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病いにより苦悩する神経難病患者と関わる看護師のありようの探求 ―注入食中止の意思を表明した患者と関わった看護師の体験に着目して―

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Academic year: 2021

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病いにより苦悩する神経難病患者と関わる

看護師のありようの探求

―注入食中止の意思を表明した患者と関わった看護師の体験に着目して―

長谷川 幹 子

(大阪医科大学大学院看護学研究科博士後期課程)

On Nurses' Attitudes to Patients Suffering from Intractable

Neurological Diseases

Focusing on Nurses' Experiences of Patients with Intention to Stop Enteral Nutrition

-Mikiko HASEGAWA(Graduate School of Nursing, Osaka Medical College)

要旨:本研究の目的は、神経難病を患い苦悩する患者と携わる看護師の体験に着目し、そ こでの看護師のありようを明らかにすることである。非構造化インタビューにて収集した 研究参加者10名のデータをBennerの解釈学的現象学的アプローチを参考に分析した。結果、 看護師のありようとして【救済的】、【管理的】、【合理的】、【情緒的】、【受容的】の 5 つの テーマが導き出された。これら 5 つのありようは、看護師たちが患者に対して“違和感の ようなもの”や“葛藤”を抱いた出来事において豊かに記述された。注入食中止の意思を 表明した患者と関わった看護師の体験からは、患者を理解するということは、患者の感情 や意見に同感することではなく、患者との差異を感得することであることが示された。ま た、看護師の【受容的】なありようにおいてこそ、患者の固有性を感得して、患者の希望 するあり方を支える看護が可能になることが示唆された。 キーワード:看護師、ありよう、苦悩、神経難病、解釈学的現象学

Abstract: The purpose of this study is to explore nurses' attitude to patients suffering from intractable neurological diseases, based on nurses' experiences. The unstructured interview data with ten nurses were analyzed through Benner's interpretive phenomenology, and five themes of "helpful", "administrative", "rational", "emotional" and "receptive" were derived as nurses’ attitude. These five attitudes often appeared when the nurses felt "strange" and "conflict" in caring the patients. From a nurse's experience with a patient of an intractable neurological disease who intended to stop enteral nutrition, it is shown that understanding patients can be achieved by perceiving the difference from the patient, not by conforming emotions and intentions of the patient.

Keywords: nurses, attitude, suffering, neurological intractable, interpretive phenomenology

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Ⅰ.はじめに

神経難病は原因が不明で根治的な治療法がな く、知能や感覚は正常を維持したまま、重度の 身体的機能障害をはじめ、嚥下・呼吸等の障害 をきたし重症化しやすい。そのため、疾患の進 行に伴い、胃瘻造設や人工呼吸器の装着などの 選択をしていく必要がある。 このような経過を辿る神経難病患者は、「診 断されたときから『難病とともに生きる苦悩』 と『死を前にした苦悩』という 2 つの大きな苦 悩をかかえて」1)生きることを余儀なくされる。 近年、質的研究を中心に、神経難病患者の体験 する苦悩を明らかにしようとする試みが行われ ている2)∼7)。そこでは、それぞれの疾患に伴う 身体症状、役割の喪失や不確かな未来、意思決 定、人生の意味などスピリチュアルに関連した もの等、神経難病患者が病いの過程において、 複雑多様で極めて個別的な苦悩の体験をしてい ることが報告されている。それは換言すれば「全 人的で自己の存在そのものに関わるものとして 主観的に経験される、不快な感情や情動を伴う コントロール不可能で複雑な耐え難い体験」8) といえよう。 Travelbee9)は、「看護とは、対人関係のプロ セスであり、それによって専門実務看護師は病 気や苦悩 (suffering) の体験を防ぎ、そして必 要なときにはいつでも、これらの体験の中に意 味をみいだすよう、彼らを援助することである」 と述べており、神経難病患者の苦悩を緩和する ことは、看護の重要な役割であると考える。そ れゆえ、Reed10) は「医療の中核は苦悩とそれ からの解放」であると述べ、Wright11) は「苦 悩の軽減は看護実践の中核・本質・真髄であり、 医療従事者の仕事の主な部分を占めている」と している。しかし、先述の通り、神経難病患者 の苦悩は自身の存在そのものに関わる極めて個 別的な苦しみであることから、苦悩する神経難 病患者への関わり方やケアを標準化することは できないだろう。 先行研究においては、苦悩する神経難病患者 への関わり方についての研究は見当たらず、上 述した神経難病患者の苦悩に関する研究におい ても、そこでのケアについての示唆を述べるに 留まっている。だが、一般的な示唆としては、 次のように述べられている。鈴木12) は、患者の 「苦悩」の体験に迫るには、「単に外からの観察 ではない、看護婦が全人格を投入して患者にか かわり、深い人格的ふれ合いの中で患者の言葉 を聞き、“真実”を直感するという方法が求め られる」という。また、先述したTravelbee9) の看護の定義は、患者の苦悩の体験は、看護師 の関わり方によって防ぐことが可能となり得る ことを示している。これらは、患者の苦悩を軽 減するためには、看護師の関わり方が重要な意 味をもつこと、かつ、苦悩する患者との関係に おいては、看護師が主観と客観を厳密に切り離 し、患者を単なる「看護の受け手」や「働き かけの対象」として捉える関係とは異なってい なければならないことを示している。そして、 Nightingale13)は「世の中で看護ほどに、その 仕事において『自分が何を為しうるか』が、『自 分がどのような人間であるか』にかかってくる 職は、ほかにない」と述べている。このことは、 「看護は、人間関係のプロセスであるから、そ の人の存在の仕方がどうしても問われることに なる」14)ことを示している。したがって、問題 は単なるケアの手法ではなく、患者に対する看 護師の関わり方、そして、そこに含まれる基本 的な態度としての看護師の「ありよう」である。 以上のことから、看護実践の場において苦悩 する神経難病患者と直接に関わる看護師たちの 具体的な体験から、そこでの看護師たちのあり ようを明らかにする必要がある。

Ⅱ.研究目的

本研究は、看護実践の場において、神経難病 を患い苦悩する患者と関わる看護師の体験に着 目し、そこでの看護師のありようを明らかにす ることを目的とする。

Ⅲ.研究の意義

苦悩を抱える神経難病患者に関わる看護師の ありようを見出すことは、神経難病患者の苦悩

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Ⅰ.はじめに

神経難病は原因が不明で根治的な治療法がな く、知能や感覚は正常を維持したまま、重度の 身体的機能障害をはじめ、嚥下・呼吸等の障害 をきたし重症化しやすい。そのため、疾患の進 行に伴い、胃瘻造設や人工呼吸器の装着などの 選択をしていく必要がある。 このような経過を辿る神経難病患者は、「診 断されたときから『難病とともに生きる苦悩』 と『死を前にした苦悩』という 2 つの大きな苦 悩をかかえて」1)生きることを余儀なくされる。 近年、質的研究を中心に、神経難病患者の体験 する苦悩を明らかにしようとする試みが行われ ている2)∼7)。そこでは、それぞれの疾患に伴う 身体症状、役割の喪失や不確かな未来、意思決 定、人生の意味などスピリチュアルに関連した もの等、神経難病患者が病いの過程において、 複雑多様で極めて個別的な苦悩の体験をしてい ることが報告されている。それは換言すれば「全 人的で自己の存在そのものに関わるものとして 主観的に経験される、不快な感情や情動を伴う コントロール不可能で複雑な耐え難い体験」8) といえよう。 Travelbee9)は、「看護とは、対人関係のプロ セスであり、それによって専門実務看護師は病 気や苦悩 (suffering) の体験を防ぎ、そして必 要なときにはいつでも、これらの体験の中に意 味をみいだすよう、彼らを援助することである」 と述べており、神経難病患者の苦悩を緩和する ことは、看護の重要な役割であると考える。そ れゆえ、Reed10) は「医療の中核は苦悩とそれ からの解放」であると述べ、Wright11) は「苦 悩の軽減は看護実践の中核・本質・真髄であり、 医療従事者の仕事の主な部分を占めている」と している。しかし、先述の通り、神経難病患者 の苦悩は自身の存在そのものに関わる極めて個 別的な苦しみであることから、苦悩する神経難 病患者への関わり方やケアを標準化することは できないだろう。 先行研究においては、苦悩する神経難病患者 への関わり方についての研究は見当たらず、上 述した神経難病患者の苦悩に関する研究におい ても、そこでのケアについての示唆を述べるに 留まっている。だが、一般的な示唆としては、 次のように述べられている。鈴木12) は、患者の 「苦悩」の体験に迫るには、「単に外からの観察 ではない、看護婦が全人格を投入して患者にか かわり、深い人格的ふれ合いの中で患者の言葉 を聞き、“真実”を直感するという方法が求め られる」という。また、先述したTravelbee9) の看護の定義は、患者の苦悩の体験は、看護師 の関わり方によって防ぐことが可能となり得る ことを示している。これらは、患者の苦悩を軽 減するためには、看護師の関わり方が重要な意 味をもつこと、かつ、苦悩する患者との関係に おいては、看護師が主観と客観を厳密に切り離 し、患者を単なる「看護の受け手」や「働き かけの対象」として捉える関係とは異なってい なければならないことを示している。そして、 Nightingale13)は「世の中で看護ほどに、その 仕事において『自分が何を為しうるか』が、『自 分がどのような人間であるか』にかかってくる 職は、ほかにない」と述べている。このことは、 「看護は、人間関係のプロセスであるから、そ の人の存在の仕方がどうしても問われることに なる」14)ことを示している。したがって、問題 は単なるケアの手法ではなく、患者に対する看 護師の関わり方、そして、そこに含まれる基本 的な態度としての看護師の「ありよう」である。 以上のことから、看護実践の場において苦悩 する神経難病患者と直接に関わる看護師たちの 具体的な体験から、そこでの看護師たちのあり ようを明らかにする必要がある。

Ⅱ.研究目的

本研究は、看護実践の場において、神経難病 を患い苦悩する患者と関わる看護師の体験に着 目し、そこでの看護師のありようを明らかにす ることを目的とする。

Ⅲ.研究の意義

苦悩を抱える神経難病患者に関わる看護師の ありようを見出すことは、神経難病患者の苦悩 を緩和するための看護師に求められるありよう やケアについての示唆を得ることができる。ひ いては、神経難病患者の苦悩を軽減するための 質の高い看護の提供に貢献することになる。

Ⅳ.研究方法

1 .研究デザイン 本研究は、解釈学的現象学的アプローチに基 づく質的帰納的研究デザインであり、方法論と してBenner15) の解釈学的現象学的アプローチ を参考にした。この研究方法は、存在論的立場 からテクスト解釈を通して、日常的な営みや人 間的経験の意味をとらえ、理解に到達すること を目標とする16) 。この方法を用いることで、看 護師の体験の意味を患者との相互関係の中で探 求でき、また、看護師がどのような気遣いによっ て如何なるありようで、苦悩する神経難病患者 に関わっているのかを明らかにすることが可能 になると考えた。 2 .研究参加者 近畿圏で神経難病患者が多数入院する 5 病院 において、直接、神経難病患者に関わる熟練看 護師10名とした。熟練看護師とは、Benner17) が示した「熟練 (達人/Expert)」の看護師を参 考に、臨床経験年数が10年前後を有する看護師 とした。また、苦悩を抱える神経難病患者の反 応を上手に引き出すなど、良い方向へ変化して いくような関わりをしており、患者との関係の 中で生じた体験を詳細に語ることができる看護 師として病棟看護師長から推薦された者とし た。 3 .データ収集期間 データ収集は2018年11月より2019年 2 月まで の 4 ヶ月間行った。 4 .用語の定義 1 )病い 人間が患うことの経験であり、「疾患」のよ うに外側から客観的に分類・診断されるもので はなく「内側から」体験する主観的な経験 2 )患者の苦悩 病いの過程において、全人的で自己の存在そ のものに関わるものとして主観的に経験され る、不快な感情や情動を伴うコントロール不可 能で複雑な耐え難い体験 3 )看護師のありよう 他者を気遣う看護師の基本的な態度 5 .データ収集方法 研究参加者に非構造化インタビューを実施し た。病いを患い、苦悩する神経難病患者との 関わりで印象に残っているエピソードについ て、また、患者との関わりの中で大事にしてい ることを自由に語ってもらった。インタビュー は 1 人の面談全体で 2 時間程度とした。インタ ビュー内容は同意を得て録音し、それに基づい て逐語録を作成した。 6 .データ分析方法 本研究は、苦悩する神経難病患者に関わった 看護師の体験より、そこでの看護師のありよう を明らかにすることを主眼としている。そのた め、人間存在のあり方を追求したハイデガーの 存在論に依拠し、現象学的人間観を呈示した Benner18)が提唱する解釈学的現象学の方法を参 考に分析した。「病いにより苦悩する神経難病患 者と関わる看護師のありよう」というテーマの 解釈は以下の段階を経て行った。まず、①状況、 ②身体化した知性、③時間性、④気遣い/関心、 ⑤背景的意味の 5 つの道標を解釈の手がかりと しながらテクストを精読し、関心事や繰り返し 語られた出来事などを抽出し、神経難病を患い 苦悩する患者と関わる看護師のありように関連 した文脈を意味の成立を損なわないよう、得ら れた生データの語りや文脈をそのまま生かすこ とを重視しながら解釈のアウトラインを作成し た。次に、他のテクストの諸部分を文脈ごと作 成されたアウトラインに転写し、カテゴリー化 して整理した。このとき、新たなカテゴリーが 抽出されることもあり、随時それを追加した。 次に、カテゴリーごとに整理されたそれぞれの ケースファイルを作成し、それらの比較を行う

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ことにより、ケースごとのカテゴリーの共通点 と相違点を見出した。さらに、カテゴリー間の 関係性やカテゴリーのもつ意味を解釈するため に、各カテゴリーの間、テクストの諸部分とカ テゴリーの間、他のテクスト間を行き交いした。 結果の真実性を得るため、提起された解釈に対 応させながら繰り返しテクストを読み込み、現 象学的看護研究や現象学の研究者からスーパー バイズを受けた。 7 .倫理的配慮 研究参加者には、文書と口頭で研究の目的と 方法、自由な選択の保障と同意撤回が可能であ ること、個人情報の取り扱い等について説明し た上で、研究参加の同意を得た。また、研究参 加者や語られる事例の匿名性が守られるよう配 慮した。なお、本研究は大阪医科大学倫理委員 会の承認を得て実施した(No.看-102 2406)。

Ⅴ.結果

1 .研究参加者の概要 本研究の参加者は10名であった。研究参加者 の概要は、表 1 に示した通りである。 2 . 苦悩を抱える神経難病患者と関わった看護 師たちのありよう 苦悩を抱える神経難病患者と関わった看護師 たちの体験の記述より、看護師たちのありよう として【救済的】、【管理的】、【合理的】、【情緒的】、 【受容的】 という 5 つが導き出された。以下に、 看護師たちの各々のありようを簡潔に示す。 【救済的】なありようの看護師たちは、患者 の苦しみを何とかしてあげたい、看護師として の経験を活かして患者を良い方向へ向かわせた いという強い思いを基盤として患者に関わって いた。【管理的】なありようの看護師たちは組 織が円滑に運営されることを重視し、苦悩して いる患者との間で葛藤がある場合には、患者の 考えや態度を変えようとしていた。【合理的】 なありようの看護師たちは、苦悩する患者との 関わりも業務として割り切っており、その時々 で起こったことを感情に捉われずに対応してい た。【情緒的】なありようの看護師たちは、苦 悩を抱える患者と関わるなかで、さまざまな感 情を併せ持ち、葛藤を抱いた場面では迷いを抱 きながらケアを実践していた。【受容的】なあ りようは、特に、患者の重要な意思表明や意思 決定の場面において認められた。看護師たちは、 患者との考え方が異なっていても、自身の考え を持ち続けながらも、患者の思いを理解しよう と関わり続けていた。 これら 5 つのありよう全てを含む看護師はい なかったが、 5 つのありようは単一だけではな くその時々によって複雑に絡み合い、患者と関 わる過程において変化していく様子も認めた。 各々の看護師に認められたありようは表 2 の通 りである。 そして、看護師が患者に対して“違和感のよ うなもの”や“葛藤”を抱いた出来事におい て、上記のありようと、それらの基盤となる気 表 1 研究参加者の概要 名前 性別 年齢 経験年数看護師 所属施設 A看護師 女性 50歳代 32年 K総合病院 B看護師 女性 20歳代 8年 L大学病院 C看護師 女性 40歳代 23年 K総合病院 D看護師 女性 30歳代 14年 K総合病院 E看護師 女性 40歳代 24年 M総合病院 F看護師 女性 30歳代 15年 M総合病院 G看護師 女性 30歳代 13年 N総合病院 H看護師 女性 30歳代 10年 L大学病院 I看護師 女性 50歳代 5年 O総合病院 J看護師 女性 30歳代 15年 K総合病院

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ことにより、ケースごとのカテゴリーの共通点 と相違点を見出した。さらに、カテゴリー間の 関係性やカテゴリーのもつ意味を解釈するため に、各カテゴリーの間、テクストの諸部分とカ テゴリーの間、他のテクスト間を行き交いした。 結果の真実性を得るため、提起された解釈に対 応させながら繰り返しテクストを読み込み、現 象学的看護研究や現象学の研究者からスーパー バイズを受けた。 7 .倫理的配慮 研究参加者には、文書と口頭で研究の目的と 方法、自由な選択の保障と同意撤回が可能であ ること、個人情報の取り扱い等について説明し た上で、研究参加の同意を得た。また、研究参 加者や語られる事例の匿名性が守られるよう配 慮した。なお、本研究は大阪医科大学倫理委員 会の承認を得て実施した(No.看-102 2406)。

Ⅴ.結果

1 .研究参加者の概要 本研究の参加者は10名であった。研究参加者 の概要は、表 1 に示した通りである。 2 . 苦悩を抱える神経難病患者と関わった看護 師たちのありよう 苦悩を抱える神経難病患者と関わった看護師 たちの体験の記述より、看護師たちのありよう として【救済的】、【管理的】、【合理的】、【情緒的】、 【受容的】 という 5 つが導き出された。以下に、 看護師たちの各々のありようを簡潔に示す。 【救済的】なありようの看護師たちは、患者 の苦しみを何とかしてあげたい、看護師として の経験を活かして患者を良い方向へ向かわせた いという強い思いを基盤として患者に関わって いた。【管理的】なありようの看護師たちは組 織が円滑に運営されることを重視し、苦悩して いる患者との間で葛藤がある場合には、患者の 考えや態度を変えようとしていた。【合理的】 なありようの看護師たちは、苦悩する患者との 関わりも業務として割り切っており、その時々 で起こったことを感情に捉われずに対応してい た。【情緒的】なありようの看護師たちは、苦 悩を抱える患者と関わるなかで、さまざまな感 情を併せ持ち、葛藤を抱いた場面では迷いを抱 きながらケアを実践していた。【受容的】なあ りようは、特に、患者の重要な意思表明や意思 決定の場面において認められた。看護師たちは、 患者との考え方が異なっていても、自身の考え を持ち続けながらも、患者の思いを理解しよう と関わり続けていた。 これら 5 つのありよう全てを含む看護師はい なかったが、 5 つのありようは単一だけではな くその時々によって複雑に絡み合い、患者と関 わる過程において変化していく様子も認めた。 各々の看護師に認められたありようは表 2 の通 りである。 そして、看護師が患者に対して“違和感のよ うなもの”や“葛藤”を抱いた出来事におい て、上記のありようと、それらの基盤となる気 表 1 研究参加者の概要 名前 性別 年齢 経験年数看護師 所属施設 A看護師 女性 50歳代 32年 K総合病院 B看護師 女性 20歳代 8年 L大学病院 C看護師 女性 40歳代 23年 K総合病院 D看護師 女性 30歳代 14年 K総合病院 E看護師 女性 40歳代 24年 M総合病院 F看護師 女性 30歳代 15年 M総合病院 G看護師 女性 30歳代 13年 N総合病院 H看護師 女性 30歳代 10年 L大学病院 I看護師 女性 50歳代 5年 O総合病院 J看護師 女性 30歳代 15年 K総合病院 遣い/関心や背景的意味、すなわち、これまで 個々の看護師たちが身に着けてきたさまざまな 価値観や大事に思っていることが豊かに記述さ れた。 本章では、胃瘻からの注入食中止の意思を表 明した患者に対して、患者が希望するあり方を 支える看護を可能にしたA看護師の体験を記述 する。その理由は、苦悩する患者と関わる看護 師のありように関する描写が豊富であること、 とりわけ、患者と関わる中で【情緒的】【救済的】 から【受容的】へと変化していく看護師のあり ようが示されているからである。このことは、 看護師の体験の意味を患者との相互関係の中で 探求することを可能にすると考える。また、患 者が希望するあり方を支援したA看護師の【受 容的】なありようは、神経難病患者の固有な苦 悩を緩和するために望まれる看護師のありよう の示唆となると考えたからである。なお、結果 を示すにあたり、時間経過の中でA看護師のあ りようが変容していった過程を述べる。A看護 師の各ありようにアウトラインデータを記載 し、そこでのA看護師の語りの抜粋は「 」で 表記し、A看護師の逐語録のテクスト全26頁中 の頁数を( )に示した。また、以下のA看護 師の語りは、抜粋箇所も含め全てを斜体太字で 示した。 注入食中止の意思を表明した患者と関わった A看護師の体験 この例は、“胃瘻からの注入食を中止したい” という意思を表明した、筋萎縮性側索硬化症を 患う60歳代の男性患者Kさんとの関わりについ て、A看護師により語られた。Kさんは、Corbin らが提唱する〈病みの軌跡〉概念モデル19)の「下 降期:身体的状態や心理的状態が進行的に悪化 し、障害や症状の増大によって特徴づけられる 状況」の局面に位置していた。Kさんは、気管 切開部より人工呼吸器を装着していたため、発 語はないが意識は清明で意思疎通はできた。日 常生活動作は全介助で、食事は胃瘻からの注入 食、排泄はポータブルトイレで行っていたが、 トイレ以外は1日の大半をベッド上で過ごして いた。このようなKさんの状態は「自分から舌 を噛むこともできない」状態と表現された。 Kさんにとって、なによりも重要な関心事は 排泄であり、生命維持に直結する栄養補給より も排泄が大事であった。A看護師は、安全な状 況下で可能な限りKさんの希望を叶えニーズを 充足できるよう努めていた。しかし、Kさんは 注入食を中止したいという意思を表明した。こ のようなKさんの事例は、病院臨床で30年以上 の経験を有するA看護師を含むスタッフ全員に とって初めての経験であった。Kさんの意思表 明については、弁護士を含めた倫理委員会や多 職種での会議などを開催し、病院全体で多くの 時間をかけて議論された。結果、Kさんの意思 を尊重し、水分のみ注入するという結論に至 り、Kさんは自身が選択した生き方で最期を迎 えた。 表 2 各看護師のありよう 名前 看護師のありよう A看護師  【情緒的】 【救済的】 【受容的】 B看護師  【救済的】 【受容的】 C看護師  【情緒的】  D看護師  【情緒的】 【救済的】  E看護師  【救済的】 【受容的】 F看護師  【情緒的】 【管理的】  G看護師  【合理的】 【管理的】  H看護師  【合理的】  I看護師  【情緒的】 J看護師  【救済的】 

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(1)【情緒的】 と 【救済的】 が混合したありよう A看護師は、Kさんがある看護師に「注入す ると栄養になって便も出るし、嫌」「1日でも早 く楽になりたい」「そのまま早く逝きたい」と 述べ、注入食中止の意思を表明したことを語っ た。A看護師は、Kさんの意思表明を聞いた時 のことを下記のように語っている。 うん。だからここが、あの、そういう、一応 病院なので。病院なので、こう、普通の施設と かそういう、あのー、緩和ケアの在宅とかだっ たら分かるんですけど、病院でそういうことが 行われたっていうことはちょっと、うーん、と いうか、思ったりもするんですけど。(P.12) 一般病棟でね、最後亡くなるのってやっぱり、 こう、うん、看護側としては治療、ずっとしな がらすることなんで、点滴もしてたし、手術し た後のここの縫合がちょっと悪かったから、こ う毎日ガーゼ交換をしたりとか、いろいろ大変 だったんです。それも聞いてたから、ああ、か わいそうになと。それやったら何もせんと、ゆっ くりできる病棟、病院、部屋で住んだら、住ん だらっていうか、おったらね、ちょっと亡くな るまでの 1 カ月間だけでもそういうことができ たんじゃないかなと思って、すごい本当に疑問 に思って。だからそのー、うん、本人の意思を 尊重する。もう苦痛がなく、もう自分のやりた いことできるような、こう病院、病院、ホスピ スがいいなって、すごく思うようになってきた んです。(P.14) うん。まあ迷うっていうか、その話を聞いた 時はね、うんうん。聞いた時は、え、どうしよ うって。まあ思う、まあいい、うん、いいけど、 でもまだ、まだ若いし、これから、まあずっと、 あと何年もね、なってきて、まあ分からなくなっ てくるかもしれんけど、まだそんな段階じゃな いやろうと思ったんでね。うん、まだ60代だし ね。うん。まだ予後って分からないんですけど ねえ。予後っていつまでって分からないですけ ど、でもたぶん、あの人、あの人、気管切開も してるし、ずっと自分で動けなくなって、もう 意思疎通も分からなくなるまでまだ何年もある だろうなと思ったので。なので、え、ちょっと 早いなとは思ったのか、たのでちょっと、うー ん。で、そういう、なん、そういう自分から、 そういうケースでは初めてだったんです。ええ。 まあなんて言いますかね、ほら、癌とか、そん なんで亡くなるのを知ってる人の対応は、まあ、 ねえ、もうあと何カ月とか、何日だからって思 うけど、まだもうちょっと、あと何年かは分か らない、この神経難病の方でそういうふうにっ ていうのは、まあ、なんか初めてだったし。注 入、本当にみんなたぶん初めて、初めてだと思 うんですけど、注入をやめるとか。だからそん な、すごいことだなと思ったのは思いました。 (P.19) ここでは、Kさんの意思表明に対するA看護 師の“戸惑い”とその理由が語られているが、 そこでのA看護師のありようは【情緒的】と【救 済的】が混合していることが示されている。 A看護師は、Kさんの意思表明のケースは、 スタッフ「みんな」「初めて」の経験であり 「すごいこと」だと思ったと語った。A看護師 が「すごいこと」と思ったのは、Kさんが「自 分から」注入食中止の意思を表明したことであ り、A看護師のこれまでの経験からは、Kさん の意思表明は考えも及ばない出来事であったこ とが推察される。A看護師は、Kさんの意思表 明を聞いた時には「え、どうしよう」と戸惑い を覚えているが、直ちに「まあいい、うん、い いけど」と戸惑いを払拭しようと努めているこ とがうかがえる。しかし、これまでの看護師と しての経験から、Kさんの年齢や疾患の進行の 程度、気管切開にて呼吸状態がある程度は安定 していることを考慮すると、死を考えるには 「まだそんな段階じゃない」「ちょっと早い」と 判断している。そして、A看護師は、別の語り において、新人看護師だった頃の体験やこれま で読んだ書物、一般病棟で最期を迎えた身内の 体験から、患者が最期を迎える場としては、患 者の「意思を尊重」「苦痛がなく」「自分の やりたいことができるような」、なにもせずに ゆっくりできる「ホスピス」がよいと「すごく

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(1)【情緒的】 と 【救済的】 が混合したありよう A看護師は、Kさんがある看護師に「注入す ると栄養になって便も出るし、嫌」「1日でも早 く楽になりたい」「そのまま早く逝きたい」と 述べ、注入食中止の意思を表明したことを語っ た。A看護師は、Kさんの意思表明を聞いた時 のことを下記のように語っている。 うん。だからここが、あの、そういう、一応 病院なので。病院なので、こう、普通の施設と かそういう、あのー、緩和ケアの在宅とかだっ たら分かるんですけど、病院でそういうことが 行われたっていうことはちょっと、うーん、と いうか、思ったりもするんですけど。(P.12) 一般病棟でね、最後亡くなるのってやっぱり、 こう、うん、看護側としては治療、ずっとしな がらすることなんで、点滴もしてたし、手術し た後のここの縫合がちょっと悪かったから、こ う毎日ガーゼ交換をしたりとか、いろいろ大変 だったんです。それも聞いてたから、ああ、か わいそうになと。それやったら何もせんと、ゆっ くりできる病棟、病院、部屋で住んだら、住ん だらっていうか、おったらね、ちょっと亡くな るまでの 1 カ月間だけでもそういうことができ たんじゃないかなと思って、すごい本当に疑問 に思って。だからそのー、うん、本人の意思を 尊重する。もう苦痛がなく、もう自分のやりた いことできるような、こう病院、病院、ホスピ スがいいなって、すごく思うようになってきた んです。(P.14) うん。まあ迷うっていうか、その話を聞いた 時はね、うんうん。聞いた時は、え、どうしよ うって。まあ思う、まあいい、うん、いいけど、 でもまだ、まだ若いし、これから、まあずっと、 あと何年もね、なってきて、まあ分からなくなっ てくるかもしれんけど、まだそんな段階じゃな いやろうと思ったんでね。うん、まだ60代だし ね。うん。まだ予後って分からないんですけど ねえ。予後っていつまでって分からないですけ ど、でもたぶん、あの人、あの人、気管切開も してるし、ずっと自分で動けなくなって、もう 意思疎通も分からなくなるまでまだ何年もある だろうなと思ったので。なので、え、ちょっと 早いなとは思ったのか、たのでちょっと、うー ん。で、そういう、なん、そういう自分から、 そういうケースでは初めてだったんです。ええ。 まあなんて言いますかね、ほら、癌とか、そん なんで亡くなるのを知ってる人の対応は、まあ、 ねえ、もうあと何カ月とか、何日だからって思 うけど、まだもうちょっと、あと何年かは分か らない、この神経難病の方でそういうふうにっ ていうのは、まあ、なんか初めてだったし。注 入、本当にみんなたぶん初めて、初めてだと思 うんですけど、注入をやめるとか。だからそん な、すごいことだなと思ったのは思いました。 (P.19) ここでは、Kさんの意思表明に対するA看護 師の“戸惑い”とその理由が語られているが、 そこでのA看護師のありようは【情緒的】と【救 済的】が混合していることが示されている。 A看護師は、Kさんの意思表明のケースは、 スタッフ「みんな」「初めて」の経験であり 「すごいこと」だと思ったと語った。A看護師 が「すごいこと」と思ったのは、Kさんが「自 分から」注入食中止の意思を表明したことであ り、A看護師のこれまでの経験からは、Kさん の意思表明は考えも及ばない出来事であったこ とが推察される。A看護師は、Kさんの意思表 明を聞いた時には「え、どうしよう」と戸惑い を覚えているが、直ちに「まあいい、うん、い いけど」と戸惑いを払拭しようと努めているこ とがうかがえる。しかし、これまでの看護師と しての経験から、Kさんの年齢や疾患の進行の 程度、気管切開にて呼吸状態がある程度は安定 していることを考慮すると、死を考えるには 「まだそんな段階じゃない」「ちょっと早い」と 判断している。そして、A看護師は、別の語り において、新人看護師だった頃の体験やこれま で読んだ書物、一般病棟で最期を迎えた身内の 体験から、患者が最期を迎える場としては、患 者の「意思を尊重」「苦痛がなく」「自分の やりたいことができるような」、なにもせずに ゆっくりできる「ホスピス」がよいと「すごく 思う」ようになってきたと語っている。なぜな ら、A看護師は「病院」「一般病棟」は治療 を目的とする場であり、そこでの看護はルー ティン化しやすく、患者も意思を尊重した看護 が困難だと考えているからである。 このように、A看護師は、Kさんの意思表明 についてさまざまな思いを巡らせている。とり わけ、看護師としての考え方が強く、それとは 異なるKさんの考え方や、今、この場所でKさ んの意思表明を支援することに戸惑いを感じて いた。 (2)【救済的】なありようからの変容の萌芽 A看護師は、Kさんへ注入食中止の意思表明 を再検討するよう何度か説得したが、拒否され 続けたことを語った。 そんなね、そうそう、聞いたよって。で、そ んなんやめとこって言わんとさあ、せっかく、 せっかくのね、あれやから、注入ぐらいね、行 くよって。そんなん手を煩わすわけでもないし、 Kさんの命やし、せっかくお母さんとお父さん からもらった命やから、そんなん、やろうやっ ていうことをたぶん、あ、言いましたわ。注入 ぐらい、そんなんいいって。もうええやん、そ んなん、うん、そんなこと言わんと、しようやっ て言ったけど、いや、それは絶対もういいって 言ってましたね、何回か。ああ、そやそや、何 回か言ったわ。そんなこと言わんとって。たぶ ん家族さんもみんな説得したと思います。みん な。お姉さんも。だってプリンとか食べさして くれてたしね。だけど、いや、絶対嫌やねんっ て。絶対って言ってました。頑固な人でしたも ん。(P.16〜17) あ、そうそう、泣いた、泣いた気がしますわ。 あのー、その本人に、そんなこと、えー、そん なこと、え、なんやったっけ。え、そんなん、 注入いかん、え、いかんのんだったらもう、そ んなん寂しいやん、かなんか言うて。もうなん か、恋人じゃないのに、なんか、うん、家族で もないのに、そんなこと言わんといてよって言っ て。そんな、Kさんが、なんかいなくなると思っ たら寂しいやんって、なんかな、そんなこと言 わんとってよって泣いた気がします。うん。K さんはもう優しく笑ってました。そんな、そん なことええねん、ええねん、みたいな。そんな んええねん、ええねんって。いや、そんなん言 わんといてよって言ったんですけど、うん。だ から、まあ絶対しないって言って。(P.17〜18) ここでの語りからは、Kさんへの説得という 関わりを通して、A看護師は【救済的】なあり ように留まらず、異なるありようへと変容して いく様子がうかがえる。 A看護師は、Kさんへの説得を始めた頃、K さんに対して「せっかく」父母から与えられた 「命」を大事にするために、「注入ぐらい」「そ んなん」したらいいと語っている。食べること は排泄と切り離すことはできない。先述したよ うに、生命の維持よりも排泄が最も重要な関心 事であるKさんにとっては「注入ぐらい」では なく、注入こそが自身の苦しみをもたらす要因 となっている。A看護師は、そんなKさんの思 いを理解していたにも関わらず、生命を維持す るためには注入食が不可欠であることをKさん に語っていた。 しかし、次に引用した語りでは、A看護師の 言動に変化がみられる。A看護師は、Kさんの ことを「恋人じゃないのに」「家族でもないの に」と述べ、でも泣きながらKさんがいなくな ると寂しいと伝えたことを語った。ここでのA 看護師は、単に看護師という役割だけではなく、 一人の人間としてもKさんに接していることが うかがえる。だが、Kさんは「そんなん、ええ ねんという感じ」「優しく笑って」はいた が、変わらず一貫してA看護師の説得には応じ なかった。 (3)【受容的】なありよう A看護師は、Kさんの意思を尊重し、Kさん が希望するあり方を支援するに至った経緯につ いて語った。 本当は、賛成っていうか、まあ、あのー、う ん、その、それを勧めるわけじゃないんですけ ど、その、そういうことをね。だけど、その人

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がそうしたっていうんなら、それもありだなっ て思ったんです。うん。食事をあれして、うん、 あのー、もうこのまま来ると。で、まあ死は当 然誰でも来るので、それがちょっと早かっただ け。で、自分がそれを選べるんだったら、それ もその人の、あのー、意思を尊重する意味では いいかなって思いました。家族さんとか、他の 方がみんないいって言うんなら。意味って、あ のー、家族さんたちも同意されて、それでいいっ て言うんなら、もう本人の意思を尊重すること が、うん、最大かなって思いました。(P.11) ああ、うん。そうですね、なんか、なん、な んちゅうかなあ、こう、目的じゃないですけど、 まあ、決まったことがある。ね。モヤモヤっと こう、モヤモヤっていうか、うーん、自分の本 心を言えたので、自分の本心を言えて、こう私 は思うんやけどって言ったけど、もう本人が、 もう、うん、そんなええねん、ありがとうって。 ええねん、ええねんって言ったので、ああ、じゃ あ、うん、迷いがなくなったというか。迷いと いうか、うん、あのー、本人が楽にするには、 じゃあどうしたらいいかな、自分はどうしたら いいかなって思ったので、穏やかに、じゃあ迎 えようねって、うん、気持ちはずっとあったの で。うんうん。きっかけになったのかな。(P.19) なんでも私、すぐ自分に置き換えるって考え るんですよ。自分に置き換えてみたら、もしそ うだったら、どうやろって。でも自分だったら そんなことはせんかなって思ったから言ったん ですけど。ねえ、10人おったら10人、いろんな、 ね、考えがあるから、もうその人の考えはそう なんだろうなと思って。(P.24) これらの語りは、A看護師の【受容的】なあ りようを示している。A看護師は、Kさんに「自 分の本心」が言えたこと、それに対する「そん なええねん、ありがとう」というKさんの反応 が「きっかけ」となり「迷いがなくなった」と 述べている。A看護師の「本心」とは、先述し た「Kさんが、なんかいなくなると思ったら寂 しい」という気持ちであろう。そして、A看護 師は、Kさんには穏やかに死を迎えてほしい気 持ちが「ずっとあった」というのである。つま り、A看護師は、注入食を中止しないようKさ んに説得していながらも、“Kさんには穏やか な死を迎えてほしい”という、A看護師の言動 とは相反する思いを抱いていたということであ る。引用していないが、A看護師は「迷い」が 払拭された後のKさんへの関わりについて語っ ている。そこでは、A看護師がKさんに賛成の 意思を伝えてお礼を述べられたことや、Kさん の希望に沿うために「穏やかに、苦痛なく過ご してもらう」ことを目標としたケアや関わりに 努めたことが語られた。 しかし、A看護師は、Kさんの意思表明につ いて「本当は、賛成っていうか」と述べ、注入 食を中止することを「勧めるわけじゃない」と 続けている。A看護師は、Kさんが自ら注入食 中止の選択したことやその意思表明を家族も 同意していること、そして、Kさんの意思が固 かったことを踏まえて、あくまでも、本人と家 族の意思を尊重するという意味において、Kさ んの意思表明を賛成するというのである。その ような結論に至った理由は、次の語りに示され ている。A看護師は、インタビューの終了間際 に、自身が「いつもしている」ようにKさんの 現状も「自分に置き換えて」考えた結果、自分 ならKさんのような意思表明はしないと思った から、Kさんへ意思表明の再検討にむけた説得 をしたと語った。しかし、説得を重ねた結果、 A看護師は、「10人おったら10人、いろんな、ね、 考え」があり、Kさんの考えは「もう」「そう なんだ」と思ったと述べ、Kさんの意思表明を 受容している。つまり、A看護師は、Kさんと 関わるなかで、人はそれぞれが違っているとい うことを了解したことで、「自分だったら」注 入食は中止しないという考えを貫きながらも、 それとは違っているKさんの意思もまた尊重す ることが「最大」のことと考えるに至ったと思 われる。

Ⅵ.考察

本研究においては、病いを患い苦悩する神経 難病患者に関わる看護師のありようとして【救

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がそうしたっていうんなら、それもありだなっ て思ったんです。うん。食事をあれして、うん、 あのー、もうこのまま来ると。で、まあ死は当 然誰でも来るので、それがちょっと早かっただ け。で、自分がそれを選べるんだったら、それ もその人の、あのー、意思を尊重する意味では いいかなって思いました。家族さんとか、他の 方がみんないいって言うんなら。意味って、あ のー、家族さんたちも同意されて、それでいいっ て言うんなら、もう本人の意思を尊重すること が、うん、最大かなって思いました。(P.11) ああ、うん。そうですね、なんか、なん、な んちゅうかなあ、こう、目的じゃないですけど、 まあ、決まったことがある。ね。モヤモヤっと こう、モヤモヤっていうか、うーん、自分の本 心を言えたので、自分の本心を言えて、こう私 は思うんやけどって言ったけど、もう本人が、 もう、うん、そんなええねん、ありがとうって。 ええねん、ええねんって言ったので、ああ、じゃ あ、うん、迷いがなくなったというか。迷いと いうか、うん、あのー、本人が楽にするには、 じゃあどうしたらいいかな、自分はどうしたら いいかなって思ったので、穏やかに、じゃあ迎 えようねって、うん、気持ちはずっとあったの で。うんうん。きっかけになったのかな。(P.19) なんでも私、すぐ自分に置き換えるって考え るんですよ。自分に置き換えてみたら、もしそ うだったら、どうやろって。でも自分だったら そんなことはせんかなって思ったから言ったん ですけど。ねえ、10人おったら10人、いろんな、 ね、考えがあるから、もうその人の考えはそう なんだろうなと思って。(P.24) これらの語りは、A看護師の【受容的】なあ りようを示している。A看護師は、Kさんに「自 分の本心」が言えたこと、それに対する「そん なええねん、ありがとう」というKさんの反応 が「きっかけ」となり「迷いがなくなった」と 述べている。A看護師の「本心」とは、先述し た「Kさんが、なんかいなくなると思ったら寂 しい」という気持ちであろう。そして、A看護 師は、Kさんには穏やかに死を迎えてほしい気 持ちが「ずっとあった」というのである。つま り、A看護師は、注入食を中止しないようKさ んに説得していながらも、“Kさんには穏やか な死を迎えてほしい”という、A看護師の言動 とは相反する思いを抱いていたということであ る。引用していないが、A看護師は「迷い」が 払拭された後のKさんへの関わりについて語っ ている。そこでは、A看護師がKさんに賛成の 意思を伝えてお礼を述べられたことや、Kさん の希望に沿うために「穏やかに、苦痛なく過ご してもらう」ことを目標としたケアや関わりに 努めたことが語られた。 しかし、A看護師は、Kさんの意思表明につ いて「本当は、賛成っていうか」と述べ、注入 食を中止することを「勧めるわけじゃない」と 続けている。A看護師は、Kさんが自ら注入食 中止の選択したことやその意思表明を家族も 同意していること、そして、Kさんの意思が固 かったことを踏まえて、あくまでも、本人と家 族の意思を尊重するという意味において、Kさ んの意思表明を賛成するというのである。その ような結論に至った理由は、次の語りに示され ている。A看護師は、インタビューの終了間際 に、自身が「いつもしている」ようにKさんの 現状も「自分に置き換えて」考えた結果、自分 ならKさんのような意思表明はしないと思った から、Kさんへ意思表明の再検討にむけた説得 をしたと語った。しかし、説得を重ねた結果、 A看護師は、「10人おったら10人、いろんな、ね、 考え」があり、Kさんの考えは「もう」「そう なんだ」と思ったと述べ、Kさんの意思表明を 受容している。つまり、A看護師は、Kさんと 関わるなかで、人はそれぞれが違っているとい うことを了解したことで、「自分だったら」注 入食は中止しないという考えを貫きながらも、 それとは違っているKさんの意思もまた尊重す ることが「最大」のことと考えるに至ったと思 われる。

Ⅵ.考察

本研究においては、病いを患い苦悩する神経 難病患者に関わる看護師のありようとして【救 済的】、【管理的】、【合理的】、【情緒的】、【受容 的】の異なる 5 つが示された。これらのありよ うは、個々の看護師たちの関心事や背景に影響 を受けており、患者と関わっていく経過の中で も変化していくことが示された。それゆえ、こ れら5つのありよう全てが看護師全員に該当し たわけではなく、全ての看護師たちのありよう が患者との関わりの中で変容したわけでもな い。このことから、看護師たちのありようは、 その時々で個々によって異なるがゆえに、患者 の苦悩を軽減するための看護師のありようを標 準化することは難しいといえる。それゆえ、こ れら 5 つのありようはいずれも肯定や否定でき るものではない。 しかし、先の結果で示したA看護師のありよ うは、神経難病患者の苦悩を緩和するための看 護師に求められるありようについての示唆を得 ることができるのではないかと考える。胃瘻か らの注入食を中止したいという意思を表明した Kさんに関わったA看護師の体験の記述からは、 Kさんとの関わりを通してA看護師のありよう が【情緒的】・【救済的】から【受容的】へと変 容していく様子が認められた。【受容的】なあ りようにおいては、A看護師が抱いていた“戸 惑い”は消失し、看護師として患者を救いたい という衝動も抑えられていた。そして、A看護 師は自身の考えと相反するKさんの意思を“同 時に”尊重すること、つまり、“矛盾”を受容 することでKさんが希望するあり方を支援する に至っている。 以上のことから、本章では、Kさんとの関係 において相反する二つの考えを許容すること で、Kさんが希望するあり方を支える看護を可 能にしたA看護師の【受容的】なありようが如 何にして成り立つのかについて、“患者の理解” という視点から考えてみたい。 1 . 【受容的】なありようがもたらす「患者の 希望するあり方を支える看護」の可能性 はじめに、A看護師の体験から【受容的】な ありようの特性を概観しておく。A看護師は、 Kさんの意思表明を賛成した後に「本当は、賛 成っていうか」「勧めるわけじゃない」、また自 分ならKさんのような意思表明はしないと思う と述べている。これらの語りは、A看護師がK さんの意思は尊重するが、Kさんの考えを理解 しているわけではないことを示している。つま り、A看護師は、自分には受け入れがたいKさ んの意見や考えを否定しつつも肯定しているの である。このことから、A看護師が示した【受 容的】なありようとは、自身と患者の間で意見 や考えが異なっていても、それらいずれも許容 するという“矛盾”を受容する態度であった。 そして、この“矛盾”を受け入れることこそが、 看護師を、患者の希望するあり方を支援するこ とへと導くのである。 では、このような【受容的】なありようは如 何にして可能になるのだろうか。一般的に、わ れわれは他者の意見や考えを尊重する際には、 その他者が抱いている思いを理解して同じよう な考えを持つこと、すなわち、“共感”や“同 感”といわれるものによって可能になると考え る。しかし、鷲田20)は、「そんなことは人間に はおそらく不可能」であると述べ、他者を理解 することの示唆に富むとして「言い合って、言 い合って、言い合ったはてに、万策尽きて、も はや歩み寄りの余地、『合意』の余地はないと あきらめきったそのときから『分かりあう』と いうことがはじまる」という知人の体験を語っ ている。そして、「分かる、理解するというのは、 感情の一致、意見の一致をみるということでは ない」と続けている。 このことを、本研究のA看護師とKさんとの 関係に即して考えてみよう。確かに、A看護師 は、Kさんへ注入食中止の意思表明を再検討す るよう話し合いを重ねていたが、A看護師とK さんの関わりにおいては、互いに自分の考え方 や生き方を決して譲らず、両者はあたかも対峙 しているかのようであった。遂には、A看護師 がKさんに泣きながら「自分の本心」を伝え、 全て語り尽くして自身を曝け出したが、Kさん は決して自身の考えは変わらない意思を示し た。しかし、A看護師は、このことが契機とな り「10人おったら10人、いろんな、ね、考え」

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があるから、Kさんの考えは「もう」「そうな んだ」と思ったこと、そして「迷いがなくなっ た」と語っている。この語りからは、A看護師 がKさんとの間にいかんともしがたい“隔たり” があることを思い知らされたことがみてとれ る。すなわち、A看護師は自分自身の考えを貫 きつつ、Kさんと対峙するなかで、自身とは絶 対的に違う存在、つまり“他者”としてのKさ んに出会ったことで、Kさんのことを理解し尽 くすことができないことを了解したのだと推察 できる。 このようなA看護師の体験からは、相手の考 えや思いを真に理解するということは、相手の 感情や意見に同感することではなく、相手との 差異を感得することであることがうかがえる。 他者を理解することについて、鷲田20)もまた 「自他のあいだの差異を深く、そして微細を思 い知らされること」「他人の想いにふれて、そ れを自分の枠におさめようとしないというこ と、そのことでひとは『他者』としての他者の 存在に接することができる」と述べている。こ のことからも“患者の理解”には、私とは異な る絶対的な他者としての患者と出会うことが重 要な意味をもつと考える。 以上のことから、本研究においては、看護師 の【受容的】なありようは、患者と対峙する関 係において、看護師が自分自身であり続けるこ とにより、他者としての患者と出会うことに よって成り立っていることが示された。 2 . 神経難病患者の苦悩を緩和するために求め られる看護師のありよう ここでは、A看護師の体験を振り返り、神経 難病患者の苦悩を緩和するために臨まれる看護 師のありようについて示唆を述べる。神経難病 患者は、筆舌に尽くしがたい苦悩を抱えてお り、それは自身の生死に関わる極めて個別的で 多様なものである。それゆえ、看護師は、患者 の苦悩や考えは到底わかるものではないことを 理解しておくことが重要な意味をもつと考え る。しかし、「われわれ看護師は常に役割の相 違やさまざまな先入観や偏見、あるいは自分自 身の枠から患者を見、患者に接する危険にさら されているために、そこに患者に対するさまざ まな誤解や曲解が生じる可能性がきわめて大き い」21) 。つまり、A看護師が示したように、看 護師は“患者のために”と考えるほどに【救済 的】なありように徹しやすい傾向があり、そこ での看護師の関わりでは、看護師と患者の間で 大きな差異が生じやすい。また、看護師が【救 済的】なありようにおいて、患者が引き受けね ばならない重要な課題に干渉すれば、看護師が 患者に代わってそれを引き受けることにもなり かねない。そこでは、患者は看護師に依存的に なり、知らぬ間に看護師の支配を受ける可能性 がある。 このような事態を回避するためには、患者の 言動や希望が看護師からみて非常識だったとし ても、看護師として救済したい衝動を抑え、自 分の見方を吟味しながら、その患者にとっての 希望は如何なるものかを理解しようとする不断 の態度が求められる。このような看護師の【受 容的】なありようは、患者の希望するあり方を 支援することを可能にし、ひいては、神経難病 患者の苦悩を軽減することを可能にするのでは ないかと考える。 3 .本研究の限界と今後の課題 本研究で明らかになった内容は、苦悩する神 経難病患者が自分らしく生きることを支援する うえで参考になると考えられる。しかし、患者 の苦悩の体験、そして、そこに関わる看護師の 体験もまた極めて個別的であるがゆえに一般化 することはできない。今後は、本研究の結果を 踏まえ、苦悩する患者の体験を明らかにする研 究によっても、その苦悩の緩和を目指した看護 を可能にする看護師のありようを探求していく 必要があると考える。 謝辞:本研究にご協力くださいました研究参加 者の皆様、研究協力施設の皆様に心より御礼申 し上げます。ご指導くださいました大阪医科大 学赤澤千春教授、小林道太郎准教授に感謝申し 上げます。本稿は、大阪医科大学大学院看護学

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があるから、Kさんの考えは「もう」「そうな んだ」と思ったこと、そして「迷いがなくなっ た」と語っている。この語りからは、A看護師 がKさんとの間にいかんともしがたい“隔たり” があることを思い知らされたことがみてとれ る。すなわち、A看護師は自分自身の考えを貫 きつつ、Kさんと対峙するなかで、自身とは絶 対的に違う存在、つまり“他者”としてのKさ んに出会ったことで、Kさんのことを理解し尽 くすことができないことを了解したのだと推察 できる。 このようなA看護師の体験からは、相手の考 えや思いを真に理解するということは、相手の 感情や意見に同感することではなく、相手との 差異を感得することであることがうかがえる。 他者を理解することについて、鷲田20)もまた 「自他のあいだの差異を深く、そして微細を思 い知らされること」「他人の想いにふれて、そ れを自分の枠におさめようとしないというこ と、そのことでひとは『他者』としての他者の 存在に接することができる」と述べている。こ のことからも“患者の理解”には、私とは異な る絶対的な他者としての患者と出会うことが重 要な意味をもつと考える。 以上のことから、本研究においては、看護師 の【受容的】なありようは、患者と対峙する関 係において、看護師が自分自身であり続けるこ とにより、他者としての患者と出会うことに よって成り立っていることが示された。 2 . 神経難病患者の苦悩を緩和するために求め られる看護師のありよう ここでは、A看護師の体験を振り返り、神経 難病患者の苦悩を緩和するために臨まれる看護 師のありようについて示唆を述べる。神経難病 患者は、筆舌に尽くしがたい苦悩を抱えてお り、それは自身の生死に関わる極めて個別的で 多様なものである。それゆえ、看護師は、患者 の苦悩や考えは到底わかるものではないことを 理解しておくことが重要な意味をもつと考え る。しかし、「われわれ看護師は常に役割の相 違やさまざまな先入観や偏見、あるいは自分自 身の枠から患者を見、患者に接する危険にさら されているために、そこに患者に対するさまざ まな誤解や曲解が生じる可能性がきわめて大き い」21) 。つまり、A看護師が示したように、看 護師は“患者のために”と考えるほどに【救済 的】なありように徹しやすい傾向があり、そこ での看護師の関わりでは、看護師と患者の間で 大きな差異が生じやすい。また、看護師が【救 済的】なありようにおいて、患者が引き受けね ばならない重要な課題に干渉すれば、看護師が 患者に代わってそれを引き受けることにもなり かねない。そこでは、患者は看護師に依存的に なり、知らぬ間に看護師の支配を受ける可能性 がある。 このような事態を回避するためには、患者の 言動や希望が看護師からみて非常識だったとし ても、看護師として救済したい衝動を抑え、自 分の見方を吟味しながら、その患者にとっての 希望は如何なるものかを理解しようとする不断 の態度が求められる。このような看護師の【受 容的】なありようは、患者の希望するあり方を 支援することを可能にし、ひいては、神経難病 患者の苦悩を軽減することを可能にするのでは ないかと考える。 3 .本研究の限界と今後の課題 本研究で明らかになった内容は、苦悩する神 経難病患者が自分らしく生きることを支援する うえで参考になると考えられる。しかし、患者 の苦悩の体験、そして、そこに関わる看護師の 体験もまた極めて個別的であるがゆえに一般化 することはできない。今後は、本研究の結果を 踏まえ、苦悩する患者の体験を明らかにする研 究によっても、その苦悩の緩和を目指した看護 を可能にする看護師のありようを探求していく 必要があると考える。 謝辞:本研究にご協力くださいました研究参加 者の皆様、研究協力施設の皆様に心より御礼申 し上げます。ご指導くださいました大阪医科大 学赤澤千春教授、小林道太郎准教授に感謝申し 上げます。本稿は、大阪医科大学大学院看護学 研究科に提出した博士論文の一部に加筆修正し たものである。 利益相反:本研究における利益相反はない。 文献 1 ) 牛久保美津子:神経難病患者の「苦しみ」 に対する看護−ALSを中心に−. 難病と在宅 ケア, 16(1), 4, 20-23, 2010. 2 ) 金正貴美:筋萎縮性側索硬化症患者の病気 体験における不確かさ. 日本看護研究学会雑 誌, 26(1), 79-90, 2003. 3 ) 牛久保美津子:神経難病とともに生きる長 期療養者の病体験:苦悩に対する緩和的ケア. 日本看護科学会誌, 25(4), 70-79, 2005. 4 ) 牛久保美津子, 小倉朗子, 小西かおる:訪問 看護師がとらえた神経難病療養者の苦悩・葛 藤場面と心理的支援. 日本難病看護学会誌, 9 (3), 188-193, 2005. 5 ) 平野優子:在宅侵襲的人工呼吸療法を行う 筋萎縮性側索硬化症患者が現在抱える困難と 要望の内容と意味−前向きに生きる力Hope との関連から. 日本看護科学会誌, 29(4), 41-50, 2009. 6 ) 長瀬雅子:神経難病患者の手記にみるスピ リチュアルな苦悩. 順天堂大学医療看護学部 医療看護研究, 14, 67-73, 2014. 7 ) 笠井秀子:ALS療養者の病状経過中におけ るスピリチュアルペインの特徴と看護:気管 切開下での人工呼吸器, 胃瘻, 経管栄養の医療 処置を希望しなかった事例. 難病と在宅ケア, 22(1), 50-53, 2016. 8 ) 長谷川幹子, 小林道太郎:「患者の苦悩」の 概念分析. 人体科学, 28(1), 10-21, 2019. 9 ) Travelbee, J.: Interpersonal Aspects of

Nursing, 2nd edition. 77pages, Philadelphia: F. A. Davis, 1971.

10) Reed, F. C.: Suffering and Illness; Insights for caregivers. 4pages, Philadelphia: F. A. Davis, 2003.

11) Wright, L. M.: Spirituality, Suffering, and Illness: Ideas for Healing, 1st Edition. 26pages, F.A. Davis Company, 2004.

12) 鈴木正子:看護することの哲学, 看護臨床 の身体関係論. 89頁, 医学書院, 東京, 1996. 13) Nightingale, F.: 湯槇ます (監修), 薄井坦子 他(訳). ナイチンゲール著作集, 第3巻. 266頁, 現代社, 東京, 1997. 14) 見藤隆子:人を育てる看護教育. 15頁, 医学 書院, 東京, 1987. 15) Benner, P.: 相良ローゼマイヤーみはる監 訳、田中美恵子、丹木博一訳. 解釈的現象学 −健康と病気における身体性・ケアリング・ 倫理 (第1版第3刷). 医歯薬出版株式会社, 東 京, 1994/2012. 16) 田中美恵子:解釈的現象学がひらく臨床看 護研究の新たな地平. 山内典子. 看護をとおし てみえる片麻痺を伴う脳血管障害患者の身体 経験 (初版). 184-206, すぴか書房, 埼玉, 2007. 17) Benner, P.: 井部俊子 (監訳). ベナー看護論 新訳版−初心者から達人へ− (初版). 医学書 院, 東京, 2001/2005.

18) Benner, P. & Wrubel, J.: 難波卓志 (訳). 現 象学的人間論と看護. 医学書院, 東京, 1989/ 1999. 19) Woog, P.: 黒江ゆり子他 (訳). 慢性疾患の 病みの軌跡−コービンとストラウスによる看 護モデル. 医学書院, 東京, 1992/1995. 20) 鷲田清一:大事なものは見えにくい 《上》. 202-207, 社会福祉法人埼玉福祉会, 埼玉, 2017. 21) 池川清子:看護体験の構造化−看護上の問 題点とは何か. 看護教育, 20 (1), 21-29, 1979. 〔受付:2019年 7 月28日〕 〔受理:2019年 9 月12日〕

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