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360度没入体感型バーチャルリアリティ技術を用いた英語パブリックスピーキング練習用システムの開発

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360度没入体感型バーチャルリアリティ技術を用いた 英語パブリックスピーキング練習用システムの開発 冬 野 美 晴 九州大学 山 下 友 子 芝浦工業大学

Development of 360-degree Immersive Virtual Reality Training System

for English Public Speaking

FUYUNO Miharu Kyushu University YAMASHITA Yuko Shibaura Institute of Technology

Abstract

This research aims at developing a virtual reality training system of English public speaking for Japanese EFL learners. Occasions for delivering speeches in English are increasing in this globalizing society. However, public speaking is known as one of major examples of social phobia, and there has not been sufficient evidence-based material for teaching and learning English public speaking. This study approaches the issue by developing a virtual reality training system for English public speaking. The system is designed with results from multimodal corpus-based data analysis of effective public speaking performances in terms of eye contact, speech rate, and speaker's nervousness. It offers 360-degree immersive virtual venue and virtual audience for learners in order to feel as if they are in authentic public speaking environment. A monitor test was performed with 36 Japanese EFL learners to investigate usability and potential effect of the system. From the result, it was found that the virtual reality material received positive evaluations for causing sense of realism and mitigating nervousness from participants. Keywords: material development, VR, public speaking, eye contact, multimodal corpus

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1. はじめに

  グローバル化が進み,ICTの発達も目覚ましい近年,対面はもちろんオンライン会議などさまざまな 場面で,日本人英語学習者が英語で意見発信を行う機会が増えている。また,日本では従来,大学入 学選抜時の標準化試験として,英語科目は筆記問題とリスニング問題によって構成される大学入試センター 試験が実施されているが,英語の4技能を適切に評価するための仕組みが検討されており,各大学の入 試出願や判定において,4技能が評価される民間英語資格・検定試験等の利用が行われているケースも ある。更に今後は英語による入試面接やスピーチなどの口述問題を課す大学が増えていく可能性がある。   このような社会変化の潮流の中で,人前で意見を伝えるパブリックスピーキングの力が求められている。 パブリックスピーキングとは,オーディエンスの前で限られた時間内に一定のテーマについて筋道を立ててフォー マルに話すことと定義される(深澤,2012;Sellnow,2004)。スキルへのニーズと共に,指導についても 需要が高まっており,新学習指導要領(英語)では英語で話す力として「やり取り」と別に「発表」が設 定され,口頭発信能力の育成が強調されている(文部科学省,2019)。しかし,日本人英語学習者にとっ て英語でパブリックスピーキングを行うことは容易ではない。   パブリックスピーキングは社会恐怖症の代表例の一つであり,国籍や世代を問わず不安や恐怖を感 じる人が多いことが,心理学分野の研究で明らかになっている(Kessler,Stein,& Berglund,1998)。 更に,日本人の生徒・学生は,学校教育の中で英語によるパブリックスピーキングを行う機会が少ない 現状がある。大学1年生を対象に,中学校・高校でのパブリックスピーキングの経験を調査した河内(2012) によると,日本語でパブリックスピーキングを行った経験のある学生は36.4%であり,英語での経験があ る学生は17.16%に留まる。   実践機会の少なさと共に,英語パブリックスピーキング指導の難しさも教育現場の課題である。パブリッ クスピーキングは,話す内容をわかりやすく構成し準備することに加え,アイコンタクト,話速度,ジェスチャー, 音声ポーズ(間)の取り方など,デリバリーが評価にとって重要な役割を果たすと指摘されている(Griffin, 2011;Sellnow,2004)。しかし,教材や授業時間のバランスなどの問題から,学校や大学の一斉授業で デリバリーの部分を全員に密に指導することは難しい現状がある。   まず教材について,日本人英語学習者が英語パブリックスピーキングを学ぶ際に,国内外を問わず さまざまなテキストが出版されているが,国内の大学生向けテキストでは主に内容の構成方法を示すもの が多く(cf. 菊田・北林,2006;仲谷・Pak,2009;杉田・Caraker,2013),海外のテキストでデリバリー についてのアドバイスが記述されている場合にも,できるだけアイコンタクトを多く取る,などの曖昧さが 残る記述も散見され,教員と学習者が目標として共有できる具体的な指標が少ない場合が多かった(cf. Griffin,2011;Jaffe,2012;Sellnow,2004)。たとえば,具体的にアイコンタクトをどのくらいの頻度で 取るのか,またどのくらいの頻度で方向を変えるのかといった,パフォーマンスで実施する際のメソッドに ついて充分な記述がない場合や,テキスト著者の個人的な経験に基づく記述に留まる場合などである(cf. Elwood,2015;Jaffe,2012;菊田・北林,2006)。   このように,構成方法などと比較するとデリバリーに関してあまり教材で取り上げられていない背景には, 学校や大学でパブリックスピーキングが指導される際,授業時間内のみで学習者全員が充分な練習時間 を確保することは,カリキュラムの開講期間にもよるものの一般に困難である場合が多い点が影響してい

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ると考えられる。この観点からは,教材の現状は,限られた授業時間でカバーする内容の適切な取捨選 択の結果といえる。しかし,学習者がパブリックスピーキングを学ぶ上で,デリバリーについても具体的 に学び練習を積まなければ,効果的なパフォーマンスを行うことは難しい。このために,学校・大学では 一斉授業でパブリックスピーキングの構成方法やデリバリーのポイントについて指導し,リハーサルなどの 練習をクラス外で積極的に行うよう奨励することがあると考えられる。しかし学習者が自己練習する際, 本番のように多数のオーディエンスを用意することは難しい場合が多く,本番で感じるような緊張感に慣 れる機会が少ない。また,自己練習において,パフォーマンスが向上しているかどうか適切に自己判断す ることも難しいと思われる。   以上の背景を踏まえ,筆者らはこれまでの研究プロジェクトにおいて,英語のパブリックスピーキン グを対象に,マルチモーダルコーパスを使った分析を行ってきた。2.1.2節で詳細に触れるが,さまざまな パブリックスピーキングのパフォーマンスを,動画・音声録音・スクリプト・評価スコアなどのマルチモー ダルなデータを用いて定量的に分析することで,指導や練習で指標となる数値を抽出している。本研究で は,これらの数値指標をマルチメディア教材システムの評価プログラムに取り入れることで,日本人英語 学習者が英語パブリックスピーキングのデリバリーを体感学習し,緊張や不安を軽減するための没入体感 型教材の開発を目指す。更に,教材にバーチャルリアリティ(仮想現実)(以下VR)技術を用い,これま で自己学習では難しかった,オーディエンスがいる環境での練習を可能にすることを目標とする。本教材 は中学校・高等学校・大学等での一斉授業の補助という位置づけでデザインされ,学習者が自己練習す る際のツールを想定している。   本研究の目的とスコープは,これまでの研究成果を活かした教材開発研究のファースト・ステップと して,VR教材のプロトタイプを開発し,学習者による試用調査を行うことである。本論文は以下のよう に構成されている。次節で,パブリックスピーキングのマルチモーダルコーパス分析に関連する先行研究 および筆者らのこれまでの研究成果と,VR 技術を用いたパブリックスピーキング支援に関する先行研究 について概観する。3節で教材開発について論じ,4節で学習者を対象とした教材試用調査について述べ る。5節で調査結果を考察し,6節でまとめと展望を論じる。

2. 先行研究

2.1 パブリックスピーキングのマルチモーダルコーパス分析

2.1.1 マルチモーダルコーパスの誕生   情報処理技術の発展と共に,コーパス言語学はますます多様化している。コーパスを用いた言語 研究が進むにつれ,書き言葉と話し言葉の特徴の違いが明らかになり,スポークン・グラマーなど話し 言葉研究への関心が高まっていった(Carter & McCarthy, 1999; Jewitt, Bezemer, & O'Halloran, 2016; McCarthy, 1998)。従前より存在していた,音声データを書き起こし処理したデータに加え,1990年代 には音声データそのものを含んだ話し言葉コーパスが多数公開されるようになった。The Cambridge and Nottingham Corpus of Discourse in EnglishやSanta Barbara Corpus of Spoken American Englishなどが 挙げられる。

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  コーパス研究の分析対象として,音声ポーズ・イントネーション・声の強弱・ジェスチャーなどの周辺 言語やターンテイキングなどの談話の特徴を多角的に分析する研究が進み,データストレージ技術などの

進化も伴って,2000年代には動画データ等を含むマルチモーダルコーパスが編纂されるようになった(Adolphs

& Carter,2013;Jewitt et al.,2016)。マルチモーダルコーパスとは,テキスト,音声データ,動画デー タなどの複数モードのインプットから成るデータベースと定義できる(Adolphs & Carter,2013;Knight, 2011)。既に大規模なマルチモーダルコーパスが複数公開されており,British Academic Spoken English (BASE)PlusやThe Nottingham Multi-Modal Corpusなどが挙げられる(Knight & Tennent,2008)。た

とえば,BASE plusはアカデミック英語に着目したマルチモーダルコーパスであり,コーパスデータや分析 成果は,英語講義を受講する学習者のためのマルチメディア教材に活用されている(cf. https://warwick. ac.uk/fac/soc/al/globalpad/openhouse/academicenglishskills/listeningandspeaking/)。 2.1.2 パブリックスピーキングのマルチモーダル分析と教材への応用   マルチモーダルコーパスの編纂や英語教育への応用を目的とした分析が行われてきたが,日本人英 語学習者のための英語教育において,パブリックスピーキングに着目したマルチモーダルコーパス分析は ほとんど行われていなかった。動画や音声データを含むマルチモーダル・データを分析することで,これ まで曖昧な記述になりがちであったパブリックスピーキングのデリバリー要素について,より明確な指標を 得られると考えられる。   筆者らは以上のようなマルチモーダル分析の観点から,英語パブリックスピーキングのデータ収集と 分析を実施してきた。以下では本研究に特に関連の深い研究を論じる。冬野・山下(印刷中)は,熟達 した話者らによる米国における大学卒業式祝辞スピーチの動画・音声・スクリプトデータを用いて,話速 度やアイコンタクトの特徴を定量的に分析した。その結果,平均話速度が133wpmであることと,ほぼ全 員が話速のメリハリを用いており,スピーチ内で最も速い部分と遅い部分の話速度の差が平均25wpm程 度であることが分かった。また,アイコンタクト動作について,平均16回/分,3.75秒に1回程度,スクリ プトから顔を上げて聴衆を見たことがわかった。

  Fuyuno,Yamashita,Kawase and Nakajima(2014),Fuyuno,Yamashita and Nakajima(2016), Fuyuno,Komiya and Saitoh(2018)は,日本の高校や大学で開催された公式な英語スピーチ大会等で 話者の音声・動画・スクリプト・審査員評価データを記録し,オーセンティックなパブリックスピーキング 環境で行われたパフォーマンス・データを用いてデリバリーの特徴を分析した。まず,平均話速度が約 145wpmであることがわかった。更に,評価の高い話者の音声ポーズの特徴を分析した結果,前述の英 語母語話者らによるスピーチにおけるポーズ長の特徴と同じ傾向の特徴が見られ,スクリプトの内容に応 じたポーズ長のコントロール傾向が似ていた(Fuyuno et al.,2016)。また,アイコンタクトについて,約5 ~7秒に一度の頻度でアイコンタクトの方向が変わっており,モーショントラック結果から,平均して片側 9cm程度の顔向きの変化が示された。更に,評価の高い話者グループはそうでない話者グループよりも顔 向きの変化角度が有意に大きく(上位3名の平均角度4.63度に対しその他の話者の平均角度2.85度),アイ コンタクトを取る際に頭の向きごと変えていくという点とその角度の目安が明らかになった。

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はテキストタイプのパブリックスピーキング教材を開発し,学習者への指導と効果検証実験を行っている。 効果的なパフォーマンスの特徴を具体的に取り入れたマニュアルを開発し,日本人英語学習者を対象に検 証を行った。処置群に開発したマニュアル,対照群に注意点のアドバイスのみで具体的な数値を含まない 従来型マニュアルを配付し,両群で同じ時間スピーチの練習をしてもらった。実験結果から,主観的緊 張度スケールにおいて,処置群では英語のスピーチに対する緊張が有意傾向に減少した。   以上の先行研究より,具体的な数値を伴う科学的根拠に基づく指導の有効性や,声を出して体感的 に練習をすることによる緊張軽減の有効性が示されている。没入体感型VR 技術を用いたマルチメディア 教材を開発し,オーディエンスがいる仮想環境で練習を積めるようにすることで,学習者が一斉授業で受 けた指導を体感的に身につけながら,不安を軽減する効果が期待できる。実際に,心理学分野においては, 社会恐怖などをVR環境における暴露により軽減する研究が行われている(Hartanto,Kampmann, Morina,Emmelkamp,Neerincx & Brinkman,2014)。次節で関連研究を概観する。

2.2 VRとパブリックスピーキング

  仮想空間に仮想オーディエンスを配置してスピーチや対話を練習するシステムの開発は,先行研究に おいていくつか取り組みがある。Slater,Pertaub and Steed(1999)は,スピーチ話者が仮想オーディエ ンスを前にスピーチする際に仮想オーディエンスの挙動が話者に与える影響に着目し実験を行っている。 その結果,話者が「仮想オーディエンスは自分のスピーチに関心を持っていた」と認知した度合いが高い ほど,話者によるパフォーマンスの自己評価が高まり,パブリックスピーキングへの不安が軽減されること が分かった。Hartanto et al.(2014)は,社会恐怖症改善を目的としたコンテンツをVR 技術を用いて開発 し検証している。実験結果から,CGキャラクターが仮想現実空間に存在することで,話者の緊張度が 有意に上昇することが明らかになった。なお,これらの研究はいずれも,実験参加者の日常使用言語で 行われたものであり,外国語教育を念頭に置いたものではない。   以上を踏まえ,冬野・山田(2016)は日本人英語学習者のための英語スピーチ練習教材という文脈 において,CG版の仮想オーディエンスと実写撮影版の仮想オーディエンスを配置した映像を制作し,オー ディエンスの種類が話者へ与える影響を検証している。実験結果から,CG版・実写版ともに,オーディ エンスなし条件よりもオーディエンスあり条件の方が話者の緊張度が高くなり,特に実写版のほうは統計 的有意に緊張度が高まることがわかった。また実験参加者のコメントから,CG版で練習を積んだ後に実 写版へ移行など,緊張に慣れながら徐々にステップアップする練習が効果的では,という指摘があった。 これらの結果を基に,本研究ではCGおよび実写の仮想環境を制作し,没入体感型教材を開発する。   本研究の目的は,マルチモーダルコーパス分析の成果を応用したVR英語スピーチ練習教材のプロト タイプを開発することである。主な対象は,人前で話すことを得意としていない日本人英語学習者である。 更に,開発したプロトタイプを用いて,英語学習者を対象とした試用調査を行う。本調査で検証する点 は次の通りである。   1:学習者が自己練習に使用可能な状態のVR教材が開発できたか。 日本人英語学習者向けの教材として,VR教材の開発研究事例はまだ多くない。学習者が授業外 で自己練習する際のツールとする使用法を念頭に,ユーザインタフェースのわかりやすさなどを含

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めた機能面を検証する。   2:本教材を用いることによって練習効果は見込めるか。 研究の今後の展望として教育効果の長期検証実験がある。本調査ではそのパイロット調査として, 参加者に教材の一通りの機能を試用してもらい,緊張感・練習効果・練習の楽しさ・没入感・今 後も教材を使いたいかに関して調査する。   3:システムの改善点はないか。 参加者からの自由記述の回答をテキストマイニングし調査する。

3. システムの概要と目的

3.1 教材システムの概要

  本教材は360度映像によるVRアプリケーションシステムである(特許出願済1)。360度映像を用いた コンテンツをヘッドマウントディスプレイで表示する。ディスプレイのハードウェアは,標準的なヘッドマウ ントディスプレイの一つであるOculus Riftを採用した。他に,アプリを稼動させるコンピュータと,学習 者の緊張度の指標として心拍数をモニタするための,指先に取り付けるタイプの心拍センサより構成される。 教材使用中のユーザの様子を図1に示す。2.2節で述べたとおり,教材内の映像はCG版と実写版の2種類 である。いずれの版においても,コンテンツは3DゲームエンジンであるUnityを用いて制作した。バーチャ ル会場などのCGはMAYAで制作した(図2)。   CG版の仮想オーディエンスは性別・体格・肌色・髪色などをさまざまに設定した15名の人型のキャラ クターである。Autodeskのキャラクタージェネレータで制作し,それぞれ個別の3次元CGボーン(骨格) データと動作のプログラムを備えている。本教材ではSlater et al.(1999)や冬野・山田(2016)を参考に, 話者に対してネガティブな反応から徐々にポジティブな反応へ変化するオーディエンスを制作した。反応 動作は松丸(2005)を参考に,うなずき,前傾姿勢,首をひねる,腕を組むなど数種類の動作を組み合 わせてプログラムした。実写版の仮想オーディエンスは,CG版と同様に話者に対して徐々にポジティブ な反応へ変化するよう20代の男女に演技をしてもらい,全天周カメラで撮影した。 図1. 教材使用時の様子 図2. MAYAでの会場 CG 制作作業画面

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3.2 教材を用いた練習の流れ

  ユーザがヘッドマウントディスプレイを装着し教材をスタートさせると,機能選択画面が表示 され,練習モード,オーディエンスの種類,練習時間を選択する(図3)。選択が完了すると,心拍数モ ニタによる緊張度評価の基準となる,ベース心拍数測定画面に遷移する。測定が完了すると,学習者は 360度の仮想没入空間の中,バーチャル会場とバーチャルオーディエンスを前に立った状態の視点になる。 ここでは,実写版かCG版の2種類より,選択画面で選択したほうのバージョンで会場およびオーディエン スが提示される。学習者は選択した練習時間でスピーチやプレゼンテーションを行う。学習者がパフォー マンス中,教材システムは話速度,アイコンタクト動作,緊張度(心拍数)をリアルタイムで測定し,パフォー マンスを評価する。この評価システムのプログラムにおいて,2節で述べた筆者らのこれまでの研究成果 のデータが組み込まれている。練習時間が終了すると,フィードバック画面に遷移する(図4)。ここでは, システムが話速度,アイコンタクト動作,緊張度のそれぞれについて評価スコアを算出し,アドバイスと 共にスコアグラフをフィードバックする。以上が基本の練習の流れである。   機能選択画面で選ぶコンテンツのモードには,「練習モード」と「リハーサルモード」がある。練習モー ドは,パフォーマンスをモニタしつつ,アイコンタクト動作・話速度・心拍数の指標を学習者へリアルタイ ムに提示する(図5)。たとえば,いま見ている位置と,次にどこを見るとアイコンタクトが万遍なくとれる かという指標位置や,話速度のリアルタイム評価が表示される。これらの指標提示には2節の研究成果に よるデータを用いてプログラムを作成した。リハーサルモードでは指標は提示されず,バックグラウンドで 評価のみを行う。これにより,学習者は会場とオーディエンスだけを前にした状態でスピーチやプレゼンテー ションを行い,練習モードよりも更に本番に近い環境になる(図6)。練習中は,両モードにおいて音声, 図3. 機能選択画面 図4. フィードバック画面 図5. 練習モードにおける視界イメージ 図6. リハーサルモードにおける視界イメージ

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話速度,アイコンタクト動作などの評価情報が記録されている。これらの記録はログデータとして練習ご とにシステム内に保存される。また,両モードにおいて,学習者が用意したスクリプトやスライド画像をコ ンテンツ内に表示させることができる。表示はそれぞれ ON/OFFが可能で,練習の用途に合わせて調整 できるようになっている。

4. 試用調査の方法

  開発したプロトタイプを用いて,2017年3月から10月にかけて日本人英語学習者を対象とした試用調 査を行った。試用評価には,5段階尺度法の質問7項目と自由記述コメント欄およびフェイスシートからな る質問紙を用い,5段階尺度法の質問への回答については平均値の算出と質問間の相関分析を行った。 自由記述コメント欄への回答にはテキストマイニング用ソフトウェアであるKH Coderを用いて共起語ネットワー クを抽出した(cf. 樋口,2004)。   参加した英語学習者は,語学を専攻しておらず英語圏での長期滞在経験がない日本人中学生12 名(男性12名)および大学生24名(男性6名,女性18名)であった。大学生参加者の英語力の平均は, TOEFL-ITPスコア450.9点(平均値)であった。中学生参加者の平均英語力は英検2級取得程度であった2   調査質問紙は,5段階尺度法の質問が7項目と自由記述コメント欄,およびフェイスシートから構成さ れた。5段階尺度法による質問では,教材の使用によって緊張感を感じたか,練習効果,練習の楽しさ, 没入感,練習画面のわかりやすさ,学校 / 大学にこの教材があったら使いたいかについて調査した。具 体的な質問内容は図7に示すとおりである。   フェイスシートにおいては,性別,学年,英語資格スコアをそれぞれ直接記入する形式で回答してもらい, 更に「人前でスピーチやプレゼンをすることに対してどう感じますか」という質問に「1:得意ではない」「5: 得意である」の5段階で回答してもらった。本教材の主なターゲットが「人前で話すことを得意としていな い英語学習者」であるため,その点を確認するものである。参加者回答の平均値は2.27(最小値:1,最 大値:4,標準偏差:1.00)で,教材のターゲット層とおよそ合致していることが確認された。   調査は1名ずつ実施し,VR教材の使い方を実験者が口頭で教示し,参加者が機器を装着して操作 方法などを確認した後に,教材をスタートしCG 練習モードを6分程度試用し質問紙に回答してもらった。 調査時間は参加者1名につき約30分間であった。調査時のスピーチの内容については「英語による簡単な 図7. 具体的な質問内容

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自己紹介をお願いします」と教示し,教材内のスクリプト表示部分に参照用のスクリプトを表示させた状 態で実施した。なお,調査は全て授業・講義外の時間(課外時間)で行った。調査実施の際は,参加 者へ倫理的配慮に関する説明を実施し同意書を得た。説明の具体的な内容は,調査は授業・講義の成 績等とは一切関係がないこと,調査への協力は自由意志によるものであり,協力の拒否・中止による不 利益は一切生じないこと,データは各個人を特定できない形で扱い個人情報が保護されることである。

5. 結果

5.1 5段階尺度法質問項目の結果

  まず,中学生参加者らによる,5段階尺度法質問項目への回答を平均化したグラフを図8に示す。   4項目で4ポイント以上の評価となり,使いたさについては平均4.67ポイントと高く,参加者らが本教 材でスピーチ練習することへの意欲を覚えたことがわかる3。また,練習効果,練習の楽しさ,練習画面 のわかりやすさについても高い評価となった。各回答間の関連性を見るため項目間で相関分析を行った。 その結果,3ペアにおいて有意な相関が見られた:「効果」と「練習の楽しさ」(r = .80, p < .001),「効果」 と「実際に(聴衆を)眺めている感じ」(r = .66, p < .01),「練習画面のわかりやすさ」と「使いたさ」 (r = .67, p < .01)。これらの結果は今後の教材開発とシステム改善への参考になると期待される。   次に,大学生参加者らによる5段階尺度法質問項目への回答を図9に示す。   効果,実際に眺めている感じ,使いたさへの評価が中学生参加者の評価よりも低めの結果になって いる。しかし,練習効果,練習の楽しさ,練習画面のわかりやすさなどについては3.88ポイントの評価となっ ており,教材の機能についてはおおむね良評価と言える。各回答間の関連性を見るため項目間で相関分 析を行った。2ペアにおいて有意な相関が見られた:「効果」と「使いたさ」(r = .48, p < .01),「実際に(聴 衆を)眺めている感じ」と「使いたさ」(r = .51, p < .01)。このうち,「実際に(聴衆を)眺めている感じ」 に関しては中学生参加者の回答で「効果」と相関が高く,仮想空間の没入感の中でも,スピーチ練習コ ンテンツにおいて特に「実際に聴衆を眺めている感覚」の重要性が示唆された。   効果や実際に眺めている感じへの評価が中学生参加者らの平均よりも低かった理由としていくつか 図8. 中学生参加者らによる5段階尺度法質問項目への回答(平均値)

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の要因が考えられる。まず,大学生参加者らの専攻が芸術工学系であり,VRコンテンツの体験・評価や, 自ら開発を行った経験が豊富な参加者が多かったという点である。しかし,中学生と比較すると低い数 値ではあったものの,教材の練習効果・練習の楽しさ・練習画面については高い評価であったため,今 後の教育効果検証実験に向けた練習効果の見込みについてはポジティブな評価を得られたと言える。

5.2 自由記述コメントの結果

  自由記述コメント欄への中学生参加者らと大学生参加者らによる回答について,それぞれKH Coder Ver. 2.0を使用して分析した。テキストを前処理し語を分かち書きした後,文書内で語がどのように結びつ き出現しているか分析する共起語ネットワークを抽出した。   中学生参加者らによる自由記述コメントの分析結果を示す。中学生参加者らによるコメントの総抽出 語数は208,異なり語数は95であった。図10は共起語ネットワーク(集計単位:文,描画する共起関係: 図10. 中学生参加者の自由記述回答から抽出された共起語ネットワーク 図9. 大学生参加者らによる5段階尺度法質問項目への回答(平均値)

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60,語の最小出現回数:2回)の抽出結果である。なお,図内のキーワードは,KH Coderによってテキ ストの前処理および分かち書きが行われたデータから抽出されたものである。   まず,「緊張」「楽しい」といったキーワードが結びついていることがわかる。実際のコメントで,「人 前で話すと言語に関わらず緊張してしまうので,このアプリでその緊張が減らせると思った(S,中学3年 生男子)」「楽しかった(A,中学1年生男子)」などがあり,スピーチへの緊張感や楽しさを感じながら練 習できそうだという印象を持たれたことが示唆されている。   図10の左下に「文字」「少し」,右下に「大きい」「欲しい」といったキーワードがそれぞれ結びつい ている。これに関しては「読む文字が少し小さく感じたので文字の大きさを調節できるようにして欲しい(T, 中学3年生男子)」「文字が少し見えにくいところがあった(Y,中学3年生男子)」といったコメントがあり, 演台に表示されるスクリプトのフォントサイズを調整することで,より読みやすいサイズにする改善要望点 が示されていた。   次に大学生参加者らによるコメントの分析結果を示す。大学生参加者らによるコメントの総抽出語数 は379,異なり語数は139であった。図11は共起語ネットワーク(集計単位:文,描画する共起関係:60, 語の最小出現回数:2回)の結果である。   まず,右部分に「緊張」「する」「臨場」「効果」「ある」「楽しい」などのキーワードが結びついてい る。実際のコメントでは「臨場感があって効果的だと思う(A,大学4年生女性)」「いつも発表するときに 緊張するので,このような練習用アプリがあれば使ってみたいと思った(Y,大学2年生女性)」などがあり, 臨場感の高さや練習効果の見込みを実感したコメントが複数寄せられた。   次に,中央部分に「パネル」「追う」,左部分に「観客」「見渡す」「目」「動かす」「難しい」といっ たアイコンタクト動作と指標に関するキーワードが共起している。実際のコメントでは「普段見渡しながら 図11. 大学生参加者の自由記述回答における共起語ネットワーク

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話せてないのがわかった(Y,大学2年生男性)」「視線を動かすのが難しかった(M,大学4年生女性)」 「観客を見渡しながら,考えながら,話すのは難しい(Y,大学2年生男性)」などの意見があった。これ らは「練習モード」のアイコンタクト動作指標機能に関する意見と思われ,示される方向へアイコンタクトをとっ ていくことの難しさが指摘されている。教材の目的の一つが,アイコンタクトを取ることに不慣れな学習者 が,教材を使用し練習を重ねることで徐々に上達するよう支援することであるため,初めはこのように「難 しい」と感じられるのが教材の意図した通りの結果である。しかし,自己練習ツールとして使用するにあたっ ては,難度が高すぎるとつまずきの要因になりかねないため,指標パネルの使い方をはじめに体感できる チュートリアルのコンテンツなどがあると,より自己学習を開始・継続しやすくなると考えられる。

5.3 考察

  以上の結果を,本研究の研究目的と合わせて考察する。まず,調査で検証する点の一つ目として,「学 習者が自己練習用に使用できる状態のVR教材が開発できたか」があった。英語学習者の調査参加者た ちの回答とコメントより,練習画面のわかりやすさなどのユーザビリティは問題がないことが確認された。 また練習効果の見込みについてもポジティブな評価が得られた。以上により,学習者が自己練習用に使 用できる状態のVR教材が開発できたかについては,おおむね達成されたと言える。しかし,コンテンツ 内のフォントの見えやすさについて問題を指摘するコメントが見られたことから,フォントサイズの調整機能 を拡充する必要があると確認された。   検証の2点目は「教育効果の検証実験に向けて,練習効果は見込めるか」についてである。試用調 査において,参加者たちに教材を一通り試用してもらった結果,効果,練習の楽しさ,使いたさに関し てポジティブな評価を得られた。大学生参加者らの結果において,没入感の評価が中学生参加者らと比 較して低い部分があったが,この点に関して,コンテンツ内で演台と仮想オーディエンスとの距離を近づ けるなどの改善方法が考えられる。   最後に,教育効果検証実験に向けたシステムの改善点について,既に述べた点のほか,チュートリ アルコンテンツの必要性が示唆された。特に,アイコンタクト動作指標については,使用に慣れる時間が 必要と思われる結果となったため,メイン機能のほかに動作指標の使い方を体感するためのチュートリア ルコンテンツがあると良さそうである。更に,今後の実験では,教材使用マニュアルを学習者が参照し やすくする工夫も行っていきたい。

6. まとめと今後の展望

  本研究では,日本人英語学習者が困難を感じやすいタスクの一つである英語パブリックスピーキング の教育に着目し,これまで一斉授業内での指導が難しかったアイコンタクトや話し方の練習を体感的に補 助する教材として,英語パブリックスピーキング練習のための没入体感型VR教材を開発した。評価シス テムのプログラムに,筆者らのこれまでの研究成果である,マルチモーダルコーパス分析から抽出されたデー タを取り入れることで,学習者が自主練習する際に,話し方・アイコンタクト・緊張度を自分でモニタし, 目標となる指標を見ながら練習できるプログラムを開発した。また,VR 技術によって仮想会場と仮想オーディ

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エンスを360度映像で提示することにより,自己練習する際に,オーディエンスを確保するのが難しく緊張 に慣れづらい,という従来の問題点にアプローチした。   開発した教材を用いて,中学生・大学生の英語学習者を参加者として試用調査を実施した。調査結 果より,教材のユーザビリティおよび練習効果の見込みについて英語学習者から高い評価を得た。英語 学習者による質問紙への回答結果において,緊張感や練習効果を感じられたこと,練習画面がわかりや すいこと,練習が楽しいと感じられたことが示された。また,教材内の文字のフォントサイズや,提示さ れる指標に沿ってアイコンタクト動作を行う機能に関する改善点が示された。   本調査においては,参加者の数や大学生参加者らの専攻が限られていた。特に,大学生参加者ら の専攻(VR 技術への親密度)は調査結果に影響を与えた可能性もあるため,今後はより多くの参加者を 対象に,専攻のバランスを考慮して実験を行っていく必要がある。   今後の展望として,フォントサイズや教示に関してシステムを調整し改善した後,本教材の継続利用によっ てパフォーマンスが向上するか,本番での緊張が軽減されるかを検証する教育効果検証実験を行う計画 である。また,本調査ではCG版の「練習モード」および「リハーサルモード」の2モードを使用して試用 調査を行ったが,今後はCG版と実写版の比較実験を行い,会場・オーディエンスの種類を充実させてい きたい。

謝辞

  本稿は第57回外国語教育メディア学会全国研究大会(2017)および2019 Conference of Foreign Language Education and Technology(FLEAT)VIIで口頭発表した内容に加筆・修正したものです。発 表の席上で貴重な御意見をいただいた方々,また,査読を通じて多数御助言を頂いた3名の匿名査読者 の先生方,ならびに編集委員の先生方に深く感謝申し上げます。   調査の実施にあたりご協力いただいた巣鴨中学校・高等学校(当時)の下川原広樹先生に深く感謝 申し上げます。   本研究は以下の助成を受けて実施されました:科研費(基盤研究(B):課題番号:16H03079,挑 戦的萌芽研究:課題番号:15K12416),九州大学ギャップファンド(第Ⅰ期),九州地域産業活性化センター シーズ育成基金,九州大学令和元年度研究活動基礎支援制度。

1.特許出願中(特願2017-185257:パブリックスピーキング支援装置,及びプログラム) 2.調査へ協力を得られた中学校が平均学力の高い進学校であったため,平均英語力が高かったと考え られる。 3.実験の実施に協力いただいた中学校教諭の先生より,「生徒たちがこのシステムを是非導入してほしい と言っていた」とコメントを受けた。

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参照

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