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山中 勤著「環境同位体による水循環トレーシング」

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Academic year: 2021

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〇環境同位体による水循環トレーシング 山中 勤著,共立出版株式会社, 2020 年 8 月 10 日発行,242 頁,本体価格 5,300 円 + 税, ISBN:978-4-320-04739-6  本書は,地球上を水が循環する過程や経路を環境同位体 トレーサー用いて解き明かすための方法論や研究事例を体 系的にまとめたものである。このような研究分野は森林科 学でも馴染み深いが,最初に簡単に説明したい。地球上に 存在する水は相変化を伴いながら,大気-植物の表面およ び内部-地中-河川-湖沼-海洋等において一時的な貯留と移 動を繰り返し,循環している。この一連の過程を水循環と 呼び,これを研究する学問が水文学である。同過程におけ る水の移動量のうち,降雨量,河川流出量,蒸発散量等は 直接的な計測に基づいて評価されるが,より詳しい水の移 動経路については物理的な計測のみでは核心に迫ることが できないものもある。例えば,森林流域の渓流を流れる水 は一旦地中に浸透した水であるのか,そうであるならば, 土壌水と地下水はどの程度の割合で含まれているのか,ま た,それは時間とともに変化するのか,といった問いであ る。これに答える際に効果的なツールがトレーサー(追跡 子)である。すなわち,水と一緒に運ばれるものを追跡す ることで,その移動経路を明らかにするアプローチがあり, これを用いる分野をトレーサー水文学と呼ぶ。水分子を構 成する水素と酸素にはそれぞれ安定同位体が存在する。水 分子の質量数の差異は同位体分別を引き起こすが,安定同 位体を含む重い水分子(水の安定同位体)も通常の軽い水 分子と同様の化学的性質を有するため,水の安定同位体は 理想的なトレーサーとして移動経路の追跡に利用できる。  本書は,近年の発展が著しい水の安定同位体を用いた水 循環過程の研究について,その理論,方法論,計測方法を 説明し,さらに豊富な適用例について詳述している。水の 安定同位体の基礎を学ぶ学部生には,同位体分別に関する 詳しい理論的説明が役立つだろう。さらに,水のサンプリ ング手法や,安定同位体データを用いた解析事例の詳細は 大学院生にはもちろんのこと,研究者にとっても非常に役 立つものと思われる。他方,水循環素過程に関する基礎的 な説明,例えば,雨水の降下浸透過程,蒸発散を制御する 要因(ペンマン-モンティース式等),降雨流出過程の基礎 (流出寄与域変動概念等)に関する説明は省略されている。 このため,学生諸氏やこれまで水文学との関わりが少な かった研究者は,水文学に関する一般的な教科書(例えば, 杉田・田中 2009)をあらかじめ読んでおくか,本書と併 せて読み進めるのが良いかもしれない。  水の安定同位体は水の移動を追跡する上で非常に有効な トレーサーであるが,それのみに頼った解析には危険が伴 うことも本書は詳しく解説している。そして,誤った解釈 をしてしまわないように,物理的計測の併用が大切である ことを説いている。さらに,これは本書の特徴の一つであ ると思われるが,水の安定同位体データを取り込み,融合 させた水循環過程の数値モデルの重要性が示される。具体 的には,数値モデルとの融合は同位体データを正しく解釈 する上で役立つことが説明されたのち,実際の事例が複数 説明される。一例を挙げると,流出モデルはある流域から の河川流出量を再現するものであるが,同モデルに安定同 位体データを組み込むことで,実際の流出量のみならず, 計測された同位体データを用いてモデルのキャリブレー ションを行うことが可能となる。さらに,対象とする流域 を通過する水の滞留時間に関する解析へ発展させる過程に ついても説明があり,森林流域からの降雨流出過程を研究 する本学会員にとって興味深いものと思われる。また,植 物体内の導管水と土壌水や地下水等の安定同位体データを 用いた樹木根系による吸水深度の評価方法および根系吸水 モデルとの融合についても詳しい記述がある。  末尾に,本書の全容の概略を知るために,目次を挙げた。 本書は山中勤氏による単著であるが,それにも関わらず, 取り扱う具体例の幅広さから,著者の力量が実感できる。 降水から始まり浸透・降下浸透,河川流出,地下水・湧水・ 温泉,蒸発散,根系吸水,大気大循環までが網羅されてい る。著者が単独で本書を構成しているので,水の安定同位 体に関する著者の基本的な考え方がどの部分でも通底して おり,重要な部分を読み取りやすく感じた。特に,安定同 位体データの適用限界に関する記述は,これから同種の解 析を行う研究者にとって重要な指摘であろう。さらに,驚 くべきは,これらのすべての章について,著者および指導 学生が行った研究事例が含まれていることである。著者は 「我田引水の印象は否めないかもしれません」と「まえがき」 で述べているが,評者はそのような印象を持たなかった。 広範囲な水文現象について,著者自身が関わった研究事例 に関する詳しい説明は,読者にとって有益であることは間 違いない。水の安定同位体を用いた研究を始める,あるい は実施中の研究者に広く一読を勧めたい。  目次  1 章 安定同位体比トレーサーの基礎  2 章 降水  3 章 浸透・降下浸透  4 章 河川流出  5 章 地下水・湧水・温泉  6 章 蒸発散  7 章 根系吸水  8 章 湖沼  9 章 大気水循環  10 章 同位体分析・サンプリング  索引 引 用 文 献 杉田倫明・田中 正編著,筑波大学水文科学研究室著(2009)水文 科学.共立出版 (森林総合研究所森林防災研究領域 飯田真一) その他:書評 日林誌(2021)103: 65

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