうる。 そ の意 味 で は 、 この事 件 に 高橋 が 思 想 的 に深 く コ ミッ トして い る こ とは 評 価 で き る。 しか し 「従軍 慰安 婦 」 問題 が 日本 人 の ナ シ ョナ リズ ムに と って 内部 の刺 と な り うるか とい う問題 は全 く別 で あ る。   第 二 の 可能 性 は 、敗 北 した侵 略 国 民 の アイ デ ンテ ィテ ィ形 成 、 しか も軍 事 的 の み な らず 道 徳 的 に も敗 北 した抑 圧 国民 の アイ デ ンテ ィテ ィ再 生 の 中 に、 国 家 ・国 民 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 自己 否 定 的形 態 を見 よ う とす る もの で あ る。 端 的 に 悪 の 戦争 を戦 って 死 ん だ死 者 た ちの 子 孫 た ちの 国 家 に と って こそ 、 単 純 な 国 民 国家 的 アイ デ ンテ ィテ ィーを 形 成 す る こ とが不 可 能 な の で あ る。 悪 の 戦 争 にか り出 され て犬 死 に し、 自 ら も暴 力 の論 理 の 中に 取 り込 ま れ て い った 戦 友 ・同胞 あ るい は 父 や 祖 父 た ちの 子 孫 と して 自分 の 帰 属 す る 国家 ・国民 の アイ デ ンテ ィテ ィを考 え る と き、 国 民 国家 の物 語 が弔 ら うこ とを不 可 能 に した死 者 た ち を いか に して 弔 ら うこ とが 可能 か とい う問題 に直 面 せ ざ るを え な い 。 この ア ポ リアに 直面 して い る こ との 意識 が重 要 な ので あ る。 論 理 的 に は 、 こち.

(11) らの 方 が アイ デ ンテ ィテ ィの 自己否 定 形 態 の 可 能 性 は 高 ま る と思 われ る。     「従 軍 慰 安婦 」 の 問題 が韓 国 ・朝 鮮 の人 々に と って重 要 な の は 、 この 問題 に 関 す る 日本 へ の責 任 追 及 や 謝 罪 ・賠 償 の要 求 が朝 鮮 民 族 の 「民 族 の 誇 り」 の 回復 へ と簡 単 には 結 びつ け な い 刺 が 潜 ん で い る か らで は な い だ ろ うか 。 そ の刺 とは朝 鮮 国 内 に お け る女 性 の抑 圧 の 歴 史 で あ ろ う。 そ れ と同 じよ うに 、悪 の戦 争 に敗 北 し犬 死 に した祖 先 を 弔 ら う こ とがそ もそ も可 能 か とい う問題 は 、 日本 人 に と って 、単 な る刺 以 上 の 明 白な 矛盾 を含 ん で お り、 国民 国 家 の物 語 に 対 して よ り根 本 的 な批 判 の 可能 性 と批 判 へ の要 請 が 論 理 的 に は 内包 され て い る。   と ころ が現 実 の戦 後 日本 に お い て そ うは な って い な い と ころが 問 題 な の で あ る。 加藤 典洋 の 問 題 意 識 はそ こに あ る。 敗 戦 が 日本 に課 した 国民 国家 ア イデ ン テ ィテ ィーの 自己 否定 とい う課 題 を 左 右 両 派 と も 自 ら引 き受 け る こ とが で きなか った 。 犬 死 に で しか な か った 同胞 の 死 を前 に して 、 保 守 派 は 古 い国 民 国 家 イ デ オ ロギ ー に よ って彼 らを 英 霊 と して 生 者 の物 語 へ 組 み込 む暴 力 を 加 え 、 左 派 リベ ラル は 一 挙 に コス モ ポ リタ ンの高 み へ と昇 って 死 者 を 忘 却 して しま った。 国民 国家 ア イ デ ンテ ィ テ ィの 自己否 定 形 態 に最 後 ま で付 き合 うとい う作 業 を戦 後 の知 識 人 は放 棄 して しま っ た の だ。 加藤 典洋 に よれ ば 、例 外 的 に大 岡 昇 平 だ け が そ の よ うな作 業 を行 な い 、 そ の小 説 の最 後 に 、 国 民 の物 語 の 内部 か らそ の否 定 的 道 程 を 通 り抜 け て ア ジア の犠 牲 者 へ 到 達 して い る とい うこ と で あ る。   この よ うな文 脈 の なか で 出 て きた の が 加藤 典洋 の次 の 間 で あ る。.      「 悪 い 戦 争 に か りだ され て 死 ん だ 死者 を、 無 意 味 の ま ま、 深 く哀 悼 す る とは ど うい うこ とか 。     そ して そ の 自国 の 死 者 へ の深 い哀 悼 が、 た と えば わ た し達 を 二 千 万 の ア ジ ア の死 者 の前 に 立   た せ る。/そ の よ うな あ り方 が は た して可 能 な の か 。/こ. こで は っき り して い る こ とは 、 こ こ.   で も、 この 死者 とわ た し達 の問 の 「ね じれ 」 の 関 係 を 生 き き る こ とが わ た し達 に不 可 能 な ら 、   あ の 、敗 戦 者 と して の わ た し達 の 人 格 分 裂 は 最 終 的 に 克 服 され な い と い う こ とだ 。」(加 藤   1997:75)   . 「ここ でわ た しは 先 の 問 い に 戻 る。/こ. こに いわ れ て い る の は、 一 言 に い え ば 、 日本 の三 百.   万 の死 者 を 悼 む こ とを 先 に 置 い て 、 そ の哀 悼 をつ う じて ア ジ ア の二 千 万 の 死 者 の 哀悼 、死 者 へ   の謝 罪 に い た る道 は 可 能 か 、 とい う こ とだ 。」(加 藤1997:76).   自国 の 死 者 を 弔 うこ とが先 か 、 他 国 の犠 牲 者 を 弔 うこ とが 先 か とい う、加 藤 一高 橋 の論 争 点 に 入 る こ とは こ こで は避 け た い。 この後 先 問題 が 、 日本 に 突 きつ け られ て い る一 つ の課 題 の単 な る 二 側面 にす ぎな い の か 、 それ と もそ こに は 本 質 的 な差 異 と対 立 が含 まれ てい る のか 、 簡 単 に は 即 断 で き な い。   ただ し、他 国 の儀 牲 者 へ の 謝 罪 と 「わ れ われ 」 意 識 の否 定 的 な 再 構 築 が 、 戦 後 ドイ ツで は そ れ な りに 達 成 され て きた こ とを考 え る と、 なぜ 戦 後 日本 で は そ の よ うな試 み が 成 功 しな か った か と い う問題 に 行 き着 か ざ るを得 な い。 加 藤 典 洋 が 暗 示 す る解 決 の 方 向 を ど う評 価 す る に せ よ、 彼 を.

(12) 捉 え て い る もの が そ の よ うな 問 題 に他 な らな い と言 うこ とは で き よ う。   た しか に 戦 後 に 日本 と ドイ ツが 置 か れ た国 際 状 況 は 異 な って い た。 同 じ く戦 後 の冷 戦 体 制 の 中 に組 み 込 まれ 、 ア メ リカ の軍 事 的 プ レゼ ン スの 下 で 戦後 復 興 を遂 げ た と い っ て も、 日本 と ドイ ツ で は政 治 的 ・経 済 的 な状 況 が 異 な っ て いた 。 戦後 日本 が従 属 しなけ れ ば な ら なか った 国 は 、 日本 が 侵 略 した ア ジア の諸 国 で は な く、 日本 に 原爆 を投 下 して勝 者 とな った ア メ リカ合 衆 国 で あ った 。 他 方 ドイ ツは ドイ ツが 直 接 侵 略 した 近 隣 諸 国 の 中 で しか 生 き延 び る こ とが で きな か った の で あ り、 「ドイ ツ国 民 の罪 」=「 集 団 の 罪 」 とい う悪 夢 に さい な まれ な が ら戦 後 の 復 興 を 遂 げ な け れ ば な らなか った 。 だ か ら こそ 国 民 国 家 の物 語 に ど う決 着 を付 け るか が ドイ ツ国 家 と ドイ ツ国 民 に と っ て は生 き延 び る ため の 課 題 とな った わ け で あ る。 この課 題 の切 迫 性 の ゆ え に 、 ドイ ツは ヤ ス パ ー ス をは じめ と して 「集 団 ・民 族 の 罪 」 を 否定 す る論 理 を 作 り上 げ(こ れ は 国 民 国家 物 語 の否 定 に つ なが る)、 罪 を 国家 機 構 の罪 お よび個 人 の罪 に 限 定 して ゆ く努 力 を 払 っ て き た 。 ドイ ツ民 族 全 体 の罪 を 否 定 し、 ドイ ツ人 で あ る こ とを 肯定 して生 き るた め に は 、罪 を個 人 の 罪 、 ナ チ ス の罪 と して限 定 し、個 人 を 告 発 して ゆ く作 業 が 必要 で あ った 。 個 々の ドイ ツ 人 、 犯 罪 を 犯 した権 力 者 や 権 力 機 構 を 告発 す る とい う否 定 の作 業 を通 して、 「ドイ ツ 人」につ いて 新 しい共 同性 意 識 、つ ま り 戦 後 の 民 主 的 ドイ ツ とい う意 識 が 形成 され て きた ので あ る。   1985年 の ヴ ァイ ツゼ ッ カー大 統 領 の演 説 『荒 野 の40年 』、 これ は 国 民 国 家 ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 自己 否定 に付 き合 わ ざ るを え な か った ため に 可 能 に な った 「 新 しい物 語 」 と言 え な いだ ろ うか 。 そ して これ も 「 一 つ の物 語 」 に過 ぎな い が、 しか し保 守 的 な コー ル首 相 す ら も この 「 物語」を語 ら ざ るを え な くな った と ころ に意 味 が あ る。. 6  お わ りに   暴 力 につ いて の議 論 が ナ シ ョナ リズ ム の議 論 に変 わ っ て しま った 観 が あ る。 しか し暴 力 に つ い て 語 るた め には 、何 が暴 力 で あ るか を 決 定 す るた め の 「 正 義 」 の 観念 や 「 秩 序」 の観 念 が前 提 さ れ ね ば な ら ない。 と ころが 絶 対 的 な 「 正義」や 「 秩 序 」 を 正 当化 し うる理 性 や そ れ 以 外 の 「 何 か」 な ど存 在 しな い。 確 か に 理 性 の物 語 が 生 み 出す 正 義 や 秩 序 に はす べ て 「語 り得 な い不 正 の記 憶 を」 抑 圧 す る原 暴 力 が 含 まれ て い るの か も しれ な い。 しか し理性 的 に語 られ る 「 公共空間」 以 外 に は 、理 性 の原 暴 力 を 告 発 す る場 所 は 存在 しな い し、 あ らゆ る告 発 の特 権 的原 点 とな る いわ ば 「 原 一記 憶 」 な る もの を 想 定 す る こ と も誤 りだ ろ う。 だ とす れ ば 「 わ れ わ れ 」 とい う公 共 的 空 間 意 識 を どれ だ け外 部 に 開 か れ た もの と して新 し く作 り出 す か が本 来 の課 題 とな る。   この微 妙 な課 題 に つ い て ヴ ァル デ ン フ ェル は次 の よ うに ま とめ て い る。     「いか な る秩 序 も完 全 な 正 当 化 は 不 可能 な ので あ る。/こ の止 揚 不 可 能 な正 当化 の空 隙 は 、   同時 に 権 力 の問 題 が 登場 す る場 で あ り、 この問 題 は 理性 の持 つ 純 粋 な 力 に よ って は 決 して 解 決   す る こ とは で きな い 。 あ る一 つ の 秩 序 は 、 自分 の方 に 十 分 な正 当性 の根 拠 を持 つ こ とな しに 他   の秩 序 に対 して 自 らを貫 徹 す る 。 そ して いか な る秩 序 も完 全 に は正 当 化 され えな い 以 上 、 あ ら   ゆ る秩序 に は何 らか の暴 力 的 な もの が付 着 して い るの で あ る。 あ らゆ る秩 序 は 特 定 の 要 求 を 損.

(13)   な う。 し か も 、 他 の 要 求 を 満 足 さ せ る こ と に よ っ て そ うす る の で あ る 。 こ の よ うな 事 情 が 生 じ   るの は 、 一 定 の 要 求 の選 好 の仕 方 を 、例 えば あ らゆ る世 界 の 中 の最 善 の世 界 を選 好 す る と い っ   た 意 昧 で 、 最 適 な も の へ 高 め る こ と が で き な い か ら で あ る 。 メ ル ロ=ポ. ンテ ィが西 欧 マル クス.   主 義 に つ い て の 分 析 の な か で 確 認 し で い る よ う に 、 「暴 力 が 必 然 的 な の は 、 … … 考 察 さ れ た 世   界 の 究 極 的 な 真 理 とい った もの が決 して存 在 しな い こ との み に よ るの で あ る。 従 って暴 力 に は   い か な る 絶 対 的 真 理 も 認 め ら れ な い の で あ る 」。」(ヴ ァ ル デ ン フ ェ ル ス1997:16)   問 題 は 、 あ らゆ る理 性 的 な 秩 序 の. 「正 当 化 不 可 能 性 」 と い う認 識 か ら 引 き 出 され る 解 答 の 微 妙. さ で あ る 。 「も し暴 力 の 中 核 が 、他 者 の 他 者 性 を 無 視 す る こ と 、他 者 の 他 者 性 を し て ま さ に そ の 者 の 他 者 性 に お い て 語 ら せ ぬ こ と に あ る と す る な ら 、 常 に 語 りを 脱 す る(Ent-sagen)こ て 最 初 の 言 葉 や 最 期 の 言 葉 を 放 棄 す る よ うな 言 葉 を 必 要 とす る 。」(同:21)こ を 超 え た よ うな. 「他 者 と の 対 話 の 再 開 」 や. 「 継 続 」 を 可 能 とす る よ うな. とに よっ. れ は正 当化 の 問 題. 「語 りや 行 為 」 の 醸 成 を. 説 い て い る と思 え る 。   そ して これ が 具 体 的 に 何 を 意 味 す る か と い う と こ ろ に躓 き の 石 が あ る 。 「 他 者 性 を無 視 しな い」 と い う 「絶 対 的 な 正 当 性 の 根 拠 」 で 武 装 し た 閉 ざ さ れ た 言 説 が そ こ か ら 生 ま れ な い と は い え な い だ ろ う。. 参照文献 H.ア レン ト、 高 野 フ ミ訳(1973)『. 暴 力 に つ い て 』 み す ず書 房. H.ア レン ト、 大 久 保 和 郎 他 訳(1974)『 伊 藤 孝 司編(1993)『. 全 体 主 義 の 起 源3』 み すず 書 房. 破 られ た 沈 黙   −  ア ジ アの 「 従 軍慰 安 婦」 た ち』,風 媒 社. ヴ ァル デ ソ フ ェル ス(1997)「. 正 当 化 の 限 界 と暴 力 へ の 問 い」 現象 学 ・解 釈 学 研 編 『理 性 と暴 力 』(1997年 、世.     界 書 院)所 収 大 島孝 一 、 有 光 健 、 金 英 姫 編(1996)『 加 藤 典 洋 、 西 谷 修(1995)「 加 藤 典 洋(1996)「. 「 慰 安 婦 」 へ の 償 い とは何 か一 「国民 基 金 」 を 考 え る』,明 石 書 店. 世 界 戦 争 の トラ ウマ と 『日本 人 』 」『 世 界』1995年8月. 号,岩 波 書 店. 『痩 我 慢 の説 』 考:『 民 主 主 義 とナ シ ョナ リズ ム』 の 閉 回 路 を め ぐ って」 『岩 波 講 座 現 代 社.     会 学 』 第 二 十 四巻,岩 波 書 店 加 藤 典 洋(1997)『. 敗 戦 後 論 』,講 談 社. 川 田文 子(1987)『. 赤 瓦 の家   一  朝 鮮 か ら来 た 従 軍 慰 安婦 』,筑 摩 書 房. 現 象学 ・解 釈 学 研 究 会 編(1997)『 近 藤 孝 弘(1993)『. 理 性 と暴 力 』,世 界 書 院. ドイ ツ現 代 史 と国 際 教 科 書 改 善 』,名 古 屋 大学 出版 会. 鈴 木 裕 子(1992)『. 従 軍 慰安 婦 ・内鮮 結 婚:性 の 侵 略 ・戦後 責 任 を 考 え る』,未 来 社. 鈴 木裕 子(1996)『. 「 従 軍 慰 安 婦 」 問題 と性 暴 力 』,未 来 社. 高橋 哲 哉(1992)『. 逆 光 の ロ ゴス』,未 来 社. 高橋 哲 哉(1995a)「 高橋 哲 哉(1995b)「. 汚 辱 の記 憶 を め ぐって 」 『群 豫 』1995年3月. 号. 《哀 悼 》 を め ぐる会 話 」 『現 代 思 想 』1995年11月 号. 高橋 哲 哉(1996)『. 記 憶 の エ チ カ』,岩 波 書 店. 高橋 哲 哉(1997)「. ネ オ ナ シ ョナ リズ ム批 判 のた めに 」 『現 代 思 想 』1997年9月. W.ベ ンヤ ミン、 野 村修 訳(1969)「. 暴 力 批 判 論 」 『ベ ン ヤ ミ ン著 作 集1』. 号. 所 収 、 昌 文 社(Benjamin, .     (1977)Zur  Kritik  der GewaIt, in:  Gesammelte  Schriften Ⅱ-1,  Frankfurt/M,  Suhrkamp  Verlag). Walter.

(14) 吉 見 義 明(1995)『. 従 軍 慰 安 婦 』,岩 波 新 書. 吉 見 義 明、 林 博 史(1995)『. 共 同 研 究   日本 軍 慰 安 婦 』,大 月 書店. ICJ国 際 セ ミナ ー東 京 委 員 会(編)(1996)『. 裁 か れ る ニ ッポ ン− 戦 時 奴 隷 制 − 日本 軍 「 慰 安 婦 」 ・強 制 労 働 を.     め ぐって 』,日 本 評 論 社 Jaspers,  Kar1(1946)Die  Schuldfrage: Von der politischen  Haftung  Deutschlands, Munchen,  Piper(K.ヤ ス     パ ー ス、 橋 本 訳(1965)『. 責 罪 論 』 理 想 社). 注 (1)本. 稿 は 、1997年 度 「 現 象 学 ・社 会 科 学 学 会 」 大 会(1997年12月7日. 、 於:中 京 大 学)の. シ ンポ ジウ ム.     (テ ー マ 「 暴 力 」)に お け る発 表 原 稿 に 加 筆 訂 正 した もの で あ る。 (2)  現象 学 ・解 釈 学 研 究 会 編 『理 性 と暴 力 』(世 界 書 院、1997年)に. おけ る ヴ ァル デ ン フ ェ ル ス 、 斎 藤 慶.     典 、丸 山 徳 次 氏 の 諸 論 考 を 参 照 され た い 。 (3)  高橋 哲 哉1992及 び 高橋 哲 哉1996を 参 照 。 (4)  従 軍 慰 安 婦 に つ い て の 書 籍 は さ まざ ま出版 され て お り、 例 えば 以 下 の も の を参 照 され た い 。 川 田文 子     (1987)、 鈴 木裕 子(1992,1996)、     英 姫編(1996)、ICJ国. 吉 見 義 明(1995)、. 吉 見 義 明 、林 博 史(1995)、. 際 セ ミナ ー東 京 委 員 会 編(1996)。. 大 島 孝 一 、有 光 健 、 金. しか し と りわ け 伊 藤 孝 司 編(1993)『 写 真 記録:.    破 られ た 沈 黙 一 ア ジア の 「 従 軍 慰 安 婦」 た ち』 は 、証 言 す る女 性 た ち の写 真 と 肉声 に 近 い 言 葉 に よ って、     見 る者 ・読 む 者 に 倫 理 的 ・道 徳 的 態 度 決 定 を迫 る 書物 で あ る。 (5)そ. れ ぞ れ の用 語 の 英 語 お よ び ドイ ツ語 を 示 して お く と 、 「権 力(power,  Macht)」. 「 暴 力(violence,.    Gewalt)」 や 「 力(strength,  Starke)」 や 「 権 威(authority, Autoritat)」 で あ る(vgl. Arendt  1970,44    [126])。 (6)ア. レン トが1958年 に 出 した 『全体 主義 の起 源 』第 三 部 で は 「 忘 却 の穴 」に つ い て 次 の よ うに述 べ られ て.     い る。     「 警 察 の 管轄 下 の牢 獄 や 収 容 所 は 単 に不 法 と犯 罪 の お こな わ れ る場 所 で は な か った。 そ れ ら は 、 誰 も     が いつ な ん どき落 ち こむ か も しれず 、落 ち こ んだ ら嘗 て この 世 に存 在 した こ とが なか っ た か の よ うに 消    滅 して しま う忘 却 の穴 に仕 立 て られ て いた の で あ る。 殺 害 が お こな わ れ た 、 も し くは誰 か が 死 ん だ こ と     を教 え る屍 体 も墓 も なか っ た。 この最 新 の 〈粛 清 〉方 法 に く らべれ ば 、ほ か の 国 々 の、 また ほ か の 時 代 の    政 治 的 暗殺 や 犯 罪 的 殺 人 な どは 、愚 に もつ か ぬ 手 段 で/お こ なわ れ た ま こ とに原 始 的 な 試 み と しか 見 え    な い。屍 体 を後 に 残 し、 ただ 自 分が 誰 か を 知 らせ る手 が か りを消 す こ とだ け に気 を くば っ て い る 殺 人 老    な どは、 犯 行 の 痕 を 残 さず 、 犠 牲 者 を生 きで い る人 間 た ち の記 憶 の なか か ら抹 消 す るに 足 る 大 き な 政 治    的 に組 織 され た 権 力 を 持 っ て い る現 代 の 大 量 虐 殺 者 の足 もと に も寄 れ な い。 一 人 の 人 間 が 嘗 て こ の 世 に    生 きて いた こ とが な か った か の よ うに 生 者 の 世 界 か ら抹 殺 され た と き、 ば しめ て彼 は 本 当 に 殺 さ れ た の    で あ る。」(ア レン ト1974:224f.).

(15)

参照

関連したドキュメント

 私は、発掘・整理担当者として郷土遺跡と向き合っ てきたが、平成 12 ( 2000

名の下に、アプリオリとアポステリオリの対を分析性と綜合性の対に解消しようとする論理実証主義の  

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

現在のところ,大体 10~40

Matsui 2006, Text D)が Ch/U 7214

 

'di ltar śiṅ mthoṅ ba las byuṅ ba'i rnam par rtog pa gcig gis don ci 'dra ba sgro btags pa de 'dra bar gźan gyis kyaṅ yin pa'i phyir śiṅ mthoṅ bas byas pa'i rnam par rtog pa

7 ) Henri Focillon, ‘L’Eau-forte de reproduction en France au XIXe siècle’, Revue de l’art ancien et moderne, 28/ 1910,